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基本的人権の基礎づけとしての自然法論

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基本的人権の基礎づけとしての自然法論

著者 高山 義影

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 15

号 1

ページ 47‑68

発行年 1967‑02‑28

その他のタイトル THEORIES DU DROIT NATUREL SE BASER SUR DES DROITS FONDAMENTAUX DE L'HOMME

URL http://hdl.handle.net/10105/3342

(2)

基本的人権の基礎づけとしての自然法論

高   山   義   影 (法律学教室)

はじめに・近代における立憲国家での憲法の基本原理の一つに、いわゆる基本的人権尊重主義 がある。そしてこの原則は、富の自由を基本とする資本主義国家であろうと、平等を指導理念と する社会主義国家であるとを問わず、その目標とする究極の政治理念は正義(Justice)の実蔓削こ 向うことにおいて、すなわち、個人の自然法上の権利保障と公共の福祉の維持の実環を期する点 で、この両国家形態での政策執行において多少の重点施策の差異はあるにしても、自然法上これ ら自由と平等を同格のものとして包含するのである。従って、この原則の基礎づけとなった自然 法を研究の対象として本稿で論題とするのである。

1.古代・中世における自然法論

この時代には、実定法が立法者によらて人為的に制定されるのに対して自然法は人間の理性に よって認識される神の意志を表現する法であるとされた。ちなみにギリシャの悲劇作家ソフォク レス(Sophocles, 493‑406)のアンティゴーネのなかに、すでにその濫鯨があらわれているO そこ では処刑された兄の死体を埋めたことに対し国王クレオ‑ンに答められるや,アンティゴ‑ネは

オ フ レ      オキテ

国王に向って平然と「私は陛下の御布令が神々の不文の律を破ることができるはど力強いものと は思いませんでした。兄を葬るよりも立派な名誉がどこからえられましようや」と言い放った。

このことからも現実に実効性をもつ実定法だけで昼人間生活のすべてを規律することは不可能で あり、実定法と並んで、または実定法の根底に正義の価値をそなえた法が存在するということが 考えられる。かかる正義に立脚した法は自然(事物・人間の本性)に基づいた常に正しい法であ るからそれが自然法(Jus Naturale)と称された.ところが国王クレオ‑ンは正義・自然・人間 の本性を無視して道義に反する悪政を人民に対して強行したのであるOすなわち王は自己の悪意 に基づく法を以て国家の法として権力的に強制した、これに対してアイティゴーネは「私を私の ものから引離す権利は王にはないO王の淀よりも、なくなった人に尽さねばならない人間の律の はうが長い」といっ、て反抗した。ここには人間の魂の奥底にいかなる権力も破ることができない

プ コニ

恒久不壊の心性(Gemiit)があるoそして正義はいかなる権力よりも高い究極の法の理念であ り、神から発し、入間の理性によって認識され魂の奥底に存するものであって、すべての実定法 のイデアでなければならない(1)ことがわかる。

プラトン(Platon; Ariskles, B.C. 427‑374)は国家論においてソフィストが論じた法律観や正

義観を矯正している。ソフィストは法は強者(支配者)の弱着(被支配者)に対する命令であ

る、そして法の測源は強者の悪意であり、強者の慈意は強者の利益をはかることを目的とするに

ある、それ故に法の正義は強者の利益に適合することにあると論じた。この法律論は当時の事実

に合致した論かもしれないが、かかる法はSeinとしての法であって、 Sollenとしての法ではな

いのであろう。プラトンはこのような権力的怒意に基づく Seinたる法に対してSol】enとして

(3)

の法を唱え、法の本質は個人の窓意ではなく、正義の徳にあるとして正義は完全なる徳であっ て、個人生活の規範であるのみでなく国家生活の規範でなければならない、この正義は個人生活 においては知慧(理性)勇気(気概・意気.意志)節制(感情・欲情)の諸徳が調和するときに 発現する精神状態であり、また国家生活においては哲人(知慧)武人(勇気)庶民(節制)がよ く調和したときに発現する国家状態であると主張するO そしてこのようなEg家において定立せる 法が正しい法であって、それ以外の国家の法は正しくない法であるとして排斥した。これを要す

るにプラトンにおいても法は正義に基づくものであって、権力や忽意に依拠するものであっては ならないという点で、窓意的・権力的な現実の実定法に対する理想的な正義法としての自然法

(実定法の原型・イデアとしての法)が論ぜられた(2)のである。

アリストテレス(Aristote'es, B.C. 384‑322)はプラトンの正義論(Dikaologie)によりなお一層 具体的・客観的にそれを論述している。すなわち、彼はその著ニコマケア倫理学(Nicomachean Ethics)および政治学(Politics)において正義を論じて、その正義をば三種に分け、 (‑)均分的 正義(Justitia commutativa)は社会における個人相互間の給付の均衡を得せしめる正義である。

(二)一般的正義(Justitia generalis)は団体の一員として団体に属するところのものを団体に与 える義務を個人に負わしめる正義である。 (≡)配分的正義(Justitia distributiva)は団体が公の 飴誉および公の財物その他の利益を個人の能力および功績に応じて配分する正義であるとする。

これらの正義の理念は法を通じて国家生活のうちに実現されるのであり、その法とは自然法 (Physikon dikaion)と制定法(Nomckon dikaion)である。この自然法は自然法則のような不 可変的な必然性ではないが、普遍的な力をもって人間の心性に迫り来りて、それに従わざるをえ ないように導く内的強制的な法である。ここに自然必然性と自然普遍性の差異がある。その自然 普遍性(自然的正義)は可変性を率んでいるのであって、かかる可変性は人間の理性の不完全性

に由来するのであり、実定法の多様性とは異るものである。なぜなら、実定法の多様性は国家の 慣習や民族性に従って生ずるものであるのに反し、自然法は、その測源および効力の点よりみて

、普遍的な人間の本性に根ざす正義に基くものであるから人間の存在するすべての領域において 人間を正しく善に導き不正や悪を避けしめる普遍的な力を有するのである。これに対して制定法 は君主または法制定者の意思に測源するものであるから必然的な正義に適合することを保証しえ ないし、その効力は当該国家内の国民に限定される。このように自然法は、普遍的な人間性に基 づくものであり、直接自明的であり、それはまた人間の論理的思考とも合致し、いかに否定せん

としても否定しえない規範である。かくて普遍的に正しい自然法は不完全な人間の法たる実定法 を常に見守り、正義からの逸脱を防止しなければならない。この実定法の不完全性(人間の慈恵 により歪曲されたもの)を補充する役目を果すのが自然法の衡平性(Epikie)である。それゆえ にこの意味における自然法を特に衡平法(公平法)という。 「法律が一般的に規定し、具体的な 場合に法律の一般的規定の中に包括せられない事件が発生する場合においては法の精神に合致す

るようその欠けたるところを補正するを正当とする」 (3)といわれている。

法をば強者の利益と説くツラシマクス(Thrasymachus)のようなソフィストの他にカリクレ スのように法を弱者の利益とすべきことを説いた者もある、これを社会学的自然法と称しうる.

またヒッピアス(Hippias)は時間空間的に相対的に不断に変化し、その内容が正義に合致しない 実定法に対立して、その実質において客観的なる正義に適合した正義(dikaion)と法(Nomikon)

との融合した不文法(agraphoi nomoi)を認め、その柳瀬を神に求めて、この法は到るところ同

一内容を有する(4)と論じている.

