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へき地における理科指導(1)局地気象の観測
著者 永田 四郎
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 9
ページ 59‑65
発行年 1973‑03‑10
その他のタイトル Science Education in a Remote Village(1)
Meteorological Observations at Muroji Temple
URL http://hdl.handle.net/10105/6279
へき地における理科指導*
(1)局地気象の観測
永 田 四 郎**
(奈良教育大学地学教室)
1 緒 言
へき地は一般的に.自然環境に恵まれていて,しかも自然の変化に富んでいるので,この自然を対 象として適切な学習研究の指導がなされたら,こどもたちの自然の事物現象に関する理解や認識が深 まり,都会地などではなし得ない好ましい理科教育も期待できるはずである。
1970年ごろから,、、へき地でどのような理科指導ができるか、、ということで,主として天文学 と気象学の分野について指導を試みているが,ここには室生寺境内での夏の気象観測の指導例を示す。
この観測には.奈良県宇陀郡室生中学校生徒の内,室生寺付近に在住している男女約20名が参加し たが.その指導に当られた同中学校教諭岩本辰男氏および観測協力の当時奈良教育大学学生辰己・増 田の両氏と,この観測のために境内地と休憩所を提供していただいた室生寺当局に対し,厚く謝意を 表する次第である。
2 計画と準備
およそ次のような趣旨を述べて,室生中学校岩本教諭に協力をお願いし,御承諾を得た。
「こどもたちの学習研究意欲を高めるためには,調査対象が、、やりがいあること、、で,しかもこど もたちに 興味ある有用な結果が得られるもの、、が望ましいが.このような観点から、、室生寺付近の 夏の気象 を採りあげたいと思う。いうまでもなく,室生寺は数多くの国宝や重要文化財を有する著 名な古寺であり,ここの気象状態を調べることは,かけがえのない宝物の保存にも関係するであろう から有意義である。また,室生寺境内は,室生川の渓流から中腹の諸寺堂周辺を経て,山頂の奥の院 まで上下に広がり,地形の変化に富み.気温や湿度などはそれぞれの場所で異なり興味深いだろうし,
特に夏の気温は大阪市や奈良市などと比べてかなり低いことが想像できるが,このような他地との比 較はこどもたちの日常生活とも結びっき.有用なものと考えられる。夏休み中の課外活動としてもお
もしろいと思う」と。そして,実施法などやや具体的な説明も加えておいた。
実施法を相談した結果,この観測に参加させるのは.室生寺付近に在住している室生中学の1年生 から3年生までの男女約20名とした。
* Science Educationin a Remote Village (1)Meteorological Observa−
tions at Mur6ji Temple
** Shiro Nagata(Department of Earth Science,Nara University of
Education.Nara)
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(1)生徒との話し合い。7823日,岩本教諭と生徒との話し合いで,大体次のように決まった。
1.会の名称は「室生の夏をしらべる会」とする。
2.観測場所は室生寺を中心とする5−6か所。
3.実施日は8月10日前後。
4.具体的計画は8月5日以降に,参加全員が集まって考える。それまでに案をつくっておく。
5.実施の責任者は3年3名,2年1名。
(2)生徒との話し合い。岩本教諭と生徒の責任者4名が8月3日に会合し,およそ次のことを決定し た。これらの事項は永田に連絡通知があり,大学側で器材等の準備をおこなった。
