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Laszlo Antalの記号論的意味について: その批判を中心に

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(1)Title. Laszlo Antalの記号論的意味について: その批判を中心に. Author(s). 菅原, 光穂. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 18(1): 36-48. Issue Date. 1967-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3926. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 18 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 昭和4 2年8月. Lasz16 Antal の記号論的意味につ いて -そ の 批 判 を 中 心 に-. 菅. 原. 光. 穂. 北海道教育大学旭川分校英語英文学研究室. / ~ 1 i l t 1 6 Antal su o SUGAWARA ; Notes on L呉sz l s TI f ~t i i . eory o ean ng Ba ミ 染d on Semios s. ま. え. が. き. ) 期8の煽れ )及び Co r zの24z ・加川 獅em功2g,α 7 7 2α 坊24gγs れg2 で意味論を展開 するにあたっ て, 意 味の定 義を Mo i r r s の記号論に求めた. 記号論的 意味は L衰sz 1 6 Ant al は Q“eszioゑ z s oプ. 3 } の 「意 味 は 語 の用 法 で あ る」 と い う 定 義 と 同 じ 基 盤 に 立 つ も の で あ る か ら Wi in t tgens t e , Ant 4 )に よれ ば al も又操作主義と無 縁ではない. UI I I 1 ・ ann. , その 操作方法も 意味研究に関 して どの程度有益であるのか今の ところまだ大規模な検討がなされていないということであるが,. l の方法が前述のように 操作主義的 方法と類を 同 じくするものなら も し, Ant a l の問 t a , An 題点 を明らかに し, その解決を試みることによっ て, 操作的研究方法の適用 可能性についても. 基礎的な検討を加えることが出来 ると思うのである, 以下, An l の意味論の基礎ともいうべ t a き記号論の 概説 ( 1) に始まり, 基本的問題点の指摘とその解決を試み (2) , 脈絡の規定 (3) i を通 じて, Antal 及び Mor r s の意 味そのもの ( 4) にふれてみようと思う.. i 記 号 論 (s t emio ios i c) は 一 つ の 科 学 と して そ の 主 題 で あ る 記 号 過 程(sen ・ s)を 取 り 扱 う も の で. ある, 記号過程 とはあるものが記号と しての機能を発揮する過程で, この過程は des ignatum int erpretant の 相 関 関 係 に お い て 説 明 さ れ る s l c e , . ign vehi. ign ve hi l s c e ,. は記号と しての機能を. 有 す る も の (以 下そ れ を ま と め て 「記 号」 と す る) i l は記号が指示するもの (指示 gnatun , des )) int t 物5 t e r r e a n は記号が対象 p を指示すると認知することである (これを 「認知」 又は 「解 ,. 釈」 とする) . 言語が一般 に 「記号の 組織的体系」 だと 説明される場合には, この三要素 (実 際 には指示作用 の主体であ る 「指示者」( i t t n e r r e e r ) を含めるから四要素) の相互作用 を基礎 p に した説明であると言える. ) 記号が与えられることによっ て記号が 何を指 i こ の 相 互 作 用 の 関 係 は, Mor r s に従えば6 , 示するものであるかと指示 者によって認知 される関係であると言えよう たとえを 「笛の音」 . , (記 号) を合図 に 「犬」(指示者) がいっ せいに 「兎を追いかける」(指示物)「行動を起こす」 (認知) とすれば, それは相互作用 を説明するよい例となろう, 言語の 場合 も同様で ある晋 , 一 36 -.

(3) . Lns 1 l の記 号論的 意味について 6 Ant z a. (連続) が記号と しての機能をもつためには, 指示者の存在を認め, その指示者が与え られた 音 (連続) の指示物は何かと認知又は解釈す る関係である, 上例の大の場合は しか し 「笛の , 音」 という記号を与えられてもすべての犬が 「兎を追いかける」 という認 知作用を起こさない かも知れない, ある犬は同 じ笛の音を聞いてもそのまま坐り続けてその場 で吠えているとい う ことも有り得る. つまり, 記号-指示物の関係は指示者のすべて にとって同 じであるとは限ら ないといえる, 又同 じ指示者でも, その時の心的, 身体的及び外的条件によっ ていつも同 じ認 知活動を行うとは限らな い. 言語の場合も, 一般意味論 (Ge ISemant i n e r cs) の 内 在 的 (con- a ive) 意 味 と い う の が こ の 種 の よ い 例 で あ ろ う t t no a , しか し, 一 般 的 に は 記 号 と 指 示 物 と の 関. 係は社会的習 慣の規則によって客観的なも のだと考えられている, たとえば “app 1 という , 記号が与え られれば, それは習 慣に依って 「リ ンゴ」 という指示物 をとると考えるべきで 過 , 去の体験から指示者がいかに 「リ ン ゴ」 そのもの (対象) に特異な感情を所持 していようが , ぐ l そ れは ぐ app e“ という記 号に 対する指示物ではあり得ないとい う考え方である . 一方 社会的 意味とか感情的意味とかいわれているものも指示 物の一種だとする考え方からすれば 記号と , 指示物の関係 を二様に解釈 しなければならない. つまり一つには社会的習慣の規制を受ける客 観的な関係, もう一つは指示者の過去 の体験及びその時の心的 身体的又は外的条件によっ て , 影響を与え られる個差のある関係である, 記号過程においては, その前者の社会的に規定される記号-指示物の関係は意味論 ( s eman- i t c. に お い て 説 明 さ れ, 一 方 個 差 の あ る 関 係 は 語用 論 (pragma i t c の 領域とされる, 正確 に言えば, 語用 論において説明されるものは, 記号と指示物の関係における指示者の条件であ る, つまり指示作用の行なわれる指示者の条件規定である, それに対 して意味論では 記号と ,. 指示物の関係を社会的習 慣の規制を基準と して肯定関係と否定関係に区別 し その肯定的記 号 , -指示物の関係を説明する r l u e の設定を主目的とする, たとえば, も し記号 汚’ が適用可能 条 件 と して a,b,c … … を 指 示 す る と す れ ば, そ の a,b,c … … に つ い て の statemen亡 は ぐキ’ の semanticai rule であり この条件をみたす対象のすべての種類は 郭’ の 指示物となり得る. , -といっ た説明は意味論の領域である, このような意味論, 語用論とは別に, 記号過程は文章 i t t 論 (syn ac cs) と い う 次 元 を も つ. こ の レベ ル は 主 と して 言 語 に お け る 記 号 関 係 を 説 明 す る l i も ので あ る か ら, 言 語 の 論 理 的 文 法 的 構 造 ( i lstructure ofl og co ‐ ca anguage) の 研 究 grammat. を中心とする. しか し, 記号構造の説明は, その本質上, 指示物及び指示者との関係を想定 し て の こ と で あ る か ら, こ の 点 に 関 して も 文 章 論 が 他 の 二 つ の レベ ル と 無 関 係 で あ る こ と は な. い, このように, 文章論, 意味論, 語用論はそ れぞれ独立 した レベルを構成するものではある が, 緊密な連関関係のもとに統 一されている記号過程の三つの異なる次元であると言えよう , i この記号論を基礎に して Morr s は 「意味とは記号と指示物と の関係を決定する記 号使用 法 i l i (s l ty) を 説 明 す る ru egura gn usage) の 規 則 性 (r e で あ る」 と の べ た. した が っ て, Mo i r r s. の主張する意味は, その本質上,言語の四要素 (記号, 指示物, 指示者,認知) 及びそれらの相 関関係, 又その関係を説明する文章論, 意味論, 語用論のすべてに渡って規定されるべ きもの と言えよう, しか し, 一般に意味は非常に広範囲な解釈 を可能に している. たとえば 記号の , 指示するものを意味と したり, 又記号過程 における認知のことであったり, 時には記 号と指示 物の関係を意味と して定義 したりする. このような意味の多様性は, しか し, 誤りであるとい うことにはならない, 何故なら, 如何なる用語を用いようが, そのような言語の要素の存在は 否定されないからである. ただ し, 意味というものを言語の個的要素に限定 したり, 要素関係 - 37 -.

