Gauss
の算術幾何平均について,
Coxの論説による
On the Arithmetic-Geometric Mean of Gauss, after Cox
数学専攻 齋藤一樹 Kazuki SAITO
はじめに
本論文は,算術幾何平均に関するGaussの仕事について,Coxの論説を参考にしてまとめた総合報告であ る.論文は5節からなっていて,第1節では正の実数に対する算術幾何平均について,第2節では複素数に対 する算術幾何平均について,定義と基本事項をまとめた.第2節の最後に,複素数に対する算術幾何平均に関
するGaussの結果を述べたが,これが本論文の主題であり,第3節以下はその証明に振り向けられる.第5
節でGaussの結果の証明を述べるが,第3節と第4節はそのための準備である.第3節ではSL(2,Z)の部分
群Γ(2),Γ2(4)とその基本領域について,第4節ではtheta関数について必要な事柄をまとめた.
1
正の実数に対する算術幾何平均
定義1.1. 正の実数a,bに対して数列{an}n≥0,{bn}n≥0を
a0=a, b0=b, an+1=an+bn
2 , bn+1=√
anbn (n≥0)
によって定義する.このとき,数列{an}n≥0,{bn}n≥0は同じ値に収束する.極限値 M(a, b) = lim
n→∞an = lim
n→∞bn
をa,bの算術幾何平均という.
収束の議論において次の評価が決定的である.b≤aと仮定してよい.このとき,
(1)b≤b1≤ · · · ≤bn≤bn+1≤ · · · ≤an+1≤an≤ · · · ≤a1≤a. (2) 0≤an−bn≤(a−b)/2n.
正の実数に対する算術幾何平均について,Gaussは楕円積分と関連して次の結果を得ていた.
定理1.2. a,bを正の実数とする.このとき,
M(a, b)
∫ π2
0
√ dθ
a2cos2θ+b2sin2θ = π 2 が成立する.
ここでは,次が基本的である.
(1)M(a, b) =M(a1, b1) =M(a2, b2) =· · ·. (2)I(a, b) =
∫ π
2
0
√ dθ
a2cos2θ+b2sin2θ
とおく.このとき,I(a, b) =I(a1, b1) =I(a2, b2) =· · ·.
(2)の証明では,変数変換
sinθ= 2asinφ a+b+ (a−b) sin2φ が鍵であった.I(a, b)は楕円積分の典型的な例であった.
1
2
複素数に対する算術幾何平均
定義2.1. a, b∈C(a̸= 0,b̸= 0,a+b̸= 0)に対してa1= a+b
2 ,b1=√
abとおく.ab̸= 0なので,b1の 取り方は二通りある.
|a1−b1|<|a1+b1|,または,|a1−b1|=|a1+b1|, Imb1 a1
>0
が成立するとき,b1は√
abのright choiceであるという.
定義2.2. a, b∈C(a̸= 0, b̸= 0, a̸=±b)とする.
a0=a, b0=b, an+1=an+bn
2 , bn+1=√
anbn (n≥0)
が成立するとき,{an}n≥0,{bn}n≥0はa, bを初項にもつ算術幾何数列であるという.平方根の取り方が二通 りあるので,a,bを初項にもつ算術幾何数列は一意的には定まらない.
{an}n≥0, {bn}n≥0をa, bを初項とする算術幾何平均数列とする.有限個のnを除いてbn+1が√ anbnの right choiceであるとき,算術幾何平均数列{an}n≥0,{bn}n≥0はgoodであるという.
命題2.3. {an}n≥0,{bn}n≥0をa,bを初項とする算術幾何平均数列とする.
(1){an}n≥0, {bn}n≥0がgoodでなければ,lim
n→∞an= lim
n→∞bn= 0.
(2){an}n≥0, {bn}n≥0がgoodなら,{an}n≥0,{bn}n≥0は共通の値に収束し,lim
n→∞an = lim
n→∞bn̸= 0. 収束の議論においては次の評価が重要である.Mn = max(|an|,|bn|),mn= min(|an|,|bn|)とおく.
(1)Mn+1≤Mn.さらに,bn+1が√
anbnのright choiceでなければ,Mn+3≤3Mn/4. (2) bn+1 が√
anbn のright choice であると仮定する.このとき,|an+1−bn+1| ≤ |an −bn|/2.また,
θn= ang(an, bn)とおけば,mn+1≥mncosθn/2.
定義 2.4. a, b∈C(a̸= 0,b̸= 0,a̸=±b)とし,µ∈C(µ̸= 0)とする.a, bを初項にもつ算術幾何平均数 列{an}n≥0,{bn}n≥0が存在して
µ= lim
n→∞an= lim
n→∞bn
となるとき,µはa,bの算術幾何平均であるという.a,bの算術幾何平均を総称してM(a, b)で表わす.特に,
各n≥0に対しbn+1が√
anbnのright choiceであるとき,lim
n→∞an = lim
n→∞bnをM(a, b)の主値simplest valueとよぶことにする.
定理 2.5. a, b ∈C (a̸= 0, b ̸= 0, a̸=±b)とし,|a| ≥ |b|と仮定する.また,µ, λをそれぞれM(a, b), M(a+b, a−b)の主値とする.このとき,M(a, b)のすべての値µ′は
1 µ′ = d
µ+ic
λ (c, d∈Z, c≡0 mod 4, d≡1 mod 4) によって与えられる.
3 Γ(2)
と基本領域
記号3.1. H={τ∈C; Imτ >0}と記す.
2
記号3.2. γ= (a b
c d )
∈GL(2,C),τ ∈Cに対してγτ = aτ+b
cτ+d と記す.
