博 士 ( 医 学 ) 川 崎 久 郎
学 位 論 文 題 名
実験的糖尿病ラット摘出大動脈における収縮反応性の 変化に関する薬理学的研究
学位論文内容の要旨
糖尿病患者で はその経過中に血管障害によ る合併症の頻度が高いこと は良く知られている。血 栓 症及 び動 脈硬 化性 病 変はmacroangiopathyとし て 代表 的な もの であ り 更にmicroangiopathy が腎症、網膜症 、末梢二ユーロパチ一等の主 要な原因と考えられている。この細血管床の構造的、
及び機能的変化 を形成するに至る病態生理学 的過程については殆ど解明 されていない。しかし、
その中でも血管 の収縮、拡張を調節している 神経伝達物質や循環ホルモ ンに対する血管の反応性 の変化が糖尿病 病態で生じており血管障害の 要因のーっとなり得る事が 示唆されている。しかし な がら 糖尿 病病 態に お ける 血管 反応 性の 変化が どのような機構で起こってい るのかに関しては 未だに十分な解 明はなされていない。そこで 本研究はstreptozotocin (STZ)誘発性糖尿病ラット よ り摘 出し た大 動脈 輪状標本を用い、KC1、Ca2+チャネル活性化薬、ai受容体 を初めとする各種 ア ゴニ スト 等の 血管 収 縮物 質に よる 収縮 反応を 機能的実験により対照標本と 比較検討しその収 縮反応の特性に 薬理学的解析を加えることに より、その反応性変化の機 構を明確にする事を目的 として行った。
8週 齢 のWistar系 ラ ッ トにSTZ 45 mg/kgを 静注 し糖 尿病 を 作成 し、 対照 ラ ット には 溶媒 と し て の ク エ ン 酸 溶 液 の み を静 注 した 。そ の後8〜12週 に胸 部 大動 脈を 摘出 し 幅4mniの 輪状 標 本として人為的 に内皮を除去した後実験に供 した。なお、同時に腎静脈 より採血して血糖値を測 定 した 。標 本は95% 酸 素と5% 二酸 化炭 素の 混合 ガ スで 通気 して いる25 mlの 器 官槽 に懸 垂し た 。 栄 養 液 は 生 理 的 塩 類 溶 液(PSS)を 使 用 し 液 温 は37℃ に 維 持 し た 。 標 本 にはlgの 前負 荷 をかけ発生張カ を等尺性に測定した。
STZ誘 発糖 尿 病ラ ット の体 重 、大 動脈 輪状 標本 重 量は 対照 群に 比し有意に 小さく血等値は著 明 に 上 昇 し て い た 。40mM K+によ る収 縮 反応 は、 糖尿 病群 で 顕著 に減 弱し て いた 。す なわ ち 40 mM K+に よ る 大 動 脈 標 本 の 収 縮 は 対 照 群 で は73土5 mg/mg wet weightに 対 し 糖 尿 病 群 で は28土4 mg/mgwet we追htで あ り こ の 差 は 統 計 的に 有意 であ っ た。KC1の濃 度反 応曲 線 で は14mM以 上 の 濃 度 で そ の 収 縮 反 応 が 有 意 に 低 下し てい た がEC50値 は両 群 問に 差を 認め な か っ た 。Ca2゛ 活 性 化 薬 で あ るB尠K8644は 通 常 のPSS(5.9mMK十 ) で は 両 群に おい て収 縮 反 応 は 認 め ら れ な か っ た 。PSSのK゛ 濃 度15mMに する と対 照 群に おい ては 全 例で 濃度 依存 性 の 収 縮 反 応 が 惹 起 さ れ た が 糖 尿 病 群 で はB糾K8644に 対す る 感受 性は 低下 し 全体 の収 縮反 応 は 有意 に低 下し てい た 。Norepinephdne(NE)お よ び51ぴdro珊 九pt細ine(5―Hr) によ り両 群において濃度 依存性の収縮反応が惹起され たがその反応性は糖尿病群 で有意に増強していた。
し か し そ のEC50値 は 両 群 間に 差 を認 めな かっ た 。Ca2+チ ャ ネル 拮抗 薬で あ る1いMmfempine 存 在下 でNEおよ び5−HTの収 縮 反応 の程 度は 両群 共 に減 弱し それ により両群 問の差は認められ な くな った 。す なわ ちmfedipineの 前処 置は 糖尿 病 群で 観察 され たNEお よび5−HTに よる 収縮
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反 応 の 増 強 を 消 失 さ せ た 。ProteinkinaseC(PKC)阻 害 薬 で ある20 nM stauroporine前処 置 に よ りNEの 最大 収縮 反応 は抑 制 され 特に 糖尿 病群 で の抑 制は 顕著 で あっ た。 また5―HTで は 300 vMまで 用い てもstaurosporine存在 下で は両 群共に有意な収縮反応を惹 起しえなかった。