(4)

アリストテレス以後に自然法に寄与したものはツユノオン(ZenonvonKition, B.C. 340‑‑265) によって創説されたストア学派であった。このストア学派の生活規範は自然に従って生活するこ とにあるという。すなわち自然の生活規範とは宇宙の法則たる自然の理法に通うことであり、し かしてこの自然の理法を認識するのは人間の魂のうちに存する理性であり、人間の理性のうちに 啓示され実践されると論ずる。それゆえに実践理性たる良心の命令が自然法の規範であり、この 良心の声に従って宇宙の理法に合致した生活をすることを徳とし、有徳生活は自然法に従って生 活することとなる。従ってストア学派は、プラトン、アリストテレスのような国家本位の生活態 度に対抗して、人間形成の社会は国家に限定さるべきではなくて、全人類を含む共同団体にまで 拡大せねばならないと考え、そして、国家主義より世界主義への開眼は国家相互の対立斗争や人 間の自由を無視する奴隷制度を理性の要請に反するものとしてこれを斥け、仕界万民に妥当する 普遍法の存在の認識を強調した。ここにいわゆる仕界主義(Cosmopolitism)の思想が人類の平 等思想と中世的自然法の萌芽をなすに至った(5)といわれている。

ギリシャにおいてはキニク学派のように認識論での主観主義と倫理学での個人本位主義の恩想 が国家主義に向わず世界主義に向う傾向を有した。しかしギリシャの主観主義は虚無主義的傾向 をおびたのである。反対にローマの個人主義の深い内的省察は自己のうちに存する万人に普遍な るもの、すなわちロゴスを発見し、これによって客観的な契機が発見されるのである。このロゴ スでの客観的ロゴス的契機から自然法が成生するのであるから、かのストア学派の思想での主観 主義は利己主義ではなくて人道主義(Humanism)であり、博愛主義(Fraternity)であるD ゆ えに個人の自覚は個人の権利意識の覚醒を剣戟すると共に、平等なる人間性の恩考に連なるので ある。ここにストア哲学における個人性と世界性との両契機があり、これがローマ法の観念に導 入された。一般にギリシャ的・ポリス的・同質的なる社会では、その統制契機は抽象的・倫理的 な規範でもって充足することが可能であるが、異質族の混入によって同質性が破られ異質社会に 転化するとそのポリス的求心性が失われる。そこで他律的な強制力と同時に個人の自由なる存在 領域が自覚されるに至る。かようにギリシャではポリスは理性の表現であり、自然的秩序の一部 としてそれに連なるごとく考えられていた。それはいわば国家存在の正当理由を疑うことなく、

国家存在は自然法によるものであり、人間生活の前提となっていた。ゆえに国家認証(Rechtfe‑

rtigung des Staates)の問題が提起されなかった。一方ローマにおいては、 civitasの他にcivitas によって統制されない個人の統合領域たるsocietasが考えられた civitasが有する強大なる法 的規制力はいかなる測源からいかなる目的のために存するかというその存在理由を認証する論理 的解明を必要とするに至った。そこでは国家の支配力はcivitas 自体から正当性の根拠を求める

ことができるのではなく、またその権力の具体的掌握者たる執政官、皇帝、元老院、民会等の愁 意に基づくものでもなく、人民全体の意思に由来するのであり、ゆえに執政官(皇帝)によって行 使される強大なる支配権力は個人的な権力でなく人民の総意に基づき委託されたものであって、

それは公共的なもの(res publica)であるし、それは人民の公共の福祉を保障する目的だけにそ

の権力の妥当性が認証される。キケロ(Marcus Tullius Cicero, B.C. 106‑43)が国家をば

res publicaとして表現したのは国家目的が公共の福祉であり、国家の支配権が国民全体の意思に

由来することを表明した(6)のである。しかし、古代ロ‑マでのローマ法はローマ市民のみがその

適用をうける市民法(jus civile)であって、この適用をうけるのは征服者の立場にある本来のロ

ーマ人に限られていた。そしてロ‑マ領土の拡大と共にその住民が増加しても、これらの住民に

は市民法は通用なくその範囲外におかれた。従ってロ‑マ市民と住民(非市民)との関係を規制

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する法はなく当事者間の信義(Fides)によるのみであった。この信義こそ人生における最も神 聖なるもの、人生の幸福の最も確かな担保としてローマ人によって尊重された。かかる信義の思 想を基礎とする取引が発達し、取引の慣習が形成された、そしてこの慣習法は祖先伝来の慣習で はなく、諸民族間の取引の安全を保証するためのものであったo ゆえにこの法は諸民族(gentes) の共通法として万民法(jus gentium)と呼ばれた。その万民法の発達が人類全体に関する普遍 的な法の概念を明らかにする努力をうながすに至った(7)のである。

ロ‑マ人はギリシャの自然法の理論をばローマの現実に通用した、そして万民法を全人類に共 通する法として自然法的性質を有するものと考えた。すなわち、市民法は特定国家の特有の法で あるのに反して万民法はすべての人類に普遍の法であり、自然の理(Naturalis ratio)が全人類 の問に制定した法であるから市民法に対して自然法(jusnaturale)と称した。ちなみに所有権取 得行為たる担取行為(Muncipatio)は市民法によるのであり、取引関係での引渡による所有権取 得は万民法なる自然法によっていた。この万民法と自然法は次第に同一視されるに至った。

ローマの自然法論の代表者はキケロであり、自然法と人為法(Positive law)との関係が彼に よって明確にされた。彼はこの世界は唯一の精神によって導かれ統治されている;それゆえに唯 一の意思の法が全世界を支配する;人類の共同生活は人間の不同な個別意思の偶然的な所産では なくて、それは本質において人間を創造し、人間に理性を賦与した神的意思に基づくものであ り、この神的意思が共同生活を支配し、神と人類間の精神的交流を創定するものであると説く。

思うに彼はjus gentiumをば普遍的に承認せられた自然的規範と解し、当時のローマ人が考え たように神の意思に根ざし普遍妥当性がある実定法の基礎たる法を自然法となした、そしてこの 法が人類社会(societas hominum)の法たるjus naturaleたる自然法でjus gentiumなる万民 法であると同時に実定法の理想として、その基礎をなすものと論じたC

ところでキリスト教の出現によって、教父達はキリスト教的自然法を説いたO 要するに、自然 法は国家法の支配を受ける人類の心に刻印された神の法であって、自然的道徳律であり、これに よって人類が神の永遠なる世界計画に参与することをうるものであり、この自然的道徳律を使徒 達が考えたように自明の原理(self‑evident)であるという。聖トマス・アクイナス(St. Thomas Aquinas, 1227‑1274)は法は社会多数の理性によって創造され、単なる個人的福祉のため(ad privatum bonum)ではなく、共同の福祉のため(ad bonum commune)に制定さるべきである と説く。その論拠には法を永久法(lex aeterna)と自然法(lex naturalis)と人定法(lex humana) とにわけ、永久法はすべての法の測源であって、全宇宙内の行動・運動を支配する神的叡知の理 性的計画とする。この神的叡知を時間的制限に服さない永久法と称し、そして自然法は自然的道 徳律であり被造物中理性を賦与された人間の永久法への参与(participatis legis aeternae in rati‑

onali creatura diatur lex naturalis)をなすことで認識され、人間が善悪正邪を識別するための理 性の光(lumen rationis)であって、神の光の人間への刻印だとする。また人間の行為に内在す

る目的観念には本能的な自己保存種族保存から善ならんとする志向すなわち精神的な社会生活・

精神生活の要求等があって、これらへの按が自然法であり、その形式化,明確化の規範を人定法

とする、それは、人間の理性によって企図した特種的確定(determinationis),たとえば各人のも

のを各人に(suum cuique tribuere)他人を害するなかれ、契約は守れなどの諸原則は人間の理性

によって生れる、これが実定法の原則となるのである。かくて人定法は自然法の支配の下に個々

の事件の解決のために定立された法であって、その効力の及ぶ範囲により万民法(Jus gentium)

と市民法(Jus civile)とに分類される(8)

(6)

トマス・アクイナスの自然法思想はキリスト教自然法の祖述者なる聖アウグスチィヌス(St.

