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高度成長期における出郷者の都市生活と同郷団体 : 尼崎市の鹿児島県江石会を事例として

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人 文地 理 第50巻 第5号 (1998)

高度 成 長 期 にお け る出郷 者 の都 市 生 活 と同郷 団体

-尼崎 市 の鹿 児 島 県 江 石 会 を事 例 と

して-山

I は じ め に II 課 題 と方 法 (1) 高 度 成 長 期 の 同郷 団体 (2) 尼 崎 市 の甑 島 出 身者 と同郷 団 体 (3) 方 法 III 移 住 後 の居 住 地 と職 業 (1) 移 住 後 の住 居 (2) 居 住 地 の集 中 と分 散 (3) 移 住 後 の職 業 IV 同 郷 者 関 係 と同 郷 団体 の 設 立 (1) 勤 務 体 制 (2) 住 宅 用 電 話 の 設 置 (3) 居 住 地 と同 郷 者 関 係 (4) 同 窓 会 と同 郷 団 体 V 同 郷 出 身 の 政 治 家 と同 郷 団体 (1) 尼 崎 市 議 会 の 出 郷 者 議 員 (2) 同 郷 出 身 議 員 との 関 係 VI お わ り に キ ー ワ ー ド: 同郷 団体, 出郷 者, 都 市 生 活, 高 度 成 長 期, 尼 崎 市 I は じ め に 近代 以 降, 故 郷 を離 れ都 市 に集 ま る人 々 の数 は激 増 した。 出 郷 者 (地方 出身者) は都 市 生 活 の 中 で孤 立 す る可 能性 が高 い と考 え られ た こ と もあ った が, そ う した都 市 社 会 像 に は数 多 くの 反証 が な され て きた。 都 市 に お け る 多様 な社 会 集 団 の 生 成 を説 くフ ィ ッシ ャー の下 位 文 化 理 論, あ るい は親 族 ネ ッ トワー ク研 究 な どが そ の例 と 1) な る。 後 者 を代 表 す る リ トワ ク (Litwak) の修 正 拡 大 家 族説 に よれ ば, 移住 に と もな う対 面 的 関係 の 喪 失 は 移住 者 の孤 立 と同義 で は な い。 多 くの 移住 者 は 故郷 を離 れ た 後 も拡 大家 族 の様 々 2) な助 力 を得 て お り, コ ミュニ ケ ー シ ョン技 術 の 発 達 は対 面 的 関係 を喪 失 した拡 大 家 族 の ア イ デ ン テ ィテ ィ維 持 に貢 献 す る。 さ ら に, か つ て柳 田が 「郷 里 か ら出 た者 は必 ず 頼 って行 く処 が あ 3) る 」 と記 した よ う に, 同郷 者 の 集住 地 区 を 目指 4) した 出郷 者 は珍 し くな か っ た。 比 較 的 狭 小 な空 間 的 範 囲 に 同 郷 者 が 見 出 さ れ る と き,「 都 市 の 5) 中 でふ る さ とを と もに して い る者 の 団 体」 で あ る 同郷 団体 が 設 立 さ れ る こ と もあ る。 個 々 の 出 郷 者 を現 代 都 市 内で 見 出す こ とは困 難 な こ とが 多 く, そ の移 住 過 程 や都 市 生 活, 同郷 者 関 係 を 知 る こ と も容 易 で は な い。 同郷 団 体 は出 郷 者 の 都 市 生 活 を反 映 す る社 会 集 団 と して 重 要 で あ る

1) (1) Litwak, E.,‘Geographic mobility and extended family cohesion’, American Sociological Review 25, 1960, pp.

385-394. (2)落 合 恵 美 子 「家 族 の 社 会 的 ネ ッ ト ワ ー ク と 人 口 学 的 世 代 」(蓮 見 音 彦 ・奥 田 道 大 編 『21世 の ネ オ ・ コ ミ ュ ニ テ

ィ』, 東 京 大 学 出 版 会, 1993) 101-130頁。(3) フ ィ ッ シ ャ ー (松 本 康 ・前 田 尚 子 訳)『 都 市 的 体 験-都 市 生 活 の 社 会 心 理

学-』, 未 来 社, 1996, 426頁, な ど。

2) リ ト ワ ク の 仮 説 に 基 づ き, 連 鎖 移 住 に お い て 親 族 ネ ッ ト ワ ー ク が 最 大 限 に 利 用 さ れ る こ と を 論 じ た 研 究 も あ

る。Chol-din, H.M.,‘Kinship networks in the migration process’, International Migration Review 7-2, 1973, pp. 163-175.

3) 柳 田 國 男 「都 市 と 農 村 」(『 柳 田 國 男 全 集29』, 筑 摩 書 房, 1991 (初 出1929)), 353頁。

4) よ り 正 確 に は, 集 住 地 区 内 に 居 住 す る 出 郷 者 自 身 の 親 族 や 知 人 の 住 居 を 目指 す の で あ る。Allen, J.P. and Turner, E.,

‘Spatial patterns of immigrant assimilation’, The Professional Geographer 48-2, 1996, pp. 140-155.

