第一、はじめに
わが国においては営業秘密の保護について不正競争防止法によって民 事・刑事両面からの保護が図られているが、これについて引き続き重要性 が語られている。そして、営業秘密として同法の保護対象となるために は、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件を充足しなければならない旨 が定められている。このうち秘密管理性については、その解釈が重要な論 点となっており、過去の裁判例でもここがしばしば問題となってきた。そ して、学界でもその内容についてしばしば議論がなされているところであ る。
一方、営業秘密(非開示情報)に関する国際的な枠組みについてはTR IPS協定が存在する。同協定では、営業秘密の保護について1か条(同 協定39条)が設けられ、加盟国に営業秘密の保護を義務付けているとこ ろである。ゆえに営業秘密の保護は国際的要請にもなっているところであ る。そして、ここでも保護を受けるべき営業秘密(非開示情報)の要件が 定められており、その内容もまた確認しておく必要がある。
このような中で、本稿では、不正競争防止法における営業秘密の秘密管 理性について、上記TRIPS協定との関係から検討していくこととす る。
不正競争防止法における
営業秘密の秘密管理性とTRIPS協定
帖 佐 隆
第二、TRIPS協定と同協定における営業秘密の保護規定
1.TRIPS協定と営業秘密(非開示情報)の保護
TRIPS協定1は、WIPOでなくGATTの場で知的財産権につい ての国際ルールが議論され、その後、締結された協定である2。それは、
世界貿易機関を設立するマラケシュ協定の附属書1Cという形で成り立っ ており、この附属書1Cもまた加盟国を拘束する。貿易を扱うGATTの 場で議論されたのは、知的財産に関する国際ルールに違反した国に対する 制裁をWIPO所管の条約では充分に行うことができなかったからである とされる3。
条約についての議論を経て1994年4月15日にモロッコのマラケシュにお いて、「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」(WTO設立協定)が署 名された。そしてこれは1995年1月1日に発効した4。
TRIPS協定は、パリ・プラス・アプローチ(後藤・前掲注2 745頁、
等)という考え方がとられている。まず、工業所有権の保護に関するパリ条 約の1967年7月14日のストックホルム改正条約における同条約第1条から 第12条まで及び第19条、すなわち同条約の実体規定の遵守を加盟国に義務 付けている(TRIPS協定2条)5。それを前提としたうえで、さらに
1 TRIPS協定とは、Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights (知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)をいい、名称 はその頭文字をとったものである。
2 このTRIPS協定についての参考になる文献として、尾島明『逐条解 説 TRIPS協定』(1999年,日本機械輸出組合)1頁以下、荒木弘文『図解
TRIPS協定』(2001年,発明協会)1頁以下、後藤晴男『パリ条約講話』(第
13版,2007年,発明協会)701頁以下、特許庁総務部総務課制度改正審議室編
『平成6年改正 工業所有権法の解説』(1995年,発明協会)5頁以下、木棚照 一『国際知的財産法入門』(2018年,日本評論社)59頁以下、などがある。
3 荒木・前掲注2 3頁、尾島・前掲注2 1頁。
4 荒木・前掲注2 5頁、尾島・前掲注2 3頁。
5 不正競争の防止を述べるパリ条約10条の2もTRIPS協定の加盟国には当 然遵守義務があることとなる。尾島・前掲注2 185頁。
合意できる事項について、同協定上の義務を課す形になっている。
このTRIPS協定において、営業秘密の保護については、その39条 に1か条設けられている。いわゆる非開示情報の保護である。
この非開示情報の保護については、本協定の成立交渉において、先進国 側と発展途上国側との間で協定内に含めるかどうかの対立があった6とさ れる。これに対して、最終的な協定では、非開示情報の保護は、パリ条約 10条の2がいう不正競争からの保護の一環であると位置づけ、すでにこ れがパリ条約に内在するものであったとし、その非開示情報の保護の内容 を協定内に明記することで決着したとする7。
パリ条約10条の2では、「各同盟国は、同盟国の国民を不正競争から 有効に保護する」としたうえで(同条(1))、「工業上又は商業上の公正 な慣習に反するすべての競争行為は、不正競争行為を構成する」としてい る(同条(2))。非開示情報の不正使用等はこの「工業上又は商業上の公 正な慣習に反する」「競争行為」に該当するということなのであろう。
もっとも、パリ条約では、不正競争の例として、出所の混同の惹起行 為、信用毀損行為、品質誤認行為、の3つしか掲げていない(10条の2
(3))。しかしながら、不正競争の防止に関するそれら以外の保護の対象 であるとして、まさにパリプラスアプローチの形として、非開示情報の保 護がTRIPS協定内に位置づけられたこととなろう。
2.TRIPS協定における営業秘密(非開示情報)の保護の内容 それでは、同協定における営業秘密(非開示情報)の保護の内容はどの ようになっているか、みてゆこう。
TRIPS協定39条(1)は、パリ条約10条の2に規定する不正競 争からの有効な保護を確保するために、加盟国は、開示されていない情報 を同条(2)の規定に従って保護し、及び政府又は政府機関に提出される データを同条(3)の規定に従って保護すべき旨を規定する。このよう
6 尾島・前掲注2 184頁。
7 尾島・前掲注2 185頁。
に、同条(2)は同条(3)8とともに、パリ条約10条の2がいう不正 競争からの保護の一部であるとの位置付けとされた。
その39条(2)は、自然人又は法人は、合法的に自己の管理する情報 が、同項(a)から(c)までの規定に該当する場合には、公正な商慣習 に反する方法により自己の承諾を得ないで他の者が当該情報を開示し、取 得し又は使用することを防止することができる旨を規定する。
すなわち、営業秘密(非開示情報)の保有者は、不正な取得、開示、使 用といった行為から救済されることが、ここに明記されているのである。
加えて、本文中の「公正な商慣習に反する方法」については注釈が付さ れ、この注釈により、二次的取得者の行為等に対してまで救済が及ぶこと もまた明確化されている。
