ヒエラルキー形成の数理モデルの解析
教科・領域教育専攻 自然系コース(数学)
演田亮太
1 はじめに
多くの動物集団において,ヒエラルキーが存在す る。動物集団で生じるヒエラルキーの要因として,
環境の影響や,その動物の種類(肉食か草食か)な どが考えられる,一方,数理モデルを用いた先行研究 では,動物の力の強さと動物同士が争う頻度(個体 数密度)を変数およびパラメータとするモデルが提 案されている国。特に,三木はこのような数理モデ ルの分岐構造を数理的に詳しく考察しているが,ヒ エラルキーが複雑な場合の厳密解析は困難であった 2]。そこで本論文では,数理モデルで用いられる関 数を簡単な関数(一次関数)に変更し,より複雑なヒ エラルキー構造について研究・考察した。
2 一次関数の利用
先行研究では困難であった複雑なヒエラルキー構 造を考察するために,本論文では1 次関数を利用し た。1 次関数を用いることで,現象の本質を残しつ てフ,厳密な解析が可能になると予想したからである。
また,中学校学習指導要領(平成29 年度告示)解説 数学編の関数で育成すべき資質能力に「関数を用い て事象を捉え考察し表現すること」と述べられてい る。中学校で扱う1 次関数を用いて,最新の研究成 果に新たな知見を与えることができれば,1 次関数の 有用性についての重要な実例となる.さらに,1 次関 数を利用することで,本課題の中から今後学校現場 に授業として扱える題材が見出せる可能性もある.
指導教員 宮口 智成
3 モデルの構成
生物界において自発的に階層が組織されることを説 明するモデルにおいて,2 番目の個体(i =O,...,N) が従う微分方程式は次のように定義される円
dF(t)
=D[P+It、一P一lt、1 一uR(t、
dt
ここで,t は時間を表す変数,F(t)は2 番目の個体 の力の強さ,p は個体数密度であり争いの頻度を表 す。-iF,はヒエラルキー構造が時間の経過ととも に消失していく効果を表わす。Pi+は1回の争いで 個体z が他の個体に勝つ(平均)確率,p-は負ける
(平均)確率で,それぞれ以下のように定義する
片(t)=
P (t) = 1 N I
可2一j(F, (t)ーF (t))
J =0 G ≠J〕
1 N
N
j =0 (J≠り
本研究では,N は奇数と仮定した(全個体数N +1 は偶数).1(ユ)は次のように(区分的な)一次関数で 定義する:
f(F,(t)一R(t))
(x <一2) G2 <l <2 ) (x >2 )
1一 2 +
T
0 1
一4 1
」
ー
、
・
ー
一
、
j
T
一
J
先行研究[1,川では,f(x)として双曲線関数が用い られており,数理解析が非常に困難であった
- 231 -
玩
3
343S
1 (1
-3- 1
.5
So 4り 30 10 II, U 10 0 フ0 よ -40 む
1.875*1.9
1.875*2.5
1n
1.875*20
20
2n
図1:三極化するときの力の階層構造。(上図)中間 層が2 個体の場合一 p=l.875 ×1.9。(中図)中間層 が6 個体の場合。(下図)p=1.875 ×2.1。完全に階 層化するときの力の階層構造。P=lI875X 20。いず れ図も,個体数(N +1)は16, i = 1 としている。
4 モデルの解析
前節で定義したモデルについて,フラットな解,二 極化・三極化した解,完全に階層化した解などが安 定に存在することを示した.具体的には,これらの解
(微分方程式の固定点)の存在と,その線形安定性を 示した.特に重要な点として,安定な三極化解は複数 種存在し,同ーパラメータで共存していることが新 たに分かった.
図1 にこのような三極化解のシミュレーション結 果を示す(上図・中図)。図1(下図)は完全に階層化 した解である。理論解析により,三極化した安定な
~、77l
4 3 2 1
pC
図2:鎖線で囲まれた領域内の横軸に平行な線上で 三極化する解が安定に存在する。ここで,2m は中間 層の個体数を表す。個体数はN 十1 = 16 とした。
Pc = 2Nノ(N +1) = 1.875 は,フラットな解(階層が 生じない解)が最初に不安定化するp の値である。
解が存在するp の範囲が次式で与えられることが分 かった:
4N / 4N N \
、T ‘、
N +2m +1 -「 一---- \N 一2ni十1' rnノ ここで,2m は中間層の個体数を表わす.この領域を 図2 に示した.
5 おわりに
数理モデルの解析結果から,生物集団のヒエラル キー形成は,複数の安定な解が共存する極めて複雑 な現象であることが示唆される‘どの安定状態が選 ばれるかは,今回のモデルの場合初期条件に依存し て決まる.このような初期条件依存性や,詳細な分岐 過程の解析,実際の動物実験との比較などが今後の 課題として挙げらる.
参考文献
[1] Eric Bonabeau et al. "Phase diagram of a model of self-organizing hierarchies", Physica A 217(1995), pp.373-392
[川三木崇正「いじめの数理モデルの解析」(2019)
- 232 -