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家族からの逃走 : 『ジャングル』を読んで

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(1)

家族からの逃走 : 『ジャングル』を読んで

著者 本合 陽

雑誌名 人文論集

巻 46

号 2

ページ A61‑A74

発行年 1996‑01‑31

出版者 静岡大学人文学部

URL http://doi.org/10.14945/00008883

(2)

家族からの逃走一 『ジャングル』を読んで

1905年 2月 11日 、『アピール・ トゥー・ リーズン』に掲載した公告で、アプト ン 0シ ンクレアは、『ジャングル』について次のように予告している。

この作品には、不 U益 のために男や女の労働 を搾取するシステムによって、

人間の心がいかに破壊 されるか示されるだろう。大衆の心を揺 り動かし、

産業 というやかんの蓋を吹き飛ばす ことだろう。 この本で社会主義がどの ように描かれようと、 もちろんそれは差 し迫ったものなのだ。色々な挿話 によって明 らかにされるはずだ。説教はない。表面上 この小説は『アンク ル・ トムの小屋』 と似ていないが、根本では同じものであるだろうし、そ うあろうと心がけている。それはシステムの働 きを示すだろう。不正不 U得 が どのようにして女や子供 を殺 してい くかさまざまな例 を示そう。 日常生 活の出来事が主題である。色んな出来事やわ くわ くする事件があり、生死 をかけた努力や悲 しい悲劇、人生の悲劇があるだろう。

1

さらに、

 

このようにも述べている。

私はあそこにいて見てきた。だがあの闘争や、続いて起 こった精神的、肉 体的崩壊を知るためにシカゴに行 く必要などなかった。工場のこと、ひど い大気のこと、事故のこと、混ぜ ものをした食品のことが描かれるだろう。

至る所にス トや雇用者連合があ り、収賄する政治家、そして社会主義者が いるだろう。おそらく自人奴隷売買 も出て くる。自由を求め渡米 してきて、

職のない外国人がいる。 (中 略 )前 にも言ったように、 この本は読 まれるよ うに書 くつもりだ。ス トの大詰めにいた り、主人公の妻は出産する。彼女 は誰にも付 き添われない。しくじらなければ、ただ事実を語ることにより、

実 りある悲劇 を生み出せるだろう。礼儀 を欠 くこともないだろう。ス トは

△ 口

‑61‑

(3)

失敗 し、面食 らう。妻 は追 い立て られ死 ぬ。彼 はしば らく赤ん坊の世話 を し、毒入 リミルクや混 ざ りもののある薬 を飲 ませ、ついには赤ん坊 も死ぬ。

それか ら主人公 は家 を出、アナーキズムの ことを耳 にする。アナーキス ト と、アナーキス トを生み出す社会の犯罪や恐 怖については、 まだ小説 に書 かれていない。主人公 は爆弾 を作 っている。 それか ら社会主義の ことを学 ぶ。一人の貧 しい、飢 えた仕立屋、社会主義者であ り、革命の真の ヒーロー が全ての問題 を明 らかにして くれ、「 ジャングル」の奥の奥 まで自日の下 に 曝すのである。

2

作品が発表 され、当初 は好意的 に迎 えられた。 いやむ しろ激賞 された とす ら 言えるか もしれない。それ故 シンクレアが、 「私 はフィクシ ョン作家の通常の特 権 を行使す ることはあ りませんで した。空想で書いた ものはないのです。潤色 な どしてい ません。ただ劇化 し、解釈 しただけなのです。」と、 自信たつぶ りに 述べているの も理解で きる。

だがその後、様々な批判 も出てきた。それに伴 っ て、作者 自身 もこの作品に満足 していたわ けではない ことがわかって くる。

ブル ックスは、 「 シンクンアは人間性 にそれほど興味 を持 ってお らず、人物 に あま り感情 を抱いてお らず、寛容で もなかった」 と述べ、人物造形の問題点 を 指摘 している。 4  また、シンクレアの描 く労働者階級、社会主義の描写 には、ど うも彼の中産階級的色彩が色濃 く影 を投 じていて、本当の意味で労働者階級の 物語 になっていないのではないか とい う指摘 もあ り、

宗教への こだわ りが社 会主義への こだわ りの背後 に見 えか くれ し、見いだされた社会主義 はキ リス ト 教の再発見 にす ぎない とい う説 もある。

6

シンクンアは、「説教」とい う形で しか社会主義 を作品に持 ち込むことがで き ず、 「革命の真のヒーロー」に全ての秘密 を暴 きたてさせ ることもで きなかった。

