論 説
一.はじめに
古来、社会生活上他人の財貨を侵害する行為は、広く財産犯として処罰の対象とされてきた。しかも、窃盗罪など
は自然犯の一つであり、現行刑法が制定される以前から、諸外国でも犯罪となっている。その中でも、窃盗罪や横領
罪は、いわゆる領得罪と呼ばれるが、「領得」の概念及びそれにもとづく「不法領得の意思」の内容については、法
文上明記されておらず、その概念内容をめぐっても、学説上の一致がない。
そこで、本稿では、「領得」「不法領得の意思」の内容をめぐる解釈論上の変遷を概観することで、「領得」概念を
検討する。また、近年では、無体物に対する「領得」概念を認める立法例が登場したことに鑑みて、無体物を「領得」
することが可能であるのかについて、若干の検討を試みたい。
二.「領得」概念をめぐる諸学説
まず、「領得」という概念は、日常的に使用されるわけではないが、刑事法の分野では頻繁にみられる。しかし、「領
刑法における 「領得」 概念 と 無 形的な営業秘密の保護
帖佐 隆
刑法における「領得」概念と無形的な営業秘密の保護(帖佐)
得」の語を定義した法文は見当たらず、判例・学説などにおいても、「領得」の定義それ自体を見出すことは困難で
ある。なるほど、窃盗罪と横領罪では、主観的構成要件要素として「不法領得の意思」を要求するのが一般であり、
さしあたっては、「不法領得の意思」から「領得」の内容を考えるほかはない。以下、過去の判例および学説におけ
る「不法領得の意思」を分析することにより、「領得」の概念を検討することにしよう。
(一)窃盗罪における「領得」の概念
まず、窃盗罪における「不法領得の意思」から「領得」の概念を考えてみたい。
1.判例における「不法領得の意思」
従来の判例は、刑法典の条文に明記されない主観的構成要件として、「不法領得の意思」を必要とする態度を堅持
してきた。まず、大判大四・五・二一刑録二一輯六六三頁は、「領得ノ意思」について、「權利者ヲ排除シテ他人ノ
物ヲ自己ノ所有物トシテ其經濟的用方ニ從ヒ之ヲ利用若クハ處分スルノ意思」と述べている。同様にして、最判昭
二六・七・一三刑集五巻八号一四三七頁も、「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従
いこれを利用し又は処分する意思」を「不法領得の意思」と定義している。
上記の判決によれば、「不法領得の意思」は、二つの要素に分けることができよう。その一方は、①権利者を排除
し他人の物を自己の所有物と同様にふるまう意思(権利者を排除して、所有者としてふるまう意思)であり(権利者
排除意思)、もう一方は、②その(物の)経済的用法に従い、これを利用または処分する意思である(利用処分意思)。
これら二つの要素のうち、①の権利者排除意思は、いわゆる使用窃盗を処罰対象から除外する機能を果たす。すな
わち、短時間のみ無断で自転車を乗り回して返却するような行為は、権利者を排除しておらず、窃盗罪としては不可
罰となるからである。他方、②の利用処分意思は、窃盗罪と毀棄罪・隠匿罪を区別する機能を果たしている。すなわ
論 説
ち、窃盗罪では、他人の物を正当な理由もなく、自らが思うままに利用・処分しようとする点で、その利欲的な面に
高度な可罰性が付与されており、それが本罪における反社会性の根拠とされる。そこで、窃盗罪と毀棄・隠匿罪を区
別するべく、解釈論上、不法領得の意思が要求されたのである。
2.学説における「不法領得の意思」
これに対して、学説上は、a.上記の判例を支持する見解と、b.上記①の権利者排除意思はともかく、②の利用
処分意思を不要とする見解、c.上記①の権利者排除意思は必要でないが、②の利用処分意思を必要とする見解、さ
らに、d.およそ判例のいう「不法領得の意思」を不要とする見解の四つが対立している。以下、その概略を述べる
ことにしたい。
a.従来の判例を支持する見解
ここでは、上述した判例と同じく、不法領得の意思として、①権利者排除意思と、②利用処分意思の両者を要求す
る。藤木英雄博士 (1)、大谷實博士 (2)、西田典之博士 (3)、斎藤信治教授 (4)らが挙げられる (5)(6)(7)。
b.権利者排除意思だけで足りるとする見解
これに対して、不法領得の意思を必要としつつ、②利用処分意思を不要とされるのは団藤重光博士 (8)である。同博士
は、窃盗罪では不法領得の意思が要求されるが、その具体的内容は、当該「財物につきみずから所有者としてふるま
う意思」にとどまるとされる (9)。この見解によれば、放棄・破壊・隠匿する意思で盗み出す場合にも(不法)領得の意
思が認められるため、客体を持ち出してすぐに毀棄・隠匿しても、窃盗罪を構成することになる。その結果として、
窃盗罪における「不法領得の意思」概念は、上述した判例よりも広がるであろう。
