奈良教育大学学術リポジトリNEAR
講演会 民族文学について
著者 永積 安明
雑誌名 文学研究
巻 1
ページ 24‑26
発行年 1955‑07‑21
URL http://hdl.handle.net/10105/8901
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オ一回旅行
常葉旅行 −飛鳥めぐりt
を︼回︑新二回読書会
田 宮 虎 彦 ﹁ 足 摺 岬 ﹂
今 田 克 巳
矛一回研究発表会
西鶴と町民文学 佐 伯 快 勝
矛一回講演会
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仁 か 二 回 旅 行
一 書野山−西行庵をたづねてー
国 文
オ三回
ゲーテ﹁若きヴエルテルの悩み﹂
松 本 隆 義
文学論輪読会−三回1
才四回読書会
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勉 か五 回読 書会 小村 多喜 二﹁ 防雪 林﹂ 川北 操講師 神大教授
永 積 安 明 氏
近頃︑文学の読者層の範田が急に拡張して来ている︒
それば︑文学雷沈香店︶が五万郡も売れ︑又・・・新
宅などが︑どれだけ多く売れているかによって︑知る事
が出来るであろう︒ これは︑国民文学への文学の必然
的移行を示すものではないであろうか︑私は︑かつて︑
存文学は︑入関の心と心を結び付けるものであり︑又︑
それは︑人間の心を作り変えて行く作用を持っているの=
と云いました︒ ここで︑その結論に基づいて︑文学の
伝統にlついて︑少し考えたいと思います︑先づ︑江戸文
学を見ると︑その中には作家の自我の自覚︑独立と云う
ものがなく︑わひ︑さびの精神は1現代の合理的精神に
対立するものでありますし︑窮治文学に於いても︑拝古
主義が︑現代人の中に迄︑内在させる程の悪影響を与え
た︑それろの世界性の欠如︑内容︑精神の狭まきを︑練
承する事は︑無意味である︒ 日本文学の伝統の自覚に
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ついては︑壌近になって︑問題化される様になったので
あるが︑従来の文学には︑国民的紐承の可能なもの︑即
ち︑奴隷的に人間を扱う者に抵抗しょうとする文学と︑
反国民的伝統︑即ち︑人間を圧迫しょうとする伝統を持
つ文学が存在しており︑国民にこの点の自覚をさせる事
が必要である︑けれど︑屡々︑これに障害を受けて︑今
まで文学が進んで来たのである︑先ず︑﹁万葉集﹂に於
いても︑か御国のため〝と云う面が拡大されており︑又
︑そd様に価値付けも行われていたのであり︑防人の歌
の様に︑人間性を引裂く者への抵抗を示すものは︑その
価値付けより抹殺されていたのである︑この抹殺されて
いたものは︑ル太っちょは︑薄い奴だ〝と云う観点に立
つものであり︑我々は︑これを重視する必要があるので
はないだろうか︑﹁源氏物語﹂に於いても︑今まで︑好
色的であるとの理由で軽視する見方もあったが︑この中
に我々は︑貴族の悩み︑社会の行詰りを︑感知する事が
出来る︑﹁購蛤日記﹂︑﹁紫式部日記﹂にも雷かれてい
る様に女性由愛情の開墾 つまり︑常に女性は受動的存
在としかも成り得なかった事でー︒女性の物語として︑そ
の生活への抵抗を生々と書いて︑生軍を確認し︑批判し ている点に於いて︑近代の合理性にマッチするもので︑ この中に近代文学を生み出す基点の内在するのを見る革 が出来る︑次に﹁平家物語﹂を見よう︑これは︑喝人 間の無情を強調しようとする両を持っていたにしても︑ その中に︑非常に革命的な人間を措いた文学であり︑人 間を書的に生かそうとする文学で︑近代文学の先駆であ ったともいえる︑﹁狂言﹂に於いても︑中世の農村の新
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しい階級の演劇であり︑諷刺的な文学要素を持ち得たも
のとして︑再認識が必要である︑﹁徒婆卑しに於いても︑
社会のl矛盾を指摘しているものである︑近松︑西恕正於
いては︑国民的伝統性には︑乏しいものである︑社会の
慈条件の中に存在した以上︑妥協的望聖抒情的なもの
︑非合理的なもの︑徹底的に城われていない点︑後逸的
なものも︑彼の社会の追求の中に存在した革が見られ︑
高く辞商は︑されるものの︑あくまでも︑上層町人の眼 から見たものとして二心見る事が出来る︑矛盾の世界︑
伝統野菜撃八倍により封建的なものの中に連れ込まれて いる︑少し時代はのりぼ.巧︑新古今集の抒情性についてで
あるが︑孜々の抒情と対決すべきものであり健全な抒情
でないと云得るし∵聖霊完料芸術論の由る必然性を
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見る︑つまり︑文学は︑唯の抒情だけではいけないのだ
︑﹁専小屋﹂もその燈︑受取られない様に︑悪に対決し
てないもの︑薗いものを反省して行くべきであり人欄に
生きようとする精神の戊罠を保課しなければいけない・.
ここで一つ紹介しておきますが︑ノーマソが﹁忘れられ
た思想家﹂ 曾波臥薗︶の中で︑日本人は︑横倍は︑う
まいが︑創造的なる本当の人間らしい生活をした︑封建
時代の一人の創造的な思想家もあるとして安藤正益を上
げているのは︑重視されるべきものであり︑彼の著作の
中で︑封建の定圧にも︑めげず本当の事を番きしるした
のが偲ばれる︒最後に云いたい事は︑文学の主体は︑
国民全体の生活的︑文学的要求を発掘して行く方向に発
展して行くべきであると云う革である︒
◎ 次号原稿塵集
一︑日本文学︑国語学︑国翠教育に関する研究
一︑原稿用紙︑一行二十五字四百字詰十枚以内
− ︑
応 募
原 稿
は 返
却 致
し ま
せ ん
︒
山︑〆切は十月二十五日
〝若きエルテルの悩み紗における
ゲーテ文学の創造の本質
松 本 隆 義
封建的ギルド生産様式を破壊したプヲyヌ大革命に先
きだつm年前︑ゲーテ告ルテル嘗発表し︑人間個性の
自由な全面的展開を意味する市民的︑革命的ヒューマニ
ズムをこの抒情的雰輝男の中にうたいあげた︒
ゲーテは決して革命的作家ではなかった︑しかし上昇
期プル汐ヨアジーの所有した啓嚢主義のワクの中で彼は
市民革命の粒本的理念と輝びついたのである︒大別して
ゲーテは三つの時期に別けられるが︑ユルテルを事いた
のは初期の疾風怒添の時代である︑人間欝歌をたくまし
くスローガンにかかげたこの期のロマ㌢主義遊動は︑う
すぐらい中世の壁をつきやぶって︑現実の世界に光を得
ようとする熱意にもえていた︒
ヴ土ルテル〜の一部においては︑封建時代に新らしい生
命を得たブルジョアの健康な姿を措き︑二部においては
封建組織の中でうめく近代自我−・きそれもやがて自らそ
一之占