秋 田県成瀬川扇状地 中央部 にお ける地下水環境 と 濯 概 用水路 の滴養機能 に関す る研究
若 狭 真 紀
キ‑ ワー ド:上水路 地下7kI由責 浸透量 地下水位
Ⅰ は じめに
木研究の対象地域である秋 口]県成瀬川扇状地上 に は、濯概 開水路 と しての 「土水路」か数多 く残 され ているo t水路 とは、 コンク リー トで舗装 されてい ない素掘 りの水路の ことである。上水路 は現在で も、
周辺部 に広が る農地への濯概開水路 として利用 され ている
。
水田の持っ多面的機能の一つに地下水癌養が挙 け られ るが、水田 と同様 に、土水路か らも地 卜へ水が 浸透す ることによ って地下水療養が行 なわれている (アメ リカ土木学会者,肥田はか訳 :
2 0 0 5 ,p . 47 )
。 そ こで本研究では、流出量 の観測 に基づ いて土水路 における浸透量 を算定 L、地下水滴養機能 につ いて 明 らかにす ることを目的 とす るO 合わせて扇状地 に おける地下水環境 について も考察 してい く。 なお、本研究成果の一部 は、若狭 はか
( 2 0 0 5 )
で公表 した。Ⅱ
研究対象地域の概要研究対象地域 は秋 田県南部、 旧十文字町 およひ 旧平鹿町 にか けて、旧成謙抑 lによ って形成 された 緩やかな扇状地 卜に位置す る(つかって成瀬川の河道 が通 っていた ことか ら、小規模 な河岸段丘が多 くみ られ、地質 は砂碓層で透水性か高い。土地利鞘 ま主 に水田 と果樹園であ り、 これ らの濯概用水路 として 土水路が利用 されている (東北農政局計画部,1
98
9 )CⅢ
地下水位 と地下水面の変動地 下水位の観測 は
、2 0 0 4
年1 2
月か ら2 0 0 5
年1 2
月ま での期間に、17
ヵ所の観測井 において行 な った。 そ の うち、観測井 1、 2 、3 、4 、8 、
11は平鹿町教育委 員会、観測井5、6
、7、9、1 0、1 3
は平鹿地域振興 局よ り観測 テ‑ 夕を借用 したLl筆者が現地で観測 し⊂コ 市街地 等 ii.痩‑ 旧町 甲 ‑ .喜辞
第 1図 研究対象地域
( 2 0 0 5
年) /j=)緑枠は第3
凶の範囲と一致する。破線枠は第4図と一致する。
(国 卜地坪院発行
1 5 0 , 0 0 0
地形図 「浅舞」「横手」 (平枝 川年要部修正)より作成)た井戸は
1 2 、1 4、1 5 、1 6 、
17の5
ナ7所であ る。1
地下水位の年変化地下水位の変動 および降水量、積雪保を第
2
図に 'T;す。1 2
月下旬か ら2
月下旬頃 までの冬期間 は、積雪や 凍結 によ って地表か ら地下‑の痛毒が抑制 され るた め低水位であ る。3
月上旬か ら4
月中旬 にか けては 融雪期 とな り、融雪水の浸透 によ って水位が上昇す る。 融雪 が終 わ ると一時的 に水Ii了は低下 す るが、5
月上旬か ら水田への水入れが始 まることで水田か ら の浸透水か癌養源 とな り、水位は再ひ上昇 し始める。5
月 卜旬か ら8
月下旬 までの濯概期間中 は、 はとん との観測井で高水位 を保 って いる。濯概期終了後の9月以降、水位 は緩 やかに低下 し 、1
0月下旬頃か ら 低水位の状態が続 く。‑ 3 3‑
Akita University
秋 田県成瀬川扇状地 中央部 にお ける地下水環境 と 濯 概 用水路 の滴養機能 に関す る研究
若 狭 真 紀
キ‑ ワー ド:上水路 地下7kI由責 浸透量 地下水位
Ⅰ は じめに
木研究の対象地域である秋 口]県成瀬川扇状地上 に は、濯概 開水路 と しての 「土水路」か数多 く残 され ているo t水路 とは、 コンク リー トで舗装 されてい ない素掘 りの水路の ことである。上水路 は現在で も、
周辺部 に広が る農地への濯概開水路 として利用 され ている
。
水田の持っ多面的機能の一つに地下水癌養が挙 け られ るが、水田 と同様 に、土水路か らも地 卜へ水が 浸透す ることによ って地下水療養が行 なわれている (アメ リカ土木学会者,肥田はか訳 :
2 0 0 5 ,p . 4 7 )
。 そ こで本研究では、流出量 の観測 に基づ いて土水路 における浸透量 を算定 L、地下水滴養機能 につ いて 明 らかにす ることを目的 とす るO 合わせて扇状地 に おける地下水環境 について も考察 してい く。 なお、本研究成果の一部 は、若狭 はか
( 2 0 0 5 )
で公表 した。Ⅱ
