後ろから読む『教行信証』 ―C・G・ユングの『チ ベットの死者の書』解釈を手がかりとした読解の試 み―
著者 吉村 均
雑誌名 明治学院大学教養教育センター紀要 : カルチュー
ル = The MGU journal of liberal arts studies : Karuchuru
巻 9
号 1
ページ 1‑17
発行年 2015‑03‑24
その他のタイトル Reading Shinran's Kyogyoshinsho in reverse:
Some insights from C. G. Jung's study of the Tibetan Book of the Dead
URL http://hdl.handle.net/10723/2405
はじめに
唯円が師の親鸞(一一七三~一二六二)の教えについてしるした
『
異抄』は、日本でもっともよく読まれている仏教書のひとつだが、
親鸞自身の主著『教行信証』については、名前は知っていても、最後
まで読み通した人はそれほど多くないのではないかと思う。正式な題
名を『顕浄土真実教行証文類』といい、経典や論書の抜書集で、親鸞
自身の言葉は少ないうえに、引用に普通に考えるとかなり無理な読み
がなされているなどして、どう扱ったらよいか困るところがあるため
である。本稿ではその『教行信証』を、『チベットの死者の書』を後
ろから読むべき書であると評したC・G・ユングの説を手がかりに読
み解き、仏教本来の文脈に位置づけ、親鸞の意図を探りたい。 C・G・ユングと『チベットの死者の書』
カール・グスタフ・ユング(一八七五~一九六一)は、無意識の発
見者であるジグムント・フロイト(一八五六~一九三九)の『夢判断』
を読んで共鳴し、親交を結んだが、フロイトの、無意識を近親相姦の
願望など、意識が抑圧した否定的なものとのみ見る捉え方に疑問を抱
くようになり、決別した。ユングは、フロイトの考える無意識は、無
意識のなかで意識にもっとも近い浅い部分でしかなく、そのさらに奥
には個を超えた、創造性と結びつく領域(集合的無意識)があると考
えたのである。孤立し、一時、精神的な危機に陥ったが、ユングは、
東洋の思想では自分が考えるような無意識の存在と意義を認めており、
それを生かす技法があると考えて、密教のマンダラ、ヨーガ、道教、
易、禅など、東洋の宗教への関心を深めていった (1)。
吉村 均 後ろから読む『教行信証』
C・G・ユングの『チベットの死者の書』 解釈を手がかりとした読解の試み
『チベットの死者の書』は、チベットのニンマ派に伝わるサプチュー・
シト・ゴンパ・ランドル(甚深法寂静と忿怒(百)尊の修習による
自己解脱)という体系のなかの『バルド・トゥー・ドル(中有におけ
る聴聞による解脱 (2))』と呼ばれる教えである。エヴァンス=ヴェンツ
が西洋社会に紹介した際に、死者が死後の世界に赴く旅路を描いたエ
ジプトの『死者の書』との類似から、TibetanBookoftheDeadと
名づけられた(一九二七年)。死後、転生する(胎生の場合は受胎)
までの七週間のあいだ、死者の意識が体験する様々なビジョンと、そ
れを心の本質の現われに他ならないことをさとって解脱すべきことを、
死者に向かって説き聞かせる内容である。
バルドというのは仏教用語の中陰、中有に相当するチベット語だが、
直訳すれば「あいだ」で、さらに三つの段階に分けることができる。
死の(チケイ)バルド(中有)
呼吸が停止した、医学的な死の後
も死のプロセスは続き、意識が完全に解体した状態である。そこで心
の本質に他ならない根源の光明が立ち現れるが、意識が解体している
ため、生前それを捉える特別な修行をした者以外は、それを捉えるこ
とができない。教えでは、普通の人はその間気絶している、と表現さ
れている。西洋ではこれを臨死体験者が語る光を見た体験と関連させ
て考える人もいるが、主客二元論を離れた境地であり、可視的な光の
ことではない。
法性の(チューニー)バルド(中有)
次に、心の本質は密教の五
仏と五智を象徴する五色の光となって立ち現われ、さらに忿怒の仏の 姿をとって、すみやかに心の本質をさとるよう、促す。
再生の(スィーパ)バルド(中有)
死後十日以降、自分を追い立
てる鬼たちや、次に生まれる六道輪廻の世界のビジョンが現われてく
る。最後に男女の性交のビジョンが現われ、その時、母に執着し父に
嫉妬すると男性、父に執着し母に嫉妬すると女性に生まれ変わる。
ユングは『チベットの死者の書』のドイツ語訳(一九三五年)に解
説を書き、深層心理学の観点からすれば、これは後ろから読むべき書
であるという、興味深い指摘をおこなっている。
「フロイトのあつかった領域は、このテキストでは、スィーパ・
バルドとよばれる最後の段階〔最も低い本能の領域〕に当る。そ
こでは、最高のチケイ・バルドと中間のチューニー・バルドの教
えを受け入れる能力のない死者が、性的なファンタジーにとらえ
られ、そのため、性交を行なっている男女の姿にひきつけられて
しまう。彼はこのようにして子宮にとらえられ、ふたたび地上の
世界に生れ変るのである。それとともに、当然予想されるように、
エディプス・コンプレックスもはたらき始める。」
「西洋の合理的精神は、精神分析学の助けをかりて、神経症的スィー
パの状態ともいうべき心の領域に入りこんだ。しかしそれは、心
理的なものはすべて主観的で個人的なものにすぎない、という無
批判な前提に立っているため、その領域で、さけがたい手詰り状
態におちいっているのである。…この書は終りから逆によむべき
なのである。」
「チューニーの状態は、カルマが生み出す幻覚、つまり前世の体
験の心的な残滓(もしくは功徳)から生じる幻覚の状態である。
カルマについての東洋の見方は、一種の心的遺伝説ともいうべき
ものであり、それは再生の仮説、つまり根本的な言い方をすれば
魂の超時間性〔霊魂不滅〕にもとづいた考え方である。」
「このチューニーの状態で経験される「実在」というのは、テキ
ストがチューニー・バルドの最後の節で説明しているように、思
念の実在である。つまり、「思念の諸形式」が実在として立ち現
われ、ファンタジーは現実の姿をとり、そしてカルマ、すなわち
