博 士 ( 医 学 ) 井 口 晶 裕
Vascular endothelial growth factor (VEGF) is one of the cytokines causative and predictive of hepatic veno‑occlusive disease (VOD) in stem cell transplantation.
(Vascular endothelial growth factor (VEGF) は造血幹細胞移植時の 肝中心静脈閉塞症 (VOD) の原因および予測因子のひとつである。)
学位論文内容の要旨
造血幹 細胞移 植(scDは広く 普及し ている治療法である。肝中心静脈閉塞症(VOD)はSCT の重篤な合併症のひとっであるが、その原因は不明で治療方法も未だに確立されたものは なく、発症をSCT前に予知することも不可能であった。Vascular endothelial growth factor (VEGF)は、血管内皮細胞に作用して血管新生や血管透過性を亢進させたりする因子として 知 られ て い る。 今 回 我々 はVEGFがVODの 原 因の ひ と っで は ないか と考え 、SCTを 受け た 患者 を対象と して血 清VEGF値およ びVODの指標の ひとっ である血 漿protein C(PC)値 を経時的に測定した。
【 対 象 と 方法 】1996年4月 か ら2000年3月 ま で の間 にSCTを 受 けた50例の 小 児 (男32 例、女18例、平 均年齢8.3歳)を 対象とした。23例はヒ卜自血球抗原(HLA)一致の同胞か ら の移 植、18例はHLA一 致の非血 縁者か らの移植 、9例 は自家 骨髄ある いは自 家末梢血 幹細胞移植であった。疾患別では急性リンパ性白血病12例、再生不良性貧血および急性骨 髄性白 血病各8例、 骨髄異形 成症候 群5例 、非ホジ キンリ ンパ腫および神経芽腫各3例、
横紋筋肉腫およびWiskott‑Aldrich症候群各2例、慢性骨髄性白血病,若年性慢性骨髄性自 血病,線維肉腫,肝芽腫,卵黄嚢癌,およびハンター症候群が各1例であった。20例の年齢 および性別の一致した健康児を対照とした。移植前処置は全身放射線照射(TBDを中心とし た レジ メ ン が24例 、ブ ス ル ファ ン(BU)を中心と したレ ジメンが14例で、TBIとBUを 併 用したのは1例であった。メルファラン十エ卜ポシド十カルボプラチンが5例、全身リンパ 節 照射 十シクロ ホスフ ァミド(CY)が2例 であった 。VOD予防は前 処置中か ら移植 後30日 まで全 例に低分 子ヘパ リン100単位/kg/日持続点滴静注を行った。VODの診断および重症 度はMcDonaldらの基準 に拠った 。VODの治療は 輸血、 アンチト ロンビン‑III製剤、利尿 剤など 対症療法で行ったが、1例のみ組織プラスミノーゲンアクチベーター30万単位瓜ガ 日を3日間行 った。VEGFは酵素免 疫測定 法(ELISA法) で、PCは比 色定量法で測定した。
【結果 】移植を 受けた50例中6例(12%)がVODを発 症した。4例が重症、2例が中等症で あった 。発症は移植後6日から10日に集中し、いずれの症例も好中球の回復時期とー致し て いた 。 血 清VEGF値 はVODの 進 行と 一致して 上昇し、 改善と 一致して 低下し た。逆に 血 漿PC値 はVODの進 行 と 一致 し て低 下し、 改善と一 致して 上昇した 。VOD例では非VOD
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例や 健 康 児と 比 較 して の 経 過中 のVEGF頂 値 は有 意 に 高か っ たOく0.001)。VOD例では VEGF値は移植前から既に高値(p・=0.0012)を示していたこともわかった。経過中のCRP頂 値(p;0.0046)、38度 以 上 の 有 熱 期 間Q 0.0019)はVOD例 で 有 意 に 高 値 で あっ た 。 血 漿PC値 は 移 植 前 はVOD例 と 非VOD例 に 差 は な か っ た が 、 移 植 後 の 最低 値 はVOD 例で有意に低下した(pく0.001)。我々は、PC値が40%未満に低下することがVOD発症の危 険因子で あるこ とを見出 した。す なわちPC値が40% 未満低下 例にVOD発症例が有意に多 かっ た 。 そこでPC値 が40%未 満となる 危険因 子を解析 した。PC値が40%未 満低下 した 14例においては、移植後の血清VEGF頂値(pく0.001)、CRP頂値(p=0.0057)、38度以上の有 熱期間(p O.OOl)が有意に高値あるいは延長していた。またこの14例では移植前のVEGF 値(pニ0.0016)も有意に高値であった。
【考 案 】 今回 我 々 はSCT後のVODを 合 併 し た患 者 の 経過 中 の 血清VEGF頂値 が非合併 例 に比べて 有意に 高値とな ることを 初めて 報告した 。しか もVODを 合併した患者において は前 処 置 前の段階 で既にVEGF値が非合 併例や 健康児に 比べて 有意に高 値であ り、VEGF 値はVODの 臨 床 的指 標 の みな ら ず 予測 因子 にもなり 得るこ とがわか った。こ れらVEGF 高値 は 、 移植 前 後 にお け る 内皮 細 胞 障害 の 程 度 を反 映 し てい る ものと推 察され る。
