2018 年 3 月 22 日発行 会報 No.2722 通算 3233 回(本年度第 35 回) 3 月 22 日 本日のプログラム 会 長 小 山 新 造 副 会 長 市 川 良 哉 副 会 長 西 山 明 彦 幹 事 福 田 一 郎 会 場 監 督 青 木 謙 友 会報委員長 近 東 宏 佳 創 立 1952 年(昭和 27 年)3 月 27 日 例会 日時 毎週木曜日 12:30 例 会 場 奈良ホテル 0742-26-3300 事 務 所 〒 630-8381 奈良市福智院町 5-3 TEL 0742-26-1300 FAX 0742-24-1289 http://www.nara-rotaryclub.com ■ 乾杯 ■ 〇中野 重宏パストガバナー 奈 良 RC 創 立 66 周 年 を 記 念 致 し ま し て、RC の 益 々 の 発 展 と 皆 様 方 の 御 健 勝 ご 多 幸 を 祈 念 して乾杯致します。 乾杯。 前回例会報告 3 月 15 日 奈良ホテル 12:30 ■ ソング ■ 「それでこそロータリー」 ■ 会長挨拶 ■ みなさんこんにちは。今日は今問題になって おります財務省の件でお話をさせて頂きたいと 思います。20 年前に大蔵省の接待汚職があった 際、随分と国会も揺れ動きました。財務省は東 京大学を 10 番までの成績で出たような人達が トップに立つという組織でございますので、非 常に記憶力も良く色々な事に対する防御も非常 に優れていて、一度聞くと忘れないという頭 脳だそうです。例えば 13 年前の経済成長率が すぐに出てくる、或いはブラジルの面積を平方 メートルで記載してあるものに対して桁違いの 指摘をしたり、一瞬にして見極める能力を持っ ていて色々な方との話もどの様な話をされたか を、きちっと後から話が出来るという事でござ いますので、こんなミスが出てくるのはおかし いと言われております。恐らく大阪地検の誰か が朝日にリークをして漏れたのだろうと言われ ております。20 年前の汚職の時には東京地検の 特捜部が入り、大蔵省が 4 名・証券等取引監視 委員 1 名・日銀 1 名・道路公団理事 1 名全て大 蔵省出身の人でありますが、この方々が逮捕さ れ、結局当時 112 名を処分致しました。当時の 三塚蔵相・松下日銀総裁が引責辞任を致しまし て、大蔵省の銀行局の銀行取引管理官・日銀の 理事・第一勧業の元頭取が自殺を致しました。 そして大蔵省が解体され財務省と金融庁に分離 をされました。今回の件は、内容が違います が、類するくらい大きい問題だと言われており ます。麻生大臣はこの週末からロンドン経由で 「ロータリー今昔」 安田 勝彦会員 ■ お客様の紹介 ■ 松村 和歌子様 (卓話講師 春日大社国宝殿 主任学芸員) 渡邊 亜祐香様(春日大社国宝殿 学芸員)
■ 3月ご結婚記念日 ■ 沢井 啓祐君 博子夫人 45周年 板床 俊祐君 琴江夫人 20周年 ■ 退会挨拶 ■ ○丹羽 亮太君(日本生命保険相互会社 奈良 支社 支社長) この度定期異動 で、残念ながら奈 良から東京に転勤 になりました。代 理店関係をやって いるグループ会社 の新設部署の立ち 上 げ と い う 事 で、 今回は営業ではな いのですが、教育だとか販売の支援という立場 に代わる事になりました。家内はもともと東京 出身なので非常に喜んでおります。主に親睦と 会報でお手伝いをさせて頂きましたが、その節 は本当に温かいご協力を賜りまして感謝申し上 げます。新任地でも明るく頑張ってまいります。 本当に 2 年間あっという間でしたけども、お世 話になりました。ありがとうございました。 ■ ニコニコ報告 ■ 〇小山君 お水取りも終わり、春がやってき ました。皆様お元気でお過ごし下さい。 〇花山院君 春日祭のお礼の為宮中へ上京し ております。すいません欠席ですが、今 日は春日大社の学芸員の松村が御創建 1250 年と奈良国立博物館での展覧会の卓 話をします。宜しくお願いします。 〇柳澤君 大変嬉しい御報告がございます。 この度大阪のオリンパスギャラリーにて 弊社「元会長 現在 取締役相談役の松 岡泰夫」私の父の肖像写真が展示される ○釜 直久君(東京海上日動火災保険株式会社 奈良支店長) こ の 度 4 月 1 日 付で手前共東京海 上日動のグループ 会社で東京海上日 動ファシリティー ズというビルのメ ンテナンスを主要 とする神奈川県川 崎市に本社がある 所に勤務になりました。