肺残気量測定におけるwilmoreの条件の検証
服部 恒明*・松坂 晃*・飯泉 栄子*・田中 茂穂*
(1997年10月13日受理)
Ve面cation of Wilmore,s Presentment in the Measurement of Residua1正ung Volume
Komei HATTORI*, Akira MATSuzAKA*, Eiko nZUMI*and Shigeho TANAKA*
(Received October l 3,1997)
緒 言
呼吸とは,胸腔の容積が拡大したり縮小するのに伴い,肺胞の中へ空気が流入し,ついで排出す るのを繰り返す現象といえる。吸いこむことが出来る最大の空気量(全肺容量)は,主として胸壁 と横隔膜の運動によって胸腔をどれだけ拡大できるか,さらに肺の組織にどれだけの弾性(伸張性)
があるかに依存している。同様に吐き出すことができる最大の空気量もまた,胸郭と横隔膜の運動 や肺の弾性に依存している。一般に高齢になると,肋間筋などの呼吸筋や横隔膜の機能が低下し,
肺の組織の老化(弾性線維の減少)がすすむので,呼吸できる最大量は減少する。言い換えるなら ば,最大に空気を吐きだした場合でも,高齢者ではより多くの空気が肺の中に残ってしまうことに なる。空気を最大に吐いた状態で,なお肺の中に残る空気の量は肺残気量(residual lung volume)
と呼ばれ,年齢差に加え性差,体格などによる個人差があることが知られている。この量は成人で およそ肺活量の25%程度であり,肺活量が4000ccであれば肺残気量は1000cc前後になり,水中では 無視出来ない浮力の要因となる。そこで,身体組成評価など身体密度を知る必要がある場合に有効 な方法である水中での体重測定においては,残気量を測定することが不可欠になってくる。肺残気 量の測定法には幾つかの方法があるが,Wilmore(1969)によって提唱された酸素希釈法が,原理 的簡便性や迅速性に優れ,現在もっとも広く適用されている。この方法の基本は,被験者が最大に 呼出をした状態から,一一定量の純酸素を呼吸し,肺の残気と純酸素を混合させることである。数回 の呼吸の後,混合ガスの内容が均一になった状態で窒素の濃度を測定する。窒素は肺の残気に一定 の割合(78.1%)で含まれるものであるから,拡散後の窒素濃度がわかれば,肺残気量を計算によっ て求めることができる。すなわち,呼吸ガスの窒素濃度を平衡状態にすることが,この方法の主た る条件である。窒素濃度の平衡状態の達成は窒素メーターの数値をリアルタイムに観察することで
*茨城大学教育学部保健体育講座(〒310−8512水戸市文京2丁目1番地;Department of Health and Physica1
Education, Faculty of Education, Mito, Ibaraki 310−8512 Japan)
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知ることができるが,wilmoreは平衡状態を実現するうえでの被験者の測定の要領として,最大呼吸 の約2/3の深さで,1呼吸3秒のペースで5−8回の反復呼吸を行う,と述べている。被験者への 指示が的確であれば,測定の効率が高くなり,測定精度の向上も期待できる。また,研究機関によ ってはスピロメーターのかわりに呼吸バック等を用いた簡易法による測定(Wilmore et a1.1980)を 実施している。このような場合には窒素の平衡状態をリアルタイムにモニターするシステムがなく,
一定回数呼吸したガスを平衡状態にあるものとして処置している場合も認められる。こうした状況 での測定では,有効な残気量の測定結果を得るための呼吸の深さや頻度などの条件について明確に することは重要である。本研究では,精度の高い残気量測定の記録から,これらの問題について分 析し,Wilmoreによって示された条件が時代的,人種的相違を越えて妥当であるかどうか検討した。
また残気量の直接測定が困難な場合を想定して,身長と体重から残気量を推定する回帰式を求めた。
研究対象と方法
対 象
対象は成人男子158名,女子208名である。運動経験の有無については考慮していないので,学生 の場合は運動部に属するものも一般学生も含まれる。いずれも健康上の問題は認められない者であ る。測定は1994年から1996年にわたり,測定に習熟した数名の検者によって茨城大学保健体育測定 室にて実施された。
肺残気量(RV)の測定
Wilmoreの方法に準じて行った(Wilmore,1969)。測定はベル型スパイロメーター