彼 は宣伝文で述べた通 りの作品を書 くことができなかったのである。私 はこの 事実 に注 目し、 この作品 を読み直 してみたい と考 えている。

作品を不十分な ものにしている原因 は、作品後半部 にある。作者 自身 この部 分 をなかなか書 くことがで きず、途中で一時放 り出 してさえいる。伝記作者ハ リスによれば、 「彼 は麻痺 して しまったのを感 じた。生 まれて初 めて書 くことが で きず、作品 を終わ らせ ることがで きなかった」そうである。 7  シンクンア自

身、健康、金銭上の問題、 また妻の調子 な どか ら、計画 していた三度 目のシカ ゴ行 きもで きなかった と言い訳 している。その事実 を指摘 し、十分な時間 と力 を掛 けることがで きなかったか ら不十分 なまま終わったのだろうとい う見方を

― ‑62‑―

(4)

す る批評家 もいる。

また、 「 シンクンアは、個人的に も政治的にも、また創作 上 で も生活の危機 に瀕 していた期間にプロッ トを練 っていたので、お金のかか る教育 を受 けて きたプロの作家であるシンクンア と、すばらしい最初の章 に登 場 す る卑 しい生 まれの労働者 との間の溝が深 まって しまったのだ。アングロサ クソンで、プロテスタン トのプチブル知識人が リア リズム、社会主義、異質の 労働者階級、純文学 を打 ち負か して しまったのだ。」という解釈 もある。 9  しか

し、 この ような解釈 は、私が作品を読 んだ ときに感 じた作者の強烈 な男意識 を 十分 に説明 して くれない。

作者 はこの作品にとりかか り始 めた とき、 「 データはあった し、どんなス トー リーか もわかっていたが、登場人物 を持 っていなかった」と言っている。

 

ま た、作者 はシカゴに取材 に行 き、偶然移民の結婚式 を目撃 し、登場人物 を見い だ したのである。 さらに、執筆 中に行 き詰 まり中断 して しまうのであるが、そ れは主人公の妻 と子の死 の場面 と主人公が社会主義 に目覚 める場面 との間、 24 章 あた りである らしい。 11 

私 としては このあた りに この作 品 に迫 る一 つの鍵 があると考 えている。その意味で、母親 を養わねばな らない とい う強迫観念か

ら生 じる、作者 のマ ンフッ ドヘの こだわ りを読み とる説 は注 目に値す る。

12

作者が描 きたい と思 っていた作品 と、 描 いて しまった作品 との間にある溝 は、

それ自体作者 と作品の関わ りを雄弁 に物語 って くれ る。 またその関わ りは、作 者 と作品の距離 を見定 める一つの指標 になると考 えられ る。作者 と作品の距離 というものが、作品の質 を大 き く左右すると私 は考 えてお り、「隠蔽」と 「解放」

というキーワー ドを用いその距離の問題 について考察 を重ねて きている。 その 意味で、 この作品は非常 に興味深い問題 を与 えて くれた。作者の意図 した作品 と、私たちが読む ことので きる作品 とのずれを検証す ることにより、作者が 自 分 の無意識の願望 を解放 しようとし、 しか しそれを正当化するためある種の隠 薇が行われ、奇妙 な物語 になって しまった ことを、 この小論で分析 してみたい

と思っている。

II

作者が意図 していたのは、主人公が社会の歪みを身 を持 って体験 し、 その結

果 ある社会主義者 と出会い、社会主義 に日覚 める様 を描 くことであった。社会

主義 に目覚 める直前 の22章、主人公 ヨーギス と再会 した妻オナの従姉妹マ リ

ジャは彼 に向かい、 「私たちはあまりにも無知だった。それが問題だった。」 (347)

と述べている。 この言葉か らもわかるように、 ヨーギスは自分 自身 と、 自分 を

取 り囲む社会の状況 に目覚 めねばな らなかった。

(5)

ヨーギスは、アメ リカに渡 ってきた直後 には自分の若 さと力 を過信 していた。

何か苦 しい ことがある と彼の言 う言葉 は決 まって「 もっ と精いっぱい働 くよ」

(23)で あ り、「 まるで大人の女のように、夫 を持つ ことはすばらしい ことだっ た。 どんな問題で も解決 して くれ、大 き くて強い夫 を持つ ことは。」 (23)と 妻 の オナに思われている。 そのような彼 には、組合の主張 は理解で きない し、 した が って共感 な どで きない。

その男たちが望んでいることは、速度 を上 げる傾向を止めることだった と、

彼 に も徐々にわかって きた。彼 らは速度 を落 とそうと最善 を尽 くしていた のだ。なぜなら、ついていけない者 には殺人的な速度であるか らだ。 しか しヨーギスはこのような考 えには同情 を感 じなかった。彼 は自分の仕事 を や るだけだ。だか ら残 りの連中 も自分の仕事 をやればいい。やれ る力があ ればね と、彼 は宣言 した。 もしもや らないのであれば、 どこか よそにに行 け

│ゴ

いい。

(72)