1.日的 室生寺を中心とする気象状態を観測することによって,室生がおかれている立地条件 の一端を研究し,郷土発展のため,また夏期休業中の共同研究とする。
2.場所 室生寺境内
3.調査内容 気温,湿度,風.水温
4.調査日時 昭和45年8月13日正午〜14日正午
5.観測場所 奥の院,五重塔付近,金堂付近,山門付近,室生川とシダ自生地 6.観測時刻 毎時,ただし20時〜4時は2時間ごと。
7.観乳メソノミー1年生7名,2年生9名,3年生3名(室生寺分団)
8.指導協力者 岩本教諭,奈良教育大永田教授,学生2名 9.控所は室生寺宿坊とし,ここで適当に休憩する。
(3)観測の説明会。8月6日に永乱 岩本,観測メソパー全員とが室生寺宿坊に集合し,前記の計 画について詳細に説明した。この際特に,この観測の意義を強調し,生徒の自発心が起るように 心がけたつもりである。
観測に用いる器材はすべて大学から運搬し,これらの測器の使い方を実物によって細かに説明 し,全員が徹底するように努めた。特に.正確な測定値が得られるように,アスマン通風温湿計
(小型)を使用させることとし,その取扱い方は具体的に精しく説明した。また,小気候や徴気 候の初歩的概念もできるだけ分りやすく話してやった。
以上の計画準備の段階を経て,観測の実施体制が大体整えられた。
5 観測の実施
昭和45年8月13日の10時に,観測に参加する全員が室生寺宿坊に集合し,グループ分けとそ れぞれの分担が決められた。観測は12時から各所一斉に開始された。
(1)観測の場所と観測項目は第1図に示されているが,①室生川(水面上杓い仇の気温と湿度,お よび水温)②山門付近(気温と湿鼠 および風向風速)③金堂付近(気温と湿度,および風 向風速)④五重塔付近(気温と湿度)⑧シダ群生地(地温と気温,湿度)⑥奥の院(気温 と湿度)である。宿坊に近い①②は女生徒が,遠い高所にある④〜⑥は男生徒が分担した。観 測が正確におこなわれるように,随時,永田と岩本両教官が実施指導した。
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第1図 室生寺境内の観測点
(2)測器は.気温と湿度の測定に小型アスマソ通風温湿計を各掛こ1台ずつ使用させた。水温と地 温の測定には棒状温度計を用いた。風の観測には,発電式携帯風向風速計と旧陸軍使用の携帯式
風向風速計を用いたが,後者は摩擦が大きく.微風の観測にはよく作動しなかった。
(3)観測時刻は,13日の12,13,14,15,16.17.18,19,21,23時と,
14日1,3,5,6,7,8,9,10,11,12時で,それぞれの場所で同時に観測させ た。温湿度測定の高さは各所とも地上約17花である。
(4)測定が正確におこなわれるために,次のような配慮をし,実施させた。
1.第2図のような測定値の記入用紙を作り,これに記入して報告させた。これには,アスマソ 通風温湿計の外見に近く乾球と湿球の2本の温度計を並べて.同じような温度目盛が書いてあ
り,生徒は見た通りを記入図示し,こうすることで見誤りを防ぎ,目盛りを確認させようとす る意図であった。しかし実際には,生徒は温度計の示度を見て,その値を口唱しつつ図に記入 している場合が多く,当初の意図がどれだけ達せられたかは疑問であるが,全般的に,誤読.
誤記は見当らなかった。
2.各時刻の測定が終了したら,測定値をすぐに全体の図中に記入させ,前後の変化や,他の測 定点との比較をさせた。この為に,休憩所黒板に大きな温風 湿度の時刻変化の図を貼ってお
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第2図 観測カード
き,各グループの代表者が,それ ぞれの記号と色で測定値をプロッ トし,折線グラフを作ってゆくの である。この作業は,他所や前の 時刻との比較や関係がよく分り.
「この温度はどうもおかしいので.
