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伊東静雄詩論 : 第一詩集を中心に(後編)

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(1)Title. 伊東静雄詩論 : 第一詩集を中心に(後編). Author(s). 桜井, 竜丸. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 23(1): 16-23. Issue Date. 1972-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4004. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . Vo l .23 NQ I. d id。 Uni l。f 日0 l i ion (Sec }。urna i ty of Educa くa t t ver s on IA). gept , ,1972. 伊東静雄詩論--第 一詩集を中心に- -- (後 編) 桜. 竜. 井. 丸. 北海道教育大学函館分校国文学研究室. Tatsumaru sAにURA[; Essai sur l a poesie de Shi zuo ITO ----autour de son premier recuei 1 de poemes----(Seconde pa ie)--- rt. 1e r壱sum壱 des deux (. ies de cet essai est pub 1 i 壱ro pr e dans 1 part e e nur エ ー cedent). .. 目. 次. 出発点おける詩人のあり方 1 2 拝借の欠如 3 汗情の欠如を 坪情する構図において 4上 詩的自我というこ とことについて (つ づく) (以上前号) 4下 詩的自我ということについて(つづき). 上りつめた 「音なき空虚」 「反響」 ということについて 7 f 詩人の青春について n x U 「憂愁の深さ」 としての明るさへ. (以上本号). 4下 さて少 し横にそれ たけれども, 彼の端座の姿勢を崩させるかに見えるものは 前に述べた死への , 情熱というもの である. そしてそれを踏まえた風景への夢である . 「私が愛し/その ため私に つらいひとに/太陽が幸福にする/未知の野の彼方を信ぜしめょ/ そ. して/ 真白い花を私の憩ひに咲か しめよ/昔のひとの堪へ難く/望郷の歌であゆみすぎた/ 荒々し. 4 い冷めたいこの 岩石の/場所にこそ」 2 ) -- 「私が愛 しそのため私につらいひと」 は 「放浪する半 「 身」 愛される人 である 」 この半 身をして作者あ るいはもう一 つの半身が強要せしむる 場所は , 。 冷 め た い 岩 石 の 場 所 で あ り, 『嘘 野の 歌』 4 3 ) に お け る 「息 ぐる しい 稀 薄 の こ れ の 嘘 野」 で あ て っ ,. 「望郷の歌」 即ち 「美 しい故郷」 の命題ゆえに看 過されていた しかし 「霊白な理智」 と し て の , 「朝顔」 , 「真白い花」 の咲く, 「信ぜ」 られるべき地点である。 居住の地でもなく故郷でもない. 両者をつなく も の で は あ っ て も, い ず れ で も な い, 「連 嶺 の 夢 想」 の 君 臨 す る と こ ろ で あ る しか ,. もそれは 「わが屍骸を曳く」 「馬」 を 「空 しい宿題」 であっ た 「美 しい故郷」 へ 「いざな」 う 自首 標」 のあるところだっ た. 「この時」 にこそ 「遂に」 彼の 「痛き夢」 は故郷の美という命題と内質 3 5 ) において 彼を 「慰めいく らか幸福にした」 「一基の墓」 のみえ 的に合体するのである。 『帰郷者』 . る, 「不平と辛苦ののちに」 たちあらわれてく る場所だっ た. 『帰郷者』 の 「反歌」 は次のように 記されている。 -- 「田舎を逃げた私が 都会よ/ どうしてお前に敢て安んじよう」 「詩作を覚え た私が 行為よ/どうしてお前に憧れないことがあ らう」 . 田舎を逃げ, 都会に無論髪如と出来な -1 6一.