無意識の構成要素によってひき起された恐ろしい夢が始まるので
ある。われわれはここでテキストを後ろから読んでいるわけであ
るが、ここでまず、すべての恐怖の縮図として現われてくるのが、
一切のものを破壊する死の神である。それにつづくのは、二十八
の力づよく不気味な女神たちと、五十八の「血を飲んでいる神々」
である。この神々の姿は、恐怖にみちた性質と奇怪さをもち、何
か錯乱した混沌のようなものをあらわす悪霊的光景を示している
にもかかわらず、そこにはすでに、ある一定の秩序が見えてきて
いる。それは、東西南北の四方に向って配列され、独自の神秘的
な色によって区別される神々の集団である。これらの神々は、マ
ンダラ状の円形に配列されていて、四つの色で分けられた十字形
を成していることが、次第に明らかになってくる。…死者は、よ
り高いレベルの洞察に達すると、実在する思念の諸形式がすべて 彼自身から発していること、そして彼の前に現われる四つの知恵の光の道は、彼自身のたましいの「能力の放射」にほかならないことを知る。…/チューニー・バルドの領域を逆にたどって上昇してゆくと、四つの偉大なヴィジョンに至る一、緑色の不空
成就如来、二、赤色の阿弥陀如来、三、黄色の宝生如来、四、白
色の金剛
である。そして最後は、仏陀の究極の身体である
「法界」Dharma-Dhatu〔法身の世界〕の輝く青い光りで終る。
この青い光りは、マンダラの中央にいる大日如来〔毘盧遮那〕の
心から発しているのである〔法界体性智〕。/この終結のヴィジョ
ンとともに、カルマとその幻覚は消える。意識は、すべての形式
から、またすべての対象へのとらわれから解放され、時間を超越
した法身の原初の状態に還る。このようにして、テキストを逆に
読んでゆくことによって、死の最初に現われるチケイ・バルドの
状態にまで到達するのである。」「チベットの死者の書の心理学 (3)」
ユングが『チベットの死者の書』に強い関心を持ったのは、そこに
描かれているビジョンが、ユングやフロイトが無意識を探る手がかり
として重視する夢の体験に似ているからだろうが、ユングの解釈は、
まだ文献中心で、西洋の宗教とは異なる仏教の発想法の違いが十分理
解されていなかった当時のヨーロッパにおける解釈としては、驚嘆す
べきものである。伝統的な仏教の考えでは、眠りと死において、基本
的に同じような意識の解体と再構築がおこなわれると考えているから
である。
ソギャル・リンポチェ『チベットの生と死の書』(一九九二年)は、
西洋社会で関心を持たれた『チベットの死者の書』の背景にある仏教
の考えと実践を、チベットの文化的な枠組みから解放して、現代社会
において有効な生と死の教えとして再提示する試みで、欧米でロング
セラーとなっている。そのなかでソギャル・リンポチェは、仏教にお
ける眠りと死の体験の類似性について、次のように述べている。
「死のバルドのなかで展開されているプロセスは、すでにわたし
たちの心の奥に内包されていて、生のなかにあってもさまざまな
レベルで顔をのぞかせている。たとえば、眠りと夢のなかをくぐっ
てゆく意識の精妙さの度合いと、死にまつわる三つのバルドのあ
いだには、次のような鮮やかな対応が見られる。
・入眠は死のバルドに似ている。そこでは四大元素と思考作用が
解体され、
根源の光明
の体験が幕を開ける。
・夢には再生のバルドに通じるものがある。再生のバルドは透視
眼と自在に空間を動き回ることのできる
意成身
を得た中間
状態であり、そこであなたはありとあらゆる体験をする。夢の
なかでも人は同様な体を得る。あなたは夢の身体に入って、夢
の人生のあらゆる体験をする。
・死のバルドと再生のバルドのあいだには、…
法性のバルド
と呼ばれる非常に特殊な輝きの状態、
光明
の状態がある。
これはすべての人に起こる体験だが、それに気づく人はほとん
どいない。くまなく体験しつくす人となればなおさらだ。それ は修練を積んだ修行者のみに感知されるものなのだ。この法性のバルドは、眠りについてから夢が始まるまでの時間に相当する。もちろん死のバルドは眠りや夢よりもはるかに深い意識状態であり、はるかに強い力に満ちた時間である。だが、その両者の意識は精妙さの相対的なレベルにおいて互いに対応しているし、両社ともにそれぞれの意識レベルのあいだにある種の直列的、並列的関係が存在している (4)。」
仏教的には、ユングがカルマに基づく幻覚と考えた法性のバルドの
体験は、「法性」すなわちカルマを超えた境地の現われで、カルマに
基づく体験は次の再生のバルドの様々なヴィジョンである。しかし、
眠りと死の体験の類似性は事実であり、バルドにおける最後の体験が、
意識が完全に再構築される直前の状態、深層心理学でいえば無意識の
もっとも浅い部分であるというのも、そのとおりだろう。当時のヨー
ロッパでは、まだ仏教は現世否定の虚無論的イメージで見られること
が多く、きわめて限られた情報からこのような洞察を導き出したユン
グの直感は、極めて鋭い。
仏教的にもっとも重要なのは、実はこのようなプロセスは死や眠り
においてだけ見られるものではなく、私たちが「現実」と考えている
ものも、まったく同じようにして作られているものだ、ということで
ある。仏教がこの世を夢や幻(原義は、幻術師の作り出すイリュージョ
ン)のようなものと捉えよ (5)、と説くのは、このことである。
仏教には、同じ水を、人間は飲み物と捉え、餓鬼は火や膿、天人は
甘露、魚は住処と捉えるという有名な一水四見の教えがあるが、生き
物によって構成する世界が異なることは、ヤーコブ・フォン・ユクス
キュル(一八六四~一九四四)の環境世界(Umwelt)の考え (6)や、科
学的な実験においても認められるようになってきている。
仏教において死が解放の契機として重視されるのは、意識が解体す
るその時が、意識が作り上げた「現実」のリアリティから解放される
時でもあるためである。
仏教における浄土の位置づけ
古代インドの王国のひとつ(現在はネパール領内)の王子として生
まれた釈尊は、生老病死の苦を観じ(四門出遊)、王子の地位を捨て
て修行の道に入り、ブッダガヤの菩提樹の木蔭で瞑想してさとりを得、