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450 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) と と も に, 出郷 者 に ア プ ロ ー チす る た め の手 が か りに もな る。 こ こで 言 う同郷 団体 とは, 出 身地 に お け る集 落 や 学 区 程 度 の 小 地 域 か ら市 町 村 程 度 まで を 「同 郷 」の 範 囲 とす る もの で あ り, 出 身 県 を単 6) 位 とす る県 人 会 と は区 別 され る。 岡橋 に よれ ば そ の活 動 に は 親睦, 相 互 連 絡, 郷 土 情 報 の 交換, 相 互 扶 助, 郷 土 の 発 展 へ の協 力, 同 郷 出 身 の 政 7) 治 家 の後 援 な どが あ る。 松 本 に よ る全 国 調 査 で は 日本 各 地 に990の 同 郷 団 体 が確 認 さ れ, 調 査 対 象 の 約7割 は 「昭和30年 代-50年 代 の30年 間」, す な わ ち 戦 後 ・高 度 成 長 期 に設 立 され た 8) もの で あ る。 同郷 団体 が研 究 対 象 と して重 視 さ れ る よ うに な った の は1960年 代 後 半 以 降 の こ とで あ る。 そ の 嚆 矢 とな った松 本 は 同郷 団体 に 関す る多 数 の 論 考 を著 した。 松 本 らの集 大 成 で あ る 『都 市 移 9) 10) 住 の社 会 学』に は 「同郷 団体 研 究 の系 譜 」 が掲 載 され て お り, 社 会 学 者 な どに よる主 要 な研 究 11) につ い て こ こで 詳 述 す る必 要 は ない。 地 理 学者 12) 13) 14) 15) と して は篠 原, 田島, 岡橋, 堂 前 らが 同 郷 団体 16) を対 象 と した研 究 を行 って い る。 民 俗 学 な どの 17) 諸 研 究 で も団 体 に言 及 した ものが あ る。 こ の よ うに 同郷 団 体 は様 々 な研 究 者 に よ って 見 出 さ れ て きたが, い くつ か の課 題 が 残 され て い る。 そ の1つ は, 多 くの 団体 が 高 度 成 長 期 に 設 立 され た に もか か わ らず, 同時 期 の 団体 や そ れ を組 織 した 出郷 者 に 関 す る詳 細 な調 査 ・研 究 が 少 な い こ とで あ る。 本稿 で は高 度成 長 期 に設 立 され た 同郷 団体 を対 象 と し, 出郷 者 の都 市 生 活 の 中 で そ れ が い か に組 織 され 活動 して きた か を明 らか に した い。 調 査対 象 と して 鹿 児 島 県 上甑 村 江石 の 出 身者 に よ る 「鹿 児 島 県 江 石 会」(以 下, 江石会) を取 り上 げ る。 江 石 出身 者 は 「戦 前, 大 阪 や神 戸 を 中心 に 出 郷 者 親 睦 の会 を企 画 した」 が,「 何 回 企 画 運 営 さ れて もこ とご と く短 期 間で 消 滅 し, 18) 2年 位 続 い た のが 最 高 」 で あ っ た。 現在 の 江石 6) 前 掲5) 35頁。 本稿 で は 国 内 移住 者 の 同郷 団体 に 限定 して論 を進 め る。 同郷 団体 に は 「郷 友 会 」 な ど の様 々 な呼 称 が あ るが, こ こで は 同郷 団 体 で統 一 し,「 団 体 」 と略 称 す る こ とが あ る。 同 郷 団 体 と県 人会 の相 違 に つ い て は, 冨 山 一 郎 『近 代 日本 社 会 と 「沖縄 人」-「 日本 人」 に な る とい うこ と-』, 日本 経 済 評 論 社, 1990, 26-28頁, を参 照。 7) (1)岡 橋 秀 典 「瀬 戸 内 海 島嶼 部 に お け る人 口 流 出 と都 市 の 同郷 団体 」, 内 海 文 化 研 究 紀 要15, 1987, 25頁。 他 に, 沖 縄 県 都 市 部 の 同 郷 団 体 が 自治 会 に 近 い役 割 を担 って い る こ と, 1995年 の 阪神 ・淡 路 大 震 災 で被 災 した 同郷 者 を 同郷 団 体 が 援 助 した こ と も報 告 され て い る。(2)高橋 勇 悦 「都 市 社 会 の 構造 と特 質-那 覇 市 の 『自治 会 』 組 織 を 中心 に-」(山 本 英 治 ・高 橋 明 善 ・蓮 見 音 彦 編 『沖縄 の 都 市 と農 村 』, 東 京 大学 出 版 会, 1995) 179-220頁。(3)吉 村 好 昭 編 『阪神 大 震 災 の 証 言-沖 永 良 部 人 の叫 び-』, 沖 洲 通 信 社, 1995, 493頁。(4)川 崎 澄 雄 「奄 美 郷 友 会 と阪 神 大 震 災 」, 金 城 学 院 大 学 論 集 社 会 科 学 編38 (通 巻165), 1995, 97-109頁。 8) 松 本 通 晴 「都 市 の 同 郷 団 体 の 性 格-全 国 調 査 (1986年) か ら-」, 京 都 市 政 調 査 会 報68, 1987, 4-9頁。 なお, 一 般 に高 度 成 長 期 は1955年 か ら1973年 を指 す。 9) 松 本 通 晴 ・丸 木 恵 裕 編 『都 市 移 住 の 社 会 学 』, 世 界 思 想 社, 1994, 246頁。 10) 伊 藤 敏 安 「文 献 解 題-同 郷 団 体 研 究 の 系 譜-」(前 掲9) 226-238頁。 11)「 同郷 団体 研 究 の系 譜」(前 掲10) 以 降 の 研 究 例 と して は, 鰺 坂 学 「都 市 同 郷 団 体 の現 状-東 北 地方 を中心 と して-」, 社 会 文 化 研 究21, 1995, 1-45頁, が あ る。 12) 篠 原 重 則 『愛 媛 県 の 山 村 』, 愛 媛 文 化 双 書 刊 行 会, 1997, 263頁, な ど。 13) 田島 康 弘 の 研 究 例。(1)「 甑 島 に お け る過 疎 化 と転 出者 の集 団形 成」(鹿 児 島大 学 教 育 学部 社 会 科 教 室 編 『鹿 児 島 の 地 域 と歴 史 』, 1983) 113-136頁。(2)「 甑 島 の過 疎 化 と 出郷 者 の集 団 形 成 再 考 」, 鹿児 島 大 学 教 育 学部 紀 要 人文 ・社 会 科 学 編 46, 1995, 31-46頁, な ど。 14) 岡橋 秀 典 の研 究 例。(1)前 掲7) (1)。(2)「 新 過 疎 時 代 の 山村 問題 」, 地 理 科 学43-3, 1988, 169-176頁。(3)「 広 島 県 に お け る農 村 か らの 人 口流 出 と都 市 の 同 郷 団 体 」, 内海 文 化 研 究 紀 要18・19, 1990, 127-159頁, な ど。 15) 堂 前 亮 平 『沖縄 の 都 市 空 間 』, 古 今 書 院, 1997, 183頁, な ど。 16) こ の 他, 同 郷 団 体 や そ れ に 類 す る諸 団体 に 言 及 し た次 の よ うな 研 究 例 が あ る。(1)金 崎 肇 「石 川 県 人 と大 都 市 の浴 場 業 」, 地 理6-4, 1961, 466-470頁。(2)石 川友 紀 「山 口 県大 島郡 東 和 町 に お け る 出稼 民 の 歴史 地 理 学 的考 察 」, 琉球 大 学 法 文 学 部 紀 要 史 学 ・地 理 学 編34, 1991, 1-21頁。(3)松 村 嘉 久 「和 歌 山 市 手 平 地 区 にお け る沖 縄 出 身 者 コ ミ ュニ テ ィ」, 和 歌 山地 理17, 1997, 21-30頁。 17) (1)宮 山博 光 「団地 民 俗 の形 成-新 興 団 地 の様 相-」(金 沢民 俗 を さ ぐる 会編 『都市 の 民俗 ・金沢 』, 国 書 刊 行 会, 1984) 179-182頁。(2)矢 野 敬 一 「『ふ る さ との 味』の 形 成 に 見 る家 族 の戦 後-菖 蒲 の 節 句 の 行 事 食 ・笹 団子 の名 産 品 化 を通 して -」, 日本 民 俗 学209, 1997, 1-32頁, な ど。 18)『 江 石 会 新 聞 』第25号, 1992。 同 じ記 事 に は 「戦 前 の 出 郷 は一 時 的 の 出 稼 」であ っ た と の記 述 もあ り, 出 郷 者 の 定 住 と