(4) . 菅. 原. 光. 穂. だけを指 して用いたりするのでは, それは丁度記号論における各要素及 び関係を論 じるのに似 ) と い う 新 しい 要 因 を 加 て, 意味に付随する諸問題の解決には充分ではない. そこで meaning7 えて, これに よ って記号過程の三つの次元における関係様相を説明 しようというのである, し たが ってこれまで意味論から除外され ていた個差のある記号-指 示物の関係も, その指示物が ing と い う 要 因 に よ っ て 記 号 に よ っ て 指 示 さ れ, か つ そ れ が 伝 達 可 能 な も の で あ る 限 り, mean. 組織的に説明されるものでなければならない, l t a i Ant s の こ の meaning を 基 礎 に して い る の で あ る が, An r r al の meaning は ま さ に Mo. の場合は必ず しも記号過程全般に 渡 って広くその基盤を 求めては いけない ように思える, 勿 lの t a 論, 記 号論のす べ てに 基礎を求める 必要はないかも しれないが, そのために 生 じる An l の操作主 義 ta 不 備 は 明 白 で あ る, こ の 不 備 を 明 ら か に し, そ の 解 決 を 図 る こ と な しに は An l の問題点を抽出 し, それに試 t a 的方法もその適用条件を確めることは出来ないと考える. An Anta l の 言語主観主義批判 まず である 論を加えようというのは, そう した理由に基くもの . を 聞 い て み よ う.. imat l i t ty doeS not exist as part of the Consciousness of the er …l anguage as an ul ea. ivi ind dua lbut as something separate f t rom i , Wrhat exists in the consciousness of the ion, hence an incompl l e et ive ref ividua li t t ect ind j ssub ec s notthereallanguage but only i. iVidualto another image varying f s rom one ind ,11) . (Q彰8就か2 ,p. この主張は中島氏が 「文法の原理」(p ,92) でのべ たように, ラ ングの 概念を発達させて記 l の主張する言語の実体 t a 号体系の実体を考えてはならない, ということと対立は するが, An e of sign u e) との客観性 に基 礎を 置くものであるから, 中島氏 性は記号と meaning (rul s ag の意味の 一般性と相対立するものではない. 言語の主たる機能は伝達であるから, その伝達の. l はのべる, 言語が t a 主 要 素 で あ る 記 号 と meaning は客観的なものでなけれ ばならないと An 客観的実体だというのは, そう した客観的な記号 及び meaning という 要素から言語が構成さ れ, しかもその両要素は客観的であるが故に, 個を離れた実在だと考えねばならないからであ る. も し言語のその要 素がいずれも心理作用であり, かつそれ らの関 係が個に内在する意識過 程であ ったり したのでは伝達の客観性は失われる. 主観的 であると 一般に考えられているもの は伝達の媒体ではなく, 非伝達物である 思想とか感情であ る. 言語は伝達媒体と して客観的実 体でなけれ ばならない. l のこの主張の中に指摘す べ き問題が二つある. その 一つは個に内在する意識 ta しか し, An. 過程を直ちに主観的なものと判断 し, そこに は伝達機能を可能ならしめる客観性に欠けるもの ern もそ うであるが, 確かに中島氏などは「文法の原理」 が あ る と い う 見 方 に つ い て で あ る. St 1mann る 又 UI (p ,33)で 「意味とは言語手段に よ って喚起される心的現象である」と説いてい , th the name and sense n the modern linguisticSthatbo ti s axiomatic i も同 じような主旨で…i ) と の べ た の は 事 実 で あ る. しか し. こ の こ と か ら直 ち に 言 語 に お け る 8 are mental ph enomena. ) 次の図における括弧内 伝達機能の欠如を主張するのは性急でありす ぎる, 中島氏によれ ば9 , 意味の関係規定に 一 会的習慣が言語形式と 直観の 般性と社 るが 心の中の現象ではあ は人間の , o ) 影響を与えるために 「意味」 の客観性を維持することは可能であるとのべているf . 事象に対 する直観(知覚)という ものは個別的なものではない, それは主と して場 所規定 に よるもので, 8- -3.