(Expirograph, Instrumentation Associates Inc.)の一部を改良し,肺残気量測定器とした。あらかじ めベル(Bell)内に測定に必要な任意の量の純酸素を入れるが,酸素は性や体格を考慮にいれなが ら,被験者の肺活量を下回らない十分な量を充填した。
被験者は背もたれのない椅子に座り,Nose clipを装着し,二方向呼吸弁の先端部にとりつけられ たマウスピースを深くくわえた。マウスピースは直径2,5cmの円筒状をした紙製の使い捨てタイプ
(ミナト医科学製)のものであり,着脱時の衛生面では細心の注意を払った。マウスピースをくわ える時には,口輪部を収縮させ,口角部に隙間ができないように注意した。まず呼吸弁が外気に対
して開放している状態で,しばらく安静呼吸をしてから,検者の誘導に従って最大呼気を行なった。
最大呼気が達成された時点で,検者は呼吸弁を純酸素を充満したベル側に通じるように変換し,つ いで,被験者に「深く速い呼吸」をリズミカルに繰りかえさせた。検者は複数の測定に習熟したも のが実施した。検者は,窒素メーターの値を観察しながら,呼気および吸気時の窒素濃度が近似し たことを確認して,被験者に最後に最大吸気につづく最大呼気を行わせた。最大呼気の達成と同時 に,呼吸弁は外気と連絡するように切り替えた。
なお,反復呼吸時の呼吸曲線はExpirographにより(図1),また呼吸ガスの窒素濃度の経過につ いては窒素メーターに接続したレコーダー(サーマルアイレコーダーRTA−1100,日本光電)によ
り(図2)記録した。測定終了後,記録紙から測定前の肺の中の窒素濃度,窒素濃度が平衡状態に達
したときの窒素濃度を読み取った。これらの値と充填した酸素量などから,定式によって肺残気量 を算出した。測定時には前かがみ姿勢となるが,この姿勢は水中体重測定時の椅座位に近似してい
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A B 図1残気量測定時の呼吸曲線
a :測定前の最大呼気レベル b:測定後の最大呼気レベル VC:肺活量 D:測定前後の最大呼気量の差 A:aとbにレベル差なし B:aとbにレベル差あり
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A B C 図2残気量測定時における呼吸ガス中の窒素濃度変化
A:速い窒素濃度の平衡達成例 B:遅い窒素濃度の平衡達成例 C:窒素濃度か平衡に達しない例
呼気およぶ吸気ガスの窒素濃度が平衡状態に達するまでの呼吸回数の算定
呼気およふ吸気ガスの窒素濃度がとのくらいの回数呼吸すると平衡状態に達するかを知るために,
記録紙の呼吸曲線から,呼吸回数を数えた。吸気から呼気までを呼吸の一周期とし,窒素濃度の変 化を示す波形が,収束するまでの回数を求めた(図2)。また,それに要した時間を記録紙の幅から 求め,呼吸頻度(呼吸数/秒)を算出した。
RV測定時の呼吸量の決定
記録紙に描かれた呼吸曲線から,それぞれの呼吸について,吸気時と呼気時のベル内のガス量の 差から,肺に吸入されたガス量(図1)が求められる。記録された呼吸曲線の中の全ての呼吸につい て,吸入ガス量を求め,その平均値を各人の呼吸幅とした。呼吸幅の肺活量に対する割合を,呼吸 幅率(呼吸幅×100/肺活量)とした。
肺活量の算出
被験者に再呼吸の最後に最大吸気させ,それに続いて最大呼気を行わせた。この差を記録紙から 読み取り肺活量とした(図IA, VC)。
結 果
表1には男子の18−29歳群(Y群)と30歳以上の群(S群)について体格,肺残気量および関連 する指数の平均値と標準偏差が示してある。身長はY群が171.9cmでS群の167.Ocmより大きいが,
体重はS群がY群より幾分重い。残気量はY群が1379cc, S群が1417ccで,両群の差は38ccにすぎ ず,およそ1400ccで近似しているといえる。肺活量はY群で4663cc, S群で4087ccを示し, Y群が 大きくなっている。残気量測定時の呼吸量(呼吸幅)はY,S群でそれぞれ2879,2600ccであり,
肺活量に対する割合(呼吸幅率)は61,63と近似している。反復呼吸を行う速度は両群とも0.3回
/秒であり,一一回の呼吸に要する時間に換算すると約3.3秒であるといえる。
表1.肺残気量および関連項目の平均値と標準偏差(男子)
18−29歳(n=128) 30一 歳(n=30)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 身長(cm) 171.9 605 167.0 5.30 体重(kg) 64.3 8.45 67.1 10.80 残気量(cc) 1379.4 377.20 1417.7 31g.20 肺活量(cc) 4663.8 608.20 4087.1 697.67 呼吸幅(cc) 287g.1 73g.85 2600.5 571.87 呼吸回数 8,0 3.06 10.0 2.71 呼吸幅率1 61.7 13.10 63.5 7.40 呼吸速度2 0.3 0.07 0.3 0.06 1 呼吸幅×100/肺活量
