『資本主義論』における物象化の諸範疇
『資本主義論』における物象化の諸範疇 有賀定彦
29
は し が き
さきに私は,「『資本論』から『資本主義論』へ」(『経営と経済』第59巻 第4号所載)において,つぎのような問題提起をなした。資本主義を全体と
して把握する経済学を『資本主義論』とよび,その体系の構築にあたって は,資本主義の存立構造を解明する「解剖学としての経済学」と,資本主義 の運動を明らかにする「生理学としての経済学」との二つの方法の立体的考 察が必要である,と。
本稿では,この二つの方法のうち,前者(「解剖学としての経済学」)をと りあげ,「上向」の論理による経済学的諸範疇の検出と体系化について考え てみたい。
1 資本(1)−資本一般
現行『資本論』仝3巻がこれに相当する。(以下の説明で,巻,岩,葦は
『資本論』のそれを示す。)
A・商品・貨幣(第1巻第1需‖ ̄商品と貨幣」)。『資本論』全3巻の序 説をなすとともに,「世界市場と恐慌」で終る『資本主義論』の序説でもあ る。
マルクスの『資本論』は,つぎの冒頭の一文から始まる。
「資本主義的生産様式が支配的に行なわれている社会の富は,一つの『巨大な商品の 集まり』として現われ,一つ一つの商品は,その雷の基本形態として現われる。それゆ え,われわれの研究は商品の分析から始まる。1)」
ここでマルクスは,資本主義社会を存立構造の視点からまず商品社会とし てとらえる。そして,そのような社会の抽象化された原基的社会としての
30 経 営 と 経 済
「市民社会」における向品の考察から始めるO したがって, こ こ で の 商 品 は, r単純商品」ではあるが, しかしそれは r資本;Iiリ向品」の論理的抽象 としての単純商品である。そのぷ味で,資本主義社会の存立椛造を解明する 端緒としての「商品」である口
エンゲノレスは,マノレクスの『経済学批判』の書評で、つぎのようにいうD
「経径学はi向品から始める。すなわち,個々人のものであろうと原生的な共同体のも のであろうと,諸生産物が相互に交換されるときから始める。交換にはいりこんでくる 生産物はTLH品である。しかし生産物が向品であるのは,ただ物すなわち生庄物に,二人 の人閉または二つの共同体のあいだの関係,すなわち,ここではもはや同ーの人格に結 合されていない生産者と消費者とのあいだの関係が結びついているからである。…経済 学は物を取り扱うのではなく,人と人との諸関係を,究極においては階級と階級との諸 関係、を取り扱うのである。しかしこれらの関係はつねに物に結び つけられており,物と
じそ主る点る。 2)J
社会的分業と私的所有を前提とした商品生産社会にあっては,もっとも簡 単な「社会的諸関係」は,商品交換関係であるO そこでは「人と人との諸関 係」は, rものとものとの諸関係、」を通じてのみ成立するO こ の よ う に し て,商品交換関係は「人と人との諸関係」の物質的な客観的存立の原基的関 係であり,物的な「社会的諸関係」の ~Mj絡をなす。それゆえ, rもの」と
「もの」とが「商品」として交放される法則としての価値法則は, r社会的 諸関係」解明の原基的法ftljをなす。エンゲノレスは,経済学が取り扱うのは
「人と人との諸関係」であり,究極的には「階級と階級との諸関係」である という。だがエンゲノレスが引き続いて指摘するように, rこれらの関係はつ ねに物に結び、つけられており,物として現われる」。向品生産社会において は, r人と人との諸関係」から生みだされた「ものとものとの諸関係」は,
「人と人との諸関係」より自立化して「ひとり歩き」をはじめ,人間の目か らは,その「ものとものとの諸関係」がごく自然な合理的な現象としてうけ とめられるという物象化がおこなわれる3) 。物象化ということを, r幻想」
という表現で簡単にすませる見解が往々にみられるが,物象化とは,通常使 われている「実体」のない「幻」でも「空想、」でもない。それは客観的に存
『資本主義論』における物象化の諸範時 31 在する「実体」が,認識される場合に,倒錯化した「事実」として現象する
ということであるor資本論』における「労働価値説」が『経哲草稿』にお ける「労働疎外論」と異なる論理構造は, r労働」を「社会的諸関係」にお いてとらえ,その物象化の論理を明らかにしたことであるD