ヨーギスは他人の痛みに対す る同情 を持たないばか りか、 「すばらしい機械の 歯車」であることに「誇 り」す ら感 じている。

(41)

若 さを過信 し、同情心 を持たないヨーギスが、社会主義 に目覚め、 自己を変 革す るためには、何か大 きなきっかけが必要だろう。従 って彼の社会主義への 目覚 めのきっかけと、その目覚めの部分 を子細 に検討すれば、作者がなぜ 自分 の意図に沿 った形で作品 を完成で きなかったのかが明確 になると思われ る。大 き く言って二つの点か ら、 この部分 を問題 にしたい。一つは社会主義 に目覚 め る演説の中で、何が一番 ヨーギスにとって重要であったか とい う点であ り、 も う一つは、社会主義 に向かわせ る必然性 を作 り上 げるとき、 シンクンアはどの ような状況設定 をしたか ということだ。

まず演説の問題か ら検討 してみよう。社会主義 に目覚 めるきっかけは、乞食 同然 とな り果て、た また ま暖 を とろうと迷い込んだ集会での演説 にあった。演 説 はアジ演説の常で、言葉の調子 はいいのだが、それほ ど情報 は多 くない。 そ の中に、 「 目か ら鱗が落 ち、足枷が外 され、感謝の叫びを上 げ飛び上が り、つい に自由の人 となって歩みだすだろう。 自分で作 つた奴隷制度か ら解 き放たれた 者。三度 と罠 にはまらない者。 どんな甘い言葉 にもまるめ込 まれることな く、

どんなお どしも通用 しない。」(361)と ある。世界中に 「同 じ呪われたシステム」

があ り、餌食 を求めているのだが、「抑圧」 と「無知」 によって、人 は、「 自ら

― ‑64‑一

(6)

作 った奴隷制」の「牢獄」に、「罠 にか けられ」陥れ られている。そ こか ら自己 を解放 し、 「 自由の人」にな らねばな らない とい うことが説かれている。 (358‑66)

この演説 を聞 き、 ヨーギスは「ただの男ではな くな り」、「思 って もみなかっ た力が体中に沸 き起 こり」、「音感 じていた希望やあ こがれ、悲 しみ、怒 り、絶 望」が戻 って くる

(366)。

ヨーギスは「心 を殺 し、希望 を持 ち奮闘することを止 めて しまっていた」 ことに気づ く。 さらに「彼の心の中に新 しい男が生 まれ」、

「彼 に とって世界 は全 く変わった もの とな り、 自由になった、 自由になったん だ」と感 じ、「彼 はもう環境 にもてあそばれ ることはな く、意志 と目的 を持 った 男になる」のである

(368)。      r

「牢獄」や「罠 にはめ られている」 といった言葉 は、当然資本家 に搾取 され る労働者の現状ついて使われていると考 えられるが、実 はこの作品の中で違 っ たシチ ュエーションにおいて も用い られている。

罠 とい う言葉 について言 えば、一番最初 に用い られているのは労働者 につい てではない。そ もそ もこの作品は、主人公 ヨーギス とオナの結婚披露宴、ヴェ セ リジャの場面か ら始 まったが、その結婚 について用い られているのであった。

一年半 ほど前の ことであつたが、 ヨーギスは家か ら百マイルの馬市でオナ に会 ったのだった。 ヨーギスは結婚するつ もりはなかった。男が結婚す る なんてばかげた罠だ と一笑 に付 していたのだった。 しか し、 ここで、彼女 に一言 も話 し掛 けることもな く、数回ほほ笑 みを交わ しただけで、困惑 と 恐れ とで顔 は赤い どころではなかったが、気が付 くと妻 として彼女 を売 っ て くれ と彼女の両親 に頼 んでいたのだ。

(28)

また「 ヨーギスは結婚するなんて馬鹿だった。 自分 を縛 り付 けて しまい、 自 ら奴隷 となったのだ。」 (167)と ある。つ まり、「罠」 と「牢獄」 とい う言葉 は、

搾取 され る労働者階級 を意味す るとともに、結婚 によって もた らされ る状況の ことも指 していることになる。

次 に、 「彼の心の中には新 しい男が生 まれていた。」とい う描写 に注 目したい。

知 らず知 らずに資本家 に荷担 して しまうような考 えを持 っているという、 自分 で作 り上 げた牢獄か ら解放 され、社会主義 という全 く違 った考 え方 に基づ き、

本当の意味で自由になるか ら「新 しい男」 に生 まれ変わ るのであるが、実 はこ

の「新 しい男」 とい う言葉 は、 これ以前 に印象的な場面で用い られているので

ある。

(7)

ヨーギスは妻 と息子の死 に続 く場面、 22章 冒頭で、息子の死のショックで家 を飛び出 して しまい、鉄道の踏切 の ところまで くると、ついには列車 に飛び乗 っ て しまう。列車が動 き出す と、残 りの家族 を置 き去 りにした ことに対する良心 の呵責 と戦 うが、ついに心 を決める。 その ときこのように描写 される。