次に、この39条(2)では、「合法的に自己の管理する情報が… (a)
から(c)までの規定に該当する場合には」との条件がつけられており、
同協定において保護対象となる情報(非開示情報)について、要件(定義)
が定められているのである。これはわが国の不正競争防止法でいう営業秘 密の定義(2条6項)に対応するものであるといえる。
まず、39条(2)(a)は、「当該情報が一体として又はその構成要素 の正確な配列及び組立てとして、当該情報に類する情報を通常扱う集団に 属する者に一般的に知られておらず又は容易に知ることができないという 意味において秘密であること」という要件を規定しており、これはわが国 における営業秘密の非公知性に対応するといえよう。
次に、同条(2)(b)は、当該情報が「秘密であることにより商業的 価値があること」という要件を規定しており、これはわが国における営業 秘密の有用性に対応するといえる。
そして、本稿においてポイントとなる、同条(2)(c)は、当該情報
8 このうち、39条(3)については、医薬品又は農業用の化学品の販売の承 認のための試験データに関するものであるので、営業秘密の一般的な保護の問 題ではなく、本稿の目的とは異なるため詳述しない。
について、「当該情報を合法的に管理する者により、当該情報を秘密とし て保持するための、状況に応じた合理的な措置がとられていること」とい う要件が規定されている。これはわが国における営業秘密の秘密管理性の 要件に対応することになろう。
この39条(2)(c)を原文で見ると、「(such information)has been subject to reasonable steps under the circumstances, by the person lawful in control of the information, to keep it secret」であり、「秘密 として保持するための」「合理的な措置がとられている」という点がはっ きりと規定されていることが理解される。
この規定については、TRIPS協定を主導した米国の影響が感じられ るところである。米国統一トレード・シークレット法(UTSA)9では、
「(information)is the subject of efforts that are reasonable under the circumstances to maintain its secrecy」10、すなわち、「(情報が)当該情 報の秘密性を維持するためのその状況の下での合理的な努力の題材である」
ことを要求している。
なお、TRIPS協定の後に制定された、米国の連邦法たる経済スパイ 法(EEA)及び営業秘密防衛法(DTSA)の定義では、「the owner thereof has taken reasonable measures to keep such information
secret」11、となっている。すなわち、「その所有者がそのような情報を秘
密として保持するための合理的な方策をとっている」ことを要件としてい るのである。
ゆえに、TRIPS協定や米国法では、「秘密として保持するための」
「合理的な措置」がとられた「情報」であるかどうかが、保護の要件となっ ていることが見てとれるところである。
9 連邦法たる営業秘密防衛法(DTSA)による保護がない時代から、営業秘 密保護についてその内容が統一され、米国の多数の州で採択されている法であ る。UNIFORM TRADE SECRETS ACT WITH 1985 AMENDMENTS。
10 UNIFORM TRADE SECRETS ACT WITH 1985 AMENDMENTS(前掲 注9)におけるSECTION 1(DEFINITION)に規定される。1条(4)(ⅱ)。 11 18 U.S. Code CHAPTER 90-PROTECTION OF TRADE SECRETSにお
ける1839条(3)(A)。
第三、わが国における営業秘密の保護と秘密管理性の内容
次に、わが国における営業秘密の保護についてみてゆくこととする。
わが国の営業秘密の保護は、主として不正競争防止法で行われている。
同法では、保護の要件として営業秘密の定義に、秘密管理性、有用性、非 公知性を要求している(2条6項)。
法文の規定はここまでであるが、それでは、営業秘密の要件の一つであ る秘密管理性について、わが国では、どのように解釈しており、また、ど のように解釈すべきなのであろうか。以下にみてゆこう。
1.二つの基準
秘密管理性の解釈については、対象となる情報について、
①当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)
②当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識で きるようにされていること(客観的認識可能性)
の二つの基準12で判断する見解が概ね通説的であるといえよう。また、裁 判例13も、その判断内容についてややばらつきはあるものの、この基準を 説示するものが多い。
立案者解説書では、秘密管理性について、上記①のアクセス制限要件 と、上記②の客観的認識可能性要件の2つの両方を提示したうえで、秘密 管理性の趣旨について、「それがどの保有者の営業秘密であるのかがわか るようになっていることを要件と」14する旨をいう。また、同書は、「情報 にアクセスする者にとって、当該情報が営業秘密であることを認識できる ような状態にあることが必要であ」15る旨もまたいう。
12 通商産業省知的財産政策室監修『営業秘密―逐条解説 改正不正競争防止法』
(1990年,有斐閣)55頁(中村稔執筆部分)。 13 後述する第三の4の項を参照されたい。
14 通商産業省知的財産政策室監修・前掲注12 54頁。
15 通商産業省知的財産政策室監修・前掲注12 55頁。
つまり、この考え方は、秘密管理性の趣旨は、秘密保持意思の表明であ るということになろう。いうなれば、ここでは、自由利用できる情報とそ うでない情報を識別できる機能をもたせることが秘密管理性の趣旨である ように述べられている。すなわち、ここでは、秘密管理性とは、秘密保持 意思の表明機能であり、または、当該秘密情報に触れる者に対する秘密部 分の提示機能であると捉えていると解される。