商品生産社会にあっては,個々の人間の私的労働は,交換によってはじめ て社会的労働の一環であるかどうかが実証されるo したがって,佃々の生産 者としての立場からみるならば,ものとものとが交投され生産物が商品にな るということは,人と人とが労働そのものにおいて結ぶ社会的諸関係(私的 所有と社会的分業)にもとづくものとしては認識されず,ものとものとの社 会的関係として,またものそれ自体のもつ社会的な自然的属性として現われ るC このような商品の神秘的な性格は,使用価値からも, また価値規定の 内宥からもでてくるものではなしそれは商品という形態そのものに由来 するのであり, fI百品を生産する労働の特有な社会的性格から生じたものに ほかならない。マルクスは,この商品の神秘性を宗教の世界になぞらえて Fetischismus (物何l公J平,大月苫:J苫j反「全集』では呪物崇拝)と呼んだ。
商品は使用価値と価値とのこm性をもっo だが,商品が商品として社会的
!こ定在し,価値が社会的諸関係に規定された人間労働の対象化であるという ことは,商品とTi'o品との交換という社会的な関係のうちにしか現われえないo
この関係を明らかにしたのが価値形態,または交換価値であるD そして最も Ji1.*i/!.な価値形態は,二つの商品の価値関係に現わされるが, x量の商品A=
ylfl: の尚品 B という土問I~ な価値形態にあっても, A 商品の価値量は B 商品の 現物形態で, B商品を生産する兵休的労働がA商品に含まれる抽象的人間労 仰の表現になるという倒錯化を生みだす。そしてこのような倒錯化は r反 問された価値形態」から「一般的価的形態」へ,さらに「貨幣形態」へと j二
向してゆく口
1t幣形態にあっては,私的諸労働の社会的性1九したがってまた私的諸労 倒者の社会的諸関係をあらわに示さないで,かえってそれを物的に涜い隠す という倒的化が現われる白金というー商品は,価値形態の展開によって,他 のすべての商品が I~ 己の佃航をこの一商品の現物形態で・現わすのではじめて
32 経 営 と 経 済
貨幣になるQ だが人々の目にはそうはみえないで,逆にこのー商品が貨幣で あるから,他の諸商品が一般的に自分たちの価値をこのー商品で現わすのだ と倒錯視するo ここでは貨幣が形成されるまでの価値形態の展開の運動は,
運動そのものの結果では消えてしまって,なんの痕跡も践してはいない。
金は地の底からでてきた自然の姿で,いっさいの社会的な人間労働を現わす 化身となる。貨幣の物神性はこのようにして生みだされた。それは,商品の 物神性がさらにいっそう人目にみえるようになった,その倒錯化の展開にほ かならない。
B. 資 本
( 1 ) 資本の生産過程(第l巻第2篇「貨幣の資本への転化」以下)0
〔剰余価値。 搾取・階級関係の物象化。〉
商品流通の発達を前提として W‑G‑Wの迩勤はG‑W‑G'の迩勤に転 化し,自己増殖する価値として資本が成立するo この増殖分は剰余価値であ るが,それは生産手段の資本主義的所有への転化と市民社会の形成による労 働力の商品化にもとづく資本の生産過程から生みだされたものである口古代 社会や中世社会にあっては人間の身分関係がそのまま搾取関係を現わして おり,階級関係は誰の目にもはっきり見えていた。だが資本主義社会にあっ ては,人と人との関係は自由・平等であり,労働力商品の売買はこのような 人間関係のもとで等価交換され,それにもとづいて剰余価値の生産がおこな われる。資本主義のもとでは,労働の必要労働と剰余労働との社会的配分は,
論理的にはまず賃金と剰余価値として定立するが,この労働の分割は人間の 目に見えない。したがって,資本と賃労働との関係に存在する搾取関係,階 級としての人と人との関係は,等価交換の形式により隠蔽されてしまうo そ して,搾取・階級関係の物象化は, 1"労働者がただ自分の労働力の価値の等 価だけを生産した点を越えて労働日が延長される4) 」ことによって資本家が 取得する「絶対的剰余価値の生産J(第3篇)から,資本主義的生産株式に 本来的に適合した仕方であって, 1"資本のもとへの労働の実質的従属5)Jが 現われる「相対的剰余価値の生市J(第4篇〉へと進むことによってさらに 高次化するD
『資本主義論』における物象化の諸範時 33
〔労働の生産性の資本の生産性への転化D 相対的来jl余価値・特別剰余価 値。〕
労働力を商品として購入した資本は,労働力の伎用価値を労働として泊賀 するO その結果,労働は資本に包摂され従属するものとなったD かくて,
「労働の生産性」は「資本の生産性」として現われ,その果実は,相対的剰 余価値ならびに特別剰余価値として資本の所有するところとなる。この物象 化の論理は, r協業J(第1巻第4篇第1U主〉から「分業とマニュファクチ ュアJ(第4篇第12章〉さらに「機械と大工業J(第4篇第13章〉へと生産方 法の展開に照応するo
〈不変資本・可変資本概念の隠蔽o )
剰余価値生産における搾取関係の隠蔽は,価値の視点からする不変資本と 可変資本(第l巻第3篇第6章〉という区分を消滅させ,使用価値の視点 からする固定資本・流動資本というとらえ方をする俗流経済学を生みだし fこ口