単身赴任は終わり、自 宅から通う事になりました。「青丹よしゴルフ 同好会」では、飲み会、ゴルフ合宿、私は金沢・ アルゼンチンへ行って主要 20 カ国の会議に出 席する予定ですが、おそらく出られないであろ うと言われております。今 1 名自殺をされまし たが、おそらく今日・明日・来週いよいよ問題 が大きくなってくるのではないのかなと思って おります。一説によると去年の 2 月に安倍首相 が「私と奥さんがもしこの問題に加担をしてい るという事であれば、首相も辞めるし議員も辞 職する」と発言された後、こういう書き換えが 始まったと言われており、おそらくそれは忖度 だという事で出来るだけぼやかしたいのであろ うということでございます。非常に大きな問題 ですのでお知らせをさせていただきました。今 はこの問題ばかりでございますので、こういう 見方があるんだということで今日はお話をさせ ていただきました。ありがとうございました。 四国・岐阜・洲本に行かせていただきました。 「野球同好会」ではガバナー杯や甲子園野球大 会等、野球と飲み会と本当に素晴らしい時間を 過ごさせていただきました。あの聖地甲子園で 野球をし、土を踏んだ事、「3 番サード釜君」と いうアナウンス、一生忘れません。長く 4 年間、 温かく接して頂き、本当に深く深く感謝申し上 げます。奈良県配属と同時に私は伝統と格式あ る奈良 RC の会員としてご承認いただき、今回 退会の運びとなりました。私にとってこの 4 年 間は最初で最後のロータリアンとしての時代で ございまして、私にとってロータリーとは奈良 RC が全てでございます。今後接する方々に奈良 RC はこんなに素晴らしいと私の残りの人生の全 てを投じてお伝えし続ける事が私のライフワー クでございます。最後になりましたが、奈良 RC の更なる御発展と会員の皆様の益々の御健勝と ご多幸を心より祈念申し上げまして、退会の御 挨拶とさせていただきます。本当にありがとう ございました。
■ 理事会報告 ■ ◎報告事項 1.「 台湾東部地震 」 災害復興支援決定のご報告 2.「 ロータリー希望の風奨学金 」 ご支援の御礼 3.2017-18 年度地区大会 地区大会参加人数につ いて 4. 新年度開始前クラブ訪問について 5.2018-19 年度 会長エレクト研修セミナーの件 6.2018-19 年度 地区研修 ・ 協議会開催のご案内 7. クラブ職業奉仕活動レポート提出のお願い 8.RAC2017-18 年度 地区親睦会 ・ 第 2 回会長幹 事会並びに部門別協議会 9. ラックニュース第 9 号の件 10.IAC 提唱 RCIAC 委員長並びに顧問 会議当日資料の件 11. ハイライトよねやまの 件 12. ハンドブック送付および提出物の件 13. 第 2 回 情報集会の件 14. 第 2 回 鴟尾の会 会長 ・ 幹事会 ( 現 ・ 次 ) 開催のご案内 15. 平 城京 RC との合同例会の件 16. 宮崎 RC 創立 65 周年記念事業の御礼 17. ホテル名称変更のお 知らせ 18.H30 年度 会員ご継続のお願い 奈良 の鹿愛護会 19. 第 68 回“社会を明るくする運 動”奈良県推進委員会委員の委託及び同委員会 の開催について 20.「 新入学 ( 園 ) 児童 ・ 幼児 等を交通事故から守る運動 」 の実施について 21. 奈良市交通対策協議会 「 春の交通安全運動 」 の実施に伴う打ち合わせ協議について 22. 平 成 30 年度 奈良市国際交流協会総会の開催につ いて ◎審議事項 1. 新入会員の件 2. 退会届の件 3. 出席規定 適用免除の件 4. 臨時総会の件 事になりました。菊一の顔が、山岸伸プ ロカメラマンにより、瞬間の顔写真の展 示です。他、各界の著名人には石破茂様 や横浜 DeNA ベイスターズのラミレス監 督ら共に父菊一の顔として展示される事 となりました。また奈良ロータリーから 大安寺の河野様、天理教の中田表統領様 もおられます。3 月 30 日から 4 月 5 日で す。 