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日本の現代神学──キリスト教倫理学の可能性── (1)

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著者 佐々木 勝彦

雑誌名 東北学院大学キリスト教文化研究所紀要

号 35

ページ 1‑20

発行年 2017‑06‑30

URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024391/

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日本の現代神学

── キリスト教倫理学の可能性 ──(1)

佐々木 勝彦

はじめに

昨年,イギリスはEUから離脱することを選択し,本年,アメリカは自国中心主義へと 舵を切りました。その背後には,グローバリズムの生み出した格差問題と,イスラム圏の 混乱から生じた難民問題があります。環境問題が象徴するように,それらの問題も,もは や一国の努力だけではとうてい解決できず,従来の「近代国家」の概念は再検討を迫られ ています。

筆者の住む地域では,あれほどの被害をもたらした東日本大震災の記憶も,残念ながら,

少しずつ消えていこうとしています。あれはたしかに天災であると同時に人災であったは ずですが,何もなかったかのごとく,原発が次々と再稼働されて行きます。異様な光景で す。

憲法も,「押しつけ憲法」の名のもとに,時の権力者とそれを支持する人びとに都合よく,

その基本思想が大きく変えられようとしています。人権を基本とした主権在民の思想も,

その限界がささやかれています。

幼稚園児が『教育勅語』を唱和し,軍歌を歌う映像には,目を疑いました。これは,た しかに2017年の話です。これこそが教育の原点である,と理事長は強弁していました。

これを受け入れている父母たちは,どんな教育を受けてきたのでしょうか。流動化する現 実に耐えらず,このありえない発想にすがり付くしかなかったのでしょうか。恐ろしい光 景です。

日本は一体どこへ向かおうとしているのでしょうか。世界のすべてが流動化し,「液状 化現象」に呑み込まれようとしています。このあまりに不安定な状況を「日本の現代神学」

はどのよう考え,そしてどのような答えを用意しているのでしょうか。教育現場に生きる 者は,この激流に抗して生き残るために,さしあたり何をどうすればよいのでしょうか。

本稿では,この約半世紀の間に,真剣に「日本の神学」でありつつ「世界の神学」であ ろうとした何冊かの著作を取り上げ,その主張に耳を傾けてみたいと思います。それらは,

すでに過去の書物であるにもかかわらず,今なお,あるべき未来への道を指差しているか

(3)

らです。自らの体験を整理し,考え,そして前に進もうとする者にとって,それらの内容 は「共に悩む勇気と生きる喜び」を与えてくれるはずです。

今回は,その第一歩として,大木英夫著『新しい共同体の倫理学 ── 基礎論』(上,下,

教文館,1994)を取り上げます。この書物は,自らの敗戦体験とその神学的克服という実 存的かつ根源的モチーフをうちに秘めつつ,戦後日本の状況を「歴史神学」の視点から捉 え直し,具体的には「近代の行方」を問うという仕方で,壮大な「キリスト教倫理」の「必 然性」を論じています。

本書は,時間をかけて咀嚼されるべき内容を備えた浩瀚な書物ですが,ここでは,あえ てその大きな骨組みだけを抜き出し,現場の教師自身が自ら本書を紐解くきっかけになる ことを願っています。具体的には,各章のなかからいくつかの文章を抜き出し,その内容 をごく短くコメントするという体裁で進めます。早速読んでみましょう。

「新しい共同体の倫理学──基礎論」への序

(1) 本書には,九頁に渡る決して短くない「序」が付されています。「序」「序文」あ るいは「はじめに」の部分は,一般に,すでに全体を書き終えた後に記されます。本書に おいてもそうだとすれば,この「序」には,「結論」を理解するためのヒントが隠されて いる可能性があります。そして実際に読んでみると,たしかにそれが入っています。

この「序」のなかで最も筆者の関心を引いたのは,その最後の部分でした。そこにはこ う記されています。「この序を終るにあたり,本書の著者が「激動の時代の生証人」であ ることは,その激動の傍観者としてではなく,それに全存在的に捲き込まれた者としてで あったという一個の事実について述べておきたい」と。この「一個の事実」とは,一体何 だったのでしょうか。

筆者はこれまで,『愛の類比』(教文館,2012),『わたしはどこへ行くのか』(教文館,

2013),『共感する神』(教文館,2014),さらに『日本人の宗教意識とキリスト教』(教文館,

2014)といった書物を出版する機会に恵まれました。それらに共通する関心は,「ある人 物の宗教体験とその思想の関連,さらにそれらと行動の関連を問う」ことにありました。

最後の書物において,すでに古屋安雄・大木英夫著『日本の神学』の概要を紹介しており,

さらに「どこから来て,どこへ行くのか ── ジョン・ウェスレーの場合(1703-91) ── (1),

(2)」『人文学と神学』(東北学院大学学術研究会,2016,2017)においては,大木英夫著

『ピューリタン ── 近代化の精神構造』(中央公論社1968,聖学院大学出版会2006)を取 り上げました。しかし著者の内面的モチーフについてはほとんど言及しませんでした。そ

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れは,その時点において,『自伝』に相当する資料に接することができず,何よりもそれ を咀嚼できる感覚をもてなかったからです。

ところが今になってようやく,本書の「序」の最後の部分を少し理解できるような気が してきたのです。著者は先ほどの文章に続いて,こう記しています。

「少年時代のわたしは,敗戦を東京陸軍幼年学校の最上級生として迎えた。そこにいた ことが,敗戦の国家的崩壊の衝撃を全的にその身にも魂にも受けることを不可避なものと した。それは,いわば地震による地割れから深層を見るような,歴史の深層を覗き見るよ うな根源的経験であった。賀川豊彦の導きによってキリスト者となり,やがて神学を学ぶ 者となった。神学は歴史の深層探求の手段となった。これらのことが,本書の背景にある。

その背景なしには,本書の倫理学的取り組みはあり得なかった。自らの置かれた時代に忠 実であるしかない。ただそのことが本書の倫理学的探究を制約するものでなかったことを 願うのみである。作家加賀乙彦氏は,わたしと同じ背景の同期生であるが,彼はその小説

『帰らざる夏』をその少年時代の衝撃の克服のため書いたと言う。本書もまた,あの「帰 らざる夏」から約半世紀を経て,それと類似の心境において,ただその克服が普遍的な基 盤に立つことを求めて書かれたものである。

一九九二年の降誕祭の日に」

大木神学の根底には,この事実があったのです。そしてそれはすでに十五年も前に,著 者自身によって記されていました。ところが筆者の場合,この言葉の内実を受け止めるた めに,どうしてもこの長い時を必要としました1