列車が再 び動 きだ した とき、彼 は自分の心 と戦 った。両手 を ぐっ と握 り締 め、歯 を噛み合わせた。泣いてはいなかった、泣 きはしない。 さあ終わっ た。やってのけた。今夜、 もう何 もか も投 げ捨てて、 自由になるんだ。暗 く、忌 ま忌 ましい悪夢のようであるか もしれないが、朝 になれば新 しい男 なのだ。 (254)

家族の ことを本当に愛 していた とすれば、そ もそ も家族 を失 った者があのよ うな形で失踪するだろうか という疑間 もあるが、 ここでは何故 この失踪 によっ てヨーギスが「新 しい男」 と描かれなければな らないかに注 目したい。作者の 意図か らすれば、社会主義 に目覚め、初 めて ヨーギスは生 まれ変わ るべ きなの だ。家族 を失 ったショック (?)で 、失踪 し、放浪の旅 に出ることで生 まれ変 わって しまった ら、社会主義な どに目覚める必要 はない。今の場面 に続 けてさ

らにこのように描かれている。

今 自分の人生のために戦 っている。彼 は絶望 して歯 をきしらせた。俺 は馬 鹿 だった。馬鹿だったんだ。 自分の人生 を無駄 にして しまった。 自分 自身 を台無 しにして しまったんだ。い まいましい自分の弱 さのために。だが も う終わった。そんな弱 さははね除 けて、根 こそぎにして しまえ。 もう涙 も 優 しさもおさらばだ。 もう十分だ。そいつ らのおかげで奴隷 に売 られてし まったんだ。 さあ これか らは自由だ。足枷 を引 きちぎれ、立 ち上がって戦 うんだ。とうとう終わ りが来て嬉 しかった。いつかは来 な くちゃなんなかっ たんだ。今来たってよかろう。女や子供 の生 きる世界ではないんだ。早 く この世か ら出ていったほうがいいんだ。 (254)

何や らわか りに くい言い方 になっているが、 この文脈 に関す る限 り、彼が奴 隷 に売 られ る原因 となるのは涙や優 しさである。それはつ まり家族 に対す る感 情である。 この引用の後半、女や子 どもについて述べているところはどうだろ うか。一読す ると死んで しまった妻 と息子 に対する感情 を振 り切 り、割 り切 ろ

― ‑66‑―

(8)

うとしているだけのようにも思 えるが、その気持 ちが彼 を奴隷 に売 った とある のを考 えると、彼の ことを奴隷 に売 つて しまうような感情 な らばそんな ものは 持たな くて もいい、そ もそ も妻や子 どもを持つ こと自体間違 っていたんだ、 と

いうことにな らないか。

ヨーギスに とって問題であったのは、「 自分で作 った牢獄」に「奴隷」として 売 られて しまっていることに気づいていない ことだった。 それに気づ くことに よって、彼 は解放 され、 自由にな り、新 しい男 に生 まれ変われ るのである。 と ころが今の 22章 を読む限 り、奴隷 に売 られ る原因 は、資本主義の問題ではな く、

家族 に対する感情であると考 えることがで きるのである。

次 に、 もう一つ別の観点か らこの問題 にアプローチ してみよう。 ヨーギスが 社会主義 に目覚めることは、作者 の一番重要 な問題 だった。 ヨーギスが社会主 義 を受 け入れ るためには、彼 はこれ まで培 って きた考 えが徹底 的に間違 いであ ることを思い知 る必要がある。 その とき初 めて、世界がすっか り変わるほどの 衝撃 を受 けることが可能 なのだ。

社会主義 と出会 う直前、27章 の最後 は この ように描かれている。

ヨーギスは社会の地獄の最奥 まで覗 き込んで きて、その光景 にもう慣れて しまっていた。 しか しどんな人間 も堕落 して、おぞましい と思 うとき、な ぜかいつ も自分の家族 を除外 していた。愛 していたか らだ。そ して今 この 突然 の恐 ろしい発見、マ リジャは娼婦で、エルズ ビエータ とその子供たち は彼女が恥 をか くことによって生 きていた。 (中 略 )彼 の心の奥底で困惑 し 揺すぶ られ、あま りに長 く眠 った ままなので もう死 んで しまった と思 って いた記憶が彼のなかで うごめいた。昔の生活の記憶、音の希望、音のあこ がれ、体面 と自立の昔の夢。オナが見 えた。彼女の優 しい声が彼 にうった えていた。息子アンタナスを見た。 (中 略 )そ れ ら全てが どんなに恐 ろし く 彼 には思 えた ことか。 そして今、マ リジャがあなたは馬鹿 だったの よとい うのを聞 きなが ら半 ばうなずいていた。妻の名誉 な ど売っぱらって、それ で生 きればよかったのよというのを聞 きなが ら。 (中 略