研究対象地域の概要研究対象地域 は秋 田県南部、 旧十文字町 およひ 旧平鹿町 にか けて、旧成謙抑 lによ って形成 された 緩やかな扇状地 卜に位置す る(つかって成瀬川の河道 が通 っていた ことか ら、小規模 な河岸段丘が多 くみ られ、地質 は砂碓層で透水性か高い。土地利鞘 ま主 に水田 と果樹園であ り、 これ らの濯概用水路 として 土水路が利用 されている (東北農政局計画部,1
98
9 )CⅢ
地下水位 と地下水面の変動地 下水位の観測 は
、2 0 0 4
年1 2
月か ら2 0 0 5
年1 2
月ま での期間に、17
ヵ所の観測井 において行 な った。 そ の うち、観測井 1、 2 、3 、4 、8 、
11は平鹿町教育委 員会、観測井5 、6 、7、9 、1 0、1 3
は平鹿地域振興 局よ り観測 テ‑ 夕を借用 したLl筆者が現地で観測 し⊂コ 市街地 等 ii.痩 ‑ 旧町 甲 ‑ .喜辞
第 1図 研究対象地域
( 2 0 0 5
年) /j=)緑枠は第3
凶の範囲と一致する。破線枠は第4
図と一致する。
(国 卜地坪院発行
1 5 0 , 0 0 0
地形図 「浅舞」「横手」 (平枝 川年要部修正 ) よ り作成)た井戸は
1 2 、1 4 、1 5 、1 6 、
17の5
ナ7所であ る。1
地下水位の年変化地下水位の変動 および降水量、積雪保を第
2
図に 'T;す。
1 2
月下旬か ら2
月下旬頃 までの冬期間 は、積雪や 凍結 によ って地表か ら地下‑の痛毒が抑制 され るた め低水位であ る。3
月上旬か ら4
月中旬 にか けては 融雪期 とな り、融雪水の浸透 によ って水位が上昇す る。 融雪 が終 わ ると一時的 に水Ii了は低下 す るが、5
月上旬か ら水田への水入れが始 まることで水田か ら の浸透水か癌養源 とな り、水位は再ひ上昇 し始める。5
月 卜旬か ら8
月下旬 までの濯概期間中 は、 はとん との観測井で高水位 を保 って いる。濯概期終了後の9月以降、水位 は緩 やかに低下 し 、1
0月下旬頃か ら 低水位の状態が続 く。‑ 3 3‑
・
‑‑
)L竺 ̲二竺二二 二 王 亘 議 二 言 ∴ 三 ∃ (mm/da,)「 、ーJ ▲ 日 . 叫 l 160 票
・
.・・・ T ・・701
量
120 (cm)
2
OO42005 20051
2
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1112 第2
図 成瀬 川扇状地 にお け る地下 水位 の変動 お よび降 水量、 積雪 深
( 2 0 0 5
年) 注1
)観測井No
は第3図の番号と一致する。注
2 )
降水量および積雪深は、気象庁HP
電子閲覧室より 引用。秋田県地方気象台横 fl観測所における観測テ‑夕である0
(地 F水位の変動は、現地での観測結果に某つき作成)
一一一低
水位期
(2004年12月27日)の等ポテンンヤ′レ線 高水任期 (2005年7月3EIJの等ポテンノヤル韓 第3
図 低水 位期 と高 水位 期 にお け る地 下水 面図( 2 0 0 5
年) 荏)観測井No
は第2
図の番号と一致する。(現地での観測結果および借用した観測チークに基つき作成)
2
地下 水面 の変動高水位 期 で あ る
2 0 0 5
年7
月3日 と低 水位期 で あ る2 0 0 4
年1 2 月 2 7
E]にお け る地下 水面 図 を比較 し、地 下 水 の平面 的 な流動 を考察 す る。 地下 水面 岡 は第3
岡 に示す。3 4
等 ポテ ン ンヤル線 の形状 か ら、地下 水 は ほぼ地表 面 の等高線 に沿 って南東 か ら北 西 に向か って流動 し て い る。 低水位期 よ り も高 水位 期 にお いて等 ポテ ン シ ャル線 の間隔が狭 く、地下水面 は急 勾配 で あ る。
また、水位 の変動量 は扇伏 地 の扇端 部 よ り も扇 央部 にお いて大 きい。
Ⅳ
濯 親 用水路 の面 責機能本章 で は、 研究 対 象地域 内 に分布 す る土 水路 の一 部 を観 測 周 十水路 と して選 定 した。 そ して、観測 用 土 水路 にお け る流 出量 の観 測結 果 を基 に浸透量 を算 定 し、 土水路 が持 っ地 下 水滴 養機能 につ いて考察 す るo 研究対 象地域 内 の上水路 の分布 お よび観 測 開土 水路 の位 置 につ いて は第
4
図、観 測 用土水路 の概観 を第5
図 に示 す。・/ 住宅地 水 田 ・:・:.