〇河野君 写真家の山岸伸氏による肖像写真 展に私の顔写真も取り上げられました。 大阪オリンパスギャラリーに展示される ようです。 〇谷口君 今年も少ないながら、ガイド職 10 名入社してくれました。 〇尾原君 昨日、近鉄奈良店の食品フロアの リニューアルオープンで、市長をはじめ たいへんたくさんの方にお越しいただき ました。 〇鍵岡君 妻の誕生日を祝って頂き有難うご ざいました。私も大阪での島津亜矢のコ ンサートに連れて行きサービスをしてき ました。 〇渡邊(良)君 7 年目の 3.11、奈良国月例 B クラスで優勝しました。4 月からの東 北復興祈念「東大寺と東北」展に関わる 一人として、先に褒美をいただいたと感 謝申し上げます。豊澤様・寺田様・北野 様にも感謝。 〇大島君 先日会長より家内の誕生日に美味 しい御菓子を頂きました。感謝。 〇筒井君 1267 回目の修二会が無事終わりま した。二月堂では韃靼帽で子供達の声が 騒がしく聞こえています。 〇上田君 笑顔・大きな声・光り輝く頭とニ コニコでの 3 拍子揃った釜さんが、今日 最後の受付担当。釜さんのご活躍とニコ ニコへの皆さんのご協力を祈念して・・・。 〇藤井君 今日は釜君と下村君の送別会で す。両君の益々のご発展を祈念致しまし て少々。 〇吉田君 元気で明るく楽しい後輩の釜君が 御栄転おめでとうございます。御活躍を 祈念致します。宗武君にはお世話になり ました。お元気で頑張って下さい。 〇板床君 大先輩であります釜さんと丹羽さ んが本日で最後の例会となられます。お 2 人には大変お世話になりましたが特に 釜さんの笑い声が聞けなくなると思うと 寂しくなります。新天地での御活躍を祈 念しております。 3 月 15 日 93,000 円 ■ 委員会報告 ■ ○出席奨励委員会 髙橋 伸和委員長 本日の出席率 78.26%、前々回 3 月 1 日の修 正出席率 94.83%でした。 ■ 幹事報告 ■ 〇来々週 3 月 29 日は休会です。 ○ 4 月 5 日(木)12:30 ~、奈良ホテル「大和の間」 臨時総会(議事は細則、事務取扱内規の改訂の件) を開催致します。昨年度、 定款を RI の標準定款 に則し変更した際、細則の変更が時間切れで出来 ませんでした。今回は細則と事務取扱内規につい て定款に則した変更をさせていただいております。 変更内容については事務局に置かせていただいて おりますので、 御自由に御一覧下さい。また総会 当日には変更点について資料を御配布致したいと 思っておりますので宜しくお願い致します。
■ 卓話 ■ 「春日大社創建 1250 年記念 春日大社のすべて」 春日大社国宝殿 主任学芸員 松村 和歌子氏 ます。「国宝 春日大社のすべて」と銘うって 春日大社の全体を理解していただけるすばらし い展覧会になると思います。是非こちらの方に お出かけいただきたいと思っております。展覧 会は 9 つの章で構成されておりますが、時間の 関係で、本日は主に 3 章についてお話をさせて いただきます。直前に、宮司が「御創建 1250 年の記念であるという、これだけはちゃんと理 解してもらって!」ということでしたので、順 番を変えまして、展覧会の展示では 3 番になる 「春日大社の濫觴」からお話をさせていただき ます。 (第 3 章 春日大社の濫觴) 春日大社は神護景雲 2 年(768)の御創建で、 今年が 1250 年目になります。春日大社でも様々 なお祝いの行事を計画しておりますが、その目 玉として展覧会が開催されます。 春日大社は、御蓋山の山頂に第一殿、武甕槌 命(たけみかづちのみこと)様が鹿島から影向され たのを始まりとして、第二殿に千葉県の香取神 宮の経津主命(ふつぬしのみこと)様、第三殿に大 阪府枚岡の天児屋根命(あめのこやどのみこと)様 とその奥様である比売神様をお迎えして四柱の 御祭神で創建されました。神護景雲 2 年創建と いうのが一つの画期なのですが、実はその前史、 それ以前から信仰の色々な要素が見られます。 春日大社境内の古代遺跡の地図に御蓋山の山 頂に本宮神社がございますけども、そこに至る 石敷の道、神様が通った道ではないかといわれ る遺構がございます。飛火野は遣唐使の無事を 祈る祭礼が御蓋の山に向かって行われた場所だ と言われています。