苦しみからの解放の境地に到達したという。
そのさとりの際の有名なエピソードとして、自分がさとった境地は
他の人には理解できず喜ばれないので教えを説くのはやめておこうと
考えて、インドの神ブラフマン(梵天)が人々のために教えを説くこ
とを願い、釈尊は考えを翻して、教えが説かれることになったという
話がある(梵天勧請)。
釈尊は苦しみからの解放の方法をさとったのに、それが他人には理
解できず喜ばれないというのは、釈尊が発見したのが、他の人々は苦
しみの真の原因を理解しておらず、苦しみから離れたいと願ってかえっ て苦しみに陥っているということだったからである。
普通、私たちは、欲しい物が手にはいらない、嫌な物がなくならな
いから苦しいのだ、と考えて、それを手に入れる・なくすことができ
れば、苦しみから解放される、と考える。しかし実際には、欲しい物
も嫌な物も自分の自由にはならないもので、欲しくても手に入れるこ
とができない・嫌だけどなくすことができないことで、かえって苦し
みを増やしてしまううえ、仮に思いどおりになったとしても、満足は
一時的で、しばらくたてば別のものが欲しく・嫌になってしまい、ど
こまでいっても決して終わることがない。
伝統的に、仏教は医学的な発想の教えだといわれているが、釈尊の
思考の特色は、誰もが苦しみから離れたいと願っているのになぜ誰も
離れることができないのか、その原因を考えたことにあった。症状の
原因を探り、それをみつけて取り除くことができれば症状は治まると
いうのは、まさに医学の考え方と同じである。
結論は、欲しい物が手に入らない・嫌なものをなくすことができな
いから苦しみがなくならないのではなく、対象を「欲しい物」「嫌な
もの」として捉え、自分が捉えたとおりのものが実在すると信じて疑
わない、私たちの心のメカニズムに真の原因があるということだった。
私たちの心は、はいってくる情報をそのままの形で捉えることはで
きず、認識するためには他の情報と区別する必要がある。いわば情報
を切り取って認識するため、私たちの心にはその切り取ったとおりの
物がありありと映る。しかし、それは自分が切り取った姿であり、ど
う切り取るかによって、心にはまったく異なる姿が映ることになる。
これはチベット仏教の指導者であるダライ・ラマ十四世が法話でよ
く挙げる例だが、同じ食べ物をみて、それが好きな人はそこにご馳走
がある、食べたいと思い、それが嫌いな人は、そこに不味い物がある、
見るのも嫌だと思う。しかしもしそれが実体なら、ある人には「ご馳
走」で、別の人には「不味い物」であるというのは理屈に合わない。
釈尊はこのことに気がついて苦しみから解放されることができたが、
問題は、それを他の人に教えようとしても、それらの人々の心には欲
しい物、嫌なものがありありと映っており、それは実体ではないといっ
ても理解できず、教えたとしても、それが苦しみの解放の方法だとは
思わないだろうということだった。
梵天の願いを容れて教えが説かれるようになっても、この状況その
ものは変わらないため、釈尊は一律の教えを説くのではなく、相手に
合わせて異なる教えを説き(対機説法)、同じ人に対しても理解の度
合いに応じて段階的に教えを説いた(次第説法)。これが伝統的な仏
教の説明である (7)。
仏教は、このような、対象の実体視が苦しみの真の原因であるとす
る教えであり、仏陀は私と私の捉える世界を実体視することから完全
に解放された境地にあり、それが伝統的な仏教理解における浄土、仏
の世界(仏国土)の基本イメージである。私たちは浄土を描いた仏画
や阿弥陀仏などの仏像を目にすることはできるが、仏の世界そのもの、
仏そのものを目にすることができないのは、人の心には人の世界がリ
アリティをもって映っているのであり、仏の世界は人に捉えることは
できない(不可思議)ためである(このような理解では、釈尊は人に 認識できる姿で現われた、化身の仏として説明される)。
大乗経典の『華厳経』は、ブッダガヤにおけるさとりでの釈尊の体
験を描く経典である。そこでは、たとえば仏身の毛穴のひとつひとつ
に仏の世界が広がるといった表現で、主客二元論を超えた、したがっ
て本来言葉で描写することは不可能な境地が、仏の世界として描かれ
ている。これが密教の曼荼羅や浄土など、仏の世界を考えるうえでの
基本的なイメージになっている。
親鸞が浄土七祖の一人に数えるヴァスバンドゥ(世親、天親と訳す)
の『浄土論』(無量寿経優婆提舎願生偈)には、阿弥陀仏の浄土を
「蓮華蔵世界」と、『華厳経』の世界を指す言葉で呼んでいる箇所があ
り、親鸞も『教行信証』で用いている。『教行信証』の各所に『華厳
経』の引用が見られ、親鸞も『華厳経』の世界との関連で浄土を捉え
ていることがわかる (8)。
『華厳経』入法界品の「普賢行願讃」では、そのような主客二元論
を超えた世界として仏の世界が讃えられ、それを体験する具体的な方
法として、阿弥陀仏の世界である極楽に生まれることが願われている。
「一つの微塵の先端に、(仏国土の)微塵の数に比すべき(多くの)
諸仏が、仏子たちの中央に座し、法界全体が、残りなく(その)
勝者方に満ちると、私は信じます。/…/一つの微塵の先端に、
(仏国土の)微塵の数に比すべき(仏)国土があり、その(一々
の仏)国土において、仏子らの中央に座す不可思議数の諸仏に、
私は菩提行を修めつつ、まみえることができますように。/同様
に、一切諸方の毛端に残りなくある、三世の量の仏の海、(仏)
国土の海、劫の海に修行して、悟入できますように。/…/そし
て、私が生命を終えるとき、一切の障害を取り除き、かのアミター
バ(阿弥陀)(仏)に直接まみえ、かのスカーヴァーティー(仏)
国土(安楽刹)(即ち極楽浄土)に、私が行けますように。/そ
こに行った(私の)眼の前に、これらの誓願がすべて完全にあり
ますように。私はそれら(の誓願)を、残りなく成就して、(こ
の)世にいる限りの(すべての)衆生の利益をはかりましょう。
/その清浄で、喜ばしい仏の輪のうちの、美しく、すばらしい蓮
華の上に生まれた私が、そこでアミターバ勝者の面前で、授記を
受けられますように (9)。」
「普賢行願讃」はチベットの伝統では日課経として重んじられ、仏