: .
果樹 園‑ 土水路 ‑ 一 等 高線
∈ ∋
観 測用土水務 第4
図 土 水路 の分布 図( 2 0 0 5
年) 庄 1)i/〜言・は上水路の幅を測定L
た地点であるC各地白の水路幅は、
了 \ 09 8 m君05 5 m昔03 5 m言03
5号06 m
であったC
注
2)図の範囲は第 1図の破線枠と一致する。
(旧十 文字町発
音 了1.1 0 , 0 0 0
十文字 全図」 (平成7
年修正) およひ現地での徒歩調査により作成)Akita University
・‑ ‑)L竺 ̲二竺二二 二 王 亘 議 二 言 ∴ 三 ∃ (mm/da,)
「 、ーJ ▲ 日 . 叫 l 160 票
・ .・・・ T ・・
701
量
120 (cm)
2OO42005 2005
121 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1112 第2図 成瀬 川扇状地 にお け る地下 水位 の変動 お よ
び降 水量、 積雪 深
( 2 0 0 5
年) 注1
)観測井No
は第3
図の番号と一致する。注
2 )
降水量および積雪深は、気象庁HP
電子閲覧室より 引用。秋田県地方気象台横 fl観測所における観測テ‑夕である0
(地 F水位の変動は、現地での観測結果に某つき作成)
一一一低
水位期
(2004年12月27日)の等ポテンンヤ′レ線 高水任期 (2005年7月3EIJの等ポテンノヤル韓 第3
図 低水 位期 と高 水位 期 にお け る地 下水 面図( 2 0 0 5
年) 荏)観測井No
は第2
図の番号と一致する。(現地での観測結果および借用した観測チークに基つき作成)
2
地下 水面 の変動高水位 期 で あ る
2 0 0 5
年7
月3日 と低 水位期 で あ る2 0 0 4
年1 2 月 2 7
E]にお け る地下 水面 図 を比較 し、地 下 水 の平面 的 な流動 を考察 す る。 地下 水面 岡 は第3
岡 に示す。3 4
等 ポテ ン ンヤル線 の形状 か ら、地下 水 は ほぼ地表 面 の等高線 に沿 って南東 か ら北 西 に向か って流動 し て い る。 低水位期 よ り も高 水位 期 にお いて等 ポテ ン シ ャル線 の間隔が狭 く、地下水面 は急 勾配 で あ る。
また、水位 の変動量 は扇伏 地 の扇端 部 よ り も扇 央部 にお いて大 きい。
Ⅳ 濯 親 用水路 の面 責機能
本章 で は、 研究 対 象地域 内 に分布 す る土 水路 の一 部 を観 測 周 十水路 と して選 定 した。 そ して、観測 用 土 水路 にお け る流 出量 の観 測結 果 を基 に浸透量 を算 定 し、 土水路 が持 っ地 下 水滴 養機能 につ いて考察 す るo 研究対 象地域 内 の上水路 の分布 お よび観 測 開土 水路 の位 置 につ いて は第
4
図、観 測 用土水路 の概観 を第5
図 に示 す。・
/ 住宅地 水 田 ・:・:.