しかしながら、立案者解説書の発行及び国会審議・成立に先んじて開催 された審議会16の報告書は、上記の秘密部分の提示機能についても述べて いるが、それ以外にも次のことを述べている。すなわち、同審議会報告書 は、「財産的情報の保有者自身がそれを維持する合理的な努力を行い、不 正な手段によらなければ不特定の者には知り得ないように秘密として管理 を行っている必要がある」17というのである。また、「この『秘密として管 理』という要件は…当該財産的情報の秘密保持のために合理的な努力が行 われているということを意味して」18いる、ともいうのである。つまり、
この審議会報告書は、秘密を保持するための努力が秘密管理性充足のため には必要である旨を述べているのである。
このような記述をトータルでみると、立案者(ひいては立法者)として は、秘密管理性の意義は、「秘密保持意思の表明(秘密部分の提示機能)」
(②の客観的認識可能性要件)と「秘密を保持するための努力」(①のアク セス制限要件)の両方であり、秘密管理性要件充足のためにはこれら両方 が必要である旨を述べているといえるであろう。
2.国会審議
これに対して、この秘密管理性が導入された不正競争防止法平成2年法
16 産業構造審議会財産的情報部会(部会長=加藤一郎・成城学園長)
17 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書)「財産的情報に関する不正競争
行為についての救済制度のあり方について」(平成二年三月一六日)通商産業 省知的財産政策室監修『営業秘密―逐条解説 改正不正競争防止法』(1990年,
有斐閣)(前掲注12文献)資料1査収 157頁〔177頁〕。
18 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書)・前掲注17 177頁。
改正19の国会審議、すなわち、立法の直接の経緯、立法者の意図をみてみ よう。
まず、国会では、平成2年改正法案が、上記審議会の「建議」を「踏ま え」て作成された旨が述べられている20 21。したがって、審議会報告書の 趣旨は立法にあたって当然反映されているはずである。また、国会審議に おける議論22をみても、審議会報告書に異をとなえるような議論はない。
したがって、上記審議会報告書の趣旨が立法趣旨として国会で承認された とみてよいだろう。
また、国会審議にあたり、法案説明にあたり、政府委員からの象徴的な 発言として、「平たく言えば、単に極秘の判こを押しておって、それを一 応極秘ではあるが机の上に置いておいて相当数の人が自由にといいます か、かなり見れるという、そういうような管理体制では必ずしも秘密とし て十分に管理せられていないというケースになるのではないかと思いま す」23というものがある。これはまさしく、客観的認識可能性要件だけで は秘密管理性を充足しない旨が述べられているとおもうのである。
加えて、同政府委員は、「そういう情報を知り得る人を特定をする」「特 定をした人をきちっと上層部があるいは責任者が把握をしておる」「秘密 に近寄る人を制限をする」「そういうようないろいろな秘密管理の体制が
19 不正競争防止法の一部を改正する法律(平成2年法律66号)による改正。平 成2年6月29日公布、平成3年6月15日施行。
20 第118回国会衆議院商工委員会議録第7号(平成2年6月12日)31頁。武藤 嘉文通商産業大臣の発言。
21 第118回国会参議院商工委員会議録第6号(平成2年6月19日)22頁。武藤 嘉文通商産業大臣の発言。
22 第118回国会衆議院商工委員会議録第7号(平成2年6月12日)、同8号(同
年6月13日)、第118回国会衆議院会議録第26号(同年6月14日・衆議院可 決)、第118回国会参議院商工委員会議録第6号(同年6月19日)、同7号(同 年6月21日)、第118回国会参議院会議録第18号(同年6月22日・参議院可決、
法律成立)。
23 第118回国会衆議院商工委員会議録第8号・前掲注22 6頁(棚橋祐治政 府委員の発言)。また同人の類似の発言が同15頁にもある。加えて、同15頁に は客観的認識可能性とアクセス制限についての同人の発言がある。
一般的ではないかと思います」などと答えている24。その上で、国会審議 でこれを否定もされず、法案の修正もなくして、不競法営業秘密保護法制 に係る平成2年改正法は可決・成立しているのであるから、秘密管理性の 解釈においては、アクセス制限要件、すなわち秘密を保持するための努力 もまた必要な要件であり、立法趣旨であることを示していることになるだ ろう。
よって、国会審議からみても、アクセス制限と客観的認識可能性は両方 とも秘密管理性の趣旨として必要であり、これらは秘密管理性充足のため の二要件と考えなければならないといえよう。
3.学説
次に、学説についてみてゆこう。
田村善之教授は25、秘密管理性の機能について、「保護されるべき情報 を明示させる機能」と「保護が必要な場合を見極める機能」とを挙げてお られる26。前者の「保護されるべき情報を明示させる機能」は、「保護さ れるべき情報を他の情報と区別して法的保護を欲していることを明示させ るために要求されたと考えることができる」とするため、これは、上記の
「秘密保持意思の表明(秘密部分の提示機能)」、すなわち客観的認識可能 性要件を指しているものと解される。
後者の「保護が必要な場合を見極める機能」では、「秘密として管理さ れていない情報は,遅かれ早かれ他に知られることになり,保護したとこ ろで企業の優位性は失われる」とし、「秘密管理されていないものは,要 するに漏洩しても構わないと思われているわけであるから…あえて法が保
24 第118回国会衆議院商工委員会議録第8号・前掲注22 6頁(棚橋祐治政 府委員の発言)。
25 田村善之「営業秘密の秘密管理性要件に関する裁判例の変遷とその当否(そ の2)(完)――主観的認識 vs.『客観的』管理――」知財管理 Vol. 64 No.6
(2014年)787頁〔788頁-789頁〕。
26 なお、同文献で田村教授は3つめに紛争予防機能も挙げておられるが、文脈 としては同教授自身がこれには否定的なように思われる(田村・前掲注22 789頁-790頁)。
護する必要がないといえそうである」とする。ここでは、同教授も「秘密 を保持するための努力」が必要である旨を説いているといえよう。
さらに、同教授は、秘密管理性の趣旨として、「成果開発のインセン ティヴを保障するために,営業活動上の情報を秘密にすることで他の競業 者に対し優位に立とうとする企業の行動を法的に支援するというところに ある」27とする。そうであるならば、ここからも「秘密を保持するための 努力」が必要だということになる。
