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デカルト哲學の始源と性格1
川村三・千・雄
序 /
へ﹁若し我々がプラトンや,アリストテレスの議論を総て読んだ
‑としても︑示される嘉物について確乎とした判断をなし得ない
ならば︑我等は決して哲融者とはならないのだからである︒實
際にそのようなものは学問ではなく物語りを学勘だど見えるで
あちう﹂(窓σ・奮賢霞冒爵§一︒βq巴︑羅鼻目巌なる
博識は眞の知ではなく︑随つ・て眞㊨知を追求する哲学的思惟は
既存の知識を集積することに存するOではない︒それのみか實
は軍なる博識は無知に等し炉︒デカルトは既に若くして此のこ
とを知つたのであるつ﹁自己ぼ子供め時かも学問の裡に育てら
れて來た︒そして生活にとつて有用である総てについての明白
にして確實な知識をそれ等の方法によつて獲ることが出來ると
信じさせられたが故に自己はそれ等の学問を学ばんとする激し ︑ "'
い意欲を抱いた︒然し全艦の課程を終へて学者と払ふ階級に入
ることになるや否や自分は全く意見を攣へた︒何となれば自分﹁
は多くの疑ぴと誤謬の中に困惑したからである︒それ故に︑学40
,ばんと努めながらも釜々自己の無知凶σq︼6量β8を稜見する以︻外何等の利釜をも得ないように思は.れた﹂(U駐8調話q①智,
幕爵&ρHぽ鴛菖Φ①︒)}﹂︑\
かかる無知の自畳がデ卑ルト哲学の出磯黙をなすものと考へ
ぽり チ'られるなら接︑彼は正にソクラテスにも比せられるであらう︒
(詔営動巴び蟄β9Φ$oド働●戸娼昼芦ド国9目∵の・μお)蓋し爾者
に於ては等しく輩なる知は確實性の原理を訣く限りに於て︑混
齪し且,つ相蜀的なる憶見(90智馳o営鼠oβ)或は偏見(娼器冒﹂q①)
を與へるに過ぎないと考へられるからである︒.︑.ナ
ところで無知とは何を意味するであらうか︒デカルトにとつ
な‑ては其は自己の馴断に於ける確實性の鋏如に他ならない︒それ
〆
では確實なる判噺とは如何なる判断であ郵らうか︒それは眞と備とを明確に匠別する原理の上にたつ判噺である︒随つて無知と
は眞偏の辮別の原理を知らぬといふことでなければならない︒
彼にあつては正しい判断を下し眞備を匠別するめが即ち健全な.
思慮︑若しくは理性であり其はまた良識︑ざげo鐸融o霧と呼ばれ
るのである︒︑/
かくて彼は︑﹁自己は常に儒よ鰯眞を塵別する爲に学ぱうと
する烈しい意欲を抱いてゐた﹂と述懐し︑且つ﹁アルキメデスは9
地球をその位置かあ他の場所へ移動せんが爲に確乎不動なる一
黙Qみを要求した︑同様に自己は若し幸にも確實であり疑ぴ得
ぎるところの事柄をさへ嚢見娼來たなら高い希望を抱︽椹利を
.有するであらう﹂ρ岩α象9菖o篇げoρoげ笹暮一蟄めげ麟o砂o娼ぼΦ
b目①目譲尾ρ巳仙山津蟄寓o昌oΦoo旨qρH︒)と語るとき︑此のアルキ
メデス黙とは眞儒を冤別する確實性の原理に他ならないであら・
う︒しかもかかるアルキメデス瓢を見出すのか彼の方法的懐疑
の課題であゐが︑それはよく此の課題に解決を與へ得るもので
あらうか︒それを槍討するに先立つて先づ方法的懐凝の本質が
明にされなければならな"︒
︑註本稿に使用したデカルトの叙述はレ●Ω諭艮霞版によつ