〔労賃。労働力の価値の労働の価格への転化。〈第1巻第6篇) ) 人間の労働は, 日常的には具体的労働として人々に意識され,労賃はその 労倒がなされた後で支払われるのが通常であるD そこで,人々は,労賃は労 働力の価値あるいはその貨幣形態としての価格として意識せず,労働の価格 として認識するにいたる。この物象化は,現実には労賃がl時間賃金か出来高 賃金の支払形態をとることによって定立するO このようにして,ジ:j倒におけ る必要労働と剰余労仰の関係は消滅させられ,押収関係は;1:1r1:まされてしまっ て,労賃は,労問者の支出するすべての労倒に対する価格であるという姿を とるD そしてこの物象化は,生産価格論(第3巻)の論理次元において,さ らに日次化する。
〔再生産・単純再生産。可変資本の物象化と資本主義Íi~生産関係の再生 産。(第l巻第??ii第2U;T;:) )
どのような社会にあっても生産は再生産であるD 資本;iI!J生産にあっても同 様であるo}jq;lt再生産のもとにあっては,資木家が労問者に支払うク:j:Qとし ての121!?は,ただJI的生産物の!f日化した形態でしかないらそれは,ツjflJ者自l
34 経 営 と 経 済
身によって絶えず再生産される生産物の一部分が労賃の形で絶えず労働者の 手に還流することだからであるQ 可変資本は,剰余価値を生みだす資本部分 でありながら,労働者が自己を生産し,再生産する生活手段財源の姿をと る。ここでは,労働者にとって,自らっくりだしたものが,逆に自らをつく る(生活してゆく)ものとして現われるD
再生産の過程にあっては,ある年数が過ぎたあとでは,彼が取得した資本 価伯は同じ年数のあいだに等価なしに取得した剰余価値の総額に等しくな るO したがって,およそ苔引というものを無視しても生産過程の単なる述 続,すなわち単純再生産によっても,長短の期間の後には,どの資本も必然 的に資本化された剰余価値に転化されるのであるO 資本そのものが生産過程 にはいったときには,その充用者が自分で働いて得た財産だったとしても,
おそかれ早かれ,それは等価なしで取得された価値,すなわち他人の不払労 働の物質化になるo資本主義的生産過程は,再生産過程としては,ただ商品 だ け で は な し た だ 剰 余 価 値 だ け で は な く , 資 本 主 義 的 生 産 関 係 そ の も の を,一方には資木家を,他方には賃金労働者を,生産し再生産するのであ る。
だが,資本主義的生産関係は古代社会や中世社会と異なって,権力によっ て強制された身分布IJではないo しかもすでにのべたように,剰余価値生産も 等価交換の形式でおこなわれるので,搾取関係はストレートには人聞の自に 見えない。したがって,資木主義的再生産過程は,資本家と賃金労働者とい う階級関係の再生産でありながら,人々の自には階級関係の再生産として映 じTよし、D
〔剰余価値の資本への転化・拡大再生産・商品生産の所有法則の資木主義 的取得法日jrへの変転。(第l巻第7:ITlr第22章))
貨幣の資本への転化は次のような結果を生む。
① 生産物は資本家のものであって,労働者のものではないということ。
② この生産物の価値は,前貸資本の価値のほかに,剰余価値を含んでお り,この剰余価値は労働者には労働を空費させたが,資本家にはなにも費や させなかったにもかかわらず,資木三〈の合法的な所有物になるということO
『資本主義論』における物象化の諸範醇 35
③ 労働者は引き続き自分の労働力を保持していて,買い手が見つかりし だい再びそれを売ることができるという乙とD
乙のような結果は,単純再生産に代って,剰余価値の資本への転化が行な われる拡大再生産,すなわち資本蓄積においても,少しも変りはないD 生産 物が生産者のものであって,生産者は等価と等価とを交換しつっただ自分の 労働によってのみ富をうることができるという「私的所有」の社会に通用す る法則は,資本主義にあっては,労働力の売買における等価交換という形式 をとることによって貫き,しかもそのことを通じて,剰余価値の生産をおこ ない,労働者の生産した果実は生産手段の所有者たる資本家のものとなる。
このようにして,生産の規模が大きくなればなるほど,社会の富が,ますま す大きくなる度合いで,絶えず繰り返し他人の不払労働を取得する地位にあ る人々の所有になるという法則を生みだしていった。マルクスは,この法則 を資本主義的取得の法則とよび,次のようにいう。「商品生産がそれ自身の 内在的諸法則に従って資本主義的生産に成長してゆくのにつれて,それと同 じ度合いで商品生産の所有法則は資本主義的取得の諸法則に変動するのであ る6)0 J