今駐車場がある辺りには、 本殿を大きく取り囲む、奈良朝の土塀の遺構が 出ておりまして、神護景雲 2 年以前にも色々な 信仰があったということがわかります。 平城京のある平地部から東を見ますと、自然 に目に入る山が春日山連山であり、御蓋山であ るということです。東にあるのでこの山から日 が昇ります。月も昇ります。そしてもう一つ重 要なことは、この山々が奈良盆地の水源地に なっているとのことです。春日奥山の水の恵み ○ 4 月 12 日(木)18:30 ~、ホテル日航奈良 4F「飛 天の間」にて、 平城京 RC との合同例会が開催さ れます。講師は天理高校の野球部監督 中村様に お願いしおります。当日の例会スタイル概要は冒 頭に御講演を頂いた後、1 時間を使用し例会をし たいと思っております。食事は日航ホテルが腕に よりをかけて出させていただくという事です。是 非とも御出席を下さいませ。また当日はアルコー ルをフリードリンクで出していただく事になって おります。お車でお越しの方は駐車券を御用意さ せていただきますが、 御確認をいただきます様お 願い致します。また食事数の報告が必要ですので 事前にお知らせいただきたいと思います。 〇ソング委員会の宗武委員長が御転勤という事 で、 後任のソング委員長は福井英之会員に、 副 委員長には中川晋作会員に御就任いただくことに なっております。 〇本日理事会にて宮崎彰夫会員から出席免除の書 類が提出され、 承認をさせていただきましたので 宜しく御周知お願い致します。 〇長浜北 RC の事務局及び例会場だけが変更にな り、旧来長浜ロイヤルホテルからホテル&リゾー ト長浜に変更になったという事でございます。 〇サッカーチームの奈良クラブから 1 回だけでは ありますがシーズンを通してお使い頂ける招待券 が 2 枚まいりました。例会終了後早いもの勝ちで お渡しをさせていただきますので、もしご希望が あれば取りに来ていただくようお願い致します。 春日大社は、今年、社殿が創建されてから 1250 年になります。その記念として展覧会を奈 良国立博物館でしていただけるということにな り、職員も協力して、今、展覧会の詰めにかかっ ているところでございます。 春日大社はもちろん、奈良国立博物館、NHK 奈良、朝日新聞、NHK プラネット近畿が主催と なり、会期は 4 月 14 日~ 6 月 10 日まで行われ
が平城京を潤しているのです。そのことを考え れば奈良に住む全ての人が仰ぐ聖地が御蓋山で あり、春日山であったということがわかってい ただけるかと思います。 はっきり春日大社の始まりを示す資料もあれ ば、春日大社のことかどうかはわからないけれ ども、御蓋山春日の地が聖地であったことを示 す資料もあります。飛火野での遣唐使の祭は天 神地祇(てんしんちぎ)全ての神様に対して行う祭 ですから、春日大社と直接関係ない聖地として の御蓋山に対する祈りであったのでしょう。春 日野に神の社があったということを示す万葉集 の歌は、春日大社と関係ある可能性もあります が、はっきりしません。しかし天平年間に至り ますと、春日四柱の神様をお祀りしたという資 料がはっきりしてきます。天平勝宝 2 年(750 年) に称徳天皇が春日酒殿に行幸された記録があり ます。まだ春日大社の御本殿が建ってないのに 何でお酒を造る酒殿だけあったのか、というこ となんですが、建物が建つ以前でも神様が、山 の上に祀られていれば、麓でお祭りをする時も 必ずお酒が必要です。毎年 3 月 13 日に執り行 われる春日祭に参列された方はご存知だと思い ますが、どぶろくというのは、発酵がどんどん 進んでいきますので遠距離輸送に向かないため お酒を現地で造っていたと考えられます。 天平勝宝年間には、もっとはっきりした資料 が出てまいります。755 年に、光明皇后のお役 所である紫微中台に春日四所を祀るという記録 がある。これは春日大社の四柱の御祭神のこと で、紫微中台に祀られるぐらいですから、春日 の地でお祀りされていたことになります。そ して天平勝宝 8 年になると、東大寺を中心とし た地図「東大寺山堺四至図」に東大寺には属さ ないものとして御蓋山が表記されていて、その 下に神地という囲みがあります。