冠動脈における血管内ずり応力と不安定プラークの 関係性について:三次元血管内イメージング流体解析 を用いた検討
日本大学大学院医学研究科博士課程 内科系循環器内科学専攻
村田伸弘
修了年 2019 年
指導教員 廣 高史
目次
① 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
② 諸言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
③ 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
④ 対象と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
⑤ 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
⑥ 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
⑦ 結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
⑧ 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
⑨ 表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
⑩ 図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
⑪ 図説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44
⑫ 引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47
⑬ 研究業績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54
1
概要
目的:急性冠症候群(Acute coronary syndrome:ACS)と関連性 の高いプラーク破綻に先行するプラークの不安定化については、血 管内ずり応力がどのように関係しているのかについては定説がない のが実情である。そこで本研究では冠動脈造影 CT 画像から得られ る冠動脈三次元画像を用いて流体力学的解析を行い血管内ずり応力 を計測、ACS の主な惹起源とされる不安定プラークを CT で同定 し、血管内ずり応力と不安定プラークの関係性を明らかにする。ま た CT による不安定プラーク抽出の信頼性を高めるため血管内超音 波(Intravascular ultrasound:IVUS)による評価も同時に行う。
対象と方法:虚血性心疾患の診断にて、冠動脈造影 CT 撮影 1 か 月以内に心臓カテーテル検査(冠動脈造影、IVUS)が施行された 37 症例を対象とし、CT 画像より不安定プラークの特徴を持つ 13 例、安定プラークの特徴を持つ 24 例に分けて解析を行った。冠動 脈造影 CT 画像から三次元血管内腔画像の構築を行い、37 症例の冠 動脈 3 次元血管画像から 37 個の関心領域を抽出し数値流体解析
(Computational fluid dynamics:CFD)を行った。また IVUS に
2
よって内腔体積、血管体積、総アテローム量、パーセントアテロー ム量、カラーIVUS により壊死性組織、脂質性組織、線維性組織、
石灰化組織、壊死性組織+脂質性組織の占有率を算出した。
結果:関心領域での最小血管面積(不安定プラーク群: 2.4±0.5 vs. 安定プラーク群[以下同様]: 2.2±0.3 mm
2, p =0.119)、内腔 体積(42±15 vs. 37±12 mm
3, p =0.273)に有意差は認めなかった が、血管内ずり応力の最大値 (512±476 vs. 169±145 Pa, p = 0.025)、平均値(4.0±3.2 vs. 1.6±1.2 Pa, p =0.022)は有意差を持 って不安定プラーク群で高かった。また IVUS によって得られた 関心領域の総アテローム量(133±48 vs. 66±19 mm
3, p <0.001)、
パーセントアテローム量(75±7 vs. 64±6%, p <0.001)、血管体積
(175±56 vs. 103±29 mm
3, p <0.001)も有意差を持って不安定プ ラーク群で多かった。カラーIVUS による組織性状評価では不安定 プラークを有する関心領域の壊死性組織占有率(31±12 vs. 20±9%, p =0.004) 、脂質性組織占有率(13±3 vs. 10±3%, p =0.005)ならび に壊死性組織+脂質性組織占有率(44±14 vs.30±11%, p =0.002)
は安定プラークを有する関心領域と比較して有意に多量で、石灰
化組織占有率(1.1±1.0 vs. 2.5±1.6%, p =0.011)、線維性組織占有
3
率(55±15 vs. 68±12%, p =0.007)は有意に少なかった。CT によ り同定される不安定プラークの存在と関連する因子を同定するた め多変量ロジスティック回帰分析を行った結果、平均血管ずり応 力、壊死性+脂質性組織占有率の 2 因子だけが不安定プラークと 有意に正の相関関係を認めた。(平均血管ずり応力: odds ratio 2.724, p =0.024; 壊死性+脂質性組織占有率: odds ratio 1.295, p =0.046)
結論:本研究では CT にて定義された不安定プラークは安定プラ ークに比し高い血管内ずり応力と関係していることが示された。
CT 画像を用いた血管内ずり応力測定によってプラークの不安定化
の解明や、ACS などの将来的なイベントを予測できる可能性が示唆
された。
4
緒言
日本人は脳卒中の死亡率が高く、反対に虚血性心疾患のリスクが
低いことが特徴とされてきた。しかし、戦後国民の生活水準が向上し
て食生活を含む生活習慣の欧米化が進み、高血圧、糖尿病、脂質異常
症といった生活習慣病を有する患者総数が増加したことにより虚血
性心疾患の罹患率は上昇した
1, 2。また虚血性心疾患に対する治療法
が薬剤、経皮的冠動脈形成術、外科手術ともに近年目覚ましく進歩し
ている現在においても、虚血性心疾患の最重症型である急性冠症候
群の死亡率は依然として高い
3。 虚血性心疾患患者の予防や予後改
善は、国民全体の健康維持に不可欠であり、さらに医療経済を効率化
するためにも極めて意義深い事柄である。そのためには一次予防と
なる生活習慣の改善に加えて、正確に疾病を診断し患者に適切な治
療を施し、さらに疾患再発を防ぐための二次予防が重要であると考
えられる。
5
急性冠症候群の病態
Herrick らは 1983 年に心筋梗塞患者の病理所見より、心筋梗塞は
血栓によって冠動脈が閉塞することによって発症していることを報
