博 士 ( 経 済 学 ) 木 村 達 也
学 位 論 文 題 名
トラック輸送業・内航海運業における構造改革
全 要 素 生 産 性 ( T 丶 E ア ; P ) 変 化 率 を 用 い た 分 析 ′ r ゛
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学 位 論 文 内 容 の 要 旨
わが国の規制改革は、1993年以降に本格化し、バブル崩壊以降続く日本経済の長期低迷 を克服するため中心的な政策課題として取組まれてきた。トラック輸送業、内航海運業が 含まれる運輸部門は規制件数が多く、またほとんどの分野で需給調整規制が課され、非常 に競争制限的な部門であった。しかし規制改革要求の高まりのなか、規制改革が進み需給 調 整 規 制 は 多 く の 分 野 で 少 な く と も 形 式 的 に は 撤 廃 さ れ て い る 。
本論文の卜ラック輸送業とは、自動車(ニ輪を除く)を使用して有償で貨物の実運送を 行う事業者(キャリア)である。また内航海運業とは、国内で他人の需要に応じ、船舶を 輸送手段として貨物の海上輸送を行う事業、またはそのための船舶の貸渡しを行う事業で ある。両産業の国内生産額、粗付加価値額(GDP相当額)、従業員数、事業者数の全産業 に対する構成比をみると、最大のトラック輸送業の従業員数でも2.7%に過ぎない。しかし 貨物輸送量(トンキ口ベース)の輸送分担率ではともに4割以上で、両者産業はわが国貨 物輸送における主要な2部門である。
卜ラック輸送業は、90年12月に貨物自動車運送事業法が施行され大きく規制緩和が進ん だ。これにより社会的規制は強化されたが、事業への参入が需給調整規制に基づく免許制 から許可制に、運賃・料金は許可制から事前届出制とぬるなど経済的規制が緩和された。
ま た そ の 後 も 規 制 緩 和 が 進 展 し 、 運 輸 分 野 で 最 も 競 争 的 な 産 業 と な っ た 。 内航海運業の規制は、内航海運業法と内航海運組合法のいわゆる内航2法の枠組みのも とにある。規制の中核は、慢性的な船腹過剰を解消するため66年以降行われてきた、新た な船舶の建造には既存船をスクラップしなければならないスクラップ&ピルド方式による 船 腹 調整 (S&B調整 )であ った。98年5月にS&B調整 は、内航 海運暫 定措置事 業(暫 定措置事業)に移行した。しかし規制の手法は変化したが、暫定措置事業の下では新船舶 の建造に必要であった既存船のスクラップが建造等納付金に代わったにすぎず、高い参入 障壁は存続している。
規制が行われる一般的な経済理論的な根拠は、市場ヌカニズムで資源配分が最適となら ない要因がある場合、市場介入により資源配分の是正ができることにある。経済理論的根 ―6―
拠からの規制のほか、安全性や環境確保のための社会的規制がある。運輸分野の規制根拠 は、トラック輸送業、内航海運では限界費用逓減と考えられる。また現在進む規制緩和推 進の根拠としては、@経済発展による規制の根拠とされた状況の変化、◎経済理論、分析 の 進 展 、 ◎ 米 国 な ど 諸 外 国 に お け る 規 制 緩 和 の 進 展 ― ― が あ る 。
トラック輸送業ではバブル崩壊後に貨物輸送量が低迷するなか、貨物自動車運送事業法 の施行などの規制緩和から事業者数の増加率が高まり、競争が促進された。その結果、1事 業者あたりの輸送量の減少、輸送効率の低下がみられ、運賃・料金は下落した。またトラ ック輸送業の総資本経常利益率は、90年に全産業比で1.9倍と超過利潤が発生していたと み ら れ る が 、91年 以 降 低 下 し 、 97年 か ら は 全 産 業 を 下 回 っ て い る 。 内航海運 業のS&B調整は、 参入障壁として競争を制限し、また既存船をスクラップす る権利(引当資格)が一種の営業権となり、資金調達面などで引当資格に依存した経営を 可能とした。これはさらに、中小零細事業者の多い業界構造の是正が十分に進展しない原 因ともなった。また内航海運業の総資本経常利益率は、他産業に比して低水準にある。し かし引当資格の含み益を毎期の利益に換算すると、同利益率は全産業平均レベルとなり、