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高度 成 長 期 に お け る 出郷 者 の都 市 生 活 と 同郷 団 体 (山 口) 451 会 は兵 庫 県 尼 崎市 居 住 者 を中心 に1967年 に設 立 さ れ た もの で あ り,「 江 石 会 会 則 第3条 」 に よ れ ば 「会 員 相 互 の 親 睦 を図 り, 郷 土 愛 の 高揚 を 推 進 す る こ と を 目的 と」 す る。 主 な 年 間行 事 と して は 運 動 会, 敬 老 の 集 い, 会 報 『江 石 会 新 聞 』 の 発 行 な どが あ る。年 会 費 は運動 会 の 時 に 世 帯 単 位 で 集 め られ, 350世 帯 が 会 費 を納 め た 1996年 の 第30回 記 念 運 動 会 は 約1,300人 が 参 加 した 大 規模 な もの とな った。3年 か ら5年 に1 度 の 会 員 名 簿 の作 成 も重 要 な作 業 で あ る。1995 年 の 阪神 大 震 災 の 際 に は尼 崎 市 の事 務 局 長 宅 を 拠 点 と して 会員 の安 否 確 認 が た だ ち に実 行 され た。 故 郷 江 石 に お け る各 種 施 設 へ の寄 付, 江 石 にあ る墓 地 の 管理 依 頼 な ど, 故 郷 と出郷 者 との 連 絡 装 置 と して も機 能 す る。1996年 の名 簿 に記 載 され た 総 世帯 数 は512で あ り, 尼 崎 市 の115世 帯 (22.5%) が も っ と も多 く, 神 戸 市 (53世帯), 大 阪 市 (48世帯) と続 く。会 員 世 帯 は他 所 へ の 転 居 後 も同様 に扱 わ れ るた め, 会員 に は江 石 へ の 帰 郷 者 (28世帯) も含 まれ る。 尼 崎 市 は会員 数 が 多 い だ け で な く, 運 動 会 な ど の活 動 拠 点 で もあ る。 「阪神 工 業 地 帯 の 大 中 19) 心 地 尼 崎 に住 む江 石 会 」,「こ よな く古 里 を愛 し なが ら尼 崎 を第二 の故 郷 と して居 住 して お られ 20) る方 々 …」と い った文 中 か ら も同市 との 関係 が 読 み取 れ る。江 石 会 も含 め, 甑 島列 島4村 の集 21) 落単 位 で設 立 され た11の 同郷 団体 や そ の連 合 組 織 で あ る 「関西 甑 島連 合会 」 も尼 崎 市 を活 動 拠 22) 点 とす る。 こ の た め, 以 下 の 内容 は尼 崎 市居 住 会 員 や 同市 と江 石 会 との 関係 が 中心 とな る。 出 郷 者 を対 象 と した地 理 学 的研 究 で は移住 後 の居 住 パ タ ー ンな どが 重 要 な研 究 課 題 とな るが, 同 郷 団体 を介 して都 市 誌 (史) の 一 端 を解 明 し得 る点 に も地 理 学 と同郷 団体 研 究 の接 点 が あ る よ 23) うに思 わ れ る。 次 章 で 高 度 成 長 期 にお け る同郷 団体 の研 究 課 題 と方 法 を示 し, 論 を進 め て い き た い。 II 課 題 と方 法 (1) 高 度 成 長 期 の 同郷 団体 まず 問 題 と な る の は高 度 成 長 期 に数 多 くの 団体 が 設 立 され た 理 由で あ る。 篠 原 に よれ ば, 愛 媛 県 松 山市 で 活 動 す る 同県 山村 出 身者 の 同郷 団体 は, 挙 家 離 村 者 が 一 定 数 に達 した1970年 頃 に結 成 され た もの が 24) 多 い。 出郷 者 の増 加 は 団体 の直 接 的 な設 立 理 由 とは言 え な いが, 設 立 の1つ の前 提 とな る。 そ れ を認 め た上 で松 本 の 「隔絶 」論 を見 て お きた 25) い。 松 本 に よれ ば近 代 ・現 代 を 問 わず 都 市 と農 村 の生 活 様 式 に は 隔絶 が あ り, そ の隔 絶 の 大 き さゆ え に 出郷 者 は 「擬 制 村 」 と して の同 郷 団 体 を必 要 とす る。 現 代 都 市 に お い て は社 会 の 急 激 な変 化 に 出郷 者 が 適 応 で きず, 隔 絶 が 維 持 され る た め に 団体 が 過 度 に追 求 され存 続 して お り, 現 代 の多 くの 団体 が 隔絶 山村 と離 島 の 出 身 者 の もので あ る こ とは 隔絶 論 を支 持 す る。 さ ら に同 郷 団体 の設 立 と存 続 は 「都 市 生 活 か らの 契 機 に 同郷団 体 の 存 続 とが 無 関 係 で な い 可 能 性 を示 す もの と して 興 味 深 い。 19)『 江 石 会 新 聞』 第6号, 1973。 20)『 江 石 会 新 聞』第24号, 1991。 こ れ は上 甑 村 長 に よ る寄 稿 文 の 一 部 で あ る。 21) 1985年 頃 に 上 甑 村 平 良 出 身 者 の 「平 良 会」 が 設 立 され 一 時 は12団 体 とな っ た が, 鹿 島村 鹿 島 出 身者 の 「関西 鹿 の子 百 合 会」 が1994年 頃 に 休 会 し11団 体 に戻 った。 平 良 会 を 除 く11団 体 に つ い て は, 丸 木 恵祐 編 『離 島 出 身者 の都 市 生 活 に関 す る 実 証 的研 究 』, 金 城 学 院大 学, 1986, 68-76頁, を参 照。 なお, 関 東 の 江 石 出身 者 は 「関 東 江 石 同 郷 会」(1975年 頃設 立, 約120世 帯) を組 織 して い る。 同会 会 長 の 西 拡 氏 か らの 聞 き取 りに よ る。 22) な お, 1989年 に は 下甑 村 出 身 者 の6つ の 同郷 団体 の会 長 が役 員 を務 め る 「関西 下 甑 村 振 興 協 議 会 」 が 作 られ て い る。 こ れ は 下甑 村 の特 産 品 の 販 路拡 大 の た め に村 行 政 の主 導 で 作 ら れ た 「ふ る さ と 『し もこ し き』 友 の会 」の 関連 団 体 で あ り, 出郷 者 と同 村 の 関係 の 維 持 を 目的 とす る。 同協 議 会 会 長 の 山下 清 人氏, 下 甑 村 役 場 の瀧 津 俊 二 氏 か ら の聞 き取 りに よ る。 23) 前 掲13) (2), 44頁。 本 稿 の 立 場 は 中林 の言 う 「人文 主 義 的 視 点」に も近 い。 中林 一樹 「『イン ナ ー エ リア 形成 』 の 分析 軸 」(倉 沢 進 ・町 村 敬 志 編 『都市 社 会 学 の フ ロ ンテ ィア1 構 造 ・空 間 ・方 法』, 日本 評 論 社, 1992) 108頁。 24) 前 掲12) 127頁。 25) 前 掲5) 45-46頁。