(3) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部A). 昭和47年9月. い 「私」 が憧れる 「行為」 は, そのような 「私」 を解消する行為である。 その解消の代償として 「連嶺の夢想」 があ らわれてくる。 またしても詩作論理であるが, 論理を以っ て詩語へ登掌した力 . 技を, 「わが死せむ美しき日のために/連嶺の夢想よ!汝が白雪を」 の二行の詠嘆に私は感得した. い, そ してその結語である 「わが痛き夢よこの時ぞ遂に/休 らはむもの!」 の 二 行 に, こ の 「痛 き」 3 7 )の「逃げ後れつつ逆 しまに/氷りし魚のうす青い/きんきんとした刺は/ の感覚は 『氷れる谷間』 痛し!寧ろうつく し1」 に通ずるものである. 詩的自我の解消は同時に詩作中におけるその 「逆し ま」 な凍結である.. 死への情熱, 自我解体への意志は, 必ずしも常に実生活中におけるそれではない。 詩作を形づく っ ている言葉が結集せしめているところの或る感覚を論述として 換言するにふさわしい命題として. 選択したところのものである。 従っ て或る感覚とは空無の感覚だという風にしてもよい。 また 「放 浪する半身」 として 「お前」 の名の下に呼びかけられている存在は, 一 般的に哀歌詩篇にあ らわれ ている二人称的なものの総合的概念といっ たつもりである. そうしたものの性格規定の顕著なるも のとして, 哀歌詩篇冒頭の詩作が考えられたのである。 詩的主我確立の方便乃至技法と してしばし ば出て来る二人称は無論一人称としての詩的主我を定立する。 愛し, 命ずる自我の常に対極に居る 4 4 ) へ向っ てこそ, 思念の深夜とも言うべき 「烈 しき森 愛される, 放浪する, または 「微笑のひと」 に切に焦れて/日の了る明るき断 崖」 へいざなわれてゆくのであっ て, そ うしてはじめて第三のも のとも言うべ き詩的に凝結した対象が, 両者の緊張した構図の中に 「静寂」 を得て出現するのであ. 4 5 ) では, 呼びかけら る-- 「海原に絶ゆるなき波涛の花を咲かせたり」 。 また例えば 『河辺の歌』. れているものは, 河辺と河辺周辺即ち河辺の概念より詩的に派生する事物である, 「肩にきやる雑 草よ」 , 「山々の相も変 らぬ戯れよ」 。 そ して 「悔恨にずっ と遠く/ザハザハと河は流れる/私に残 さかん. っ た時間の本性!/孤独の正確さ/その精密な計算で/織な陽の中に/はやも 自身をほろばし始め る/野朝顔の一輪を/私はみつける」 --この主我の動きの中にみつけられる 野朝顔は詩的本性の. 象徴として出現した. この眼目をとらえんが為に詩作の構造が決められているのであっ て, そこか らみると末尾四行はこちたしというほか無い. 詩作のすぐれたものは, 詩的本性の象徴という眼目. の一行乃至数行のためにその全詩行が緊密に流れ組み合わさっ ているものだ。 或いは期待として或. いは余韻として。 しかしこの時は, 実は眼目の一行というものは存 しない。 全詩行即ち作品全体が 詩の象徴として単一に存するばかりだ。. 「詩を作るのに当っ て言葉がする作用に敏感であれば, 詩は次第にその作用を 中心に工夫される ことになり, それが極る所では, 言葉と象徴は同じことを指すと見て構はない。 この言葉の作用を. 完全に生かすことを望めば, その範囲が拡げられ, 或いは, 同じことながら, その 効果が圧縮され るに従っ て言葉は象徴の性格を帯びて来る」 または, 「詩に見 られる言葉の働きが充実して来れば, 6 4 ) 多少とも象徴の性格, といふのは, 一部で一切を指す方向を示すものである」(吉田健一) 。 「詩に見られる言葉の働きが充実」 するに従っ て, それが象徴となるその凝結度に従っ て, 作品 から作者の人は影 がうすくなっ てゆく。 今まで私が述べて来た意味での詩的主我とか詩的主体とい. うものは消えてゆく。 詩によっ て醸成され形づく られた詩人というものがあらわれてく る。 それも また詩作における 詩的主体とか言いようのないものであるけれども, それは能う限り伝記とか歴史 i tき で は なく caractere と して 詩 作「 に とかを超脱 しているべき筋合いのものだ。 言わば personal 存 して い る も の だ.. にJ. 詩作における三人称的なものとは詩的主体からの (読者からのではない) 感情移入の不可能な存 - 17 -.