告した
4。 1990 年代に入ると冠動脈造影検査が広く施行されるよう
になり、不安定狭心症や心筋梗塞は、それまでは冠動脈壁が内腔に向
かって徐々に肥厚し最終的に冠動脈が高度に狭窄、閉塞した結果発
症すると考えられていたが実はそうではなく、冠動脈内のアテロー
ム性プラークの破裂とそれに伴う血栓形成が主因であることが示さ
れた
5。 また Falk らによって急性心筋梗塞の 68%が狭窄度 50%以
下の病変から突然発症することが報告された
6。 現在、不安定狭心
症、心筋梗塞ならびに虚血性心臓突然死は、急性冠症候群(Acute
Coronary Syndrome: ACS)とまとめて総称されているのは、これら
の病態にはいずれも冠動脈に内在するアテローム性プラークの破綻
とそれに続発する局所での血栓形成が共通の病態として存在してい
ると認識されているからである
7。つまり冠動脈の動脈硬化の進行は
線維化や石灰化成分に富んだプラークが内腔の狭窄を来し安定狭心
症を発症する場合と、一方では脂質成分に富んだ柔らかいプラーク
を形成し、その後、破綻をきたし急性冠症候群を発症する 2 つのパ
6
ターンが存在する。(図 1)
冠動脈壁の内膜の局所肥厚をプラークと呼んでいるが、脂質コアを 有しそれを膠原線維に富んだ線維性被膜に覆われて 2 層構造を呈し たものをアテローム性プラーク(もしくはアテローマあるいは粥腫)
と呼んでいる。この粥腫形成の初期段階として、血管内皮細胞がずり 応力、高血圧、高血糖、脂質異常、喫煙などによる酸化ストレスや感 染や炎症性疾患による種々の炎症性サイトカインにより傷害を受け ると、LDL-コレステロールが内膜内に取り込まれ、酸化 LDL が形 成される。その後マクロファージは酸化 LDL を貪食し泡沫細胞へと 変化し粥腫が形成されら。その中でも壊死性組織や脂質コアの増大、
プラーク内出血を来したもの、粥腫を包んでいる線維性被膜の菲薄 化が認められるものが ACS を来しやすい不安定プラーク(易破綻性 プラーク、 vulnerable plaque)とされており
8-11、 これらのプラー クになんらかの物理的な作用、たとえばプラーク内ストレスやずり 応力の不均一分布や集中が局所に加わることによって、ある日突然 に冠動脈のプラークが破綻すると考えられている。
冠動脈造影 CT と不安定プラークの検出
CT による心臓・冠動脈の画像化が現実のものとなり臨床に広く
7
応用されるようになったのには、(1)検出器の多列化と空間分解能 の向上、(2)ガントリー回転速度の高速化による時間分解能の向 上, (3)画像再構成法の進歩の 3 つの要因が貢献している。
冠動脈の画像診断法としては、従来では選択的カテーテル挿入によ る観血的な冠動脈造影や後述する血管内エコー法に代表される血管 内イメージングが形態情報に関する診断法であったが、multi- detector CT (MDCT)の進歩によって非侵襲的にこれに近似する形 態情報が得られるようになった。冠動脈狭窄の診断精度に関する 16 列 MDCT を用いた報告では,陰性適中率(negative predictive value: NPV)が 97〜99%と高く
12-14、非定型的な胸痛、運動負荷 試験の結果が不確定な場合などのスクリーニングとして用いられる ことが多かった。64 列以上の MDCT では、撮影中の心拍数安定や 時間分解能の向上に伴って、評価不能の要因の 1 つであった
motion artifact が減少して画質が改善し、診断精度が向上してい
る。また、従来の冠動脈造影で得られる情報は血管内腔の投影像の
みであったが、MDCT では冠動脈内腔の情報ばかりでなくプラーク
の存在や性状を含めた壁の状態を画像化できる利点がある
12。 急
性冠症候群と安定狭心症群の CT 画像所見を用いたいくつかの研究
8
によって、不安定プラークの CT 画像による特徴が報告されてい る。 一つは陽性リモデリング、2 つ目は低 CT 値、3 つ目は Spotty calcification である。これら 3 つの特徴をすべて持ち合わせた場合 の急性冠症候群の責任病変であることについての陽性的中率は
95%、3 つの所見すべてない場合の陰性的中率は 100%とされてい
る
15。 またこれらの CT 画像による動脈硬化病変の特徴は急性冠 症候群発症予測に関しても有意義で陽性リモデリングと低 CT 値の 2 つの特徴(図 2)を有する動脈硬化病変は急性冠症候群発症リスクが 44 倍高いことが示されている
16。
血管内エコー検査 (Intravascular Ultrasound: IVUS ) について IVUS は高周波超音波探触子(20-60MHz)を先端に擁した直 径約 1mm(3 French size)のカテーテルを生体の血管内腔に直接挿 入し血管壁の短軸断層像を抽出する方法である。IVUS は 1989 年 に世界で初めて臨床応用され
17、現在では経皮的冠動脈形成術 (percutaneous coronary intervention :PCI)を施行する多くの施設 において、PCI の戦略決定やエンドポイント決定のためこの IVUS が用いられているのが現状である。
通常の IVUS により得られる情報は白黒で得られ gray-scale と呼ば
9
れる画像で構成される(図 3)。IVUS カテーテルから 2.5 波長程度の パルス波が発せられ、その波が組織の中を進んでいく。組織の中を 進んで行く過程で音響インピーダンスが異なる二つの物質の境界面 において一部の波は反射され、一部は反射されずにその境界面を通 過し、さらに奥へ進達する。最終的にさまざまな組織境界面で反射 された結果としての超音波信号を信号強度に応じて 256 段階の gray-scale 画像として表される
18。IVUS における超音波の深部到
達度は 4~8mm で、それによりプラークの全貌を描出することがで
きる。Gray-scale 画像で示される IVUS において冠動脈の中層膜は
低輝度に描出され、外膜と内膜は比較的高輝度に描出されるため
に、IVUS においても血管壁は 3 層構造を呈する。内腔・内膜境界
線内の面積を内腔断面積、中膜・外膜境界線内の面積を血管総断面
積、そしてこの両者の差をプラーク断面積と呼ぶことになってお
り、すなわち、通常 IVUS でいうプラーク断面積というのは内膜断
面積ではなく、内膜+中膜複合体面積で表されている。IVUS カテ
ーテルは一定速度で引き抜きながら一定時間間隔で短軸断面像が撮
像できるので、連続する各断面の面積を積分することで、一定区間
内のプラーク、内腔、血管の総体積をそれぞれ計算することもでき
10
