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〈書評〉太田武男著「離婚原因の研究」

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Academic year: 2021

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評 書 書評﹁離婚原因の研究﹂

太田武男著

﹁離婚原因の研究﹂

西川 達雄

 一 本書は、著者が昭和二七年舐以来、京都大学人文科学研究所 において研究されている﹁家族法﹂の一部として、副題に示されて いるように.離婚に関する判例の変遷を中心として、莫大な判例を 蒐集・整理かつ分載された交献である。  本書の内容は、序交に述べられているように、﹁判例に現れた離 婚原因の変遷﹂と題した前篇と、 ﹁離婚判例集成﹂と題した後篇と の二篇に分れているQ前篇において、わがくに離婚法の、とくに離 婚原因に毒する諸規定の推移をあとづけた︵第一章序説︶のち、第 ご章︵旧法下の判例に現れた離婚原因︶、第三章︵三法下の判例に 現れた離婚原因︶において﹁旧法時代ならびに新法時代の判例につ き内容分析を試み、離婚原因該当事由が如何に変遷しているか、し かして、その間、いわゆる︿有責主義か破綻主義 ︵目的主義︶﹀ かの問題・夫婦不平等主義か平等主義かの問題・家族制.度的原因に よる離婚の問題等々が、如何に処理されているかの諸問題を中心に 考察し﹂、第四章が結語となっている。後篇は前篇をものするため 七八 に蒐集した判例.とくに離婚原因に関する判例を.旧法事件と新法 事件とに大別し.その中を審級裁判所別に、さらにまた年代順に整 理配列されているQしかし、著者の言葉をかれば﹁従来の判例集に ありがちな︿判決要旨﹀の断片的な羅列はこれを避け、罫実と判決 との有機的な関連を重視し、繁をいとわず、原則として、︿判決理 由﹀の全文﹂が掲載され、同時に﹁離婚原因に関する判例を中心と した当然の結果として閑却にされがちの離婚の効果の問題、たとえ ば、﹁慰籍料・財産分与・親権者・監護者等の問題にも注意を払い、 その点に関する判決要旨を︿備考﹀として附記し、さらにく判例比 評Vのなされていた事例については、その所在をも明記﹂されてい る。巻未附録には、明治三三年置ら昭和二十八年末に至る間の種類 別離婚件数や離婚原因別裁判離婚件数などの統計資料がのせられて いる。  二 第一章は明治維新以後の離婚原因についての法令の変遷過程 の概括的説明で、第二章はこれを七節に分ち、第一節総説とし、以 下旧八一三条の各号中、五号前段配偶者よりの同居に堪えざる虐待 ︵第二節︶、五号後段配偶者よりの重大なる侮辱︵第三節︶、六号 配偶者よりの悪意の遺棄︵第四節︶、七号配偶者の直系尊属よりの ・八号自己の直系尊属に対する虐待・侮辱︵第五節︶、四号配偶者の、 艘廉恥罪または重罪による処刑・二号妻の姦通など、その他の離婚 原因︵第六節︶につきその内容を分析し、第七節を要約にあて、 ﹁ これを要するに原則として有責主義的な離婚原因を制限的に列挙し た旧法下の判例の実際においても、各号の拡大解釈により、旧法下

