藤原定頼年譜考 : その後半生について(上)
著者名(日) 柏木 由夫
雑誌名 大妻国文
巻 24
ページ 17‑40
発行年 1993‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001480/
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藤 原 定 頼 年 譜 考
︱ ︱ そ の 後 半 生 に つ い て
︵上 Y ト ー
柏
木
由
夫 定 頼 前 の 半 生 に つ い 先 て 年 述 べ た が
︑
∩ 藤 原 定 頼 年 譜
︱ 考
︱ そ の 前 半 生 に つ い
︱ て
︱
﹂ 平 ﹃ 安 時 代 の 和 歌 と 物
﹄ 語 桜 楓 社 昭 和 五 十 八 年 刊
︶ 本 稿 は そ の 続 編 に 当 た る ︒ 定 頼 の 和 歌 の 史 的 位 付 置 け 文 や 芸 性 な ど に は ほ と ん ど 触 れ れ ら な い が
︑ 疎 漏 を 恐 れ つ つ も 諸 ︑ 資 料 で あ る 程 度 時 期 の 知 り 得 る 彼 の 活 動 を 網 羅 す る こ と を 目 指 た し ま ︒ 年 ず 譜 を 掲 げ ︑ そ れ を 基 に 定 頼 後 半 生 の 粗 描 試 を み る こ と と す る 尚 ︒ 年 ︑ 齢 に つ い て は 異 説 が あ る が 前 ︑ 半 生 と の 関 連 か ら
︑ 旧 稿 に そ の ま ま 続 け る こ と と た し
︒ ま た 年 譜 に 多 用 く い た 諸 資 料 は 以 下 の 略 号 で 示 し ︑ 他 は そ の 都 度 示 し た ︒ 公
︵ 公 卿 補 任 ︶︑
小 小 ︵ 右
︶︑ 記 左
︵ 左 経 記 ︶︑
春
︵ 春 記 ︶︑
歌
︵ 三 十 六 歌 仙 伝
︶︑
紀
︵ 日 本 紀 略 ︶︑
弁 弁 ︵ 官 補 任
︶︑
I 定 ︵ 家 本 定 頼 集 ︶︑
Ⅱ
︵ 明 王 院 本 定 頼 集
︶ ︒
∧ 寛 仁 年 四 8 ︵ 8 ︶ 六 千 歳
∨ 正 キ 六 結 政 所 に 参 左 ︑ 甲 ︲ 内 蔵 頭 を 辞 す 公 歌
︵弁 手 大 ︶ ︑ ヤ 十 任 参 議 希 望 の 有 無 を 実 資 が 公 任 に 問 う 小
□ ︑ 今
後 一 条 帝 疲 病 の 祓 憮 怠 で ︑ 道 長 よ り 勘 当 を 受 け る 小
︑ そ 甚 勧 学 別 院
︵弁 当 主 を
︶ ・ 山 階 寺 別 当 と な る ︑ 頼 通 の 賀 茂 社 参 詣 に 奉 仕 左
︑ 十 丁 四 公 任 定 ︑ 頼 の 任 議 参 に い つ 語 て る 小 回 二 ︑ 人 官 奏 奉 仕 左 主 ︑ 喜 六 賀 茂 臨 時 祭 に 奉 仕
︑ 先 例 知 ら ず と さ れ る 小
︑ 主
・ 十 九 任 参 議 兼 ︑ 右 大 弁 近 ︑ 江 如 守 元 公 歌 小
□ 主 ︑ 上 実 資 宅 慶 に び 申 小 し
︑ 主 名 昇 殿 聴 を さ る 小
︵左 主 i 九 条
﹀
十 千
十
結
藤 原
定 頼
年 譜
考
一 七
一 八 政 所 参 に 左 ︑ 主 阜 二 延 暦 寺 で 道 の 長 受 戒 参 に 主 ︑ 喜 一 下 山 小
︑ 主 事 二 任 議 参 後 は じ め て 定 文 執 筆 左 ︑ 三 ・ 甚 御 季 読 経 に 参 小 間 ︑ 三 二 弓 場 始 に 参 小 ︑ 官 奏 奉 仕 左 ︑ 聞 主 六 阜 大 極 御 殿 読 僧 経 名 定 に 不 参 ︑ 皇 太 后 官
︵ 妍 子 ︱ 頼 定 は 中 官 亮 だ た っ
︱
︶ の 御 読 経 に 候 ず ︑ 甚 奇 怪 と さ れ る 小 間 ︑ 三 キ 三 ︑ 殿 上 所 宛 を 定 む 左 ︑ 聞 主 克 所 労 で 出 仕 せ ず 左 ︑ 間 三
・ 冊
︑ 参 内 ︑ 申 文 を 行 い ︑ 後 所 労 で 退 出 左 ヤ 四 道 命 没 小 ︵ 右 記 目 録 ︶ ︑
† 共 道 綱 紀 没
∧ 治 安 元 年 8 ︵ 一 一 じ 七 早 歳
∨ 正 三 小 朝 拝 に 参 小
︑ 正 三 中 宮
︵ 威 子 ︶ 大 饗 に 参
︑ 正 共 伎 位 執 筆 小
︑ 正 共 踏 歌 節 会 に 参 小
︑ 正 喜 二︑
甚 縣 召 除 目 に 参 小
︑ 正 キ 六 公 任 実 ︑ 資 に 定 頼 の 任 参 議 後 初 の 着 座 に つ い て 故 実 を 問 う 小
︑ 千 一 酉 刻 着 座 公 小
︑ 千 七 尚 侍 嬉 直 子 慮 に 東 官 渡 り ︑ 直 同 慮 に 候 小 日 ︑ 手 七 疫 疾 の た め の 大 極 殿 で の 寿 命 経 転 読 に 参 小