著者の時代は筆者の時代からそれほど離れていないにもかかわらず,「敗戦の体験の有 無」という点で,決定的に違っています。それは,神学教育を受けるなかでどうしようも なく存在する「溝」として感じられ,それ以来,一種の虚無感に悩まされてきました。と ころが後に「教師」として働き始めたとき,この感覚は,「大学紛争を知らない学生」と「そ れを生きた教師」の間の距離感として,わが身に再現されました。気がつくと,先に挙げ た著書のなかで取り上げた人物は,ほとんどがこの「戦争体験」を生きており,彼らの神 学はそのなかから生まれています。無意識のうちに,あの「溝」を越えようともがいてい たのかもしれません。しかもそれらの書物が出版されたのは,「2011年3月11日」の「後」

のことでした。

この東日本大震災の日から三か月後に,『理由もなく ── ヨブ記を問う』(教文館,

1 著者の敗戦体験と,その思想に大きな影響を与えた人びとに関する数少ない記録の一部は,本書 の「序」の他に,例えば次の箇所に残されています。『人格と人権』(上,教文館,2011)[「「地 の基ふるい動く」ただ中から ──序にかえて」,「まえがき」],『人格と人権』(下,教文館,

2013)[「あとがき」]。

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2011年6月)が出版されました。この本は,「未曾有の体験」をまったく予想せずに生ま れた本であり,今でもなぜあのとき,あのような形で出版できたのか,不思議でなりませ ん。いずれにせよ,東日本大震災を経験して,著者の言葉をわが身に起こったことして感 得するアンテナが備わったようです。著者は自らの体験を「いわば地震による地割れから 深層を見るような,歴史の深層を覗き見るような根源的経験であった」と表現しています。

「すべてのものが失われ,それにもかかわらず生き残った『わたし』」という重い問いがわ が身にもふりかかり,著者の世界を玩味する力がついたのかもしれません。

もしかすると,本書を紐解く方のなかにも,筆者と似た経験をする方がいるかもしれま せん。その際には,恐れずに,まず「知的に」理解する努力を重ねてみてください。そも そも知らなければ,その知識が深まる可能性もないのですから。

(2) 著者は本書を「構想するにあたって,特に感じていたこと」(2頁)として,次の 四つのことを挙げています。

第一は,「現代世界に現れた変化とは,自然的生長ではなく,「回心」にも似た変化,ま さに「激変」であり,それは連続的ではなく,非連続的な変化であって,この激変が,古 い安定した秩序ある「自然的世界」を崩壊させる」ということです。そしてこの変化をと らえる方法について,「深層心理学という学問があるが,それになぞらえて言えば「深層 社会学」なるものがあり得てよかろう」と述べています。それは「変化する社会的現実の

《深層構造》の究明を通して,そこに発生する方向や目的への憧憬を感受し,そこに倫理 的当為を見出す行き方」です。

この説明のなかで注目しなければならないのは,現代の変化をパウロの回心に似た変化 として捉えていることです。したがってそれは,「自然的・連続的・心理学的成長」概念 では理解できないことになります。というのは,聖書の理解によると,回心とは被造物で ある人間の経験でありつつ,本来,創造者なる神によって惹き起こされる出来事であり,

この神と被造物の間には「連続性」がないと考えられているからです。著者が,「自然か ら歴史へ」や「神学的相対主義」といった用語を用いて,現実の変化とそれに対応する方 法について説明するとき,この「非連続性」の思想が前提となっていることを忘れてはな りません。「連続性」の思想を「ヘレニズム」と呼び,「非連続性」の思想を「ヘブライズ ム」と呼ぶとすれば,著者は,現代の激変をヘレニズムで理解することは不可能であり,

それは「ヘブライズム」によって初めて解明される,と語っていることになります。

第二は,「今日の倫理学の企ては,現代のオプティミズムとニヒリズムとの二つの前線 における戦いとならざるを得ない」ことです。前者を支えているのは「啓蒙主義的理性の

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進歩の信仰であり」,二つの世界大戦によってもたらされた惨禍にもかかわらず,人類は 今なお「科学技術の発展のもたらす成果」の幻想に捕らわれています。この幻想は,政治 体制や経済システムの相違にもかかわらず,全人類を魅了し続けています。他方,「ニヒ リズム」については,その「影はいまだ見極めがつかないほど大きく迫ってくる。それが 襲いかかる危険は,まだ予感されているだけである。もしその全貌がはっきりしだすなら ば,人類は前代未聞のニヒリズムの火砕流に直面することになるであろう」と警告してい ます。

今日のオプティミズムとペシミズムの最大の問題は,「倫理性」を喪失していることに あります。この状況において,著者は,ニヒリズムそれ自体について論ずるよりも,むし ろその「《克服》」について語るべきであるとしています。ヘブライズムによると,「「回心」

ということにおいて,人間は神の存在と魂の健康を取り戻す」のであり,ニヒリズムを克 服する真の鍵はここにあります。

第三に,今日の倫理学の企ては,「相対主義の克服」を課題としなければなりません。

この相対主義が絶対主義よりも安全であるという保証はどこにもありません。相対主義も,

自らの立場に固執するかぎり,やはり「自己絶対化の罪」を犯すことになり,これについ て著者はこう述べています。

「絶対主義における人間の自己絶対化の悪は,比較的見えやすいけれども,相対主義に おける人間の自己絶対化は,隠微なもので,見えにくい。今日重要なことは,一方で,真 の謙遜の精神をもつ相対主義と,他方で,人間は神ではなく人間である故に,相対的なも のの中にある価値の「違い」に相応しく認識すること,つまり,より良い価値と,より悪 い価値とを人間に相応しく識別することである。それを,わたしは「神学的相対主義」と 呼ぶ」。

この「より良い価値と,より悪い価値の区別」の必要性と「神学的相対主義」について は,本書の第三章と第四章において,神学史を踏まえた議論が展開されています。とりあ えずこの段階では,次のように想定して,読み進むことにしましょう。つまり著者は,「「あ れか,これか」という発想だけでも,また「あれも,これも」という発想だけでも,この

「激変」は乗り切れないと主張している」と。

第四に,「今日の倫理学的企ては,悪しきプロヴィンシャリズム(地方主義)と悪しき ユニヴァーサリズム(普遍主義)との闘いである」ことです。悪しきユニヴァーサリズム とは,いわゆる帝国主義を指しますが,著者は,それは「ソ連の崩壊によって挫折した。

