授業における問題場面と発展場面の構成
一理科の場合一
理科研究室
@ 高 野 恒 雄附属中学校
§1.問題場面と発展場面の関係
筆者は,本研究紀要の前号(1)において,授業における問題場面の構成について論じた。授業にお いてその教材の目標を達成するために,問題場面の構成は決定的な意味をもっていること,とり わけ授業の最初における問題場面が適切なものであるかどうかは,授業過程全体を支配する要因 になることを強調した。そして,小学校5年教材「水溶液の性質」のうち,「気体のなかにも水に 溶ける物があること」(2)の授業について,いわゆる「授業の入り方」としての問題場面の構成のあ
り方を6種の場合について検討してみた。
本報では,問題場面と密接な関係をもっている発展場面も考えに入れ,両場面の関係とその構 成を小学校および中学校の教材についてしらべてみた。まず,授業における問題場面と発展場面 の関係を,授業の流れの方向にそって図式化すれば,つぎのように表現してよいであろう。
先行経験、
課 題→問題場面→解決→問題場面→解決→一・一…→発展場面→解決→発展場面→解決 自然事象ノ
→総括
ここに示したように,問題場面の構成において考えるべき因子としては,第一に生徒がこれま でにどのような先行経験をもっているかを把握し,それに関連づけ,それを生かす方向で,問題 場面を構成しなければならないことである。前学年までの関連教材の系統を明確にとらえること はもちろん,現在の学年内における関連教材を考えながら,それらにおいて行なってきた観察・
実験の直接経験の中から,今学習させようとしている教材の中心に結びつく論理や素材を見出し,
それを問題場面の中に織りこむことが大切である。
第二に,当然のことながら教材の課題をじゅうぶん明らかにすることが必要である。教材の目 標をできるだけ徹底して分析し,特にその中核的目標とそこから派生する小目標とを構造づけて とらえることがなされてこそ,マトを外さない問題場面の方向づけ,焦点化が可能になるわけで
ある。
第三に,教材にふくまれる観察・実験の対象となる自然事象そのも のをよく本質的にとらえる ことが必要である。前述の教材の課題を達成するためには,考えられるいくつかの学習素材のう ちどの自然事象こそとりあげられるべきか,最適素材は何であるかを吟味することによって,問 題場面はより有効なものになる。
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このようにして問題場面を構成し,問いの投げかけによって生徒は触発され,自然事象の観察
・解釈の中で矛盾や対立を強く意識し,教師と生徒,生徒と生徒,生徒と教材の問に緊張関係が 成立し,その中から生徒の強い問題意識が生まれる。この問題意識のもとに生徒は主体的に問題 解決に挑んでいくことになる。自然事象による問いかけによってもった問題意識のもとに,つぎ には見直しとしての観察・実験を自主的に計画し,意欲的に追求していく。またいくつかの仮説 的な思考をめぐらし,帰納し,演択する。その結果,問題が解決すると,それに重ねてつぎの問 題場面の構成が行なわれる。この場合,新しい問題場面は前の問題場面と密接につながりながら,
新しい内容をふくんで構成される。
こうして問題場面が積上げられていくと,ますます生徒の認識は深まり,教材の核心に迫って いく。そして,教材の中心的部分が把握されると,つぎには,この把握したものを使い,適用し ていく場面があってこそ,じゅうぶんな定着がなされる。これが発展場面(筆者はこうよんでい る)である。ただ,単なる反覆ではなく,一度つかんだものが発展的に適用されなければ解決で きないような場面の構成が重要である。こうすることによって生徒は真剣に主体的に解決にとり くむ発展場面の構成が可能となる。
こう考えてくると,問題場面と発展場面は積上げの関係にあり,後者は前者を前提とし,前者 の上に積上げられてこそ効果的なのであり,また前者は後者をある程度予想してこそ構成できる ものである。ここには一個の建築物のような積み上げの構造がみられるわけである。