2 呼吸回数/秒
表2には女子の結果が示してある。身長はY群が大きいが,体重ではY,S群で差は小さい。残気 量はY群が1081ccであるのに対しS群が1128ccであり,その差は47ccに止まっている。肺活量は明 らかにY群(3359cc)がS群(2598cc)を凌いでいる。 Y, S群の呼吸幅は2098cc,1749ccであ り,呼吸幅率は62,67である。また呼気と吸気の窒素濃度が平衡状態になるまでの呼吸回数はY,
S群で10.3,135回であり,呼吸速度は両群とも0.3/秒であった。
表1,2の結果は個々人の測定値の中で,妥当な値を示し個人データとして採用したものについて 集計し,統計的処理を行ったものであるが,かならずしも測定は一回のみの試行で有効な結果が得 られるとは限らない。測定の失敗は検者側の不注意などによっても起こりうるが,外見上の手順の 面では不備が認められない測定であっても,有効な値がえられないことも少なくない。表3は男女そ れそれについて有効な測定が何回で達成されたかを示したものである。1回であったものは72%,
2回であったものが24%,3回から5回であったものが13%であった。
残気量は体格や年齢の影響を受けることが知られている。そこで今回十分が例数が得られたY群 について,残気量を従属変数とし,体格(身長と体重)を独立変数とする回帰分析を実施した。得
られた式は男子RV=−4586.4+41.OHt(cm)−16.9Wt(kg),女子RV=−3868.8+38.2Ht(cm)
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一21.6Wt(kg)であった。
表2 肺残気量および関連項目の平均値と標準偏差(女子)
18−29歳(n=194) 30一 歳(n=14)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 身長(cm) 160.2 丘05 152。7 401 体重(kg) 53.9 721 ∬5 生26 残気量(cc) 1081.3 298.96 1128.1 182.85 肺活量(cc) 3359.5 618。22 2598.1 454.g2 呼吸幅(cc) 2098.g 53328 174g.5 262。67 呼吸回数 10.3 401 13.5 3.37 呼吸幅率1 62.g 12.20 67.g 7.gO 呼吸速度2 〔L3 00g α3 (LO5 1 呼吸幅×100/肺活量
2 呼吸回数/秒
表3.何回の測定で有効な測定結果が得られたか
男 女 男+女(%)
1回 98 137 235 ( 71.9)
2回 43 41 84 ( 23.9)
3回 9 20 29 ( 8.2)
4回 5 8 13 ( 3.7)
5回 3 2 5 ( 1.4)
158 194 352 (100.0)
考 察
肺残気量は男女とも年齢の異なる群間で大きな違いは認められず,男子が1400cc,女子が1100cc 前後の値を示した。男の値が大きいのは,体格差が反映しているためと考えられる。呼吸幅もまた 男子が女子よりも大きい値を示している。肺活量の性差が顕著であり,それが反復呼吸する際の呼 吸幅の性差につながったものと思われる。呼吸幅率はいずれの場合でも60−70である。この結果は Wilmoreによる,最大呼吸のおよそ2/3の深さで呼吸するという条件とほぼ一致している。最大呼 吸の60−70%とは,ほぼ深呼吸をしたときの呼吸の状態であり,このような深い呼吸の繰り返しに よって,呼吸気中の窒素の平衡状態が速やかに達成されるものと思われる。呼吸の速度は呼吸幅と 連動するが,60−70の呼吸幅率の呼吸においては,0.3/秒の呼吸回数となる。これもまたWilmore が示した測定の要領と一致する。残気量の測定に際し,呼吸幅については,呼吸曲線がリアルタイ
ムに観察できない場合には,被験者に「深い呼吸」という「抽象的指示」を与える以外に適切な方 法はないが,呼吸の速度は検者の誘導によって変えることができる。3−4秒に1回の呼吸リズムを
とらせることで,呼吸の深さも適切となり,有効な測定結果を得る条件が整うことになるであろう。