る。このように IVUS で得られた解剖学的情報は、治療方針の決定 や治療デバイスの選択、治療エンドポイントの決定のために重要な 情報であり、治療後のフォローアップにも用いられる。また、手技 も容易で安全性が高いことから、現在最も広く普及している血管内 イメージング法といえる。
カラー血管内エコー法の原理
前述した gray-scale IVUS では冠動脈プラークの組織性状を画像
の輝度の違いにより分類した。すなわち、外弾性板の外側領域より
輝度の低いプラークの面積が 70%以上を占める“ソフトプラー
ク” 、外弾性板の外側領域と同等か輝度の高いプラークが 70%以上
を占める“ハードプラーク”、輝度の低いプラークと高いプラーク
が混在する“ミックスドプラーク”、および高輝度領域に音響陰影
を伴う石灰化が主成分となる“石灰化プラーク”である。しかしな
がら、このようなプラーク分類は判断において主観的な面は避けら
れず、プラークの質的診断に限界があると考えられる。そこでこの
限界を克服すべく、超音波信号の中に隠されたそれぞれの組織に特
異的な音響力学的特性を抽出してプラーク内の組織を描出する方法
として、現在 3 種類のカラー血管内エコー法、すなわち IB-
11
IVUS
TM 19、 VH-IVUS
TM 20、iMAP
TM 21が市販されている。それ ぞれ一長一短があるが、線維、脂肪について感度・特異度ともに 90%前後の精度を有している。Integrated backscatter 法(IB-
IVUS
TM)は、線維、脂肪、石灰化、平滑筋細胞はそれぞれエコーの
反射強度が異なるという仮説に基づいて、プラークの各部分から帰 ってきたエコー信号の強度を客観的にカラーマッピングするもので ある。VH-IVUS
TMではプラークの各部分のエコー信号の周波数ス ペクトルを求め、そこから 8 つの指標を測定してその大小の組み合 わせからなる分類木(Classification tree)を用いて組織性状を同 定するというものである。iMap
TMはその周波数スペクトルの形状 と既知組織のスペクトルの形状との類似性を評価しながら、ディー プ・ニューラルネットワーク理論(人工知能における Deep
Learning の一種)を応用して組織性状を同定するというものであ
る。本研究では iMap
TMを使用しているが、iMap
TMでは in vivo 実 験において、冠動脈から得たデジタル化した RF 信号からパワース ペクトルを得て、既知組織のパワースペクトルライブラリーと比較 して一定の方法で近似度を求め、その値より necrotic (ピンク)、
lipidic (黄)、fibrotic (黄緑)、calcified (水色)の 4 つの組織性状を同
12
定する(図 4)。Kozuki らは iMap を使用して ACS と非 ACS の冠 動脈責任病変を比較検討した。ACS の冠動脈責任病変のプラークは 非 ACS と比べて lipidic (7.7% vs. 6.2%, p=0.0016)および necrotic (34.2% vs. 26.3%, p=0.0084)が多く、また最小血管内腔面積での
lipidic 領域の割合は ACS の冠動脈責任病変の独立した関連因子で
あると報告した
22。
動脈硬化におけるずり応力の役割
血管内に発生する血管内皮にかかる圧力、すなわちずり応力は動 脈硬化進展における重要な物理的因子のひとつであるとされてい る。ずり応力は、流れによって血管の表面がずれる方向に力がかか るために生まれ、血管内皮細胞を滑るように、あるいは変形させる ように働く。その値(τ)は、τ=ρ・dv/dx で表される。すなわち 血流速度(v)を血管壁からの距離(x)で微分したものに、血液の粘性 度(ρ)を掛けることで算出される。
かねてより、ずり応力の低い血管壁においては、プラークの形成さ
れやすいことが知られている
23, 24。 Caro らは血液・血管壁間の
ずり速度依存性の物質移動に注目し、低ずり応力部において高いコ
レステロールレベルが維持されるメカニズムを提唱、動脈硬化は低
13
ずり応力部位で生ずるとした
25, 26。 その後、低ずり応力が血管内 皮細胞を刺激し、血管拡張因子である一酸化窒素の分泌抑制や炎症 性サイトカインの分泌促進をしていること、またリポプロテイン受 容体遺伝子などの動脈硬化遺伝子の発現に関与していることが報告
された
27-29。 実際に、動脈硬化性プラークはしばしば血管分岐部
の外側や曲がった血管の小弯側に存在し、このような部位では比較 的ずり応力が小さい
30。 一方いくつかの ex vivo 研究において、
ずり応力が高くなることがプラーク破綻に関係していることが報告 されている
31。 その理由として Fry らにより報告されている高ず り応力による内皮細胞の損傷、引き続いて起こる血小板凝集反応が あげられる
32。 しかし、プラークの不安定化については、ずり応 力がどのように関係しているのかについては定説がないのが実情で ある。
医療における流体力学の応用
近年コンピュータ技術の発達により複雑な形状をした血管内腔で
の血流の振る舞い、すなわち、流線や流速、圧力などの種々の流体
力学的パラメータ、さらには血流が血管壁に与える応力の分布や血
栓形成に及ぼす影響について、高速シミュレーションを用いて検討
14
することができるようになってきた。CT や MRI などの医用画像か ら得られる患者個別の血管形状を用いた流体力学的数値シミュレー ションに関する技術が大きな進展を遂げている。特に脳血管疾患
33,34
や大動脈疾患
35, 36の発生や進展のメカニズムの解明に広く応用さ れるようになった。冠動脈疾患領域でも IVUS や OCT(光干渉断 層法)で得られる二次元画像から血管内腔の三次元構築が可能とな り、その内腔形状データについて有限要素法などを用いたコンピュ ータ流体力学(Computational Flow Dynamics:CFD)的解析が行え るようになった。これまでに、冠動脈の三次元データを用いて、冠 動脈血管壁にかかるずり応力とプラークとの関係について検討され た報告がいくつかある。たとえば血管壁にかかるずり応力が小さい ほどプラークが形成、進展しやすいことが示されており
37-39、
Stone らは大規模な多施設前向き研究によって冠動脈の低ずり応力
部位が将来の動脈硬化の進行と関連していることを明らかにした
40,41
。 一方、Fukumoto らは、IVUS から構築した冠動脈内腔の三
次元データを利用し、ずり応力の分布と冠動脈プラーク破綻との関
係を検討し、ずり応力の局所的上昇部位とプラークの破裂部位が高
率に一致していることを報告している
31。
15
目的
冠動脈硬化における血管内ずり応力の病理学的重要性は多くの先
行研究によって報告され
27, 38, 40-42、前述のように血管内における低
いずり応力部位には動脈硬化病変が形成される
23, 24。 しかし急性