(5) . LASZ I l の 記 号 論 的 意味 に つ い て る Ant a. 音. 声. 形. 式. 事. . 象 1 1. (言 語 形 式. 意. 味). それをこえた個人の絶対的直観というものは個人の認識能力をこえると中島氏は説く, 又伝達 が可能であるということから, われわれは 言語形式と意味との間に 社会的な連合の規制を 認 めなければならない. 「言語形式」 と 「意味」 との連合がこのよ うに 社会的規制をうけ かつ , 習慣的期待の関係がそこ に存在す るのなら, 個差のある主観的 創造的連合は認められない 結 , 1mann のように 記号とか指示物を心的なものと して捉え その連合を個人 局, 中島氏や UI , , の 意 識 過 程 だ と して も, Ant l の批判に あるように 「客観性が失われる」 と 考えなくとも よ a. さそうである. Ant l の主張の中で指摘すべきもう一つの問 題点は指示物が 主観的であり 言語の本領外で a , あるという考え方 についてである, この事は言語が客観的なもので 主観的なのは伝達される , べ き個人の思想とか感情だ と Antal が説明 した根拠と して 言えることである 又それは次の , 引用 にも明白に主張されていることである. The denotata and thei ff l outs ide the spher r di erences … fal e of l anguage and of fl meaning and so ar in ui e not the concern o i t s cs (Q泌gs霧の2 58). g s , , ,p t tum” が 個 差 の あ る も の で 変 容 に 富 む と は 次 の 例 に 見 られ る さ ら にそ の “deno a .. l l t fol ows from the fact that meaning is the ru ign usage that n l e of s eaning i l s ixed but that the denotatum is changeabl tant and f cons ixed, e and… not f. r r (0”e z の2 s s , p , 31) ’ l の用 語では “denotatum’ t 指示物 (An a ) を 記 号及 び. eaning n l. から 引き離 して言語の本領外. だというのは, 指示物その ものが Antal の主張 にもある通り 個差のある思想とか 感情である ing が記号使用 法の rule と して 一 定 で あ る の な ら そ れ と い う説 明 以 外 に 論 拠 は な い, mean , ’ ’ であり ”cons f i t によ って決定される記号と指示物の関係も又 “ x ant“ で あ る の は 当 然 で は な かろうか, 換言すれば, 記号に対する指示物そのものが 一定だ ということであるか ら, Antal meaning は不変であるが指示物が変 容性をもつものとい う主張には矛盾があると考えたい , 指示物がこのように, も し meaning 同様記号に対 しては 不変的な 関係をもつものなら その , 指示物を個差のある感情とか思想であると して, 言語の本領外におくのは適当でない, meaning は 一定 であり 指示物が変容に富むものとする 矛盾は , 又 Antal の polysemy (多 が. 義) 否定における論拠をも失わせることになる. l lows…that i ly fol t natural i ign in accordance wi cal s th , f we use a seemingly ident. i f f igns become different d en the s l e r entrules,tl ince the rmean・ng , This means 七hat , s ign there can be no s ign a s ign whi makes a s ch has many meanings and, hence, ,. . i t s sonl polysemy cannot exi y leaves homonymy 、 Th ? s ,(Q 粥繁み , ,59‐60) ,pp Ant ign usage と して の rule に 多様性がないという主張であ て 指示物 l のこ の引用は, s a っ , の 多様 性 を 否 定 して い る の で な い こ と は, 今 ま で 論 じ て き た 通 り で あ る. こ れ は po emy ys , l l 否定 に つ な が る も の で は な い. 何 故 な ら, 従 来 か ら の 主 張 で あ る po e ny と い う の は Brきal l ys な どの説 に あ る よ う な 一 名 称 多 義 の 概 念 を さ して 用 い る も の で あ っ て, An l の い う meani t a ng l は Menne ipl r に つ い て の べ た も の で は な い か らで あ る, An t lの a e meaning や Br ea r の mul polysemy. i を否定 したつもりであろうが, それは me an ng と 「意味」(指示物) の混同である, 9- -3.

(6) . 菅. 一方われわれは. 穂. 光. 原. l の “deno t ignatum を 一 連 の 関 係 と 認 め An ta atu lぜ’ G告 ign‐meaning‐des s. 否定 が成立すると考える. さて, これまで 屡々 括 孤 内 で 説 明 して き た Antal の deno「atunl を 記 号 過 程 の指示物. 示物) の変容性を否定するものであるから, ここに真の. lny polySe. ignatum) 及 び 具 象 (deno t atum) と の 関 係 に お い て, こ こ で 明 ら か に して お こ う と 思 う. (des Ant l の deno【atum の定 義は次のようである. a ign ch ロ・e s i ty, whi ch is beyond the scope of language and to whi …and the real. !の2 ・ i tum“. (Q”gs r ta 〕the ”deno s s s r ef e r ,27) ,p ,〔 t atum が 言語外のものと して認めて いる こ とを示 こ の 定 義 は 今 ま で 論 じて き た よ う に, deno. す, したが って, す べての言語記号には. meaning. はあるが. denotatum. がないという主張の根. i l は Q”e s か ら 次 の 引用 を ta r s疑れs (p 拠 で も あ る, そ の 根 拠 の 証 明 と して, An .30) で Mor して い る. h i ignatun] ign has a des ie eVery s t t becomes cl ear that , not eVery sgn as a , Whl くF d i “ ・ 5) i denotatum. (Morr s , oun atons , p enotatum“ が 言 語 の 本 領 外 だ と い う 主 張 の 根 拠 に は な ろ う が. ” i tum“ が , desgna ’ ぐ igh usage) ing (ru l de i e of s tu t lぜ を mean s al は ぐ 本 領 外 と い う 証 明 に は な ら な い. An gna l は明 D a と 考 え て い るI た め に 有 用 な 例 証 と して 用 い た の で あ ろ う が, そ れ は 正 しく な い. Ant 1 2 ) ’ ’ を 混 同 して い る と み て よ い Mo ’ と “deno i 7 s s が Fo“”〆確か’ r r igna t tun t a ・ um’ らかに “des . ・. この引用は. ignatum (指 示 物) は o b t(対象) の class ともいうべきものであ j e c で の べ て い る よ う に, des l l s) な の で あ る, as tum (具 象) は そ の cas s の 構 成 員 (member of the c enota っ て, 一方 d “ tatun l“ ignatum は meaning だ か ら と して, こ れ を “deno した が っ て, Antal の よ う に ”des e denotatu lげ’ だ と した の で は, ま さ に 言 語 に 指 示 物 不 在 か ら 区 別,し, 記 号 の 指 示 す る も の を 々. の記号が生 じることになる. 次の引用例はそのことをよく 示 している. i igns whi ingui ll t ch are used s cs l f meaning i s the rule of the usage of signs, then al ly haVe meaning, regardl l or i in language nece様s e機 of Whether they haVe denotatun ar. not s s”の2 .p ,30) .(Q“g こ の こ とは 次 の 表 現 に も よ く あ らわ れ て い る. ’ , has onl C ’ , have both meanin and denotatum whereas ”do ’ , and く come y … ”he g ,. ta tum.(Q”e eno s””s meaning and no d ,45) ,p meaning. が. f sign eo rul. usage. であるなら, 記号と. meaning. のみ 存在 し, 記号の 指示する. t tum” が な い と い うの は, 多 分 ”he” と a も の が 不 在 で あ る こ と は 矛 盾 で あ る. ”do” に ”deno t ing atum“ が な い と い うこ と で あ っ て, “do” と い う 記 号 が mean か”com〆 と 同 じ種 類 の “deno. を持 っているなら, 種類は異なれ何か 記号の指示するものがあ って良い筈である. も しそうで なけれ ば, いかに meaning はあ っても, それは 記号と しての資質を欠くことになる. 事実, f usage と して 認 め て い る の で あ る eo meaning は記号と指示物との関係を決定する記号の rul ing の存在するところには 必ず指示物がなければならない. か ら, mean “ ent” と して の べ られ る. しか し, enc e) に あ っ て は, “cont sent こ の denotatunr が 又 文 (. ’ 不在諭が展開され る t enr on c ここにも指示物不在同様 “ , though it n・ay have i lo s a sentence must have meaning--al …every thing that i. ent cont ,33) .(CO“ねれ云 ,p ? ibl ls i ent t pos s e for a sentence to have no cont. - 40 -.

