共同 決定 にお ける De mo kr at ie とD em ok ra ti sm us
−ドイツ労使関係の経営思想史的研究序(一)−
川 崎 文 治
解 題 一労使関係諭のあり方
1 イ ギ ワ ス
2 7 メ M ソ カ
3 ド イ ウ
︵1︶接近の基本性格
︵2︶経営社会学的接近から経営経済学的接近へ
二 ブワーフスの労使関係論についての批判的解義
1 共同決定への弁証法的予備考察
2 ﹁経営民事貞義﹂の実存条件
3 ﹁経営民主貞義﹂の機能条件 点下次号︶
結 び
−q em Ok ra ti eか 円e mO kr at is ヨC Sか 共同 決定 にお ける De mを a計 とD 昌O kr at is mu s H
経 営 と 経 済
四 解
題
一般に労使関係論というものは︑必やしも経営経済学の分野に告しとめる必要は怠いし︑叉それでは本質の全部を
・尽すととにもたら注いであろうが︑とくにそれが経営経済学の内部で︑即ち経営経済学的に取扱われるについては︑
それ及︑の理由と歴史とを︐もっている︒それにクいて差当りイギリス︑プ
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カ並にドイツに治ける労使関係論の位q
置づけを概観するととによって︑問題自体の内容也︑経営経済学的接近の性格を明らかにしてみたいと思う︒そして
その後にFイヅに語ける取上げ方と問題自体の関連のうちに︑われわれの指標を定めるととにしたい︒
︑労使関係論のあり方
.
1
イ ギ
フに
資本主義体制生誕の地としてのイギリスは︑その生成と発展の様相をその偉経済学に映してきたが︑いわゆる古典
派の︑そしてその意味で経済学頭初からの理論構造を規定するものは︑或意味では労資関係論であったといえよう︒
唯そとではむしろ一定の労資関係を前提にした上での生産・流通・分配・消費の法則が先や求められ︑吹第にその体制的与件というもの︑換言すれば与件の休制的性格が関われるという過程を関したものとドうととができまう︒とれ
がスミス・リカ1下・ミルを経て︑近代経済学といわれる休系を必至左らしめた資本主義の構造変化に見合うもので
あるととはいうまでもたい︒乙Lにわれわれとしては古典派に掃ける資本と労働の角逐について云為する限りではた・
いが︑唯マーシャル・ピグl
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として経済学的表現規定を受けた(但しその内容は流通論的性格が強かったと見られる)と同じ様に︑
杏それだからとそ現代的意味での労使関係論も︑本源的に経済学者によって追求されたというととができょう︒との
ととは叉経済学的には労働と資本の関係としての労資関係論をその本質とするものであり︑労使関係論としての
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12 8
の問題もその中に包含されていたといえるであろう︒勿論宮内田区ω豆
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の問題は︑法律的︑社
会故策的更には政治的令野に於て十令に採り上げられるべき対象であり︑叉事実そうであったのであるが︑われわれ
としては︑とくに経営学乃至経営経済学としての体系の中に位置づけられ友かった点に注意したいと思う︒とのとと
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︒ ' さて今見た様友広含
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の概念は実は資本主義の体制的矛盾の激化に即応するものであるが之け伊他の商からいえば労働組合の成長による労資の要素的対立から階級的対立への展開に沿うものに他たら怠い︒とLにわれ
われは更に之等の概念の歴史的そメ
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の︑表われとしての労資関係論を展望するととにたる︒まととにプ刊リーブスのいう様に︑﹁
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尚イギリスにも相ける労資関係にクいては︑われわれは社会主義的動向の影響に注意したければ注ちたい︒経済学に
治ける社会主義学派の生成は労資関係論を最大の基盤としているともいうととができるが︑唯それは経営経済学的に
如何に位置づけられたかについては︑社会主養経済学自体が資本主義体制を止揚するととを課題とする限り︑資本主
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経 営 と 経 済
一 六
義的経営(経済)学というものにも︑従ってその限り経営経済学的労資関係にも批判的であり︑結局論理的位置がは
っきり与えられ注かったというととは考えられるが︑それにLても爾後の歴史的現実はいわゆる﹁社会主義経営学﹂
を可能にすると共に︑労資関係を止揚した意味での労使関係(従って次に述ペるア
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カ的労使関係とは本質差があq
る)に基いて新しく経営経済準的視野に入りうるととを示している︒しかし勿論計画経済政策を最高原理とするとと
ろから︑いわゆる経済学的令野とのその面での接触は強いといわねば友ら友い︒
ともあれとLには之の社会主義原理の資本主義体制への一つの浸潤点として︑イギザスに治ける産業固有化(ロ巳E・
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政策品それに伴う労働問題としての枠内で︑一応社会主義的に労資関係を超えた労使関係論としての取扱