: .
果樹 園‑ 土水路 ‑ 一 等 高線
∈ ∋
観 測用土水務 第4
図 土 水路 の分布 図( 2 0 0 5
年) 庄 1)i/〜言・は上水路の幅を測定L
た地点であるC各地白の水路幅は、
了 \ 09 8 m君05 5 m昔03 5 m言03
5号06 m
であったC注2)図の範囲は第 1図の破線枠と一致する。
(旧十 文字町発
音 了1.1 0 , 0 0 0
十文字 全図」 (平成7
年修正) およひ現地での徒歩調査により作成)第
5
図 観測 開土水路 の概観 および流 出量の観測地 点( 2 0 05
年 )/ j = )Ql 〜Q4
はIJfL出量の観測を行なった他市であるJ1. 観測用土水路 の概要
観測 用 十水路 内 には
4
ヵ所 の流 出量観測地点Ql
〜Q4
を設 け、Q
lか らQ4
の1"副こ流 出量 の観 測2.を 行 な った。 本研究 で は、2
地点 間 にお け る流出量 の 葦を地下‑浸透 した もの とみ な し、浸透 量 とす る。また、土水路 か らの浸透量 と地 卜
水位 の関係 をみ る
ため、上水路左岸 に位置す る観測井No .
15
において 地下水位 の観測 も行 な った。観測用土水路 において水路幅 の中心 を
Q
lか らQ4
まで計測 した ところ、全長は22 0m
で あ った。 士 水 路 の幅 は、 ヒ流 か ら50 c m
ごとに折 り尺 で計測 を行 い平均値 を求 めた ところ、0. 98m
とな った。 ゆえに 観測同士水路 の底面積 は21 5. 6m
lであ る。土水路 の分布 は旧河道 上 に多 くみ られ る。土水路 の表面地質 は主 に碓 ・砂 によ って構成 されてお り、
透 水性 は高 く、水が地下へ浸透 Lやす い とい う特 徴 を持 つ0
2
流出量 の観測結果 および考察流出量 の観測結 果およひ観測井
No.
15
にお ける地 下水位 の変動 を第6
図 に示す。観 測 を始 め た
2 0 05 年 5
月31
日にお け る浸透 量 はQ1‑Q2
問 で2 0. 22 C/S e
c、Q3‑Q4
間 で2 0. 67B/S e c
とな り、観測期間中で最大 とな ったG その後、両 区 間 と も浸透量 か徐 々に減少 し始 め る。7
月21
日で は● Ql ・ Q4 0 Ql ・ Q 20Q 3 1 q 4△地下水位
地下水位
5 /31 6/1 5 7 /3 7 /21 7 /2 98/1 4 8/31
第
6
図 観測用土水路 にお ける浸透量 お よび観測井No. 1 5
にお ける地下水位 の変動( 2 0 05 年)
注1 )Q1‑Q4
は、Q1‑Q2
問およひQ3‑Q4
問の浸透員の合計値である。
止 2 )
土水路における堰普請は2 0 0 5
年7 n2 4
日に行われたO また、土水路の周辺では2 0 0 5
年8
月2 5
Rに水田からの 清水が行われたO(現地での観測結果に基っき作成)
Ql‑Q2
間の浸透量 が00 3E/s e
c、Q3‑Q4
問の浸透 量か01 7B/S e
cとな り、両区間 と も最 小値 を記録 し たLl この よ うに、時間経過 に伴 って浸透量 が減少 す るの は、⊥水路底面 に泥 などが堆積 して浸透量 が低 下す る目詰 ま りと呼 はれ る現 象が起 きたためであ る と考 え られ るcLか し
、7
月2 9
日には浸透量がそれぞれ7. 9 4B/S e
c、3. 8 4仁/ s e
cとな り7 月21
Elよ りも増 加 して い る。 増・、 加 した要因 には7 月2 4
円に行 なわれ た堰普請 の影響 が考 え られ る。堰普請 とは土水路 内の こみや雑草 を 取 り除 く掃 除の ことであ る。掃除 によ って 目詰 ま り か若干解消 され、堰普請後の7 月2 9
日には浸透量 が 一時的 に増加 した。 その後浸透量 は減少す るが、再 ひ 目詰 ま りが起 こった と考 え られ る。浸透量 と地 卜水位 の経 時変化 をみ ると、時間差 は あ る ものの、浸透量 の増減 に呼応 Lて地下水位 も変 動 して いる。土 水路 の右岸 は水 田であ り、地形 は水 田側か ら観測井