︑ 手 克 後 一 条 帝 御 悩 平 癒 報 賽 と し て の 無 量 寿 院 で の 道 長 丈 の 六 仏 絵 百 余 体 供 養 参 に
︑ 公 任 灸 治 小 千 ︑ 葛 僧 正 覚 蓮 ︑ 大 僧 都 賀 秀 の 追 贈 宣 命 使 に な る 紀
︑ ヤ 菫 右 大 臣 実 資 ︑ 内 大 臣 通 教 の 宮 々 へ の 啓 慶 に 参 小 ヤ ︑ 其 教 通 申 の 慶 従 に う 小 今 ︑ 菫 陣 申 文 に 奉 仕 小
︑ 今 菫 実 資 邸 の 勧 学 院 歩 に 参 小
︑ キ 克 公 任 辞 状 小
■ ︵ 主 十 ︑ 千 主 も 同
︶︑ じ す 古 春 日 社 行 幸 に 病 悩 で 不 参 小 主 ︑ 九 陣 申 文 に 参 小 主 ︑ 革 ︿ 実 資 よ り 五 節 童 女 の 装 束 送 を ら る 小 ︑ 主 暮 一 豊 明 節 会 小 に 忌 宰 相 と て し 参 小 ︑ 三 豊 倫 子 の 無 量 寿 院 西 北 堂 供 養 に 参 列 小
︑ 主 九 官 奏 奉 仕 小
︑ 主 阜 三 政 に 参
︑
﹁ 太 憮 怠
﹂ と さ れ る ︑ 季 御 読 経 僧 名 を 書 く 小 固 ︑ 主 阜 四 涼 清 殿 で の 西 院 北 供 養 童 舞 参 に 小 三 ︑ 阜 六 官 奏 奉 仕 小 主 ︑
︿ 阜 季 御 読 経 に 奉 仕 小
︑ 三 喜 二 当 年 不 堪 佃 田 定 に 参 小 三 ︑ 喜 七 年 当 不 堪 佃 和 田 奏 参 に
︑
﹁ 太 憮 怠
﹂ 小 七 二 九 源 頼 光 没 左
︵ I l00 〜 103 ヽ
Ⅱ
93
94 ・
ヽ
422 〜
425 ︶
回
∧ 治 安 年 二 ち ︵ 量 ︶ 翠
︿ 歳
∨ 千 二 参 内 ︑ 昨 主 各 三 焼 亡 の 八 幡 宮 に つ き 議 す 小 甲 ︑
内 参 所 ︑ 充 申 文 こ の と 等 議 す 小 甲 ︑ 莞 新 造 枇 杷 殿 の 皇 后 太 官
︵ 州 子 ︶ の 許 に 参 小 千 ︑ 三 陣 定 に 参 小 千 ︑ 其 高 陽 院 で 頼 の 通 競 馬 参 に 小 ヤ ︑ 茜 法 成 寺 金 堂 供 養 の 行 幸 に 所 労 遅 で 参 ︑
﹁ 諸 卿 不 甘 心 ﹂ 小 今 ︑
定 考 に よ り 結 政 に 参 左 ︑ な 共 平 野 社
・ 大 原 野 社 行 幸 の 行 事 と な る 左 キ ︑ 葛 時 姫 の た め の 法 成 寺 阿 陀 堂 法 華 八 講 に 参 小 左 ︑
† 菫 彰 子 御 願 観 音 院 供 養 対 に し ︑ 平 野
︒ 大 原 野 行 幸 行 事 に よ り 忌 む べ き と 経 頼 に 勧 め ら れ 不 参 左
■ ︑ 菫 平 野 社 行 幸 に 奉 仕 左
﹁ 定 頼 雖 下 蕩 為 行 事
﹂
︵ 平 野 行 幸 次 第
︶︑ 主 上 四 豊 明 節 会 に 参 左 主 ︑ キ ︿ 従 三 位 大 ︵ 原 野
・ 平 野 行 幸 行 事 賞 ︶ 公
︵ 歌 左 弁 主 人 ︶ 日 ︑ 三 阜 九 加 階 後 は じ め て 結 政 に 参 左 ︑ 主 喜 一 信 家
︵ 教 通 息 頼 ︑ 通 養 子 ︶ 元 服 か 左
︑ 主 轟 追 難 奉 仕 左 主
■ 三 彰 子 御 方 で 詠 歌 左
︵ 続 古 事 談
︶
□
∧ 治 安 三 年
︵ 8 垂 ︶ 元 歳 ∨ 正 三 参 内 小 朝 拝 雪 解 の た め 止 む 小
︑ 正 三 太 皇 太 后
︵ 彰 子 ︶ へ の 観 朝 行 幸 に 参 小 ︑ 正 豊 一 一 官 大 饗 に 参 小
︑ 正 二 九 所 労 の た め 春 日 祭 不 参 の 由 を 公 任 実 資 消 に 息 小
︑ 千 主 兼 備 後
︵ 権
︶ 守 公 歌 ︵ 千 菫 弁 ︑ 千 菫
︶︑
∧ こ の こ ろ 御 嶽 詣 で ∨ 手
︵ 下 旬
︶ 公 任 次 女 没 栄 本 ﹁ の 零
・ 玉 の 台
﹂ 回
︑ 甲 菫 弟 女 喪 に よ 官 り 奏 不 参 小
︑ 千 二 仮 ﹁
﹂ に よ 内 り に 不 参 小
︑ 平 共 公 任 次 女 四 十 九 日 小
︑ 千 丈 実 頼 忌 の た め 東 北 院 に 入 礼 小
︑ 手 賑 給 使 を 定 め る 請 要 受 け る 小
︑ 千 菫 公 任 辞 意 を 示 す 小
︑ 平 大 法 成 寺 で の 道 長 逆 修 に 参 小 李 ︑ 十 道 長 仁 王 経 講 ぜ む し る に 参 小
︑ 不 当 造 大 安 寺 長 官
︑ 重 ヂ 替 に う 小 不 ︑ 葛 官 奏 に 奉 仕 小
︑ 李 大 信 濃 国 重 減 省 裁 許 に 疑 義 を 呈 す が 実 資 批 に 判 さ る 小 回 ︑ ヤ 共 道 長 逆 修 結 願 参 に 小 七 暮 七 相 撲 参 に 小
︑ 今 菫 陣 定 等 奉 に 仕 小 を ︑ 三 任 公 と と も に 怪 我 を し た 実 資 を 見 舞 う 小