)

こういった全ての感情 を、 ヨーギスはずっ と感 じな くなっていた。その

感情 に悩 ませ られ ることがずっ となかったので、再 び悩 ませ られることな

どないだろうと思 っていた。彼 はなすすべ もな く、罠 にはめ られ、その感

情 のためにろ くな ことはなかった。 そ もそ もどうしてそんな感情 に悩んだ

りしたのか。 その感情 を押 し殺 し、心か ら締 め出 して しまうことが ここ数

(9)

年、生 きてい く上でや らねばな らない ことだった。知 らぬ間に彼 をとらえ、

防 ごうと身構 える前 に圧倒 して しまうことで もなければ、 もう三度 とその 感情 に苦 しむ ことな どない。彼 は彼の魂の音の声 を聞いた。魂の昔の亡霊 が彼 に手招 きし、彼の方に両手 を伸 ばしてきた。 しか し亡霊 は遠 くはなれ ぼんや りしていて、あいだの溝 は暗 く底無 しだった。亡霊 は過去の もやの 中に消 えていった。それゆえ彼の魂 のマ ンフッドの最後のかすかな光が き

らめき、消 えていった。」 (349‑350)

長 い引用 になって しまったが、 この直前の場面で、前 に引用 したマ リジャの 言葉、 「私たちは無知だった。 それが問題だった。」 という言葉があったのを考 えると、マ リジャによる世界の真実 と、それに衝撃 を受 けるヨーギスを、 この 部分 は描 いていることになる。 その真実 とはこうだ。 ヨーギスの見た「地獄の 最奥」での「堕落」か ら彼 の家族 といえど免れることはで きず、生 きてい くの

に売れるものがあれば、なんで も売 るのが正 しい。

このような考 えは、妻の貞節 をけが され、かっ となってな ぐり込むヨーギス には受 け入れがたい ものだ。 しか もこの言葉 を語 るのが、マ リジャであること に大 きな意味がある。ヨーギスにとってマ リジャはどのような存在であったか、

それか ら彼の「マ ンフッ ドが消 えてい く」 とは何 を意味す るか考 えよう。

ヨーギスは、娼婦 になったマ リジャに会 う前、マ リジャの消息を聞いた とき、

次の ように思 う。

ヨーギスがパ ッキングタウンを離れてか ら、一年 も経 っていなかった。監 獄か ら抜 け出 したもののように感 じていたのだ。 そして彼が逃 げていたの

は、マ リジャとエルズ ビエータか らであった。 (342)

ヨーギスにとってマ リジャは心の重荷 になる存在であった。そして この作品 に最初 に登場するのが実 はマ リジャである。作品の冒頭部分で、ヴァセ リジャ に関する全ての ことが「母国の伝統」 に貝

Uっ

て進行 しているか どうか、監視す るのが「彼女の任務」だった と述べ られている

(5)。

ヴェセ リジャと呼ばれ るこ の披露宴の定義 を読 めば、 ヨーギスに とっての彼女の重みが さらにはっきりと

した ものになる。

彼 らはヴェセ リジャをあきらめるわけにはいかなかった。あきらめること

一 ‑68‑―

(10)

は敗北す ることを意味す るだけでな く、敗北 を認 めることで もあった。 そ の二つの ことの違いによって、世 の中は回っているのだ。 ヴエセ リジャは 逢か昔か ら伝わつて きてい る。その意味 とは こうだ。人生で一度だけで も 鎖 を解 き、翼 を感 じ、太陽 を見 ることさえで きれば、洞窟 に住 み影 を見て 暮 らしていける。 いろんな心配事や恐い ことがあった として も、人生 なん て結局 は大 した ことではな く、川面 に浮かぶあぶ くにす ぎず、 ジャグラー が投 げて もてあそぶ金色の玉のような もので、上等の赤 フインー杯 のよう に、 ご くりと飲 んで しまうような ものなのだ とい うことを、人生 に一度だ けで も確かめることがで きれば。 こうして自分が主人であると知れば、人 (男

)は

苦 しい仕事に戻っていつて、残 りの日々をその記憶で食っていけ るんだ。

(18)

いったん結婚 し、盛大な披露宴を持てば、残 りの人生はい くら苦 しくても、

披露宴の記憶でやつていけるのであるか ら、現実には敗北 していた としても、

敗ゴ ヒしていると認めなければ敗北 したことにはならない。 この部分、わか りや す く言い換 えれば、一旦人生の華やかさを味わうことができれば、後は過去の 幸福 という幻想の世界で生 きていけばいいと言つているのである。