陀の境地を目指す密教の実践や死後の往生の願いの基盤となっている。
日本仏教においても東大寺の大仏は『華厳経』の世界を表現したもの
であり、東大寺では現在でも「普賢行願讃」が唱えられているそうで
ある。なお、部派仏教の流れを
む東南アジアのテーラワーダ(上座部)
は大乗経典を認めないだけでなく、浄土の考えもない。それは涅槃観
の違いによる。部派の考えでは、苦しみの真の原因である「無明」を
滅すると、それ以上新たに業が作られることがなくなる。この段階が
釈尊のブッダガヤのさとりであり(有余涅槃)、しかしまだこの段階
では仏陀は肉体を備えた存在である。しかし死ぬと新たな業をつくっ ていないために、他の生き物のように新たな肉体(精子と卵子が結合した状態)を「我」だと「取」してそこに入り込んで生まれ変わることなく、消滅してしまう。それこそが完全なる苦しみからの解放の境地、真の涅槃(無余涅槃)であると説くのである。
それに対して大乗仏教を理論的に確立したナーガールジュナ(龍樹)
が批判し、それでは苦しみを滅した時には消滅してしまっているのだ
から、誰が苦しみを滅したといえるかと問い、実体視こそが苦しみの
真の原因であって、それから解放された境地が涅槃であって、輪廻と
涅槃は別のものではないと説いている(『六十頌如理論 (
』)。大乗の伝 )
統では、仏陀は私たちのような肉身を備えた存在ではなく、その姿は
修行の結果得られた報身(凡夫は目にすることができない)、あるい
は衆生の認識に合わせて姿を現した化身(応身)であるとされている。
数年前、日本在住のテーラワーダ僧が『般若心経』を批判して、
「色即是空」はあり得るが「空即是色」はあり得ないと発言して物議
をかもしたことがあったが、それはこのような仏教理解の違いによる。
部派の理解では、「空」に到達したら消滅してしまうのであって、「空」
が「色」として現われるということはなく、仏の世界という考えもな
いのである。これは伝統的な議論であって、鎌倉時代の無住(一二二
七~一三一二)も、二乗(声聞乗・独覚乗)には「色即是空」は理解
できるが、「空是即色」は理解できないと説いている (
。 )
伝統仏教における阿弥陀仏の浄土をめぐる議論のひとつに、極楽
(これは阿弥陀仏の世界を指す固有名)が報身の浄土(報土)か化身
の浄土(化土)かというものがある。報身の浄土は高次の菩
(菩
の十地の階梯の八地以上)しか生まれることができないとされている
が、『阿弥陀経』には極楽に比丘がいる描写があり、それをそのまま
受け止めれば、、それは化土ということになるし、報土と解釈する側
は、それらは真実の姿ではないと主張する。
仏教における浄土、仏の世界の説明はこのようなもので、ヒンドゥー
教の神々の世界(天界)やキリスト教の天国のようなものとは、まっ
たく性格が異なる。
阿弥陀仏の極楽は、教えによって、西方遥か彼方の世界といわれた
り、自分の心が浄土に他ならないとされたりするが、それはどちらが
正しくてどちらが間違っているというものではない。実体視から完全
に解放された境地が仏の世界であるのだから、それとの関わりは一律
ではなく、人によって異なる。空性を理解し実体視を離れる修行の達
成度によって、仏の世界の現われ方は変わってくるのである。これは、
『チベットの死者の書』において、意識が完全に解体した段階から意
識が再構築されていく過程で、「心の本質」の現われ方が変化し、死
者の意識に様々なビジョンとして現われてくるのとまったく同じ考え
方である。チベットの修行法には、段階的に極楽を瞑想し、高次の段
階になればなるほど、極楽は身近になっていくものがある (
。 )
親鸞の孫である覚如(一二七一~一三五一)は『改邪鈔』で、「己
身の弥陀・唯心の浄土」という教えは、実体視に捉われた凡夫のため
の教えではなく、空性をさとった聖者に対しての教えであると説いて
いる。このことは、彼がこのような浄土の考えを正しく理解している
ことを示している。 「…聖道門のなかに大小乗・権実の不同ありといへども、大乗所
談の極理おとぼしきには己身の弥陀・唯心の浄土と談ずるか。こ
の所談においては、聖のためにして凡のためにあらず (
。」 )
仏の世界との関係を、段階的に整理すれば、次のようになるだろう。
1実体視に深く捉われ、対象に執着して、仏教の教えを聞くと腹
を立てる人(仏教でイッチャンティカ=一闡提と呼ぶ)
「そんな世界、あるわけないだろ!」
2仏教を信じ修行しているが、まだ空性については学習段階で、
実感を持って捉えられていない段階
目にすることのできない(=西方遥か彼方と説明される)浄土
に憧れる3修行によって空性について、まだ直接体験はしていないが疑い
のなくなった(決定智)の段階
浄土についても目にすることはできないが、その存在について
疑いはなくなる
4修行によって空性を直接体験することができた修行者(聖者の
境地)
瞑想中に浄土を体験できる
5仏陀
浄土以外のあらわれはない (
)
親鸞の教えは、近代的理解においては、『
異抄』の悪人正機の教
え (
)もあって、1の段階の人のためのもののように思われがちだが、
『
異抄』は背景を知らずにそれだけを読むと誤解に陥る危険性があ
り、現在残る写本には、浄土真宗を大教団にした蓮如(一四一五~一
四九九)によって、誰彼かまわず読むことを禁じる旨の奥書が付け加
えられている。『
異抄』が広く読まれるようになったのは、明治以
降のことである。
親鸞自身の教えは、「南無阿弥陀仏」と唱えさえすればどんな悪人
でも救われる、というものではなく、阿弥陀仏の存在とその誓願の働
きに疑いがなくなった時に往生が確定するのであり、その時、心の底
から喜びと阿弥陀仏への感謝の気持ちが沸き起こり、その表現が「南
無阿弥陀仏」だというものである(親鸞を開祖とする浄土真宗でいう
「報謝の念仏」)。
「弥陀の誓願不思議にたすけまゐらせて、往生をばとぐるなりと
信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂
取不捨の利益にあづけしめたまふなり。」『
異抄』
これは3の段階の人への教えであり、晩年京都に帰った親鸞が関東