そして同教授は、「情報に関して,何らかの法的保護を受けたいのであ れば,保護を受けるべき情報と保護を受けない情報とを截然と区別させる ことが必要となる」28としたうえで、「法は,法的保護を欲する者に秘密と して管理する相応の自助努力を促すとともに…保護されるべき情報を他の そうでない情報と区別して法的保護を欲していることを明示させるために
…保護の要件として秘密管理性を要求した」29とする。これは、上記立案 者が提示した二要件に対応しており、秘密保持への努力と秘密保持意思の 表明との両方が必要である旨を述べていることになろう。
さらに、同教授は、「秘密管理体制を突破して入手した情報を利用する からこそ,情報の利用行為を不正と評価することができるのである」30と もいう。これは、突破しなければならない秘密管理体制をまず敷くことが 必要だということになるから、この考え方からも、秘密を保持するための 努力が必要となってくることになるのではないだろうか。
よって、以上のように考えると、田村説によっても、秘密管理性として は、上記の秘密保持意思の表明(②の客観的認識可能性要件)と秘密を保 持するための努力(①のアクセス制限要件)が両方とも必要であるとの結 論に至ると解されるところである。
続いて、小野昌延弁護士=松村和夫弁護士は、「秘密管理の内容」につ
27 田村善之『不正競争法概説』(第2版,2003年,有斐閣)328頁。
28 田村・前掲注27 328頁。
29 田村・前掲注27 328頁-329頁。
30 田村・前掲注27 329頁。
いて論ずる中で、「法律的意義における秘密が成立するためには,単に秘 密の対象が,『公開されていないこと』のみでは十分ではない…第三者に 知らしめないという秘密保有者の『秘密保持の意思』…が必要である…し かし,本法での保護価値のある営業秘密としては,さらに,保有者の管理 努力までもが必要とされているのである…規定として妥当であろう」31と し、秘密管理性の充足のためには、秘密保持意思(の表明)(②の客観的 認識可能性要件)のみならず、秘密を保持するための努力(①のアクセス 制限要件)が必要であるとの考えが読み取れるところである32。
さらに、富岡英次弁護士33も、アクセス制限要件と客観的認識可能性要 件をしっかり分けて両方採り上げ、両方の要件について検討を行ってい る。同弁護士は、これら両方とも重要な要素であり、かつ、二要件である と考えていると思われる。
学説等については、上記の他に、アクセス制限の観点と客観的認識可能 性の観点から諸事情を総合考慮して充足性を判断するとの見解34や、一方 で、上記二要件説と一線を画す説35 36などもある。しかしながら、①のア
31 小野昌延=松村信夫『新・不正競争防止法概説』(第2版, 2015年,青林書
院)324頁-326頁〔325頁〕。
32 なお、小野昌延編『新・注解 不正競争防止法』(下巻)(第3版,2012年,
青林書院)830-834頁〔830頁〕も同旨〔小野昌延=大瀬戸豪志=苗村博子執 筆部分〕。
33 富岡英次「31 営業秘密の保護」牧野利秋=飯村敏明『新 ・ 裁判実務大系
知的財産関係訴訟法』(青林書院,2001年)472頁〔475頁-478頁〕。
34 髙部眞規子「営業秘密の保護」知的財産法政策学研究 Vol.47(2015年)59 頁〔66頁〕は、アクセス制限と客観的認識可能性について「関係も必ずしも明 確ではないものの、『秘密として管理されている』というために諸事情を総合 考慮する中で、重要なファクターと位置付けてきたもの」とする。総合考慮説
(見解)と呼べようか。
35 山本庸幸『要説 不正競争防止法』(第4版,2006年,発明協会)137-138頁は、
情報の「保有関係を明確に」し、これにより「財産的情報の取引の安全を害す ること」を防止する旨を秘密管理性の趣旨である旨をいう。同説はアクセス制 限については考慮していないように思われる。小泉直樹「営業秘密の管理と不 正使用」(大阪地判平25・7・16裁判所ウェブサイト(平成23年(ワ)第 8221号)及び判時2264号94頁(企業業務システム化用ソフトウェア事件=後掲)
判批)ジュリストNo.1464(2014年)6頁〔7頁〕は、この山本説を支持して いる。また、結城哲彦『営業秘密の管理と保護』(2015年, 成文堂)13頁-18頁 も上記山本説に近いように思われる。
36 苗村博子=重冨貴光「営業秘密について」パテント Vol.55 No.1(2002年)
13頁〔13頁〕も、客観的認識可能性要件のみの一要件的な考え方をとる。
クセス制限と、②の客観的認識可能性を二要件と解する考え方に説得力が あるのではないかと考えられる。
4.裁判例
次に、裁判例をみておこう。
例えば、アコマ医科工業事件37では、アクセス制限要件と客観的認識可 能性要件をはっきり打ち出しており、二要件説をとると考えられる。同裁 判例では、「…認識できるようにしていることや・、…アクセスできる者が 制限されていることが必要であるところ」(傍点筆者)としている。これに よれば、アクセス制限要件と客観的認識可能性要件はAND条件の関係に あり、これらは秘密管理性の二要件であるとする説示であると解される。
また、あてはめについても、二要件としてあてはめているように思われ る。
また、訪問介護サービス事業利用者名簿事件38では、「秘密として管理 されている」の意義を、「当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘 密であることを認識できるようにしていること,及び・ ・,当該情報にアクセ スできる者が制限されていることを要する」(傍点筆者)としている。上記 説示には「及び」とあり、本判決においてもアクセス制限要件と客観的認 識可能性要件は二要件であり、AND条件であると説示していると解され る。
その他裁判例39においても、規範的説示としては、アクセス制限要件と 客観的認識可能性要件を提示するものが多く、これらを二要件として考え ている裁判例は多いと解される。
37 東京地判平12・9・28判時1764号104頁。
38 東京地判平18・7・25裁判所ウェブサイト(平成16年(ワ)第25672号)。
39 例えば、名古屋地判平20・3・13判時2013号107頁、東京地判平15・
5・15裁判所ウェブサイト(平成13年(ワ)第26301号)、大阪地判平25・