刑法における「領得」概念と無形的な営業秘密の保護(帖佐) c.利用処分意思だけで足りるとする見解 つぎに、前田雅英教授 )10
(は、①権利者排除意思は含まれず、②その(物の)経済的用法に従ってこれを利用し又は処
分する意思(利用処分意思)だけで足りるとされる )11
(。
この見解においては、「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にふるまう」旨の意思は、窃盗罪の構成要
件には含まれないことになる。上述したとおり、権利者排除意思を必要とした理由は、使用窃盗を排除するためで
あった。しかしながら、前田教授は、使用窃盗であっても常に不可罰とはいえず、むしろ、占有侵害がある以上可罰
的行為にあたるとされる。したがって、客観的な占有侵害の有無で判断し、それで足りるというのである。
d.判例がいう「不法領得の意思」は不要であるとする見解
最後に、判例のいう「不法領得の意思」を不要とする見解も、また有力である。大塚仁博士 )12
(は、窃盗罪においても、
占有侵害の認識があれば足りるとされる。この見解によれば、占有侵害はすべて「領得」行為にあたるのである。不
可罰な使用窃盗は、いまだ占有を侵害していないだけであり、「領得」の有無は、客観的な占有侵害の問題に帰着す
るわけである。
他方、毀棄・隠匿の場合についても、毀棄・隠匿目的で窃取したにもかかわらず、その後毀棄・隠匿しなかったと
き、必要説では不可罰になるため、被害者の保護に欠けるといわれる。したがって、同博士によれば、他人の(平穏
な)占有を侵害すれば、すべて窃盗罪を構成することとなる。なお、佐久間修教授 )13
(も、窃盗罪においては、「不法領
得の意思」不要説 )14
(を採用しておられる。
3.窃盗罪の「不法領得の意思」からみた「領得」概念
以上のことからして、窃盗罪で問題となる「領得」概念とは、いかなるものであろうか。まず、窃盗罪の保護法益
論 説
が(平穏な)占有である以上、占有の移転が前提になるといわねばならない。したがって、ここでいう「領得」行為
とは、他人の(平穏な)占有を侵害し、自らの占有に移す行為といえるであろう。すなわち、客体の占有を移転して、
自らの排他的支配下におく行為が窃取となるところ、窃盗罪が成立するためには、使用窃盗の場合を除くとともに、
単なる毀棄・隠匿も排除しなければならない。そこで、「領得」概念とは、①権利者を排除し、他人の物を自己の所
有物と同様にふるまう意思(権利者排除意思)に加えて、②その(物の)経済的用法に従い、これを利用し又は処分
する意思(利用処分意思)にもとづいて、他人の(平穏な)占有を侵害して自らの占有に移す行為といわざるをえな
い。すなわち、上記①および②の意思を具備した占有侵害により自らの排他的支配下におく行為が想定されるのであ
る。もっとも諸学説の中には、上記①または②の意思のいずれか一方でよいとする見解、または双方ともに不要とす
る見解もみられる。しかしながら、①の要素を要求するか否かは、使用窃盗で「占有」が移転したかをめぐる見方の
違いであり、「占有」概念の捉え方の差が現れたにすぎない。その意味で、最終的な結論の差異は小さいと考えられ
る。他方、②の要素についても、窃盗罪または毀棄・隠匿罪のいずれを妥当とみるかの差異に帰着するため、可罰性
を認める点では共通する。したがって、いずれにしても妥当な結論が導き出せると考えられる。
(二)(業務上)横領罪における「領得」概念
次に、(業務上)横領罪における「領得」の概念を考えてみよう。
1.判例における横領罪の「不法領得の意思」
(業務上)横領罪の事件において、最二小判昭二四・三・八刑集三巻三号二七六頁は、「横領罪の成立に必要な不法
領得の意志(ママ)とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければでき ないような処分をする意志(ママ)」とする(同旨、最二小判昭三三・九・一九刑集一二巻一三号三〇四七頁)。
刑法における「領得」概念と無形的な営業秘密の保護(帖佐) このように横領罪における「不法領得の意思」は、窃盗罪におけるそれとは同じでないため、「領得」概念も若干
異なることとなろう。横領罪においては、すでに委託者の意思により受託者に占有が移っているため、権利者排除意
思は問題とならないからである。したがって、横領罪における「不法領得の意思」では、この権利者排除意思は要素
とならないのである。
また、窃盗罪における利用処分意思は、「経済的用法に従いこれを利用し又は処分(する意思)」であるのに対し、
横領罪においては、「所有者でなければできないような処分(をする意思)」とされている点で相違がみられる。すな