の門人のあいだで間違った理解が広まった際に書き送った書簡に、往
生の信心というのは一念も疑いが生じないことだとして、自分が日頃
教えていたこととして、次のことを述べている。
「光明寺の和尚(善導)の信のやうををしへさせたまひ候には、 「まことの信を定められてのちには、弥陀のごとくの仏、釈
の
ごとくの仏、そらにみちみちて、釈
のをしへ、弥陀の本願はひ
がごとなりと仰せらるとも、一念も疑あるべからず」とこそうけ
たまはりて候へば、そのやうをこそ、としごろ申して候ふに、…」
『血脈文集』二
親鸞の教えは他力だというが、「南無阿弥陀仏」と唱えればきっと
救ってくれるはずだ、というのは自分が信じる、自力の信心であり、
それには本当だろうかという疑いや、やはり信じられないという思い
が生じることがある。他力の信心というのは、目の前のコップを疑わ
ないように自分が往生することに疑いがなくなることであり、だから
こそ、その境地に到達したならば、仮に空一杯に仏が現われて「そん
なことはない」と口々に言ったとしても、少しも動揺することはない
のである。
『教行信証』の構成
一般的な浄土信仰のあり方は、『阿弥陀経』に説かれるような西方
遥か彼方の仏の世界に生まれることを願い、菩提心をおこして阿弥陀
仏や極楽の瞑想の修行に励み、功徳を積んでそれを往生のために回向
する。そうして極楽に生まれることができたならば、そこで阿弥陀仏
から直説教えをうけ、さらに次の生で成仏するとされている。
それに対して親鸞は、真実の仏(報身)、真実の浄土(報土)は形
のない無限の光であり、形ある浄土は化身の浄土であるとする。往生
は自分の修行ではなく阿弥陀仏の誓願の働きによってなされるもので
(他力)、修行によって往生しようと思うことは、その誓願への疑いで
あって、化身の浄土は、疑いを持ちながら往生を願ったものが生まれ
るとされる「懈慢界」「疑城胎宮」に他ならないとしている。
『教行信証』は次のような構成・内容になっている。
(往相回向)
・真実の教(としての『無量寿経』)
・真実の行(としての称名念仏)
・真実の信(としての他力の信)
・真実の証(としての必ず涅槃に至ること)
(還相回向)
・真仏土
・化身土(その後半で、末法の世のありさま)
親鸞の力点は、これらすべてが阿弥陀仏の誓願(弥陀の本願)によっ
て果たされるとすることにある。『無量寿経』によれば、阿弥陀仏は
遥かな昔、法蔵という名の比丘であり、世自在王仏にめぐりあって、
自分もあなたのような仏になると決意し(発菩提心)、自分が仏になっ
た時には最高の仏の世界を作り、それが果たされない限りは決して仏
になることはないと誓いを立てた。これが弥陀の本願である。親鸞は 『教行信証』で、それぞれがどの誓願に基づくか、またその誓いが果
たされたことを示す文(本願成就の文)を経典から引用している。
真実の教とは、阿弥陀仏の誓願をしるした『無量寿経』である。親
鸞はこれが「如来興世の正説」、釈尊がこの世に仏となって現われた
真意は、この阿弥陀仏の誓願を説くためだったとする。親鸞はそれを
『無量寿経』の表現から示そうとしているが、内容的なことを推測し
ていえば、釈尊自身の教えは、末法の世の到来が予言されているよう
に、いずれ失われてしまうものであり、様々な方便によって教えを説
いたが、それによって苦しみから解放される者は限られており、あら
ゆる世界の衆生がそれを望むなら、自分の仏の世界に生まれさせると
いう阿弥陀仏の誓願を教えることこそが、一切衆生を苦しみから救う
という釈尊自身の目的にかなうものであるという考えがあるのだろう。
真実の行は称名念仏で、これは第十七願「たとひわれ仏を得たらん
に、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、わが名を称せずは、
正覚をとらじ」に基づくとされる。あらゆる世界の仏たちが自分の名
前を称賛することになるというのだが、実際に念仏を唱えるのは修行
者だが、他力の信心を獲得した人は仏陀になることが確定しているの
で(釈尊の次に仏になる)弥勒菩
と同等であり、身は不浄造悪の身
でも心はすでに如来と等しいという説明が書簡に見られる(『末灯鈔』
三)。いずれにせよ、往生を願って念仏を唱えるのではなく、往生が
確定した喜びの表現(報謝の念仏)であるという考えは、第十七願で
称名を説明することからも明らかである。
真実の信は他力の信心で、第十八願「たとひわれ仏を得たらんに、
十方の衆生、心を至し信楽してわが国に生れんと欲ひて、乃至十念せ
ん。もし生まれざれば、正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法を除く」
に基づくとされる。あらゆる世界の生き物が阿弥陀仏の世界に生れた
いと願えば、それを実現させる、というのが、阿弥陀仏の誓願の核心
である。なお、本願成就の文として引用された『無量寿経』の文は普
通は「至心に回向して」と読むところを、親鸞は「至心に回向せしめ
たまへり」と、阿弥陀仏の側からの(=他力の)回向であると解して
いる。真実の証とは、そのようにして浄土に生れた者が必ず涅槃に至ると
いうことで、第十一願「たとひわれ仏を得たらんに、国のうちの人天、
定衆に住し、必ず滅度に至らずは、正覚を取らじ」に基づくとされる。
ここまでは往相回向、阿弥陀仏の誓願の働きによって浄土に生まれ
ることが説かれていたが、証巻後半では還相回向、往生者が輪廻の世
界に入って他を教え救う利他の働きをなすことが説かれている。一般
的な浄土信仰では、浄土に生まれたならば涅槃に至ることが確定する
が、菩提心を起こして往生を願い、浄土に至ったらそのことを思い出
して、輪廻の衆生が尽きるまで自分は涅槃に入らない普賢行に入るべ
き、と説かれるが、親鸞はそれも他力、阿弥陀仏の誓願の働きによる
ものとする。第二二願「たとひわれ仏を得たらんに、他方仏土のもろ
もろの菩
衆、わが国に来生して、究竟してかならず一生補処に至ら
ん。その本願自在の所化、衆生のためのゆゑに、弘誓の鎧を被て、徳
本を積累し、一切を度脱せしめ、諸仏の国に遊びて、菩
の行を修し、