これは御蓋の 山の上に祀った神様を下の神地というところか ら、建物はないけれどもお祭りをしていた。そ のような状況を表しているんだと思います。 神社の一番古い縁起の「古社記」には神護景 雲 2 年に神様を御蓋の山にお迎えして、ほどな く現在地にお社を建てたと書いてありますが、 これは長い歴史を物語としてまとめたというこ とでしょう。その際に神様は鹿を馬にして、つ まり鹿に乗って、山の上からは榊を乗り物にし て移られたともあります。展覧会には、飛火野 から出土した遺物、そして土塀の遺物や縁起類 これを形として表した鹿島立神影図や鹿曼荼羅 などの軸が出展されます。 鹿曼荼羅は、春日の境内の中に鹿が雲に乗っ て現れ、その背中には榊の木が描かれる、これ が神様が影向される木です。このような図様は 御蓋山の麓に鹿がいつも遊んでいる状況に鹿島 の方から神様がお出でになる時、鹿島の神主さ んがお供をして、神様を神籬の榊に乗せて春日 の地にお出でになった。これらが結びついて鹿 曼荼羅が生まれました。 このような鹿曼荼羅は、鹿の背の上に榊を掛 ける形でしたけども、そこに神様のお姿を貴族 の姿になぞらえて描く、鹿島立神影図も生まれ てきました。立体として表した神鹿御正体も造 られています。このような図や彫刻が非常に沢 山作られ、春日の信仰を広めていったことが、 この濫觴という章では紹介されております。 今回の展覧会のひとつの特色は、鹿島神宮と 香取神宮から貴重な宝物をお借りできたという ことです。特に鹿島神宮の直刀・黒漆平文太刀 拵と申しますのは韴御霊(ふつのみたま)とも言 われて、御神体に近い非常な重宝でございまし て、これを春日大社の 1250 年だからというこ とで特別にお許しがあってお貸しいただいてい ます。関西で見られる機会は今回だけかも知れ ません。これも注目して見ていただけたらと思 います。そして香取神宮からは海獣葡萄鏡、こ れは中国の唐で作られたもので、香取神宮と正 倉院と春日大社にしかない、大型の非常に立派 な鏡でございます。春日大社の海獣葡萄境と比 べて見ていただける、本当に滅多にない機会に なると思います。 (第 1 章 平安の正倉院) この章は展覧会の一番の目玉です。春日大社 の宝物の特色は、平安の正倉院であるというこ とです。御殿の中に千年間秘蔵されていた多く の御神宝(神様がお使いになる物として納めら れた御宝物)が昭和初期に撤下され一般に見る ことが出来るようになり、調査したところ、ほ とんどが平安時代の一級品であることがわかり ました。東大寺にある正倉院の中には聖武天皇 の遺品が納められていて奈良時代のものがそっ くりそのまま保存されてきました。平安時代の 文物は、案外集中して残っていません。京都は 文化の中心でしたが、応仁の乱や様々な戦乱等 で多くが失われてしまいました。春日大社の撤 下神宝は、平安時代の文化を知る非常に貴重な 宝物群になっているので、平安の正倉院といわ れる訳です。
これらの宝物がどのように奉納されたのかと 言うと、ひとつは御造替(20 年ごとの御殿の造 り替え)の際に納められました。そして春日大 社は藤原氏の氏神で藤原氏は沢山の妃を宮中に 入れておりますので、天皇家から言うと母方の 氏神です。春日詣・行幸啓はあわせると 100 回 以上に及び、その度に御神宝をお納めになった のです。 定番の御神宝は武器・武具が多く、神様の意 義を高めるものです。また、鏡や調度品も必ず、 御神宝として登場します。 その他に特別な御神宝がございまして、これ は特別な祈念をもって、特定の方が納められた ことが分かるものです。重要文化財の古神宝・ 銅鏡類の中には寛弘 8 年の正月、とわざわざ銘 文を鋳出したものが 2 点ございます。この時の 氏の長者は藤原道長で、ちょうどその頃に息子 の頼道が春日詣をしており、特別な祈願をもっ て奉納されたものと考えられます。字体が道長 の字体に非常によく似ていて、2 点が違った字 体が彫られている特殊なものです。 若宮の古神宝の銅造狛犬は、銅製の狛犬で、 もともとは銀メッキがされていて銀色の物でし た。これは鳥羽上皇が藤原頼長の娘が入内した 時に下さった物で、頼長が春日大社に奉納した との事情が頼長の日記からわかります。 若宮神社は御本社四殿の神様の子供の神様 で、創建の時に様々なものが納められたことが わかっています。