Augustinus, 354‑430)の自然法思想によるものであるO アウグスチィヌスは法をば永遠法と一 時法とに分け、前者を神の法とし、後者を人の法とした。また自然法は人間の理性に反映した神 の意思を示すのである、人の法が時間的・空間的に一時的・局部的なるに対して自然法は神の意 思の反映として時空を超越した永久普遍の法であり、地上の国が制定する人の法は神の法たる自 然法に準拠せねばならないと論じ、そして個人主義の立場で法は他人生活の侵害に対する回復の ためにだけ適用せられ、各人の個人的事項に関しては通用すべきでないとする。それゆえに裁判 官は他人の所有物、家、その生活に対し、当人の意思に反して、それを侵害した者以外の人を拘 引すべきでないし、かつ各人の権利主張が他人の権利侵害をなさない範囲内で国家は各人の生活 の自由を保障すべきものであると論じ、国家権力の制限と人民個人の権利および自由の保障を強 調している。この他人の権利自由を侵害せぬ限り国家権力の干渉を受けないことが自然法の権利 であると考えたのは、自然法と個人主義、自由主義の関係を示すのであって近世自然法の基礎と なった(9)といえる。

(1) Sophocles, Antigone Act.l.;尾高朝雄,法学概論p.64‑65.

(2) Uberweg‑Heinze, Grundriss Geschichte der Philosophic 1909, Bd.I.S. 130.;プラトン,国家論 5巻,法律論6巻参照;田中耕太郎,法律学概論p.505以下.;尾高朝雄,改訂法哲学概論p.40‑42.;

鵜沢総明,法律哲学p.188以下.

(3) Jowet, Constitutional Government p.109.;アリストテレス,攻治学3巻, 4巻,;ニコスケア倫理学 5巻14章.;尾高朝雄,法哲学概論p42‑46.

(4) Hinldnbrand, Geschichte und System der耳echts‑und Staatsphilosophie, 1860, Bd, 1, S.68ff.

田中耕太郎,法律哲学論集2巻p.89.

(5) E.V. Arnold, Roman Stoicism, Cambridge,1911, p.lO ff.;今中次磨,政治思想史上巻、 p.137以 下,;尾高朝雄,法哲学概論p48以下.;同法哲学p.54以下参照・

(6) Cicero, Res publisa, l.p.36.;原田鋼,近代政治思想史p.16以下.

(7)船田享二,法思想の潮流‑ローマの法学とギリシャの自然法論p.54以下,;原田慶吉,ロ‑マ法の原 理p.30以下.

(8) Pollock Essys in the law (History of the Law of Nature.) p.35.;田中耕太郎,法律哲学論集2 巻p.109.

(9) Schilling, Das Volkerrecht nach Thomas von Aquinas, S.I811.; Cathrein, Recht, Naturrecht

und positives Recht, S.203ff.原田鋼,西洋政治史概説1巻, p.145以下.;田中耕太郎,前掲p.115 以下参腰,; Schilling, Die Rechtsphlosophie bei den Kirchenv云tern, S.lff: Die Staats‑und Soc‑

iallehre des Augustimus, 1910,S. 154ff.

2.近世におけるイギリスの自然法論

イギリスでの本論題に関係する中核問題は法の測源が何処にあるか?すなわち国民を支配する

正当な樫原はいずこから由来するかの問題提起によって展開された。この正当なる植原は神と自

然とに求められたとはいえ、君主と国民との関係において神から付与された法がいかにして行わ

れるかについては、神が君主に従うことを国民に命ずるとか、あるいは国民の同意ある場合にの

み君主が国民を支配するを許すにあると説くO また国王の大権(Prerogative)と法の問題をめぐ

っていずれが優位するかが争われた。この論争での国王の大権の擁護者は大法官(Lord High

Chance】Jor)なるベイコン(Francis Bacon, 1561‑1626)であり、法の擁護者は裁判官コーク

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(Edward Coke, 1551‑1634)であった。すでにヘンリー3世(Henry m, 1216‑1272)の治世 に裁判官であったブラックトン(Henry de Bracton‑1268)は国王は人の下に立つことなしとい えども、神と法の下に立たざるべからず、けだし国王はこれ法によって国王たればなり(1)、と喝 破したのが、英米法の原理たるいわゆる法の優位(Supremacy of law)法による支配(Rule of law)の恩想の基礎となっているO彼は国王は国家を統治するに当り仁政を施すような遺徳的

義務を負うに止まらず、なお国王個人の偶然に保有する意思に従ってそれをなすを許さず、法に 従って行うべき義務がある、その法に従って支配を行う限りで人民に服従を要求する権利を有す るとする。この権利は国民の公共の福祉を保護すべき義務を負うという法の制約を受ける。それ はゲルマンの伝統を汲んだ治者と被治者間にある相互的権利義務関係の思想であり法の支配の原 理をなすのである。ここでブラックトンがいう法とは国法を超えた基本法と考えられる、すなわ ち神が万物を創造したとき被造物のすべてに対して支配さるべき法を与えて、造物主なる神の正 義とするところは被造物たる人類を永遠に鴎束すべきで、この神の正義の法は国王の意思も国民 の意思も同一に拘束する。それは永久不変の法(eternal law)であり自然法であるO要するに common lawもこの神法の宣言であり、法曹が発見し、形成した法であるO コ‑クは1812年11月 10日ジェ‑ムズ1位の面前で「いかなる裁判たりとも国王が自らこれに当ることはイギリス法の 認めざるところである。国王は神と法の下に立たざるべからず、なぜなら国王はこれ法によって 王たればなり.」(2)と言い放った。この法による支配の思想と法優位の原理は自然法、条理(不可 譲の権利・基本的人権の尊重)の名において英米法の基礎理念となっている。

コークは法曹の経験的保存物としてイギリス法に多大の影響を与えたのであるが、ホップス (Thomas Hobbes, 1588‑1679)はコークに対して「イギリスでの普遍法学者と哲学者との対 話」で、 「コークは、理性が法の魂であるという。その理性は各人の自然的理性(natural reas‑

on)ではなく人為的理性(an artificial perfection of reason)だとコークはいう。かかる法的理 悼(legal reason)を普遍的理性(summaratio)であるとするが、法の生命たる理性が人為的な ものであるはずがない。その法についての知識は研鎖の結果得られるとしても、それは自然的理 性によって獲得されるのであり、法を定立するものは知識(wisdom)ではなく権威(authority) である。一体、人定法(humanlaw)の目的は何であるか?法律家は平和であるという。国家内 ではすべての国民間における正義(Justice)であり、対外的には防衛(defence)である。この 正義こそ普遍法(common law)の原理であって、すべての人に彼のものを与えることである。

この人定法がなければすべてのものはすべての人のものである。かかる自然社会(community) は人間相互の侵害闘争の因である。かくて理性の法が人類.に彼ら自身の保全のために土地と物の 分配を命じ、各人は自己にふさわしいものをもつに至り、他の人はこれを侵すことができない。

かような配分が正義である。かくして人定法は現世における人間の安全と幸福のために必要な手 段となる‑・。神は国王を人民のためにつくるが、その国王のために人民をつくるのでほない。そ の国王は人民の安全のために全能の神に応えねばならない。この人民の安全目的のため軍隊の徴 集が国王に信託されている。イギリス国王は彼の良心において人民保護のため必要な兵と税とを 徴収することが許されたe ‑傭rl定法は権威によって定立される。その原理は人民の安全配慮をな すにある。コークはブラックトンの法の定義、 『接とは正しい制定法(adjust statute)で正しく