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452 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) よ る よ り も, 村 生 活 の側 の動 因 か ら」 理解 され る とい う。 しか し隔 絶 論 に はい くつ か の 問 題 が あ る。相 互 扶 助 の よ う な 「都 市 生 活 か らの 契 機」 に よ っ て活 動 す る団 体 が あ る こ と は既 述 の 通 りで あ る。 岡橋 は 「隔 絶 」 が 比 較 的 小 さい と思 わ れ る広 島 26) 県 内移 動 者 の 同郷 団 体 を反 証事 例 と して 示 した。 27) 松 本 の 説 で は小 林 の 言 う 「都 市 化 」, す な わ ち 出郷 者 が都 市 的生 活 様 式 や 価 値 観 を取 り入 れ て 内在 化 させ て い くプ ロセ ス に も触 れ られ て い な い。 小 林 に よ れ ば, 同郷 団 体 は 出郷 者 を都 市 へ 適 応 させ る た め の装 置 とな り, 適 応 が 進 め ば団 28) 体 の活 動 目的 は相 互 扶 助 か ら親 睦 へ と移 行 す る。 同郷 団体 の存 続 は必 ず し も隔 絶 の結 果 とは言 え な い の で あ る。 さ らに松 本 自身 が 戦 後 都 市 にお け る 同郷 者 関係 や 団体 の設 立 プ ロ セ ス を詳 述 し た こ と もな か っ た。 特 に 同郷 者 関係 につ い て は居 住 地 や就 業 先 に お け る 同郷 者 の集 中 ・分 散 傾 向 か ら把 握 す る こ とが 一 般 的 で あ る。 こ の うち居 住 地 に 関 して は 29) 「同郷 団体 集 住 地 区」 とい う言 葉 が 端 的 な 例 と な る よ うに, 多 くの研 究 者 が 同郷 団体 研 究 の 中 で 集住 を見 出 して い る。 た とえ ば戦 前 大 阪 に お け る沖縄 出 身 者 の 団体 は 「沖縄 村 」 と呼 ば れ た 集 住 にお け る 「具体 的対 面 関係 」 の 中 で, 日常 生 活 の 必 要性 か ら 「自然発 生 的」 に生 まれ た と 30) され る。 松 本 は 「地 方 出 身者 の 集住 の傾 向 は都 市 生 活 の 中 で 実 現 さ れ る こ とは 少 な か っ た よ 31) う」 だ と しなが ら も, 同郷 団体 を設 立 した 出郷 32) 者 は集 住 して い る と記 した。 これ らの研 究 の 多 くは戦 前 に設 立 さ れ た 団体 を対 象 とす る。 一 方, 小 林 に よれ ば, 同郷 団体 は 「集 住 に しろ分 散 居 住 に しろ」 同 郷 者 を ネ ッ トワ ー ク し,「現 代 の 日本 の都 市 で は, 地 方 出 身者 も集 住 よ りは分 散 33) して居 住 す る ほ うが 一般 的 で あ る」。 こ う した 同郷 団体 会 員 の居 住 パ ター ンは地 理 学者 の み な らず 多 くの研 究 者 が言 及 して きた。 しか し戦 後 ・高 度成 長 期 に設 立 され た 同郷 団体 を対 象 と した研 究 が 少 な い た め, 同 時期 の 出郷 者 の居 住 パ ター ン もほ とん ど明 らか に され て い ない。 また, 居 住 パ ター ン を示 した既 存 の研 究 で は団体 会 員 数 が 地 方 自治 体 単位 で把 握 され, そ れ に よ って 会 員 の 集 住 ・分 散居 住 傾 向 に言 及 され る こ とが しば しばで あ る。 高 度 成 長期 に お け る出 郷 者 の 居住 パ タ ー ン を よ り ミクロ な レベ ルで 解 明 す る こ と は, 同 時 期 の 日常 的 な 同郷 者 関係, ひ いて は団 体 設 立 へ の 影 響 を見 る上 で重 要 な地 理 学 的 課 題 と な る。 居 住 パ タ ー ン につ い て は, そ れ が 必 ず し も同 34) 郷 者 関 係 と一 致 しない こ とに も留 意 した い。 同 一 企 業 に勤 務 す る 同郷 者 は, 居 住 地 が 近接 して い な くて も企 業 を介 して 関係 を維 持 で き る。 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン技 術 の発 達 は対 面 的 関 係 を失 っ た 人 々 を結 び つ け,「 地 域 的 な 距 離 を超 越 し 26) 前 掲14) (3), 155頁。 27) 小 林 多 寿 子 「都 市 化 と ノス タル ジ ー-都 市 に お け る奄 美 出郷 者 の心 性-」, 年 報 人 間 科 学8, 1987, 23-40頁。 28) 小 林 多 寿 子 「合 成 さ れ た 『ふる さ と』-都 市 に お け る同 郷 者 集 団-」(宮 本 孝 二 ・森 下 伸 也 ・君 塚 大 学編 『組 織 とネ ッ トワー クの 社 会 学』, 新 曜 社, 1994), 121頁 お よ び128頁。 29) 水 内 俊 雄 「問 題 化 され る 地域 の 系譜-寄 せ 場 研 究 の諸 相-」, 寄 せ 場9, 1996, 134頁。 30) 前 掲6) 28頁。 冨 山 は 同 郷 団体 の設 立 につ い て次 の よ う な説 明 も して い る。 沖 縄 出 身者 は 当初 そ の大 半 が 出稼 民 で あ り, 同 郷 者 関 係 は 「共 同 宿 泊 所」 に お け る 「ア トム化 さ れ た ネ ッ トワ ー ク」 で あ っ た が, 後 に定 着 化 し, そ の関 係 が 「地 理 的 に拡 大 し, 各 世 帯 を単 位 とす る 郷 友 会 と して組 織 さ れ」た。 冨 山一 郎 「戦 前 期, 沖縄 出 稼民 の結 社 と 『沖 縄 差 別 』-関 西 沖 縄 県 人 会 の 分 析 を中 心 に-」, 歴 史 学 研 究570, 1987, 20頁。 31) 松 本 通 晴 「地 方 出 身 者 の 住 宅状 況 に 関 す る調 査 研 究 」(『住 宅 ・土 地 問題 研 究論 文 集 第12集 』, 日本 住 宅 総 合 セ ン ター, 1988) 101頁。 32) 松 本 通 晴 「県 人 会 と同 郷 団 体」, 京 都 市 政 調 査 会 報61, 1986, 9頁。 33) 前 掲28) 121頁。 た だ し小 林 は分 散 居 住 に 関す るデ ー タ を示 して い ない。 34) 人 間 関 係 が 必 ず し も空 間 的 に 規 定 され な い とい う事 例 を取 り上 げ た研 究 と して, 次 の 論考 を挙 げ て お く。清 水 昌 人 「外 国 人 の 生 活 空 間 行 動-東 京 大 都 市 地 域 の 就 学 生-」, 経 済 地 理 学 年 報43-1, 1997, 59-71頁。

