「サマースクール2009 イン曽爾」での理数科実験 講座
著者 松山 豊樹, 松村 佳子, 和田 穣隆, 石田 正樹, 藤
井 智康, 常田 琢, 伊藤 直治
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 19
ページ 177‑181
発行年 2010‑03‑31
その他のタイトル Practical Lectures on Scientific and
Mathematics Experiments in Summer School 2009 in SONI
URL http://hdl.handle.net/10105/2978
1.はじめに
想像力を働かせて奈良県の地図を見ると、東を向い たユーモラスなペンギンが浮かび上がる。そのくちば しに位置する村が「曽爾」(SONI)である。倭武皇子
(やまとたけるのみこ)が、猟に行った時、漆の木を 見つけ、曽爾の郷に「漆部造(ぬりべのみやつこ)」
を置いたという伝説の地である。日本の「漆塗り」の 発祥の地といわれ、曽爾高原や兜岩などの素晴らしい 自然環境を持っている。
我々は、先導理数プロジェクトを開始した平成17年 度の3月にこの地を訪れた。当初は、曽爾中学校で大 学教員が中学生に授業を行うことから始めた。それが、
初回のチャレンジ!サイエンス イン 曽爾であった。
この授業をやってみて、大学教員の口々から、曽爾中
学校の生徒たちの授業を受ける姿勢のひたむきさや知 見を得ようとする純真さへの感動がもれこぼれた。全 校生徒数が50名弱(当時)の山村の中学校。そこには、
かつての日本の教育の原点が残されているようにさえ 思えた。ある大学教員はしきりに「ここはシャングリ ラだ!」と感動していた。シャングリラは、英国の作 家ジェームズ・ヒルトンが1933年に出版した小説「失 われた地平線」に出てくる理想郷(ユートピア)であ る。
奈良県は、北部に人口が集中し、残りのほとんどは 森林に囲まれた山村部である。将来、教員になったと きには、そういう山村部への赴任が、当然、想定され る。さらに重要なのは、今日的な教育課題への対応に 追われる都市部の学校へ入り込む前に、是非一度、こ ういう純粋な教育の原点の場を体験することは、学生 松山豊樹・松村佳子
(奈良教育大学 理数教育研究センター)
和田穣 ・石田正樹・藤井智康・常田 琢
(奈良教育大学 理科教育講座)
伊藤直治
(奈良教育大学 数学教育講座)
Practical Lectures on Scientific and Mathematics Experiments in Summer School 2009 in SONI
Toyoki MATSUYAMA, Keiko MATSUMURA
(Center for Educational Research of Science and Mathematics)
Yutaka WADA, Masaki ISHIDA, Tomoyasu FUJII, Taku TSUNETA
(Department of Science, Nara University of Education)
Naoharu ITO
(Department of Mathematics, Nara University of Education)
要旨:平成17年度から平成19年度まで奈良教育大学で実施された教育改革プロジェクト「新世代を先導する理数科教 員養成のための教育プログラムの開発」(略称:先導理数)では曽爾村との連携協力事業の一環として、「サマースク ール イン 曽爾」を開催してきた。平成20年度より開始された新プロジェクト「地域の学校園及び保護者と取り組む 新理数科教育システムの開発」(略称:新理数)で引き続き「サマースクール 2009 イン 曽爾」を開催した。曽爾小 学校、曽爾中学校をフィールドとしてプログラム履修学生(新理数 2 回生)とプロジェクト教員が泊まり込みの合宿 を行い、優れた教育実践力の育成を目指した活動を行った。サマースクールでは、中学生への学力向上支援、小学 生・中学生への学生企画による理科や数学の実験、プロジェクト教員による小学生・中学生への講義・実験を行った。