このような意味 を持つヴェセ リジャを取 り仕切っているのが、マ リジャで あった。それ故、ヨーギスにとって彼女は結婚 という伝統の守護神 となるだろ う。また結婚 とは家族を作 るための儀式であるので、マ リジャは家族の象徴 と もなる。その家族の象徴たる守護神 も、 「社会の地獄の最奥」の「人間の堕落」

を免れない。それが、娼婦 となった彼女が金のためなら埠婦であることも仕方 がないと述べることの意味なのだ。つまり、守護神さえ堕落するのであれば、

ヨーギスは家族の神聖な不可侵性 をもう信 じる必要はないのである。

そのようなマ リジャと接 し、ヨーギスのマンフッドは消えてい く。ならば彼 にとってマンフッドとは、家族、家庭へのこだわ り、つまり家族を養い支えね ばならない という強迫観念であつた と考えられる。 また現実には支えることな どできなかったのだから、できないにもかかわらず、できると信 じ込むこと、

できるという幻想を持つことであった。

I

さて ここまで考 えて きて、何 か釈然 としない もの を感 じて しまう。 マ ンフ ッ

ドとい う幻想 はヨーギス に とって重荷 だ つた。 そんな もの は捨 て去 りた く思 つ

た に違 いない。 もしも彼 が 自 らの意志 で その幻想 を打 ち捨 てていたな らば、 こ

(11)

の物語 は脱 ジェンダーを描 く非常に現代的な物語 となっていたであろう。 とこ ろがそうはなっていない。 その点が、私が この作品で隠薇 と解放の問題 を考 え たい と思 った点なのである。読み返 してみると、 この作品には様々な仕掛 けが 張 り巡 らされている。

オナに とってヨーギスは、「 どんな問題で も解決 して くれる大 きくて強い夫」

(23)で ある。また彼 は、 「オナに働かせ るつ もりはない。そんな類の男 じゃない。

それ に彼女 もそんな女 じゃない。俺のような男が一家 を支 えられないなんて、

奇妙 なことなのだ。」 (54)と 公言 してはばか らず、「一家の男が決定 し、や り遂 げねばな らない」

(61)、

「彼 は彼女 を守 り、二人 をとりまく恐怖 に対 し、彼女 に 代わって戦わねばな らないのだ。彼女 には彼 しか頼 る人 はいないし、彼が頼れ なければ彼女 は失われて しまう。彼女 に腕 を回し、彼女 を世間か ら隠そう」

(91)

と考 える男である。 ヨーギスは下家 を経済的にも、精神的にも支えるのが男 と い うものであると考 えていて、ォナはそんな夫 を持てることをすばらしい と感 じている。 その意味で、二人 は共通の幻想 を抱いていることになるのだが、作 者 はそんな二人 をこんな風 に紹介 している。

オナは金髪碧眼、一方の ヨーギスはゲジゲジ眉毛で目は大 きく黒 く、豊か な黒髪がカール して耳 にかかっていた。要するに、二人 は母なる自然が し ばしばあ らゆる預言者 を混乱 させてや ろうと思 う、不釣 り合いで、あ りえ ない組合せだった。

(6)

二人 は共通す る幻想 を抱いていなが ら不釣 り合いな組み合わせであると設定 することにより、 ヨーギスがオナを支 えることに失敗することに対 し、作者 は あ らか じめ免罪符 を与 えている。 また「彼女 を守 らなければな らない」 と思っ た ときも、 さ りげな く「彼女 は彼 にはすばらしすぎる」 (91)と 言葉 をはさみ、

ヨーギスの「醜い自己」 (91)と 対比 し、彼 を貶 めることにより二人の距離 を設 けている。

また ヨニギスに引導 を渡す役 を、作者 はマ リジャに負わせているが、その背 後 に私 は何や ら悪意 を感 じる。マ リジャは、「肩が広 く」

(5)、

「男 も悪魔 も恐れ ることな く」

(54)、

「男のような筋肉をしてお り」

(127)、

「有能で男 の仕事 をこ なす」 (126)男 と対等 に渡 り合 ってい く女性である。 その女性が娼婦 とな り、仕 事への誇 りも持てない運命 に陥 ると、作者 は設定 しているのである。

オナが職場 の女上司にいじめ られる場面が三度ほど出て くるが、 「オナには女

‑70‑

(12)

性監督が部下の女の子 に結婚 してほ し くないのだ と思 えた。おそ らく彼女 は醜 く、 自分 も結婚 していなかったか らだ。」 (92)と か、「オナは今 ミス・ ヘ ンダー ソンが彼女の ことを憎む本当のわけは、彼女が きちん として結婚 した少女であ るか らだ とわかった。」 (129)と いった ように、未婚で年配の女性が若い女の子 をい じめる とい うステレオタイプを、作者 は何の批判 もな く用いている。男勝 りで未婚 という点で、マ リジャもこのステンオタイプに当てはまり、 ヨーギス が、 さらには作者が、彼女 をオール ドミスの上司 と同列 に並べている。