(7) . L鮎z l の記号論的 意味 について 1 6 Ant a. Answer: Yes,…斬′ i thout contenti i l l a sentence in it’ ight ti sst s own r , その2 (Co〃 もp ,29) Anta l は これを 例証 するために Chomsky の よ く 知 られ て い る Co l l or es s gr een ideas sleep , fur ious ly をもち出す1 3 ) f i そ う して は o me a n n こ れ r と m g はあるが内容のない文であると , ,. 説明するめ. しか し, 指示物不在を否定 したわれわれの根拠からす れ ば, この説明にも矛盾が あると言える, Chomsky のこの例の場合は確かに Content が 無か, さもないと nonsensical であろうが, それでも meaning があるという主張は正 しくない. 何故なら, 前述 したように meaning は 必ず記 号の指示するものを明白にするための要因でなければ ならないからである . した が っ て, も しこ の 文 に meaning があるなら, たとえ 内容が sensical で な か ろ う と 又 , ess で あ る う と, 内 容 そ の も の は 存 在 して い る の で な け れ ば な らな い aiml , しか し, こ の 文 に. 内容がないということを 認めるな ら, われわれはそこに l dea color ess green i s. eaning nl. も な い と 考える. 事実, l ious ly も s ign usage の rule では説明不能 も ideas sleep も, s eep fur. ing は不在であると考える方が良さそうである たとえ meanlng が なくて で あ る か ら, mean , も, Antal の 言 うよ う に “jumbl e of words“ で あ る と は 限 らな い, Chomsky も 上 の 文 を “ rammat i t nonsensical“ だ と の べ て い る よ う に そ こ に は 文 章 論 に お け る ru cal bu g l e は存在 ,. l が meaning の な い 文 は す べ て ” して い る と 考 え て よ い, Anta l jumb e of words“ だ と した の. は明らかに意味論と文章論の混同であると言えよ う, l は内容不在に関 して次のようにも説明 している 数学の時間に生徒が教師に向 又, Ant a っ . l don′ t qui t て “ e get you” と い え ば ing が 生 徒 に 理 解 さ れ た と 看 徴 , こ れ は form と mean. してよいが, その生徒にとって与え られた公式なり説明なりは必ず しも内容のあるものとはい ) ところが この例は伝達を目的に している時にそう言えることで 数学の 教師 ( 5 えない1 話 , , , 者) に してみれば立派に内容のある説明か公式であると考えねばな らない. 又 生徒 (聴者) , に と っ て も, そ の 瞬 間 に お い て は 内 容 の な い も の で も 永 遠 に 内 容 不 在 と い う の で は な い こ , , i 6 )から説明できることである いずれに しても 形式 (記号 s のいう体験の客観性1 れは Morr. .. 又は記号結合) と. meaning. が存在 しているにも 拘 らず. content. , のない文は, すでに文と して. の資質を失 っ たものであると言えよう, これは記号があり mean i ng が あ っ て も “denotatum” l の 用語) のないものは (Anta すでに記号ではないという考え方と同 じ根拠に立つものであ. , る, 結局記号と meaning を 指示物か ら引き離 し, それを言語の要素と し~ 指示物は個差のあ る主観的な思想とか感情であり, しかも変容性に富むものであるから言語の本領外であると し l の根本的欠陥があると考えたい, た とこ ろ に Anta. m こ の よ うな sign‐meaning‐designatum の 連関関係における指示物不在の現象 並びに指示物 l の脈絡説 否定の論拠をも 失わすものである これまでの 脈絡説 は Anta の 変 容 性 は, Anta l . く く 7 )Wal “ i i i h l K l A b l t に も引 用 さ れ て い る 通 りf t t の o sc o e a s me a n n n n o n u r s o m e x g y y‐ p y や く て ” i i B i f a wordi Zow cz の i i lms l ion no asc mean ng o t t sf c on と か Hj e ev の 「n abSOI L 1 ei solat ign has any mean ing’ に 代 表 さ れ る と み て よ い. UI 1mann の 「語義はその性質上 脈絡の支 s ,. 1 8 )というのも脈絡説のよい例であろう こう した 脈 えな しには適当に考えられない」(山口訳) , A l t 絡説に対抗する na の主張は語の使用と meaning と い う 立 場 か らな さ れ る,meaning はそ の本質上, 語の使用に先行するものである し, 又脈絡は語の使用 によ って明らかになるもので - 41 -.

(8) . 菅. 原. 光. 穂. あ る か ら, 語 の 使用 に 先 行 す る meaning は脈絡の影響を受けるものではない, も し meanlng. が脈絡の影響を受けるなら, 語が脈絡の中に現われない 限りその語を使用できないということ に な る. meaning は, したが って 語の使用に 先行するものであり, 脈絡 から独立 してい るも の で あ る, こ の こ と は, 勿 論 伝 達 の 過 程 ( 「パ p ル」 と い っ て も よ い) に お け る 話 者 の 立 場 か. らの べたものであるが, 一方聴者 ・の側に しても同 様で, 語の使用法は脈絡を与えられる以前に 聴 者 も 心 得 て い る も の で あ る. meaning は結局, 脈絡から 独立 した 存 在 だ と 言わねば なら な い. しか も, 記 号 を 記 号 た ら しめ る の は こ の meaning であるから, 脈絡 から 独立 していて. は 記号を認定することが出来る, l のこの主張は, しか し, 先にの べ た 脈 絡 説 を必ず しも否定 したことには ならない, Anta. も. meaning. lms l l l 1mann Antal の meaning は UI e ev などの意味と異なるからである. ern a e po ,St , Hj , Wr l は 語の使用法を規定するところの meaning は 脈絡に影響されないというのであり, 一 Anta. 方. Wa l l e などの 「意味」 は記号過 程 における指示物に 相当するものなのである. さ らに, po. l Anta l の主張にあるように, その指 示物が変容に富み, 時には不在であるものな ら, p o emy ys i ng が指示 批判同様この 脈絡説批判もこの場合成立 しないことになる. かりに, 記号と mean 物不在でもその機能を失わないとすれ ば、 「脈絡を離れた 独立の記号には意味 (指示物) がな l ing a l k 1 と は 対 立 しな い. 事 実, No dog i ong the l s wa lms e ev) と の べ て も Anta い」 (Hi ( ’ ’ の meanlng が無である こ とを示す の で dog l は”no“ と い う 語 はぐ ta t s r eet を例に と っ て, An l の denotatum) が 無 で あ る こ と を い う の だ と 明 言 して い る く らい で あ t a はなく, 指示物 (An 9 ) る1 .. 前章でものべ た通り, 指示物不在は Antal の 矛 盾 で あ る か ら, meaning が constant な も のであり, 脈絡の影響を受けない も の で あ れ ば, meaning によ って決定される記号と指示物の 関係も脈絡に左右さ れ ないと考えるのが 妥当である. 隣接する他の語によ って何らかの規定を うけると考えられ るものは指示物そのものではなく, 指示物の様相とか状態とかいうものであ ろ う, た と え ば, s barking a dog whi chi. (1). a running dog te dog a whi キ no dog. におい て は,. a white. , no. , a runnlng. , a. ing which i s bark. はいず. れも指示物である 「イ ヌ」 を他の動物に変容させたり, 又指示物を不在にさせたりしているの ではない. それは 「イ ヌ」 という指示物についての規定である. 上のいずれ の例においても, i doぎ という存在が認定され, その存在について “nザ であるとか “wh tざ であるとか まず “. ぐ ぐ running’ だ と 規 定 して い に す ぎな い. つ ま り, “dog“ の指示物はあくまでも 「イ ヌ」 であっ. t dog と か dog て, そ れ は 語 の 環 境 に よ っ て 支 配 さ れ る も の で は な い と 言 え よ う. しか し, ho days. においては どうであろうか, この時も なお指示物は脈絡によ って 変容さ れないと 言える. i t e dog に お け る dog の そ れ で あ ろ う か. 明 ら か に, こ の 例 に お け る dog の指示物は a wh. とは異なる, しか し, このことから直ちに記号と指示物の連合が隣接する語によ って影響を受 け る と 考 え な く て よ い. n。 dog と hot dog にあ っては両者の dog に rule of sign usage と して の meaning の 差 を 見 出 す こ と が で き る か らで あ る, meaning の差異は当 然指示物の 差異 を も た らす. 指 示 物 の 差 異 は 話 の 環 境 に よ る も の で は な く, meaning に よ る も の だ と 言 え よ. - 42 -.