本報告では、特に、本学教員有志による理数科実験講座についての報告を行う。
キーワード:理数科教員養成 Training of Teachers for Science and Mathematics、
理数科教育プログラム Program for Education of Science and Mathematics
の教師像の形成の上で、極めて貴重であると思われる 点である。以後、この曽爾の地は、「曽爾サテライト」
として、我々のプロジェクトの重要な柱の一つとなっ た。1)、2)
曽爾村と連携協定書を締結し、曽爾小学校・曽爾中 学校をフィールドとした短期集中型の教育実践活動を 開始した。この活動は、さらに発展して、一部のプロ ジェクト参加学生の教育実習の場にもなった。村をあ げての学生の受け入れには、感激した。
今回の「サマースクール 2009 イン 曽爾」は、8 月 23日(日)〜 8 月26日(水)に実施された。参加者は、
曽爾中学校生 38名、曽爾小学校生 47名、本学学生14 名、大学教員12名、教育研究員 2 名、それに曽爾小・
中学校の先生方、保護者の皆さまであった。本報告で は、特に、本学教員による理数実験講座について報告 する。総勢7名の教員が、工夫を凝らした 6 つの講座 を用意した。以下で、各講座の報告を行う。
2.目で見える光、見えない光
講座の対象は、小・中学生とその保護者及び本学理 数の学生であった。小学生から大人まで幅広い年齢層 に光をどのように説明すれば分かってもらえるだろう か。一方的に話すのではなく、フロアの反応に気をつ けながら身近な話題を取り込んで話を進めた。
光があることはどうやったら確かめることができる か。光がなくなると、私たちにとって困ることが起こ るだろうか、と問いかけると ものが見えなくなる と答えが返ってきた。何も見えなくなると動くことも 難しくなる。でも、それだけじゃない。地球上に棲む ほとんどの生物が生きていけなくなる。植物は、水と 二酸化炭素と光とで光合成を行って成長をする。動物 は、植物や自分以外の動物などを餌にして大きくなる。
私たち人間は、水を飲んで太陽の光にあたっていても、
生きるための栄養素は作り出すことができないので、
動物や植物の体の一部や命をいただいているのであ る。光は生物が生きるための源の1つなのである。教
科書などには書かれていないが、光と私たちが生きて いることとの関連を少しでも伝えたかった。そして私 たちが見ている光は、電磁波の一部の可視光であり、
直進や反射、屈折などの性質を示すことについて説明 をした。最後に光の性質の1つ(回折)を使って、室 内でも虹を見ることができる器具を作り、皆で光のシ ョーを楽しんだ。(担当:松村佳子)
3.天体望遠鏡を作って、見てみよう!
今年はイタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイが手 製の天体望遠鏡で人類として初めて天体観測をしてか らちょうど400年となる「世界天文年」である。今回 の「サマースクール イン 曽爾」ではこのことにちな み、小学生29名を対象に天体望遠鏡の仕組みの話と、
望遠鏡を作る授業を2日間にわたり実施した。
初日の天体望遠鏡の仕組みの話では、水槽に線香の 煙を導入し、レンズを通過するレーザー・ポインター の光路を見やすくすることによって、レンズで屈折し 集約されてきた光が次のレンズで拡大される様子を演 示した。このことによってどのようにして遠くの物体 が望遠鏡によって大きく見えるかを解説した。
二日目には簡単な材料(牛乳パック、工作用紙、凸 レンズ)を用いた倍率3.4倍の望遠鏡つくりを行った。
制作後には曽爾中学校運動場のフェンスに取り付けた キャラクターの絵を望遠鏡で遠望し性能を確かめた。
望遠鏡で遠くのものが拡大されて見える現象はレン ズを通してモノを見れば簡単に経験し確認できること である。実際、虫眼鏡を使って見えるミクロの世界や、