引当資格への依存が、収益向上へのインセンテイプを低下させたとみられる。暫定措置事 業への移 行後も 、こうし た状況は引当資格が解撤交付金の需給資格に変っただけでS&B 調整下と同様とみられる。
生産効率 化の指 標として 全要素 生産性(TFP)変 化率をみると、多くの他産業が低下 するなかトラック輸送業では92〜94年度に上昇し、規制緩和による競争進展の効果がみら れる。一方内航海運業では、90年以前に大きく上昇し、91年度以降は大きく低下している が、要因分解するとバプル期の86〜90年度を除き生産効率化はもっぱら労働投入と中間投 入の削減によってきたことが解る。これらの削減は、他産業に比べ表面上低水準な総資本 経常利益率を引上げようとした結果とみられる。一方トラック輸送業の生産効率化は、主 に創意工夫などによる輸送量の増加を要因とする。暫定措置事業のもとでは、内航海運業 の投入削減への動機は低下するとみられ、競争も促進されず、生産効率改善の低迷は続く とみられる。
80年以降米国では、日本に先行しトラック輸送業の規制緩和が大きく進んだが、その後 約20年経過しても高水準の事業者数の増加、運賃水準の低下が続き、倒産件数も高水準で ある。また日本のトラック輸送業の2006年までを予測すると、貨物輸送量の増加率を上回 る事業者数の増加率から、1事業者あたり貨物輸送量は減少傾向で、収益は低迷するとみら れ る。した がって 各事業者 にとっ て3PLへ の取組 みなど、さらなる創意工夫が重要とな る。
内航海運業で、トラック輸送業のような創意工夫による生産効率の改善を実現していく に は、本格的な競争促進のために、@暫定措置事業の廃止、◎内航2法の改正、◎内貿夕 ー ミ ナ ル 等 イ ン フ ラ の 整 備 促 進 、 @ 独 占 禁 止 法 の 運 用 強 化 ー ー が 必 要 で あ る 。 トラック輸送業と内航海運業における規制変動の影響の比較から、現在経済社会全体で
― ワ ―
進む規制改革・制度改革は、単に規制、制度の改革自体を目的にするのではなく、事業者 の創意工夫を促進し、起業や既存産業での競争を促進するものであることが、経済の成長 性回復のために重要であると示唆される。
―補論―
経済の成 長性を 検証する 際等に重 要なTFP変化率は、多くの計測が行われている。し かし 通 常 のTFP変化 率の計測 方法に は計測結 果に歪 みを生じ させる 以下の問 題点があ る。それは、◎完全競争市場、生産関数における1次同次性の仮定、◎多用される民間企 業資本ストック統計が粗資本ストック統計であること、◎経済全体(全産業)の計測での 土地の資本からの除外、@全産業および非製造業での資本の稼働率の未調整、◎労働投入 量の過不足の未調整一―である。
これらの問題点を補正するため、完全競争市場を仮定せず、また◎生産物である付加価 値と資本、労働、生産効率の関数関係、◎資本投入量と中間投入量の比例関係、◎関数の 連続性― 一以外に 生産関 数の特定 化は行 わず、TFP変化率を全産業および産業別に計測 した。ここで土地を含んだ資本ストック系列は、ペンチマークイヤー法により作成し、全 産業と非製造業の資本稼働率は、中間投入・資本ストック比率を用い推計した。労働投入 量の過不足は、日銀短観のデータからカールソン・パーキン法により作成した労働力過不 足 の 量 的 指 標 と 労 働 市場 の 不 均 衡モ デ ル から 、 労 働過 不 足 率を 推 計 し調 整 レ た。
全産業で全く補正を行わないTFP変化率の計測値は、すべてを補正した計測値に対し、
年度平均で92・〜95年度1.4%、96〜98年度2.2%の過小となる。産業別では、従来の計測 での96〜98年度平均の変化率がプラスの業種は製造業、運輸・通信業のみだが、すべてを 補正した計測ではこれに卸売・小売業、電気・ガス・水道業が加わる。これらの各産業お よび全産業は、過剰な資本・労働カの過剰を解消し、その流動性を高めれば成長の可能性 がある。また投入要素の過剰解消よる生産性の上昇を、成長率の向上とするためには、既 得権益の影響を排除した規制撤廃・緩和、制度改革などによる新市場の創出が重要である。