さらに、オナ とマ リジャは対照的に描かれ るが、そ もそ も作者 は女性 を三分 して描 く視点 を持 っている。ヴァセ リジャの場面で、他の二組 のカ ップルが登 場す る。女性の名 はアンナ と、 ジャ ドヴィジャである。 (15)ア ンナは稼 いだ金 を服 に使 って、精一杯着飾 つてきている。 「彼女 はそんなに高慢でなければ本当 に美 しいのに」 とあるのに対 し、ジャ ドヴィジャは背が低 く、いつ も人 目につ かないようにしている女性で、病気の母 と妹 を二人抱 えてお り、上等な服 を身 につけるわ けにはいかない。そんな彼女 を、「美 しく、謙虚」と描写する。 この 章 はこれか ら始 まる物語の人物紹介 を兼ねた章 なので、当然視点 は作者の もの である。 このように、女性 に対するステンオタイプを利用す ることにより、作 者 はマ リジャに対す る読者の反応 を誘導 している。

社会主義 に目覚めた後、 ヨーギスはホテルマ ンとしての職 を手 に入れ、オナ の義理の母 とその子 どもた ち と暮 らし初 める。その とき「それが新 しい家庭

(ホ

ーム )で あ り、そ こで ヨーギスは暮 らし、彼の教育 は完了 した」 (384)と あ る。マ リジャは彼の申し出を断 り、娼婦 を続 けるとい うし

(393)、

「新 しい家族」

の構成員 は亡 くなった妻の義理の母 とその子 どもである。家族 は有するが、扶 養義務 とい うマ ンフッ ドとは抵触せず、 ヨーギスに とって、言 ってみれ ば何 の 責任 も感 じる必要のな家族である。

この ような点 に留意 して作品を振 り返 ってみると、家族 にまつわる描写がい かに多いか見 えて くる。作品冒頭、結婚式 は「母国の伝統

(ホ

ーム・ トラディ ション

)」

に従 っていなければな らない し、 ヴェセ リジャのお こなわれ る部屋 に は三つの飾 りしかないが、その家の一つが「 メッキの枠 のついた家系図」

(7)で

あ り、借金 をして も自分たちの家 を持たなければな らない。そうした「家庭」

や「家族」 とい うものが、 ヴェセ リジャの意味 によって補強 されるとき、主人 公 ヨーギスは、彼のマ ンフッ ドとあいまって、家族 とい う共同幻想 を自ら信 じ

るしかな くなるのである。 しか し、作者 はそのマ ンフッ ドを批判す る視点 を持

ち合わせてはいない。家族 を守 らねばな らない と言 う幻想 は、彼 を縛 り付 け、

(13)

苦 しめる。 この幻想か ら解放 されれば、あれほど苦労 して働 くこともない。 と ころが家族の者が死 んで しまった。 ヨーギスは社会主義 に出会 うまで本当の意 味で 自由にはなれないはずであったが、妻 と子が死 に家族か ら解放 され ると、

図 らず も自由になって しまう。しか し、この自由は本当の自由ではないはずだ。

おそ らく作家 シンクレアを悩 ましたのはこの点であっただろう。

前 にも述べたが、 シンクレアは 24章 、缶詰工場経営者 ジ ョー ンズの息子 との 出会 いの場面辺 りか ら詰 まって しまい、書 けな くなった という。 シンクンアの 頭では、社会主義の目覚 めに向かってシナ リオは着々 と進んでいるはずであっ た。 ヨーギスは社会主義 に目覚 め「新 しい男」になるはずだったのだ。 ところ が逃 げだ した 22章 で「新 しい男」 に生 まれ変わって しまい、作者の実 は大 きな 目的 を達 して しまった ものだか ら、あ とが続かな くなって しまった。 それ故強 引な結論 に向 け、 こじつけていかざるをえな くなって しまったので、キャラク ターの厚み も失われ、 自分で も避 けるつ もりだった社会主義の演説で作品をし め くくるしかなかった。本当の所 は家族か ら解放 され るだけの物語であること を彼 は認 めた くなかった。それ故マ リジャを悪役 に仕立て、理想の社会主義へ と主人公 を駆 り立てる物語 を捏造 しなければな らなかったのだ。家族か らは解 放 され るが、幻想のマ ンフッドは傷つかない。マ ンフッ ドの重圧か ら逃れたい とい う、作者の欲求の解放へ と向か うベ ク トル と、男 としてマ ンフッドを全 う しなければならず、重圧か ら逃れるためにはそれな りの理由がなければな らな い と考 え、素直な欲求 を隠薇 しようとするベク トルの、二つの相いれないベク トルが衝突す ることになる。 この作品の後半部の破綻 は、その結果であると考 えることがで きるだろう。

