アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題
その他のタイトル The Tenure Problems of Family Farm in U. S. A.
著者 東井 正美
雑誌名 關西大學經済論集
巻 4
号 6
ページ 507‑537
発行年 1954‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/15786
論議の的となるに至ったのは︑
(I an d
t e n u
r e )
の問題に積極的な関心が寄せられ︑それが活澄な
一九
三0年恐慌以降のことであったといわれている︒じらい︑テニュア諸問題が種
々論議されて今日に至ったのであるが︑この論議は絶えず﹁家族農場﹂
こ4に﹁家族農場﹂という語は︑
明確に指摘したのは、W•K・マク。ハーソン(W•
K .
Mc
Ph
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so
n)
日常用語においても︑学術用語においても︑多義である︒この多義性について
・( 1 )
である︒家族農場という語には学術用語におい
て完全に容認されるような科学的定義がないことを指摘したマク︒ハーソンといえども︑その用語の科学的な定義を
新たに試みようとはしない︒それ程に︑家族農場の定義はあいまいであり︑複雑である︒
する﹂となし︑家族農業を次の如く定義される︒すなわち︑
がないというのが︑本当であろう︒ホフマソは︑家族農業とは﹃家族労仇によって経営され︑家族の最低限の必要
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リカ
合衆
国に
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る家
族農
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テニ
ュア
問題
︵東
井︶
東井金平氏は︑彼の著﹁米国農政問題研究﹂において︑ られている︒ アメリカ合衆国においては︑ランド・テニュア
一︑ 序
﹁一体家族農業とは何か︒これについては明確な定義 ﹁小規模農業というのは︑主として所謂家族農業を意味
( f a m i l y f a r m )
との関連においてとりあげ
東
アメリカ合衆国における家族農場のテ
井
正
ュア 問題
美
の種
類︑
小規模単位である︒
﹁わが国の農場 これらのうち約半数が農業所得に依存しない︑何故なら 一企業農業となるからである︒氏の引用した
其の規模は著しく異なるべきだし又異なっている﹄
に応じうべき︱つの農業単位である﹄と定義している
アメ
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合衆
国に
おけ
る家
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テニ
ュア
問題
︵東
井︶
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19
42
.)
︒しかしこれだと︑零細の飯米農業
( "
s ma l l s ub s i st e n ce ・ f ar m s "
)も当然に入っ
て来る︒聯邦農務省の見解は下の如くである︒
連邦農務省の
の他の農場は︑殆んど︑
の四ニパーセントが︑
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Y ou Me an Fa mi ly Ty pe a F rm ? ,"
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﹃家族農業とは︑外部労仇を適当量以上に使用することなく家族成
員の補助によって農業経営に専念し︑十分なる生計を営み農場を維持しうる農業をいう︒従って家族農業は︑農業
家族の大きさや構成及びその他の要素によって︑
(W ha t P os t‑ Wa r P o l i c i e s f o r Ag ri
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家族労佑によって経営される企業農業(^"
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"
)
で
Pr og ra ms ,
19
44
,
p . 5.)。fLは、+小立〈の宝か如広臨〖器示とは、
( 2 )
あると理解する︒﹂氏が︑家族農業を家族労仇によって経営される企業農業と理解されておりながら︑飯米農業をそ
の範疇から除外しようとされているのは妥当ではない︒何故ならば︑飯米農家といえども︑完全な意味の自給自足
農ではなくして農場生産物の一部を売却する農家である限りでは︑
﹁戦後問題に関する全部局並びに全地区委員会﹂の見解に従うと︑
﹁現
在︵
一九
四
0年︶約八万の大
規模農場およびプランテーションと対比して︑家族農場は約三百万である︒センサスの調査対象となっ・た二五0万
けれ
ども
︑
ばそれらは兼業農場
( pa r t ‑t i f m e ar ms )
か住宅農場
( r u r a l r e s i d e n c e s )
であるからである︒残余の百万以上が極めて
零細な農場であって︑その多くは︑家族が生活の資を農業によってえようとしている生計農場
( s u b s i s t e n c e fa rm s)
( 3 )
である︒﹂しかし︑
A . w
.グリスウォードが︑彼の著﹁農村と民主主義﹂でいつている如くに︑