(9) . 1 l の 記 号論 的 意 味 に つ い て LAsz t 6 An a. う, しか も, そ の meaning も 又, Antal の主張するように脈絡から独立 したものである. 1 とは異な った基礎の上に立 った脈絡否定が成立する. しか し, 脈絡とは 一体 t こ れ で An a 1)の例における 何ものであろうか, ( ,. i t a wh e. -. ,. dog. 又 は no. の脈絡が -. a. l whic li s barking, a running. で あ る な ら, 脈 絡 の 否 定 は 成 立 す る. しか. ,. し, (2). no αog hot dog. (3). ‐ ご 夕ば dog a γ”れれ a γ“れ?ばれg.head. に おけ る dog. 及び running. ht に つ い て は ど う で あ ろ う か. ・ 一 般 に は, (2) に お け る no, o も. う した 脈 絡 の 中では 3) における dog 又( ,head も 語 の 環 境, つ ま り脈 絡 だ と さ れ て い る. こ, i i 明 ら か に dog 及び runn ng の mean ng は 異 な っ て い る. す る と, こ の 種 の 脈 絡 群 に お い て. は. meaning. に差が生 じ, その結果. meaning. といえども脈絡から 自由では あり得ないという. 結論になり, 脈絡説否定が論拠を失う, も し meaning が 脈絡に 支配されると したら, それは Anta l の主張するように meaning が脈絡に先行するということと対立 してしまう, こ う した 問 題 を 解 決 す る た め に, こ こ で 一 つ の 仮 説 を 立 て て み よ う, meaning と は. 脈絡を. ign usage ign usage の rule で も あ る か ら, 脈 絡 と は s e である, meaning は 又 s 説 明 す る rul i d h i h barking i d h t s w c o g のこ と で も あ る, しか し, 前 に も ふれ た よ う に a w e og と か a ま たは no dog に お け る dog の指示物は, この語の 環境によ っては 変化するものではないか. とは (2) 及 び (3) ら, こ の 場 合 dog の語の環境は異なる脈絡ではないと考え る. 異なる脈絡. i d u r n n n る o の環境をさす の例に あ g g 又は , (4). ightl l oad l ight compl exion. ing とは 脈絡を説明する r l ight” の 異 な る 脈 絡 だ と 言 え よ う. 「mean u e であ な ども同様, ”l る」 と い う の は, た と え ば, (1)に お け る dog の環境を綜合的にかつ 一般的に記述o説明する ものである. したが って, 従来のように語の隣接する環境のす べてを脈絡というのではなく,. ここでは指示物の変容をもたらさないある環境群をさ して指示物を指示する記号 (又は 語) の 脈絡であると したのである, 脈絡と meaning と の 関 係 を こ の よ う に 規 定 す れ ば, 脈 絡 は meaning を支配す る か どうかと l の 主 張 に あ る 「meaning は脈絡に 先行する」 と いうのも理解す い う疑問 は 解 決 す る. Anta ing を知るということは脈絡を知ることでもある し, 脈絡が指示物を決 る こ と が 出 来 る. mean 0 )が meanlng 定す る と の べ て も矛 盾 は な い, 従 来, 脈 絡 は パ ロ ル の 問 題 と して 考 え られ て い た2 ,. という要因を 通せば, ラ ングにおいても欠くことの出来ない重要な問題であると言える, 又, l の主張にあるように脈絡は無数であるとの べても 差 し支えはない, Anta. 脈絡 (sign usage). i ng が 無数 ということである, そ 又は環境 群が無数であるというのは, 一言語 における mean のことは, その言語における記号の数に限定がないということにもなるからである. も し記号 i ng も又脈絡も有限である, 異な った記号のすべ てが, それぞれの の数が有限であれ ば, mean l u e のための 環境群 (脈絡) はす べて meaning を持つから, その meaning が説明記述する r l の矛盾も 解決 したことにな t 説 a の記号に付随す るものである, これで脈絡 否定に関する An る, 指示物が 脈絡によ って 変容するものでないことも 明白であろう. 脈絡内で変容するもの - 43 -.