IV

シンクレアの父 は、南部の名家の出であるにも関わ らず、アル中で稼 ぎが無 く、 シンクレアは母の実家の援助で暮 らし、それ故母 を守 るために、幼少 より 雑文 を書 き、家計 を支 えていた。 また、母の紹介で知 り合 ったメタ とは恋愛関 係 になった ものの、結婚 は望 まず、また結婚後 も、文学の傑作 をものす るため、

赤貧の暮 らしをしようとして、妻 と対立す ることが多かった ようである。 13  自 伝的作品『愛の巡礼』 (1911)の 中で、 メタをコリドン、 自分 をシルシス と、ギ リシャ古典の牧歌、 もしくは ミル トンの『ラングロ』 に出て くる二人 の羊飼い 男の名で読んでいるが、 この二人の関係 をフロイ ド・ デルのように「煩わ しい セ ックスの ことを考 えずにすむ、牧歌的で擬似少年的な仕事 と思考の仲間関係」

と考 え、 14  シンクレアが性的関係 に陥 らない対等 の関係 を願 っていた と考 え

‑72‑

(14)

るのは難 しい。む しろ、彼の自伝の記述 に もかかわ らず、彼の手紙か ら「性的 欲望 に狂わんばか りだった とい う事実 と、彼 の結婚 が主従関係 であることを 願 っていた事実がわか る」とい うハ リスの ことばに説得力 を感 じるのである。

15

ともか く『ジャングル』執筆 に関わ る期間、妻 との関係が崩壊へ と向かってい た ことは事実のようだ。『ジャングル』が出版 され、金銭的余裕 もで き、名 も売 れるようになると、メタ との破局 は明 白にな り、 1912年 には離婚 している。

デルやブラッドワースは、『ジャングル』の前の作品、『マナサス』 (1904)に ついて このように述べている。 「黒人奴隷制 は口実だった。解放 されねばならな いのは彼 自身だった」のであ り、

16「

戦争の小説 を書 き、その過程でアボ リショ ニズム という観念上の覆 をまとうことで、本質的に保守的な南部のルーツか ら シンクレアは自分 自身 を解放す ることがで きた」のだ。

17

デル とブラッドワースニ人の言葉 を借 りれば、シンクレアはついうっか りと、

苦 しい結婚生活か ら解放 され る願望充足物語 を描 いて しまった。だが作品の広 告 を派手 に打 ち出 して しまった以上、後 には引けず、作品の後半部 をプロパガ ンダにして まで社会主義への目覚めの物語 を書かざるを得なかった。そのため この作品 は正直言 って破綻 していると私 は考 えている。 しか し、だか らこそ、

隠蔽 と解放 という私の主題 に とって魅力ある作品 となったのである。

1。 Cited in Ronald Gottesrnan, Introduction,"in Upton Sinclair,7物

ιノン電

:C(1906;rpt.

New York:Penguin Books,1985),p.x宙

i.ま

た作品か らの弓

1用

は、全 て この版 による。

2.Michael Brewster Folsom, Upton Sinclair's Escape from  ηり ι

J吻

魔 誤 C:The Narra‐

tive Strategy and Suppressed Conclusion of Arnerica's First Proletalian Novel,"

物 ψι

̀た

4(1979),pp.245‑46。

3. Cited in Folsonl,pp.244‑5.

4. Van Wyck Brooks, 7物 ι

 Cθ

π″″ι π′   物 寄 f 1885‑1915(London:J.M.Dent&Sons, 1952),p.222.

5.Granville Hicks, The Survival of Upton Sinclair,"Cθ :=懲 E径 ″′

s力

,January 1943,p.

213 and William A.Bloodworth,Jr.,こ わわπ

S′

πθ ι α″ (Boston:Twayne,1977),p.60。

6.Jon A.Yoder,の 力π

S′

滋′ γ (New York:Frederick Ungar,1975),p.48.

7.Leon Harris,ι 砂わπ

S′

π

̀滋

′ γ :42ι η %Rι

ttι

′ (New York:Thomas Y.Crowell,

1975),p̀ 75.

8. Yoder,p.45。

‑73‑

(15)

9: FolsЮ

nl,p.248.

10.Upton Sinclair,η 物 4%わ あ偲陥″勿

̀ノ

〔 わわ%S′

滋″ (New York:Harcourt,Brace

&World,1962),p.110。

11.Bloodwonh,p.55.

12. Ibid.

13。

このあた りの事情 については、前出の Ha面

sに

よる伝記や、Floyd Dell,磁 力π

9%励

イ ス S物 の 物 S枕滋′乃り膝′ (1927;rpto New York:AMS Prs,1970)が 詳 しい。

14.Dell,p.69.

15。

 Haコ ds,p.41.

16. ]Dell,p.103.

17.Bloodworth,p.40。

‑74‑

参照

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