︑ を 十 道 長 家 法 華 升 講 へ の 道 中
︑ 車 輪 が 折 実 れ 資 車 の で 参 小
︑
† 彗 一 倫 子 六 十 賀 に 参 小 日 ︑ 主 阜 四 豊 明 節 会 に 参 小 三 ︑ 圭 年 当 不 堪 佃 日 の 定 議 す 小
︑ 主 毛 実 資 の 封 戸 寄 進 に よ る 勧 学 院 の 歩 の 宴 参 に 小 主 ︑ 九 年 当 不 堪 佃 議 田 議 等 す 小 主 ︑ キ 五 転 左 大 弁 小 歌 ︑ 三 七 革 荷 前 使 に 障 を 申 す 小 主 ︑ i 御 仏 名 に 参 主 ︑
■ 六
藤 原
定 頼
年 譜
考
九 一
二 〇
伎 位 官 奏 参 で 頼 ︑ 通 大 弁 の 遅 参 を 戒 む 小 ︑ 主 ■ 七 教 通 室 男 ︑ 子
︵静 覚
︶ 出 産 小
栄 ︵ 後 ﹁ く ゐ の 大 将 し 回
︿ 準 七 彰 子 土 御 門 前 殿 栽 和 歌 会 と ︑ 教 通 大 の 井 川 御 祓 に 参 栄
﹁ 御 裳 着
﹂ □
∧ 万 寿 元 年
︵ あ 昌 ︶ 手 歳 ∨ 正 共 教 通 室 没 紀
︵ 大 鏡 小 ︑ 右 記 目 録
︶︑
正 三 四 教 通 室 葬 送 ︑ 忌 み の た め 不 栄 参 後 ﹁ く ゐ 大 の 将
﹂ □
︑ 千 甚 教 通 室 四 十 九 日 法 要 紀 千 ︑
申 文 を 進 む 小 李 ︑ 其 道 長 の 法 成 寺 薬 師 堂 供 養 参 に 小
︑ ヤ 菫 改 元 議 を す 改 ︵ 元 部 類
︶︑ 記 そ 十 九 高 陽 院 で の 競 馬 に 奉 仕 小
† ︑ 五 実 資 ︑ 季 御 読 経 等 定 め る た め 召 す が 故 ︑ 障 を 称 す 小
︑ す 六 同 く じ 物 忌 み を 称 す 小
︑ す 七 大 根 申 文
︑ 季 御 読 経 の 事 物 に 忌 を み 申 す が 参 ︑ 入 し 定 文 を 書 く ︑ 但
し 僧 ﹁ 名 誤 多
﹂ 小 す ︑ 共
〜 太 京 官 除 目 奉 に 仕 小
︑
≡ 充 威 子 ︑ 道 長 の 上 東 門 院 第 で 七 の 宝 小 塔 供 養 に 参 小 主 ︑ 主 年 当 不 堪 佃 申 田 文 ︑ 諸 国 検 交 替 使 定 を め る た め 参 小
︑ 主
■ 四 当 年 不 堪 佃 田 荒 奏 た の め 参 史 ︑ の 失 儀 を 咎 め ず 非 難 受 を け る 小 主 ︑ i 豊 明 節 会 に 参 小
︑ 主 三 暮 松 尾 社 幸 行 に 留 守 を 仰 せ ら る 小 主 ︑ 七 喜 胸 病 小 ︑
キ ︿ 当 年 不 堪 佃 定 田 あ る が 前 ︑ 々 日 よ り の 胸 病 治 ず ら 右 大 弁 重 ヂ 代 に わ る 小 ︑ 主 阜 公 任 ︑ 大 納 言 上 の 表 小
︑ 主 単 一 後 一 条 帝 不 予 に つ き 実 資 に 報 告 小
︑ 主 上 六 直 物 荷 ︑ 前 使 定 に 参 小
︑ 主
・ 充 教 通 室 一 周 忌 小 栄 駒 ﹁ 競 の 行 幸 ﹂ 回 ︑ 主 喜 ︿ 参 内
︑ 諸 事 あ り 小
︑ を 十 高 陽 院 行 幸 和 歌 に 参 小 栄 駒 ﹁ 競 の 行 幸 ﹂
□
∧ 万 寿 二 年
︵ δ 量 ︶ 畢 一 歳
∨ 正 五 喜 四 条 官 焼 失 栄 わ ﹁ か ば
﹂ え
︵ 小 右 記 目 録
︶︑
千 二 道 長 憮 ︑ 怠 を 難 ず 小 千 ︑ 十 祈 年 穀 奉 幣 定 に 遅 参 ︑ 非 難 さ る 小 回
︑ ニ ネ 五 仁 王 会 定 に 参 小
︑ 千 葛 官 奏 に 参 小
︑ 手 主 教 通 ︑ 任 中 言 納
︲を 不 可 と す 意 る 見 を 頼 通 に 伝 え る
′︱︑ 一 千 三 教 通 催 す 闘 鶏 に 参 小 ︑ 手 十 彰 子 の 上 東 門 院 で の 御 八 講 に 参
︑
双 観
無
量 寿
経 書
写 小
手 ︑
甚
石 清
水 臨
時 祭
に 参
小 ︑
手 菫
彰
子
の 御
八 講
結
願
参 に 小 千 ︑
春 季 御 読 経 の 僧 名 を 書 く 左 ヤ ︑ 英 定 頼 子 没 小 囮 ︑ 今 主 東 宮
︵ 後 朱 雀 帝
︶ 妃 尚 侍 嬉 子
︵ ︿ 豊 親 仁 親 王 産 ︑ 今 二 没
︶ の 船 岡 の へ 葬 送 参 に ヽ 小
・ ︿ 大 実 資
■ に 梨 勤
・ 積 榔 子 請 を 受 け る 小
︑ 今 菖 済 政 女 と 離 別 小 回 ︑ キ 伊 勢 例 幣 延 引 の 大 祓 を 行 う 小
︑ 今 当 実 資 ︑ 五 節 童 女 の 装 調 束 進 を 求 め る 小
︑ キ 主 公 任