(4) . Vo l .23 No .I. i i lo ido Uni i f Hokka t on I A) Journa on (Sect s ver y of Educat. Sept , ,1972. 在で, 外在そのものである. 誓職と して詩的主体の意味を示すもの或いはそれとの類縁関係に立つ ものではなく, それに対抗 し無縁であろうとする真正の (詩的) 事物の感覚である. それは誓輪と しても論理としても内容を持たない。 例えば 「海原に絶ゆるなき波涛の 花を咲かせたり」 におい. て, 「波涛の花」 は詩語の構成においては誓口 論ではあっ ても, 「断崖のぅへに出」 た存在からすれば 全く意味を持たない在外物象である。 「黙想の後」 にかかる物象を見出したが故に, その 「旭魅の おもて. わた. 白き穂波」 を踏んで 「夕月 におを ま海の面」 を 「渉る」 ことの出来る彼にとっ ては, 呼びかけられる べきであっ た 「微笑のひと」 とはもはや 「味気な」 いものに過ぎなかった. おほ海の面を渉るよう な空気のように空無と化した詩的主体にとっ ては, 自我の牽引としての二人称的存在は 不要になる. のである. しかし, 二人称の消滅と共に, 定立されていた一人称的存在もまた無に化してゆくので. 7 ) こ の 関 係 は 『有 明 海 の 思 ひ 出』 4 ) に お け る 「無 数 な し ゃ っ ば に 化 身 を した」 「少 年 た ち」 8 あ っ て4 ,. の 「緑の島」 と 「ひとり岸辺に残」 っ た 「私」 との関係でもある。 ここにおいて 「私」 もまた透明 に化身せざるを得なかっ た存在である. この存在においてこそ 「天の彼方に/海波は最後の一滴ま で沸り墜ち了り/沈黙な合唱をか し薦に してゐる」 という在外物象を触知し龍絡することが出来た のである。 それは正 しく 「無辺な広大の讃歌」 と呼ぶべき性質のものである, 或いは外物の 理智的 切断を行使 した主体の虚無から獲得することの出来た外物の印象であっ た。 または, 汗情の欠如の 自覚において 「発明」 された 「歴然と見わくる目」 の生み出 したものであっ た. 4 9 ) からである。 この詩作は次の・ 言葉に 今この最後に引用 した三語句は 『わがひとに与ふる哀歌』 始まる. 「太陽は美しく輝き/あるひは太陽の美 しく輝くことを希ひ」 --通常の 在外事物把握の. 確かさは無い。 論理的には在外事物の確固とした把握の否定でありな がら, それ故に 言葉の重畳法 によっ て印象は強い, 美しい太陽があたかも内界から力取された事物のように輝かしめ ら れ て い る。 或 いはこの太陽は内界のものであるかも知れず, それだか ら 「あるひは」 と付加することが出 来るので, 前述 した 「沈黙の合唱」 と同じように, 在外物象ではあるのだ が, 空虚に化した存在か らとらえ られているものである意味合いにおいて. 外化した内界と呼ばれる べき物象である。 この. ことは前の吉田健一の言い方に従え ば 「象徴の性格を帯び」 た言葉なので, 象徴とは内部でも外部 でもない, それ らに通ずるものであり乍ら位置するところは第三の領域, 詩の磁場である.. 以下私は順を追っ て一行乃至数行を引用 しながら作者の詩的論理を辿りつつ, この詩作にそれが 完結的に表現されていることを述 べようと したのだが, それは難 しいことなので, 代りにその理由 を述 べてみたい。. その詩作論理を各行の順を追うことによっ て 辿ることの不可能な或いは決定的に不完全になる詩. 作というものがとりも直さず完結 した詩作なのである。 散文はつまるところは論理によっ て表現さ れるけれ ども詩は論理によっ てではなく論理をものとして表現する。 散文は言葉の論理性によっ て 目的としての世界へ関係 してゆくけれども詩はこのような 散文の論理性の指向するものを除去し, 世界への関係を絶ち, 自分自身を目的に し, 論理は詩自体の世界のみにかかわる。 言わば詩の論理. は, 散文の目的指向性, 直線性を忌避し, 円環的に完結する。 従っ て完結した詩作は, その言葉が 分離し難く相互に浸透し合っ ている. 一 つの言葉にその詩作中の全重量がかかっ ている し, 詩作の 完結とはその言葉を別の 言葉に置換すれば瞬時に瓦解す べき態のものでなくてはならない. しかし 詩作 がいつもこの理想状態を実現 しているわけではないし, 例えば前に述 べた 『かの微笑のひとを. 呼ばむ』 『河辺の歌』『有明海の思ひ出』 な どにおける詩的論理というものは散文的直線性を緯にし ている。 各詩句が相互に緊密に浸透 し合い, 円環的に一詩作の成就に結集しているとき, 特に眼目 の部分を見たてて独立に抽出することは, それ がその他の部分と緊密に結びついているだけに, 詩 作の意味を変えるとか詩作に充電された詩のヴォルテージを低減するとかな しには 不可能であるベ ー 18 一.