ひとつは平胡簶(ひらやなぐい) といい、本来、前に箱がついていて、そこに矢 を収める道具です。表側は銀板を切り透かして 黒い漆を埋めて文様を表しています。裏側は紫 檀という高級材に螺鈿をしている非常に美しい ものです。これは藤原頼長が実際に一度使った 物を納めたということがわかる、非常に珍しい ものです。この復元を文化庁の事業として行っ ており、先日、完成を見に行ってきましたが、 非常に美しいものです。時代を経たものも美し いですが、復元品は銀板に黒い漆の文様がシル エットとしてくっきりと見え、裏の螺鈿も七色 に輝いています。 平胡簶(ひらやなぐい)と同じ技法で作られた太 刀がございまして、記録と照合するとこれはお 父さんの藤原忠実が納めたものだということが わかります。これも春日大社の事業として復元 したものがございます。 春日大社での復元事業は、昔、御殿にあった 素晴らしいものをできるだけそれに近い形でお 納めしたいというものです。文化庁は春日大社 の宝物は、平安時代を代表するものなので、そ れを後世に残したいということで復元事業を 5 年間程にわたって続けており、その両方の成果 を展覧会では見ていただくことができます。 さて、平安の正倉院ということは、平安時代 の物が沢山残っているだけではなく、技法的に も春日大社以外に伝わらないという物が多くあ ります。平胡簶太刀の、〈銀板を切りすかして 黒漆を埋めるという技法〉は、他には全く残っ ていません。非常に成功した技法で他にあって もよさそうなものですが、唯一、春日大社のも のだけでございます。技法的に難しく、藤原摂 関家が独自の工房、独自の職人やデザイナーを 抱えて初めて製作できたものです。そのような ものが春日大社に残っており、まさに平安の正 倉院といわれる所以だと思います。 その他に摂関家にずっと伝えられていたもの が、紫檀地螺鈿飾剣(したんじらでんかざりたち)で す。全体は剥落部分も多く美しさがわからない のですが、部分を見ていただきますと、紫檀を 彫って、鸚鵡や唐草の螺鈿を施し、金の象嵌な どもあり、非常に豪華な太刀です。これも藤原 忠実の日記に細部まで合致する太刀が記述され ており、摂関家の中で長子に伝えられていって、 ある時点で奉納されたものだということがわか ります。 忠実という人は、春日権現験記絵巻という絵 巻の中でも第三・四巻に非常に多く取り上げら れている人物です。残念ながら第三巻は出陳さ れませんが、宮内庁所蔵の原本が全部で 4 巻出 ます。4 巻も出るのは春日大社の展覧会だから こそです。この原本を見れる機会はそう滅多と ございませんので、これも是非見ていただきた いと思います。 その他、若宮神社に納められた金銀の鶴は造 物(つくりもの)と申しまして、平安時代の貴族 の宴会の席で会場を飾るために作られた細工 で、貴族の日記や文学にこと細かに記述がある のですが、現物は他には全く残っていません。 これは若宮様、春日大社の御子神様をお喜ばせ するために、いわばおもちゃという体裁で奉納 されたものが今日に伝わっていると思われま す。そいういった造物も春日大社の神様への信 仰がなければ現物を目にすることはなかった、 これも平安の正倉院の一つの例でございます。 春日大社の宝物の中の白眉が、蒔絵箏(まき えのこと)です。お箏なのですが、上面のところ に、全体に漆を塗って、蒔絵で山水画が表わさ れています。縦向きに見ると上の方に雲がたな びいて雁が飛んでいて、崖を水が流れ下ってい き、最後に鴛鴦がいるという縦向きの構図でも 見れますし、横に見ますと川が流れていて、そ の間に草木が生えて鳥虫が遊んでいるとも見え ます。平安時代の貴族の文化の中では見たてと いうことが大事でして、自分をこう見たてる、 けれども他の人はこう見たてるといった機知を 競う文化があるのですが、これに基づき、デザ