わち、横領罪では「処分」についてのみ説示され、「経済的用法に従」った「利用」については説示されていない。
所有者が占有者に委託したという事情があるため、「利用」については重視しない態度が示されている。しかしなが
ら許されない「処分」を行うことにより、所有者は当該財物の効用を事実上喪失して、回収不能となる可能性がきわ
めて高くなるため、そこに可罰性が認められたといえよう。かようにして、この意味の「処分」こそが処罰根拠とな
るために、上記の相違になったと考えられる。
また、横領罪では、「所有者でなければできないような」という要素があり、この点が窃盗罪とは異なる。行為者
は占有者にとどまるとはいえ、受託者ならば行いうる行為は、不可罰にする意図が示されたものといえよう。それで
は、占有者が毀棄・隠匿する意思は、「不法領得の意思」に含まれるのであろうか。この点について上述した判例は、
「必ずしも占有者が自己の利益取得を意図すること」は必要でないとする(前掲最二小判昭二四・三・八。前掲最二
小判昭三三・九・一九も同旨)。この見解によれば、毀棄・隠匿の場合であっても、横領罪に該当しうることとなろ
うが、学説の多数は、窃盗罪と同様、毀棄・隠匿の意思がある場合には、横領罪にあたらないとする )15
(。
これに対して、斎藤信治教授は )16
(、一見利益取得がないにもかかわらず横領罪の成立を認めた過去の判例 )17
(について、
論 説
自己の利益になるように処理する意思があったと解しうるとされる。そこでは、文言上「利益取得を意図することを
必要とするものではな」いとしつつも、広義では「利益取得を意図すること」を要件にしていたと、斎藤教授は考え
ておられるのであろう。
そもそも、横領罪が、利欲的な意思に基づく行為を防止する意味では窃盗罪と異ならない。したがって、窃盗罪と
同じく利欲的な意思を要求すべきであり、毀棄・隠匿については、別途、毀棄・隠匿罪で処理すれば足りるのではな
いか。よって、毀棄・隠匿する意思は、「処分をする意思」には含まれないのである。かようにして、多数説の考え
方が妥当であり、窃盗罪と同様、毀棄・隠匿の意思だけの場合は、不法領得の意思はないと考えるべきである。
2.学説の動向
横領罪の「不法領得の意思」をめぐる学説の動向については、おおむね判例に賛同しているが、若干の異論もみら
れる。
a.従来の判例を支持する見解
藤木博士 )18
(、前田教授 )19
(、大谷博士 )20
(は、概ね判例の考え方を支持されておられる。佐久間教授 )21
(も、横領罪については「不
法領得の意思」を肯定しておられる。他方、西田博士 )22
(は「不法領得の意思」必要説を前提として、横領罪の「不法領
得の意思」については、「経済的用法に従った利用・処分という要件をも不要とするのであれば疑問である」として
判例の考え方を批判される。しかし、西田博士は、毀棄・隠匿の意思を不法領得の意思に含めるべきではないとする
立場であり、判例のいう「処分」が毀棄・隠匿を含めないと捉えるならば、同様の考え方だということになろう。
b.「不法領得の意思をもってその意思を実現する行為」とする説
これらに対して、団藤博士 )23
(は、横領罪においても(不法)領得の意思が必要であるとされ、必要説である点では判
刑法における「領得」概念と無形的な営業秘密の保護(帖佐)
例と同様の立場である。もっとも、同教授は、横領罪については、「不法領得の意思をもってその意思を実現する行
為」と定義する。
この「不法領得の意思」であるが、団藤博士は、横領罪の(不法)領得の意思について、前記判例における窃盗罪
との内容の相違を認めつつも、窃盗罪のそれと本質的に異なることはなく、同様に捉えていると解され、団藤博士の
窃盗罪における定義からすれば、「その財物につきみずから所有者としてふるまう意思をいう」ということになる。
しかし、団藤博士は占有物の一時的使用を使用窃盗と同様に考え、不可罰とするのであるから、この点が可罰性の限
界となろう。また、利益を領得する目的があったことを要しないから、目的物を単に毀滅する場合でも領得になると
する。この点は、判例がいう「不法領得の意思」が毀棄・隠匿も含むと解するならば、判例と同じであり、そうでな
ければ判例とは考え方を異にすることになる。
そして、その所有者としてふるまう意思を実現する行為、すなわち、それまでの占有を自己のためにする占有に変
改する意思を実現する行為が客観的に認められるときに領得行為があり、そして横領罪の実行行為がなされたとする
のである。
c.「不法領得の意思」不要説
一方で、横領罪における「不法領得の意思」であるが、大塚仁博士 )24
(はこれについても不要であるとし、横領罪の故
意があれば足りるとされる。したがって、この説では、自己の占有する他人の物を不法に処分することすべてが「領
得」行為となろう。