(5) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部A). 昭和47年9月. きだが, 逆に, 詩的論理の網密に円環的に完結していない, 或いは特に眼目の光る, 光りすぎてい る一行乃至数行をも つ詩作の他の行は, 眼目の光る箇所に対しては, ヒエラルキー的に下位に立つ. ものである。 この 下位は無論構成においては必要であるというのも, 眼目の部分の準備または敷街 の役を しているからである。 さてこのことは同時に例えば一詩集における各詩作相互の構成におい ても 考 え られ る こ と で あ っ て, そ れな らば 『わ が ひ と に与 ふ る 哀 歌』 は 眼 目 と して 光 っ て い る 詩 作. である。 前述した例えば三つの詩作における詩的論理の散文的直線性は, この詩作へ至るか, また はそこから派生してくる態のものである. それらの直線が左右上下いずれからにせよ結集している. 一点は, 「音なき空虚」 であるけれども, 無論この語句は 『哀歌』 全詩行の文脈にかかわるのであ るから, その一点は 『哀歌』 二十一行と言わなくてはな らない。 「太陽は美しく輝き/あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ/手をかたく くみあはせ/ しづか に私たちは歩いて行っ た/かく誘ふものの何であ らうとも/私たちの内の/誘はるる 清らかさを私 は信ずる/無縁のひとはたとへ/鳥々は恒に変 らず鳴き/草木の嘱きは時をわかたずと するとも/ いま私たちは聴く/私たちの意志の姿勢で/それ らの無辺な広大の讃歌を/あ. わがひと/輝く. この日光の中に忍びこんでゐる/音なき空虚を/歴然と見わくる 目の発明の/何にな らう/如かな い. 人気ない山に上り/切に希はれた太陽をして/殆んど死した湖の一面に遍照さするのに」. さて音なき空虚は私たちの意志の姿勢で切に希はれた太陽の光の中に忍びこんでゐる。 私たちと はわがひとと私であり, 前に述 べた両半身のくみあはされた存在である。 両者の合体において空虚. が生誕する。 私一個ではなく, 私からするわがひとという呼称を根底においてのみ空虚 が確認され ているのである。 空虚は自然の有ではない。 恒に変 らず鳴く鳥々でも草木の嘱ぎでもない. それら の 自 然 に 内 在 す る と ころ の, ま た 切 に 希 は れ た 太 陽 に よ っ て の み 照 らさ れ る と ころ の, 無 辺 な 広 大. の讃歌 が実在的実体を欠くとい う意 味での, 空虚である。 この意志の姿勢で聴かれた讃歌は私たち の信ずる誘はるる清らかさに通ずるものである。 この清らかさのエネルギーは恐らく美しく輝く太 陽のエネルギーである。 或いはその太陽とは, はじめから希はれたものとして少なくとも実在感覚 稀薄の太陽として歌われているところから, 死 した湖の一面に遍照した太陽の反照であるかも知れ ない. 冒頭に太陽は切に希はれたものとしてあ らわれて, この希はれた太陽は, 殆ん ど死 した湖の 一面に遍照させられるべき運命への必然の過程を辿る。 言い換えればその過程を既に得ている が故. に, 太陽の普通の意味での外在性を認容することの拒絶が冒頭二行に言われているのである。 だか ら最後まで読了した意味での太陽は全くそのまま冒頭の太陽となっ て 詩作全部に遍照させ られてい る。 また, 音なき空虚を歴然と見わくる目の発明の何にならうという詠嘆は, 希はれた太陽の空虚 を 嘆 じ て い る わ け で は な い。 む しろ この 太 陽 の 虚無 な る が 故 に い よ い よ 美 しく 輝く こ と の 強 調 で あ り, 私 た ちの 目 の 発 明 とい う こ と の 陳 述 で あ る。. 以上私は目につく語句を詩作全体の どこにでも関連させ得るといっ た 趣旨で書きつらねてみるの だが, それを保証 しているものは, 各語句の同位性等質性である。 と同時に詩的主体としての「私」 は 「手 を か たく く み あ は せ」 て い る 「わ が ひ と」 に も 通 ず る し, この 「私 た ち」 は 「太陽」 とも 「草木」 とも 「讃歌」 とも 「湖」 とも一体の感覚の中に解体溶融 し得るもので, つまる ところ 「空 虚」 が全体にみなぎっ ている。 「空虚」 の中で散文は融通無碍であるしかないということは, それ に 指 一 本 立 て る こ と は出 来な い の で あ る。. 拝情の欠如ということに内在 した空虚が, 文字通り歌として発声されたということは, そこに至 るために辿っ た詩作があっ たわけで, 別の半面で言えばそこから派生する詩作が可能になるわけで. あるが, それは 「人気ない山に上り」 つめた後には, その行為体験の反響としてのみ可能だっ た。 第四詩集が, それ以前の詩作の 「反響」 であるという, そのミニチュアのタイ プが, 第一詩集にお - 19 -.

