博士論文審査報告書
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(2) 本研究は、植物由来天然物質であるアルギン酸を材料に用い、有用性の高い新 規の細胞培養基質を開発することを目的とした。本研究の結果から、鉄イオンを 用いて架橋させたアルギン酸が、細胞の培養基質となり得ることが初めて示され た 。ま た 、こ の 鉄 イ オ ン に よ り 架 橋 さ れ た ア ル ギ ン 酸 を 細 胞 培 養 基 質 と し て 用 い 、 培養基質を溶解させることにより細胞を回収する新たな培養細胞回収方法を考案 し、この方法が従来の方法に比べ、細胞へのダメージの少ない優れた方法である ことを明らかにした。 一般に生体組織は、細胞と細胞外マトリックスから構成されており、細胞外マ トリックスは細胞の増殖や分化にとって重要な「足場」として機能している。付 着 性 の 細 胞 を 生 体 外 に お い て 培 養 す る 際 に も 同 等 の 足 場 が 必 要 と な る 。「 組 織 培 養 用 ポ リ ス チ レ ン ( t i s s ue c ul t u r e p ol ys t yr e ne ; T C P )」 な ど の 人 工 基 材 を 用 い た 培 養時には細胞は培養基材に吸着された接着性タンパク質を介して基材となる材料 に接着し、足場を確保する。ビトロネクチンやフィブロネクチンは血清中に含ま れる主要な細胞接着性タンパク質であり、血清含有培地を用いた培養時に、細胞 の接着に関与することが知られている。一方、再生医学に大きく関与する研究分 野である「生体組織工学」では、再生の場の構築・足場の設計のために、細胞の 接着および増殖を支持でき、また生体吸収性を有した人工細胞外マトリックスが 必要とされる。生体吸収性バイオマテリアル材料は、おもに「合成材料」と「天 然 材 料 」に 大 別 で き る が 、「 合 成 材 料 」は 生 体 適 合 性 に 乏 し く 生 体 内 で の 残 存 物 質 の リ ス ク も あ り 、「 天 然 材 料 」は 高 い 生 体 適 合 性 を 有 す る 反 面 、感 染 リ ス ク な ど 安 全 面 、ま た 倫 理 面 で の 問 題 が 課 題 と な る 。こ の よ う な 点 を 考 慮 す る と 、「 植 物 由 来 天然物質」は生体適合性が高く、かつリスクの少ない材料であると考えられる。 「アルギン酸」は、このような植物由来天然物質のひとつであり、生体適合性・ 生 分 解 性 に 優 れ た 物 質 と し て 知 ら れ て い る 。ア ル ギ ン 酸 は 、D -マ ン ヌ ロ ン 酸 と L グ ル ロ ン 酸 が β -お よ び α -( 1 -4 ) - グ リ コ シ ド 結 合 に よ り 種 々 の 割 合 で 結 合 す る こ と により構成されており、二価以上の金属イオンにより架橋されゲル化する性質を もつ。おもにカルシウムイオンを用いて架橋させたアルギン酸は幅広く利用され ているが、タンパク質の吸着能が乏しく、細胞との親和性が低いため、細胞培養 基質としての利用には不適である。一方、アルギン酸は鉄イオンによっても架橋 され安定したゲルを形成することが知られており、生体適合性を有する材料であ ることも報告されているが、細胞培養基質として用いる研究に関してはこれまで に報告がない。そこで本研究では、有用な細胞培養基質の開発を目的とし、鉄イ オンにより架橋させたアルギン酸の細胞培養基質としての有用性を評価した。そ の研究を以下の5章にまとめた。 第1章は本論文の概要である。 第2章では、研究背景および研究目的について述べている。 第3章では、鉄イオン架橋アルギン酸薄膜上でのヒト皮膚繊維芽細胞の接着を、 1.