VOD合 併 時 のVEGFの 由 来 は明 ら か で はな ぃ 。 すべ て の 患者 に おいてSCT後 は血小板 数が減少 してい るので、VEGFのすべ てが血小板に由来しているとは考えにくい。血小板 数は 血 清VEGF値に 影 響 を及 ぽ す こと は 明らかで あるもの の、SCT後30日ま での血 小板 輸 血 回 数 にVOD例 と 非VOD例 に 差 は な く 、VOD時 のVEGF値 は 血 小 板 減少 時 に おい て も高 値 で あり 、VEGF値 はVOD自体 の 進 行を反映 している ものと 思われる 。全例 におい て、VEGF値は 前処置 開始後徐 々に低 下して移植当日頃にはほとんど正常化し、好中球の 回復と一 致して 上昇し始 めた。こ のこと からVEGFの由来のひとっは顆粒球コロニー刺激 因子(G‑CSF)や他の サイトカ インに 刺激された好中球である可能性がある。SCT後の出血 やVODな どの合 併症は移 植前処置 終了直 後におこ ること は少なく 、前処置終了後数日後 から発症することが多い。我々が以前報告したようにこれら合併症のおこる時期が好中球 の回復時 期と一 致することも判明している。この点において、VODの危険が高い症例にお い て は 移 植 後 のG‑CSF使 用 の 適 応 に つ い て も 再 評 価 す べ き も の と 思 わ れ る 。 SCT後 に 肝静脈に 血栓を 形成しVODに進 展するの はなぜ だろうか 。肝は腸 管から の細 菌やエン ドトキ シン(LPS)の侵入 に常にさ らされており、とりわけSCT後で粘膜障害が強 い腸 管 か らの侵入 は著明 なものと 考えら れる。我 々はSCT後の患 者血中LPS高値 を確認 しており 、LPSが肝類洞 内皮細胞 の組織 因子の発現を増強したり、LPSがマクロファージ のVEGF発 現 を 増強 し た りす る こ とも 報 告 し てい る 。 またBUやCY、および シクロ スポ リンなどの薬剤は肝細胞で代謝されたり活性化されたりするので、肝類洞や肝静脈の内皮 細胞はこ れらの 薬剤に高 濃度に暴 露され ることになる。障害された血管内皮細胞はVEGF の標 的 で ありまたVEGFの分泌 を促すこ とが推 察される 。VEGFは内 皮細胞に 組織因 子の 発現を増 強する こともわ かってい る。VEGFの血管透過性亢進作用が腹水を引き起こし、
また肝類洞内の血流の減少や血液粘度の上昇がお、こるものと考えられる。このような状況 下でVEGFの 血 栓形 成 作 用が 血 管 新生 作 用を凌駕 すること によりVODを発 症する ものと 思われる 。VOD例でCRP値や有熱 期間が 有意に高 値であ る事実は 、腸管からの細菌やLPS の 侵 入 がVODの 引 き 金 と な っ て い る 可 能 性 を 強 く 示 唆 す る も の で あ る 。 血 漿PC値 はVODの 臨 床 的 指 標 と 認 め ら れ てい る 。PC低 下 例 はVODの危 険 症 例と い うことに なるが 、我々はPC値が40% 未満に低 下する ことがVOD発症に 重要であることを 見出 し た 。PC値が40%未満に 低下した14例にお いて血清VEGF値は移 植前も 移植後も 有
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意に高値を示し、VEGF高値もVODの危険因子のひとっであることが示された。VEGFと PCの相互作用は不明であるが、proteinC低下とVEGF上昇というふたっの状況がVOD発 症に関与しているものと推察される。今後VEGFの除去を目的とした治療がVODの新し い治療方法を拓く可能性がある。
【 結論】VODの 患者の血 清VEGF頂値は非VOD例に比べて有意に高値であった。この VEGF値 の推移はSCT後のVODの臨 床的経過 とー致し た。このことからVEGF値はVOD の原因因子のひとっであり、VODの臨床的指標になり得るものと考えられる。さらにVOD 例およびPC40%低下例におけるVEGF値は移植前からも有意に高値であり、血清VEGF 値はVODの予測因子にもなり得るものと考えられる。
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学位論文審査の要旨 主 査 教授 今村雅 寛 副査 教授 佐々木文章 副 査 教授 小林邦 彦
Vascular endothelial growth factor (VEGF) is one of the cytokines causative and predictive of hepatic veno‑occlusive disease (VOD) in stem cell transplantation.