3.横領罪の「不法領得の意思」からみた「領得」概念
以上のことから、横領罪における「領得」概念を考えてみたい。横領罪における「領得」とは、他人の物の占有者
論 説
が委託の任務に背いて、その物につき、権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする行為をいうと
解される。もっとも、ここでいう「処分」には、占有者が自己のための占有に変改することも「所有者でなければで
きない処分」であるから、これも含まれることとなる。
加えて、学説によれば、毀棄・隠匿を行う場合が横領罪における「領得」に含まれるか否かが問題となるが、この
ような場合には、毀棄・隠匿の罪を適用し、横領罪は適用すべきでないと解する。横領罪は窃盗罪と同様の財産犯で
あり、利欲的な行為を非難するものであるからである。よって、窃盗罪と同様、このような利欲的な行為がない毀棄・
隠匿については「領得」とは捉えるべきではない。また、「領得」に含めないこととしても、別途、毀棄・隠匿の罪
を適用する以上、不可罰ではなく、罪状にあった刑罰を科すことが可能だからである。
一方で、受託者たる占有者が、受託物について一般的な「経済的利用」を行った場合は、上記「処分」と捉えられ
る程度の行為かどうかで判断し、あくまで解釈論としては「処分」において捉えるべきであろう。横領罪は所有権者
たる委託者が受託者の利欲的行為によって当該物の効用を失うことに処罰根拠があり、あらかじめ所有者が占有者に
委託をしている面も考慮すると、物の効用を失わない程度の利用は許容されるべきだからである。
(三)「領得」概念の相違について
以上のことから小括するならば、「領得」概念は、概ね次のようになろう。
窃盗罪における「領得」とは、①権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にふるまう意思(権利者排除意
思)、及び、②その(物の)経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思(利用処分意思)をもって、他人の(平
穏な)占有を侵害し、自らの占有に移す行為となる。
一方で、横領罪における「領得」とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき、権限がないのに、
刑法における「領得」概念と無形的な営業秘密の保護(帖佐)
所有者でなければできないような処分をする行為となる。ここで、占有者が自己のための占有に変改することも「所
有者でなければできない処分」に該当し、横領罪における「領得」に該当する。
横領罪が問題となる場面では、委託者と受託者の関係により、占有が移転されているのであるから、「利用」につ
いてはある程度容認される場合がある反面、「処分」については、所有者が当該物の効用を失うこととなるがゆえ、
委託の任務に背いてこれを行えば法的非難がされるべきこととなり、信頼関係を毀損し、所有権という法益を侵害す
るからである。
一方、毀棄・隠匿を行う場合も「処分」に該当しようが、横領罪は、利欲的な行為を非難するものであるから、こ
れについては、横領罪における「領得」には含まれない。別途、毀棄・隠匿の罪で処断されるべきである。
以上のように、窃盗罪における「領得」概念と横領罪における「領得」概念には相違がある。窃盗罪の場面におい
ては他人の(平穏な)占有を侵す点に法益侵害がある点で、すでに占有が委託者から受託者に移転している横領罪の
場面とは状況が異なることからの帰結といえる。したがって、「領得」を考える場合には、窃盗罪における「領得」
であるのか、横領罪における「領得」であるのか、を考える必要がある。
三.「利得」概念をめぐる考え方
財産の刑事的保護において、財物では「領得」概念が問題となるのに対して、財物以外では「利得」という概念が
問題となる。そこで、次に、利得罪について検討してみたい。
論 説
(一)利得罪と財物以外の財産的利益
刑法は、財物以外の財産的利益については、利得罪を規定しており、強盗罪、詐欺罪、および恐喝罪の条文のそれ
ぞれ二項において、財物でない財産上不法の利益を得た場合を処罰している。これに対して、窃盗罪や横領罪に利得
罪は規定されていない。
この財産上不法の利益とは、財物以外の財産的利益と定義されるため )25
(、その限界が不明確であり、その射程がどこ
まで及ぶかは必ずしも明らかではない。この利益に該当する例としては、(ⅰ)不法な手段による債務免除、(ⅱ)正
当な対価なくしての労務提供、(ⅲ)不法な手段で一定の意思表示をさせる、といったものが挙げられるとされる )26
(。
また、上記とも関連するが、(ⅳ)不法な手段による債権の取得、(ⅴ)不法な手段による弁済の猶予、(ⅵ)不法な