(3) カルシウムイオン架橋の場合と比較して検証した結果について述べている。イオ ン架橋アルギン酸薄膜を作製し、モデル細胞として正常ヒト皮膚繊維芽細胞 ( n o r ma l h u ma n d er ma l f i br o bl as t s ; N H D F ) を 用 い て 細 胞 培 養 基 質 と し て の 適 性 を 評 価 し た 。 NHDF を ア ル ギ ン 酸 薄 膜 上 に 播 種 し た 結 果 、 カ ル シ ウ ム 架 橋 ア ル ギ ン 酸薄膜上では細胞の伸展・増殖は見られなかったが、対照的に、鉄架橋アルギン 酸薄膜上では細胞の伸展・増殖が観察された。次に、血清タンパク質が鉄架橋ア ル ギ ン 酸 表 面 で の NHDF の 振 る 舞 い に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 、特 に 主 要 な 接 着 性 タ ン パ ク 質 で あ る ビ ト ロ ネ ク チ ン・フ ィ ブ ロ ネ ク チ ン に 着 目 し て 調 べ た 。そ の 結 果 、 無 血 清 培 地 を 用 い た 場 合 お よ び 、 ビ ト ロ ネ ク チ ン に 対 す る レ セ プ タ ー で あ る αv インテグリンを抗体によりブロックした場合、鉄架橋アルギン酸薄膜上への細胞 の初期接着・伸展は低減した。また、無血清条件下でもビトロネクチンを加えた 場合には、血清存在下と同程度の細胞の初期接着・伸展が確認された。一方、フ ィ ブ ロ ネ ク チ ン に 対 す る レ セ プ タ ー で あ る β1 イ ン テ グ リ ン を 抗 体 に よ り ブ ロ ッ クした場合、また無血清条件下でフィブロネクチンを加えた場合には細胞の初期 接着・伸展への影響は認められなかった。また、アルギン酸薄膜の表面特性を、 タ ン パ ク 質 吸 着 能 と 濡 れ 性 の 観 点 か ら 評 価 し た 。 ア ル ギ ン 酸 薄 膜 を 0、 10、 ま た は 100% の 血 清 に 浸 漬 さ せ た の ち 、 キ レ ー ト 剤 を 用 い て 薄 膜 を 溶 解 し て 、 溶 解 液 中 に 含 ま れ る タ ン パ ク 質 を S D S -PA G E に よ り 分 離 、 そ の 後 銀 染 色 お よ び イ ム ノ ブ ロット法により解析した。その結果、鉄架橋アルギン酸薄膜はカルシウム架橋ア ルギン酸薄膜に比べ、はるかに多くのタンパク質(ビトロネクチン・フィブロネ クチンを含む)を吸着することが示された。アルギン酸薄膜表面の濡れ性は、 ca pt i ve a i r b u b bl e 法 に て 測 定 し た 。 そ の 結 果 、 鉄 架 橋 ア ル ギ ン 酸 薄 膜 は カ ル シ ウ ム 架 橋 ア ル ギ ン 酸 に 比 べ 疎 水 性 の 表 面 を 持 つ こ と が 示 さ れ た 。こ れ ら の 結 果 か ら 、 鉄 架 橋 ア ル ギ ン 酸 薄 膜 が NHDF の 培 養 基 質 と な り う る こ と が 示 さ れ 、 ま た 、 初 期 の 接 着・伸 展 に は ビ ト ロ ネ ク チ ン が 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。 第4章では、鉄架橋アルギン酸を培養基質に用い、培養基質の溶解により細胞 を回収する新規の細胞回収方法を考案し、その有効性を評価した結果について述 べ て い る 。 TCP な ど を 培 養 基 質 に 用 い た 付 着 性 細 胞 の 生 体 外 培 養 で は 、 培 養 基 質 からの細胞の剥離・回収は必要不可欠なプロセスである。一般的に用いられてい る細胞回収方法は、トリプシン処理のような酵素を用いた方法や、スクレーピン グのような物理的な剥離による方法であるが、これらの方法は、細胞に少なから ぬ損傷をもたらし、細胞の機能・生存能力を低下させる。細胞回収に伴う細胞膜 接着分子へのダメージにより、活性酸素のような遍在的な有害物質からの傷害を 受けやすくなることも報告されている。また、細胞の凍結保存の際も、より損傷 が少なく生存能力が高い状態で回収された細胞の方が、凍結・融解後の生存率が 高くなるとの報告もある。そのため、細胞へのダメージが少ない回収方法は、多 くの用途に対し有用であると考えられる。そこで本研究では、鉄架橋アルギン酸 2.