十方の諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して無上正真の道を 立つせしめんをば除く。常倫に超出し、諸地の行現前し、普賢の徳を修習せん。もししからずは、正覚を取らじ」に基づく。
真仏土巻は、真実の仏とその世界は果てしなき光(「不可思議光如
来」「無量光明国土」)であり、第十二願「たとひわれ仏を得たらんに、
光明よく限量ありて、下百千億那由他の諸仏の国を照らさざるに至ら
ば、正覚を取らじ」、第十三願「たとひわれ仏を得たらんに、寿命よ
く限量ありて、下百千億那由他の劫に至らば、正覚を取らじ」に基づ
くとする。
化身土巻は、化身の仏やその世界は『観無量寿経』に説かれた世界
で、誓願の働きを疑いなく信じることは濁世の衆生には困難であり、
そのような衆生に対しては、(一般の浄土信仰でいわれるような)菩
提心をおこして功徳を積み、往生を願えば、臨終の時にその人の前に
姿を現わして(疑いながらも往生を願ったものが生れる懈慢界・疑城
胎宮に相当する化身の)浄土に導く。これは第十九願「たとひわれ仏
を得たらんに、十方の衆生、菩提心を発し、もろもろの功徳を修し、
心を至して発願してわが国に生ぜんと欲はん。寿命の時に臨んで、た
とひ大衆と囲繞してその人の前に現ぜずんは、正覚を取らじ」に基づ
く。他力の信ではなく、自己の修行として念仏を唱え、功徳を積んだ
者も最終的には他力の信に至ることができることは、第二十願「たと
ひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、わが名号を聞きて、念をわが国
に係けて、もろもろの徳本を植ゑて、心を至し回向してわが国に生ぜ
んと欲はん。果遂せずは正覚を取らじ」に基づく (
。 )
化身土巻後半は、正しい教えが失われた末法のさまがどのようなも
のであるかを、経典や論書の記述を引用して、描き出している。
このような『教行信証』の内容を、先に整理した修行者のレベルと
浄土の現われ方を整理したものと重ね合わせると、『教行信証』の最
後、化身土巻後半の末法のさまが仏教を信じない人たちにとっての
「現実」であり、そこから遥か彼方の仏に生れることを願う段階が化
身土巻、仏の世界に疑いがなくなった段階が真仏土巻や真実の教・行・
信・証として説かれていて、『教行信証』がユングが『チベットの死
者の書』について述べたのと同様、私たちの視点から捉えるならば、
後ろから読むべき書であることがわかる。実際、親鸞は、『教行信証』
化巻土巻で、自分自身、段階的に他力の信に到達したという、三願転
入を語っている。
「ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によ
りて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離
る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発しき。
しかるにいまことに方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり。
すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。
果遂の誓、まことに由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深
く仏恩を知れり。至徳を報謝せんがために、真宗の簡要を
うて、
恒常に不可思議の徳海を称念す。いよいよこれを喜愛し、ことに
これを頂戴するなり。」
親鸞自身、まずは自力の修行によって仏陀の境地に至ることを目指 し、次に自分の修行によって阿弥陀仏の浄土に生まれることを目指し、
最終的に他力の信に至ったというのである。その到達した境地から、
『教行信証』は書かれている。
経典の教えは、苦しみからの解放の境地に到達した仏が、衆生を導
くために、衆生に合わせて教えを説いたものである。衆生の視点に立
てば、浄土は目指されるものとなるが、それを説いている仏自身は仏
の世界にいるのであって、自分が仏の世界を目指しているわけではな
い。内容と説き手の視線は正反対なのであり、『教行信証』の正式題
名『顕浄土真実教行証文類』の「真実」とは、人の視点に合わせた方
便の教えではない、仏の視点の教え、ということである。梵天勧請と
対機説法の話からわかるように、わざわざ人にわかるよう人に合わせ
て説いたものを仏の側から捉えるのだから、冒頭から普通に読むとち
んぷんかんぷんなのは当然であり、人に合わせて説かれた言葉の真意
を探る教えの裏読みをする所もでてくることになる。
親鸞の意図
このような親鸞の考え方は、仏教的には頓悟に分類される。一般的
な教えは修行によって少しずつさとりに近づく漸悟であり、それに対
して、修行の結果到達するはずの境地を先に理解してしまうことによっ
て、一気に核心に到達しようというものである。親鸞は『愚禿鈔』に
おいて、聖道門の漸悟の教えが法相など、頓悟の教えが仏心(=禅宗)・
真言・法華・華厳経の教えであり、(親鸞は懈慢界・疑城胎宮に生ま
れることであるとする)一般的な往生を目指す教えが浄土門の漸悟の
教え、親鸞自身の説く「易行浄土本願真実の教」が浄土門の頓悟の教
えであると、自己の説く教えを他力の頓悟に分類している。
しかし、阿弥陀仏の存在やその誓願の働きに対して疑いがなくなる、
というのは誰でもできることではない。理解するだけで何か特別な実
践が必要とされるわけではないから、その意味では「易行」であるか
もしれないが、往生に疑いがなくなるという他力の信の獲得は、実際
にはきわめて困難である。親鸞自身、『教行信証』信巻で「常没の凡
愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まこと
に獲ること難し」と語っている。
親鸞がやさしい教えで民衆に救いを広めた、というのは近代になっ
て、親鸞や道元の教えをキリスト教の宗教改革者の事跡に重ねて「新
仏教」として捉えるようになってからの理解であって、実際とは異な
る。易行難信というのが、伝統的な親鸞の教えの捉え方だった。衆生