これらの経済標準からして︑家族農場としての資格に失格したわけであるが︑その殆んど大
分尽されている︒すなわち︑ アメリカ合衆国が︑ た家族規模型である︒ここに家族規模型というのは︑家族労佑 部分は社会学的な意味からすれば家族農業なのであり︑この両者が合して︑往んの一部を除けば全農場の殆んど全
( 4 )
部を構成していた﹂のである︒事実﹁富めると貧しきとを問わず︑生産的たると非生産的たるとの別なく︑アメリ
( 5 )
力農場の圧倒的大多数は︑引続き家族の事業として営まれていたのである︒﹂
アメリカでは︑
継続企業としての農場をいう︒ここから︑
るの
であ
る︒
テニュア様式は︑全部が全部というのではないが︑
いき
おい
︑
一般的に経営者によって所有または借地され
によって営まれる一︵またはその補充として賃労働︶
テニュア問題といえば︑家族農場のテニュア問題となってく
このテニュア問題を重視する根拠は︑M
・ハ
リス
と
J・アーカーマンの両氏の次の言葉に十
﹁農村土地政策は︑政治的・社会的制度に関して一般に広く普及して来た基本的理念
とこれまで常に相互関係に置かれて来たのであり︑将来もそうありつづけるであろうから︑
世界の再建途上において主たる重要性をもつものである︒その関係は必ずしも明白ならずといえども︑そのきずな
は強力にしてしばしは強固である︒その説明には︑二三例示すれば十分である︒ ファーム・テニュアは︑
ュンカ﹈所領地
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)
がドイツの政治並びに経済に及ぼしたながい間の著しい影響は︑当をえたよい例である︒他の例は︑
中央ヨーロッパや東南ヨーロッパにおいて︑第一次世界大戦後土地貴族の存続を容認したファーム・テニュアとデ
モクラツー政治理念との間の矛盾である︒メキッコや口.ツアにおける最近の改革前の状態並びに日本の半封建的土
地所有
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は︑テニュア形態と政治制度との密接な関連を示す他の例である︒政治制度のい
かなる変化も︑それと相対応するテニュアの調節によって支持されないときには︑相対的に役に立なくなる運命を
アメリカ合衆国における家族農湯のテニュア問題︵東井︶
して
︑
るとなしたアメリカ農業の基礎たる家族農場である︒
柏民過程中の一八八
0年のテニュアに関する第一回センサスは︑二六形︵北部では一九劣︑
1
四%
︶
一九
三0ー四0年間の僅かの減少を別とすれば︑ の借地農の存在を示したのであり︑じ来一貫して増加の一途を辿り︑
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﹁借
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ct
)
を議長とす アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題︵東井︶
もつている場合がしばしばであるーー'特に︑農村地方が州の政治において重要であるときにはーーーことは︑その証
拠であると思われる︒﹂それで︑﹁アメリカ合衆国における現存のすう勢は︑われわれの土地制度を一層民主的に形
( 6 )
成しようという方向へ向つている︒﹂という︒かくの如く︑アメリカは︑土地政策を重視する︒その基本目的は︑
国家の生誕以来︑農業経営者によって所有された家族規模型農場にあったことはいうまでもない︒この家族農場こ
﹁家族形態農業の思想の生みの親﹂として称揚されているトマス・ジェファーソンが︑民主主義の根幹であ
アメリカの土地政策の基本理念が︑家族規模型自作農の創出︑農民的土地所有の確立にあったにもかかわらず︑
一 九 ︱ ︱
1 0
年の四二彩をピークとして
︵地
帯別
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︑北
部で
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西部
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同年
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︑南
部で
は三
0年の五五%︶以降停滞または低下
一九四五年には︑三二彦︵北部では二五劣︑南部では四〇劣︑西部では一五弧︶を示す︒これらの借地農の増減の
一般的すう勢には︑幾多の原因が貨献したのであるが︑
たゞ︑次のことを指摘すればよい︒一九四六年の﹁家族農場の会議﹂
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いて
︑
る第五委員会は﹁テニュア改善における政府の資任﹂という報告において以下の如くいう︒すなわち︑
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︑
一八
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来︑
それにはこ4
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マーレエイ•R・ベ―ーディクト
︵そ
の論
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稿を
あら
ため
る︶
︒
一貫して増加し来つている︒か4
︑︑
︑ る重大な増加の長期的すう努には基本的な原因があることは明かである︒この原因のうち重要な事実は︑農業は
. .
.