手段によってサービスの提供を受けること、もまた挙げられる )27
(。
このような利得罪は、客体の相違により領得罪から区別されるが、利得罪の客体である財産上の利益は、法律上の
権利などの無形的・観念的な存在である点で財物とは異なる )28
(。なるほど、財物とは、物理的管理可能性説をとって
も、また有体物説をとってもいずれも物理的に観念できる存在となる。かつては財産の侵害といえば、財物が主であ
り、財物以外の利得の存在は観念しにくかったと考えられるが、社会の発展に伴い、経済活動が多岐にわたるように
なったため、このような利得罪による保護もまた必要であり、重要なものとなってきている。
(二)利得罪の処罰範囲
それでは、利得罪の客体をみた場合に処罰範囲はどこまでになるのであろうか。上記のとおり、利得罪の客体であ
る「財産上不法の利益」の定義は、財物以外の財産的利益とされるため、その客体は無限に広がりうるから、処罰範
囲は不明確なものにならざるをえない。
刑法における「領得」概念と無形的な営業秘密の保護(帖佐) そこで、これに限定を加えるべく、いくつかの解釈上の限定が試みられた。まず、詐欺罪・恐喝罪では処分行為の 有無で絞ることが少なくない )29
(。単なる債務不履行を詐欺罪と区別するのである )30
(。しかしながら、強盗罪で処分行為を
要求するならば、すべて不可罰となってしまうので、むしろ不要説が通説・判例となっている )31
(。
他方、利益の移転性ということで限定を加える考え方もある。すなわち、一項財物罪が財物の移転を伴うことが想
定され、二項もこれと並列に規定されているのであるから、同様の考え方をすべきであるというのであろう。しかし
ながら、財物と「財産上不法の利益」との間で客体や性質が異なるのであるから、財物と「財産上不法の利益」の間
で移転性について同様の考え方をしなければならない理由はない。ゆえにこの考え方は妥当ではなかろう。一対一の
移転性は不要であるというべきである )32
(。
(三)強盗利得罪をめぐる近時の裁判例
この点について、東京高判平二一・一一・一六判時二一〇三号一五八頁は、キャッシュカードをいつでも容易に取得
できるようにした上で、包丁を突きつけて暗証番号を聞き出した場合に、この行為について、「ATMを通して当該
預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位」という「財産上の利益」を取得したとして、強盗利得罪の既遂を認
めている。
また、同判決は、客体の移転性に関する説示として、「2項強盗の罪が成立するためには,財産上の利益が被害者
から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく,行為者が利益を得る反面において,被害者が財産
的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りると解される」という。
思うに、詐欺利得罪、恐喝利得罪、および強盗利得罪において、何ら「財産上の利益」を失っていない場合には法
益侵害がないため、何らかの意味で被害者は「財産上の利益」を失うことが必要になるといえよう。その一方で、利
論 説
得罪においても「不法利得の意思」が必要であるとすれば、それに伴って、行為者は何らかの「財産上の利益」を得
ていなければならない。
だが、失われた「財産上の利益」と行為者が得た「財産上の利益」が一対一に対応するということはやはり不要で
ある。財物についての一項の罪の構成要件との並列性(バランス)を強調するがゆえに一対一に対応する移転性が必
要とされるならば、逆に利得罪についての構成要件に限定が働きすぎるため、二項で、財物罪とは別に利得罪を設け
た趣旨が没却されることとなるからである。
このように考えるならば、利得罪が成立するためには、上記裁判例の「財産上の利益が被害者から行為者にそのま
ま直接移転することは必ずしも必要ではなく,行為者が利益を得る反面において,被害者が財産的な不利益(損害)
を被るという関係があれば足りる」という考え方は妥当である。しかも犯人の得た利得が被害者から直接的に移転さ
れたものであることは不要であり、また、得た利得が失われた利得と一致することは必ずしも必要ではないのである。
四.財産上の利益としての情報
(一)利得罪と財産的情報
次に、情報が利得罪で保護されるかどうかを考えてみよう。上述したとおり、詐欺罪、恐喝罪、および強盗罪には
二項利得罪の規定がみられる。そこで、財産的価値を有する無形的情報に利得罪を適用できるかが問題となる。な
お、こうした情報は、事務的には管理可能であるが、物理的な管理可能性はないため、財物として扱うことはできず、
領得罪として評価するのは困難である。