〔物象化の存立構造を暴露する原基的運動法則としての「資本蓄積の一般 的法則Jo(第l巻第7篇第22章))
商品社会として,商品の交換と生産によって生みだされた資本主義の物象 化された存立構造は, r再生産」の範鴎にいたって,資本家と賃労働者との 生産関係の再生産として論理的に定立する。だが,この定立の範時こそ,そ の定立の実体が暴露され,資本主義的生産諸関係が否定される物的諸条件が 生みだされる「破局」へと向う論理である。それが「資本蓄積の一般的法 則」であるo資本主義社会における仁失業」の必然性を明らかにし, r日と 貧困」の増大をつうじて物象化された等価交換と剰余価値生産の内容を誰の 自にもはっきりと見えるようにするo(資本主義の運動についての解明は,
本稿の主題ではないので,問題の所在のみを指摘し,そのたちいった考察は 次稿にゆずるo )
( 2) 資本の流通過程(第2巻第l篇「資木の諸変態とその循環」ロ第2
36 経 営 と 経 済
篇 「資本の回転」。第 3~言「社会的総資本の再生産と流通Jo )
物象化は生産過程で生みだされ,流通過程を媒介にしながら人間の自に倒 錯した現象として現われる。だが『資本論』第 2巻は,純粋に流通過程のみ を取り扱っているo したがって,第 2巻の論理は,第3巻の「総過程」のい わば「序説」をなしており,物象化の論理の展開はtY}3巻においてなされるo
エンゲノレスは『資本論」第 2近:の序文でつぎのようにいうo
「この第2部の叩かしい諸研究も,それらがこれまではほとんどだれも踏み込んだこ とのない傾城で到注したまったく新しい諸成果も,ただお3部の内容へのfjij白きでしか ないのであって,乙の第3部こそは,資本主義的基肢の上での社会的再生産過程のマ ノレクスによる叙述の最終の成果を展開するのであるの。」
( 3 ) 資本主義的生産の給過程D 全体として見た資本の運動辺程から出て くる具体的な諸形態。物s!.化が全市的に社会の表屈を覆うにいたる論理次 元。〈第3巻)
〔剰余価値の利潤への転化と剰余価値率の利潤率への転化D 費用価格。
(第3巻第l篇) )
資本主義的生産関係のもとにあっては,諸商品の価値実現は諸資本間の競 争をつうじてのみおこなわれる。だが,生産過程と流通過程との両者は,た えず交錯しあいそれらの特徴的な区別標識を不純にする。そしてこの場合,
剰余価値生産を認識しない資本家的意識からは, c+vが商品の費用価格の 内容として認識される口商品の価値が費用価格をこえる超過分は,もともと 生産過程で生ずるものではあるが,流通過程ではじめて実現されるのであ り,またこの超過分が実現されるか否かは現実には市場における競争をつう じてであるので,この超過分はあたかも流通過程から生ずるかのような仮象 がますます容易になるD そこで剰余価値は不払労働の取得の産物としては現 象しないで,商品の販売価格が費用価格をこえる超過分として現象するよう になる。このようにして,利潤や利潤率範応の成立は,資本と賃労働という 人と人との関係から生みだされた剰余価値を隠蔽し,資本という物のすべて の部分が一様に利潤の源泉として現象するという倒錯視を生みだし,剰余 価値・剰余価値率の手lJag・手JIiPI~ ポ.への WE 化・倒錯化がおこなわれるにいたっ
『資本主義論Jにおける物象化の諸範時 37
た。かくて資本関係が神秘化され,資本の物干!P't生が生まれる。
く平均利潤・平均利潤率。生産価格。市場価格。市場価値。(第3巻第2
1M) )
諸資本間の競争は平均利潤と平均不iJ潤率を生みだし,賀用価格+平均不iJi閏 が生産価格を形成する。「同じ大きさの資本は同じ大きさの利潤」を手に入 れるo ここに価値が生産価格に転化し,この生産価格をめぐる需要・供給の 関係、で市場価格が変劫する。そして,生産価格が異なる生産諸部門間におけ る諸資本聞の競争から成立するのにたいし,同一生産部門内での諸資本間の 競争は, r同一商品同一価格」の市場価値を生みだす。
〔手!j潤率の傾向的低下の法則。重層化された物象化の存立構造を暴露する 高次化された資本主義の運動法見Uo(第3巻第3篇) )
競争をつうずる労働の社会的生産力の発展は,資本の有機的構成の高度化 をもたらし,有機的構成の高度化は利潤率の傾向的低下をひきおこす(第3
1Ji第13章「この法JiJjそのものJ) 0 だが,この法則には, r反 対 に 作 用 す る 諸原因J(第3濡第14章)が作用するが,長期的にはこの法則が貫くo利潤 率の低下は資本苔杭を加速化し,また資本の集積・集中を促進するo他方そ れは,過剰人口と過剰資木を生みだし,生産と消費の矛盾を増大せしめ, Z?