(honest)あることを命じ、正しからざる(dishonest)を禁ずるものである(Lex est sanctio

justa, jubens honesta et prohibens contraria)』を引用する。しかし一国の主権力によって制定

された法はinequityであってもinjusticeではありえないinjusticeとinequityとの区別は前

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者が制定性の違反であるが、後者は衡平の違反である‑。法律家は正義とはすべての者に彼のも のを与えようとなす不断の意思(constant wi一l)であるとなす。法に反しないことをjustとす るならば、法のないときにはunjustはないのである」 (3)と論じている。

またホップスの論は、法に服従するのは人々が互に約束した事実から生ずる義務ではなく、人 間はすべて他人を害する力を持っことで平等だとの由から、これに備える人々の思意(Prudent)

と自己安全(Selトpreservation)との要求に基くものとなるO それは生命の保全に対する欲求こ そ服従の根本動機とされ、服従は保護を受けるを目的としてなされる。この服従義務は人民の社 会契約の結果であり、支配者が人民を保護しうるカを持つ限り継続する、しかし人々が自己保全 のための生来の権利はいかなる契約をもってしても消滅しないという。さらに服従の目的は生命 の保護にある、それゆえに支配者が保護を与えない限り人民はその命令に服従の義務を免がれる (4)こととなる。

そしてホップスは、自然権は個人に内在する、換言すれば個人の本性を確保するために各人が その意思に従って国有の力を行使する自由を意味するとなす。すなわち各人がその理性的判断に 従って最適と考える手段をもって一定の行為をなしうる自由があり、その自由は法という外的制 約や障害の欠如によって成立する、かかる自然権は可能なあらゆる行為をなしうる個人の能力で ある;自然権(jus naturale)は自然能力(potentia naturalis)である;この自然状態において個 人の自然的な能力が自由無碍に実現されるし、主観的な能力的権利は他の能力的権利と対立し て、個人の自然権的な無秩序性に対して、理性的・社会的当為としての規範なる法が対置せしめ

られる;その自然状態での個人の併立的・平等的多様性のうちに、それらを越えた超個人的な普 遍的原理がある、これが自然法であり、それは人間生存を破壊する行為をば禁止する普遍的規範 である;この自然法は人間的生存を保障するため自然状態での恵を除去するために与える理性の 指示であり、その指示は無秩序な個人の自己実現の結果あらわれてくる一般的闘争の克服であ る、自然権は能力の使用の自由であるも、自然法は自然的諸力の活動に対する拘束と征服であ り、闘争状態を止揚して平和に導く要請をなす;ここに自然権の反社会性と自然法の社会的平和 性が対立すると考えるO そしてホップスのいう自然法は三つの基本的要請をもっている(1)人 は平和を追求し、これを確保しなければならない(2)人は相互に自然権を放棄せねばならな い。 (3)一度締結された契紬ますべて遵守されねばならない。この契約を強行するための第三者 が主権者である、個人は社会契約締結の際に自然権を主権者に委譲する。また各人は自己が生活 する社会秩序を承認することによって暗黙のうちに社会秩序を認めたことになる。さらに正とは 契約を遵守することで邪とは契約を破ることである(5)と要約されよう。

これに対しロック(John Locke, 1632‑1704)の自然状態はホップスのどとき自然権の自由放 任状態でなく遺徳的義務がすでに存在する社会状態である。この点ではロックの自然状態はすこ ぶるpoliticalである。しかし不完全なpoliticalの状態である、従ってpre‑politicalといえる。

ロックは市民社会について「'^は自ら同意するのでなければ、自己の自然的自由を自ら放棄し市 民社会の拘束を受けることはないO これは多数人との合意によって快適、安全かつ平和な相互生 活を目的とする共同体に加入して自己の財産を安んじて享有し、外部に対しては一層の安全保障 を期するためである。かくて人々が共同体をつくることに同意した場合、彼らはそれにょって直 ちに合同して一個の政治体を形成する。そこでは多数者が少数者に命令し拘束する権利をもつに 至る」 (6)と論じているO

ロックによれば、およそ団体は、構成員の同意によって形成され行動する。その団体の意思は

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多数によって決められる。この多数者の命令は自然法と理性の法とに基いた総体的権力である。

すなわち多数の神権(the divine right of majority)である。また社会に移行する目的は財産を 平和かつ安全に享有することにある。この目的のための重要手段が法である。かくて立法権は国 家の最高権力であり、共同体がそれを委託した人々の掌中に神聖不可侵のものとして存立する。

そして多数によって決定される立法部は公共の福祉をもってその権力の最大限となす。従って統 治は一般に確立され公布された法律によって行わるべきであるO この立法権は他のいかなる者に

も譲渡しえないもので、人民のみが国家意思を決定しうるのである。従ってその立法権は一定目 的のために行使すべき信託的権力(a fiduciary power)であるから、この立法権を人民の委ねた 信託に反して行使すればこれを免除変更しうる最高権力は依然として人民に残されているOすな わちある日的達成のために信託された権力はすべてその目的によって制約されていて、この目的 が閑却されたり裏切られた場合には当該信託は当然に取消されねばならない。かように立法部の 最高権力は人民の信託を基盤とするものである。このゆえに共同体は自己を安秦ならしめるため 常に最高権力を永久に保持している。かくて国王神権説の王権は神法と自然法の制約を受けたの に類似して、立法部の最高権力も人民がもつ最高権力の信託という制約を免れない(7)のであるo

ロックがいう契約は統治契約ではなくして信託契約であるO この契約は独立の二当事者間の合 意であって、当事者各自はそれぞれ権利を有し、利益を受ける代償として各自の権利の一部を放 棄する。特に信託関係での信託者(trustor)は共同体であり、受託者は政府(立法部・執行部) であって、受益者は共同体である。この信託者と受託者問には契約関係が成立するが、受託者と 受益者問は契約関係に立つものではない、ここでは受託者たる政府が片務的義務を負うのであ

る。それは受託者の信託的権力の信託違反・権力濫用に対する責任である。ゆえに受託者たる政 府は受益者たる国民の利益のためにのみ存在することになる。かくてロックにあっては立法権は 立法者(個人・合議体)に委ねられた社会の全構成員のjoint powerである、そして共同体の法 が規定しているところと異った方法で支配権を行使すれば、たとえ国家の形態は現状で保全され てもかかる者は服従を求める権利がない。なぜならかかる者は法が任令した者でもなく、人民が 同意を与えた者でもない、支配者とは法をもって自己権力の制約とし、公共の福祉をその施政目 的とせねばならないからである。ここにロックの法主梶、法の支配の精神が明示されている。す なわち国王のいかなる権力行使にも法の制約があり、かつ法は自由にして理性を有する人間を制 約するというよりも、むしろ法の下に立つ人々の共通の福祉のために存続するものであって、法 の目的は自由の破棄や抑制ではなく自由の保全と拡大とにある。そして法は自由を保障するが、

それは各人の無限欲求の自由ではない(8)のである。従ってそこには基本的人権の制約が公共の福 祉のために是認されている。

かようにロックは共同体の意思に窮極の梅原を認めたO しかし人民主権の思想は明示されてい ないし、共同体の意思は信託違反のあった場合にだけ発動するのである。そして各個人によって 委譲した権力はすべて全体としての共同体に所属するのであるoまた社会の統合とは一つの意思 を所有するところに成立するものであることになろう。

(1)田中和夫,英米法の基礎p.130;伊藤正己,イギリス公法の原理p.12以下; Dicey, Law of the Cons‑

titution, 1952,pp.17‑18; 370‑ 372.

(2) Dicey, Law of the Constitution,1952, pp.202ff; Jennings, Law and Constitution,1943, pp.53ff.