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高 度 成 長 期 に お け る出 郷 者 の都 市 生 活 と同郷 団体 (山 口) 453 た新 しい 一 次 集 団」を 意 味 す る 「心 情 的 近 隣 関 35) 係 」を 形 成 す るか もしれ ない。 た だ しこの 点 で 注 目す べ きは1970年 代 以 前 の 日本 で は住 宅 用 電 話 が 普 及 して い なか った こ とで あ る。 そ の 一 方 で高 度 成 長 期 にお け る労働 時 間 の 増 加 な ど に よ り, 近 接 居 住 者 間 の 日常 的 な接 点 が 小 さ くな る 可 能 性 もあ る。 これ らの 場 合, 空 間 的 な ま と ま りの程 度 か ら同 郷 者 関 係 を考 察 す るセ グ リゲ ー シ ョ ン概 念 はあ ま り有 効 で は ない。 同 郷 者 関係 を 出郷 者 個 々人 を基 点 と した ネ ッ トワ ー ク と と らえ, 居 住 地 間 の 距 離 な どの 諸 要 因 が そ れ にい か に影 響 す るか を見 る こ と, これ が 現代 都 市 の 36) 同郷 者 関 係 を知 る上 で 適 当 な 方 法 と な る。 さて, 仮 に同 郷 者 関係 が 密接 で ない よ うな場 合, 同郷 団 体 が 「自然 発 生 的」 に生 まれ る と は 考 え に くい。 設 立 に は何 らか の 理 由 が必 要 とな る。 同窓 会 の よ う にか つ て の 人 間 関係 の再 構 築 37) を 目的 とす る こ と もあ れ ば, 故 郷 の 町村 行 政 に 38) よ る組 織 化 とい った 外 的 な要 因 もあ る。 そ の よ う な理 由の1つ と して 同 郷 出 身 の 政 治 家 との 関 係 が 挙 げ られ る。 一 般 に移住 直 後 の 出 郷 者 は当 該都 市 そ れ 自体 39) に無 関 心 だ と され, 柳 田 は 「…郷友 会 の先 輩 を 自認 し, そ の くせ 田 舎 へ は ど う して も還 って住 み 得 ない 者 が今 なお …腰 掛 け気 分 で, 平 然 と し 40) て 悪 党 原 の 市 政 を利 用 す るの を坐視 して い る」 と して, 都 市 政 治 に無 関 心 な 戦前 の 出郷 者 像 を 描 き出 した。 地 方議 員 の 大半 が 当 該 市 町村 出 身 41) 者 で あ る とい う1980年 の調 査 結 果 もあ り, 出郷 者 が移 住 先 で地 方議 員 に な る例 が必 ず し も多 く な い こ とが わ か る。 支 持 基 盤 の形 成 とい う点 で 出郷 者 は不 利 な た め だ と思 わ れ るが, そ の点 で 興 味深 い の は 同郷 出 身 の政 治家 の後 援 を 目的 と 42) して設 立 され る 同郷 団体 が 見 られ る こ とで あ る。 一定 数 の 同郷 者 が 当該 自治体 に居 住 す る ので あ れ ば, そ れ は票 田 と して魅 力 が あ ろ う。 これ は 戦 後 都 市 に お け る 団体 の設 立 に 関 して も無 視 で きな い もの で あ り, 一般 の 出郷 者 が 移 住 先 の都 市 政治 に 関与 して い く1つ の在 り方 を示 す 例 に もな る。 た だ し同郷 出 身 の 政 治 家 と関係 が あ っ た と し て も, 多 くの 同郷 団体 で は 「タテ マエ と して 選 43) 挙 運 動 は し な い こ と に な っ て い る」。当 該 政 治 家 が政 党所 属 者 で あ り, 一方 で 団体 内 に それ 以 外 の政 党 の支 持 者 が い る場 合, 政治 意 識 の相 違 が表 面 化 す れ ば 円滑 な 同郷 者 関係 が 破 壊 され る お そ れ が あ る。 政 治 活 動 をお こな う団体 が 少 な い の は そ の た め で あ る。 同郷 団体 は 同郷 意 識 を 共 有 す る 人 々 に よ って構成 され て い る と して も, そ れ は 同郷 者 の あ らゆ る意 識 が 同一 で あ る こ と を意 味 しな い。 支 持 政 党 の不 一 致 に見 られ る よ うな 同郷 者 内 の 多様 化 は 出郷 者 の 「都 市 化 」 の 傍 証 に もな る。 以上, 高 度成 長 期 の 出郷 者 と同郷 団体 に 関す る い くつ か の 間題 を見 て きた。 そ れ らは次 の よ うに ま とめ られ る。(1)居住 地 や就 業 先 で の 同郷 者 の集 中 ・分 散, そ して 同郷 者 関係 は い か な る もの で あ った か。(2)同郷 団体 の設 立 は 「自然 発 生 的」 な もの で あ った か否 か。 目的が あ る とす れ ば, そ れ は どの よ うな もの か。(3)同時 期 にお け る 同郷 出 身 の政 治 家 の登 場 は 団体 設 立 の1つ の 目的 に な り得 るが, も しそ うで あ る場 合, 団 35) 岡 田朋 之 「電 話 コ ミュニ ケ ー シ ョンの 展 開 と 日常 空 間 」, 年 報 人 間 科学13, 1992, 36頁。 36) ネ ッ トワ ー ク研 究 の利 点 は 「は じめ に人 間 関 係 あ りき」 とい う視 点 か ら集 団 構造 を見 る こ とが で き る点 だ と され る。 大 谷 信 介 『現 代 都 市 住 民 の パ ー ソナ ル ・ネ ッ トワ ー ク-北 米 都 市 理 論 の 日本 的 解 読-』, ミネ ル ヴ ァ書 房, 1995, 60頁。 37) 鰺 坂 は同 郷 団 体 と 同窓 会 の 関 係 に関 心 を寄 せ て い る。 前 掲11) 22頁。 38) 前 掲17) (2), 29頁。 前 掲22) で 記 した 「関 西 下 甑 村 振 興 協 議 会」 も こ う した 団 体 の1つ と言 え よ う。 39) 高 橋 勇 悦 『都 市 化 の 社 会 心 理-日 本 人 の 故 郷 喪 失-』, 川 島書 店, 1974, 48頁。 40) 前 掲3) 436頁。 41) 黒 田展 之 編 『現 代 日本 の 地 方 政 治 家-地 方 議 員 の 背 景 と行 動-』, 法律 文 化 社, 1984, 23-24頁。 42) た と え ば, 前 掲7) (1), 19頁, な ど。 43) 石 原 昌 家 『郷友 会 社 会-都 市 の な か の ム ラ-』, ひ る ぎ社, 1986, 102頁。