の生産にたいする制限となる。(第 3 篇第 15~ r乙の法則の内的な諸矛盾の 展開J) 0 このようにして, r手!日月率の傾向的低下の法則」は「資本蓄積の 一般的注‑則」の高次化された運動法則となるO
ヒ商業利潤。(第3巻第4濡第171;1.))
資本の流通過程は現実には商業資本によって担われる。そして商業資本も 資本である以上,平均利潤率の形成に参加し商業利潤を要求する。そ乙で商 業資本は産業資本がすでに受けとった剰余価値の転化した利潤の一部を商業 利潤として手にいれるO このようにして,産業資本と商業資本という資本と 資本との関係によって生みだされた商業利潤は,そのじっ生産過程から生み だされた剰余価伯のilii化したー形態であるにもかかわらず,あたかも販売価 格と購買価格との差のように倒錯して現象するo
〈利子と企業者不IW}(沼3巻第 5得策23i;‑':)0 資本関係の外而化 (W3 zi:
38 経 日 ‑ と 経 済
第5篇第24主主)0 )
借りた資本で事業をする生産的資本家にとっては,総利潤は二つの部分に 分れる。彼が総利 m~ のうちから貸し手に支払わなければならない利子と総利 潤から利子を差し引いて彼のものになる企業者利得とがこれであるD そし て, G‑G'という;ill勤をとる利子生み資本において,絹本関係はそのJえも 外面的で最も神秘的な形態をとる。利子は剰余価値の転化としての利潤から 差し引かれたものであるにもかかわらず,利子生み資本の形態では,価値増 殖は生産過程と流通過程とに媒介されないものとして現象するD それは資本 が利子の,資本自身の増殖の,神秘的で自己創造的な源泉であるかのように 現象する口そこでは資本はたんなるものとして現われるのであり,利子はあ たかもこのものの自然的属性であるかのように倒錯祝されるO このようにし て,資本の物十rjl性は,利子生み資本においてその最も若しい形態をとるにい 7こっ7こD
に地代。(第6篇) )
資本は,その辺勤の過程で,土地所有を自らの社会関係のもとへ包摂せし めてゆく。地代 lこは差額地代(第 6 篇第39'""'44立)と絶対地代(第 6 篇!:f~45 主主〉があげられるD 豊度の違っている同一面積の土地に投下された等量の諸 資本の生産性の不等な結果から生まれるのが差額地代の第I形態であり,等 量の資本が同ーの土地に相次いで投下され,不等な結果をもたらすことによ って生まれるのが差額地代の第E形態である。だがいずれにしても,差額地 代はただ超過利潤の地代への形態転化にほかならない。また,農業における 資本の有機的構成の低さと土地所有によって,生産価格を越える価値の超過 分を実現せしめる価格から生ずる絶対地代も超過利潤の転化形態であること には変りはない。このようにして,地代は剰余価値の一部の転化したもので ありながら,人々の自には,あたかも土地所有そのものの自然的属性である かのような倒錯した現象として映るO
〔三位一体的定式〉
以上のような物象化の論理の上向は,資本一利潤・利子,土地一地代,労 働一労賃という物象化の世界を完成するD マルクスはこれを三位一体的定式
『資本主義論Jl1とおける物象化の諸範時 39
と呼び,つぎのようにいう。
「資本一利潤,またはより適切には資本一利子,土地一地代,労働一労賃では,すな わち価値および宮一般の諸成分とその諸源泉との関係としてのこの経済的三位一体で は,資本主義的生産様式の神砿化,社会的諸関係の ~J化,物質的生産諸関係とその歴史 的社会的規定性との白抜的合生が完成されている8)0 J
この三位一体の支配する世界,それが人々の物質的日常生活の坊である
「市民社会」であるo それは「ものともの」との関係の自立化と倒錯化をつ うずる「人と人」との関係の再生産の場であり,いわば社会的諸関係の倒錯 化の共同体である。生産関係における。搾取=階級関係は,市民社会では物 象化され隠蔽されて,そこでは人々はあたかも自由であり平等であるかのよ
うに現象するO
注
1) K. Marx. Das Kαpital, Bd.!, Marx Engels Werrke, 23, S. 49,邦沢
『マノレクス・エンゲルス全然」大月苫出版,第23・a巻47ページ。
2) F. Engels, Karl 1i1 arx, Zur Kritik der Politisclzen Okonomie, M. E.