︑ 童 女 装 束 を 定 頼 代 に わ て っ 調 進 す る こ と を 申 出 し る 小 口 ︑ 今 嬉 子 四 十 九 日 ︑ 法 成 寺 阿 弥 陀 堂 で の 法 事 に 参 小
︑ 今 太 定 考 に 参 小 ︑ す 一 道 長 の 上 東 門 院 で の 法 華 三 十 講 始 め に 病 を 称 て し 退 去 小
■ ︑ 三 季 御 読 経 の 僧 名 日 時 を 議 す 小 す ︑
不 堪 佃 田 大 ・ 根 申 文 を 議 す 小 ︑ す 十 ︑ ■ 京 官 除 目 に 参 小 十 i 三 季 御 読 経 南 ︑ 殿 候 に ぜ ず
︑ 故 実 不 知 と 実 資 の 非 難 受 け る 小
︑ 土 官 奏 参 に 小 主 ︑ 半 資 実 の 五 節 経 営 を 訪 う 小 主 ︑ キ 四 豊 明 節 会 に 参 小 主 ︑ 喜 九 不 堪 佃 定 田 に 参 小
□ ︑ 主 キ 四 官 奏 に 参 小 主 ︑
■ 九 公 任 ︑ 長 谷 に 籠 居 す 小 栄 衣 ﹁ の 珠
﹂
︵ Ⅱ 83 84 ・
□ ︶ ヽ 今 九 親 仁 親 王 産 養 に 詠 歌
︵ 1 44︲
︶︑
主
︒卜 小 式 部 内 侍 没 栄 衣 ﹁ の 珠
﹂ ロ
∧ 万 寿 三 年
︵ δ 異 ︶ 手 二 歳
∨ 正 三 長 谷 公 の 任 を 訪 栄 う 衣 ﹁ の 珠
﹂ □
︑ 正 出 公 任 家 出
︑ 道 長 装 東 に 付 け て 和 歌 贈 を る 紀 栄 衣 ﹁ 珠 の
﹂
︵ 公 任 集
︶︑
正 七 ■ 政 始 結 ︑ 政 所 に て 立 座 着 庁 左 甲 ︑ 一 旬 儀 に 参 左 手 ︑
︿ 右 少 史 信 重 を 勘 ず 小
□ ︑ 五 ■ 季 御 読 経 結 願 左 ﹁ 大 弁 申 行 巻 数
﹂ 等 左
︑ ヤ 十 諸 国 申 文 処 理 小 今 ︑
定 考 結 ︑ 政 着 に す 左 十 ︑ 三
︵ 威 子 御 産 に よ
︶ り 参 内 初 ︑ 左 盃 キ ︑ 十 不 堪 申 文 ︑ 国 々 坪 付 開 ︑ 発 解 文 等 議 す 小
︑ キ 十 六 十 に 同 じ ︑ な 茎 侍 従 所 に 入 た っ 山 鳩 に つ い て ︑ 御 を 卜 行 わ せ る 小 左
︑
≡ 四 仁 王 会 僧 名 執 筆 左 主 ︑
・ 五 定 頼 の 三 条 邸 よ り 春 ︑ 日 祭 使 に 少 将 定 良 進 発 左 主 ︑ キ 五 章 子
→ 千 九 威 子 御 産 ︶ 七 夜
︑ 管 絃 和 歌 あ り ︑ 執 筆 す 左 御 ︵ 遊 抄 ︶ 囲
´
∧ 万 寿 四 年
︵ 8
署 ︶
手 三
歳 ∨
藤 原
定 頼
年 譜
考
一 一 二 正 三 四 方 拝
・ 節 会 に 参 小
︑ 正 豊 彰 子 の 上 東 門 院 へ の 朝 朝 行 幸 に 参 小
︑ 正 圭 伎 位 あ り ︑ 参 小
︑ 正 毛 白 馬 節 会 に 参 小 ︑ 正 先 道 長 の も と で 夜 児 師 琵 琶 法 師 の 興 あ り ︑ 同 座 す 小 正 ︑ キ 六 踏 歌 節 会 に 参 小 正 ︑
■ 九 政 始 に 参 小 正 ︑ 事 二 縣 召 除 目 始 に 参 小
︑ 正 七 喜 除 日 入 眼 に 参 小
︑ 正 九 喜 章 子 御 五 十 儀 日 に 参 小 ︑ 千 十 九 交 替 使 定
・ 仁 王 会 定 の 儀 に 参 小
︑ 手 占 所 労 足 ︵ 下 ︶ の た め 直 物 に 不 参 小 ︑ 千 十 章 子 百 日 の 儀 に 参 小 ︑ 甲 五 東 宮 皇 子 親 仁 親 王 着 袴 に 参 小 ︑ 甲 九 官 奏 に 参 小 ︑ 東 官 敦 良 ︑ 禎 子 直 療 に 始 め て 渡 る ︑ 饗 所 に 参 小
︑ 甲 季 御 読 経 定 の 僧 綱 を 書 く 小 手 ︑ 大 実 頼 忌 ︑ 東 北 院 に 参 小
︑ 李 二 官 奏 障 に 足 ︵ 下 所 労
︶ あ 小 り
□ ︑ 今 主 定 考 に 参 小 ︑ 今 菫 通 頼
︑ 方 塞 で 源 章 任 の 桂 宅 に 宿 る に 従 う 小
︑ 今 当 法 成 寺 釈 迦 堂 供 養 に 参 小
︑ 十 四 官 奏 に 参 小 キ ︑
︿ 不 堪 佃 田 申 文 の 事 で 参 小
□ ︑ 今 甚 宋 の 商 船 に つ い て 大 政 官 符 を 下 す 小 な ︑ 共 妍 子 崩 に よ り ︑ 警 固 固 関
︑ 皇 太 后 官 上 に る が
︑ 頼 通 命 の で 着 座 せ ず 退 下 小 四 ︑
■ 四 大 根 申 文 に つ て い 参 ︑ 実 資 問 の い 答 に え る 小
︑ 主 キ 豊 明 節 会 に 参 小 主 ︑ 六 喜 道 長 の 病 に よ る 法 成 寺 行 幸 に 供 奉 小 主 ︑ 九 ■ 敦 良 法 の 成 寺 行 啓 供 に 奉 小 ︑ 主 毛 喪 弔 勅 使 と な る 小
︑ 主