(10) . 菅. 原. 光. 穂. は, 指示物についての様相とか性質とか状態である, または個差のある指示物への感情かも知 れ な い, さ て, こ の よ う な 脈 絡 と meaning の関係も, す べ ての意味の問題を解決するものではない. た と え ば, (う). s a domestic animal a) The dogi , b) The dog i s mad ,. 2 7 )のように 「一般的意味」 と 「特定的意 味」 な どは環境群と して の 脈 絡 と t においては, S e r n l そ れ を 説 明 す る rue と して の meaning だけでは説明不能である. ( 5) におけるa)及 び b) e r n の説くよう は共に仮説と して立てた脈絡における同 一環境群に属 しているからである. St な a) に お け る dog の一般性, b) におけ る特定性を説明するためには, 指示物の下位区分を 説明するような力を meaning とは別の レベ ルで設定されなけれ ばならない, そのような 説明 t 力を持つ要因を新たに設定する必要があるのは, その要因の設定によ って, S e r n の上に挙げ た 「一般的及び特定的意味」 は勿論, 従来非常に主観的なものとされていた感情的な意味をも 明らかにできると予想するからである, ive component of meaning) の す べ て を t ec しか し, 新 しい 要 因 と い っ て も 感 情 的 意 味 (aff. 包含 し, これを説明する強力な力を期待するものではない, 規則的再起性を持たない種類の感 情的意味は整理され る必要がある. 規則的再起性を持たない種類とは, 記号によ って喚起され i t る心的作用がその 場における指示者 ( t n e e e ) の偶発的な心的, 身体的 又は外的条件によ r r r p って影響を受け, 再度 他の条件の場合にも喚起さ れると期待できない記号と指示物の関係をい う. 勿論, 一個人においてのみ再起性があ っても, それのみでは伝達の機能に堪えられ るもの ではないから, ここではそれを 再起性の ある記号と指示物の関係とは考えない, たとえば, という記号を与え られて 「好き, 嫌い, 胸がむかつくほ ど」 などという心的作用を. i appl ep e. ある指示者が喚起 したとする, この時この種の心的作用は, 第 一に明日も明後日も同様 apple e の記号に対 して 起こす心的作用 かどうか不明である. かりに pl , その個人の過去の体験から e と い う 記 号 を 通 して 他 の そう した心的作用が習 慣的に形 成さ れるものであっても, apple pi l i〆- 「すき」(又は 「嫌い」) ep 個 人 へ 伝 達 し得 る も の か どう か は 疑 わ しい. こ の よ う な “app. などの関係は規則的再起性にないと言えよう. 一方再起 生ではあ るが一般 には個人的, 主観的 l の 例 に あ る Napol t eon がその良 なものだと考えられている記号と指示物の関係がある. An a l は Napo l い 例 で あ る. Anta eon と い う 名 を 開 け ば ツ ー ロ ソ の 砲 兵 士 官 と か, ア ウ ス テ ル リ ッ ツ の勝 者 と か, セ ン ト ヘ レナ へ の 流 刑 者 な ど と 考 え る の は meaning で は な く 極 め て 主 観 的 な 1mann emotion だ と して UI Napol eon. の脈絡説を 否定 している. しか し. も し Antal の主張のように. に 関する このニ つの解釈が, たとえ 主観的なものだと しても それ らが 同一脈絡内. で起きる再起性のあるものなら, 新 しい要因の設定で説明出来なけれ ばな らない, 即ち, 主観 l 的だと看撤される記号と指示物の関係も再起性があれば, 同一脈絡内での ru e を設定するこ と に よ っ て 説 明 出 来 る も の で な け れ ば な ら な い. 以 下 こ の こ と を 少 し考 え て み る こ と に す る, l eon という 記号のもつ meaning に よ ま ず 明 ら か に して お か な け れ ば な らな い の は, Napo. って決定される指示物は. Antal も の べ て い る よ う に ,. ツーロ ソ の砲兵士 官で もなく アウステ. ル リ ッ ツ の 勝 者 で も セ ン ト ヘ レナ の 流 刑 者 で も な く ナ ポ レオ ンの す べ て を 含 む も の だ と い う こ l とで あ る. こ れ を 仮 に ナ ポ レオ ンの 全 体 と で も して お こ う. Napo eon の 脈絡の すべてにおい. て指示物となり得るためにそう したのである, この時の記号と指示物の 関係は Napo l eon(記 - 44 -.

(11) . Lnsz l の 記 号 論 的 意味 に つ い て 1 6 Ant a. 号)-ナポ レオン全体(指示物)である, さて, 同一環境群(脈絡)の中で前後の語(群)によ っ l て 影 響 さ れ た 結 果, Napo eon という記号が「ツーロ ンの砲兵士官」 を示唆すると しよう この . 「ツーロ ンの砲兵士官」 は再起性をもつ指示物とは考えられるが 「ナポ レオン全体」 という指 示物と完全に脈絡が一 致するものではない, 従来の説明によれば, 多分「ツーロ ソの砲兵 士官」 l は Antal の解釈にみ られるように 記号 (Napo eon) の個差のある主観的な意味だと して, 指 示物である 「ナポ レオン全体」 と同 じ平面上において考えてきたのである. しか し われわれ , はここに異な った二つのレベルを設定する, (図1). 記. 号. 指. l (Napo eon). 示. 物. (ナ ポ レオ ン全 体). 記. 号. ---- 指 示 物 (ツ ー ロ ンの 砲 兵 士 官). 「ツーロ ンの砲兵士官」 という 指示物を指示する記号は 図1からも わかる 通り. Napo l eon と いう記号ではなく, その記号と 「ナポレオン全体」 という指示物 の関係を記号としてもつ指示 物である, その関係記号を S2 と 呼 ぶ な ら, S2 は同 一脈 絡内の 再起性のあ る指示物 を 指示 す. る た め の 欠 く べ か ら ざ る 記 号 だ と 言 え よ う. 何 故 な ら Napo l eon という記 号を 与えられて , ,. かりにも 「ア レキサ ンダー大王」 を想起するようでは (第一次 レベルにおける指示物と して) 「ツーロ ンの 砲兵士官」 などという 指示物 には到達 しないからである . 上のことをまとめて, 同一脈絡内における再起性のある指示物 (個差はあ ってもよい) は , 第一次 レベルにおける記号 (S.) と指示物 (D.) との 関係 を 記 号 (S2) とする 指示物 (D ) 2 であると言えよう (図2のa参照) , ところが, 一般に指摘さ れているよう に, 極めて個差の 強いものは 記号を与えられなくても喚起される心的作用 であるかも しれない (図2の b参照) . Mor i s ものべている通り, 言語における記号は対 象 (ob r t) - - こ れ は 記 号 を と る こ と に j ec (図2). (a). (b). S, ---- D, S2. S,. D,. ○ (D2). D2. よって指示物になり得 る (註12参照) -- そ の も の で あ る こ と は な い か ら (た と え ば, 「リ ン ゴ」 という実存物は言語の記号では ない) , これを 規則的再起性に ないものと して整理するの で あ る. そ れ は apple が日前になくても 「きらい」 という心的作用 を喚起する場合である と , こ ろ が, 図 3 の 点線で示 したように実在物がそこになくても, 再起性をもつ指示物のようにS. 2. (図 3). l i app ep e (S.) - - - - ア ッ プ ル パ イ (D.). S2… … … き らい (O 又 はDa). を介在させることがある, 「言葉を聞いただけでも 胸が悪くなりそう」 とは その 点 線 に よ っ て 示される関係であろう, このように再起性があると看 倣されやすい 「きらい」 という心的作用. 一 45 -.