守屋義輝,外国法Hp‑38以下;伊藤正己,法の支配p.135以下;同イギリス公法の原理p.100以下;田中和

夫,前掲書、 p.131,158‑159.

(10)

(3) Hobbes, Leviathan, Oxford Chap.30,pp.258‑9,穂蹟重遠,法理学大綱p36,三谷隆正,国家哲学 p.39.49‑51.54,井上茂,近世イギリス自然法思想p.59以下参照.

│4) Hobbes, Leviathan, Oxford Chap. 21p.170,穂績,前掲同頁参照,尾高朝雄,法哲学概論p.56‑60.

(5) R.C. Gettel, History of poltical Thought, London, 1951,pp.218ff.今中次磨,西洋攻治史二巻 p.320以下;原田剛,近代政治思想史上巻p.t以下;カ‑ル・フォレンダー著;佐々木弘雄訳、マキア

ベリーよりレーニンまで、 p.74以下参照.

(6) John Locke, Civil Government, n. Sect. 95,141; B. Schwartz, American Constitutional Law, 1955,pp.286ff.

!7) ibid, Sect,150; by Locke.

(8) Laski, Political Thought,p.50; J.W. Gough, John Locke's political Philosophy, 1950. p.115.

村瀬武比古,政治学綱要, p.295以下;法思想の潮流, p.180以下;井上前掲p.43.

3.近世におけるオランダ・ドイツの自然法論

およそ自然法は、宇宙万物の存在を規律する法則であるとか、また特に生物に共通に妥当する 法であるとも考えられた。しかし生物のなかで理性的存在者たる人間と他動物とを分離する標識 として理性を挙示して、この理性こそ神の意思に参与する天賦の能力であるし、神法を認識する 能力たる理性が指示する法,すなわち理性法が自然法であるとの考がある。いいかえれば理性法は 人間の理性の命令であって、永久的な法としてすべての法、すべての君主の上に位する。そして 近健の自然法思想家は、健界創造主であり、人間に理性を斌与した神が、法の測源であり法の正 当性の根拠であるとなし、意思に対する理性の優位が近世自然法を特色づけるとする。この合理 主義的自然法の祖述者がオランダの7‑ゴー・グロチウス(Hugo Grotius, 1583‑1645)といわ れる。彼によれば、人間理性の産物たる自然法は正義の理念の具体的標準である、その理性は自 らの正義行動の基本原則を発見する能力を有する;自然法は人間の動物的本性に基づいてではな く(Jus quod natura omnia animalia docuit)その人問的本性に基づくものである;この人問 的本性を共通の理性に基づく社交性(appetitus societatis)の中に発見する、かくて自然法とは 理性により社会のうちに見出される法則である;それは社会での人間の態度が理性的であり自然 法に合致するように、理性的社会の原則だから、他人の所有を侵害せぬこと、他人の物とその使 用により取得した利益の返還、他人に加えた損害の賠償、契約の履行、不法行為に対する処罰等 の原則である;自然法は人間性に基くものだから、人間性の基本的要求たる生命・自由・身体の 安全・無主物先占・契約の神聖は自然法の基本権である;また自然法に対する実定法は意思法

(Jus voluntarium)であり市民法と万民法があって、命令・禁止がなされて正・悪が分別され る;国家は共同利益(Communis utilitas)のための自由人の完全な結合であり、共同の力によ

りて各人に彼のものを(suumcuique)実現するのが国家目的である(1)と論ずるのであるO グロチウスのつぎに自然法を体系化したのがプウエンドルフ(Samuel Pufendorf, 1632‑1694) であるo彼によると、自然法の本質を把握する標識は人間の本性である.,その人問の本性は各人 は同じく自己自身を最も愛し、害を避けて利益を追求し、何よりも自己保存のために配慮する;

この自己保存の本性は幸福追及と必要財産の享有のため相互に平和な社会的結合‑導く、そして

相互の利益を共同のカによって確保しようと努める;それゆえに相互の社会生活に適合するのは

人間本性の必然性による根本的義務である;これは人間の自然の本性による要請であるから自然

法の命令であり、この妨害は自然法の禁止である;自然法の原則は「各人はその力に応じて他の

(11)

者に対してその平和的社会を保持せねばならない。それは人間の本性と本分に全体的に適合する ことである.」 (2)と論ずる。思うに、彼のいう自然法の源泉はホップスの人間性論と同様な理性の 命令であり、自然法の根本原則から個人の諸権利を導出し、 (A)自己保存の原則。 (B)相互関係 での行為原則とする;前者には正当防衛権があり、後者には損害賠償・契約遵守や所有権が含ま れる、また彼は法なるがためには単なる遺徳的拘束力(jus imperfectum)ではなく強制的命令 が必要であるし、かつその命令が法であるためには権力者から発せられたというだけでなく、正 当性の根拠に立たねばならぬとし、この正当性の根拠は外的強制力が同時に内的義務として感受 されるところにあるという;また彼は自然状態とはある程度社会的であるが、相互に不安と危険 から保障がないので、理性の媒介によって強力な公権力の保障により、その安全と平和を享有する ための結合関係に質的変化が生じたのが社会であって、この結合関係に質的変化を与えるものが 社会契約であって、第一に結合契約(Pactum primum)であり、これで統一的意思が形成さ れ、国家はこれを組織する各個人と異った一つの公人格となる(3),第二には機関設定契約(Pac卜 um alterum)であって、一定の者が公務執行機関となり他の者がそれに服従する契約であると 十<o>

要するに、グロチウスもプウエンドルフも自然法は理性の命令なりとしたが、後者は自然法が 実効性を実現するために権力を要求すると説いた。それは自然法の命令が内面的な良心に向うも のでなく人間の社会関係の外部の世界に向うものとし、自然法は理性の命令として客観的であ り、客観的規範の源泉と考える。そして前者のいう自然法は理性の命令として道徳的で、前国家 的・超国家的であったが、前者は自然状態から国家状態‑の転換と共にjus naturaeはIex turalisとなる。彼は、社会結合契約そのものが自然法(jus naturae)即理性の命令であり、社会 的に生活することが理性に通合するのであり、国家とは理性的な社会其同団体であり、従って自 然法規範は国家の制定法規内に含むべきである;自然法は時空を超越する永久法であって自然状 態におけると同様に国家状態にも妥当し、国家状態では自然法は国家権力によって裏付けられそ の実効性が保障される;その国家権力は自然法を人定法として宣言し、強制力をもってこれを保 障することになる;これがIex naturalisである、その1ex とは権力の宣言命令である、単なる 権力者の命令はIex naturalisでなく自然法(jus naturaeノ が権力によって宣言されるからIex naturalis となるのである;このIex naturalisは外的強制力の伴った自然法であって、規範を内 的なものと外的なものとに区別し、法(lex)をば外的強制規範とみる(4)基をプウエンドルフは 開いたのである。

ところでプウエンドルフについでドイツが生んだ自然法学者はトマジウス(Christian Thorn‑

asius, 1655‑1729)である。彼によれば、法の最高原理として掲げられるものは誠実(honestum)

と礼俄(decorum)と正義(justurn)であり、広義の自然法は誠実の原則に基づく遺徳、礼儀の

原則に基づく政治を包含するが、狭義における自然法は正義に基づくものである;また自然法は

すべての人間の本性に記されているから公示、宣言を必要としない勧告的性格をもち、実定法は

支配的・強制的な性格をもつ;前者は事物の本性と同様に不変であり、後者の規範(norm)で

ある;従って実定法は狭義の自然法を変更しえないが、功利的な立場において自然法に触れない

ことを命じうると考える。ちなみに彼は、人は自己自身に対して権利を有せず、また法的義務を

負わない;それゆえに自己自身に対して不法を犯すことができない;すべての法は対外的であ

り、法的義務は対外的で、道徳的義務は対内的である;後者は強制を排除するが、前者は常に外

的に強制される義務である。この法的義務なるものは強制的義務で完全義務(obligationes pert‑

(12)

ectae)であるが、遺徳的義務は強制不可能であるから不完全義務(obligationes inperfetae)で ある;従って法学は強制義務の学である(5)とする。

なお、ドイツ自然法の完成者ともいうべき哲人カント(Immanuel Kant, 1724‑1804年)を細 論すべきであるが、紙数の都合で他日を期さねばならなくなったのは筆者の愚であろう。

(1) H.Grotius, De jure belli ac pacis, prolegom, Sect.5,和田小次郎,法思想の潮流グロチウス, p・

82以下;尾高朝雄,法哲学概論 p.56‑58; Figgis, Studies of political Tought from Gerson to Grotius,1923, Chap.7;田畑茂二郎,近代国際法思想の成立p.146以下参照.