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すでに離婚原因該当事由の拡大化傾向を看取しえたと同時に.その 聞、有責主義の頽勢ならびに相対主義の擁頭の現象を看取しえた﹂ ということ.﹁旧法が建前としていたところの離婚原因一とくに離 婚原因としての姦通一についての夫婦不平等主義が、具体的な判例       へ  も  ヘ  ミ  ヘ  へ の笑際においては、旧法上すでに、修正もしくは緩和せられつ㌧あ ったということ、これを要するに、離婚原因についての夫婦不平等 主義から平等主義への力強き歩み.を海法しえた﹂ということ、また 聞方的にではあるが、 ﹁家族制度的な事情による離婚の推移乃至家 からの制約緩和の傾向を多少なりとも看取しえた﹂、しかしながら ﹁旧法第八一三条第八号による離婚がみとめられるについては.配 偶者に対する虐待・侮辱の行為あれば足り、その際における夫婦闘 の和・不和は問うところではないというのが、当時の大審院の見解 であった﹂から﹁旧法下の離婚の家からの全き解放は、これを見出 すに由なき状態であった﹂と説かれる。  第三章も第二章と同じく、これを八節に分ち第一節総説とし、以 下新法七七〇条の各号中、一号配偶者の不貞︵第二節︶、二号配偶 者よ・りの悪意の遺棄︵第三節︶、三号配偶者の三年以上の生死不明 ︵第四節︶、四号配偶者の回復の見込なき強度の糖神病︵第五節︶.五 号婚姻を継蓋し難い重大な享由︵第六節︶につきその内容を分析し、 第七節は、今次戦争関係の事例一語帰還配偶者との離婚問題を坂扱 い.第八節を,要約にあててつぎのように説かれる。 ﹁新法第七七 〇条第一項第一号乃至.第四号によって処理せられだであろう事案は ともかく、同第五号にいわゆる︿婚姻を継乱し難い重大な事由﹀に 書評﹁離婚原因の研究﹂ 該当するとして.同号によって処理せられて来た事案の大部分は. 旧法下、同法第五号・第六号・第八号等によって処理せられていた ような内容の翻案が﹂大部分を占めていた。したがって、その限り においては、新法下﹁とくに噺たなる離婚原因該当事由の拡大はな く.むしろ、旧法下の判例の内容がそのまま新法下の判例に引継が れ、その問.特に推移乃至変遷のあとはこれを見出しえないような 印象を受ける﹂、.が﹁文字通り破綻主義的な判例を見出しえないで もなかった︵その一つとして著者は、神戸地裁.昭和二五︵タ︶一一 号、昭二五、一〇、一一判決をあげている︶。しかしながら、新法 下の判例も﹁自ら招け尉婚姻関係の破綻を理由とする有責配偶者か らの離婚詣求をも許容するまでには破綻主義に徹しておらない﹂。  つぎに、 ﹁新法下の判例の実際においては、夫の情婦との関係行        ヤ  も  へ 為も.妻の情夫との関係行為と共に。一様に、配偶者の不貞行為と して、新法第七七.○条第一項第一号によって処理せられ、頬法の理 想とする勲爵乃至不貞についての夫婦平等主義の理想実現がいよい よ志向されていた﹂。だが﹁薪法喜、家族制度的な事情に基づべ離 婚の請求は、さすがにより一層滅少の傾向にあるとはいえ、実質的 には家族制度的な理由に基づく離婚を、すなわち、いわゆる︿家のた めの離婚﹀をみとめたとおぼしき事例もやはり残存していた﹂と。  ひ  第四章の結語は、右第二無量三章の要約をまとめ、終りに﹁新法 の規定は、目本国憲法のもと、あたかも戦後の民主主義的な個入の 尊厳と両性の本質的平等という当時の時局的かつ外部的な要請に応 えるものとして突如臆して登場したかの如くに思われているが、そ 口 七九

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書評﹁離婚原因の研究﹂ のような新法の規定、とくにその破綻主義や夫婦平等主義さてはま た家からの解放の建前は、実は旧法制定当時から、旧法時代の長い 間の判例によって培われつつあったL。そして今後、 ﹁新法の理想 とする破綻主嚢がより高度に熟した場合.自ら招ける婚姻関係の破 綻を理由とする有責配偶者からの離婚請求に対して、原告勝訴の判 決が下されるまでに至るであろうか.また,新法の理想とする個人 の尊厳と両性の本質的平等の理念がより高度に侵透した場合.家族 制度的な事情に基因する離婚詰求に対して、原告勝訴の判決がみと められなくなるに至るであろうか﹂などの諸点一7一此後の問題が存す るとして、結護にかえている。  三 著者はさきに﹁わがくに労働立法の発展に関する史的考察﹂ を試みる最初の仕事として、わがくに労働関係法令を体系的かつ時 代的に集成された労作﹁わが国労働関係法令の系譜﹂ ︵労働省大臣 官一房総働統計用調査部、 内一嘗労︷働次貝料牌弟二六集、 昭門和酒二五年﹁○月 刊︶をものされたが、それは明治初期からの、著者の性格そのまま、 文字逼り克明な労働関係法令のあとづけであり、.貴重な交隊であっ た。この種の勉味な仕覆は異常な根気と努力を必要とするが.著者 は忍咽つよくこれをやりとげた。本書も前書と性格を同じくし、著 者自身も自認する︵序三頁︶﹁資料的労作﹂である。恐らく非常に 苦心して作成されたであろう統計.資料を別に、五入三頁にわたる浩 溝な書物で、無料の蒐集と参照交献は、綿密・周到・詳細をきわめ ﹁判例研究としては.おそらく第一級の力作というにふさわしい﹂ ︵学界回顧 法律時報三一九号一一頁︶。全く著者のたゆまぬ努力に 八○ 対してはただただ敬服のほかはない。問題が離婚といった身近かな 親しみやすいことのため、その性質上、難渋な法律技術的思考の困難 にあうこともなく、入生観、倫理観にもとづいて、法律家ならずと も興味をもって読みうるが﹁第一級の力作﹂だけにそうたやすく読 みうるものではない。前篇における著者の要約・結詣はもっとも通説 的なものであり、署者自身﹁本書においては、判例の推移もしくは 変遷をときながらも.それをさえているファクターの分析や、それ と婚姻観・離婚観もしくは社会意識との関連の問題の究明が捨象さ れているのみなbず、離婚に際しての碧権者や監護者の決定、慰藷 料や財産分与の決定など離婚の効果に関する問題の考察が欠如して いる。それゆえ.本書は、単なる判例の蒐集・整理にすぎない﹂と けん4、んきれているが、一霞一句一判例一論丈をもおろそかにせず 一々典拠を明示して独断をさけ、離婚原因の法的規整の推移をたど り、この結論に達せられているのは、やはり群書と同一ではない。       も   も   も しかし本書の真価は著・者が﹁きわめて味気ない資料的な労作の域を 脱しないもの﹂と断っておられるにもか\わらず、むしろそこにあ ろうかと考える。著者の性格からして万遺漏なきを期して蒐集・整 理された後篇の判例垂垂と、前篇における綿密な﹁註﹂は淘に貴重 で、この種の研究にたずさわる者は必ずお世話にならねぼならない であろう。  文革や判例の蒐集整理は、なに人もその必要性を痛感しているに もかかわらず、そして、昨今ようやくその方面の努力が少しぽかり なされてはいるが、洵に不充分である。著者が﹁類書少き今日﹂と