望遠鏡を使って見える遠くの景色はある意味、子供達 にとっては比較的簡単に経験できる。二日目の望遠鏡 つくりはそれを狙ったものである。しかし、レンズを 通して見えるモノが拡大されて見える理由の説明は、
特に小学生を対象とする場合、非常に難しい。理論的 な説明はもちろんのこと、物理学の専門用語が使えな いことがその理由の主なものである。今回、室内にお ける実験で2枚のレンズを使って像が拡大される現象 を示せたことで、モノを拡大して見るには望遠鏡や顕 微鏡というハコモノが不可欠なのではなく、レンズこ そが必要なのであるということを小学生に思わせるこ とができたのではないかと考えている。(工作担当:
和田穣 、原理説明担当:松山豊樹)
4.イカの解剖
今年度当初から実施された教科書の改訂および新学 習指導要領の導入によって、中学校理科第2分野にお いては、動物の多様性についての認識を深める目的で、
無脊椎動物についても取り扱う事が推奨されている。
そこでは、「解剖を実施する場合は、イカを扱うこと がよい」とされている。イカはある程度の大きさがあ り、タコに比べ安価で入手も容易なので、無脊椎動物 の体のつくりを観察するための非常によい材料と考え られるからであろう。しかしながら、この教科書改訂 および新指導要領の導入に当惑した曽爾中学校の理科 担当教員の方から、この「イカの解剖」をチャレン ジ・サイエンスにて実施するよう相談を受けた。貝類 などと共に軟体動物に属するイカは、ともすれば単純 な体制をもつと思われがちであるが、タコと並んで、
無脊椎動物としては発達した複雑な体のつくりを持つ 動物である。そこで、中学生を対象とした無脊椎動物
の解剖の実験としては、私たちヒトを含めた脊椎動物 の体のつくりと比較しながら、類似点や相違点などを 考察し、動物の体のつくりを一緒に考えてみる実験を 試みた。
尚、当日の実験のサポートを本学生物学教室の菊地 淳一先生にお願いし、共同で実験を行った。実験に際 しては、家庭で使える身近な消毒液や醤油などを利用 するよう計画し、解剖後には実験に使用したイカを調 理して生徒に振舞った。(担当:石田正樹、サポー ト:菊地淳一)
5.河川・湖沼・海洋での環境調査
昨年度のサマースクールでは、小学 3 年生から 6 年 生を対象に青蓮寺川(曽爾川)に行き、体で触れて、
見て感ずることを主題として、水生生物を用いた水質 調査を実施したが、今年度については、第1部として、
「川を汚す原因物質は何か?」を理解させるために、
食塩、グラニュー糖、カオリン、しょう油、ソースな どを水に溶かし、パックテストによりCOD(化学的 酸素要求量)の数値を求め、水質判定を行った。結果 として、無色透明でもCOD値が高く、また白濁や懸 濁した溶液でもCOD値が低いことが分かる。したが って、この方法は、見た目の水色だけでは判断できず、
水質を悪化させる原因物質についての本質を考えるた めに重要であると考えられる。次に第 2 部として、
「湖沼や海洋でどのように調査をしているか?」とい うテーマで、曽爾村海洋センターのプールを利用して、
多項目水質計、超音波ドップラー流速プロファイラー
(ADCP)、電磁流速計、水深計などを実際に児童に見 せ、触れさせることで、調査では最先端の技術が利用 されていることを理解させることを行った。今回のサ マースクールでは原理については、他に日常生活に利 用されているものなどと結びつけての説明に留まった が、これらの調査機器は初等・中等教育の現場では触 れる機会がないため、まず使用して、どのような数値 が得られるかを主題において実施した。
第 1 部、第 2 部ともに、水環境教育においては実 際に見て、体で感ずる「体験型」「体感型」の教育が 重要であることが分かる。
今後の課題としては、小学生あるいは中学生などに も最先端の機器の原理や法則を理解させ、数値の持つ 意味などを考えられる能力を身につけさせることが重 要であると考えられる。(担当:藤井智康)
6.表面張力が決める最適な形
