中 村 健 一
1.近 くて遠いジニ係数
所得格差の問題が様 々に論 じられる現在,社会科学的な論文や報告書か ら各 種報道 に至 るまで,様 々な領域で所得格差 を計測す る指標 として,貧困率 と並
んで採用 されることが多いのが ジニ係数である。
一般の 目に触れることも多 くなったジニ係数は, しか しその直観的意味,つ ま りその数値が
1
に近い と,なぜ,そ して, どの ように不平等であるのか,に ついての説明を手近に 目にすることほ とん ど不可能である。驚 くべ きことに,教科書的 ・解説的な文脈 において も,ジニ係数の説明に際 しては,統計的な計算式や ロー レンツカーブを用いた幾何学的定義にとどまっ て しまい,その直観的意味にまで及ぶ ことはない。
貧困率がその直観的意味 を直ちに了解で きるものであるのに, ジニ係数のこ の難解 はその普及 に比較 して,その理解が乏 しいことを意味す る。そこで本稿 では,講義の ような場でジニ係数 を速やかに導入す るために,その単純かつ平 明な説明を試みたい。
2.
ローレンツ曲線 とジニ係数まず ジニ係数の,ロー レンツ曲線 を用いて行われる幾何学的定義か ら見てみ よう。
ロー レンツ曲線 は,所得格差 を調べ る対象 となる全家計 を所得順 に序列化 し,
〔89〕
90
商 学 討 究 第60巻 第4号最下位か らⅩパーセ ン トを占める家計の集団が得 る総所得が,全家計 による総 所得のYパーセ ン トになるかをプロッ トした ものである (図 1)。
この ときロー レンツカーブの両端 を結ぶ直線
( 45
度線) を考 え, この直線 と ロー レンツカーブの囲む面積 (網線部)が, この直線 を底角 とする直角二等辺 三角形 に対 して しめる比率が ジニ係数である (図2) 0
網線部の面積が大 きいほ どジニ係数は大 きく,所得分配は不平等 と評価 され る。
100% Ⅹ
9 2
商 学 討 究 第60巻 第4号3.
数 値 例前節 で言及 した ように45度線 とロー レンツ曲線で囲 まれ る面積 が大 きいほ ど,社会の不平等度は高 くなる。 この ようなことを直観的に理解す るには, ま ず数値例 を使用 してそのことを確認 してみると良い。
社会 には
4
つの所得水準のみが存在す る としよう。各所得水準 の家計の グ ループに属する家計数は各 々,全体の25%
をしめるとす る。ここで,各々のグループが受 け取 る所得 を総所得 に占める割合 (%)で示 し た例 を4つ考 えてみ よう。
1. ( 2 5,2 5,25,25 )
(図3) 2. ( 2 0,2 0,3 0,3 0 )
(図4) 3. ( 1 0,2 0,3 0,40 )
(図5) 4. (5,1 5,35,45 )
(図6)
1.か ら4.に至 る過程で所得分配は段階的に分散 を増 している。
1.か ら
2.
で,所得 は完全 に平等な状態か ら,平均の近 くで上下 に二極分 化 し, 3.
ではそこか らさらに底辺 と頂点に低所得層 と高所得層があ らわれ,4.にいたって,平均以下の各層では分配の低下が,平均以上の層では分配の
上昇がおこるとい う状況である。1.か ら4.までをロー レンツカーブとして図示 した ものが次ページ以降に 掲載 した。各国にある点線 は,ひとつ前の国のロー レンツカーブである。 これ によって 1.か ら4.に進むことでロー レンツカーブの位置が低下 し, ジニ係 数が上昇す ることを見て取 ることが出来る。
つ ま り,数値例 によって示 される直観的に了解で きる分配の不平等化 はロー レンツカーブの通 る位置 を低 くす ることを感覚的に理解す ることが出来るわけ である。
40%
94
商 学 討 究 第60巻 第4号25%
50%
図
6
75%
4.
一般的性質分配の不平等が増す と, ロー レンツカーブが 「下 に」移動 し, ジニ係数が上 昇す ることは感覚的に了解で きた。では,ロー レンツカーフが下方に移動する と言 うことは,社会的な所得分配において,どの ような意味をもつのだろうか。
図
7
には,上下の関係があるふたつのロー レンツカーブが示 してある。まず, 全家計 を,所得が下位か らⅩパーセ ン トの水準で二分す る。 この二分 されたグ ループ間の所得分配の状況が, ロー レンツカーブの上下によって どう変化する かは,
Ⅹパーセ ン トの点か ら引いた垂線 と各ロー レンツカーブの交点を見 ることによって知 ることが出来る。
図か ら明 らかなように, ロー レンツカーブが下にある場合,垂線の交点が低 下す ることか ら,下位 グループの全体 に占める総所得の割合 は減少 し,上位 グ ループにおいては上昇することを見て取 ることが出来る。
......一一/ ...........■■■■■
....一一一一一/ .......■■■
̲了
Tf‑‑/ ............了 ■・..■■■■■■■■■■■∠
......../ ‑....■■■■
図
7
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商 学 討 究 第60巻 第4号つ ま りロー レンツカーブが下位 にある (ジニ係数が大 きい) とい うことは, 序列化 された家計の任意の分割時に,下位 グルーブと上位 グルーブの稼得額の 格差が拡大することを意味 している。
この ようなジニ係数 による不平等度の序列化の 自明性 は,比較す るグループ 間の所得分配において各 ロー レンツカーフが交差 をみるような場合,存在 しな いことは周知である。
しか し
OECD
の統計の ように, ジニ係数の国際比較 を行 っている場合,国 家間の所得分配が序列化可能であることを暗黙 に仮定 している。だか ら, この ような統計が,なにを仮定 し何 を主張 しようとしているかを了解するためには, この ような直観的洞察は充分 に有意義であると考 え られるのである。青木 昌彦 樋 口 美雄 川又 邦雄 木村 和範 小塩 隆士 大竹 文雄
関連文献 (ジニ係数の伝統的説明のある文献)
(1979) 『分配理論』 筑摩書房
(1996) 『労働経済学』 東洋経済新報社 (1991) 『市場機構 と経済厚生』 創文社 (2008) 『ジニ係数の形成』 北海道大学出版会 (2005) 『社会保障の経済学 第3版』 日本評論社 (2005) 『日本の不平等』 日本経済新聞社