それ故これからはプロヴィンシャリズムの方が問題となるであろう」と述べています。そ して悪しきプロヴィンシャリズムの例として,「日本異質論」の類の倫理学とその提唱者

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たち,具体的には和辻哲郎と梅原猛の名前が挙げられています。著者の理解によると,今 日の倫理学は「《世界に通用する》日本人のための倫理学」でなければならず,それは世 界共同体の倫理学とならなければなりません。

第一章 「社会変動と倫理の問題」

『新しい共同体の倫理学 ── 基礎論』は(上)(下)の二巻から成り,それぞれ四章か ら構成されています。その標題は次のとおりです。第一章「社会変動と倫理の問題」,第 二章「古い共同体から新しい共同体へ」,第三章「文化価値の倫理学」,第四章「神学的相 対主義」,第五章「自由の伝統」,第六章「主体性の問題」,第七章「新しい共同体の形成」,

第八章「規範の問題」。以下の章立てと標題は,更に本書の内容を自ら検討しようとする 方の便宜を考慮して,本書の構成に従っています。

第一章は,I「状況からの出発」,II「社会変動論の倫理学への導入」,III「近代化として の社会変動」,IV「社会変動の社会学的諸相およびその深層構造」,V「社会変動と倫理学」,

の五項から構成されています。なお,以下の引用文の後にある括弧の中の数字は本書の頁 数を,そしてローマ数字は各章の項を表しています。また引用文のなかのイタリック表記 の部分は《 》で示してあります。

① 「この倫理学は,社会変動の「事実」を直視することから開始することにおいて,

原理とか規範とかから出発する行き方とは,外見上異なることは明らかである。規範の問 題の考察は,下巻の最後の章に置いた。その意味ではこの倫理学は,通常のキリスト教倫 理学とは異なる道を行くことになる。倫理学において規範の問題が避けられないことは言 うまでもない。しかし,それが避けられないということを,今日では最初に置かれるより は,辿ってそこへと至り,その必然性を確認するという仕方で究明していかなければなら ないと考える。状況から規範へと肉薄するのが,現代の倫理学でなければならない」(23頁,

I)。

※ ① は,I「状況からの出発」の冒頭の文章ですが,「序」の解説によると,「この倫 理学の基本線の成立はかなり早く,敗戦の後約二十年の間に出来上がっていた」(1頁)

と記されています。

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② 「日本のプロテスタント・キリスト教界では,いわゆるエキュメニズム[世界教会 運動]の影響をうけた人々の間で,「急激な社会変化」」(rapid social change)という言葉 が輸入され,多少の関心を呼んだ。ところで,エキュメニズムの中で,この言葉が最初公 的に用いられたのは,一九五四年のエヴァンストン世界教会会議においてであった。それ 以来この語は,エキュメニズムの諸会議における現代世界の認識に対し,エキュメニカル な議論の共通の枠組みを提供するものとなった。この見方は,今日の社会変動の現実の認 識の先取り的なものであったが,日本では,このような社会の把握の萌芽は,当時のマル クス主義的寒気団の南下のもとで,発育しにくい状況にあった」(27頁,II)。

③ 「この社会変動の関心が頂点に達し,そして分解しだすのは,一九六六年ジュネー ブで開かれた世界教会会議の「教会と社会」協議会においてであった。われわれは,この 会議を,一応出発点として設定しておく。この会議は,社会変動の事実との世界的《出会 い》の機会であり,また世界の現実を共に直視し,それと取り組む体制を確立すべき会合 でもあった。しかし,結果的には,この会議は,社会変動論を倫理学の中に明確に導入し,

それをもって倫理学を再構築するという転機にはならなかった」(29頁,II)。

※ 著者はこの一九六六年の「ジュネーブ会議」に出席しており,そこで行われたメッ サニーの基調講演に対し,東洋的な感覚から強い反発を覚えたことを率直に記しています。

これは,一九六八年四月に出版された『ピューリタン』の内容からはうかがい知れない事 実であり,いずれ大木神学の成立に関する研究において十分に検討されるべき記述です。

またこの段階で「敗戦後のドイツの神学」の動向が紹介されており,特にハイデルベルク でトレルチの後継者となったハインツ・エドゥアルト・テートの倫理学の問題点が指摘さ れています。彼は「バルトやボンヘッファーの方向に向かってトレルチを克服しよう」(37 頁)としたが,著者によると,それは誤った選択でした。なぜなら新しい現実はむしろバ ルト神学の「改造」を要求していたからです。

④ 「「近代化」の存在論的性格は《歴史化》と呼ばれるものであり,近代世界を貫いた 社会変動は,メッサニーが言う「自然」からの「自由」という性格をもっていることに,

われわれは注目せねばならない。つまりそれは「自然」から「自由」へという変化,「自由」

の介入によって,「自然」が「歴史」化する過程でもある。『歴史化』とは,世界の存在論 的構造の「自然」から「歴史」への変化を言う。世界が「コスモス」として捉えられてい たことから,世界が「歴史」として,歴史的世界として,捉えられることへの移行である。

社会変動,近代化,歴史化,これらは今日の世界に顕著に現れだした新しい現実の様態を

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言い表している同義語である」(47頁以下,III)。

⑤ 「日本のプロテスタンティズムは,「近代化」に対する否定的対応において,自己欺 瞞を継続した。日本プロテスタンティズムは,その教会史的由来は,アングロ・サクソン 的プロテスタンティズム,或いはピューリタン的キリスト教である。それが《存在》の面 でのつながりである。ところが,《意識》の面では,つまり神学の面では,ドイツ語的神 学(ドイツとドイツ語圏スイス)の圧倒的影響(「ゲルマン捕囚」)を受けた。そこに意識 と存在との《分裂》が起こった。教会の「存在」は,アングロ・サクソン的プロテスタン ティズムであり,いわゆる「自由教会」型の教会である。その存在においては,中世的コ ルプス・クリスチアヌムを依然として存続させるヨーロッパの教会とは,《構造的に異な る》。この「自由教会」の成立は,まさに中世的文化総合を分解し,コルプス・クリスチ アヌム的教会と国家の統合を破壊して,まさに「近代」を発進させる原動力であった。ト レルチによれば,ルターの宗教改革は,いまだ中世的である。もちろん,宗教改革なしに 近代世界は可能ではないことも確かである。確かに近代の開始は,ピューリタニズムの動 きからだと言える」(53頁,III)。

※ ④ と ⑤ には,著者の「歴史神学」を理解するためのキーワードが満載されています。

「自然からの自由」「歴史化」「近代化」そして「社会変動」は,④ の最後に記されている ように,「新しい現実の様態」を表す同義語として理解することができます。⑤ の「ゲル マン捕囚」という用語にも著者の思いが込められています。日本に生きるキリスト者にとっ て,決して忘れてはならない歴史的背景が指摘されています。