自然界に存在する美しい形やパターンはなぜそのよ うに決められているのだろうか。その背後の原理を想
像することができれば、自然に対する見方が一新され るだろう。しかし、子供にも納得できる単純な原理に 基づいて構造が決定される例は多くない。
簡単な力学法則から多様な形状が生まれる好例はシ ャボン膜である。球体であるシャボン玉は言うに及ば ず、枠に張った膜は多様な曲面となり、複数の泡を接 触させると多面体となる。今回の講座では、これらの 多様な形を体験してもらうことを目的とした。
まず、水滴の形を保っている表面張力という作用が 存在することを界面活性剤により確かめた。次に、膜 を縮ませようとする張力のつり合いにより、膜の穴が 完全な円になることを示した。さらに、形と力学法則 が一体化している例としてラプラス圧を取り上げ、接 し合う泡の間の膜がどちら側に膨らむかは泡の大きさ
(曲率の大きさ)で決まることを示した。続いて双曲 面や多面体型を作る予定だったが、時間超過のため叶 わなかった。
振り返ってみると、残念ながら統一的なテーマが小 学生に伝わるような構成とは言えず、一過性の体験に 終わったと思われる。力→張力→圧力と段階的に高度 な概念が導入されるのだが、それぞれを深く理解でき るような配慮が欠けていた。児童が主体的に考えを進 められるように構成された教材開発が課題となった。
(担当:常田琢)
7.ロボットプログラミングにチャレンジ!
本講座では、中学生を対象にロボットを使ってプロ グラミングの楽しさを体感してもらいながら、プログ ラミングの基礎となる順次処理、繰り返し処理、分岐 処理の 3 つの処理を学ぶことを目的とした。場所は、
PC室を利用し、一人一台のPCを使った。ロボットは、
株式会社イーケイジャパンのKIROBO(キロボ)を用 い、これも一人一台用いた。講座の時間は80分で、プ ロジェクターにスライドを提示しながら、ワークシー ト、プログラミング資料を活用して行った。
講座内容は、最初にロボットプログラミングについ てごく簡単に解説し、プログラミングの仕方とロボッ トへのプログラム転送の仕方を実際に一緒に操作して もらいながら説明した。次に、順次処理、繰り返し処 理、分岐処理について、例題の提示と実行、課題の実 施という順序でそれぞれ行った。ロボットプログラミ ングはPCの画面上で命令アイコンを並べてつなげる だけで行えるタイプのものであったため、生徒全員が はじめての体験であったにも関わらず、個人差は有り ながらも短時間で操作を行うことができた。
ワークシートの実施状況をみると、概ね 3 つの処理 について体感できていることが分かった。また、アン ケート結果をみると、プログラミングの結果がロボッ トの動作として現れる点が好評であり、生徒の興味・
関心をひきつけることができたと思われる。(担当:
伊藤直治)
8.おわりに
あっと言う間の 4 日間であった。この間、校舎には 笑顔と歓声が溢れていた。本学の学生らも良く頑張っ た。本学学生等の活動記録は別途プロジェクト報告書 としてまとめられる予定である。
4年目の曽爾での活動であるが、いつも新鮮な清涼 感が残る。一方で、小学生、中学生に高度な専門用語 を使わずに、生徒の目線で説明することの難しさを再 認識した。
曽爾村は、いよいよ過疎化が進んで来た。曽爾小・
中学校を合わせても、生徒の数が大学からの参加者よ り少なくなる日が間近に迫っている。一方で、学校は、
地域の集会や生涯学習の重要な拠点である。今後、生 徒・保護者だけではなく、地域の住民との交流を推し 進め、広い意味での公教育支援を推進する必要がある であろう。
現在、曽爾中学校からは転出されましたが、先導理 数開始当初から、絶大なご支援・ご指導を頂いた前曽 爾中学校長廣瀬裕司先生に心から感謝致します。
参考文献
1)松山豊樹、新世紀の理数科教育システムの開発、
奈良教育大学教育実践総合センター研究紀要、
No.17、P.137-143、2008
2)「理数教育プロジェクト報告書」、奈良教育大学理 数教育研究プロジェクトチーム、2008