(2) Pufendorf, De jure Naturae et gentium, Lib.l Chop.3; Gettel, Hsitory of Political Thought, pp.232ff.

(3)自然状態とは結合はあったにしてもかかる公的人格性のない群集的結合であって、統一的結合ではな いのである。このことについては、注(2)前掲書を参照;なお矢野光囲,近世ドイツの自然法思想参照.

(4) Dunning, History of Political Theories from Luther to Montesquieu, pp.318.

(5) Bluntschuli, Geschichte der neuern Staatswissenschaft, S.37ff; vgl. C. Thomasius, Funda‑

menta juris naturae et gentium,1705.

4.近世におけるフランスの自然法論

18世紀におけるフランス啓蒙精神の所産としての自然法理論はモンテスキュ (Charles de Montesquieu, 1689‑1755)によって樹立されたO 彼は有名なその著「法の精神」 (De lesprit des lois)のなかで、諸々の法の空想の産物でなくして人間性と物理的自然の諸条件に深い基礎 を置いている;このことは自然法に限らず実定法にも妥当する;だからむしろ法の起源は契約や 人間協定よりも自然に存すると説いている。そして人間を集団生活に結合せしめる自然法則とし て、 (‑)平和の希求(二)食物の追求(三)性的索引(四)仲間との同居の願を掲げて、これらの性向 が必然的に団体生活に人間を導入するという。

つまり、人間も自然的存在であって、他のものと同様に不変の法によって支配されている、そし て、知的存在としては神定法に絶えず違反し、また自ら定めた法にも絶えず違背するO これらの 法は地上の人間を支配する限り人間の理性(la raison humaine)であり、各国の国民を支配す る場合には政治法および市民法(les lois politiques et civiles)であって人間理性の適用の特殊 形態である。後者の場合の国家形態がいかようであっても、これらを通じて国民に存する基本的

な権利は自由である。この国家での自由をば、政治的自由として法の社会で、その欲求を追及で き、欲求すべきでないことを為すべく強制されないことだと彼はいう。すなわち、それは法の許 すすべてのことをなしうる権利であり、この権利はその濫用のない場合に限り認められる;憲法 は何人も法の命じないことをなすべく強制することなく、また法の許すことをしないように強制 することもないような性質のものたらねばならない。この場合における法がすなわち自然法であ

るCl)と論ずる。

モンテスキューの思想を更に一層展開せしめフランス革命への道を開いたのがルソー(Jean Jacques Rousseau, 1712‑1778)である。彼はエミールにおいて、万物の創造主の手から出ると きはすべての者は善であるが、人の手に移されるとすべてのものは悪くなる(2)と述べ、また「人 間は生れたときは自由である。しかし彼は到るところにおいて鉄鎖につながれている(3)」とその 民約論の冒頭で論ずる。およそルソーによれば、自然状態は社会契約前の人間の状態であって、

それは仮設である;この自然状態から社会状態‑の移行は自然状態で維持しえないところの(1)

(13)

各人の人格および財産の防衛(2)各人の自主・自由・独立の保障をうるためである;かくて社全 契約は人間の自由を発揮しその幸福を維持するにある、人類は社会契約を締結すると同時に自然 的自由(liberte naturelle)を失い、その代りに契約的自由(libertd conventionelle)を獲得す る;この契約的自由の内容は各人の本能に基づく放窓でなくして、倫理と公正に基づく自由を意 味するゆえに、いわば国家的見地からみて国民的自由(liberte civile)といわれる。なおこの他 に彼がいう遺徳的自由(liberte morale)がある、これは精神的・自然法的自由であって人が本 能にうち克って自己の主人となることである。もっとも契約的自由は法的自由であり、この自由 を獲得するための社会契約においては、社会の各人は相互に自己の生命・身体・自由・財産その 他すべてのカを共同意思(volontさgdn占rale)の下に委譲し、その代償として各人が全体との不

可分の部分として各々の分前を受取ると解せられる。従ってこの契約締結の瞬間から個人は主体 性を放棄し、その生命・意思すべてを共同体に合体せしめ、個人は共同体の一部として共同体に 埋没して、社会の‑単位となりその独立性を失うに至る。かくて自然的本能は正義に、そして衝 動は義務に置換えられるのである。ちなみにロック(前掲イギリスの項参照)による契約は本質 において個人的自由の手段であったし、かつ個人の目的が共同体へ帰属せしめる権力を極少限化 するにあったO ゆえにその権力は信託的なものであったO しかしルソ‑の論ずる契約は個人の全 体的委譲であり、個性の放棄であり、かつ団体人格・共同体の確立である。ロックの契約はその 本質において個人的自由の保障の一手段であるが、ルソーの契約は個人のいかなる権力も自己に 留保せず全部委譲であるから主権意思は絶体的であって、これに対しては立憲的制限をも加ええ ないのであるO かようにルソーの論は一般意思が最高のものであって、人間には本来いかなる権 力によっても制約できない基本的人権があって、これは憲法や法律以前のものだとする論を排除 することになるG しかるに他方においてルソ‑は自然権につき、 「われらは国家人格の外に国家 を構成する個人もまた一個の人格であって、その生命と自由は本来国家から独立なものであるこ

とを考えねばならない。従って、各人はその主権者および市民として互に享有する権利並びに彼 等が市民たる資格で履行せねばならない義務と、人たる性質上享有するを要する天斌の権利とを 区別せねばならない」(4)と論じているOかくてルソ‑は市民としての権利と、人としての権利と を区別する。これすなわち、フランスの人権宣言にr人および市民の権利宣言」(Declaration des droits de I'homme et du citoyen)とあるゆえんである。

ところでルソ‑の杜全契約によって結合された個人の総体は人民を意味し、観念的には統一体

としての国家である。この国家は公共人格(personne publique)団体人格(etre collectiff)遺

徳的人格(personne morale)とよばれるO また国家(宜tat)は共和国(republique)であり,

政治団体(corps politique)で、その構成員は人民(peuple)であって、主権に参加するものは

公民(citoyens)であり、国家の法に服する者は被治者(suject)であるQ そして国家の統治権を

行使する者は主権(souverain)の執行権の受託者である。その統治者は法律の執行と政治的自

由の保護をその任務とせるものであって、自己自身による何らの権力をも有さない。それは主権

者たる人民の使用人であって、主権者は必要に応じてその権限を制限し、変更しかつ回収するこ

とをうる(5)この主権者にとって最も重要な権利は立法権についてである。なぜなら社会契約は

国家の発生の基礎的条件であるが、この国家を維持するには法律の力が必要であるし、人間関係

には正義の実行のためには強制と制裁が必要であるからである。そこで法律は、一般意思と人民

間の命令服従関係を規律するものであって、国民全体の意思の表現であり、その対象は国民全体

の行為である。そして法律は個人の利益権利を無視するものではないが、平等の見地からこれを

(14)