(6) . Vo l .23 No.l. Sept , ,1972. i do Univer i i i journal of Hokka t t ty of Bduca s on I A) on (Sec. いて作 られざるを得ないのは, この詩作が, 詩的論理として 「反響」 の核に位置するからである, ただ第一詩集においてはその 「反響」 が否定的発想におい て 為されているが為に, それを打ち破. る, 即ち肯定的発想に転ずるエネルギーの場として, 第二詩集第三詩集の仕事の意味があっ た. そ こでは詩的論理というものは次第に稀薄になっ て, 空無と化した 「荘莫・脱落」 の詩的主我に自在. に 流 入す る 事 物 のイ マ ー ジ ュ が, 平 明 に, ノ ー トさ れ る と い っ た 趣 き で あ る. 「切 に 希 は れ た 太 陽」. を力取 したのちには, その 「遍照」 の記録は自在であっ たという風にさえ思われるのである。. 「目はまだ何ものかを/見究めようとする強さの名残にかがやきな が ら/意味もなく それを見て ゐるうちに/瞳は内なる調和に促されて/いつか虚ろになっ て/頭脳を孤独な陶酔が襲っ て くる/ いるどり かきな 庭一杯に茂り合っ た/いろんな植物の黒ずんだ 葉の重りや/花の色彩が/繊密画のやうに鮮やかに 5 0 ) と題する昭和二十一年十月の作である. 「これらは何 /小さく遠のいてうつる」 --『詩作の後』. 5 1 ) の反響やら」 の題詞を持つ第四詩集 「反響」 に収め られている。 「反響」 という言葉は, 『大詔』 に端的にあ らわれた, そ して大本営発表の都度その全文を日記に書きうつしたことの意味する, そ. ういう時代感情と合体することによっ て詩作 した営為の, 敗戦と共に壊えたことから来るやはり非 莫とした 「虚ろになっ た」 「頭脳」 を一個の空間と しているものではあるが, 実はこの第三詩集ま. での詩作の 「反響」 という意味を越えて, 静雄の詩作の本性を意味するものとして一番ふさわしく 思えるのである. 昭和二十三年二月十三日の書簡に 「私は最近の自分の作を, 初期のものの『解説』. といふ風に考へてをります, しかし昔に 帰ることは, 到底無理なやうに思はれます. あの頃のやう な, 意識の暗黒部との必死な格闘は, すっ かり炎を消 して平明な思索に移らうとしてゐるやうに自. 分では考へてをります」 にみられる 「初期のもの」 とは哀歌詩篇の時期であり, それな らば「解説」 とはそれを敢えて 「最近」 のものとすることなく, 第二詩集第三詩集もそうであっ たと思える。 ま た, 第四詩集は, それ以前の三詩集よりの抜粋をそのまま三部仕立てに し, それに戦後の数作を一 部として付加していることは, それら四部 が或る核を中心に した同心円状に形づく られているとい. う 「反響」 の内質的構成をも思わせる。 この核は前に述 べた 『哀歌』 の 「音なき空虚」 と呼ばれる べきものである. 従っ て 「瞳は内なる調和に促されて/いつか虚ろになっ て/頭脳を」 「襲っ てく まなこ. る」 ところの 「孤独な陶酔」 は, 哀歌詩篇のいくつかヤ こも見出せるものである。 「おの づと目あき みなと /見知 られぬ入海にわれ浮くとさとりぬ/あ 幾歳を経たりけむ 水門の彼方/高まり 沈む波 まなこ. 2 ) の揺藍/擢れと侶倣とぞ永く/その歌もてわれを眠らしめ し5 」 --このあいた 「目」 は 「内なる 調和に促されて」 「いつか虚ろになっ」 た 「瞳」 と変わることなく, 「音なき空虚を/歴然と見わく る目の発明」 のことである。 「高まり 沈む波の揺盤」 も 「いろんな植物の」 「繊密画のやう」 な 「鮮やか」 さも共に内界の虚無の拝情を得て初めてとらえられたイマージュにほかな らない.. 思索が行為または思索それ自体の反省的表現であるからには, 伊東静雄の詩作における思想性, 少なくとも思索の強度の印象は, それが 「反響」 即ち反省を本質としていることによる。 