(12) . 菅. 原. 光. 穂. l i ep e の実在物で 直接喚起される は, 前述 した ように言語記号など与 えられ な く て も, app b) によ るものだと 考 えられ ( 本質的には図2の る て 「きらい」 なのであ . したが っ , これは i る. appl ep e は ま ず D. を と り, そ の D. が指示者の連想に よ って 「き らい, むかつく感 じ, すき」 な どの対象 (0) をとると言えよう, 今のべたような記号と指示物の関 係の二重構造がも し認 められたと して も, まだ解決 しない 問題が残る, それは S2も記号 である限り. meaning を も つ も の で な け れ ば な らな い と い う こ と. で あ る. こ れ が 実 は 大 き な 問 題 な の で あ る, 先 程 来, meaning は 記 号 と 指示物の関係を決定 l ign usage と す る ru e の こ と で も あ る と 説 明 して き た た めに, する要因で, それは脈絡を s l N e on に お け る 「ツ ー ロ ソ の 砲 兵 士 官」 同一脈絡内にある指示物の下位区分, たとえば, apo 「ア ウ ス テ ル リ ッ ツ の 勝 者」 「セ ン ト ヘ レナ へ の 流 刑 者」 な ど は, そ の meaning の限界外と い う こ と に な る. しか し, こ の こ と に よ っ て meaning の 根本理論が否定されるということは な い, む しろ 「予 測」 と して の べ た よ う に, S.-D, の 関 係 を 規 定 す る よ う な meaning と は .-D2 のための meaning を設 定する必要があるとみるべ きである. 例5のように同 別 に, S2 , e の設定を考えるべきであろう, 一 脈 絡 内 に あ る dog の 差 を 説 明 す る rul. l の 主 張 の 核 と も い う べ き meaning 最 後 に 明 ら か に して お か な け れ ば な ら な い の は, Anta. そのものについてである. 第 一章の終りで 「意味とは記号と指示物との関 係を決定する記号使 “ ign usagざ eofs 用 法の規則性を説明する rule で あ る」 と の べ た. そ れ を 簡 単 に して therul i s が記号論において試みたもので, そのことに r と して 用 い て き た の で あ る. こ の 定 義 は Mor. ついて Antal は次のように解釈を加えてい る. ign is used ity wi th whi ch a s is…1 Ddorr ar s the regul olds the view that meaning i l .. l l s for explana- l anl now of the opinion that this regularity is a phenomena which ca l lg ive relates to meaning i ion, Th t ch wesha e explanation wh ,37) .(Cの2ねれZ ,p imann meaning を 記 号 の 使用 さ れ る 規 則 性 そ の も の と した の で は, U1. な どの 関係と しての 機. l のこの現象を説明す る力と しての t a 能的意味を現象と して 説明 したこ とに しかならない, An l は 上に引用 した内容 a meaning こ そ 今 後 発 展す る 可 能 性 の あ る 解 釈 だ と 考 え る, しか し, Ant “ “ ’ ’ ” l i ど る h す と は うい うこ とな のかにつ 以上には, 一 体 p enomena と は 何 か, そ れ を expan いてはふれていない 小論において 「脈絡」 を規定 した試みは その phenomena の 説 明 の つ. ,. .. e で あるとのべ たのであ も り で あ っ た, した が っ て, meaning と は そ の 脈 絡 を 説 明 す る rul. l i u e によ って明 らかにされ s のいう脈絡の規則性とは, その 脈絡を 説 明 す る r る. 又, Morr た結果 であると言えばよい. しか し, こ の よ う な meaning の規定にも多くの問題点があると考えなけれ ば ならない. 操. l i t a en e r 作主 義的方 法に寄せ られた論点の 一つである一般性 (g y) の 欠如 など そのよい例であ ろう. 個々の記号についての meaning がその脈絡をいかに説明 した ところで, 記号と指示物 の関係における 一般的特性を論 じたこ とにはならないからである, それは個 々の記号と指示物 ing の操作にす ぎないからである. した がって, 第 一次 レベ ル (S の 関 係を 説 明 す る mean .- l eaning の D.) に お け る SルーD“,Sb-Db ,S。-D。… …S。-D。 の す べ て に 渡 っ て 見 られ る n. R 共通特 性は, 操作主 義者の 一部が 主張するように, 個々の操作に よ って説明された現象 (W 給) の特性を相関させそこに共通の性質を見出すこ とによ って 得られるものである とする考え - 46 -.