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454 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) 体 や 会 員 の姿 勢 は い か な る もの か。 こ れ らの諸 点 か ら尼 崎市 に お け る江 石 会 の設 立 ・活 動 を見 て い くこ と, これが 本 稿 の課 題 とな る。 (2) 尼 崎市 の甑 島 出身 者 と同郷 団体 本 稿 で 対 象 とす る尼 崎 市 は工 業 都 市 と して発 展 して き た 経 緯 が あ り, 多 くは工 場 労 働 者 とな っ た九 州, 四 国, 中 国 地方 出 身者 が 人 口 の相 当数 を 占 め る 44) 出 郷 者 の 町 とな った。 同市 で は多 数 の 同郷 団体 45) ・県 人 会 が見 られ, 甑 島 出 身者 の諸 団体 もそ の 例 とな る。 尼 崎 市 の甑 島 出 身者 や そ の諸 団体 はす で に い 46) くつ か の 先行 研 究 で言 及 され て い る。 た とえ ば 松 本 ・丸 木 らの グ ル ー プ は戦 前 に組 織 され た下 甑 村 瀬 々 野 浦 出 身者 の 「西 山郷 愛 員 会 」 を 中心 に調 査 をお こな い, 連 鎖 移 住 に よっ て尼 崎 市 に 集 中 した最 初 期 の瀬 々野 浦 出 身者 が 同市 内 の工 業 地域 周辺 で集 住 し, 頼 母 子 講 の よ うな相 互 扶 助 組織 を経 て 同会 が 形 成 され た過 程 を描 き出 し 47) た。 しか し甑 島 出 身者 の諸 団体 は 「昭和30年 代 に 48) 多 く結 成 され て い る」。こ れ らの 団 体 の 主 要 な 活 動 は 年1回 の 運 動 会 で あ る が, そ の 最 初 は 1967年 の江 石 会 の もの で あ る。 関西 甑 島連 合 会 49) の 設 立 も1974年 の こ と で あ り, い くつ か の 団 体 50) はそ の影 響 に よ って組 織 され た とい う。 こ れ ら の 「戦 後 の 団体 は, 会 員 の居 住 分 布 が 広 域 化 す る傾 向 が あ り, また労 働 内容 の変 化 に よ っ て, か つ て の よ う に 日常 的 に接 触 す る こ と…は 少 な くな り, …名 簿 ・規 約 な どの フ ォーマ ル な組 織 体 制 の整 備 が 求 め ら れ る こ とが 多」く,「 集 団 形 成 の 目的 が 『相 互 扶 助 』 で あ る よ り も 『親 51) 睦 』に あ る こ とが 推 測 され る」。同 郷 出身 の政 治 家 につ い て は,「 尼 崎 市 に お い て, …(関 西 甑 島) 連 合会 を母 体 と して 市 会 議 員 を送 り出 し て い る。 同郷 団 体 が 他 出先 で 利 益 的 主 張 をな し うる基 盤 を築 い て い る こ との表 れ で あ る」 とい 52) う。 これ らの 記 述 に よ り, 甑 島 出 身 者 の 多 くの 同郷 団 体 が 戦 後 ・高 度 成 長 期 に設 立 され た こ と, 同郷 者 関 係 が 密 接 で なか っ た可 能 性 が 高 い こ と, 団 体 に は少 な くと も親 睦 お よ び政 治 家 の支 持 と い う2つ の機 能 が 備 わ って い た こ とが わ か る。 た だ しそ れ らを裏 づ け る具 体 的 なデ ー タ はほ と ん ど示 され て お らず, 詳 細 は不 明 で あ る。 江 石 会 につ い て は, 連 鎖 移 住 に よ って江 石 出 身 者 が 尼 崎 市 な ど に集 中 した こ と と と も に, 故 郷 江 石 にお け る山 林 や 田畑 の 強 固 な共 有 地 制 度 に代 表 され る 「共 同 体 的 紐 帯 」 の 影響 に よ って 53) 同会 が 作 られ た とされ る。 しか しこの 説 で は 同 会 の 設 立 過 程 に は言 及 され て お らず, 江 石 出 身 者 の 「共 同体 的 紐 帯」が 都 市 生 活 の 中 で 変化 し て い っ た可 能 性 に も触 れ られ て い ない。 また, 江 石 会 は下 甑 村 瀬 々 野 浦 出 身 者 と され るN議 54) 員 と強 い 結 びつ きが あ る とい うが, これ に つ い て も詳 しい 記 述 は ない。 44) 尼 崎 市 に お け る 出 郷 者 全 般 につ い て は, 山本 正 和 「都 市 の 同郷 人 関 係 と 同郷 団 体 」 〔前 掲9) 所 収 〕104-135頁, を参 照。 45) 鰺 坂 学 「都 市 にお け る地 方 出 身 者 の 団 体-同 郷 団体 ・県 人 会-」, 季 刊TOMORROW 6-1, 1991, 27-35頁。 46) 前 掲9), 13) (1)・(2), 21) な ど の他, 次 の よ うな研 究例 が あ る。(1)奥村 芳 和 「大 都 市 地域 に お ける 擬 制 村 の社 会 的 基 底-阪 神 地 域 に お け る一 同 郷 集 団 を事 例 と して-」, 関 西 大 学 大 学 院 人 間科 学-社 会 学 ・心 理 学 研 究3, 1974, 27-41 頁。(2)浮 田典 良 「鹿 児 島 県 甑 島 にお け る過 疎 化 の 進行 と近 年 の 変 化」, 人文 論 究43-3, 1993, 59-71頁。 47) た と え ば, 前 掲44) 118-127頁。 な お, 丸 木 らは1984年 の 各 同 郷 団体 会 員 名 簿 な ど を利 用 し, 尼 崎市 に居 住 す る甑 島 出 身 者 (の 主 に世 帯 主) 数 を1,805人 と して い る。 前 掲21) 55頁。 48) 前 掲44) 130頁。 49) 関 西 甑 島連 合 会 は, 1974年 に提 唱 され た 下 甑 村 出身 者 の 同郷 団体 の 連 合 組 織 で あ る 「下 甑 村 協 議 会 (仮 称)」 に江 石 会 と鹿 島 村 出 身 者 の 「関 西 鹿 の 子 百 合 会 」 を含 め, 同 年 に 「甑 島連 合 会」 と して 設 立 され て い る。 会 名 の 「関西 」 は1986年 につ け られ た もの で あ る。 同 連 合 会 第3代 会 長 の 中 村 勝 泰 氏 の諸 資料 お よび 同 氏 か らの 聞 き取 りに よる。 50) 前 掲21) 69頁。 51) 前 掲21) 70頁。 青 木 康 容 「移 住 の 社 会 学-大 衆 社 会論 の視 座 か ら-」 〔前 掲9) 所 収 〕211-212頁。 52) 前掲21) 25頁。 53) 前掲46) (2), 70頁。 54) 前掲46) (1), 32頁。