4・11判例時報2210号94頁、など。その他裁判例の相当多数が同旨。また刑 事事件でもヤマザキマザック事件地裁判決~名古屋地判平26・8・20TK C法律情報データベース(平成24年(わ)第843号)、及び、ベネッセ事件地裁 判決~東京地立川支判平28・3・29判タ1433号231頁、同旨。
逆に、この二要件説を明確に否定するものは、刑事判決の一件40のみし かなく、また、当該刑事判決にははじめから有罪にしたいとする強い恣意 が感じられ、中立的観点からの判断が行われていないのではないかと思わ れる。また、知財における専門性の高い、知財高裁や東京・大阪の民事知 財専門部による裁判例では、いまだこの二要件説を明確に否定するものは 見当たらない。
したがって、裁判例としても、秘密管理性は、アクセス制限要件と客観 的認識可能性要件の二つで考えるのが趨勢であるように思われる。
5.私見
この秘密管理性の趣旨と解釈論については、筆者も、①アクセス制限要 件と②客観的認識可能性要件を二要件(両者のAND条件)と考え、秘密 管理性充足のためには、この両方が必要であると考える二要件説が妥当で あると考えているところである。もっとも、この点の詳細については、筆 者はすでに別稿41で述べたが、以下、本稿でも簡単に理由等を述べる。
(1)第一の理由~法制度のあり方(趣旨)からの帰結
まず、二要件がいずれも必要であることの第一の理由としては、法制度 のあり方(趣旨)からの帰結である。
不正競争防止法の営業秘密保護法制は、情報単体に帰属と独占排他権を 認めたものでなく、行為規制である。そして、情報は本来的には無主物42 であり、無主物である情報について保有者と秘密保持義務を負う者だけで 40 ベネッセ事件高裁判決~東京高判平成29年3月21日裁判所ウェブページ高 等裁判所判例集平成28年(う)第974号、TKC判例データベース<LEX/
DB25448865>不正競争防止法違反被告事件。
41 帖佐隆「不正競争防止法における営業秘密の秘密管理性概念について」久留 米大学法学 No.78(2018年)25頁。
42 無主「物」という表現はやや不適切かもしれないが、情報は、どこにも帰属 せず主体のない状態にある点で、帰属しその主体がある場合がほとんどである 有体物とはその性質は大きく異なるといえよう。なお、動産は無主物であって も所有の意思をもって先に占有すれば所有権を取得するし(民法239条1項)、 所有者のない不動産は国庫に帰属するのである(同2項)。これに対して情報 単体はこのようなことにはならず無主物のままである。なお特許権や著作権な どは政策的に当該法律の目的に従って情報を客体として独占権を認めるわけで あるから情報単体が権利者に帰属するわけではないと解される。
囲い込んでいる状態を保護するものである。そうなると、営業秘密である 状態を保持するためには、情報を囲い込もうとする努力が当然に必要とな ると筆者は考えるのである。つまりこの努力が①のアクセス制限の要件で ある。この点は、営業秘密保護法制が導入された不正競争防止法平成2年 法改正に係る審議会43の報告書44の方向性からもいえると考えるのである。
ゆえに、対象情報にマーキングを施し、秘密保持意思の表明すなわち秘 密部分の提示をしさえすれば
0 0 0 0 0 0
保護されるというのは、不競法の営業秘密保 護法制の方向性とは異なると筆者は考えるのである。
つまり、立法段階で示されている不正競争防止法の営業秘密保護法制の 趣旨としては、秘密にする努力を課し、秘密管理体制を突破する行為に法 的保護を与えるというものとなろう45 46。そうなると秘密管理体制として 情報を囲い込む行為である①のアクセス制限の観点は必須のものであると 考えられ、秘密管理性については、提示されている①のアクセス制限と②
43 産業構造審議会財産的情報部会(部会長=加藤一郎・成城学園長)前掲注 16掲出。
44 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書)・前掲注17 172頁(査収さ
れた注12記載の文献の頁数による)。ここでは、創設すべき制度の性格とし て、「財産的情報については、適正な管理が行われていたにもかかわらず不正 な手段によりこれを取得し、使用又は開示するような行為によって、その本来 有する価値が失われ、経済活動における利益が損なわれること等についての救 済を認めることが適切である」とするからである。
45 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書)・前掲注17参照、田村・前掲
注10 329頁。
46 なお、鎌田薫「『財産的情報』の保護と差止請求権(4) ――不正競争防止
法の一部改正と民法理論――」L&T No.10(1990年)19頁〔23頁〕は、悪性 を基礎づけうる行為として、「財産的情報の保有者が当該情報の秘密性を保持 するための措置を講じているにもかかわらず,窃取その他の不法な手段を用い てその秘密の壁を打ち破り,あるいは自らが秘密を保持すべき義務を負ってい るにもかかわらず,あえてその義務に違反する行為であって,いずれも保有者 が当骸情報の秘密性を保持するための合理的な努力をしていることが前提と なっている点に特色を有している。逆にいえば,秘密として管理されていない 情報については,第三者がそれを取得あるいは利用することが,その保有者の 意に反していたとしても,これをもって違法な行為と評価することはできない のである」とし、法的非難について秘密保持のための合理的な努力を前提とし ている。そうであるならば、この①アクセス制限要件も重要な要素と考えざる をえまい。
の客観的認識可能性は、AND条件で二つとも必要であり、これらは二要 件であると筆者は考えるのである。
(2)第二の理由~立法の経緯からの帰結
次に、第二の理由としては、立法の経緯からの帰結である。
平成2年の不正競争防止法の営業秘密保護法制の導入にいたっては、秘 密管理性の趣旨について、①のアクセス制限と②の客観的認識可能性両方 が必要である旨、審議会報告書47に記載され、また、国会審議でもこれを 前提に審議が行われてきた。しかし、その後の立案者解説書48では、①の アクセス制限と②の客観的認識可能性の両方を秘密管理性の判断基準49と しつつも、②だけが秘密管理性の趣旨として記載され50、①のアクセス制 限の趣旨が、秘密管理性の説明から抜け落ちることとなってしまったので ある。このような経緯から、秘密管理性については、②客観的認識可能性 が強調される結果となってしまったものと思量される。