認識して単にある特定の個人特権を認めない。さもなければ、法律の権威正義は個人的利害のた めに操潤され国家の存立は不可能となるからである。

思うに、人類は一人ずつ個個別別にすれば一であるにすぎない。この一人一人が離れて存在し その間になんらの連鎖もないならば社会は‑以上のものではありえないのである。かかる社会の 一人‑人が結合することによって‑以上の力となり、その結合者の数が増し、結合力が‑つにな れば最も力弓釦ヽものとなってくる。かくてルソーは、 「かくのどとき力の和は多数人の結合によ ってのみできうるが、しかしその各人の自由と力とは実に彼がその身を維持するに欠ぐべからざ る道具であるゆえに、彼はいかにしてその身を害せず、またその第‑の本務である自身に対する 顧慮を犠牲とせずして、その力と自由とを提供しうるか。この間題にあてはまる社会の形式を見 出さねばならない。その形式は各人の協力をもって団体に各人の身体・財産を防衛せしめると共 に協同体に加入せる各人はその協同にかかわらずただ自己のみに服従し、以前と同様に自由にい ることのできるそれである」 (6)と論じている。団体と個人との関係は全即個、個即全、一般(普 遍)と特別(個別)との関係として把握することができよう。

さてつぎに1789年8月26日のフランスの「人および市民の権利宣言」における自然法恩憩を考 察しよう。当時フランス国民議会を構成する国民の代表者達は、国民に人間の権利についての自

覚を促がすために「人間の天賦・不可譲の神聖なる権利」を規定することを決議した。また1946 年のフランス第四共和国憲法も「フランス人民は1789年の人権宣言によって定めた人および市民 の権利・自由ならびに共和国の法律によって認められた基本的原則をおどそかに再確認する」と その前文(Preambule)に規定する。この宣言の典型となったものに1776年のヴァージニア、ペ

ンシルバニア、メリーランド、ノ‑スカロライナ、 1776年のヴァーモント、 1780年のマサシウセ ツッ、 1783年のニュー‑ンプシアなどの諸州の権利章典の影響を指摘できるといえる。ことにア メリカにおける基本的人権の基赴づけとなった自然法論の発達はプロテスタント主義に立ってお り、更に遡ればスイスのカルヴィニズム、ドイツのル‑テル(Martin Luther, 1483‑1546)の宗 教改革に通るものである。しかしフランスは旧教を主体とする伝統があり、この点で建国の根底 において新教を信仰し、信教の自由の上に立って基本的人権を尊重するアメリカとは対凪的であ る。思うに英米での人権尊重思想の発達は宗教改革に捌源し、新教確立による信教の自由の原則 はその草分けとしてフランスに影響を与えたのであるO

フランスでの自然法思想による人権思想は旧制度に対する否定的態度がその特徴である。すな わち啓蒙思想が人権尊重思想の基礎となっている。かのボルテール(FranGois Marie Arouet Voltaire, 1692‑1778)モンテスキ.一蝣Jレソ‑の啓蒙思想は宗教的信仰において批判的であり、

かつ合理主義的であった。かかる合理主義の基孟酎まイギリスの新教の影響をも受けており、また フランス国民性にも由来しているO ちなみにフランスの生んだ哲人デカルト(Rene Descartes, 1596‑1650)はその著、哲学原論において「自分の思想は、最高にして永久無限、不変全智にし て全能完全なる存在としての神が存在することを知覚する」 (7)と論じている。これは自然神教に

おける絶体存在としての神・自然法則の肯定である。

フランスの人権宣言は人類一般の権利宣言であると同時に市民(citoyen)の権利宣言でもあ

る。かのルソーは民約論で主権の制限に関して「われらは国家人格の他に国家を構成する個人も

一個の人格であって、その生命と自由は本来国家から独立なものであることを考えねばならな

い。従って、各人はその主権者および市民として互に享有する権利並びに彼等が市民たる資格で

履行せねばならない義務と、人たる性質上享有するを要する天成の権利とを区別せねばならな

(15)

い」 (8)と論じて、市民たる権利と天成の権利とを裁然と区別した。なおロックの人権論は完全な 自然状態としての人間の自由の主張であって、アメリカの人権思想は現在または将来の憲法・法 律によって変更しえないとする;換言すれば憲法・法律以前の自然法上の人権を強く意識し表明

し強調する。フランス人権宣言第1条は「人は出生および生存において自由・平等の権利を有す る。社会的な不平等は公共の利益のための他はこれをつくるべきでない」と定め、第2条では

「すべて政治的結合の目的は人の天賦かつ不可譲の権利維持にあるC.これらの権利とは自由・財 産・安全および圧制に対する反抗をいうのである」と条定する。これらは自然法上の人権宣言で あって、とりわけヴァージニア権利章典第1条,第2条に類似する、その天賦人権恩憩はアメリ カ独立宣言および前掲のヴァージニア権利章典での基本原理たる「悪政を行う政府を廃止変更す る権利が国民に与えられている」という理念に由来しておる。これはロックの思想であり、アメ

リカに導入されている。またルソーの思想もまた悪政を行う政府を変更廃止しうることは天賦の 人権であると論ずる。

同宣言第3条は「すべての主権の測源は・‑一国民に存する。いかなる団体も個人も明白に国民 に由来しない権利を行使することをえない」とある。これはヴァージニア権利章典第2条に類似 する。ちなみにアメリカでは主権の語を用いず、すべての権力(all power)となっていて政府の 権力という意味に用いられるが、フランスでは国家の主権力の意味に用いられる。

同宣言第4条は「自由とは他を害しないすべてのことを為しうることをいう。各人の天賦の権 利は、社会の他の各人をして同一の権利を享有させることの他に制限を受けないO この制限は法 律によるにあらざればこれを定めえない」と条定するo これはルソーの民約論での「共和国にお いては各人は他人を害しないかぎりにおいては完全に自由である」 (9)と論ずるそれと相通ずる。

つまり、国家権力によって禁止されていない領域が個人の自由領域だと論ずる考憩がドイツ的自 由であるが、同宣言第4条は白魚法上の自由であって、他人の人権を害しない以上は自由には何 らの制約はないとする。これは超国家的な自然法上の自由の確認である。かのホップス(Thomas Hobbes, 1588‑1679)もリヴァイアサンにおいて「他人が彼に対してもっことを彼が許すような

自由を他人に対しても自分がもつことで満足すべきである」 (10)と述べている。またルソーは「祉 全契約によって失うものは自然の自由と彼が欲望にさそわれて獲得しうる一切のものに対する無 制限な権利であり、そのうるところは市民としての自由と彼が所存する一切のものの所有権であ る。個人の実力のほか何らの制約をも受けない自然的自由と一般意思によって制限される市民的 自由とを明白に区別せねばならない」と論述して、更に市民的自由につき「市民たることによっ て生ずる利益には倫理的自由を加えることができる。この自由こそ人をして自己の主人たらしめ

るものである。自己の利欲に服するものは奴隷であるが、自分の定めた法律に服従するのは自由 である」と決断している。

同宣言第5条では「法律は社会に有害な行為の外はこれを禁止する権利を有さない。法律によ

って禁止されない行為はすべて妨害されてはならず、法律の命じない行為は何人もこれをなすこ

とを強制されえない」とあり、更に第6条は「法律は総意の表現である。すべての市民は自らま

たその代表者によって法律の制定に参与する権利を有する。法律はその保護を与えるものと、処

罰を定めるものとを問わずすべてに対して均等なることを要する。法律の眼にはすべての市民は

平等であるゆえに、その能力に応じ、その徳および才能による以外には何らの区別なく均しく栄

誉を得たり公の地位および職務に任ぜられうる」との規定によって、市民的自由を宣言してい

る。つまり国家が特に禁じない行為はすべて自由であり、特に法律の命ずる行為以外にある行為

(16)