§2.問題場面と発展場面の使いわけ
ところで同じ自然事象の素材が,ある場合は問題場面の中で使われ,ある場合は発展場面の中 で使われることがありうる。実例をあげて考えてみよう。小学校6年,「物質とエネルギー」
の区分の中に「(7ルンズや凹面鏡で,光の集まり方を理解させる。」②がある。この内「レンズによ る光の集まり方」を学習させる場合は,ガラスの表面が平面でなく球面であるときの光の屈折に よって,光が集まることをつかませるわけである。このとき,ガラスのレンズだけで実験し,考 えていくのではなく,つぎのような観察場面を構成することができるであろう。
筆者の研究であつかった経験から,効果的であることを認めたのであるが,ビーカーとブラス コに水を入れ,この場合にもレンズのはたらきが見られることを観察させるのである。この観察 は,まず発展場面として有効であることがわかる。つまり,児童はガラスのレンズについてその 屈折のはたらきを学習してから,児童にとってはまったく別のものと考えていたビーカーやフラ スコに水を入れると,レンズと同様の働きを示すことを見出して驚き,そのため像が実物に対し て上下・左右に拡大する関係が,ずっと観察しやすくなるのである。これはビーカーの場合は横 の方向にのみ光が屈折するため,ビーカーの向う側にある物体は横の方向に拡大して見えるが,
縦の方向は全然拡大しないことが示唆的である。それに対してフラスコの場合は,縦横いずれも 球面を構成しているので縦横両方に屈折して,向う側の物体も縦横両方とも拡大して見えること が対照的なのである。さらにフラスコの場合は,虫めがねによって紙を焼く実験と同じことを行
なうことができるので,「光を集める」はたらきをじゅうぶんに示すことができる。特に水を 通過してきた光で物を焼くことができるという点ですぐれた観察といえよう。
以上の観察において,それまでに行なってきたとつレンズによる光の屈折の観察によって把握 した法則性が適用され,発展し,レンズの働きの本質を視覚的に理解することができるのであ る。このような場面はまさしく,発展場面といってよいであろう。
ところで,この観察は,問題場面にもじゅうぶん使えるわけである。ガラスのレンズによる光 の集まり方をやる前に,初めにフラスコ,ビーカーによる屈折の観察を行なうのである。これまで に見慣れてきた容器であるフラスコやビーカーが,中に水を入れただけで,光を集めるはたらき をもつことは,ふしぎな感じを与える。たとえ,すでに水を入れたフラスコなどを通して,向う 側の物が大きく見えることを体験していたとしても,光を集める働きとして認めることは,
児童にとって大きな転換である。そして,レンズという特殊な物体でなく,ありふれた容器にお いて観察することは,光に対する性質の法則性を把握するためには,より効果的であるともいえ よう。っまりより普遍的にいろいろな素材について成りたつ法則性なのだということを認識させ ることができる。そして,そのような法則性を実際に生かして実用のものとするのに最適な姿が レンズであるととらえることができる。問題場面に使った場合には,このような基本的な利点が 出てくる。しかし,一面考えなくてはならない問題点は,フラスコやビーカーに水を入れたもの は,既製のレンズにくらべると,球面も厳密には整っていないので,光に対する性質をしらべて いくのには,真に典型的なものとはいいにくいのである。したがって,やや不正確な球面をもっ たものについての観察から,法則性に近づいていくためには,それだけの思考の深さが必要にな る。だから,かなり観察力と思考力の豊かな児童の場合は,むしろ問題場面として使った方がよ りすぐれているが,そうでない場合は発展場面としてのよさを生かした方が効果的であると考え ることができる。結局,ある観察を問題場面に使うか,発展場面に使うかは,生徒の実態によっ て効果を判定しなければならない。またこの場合,他の要因,つまり現実に用意できる素材の性 質,観察の所要時間,その他も関係するのはいうまでもない。