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﹁眞理を槍ぜんが爲には一生に一度は出來得る限り凡ゆるも
のを疑つてみることが必要である﹂ρ男鼠昌o腔B岩﹀方法的懐
疑の意圖するところは眞理性の槍謹に存するのであつて所謂懐
疑主義に於ける疑ひではない︒蓋し眞理の桧誰と言ふ限り眞理・
が否定ざれるのではなく︑むしろ懐疑を通じて獲得される確實
性の原理によつτ眞理が基礎附けられると,いふごとを意昧す羅︑︑
からである4デカルト自身そのことを明白に語つてゐる︒,﹁そ
の故に︑︑自己は軍に疑ふ爲に疑ふのみ博であつて常に不決定であ
る幽漣簿目Φ一同目瓜の2ロ・︒であるごとを装ふ懐凝主義音遊眞似たので'よはない︑何となれば反樹に自己の垂罷的意圖は自己に確信を與41︑
へんとすることに外ならないのであり︑岩叉は粘土を襲見しよ一
うとするために動く土及び砂を取り除かんとずるのみである﹂
(旨.簿F冒押⑦︒)岩叉は粘土を護見せんが爲に土を除かんとす
る者は︑土砂の下に岩︑粘土の環れでゐることを信するのでなけ
ればならない︒同様に確實性の原理の爽見せんとして︑それを
.覆ふ凡ゆるものを疑はんと試みる者ぼ︑かかる眞理の存在を豫}想するものと考へることが出來るであらう︒ここにデカルト的︑
懐疑ぴ方法的たる所以が存するσである︒
倦て︑デカルトの思想獲展の過程はかかる疑ひより出嚢し自
我の存在の確信に到達し.更に神の存在の論讃に進むのである
が︑それについて﹁哲攣者の多くはピュロ︾主義者の如くに多ぐ・ 炉
ぼの事物を疑つたが︑それよりして神の存在するといふことを結
論しなかつた﹂︿5⑦♂霞①b目昌"α︒)といふ反駁が加へ疹れる︒此
の反駁は懐疑者は本.來判断中止をなす可きであり︑随つて紳の
ロヨへ存在の如きを結論す可きではないとの主張を含むものと解され
・る︒これに封してデヵルトは﹁たしかにピュロニズムは彼等の
疑ひから何事も結論しなかつたが︑そのことは人々が結論をな
し得ないといふことを語るものではない︑](邑①ま尾Φ置H<b︒)と
答へる︒これに訂つてもデカルトは自己の懐疑とピ肱ロニズム
とを明白に匪別しでゐることが知られるであらう︒ピュロニズ
4は判断を中止することに依つて眞理への意志を放棄するの̀であるが︑デカルトの疑ぴは却りて積極的にして肯定的なる眞理
への意志を含むものと考へなげればならぬ,'
然し勿強マカルあ方法的鍵と懐疑嚢とは鉦蘭係ではあ
︑るまい︒この黙についてウ材ンデルバントは︑デカルトの疑ぴ
はその當時のフランス精神の中に一般的であつた懐疑主義の中
より生れたものでみり︑しかも彼は如何なる懐疑主義者もな
さなかつた程にそ耗を方法的且つ懲底的に途行したと言ふ︒
へきノへを(尋冒師9げ蟄β90霧O戸9.⇔・娼ぼ♂頃9.押OQ●昌㊤)然し此の
主張をその儘承認することは爵來ない︒何となれば彼ぱ十七世
紀のフランスに於ける懐疑主義とデカルトの懐疑とを蓮綾的且
ノおりつ同質的に考へん込するものであり︑随って方法的懐疑の本質
を明になし得ないと思はれるからである︒それに封して﹁デカ
ルトの懐疑は先づ第一にモンテーニュのρ自①uαo宏∴①ゆへ關係
馬 '
,\せしめられるものであリピュロニズムの懐疑の如き一般的懐疑︑/
'ではない﹂(臼Qげo<欝属①5⇔霧o鎚げ$"噴旭Oα)なる主張はよ.