⑥ 「近代化とはその中に一定の特徴をそなえた四つの相をもつ社会変動過程である。

それは,何よりもまず外面的に現れている社会現象であり,そのようなものとして社会学 的観察の対象であって,社会学的観察によって認識される。それらは,① 工業化,② 都 市化,③ 民主化,④ 情報化,と呼ばれる四つの相に分類される」(55頁,IV)。

※ 「経済生活,社会生活,政治生活,知識生活」にみられるこの四つの変化の深層には,

ヴェーバーが指摘した「非魔術化・合理化」の力が働いています。それは「自然」から「自 由」へという変化の下で起こっています。「《真理から情報へ》,これは《真理の歴史化》

といってよい。真理は永遠ではない」(58頁)との指摘は,問題の所在を明示しています。

今,緊急に必要とされているのは「情報の哲学」なのです。

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⑦ 「《深層社会学は神学的次元をもつ》。世界史を特徴づけているこの社会変動は,例 えばマルクス主義のような既成の理論が想定した法則性の枠組みを大きく突破してきた。

それによって示されたのは歴史の流れの圧倒的な速さと強さであった。それは,歴史がも つ「自由」の契機を示すものであった。それは,自然的或いは理性的枠組みを突破する「自 由」である。この《歴史の動きに対していかに倫理的に取り組むか》という問題を意識し たのはトレルチであった。トレルチは,その歴史の動きを認識した歴史哲学者として,彼 の歴史哲学的な課題を,いかに「歴史の流れに堤防を築き一定の形を与えていくか」とい うことに見た。われわれの課題をそのように規定することも一応可能かもしれない。しか し,更に《厳密に》言えば《歴史が倫理を要求するのは,この社会変動の中に「自然」か ら「自由」へという過程があるからなのである》。この自由が歴史形成力となる。自由は 主体的でありまた客観的でもある。自由は自然を歴史に変える。もちろん人間が自分の身 体の皮膚の外に飛び出せないように,歴史は自然的基礎から完全に脱却することはできな い。 しかし自由はたえず自然からの超越を求める。自由とは,「からの自由」であり,そ して「への自由」である。その「動き」の中に「当為」の問いが発生するのである。……

倫理の課題は,深く歴史の内部から出てくる。《歴史の胎内に当為が胚胎する》。…… 倫 理とは,歴史形成的でなければならない。その限り,それは政治的でもある。政治は,歴 史においては倫理問題から完全に自己を分離することはできない」(64頁,V)。

⑧ 「この社会変動は,質的には「自由化」を惹き起こし,量的には「国際化」或いは「グ ローバリゼーション」を産み出している。このグローバリゼーションは,自由化の程度と

《相関的》であるが,その自由が《倫理性》を帯びることによって,その限りにおいてグロー バリゼーションは《倫理的過程》となるであろう。現実にはその自由がいまだ科学技術の 段階に表現されて,倫理的に性格づけられていない。そこに現代社会の危険がある」(67頁,

V)。

※ 第一章は「人間は,自然的基盤から完全に脱却できないのである。歴史と取り組む 倫理学は,《この限界についても》十分認識をもっていなければならないのである」(69頁)

と結ばれています。これは,「人間は「死」によってしか,完全に自己の自然的基盤から 自由になれない」との自覚をもって,しかも超越論的次元を意識しつつ,世界の歴史化に 対応すべきことを語っています。今日あらわとなっている「グローバリゼーション」の矛 盾に対しても,必要以上に悲観的にならずに,また必要以上に楽観的にならずに,終末論 的奥行をもつ「倫理性」に立って行動することが期待されています。

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第二章 「古い共同体から新しい共同体へ」

第二章は,I「和魂洋才と近代化」,II「大日本帝国憲法から日本国憲法へ」,III「古い共 同体の倫理学 ── 文部省の『国体の本義』と和辻哲郎の『倫理学』」,IV「第一次大戦と 第二次大戦における思想の戦い」,V「日本国憲法における国体の変化」,VI「世界史的コ ンテキストにおける日本国憲法の基本理念」,VII「日本国憲法の倫理学的問題」,の八項 から構成されており,それらの表題から,「古い共同体」とは,「大日本帝国憲法」下の日 本,そして「新しい共同体」とは,少なくともここでは「日本国憲法」下の日本を指すこ とが分かります。

① 「しかし和魂洋才は,結局問題の解決にならないので,今日に至るまで明治の国粋 主義と欧化主義の対立はさまざま変奏されながら日本知識人の心中深く存続している。今 日の日本の課題は,まずこの「和魂洋才」という日本ひとりよがりの枠組みを打破するこ とであろう」(74頁,I)。

② 「「和魂洋才」ということは,《精神の鎖国》を意味する。……「和魂洋才」の〈和魂〉

とは精神的主体性を意味しない。…… それは日本という地理的限定に頼っている。…… 

主観的に言う和魂とは,客観的に言えば,国体である。国体なしに和魂なしである」(92頁,

III)。

③ 「以上結論的に言えば,われわれは和辻倫理学の中に「古い共同体の倫理学」の典 型的表現を見出す。「古い共同体の倫理学」 ── それは和辻哲郎においては「国民的道徳」

である ── に対して,われわれは「新しい共同体の倫理学」 ── グローバリゼーション の過程の中で「普遍的道徳」をもつ日本人の生き方 ── を探求せねばならぬのである」(97 頁,III)。

※ 本稿の冒頭において言及したとおり,二十一世紀の今日,「神道精神を建学の精神 とする」との建前から,「教育勅語」を暗記させる幼稚園が現れました。しかもその責任 者は,これは,時の総理大臣の期待する人間像にかなっているはずだと豪語しています。

これを突発事故の如く考えるとすれば,大きな過ちです。「和魂漢才」および「和魂洋才」

の精神は,海に囲まれた島国日本の長い歴史のなかで刷り込まれてきたものであり,今な お,われわれ日本人のなかに厳然と生きています。この「無意識の支配」から逃れる術は,

教育と,歴史の再発掘による道しかありません。この意味で,本書の第二章は,貴重な研 究資料となります。人権教育は,過去に遡る話であると同時に,希望の内実を語る話なの

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です。「和辻倫理学は,近代日本国家の勃興と挫折に運命を共にした壮大な失敗作」との 評を,もっと真剣に受け止め,考える必要があります。そしてこれについて語る者は,や がて自らの責任と言葉で,その理由を説明せざるをえなくなります。