南部では三六劣︑西部では
四
ヽ ということである︒
しか
し︑
・・・現在資本制的企業であるということである︒また︑隠退農業者や他の投資家は︑たいてい︑農場の売却よりもむ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑しろ農場所有権を保有しようと欲することでもある︒;・・・・たとえ現在の借地農業者がすべて彼等が経営する土地を
( 8 )
購入することができたとしても︑新借地農業者が迅速に創出されるであろう︒﹂︵傍点筆者︶と︒借地農の増加の一
ろの︑第五委員会の見解は︑ 般的すう勢の基本的原因を︑アメリカ農業が資本制的企業であることと︑寄生地主が存在することとに求めたとこ
つまるところ︑現存の資本制的農業にあっては︑借地農業者の存続は不可避的である
借地諸関係の発達︵農業経常から土地所有の分離過租︶は︑
えはさかのぼらないが︑センサス資料によればそれは十九世紀末から明白に現れ︑アメリカ農業の資本主義発達に
内在し来ったのである︒家族規模型自作農の創設︵中および小農的土地所有の確立︶を企図するアメリカの生誕以来の
土地政策の基本的目的は︑匠う大な独立農民経営を確立するに至ったことは事実だが︑グレイのいう如く﹁採用さ
( 9 )
れた幾多の手段もこの目的を実現するに性ど遠いもので﹂あり︑それで自作農民経営と相並んで借地農場数を著し
く増加せしめたのであった︒しかも︑合衆国における借地諸関係は︑後で明となる如くに︑芳しいものではなく﹁文
明社会の最悪のもの﹂と嘆ぜられるようなものである︒借地農民経営の数的増加と借地諸関係の劣悪性との結果︑
合衆国の土地政策は大きく転じて一画期をなすに至った︒そしてそれは︑借地諸関係がもつ社会的︑経済的に不利
な諸点の克服を志向する︒そのことは︑直ちに︑
つまり家族農場が自己の農場の完全所有者たることを理想とする傾向が深まつていることを否定するものではない︒
ともあれ︑借地諸関係の劣悪な諸条件の克服への志向のもとに︑合衆国の家族農場テニュア問題が大きく浮び上つ
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合衆
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場の
テニ
ュア
問題
︵東
井︶
五
最近の合衆国の農政意欲において︑ アメリカ合衆国においてはイギリスにおける如く︑遠く
所有と経営の合致︑
アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題︵東井︶
以下アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題を観察しようとする︒この問題については︑既に拙稿﹁アメリカ合衆 国の﹃ファーム・テニュア﹄﹂︵関西大学経済論集︑第二巻第四号︑昭和二八年︶および﹁アメリカ合衆国における家族農場テ ニ ュ ア 問 題 ー
Ac
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の紹介ーーー﹂︵関西大学経済論集︑第三巻第二号︑昭和二八年︶
において︑それぞれ取扱ってきたので︑本稿の観察の直接の対象は次の二点に絞ることとする︒第一に︑合衆国の現存の借地 諸関係を地主・小作関係から把握すること︑第二に︑現存のテニュア諸条件下におけるテニュア集団︵各農地保有別階層︶の 優劣の意義とその評価︑が︑それである︒本稲の骨組は次の涌りである︒
一︑序
二︑合衆国の農民層の階層区分 (1 ) 経営規模別階層 (2 ) 農地保有別階層 三︑合衆国の借地諸関係 (1 ) 地主と小作 (2 ) 借地農の対しよ的な二つの性格 四︑各農地保有別階層の優劣
五︑結語
註(1)W•
K .
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.
(2 ) 東井金平著﹁米国農政問題﹂︵昭和二四年日本評論社︶一五ー一六頁︒
.(
3)
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9)
,
p p.
395ー
40
2.
﹁農村と民主主義﹂ (4)A.w グリスウォード著
(5)篠原泰三•朝倉孝吉訳 て来たのである︒
︵昭和二七年
.
東洋経済新報社︶一四一ーニ頁︒六
まず
︑
アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題︵東井︶
とに
する
︒
(1)経営規模別階層
七
Jg e p
h A ck er ma n a nd M a r s h a l l H a r r i s , E d.
︑F巴 n i l y Fa rm Po l i c y ( C h i c a g o t h , e U n i v e r s i t y o f Ch i c ag o P r e s s ,
19
47
),
p .
41
.