が理解実践できるように設けた方便をわざわざ除いてしまうのだから、
それが簡単であるわけがないのである。
親鸞がそのような万人向けとは言いがたい教えを敢えて説いたのに
は、いくつか理由が考えられるだろう。
ひとつには末法の世の到来である。末法とは単に乱れた時代ではな
く、正しい教えが失われてしまった時代のことで、日本では一〇五二
年に到来したと信じられていた。最澄は末法の世の到来の近い今、生
まれ変わりを繰り返して少しずつさとりに近づく漸悟の道はすでに形
骸化しているとして、頓悟を主張し(『守護国界章 (
』)、後世に大きな ) 影響を与えた。親鸞も『教行信証』で最澄の著として流布していた
『末法灯明記』を引用しており、それが頓悟を選ぶ大きな理由だった
ことは間違いない。
また、称名こそが往生の正業であるとする法然の教えは、それまで
の理解の側から批判されて、法然は流罪とされ、親鸞も連座した。明
恵の『摧邪輪』は法然の没後に『選択本願念仏集』を読んでその考え
を批判したもので、菩提心の欠などが挙げられている。親鸞が『教行
信証』を書いた理由として、法然の専従念仏を理論的に確立する意図
があったとする推測は根強い。
もちろん、そういったことも大きかっただろうが、一般に説かれて
いる浄土に生れる実践に、実はいろいろ問題があることが、別のアプ
ローチをとる理由のひとつとしてあったのではないだろうか。これは
親鸞が浄土七祖として挙げるインド・中国・日本の高僧の教えを親鸞
がどのように捉えて『教行信証』を完成させたかを検討する必要があ
り (
、稿を改めて詳しく論じる必要があるが、大まかに見通しを述べれ )
ば、次のようなことが言えるだろう (
)。
浄土七祖の筆頭である龍樹(ナーガールジュナ)の著とされる『十
住毘婆沙論』では、不退転(この場合は空性の直接体験)に至る道と
して、修行による聖道門と仏への信による浄土門のふたつがあると説
いている。そこでは仏への信によって仏の姿を見る般舟三昧(仏立三
昧)が、信による空性の直接体験と考えられている。
天親(ヴァスバンドゥ)『浄土論』(無量寿経優婆提舎願生偈)は往
生の実践方法を説き、体によって阿弥陀仏を礼拝する礼拝門、言葉に
よってほめたたえる讃嘆門、一心に往生したいと願う作願門、智慧に
よって仏の世界を観じる観察門、往生して他の衆生を救いたいと願う
回向門の五念門の五つが、往生に至る実践だとしている。身口意によ
り往生を願うわけだが、そのうち作願門は「奢 しゃ摩 ま他 た」、観察門は「毘 び
婆 ば舎 しゃ那 な」の実践に相当するとされている。一般的な実践法(聖道門)
においては、空性を直接体験するためには、一切衆生を苦しみからす
くうために仏陀の境地をめざす菩提心をまずおこし、意識を集中して
(止)空性を観じることが必要とされており、天親のこの書はなぜ往
生によって聖道門と同じ空性の直接体験が実現できるのかという理論
的な説明づけになっているが、そうであれば、修行によって空性を直
接体験することも、往生を目指して空性が直接体験できるのも、結局
やることは同じ、ということになってしまう。
しかも、この実践にはいろいろな問題点がある。菩提心は、『無量
寿経』で阿弥陀仏が前世でそうだったとされているように、要は仏陀
に出会って私も仏陀になりたいと決意することだが、凡夫の段階では
概念を超えた(仏教的にいえば「不可思議」の)仏陀に会うことはで
きず、概念的に菩提心を考えることを超えることはむつかしい。回向
も同様で、回向するものも回向する人も回向される対象も実体として
捉えない、三輪清浄が必要とされるのだが、それは空性を直接体験し
てはじめて可能なことである。仏の世界を観じることもそうで、いく
ら経典には「不可思議」の世界として極楽の様が描かれていても、そ
れを読み、頭で思い浮かべる世界は私たちの概念によって考えられた
ものにしかならない(だからこそ、そのような実践によって生れるこ とができるのは、「不可思議」な真の浄土ではなく、人間の概念に合
わせて現わされた方便としての浄土(化身土)だという理解がでてく
るのだろう)。つまり、仏を見て空性を体験するための実践は、仏を
見て空性を直接体験していないとできない、というトートロジーが生
じてしまうのである。
一般に、往生のために必要とされる福徳を積むことも同様で、輪廻
のなかの衆生がいくら福徳を積んだとしても、仏の世界に生れるだけ
の福徳を積むことはきわめて困難である。
それを解決したのが中国の曇鸞の解釈で、天親『浄土論』を
釈し
て(『往生論
』)、五念門の実践は、実際には修行者自身の力による
ものではなく、阿弥陀仏の誓願の働き、他力によるものだと説明した。
中国の善導は、韋提希夫人の願いによって釈尊が極楽往生の方法を
説く『観無量寿経』を、凡夫往生を説く教えで、また観想や福徳を積
むことによる往生は、韋提希夫人の願いに応じて説かれた、方便の教
えであるのに対して、経典の終わりで釈尊は阿難に「阿弥陀仏」の名
を後生に伝えるよう付託していて、これは釈尊自身の本意によるもの
であり、阿弥陀仏の名をとなえる称名こそが往生の正行であるとした
のである。
親鸞が教えを受けた法然は、神秘的な体験をする傾向があり、経蔵
で善導の教えを手にし、夢に半分仏、半分僧の姿の善導を見たことか
ら、善導は阿弥陀仏の化身であり、その解釈に全面的に依拠すべきだ
と「偏依善導」を唱えた (
。 )
中国や日本とは別に、チベットにもインドから極楽往生の信仰が伝
わり、今も盛んである。それらのどの地域でも、往生についてもっと
も重要とされてきたのは、疑いを持たないことと、常に阿弥陀仏と浄
土を憶念することである (
。 )
親鸞は七祖をたたえる「正信偈」の中で、日本の源信の教えとして、
「極重の悪人はただ仏を称すべし。われまたかの摂取のなかにあれど
も、煩悩、眼を障へて見たてまつらずといへども、大悲、
きことな
くしてつねにわれを照らしたまふといへり」という言葉を紹介してい
る。私たちは人間のパースペクティブで物を捉えているため、それから
解放された仏やその世界を目にすることはできない。そのため、遥か
彼方に仏の世界を思い描くわけだが、阿弥陀仏にとっても、私たちは