④ 「法制史的観点から見れば大日本帝国憲法はプロイセン憲法をそのモデルとしてお り,そしてプロイセン憲法の第一次世界大戦における運命は,世界史的思想史的コンテキ ストにおいて明白な位置をもっている故に,日本の敗戦の世界史的意味を理解するために,

迂回することになるが,日本に影響を与えたドイツの思想状況を見るのがよいと思う」(98 頁,IV)。

⑤ 「トレルチは第一次対戦を,イギリスやフランスの個人主義や合理主義に対して,

ドイツの固有の文化伝統としてのロマンティークとそれに基づく「具体的・歴史的」な国 家思想との戦いと見做した。それは,ドイツと西ヨーロッパとの違いの自覚である。レオ・

シュトラウスのいわゆる自然権思想対歴史主義という対立である。《この》対立が第二次 大戦の日本の『国体の本義』の背景に見出されるのである。

さて,トレルチは,この違いを理解するとともに,この違いの調停と総合とを考える思 想家であった。そのことをここで指摘しておきたい。…… ドイツにおける個人の「義務 的献身」の倫理,或いは「国家神秘主義」は,西欧の契約的国家理解や人権の思想と《対 立》するものであることを明らかにする。…… トレルチのこの総合は,第二次大戦を経,

そして更に一九九〇年一〇月三日の東西ドイツの統合の日にようやく実現するに至った」

(99頁以下,IV)。

⑥ 「明治憲法がプロイセン憲法の衣を着た日本的直接君主制であるならば,第二次大 戦は,第一次大戦のヨーロッパにおいて敗北した憲法思想の,日本における《再度》の敗 北であったということができる。プロイセン憲法を媒介として,日本の伝統的国体は十分 に法制度的に展開発揚された。日本の国体は,明治憲法によって歪められたのではなく,

その本質を十分に発揮した。…… そしてプロイセン的ドイツは,第一次大戦で敗れ,プ ロイセン的日本は第二次大戦で敗れた」(101頁,IV)。

※ 明治憲法がプロイセン憲法をモデルにしていたことは知っていても,そのプロイセ ン憲法がその後どうなったのか,これを知る人は決して多くありません。もし「プロイセ ン的ドイツは,第一次大戦で敗れ,プロイセン的日本は第二次大戦で敗れた」とすれば,

同じく第二次大戦において敗れたとしても,ドイツと日本では,異なる思想的課題を背負っ たことになります。

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⑦ 「日本国憲法の制定は,確かに《西欧の文化価値の継受》である。その中心にある 概念は「人権」である。今日「人権」理念は世界史的意義を担いだした。日本国憲法の世 界史的位置づけを考える場合,われわれは,ここで,ゲオルク・イェリネック (1851-1911)

の人権の法制史的研究に触れねばならない。へーゲルと異なる見方とは,具体的に言えば,

この《イェリネックによって開かれた視野》を言うのである」(118頁,VI)。

⑧ 「イェリネックは,「中世および近世の自然法に欠けているのは,国家と社会を改革 するという宣伝的な性格である」と言う。したがって,結論的にイェリネックはこう言う,

「しかし,自然法,啓蒙主義,および経済的自由主義の理論が,かかる大きな作用を及ぼ したにもかかわらず,これらの理論からだけでは『権利宣言』の観念は出てこないのであ り,この観念はアメリカにおいてはじめて現実のものとなったのである。現に存在してい る立法上のもろもろの手掛かりがさらに発展していくためには,他のもろもろの力が加わ らなければならなかった。そしてこれらの力とは歴史的レーベンの力以外のなにものでも ありえなかったのである」。この判断は《正しい》。この「歴史的レーベンの力」というの が,ピューリタニズムだというのがイェリネックの見解である。このピューリタニズムの 思想の集大成をイェリネックはロックに見ている」(128頁以下,VI)。

※ この議論の背景には,日本国憲法の基本理念である人権の由来に関する論争があり ます。それは,日本国憲法の世界史的コンテキストは,フランスの人権宣言なのか,それ とも「イェリネックが見出した《プロテスタント的背景をもつ英米の人権思想の系譜》」

なのか,という論争です。戦後日本の法学者はもっぱら前者の立場に立って議論を展開し たが,歴史研究を踏まえるならば,後者の立場に立つべきである,というのが著者の主張 です。著者は,ある注のなかで次のような興味深い指摘を行っています。「なぜイェリネッ クは,人権理念に関心をもったのか,また人権理念を基礎とする国家理論に興味をもった のか。思うに,イェリネックはユダヤ人としてヨーロッパの《外》に立つ視点をもち,こ のような国家の存在を,その他の国家理論から区別するセンスをもっていたからであろう」

(118頁以下)。

⑨ 「日本国憲法が「押しつけ憲法」と言われながらも《どうして今日の日本人になじ むようになったのであろうか》。なぜアメリカ占領軍が撤退した後でもこの異質な憲法が 日本社会に妥当性を持ち続けるのだろうか。そこに深い問題が潜んでいることが感得され る。突きつめて言えば,それは,なぜ戦後の日本人は,外来の「人権」理念になじむのか,

なぜ日本人は外来の「自由の伝統」の中に徐々に入って行くのか,という問題である。

(14)

…… しかしながら,法体系が新しい道徳をつくり出すのには限界がある。…… もし法を 形式とすれば,道徳は内容である。その間に「ずれ」がある。……

もし日本的エートスに固執するならば,それは憲法がその背景としているエートスと矛 盾する。しかし,もし憲法が日本に定着するためにそれに相応しいエートスを必要とする ならば,一方で憲法のエートス形成の能力を認めなければならないだろうし,他方で日本 的エートスの変化の可能性を考えなければならない。前者は憲法擁護という政治的課題と なるであろう。つまり国民道徳との間の道徳的ズレを,憲法改正によって解消するのでは なく,憲法のエートス形成力を維持発揮させることである。後者のエートス変化の可能性 とは,特に倫理学的課題となるであろう。それは日本国憲法を支えるような《特定の性格 の》エートスの形成である」(134頁以下,VII)。

※ われわれは,今日改めて,「なぜ,外来の「人権」の理念,外来の「自由の伝統」を,

普遍的原理として受け入れなければならないのか」という根本的な問いの前に立たされて います。この極めて政治的な問いに,日本の現代神学は何と答えるのでしょうか。「日本 的エートスの変化の可能性」について,どのような答えをだすのでしょうか。「日本人キ リスト者の孤独な運命」(153頁) を大胆に引き受ける勇気は,そもそもどこから湧いてく るのでしょうか。