いが為されている点を指摘したい︒とれは固有の資本主義経営に治ける労使関係論と並び︑その関連と共に︑ィギり
ス国有の興味ある課題を展開してい名所である︒とLでもその詳論は他自に譲らねばたらたいが︑例えば既に著名に
たったクレッグの自著乃至関係書目を顧みてゐくにとE
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以上われわれは簡単ではあるが︑イギワスに沿ける労使関係論の伝統的旦近代的接近方法と方向とを︑経済学的│
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も資本私有契機の比較的単純た歴史の上に︑資本の量的集中が裏付けされ︑そ@意味で資本対数働の関係からはむし
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る圧倒的な資本の権力の下に運命づけられていた4わけであるが︑やはり資本主義体制の金面的危機状況を免れる乙と
はでき怠かった︒そのととは直ちに労資関係の緊張という形をとってくる︒しかし既に格言化されている様に・4F0
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の支配の下にであった︒とのととは今日のアメリカ経営学者の見解にも受継がれているといえる︒例えぽドラッカー
︑が労働者の人間的︑個性的創意をいかに強調しても︑経営参加という点でははっきり一線を画するととめたどその最
たるものであるう︒
さて当面の問題としてのアヌリカ経営学に拾ける労資関係論は︑右にのペた様た経緯から労資関係よりも労使関係
存在たるととを容易にしたが︑そのととは戦後とく肥強調される様花︑﹁経営者﹂論乃至﹁経営管理﹂論の一項目と
しての︑いわば管理対象として︑更には管理方法としての労働組合論乃至は団体実渉論︹g
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ての位置に局限されうるととを意味する︒かくて周知の様にアメリカ経営学文献にクいて必やといってよい位に何れ
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が数えられている次第である︒而もとれは労働過程め合理的管理︑即ち科学的管
理法の発展の歴史に裏づけられたものとして︑団体安渉論の前に︑人事管理(明2帥0 5 己主
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理
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ての平面に図式化したザ注印象を与えるものである︒﹁とのように経営者に沿いて︑経営管理の論理と倫理とを統一 め三)論が据えられるのが普通である︒いわばとれは︑体制的縦層的労使関係の本質を管理警としg
しようとするととろに︑実にアメリカ経営学の最大の特徴が見られる﹂仰と古川教授も指摘される通りである︒乙の
ととは﹁プメザカ経営学として発達してきた﹃経営管理学﹄は︑経営者的観点からする労務管理をその中心課題とし.
ている﹂仰としても本質的変化は左い︒われわ・れもとれ以上とLに紹介する必要を認め左いが︑唯古川教授が以上の
ととについて﹁経営学隠とっては︑あくまで経営管理の経済的側面和らする解決が求められねばたらたい﹂とし︑﹁
それはブヌリカ経営学が﹃経営管理学﹄より︑さらに﹃経営経済学﹄にまで展開されねばたら怠いというととを意味
︑している﹂怖といわれる時︑そのとと自体正しいとして︑われわれはいわゆる﹁経営管理の経済的側面からする解決
﹂について︑重要友批判的契点の存するととを想うべきであるし︑更にその契点は労使関係論の位置づけに関すると
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とを注意して・おきたい︒
アメりカ経営学に・おける労使関係論の文献については多くの当該書に譲るが︑とLに先のイギリス的方向と共にI・
L‑ H の編集にたる円︒
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備との点については拙稿﹁経営における︿
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をめぐる諸問題﹂(長崎大学﹁経営と経済﹂第七十号︑昭和三二年二
月) 参照
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( 3 )
古川栄一﹁増補アメりカ経営学﹂(同文館︑昭和二四年)二八三頁0
2 )
古川栄一︑前掲書︑一三七頁︒
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(1 )
接近の基本的性格 ドイヅ経営経済学の成立と︑その我国乃至世界各国への影響については今夏喋えする迄もたいが︑乙
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の体系のうちにいわゆる賞使関係論の位置づけが十介には成熟してい注い点を指摘し怠ければ注ちたい︒その間の事
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情肱如何怠るものであるうか︐われわれは先宇端的にドイヅ経営経済学が﹁個別資本の運動過程として︑経営費用の
研究と︑その計算的把握とを中心課題としてきた﹂(41という乙とができるであるふう︒乙のととは反面同時に資本と
労働の関係についても︑プヌリカ的方向と相似た資本運動の経営的展開を追求且整理するという理論と技術が重視さ
れたととを意味しつL︑労資関係論についても︑労使関係の管理的側面に於て把撞されるというととを必然怠らしめ