しかしながら、審議会報告書51と立法の審議の経緯をみると(上記立案 者解説書はその後である)、①と②いずれも秘密管理性の趣旨であり、二 要件であることがうかがわれるのである。この点、上述のとおり、国会で は「極秘の判こ」が押されているだけでは足りないとする審議52からもい えることであろう。
こういった点からみても、①のアクセス制限と②の客観的認識可能性の いずれもが秘密管理性充足のための二要件であると考えざるをえないので ある。
47 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書)・前掲注17 157頁〔177頁〕(査
収注12の文献の頁数による)。
48 通商産業省知的財産政策室監修・前掲注12 54頁以下。
49 通商産業省知的財産政策室監修・前掲注12 55頁。
50 通商産業省知的財産政策室監修・前掲注12 54頁。
51 産業構造審議会 財産的情報部会(報告書)・前掲注17 157頁〔177頁〕(査
収注12の文献の頁数による)。 52 前掲注23参照。
(3)第三の理由~早晩公知となるとする観点、早晩公知となってもよい 情報は財産か。
そして、第三の理由としては、田村善之教授が述べるように、早晩公知 になるとする観点がある。同教授53は、秘密管理性の機能のうち、「保護 が必要な場合を見極める機能」として、秘密にする自助努力を要求してい ると解される。その理由として、「秘密として管理されていない情報は,
遅かれ早かれ他に知られることになり,保護したところで企業の優位性は 失われる」、「秘密管理されていないものは,要するに漏洩しても構わない と思われているわけであるから…あえて法が保護する必要がないといえそ うである」とする(ここでの「秘密として管理」「秘密管理」とはアクセ ス制限を指すと解される)。そして、秘密管理性の趣旨54として、「成果開 発のインセンティヴを保障するために,営業活動上の情報を秘密にするこ とで他の競業者に対し優位に立とうとする企業の行動を法的に支援すると いうところにある」とする。
このように、上記の説は早晩公知になるとする観点から秘密にする努力 が必要だという点を述べるが、この点についても妥当であり支持できると 筆者も考えるところである。
さらに述べるならば、営業秘密については、財産的価値があるがゆえに 保護するのだが、果たして、アクセス制限を行っていない情報を保有者の 財産として認めるのは適当なのであろうか。適当ではないと筆者は考える のである。
上記のとおり、秘密にする努力を行わなければ早晩公知となり、保護の 必要性がないのである。ゆえに、アクセス制限を行い、当該情報を囲い込 んだ状態を作ってはじめて当該情報が保有者の財産と認められるのであっ て、そうなると、秘密にするための合理的な努力を行ってはじめて保有者 の財産といえるのである。よって、これを行っていないものを財産と認め
53 田村・前掲注25 789頁。
54 田村・前掲注27 328頁。
保護するのは不正競争防止法として、そして営業秘密保護法制として妥当 でないように思うのである。
もっとも、有用性と非公知性がありさえすれば当該情報には財産的価値 はあるのだが、保有者として、公知になっても構わないとして取り扱って いるような情報を財産として保護せよというのは、情報は自由に流通する ほうが原則であることを考慮すると、妥当でないという結論に至らざるを えない。
ゆえに、非公知で有用な情報であっても、秘密保持の意思さえ示せば保 護されるという考え方には根拠はなく、やはり、②の客観的認識可能性要 件のみならず、①のアクセス制限要件もまた必要であるはずなのである。
よって、これら①と②の二要件説が妥当である。
(4)第四の理由~法文の文言からの理由
不競法2条6項の秘密管理性の条文の文言を考えると「秘密として管理 されている…情報」とある。したがって、仮にアクセス制限を不要とする ならば、同要件は、客観的認識可能性、すなわち秘密意思の表示のみから なることとなるが、これでは秘密「管理」という語とはその意義が異なっ てくるのではないだろうか。つまり、アクセス制限不要説では秘密意思表 示性を秘密管理性と呼ぶことになり、さすがにこれには無理があるのでは ないだろうか。この点からも秘密管理性要件にはアクセス制限要件が含ま れるように思われるのである。
よって、この点からも、秘密管理性要件には、②客観的認識可能性要件 だけではなく、①アクセス制限要件もまた必要ということになると解され る。
(5)小括
以上の理由等に鑑みれば、秘密管理性の趣旨としては、「秘密を保持す るための努力」と「秘密保持意思の表明(秘密部分の提示機能)」の両方 が必要となり、結果、アクセス制限要件もまた、秘密管理性の趣旨の1つ を担っているわけであるから、秘密管理性充足のためには、①アクセス制
限要件と②客観的認識可能性要件を二要件(両者のAND条件)と考えざ るをえないのである。
第四、新経済産業省説(営業秘密管理指針説)について
これまで述べたように、営業秘密の秘密管理性の解釈が、①アクセス制 限と②客観的認識可能性の二要件で考える考え方が一般的であるし、また 従来もそうであったと解されるが、平成26年に、経済産業省は審議会55で の審議を経て『営業秘密管理指針』を改訂する形で、同省としての解釈を 変更することを打ち出した56。むろんこれは法的拘束力を有するものでは なく、一解釈論にすぎないのだが、その解釈改正があえて前面に出てきて いるところである。
このような解釈改正を打ちだした理由として、秘密管理性の水準が厳し いとの認識が関係者にあったのだろうと推測される。また、秘密管理性の 内容がわかりにくいとの声もあったという57。
55 経済産業省「営業秘密の保護・活用に関する小委員会」の第1回、第2回、
第4回。
参 照URL(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/
eigyo_himitsu/index.html)
56 経済産業省『営業秘密管理指針』(平成27年1月28日全部改訂版,2015年)
(http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20150128 hontai.pdf)
なお、その後、平成31年1月23日に営業秘密管理指針は改訂されている
(http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.