第三章 「文化価値の倫理学」

第三章は,I「文化価値の倫理学の復権」,II「現代神学における教義学と倫理学」,III「ヘ ルマンにおける教義学の倫理学的基礎づけ」,IV「トレルチの「文化価値の倫理学」 ──

主観的倫理学に対する客観的倫理学」,V「弁証法神学における倫理学の教義学的基礎づ け」,VI「アメリカのキリスト教倫理学 ── ニーバー兄弟」,VII「最近のドイツの状況

── 主にトレルチをめぐる瞥見」,VIII「最高の文化価値としての人権とその神学的基礎 づけ ── 人格から人権へ」,IX「文化価値の倫理学とクリスチャン・リアリズム」,の九 項から構成されています。

① 「新しい共同体は,「自然」的な絆によって成立するのではなく,ある「文化価値」

の共有と擁護において成立する。われわれは,それを具体的には,「人権」,「自由」,「デ モクラシー」,「寛容」など,近代憲法において法制化された「文化価値」概念において見 る。ブルンナーやバルトは,神の戒命に倫理を基礎づけた。この行き方は,暗黙裡にキリ

(15)

スト教的ヨーロッパを前提にして成り立つ。しかし本書では,あえて歴史の中に成立した

《文化価値》を,倫理学の嚮導概念とする」(147頁,I)。

※ バルト神学の影響力が強いなかで,「文化価値の倫理学の意義と必要を語ることは,

相当な逆風を冒して企てられた一種の思想的戦いであった」(148頁) と著者は述べていま す。これは,キリスト教が専ら内面の世界へ集中しようとする傾向に対する「否」,つま り「現代神学の「主観性への閉塞」」(159頁)に対する「否」の宣言です。そしてこれを 説得的に語るためには,この閉塞に至る過程の歴史,つまりそこへ至る神学史の分析が必 要になるのであり,これを実践しているのが本書の第三章です。したがってこの章を読み 解くには,相当の努力が強いられるかもしれません。しかしその努力は決して裏切られま せん。時間をかけて挑戦してみてください。

※ ① でいう「価値」とは,トレルチの定義に従うと「行動にとって善きものであり,

行動の目指す目的」を意味し,「値打ちがあるという性格,もしくは快いという性格」を もち,そのなかに「当為の性格」を備えています。この文化価値のなかで最高のもの,そ れが「人権」です。しかもこの文化価値とは,われわれの常識と異なり,「国家《以上》

のもの」(149頁)であり,国家も,この最高の文化価値である「人権」に奉仕しなけれ ばならない,と解されています。

※ 「現代神学の「主観性への閉塞」」を打ち破るために,もう一度,今日の状況におい て見直されなければならないのが,「トレルチの文化の倫理学」です。これについて著者 はこう述べています。「トレルチは,「良心の道徳」と「文化価値の倫理」という区別をもっ て,倫理学の《もう一つ》の課題を見た。われわれは,ヴェーバーの「心情倫理」と「責 任倫理」の区別よりも,トレルチのこの区別の採用によって,日本のキリスト教における 社会倫理の育成を図るべきだと考える。トレルチは,これら二つの倫理の統合を企てる」

(155頁) と。

② 「二十世紀神学史における教義学と倫理学との関係は,バルトが『教会教義学』に おいて倫理学を教義学の中に包摂するというその特徴の極めて際立った立場を打ち出した ことをてがかりとして言えば,そこにはただ二つの行き方があるばかりとなる。ひとつは,

バルトのように,倫理学を教義学の中に包摂し,前者を基礎づけるに後者をもってすると いう行き方であり,他方はその逆で,つまり教義学を倫理学の中に包摂し,教義学を基礎 づけるに倫理学をもってするという行き方である。後者の行き方を最も鮮明に打ち出した のは,実は,バルトの師であったヴィルヘルム・ヘルマンであった。ヘルマンとバルト,

(16)

この二人の行き方は,上に述べた二つの型を代表している。ヘルマンの主著『倫理学』と,

バルトの『教会教義学』との間には,教義学と倫理学との関係において,これまたコペル ニクス的転回ともいうべき一八〇度の展開があると言い得るのである。

この展開についてガスタフソンは,「主観性から客観性へ」と言ったが,果たしてそう であろうか。この点をまずよく捉えておく必要がある」(157頁以下,II)。

※ バルトとブルトマンの師ヘルマンの神学と,バルト神学の違いは,一般に「超越と 内在」「客観と主観」の違いと解されているが,「文化価値の倫理学」を説くトレルチとの 対比からみると,バルトの展開も「ヘルマン的主観性の《枠内での》展開」ではないのか,

というのが著者の一貫した問いかけです。この関連で,著者はその恩師ラインホールド・

ニーバーの神学についてこう述べています。「トレルチ的「文化価値の倫理学」は,……

アングロ・アメリカのプロテスタンティズムの倫理学の中で,それは自らを「文化価値の 倫理学」として自覚することなしにではあるが,多少は残ることになる。それを代表した のはラインホールド・ニーバーであった。それが劇的に現出するのは,ラインホールド・

ニーバーがバルトの政治倫理を批判し,第二次大戦を「デモクラシー」という「文明」の 価値を獲得する戦いとして規定したときである。しかしアメリカにおける倫理学の関心は,

「文化価値の倫理学」という倫理学的方法論の問題意識からは遠く離れたところを進んで いった」(158頁)。

③ 「ヘルマンの『倫理学』は一九〇一年に出版された。この出版は,二〇世紀の冒頭 における神学史的に重要な事件であった。この事件をもって,われわれは,二十世紀神学 史における教義学と倫理学との関係の問題史の出発点としようと思う。というのは,ヘル マンにおいて,教義学と倫理学との関係は,先鋭な仕方で問題化したからである。……

それが早速トレルチによって取り上げられ,「ヘルマンの『倫理学』を契機として論じら れた倫理学の根本問題」と題する当時の神学界の状況を極めてよく映し出した長大な論文 によって,神学史的出発点と見るに相応しく,その神学史的文脈の中に明確に位置づけら れたからである」(160頁,III)。

④ 「トレルチは,ヘルマンの同時代の神学者として,近代神学における「教義学と倫 理学との関係の逆転」という事態を認め,そして ── ヘルマンと同様 ── 倫理学をもっ て教義学を基礎づけねばならないという共通の問題意識をもっていた。トレルチはヘルマ ンと一致して,倫理学は「人間存在の究極的な目標,目的についての教説」であると規定 し,「その枠組の中に宗教学が組み込まれている上位の最も原理的な学問」であるという。