冠症候群の先行する病態と考えられているプラーク破綻発生部位は
高ずり応力の集中点と関連しているという報告があるが
31, 43、プラ
ーク破綻発生を引き起こしやすいとされる不安定プラークの存在部
位、あるいはプラークの不安定化の機序そのものとずり応力の関係
性は未解明である。また先行研究の多くは侵襲的血管内イメージン
グである IVUS を用いて流体力学的解析を行っており
31,40,41、本研
究では非侵襲的なイメージングの手段である冠動脈造影 CT 画像か
ら冠動脈三次元画像を用いて流体力学的解析を行い血管内ずり応力
を計測、急性冠症候群の主な惹起源とされる不安定プラークを CT
で同定し、血管内ずり応力と不安定プラークの関係性を明らかにす
る。
16
対象と方法
対象患者
2011 年 6 月から 2017 年 5 月までに日本大学医学部附属板橋病院 において急性冠症候群を含めた虚血性心疾患の診断にて、冠動脈造 影 CT 撮影 1 か月以内に心臓カテーテル検査(冠動脈造影、
IVUS)が施行された連続 188 症例を対象とした。ただし、透析患
者、重度の腎機能障害患者、冠動脈ステント留置後、冠動脈バイパ ス術後、冠血流に影響を与えるような重症大動脈弁疾患の症例は除 外した。また狭窄率 90%以上の高度狭窄や高度石灰化病変ないし高 度屈曲病変を持つ症例は CT 画像での 3 次元血管画像の構築が困難 であり、あるいは IVUS 用カテーテルの挿入が困難であり除外し た。
最終的に本研究は 37 症例を対象とし、その内訳として CT 画像よ り不安定プラークの特徴を持つ 13 例、安定プラークの特徴を持つ 24 例に分けて解析を行った(図 5)。なおこの研究は臨床上保険適 応に基づいて施行した冠動脈造影 CT、ならびに IVUS のデータを
retrospective に抽出して比較検討したものであるが、日本大学医学
部附属板橋病院臨床研究倫理審査委員会の審査 ( 整理番号 RK-
17
180109-9 ) を受け施行している。あわせてヘルシンキ宣言に則って
行ったものである。
冠動脈造影 CT の撮影
冠動脈造影 CT の撮影は 320 列面検出器 CT (Aquilion ONE
Vision、 キャノンメディカルシステムズ、 東京)を使用し心電図同
期下に撮影、撮影条件としてはコリメーション 0.5mm×320、ガン トリー回転時間 0.35sec、管電圧 120kV、線量は自動露出機構
(Auto Exposure Control)にて計算を行った。患者の脈拍数が
70bpm 以上の場合は経口β遮断薬メトプロロール酒石酸塩(アス
トラゼネカ、大阪)20 もしくは 40 ㎎を撮影の 1 時間前に内服、患 者の脈拍数が 60 から 70bpm の場合は静注β遮断薬ランジオロール 塩酸塩(小野薬品工業、大阪)0.125mg/kg を撮影 5 分前に 1 分か けて投与、また全患者において冠動脈の拡張を得るため撮影 5 分前 に硝酸薬ニトログリセリン(アステラスファーマ、東京)を 0.6 ㎎ 舌下投与した。造影剤はイオメプロール(ブラッコ・エーザイ社、
東京)350mgI/kg を使用し、0.6ml/kg をオートインジェクターに
て 10 秒で注入、その後生理食塩水 40ml を同速度で後押しして造
影、造影剤投与後の撮影タイミングは Real Prep Technique (キャ
18
ノンメディカルシステムズ、東京)を用いて決定した。
冠動脈造影 CT 画像から 3 次元血管画像の構築
前述した CT 撮像方法にて得られた冠動脈造影 CT 画像を用い てまず、三次元画像構築ソフトは Expert intage™ (Cybernet
systems 社、東京)を使用して、三次元血管内腔画像の構築を行った
(図 6)。 37 症例の冠動脈 3 次元血管画像から 37 個の関心領域を 抽出した。この関心領域の抽出基準は 50%以上の狭窄率、心筋シン チグラフィーや冠血流予備量比測定によって虚血の証明された狭心 症や急性冠症候群の責任病変とし、冠動脈多枝に 50%以上の狭窄病 変がある場合は最も虚血の程度が強い責任血管を選択した
44。
3 次元血管画像による流体解析
Expert intage™ にて構築した冠動脈の三次元画像データを標準的
ファイルフォーマットである STL ( Standard Triangulated
Language ) 形式に変換し、それによってできたコンピュータ内で
の仮想空間における 3 次元血管画像をいくつかの網目状ポリゴンに
分け数値流体解析( CFD )を行った。 CFD に用いたのは CFD
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works™ (CHAM 社、London、United Kingdom)で有限要素法に基 づいた解析ソフトである。有限要素法とは、対象構造物を一定の性 質をもった小さな幾何学的構造物(たとえば三角形、四面体など)
に分割して区画を作り、隣接する構造物同士で力学的方程式を設定 し、それを全区画において計算することでそれぞれの構造物の各部 分における種々の応力などを計算する方法をさす。Krams や
Fukumoto らは IVUS から得た 3 次元血管画像から、有限要素法を 用いて冠動脈のずり応力測定を行い、動脈硬化とずり応力の関連性 を示している。
31,39本研究においても同様に有限要素法を用い
Fukumoto らが行った流体条件や初期条件と同じ条件でずり応力の
測定を試みた
31。先行研究では、いずれも IVUS から得られた画像 を用いているが、本研究では、後述するように蛇行等を考慮した血 管の空間的構造をより正確に描出することができ、かつ非侵襲的な 冠動脈造影 CT 画像を用いた 。 冠動脈そのものは本来弾性体であ り、血流に応じて若干の変形を伴うが、本研究では後述のように
(血流に伴う変形を無視できるものとし、剛体として扱った。血流
の条件は Krijger らなどにより広く用いている初期条件を採用した
45-48
。 すなわち、1)定常層流、2)血流は 30cm/s の一定速度で流入
20
する、3) 流出口は圧抵抗なし、血管壁にスリップなしとした。な お冠血流速度については、血管径の影響を強く受けるため右冠動脈 は左冠動脈より血流速度が低い傾向にあるが、ドプラガイドワイヤ ーを用いた最大充血時の冠血流速度は右冠動脈、左冠動脈のどちら においても最低 30cm/s 以上であることに基づいている
49。また、
血液は非圧縮性で均一とし密度 1,050kg /m
3,粘性度 0.003Pas の ニュートン物性と仮定した
47。 以上の仮定のもと前述した関心領 域の最小血管面積の部位を中心とした 10mm の範囲の最大血管内 ずり応力と平均血管内ずり応力を測定した(図 6)。狭窄の近位部と 遠位部では流速の違いがありずり応力は一定ではなく、また血管の 短軸方向においてもずり応力値には場所により種々の程度の違いが あるため、本研究では関心領域のずり応力の最大値ならびに関心領 域内平均値を測定した。