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高 度 成 長 期 に お け る 出郷 者 の 都 市 生 活 と同 郷 団 体 (山 口) 455 (3) 方 法 以 下 で は次 の調 査 結 果 を利 用 し, これ らの諸 点 を 明 らか にす る。 まず1996年12月 8日 の江 石 会 平 成8年 第3回 幹 事 会 に お い て, 当 日出席 した20人 の役 員 に対 し, 移 住 後 の居 住 地 や就 業 先 に 関す る 聞 き取 り調 査 を お こ な っ た。 次 い で この20人 を含 む江 石 会 の全 役 員85人 に対 しア ンケ ー ト調 査 を実 施 し, 就 業 先 の勤 務 体 制 ・週 休 制 な ど をた ず ね た。 多 くの 質 問 で は移 住 時 と江 石 会 設 立 年 に関 す る回 答 を求 め た。 回答 の あ った35通 (43.8%) の う ち3通 は 「2世 」 な ど に よ る もの で あ り, 出 郷 者 「1世 」 に よる 32通 が 分 析 対 象 の 中心 と な る。 居住 地 移動 や就 第1表 鹿児 島県江石会役員 の居住地 (聞 き取 り, ア ンケ ー ト,『鹿 児 島 県 江 石 会 会 員 名 簿』1982・1996, に よ り作 成) 注) 表 中 の 「→」は, 前 項 の 市 ・区 ・地 区 か らの 移動 が な か っ た こ と を示 す。 また 移 住 年 ・移住 時 とは京 阪神 都 市 へ の 最 初 の 移 住 の こ と を示 し, そ れ らの 年 次 ・年齢 に つ い て は調 査 で の 回 答 通 りに 記 す。

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456 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) 業 先 に 関す る対 象 数 は聞 き取 り調 査 結 果 を含 め 55) る と38人 とな る (第1表)。 役 員 な どへ の個 別 の 聞 き取 り調 査 結 果 や 『江石 会 新 聞 』 の記 事, 会 員 名 簿 も利 用 す る。 江 石 会 の女 性 役 員 は7人 で あ り, ア ン ケ ー トで 回 収 で き た もの は1通 (No. 33) で あ っ た た め, 本稿 の 内 容 は主 に男 性 出 郷 者 に 関 す る もの とな る。 III 移 住 後 の居 住 地 と職 業 (1) 移住 後 の住 居 尼 崎市 へ の甑 島 出 身 者 の 集 中 は連 鎖 移 住 の 結 果 だ と され る。 連 鎖 の 具体 的 な様 相 は, 先 行 す る同 郷 者 が 移住 先 で の 最 初 の住 居 や 初 職 を得 るた め の 情 報 を提 供 す る場 合 に 明確 に見 る こ とが で き る。 調 査 対 象 者38人 の 半 数 (19人) は, 最 初 の 住 居 と して 親 戚 ・兄 弟 とい っ た血 縁 関係 者 宅 を挙 げて い る (第2表)。 借 家 の11人 が そ れ に 続 き, そ の う ち の9人 は 1960年 以 降 に移 住 した者 で あ っ た。1960年 の前 後 で移 住 年 を 区分 した場 合, 前 者 が 血 縁 関係 者 宅 を, 後 者 が借 家 を挙 げ る割 合 が 高 い こ とに な る。 しか し借 家 の場 合 で も同郷 者 と無 関係 で な い こ とが あ る。No. 38は 鹿 児 島 県 の 高 等 学 校 を卒 業 後, 学校 の紹 介 に よ り大 阪市 内 の企 業 に 就 職 した が, 最初 の住 居 は尼 崎市 内 の兄 宅 の近 隣 で借 家 して い る。 一 方, 血 縁 関係 者 宅 を最 初 の住 居 と した 人 々 は比 較 的 早期 に そ こか ら転 居 し て お り, 親 戚 宅 に い た期 間 が 数 週 間 とい う No. 8, 2ヶ 月 とい うNo. 4, 半 年 とい うNo. 3,

2年 程 度 のNo. 18, そ れ よ り も長 か っ たNo. 32な どの例 が あ る。1967年 で はNo. 1か らNo. 22の 大 半 も借 家 と な って お り, 同郷 者 な どが 経 営 す る下 宿 屋 を利 用 す る者 もい な くな る。 こ れ らは ミク ロ レベ ル で の居 住 地 の分 散 化 の要 因 とな る。 た だ し次 章 で 明 らか にす る よ う に, 江 石 会 設 立 時 に も兄 弟 や 親戚 との 同居 は見 られ た。 この 時期 に も連 鎖 が続 い て い た た め で あ る。 1997年 現 在 で は ア ンケ ー ト回 答者 の32人 中29 人 が持 ち 家, 3人 が借 家 とな って い る。 江 石 出 身 者 の 京 阪神 都 市 へ の 定 着傾 向 が 読 み取 れ る。 (2) 居住 地 の 集 中 と分 散 次 に, 入手 で きた 1979年 以 降 の 会 員 名 簿 か ら江 石 会 会 員 の居 住 地 移 動 を見 て お きた い。 尼 崎 市 と市 内 の6地 区, 神 戸 市, 大 阪 市, 尼 崎 市 と と もに阪 神 広 域行 政 圏 を構 成 す る6市 を 中 心 に 会 員 世 帯 数 を示 す 56) (第3表)。 尼 崎 市 で は立 花 地 区 に お け る会 員 の集 中が 明 確 に見 られ, 本 庁 地 区が そ れ に次 いで い る。 両 地 区 と もに会 員 数 は減 少 して い るが, 1996年 で 第2表 移 住 後 の最 初 の住 居 お よ び1967年 の住 居 (単位: 人) (聞 き取 りお よび ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) カ ッコ 内 は 当該 項 目の計 に対 す る割 合 (%) を表 す。1967年 の数 値 か ら は 同時 期 に京 阪 神 に居 住 して い な か っ たNo. 2・37・38の デ ー タ を除 い て あ る。 55) 江 石 会 の 役 員 は 尼 崎 市 お よび そ の 周 辺都 市 の居 住 者 が 多 く, 江 石 出 身 者 全 体 の傾 向 とは 必 ず し も一致 しな い。 56) 第3表 の 会 員 数 が 増 加 して い る の は, 新 規 加 入 や 「2世 」 世 帯 の 会 員 化 な どに よる もの と思 わ れ る。