■ 九 御 仏 名 に 参 小 主 ︑ 喜 ︿ 彰 子 に よ 道 る 長 へ の 法 成 寺 で の 法 会 に 参 小 九 ■ 四 皇 太 后 官 奸 子 崩 ず 紀 主 ︑ 出 道 長
︑ 行 成 没 小 他 国 ︑
∧ 長 元 元 年 あ ︵ 夭 ︶ 手 四 歳
∨ 正 三 平 座 見 参
︵ 道 長 亮 後 機 中 に よ る 紀
︶ に 参 左
︑ 正 毛 白 馬 装 ︵ 東 せ ず 紀
︶ 御 覧 に 参 左 ︑ 千 列 見 に 参 左 手 ︑ 克 年 去 不 堪 佃 田 を 定 め る 儀 に 参 左 甲 ︑ 一 旬 平 座 に 参 左 千 ︑ 三 大 極 殿 で の 臨 大 時 若 般 経 転 読 に 参 左 ︑ ヤ 菫 祈 雨 御 読 経 願 結 後 の ︑ 八 省 よ り 退 出 す る に 前 例 あ る か 不 審 を 持 た れ る 左 ヤ ︑ 菫 陣 定 に 参
︑ 新 年 号 を 議 す 左 ︑ 今 t 結 政 に 参 左 今 ︑
定 考 に 参 左
︑
︿ キ
︿ 大 極 殿 で の 仁 王 会 に 参 左
︑ 当 十 官 奏 に 参 小 左 そ ︑ 葛 京 官 除 目 に 参 小 な ︑ 太 除 日 入 眼 に 参 小 ︑ 主 出 法 成 寺 阿 弥 陀 堂 で の 道 長 一 周 忌 法 要 参 に 小 主 ︑ キ 四 豊 明 節 会 に 参 小 主 ︑ キ 七 賀 茂 臨 時 祭 試 楽 参 に
︑
不 堪
佃
和 田
奏
の 定
文
を 書
く 小
十 ︑
丁 菫
陣 定 ︑ 宋 国 人 来 着 解 文 等 議 す ︑ 定 文 を 書 く 小 主 ︑ キ 五 字 の 誤 り を 実 資 指 に 摘 さ れ る 小 主 ︑ i 九 除 目 直 物 に 参 小 主 ︑
・ 十 陣 座 に 参 小
∧ 長 元 二 年
︵ δ 元 ︶ 千 五 歳
∨ 正
■ 四 権 納 中 言 公
︵歌 正 C i 間 ︑ 千 菫 皇 馨 女 子 五 十 日 の 儀 に 参 小 ︑ 甲 一 旬 儀 に 参 小
︑ 四 ・古 馨 子 百 日 儀 の に 参 小 回 ︑ ヤ t 前 大 弐 雅 憲 の 献 た じ 自 鹿 の 処 置 に つ い て の 陣 定 参 に 小 ︑ 今 葛 大 宰 権 帥 源 道 方 赴 任 の 餞 に 参 小 な ︑ 菫 福 来
︵耳 下 腺 炎 ︶ を 患 う 小 を ︑ 大 不 堪 佃 申 田 文 の 儀 に 参 小
∧ 長 元 年 三
︵ δ き
︶ 千 六 歳
∨ ニ キ 三 丑 時 着 座 公 ︑ を 二 陣 定 に 参 小 ︑ キ 菫 頼 通 の 石 清 水 参 詣 供 に 奉 し 帰 る 小 孝 ︑ 奎 勢 伊 奉 幣 使 発 遣 列 に 席 小
︑ す 一 旬 平 座 に 参 孝 小 十 三 御 前 で の 作 文 会 に 出 席 す る も 不 正 を な す 小 回
∧ 長 元 四 年
︵ あ 一一一じ 旱 七
∨ 歳 正 毛 自 馬 節 会 に 参 小 ︑ 正 喜 五 実 資 宅 に て 清 談 小
︑ 千 四 除 目 執 筆 に つ い 教 て 通 教 に え る 小 国 ︑ 千 十 六 除 目 に 参 小
︑ 千 英 経 家 元 服 小
︑ 千 克 経 家 叙 爵 公 ︑ t 甲 斎 院 選 子 御 楔 に 参 左
︑ 甲 十 賀 茂 祭 に 参 左 今 ︑
︿ 斎 宮 寮 権 頭 藤 原 相 通 夫 妻 流 罪 の 議 に 参 小 ︑ 主 i ︿ 経 家 ︑ 侍 従 に 任 ぜ る ら 公
∧ 長 元 五 年 あ ︵ 三 ︶ 早
︿ 歳
∨
藤 原
定 頼
年 譜
考
四 二 三 キ 一 仁 王 会 検 ︑ 校 と な る 左
︑ 三 甲 政 結 に 参 左
︑ 今 主 東 官 禎 妃 子 産 娼 子 へ の 通 頼 の 産 養 に 参 小
︑ 今 荘 同 五 夜 に 参 小 ︑ 今 十 九 同 七 夜 に 参 小 す ︑ 丈 上 東 門 菊 院 合 右 に 方 上 達 部 と し て 参 十 ︵ 巻 本 歌 合
︶
∧ 長 元 六 年
︵ δ
≡
︶ 手 九 歳
∨ 正 圭 鮫 正 三 位 公 歌 ︑ 正 毛 経 家 ︑ 従 五 位 上 ︑ 東 官 御 給 公 ︑ 正 キ 九 経 家 ︑ 少 納 言 公
︑ 千 共 白 河 院 で の 頼 通 に よ る 子 日 宴 に 不 参 続 ︵ 古 事 談
︶ 図 ︑ 甲 九 勅 授 帯 期 公 歌
∧ 長 元 七 年
︵ δ 茜
︶ 早 歳 ∨
︿ 半 二 風 雨
︵今 九 ︑
︿ ・←
被 の 害 多 く
︑ 修 復 に つ い て 仰 せ を 受 け る 左
︑ 今 共 季 御 読 経 に 参 左
︑ 今 十 釈 尖 に 参 左 そ ︑ 当 頼 通
︑ 高 陽 院 で の 一 切 経 供 養 彰 に 渡 子 御 あ り ︑ 奉 仕 左 紀 栄
﹁歌 合
﹂