( 7 )
一九四六年シカゴ大学において開催された﹁本会議﹂の所産である﹁家族農揚政策﹂は︑拙稿﹁アメリカ合衆国におけ る家族農場テニュア問題﹂関西大学経済論集第三巻第二号︵昭和二八年︶に紹介されている︒
(8)Ag
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i s , o p . c i t . , p .
4 8 6 .
(9 ) L . C . G ra y
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,M
aj or a L nd Us e P ro bl em s an d S ug g e st e L i d n e s o f A c ̲ t i o n "
36 0. )
二
︑ 合 衆 国 の 農 民 層 の 階 層 区 分
先ず予備的段階として︑アメリカ農民層の経済的階層を見よう︒そしてその区分の仕方は二つある︒
︱つ
は︑
相対
的な意味での経営規模に基づく区分であり︑他はテニュアに基づく区分︑いいかえれば農業者と土地との関係に基
づくそれである︒前者は経営規模別階層であり︑後者は農地保有別階層である︒経営規模別階層区分に関しては︑
高橋伊一郎氏の﹁合衆国の農業における階層分化とその意義﹂季刊農業総合研究第七巻第四号︵昭和二八年︶が実に
詳しい︒従つて︑それに関しては︑高橋氏の所説のうち必要な要点のみを紹介し︑農地保有別階層の観察に移るこ
﹁各経営階層をいかに分類するかが問題となる︒アメリカ合衆国のように広汎な国土にいろいろな経営形
態のあるところでは︑経営面積をもつて分類の基準とはなし難い︒同じ一エーカーでも東部と西部とではその経済
的意味がはるかに違う︒そこで︑ここでは各農場の年間生産額をもつて各階層を分類する基準とする﹂と︑氏はい
( 6 )
( J e s n e s s , E d . , o p . c i t . , p p .
340 1
第一表 1945年度農業サンプル・センサスによる各 農楊層別一農場当り平均生産額および農場数
:合衆国
農 場 層 1分 類 規 準(生産額)
I
農 場 数I
(I〕 農 湯 単 位
I
F JL' 千1. 大 規 模 農 場 20,000以上 102
̲2. 商業的家族農場の大 20,0008,000 409
3. ゜同 上 中 8,0003,000 1,173 4. 同 上 小 3,000‑1,200 1,662
5. 小 規 模 農 場 1,200 500 924
〔I〕 非 農 場 単 位 *
6. 兼 業 農 場 1,200‑15,020*5未0 * 602
I
総名 目農農 場場 5,988579〔註〕 The 1945 Sample Census of Agriculture, K. L. Bachman and R. W. Jones, Sizes of Farms in the United States, BAE, Technical Bull., No. 1019, 1950.
*経営者の農場外就業日数100日以上。
**500‑250弗層は経鴬者の農楊外就業日数100日未。
250弗未暦は経営者の農場外就業日数の多窪にか
かわらない。
高橋伊一郎「合衆国の農業における階層分化とその
意義」季刊農業総合研究第七巻第四号 1953.10. p.
212より
第二袈 1944年所要労働力:合衆国*
所 要 労 働 力
(l) 農 場 単 位 成 年 男 子 換 算 人
1. 大 規 模 農 楊 7.2 5.8
2. 商業的家族農場の大 2.5 1.1
3. 同上 中 1.8 0.4 4. 同上 小 1.5 0.2
5. 小 規 模 農 場 1. 3 0.1
(I〕 非 農 場 単 位
6. 兼 業 農 器
I
0.5 *I
7. 名 目 農 場 0.9 **高橋伊一郎氏「前褐稿」における第二表から作成。
U.S. D. A. Technical Bull., 1019.