不安定プラークの検出
前述したように CT 画像から得られた特徴より急性冠症候群に先
行するような特徴を持つ不安定プラークと安定プラークを判別する
ことができる。本研究では先行研究に基づき CT 値 30HU 以下、
21
Remodeling index 1.05 以上の 2 つの特徴を持ち合わせているプラ ークを不安定プラーク(CT - vulnerable plaque)と定義した
15, 50,51
。
IVUS の施行、解析
心臓カテーテル検査において冠動脈造影を施行したのち、冠動脈 枝の末梢までガイドワイヤーを挿入し、そのガイドワイヤーを経て 以下の IVUS による観察を行った。まず直前に 1.5mg の硝酸イソ ソルビドを冠動脈注入したのち IVUS カテーテルを可能な限り末梢 まで挿入し同部位を開始点として、入口部に向かって、一定速度で 引き抜きながら連続的に撮像した。
IVUS は OptiCross™Imaging Catheter (iLab™ System 、 Boston Scientific 社、 United States) を用いた。引き抜き速度は 0.5mm/ 秒 であり、撮像レートは 30 フレーム / 秒である。関心領域における解 析は CT による流体解析と一致させるために最小血管面積部位から 近位部、遠位部それぞれ 5mm ずつ、計 10mm の解析を行った。
IVUS によって評価した項目は内腔体積( lumen volume )、血管体
積( vessel volume ) 、総アテローム量( Total atheroma
22
volume:TAV、Σ((血管面積-内腔面積)÷IVUS 撮像枚数)×平均 IVUS 撮像枚数)、パーセントアテローム量(Percent atheroma volume:PAV、Σ(血管面積-内腔面積)÷Σ(血管面積)×100)であ る。また関心領域の組織性状の評価のため iMap™によるカラー IVUS 評価を行った。前述したようにカラーIVUS では壊死性組 織、脂質性組織、線維性組織、石灰化組織の判別を行うことがで き、内膜ー外膜境界と内腔―内膜境界をトレースしその間のプラー クについて、関心領域 0.5mm ごとの血管断面の組織性状を解析し た。そして各組織成分の各断面での占有率を求め、解析した全断面 にわたってその平均を算出し、%で表示した。この占有率について は、壊死性組織、脂質性組織、線維性組織、石灰化組織それぞれに ついて求めただけではなく、壊死性組織+脂質性組織についても算 出した。これは壊死性組織や脂質性組織の単独での占有率に比べ て、よりプラークの不安定性を反映するという報告があるからであ る
52。 心臓カテーテル検査、IVUS は患者の病態に基づき通常の 保険診療の範囲内で施行しており、これらの検査の施行は、診断、
病態把握、治療戦略のために必要な情報を正確に把握するために必
要不可欠であることを事前に説明し同意を得たうえで行った。な
23
お、カラーIVUS による解析や MDCT による 3 次元流体力学解析 はいずれも retrospective に行ったものである。
統計方法について
2 群間の比較は、カテゴリー変数はカイ二乗検定を、連続変数は t 検定を行った。連続変数が正規分布をきたしていない場合はマン・ホ イットニーU 検定を行った。不安定プラークか安定プラークかどう かを目的変数とした多変量解析は二項ロジスティック回帰分析を使 用した。統計解析は統計ソフト SPSS, version 19.0 for Windows (SPSS, Inc、Chicago、United States)を用いて検定し、算出された p 値が、0.05 未満を統計学的有意と判定した。
結果
患者背景、内服 (表 1、表 2)
対象症例は不安定プラーク群が 13 例で、平均年齢 67±12 歳、
男性 9 例(69%)、BMI 25±4、その内訳は、喫煙者 8 例 (62%)、
高血圧合併症例 10 例 (77%)、2 型糖尿病合併症例 12 例 (35%)、
脂質異常症合併症例 10 例 (77%)、入院理由として急性冠症候群が
10 例(77%)、安定狭心症群が 3 例(23%)であった。また観察対象血
24
管は右冠動脈 8 例、左冠動脈前下行枝 5 例、左冠動脈回旋枝 0 例 であった。
一方、安定プラーク群は 24 例で、平均年齢 67±8 歳、男性 15 例(63%)、BMI 25±3、内訳は喫煙者 9 例 (38%)、高血圧合併症 例 18 例 (75%)、2 型糖尿病合併症例 8 例 (33%)、脂質異常症合 併症例 19 例 (80%)、入院理由として急性冠症候群が 7 例(33%)、
安定狭心症群が 17 例(67%)であった。また観察対象血管は右冠動 脈 16 例、左冠動脈前下行枝 6 例、左冠動脈回旋枝 2 例であっ た。
これらの項目の中で急性冠症候群は不安定プラーク群で有意に多
かった( p =0.005)が、その他の項目においては 2 群間に有意差は
認めなかった。内服薬に関しては安定プラーク群でよりβブロッ カーが処方されている傾向( p =0.051)を認めたが、その他内服に 関しては 2 群間の差は認めなかった。
血管内ずり応力、ならびに IVUS の結果について (表 3)
関心部位での最小血管面積(不安定プラーク群: 2.4±0.5 vs. 安 定プラーク群[以下同様]: 2.2±0.3 mm
2, p =0.119)、内腔体積
(42±15 vs. 37±12 mm
3, p =0.273)に有意差は認めなかったが、血
25
管内ずり応力の最大値(512±476 vs. 169±145 Pa, p = 0.025)、平均 値(4.0±3.2 vs. 1.6±1.2 Pa, p =0.022)は有意差を持って不安定プラ ーク群で高かった。また IVUS によって得られた関心領域の総アテ ローム量(133±48 vs. 66±19 mm
3, p <0.001)、パーセントアテロー ム量(75±7 vs. 64±6%, p <0.001)、血管体積(175±56 vs. 103±29 mm
3, p <0.001)も有意差を持って不安定プラーク群で多かった。
iMap による組織性状評価では不安定プラークを有する関心領域の 壊死性組織占有率(31±12 vs. 20±9%, p =0.004)、脂質性組織占有 率(13±3 vs. 10±3%, p =0.005)ならびに壊死性組織+脂質性組織占 有率(44±14 vs.30±11%, p =0.002)は安定プラークを有する関心領 域と比較して有意に多量で、石灰化組織占有率(1.1±1.0 vs.