︵扶 桑 略 記
︶︑
す 五 祭 大 主 中 臣 輔 親 奉 献 の 碧 珠 に つ い て ︑ 安 置 場 所 を 諸 道 に 問 い ︑ 御
卜 を 行 う こ と を 進 言 左
■ ︑ 菫 季 御 読 経 に 参 左 主 ︑ 二 結 政 に 参 左 主 ︑
■ 六 政 を 延 期 す べ き こ と を 経 頼 に 消 息 す 左 主 ︑ キ 七 結 政 に 参 左
∧ 長 元 八 年
︵ 8
≡
︶ 早 一 歳
∨ 正 毛 白 馬 節 会 ︑ 宣 命 使 と な る 左
︑ 正 キ 五 兵 部 手 番 で ︑ 上 卿 と し て 人 一 甚 雨 の 深 夜
︑ 八 省 に 参 左
︑ 正 轟 経 家 ︑ 紀 伊 権 守 公
︑ 千 十 宇 治 よ り 帰 洛 の 頼 通 に 従 う 左 手 十 六 高 陽 院 水 閣 歌 合 に 参
□ ︑ 李 花 山 院 女 御 譴 子 没 左
︵ I l29
︲30 o ロ ︶
∧ 長 元 九 年
︵ δ
異 ︶
早
二 歳
V
正 毛 経 家
︑ 正 五 位 下 ︑ 章 子 内 親 王 御 給 公
︑ 千 葛 経 家 ︑ 右 少 弁 公
︑ 甲 t 後 一 条 院 崩 馨 ︑ 子 斎 院 退 下 ︑ そ の こ ろ 詠 歌 栄
﹁ 着 る は わ び と し 嘆 く 女 房 ﹂
□
︲ ︑ 甲 十 九 頼 通 の 直 鷹 に そ 後 一 条 院 崩 後 の 雑 事 を 定 め る 左
︑ 甲 十 前 日 に 同 左 じ 甲 ︑ 菫 先 帝 を 上 東 門 院 に 移 す に 参 左 ︑ 甲 甚 警 固 を 行 う 左 ︑ 其 甲 殿 上 先 で 帝 後 法 事 雑 の 事 定 め に 参 左 ︑ 千 菫 頼 通 直 の 慮 て に 先 帝 葬 送 雑 の 事 を 定 め る 左 ︑ 千 t 殿 上 侍 所 で 御 の 導 師 を 定 め る こ と 等 参 へ 左 ︑ 千 十 九 先 帝 の 浄 土 寺 西 原 で の 火 葬 に 参 左
︑ 千 菫 先 仏 帝 行 事 に 参 左
︑ 李 十 九 一 条 院 に て 先 帝 崩 後 の 処 分 を 行 う に 参 左 ︑ ヤ 英 先 帝 旧 臣 法 の 華 書 経 写 に 加 え て ︑ 阿 弥 陀 経 を 書 き 浄 土 寺 に 供 養 す 左 今 ︑ 二 釈 彙
︑ 上 卿 と な る 左 ︑ 今 十 頼 通 に 先 帝 の 笛 を 奉 る 左 国 ︑ 主 阜 九 清 暑 堂 御 神 楽 で 付 歌 奉 仕
︵ 御 遊 抄
︶ 国
∧ 長 暦 元 年
︵ あ 署
︶ 早 三 歳
∨ 正
■ 九 政 に 参
︵ 平 記 ︶ ︑ 正 暮 同
︵ 平 記
︶︑ 千 二 経 家
︑ 兼 造 大 安 寺 長 官 公 手 ︑ 九 石 清 水 八 幡 行 幸 上 卿 料 を 受 け る
︵ 平 記
︶
∧ 長 暦 二 年
︵ 8 夭 ︶ 早 四
∨ 歳
︲ 正 圭 叙 従 二 位 超 ﹁ 通 任
﹂ 公 ︑ 正
■ 四 経 家 ︑ 蔵 公 人
︑
︿ 甲 経 家 ︑ 兼 斎 長 院 官 止 大 安 寺 公 ︑ す 共 官 中 原 御 子 方 菊 に を 献 じ ︑ 詠 歌 あ 春 り
︑ 出 平 野 祭
︑ 上 卿 を 民 部 卿 道 方 す と る こ と を 進 言 春
∧ 長 暦 三 年
︵ δ 元 ︶ 早 五 歳
∨ キ 七 豊 明 節 会 ︑ 小 忌 の 納 言 と し て 参 春 ︑ 主
︿ 喜 祓 大 の 同 時 を 勘 申 す 春 ︑ 主 i 一 生 子 入 内 に ︑ 通 経
︑ 信 長 ︑ 経 家 と と も に E 従 春 栄
﹁暮 待 つ 星
﹂ 回 主 ︑ 喜 二 生 子 の も と 酒 で 宴 春 ︑ 主
■ 三 昨 日 と 同 じ く 一 族 共 生 子 付 に 添 き う 春 間 ︑ 主 キ 一 季 御 読 経 結 願 ︑ 荷 前 候 に ず 春 聞 ︑ 主 キ 三 生 子 女 御 と な る 春 回 ︑ 間 三 キ 四 内 侍 除 目 を 行 う 春
︑
間 三
喜 三
石 清
八 幡
官
へ の
大 般
若
経 供
養
藤 原
定 頼
年 譜
考
二 五
一 一 一 ︿ た の め の 願 文 を 清 書 春
∧ 長 久 年 元 8 ︵ 8 ︶ 早 六 歳
∨ 正 共 経 家 従 ︑ 四 位 下 ︑ 弁 労 公 ︑ 正
■ 二 経 家 還 ︑ 公 昇 甲 ︑ 菫 賀 茂 祭 の 警 固 を 行 う 春 千 ︑ 太 実 頼 忌 東 ︑ 北 院 に 参 春 十 ︑ 九 京 極 内 裏 焼 亡 ︑ 東 北 院 遷 に 幸 春 回 ︑ す 菫 帝 ︑ 教 通 の 二 第 条 に 遷 御 春 栄 暮 ﹁ 待 星 つ
﹂
︵ 百 錬 抄
︶
□ ︑ 主 事 二 生 子 参 内 春
︵ 二 東 記 十 一
・ ←
□ ︑ 主 三 喜 原 子 皇 女 祐 子 着 袴 准 ︑ 后 と な す 春