(Vascular endothelial growth factor (VEGF) は造血幹細胞移植時の 肝中心静脈閉塞症(VOD) の原因および予測因子のひとつである。)
肝 中心静脈閉塞症(VOD)は造血 幹細胞移植(SCT)の重篤な合 併症のひとつであるが、そ の 原 因 や 治 療 方 法 は未 だ明 確な もの はな く、 発症 の 予知 も不 可能 であ る。Vascular endothelial growth factor (VEGF)は、血管内皮細胞に作用して血管新生や血管透過性を 亢 進さ せ る因 子と して 知ら れて いる 。申 請者 はVODにお けるVEGF関与 の可能性を明 ら か に す る 目 的 で 、SCTを 受 け た 患 者 を 対 象 と し て 血 清VEGF値 お よ びVODの 指標 のー つで ある血漿proteinC(PC)値を経時的に測定した。
1996年4月 か ら2000年3月 ま で の 間 にSCTを 受 け た50例 の 小 児 ( 男32例 、 女18 例、 平均年齢8.3歳)を対象とした。23例はヒト自血球抗原(HLA)一致の同胞からの移植、
18例はHLA一 致の 非血 縁者 から の移 植 、9例は 自家骨髄あるいは自家末梢血幹細胞移 植 であ った。疾患別では急性リンパ性自血病12例、再生不良性 貧血および急性骨髄性自血 病 各8例 、骨 髄異 形成症候群5例、非ホジキンリンパ腫お よび神経芽腫各3例、横紋筋 肉 腫お よびWiskott‑Aldrich症候群各2例、慢性骨髄性自血病,若年性慢性骨髄性自血病,線 維肉 腫,肝芽腫,卵黄嚢癌,およびハンター症候群が各1例であった。20例の年齢および 性別 の一致した健康児を対照とした。移植前処置は全身放射線照射(TBDを中心としたもの が24例 、 ブ ス ル フ ァ ン(BU)を 中 心 と し た も の が14例 で 、TBIとBUを 併 用 した の は1 例で あった。メルファラン十エトポシド十カルポプラチンが5例、全身ルンバ節照射十シ ク 口 ホ ス フ ァ ミ ド(CY)が2例 であ った 。VOD予 防と し て前 処置 中か ら移 植後30日 まで 全 例に 低 分子 ヘパ リン100単位/kg/日 持続 点滴静注を行 った。VODの診断および重症 度 はMcDonaldら の基 準に 拠っ た。VODの 治療 は輸血、アン チト口ンビン―III製剤、利 尿 剤な ど対症療法で行ったが、1例 のみ組織プラスミノーゲンアクチベーター30万単位/kg/
日 を3日 間行 った 。VEGFは酵 素免疫測定法(ELISA法)で、PCは比色定量法で測定した 。 移植 を 受け た50例中6例(12% )がVODを 発症 した 。4例が 重症 、2例 が中等症であ っ た 。発 症 は移 植後6日から10日に集中し、いずれの症例も好中球の回復時期と一致し て い た。 血 清VEGF値 はVODの 進行 と一 致 して 上昇 し、 改善 とと もに 低下 した。逆に血 漿
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PC値 はVODの 進 行 と 一 致 し て 低 下 し 、 改 善 と と も に 上 昇 し た 。VOD例 で は 非VOD例 や 健 康 児 と 比 較 し て の 経過 中のVEGF頂値 は有 意に 高 かっ た(pく0.001)。VOD例 では VEGF値 は 移 植 前 か ら 既 に高 値(p=0.0012)を示 して い た。VOD例で は、 経過 中のCRP頂 値(p=0.0046)が 有意 に高 く、38度以 上の 有熱 期間(p=0.0019)も有意に長期であった 。 移 植 前 の 血 漿PC値 はVOD例 と 非VOD例 で 差 は な か った が、 移植 後の 最低f直はV()D 例で有意に低下 した(pく0.001)。一方、PC値の40%朱満低下例にVOD発 症例が有意に多 く、これがVOD発症の危険因子であることを見出した。
