フィリップ・ポンス 日本への視座 : Misere et crime au Japonを中心に
著者 安永 愛
雑誌名 翻訳の文化/文化の翻訳
巻 5
ページ 49‑78
発行年 2010‑03‑31
出版者 静岡大学人文学部翻訳文化研究会
URL http://doi.org/10.14945/00005759
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それにまつわる書物へと直ちに導かれている。そして、書を読むと、その現場 へ、衝に誘われることになるのである。ポンスの日本体験においては、街を歩 くことと、書を読むことの聞に循環作用が成立していることが認められる。ブイ リップ@ポンスは外圏人という立場を生かしているのでもあろうが、臆せず人 に会いにゆき、人の話に耳を傾けている。また、知識人的な正統派の教養とさ れるものと、大衆文化とされるものとの聞に価値のヒエラルキーを設けないの もポンスの特質である。いわば、ハイ@カルチャーとサブ@カルチャーの垣根 を自由に行き来しているのである。類い稀と言ってよい知的脅力で¥高度に学 術的な著作をも祖瞬するが、市井の読書人の愉悦の世界にもゆったりと遊ぶ。
は、身一つをたずさえ、好奇心に導かれるまま、日本というフィールドを歩 き、読み、
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この書物から 11年を経て公刊されたのが、本稿においてテーマの中心とする
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後者は脅威であったり、軽蔑の対象であったり、時に憧れの対象で、あったりす る存在であり、前者と後者を「周縁的J であるという一点で一括して捉える視 は、おそらく感情的な尺度が許さないのだ。事実、日本において、例えば被 差別民について、あるいは露天高について、といった樋別研究は数多いが、本
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の力と共苦の感情の詰抗するポンスの眼差しの に関する出版物(写真集を含む)が相 軍艦島は一種の観光地と化しているが、少なくとも
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て多くを語ってはいないが18、彼らの親しみと信頼感を得てこそ、このような言 葉を聞き取ることができたのである。
ドヤ街での体験を通してポンスは、ドヤ街の住人がその日を生きる19ことに精 一杯で、現状の打開などといった未来への希望を抱けず、連帯感も生じない現 実を見据えている。以下にドヤ街についてのポンスの省察の言葉を掲げよう。
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ポンスはホームレスに無関心ではいられない。いくらかの小銭を恵むが、
むことがホームレスに蓋恥を与えないではいないことも承知している。無関心 でいられないポンスのやさしさと、恵まれることに感謝しつつ、差耳ちも覚える ホームレスの複雑な心の裡とが交錯する場面である。この一幕は、ホームレス が喜劇王チャプリンの哀愁の姿に重ね合わされ、群衆の混沌へと融解すること により閉じソ勾ν'‑.V • '0./ 0
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オリエンタルホテル創業者の家系に生まれ、何不自由なく育ちながら、やく ざの道に足を踏み入れ『壁の中の懲りない面々』などの著作を発表している安 部譲二の例にも触れ、貧国や差別だけが極道の道に入るきっかけではないこと
を示しつつへやくざや極道の道の選択の無視し得ない背景の一つに、貧困や差 別の問題があることを、ポンスは以上の如く記している。この記述は、受け止 めようによっては、差別的なステレオタイプに繋がり兼ねない危険性を伴うも のである
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拒絶は日本人の心性に根付いているものであり、そこから民衆的想像力は 幾多の徳を結晶化させた。拒絶は、権威に異議申し立てするものであるとし て、世間では責められる態度であるが、ヒロイックなJ性格もまとっている。
反抗者、挫折者、追放者は庶民の憧れのアンチヒーローである。それは、
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