2.5±1.6%, p =0.011) 、線維性組織占有率(55±15 vs. 68±12%, p =0.007)は有意に少なかった。
図 7、図 8
ロジスティック回帰分析による CT で同定した不安定プラークの規 定因子の評価(表 4)
まずは CT により同定される不安定プラークの存在と関連する因
子を単変量ロジスティック回帰分析にて解析した。その結果、最大
26
血管内ずり応力、平均血管内ずり応力、総アテローム量、パーセン トアテローム量、壊死性組織占有率、脂質性組織占有率、壊死性+
脂質性組織占有率が不安定プラークと有意な正の相関関係を認め た。次に、この単変量解析で有意な相関関係を認めた指標を組み込 んで多変量ロジスティック回帰分析を行った結果、平均血管ずり応 力、壊死性+脂質性組織占有率の 2 因子だけが不安定プラークと有 意に正の相関関係を認めた。(平均血管ずり応力: odds ratio 2.724, p =0.024; 壊死性+脂質性組織占有率: odds ratio 1.295, p =0.046)
考察
本研究では、CT から得られた不安定プラークは安定プラークと 比較して高いずり応力環境と関連している可能性が示唆された。併 せて、CT によって抽出した不安定プラークは安定プラークに比し IVUS においても不安定性が高いことが改めて示された。よって今 回我々の構築したずり応力測定法は不安定プラーク形成に引き続き 発症する急性冠症候群を予知する有効な方法となりうる可能性も示 されたと考えられる。
不安定プラークの検出について
27
急性冠症候群に先行する不安定プラークを非侵襲的な方法で検出 するため、以前より様々な研究が行われてきた。Motoyama らは CT 画像より得られる冠動脈硬化病変の特徴として①低い CT 値 (30HU 未満)、②陽性リモデリング(Remodelling index(病変血管 直径/正常血管直径)>1.1)を認めた場合、将来、急性冠症候群の発 症する可能性が高いことを報告した
16。しかしその報告の中で急性 冠症候群の発症しやすさは、CT 値 30HU 未満のプラークの容量ま たは面積占有率がリモデリング指数と全プラーク体積とともに有意 な規定因子であると報告しているものの、CT 値そのものが規定因 子であることは報告していない。さらに Yang らの報告によれば、
CT 値そのものと、IVUS で描出される脂質性成分のプラーク内含 有量とは相関しないと報告している
52。以上の理由により本研究で は組織性状の指標についてはカラーIVUS を用いて評価を行った。
本研究は CT より得られた不安定プラークと高いずり応力値が関連 していることを証明した初めての研究であるが、あわせてカラー
IVUS(iMap)により CT により抽出された不安定プラークでは線
維性組織占有率が有意に小さく、一方で脂質性組織、壊死性組織、
壊死性+脂質性組織の各占有率が有意に大きく、CT での不安定プ
28
ラーク抽出の信頼性が改めて確認できた。本研究より、非侵襲的検 査である CT による不安定プラーク同定についての有用性が示され たことになり、あわせて本研究の研究結果の信頼度を高める意義あ る結果であると考えられた。
プラーク不安定化におけるずり応力の役割
動脈硬化病変のはじまりや進行に低い血管内ずり応力が関与する ことは、分子レベルにおいて古くより研究されてきた
25-29。 また 欧米における多施設前向き臨床研究(PREDICTION study)にお いては多量の動脈硬化と低いずり応力値が将来の冠動脈硬化の狭窄 の独立した予測因子であったと報告されている
40。 一方、プラー クの不安定化と血管内ずり応力値の関連性に関する先行報告数はま だ乏しい。Fukumoto らが高い血管内ずり応力の集中点がプラーク 破綻の部位と関連しているという報告をしている
31。また
Fukumoto らの先行研究ではずり応力値を計測するための 3 次元血
管画像を IVUS 画像から構築しているが、血管軸がほぼ直線の左冠
動脈前下行枝の近位部でみた研究ではあったものの、IVUS からえ
られた 3 次元血管画像は血管軸が直線で表現されるため、血管固有
の蛇行などの厳密な情報は除外されてしまう。今回我々の研究では
29
血管固有の蛇行などの情報を表現するため 3 次元血管画像の構築に CT 画像を用いた。この方法によって血管固有の蛇行などの情報が ずり応力値に反映されると考えられ、より現実に近い冠動脈のずり 応力値が推定されていると考えられる。このほか Tang らの頚動脈 の MRI を用いた先行研究では、頚動脈硬化のプラーク破綻と高ず り応力との関係性を報告している
53。Fukumoto らや Tang らの研 究はプラーク破綻と高ずり応力の関係を示したものであり、プラー ク破綻には通常プラークの不安定化がまず関与するとされているた め、Fukumoto らの研究は本研究結果を支持しうるものと思われ る。
本研究では、さらに多変量解析にて、CT で定義された不安定プラ ークの存在の有意な規定因子は、その領域内の平均ずり応力値と iMap で定義された壊死性+脂質性組織占有率の二つだけであっ た。とくに最大ずり応力ではなく平均ずり応力が有意な規定因子と なったことは、プラークの不安定化は周辺のずり応力全体が増すこ とが重要であり、通常「点」から始まるプラーク破綻に関連する一 点のずり応力集中が不安定プラークの主な規定因子であるとした
Fukumoto らの報告とはやや異なっている。
30
低ずり応力の部位にプラークが形成されやすく、高ずり応力部位 が不安定化や破綻をしやすいという、一見矛盾した研究成果を統一 的に理解するためには動脈硬化の進展における経時的な多様性を考 える必要があると思われる。すなわち健常血管では高いずり応力領 域では内皮から一酸化窒素等が産生され動脈硬化進展を予防してい るが
54、 低いずり応力はその防御機転が阻害され動脈硬化の初期 変化や進行に関与し、その結果血管内腔の形態変化や狭窄の進行に 伴いずり応力は上昇し、ある領域全体が健常血管内でみられる高ず り応力値より大きな一定のずり応力値まで達すると不安定化がはじ まり、さらに一点のずり応力集中によりプラーク破綻の引き金にな るという時間的流れである。破壊力学の理論によれば、多くの構造 物の破綻は一点の微小な「亀裂」から始まるとされており
55、上記 の最後の一点の応力集中は小さな亀裂を生みやすくなるのかもしれ ない。
高ずり応力による動脈硬化性プラークの不安定化に関する病理学的 機序
高ずり応力と不安定プラークに関する病理学的、生理学的な研究
はいくつかあり、それらは我々の研究結果を支持するものとなって
31
いる。高ずり応力による不安定化の第一ステップは炎症細胞の浸潤 と脂質コアの形成と考えられている
55-57,
56-58。 高ずり応力は血管 内皮細胞からの一酸化窒素の分泌が促進され、それ自体は動脈硬化 進展を抑制するが
54、一方で血管新生を促進、血管新生により
Vasa vasorum が形成され、そこから炎症細胞、赤血球、脂肪が血