を強制されることがない意義を明白にしている。すなわち国家権力は常に法律によるのでなけれ ばある事項を禁止したりまたは命令したりすることができないとの法治国家の原則を宣言してい る。

同宣言第11条によれば「思想および意見の自由な交換は人の最も貴重な権利の一つである。ゆ えにすべての市民は法律の定めた場合のこの自由の濫用に対して責任を負う以外には、自由に言 論し、著作し、出版することができる」と規定する。この思想、言論、著作、出版の自由の宣言 はヴァ‑ジニア権利章典・ペンシルバニア権利章典にも規定があって、とりわけ自由権の濫用を 戒めているのがその特色である。わけてもヴァージニアの権利章典第15条では自由の実鄭こつい

ては節制と徳義の必要なる所以を総括的に規定して自由の濫用と行過ぎを戒めている。

同宣言第12条は「人および市民の権利の保護は公の権力を必要とする。この権力はすべての利 益のために存するのであって、それを委ねられた者の特別の権利のために存するものでない」と 誼っているO これは公権力が人民の自由および権利を保障し実現することを目的とし、その権力 の行使はすべての利益のためになさるべきであり、権力を委ねられた者の特別の利益に奉仕すべ きでない旨の表明である.これについてルソ‑も民約論で委任された権力が委任された者の特別 の利益のために使われてはならないことを強調しておる。 (12)またこの委任権限の制限事項に関し てはヴァ‑ジニア権利章典第3条、ペンシルバニア権利章典第5条にもより具体的に明記されて いる。終りに同宣言第15条では「社会はその行政の公の代理人に対して責任を問う権利を有す る」とある。ここにいう社会とは人民主権の団体としての国家を意味するが、ルソーによれば社 会とは、共同の意思と生命と自我を有する独立の人格であり、公共の福祉を目的として各人が結 合されている状態をいうから、結局、市民社会が構成する国家に外ならず、市民が構成する団体 人格たる社会すなわち市民の公共人格を有する国家、つまり市民と対立関係にない国家たる社会 全般がその公務員に対して問責の権利を有する旨を明確にしている。それはわが憲法第15条の規 定と比較すると国家.社会の観念の時代による変遷とその構造分析、支配者と被支配者、主権、

権力者への抵抗権など興味深い問題を含んでいる.

以上考察したようにフランスの人権宣言はアメリカ合衆国のどときプロテスタント主義の信仰 が人権思想の基礎とならずに、合理主義的、文化主義的、批判精神が自由の根底となり、従って 自由が理念的であって、合衆国のように実際的、具体的性格を有さない。換言すれば、アメリカ では基本的人権は法律をもってしても奪いえない権利・自由として、いわば絶体的であるのに対

して、人権宣言における基本的人権は最少限の制限が法律に留保されている国家内部の自由であ るG従ってアメリカの自由は事実上国家以前の自然法上の安らかな自由であって、それは社会契 約後の国家生活のうちにおいても、依然として自然法上の自由権利として主張され実行されてい るが、近年に至り自由放任(laisser‑faire)の弊害を惹起するほどである。これに対して人権宣言 の自由は仮説の理念としては国家以前の自然法上のそれとせられるが、一旦国家が成立すれば、

それは最早自然的権利としての性質を失って国家内部の権利に転化せられ、国家が禁止しない範 囲内での行動の自由になる。この種の自由の国家的性格がフランス以外のヨ‑ロッパ諸国および わが国でも継受されたのである。つまり、この種の自由は国家生活においても自然的な個人に固 有なものとされずに、慣習的に列挙され形式的な表(table)のような感を抱かしめる(13)しかし てそこには自由の普遍性が乏しくなってくる危険性を含んでいたし、かのフランス革命が貴族革 命に奉仕したともいわれる理由の一端ともなっている。

(1) Montesquieu, De l'esprit des lois,1.2.3X1.1.; Coker, Reading in Political Philosophy, pp.441i.

(17)

今中次麿,政治思想史上巻 p.723以下;原田剛西洋政治史、 p.210以下;尾高朝雄,法哲学概論p.62

‑63.参照;恒藤武二,近世フランス法思想p.121‑128参照.

(2) Jean Jacques Rousseau, Emile, livre.l.

(3) Jeam Jacques Rousseau, Du contrat social, livrel. chapitrel.

(4) ibid. livrel. chapitrevI.

(5) Dunning, A history of political theories from Roussean to Spencer, pp.15ff, Gettel, History

of Political Theories, pp.256ff;今井直重,政治学要論 p.255以下; 「世界人権宣言」 ,第2巻p.45 以下,島芳夫「ルソ‑J p.166以下,桑原武夫「ルソーの研究」 p.122以下、穂梼重遠,法理学大綱p.

38以下;尾高朝雄,法哲学概論p.63‑7参照.

(6)市村光恵・森口繁治訳「民約論」 p35以下;恒藤武二.上拓p.128以下参照.

(7) Rene Descartes, Principia philosophiae, 1. sect.4.

(8) Jean Jacques Rousseau, Du contrat social, liere.l Chapitre,4.

(9) ibid, chapitre, 8.

Thomas Hobbes, Leviathan, chapter,14.

(ll) Rousseau, op. cit., 1. chap.8.

(12) ibid, chaptre. 1.

(13)世人研会,世界人権宣言第2巻p.30以下;堀真琴・樺俊雄,民主主義の理論p.68以下参照.

5・アメリカ合衆国における白、然法論‑その思憩的考察‑

アメリカ合衆国は自然法の王国である。この国における自然法の理論はニューイングランドの 清教徒達によってもたらされた。そしてアメリカ独立の気運が高まるにつれて自然法理論もいや

がうえにも高調の波に乗ったのである。それは著しく個人主義的な革命的性格を帯びていた。こ の17・8世紀の強烈な個人主義的色彩をもつ自然法は州憲法および連邦憲法において実定化され ていった。特に1861年の内乱に至るまでは法および政治の理論は自然法万能の様相を呈してい た。従ってその時代では公法の範囲内においては自然法は憲法の条項を解釈するために説明的・

指導的な役割を果した。また憲法を離れた自然法や自然権を援用して立法を無効とした判例は存 じなかった。しかし、 1869年の修正第14条が連邦憲法に置かれるに至って、かの適正手続条項 は、その一般抽象的な文字解釈を利用して実質的には超実定法的基準として援用されるに至っ た。その法の適正手続‑due process of lawのdueは判例上合理的‑reasonableで、非専断 約not arbitraryに解せられるべきであって、自然法的な基準によることとなった。かくて自然 法は学説上も、裁判においても実定法主義理論との対立を継続している。なぜなら最初期の自然 法は神法と同義に用いられたし、それは清教徒達の自然法観でもあった。すなわち、真の法は神 の定めた法だけであって、人が定めた法は真の法ではないとして、神法は唯一神教(theism)的

に理解されたが、 18位紀に至り自然神教(deism)的に考察された。これはライアン(Jhon A.

Patrick Rian, 1831‑1911)によって、 「自然権は個人の本性から派生する権利であって、個人 の福祉のために存在する‑‑・・自然権は第一次的には世俗的目的のために存するものではないか

ら、国家はこれを否定しえないものである。すべての自然権を保障することは国家の任務であ る」 (1)と論ぜられておる。

っぎに自然法は理性法(law of reason)の意に理解されている。すなわち自然法は人間の理性 によって発見する行為の原理であるという。これはストア学派の自然法論に見られ、グロチウス

(Hugo Grotius, 1583‑1645)プウエンドルフ(Samuel Pufendorf, 1632‑1694)の白,然法観

参照

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