記号3.3. 特殊線型群SL(2,R)の部分群SL(2,Z)⊃Γ(2)⊃Γ2(4)⊃Γ(4)を次のように定義する.
SL(2,Z) =
{(a b c d )
; a, b, c, d∈Z, ad−bc= 1 }
Γ(2) =
{(a b c d )
∈SL(2,Z) ; a≡d≡1 mod 2, b≡c≡0 mod 2 }
Γ2(4) =
{(a b c d )
∈SL(2,Z) ; a≡d≡1 mod 4, c≡0 mod 4, b≡0 mod 2 }
,
Γ(4) =
{(a b c d )
∈SL(2,Z) ; a≡d≡1 mod 4, b≡c≡0 mod 4 }
記号3.4. 上半平面Hの領域F1,F1′,F,F′,F′′′を次のように定義する.
F1= {
τ∈H; |Reτ| ≤1, Re1 τ
≤1 }
= {
τ∈H; |Reτ| ≤1, τ±1 2
≥ 1 2 } F1′ =F1−(∂F1∩ {τ ∈H; Reτ <0}) =
{
τ ∈F1; Reτ ̸=−1, τ+1 2
̸=1 2
̸=1 4
} F =
{
τ∈H; |Reτ| ≤1, τ±1 4
≥ 1
4, τ±3 4
≥ 1 4 } F′=F−(∂F∩ {τ∈H; Reτ <0}) =
{
τ ∈F; Reτ ̸=−1, τ+3 4
̸= 1
4, τ+1 4
̸= 1 4 } F′′′=
{
τ∈F ; τ+3 4
̸= 1
4, τ−1 4
̸=1 4 }
定理3.5. F1′,F′はそれぞれΓ(2),Γ2(4)に対する基本領域である.
4 theta
関数
記号4.1. τ∈Hに対してq =eπiτ とおく.
定義4.2. (Jacobiのtheta関数) qの級数
p(τ) = 1 + 2
∑∞ n=1
qn2, q(τ) = 1 + 2
∑∞ n=1
(−1)nqn2, r(τ) = 2
∑∞ n=1
q(2n−1)24 = 2q1/4
∑∞ n=1
qn2−n
は|q|<1において広義一様収束する.したがって,p(τ),q(τ),r(τ)はHの上の正則関数.
公式4.3. τ∈Hとする.Re√
−iτ >0によって√
−iτを定義すれば,次が成立する.
(1)p(τ+ 1) =q(τ),p (−1
τ )
=√
−iτ p(τ).
(2)q(τ+ 1) =p(τ),q (−1
τ )
=√
−iτ r(τ).
(3)r(τ+ 1) =eπi/4r(τ),r (−1
τ )
=√
−iτ q(τ). 乗積公式 4.4.
p(τ) =
∏∞ n=1
(1−q2n)(1 + q2n−1)2, q(τ) =
∏∞ n=1
(1−q2n)(1−q2n−1)2, r(τ) = 2q14
∏∞ n=1
(1−q2n)(1 + q2n)2
3
公式4.5. p(τ)2+q(τ)2= 2p(2τ)2,p(τ)2−q(τ)2= 2r(2τ)2, p(τ)q(τ) =q(2τ)2.
補題4.6. γ= (
a b c d
)
∈Γ2(4)とする.このとき,p(γτ)2= (cτ+d)p(τ)2,q(γτ)2= (cτ+d)q(τ)2.
補題4.7. p ( τ
2τ+ 1 )
= (2τ+ 1)p(τ),q ( τ
2τ+ 1 )
=−(2τ+ 1)q(τ).
記号4.8. k′(τ) = q(τ)2
p(τ)2,k(τ) = r(τ)2
p(τ)2 と記す.
補題4.9. γ∈Γ2(4)とする.このとき,k′(γτ) =k′(τ).さらに,k′(τ+ 1) = 1 k′(τ),k′
( τ 2τ+ 1
)
=−k′(τ).
定理4.10. k′は双正則写像F′=H/Γ2(4)→∼ C− {0,±1}を誘導する.
系4.11. τ ∈F−∂F とする.このとき,
(1)τ+1 2
>1
2, τ+1 2
> 1
2 なら,Rek′(τ)>0. (2)τ+1
2 <1
2 または τ+1
2 < 1
2 なら,Rek′(τ)<0. (3)−1<Reτ <0なら,Imk′(τ)>0.
(4) 0<Reτ <1なら,Imk′(τ)<0.
5
主定理の証明
5.1. (証明のポイント1)a, b∈Cとし,a̸= 0, b̸= 0, a̸=±bと仮定する.さらに,k′(τ) =b/aとなるよう なτを取り,各n≥0に対して
an=ap(2nτ)2
p(τ)2 , bn=aq(2nτ)2 p(tau)2
とおく.このとき,{an}n≥0,{bn}n≥0はa,bを初項にもつ算術幾何平均数列.さらに,
nlim→∞an = lim
n→∞bn = a p(τ)2
5.2. (一つの帰結){M(a, b)の値} ⊂{ a
p(γτ)2 ; γ∈Γ2(4) }
5.3. (証明のポイント2)τ ∈F′′′なら, a
p(τ)2 はM(a, b)の主値.
5.4. (証明のポイント3){M(a, b)の値}= { a
p(γτ)2 ; γ∈Γ2(4) }
参考文献
[1]戸田盛和,楕円関数入門,日本評論社,2001.
[2] David. A. Cox, The arithmetic-geometric mean of Gauss, 1984.
[3] E. T. Whittakeer, G. N. Watson, A course of modern analysis, 4th ed., Cambridge University Press, 1963.
[4]高瀬正仁,ガウスの数学日記,日本評論社,2013.
[5]高木貞二,近世数学史談数学雑談第7版,共立出版,2007.
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