(17)

しかし「ぐらついた教義学を倫理学の基礎から再建」するその《仕方》が,ヘルマンとは

《異なる》。ヘルマンのようにキリスト教を「心情倫理」的に解釈して,そしてそれを歴史 的イエスの内在的生命力によって補完するというのではなく,キリスト教を《歴史的勢力》

として認識し,キリスト教的ヨーロッパの文化総合の目標を客観的に設定するような客観 的文化価値の倫理学をもって,それを企てるのである」(165頁以下,IV)。

※ ④ との関連で著者は,ヴェーバーとトレルチの相違にも言及しています。それに よると,ヴェーバーの「責任倫理」論の背後にはマキァヴェリの政治論がみられ(208頁 の注(13)を参照),ニーチェの影響も受けています。しかし「トレルチはニーチェを,

またマルクスを,拒否」し,「キリスト教的ヨーロッパの文化価値を《肯定的に》見て」

おり,「こうしてヨーロッパ文化のキリスト教的現代文化総合を企て」(170頁)ています。

しかもトレルチの場合には,この「良心道徳と文化価値とを総合する,その時々の創造的 妥協」を遂行する「個性」が想定されており,その個性的総合は「共通精神」への「愛の なかで」可能になるとされています。

⑤ 「二十世紀初頭に,もはや教義学をもって倫理学を基礎づけるのは不可能と信じら れていたが,一九二〇年代以降,事情は大いに変化する。ヘルマンにおける教義学の倫理 学的基礎づけは,バルトにおいて一八〇度逆転させられ,逆に教義学をもって倫理学を基 礎づけることが実行された。弁証法神学の代表的存在の二人,バルトとブルトマンとは共 にヘルマンの弟子たちであった。確かにバルトは,ヘルマン神学とは別異な背景,ブルー ムハルトやスイス宗教社会主義からの影響も受けている。しかし ……」(172頁以下,V)2

2 ⑤ との関連で,著者はブルンナーの「秩序論的二元論」の項目を設け,詳しくその内容を論じて ますが,本稿では紙幅の制約から,それに続く「弁証法神学的倫理学の社会的妥当性の喪失」の 項目の冒頭部分を紹介することに留めておきます。

 「このように,弁証法神学においては,「主体性」に立脚しながら,バルトはその外部の世界を「キ リストの王権」の下に「神の国」の「アナロギア」の論理をもって捉え,ブルンナーはその外部 の世界を「創造の秩序」と「自然法」とをもって捉える,という二つの型の社会倫理学の構築が 行われた。しかし,この二つの型は,《基本的には同じ同心円的二領域的構造の上に》建てられ たものである。つまり《内円と外円との同心円的な構造》である」(181頁)。

 しかしこのような社会あるいは世界の把握は,「コルプス・クリスチアヌム」というヨーロッ パのキリスト教社会を背景として成り立つ発想であり,一九六〇年代の「急激な社会変動」を捉 えることはできない,というのが著者の評価です。弁証法神学の倫理学は今や「社会変動」に追 い抜かれ,その妥当性を失ってしまったのです。

 筆者が驚いたのは,この関連で「社会倫理は,神学の教理的正統性よりも,それが外的世界の 取り扱いにおいていかに有効であるかという観点から神学の是非を判断すべきことを要求する。

社会倫理は,神学の正しさの検証の場でもある。わたしはそれを「神学の社会倫理学的批判」と 呼ぶ」(177頁)と明言されていることです。これは一見,極めてプラグマティックに聞こえる発 言ですが,おそらくそれは,「心情の純粋さ」だけでなく,それが向けられるべき対象は何かと

(18)

⑥ 「ラインホールド・ニーバーは,一九二八年に彼の処女作《Does Civilization Need Religion ?》を出版した。ここに注目すべき事実がある。それはこの書の題名自体がトレ ルチ的なものであり,明らかに若いラインホールド・ニーバーがトレルチの影響を強く受 けていたということである。本書の結論の部分で,彼はトレルチに言及して,次のように 言っている。「エルンスト・トレルチ博士が見たように,キリスト教は,西欧社会の運命 である。…… 西欧社会を救うという任務は,特別の意味でキリスト教にかかっている。」

もしラインホールド・ニーバーをも,バルトやブルンナーと並ぶ二十世紀の重要な神学者 の内に数えるならば,彼の独自性は,バルトやブルンナーたちがトレルチの歴史哲学と倫 理学との意義を認めることがなかったのに対し,トレルチの問題意識を《継承し》,独特 な仕方で《深化》したことにある。つまりここで注目すべきことは,トレルチはアメリカ においてラインホールド・ニーバーによって継承されたということである。こうしてライ ンホールド・ニーバーの神学は,バルトやブルンナーのそれと異なる性格をもつのである」

(182頁,VI)。

※ ここで言う「継承」と「深化」とは一体何を指すのでしょうか。継承されるべきも のとは,独特な「《歴史神学的》な倫理学」(183頁)の形成,あるいは著者の立場に引き 寄せて言えば,歴史相対主義を内に許容するような「神学的相対主義」の形成,アメリカ の場合であれば,「世界史におけるアメリカの位置と役割の歴史哲学的認識に基づく倫理 学」(187頁)の形成を目指す姿勢に他なりません。内容的には,あのイェリネックのピュー リタニズム理解を受け継ぐことが想定されています。他方,「深化」とは,具体的には,

トレルチの「罪」理解および「神の国」理解を,弁証法神学以後のそれらの理解と対比し つつ,しかも「非道徳的社会」の発見に通ずるような研究を指しています。さらに,著者 によると,トレルチにみられる「一種の形而上学的な宗教哲学」(222頁)の克服も「神 学的相対主義」の重要な課題となります3

いう問題意識と,それに対する献身の結果を問う「責任倫理」の要求に根差しています。いずれ にせよ,この姿勢を支えているエネルギーは,一体どこから来るのでしょうか。その探求は残さ れた課題のひとつになりますが,大木神学を理解するうえで避けられない問いです。その源泉は おそらくあの敗戦体験にまで遡るはずです。

3 ブルンナーについては,177頁以下の「ブルンナーの秩序論的二元論」の項目において詳しく取 り上げられており,そのなかには次のような指摘もみられます。「スイス宗教社会主義者たちの もっていた「神の国」の概念,或いはヨハンネス・ヴァイスによって再発見された終末論的な「神 の国」のもつ歴史的パースペクティヴは失われ,ブルンナー自身改革派に属しながら,その思想 形態に関する限り,ルター派的二統治説的な内外二つの同心円的構想となった。そしてその中心 のキリスト論的収斂が弱いものとなっている。キリストが救済の秩序に属するとすれば,救済の 秩序と創造の秩序との統合は,創造者にして救済者なる「神」に求めざるを得なくなる。バルト にも『義認と法』や『キリスト者共同体と市民共同体』に見られるような内外二つの同心円的構