管壁に浸潤、また一酸化窒素により平滑筋細胞のアポトーシスや間 質の分解が誘導され動脈硬化部位は不安定化するとされる
58-60,
59-61
。
第二のステップは陽性リモデリングである
55, 56 56,57。 高ずり応力
によって分泌された一酸化窒素は血管の拡張を引き起こし、マトリ
ックスメタプロテアーゼにより細胞外間質は分解され血管内腔は拡
大する。さらに血管平滑筋細胞のアポトーシスにより外側へのリモ
デリングが進行する。このすべての経路に高ずり応力が関連してい
るとされている
61, 62 62,63。 結果的に陽性リモデリングした血管径
の大きな動脈硬化病変に炎症細胞や脂質コアが充満し不安定プラー
クが形成される。また血管壁にかかる引っ張り応力もラプラスの法
則により血管径が大きくなるほどますます大きくなり、プラーク破
綻の大きな駆動力となる。高いずり応力と不安定プラークの関係に
32
ついて、本研究ではあくまでも二者の相関性が示され、かつ多変量 解析により不安定プラーク存在に対するずり応力値の独立規定性が 示されただけであり、因果関係を証明されたものではない。しかし ながら、一般的にプラークの破綻は狭窄率が低いところで起こりや すいとされていて、狭窄度が高くなることでずり応力が後から増大 する度合いはそれほど大きいものではないとも推察されることや、
高いずり応力がプラークの不安定化に関わっているとする前述の基 礎的な病理学的報告
56-63を考え合わせても、ずり応力の増大は不安 定化の結果というよりは原因になっていると考えられる。ただ、低 ずり応力部位に形成されたプラークが高ずり応力により不安定化し はじめる、いわゆる 2 相間の遷移点がどこでどのように決定される のかは不明であるが、その解明も今後の重要な研究課題となろう。
本研究の臨床的意義
本研究により不安定プラークの形成のメカニズムと血管内ずり応
力の関係についてより深い理解が得られ、また冠動脈三次元 CT 画
像より得られた血管内ずり応力の評価は不安定プラークを同定する
一つの方法となりうることが示された。さらに本研究でのずり応力
算出法は将来の急性冠症候群などのイベントを予測するツールとな
33
る可能性もある。今後、高ずり応力と急性冠症候群との関連を示す ような前向き研究のデータが必要である。
本研究の限界について
本研究は単施設、後ろ向き、観察研究であり、またデータ量にお いても一定の限界がある。また本研究では CT 撮影後に冠動脈造影 ならびに血管内エコー法を施行した症例を抽出しているため、急性 冠症候群の症例では、これが可能となる症状や血行動態の比較的安 定した非 ST 上昇型心筋梗塞や不安定狭心症などが対象となった。
したがって急激な血行動態を来すような ST 上昇型心筋梗塞は含ま れていない。さらに CT で決定された不安定プラークはわずか 22%
しか 2 年以内に急性冠症候群を発生しないとされており
16、高ずり 応力と CT による不安定プラークの関係性が証明されたとしてもた だちに急性冠症候群を予測、予防できるものではない。
加えて、本研究はいくつかの技術的限界点がある。第一にずり応
力の計算において冠動脈径は一つの規定因子であるが、本研究では
一心拍における冠動脈径の変化を考慮していない点である。しかし
先行研究により 1 心拍における血管径の変化はおよそ 5%程度とさ
れており
64、ずり応力の分布に大きな影響はないと考えられ、本研
34
究においては考慮しなかった。第 2 に本研究におけるずり応力の算 出にあたって冠血流を定常層流としている他、多くの初期条件を一 定のものとして仮定したうえで算出しているが、実際の冠血流は拍 動性で乱流であり、また各種初期条件は患者によって異なっている ことは容易に想像でき、この仮定はずり応力の測定において有意に 実データとの違いを引き起こしている可能性がある。ただ、簡潔な 定常層流と仮定することによって、ずり応力値が相対的に高いか低 いかを簡便かつ短時間に判断できるメリットがあり、また本法によ るずり応力推定がプラークの不安定性や患者の予後が高い精度で推 定できることが証明されれば、仮にそれが実測値と異なっているに しても、臨床的には有用な方法であると考えられた。
結語
本研究では CT にて定義された不安定プラークは安定プラークに
比し高い血管内ずり応力と関係していることが示された。また CT
にて抽出された不安定プラークは安定プラークに比し、カラー
IVUS での検討でもより不安定であることが示され、非侵襲的な
CT で不安定プラークの同定の有用性が改めて示された。さらに CT
35
画像を用いた血管内ずり応力測定によってプラークの不安定化の解 明や、将来的なイベントを予測できる可能性が示唆された。
謝辞
稿を終えるに臨み、研究に際しご指導受け賜りました平山篤志教
授ならびに奥村恭男教授に深く謝意を表すとともに、本研究遂行に
際し直接ご指導いただきました廣高史診療教授、高山忠輝教授、そ
の他教室の諸兄に心より感謝の意を表します。
36
表1 Baseline characteristics of the study population All patients
(n=37)
Patients with CT- vulnerable plaque (n=13)
Patients with CT-
stable plaque (n=24) P value
Age, years 67±10 67±12 67±8 0.836
BMI, kg/m2 25±3 25±4 25±3 0.857
Male gender, n (%) 24 (65) 9 (69) 15 (63) 0.682
Diabetes, n (%) 12 (35) 4 (31) 8 (33) 0.874
Hypertension, n (%) 28 (76) 10 (77) 18 (75) 0.845
Dyslipidemia, n (%) 29 (78) 10 (77) 19 (80) 0.874
Smoking, n (%) 17 (46) 8 (62) 9 (38) 0.161
LVEF, % 68±10 69±7 68±11 0.786
Hb, g/dl 14.0±2.1 14.1±2.1 14.0±2.1 0.791
Hct, % 42±6 42±6 42±6 0.834
LDL mg/dl 112±37 110±47 113±31 0.878
HDL mg/dl 48±16 45±16 50±17 0.443
TG mg/dl 163±86 163±105 164±76 0.979
HbA1c, % 6.3±0.8 6.2±0.7 6.4±0.9 0.702
eGFR, ml/min/1.73m2 68.2±13.4 68.6±16.5 67.9±11.8 0.879
ACS, n (%) 17 (46) 10 (77) 7 (30) 0.005
History of MI, n (%) 4 (11) 2 (16) 2 (15) 0.510
Multi-vessel disease, n (%) 24 (65) 7 (54) 17 (71) 0.301
LAD, n (%) 24 (65) 8 (62) 16 (66) 0.931