pdf)。だが、本稿で採り上げた部分の内容については変更がない。もっとも、平 成31年版では、本稿で採り上げた部分のページ番号や註釈番号は変更となって いるが、本稿では該当部分改訂時の平成27年版のページ番号や註釈番号をその まま掲載している(当該版も依然としてアップロードされた状態にある)。 57 経済産業省・前掲注55小委員会 第1回(2014年9月30日)議事録 (https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/eigyo_
himitsu/pdf/001_gijiroku.pdf)24頁。ここでは「産業界の方々から見ると判 例も、秘密管理性のコンセプト、趣旨みたいなものについて、統一的な理解が 困難になっているということなのかなと理解をしてございます」(木尾(修文)
知的財産室長の発言)とある。
しかし、統一的に理解できないから同省としての解釈論を変更するというの は、筋として違うのではあるまいか。
その一方で、当該審議会ではTRIPS協定のことも考慮していたようで あり、TRIPS協定との整合性は一応意識していたものと考えられる58。 この点、当該審議会の委員であった岡村久道弁護士は、後に、「本要件
はTRIPS協定に基づくものであるところ、同協定に基づく欧米諸国の解
釈と比べて厳しすぎるとの批判が加えられてきた」59と述べている。当該 審議会の多くの委員の認識にこのようなものがあったのかもしれない。
経済産業省による新しい秘密管理性の解釈(以下、「新経済産業省説」
という。)であるが、ここでは、秘密管理性の趣旨として、「企業が秘密と して管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化され ることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を 確保することにある」60とする。つまり、立案者らが示したアクセス制限 と客観的認識可能性の二基準のうち、アクセス制限要件を無視し、後者の みが充足されれば秘密管理性があるという立場であろう。この点、前述の 山本説(前掲注35掲出)に近いと考えられる。新経済産業省説は、これま でのアクセス制限と客観的認識可能性の議論を意識しつつもこの山本説に 寄せてきたようにも思われる。一方で、同説は、前掲の田村教授が述べる 説(二要件説であると解される)とは一線を画するものであることは明確 に述べられている61。
さらに、アクセス制限要件と客観的認識可能性要件の関係として、「両 者は秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるが、それぞれ別 個独立した要件ではなく、『アクセス制限』は、『認識可能性』を担保する 一つの手段であると考えられる。したがって、情報にアクセスした者が秘
58 前掲注57議事録 27頁(木尾(修文)知的財産室長の発言)。ここでは「営
業秘密の定義については、これはもともとTRIPS協定を踏まえた担保法と いう性格がございます」とある。
59 岡 村 久 道「 営 業 秘 密 の 刑 事 的 保 護 を め ぐ る 諸 問 題 」 刑 事 法 ジ ャ ー ナ ル
No.59(2019年)30頁〔31頁〕。しかし、後述することになるが、この認識に
は疑問がある。なお、水準が厳しすぎるということと秘密管理性の成立要件と は異なる問題なのではないだろうか。
60 経済産業省・前掲注56 3頁。
61 経済産業省・前掲注56 4頁中注釈3。
密であると認識できる(『認識可能性』を満たす)場合に、十分なアクセ ス制限がないことを根拠に秘密管理性が否定されることはない」62との立 場にたつ。つまりアクセス制限は独立した要件ではないとし、客観的認識 可能性要件を満たすための手段であるとの立場を打ち出している。つま り、同省の立場だと、アクセス制限(同省は「アクセス制限」の語を「秘 密管理措置」と呼称を変更している)63とは、対象たる情報に触れる者に 秘密であることを客観的に認識させるための措置(作為)、と考えている と解される。
とはいえ、同指針は、「もっとも、従業員がある情報について秘密情報 であると現実に認識していれば、営業秘密保有企業による秘密管理措置が 全く必要ではないということではない。法の条文上『秘密として管理され ている』と規定されていることを踏まえれば(法第2条第6項)、何らの 秘密管理措置がなされていない場合には秘密管理性要件は満たさないと考 えられる」64としている。
以上のように、経済産業省は、この説65 66を「営業秘密管理指針」に掲 62 経済産業省・前掲注56 5頁中注釈5。
63 経済産業省・前掲注56 5頁中注釈5。
64 経済産業省・前掲注56 5頁中注釈5。
65 もうひとつ、同説では、秘密管理性の趣旨からいわゆるアクセス制限を排除 できる理由が述べられていない。上記の立法時の審議会報告書には必要性が書 かれていたわけである。また、上記の立案者解説書や上記に掲げるなどした多 くの裁判例にはその趣旨は書かれていなくても基準として挙がっていたはずで ある。それがなぜ、突然、排除できるのかは、所轄官庁として解釈論の改説を する以上、示されなければならないのではないか。そして、これらは立場の違 いというだけでは説明として不十分なのではなかろうか。