場外就業︑土地建物評価額が使用されている︒第一表は︑ アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題︵東井︶
う︒
事実
︑
一九四五年度農業サンプル・センサスは︑各農場の分類にあたつて三つの尺度すなわち生産物価額︑農
﹁その主な分類基準とそれに基いて分類された各階層別
農場数をしめす︒﹂これらの経営階層別の所要労仇力のうち賃銀労仇の占める比重を示せば︑第二表の如くである︒
第二表によれば︑大規模農場を別とすれば︑各階層の農場経営は主として家族労佑力によって営まれており︑賃労
仇はその補充としての意味をもつに過ぎない︒だから︑合衆国の大規模農場を別とすれば︑各経営階層は︑家族規
八
者と土地との関係に基づいてなされているものである︒
九
一九四五年には︑約三・九百万農場数が自作および自小作 以上で︑経営規模に基づく階層区分の要点の紹介をおえたので︑次にテニュアに基づく階層区分の観察に移ろう︒テニュアに基づく階層区分は︑三大別すれば︑①農地の全部または一部を所有する家族農場すなわち自作および
自小作農︑R自作農または地主から経営農地を借地する農場すなわち借地農Rおよび賃労佑者である︒自小作農
を自作農と等置することには若千疑点がないこともないが︑以上のような階層区分の仕方は︑合衆国において農業
アメ
リカ
合衆
国に
おけ
る家
族農
場の
テニ
ュア
問題
︵東
井︶
(2 )
農地保有別階層区分 という点では往とんど無意味に等しい﹂という︒ 模型農場であるといいうるであろう︒しかし︑これらの家族農場は各階層に分れて次のような性格をもつのである︒
一農場当り平掏貯蓄額および家計支出額の三点に
ついて検討されて︑各農場層の性格を検出された結果︑大規模農場数
l l
資本家的大経営︑商業的家族農の大小資
I i
本家的経営︑商業的家族農場の中および小11殷民的経営︑小規模農業︑兼業農場および名目農場11零細経営ないし
﹁まず︑階層別農場数からいえば︑農民的経営の比重が大きい︒約五割弱をしは兼業経営と規定される︒そして︑
めている︒それに次ぐものは零細経営ないし兼業経営で四割強をしめ︑
資本家的経営・になると︑その比重は非常に小さくなって.わずか一割にみたない︒ところが全農産物販売額のなかで
しめる各階層別農場の比重をみると事情はいちじるしく異つてくる︒すなわち総農場数の一割にみたない小資本家
的経営以上の層が全農産物販売額の約五割をしめ︑総農場数の四割強もしめる零細ないし兼業経営層は︑全農産物
販売額のなかで0•五割にも達していない。つまりアメリカ合衆国では、下層四割強の農場は、農産物の商品生産 これまた数が多い︒資本家的ないしは小 高橋氏は︑各階層別に所要労佑力のうち賃労佑力の占める割合︑
516
第三表 1945年農場保有形態別にみた農場数:合衆国*
I北 部・1 南 部 l西 部 I合 衆 国 1
,
自 作 農 1,844,871 1,702,663 414,329 3,961,863
マネージャー農 17,297 13,193 8,395 38,885
全 借 地 農 621,410 1,165,279 71,732 1,858,421
定 額 141,986 232,234 27,955 402,175
分 益 一 定 額 註 170,409 131,232 13,121
361994,, 7缶6る2'
分 溢; 309,409 355,257 30,656
ク ロ ツ 9ゞ一
. . . . . .
446,556・ ・ ・ ・ ・ ・
446,556* Number of Farms in Specified Tenure Groups by Geographic Regions, 1945.
Agricultural Census, 1945. Vol. 2, Chap. 3.
祖 、'Otherand unspecified" included in share‑cash.
Walter W. ・Wilcox and Willard W. Cochrane, Economics American Agrlculture, 1951, p. 121より。
農によって経営されており︑
of
西部での分益借地農と︑
納地代を牧受して︑︵分益借地︶彼等の全剰余生産物のみならず彼 著に対しよ的である︒南部では︑
地主はジェアクロッパーから物
の特に強力な南部地方のクロッパーとでは︑
その性格において顕 かつては奴隷制下にあり奴隷制度の残滓
提条件のもとに農業の資本主義発達が急速に進行した北部および と私的土地所有からの比較的大きな自由として特徴づけられる前
一口に分益借地農といつても︑資本主義下における中世紀関係
の高い分益借地農はいかなる性格をもつものであろうか︒
第三表は︑合衆国の借地形態において分益借地農場の数的比重
アメリカ合衆国における家族農場のテニュア問題︵東井︶
︵全農場の六八疹︶借地農場数は一・八百万である︵全農場の三二劣︶︒
三表である︒表によれば︑農民層と土地との関係に甚づく経済的階層は︑自作農場
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目
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) ︑
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借地農場