たのであるD即ち労働の問題も4ユ
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旦件の発展に裏づけられて︑心理的生理的労働側面の管
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(3 28
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歴史と軌を一にするものがある︒勿論仔細に見れば第一次︑第二次両大戦を契機として︑新し︿アメリカ的人間関係論
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を経て胎動するものがある
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にせよ︑依然として管理的性格を免れ
るものでは怠い︒との点についてはわれわれは別にブイヅシヤ1の近論切について批判的に紹介すると乙ろがあっ
た吻のであるが︑その際も明らかにんておいた様に︑以上の体系にはいわゆる労使関係論は︑は入っていない点に特
色をもっといわねば注ら怠い︒そしてとの特色は即ち限界をも為すと思われるのであるが︑例えばフイツシヤlの﹁
経営経済学﹂に告げる労働要素の役割の強調何にしても︑テγド
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経営経済学﹂に於ては﹁労働﹂は﹁経営経済的生産要素﹂の一つとして︑﹁資本﹂と﹁組織﹂と並列的に位置づけら
れたに過ぎ怠い例︒それらの何れにも労使関係論としての部令は与えられていない︒戦後例えば﹁経営経済雑誌﹂
(N
¥回)の付録に告ける教科書的﹁復習﹂(切符可
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回目 )の 労務 篇円
等に於てやっと一九m u
五二年の﹁経営組織法﹂(切旦﹃522F
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の説明が与えられでも︑備︑経営経済学的に岨鴫されたものと
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けであり︑例えば先のフイッシャーに念ける﹁人事管理﹂から﹁人間管理﹂への人格l個性l
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叉最近にはアルTウール・マイャーは﹁現代的労働入﹂︹﹀
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昨日常克冒)及びその﹁特徴﹂を求める
とと︑換言すれば現代における﹁特殊精神﹂な吉岡山崎町内
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及び﹁特別友歴史的課題﹂(宮帥
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の原理を求めるととは全くずラッカーを踏襲しているに過ぎ注い台3が︑唯その過程に
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を通じて﹁全体の諾決定に参加する﹂
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翁vの概念を若干上姐り︑ドラッカーにゐける﹁参
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峻拒を緩和しつつ︑われわれの指摘する労使関係論の経営経済学体系化の意味を担う様であるD
しかしとの興味ある論稿からは取敢えや右の指摘に蛍めて烏きたい︒
さて以上のととからわれわれは労務乃至人事の管理的側面迄におけるドイヲ経営経済学とアメり力経営学の類似性
をみうるにしても︑それから先の労使関係論については︑アメリカ的体系と異り︑むしろイギリス的性格に近いもの
を感じとるととができるであろう︒乙のととはアメリカ資本主義の逗しさを表わすであろうと共にドイヅに金ける資
本主義体制の独特注変容の性格を見せる様である︒即ちドイツでは基本的にはワイマ1ル体制という重要友歴史的契
機のうちK︑資本主義体制の限界に迫る任務が予見されていたととから︑イギりス的関有化の方向では怠いにしても
叉アメザカ的資本私有!専制的性格とも異った労使乃至労資関係解釈を潜めていたといわねば怠ら怠い︒とれが今次
大戦後に制定された﹁共同決定法﹂(冨
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及びそれに続いてその拡張としての﹁経営組織
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陀結実したととは周知の適切である︒しかしとkでもわれわれの当面の課題と
しての経営経済学体系における取敏いについては︑依然としてとれまで述べてきたととは基本的︑大勢的にあてはま
る︒唯マイヤ1の所見に些かの進歩を見出したに過ぎ注い白
(4av古川栄一﹁増補アメリカ経営学﹂三一七貰︒
(4
b)
備次稿参照︒備プリーブスは﹁ワイマ1ル民主体制によるプロシア・ドイyめ解体後の半封建制を経て︑早山内己主回
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等により漸次﹁経営及その人間的諮関係の人間化﹂が
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拙稿﹁経営における︿
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