66 この経済産業省説を採用したと解される裁判例が1つだけあり、それは、ベ ネッセ刑事事件の高裁判決である(東京高判平成29年3月21日裁判所ウェブ ページ高等裁判所判例集平成28年(う)第974号、TKC判例データベース<
LEX/DB25448865>不正競争防止法違反被告事件・前掲注40掲出)。これに
対して筆者は評釈を発表している(帖佐隆「判例評釈 ベネッセ事件高裁判決」
久留米大学法学 No.77(2018年(奥付としては2017年))240(21)頁)ので 詳細はそちらを参照されたい。
このベネッセ刑事事件高裁判決は肯定的に評価すべきではない。判決には、
その説示に法律適用の誤りがみられること、判断しなければならない事項を判 断していなかったりすること、事実認定した内容からすれば新経済産業省説を
載し、同説の拡布がなされているところである67。
第五、TRIPS協定の規定に照らし合わせての新経済産 業省説の問題点
1.問題の所在
ここまで、非開示情報(営業秘密)に係るTRIPS協定39条(2)の 規定を概観するとともに、わが国不正競争防止法2条6項の営業秘密の定 義における秘密管理性の解釈を確認してきた。そして、秘密管理性の解釈 においては、①アクセス制限の要件と②客観的認識可能性の要件の二要件 で考える解釈論が提示され、かつ、筆者がそれに賛同することも理由を付 して示した。これに対して、営業秘密管理指針の改訂版に掲載された秘密 管理性についての新経済産業省説は、秘密管理性の趣旨を情報に触れる者 の②客観的認識可能性だけだとする一要件説を打ち出してきたことを述べ た。
新経済産業省説は、上述したとおり、②客観的認識可能性を秘密管理性 の趣旨とし、秘密管理性充足のためには、②の客観的認識可能性要件だ 用いても秘密管理性は充足しなかったと考えられること、といった問題点がみ られ、内容を充分に吟味せずに有罪にしたいとする裁判所のバイアスが強く感 じられるからである(問題点の詳細は上記拙稿を参照)。
なお、同判決について、岡村・前掲注59 32頁は、「(同判決が新経済産業 省説と)実質的に類似した立場を示すに至っており、かかる解釈が今後定着し ていく可能性が高いものと思われる」としており、また、三村量一ら「[2018 年 判例の動向] 判例の動き」(末吉亙執筆部分)高林龍=三村量一=上野達 弘(編)『年報知的財産法2018-2019』(2018年,日本評論社)56頁〔78頁〕注 釈28は、「(新経済産業省説は)本判決の考え方と親和性がある」とするが、こ の岡村久道弁護士も末吉亙弁護士も両者ともに経済産業省・前掲注55の小委 員会の委員であったことは指摘しておきたい。その他、同事件の評釈には、田 山聡美・判批 刑事法ジャーナル56号154頁、石毛和夫・判批 銀行法務21 825 号70頁、濱口桂一郎・判批 ジュリスト1528号119頁、黒根祥行・判批 甲南法 務研究15号125頁、がある。
67 インターネットでも『営業秘密管理指針』が拡布されていることは前掲注 56のとおりだが、経済産業省知的財産政策室『逐条解説 不正競争防止法』
(2016年,商事法務)40頁-42頁にもこの考え方は掲載されている。
けが充足されれば足り、①のアクセス制限の要件は不要であるとの考え 方である。もっとも、秘密管理措置(アクセス制限という文言から変更)
は、客観的認識可能性を実現するための措置(作為)としてのみ必要であ る、という立場である。しかし、この措置(作為)は対象情報に触れる者 に対して、「秘密保持意思の表明(秘密部分の提示機能)のため」の措置
(作為)にすぎず、「秘密を保持するため」の措置(作為)ではないのであ る。
これに対し、TRIPS協定39条(2)(c)は、「当該情報を秘密と して保持するための、状況に応じた合理的な措置がとられていること」
(傍線筆者)が要件である。
そうなると、両者を比較したならば、この新経済産業省説による秘密管 理性の解釈は、TRIPS協定39条(2)に違反する解釈となってしま うのではないだろうか。
つまり、経済産業省や上記審議会は、TRIPS協定を意識して秘密管 理性を考えたわりには、TRIPS協定に反する秘密管理性の解釈論を提 示してしまったということになるのではないだろうか。
TRIPS協定は、「秘密を保持するための措置」を要求しているので ある。いいかえれば、秘密保持のための努力をしなければならないことを 要求している。これに対し、新経済産業省説は「秘密保持意思の表明」ま たは「秘密部分の提示」があれば足り、また、措置についても、「秘密保 持意思の表明」への措置や「秘密部分の提示」のための措置があれば足り ることになってしまう。いうならば、「秘密保持意思の表明」への努力や
「秘密部分の提示」のための努力があれば足りるということになろう。
さらにいうならば、情報保有者がとるべき措置、作為、努力として、T RIPS協定が求めているのは「秘密を保持すること」に対するものであ ろう。にもかかわらず、新経済産業省説が説くのは、「秘密保持意思の表 明」や「秘密部分の提示」に対するものとなっている。結果、新経済産業 省説は同協定が求めているものと明らかに異なるものとなっているのでは