No. 1 5
の方向‑傾斜 して い ることか ら、地下水位 の変動 には土水路 の ほか、水 田か ら浸 透 Lた水 も影響 して いると推測 され る。本研究 で は、 よ り正確 な浸透量 を算定 す るため土 水路側面か らの浸透 も考慮 す る。 よ って、土水路 の 底面積 と側面積 の和 を水が浸透 す る面積 と した。側 面積 は、観測期間中 にお ける土水路 の水深の平均値
か0. 1 8m
で あ った ことか ら、両岸 で81 m
2とな った。ゆえ に、観測同士 水路 にお いて水が浸透 す る面積 は
29 66m
Jであ るo‑ 3 5 ‑
Akita University
第
5
図 観測開土水路 の概観 および流出量の観測地 点( 2 0 05
年 )/ j = )Ql 〜Q4
はIJfL出量の観測を行なった他市であるJ1. 観測用土水路の概要
観測用十水路 内 には
4
ヵ所 の流出量観測地点Ql
〜Q4
を設 け、Q
lか らQ4
の1"副こ流 出量 の観測2.を 行 な った。本研究 では、2
地点間 における流出量 の 葦を地下‑浸透 した もの とみな し、浸透 量 とす る。また、土水路か らの浸透量 と地 卜
水位の関係をみ る
ため、上水路左岸 に位置す る観測井No .
15
において 地下水位の観測 も行 な った。観測用土水路 において水路幅の中心 を
Q
lか らQ4
まで計測 した ところ、全長は22 0m
であ った。士水 路 の幅 は、 ヒ流か ら50 c m
ごとに折 り尺で計測 を行 い平均値を求 めた ところ、0. 98m
とな った。 ゆえに 観測同士水路の底面積 は21 5. 6m
lである。土水路 の分布 は旧河道上 に多 くみ られ る。土水路 の表面地質 は主 に碓 ・砂 によ って構成 されてお り、
透水性 は高 く、水が地下へ浸透 Lやす いとい う特徴 を持つ0
2
流出量 の観測結果および考察流出量の観測結果およひ観測井
No.
15
における地 下水位の変動 を第6
図 に示す。観 測 を始 めた
2 0 05 年 5
月31
日にお け る浸透量 はQ1‑Q2
問 で2 0. 22 C/S e
c、Q3‑Q4
間 で2 0. 67B/S e c
とな り、観測期間中で最大 とな ったG その後、両区 間 とも浸透量か徐 々に減少 し始 める。7
月21
日では● Ql ・ Q4 0 Ql ・ Q 20Q 3 1 q 4 △地下水位
地下水位
5 /31 6/1 5 7 /3 7 /21 7 /2 98/1 4 8/31
第
6
図 観測用土水路 における浸透量 および観測井No. 1 5
における地下水位の変動( 2 0 05 年)
注1 )Q1‑Q4
は、Q1‑Q2
問およひQ3‑Q4
問の浸透員の合計値である。
止 2 )
土水路における堰普請は2 0 0 5
年7 n2 4
日に行われたO また、土水路の周辺では2 0 0 5
年8
月2 5
Rに水田からの 清水が行われたO(現地での観測結果に基っき作成)
Ql‑Q2
間の浸透量が00 3E/s e
c、Q3‑Q4
問の浸透 量か01 7B/S e
cとな り、両区間 と も最小値 を記録 し たLl このように、時間経過 に伴 って浸透量が減少す るのは、⊥水路底面 に泥 などが堆積 して浸透量が低 下す る目詰 ま りと呼はれ る現象が起 きたためであ る と考え られ るcLか し
、7
月2 9
日には浸透量がそれぞれ7. 9 4B/S e
c、3. 8 4仁/ s e
cとな り7 月21
Elよ りも増加 して いる。増・、 加 した要因 には7 月2 4
円に行なわれた堰普請の影響 が考え られ る。堰普請 とは土水路内の こみや雑草 を 取 り除 く掃除の ことであ る。掃除によ って目詰 まり か若干解消 され、堰普請後の7 月2 9