― 8一
学 位 論 文 審 査 の 要旨 主査 教授 内田和男 副査 教授 井上久志 副査 教授 板谷淳一
副査 教授 小林好宏(札幌大学)
学 位 論 文 題 名
ト ラ ッ ク 輸 送 業 ・ 内 航 海運 業 に お ける 構 造 改 革 全 要 素 生 産 性 ( TEP ) 変 化 率 を 用 い た 分 析
本 論 文 の 目 的 は 、 わ が 国 の 貨 物 輸 送 分 野 の 主 軸 を 占 め る ト ラ ッ ク 輸 送 業 お よ び 内 航 海 運 業 に お け る 規 制 緩 和 の 影 響 を 明 ら か に す る こ と で あ る 。 加 え て 、 規 制 緩 和 の 影 響 を 考 察 す る プ ロ セ ス に お い て 、 多 様 な 統 計 を 駆 使 し 両 産 業 の あ ら ま し を 詳 解 し 、 あ わ せ て 両 産 業 の 運 輸 業 全 体 、 国 内 産 業 に お け る 位 置 付 け 、 特 性 を 明 ら か に し て い る 。 規 制 緩 和 の 影 響 に つ い て も 、 事 業 者 数 の 推 移 、 運 賃 ・ 料 金 の変 化 、 収益 性 の 変動 、 ゛ 産 業特 性 へ の影 響など 多くの 視点から 論じてい る。
そ の な か で 特 に 生 産 効 率 へ の 影 響 に 重 き を 置 き 、 全 要素 生 産 性(TFP)変 化 率 を中 心 に 分 析 し て い る 。TFP変 化 率 の 計 測 に は 、 多 く の 先 行 研 究 が 蓄 積 さ れ て い る が 、 計 測 上 の 問 題 点 も 多 い。 本 論 文で は こ の問 題 点 をは じ め て系 統 的 に 整理 し 、 よ り 正 確 に 計 測 す る た め 補 正 の 手 順 を 示 し 、 さ ら に 個 々 の 問 題 点 が 実 態 と の 乖 離 を も た ら し て い る こ と 、 そ し て そ の 乖 離 へ の 寄 与 度 に つ い て 詳 細 な デ ー タ を 提 示 して い る 。
全 体 は 、6章 と 補 論 から な り 、第1章 「近 年 に おけ る 規 制改 革 を め ぐる 動 向 」、
第2章 「 ト ラ ッ ク 輸 送 業 と 内 航 海 運 業 の 概 要 」 、 第3章 「 ト ラ ッ ク 輸 送 業 と 内 航 海 運 業 に お け る 規 制 の 状 況 」 で は 、 経 済 社 会 全 般 、 運 輸 関 係 お よ ぴ ト ラ ッ ク 輸 送 業 と 内 航 海 運 業 の 規 制 改 革 の 状 況 と 両 運 輸 業 の 概 要 を 詳 述 し て い る 。 第4章
「 規 制 緩 和 の 理 論 的 整 理 」 で は 、 こ れ ま で の 規 制 と 近 年 の 規 制 緩 和 の 理 論 的 背 景 を 整 理 し て い る 。 第5章 「 ト ラ ッ ク 海 運 業 、 内 航 海 運 業 に お け る 規 制 緩 和 の 影 響 」 、 第6章 「 ト ラ ッ ク 輸 送 業 、 内 航 海 運 業 の 今 後と 他 産 業ー の イ ン プリ ケ ー シ ョ ン 」 で は 、 ト ラ ッ ク 輸 送 業 と 内 航 海 運 業 に お け る 規 制 緩 和 の 影 響 の 相 違 を 浮 き 彫 り に す る と 同 時 に 、 而 産 業 に 求 め ら れ る 施 策 と 両 産 業 の 経 験 が 他 産 業 に 与 え る イ ン プ リ ケ ー シ ョ ン を 示 し て い る 。 補 論 「TFP変 化 率 の 計 測 方 法 の 問 題 点 と そ の 補 正 」 で は 、TFP変 化 率 の 計 測 に お け る 問 題 点 を 整 理 し 、 補 正 方 法 を 提 示 し 、 全 産 業 、 産 業 大 分 類 で の 補 正 前 後 の 計 測 結 果 か ら 、 各 間 題 点 が も た ら す 計 測上 の 歪 みを 明 ら かに し て い る。