今度の時は特に注意して測ろう」
とか「前と比べて気温がぐんぐん 降ってきているが,次にはどんな に変わるだろうか」などと,検討 したり,予想を立てたりするのに 役立って,非常に効果的であった。
この観測は深夜もつづけられたが,生 徒全員が極めて熱心で,責極的に行動し,
事故もなく終了し,14日13時ごろ閑 散した。
4 整理と考察
前述のように,各時刻の各場所の測定 値は測定が終わるごとに全体図に記入さ れていったので,測定が終了すると同時 に概略図ができあがっていた。この図は さらに生徒の代表者によって清書作製さ れ,永田まで提出された。それは第3図 のようなものである。
8月20日午後1時から,室生寺宿坊 で参加者全員が集合.まとめと反省の会 を開いた。第3図を大書して掲示し,こ れを中心として検討し考察を進めたが,
その大要は次の通りである。
(1)平均温度を比べると,奥の院やシ ダ群生地付近が23.1℃で最も低く,
山門付近は24.2℃であるが.奈良 市内の平均値26.4℃や大阪市内の 27.80Cに比べると2.3℃は低い。
(奈良市内と大阪市内の当日の気温
第3図 気温,水温,地温の1日の変化の比較 や湿度については,永田が問い合わせて示しておいた。)
(2)特に夜間には大阪市内より6,70C.奈良市内より3,4℃も低く,室生寺付近は夜涼しいこ とが分る。
(3)気温の1日の変化が大きいのは,奥の院や山門付近で,シダ群生地の気温は変化が小さく,大 体21.2℃である。
(4)室生川の水温は日中は250Cぐらいまであがり,朝方には20℃ぐらいまで降り,割に変化が 大きい。平均して気温よりは2,3℃は低い。
(5)湿度は,シダ群生地付近が最大で,山門付近が最小.大体85−809乙である。これは奈良市 内や大阪市内より109も以上高くなっている。
(6)気温も湿度も,昼間には場所による差が大きいが,夜半過ぎて夜明けごろには何処でも大体似
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た温湿度になっている。
(7)8月13日の昼間には各場所の温度差は大きいが,14日昼ごろの差はそれほど大きくないが,
これは13日が晴天,14日は曇雨天であったので,天候の違いによるのであろう。
およそ以上の事項について.永田がヒソトを与えつつ生徒に答えさせ,さらにその理由を考えさせ その補足説明を加えたが,生徒は特に自分たちがいる室生寺付近の夏が涼しいことtがはっきり分り,
郷土の良さを感じたようである。そして皆が意外で不思議に思ったことの一つは,山頂にある奥の院 の気温が,常識的に考えると最も低くて涼しいはずなのに,実測では下の方の他の場所より高温であ ったことで,その理由ははっきりしないが,常識だけではだめで実際に調べることが必要であると感
じたようである。
5 結 語
この観測指導について,それが限られた一部の生徒を対象としている点が問題であるとの指摘がな されたが.わたしは,たとえ一部の生徒であってもよいから,へき地の自然に対してあらためて見直 し,郷土の良さや問題点に気づいてくれたらと思う。それは必ず,大きい 理科教青い としてこどもた ちの中に活きて㍉少しずつでも伸びていきはせぬかと期待するのである。
この指導で感じたことを付加するとおよそ次のようである。
(1)教科書にとらわれずに,大きな観点からへき地の自然の中から特色のある教材を捕えるのがよ い。従って,学年の別もなく皆が学習研究できるように実施する。
(2)指導して効果を急ぐ必要はなく.長い目で何時かの将来にこどもたちの中に芽を出し,徐々に 育ってゆくことを期待する。
(3)強力な援助と指導がなされねばならない。へき地校は一般に理科設備も十分でなく,また理科 を担当している先生も十分ではないので,大学からの器材の貸与などの物心の援助と,懇切な指 導が不可欠である。
(4)適切な教材を捕え,強力に援助指導するなら,へき地のこどもたちは極めて純真で熱心である ので,予期以上の教育効果を上げ侍ると信ずる。
この種の理科指導は現在も別に試みつつあるが.へき地でもこの程度の理科指導がなし得るという 具体例をできるだけ多く得たいと思う。これによってへき地教育に活を入れ.都会地ではなし得ない 特色あるへき地教育が実施され,へき地振興の一助となることを希うものである。
参 考 文 献
(1)永田四郎:堂内気象の観刺,㈹l室生寺金堂,奈良教育大紀要第20巻第2且(1971)
(2)永田四郎:へき地の自然環境を活かした理科指導,日本理科教育学会第22回全国大会要項
(1971)