§3.問題場面から発展場面までの素材の一貫性
中学校新指導要領・理科・第1分野・「(8)物質と電気」のうち,「ア・イオン」はさらに5項目の 内容からなるが,このうち一つの単元としてのまとまりをもつものとして,つぎの3項目が強い
関連をもっている。(3)
σり電解質の水溶液は,電気エネルギーによって分解されること。
ω電気分解などから,イオンのモデルが考えられること。
㈲イオンは,水溶液のほか,気体や固体にも存在すること。
これらの内容を一つの単元として構成し,授業に展開するためには,まず電解質と非電解質の ちがいをとりあつかい,つぎに電解質の中から典型的な物質を選び,その水溶液の電気分解を行 ない,そのときのプラス極,マイナス極における極板上の現象から,電気を運ぶものは一体何な
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のか,その実体を推定してみようという過程で進めていくのが常道であろう。こうして次第に「イ 、 Iンのモデル」を形成していき,それを使って水溶液を通る電流のはたちきを説明できるよっに なるわけである。
さて,ここで電気分解を行なうときの水溶液は何を選んで行なうのが最適かという大切な問題 がある。まず理科授業においてあつかう素材のもつべき性格としては,つぎのようなものが考え
られる。
(1)その教材の目標を達成するために必要な概念・法則性をできるだけ鮮明に表現できる素材 であること。いいかえれば現象顕著な素材であること。
(2)素材があまり特殊なものでなく,一般性のあるものであること。つまりあまりに特別な種 類の物質や器具を要せず,あまりに高価なものでなく,入手するにも骨の折れないもので
あること。
(3)実際に実験・観察を行なうとき,誰がやっても,それほど練達した技能を要しないで,比 較的スムーズにやりやすいこと。
まず以上のような素材のもつべき性格が考えられる。ところでこのような観点から考えてみた 場合,「イオン」ということを目指した方向で,電気分解の実験を行なう場合,何が適切であろう か。具体的な化合物について検討してみよう。
この場面で電気分解に使うことのできる物質は,つぎのような化合物であろう。
塩化ナ下リウム(NaCD 水酸化ナトリウム(NaOH)
塩酸(HC1)
硝酸(HNO、)
ヨウ化カリウム(KI)
塩化亜鉛(ZnC1、)
塩化銅(CuCl、)
塩化鉛(PbC1、)
これらの化合物の水溶液を電気分解するとき,さきにあげた素材のもつべき性格の条件のうち,
比較的満たしやすいものは(3)であろう。これらの化合物はいずれも,さほどむずかしい技能を要 することはなく,実験はやりやすいといってよいであろう。
つぎに(2)の性格からいえば,
塩化ナトリウム(NaCD 水酸化ナトリウム(NaOH)
◎鮪̲(HC1)
硝酸(HNO、)
硫酸銅(CuSO.)
などが適しているといえる。これらはいずれも一般的な物質であり,生徒にもじゅうぶんなじみ
、
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の深いものである。
もう一つの素材の性格である(3)はなかなか問題のあるところである。本教材の場合は電気分解 の現象において,どれだけ鮮明に「イオン」の概念に結びつきうるかが,素材の適切であるか否か の別れ目である。そのために要求されることで最も大切なのは,電気分解において両極に析出す る物質が,水溶液に含まれていた化合物の化学式の一部がそのまま出てくるものであることであ ろう。しかも両極に析出したその物質が目で見て,はっきりととらえられることが要求されるの である。このような観点からみると,(2)の条件を満足する物質5種は,いずれも全部適切な素材 とはいえなくなつてくる。
1 その点で前記の物質のうち 塩化亜鉛(ZnCl。)
塩化銅(CuC1,)
塩化鉛(PbC1、)
は,陽極にはいずれも塩素ガス(C12)が析出するし,陰極には,それぞれ亜鉛(Zn),銅