日には浸透量が 一時的に増加 した。 その後浸透量 は減少す るが、再 ひ目詰 ま りが起 こった と考え られ る。浸透量 と地 卜水位 の経時変化 をみ ると、時間差 は ある ものの、浸透量 の増減 に呼応 Lて地下水位 も変 動 している。土水路 の右岸 は水 田であ り、地形 は水 田側か ら観測井
No. 1 5
の方向‑傾斜 していることか ら、地下水位の変動 には土水路のほか、水田か ら浸 透 Lた水 も影響 していると推測 され る。本研究 では、 よ り正確 な浸透量 を算定す るため土 水路側面か らの浸透 も考慮 する。 よ って、土水路の 底面積 と側面積 の和を水が浸透す る面積 と した。側 面積 は、観測期間中における土水路 の水深の平均値
か0. 1 8m
であ った ことか ら、両岸で81 m
2とな った。ゆえに、観測同士水路 において水が浸透す る面積 は
29 66m
Jであるo‑ 3 5 ‑
写真 1 草などが刈 られた堰普請後の土水路 ( 2 0 0 5
年7
月2 9
日 等者損影)また、研究対象地域内における土水路全体か らの 浸透五主も推定するため、土水路の分布調査を行なっ た。 その結果、徒歩で確認で きた土水路の全長 は21 km であ った。土水路の幅 については、観測用土水 路以外で任意 に選んだ 4 地点 において計測を行な っ た ( 第 4図)。観測用土水路 を含めた計 5地点 にお ける土水路の平均幅は 0. 5 7 m とな った。平均水深を 0. 1 8m と仮定すると、土水路全体か ら水が浸透する 面槙 は1 9 6 4 0m 2である。
観測期間中での観測用土水路 Q1‑Q4 間 におけ る浸透塁3 )の平均値 は1 5.
44B/S e c であ った. この値 を基 に浸透能を算定す ると、観測用土水路における 浸透能 は1 8. 7 c m/hとなる. また、土水路全体 にお ける浸透塁 はおおよそ1 4 6 9. 5B/S e c と算定 され、 こ の値か ら得 られ る浸透能 は2 6. 9 c m/hとな った。太 田 ( 2 0 0 0 )は秋田県六郷扇状地 における調査で、地
底21 2 0m 2である人工癌養池か らの浸透能を1 6. 4 c m/
hと推定 している。 この値 と比較 して も、土水路か らの浸透: 鼠は大 きく、土水路 は地下水滴巷 に大 きな 役割を果た しているといえる。
Ⅴ
おわ リに
本研究で得 られた結果を以下のように要約する。
1
. 地下水位が高水位 になるのは、3月上旬か ら4 月中旬 までの融雪期 と 5 月上旬か ら 8 月下旬 まで の濯概期である.濯概期間中は、 ほとんどの観測 井で高水位を保 っている。
2 . 地下水面図か ら、地下水は地表面の傾斜 に沿 う ように南東か ら北西 に向か って流動 している。地
下水位が高水位 となる融雪期および感慨期では、
地下水面 の勾配が急になる。 また、地下水位の変 動塁 は癌輩域である扇央部で大 きく、湧出域であ
る扇端部で小 さい。
4. 浸透量の増減 と地下水位の上下 には同様 の変動 がみ られることか ら、周辺の水田や土水路か ら浸 透 した水が地下水位 に影響 を与えていると考え ら れる。
5 . 観測期間中における観測用土水路での浸透能の 平均値 は1 8. 7 c m/hとな った。土水路全体 か ら水 が一様 に浸透 したとす ると、潅概期間中における 浸透能の平均は2 6. 9 c m/h と推定される。よって、土 水路が地下水面巷に果たす役割は大 きいといえる.
本稿の作成 にあた っては、秋 田大学教育文化学部 の肥 田 登先生か ら終始貴重 な御助言、御指導をい ただいた。 また、平鹿町教育委員会の皆様、平鹿町 地域振興局の皆様か らは貴重なデータを提供 してい ただいた。現地調査 に際 しては、十文字町富沢集落 の方 々に御理解、御協力を賜 った。末筆 なが ら、以 上の方 々に深 く感謝 いた します。
注
1 ) 十文字町および平鹿町は 、2 0 0 5
年1 0月 1 日か ら 市町村合併 により横手市 となった.