Endothelinr1(ET―1) お よ びtkomboxaneA2誘 導 体 で あ るU46619の 収縮 反応 は 比較 的緩 徐 で あ り 両 群 で 濃 度 依 存 性 の 反 応 を 示 し た がET一1は1nM以 上 の 濃 度 で 、U46619は100nM以 上 の濃 度で 、い ずれ も 糖尿 病群 で有 意 に増 強し てい た。1いMmfe出pine前処 置によりETー1お よ びU46619によ る収 縮 反応 は特 に糖 尿 病群 におbゝて減弱し結果として両群 における反応は同 程 度 と な っ た 。 ま たstaurosponne前 処 置 に よ りET−1お よ びU46619の収 縮反 応 は両 群に お い て 著 明 に 抑 制 さ れ 両 群 問 で 差 を 認 め な く な っ た 。PKC活 性 化 薬 で あ るPhorb0112,13一 出butyrate(PDBDに よ る収 縮反 応は 対 照群 にお いて20〜30分で 最大 に達し プラトーになった が、一方糖尿病 群におぃゝては当初緩徐であった反応が途中で急峻に反応の増強する二相性のパ夕 一 ンを 示し た。 この 二 相性 の収 縮反 応 は糖 尿病 群に 特異 的 であ り結 果とし てPDBuの最大収縮 反 応は 糖尿 病群 で有 意 に高 くな った 。PKCを 活性 化 する 他の ホル ボ ール・エ ステルである300 nM12― くトtetradecanoylm10fbOト13りcetateも また糖尿病群においてPDBuと同様の二相性収 縮 反応 を示 した 。Ca2゛free溶 液中 ある いはmfe出pine存 在 下で は対 照群のPDBuの濃度反応曲 線は最大反応は 変化することなしに右方に 移動し、一方糖尿病群において濃度反応曲線は右方移 動すると共に最 大反応も有意に減弱し結果 として両群に差を認めなくなった。また、糖尿病群に お いて 認め られ たPDBuによ る二 相性 の 収縮 反応 はCa2+free溶液 中 あるいはmfedipine存在化 で は 消 失 し た 。20nMsta丗osponneの 前 処 置 に よ り30nMPDBuの 収 縮 反 応 は 著 明 に 減 弱 し 対照群において は一過性となり、糖尿病群 においては完全に消失した。Ca2゛free溶液中でのNE による収縮反応 は一過性の急峻な収縮とそ れに続く小さな持続性収縮を示したが、最大収縮の程 度 は両 群間 で有 意の 差 を認 めな っか た 。一 方Ca2゛free溶液中でのc甜feineによる収縮反応は NEのそれよりも 小さく一過性の収縮をのみ を示したが糖尿病群におしゝて有意に減弱していた。
ま た1いMげano出ne前 処 置に よりcaffeineの 収縮 反応 は完 全 に消 失し 、NEのそ れ は両 群で 抑 制された。
本研究は糖尿 病ラット大動脈標本におい て(1)細胞外K゛濃度上昇あ るいはCa2゛チャネル活 性 化 薬 で あ るBayK8644に よ る 収 縮反 応 が顕 著に 減弱 して い るこ と、 (2)一 方NE、5―HT、 ETー1あ る いはU46619と ぃゝ っ たア ゴニ スト 刺激 による収縮反応は有意に増 強していること、
(3)HくCを直 接活性化するホルポール・エステルによる収縮反応もまた増強していること、(4) これらアゴニス トおよびホルポール・エス テルによる収縮反応の増強はCa2゛チャネル拮抗薬で あ るmfe出pineによ り消 失すること、(5)細胞内Ca2→貯蔵部位からのCa2゛ 放出による収縮反 応 に 関 し て はc甜dneに よ る 作 用 が 特 異 的 に 損 な わ れ て い る こ と を 明 ら か に し た 。 以上より糖尿 病ラット大動脈において脱 分極反応に伴うCa2゛チャネ ル開口による収縮反応、
細胞内貯蔵部位 からのCa2゛誘発性Ca2゛放 出による反応は減弱しているが一方種々の生理活性物 質による収縮反 応は増加したHくC活性化過 程により燐酸化されたCa2゛ チャネルを通るCa2゛流入 量の増加により 増強していることが示唆さ れた。我々は既に糖尿病ラット大動脈において内皮依 存性弛緩反応が 損なわれてぃゝることを報告しており、今回本研究で示された内因性生理活性物質 に よる 収縮 反応 の増 強 はこれと相乗的に作用し糖 尿病病態での血管病変の進 行に関与している 可能性が考えら れる。
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