(Cu),鉛(Pb)が析出する。まさしく化学式が2分されて両極に動いて析出したという実感 が強い。またこれらの化合物は(2)の条件に照して考えてみても,決して特殊なものではなく,か なり一般的なものであるので,その点でもすぐれているといえよう。陰極に析出する金属につい ては,視覚的に金属だという印象をもちやすく,また安定である銅(Cu)や,鉛(Pb)が適して
いる。
ところで,以上の検討によると,塩化銅(CuCl 2)や塩化鉛(PbCl2)が適切な素材であるよ うに考えられてくるが,たしかにいずれもすぐれた学習効果をもつ物質であるといえよう。しか し,ここで一つの新らしい観点を導入する必要がある。つまり素材のもつべき第四の性格として
(4)その他の点で同じに適切な素材であるときは,教材に含まれる主要な概念・法則性を追求 する過程で一貫して同じ素材で実験できること。
が備われば理想的である。この観点でこの教材を考えてみると,大切なのは,水溶液において「イ オン」をつかみ,固体では電流を通さないことを確かめた上で,それを基礎として融液でも「イ
ここで一貫した素材を用いることなのである。この場合気体においてまで素材の一貫性を求める ことは無理であるが,水溶液と融液においては,一貫した素材について追求することがぜひ望ま れる。さきにあげた塩化銅(Cu Cl 2)と塩化鉛(PbC12)についてみると,つぎのような化合物 の性質が関係してくる。
塩化銅
CuC12・2H20,つまり結晶水をもった縁色の結晶である。
融点:110℃
沸点:分解してしまうため存在しない。
溶解度:100gの水に110.4g溶ける。
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塩化鉛
PbC1、,無色結晶 融点:501℃
沸点:954°C
溶解度:100gの水に0.67 g溶ける。
以上の性質を比較すると,塩化銅は融点が低く融液にしやすい点にすぐれているが,結晶水を もった結晶を熱するので初め水分が蒸発するとき,余計な現象が見えることになる点は欠点とな る。また沸点がなく加熱によって分解してしまう点も融液の安定性に欠陥をもっている。
塩化鉛は融点はやや高く,塩化銅に比べると難点といえば難点といえるが,結晶水はもたず,
また融液は安定である。しかも融点はやや高いといっても,教室でじゅうぶん可能な実験条件で あるので,さほど問題とはならないといえよう。また溶解度においては塩化銅よりずっと小さい が,電気分解に使う水溶液の濃度はそれほど大きな必要はないので,これも特に欠点というには
あたらない。
したがって,水溶液と融液において同じ素材を用いて「イオン」を追求するのには,素材とし て,塩化鉛の方がすぐれているといえる。そして,水溶液において問題場面を構成すれば,融液 においては発展場面としてあつかいうる。故に,問題場衝から発展場面までの素材の一貫性が重 要であるといえるのである。
§4.まとめ
(1)授業過程を問題場面→解決→問題場面→解決→一一→発展場面→解決→発展場面→解決→
総括という流れとしてとらえて,検討した。
(2)問題場面の構成は,それに関連する先行経験,教材の課題,素材としての自然嚢象の三点の 明確な把握の上になされるべきであることを論じた。
(3)同じ自然事象の素材を問題場面に使う場合と発展場面に使う場合の比較と,それを決定する に必要な基本的な条件を,小学校6年教材「レンズ」の例について考察した。
(4)問題場面から発展場面までに使う素材のもつべき性格を吟味し,①教材目標達成のための 主要な概念・法則性を表現できる現象顕著な素材であること,②あまり特殊な素材でない こと,③練達した技能を要しないで実験可能な素材であること,の3点のほかに,④問題 場面から発展場面までの素材の一貫性の重要性を,中学校3年教材「イオン」を例として
考察した。
文 献
(1)高野恒雄:授業における問題場面の構成一理科の場合一,本研究紀要,3号,9頁(1970年)
〈2) 文部省L:小学校学習指導要領。第4節理科(1968)
(3) 文 剖〜 省L:中 ≠牛交 7三i↓謁旨導要て頑, 第4酋」 (1969)