Werke 13, SS. 475-476 ,邦沢 r マノレクス・エンゲソレス全集~ tfH3巻 478ページ。
3) 物象化と経済かとの関係についての一般的考察ば,有賀定彦 rli'資本論』から
「白木主義論』へJ3 r府内!やとしての経済学J(良 ri日j大学町村:t と経済』第S9巻 tf~4 号〉を参照されたい。
4) K. Marx, Das KaPital, Bd. ! , M. E. Werkc 23. S. 532.邦訳『マjレ クス・エンゲlレス全集~ tf~23 ・ b~ 661ページ。
5) K. Marx,σ. a.O., S. 533.邦沢『前掲告u同ページ。
6) K. Marx,α.α.0., S. 613.邦訳「前掲1"!i‑~ 765ページ。
7) F. Engels, Vorwort, Das KaPital Bd. II, M. E. Werke 24, S. 26,邦 沢『マルクス・エンゲ、ルス全集~ W24迭 29ページ。
8) K. Marx, Das KaPi・tal,Bd. III, M. E. Werl¥:e25, S. 838, 邦沢『マJレク ス・ヱンゲノレス全然j~125. b 5~ 1063ページ。
40 経 営 と 経 済
2 資 本 (2)。 土 地 所 有 。 賃 労 働 。
マルクスの「経済学批判体系プラン」にあって,資本・土地所有・賃労働 のいわゆる前半体系を,マノレクスが「プラン」についてのべている論稿や書 簡によって, r資本論」を含めて整理すると,ほぼ次のような輪郭が回かれ よう1)。
I 資 本 ( a) 資本一般
( 1 ) 商品・貨幣 (2 ) 資本
l 資本の生産過程 2 資本の流通過程
3 両者の統ーとしての資本主義的生産の総過程 (b) 競争
( c) 信用 (d) 株式資本 E 土地所有 E 賃労働
A "II.rr.mの相互関係。都市と良付。三つの大きな社会階級。これ らの階級のあいだでの交換。流通,信用制度(私的)。 2」〉
B 1"この三つがすべて前提されてのち,いまやその内的総体性において 規定された流通としての,諸価格の運動,他方では,生産がその三つの 基本諸形態と流通の諸前提のかたちで規定されたものとしての,三つの 階級 08〉」
このようなマルクスの「プラン」にあって, 1"競争J, 1"信用J, 1"株式会 社」それに「土地所有」や「賃労働」は,いずれも『資本論』において言及 している。「競争」は『資本論』全巻を貫〈論理であり,とりわけ第3巻に あってはそうである。「生産価!会」や「平均利潤」の諸範院は,競争の論理 なしには成立しえない。「信用」も,第 3 在第 5 篇・ ~J6篇「利子生み資
『資本主義論」における物象化の諸範時 41 本」の項目でこまかくのべられており, r株式会社」にしても,;:日3之さ沼5 清第27章「資本主義的生産における信用の役割」のなかでふれている。また
「土地所有」は, r資本論』第3巻第6篇で「地代」の細かい叙iliをしてい るし, r賃労働」にしても,第l巻第6篇「労賃」でその基本的性格を明ら かにしているo だが,そうだからといって, r丘本論』が「資本・土地所有
・賃労働」のすべてを包括しているとはいえまい。
『資本論』の論理における特徴の一つは, r使用価値」の拾象である口そ れゆえ,これまでのマルクス経済学にあっては, r伎用価値一具体的有用労 働‑具体的有用労働の総括としての社会的分業一生産諸力」という論理の系 譜は,経済学の対象としては不当に低くとりあっかわれてきた。だが,使用 価値を捨象してしまって, r競争論」が構築できるものだろうか。また「地 代」の解明で, r土地所有論」のすべてを包括したことになるのだろうか。
「都市と農村」・「農業と工業」との関係の解明は, r資本論』の論理で,!下足 るといえるだろうかor賃金論」を労働力の価値の論理次元ですましでもよ いものだろうか。もし『資本論』が「賃金論」を包摂しているとするなら ば,箔3巻で生産価格の範時が成立したのち,賃金の具体的研究をつうじ て,その物象化の高次{じがとりあげられでもよいのではなかろうか。このよ うと巧‑えると, r資本論』はやはり「資本一般」の書であるといえるo した がって, r競争」から「賃労働」にいたる各項目において,物象化の{随時の 検出にあたっては r資本論』の論理をさらに民間させた各羽目の問先が必 要となる。
「プラン」における『資本論』の位世づけについて,つぎのような糸約の 解釈がある。前半体系と後半休系の奴介 l~i として「国家」を位置づける o そ して『資本論』は, r資本・土地所有・1119j倒」の三項目を合むとみたうえ で, r資本論』の最終了三が「諸階級J(第3巻第7A1J第24市)となっているこ とに着目して,諸附級→国家という論理となる。また, r資本論Jが「プラ ン」のなかでどのような位置をしめるか,という議論はおいて, rプラン」