2 ) 流出歪 の観測 には 「ケネ ック製電磁微流速計 VEI O 」を用いた。
3 ) Q1‑Q4 間の浸透塁 とは Q1‑Q2 問における浸 透塁 とQ3‑Q4 間における浸透量の合計値である。
文 献
アメ リカ土木学会著,肥田 登 ・水谷宣明 ・荒井
正訳( 2 0 0 5 ):
r地下水人工癌蓑の標準 ガイ ドライ
ン』築地書館,1 9 3 p.
太 田由紀子 ( 2 0 0 0 ) :浸透池を用 いた地下水人工癌 巷に関する研究一秋田県六郷扇状地を事例として‑.
秋大地現 第47
号,1 ‑ 8 .
東北農政局計画部 ( 1 9 8 9 ): F 横手盆地南部地区地下 水位長期観測調査報告書 I J 1 3 0p.
若狭真紀 ・利部 慎 ・湊 聖佳 ・肥田 登 ( 2 0 0 5 ):
濯概土水路の もつ地下水人工癌養の機能. 日本水 文科学会学術大会発表要 旨集2 0,3 9‑ 40 .
‑ 3 6‑
Akita University
写真 1 草 などが刈 られた堰普請後の土水路 ( 2 0 0 5
年7
月2 9
日 筆者撮影)また、研究対象地域内における土水路全体か らの 浸透虫 も推定するため、土水路の分布調査を行 なっ た。 その結果、徒歩 で確認で きた土水路の全長 は21 km であ った。土水路の幅については、観測用土水 路以外で任意 に選んだ 4 地点 において計測を行な っ た ( 第
4図)。観測用土水路を含めた計 5 地点 にお ける土水路の平均幅は 0. 57 m となった。平均水深を 0. 1 8m と仮定すると、土水路全体か ら水が浸透する 面積 は1 9 6 4 0m 2である。
観測期間中での観測用土水路 Ql‑Q4 間 におけ る浸透虫8 )の平均値は1 5. 4 4A/S e c であ った。 この値 を基 に浸透能を算定す ると、観測用土水路における 浸透能 は1 8. 7 c m/hとなる. また、土水路全体 にお ける浸透塁 はおおよそ1 4 6 9. 5B/S e c と算定 され、 こ の値か ら得 られる浸透能 は2 6. 9 c m/hとな った。太 田 ( 2 0 0 0 )は秋 田県六郷扇状地 における調査で、地
底21 2 0m 2である人工癌養地か らの浸透能 を1 6. 4c m/
hと推定 している。 この値 と比較 して も、土水路か らの浸透塁 は大 きく、土水路 は地下水滴巷 に大 きな 役割を果た しているといえる。
Ⅴ
おわ Uに
本研究で得 られた結果を以下 のように要約する。
1
. 地下水位が高水位 になるのは、3月上旬か ら4 月中旬 までの融雪期 と 5 月上旬か ら 8 月下旬 まで の濯概期である。濯慨期間中は、 ほとんどの観測 井で高水位を保 っている。
2 . 地下水面図か ら、地下水 は地表面の傾斜 に沿 う ように南東か ら北西 に向か って流動 している。地
下水位が高水位 となる融雪期および感慨期では、
地下水面 の勾配が急 になる。 また、地下水位の変 動塁 は頑登城である扇央部で大 きく、湧出域であ
る扇端部で小 さい。
4
. 浸透塁 の増減 と地下水位の上下 には同様 の変動 がみ られ ることか ら、周辺の水田や土水路か ら浸 透 した水が地下水位に影響 を与えていると考え ら れる。
5 . 観測期間中における観測用土水路での浸透能の 平均値 は1 8. 7 c m/hとな った。土水路全体 か ら水 が一様に浸透 したとす ると、潅概期間中における 浸透能の平均は 2 6. 9 c m/hと推定される。よって、土 水路が地下水面垂に果たす役割は大 きいといえる。
本稿の作成 にあた っては、秋 田大学教育文化学部 の肥 田 登先生か ら終始貴重 な御助言、御指導 をい ただいた。 また、平鹿町教育委員会の皆様、平鹿町 地域振興局の皆様か らは貴重なデータを提供 してい ただいた。現地調査 に際 しては、十文字町富沢集落 の方 々に御理解、御協力を賜 った。末筆 なが ら、以 上の方々に深 く感謝いた します。
注