例 え ば 4 4 ) における冒頭二行の沈黙がその詩作の 「反響」 性を生むのである。 『かの微笑のひとを呼ばむ』 この沈黙を別言すれば 「音なき空虚」 なのである。. しかしそれだからといっ て私は彼の第四詩集までの詩作 即ち殆んど彼の全詩作をその 「反響」 性 の下にひとしなみに備観する意図は無い. 「反響」 の仕方は異なっ ているのであり, 比輪を以っ て言えば, 賢明にも著者が区分した各詩集はそれぞれそのままに同一の中核を得てそこか ら反響す. る形の同心円を描き乍らもその半径は異に しているのである. それを簡単に述 べると, 第一詩集で i 3 )を渉猟 しながら「無益な予感」 は, その詩作内容は詩論性が強く, 第二詩集では 「白き外部世界」 -2 0-.

(7) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部A). 昭和47年9月. 5 3 ) とに彩色されている 第三詩集は この第二詩集に寵め られたところの 第一詩集に と 「退屈」 。 , , おいて力取 した虚無なる私とでも言うべきもののもた らした重量が, 時代の無私を強要する思潮と 5 4 合体したところのものの発露である。 それは例えを 『海戦想望』 ) に顕著である。 第四詩集は最後 の詩集としてよいと思うが, そこでは, 再び, 恐 らくやむなく確認せざるを得なかった虚無なる私 の形が, それの決して他へ解体 し得ぬことから, かつて解体せしめたことへの含差を伴なっ て, 描 出 され て い る。. 『わがひとに与ふ る哀歌』 に到達された 「音なき空虚」 に 「美しく」 「輝く」「太陽をして」 「遍照 さ」 せる態の第一詩 集期における伊東静雄の詩作は, その後の時期に比して詩論性が濃 いという事 情は別の面で詩人の青春ということにつながる。. 「既に外界の 『何であらうとも』 といふ, 深い懐疑者の発語である 伊東にはこの外界無視ゾ 軽 。 視の傾 向が著しい。 白眼世を見る, よろこびもまた, 実は, 青春のものでなければな らない 」 。.-- 『哀歌』 を評した三好達治5 5 ) の言葉である 彼は後年の静雄の 『訪問者』 と 『夕映』 については次 。 6 ) のように言っ ている5 。 「単刀直入の把握でなく, 漸を追っ て解析的に進んでゆく, 微妙で精確な, 一種数学的な智的な閃めきが, 流れるやうな拝 情のかげに感ぜられる (中略) 語の活用面が よ 。 , り智的により微細に細分されて, より細心な計画からそのポエジーが設計されてゐる J 「外界無視, 軽視の傾向」 は 「単刀直入の把握」 の故であっ た しかし 「懐疑」 ということはむ 。 しろ後年の伊東静雄である。 それは 「外界無視」 によっ て力取された詩的実質への疑惑 で あ っ て 「白眼世を見る」 「よろこび」 の喪失でなければな らない 「漸を追っ て解析的に進 んでゆく 微 . , 妙で精確な, 一種数学的な智的な閃めき」 は, この喪失の汗情である 哀歌詩篇で扱われる喪失は 。 前述 したようにもともと獲得 していないものを即ち我が有ではないものを強いて 喪失とみたてた意. 味のテーマであるに反して, 後年のそれは, そういう哀歌詩篇の世界の喪失という事実が存するこ しか とを, 彼の詩集の通観において, 強く思わしめ られる。 「まだ碇とした目あてを見つける以前に/. はやはげしい喪失の身悶えか ら神を呼んでゐる」 という後年の 「解析的」 な 「精確な」「微細に細分 され」 た認識的浮情における詩句は, そのまま作者の記憶に存する青春の図につきささっ ている 。 この時, 作者の知ることになっ た 「この世での仕事の意味」 即ち作者によれば 「夕毎にやっ と活計 からのがれて/この窓べに文字をつづる」 「せめてはあのやうな小さな祝 祭」 であれば了としなけ ればな らない 「行ひ」 において, 「仮令それが痛みからのものであっ ても/また悔いと実りのない 憧 れ か らの / た っ た ひ と り の も の で あ っ た に して も」 と い う 一 種 の諦 観 を 漂 わ せ て い る の は , 「痛. み」 と 「悔い」 と 「実りのない憧れ」 とから来る 「たっ たひとりのもの」 であっ た青春 が 「夕映」 となっ て後年の 「窓にとど」 いているからである。 