一方,検者が行う測定の手順の面でとりわけ問題がない場合であっても,不適正な測定結果が生 じることがあるという事実は,注意を要する。1回の試行で測定が完了したのは72%に止まってお り,それ以外の場合には,なんらかの理由で再度の測定が必要であった。最も多く生じる問題は呼 吸気の中の窒素濃度が反復呼吸をしても平衡状態にならないことである。これは窒素メーターの値 を記録する波形が収束しないことで判定される(図2C)。このようなことが起こる原因は再呼吸中 におけるノーズクリップのゆるみのため,またはマウスピースと口角の間のわずかなすき間から外 気が混入するためと考えられる。被験者自身も遺漏に気がつかない程度のわずかなものであること が多く,再三の測定によって一層の注意を喚起することで改善されることが多い。使い捨てのマウ スピースを使用するシステムでは,ある程度は避けられない問題であろう。
適正な測定が行なわれなかったと判断される別のケースは,測定を始める時点で被験者が十分な 呼気を行わなかったと思われる場合である。測定は最大呼気状態,すなわち肺には肺残気量のみが 残されている状態から開始され,終了時点で再び最大呼気状態とする。当然2つの時点では呼吸曲線
は最下点を示すことになるが,2点のレベルが100cc以上差がある場合(図1B)には再測定とした。
一般に測定最後の最大呼気時の値が測定開始時点より低値を示すことが多い。この現象は再呼吸中 の外気の遺漏によっても起こりうるが,その場合には窒素濃度が速やかに平衡状態にならない。そ こで,2点のレベルの違いは,測定を開始する時に呼気が十分でなく,測定の最後に行う呼気が開始 時の呼気を上回る結果により生じるものと思われる。この問題は呼吸曲線を観察することによって のみ判断できる問題であり,呼吸バッグ等を用いた簡易法(Wilmore et aL 1980)ではチェックで きないので注意を要する。少なくともバッグの膨張の度合いが,測定の前後で異なることがわかる ようであれば,かならず再測定をすべきである。
体密度法による身体組成評価においては残気量の測定は必須といえるが,なんらかの理由によっ て測定が困難な場合には推定残気量を用いることも次善の策である。日本人成人の残気量の推定式 については,幾つかの報告がある(長嶺ら,1974;西田ら,1976;NigorikawaとOishi,1988;大石 ら,1988)。しかし,若年成人の体格や身体組成は比較的短期間においても変化していることが知ら れており(田中ら,未発表),最新のデーターについて推定式を求めることは意義がある。得られ た推定値と実測値の相関係数は男0.60,女056であったが,この値は顕著に高いとはいえない。し かし,身長と体重のみによる推定式としては,大石ら(1988)の男子学生についての報告でも相関 係数0.37と低く,今回の結果は妥当な精度を示していると判断される。
要 約
成人男女366名を被験者として,酸素希釈法による肺残気量測定を実施し,有効な測定結果が得ら れる測定の条件について検討した。有効な測定時における被験者の呼吸の条件は 1)最大呼吸の60 一70%の深さで,2)0.3回/秒の速度でなされており,これはWilmoreが示した測定時の条件とほ
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ぽ一致するものであった。
また,最大呼気が十分達成されなかたことに起因する測定の不備が日常的に発生しうることが明ら かになったことから,肺残気量測定においては呼吸曲線の描記が望ましいことが指摘される。
身長(H)と体重(W)から肺残気量(RV)を推定する目的で,若年成人について(男)RV=
一4586.4+41.OH−16.9W, (女)RV=−3868.8+38.2H−21.6Wの式を得た。
引用文献
長嶺晋吉,山川喜久江,磯部静子,一之瀬幸男(1974).思春期における体密度と体構成に関する研究.栄養 誌32,198−204.
Nigorlkawa,「L and Oishi, K.(1988) Prediction of pulmonary residual volume from anthτopometric
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西田修実,瀬分典雄,神辺真之,岡本卓三,高野光弘,荒谷義彦,重藤えり子,瀬分裕,西本幸男(1976).
健常者 の肺機能とその予測式 その4成人の肺気量分画.臨床病理24,837−841.
大石和男,吉儀宏,濁川孝志,村本伸幸(1988)日本人体育専攻男子大学生における身体計測値からの肺残 気予測式の検討。体育学研究33,51−60.
WilmoτeJ.H.(1969). A slmplified method for determination of residual lung volume&J. App1. PhysioL27,96 一100.
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