イン的な面でも平安時代を代表するものになり ます。小さな部分は非常に細かくできており、 蜂の巣や蜂、鳥が飛ぶ姿など細かい描写はリア ルで、全体として見ると非常に大胆なデザイン です。蒔絵という漆地に金粉や銀粉(これには 珍しいことに銅の粉も使っています)で紋様を 表わす蒔絵としても最高傑作です。王朝工芸の 最高のデザインと技法を伝えるもので、これも 春日大社の平安の正倉院の代表になります。 (第 2 章 神宝) 古神宝以外にも非常にすばらしいものがあ り、これを紹介するのが 2 章です。金地螺鈿毛 抜形太刀(きんじらでんけぬきがたたち)は金具が金 無垢です。このことは復元の調査の際にわかり ました。金の金具は奈良時代にはあるそうです が、平安時代以降絶えてなかったものです。鞘 には金粉を蒔き詰めた中に螺鈿で猫が雀を追う 様が表わされています。これも唯一無二といっ ていいデザイン、技法であるということです。 金無垢の鋇のことですが、私も、「何で錆びな いんだろうな」「すごく重いよね」と長年言っ ていたのですが、残念ながら金だと見抜くこと はできませんでした。金ということが常識的に ありえないのでただ疑問に思っていたのです。 もう一歩踏み込んでいたら世紀の大発見を私が できたかもしれないのですが、残念ながら材質 の科学的調査を経て初めてわかりました。この 太刀をみるとこの年になっても学ぶことは尽き ないなと思っている今日この頃でございます。 この螺鈿は、形を美しく切ってあるだけでな く、毛彫りがすばらしく、毛並みをまるで筆で 絵を書くように彫ってあります。これは貝なの ですごく硬いです。しかも彫刻刀みたいなもの で彫るわけですから、このような絵画的な線を 出すのは非常に難しい。また、ガラスがはめ込 んであり、これも文献には出てくるが、残って いるものはこの太刀くらいです。どのように作 られたのかよくわからず、今回の復元でも非常 に苦労されたものの一つです。見ていただくと、 猫が雀を狙っている様子や、満足しているとこ ろ、雀を捕まえているような場面がございまし て、まるで絵巻物、あるいはアニメの動画を見 ているようで、これも展覧会場でじっくりと見 ていただきたいです。この猫の図柄は、中国の 宋代の絵画に似たものがあり、中国の文化も吸 収しつつ、日本人の創意工夫を加えて作った本 当に特別なもので、平安の正倉院の代表的なも のの一つです。 今回は金地螺鈿毛抜形太刀の復元を初めて見 ていただきます。春日大社で御造替に際し復元 した太刀を神様の下にお戻しし、御殿の中に納 めてしまいましたので、これは私ももう一生見 ることはできないのですが、文化庁の事業とし て同時に復元したものがこの展覧会のギリギリ に完成致しました。それを展覧会で見ていただ けます。千年を越える時を経たものと、現代の 工人が意を尽くして作ったもの、それを二つ並 べて見ていただける絶好の贅沢な時間です。金 色の輝き、螺鈿の輝き、そして猫の表情、本当 にすばらしく出来上がっておりますので、是非 これも見ていただきたいと思います。 あと鎧です。春日大社には、非常にすばらし い鎧が残っており、宝庫という、御殿にほど近 い宝物の蔵に伝わったものです。春日大社には 武家の信仰もあったというわけです。赤糸威大 鎧(あかいとおどしおおよろい)の特色は、素晴らし い彫金で飾られていること、当初できたものが ほぼ 80%~ 90%残っている、本当に稀有な例で す。これも春日大社の神様に奉納されたものな ので、人の手に触れずに 700 年くらい伝わって きたので、このような残り方をしています。も う一領残っている赤糸威大鎧は紅染めなので少 し退色をしておりますが、この金具もすばらし いです。こうした国宝の甲冑が四領揃う期間が 展覧会の期間の半ばで一週間程ございます。 今回、お話ししきれませんでしたが、9 章に わたって春日大社に関係するものが沢山並びま す。宮司より奈良 RC 会員の皆さまのお手元に はチラシと招待券が届きますので、たくさんの 方とお誘いあわせのうえ、是非、足を運んでい ただきたいと思います。本日はご静聴ありがと うございました。