第1章 は 、90年 代 に 本 格 化 し た わ が 国 の 経 済 社 会 全 体 お よ び 運 輸 部 門 に お け
る規制改革の動向を整理している。
第
2章 は 、ト ラッ ク輸 送業 、内 航海 運業 を定 義し 、分析 の前 提と なる 両産 業 の 概 観 を 示 し て いる 。 ま た 両 産 業 に つ い て、 国内 生産額 、粗 付加 価値 額(GDP 相当額)、従業員数、事業者数から全産業に対する位置付けを明らかにし、さら にこ れら の指 標と 国内 貨物 輸送 分担率 から わが 国貨 物輸 送における位置付けを 明 確 に し てい る。 例え ば、ト ラッ ク輸 送業 は対
GDP比で労 働集 約的 であ り、 内 航海 運業 は資 本集 約的 であ るこ と。ま た、 トン キロ ベー スで両産業ともに貨物 輸送量の4 割強を分担していること等である。
第
3章 は 、ト ラッ ク輸 送業 にお ける 規制 緩和 の進 展とそ れに 伴う 社会 的規 制 の強 化、 そし て内 航海 運業 での 近年に おけ る規 制手 法の 変化、とりわけスクラ ップ 権の 補償 が高 い参 入障 壁に 変化を もた らす こと が出 来なかった状況を、整 理し提示している。
第
4章 は 、規 制が 行わ れる 一般 的な 経済 理論 的な 根拠と 、運 輸各 部門 で行 わ れて きた 規制 に適 用さ れる 理論 的を根 拠を 述べ てい る。 そして近年、規制緩和 が主 張さ れる 一般 的な 根拠 とし ての社 会状 況の 変化 、諸 外国の規制緩和の進展 と 、 運 輸 各 部 門 での 近 年 の 規 制 緩 和 に 適 用さ れる 理論的 根拠 を示 して いる 。
第
5章 は 、ト ラッ ク輸 送業 での 規制 緩和 の影 響と 、内航 海運 業に おけ る規 制 が産 業特 性に 及ば した 影響 を多 様な統 計を 用い て検 討し ている。またトラック 輸送 業の 規制 緩和 と内 航海 運業 の規制 手法 の変 化が 、両 産業の生産効率に与え た 影 響 を 、両 産業 およ び全産 業、 他産 業の 全要 素生 産性
(TFP)変化 率を 計測 、 比較することから測定、推定している。
TFP
変 化 率の 計測 に関 して は、 ◎補 論に 示し てい る計測 上の 問題 点に っい て デー タ制 約が ある もの を除 きすべてを補正していること、◎TFP 変イ匕率を各投 入要 因と 輸送 量要 因に 要因 分解 するこ とに よる 内航 海運 業の規制手法の変化後 にお ける 生産 効率 変化 の推 定一 ―とい う注 目す べき 分析 を行っている。またこ の結 果か ら、 トラ ック 輸送 業と 内航海 運業 に茄 ける 興味 深い対称的状況を明ら かに して いる 。す なわ ちト ラッ ク輸送 業で は、 事業 者の 創意工夫などから規制 緩和 後、 顕著 に生 産効 率化 が進 む一方 、内 航海 運業 では 、引当資格の営業権化 を伴 う規 制手 法の 変化 が競 争を 促進さ せず 、生 産効 率の 低迷が継続している。
第
6章 は 、ト ラッ ク輸 送業 の今 後を 、日 本に 先行 して規 制が 緩和 され た米 国 のト ラッ ク輸 送業 の状 況、 わが 国トラ ック 輸送 業の 今後 の貨物輸送量、事業者 数の 計量 的予 測か ら考 察し 、各 事業者 のさ らな る創 意工 夫が重要とをることを 指摘 して いる 。ま た内 航海 運業 は、生 産効 率化 の進 展に 本格的な競争促進が必 要で 、そ のた めに 競争 制限 的な 規制制 度。 法令 の廃 止。 改正、インフラ整備、
独占禁止法の運用強化の必要性を指摘している。
さ らに 以上 のよ うな 分析 から 、経済 社会 全体 で進 む規 制改革。制度改革の目 的は 、規 制、 制度 の改 革自 体で はなく 、そ れが 事業 者の 創意工夫促進、起業や 既存 産業 での 競争 促進 とな って いるこ とが 、経 済の 成長 性回復のために重要で あることを示している。