この青春とは若い人々を誰となく訪れる自然の 摂 理 と い っ た も の で はな い。 「耀か しか っ た 短 い 日 の こ と を / ひ と び と は 歌 ふ / ひ と び と の 思 ひ 出. の中で/ それらの日は隣く/いい時と場所とをえ らんだのだ」 「私はうたはない/短かかっ た 耀か 5 ) の如き, 拒絶の 「単刀直入」 の態勢において 7 しい日のことを/寧ろ 彼らが私のけふの日を歌ふ」 逆説的に領略された倫理的なものであった。 この拒絶という獲得の形式に内在するエ ネ ル ギ ー が 「ポエ ジーを設計」 する 「細心な計画」 の動機になっ ているのである。 この青春の詩作が多く詩論. に み た て られ る とい う こ と は, い わ ゆ る 論 理 と か 作 法 と か の形 で 書 か れ て い る と い う こ と で は 必 ず. 4 5 ) にめ ざめ, それを留保する形式で発想されている しもなく, 敷街し展開され得る 「時間の本性」 ということである。 故に, 「外界無視, 軽視の傾向」 ではなく, それへの自覚的意欲であり, 「深 い懐疑者の発語」 というようなものではなかっ たと思う。 -2 1-.

(8) . VOL 23 No .l. ion I A) ion (Sec ido Un t lof Hokka i i t ty of Educa journa ver s. Sept , ,1972. この逆説的青春の喪失の情感を, 「単刀直入」 にではなく, 「より智的に」 確証 しつつ, 静雄の青 する. 「い 5 ) 8 ) 4 0 春は 「甘くかもされて」 , 「自然の多様と変化のうちに」 言わば自己外化の過程を獲得 いえ, あのひとにもわた しにも/やっ と今朝青春は過ぎて行っ たところだ. /窓辺につる した波璃 5 9 )この 「金魚の影」 は 壷に/あはれに花やいた金魚の影は, / はっ きりとそのことを私につ げる」. ) にも出てくる。 「堪へがたければわれ空に投げうつ水中花. /金魚の影もそ こ に 閃 き 6 0 『水中花』 つ. /すべてのものは吾にむかひて/死ねとい ふ, /わ が水無月のな どかくはうつく しきJ 「死ね といふの句の力は弱い。 「自然の多様」 の色彩の中に, 事物の確かな, ということは, それ故に内 在の虚無を強く照映する詩語の間では,かつての覚悟と憧帳 の命題は意味のないルフラ ンのように, ただそこにあるだけである. これは既に 「夏花」 の世界である. RV. 『わがひとに与ふる哀歌』 における 「わがひと」 を私はいわゆる詩 人の恋人とする見地において 論じてきたのではなかっ た. 詩作における主我意識定立の機因としてそれは現われてい る の で あ り, 一般にそれへ桔抗する心理において詩作が不能であっ た二人称的なものの総称だとした. 詩の. 世界は実生活にヒントを得て, そこに踏み出されるものではあるけれども, 実生活か らの限りない 離脱によっ て成就されるものな らば, いつまでも実生活と指標される関係にあるものではないと思 とりい うからである. 「わが去 らしめ しひとは去り……/四月 のまっ 青き麦は/はや 後悔の糧にと収穫 れ られぬ (中略) 群るる童子らはうち難して/わがひとのかな しき声をまねぶ ……/ (行って お前. 6 1 ) --この詩作の末尾二行は, 今述べたと のその憂愁の深さのほどに/明るく か し庭を彩れ) と」 ころの桔抗する心理の失なわれたのちに来る新たなる命題だと思う. その心理が失なわれたという ことは, 前述 したように, 空虚へ向っ ての自我の解体のことであるが, 別言すれば詩の山議へ上り つめて獲得された空虚の体験であるので, その空虚を 「憂愁の深さ」 としてとらえなおすことによ するこ っ て, 「後悔」 の形における 「明る」 さの表現への道を辿りつつ, その空虚の山賊から降下 との自覚である. 