RCA, n (%) 11 (30) 5 (38) 6 (25) 0.392
LCX, n (%) 2 (5) 0 (0) 2 (8) 0.285
BMI=body mass index, LVEF=left ventricular ejection fraction, Hb=hemoglobin, Hct=hematocrit, LDL=low-density lipoprotein, HDL=high-density lipoprotein, TG=triglyceride, eGFR=estimated glomerular filtration rate, MI=myocardial
infarct, ACS=acute coronary syndrome, LAD=left anterior descending artery, RCA=right coronary artery, LCX=left circumflex artery
Values shown are mean (95% confidence interval), median (25th percentile, 75th percentile), or n (%).
37
表 2 Medication of the study population All patients
(n=37)
Patients with CT- vulnerable plaque
(n=13)
Patients with CT- stable plaque
(n=24)
P value
DAPT, n (%) 37 (100) 13 (100) 24 (100)
Anticoagulant, n (%) 2 (5) 1 (8) 1 (4) 0.651
Statin, n (%) 24 (65) 8 (62) 16 (67) 0.755
Beta-blocker, n (%) 10 (27) 1 (8) 9 (38) 0.051
ACEI/ARB, n (%) 19 (51) 9 (69) 10 (42) 0.109
CCB, n (%) 23 (62) 9 (69) 14 (58) 0.514
Vasodilator, n (%) 15 (41) 5 (39) 10 (42) 0.850
Antidiabetic, n (%) 9 (24) 3 (23) 6 (25) 0.896
Insulin, n (%) 3 (8) 1 (8) 2 (8) 0.946
DAPT=dual antiplatelet therapy, ACEI=angiotensin converting enzyme inhibitor, ARB=angiotensin receptor blocker, CCB=calcium channel blocker,
Values shown are mean (95% confidence interval), median (25th percentile, 75th percentile), or n (%).
38
表 3 CFD and IVUS measurements All plaque
(n=37)
CT- vulnerable plaque (n=13)
CT- stable
plaque (n=24) P value
Maximum WSS, Pa 290±341 512±476 169±145 0.025
Average WSS, Pa 2.4±2.4 4.0±3.2 1.6±1.2 0.022
TAV, mm3 89±45 133±48 66±19 <0.001
PAV, % 75±7 75±7 64±6 <0.001
MLA, mm2 2.4±0.4 2.4±0.5 2.2±0.3 0.119
Lumen volume, mm3 39±13 42±15 37±12 0.273
Vessel volume, mm3 128±53 175±56 103±29 0.001
iMap fibrotic, % 63±14 55±15 68±12 0.007
iMap calcified, % 2.0±1.6 1.1±1.0 2.5±1.6 0.011
iMap necrotic, % 24±11 31±12 20±9 0.004
iMap lipidic, % 11±3 13±3 10±3 0.005
iMap necrotic plus lipidic, % 35±14 44±14 30±11 0.002
CFD=computational fluid dynamics, WSS=wall shear stress, IVUS=intravascular ultrasound, TAV=total atheroma volume, PAV=percent atheroma volume, MLA=minimum lumen area
Values shown are mean (95% confidence interval), median (25th percentile, 75th percentile)
39
表 4 Univariate and multivariate logistic regression analyses
Univariate OR 95% CI P value Multivariate OR 95% CI P value
Age 0.992 0.925–1.065 0.831
Male gender 1.350 0.320–5.691 0.683
DM 0.889 0.208–3.796 0.874
LDL 0.998 0.980–1.017 0.857
eGFR 1.004 0.954–1.057 0.875
Statin 0.800 0.197–3.254 0.755
Maximum WSS 1.004 1.001–1.008 0.019
Average WSS 1.722 1.099–2.700 0.018 2.724 1.145–6.484 0.024
TAV 1.057 1.016–1.099 0.005
PAV 1.320 1.088–1.602 0.005
iMap necrotic 1.113 1.024–1.210 0.012 iMap lipidic 1.437 1.072–1.927 0.015
iMap necrotic plus lipidic 1.106 1.025–1.193 0.010 1.295 1.005–1.667 0.046 OR=odds ratio, CI=confidence interval, DM=diabetes mellitus, LDL=low-density lipoprotein, eGFR=estimated glomerular filtration rate, TAV=total atheroma volume, PAV=percent atheroma volume, WSS=wall shear stress
Values shown are mean (95% confidence interval), median (25th percentile, 75th percentile)