例 会 出 席 報 告 会員数 出 席 免除者数 出席者数 補填者数 出席率 第 34 回 3 月 15 日 125 名 28 名 90 名 78.26% 第 31 回 3 月 1 日(補正) 125 名 28 名 103 名 7 名 94.83% 淡 き 日 を あ つ め て 蠟 梅 咲 き 初 じ む 〇 吉 田 淳 薄 氷 に 乗 り し 小 石 は 誰 が 仕 業 名和 佑介 春 浅 し 異 人 偉 人 の 兜 太 逝 く 中川 晋作 炭 つ い で 刻 苦 勉 励 せ し 頃 も 田伏 薫 く わ ん の ん の 立 姿 さ へ 春 め い て 渡邉 木 利 休 忌 の ま だ 降 り 足 ら ぬ 空 の 色 今西 青吾 七 流 派 出 揃 い ニ ン 月 大 茶 会 〇 河野 良文 春 障 子 老 ひ て ひ と 間 を 与 え ら る 井 野 正 月 ヶ 瀬 の 梅 配 ら る る 駅 広 場 小西 正文 真 青 な る 空 に 残 れ る 余 寒 か な 好川 忠延 節 分 会 鬼 も 内 な り 金 峯 山 安田 信司 冬 帽 子 耳 ま で 下 げ て 立 話 吉田 佳代 き さ ら ぎ の 夕 風 白 し 兜 太 ゆ く 寺田眞佐子 水 仙 は 風 や や 寒 き と こ ろ に て 城 田 妙 子 寒 あ や め ひ と 日 限 り の 彩 尽 く す 田 伏 博 子 水 色 の ア イ シ ャ ド ウ 買 ふ 春 隣 中野 聖子 ス カ ー フ の 色 決 め か ね て 春 浅 し 〇 石本 美穂 宮 司 先 ず 灯 す 瑠 璃 燈 萬 燈 籠 笠置 侃 ( 出 席 者 十 五 名 投 句 ○ 印 三 名 ) 青 丹 句 会 二 月 例 会 第 五 四 八 回 二 月 は 久 し 振 り に 、 興 善 寺 様 の 御 宝 前 の 奥 の 間 で 、 句 座 を 開 か せ て い た だ い た 。 平 昌 オ リ ン ピ ッ ク が 二 十 五 日 に 無 事 終 っ て 、 日 本 の 選 手 の 皆 さ ん の 成 果 は 目 を み は る も の が あ っ た 。 こ の 月 は 行 事 や 催 物 が 多 い 。 三 日 の 節 分 は 春 日 大 社 の 萬 燈 籠 や 、 興 福 寺 の 東 金 堂 の 特 設 舞 台 を は じ め 、 各 地 で 鬼 追 い 行 事 が 行 わ れ る 。 そ し て 各 社 寺 の 、「 福 豆 」 を 頂 い て 、 家 々 の 豆 ま き を 、 「 福 は 内 、 鬼 は 外 」 と な つ か し い 声 が 聞 か れ る よ う に な る 。 中 に は 「 福 は 内 、 鬼 も 内 」 と い う 所 も あ る と い う 。 年 の 豆 を 食 べ る 習 慣 は 、 子 ど も の 頃 は お じ い さ ん や お ば あ さ ん の 分 ま で 頂 い た も の で あ る 。 今 と な っ て は 反 対 に な っ て し ま っ て い る 。 漸 く 暖 か く な っ て 来 て 、 句 友 の 句 の 中 に も 次 の よ う な も の が あ っ た 。 年 の 豆 、 下 萌 土 の ぬ く も り 、 寒 牡 丹 、 蠟 梅 、 春 を 呼 ぶ 末 黒 な る 草 な ど が あ る 。 金 子 兜 太 さ ん が 亡 く な り 、 稲 畑 汀 子 先 生 と の 話 題 が 少 な く な る こ と は 、 寂 し い の で は な い か と も 思 わ れ る 。 こ の 外 に お ん 田 祭 、 盆 梅 展 、 月 ヶ 瀬 の 梅 湲 な ど 、 一 気 に 春 が 近 づ い て い る こ と が 判 る 。 飛 火 野 で 観 光 客 や 一 般 の 人 々 を 集 め て 、 今 年 も 鹿 寄 せ が 始 め ら れ て い る 。 奈 良 の 鹿 愛 護 会 の 職 員 が 吹 く ホ ル ン の 音 に よ っ て 、 森 の 奥 か ら 多 く の 鹿 が 飛 ん で 来 る 様 子 は 、 春 の 序 曲 の 象 徴 と も い う べ き で あ る 。 こ の 頃 、 会 員 の 少 な く な る こ と が 特 に 気 に な っ て い る 。 『 句 集 青 丹 』 の 第 四 十 五 巻 の 「 は し が き 」 で 、 会 員 の 増 加 を は か り た い と 書 い た と こ ろ で あ る 。 こ の 稿 を 借 り て 再 度 書 き た い 。 ( 侃 記 ) ( 平 成 三 十 年 二 月 二 十 二 日 ) 「テーマ型観光で訪日客の奈良滞在時間を増やそう!」 一般社団法人ウェルネスインバウンド協会・代表理事 井辻 敦雄氏