(13) . L解z 1 l の記号論的 意味に ついて t 6 An a. 方では不充分である, このように具体的操作から理論構成をするという帰納的解釈では, む し ろ, この場合循環論に近く, 有用性に程遠いものがある. 意味論の場合は個々の脈絡を説明す る た めの rule を構築する理論, 及びその rule の信悪性を 確める理論が必要 ではないか と考 えられる, そのような基礎理論が meaning の形式及び説明力を決定 し, その meaning に よ って脈絡の規則性が明らかになるのでは ないかと予想するものである. そう した meaning の i 基礎理論をは じめ, 第 一次 及び第二次 レベ ルにおける me an ng と脈絡の規定など, す べては 今後の研究に負う重要な課題だ と言えよう. あ. と. が. き. 記号論を基礎に した Antal の 意 味 論 は 以 上 論 じて き た こ と か らも 明 ら か な よ う に, 一 つ の 大きな特質とそれに伴う種々の問題があ った, 特質は繰り返すまで もなく, 従来のべ られてき s た 「意 義」( en s e) とか 「意味」 とかいうものや, 又単なる名と 意義との関係を 「意 味」 とす るのではなく, 記号の起り得るその環境群を一括 してこれに rule を与え, その絡絡ともいう べ き sign usage の 規 則 性 を 明 ら か に す る要 因 の 設 定 で あ る l は meaning . こ の 要 因 を Anta. でなければならないと主張 しているが, それは用語上の問題である から重要なことではない, 大切なのは meaning という語で明 らかにされた 一つ の要因の機能である, しか し, この要因 を 論 じる 過 程 に お い て, Antal は 第四章でのべたような 本質的な問題を除外視 しても 若干訂. 正又は 説明を要する問題点をも っていたので, それをこの小論で取り上げてみたのである, 記 号と meaning とを指示物から分離独立させることの不備は, 記号及び meaning が その特性 を失うことから明かである し, 又一方そのような指示物不在論は指示物の特性の下位区分を否 定 す る こ と に も な り, 不 備 は 明 白 で あ る, さ らに, そ の こ と に よ っ て 生 じた “des i gnatunf と ”denotatuln“. の混乱, 又それから派生 した脈絡の否定などは, An l の 「意味論」 発展のため t a には是非解決 しなければな らない諸問題であ ったと言えよう.. そのような問題点の批判及び解決 にあたって 一リ i ・論では 若 干 の 仮 説 を 立 てた. s gn usage の脈絡説, 記号と指示物の二重構造などはその主なものである, こう した仮説のすべて が今後 の研 究 に よ っ て 実 証さ れ る べ き も の で あ る こ と は 言 う ま で も な い. こ の 小 論 は, した が っ て,. あくまでも記号論を根拠 に した意味論の基礎研究であることは 「まえがき」 でのべて 置いた通 りである. 又, 本論において中広く例証す べき箇所が数多くあ ったにも拘らず, それを怠 って き たこ と を 認 め, 今 後 の 課 題 と す る も の で あ る. meaning の 組織的記述とその説明力の実証, 又, その基礎理論は勿論, 語学教育への示唆等, この基礎研究から脱皮す べき課題は多いよう で あ る,. 注) 1) L貞sz16 Antal f e s“の格 o / ハイβα打力7g (Mouton,1963), , Qz l 2) L, Ant 『 fm 感り増 (Mout a ’ ? s on , Cの”β , M 卿’の増 の鰭 U’ばer ,1964) , i !立たe びmB離郷/躍れge 3) L t tgens t . e n ’ Pためso〆z ” (oxf ord ,1953) ,p , Wi .20 .. 1ma 4) S 958) nn ,「意味論研究」(山口秀夫訳)(東京, 1 ,pp .UI .81-90 . f 5) ここでいう指示物は 0gden‐Ri chards の基本三角図の中の r e e rent と は 異 なる, t t ’ ’ l ′′! i i igns t 『 6) Char e s ? ”〆 s Mor r ons ofthe The ory of S 2のけ 物β霞α げ び’ 7 7 eメカ確 かz など E? , Founda ,1 Sdのにβ I i cago , VO , No ,1938) ,p .1 ,2 (Ch .4 , l の意味を n i imann 7) 以下, 試みとして Morr t i t s a r n等 e a n ng と して英語名を用い, 中島, U1 e , An ・ ,S の主張する意味を日本語で 「意味」 を書きできるだけ混乱をさけることにする,. - 47 -.

(14) . 菅. 原. 光. 穂. ’ ’ Aだたど く く l i ‘如 捌, Vo imaml i i t ね刀 乙溺gとぼs tof Me り z c s cs ー I Li ngu an ngi 8) S ,1 , Fas , ,8 , The Concep , U1 1 1 7 ‐ 参照 pp . , 9)p 9) 中島文雄, 「文法の原理」(東京, 194 ,46 , 「英文法の体系」 参照. , その他 「意味論」 92 10) 中島文雄, 「文法の原理」pp .88‐ . f i t igna i tu ead o ns ng の こと で ある と の べ て いる。 l s ー定 は mean s の “de 11) Antal は Cの”のぼ で Morr. ぐme ( , ’ Mor i tu i i n“ ern .”des I suSesthet an ng r gna ,p ,37) . (cの”釧云 ぐ く “ ’ i r d d t 【 r i と t 12) s の次の表現に注意. r enoaun についての Mor esgnaun l ign app i i i hes fob t j i fa s j The des igna i ct s wi tun ct wh cht est o e l e sthe k nd o .o ,i ,theob gni ,e , l i i f the s he pr i c e i t t e sence o count of through t e akes ac erpr er t es wh gn Veh ope r ch the i nt . pr (FO 。“s Z ‘ zmのブ ,p .5) l 1 i fob t A des i j j i h sofob t ta t s-and a c as e c ass n ー ay have nd o e ctorC ng um i s no gna ,buta k l be f the c 【 he men be t a a ar et l rs o ass r rs . embe l en . rs n . any n ,or no membe , , or one n , The deno. ヱ脱α) ( l i l denot i i h i t t t was pr i t deno The ev ous on ng or have nul a e not ch i n fac recan bes y gns wh , l l l l i t here be ac fs tum, but no t tha t of de tt i i ha ttheve s t t ves tha ua nvo on o ry no gna y no edt gn i ば i td,(防ぎ i i t j ) ct ch are deno e s Vh s ex ng ob ,\ . i こ の Mo rr s の説明を次のように整理することができる. l fobj t tum --一一一 ac igna s asso e c s a de l ÷÷ → (1) n rs any membe ・ ass ac ber (2)on ・ e men (3 s ・ e r nbe r )n on l s t tun rofthec as l --一--→ a membe a a deno t t i tun a a ・ ---÷÷÷→ (1) many deno s a de gna. の 靴 幽血t um } ob 一. ( 3)nodenotata て igna t l un lがt no s (3) の例に 見 られ る よ う に, c a s が tho nlembers“ で ある こ と, 即 ち, des ” M i ばわ と う の は い s の次の説明をみれ かることである deno t で ある r t aa , or . l l i i f i tobv As tun t i thavea des ous ry s ua nf acも r e e rt oan ac ・ ;ye gn does not y eve gna ,i gn mus α研 かz i j t z f 2 s t 7 antob e c ex s ,p ,5) ,(Fo igna tun i t t t ・ um(具象)の差であり, 又 des 以上のことから明白なのは,d no a s un e ・(指示物)と de gna i an ng ではないということである. は Antal の主張するような me l 13) Ant ’粥 川,pp a , Co ,31‐33 . Z z l i i t Cαor t e s s gだのz fdeqs 郡βeP たけ′ z r o s a cks l a n a ns tha yl ear 14) Chomskyiscl y wrong when hen. 15) 16) 17) 18). l l l i d notbeal i i i t ture but on f wor ds t wou t fi i s thad no mean ngu cs ruc ng eo ng y ajumb mean ,i . l le i i he d notbe gran t t ca a r 1 n l , Woul nconsequence and ,(ヱ脱ば ,p , 32) ,i id ヱb , .p ,22 Mor i ?〆のデ鰯s s r ,pp , Fα“ , .4 47 Ant l s”o〃s a ,pp , Q”e ,4 51 . i UI 1 so 7 c e ′ Semのz化s Z a pγカ pZ n ・ ann , T/ , 山口秀夫訳 「意味論」 P. 63.. 1 s 19) Ant a ,p , Q”e嘘か2 , .54. 1 20) UI l ann n , 山口訳 「意味論」 p. 63 参照,. r i α C′ / ′ f St t zのzge o/ 規す鯛“ ? zg z卵肋 SPe c超Z たけeだ7 7 ce /o z ′ e E力g! ’ 2g の2 sた 21) Gus e rn a , 粥彰α“!. Lの? 1 931 )「意味と意味変化」(五島忠久訳述) (東京,1952) z f qge( ,p g ,19 .. - 48 -.

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参照

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