□ ︑ 主 喜 九 御 竃 神 を 二 条 第 渡 に す こ と に 供 奉 春 主 ︑ i 二 荷 前 使 に 障 を 申 す 春 春 生 子 の 女 房 贈 と 答
︵ I l45
︲46 ・
︶ 国 ヽ
︿ ・ 茜 高 階 成 順 没 拾 ︵ 遺 往 伝 生
︑ I
. 6
︶
□ ︑ す 下 旬
〜 主
・ 下 旬 公 任
・ 後 朱 雀 帝 の 贈 答 栄 暮 ﹁ 待 つ 星
﹂ 国
∧ 長 久 二 年
︵ δ 四 じ 早 七
∨ 歳 正 三 公 任 没 春
︵ 扶 桑 略 記 ︶ 国
∧ 長 久 三 年 あ ︵ 里
︶ 早
︿ 歳
∨ 正 i 二 叙 正 二 位
︵ 書 殿 舎 額 賞
︶ 公
∧ 長 久 四 年 δ ︵ 望
︶ 早 九 歳
∨ 正 毛 経 家 従 四 位
︑ 祐 子 内 親 王 御 給 公
︑ 羽 弁 と 連 歌 栄
﹁ 暮 待 つ 星
﹂
九 ■ 九 兼 兵 部 卿 公 ︑ 経 家 右 中 弁 公 ︵弁 手 充 ︶ ︑ 秋 後 一 条 皇 女 章 子 御 所 で 経 家 ︑ 出
∧ 寛 徳 年 元 あ ︵
︶ 昌 畢 歳
∨ 李 九 病 に 依 入 り 道 公 定 頼 女 よ り の 贈 歌 あ り
︵千 載 集 冬 4︲9 ︶ ﹁ 権 ヽ
中 納 言 家 々 領 右 京 七 条 三 坊 家 地 券 紛 失
﹂ 状 尖 キ 一ギ 千 t の 日 付 あ り 朝 野 群 載 十 一 雑 上 文
︶
∧ 徳 寛 年 二 δ ︵ 里 ︶ 手 一 歳
∨ 正 三 六 経 家 東 官 殿 上 公
︑ 正
■ ︿ 後 朱 雀 帝 崩
︵ 扶 桑 略 記 ︶ ︑ 正
■ 九 定 頼 没 公 栄 根 ﹁ 合 ﹂ 国 以
下 で は
︑ 右 の 年 譜 の 年 次 に 従 て っ
︑
□ 〜 国 の 注 記 を 付 た し 事 項 に つ い て 諸 資 料 に よ て っ 説 明 を 加 え る こ と と す る ︒ ま ず 寛 仁 四 年
︑
□ 及 び 回 前 は 年 十 一 月 以 来 望 ん で 果 せ な か た っ 定 頼 任 の 参 議 の 件 引 を き 継 ぐ も の で
︑ 公 任 は 初 ﹁ 相 違 事 有 恨 気
﹂ で あ た っ が ︑ 今 回 は 入 ﹁ 道 殿 約 諾 了 ﹂ と 道 長 が す で に 約 束 て し い た こ と が 分 か り
︑ こ の 十 一 月 二 十 九 日 に 任 ら じ れ た ︒
︵ □
︶ 定 頼 前 は 半 生 変 と わ ず ら
︑ こ の 年 も で
︑ 主 を 主 ︑ i 六︑
間 菫 キ 六 な ど の よ う に ︑ 周 囲 や 特 に 道 長 な ど の 辱 庭 を 買 う ︑ 官 人 と て し 適 不 格 行 な 動 が 見 え る が
︑ 小 野 官 家 を 継 者 ぐ と し 厚 て 遇 受 を け て も い た と 考 え ら れ る ︒
﹃ 江 談
﹄ 抄 に 載 る 四 ﹁ 条 中 納 言 為 蔵 人 頭 之 時 ︑ 嘲 弼 君 顕 定 ︒
︵ 詐
︶ 以 虚 誕 為 宇 治 殿 仰 事
︒
⁝
⁝ ﹂ の 説 話 は ︑
﹁ 為 蔵 人 頭 之 時
﹂ を 正 し い と す れ ば 定 頼 が 任 蔵 人 頭 の 寛 仁 元 年 二 月 七 日 か ら 任 参 議 ま で の 事 で あ る ︒ 顕 定 村 は 上 源 氏 で 為 平 親 王 息 弾 ︑ 正 大 弼 と し て は
﹃ 左 記 経
﹄ 長 の 和 年 五 月 二 十 二 日 条 ︑ 寛 仁 年 元 九 月 十 日 条 に 見 え る ︒ 定 頼 が 嘲 た っ と い う 内 容 宇 も 治 殿
︵ 頼 通 ︶ の 仰 せ と た し 虚 誕 も 不 明 だ が
︑ 定 頼 は 頼 通 に よ り 勘 嚢 を 被 り ︑
﹁ 半 年 許 蟄 居
﹂ す る こ と と な る
︒ 頼 定 が 年 半 近 く 記 録 に 見 え な 時 い 期 と て し は ︑
① 仁 寛 子 間 甲 主 小
† 〜 共 公 ︑
② 千 同 五 圭 二 小 主 〜 喜 一 公 ︑
③
同 甲
四 ︱
公 〜
主 キ
小
の 三
回
を 挙
げ
る
こ と
が
で き
る ︒
特
定
困 は
難
だ が
古 ︑
瀬 雅
義 氏
前 は
年
来
任 の
参
議
ま に
わ つ
る 定
頼 周
辺
の 動
向
を 詳
細
に 検
討
し ︑
蟄 居
藤 原
定 頼
年 譜
考
一 一
七
二 八 の 時 期
② は と し
︑ こ の 間 二 に 類 本
︵明 王 院 本 Y の 自 撰 部 分
︵I l 〜 33︲ ︶
が 編 ま れ と た 推 測 さ れ て い る
︒
∩ 自 撲 本 糸 定 ﹃ 頼 い 集 成 の 立 と そ の 背
︱ 景
﹁ 家