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︑
て︑自作農場は︑
定額借地
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) ︑ マネージャー農場
さらに分れ
分益ー定額借地
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︑
クロッパー
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となっている︒
が高いことを示す︒分益農といえば︑地代牧受規定からみれば︑
過渡的な地代形態をしめすものであるが︑合衆国において普及率
分 純自作農場と自小作農場となり︑借地農場も︑
10 表示すれば9第
最低賃銀の仕事から上昇しえないのである︒一グロ・クロッパーは︑ 等の生活必需部分の一部をも絞り取る︒この地代は封建的搾取と類似的である︒クロッパー制は奴隷制にかわって発達したものであり︑それはニグロの法的諸権利に対する諸制限によって支持された︒名目的には土地から離れることは自由だが︑農業外における一般的雇傭が全然ないから︑実質的には土地から離れえず︑最も熟練の不必要な︑
貧困な南部の全白人の賃銀を低下せしめて
来たのである︒南部の工業並びに他の農業の仕事の低賃銀によって多くの白人の貧農は土地を離れて自己の運命を
開拓するための機会を殆んどもたないか全然もたないのである︒歴史的にいえば︑ツェアクロッパーの身分は︑先
資本主義的諸関係の遺物である︒資本主義が拡大したときにもクロッパーは賃労佑者よりもよくならなかった︒シ
ェアクロッピングに基づくプランテイツョン制は南部の農業資本主義発達の後進性の一原因であり︑
( 1 )
慌によるその崩かい過程はとりもなおさずクロッパーの賃労仇者への転落過程であったのである︒
一九 三
0年恐
南部のクロッパーが先資本主義的諸関係の遺物として把握されるに反して︑北部︑西部に広範に普及する分益農
は︑金納借地︵ここで金納借地というのは現物を時価に換笙したいわゆる代金納
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ではない︶と異なった性質をごう
も含むものではない︒思うに︑合衆国の分益借地は地代形態において過渡的であり︑先資本主義的諸関係の遺物で
あって︑この限りでは南部のクロッパーと異ならないが︑北部︑西部の分益農は封建的ルートを全然もたないから
である︒かくの如く︑独立した分益農は商品生産をなし︑自己の生計費をつぐなって余りある剰余生産物を握りう
る可能性がある︒そして北部の分益農の多くは︑賃労仇者を使用する大経営者であり︑その地代形態は︑支払方法
( 2 )
を別とすれば完全に発達せる資本主義的地代である︒
以上の観察から合衆国に広範に普及する分益農は︑クロッパーを別とすれば︑その性格において貨幣借地と実質
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問題
︵東
井︶
マネージャー農︑借地農のそれぞれの性格はやがて後に明らかとなるか
ら︑こ4で賃労仇者について若千触れておこう︒合衆国における賃労仇者の範疇は︑次の如くである︒それは︑①
自己の農場の創出のための準備段階として農業賃仕事を求めようとする農家または農村出身の多くの青年︑⑨土地
で食つていけないが多かれ少かれ不規則な他の農業仕事をなすことにより土地にしがみつく貧農︑③農業経営の失
敗から農場を失った農業者および農業賃労佑で生活をなす農業者︑後者の多くは移住労佑者︑④合衆国で農場を所
( 3 )
有することが出来なかった外国生れの赤貧労仇者等である︒別の観点から賃労佑者を三大別すれば︑以下の如くで
③季節的移住労佑者(O•五ー一百万)等である。特殊な調査によれば、
五疹が白人であり︑
者は概して家族農場において使用されない︒定住雇傭労佑者の全てというのではないがその大部分は家族農場にお
( 4 )
いて使用される︒
以上でアメリカの賃労佑者の性格および家族農場との結びつきが若千明らかになったと思われるから︑
の 観 察 は 稿 を あ ら た め て な す こ と に し
︑ 観 察 を 先 に 進 め た い
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註
( 1 )
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クロッパーに関しては︑菊地諏一氏﹁アメリカ南部のクロッ
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﹂ 経 済 研 究
万 ︶ あ
る︒
(1)
ニグロは二四痴であり︑他の人種は一痴であった︒農業雇傭労佑力の二0%をしめる移住労佑 一農場での常傭賃労仇者(戦前において約一.0ー―•五百万) 次に︑自作農︵純自作農および自小作︶︑
アメ
l Jカ合衆国における家族農場のテニュア問題︵東井︶
的に異ならないことが明かとなったから︑特に留意する必要はない︒だから以下の論述では借地形態別を考慮しな
いで︑クロッパーを除いて借地農を一本として取扱うことにする︒
②在村季節的労佑者︵約一・五ーニ・五百
一九
四0
年に
は︑
農業賃労仇者の七
これ以上
第一巻第二号