り正當であると言ふ可きであらうか︒然し此の主張の正當性が,
承認されるとしても︑それは術爾者の本質的關係を示すもので
はあるまい︒デカルドの方法的懐疑はフランスの一般的な懐疑
斡的精神より取り出された.ど想像し得るにもせよ︑かかる關聯の,︑みを以つてしてはデカルトの方法的懐疑の意義を十分に明にな
し得ざる如く思はれるのである︒・
*﹁デカルトは懐疑主義者と同様に決然と疑ひに投ずろ︑そしてデカ
ル ト ぼ 何 如 な ろ 懐 疑 家 も か つ て な そ つ と は 思 ひ 付 か な か つ 染 程 に 懐
' 疑 主 華 押 し 進 め う と い ふ 占 だ 於 て の み 難 家 か ら 異 な ろ ︑ .号 懐 一 ︑
疑主義の駁撃・は懐疑主唖義のΦbβ幽︒・①きo導自身から生ずろ﹂(ρ︑2る︑頃艶B①二♪ピ①︒駐団ω脇ヨΦ⊆Φ])o︒α︒費曽帥oの鳩,︾μ一ゆ竃'此の主張はデカルト一b的壌疑と懐疑主義的懐疑と彪同質的でありρ畢な乃程度の差と見徴・す限りに於てウィyデルバyトの主張と同一であると考へられる︒へ
然 し こ こ で 懐 疑 主 義 の 否 定 は 懐 疑 主 義 の o 弓 鐸 富 ① 日 o ぎ か ら 生 ず る と
コド
い ふ 昌譜 口 葉 ほ 如 何 に 解 さ ろ べ き で あ ら う か ︒ 若 し そ れ が 懐 疑 主 義 の 騨
底な意味すうとし六なぢば懐疑主義の克服に到逡すろよ・り︑は判断中
止に至るのでにな︑いであらうか︒然らずしてデヵルトが確實性の原︑ぐ
理に到蓮,しれとすうならばデカルト的懐疑は懐疑主義のそれとは本
質的に異なうと考へざうな得ないてあらう︒
ときころで︑デカルトの懐疑な確實性の原理の嚢見によつて絡
臆するものとすれば︑それは先づ第一に自己否定的であると言・
び得る︒このことは叉デカルト的懐疑に懐疑主義的懐疑に否定
︑ 的に關係するこ巴を意味する︒随つて我々は﹁く・:.彼に樹して
は最初の思索の努力として︑モンテーニュ︑サンシュ'︑アグリげッ︒八・ジャン・フランソワ・ピク炉ド・ラ・ミランドルの反駁及
窪懐凝主義め攻撃に封して害はれ惹ことのない確實性の原理が
課される﹂(昌・国ρ⇒oげo甘H$蟄⇔ま審動①一碁の費討げo凶宕㊦自q"
陶Φ娼o塁ρOo捧o﹄Φの巳ρ娼●同司α)といふ主張の中により深い眞
理を見出し得るのではなからうか︒即ちデカルト的懐疑と懐疑
家の懐疑との關係は蓮績的同質的ではな︽前者は後者に封して
非蓮績的異質的な契機を含んでゐる︒.換言すれば前者は後者を
否定的契機として成立し︑そのことは同時に一'7カルト的懐疑は自己否定的である之とを意味するゆ
ここに於て我々は近代のフランス的懐疑とデカルト的懐疑之
の開聯と︑ソフィスト的懐疑主義と彼自身ソフィストとも繕され
たソクラテスとの關係との類似を想ふことも可能であらうか︒
̀尋.︑=
﹁﹁自己は嘗つて自己の精神の中鴎入つて來たところの総てのものが夢の幻影程の眞實さしか有してゐなかつたと假定するこ
とに決心した﹂(呂騨戸H<レ︒)︒この叙述よりするならばたしがにデカル漆の懐疑は凡ゆる懐
疑主義にもまして徹底的であり︑そ雌はヴィンデルバント叉は
アムラγの主張する如くであると考へられる︒蓋し意識された
限りに於ての総てが疑ひに投ぜられることが宣言されてゐるか らである︒懐疑は観念たると實在たるとを問はす凡ゆるものに
向けられ︑如何なるものもそれよめ鵠れ得激いであらう︒然し
上のデカルトの表現は十分に注意されなければな︑らない︒何と
なれば彼は軍純に疑ふといふのではなくてq①ヨ居①嵐ωo冒︒︒q①ま言脅Φと語るが故である︒この表現は一艦如何なることを意
昧す岩のであらヶか︒,へ先づ第一にこの叙蓮に依ればデカルトの疑ひは假構的な性格
を有するもの止解されるのではなからうか︒
一般に懐疑は理性に固有的であり︑随つて叉自然的必然的で
あると考へるでとが出來るであらう︒特に感性的知畳の確實性'
に封する疑ぴは素朴な知性に於てさへ・生じ得る︒然し敏学的眞一'.理を疑ふといふことは最早自然的理性にとつて必然的であると43
'暗 鍵 儲 諜 繕 蝿 騒 馨 雛 齢 環 墓 融 鴨
もなく必然的でもな.い︒故に︑凡ゆる︑ものへ擾大されるデカル・喬の懐疑は實は假構の上に立つと解ざれるのである︒
然し假構は虚構ではない︒・蓋し︑それは感性的知畳に於ける'誤謬め如き維︑瞼的事實︑若し︽は理性の自.然性に基くが如き疑
ひを︑基礎として更に凡ゆるものに擾大されるが故である随つ
てそれは同時に誇張的であレ・デガルト自身﹁自己は過去の凡
・ゆる疑ひを誇張的畑弓霞びo自酔鐸①でみり且つ滑稽でみるとして
渤⁝棄す可きである﹂(顛象・ぐ押b︒q︒︒)と語るのである︒勿論此
の叙述は第一原理の嚢見の後になされたものであり︑随つて方"・