︲ 集 の 理 整 側 峙 は 寛 t 年 三 後 半
・ 力 ︑
︱ ︱
﹂
﹃國 文 學 孜
﹄ 第 一 二 六 号 平 成 三 年
︶ こ の 説 話 で
﹁ は 顕 定 宇 治 殿 方 人 也 云 々 ︒ 定 頼 二 条 殿 方 人 也 故 ︒ 有 意 緒 歎
﹂ ︒ と あ て っ 頼 ︑ 通 教 と 通 兄 弟 確 の 執 を 前 提 に ︑ 定 頼 の 教 通 家 へ の 親 堀 を 明 ら か に し て い る こ と が 意 注 さ れ る ︒ か し も
﹃江 談 抄
﹄ で は ︑ こ の 話 に 続 て い 顕 定 が 平 範 国 を 陥 れ ︑ 範 国 が 実 資 に 咎 め ら れ る 説 話 が 載 せ ら れ て い る
︒ こ れ か ら す れ ば 定 頼 も 顕 定 に 挑 発 さ れ 自 ら 墓 穴 を 掘 た っ の で は な い だ ろ う か ︒ た し が て っ
︑ や は り こ れ も 定 頼 の 思 慮 の 浅 さ を 示 挿 す 話 と 見 る べ き だ ろ う
︒ 治
安 年 元 に 入 て っ
︑ 月 二 七 日
︵日 ︶ 同 は 一 日 の 任 参 議 箸 座 を 経 て ︑ 大 納 言 斉 信 と も と 初 に め て 政 従 に う が
︑ 両 人 の 失 儀 甚 だ く し 往 ﹁ 古 不 聞 之 失
﹂ 也
︵小
︶ と さ れ た ︒ 十 月 二 十 三 日
︵□ ︶ に は 御 季 経 読 の 文 書 を 執 筆 す る が
︑
﹁神 護 字
︵寺 力 ︶ 神 字 誤
︑ 僧 名 等 又 誤
﹂
︵小
︶ と い う 失 態 を 演 て じ ま し う ︒ こ の 年 月 七 十 九 日 源 頼 光 が 没 し て い る
︒
︵ 回
︶ 定 頼 集 に は こ の 頼 光 関 と 連 す る 箇 所 見 が え る ︒ 以 下 に 定 家 本 の 本 文 を 示 す と ︑ う へ の 御 を ば の う せ 給 ひ け る 御 い な に て
︑ よ り み つ の 朝 臣 で し の 山 を し だ り に し て 見 え よ か し こ に お く れ た る 人 の た め に と 100 ︵
︶ と あ り け る を き き 給 て ひ う き 世 に は ま と
︲る の み こ そ か な け し れ く か い ふ 人 も あ ら じ と お も へ ば 101 ︵
︶ お な 人 じ の 御 て の あ り け る を 見 給 ひ て 見 る ご と に 浪 よ は す れ ど ま は ち ど む り か し の あ と は か は ら ざ け り り 102 ︵
︶ お な 人 じ み の に お は け し る に ︑ 御 い の り よ く せ さ せ 給 へ ︑ よ の さ わ が き し
︑ な ど き え こ た り
︐け る
み ふ
を 見
給
ひ
て
な が か れ と 人 を だ に こ そ を し け へ れ な ど か わ が 身 を い の ら ざ
け り む
︵ B
︶ と な る ︒
こ れ
は 明 王 院 本 小 に 異 は あ
る が 共 通 す 部 る 分
Ⅱ ︵ 422
〜 425
︶ で あ
る ︒ 別 明 に 王 院 本 の 自 撰 部 分 と さ れ る と こ ろ に は ︑ 独 自 部 分 と し て I l03
o I 425
に 重 複 し つ つ ︑ む か し 人 の 文 を
︑ ひ ん が
し の か た に あ り け る を み よ と あ り し か ば
︑ い と
こ ま や か に か け る な か に ︑ な や ま く し
し 給 ふ な る ︑ な は よ く
つ つ し み 給
へ ︑ お は せ ざ ら ん よ に は ︑
い か が せ ん な ど あ り し か ば
︑ う ら に く か な が か れ と 人 を だ に こ そ ち ぎ り け れ な ど か 我 が 身 を を し へ ざ り け ん 93 ︵
︶ 返 し 契 り お き
し こ と は こ の 世
に あ ら ね ど も う き み は な が き も の に ざ り け る 94 ︵
︶ が あ る ︒
こ れ ら 一 連 部 の 分 に つ て い
︑ 以 下 で 少 し く 考 察 を 加 え た い ︒ 森 本 元 子 氏 の
﹃ 定 頼 集 全 釈
﹄ ︵ 私 家 集 全 釈 叢 書 6 風 間 書 房 平 成 元 年 二 月 刊
︶ に よ る と
︑ I
︲00 詞 書 の う ﹁ へ の 御 を ば
﹂ は ︑ 源 済 政 の 女 で あ
る 定 頼 室 の 叔 母 ま た 伯 は 母 ︑ す な 道 綱
︱ 道 命
︱ 女
︱ ︱
︱
︱
︱
︱ 定 女
頼
﹁︱
︱
︱
︱ 相 模 藤 原 定 頼 年 譜 考
二 九