の「三つの陪級」→「同家」という論理をとる見解もあるO 両者ともに共通 するのは,政治的困家,階級支配の伐閃としての「国家」である。かつて,
42 経 営 と 経 済 マルクス経済学のなかで, rプラン」の「国家」を「経済的構造」や「国民 経済」として解釈する「流れ」があった。両者の見解とも,この流れの批判 的検討のうえになされたものであろうO だが,これらの解釈の難点は,前半 体系から「国家J,さらに「外国貿易」へと移行する論理がまだ十分でな い,ということである口「階級」から「国家」の説明はなしえても, r階級」
から「外国貿易」の説明はなしえない。
前半休系から後半体系への論理的移行にさいし,前半体系の終りに「国民 経済」の範~:Sが必要ではなかろうか。この「国民経済」は r国家」の経済 学的解釈としてのそれではなく,この節のはじめに掲げた「プラン」の輪郭 でいうならば, AとBで示される,資本,賃労働,土地所有の相互関係を全 体として総括する「国民経済」である。それは,唯物史観でいう「経済的構 造」の生産諸力の側面を示し, r市民社会」の「素材的な担い手」をなし,
社会的分業の国民的体系であり,一国資本主義の生産諸力の再生産構造であ る4)。物象化の論理の上向は,前節でみたように「階級関係」が「市民社 会」に鼠倒して現象する。このようにして, r諸階級」→「市民社会」→
「国家」→「外国貿易」と上向する論理と「国民経済」→「外国貿易」へと すすむ論理との交芸によって前半休系から後半体系の移行を説明しうるので はなかろうか。
注
1 ) マルクスの「プラン」については,有賀定彦 rw資本論』から『資本主義論』
へJ1 r マルクスの『経済学批判休系プラン ~J ( w経営と経済』第59巻第4号)を参 照されたし、。
2) K. Marx, Eillleitullg zur Kritik der Politischell Okonomie M. E. Werke
13, S. 639,邦訳『マルクス・エンゲノレス全集』第13巻635ページ。
3) K. Marx, Grundrisse der Kritik der Politischenl Okonomie (RohentwurJ), S. 175,高木幸二郎監訳大月書居版第2分冊185ページ。
4) r市民社会jと「国民経済Jについては,有賀定彦「唯物史観と『フ。ラン』問 題J3 r市民社会と同民経済J( W経営と経済』第59巻第3号)を参照されたい。
『資本主義論』における物象化の諸範鴎 43
3 国 家
物象化の上向の論理からえられる「国家」範時は, i市民社会」を総括す る「政治的国家」であるo資本主義にあっては, i所有の秩序」が維持され るかぎり,つまり法の下での平等と契約の自由と等価交換とが再生産される かぎり,剰余価値の再生産は継続されるo このような「市民社会」の「所 有」を権力によって保証するもの,それが「公共の秩序」の維持者としての 国家であるo国家は剰余価値の再生産を保証するものとして,フ勺レジョアジ ーの「所有」を保証するものであるにもかかわらず, i所有一般」の形式を とることによって,あたかも「国民全体」の利益,民族の利益の保護者とい う外観をとるo このようにして,市民社会が国家の形態に総括されることに よって,国家の実体は「階級性」であるのに,人々の目にはあたかも「公共 性」として映る。このイデオロギー形態がブノレジョア民主主義であるD した がって, i国民」に総括された人々にたいしては, i内側にむかつての国家」
の内容をなす諸箱路は,いずれもこのような物象化された姿で現われる。
このようにして,民族が市民となり国民となることによって,国家が市民 社会で現実の日常生活を営む人々にとっての「普遍」となり i神」として 君臨する民族国家が成立する。そこでは,実体としては普遍性をもっ人閉そ れ自体も消滅する。かくして,国家の物十111性は権力によって強制された力を もつにいたる。このようにして,物象化の論理の上向は,現実の日常生活の 世界における最高・最強の物神性の体現者としての「国家」を生みだした。
そして個々人の「私」の「エゴイズム」は「国家」の「エゴイズム」に集約 され,フツレジョア民族主義がそのイデオロギーとして生まれるo i外側にむ かつての国家」は,他民族や他国家との競争・対立・抗争,さらに文配・被 支配,搾取・被j窄取,収容・被収容関係により,自国内部での階級関係をさ
らに隠依し,物象化を強める。
マルクスの「プラン」をみても, i国家Jの内容をなす消印時は,以上の ような「国家それ自身にたいする関係」のなかで考察されている。
『経済学批判への序説』における「国家」のプランo ( r経済学批判要制J
44 経 営 と 経 済
にも,この『序説」は(ノートM)と し て 採 録 さ れ て い る が , 以 下 rr序 説」のプラン」とよぷ。)
「国家の形態でのブルジョア社会の総括。それ自身にたいする関係、のなかで考察され たそれ。『不生産的』諸階級。租税。国債。公信用。人口。植民地。国外移民。 l)j