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いわれるのももっともなことである。このような仕事は、地味で昧 気ないものであるが、このたび本書のごとき労作に接しえだことは 大きい慶びでなければならない。離婚原因のみならず身分法に関し てだけでも.このような綿密な判例集成が完成されたら研究一7一御益 するところ淘に大きいといわねばならない。恥きに引用した著者の 言著にもある通り、此後著者は本書に欠如している点へと研究をす すめられるのであろうけれど、わたくしとしては、それとともに右 のような希墓が、著者によって是非達成されることを切鎖したい。 著者こそそれをなしとげうる数少ない人の一人と思うからであるQ  多くの法律論文において判例が引用されるQだがしかしそれは、 論者が眼を通した謹かな判例の一つといった場合も決して少なくは ないであろう。外国法にあってはこのことは極端であろう。凡ては 判例集成の不備にもとつく。離婚原因を研究するにそれをささえて いるファクターの分析やそれと婚姻観・離婚観もしくは社会意識・ 祉会制度との関連、あるいはそれらについての諸外国のそれなど探 究すべき点は無限であろう。だが研究は凡て資料を必要とする。そ の資料をどう駆使し、その資料から何をうるかはともかく、資料の ない思索も論理もありえない。資料の必.要性はいかほど強調しても 強調しすぎるということはない。著者は﹁顧みれば,比較的豊富な 資料をもちながらも、それを充分に活用できなかった﹂︵二二四頁︶ といい、田中教授は﹁法の解釈の最尖端ともいうべき判例研究が在 束の既成型に安住してよいものかどうか。いわば脱皮すべき時期が きたのではないかβ太田助教授の力作を読みながら、深い疑問を感 書評﹁離婚原因の研究﹂ ぜずにはいられなかった﹂︵前掲学界回顧 ﹂一頁︶といわれて いる。たしかにこれだけ豊富な資料を︵おそらく本書以外にも︶も ちながら、それらは充分に活用されているとはいえないだろうし、 わたくしも亦前篇を読むのに非常な抵抗を感じ、学問とはこんなに も退届なものかと砂をかむような味気なさをおぼえた。しかし、だ からといって前篇の価値はいさきかも減ずるものではなかった。多 くの法律雑誌に興しい判例研究がのせられている。だがそれらの多 くは﹁既成型﹂に安住しているか、 ﹁既成型﹂を破るがごとくし て.少しも﹁既成型︹を破っだものではなかった。それらの中に本 書の一節でも加えたら、おそらくそれは立派な研究と看徹されるこ とだろう。にもかかわらず本書においては、余りにも同じ型の累積 のために食傷気朱となって味気なさをおぼえたのにすぎない。著者 の意図はともかく、前篇もまた資料として判例の縞密なあとづけ, その整序にほかならなかったのである。そしてまた既成型判例研究 の集大成としても立派な資料を形成しているのである。     ヘ  ヘ  ヤ  本書の真価はまさにその資料としての価値にある。本書からは一 日一人十粒の飯粒を節すればわがくに全部で何石、それは何十何百 入を何日養うことができるということがわかっても、そんなことが 可能かどうかということ、この料理の材料は、肉と砂糖と醤油とバ ターを夫々何グラム、火にかけ喝時間何分というその料理法はわか ってもそれらをつかってでき上った、全く別の料理のうまさは.わ からない。だから専門外の人が読めば,法律家とは、法律学とは、   ヘ  ヘ  へ 何と平面的でつまらぬものかと思うかも知れない。だがしかしそれ 八一

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書評、離婚原因の研究﹂ 八二 は無理である。離婚原因の全き把握には凡ゆる面からの探究を必要 とする。本書はその一つの資料を提供しているだけである。したが って本書に対する疑問がもしありとすれば、それは判例の蒐葉・整 序に遣漏ありゃ否かであって.その研究方法ではないであろう。そ のことは次の問題である。本書における判例の蒐集・整序はおそら く完全に近いのではなかろうか。その意昧において、離婚原因探究         ヘ  ヘ  へ のある面の貴重な資料的労作たること多言を要せないだろう。しか し資料はあくまで贅料である。先きに、こうした資料が著者によっ て身分法の他の部門についても作成されんことを切念したが、一方 此後この豊富な資料が著者によって如何に活用されるか、その成果 が待たれるのである。        ︵﹁九五七・三・二〇︶

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