(19)

⑦ 「恐らく二十世紀の教義学と倫理学との関係をその神学史的コンテキストに即して 最も自覚的に捉えているのは,組織神学者パネンベルクであろう」(187頁,VII)。

※ 本書には,ラインホールド・ニーバーの論考への言及だけでなく,パネンベルクの 論考への言及も数多く見られます。⑦ の指摘は,改めて,パネンベルクの社会倫理学的 分析と著者のそれとの異同を明らかにする必要性があることを示唆しています。ただし,

この引用に続く頁では,パネンベルクには「自覚的な「文化価値の倫理学」復興はない」(189 頁)と断言され,「中立国家」の概念を否定している点で問題である,とされています。

また『人格と人権』(上)の第五章においては,パネンベルクの『人間論』との厳しい対 論が展開されています。

なお第四章では,著者自身によって,「現代の相対的状況の克服のため取り得る二つの 例証」(221頁)のなかの一つとして,ピーター・バーガーの見解が取り上げられており,

これとの対比の可能性も示唆されています。

⑧ 「主観的倫理学と客観的倫理学の統合,心情倫理と責任倫理との統合,また人格性 の倫理学から文化価値の倫理学への転換などの企ては,今日の神学的倫理学の重要なテー マをなしている。その統合は,《人格と人権との関係》において試みられねばならない。

これがわれわれの主張である。われわれは,人格性という《文化価値》を《権利》として の人格性として明確に捉え直す必要があると考える。人格性という概念を文化価値として 捉えるためには,この主体概念が《価値物》として《客体化》されねばならない。そうで ないならば,ヘルマンの倫理学を本当には克服できないであろう」(191頁,VIII)。

※ ⑧ では「《人権の神学》」(197頁)の必要性が強く訴えられており,次に挙げる ⑨ 想がある。しかしバルトにおいては,その同心円の中心がキリスト論的に強く収斂されている。

そこに両者の相違がある。

 ブルンナーのこのような二元論は,ブーバーの「我と汝」哲学の影響を強く受けることにより,

決定的に特色づけられている。…… しかし,ブルンナーがブーバーに依存したことは,その哲学 のもつ問題性も引き受けることになった。その一つは,この人格的関係論をもって,ブルンナー は自らの位置を,ヘルマンの二人の弟子であるバルトの客観主義とブルトマンの主観主義の間に あると考えるようになったことである。確かに,弁証法主義神学の「主体性の真理」の捉え方に,

バルトとブルトマン,そしてブルンナーの,三つの可能性があるということも出来る。しかし,

それら三者の争いはすべて「主体性」のコップの中の嵐のようなものである。もう一つは,ブル ンナーが,人格的世界と,対象的客観的世界との《区別》を,このブーバー的二元論で鮮明すぎ る程に捉えることが出来たことの中にある。このブーバーの哲学が,ブルンナーの二元的論的構 想に,方法論を提供した」(179頁)。

 「「主体性の真理」のコップの中の嵐」とは単純明快な比喩であり,著者によると,これでは「客 観的世界の実態」を捉えることはできないというのです。

(20)

と ⑩ の引用文は,その具体的展開の手がかりを提示しています。そこでは,「人権の神学」

が,ブーバーの思想(「我と汝」と「我とそれ」との対比)とニーグレンの思想(「アガペー とエロース」との対比)を用いて説明されています。人権は,どちらの対立図式にも当て はまらず,それらの「中間の次元」に属する,というのが著者の答えです。じっくり味わっ てみてください。

⑨ 「その統合の論理は,ブーバーの二つの根源語《我と汝》と《我とそれ》の間の第 三の次元に求められねばならない。一方の主観的立場は,人格的な《我と汝》の関係に置 き換えることができる。他方客観的立場は,価値物ということからして《我とそれ》の関 係に置き換えることが許されるであろう。そこで問題は「人権」である。これはブーバー 的二つの根源語でとらえることができない。人権を人格的主体性の中に包摂することは,

それを単なる「主体性」に還元してしまうことになるであろう。また人権を価値物として

「もの」としての「客体性」に還元することも正しくない。つまり,これまでの倫理学には,

人権を捉えるのに《相応しい概念次元が欠落している》ことが明らかとなるのである。

…… 人権という価値は,人間存在が一人の人格であることによってその存在が「人格 的な《もの》」」としてもつ価値である。しかし,「人格的なもの」は,人格と全く同一で はない。価値物で譲渡できるものもある。しかし,《譲渡できない》ものもある。…… 権 利としての人格は,確かに《主体性》としての人格ではないが,《価値物》としての人格 である。《もし神との関係における人格が特別の意味をもつものであるならば》,その人格 が客体化した価値としての人格つまり人権は,《最高》の文化価値となる。すなわち,人 格のもつ神関係の《崇高さ》が客体化されることによって,その崇高さはあらゆるものに 先んじて守られるべき崇高な権利として凝固し,そのようなものとして「最高の文化価値」

となるのである。そして最高の文化価値がこのように確定されるならば,そこに《価値の ヒエラルキア》が成立する。《価値の相対主義はそこで克服されるのである》」(197頁以下,

VIII)。

⑩ 「人権の神学はこの権利意識を基礎づけなければならない。《我と汝》関係の愛の真 理を「アガペー」とするならば,《我とそれ》関係の愛の真理は「エロース」であろう。

しかし,アガペーとエロースの間では,自己保存の権利意識を基礎づけることはできない。

たしかにそれは《一種》の「自己愛」(amor sui)である。もし人格的な最高の価値を守 らなければならないならば,抵抗権はそのような「自己愛」をその《核》とせざるを得な い。…… この「神以外の誰にも渡さない」という権利擁護は,《独特な自己愛》であり,

それはいわば,《神によって愛されている自己を愛する》という意味での「正しい自己愛」

(21)

となるのである。これは「アガペーとエロース」の対立図式では解決されない《中間の次 元》を示している」(199頁,VIII)。

※ ここでブーバーの思想との関連が問題とされるとき,先に指摘したあの「ブルンナー によるブーバーの思想の受容」の問題点が思い起こされます。つまりブーバーの思想の克 服は,ある面でブルンナーの神学の克服でもあるのです。

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