本 研 究 で 、 申 請 者 はSくT後 のVODを 合 併 し た 患 者 の経 過中 の血 清VEGF頂 値が 非合 併 例に 比べ て有 意に 高値 となることを初めて見出した。 しかもVODを合併した患者に お い ては 前処 置前 の段 階で 既にVEGF値 が非 合併 例や 健康児に比ぺて有意に高値であり 、 VEGF値 はVODの 臨 床 的 指 標 の み な ら ず 予 測 因 子 に も なり 得る こと を明 らか にし た。
VEGF高値は、移 植前後における内皮細胞障害の程度を反映しているもの と推察される。
VOD合 併 時 のVEGFの 由 来は 明ら かで はな いが 、全 例に おい て、VE(;F値は 好巾 球の 回復と一致して 上昇し始めたことから、VEGFの由来のひとっは顆粒球コ口ニー刺激因・f (G―CSF)や 他の サイ トカ インに刺激された好中球である 可能性がある。SCT後の出血 や VODなど の合 併症 は移 植前 処置 終了 直後 にお こる ことは 少なく、前処置終r後数門し て から発症することが多い。我々が以前報告したようにこれら合併症のおニる時期が好Iい球 の 回復 時期 と一 致す るこ とも判明している。従って、VODの危険が高い症例において は 移 植 後 の G― CSF使 用 の 適 応 に つ い て も 再 評 価 す べ き も の と 思 わ れ る 。 血 漿PC値 はVODの 臨 床 的 指 標 と 認 め ら れ て い る 。 実 際 、 我 々 はVOD発 症 例 で はPC 値 が40% 未 満 に 低 下 す るこ とを 見出 した 。VEGFとPCの相 互作 用は 不明 であ るが 、PC 低 下とVEGF上昇 とい うニ つの状況がVOD発症に関与しているものと推察される。今後 、 VEGF値 を 低 下 さ せ る こ と がVODの 新 し い 治 療 法 に な り 得 る も の と 考 え ら れ る 。 公開 発表 に際 し、 副査 の佐 々 木教 授か ら、 本測 定系 とVEGF familvの関 係、VEGFニ 前処置の関係、内皮細胞障害マーカー・としての適否、組織染色など発現組織の検討の≠j;甌 な ど 、 次 い で 副 査 の 小 林教 授か ら、VEGFとPC間で の 逆相 関お よびPC低 ドの メカ ニズ ム につ いて 、VEGF測 定時 期とVOD発 症予 測の 関係 など 、最 後 に主 査の 今村 教授から 、 移 植 前 後 で のVEGF値 とVOD発 症 の 関 係 、 前 処 置 とV〇D発 症の 関係 、と くに 低分 予ヘ バ リン 投与 との 関係 、VOD予防 のた めのPC投 与の 妥当 性、 シ ク口 スホ リン 脳症など と VEGF値の変化な どについての質問があった。申請者は何れの質問に対し ても、自らの実 験結果と文献を引用し、概ね妥当な回答を行った。
本論文は、造 血幹細胞移植における重篤な合併症である肝中心静脈閉塞症の発症予測因 子および臨床的 指標としてのVEGF測定の意義を明らかにしたものであり 、今後の臨床の 場における応用が期待される。
審査員一同は 、これらの成果を高く評価し、申請者が博士(医学)の学位を受けるのに 十分な資格を有すると判定した。
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