眼に見えない遥か彼方の存在である、というわけではない。仏は主客
二元論を超えた存在、一切智者であり、比喩的にいえば、仏の眼から
見れば私たち一人一人、一切衆生は眼の前にいるのである。その仏の
視線を常に意識し忘れないことが、往生の要点である。
しかしこれを自分の修行としておこなうならば、いくら修行に励ん
でも、瞑想していないときは阿弥陀仏を忘れていたり、ひたすら思い
浮かべておこうと努力しつづけても、肝心の死の瞬間にその思いがな
いこともあり得る。いくら疑いなく信じようとしても、見たこともな
い存在への信は、確実さを得ることが困難である。
だからこそ親鸞は、自分の思いに左右されない他力の信の獲得が重
要だとしたのであり、阿弥陀仏とその誓願の存在を確信できれば、仮
に自分の意識において阿弥陀仏を思い浮かべていない時でも、阿弥陀 仏の存在が見失われることは決してない。親鸞の教えはそのようなことを目指すものである。
親鸞を開祖とあおぐ浄土真宗(本願寺派)で聖教とされる教えのひ
とつに、蓮如が重視した筆者不明の『安心決定鈔』がある。このよう
に親鸞の教えを検討してきた眼でみると、この教えは他力念仏の特徴
と性格をよく説明していて、親鸞理解に役立つと感じられる。
「われらすでに阿弥陀といふ名号をきく。しるべし、われらが往
生すでに成ぜりといふことを。きくといふは、ただおほやうに名
号をきくにあらず、本願他力の不思議をききて疑はざるをきくと
はいふなり。」
「自力のひとの念仏は、仏をばさしのけて西方におき、わが身を
ばしらじらとある凡夫にて、ときどきこころに仏の他力をおもひ
名号をとなふるゆゑに、仏と衆生とうとうとしくて、いささか道
こころおこりたるときは、往生も近くおぼえ、念仏もものうく道
心もさめたるときは、往生もきはめて不定なり。…もしやもしや
とまてども、往生は臨終までおもひさだむることなきゆゑに、口
にときどき名号をとなふれども、たのみがたき往生なり。」
「摂取の心光われらを照らして、身より髄にとほる。心は三毒煩
悩の心までも仏の功徳の染みつかぬところはなし。機法もとより
一体なるところを南無阿弥陀仏といふなり。この信心おこりぬる
うへは、口業には、たとひときどき念仏すとも常念仏の衆生にて
あるべきなり。」
「また『法事讃』に、「極楽無為涅槃界随縁雑善恐難生故使
如来選要法教念弥陀専復専」といへり。この文のこころは、
「極楽は無為無漏のさかひなれば、有為有漏の念仏三昧に帰して
ぞ、無為常住の報土には生ずべき」といふなり。…うちまかせて
ひとのおもへる念仏は、こころには浄土の依正をも観念し、口に
は名号をもとなふるときばかり念仏はあり、念ぜずとなへざると
きは念仏もなしとおもへり。この位の念仏ならば、無為常住の念
仏とはいひがたし。」
(
( 元社。 )C・G・ユング著、湯浅泰雄・黒木幹夫訳『東洋的瞑想の心理学』創
1
( )川崎信定『原典訳チベットの死者の書』筑摩書房。
2
( に改めた。 )ユング前掲書、所収。チベット語の仮名表記を実際の発音に近いもの
3
( 一四年七月、十月号も参照。 『チベットの生と死の書』再読」上・下『チベット文化研究会報』二〇 )大迫正弘・三浦順子訳、講談社。拙稿「仏教の叡智と現代社会
4
( 岩波文庫)。 )経典に頻出するが、たとえば『金剛般若経』(『般若心経・金剛般若経』
5
( )ユクスキュル、クリサート『生物から見た世界』岩波文庫。
6
( 参照。 る神秘主義」頼住光子ほか『人間の文化と神秘主義』北樹出版、所収も )『ダライ・ラマ来日講演集智慧と慈悲』春秋社。拙稿「仏教におけ
7
( )中村薫『中国華厳浄土思想の研究』、『親鸞の華厳』法蔵館。
8
( )梶山雄一監修『さとりへの遍歴』下、中央公論社。
9
10
)瓜生津隆真訳、『龍樹論集』中央公論社、所収。 (( 公論社)。 がある(部分訳)が、該当箇所は含まれていない(『無住・虎関』中央
11
)『聖財集』一切経印房(近代デジタルライブラリーで公開)。現代語訳( れたことがある)。 チュー)の体系のなかの阿弥陀仏の十段階の瞑想法(日本で伝授が行わ
12
)ミンギュル・ドルジェ(一六四五~一六六七)が発掘した天法(ナム・13
)『浄土真宗聖典( 土真宗聖教の引用は同書による。
釈版・第二版』本願寺出版社。『教行信証』など浄(
so ph ie s・, Do ug la sS .Du ck wo rthe d. SUNY Pr es s
)。 と説明している。英訳がある(・Di sti ng uis hin gt heV ie ws an dP hil o-
仏陀にとっての現われは浄土のみで、輪廻の世界は他心通によって知る ク・テンペイ・ニマ。一八九八~一九五九)は『見解・宗義の弁別』で、 問題が生じ、チベット近代の学僧プーパ・トゥルク・リンポチェ(ドガ14
)この場合、どうやって仏陀は六道輪廻の世界を認識できるのかという15
)悪人正機段の内容については、佐藤正英『( に検討している。
異抄論考』青土社が詳細( える者の往生とされていることに注目している。 もし生まれずは、菩提を取らじ」と、名号の功徳を「おのが善根」と捉 生、わが名を説かんを聞きて、もつておのが善根として極楽に回向せん。 『無量寿如来会』には「もしわれ成仏せんに、無量国のなかの所有の衆
16
)梶山雄一『親鸞』中央公論社は、親鸞が『教行信証』に引用する異訳(
17
)村岡祐生編『天台宗教聖典』三、山喜房佛書林。18
)七祖の教えは、『浄土真宗聖典七祖( いる。
』本願寺出版社に収録されて( よる略論というべき『浄土文類聚鈔』が役に立った。 それを高く評価する梶山雄一『親鸞』前掲、そして何よりも親鸞自身に
19
)『教行信証』の読解においては、武内義範『教行信証の哲学』弘文堂、( ける浄土教」峰島旭雄監修『浄土教の事典』東京堂書店で触れた。
20
)法然による善導の教えの受容については、簡単にだが拙稿「日本にお 慧遠』浄土仏教の思想三、講談社、中澤中『全訳極楽誓願21
)チベットにおける浄土信仰については、『龍樹世親ツォンカパ 』起心書房を参照。簡単にだが拙稿「チベットにおける浄土教」『浄土教の事典』前掲で概観した。
科研費・基盤研究