何に向っ ての降下であるかと云えば, 「自然の多様と変化のうちに」 である. 「明るくかし薦を彩れ」 と言うからには, 「彩」 られる色彩, 少なく とも明暗の陰影への指向で ある. そしてその後の詩篇と比べて哀歌詩篇に稀薄なものは, この種の陰影と色彩とである. 哀歌 詩篇中のこの詩作 の二行を, 命題と した所以である. 明るさは哀歌詩篇に無いわけではない. しか しおおむねそれらは言わ ば宣伝されたそれであっ て, さもなければ否定の熱情において打ち出され. たものである. 陰影と色彩とは 「後悔」 において漂っ てくるのであり, そう した中で対比的に明る さはあらわれてくるのである. 哀歌詩篇の明るさは, 空虚の即目的表現, 「後悔」 の原因としての 前述 した青春の表現に外な らない.. 6 2 ) --この孤独は 腹に覚めゐ む事を希ふ」 「真に独りなるひとは自然の大いなる聯関のうちに/・ 前述 した青春の孤独ではない. 「自然の大いなる聯関のうちに」 「漸を追っ て解析的に進んでゆく,. 微妙で精確な, 一種数学的な智的な閃めき」 の場としての孤独である。 伊東静雄 の詩的世界に踏み出す位置において, その課題は, 「表現法における子規の写生主義と, 生活と芸術との関係に於ける芭蕉のより生活的な, 主観的な態度との融合」 であると私は述 べた. 後者の 「旅に於いて夢を生活 した」 態の精神の 大運動の詩的意味は, 「生活的な, 主観的な」 もの を空虚とすることにより言わば負のエネ ルギーを以って静雄において解消せられ, この解消のあと におのずから出現 した 「自然の多様と変化」 とは正 しく主観を没 した写生主義を以っ て 描出される. 筈のものだっ た. この 「写生といふ事 が単に在外物象の何等主観の裏づけなき写真術的模倣にとど ) というべきも のへと深 6 3 ま らず, それを通過 して, その最も反極に立つ所の物象の内的真 の象徴」 ー 22 一.

(9) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部A). 昭和47年9月. 化されてゆくのは, 「夏花」 を含めたそれ以後の過程においてであっ た. 彼の子規論の文脈におけ るこの 「物象の内的真の象徴」 を彼の詩作論理に則して別言すれば, 「音なき空虚」 そのものであ -了-. っ た 詩 人 の青 春 の 陰 影 に 外 な らな い。 <註> (便宜上, 前後二編を通し番号に致 します). ) 全集 p 42 .32『冷めたい場所で』 ) 全集 p,23 4 3 ) 以下数行の引用句は 『かの微笑のひとを呼ばむ』(全集 p 44 .43) より ) 以下この節の引用は全集 p 6-p 45 .48『河辺の歌』 .4 8-p ) 吉田健一著 「文学概論」 (昭和4 0年, 垂水書房)p 4 6 .109 .10 4 ) 以上この節の引用は前記 『かの微笑のひとを呼ばむ』 7 ) 全集 p.41-p.42 4 8 ) 全集 p.33-P,34 4 9 ) 全集 p.121-p,122 5 0 1) 全集 p.91 5 ) 全集 p 52 ,48-p .49『漂泊』 より 3) 全集 p,59-p.60 『夕 の 海』 よ り 5 ) 全集 p,88 54 ) 前記三好達治全集第六巻 p.162 5 5 ) 同書 p,352-P,353 56 57 ) 全集 p 9-p ,4 .50『寧ろ彼らが私のけふの日を歌ふ』 ) 全集 p.142-p.143 『そ ん な に凝 視 める な』 よ り 58 ) 全集 p 59 ,185『宿木』 より ) 全集 p.64-p.65 60 1) 全集 p.45-p,46 6 ) 全集 p 62 ,68-p ,69『野分に寄ず』 より 3 ) 全集 p,215 6. 一2 3-.

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