「経済学批判要綱JIII r資本にかんする茸j(ノートII) における「国家」
のプランo(以下 rr要綱』のプラン」とよぷ口)
「国家。(同家とフツレジョア社会一租税, または不生産的諸階級の存在。一国債。一 人口一外側にむかつての国家,すなわち.t~(民地。外国貿易。為替相場。国際的鋳貨と
しての貨幣。 2)J
これらの「プラン」から,現代までの資本主義の歩みを射程に入れて考察 すると.r国家」について,次のような諸範時をあげることができょう。非 生産的階級〈官僚・竺察・裁判所・軍隊等〉。租税。国債。公信用。通貨制 度 。 人 口 (r国民」として総括されたそれ〉口
ここで「公信用」の項の次に「通貨制度Jという範時をつけ加えたのは,
次の理由による。マノレクスは, r資本論』第3巻第5篇「利子生み資本」第 25羊「信用と架空資本」で,中央銀行にふれ, rたいていの国では,銀行券 を発行する主要銀行は,国立銀行と私立銀行との奇妙な混合物として事実上 その背後に国家信用をもっており,その銀行券は多かれ少なかれ法定の支払 手段であるからである3) 」という。『資本論Jの論理からするならば,通貨 制度は金本位制であることは,とりたてていうまでもなく当然のことにな るc だが,その後の資本主義の歩みを考慮にいれるならば,とりわけ現代資 本主義を射程にいれるならば, r管理通貨制」もそれに合ませることができ
るように「通貨制度」という範時をつけ加えた。
また『序説Jの「プラン」でいう「植民地」と「国外移民」を削除したの は,次の理由によるO マルクスがここで怠味する「植民地」は「市民社会」
の国外への延長であって,それにともなって「国外移民」がおこなわれた。
だが資本主義の歩みを考慮にいれるならば, r柏民地」は「国家j (= r市
民社会j)の延長というより,世界市場の一部の「独占」支配とみた方が現 実I'J'JであろうO また「労倒の同際移動」にしても,ここでいう「机民地」に
『資本主義論』における物象化の諸範時 45
ともなう「市民」の「国外移民」とは性格を異にするからである。マノレタス が「要制」の「プラン」でいう「外側にむかつての国家」は, r外国貿易」
・「世界市場」でとりあげるD
注
1) K. Marx, Einleitung ZUr Kriti.んderPolitischen Okonomie, M. E. Werke 13, S.639,邦訳『マルクス・エンゲノレス全集』第13巻 635ページ。
2) K. Marx, Grudrisse der K行tikder Politischen Okonomie, S. 175,高木幸 二郎監訳箔2分冊 185ページ。
3) K. Marx, Das Kapi・tal,Bd. III, M. E. Werke 25 S. 417,邦沢『マノレク ス・エンゲjレス全集.ll~Ù25 ・ a 巻 507 ページ。
4 外 国 貿 易
マルクスの『経済学批判への序説』における「フ。ラン」では, r外国貿 易」の項は「生産の国際的関係」として,その諸範時は次のようになってい る。
「生産の国際的関係。悶際的分業。悶際的交換。輸出入。為替相場。 l)J
また,すでに第 3i市で引用したところであるが, r経済学批判要綱』での
「プラン」では, r外国貿易」は「外側にむかつての国家」のなかにいれら れている。当該箇所のみ再度引用するo
「外側にむかつての同友,すなわち,杭民地。外国貿易。為替相場。国際的w1f1主とし ての貨幣。」
いま,マルクスの「プラン」を手がかりに「外国貿易Jの諸節目;1を,前半 イ12系より同家・外国n易・世界市j易への論理の上向において整理したのが 表1であるO ここでマルクスの「プラン」にはないが, r国際収文」簡略を つけ加えた。また「要綱Jの「プラン」でいう「国際的鋳貨としての貨幣」
の項に「国際通貨」をおいた。外国貿易は商品の国際的交換にほかならない が,それは前半休系の「生産力」の論理の上向である「同民経済」より上向 したものである。 2) したがってここでは, r解剖学としての経済学」と「生 主[二三jととしての経済学」とがいりまじることになるo3) ~, r外fHf?B(\1~[1ぷ的交
在 世 と 経 済 46
外国貿易・世界市場の諸範時 表1
世 世 :
「 → 界 界 ← 」 市恋、 l
e場 慌 ;
植 l
」 → 民 ← ー 」 地
「ー甲
外
国 貿 →
家 一 の 一
↑
国
γ l 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
寸
l i I l l i t
‑
‑ J
ー ー ー ー ー ー ー
!
? ー
; ー
l l J一
て 一 輸 出 入 為 替 相 場 国 際 通 貨 国 際 収 支 国 際 分 業
い 一
︹
H H ) ) 州十
国
家 民
一 一 争
「一市
社
A、
:z;;
位 一ー→体一一→
グ〉
体 系
国
民
易
(国際的交換)
キ 主
社会的分業の体系(農業・工業)
済
』・ーー・ー