(4) が、クエン酸塩のようなキレート剤を用いた架橋イオンの交換により生理的条件 下 で 容 易 に 溶 解 す る 性 質 を 利 用 し て 、培 養 基 質 の 溶 解 に よ る 細 胞 の 回 収 を 試 み た 。 モ デ ル 細 胞 と し て H e La 細 胞 を 使 用 し 、 鉄 架 橋 ア ル ギ ン 酸 基 質 の 溶 解 に よ り 回 収 し た 細 胞 と 、ト リ プ シ ン 処 理 お よ び ス ク レ ー ピ ン グ に よ り T C P か ら 回 収 し た 細 胞 を比較し、この新たな細胞回収方法の有効性を検証した。回収後の細胞生存率、 24 時 間 継 代 培 養 後 の 細 胞 回 復 率 を 評 価 し た 。回 収 後 の 細 胞 の 表 面 形 態 は 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 を 用 い て 観 察 し 、 細 胞 膜 接 着 分 子 ( β1 イ ン テ グ リ ン お よ び N-カ ド ヘ リ ン)の発現をイムノブロット法により解析した。また、酸化ストレスに対する抵 抗 性 を 調 べ る た め 、 回 収 後 の 細 胞 に H2O2 を 作 用 さ せ 、 24 時 間 培 養 後 の 細 胞 生 存 率 を 評 価 し た 。さ ら に 、回 収 細 胞 の 凍 結 ・ 融 解 後 の 細 胞 生 存 率 ・ 24 時 間 培 養 後 の 細胞回復率を調べた。細胞生存率の測定にはトリパンブルー色素排除法および WST-8 ア ッ セ イ を 用 い 、細 胞 回 復 率 は 接 着 細 胞 数 を 測 定 す る こ と に よ り 評 価 し た 。 その結果、鉄架橋アルギン酸基質の溶解により回収した細胞は、従来の方法によ り回収した場合と比較して、回収後の生存率・継代培養時の回復率が高く、細胞 膜へのダメージも少なく、細胞膜接着分子の発現も保持されており、酸化ストレ スへの抵抗力が高く、凍結保存後の生存率・回復率も高いことが示された。これ らの結果から、鉄架橋アルギン酸培養基質の溶解による細胞回収方法が有用であ ることが示唆された。 第5章では、本研究の総括及び今後の展望について述べている。本研究では、 これまでは細胞培養基質としての利用には不適であるとされてきたアルギン酸を、 鉄イオンを架橋剤として用いることにより、培養基質としての利用へも有用な材 料であることを示した。また、鉄架橋アルギン酸基質の溶解による培養細胞回収 方法は、トリプシン処理やスクレーピングといった従来の方法を用いた場合に比 べ 細 胞 へ の ダ メ ー ジ が 少 な く 、効 果 的 な 細 胞 回 収 方 法 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 今後の課題としては、鉄架橋アルギン酸上での培養細胞の生理学的機能の解析な どがあげられ、また、新規細胞回収方法の多くの異なる種類の細胞への応用も試 みる必要がある。 以上のように、本論文では鉄架橋アルギン酸の細胞培養基質としての有用性を 明らかにした。生体適合性が高く、かつリスクの少ない材料を用いた有用な細胞 培養基質、および細胞へのダメージが少ない優れた培養細胞回収法は、多くの生 物 医 学 分 野 用 途 へ の 応 用 が 期 待 で き 、評 価 に 値 す る 。よ っ て 本 論 文 は 博 士( 理 学 ) としてふさわしいものであると認める。 2010 年 2 月 (主査)早稲田大学教授. 理学博士(早稲田大学). 並木秀男. 早稲田大学教授. 理学博士(早稲田大学). 中村正久. 東京女子医科大学教授. 博士(理学)東京大学 3. 大和雅之.
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