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高 度 成 長 期 に お け る出 郷 者 の都 市 生 活 と同郷 団体 (山 口) 457 も両 地 区 の 境 界 付 近 に はか な りの 集 中 が 見 られ る (第1図)。 そ の 中心 は南 北 に接 す る立 花 地 区 尾 浜 (14世帯), 本 庁 地 区東 難 波 (9世 帯) で あ る。 以 下 で は この2町 付 近 を仮 に 「集住 地 区」 57) と呼 ぶ こ とにす る。 尼 崎 市 全 体 の 会 員 数 も減 少 して い るが, そ の 中 に あ って 園 田 ・武 庫 地 区 で やや 増 加 して い る点 は注 目され る。 尼 崎 市 と同様 に会 員 数 の 多 い 神 戸 市, 大 阪 市 で もその 数 が 減 少 して い る。 一 方, 尼 崎 市 を除 く阪 神 広 域 行 政 圏 の諸 都 市, さ ら に はそ れ 以 外 の近 畿 諸 都 市 の世 帯 数 は漸 増 して お り, 関 東 へ の広 域 的 な移 動 も見 受 け られ る。 江 石 出身 者 は まず 尼 崎 市 の 「集 住 地 区」 や神 戸 ・大 阪 市 に集 中 し, 時 と と もに ミ クロ ・マ ク ロ両 スケ ール で の分 散 居 住 に転 じた もの と考 え られ る。 なお, 江 石 な い し九 州 に帰 郷 した 会 員 も増 加 して い る。 さ て, 江 石 会 の 設 立 を考 え る上 で 「集 住 地 区」 は 重 要 な場 所 とな る。1960年 代 以 前 の 「集 住 地 区」 を見 るた め, 京 阪神 都 市 へ の移 住 時 と 江 石 会 設 立 時 (1967年) に お け る尼 崎 市 内 の 居 住 地 を示 す (第2図, 第3図)。 第2図 で は1950年 代 に移 住 した16人 (●で表 記) に注 目す る と, 本 庁 地 区 内 の 国 道2号 線 以 南 に7人 が 居住 して お り, 16人 全 員 の居 住 地 も 同 地 区 を 中心 と した 比 較 的狭 域 に 位 置 す る。 1950年 代 以 前 の 「集 住 地 区」 の重 心 は 第1図 の そ れ よ り も南 方 で あ った 可 能性 が 高 い。 一 方, 第3表 鹿児 島県江石会会員 の居住地 注: 表中の値は会員世帯数 を表す。「上記以外 の近畿」 は尼崎市か ら三田市の会員数 を除いた近畿地方諸都 市の会員数合計 を, 九州は江石の世帯数 を除いた値 を示す。 資料:『鹿児 島県江石 会会員 名簿』, 各年分。 第1図 尼 崎 市 の6地 区 と鹿 児 島県 江 石 会 会 員 の 居 住 地 (1996年) 資料:『鹿児 島県江石会会員名簿』, 1996年。 a 阪急神戸線 b 名神高速道路 c JR東 海道線 d 国道2号 線 A 尾 浜 B 東難波 e 阪神本線 f 国道43号線 g JR福 知 山線 57)「 集 住 地 区 」 の 形 成 要 因 と して は, 連 鎖 移 住 の 結 果 と い う以 外 に も経 済 的 理 由 に よ る セ グ リゲ ー シ ョ ンな どが 考 え られ る。 しか し本稿 で は そ れ らの要 因 につ いて 詳 細 に扱 う こ と は しな い。

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458 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) 1960年 以 降 の移 住 者 (9人, ▲で表記) の 最 初 の 居 住 地 はす べ て 国 道2号 線 以 北 で あ る。 江 石 会 設 立 時 に お け る居 住 地 を示 した 第3図 か ら は, や は り2つ の異 な った 傾 向 が 見 られ る。1つ は 居 住 地 が 移 住 時 よ りも広 域 化 した こ とで あ り, 特 に1950年 代 の 移住 者 に はそ れ が 当 て は ま る。 い ま1つ は東 難 波 (7人), 尾 浜 (5人) へ の 集 中が 明 確 に な った こ とで あ り, そ れ だ けで 同 図 に お け る尼 崎 市 居 住 者 (24人) の 半 数 を 占 め る。 江 石 会 が 設 立 され た 当 時 の 「集住 地 区」 は第1 図 の そ れ と ほぼ 同 範 囲 にあ った もの と推 定 され る。 さ ら に第1表 で は早 い 時期 の項 目ほ ど尼 崎 市 居住 者 数 が 多 くな って お り, 1960年 代 以 前 の 「集 住 地 区 」 の居 住 者 は 第1図 の そ れ よ り も多 か った こ とが予 想 され る。 しか し第1表 で は尼 崎市 内 で の地 区 間移 動 や 京 阪 神 都 市 間 で の 移 動, No. 2の よ うな 遠 隔 地 へ の移 動 も同 時 に確 認 され, こ こで も居 住 地 の 分散 ・広 域 化 が改 め て理 解 され る。38人 の 回答 者 は京 阪神 都 市 へ の移 住 後 に少 な く と も1回 以 上 転 居 して お り, 転 居 回 数 (概数) の 平 均 は 4.6回 で あ っ た。 (3) 移 住 後 の職 業 移住 後 の 職業 は ど うで あ ろ うか。 江 石 出 身者 の初 職 お よび 最初 の転 職 に お け る 職 業 は い ず れ も生 産 工 程 が 大 半 で あ り (第4表), 職 場 と して は従 業 員 数 が1,000人 以 上 の民 間 企 業 が も っ と も多 い (第5表)。 初 職 先 の規 模 は転 職経 験 の有 無 に も影 響 し, 従 業 員 数 が相 対 的 に少 な い企 業 の場 合 に は転 職 傾 向が 強 くな る。 最 初 の転 職 先 で あ る企 業 は初 職 先 と同 等 か そ れ以 上 の規 模 で あ る こ とが 多 く, 転 職 先 と して 挙 げ られ た企 業 の 規 模 も1,000人 以 上 の ものが 最 多 とな って い る。38人 の うち転 職 経 験 の な い者 は17人, 転 職 経 験 者 は21人 で あ り, 転 職 回数 は1回10人, 2回4人, 3回3人, 4回 3人, 7回1人 で あ っ た。 初 職 先 の所 在 地 は尼 崎 市 が 最 多 で あ り, 大 阪 市 が こ れ に続 く (第6表)。 ま た転 職 経 験 者21人 の う ち, 最 初 の転 職 先 の所 在 地 が 初 職 先 の そ れ と同 じな の は尼 崎 市 の3人 お よ び大 阪 市 の6人 第2図 移 住 時 の 居 住 地 聞き取 り, アンケ ー トによ り作成。 ● ∼1959 ▲ 1960∼ 移 住 年 第3図 江 石 会 設 立 時 (1967年) の居 住 地 聞き取 り, アンケー トによ り作成。 ● ∼1959 ▲ 1960∼ 移 住 年

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-34-高 度成 長 期 に お け る出郷 者 の都 市 生 活 と 同郷 団 体 (山 口) 459 の計9人 で あ る。 残 りの12人 は他 市 に立 地 す る 58) 企 業 に転 職 して お り, 都 市 間 の居 住 地 移 動 と も 無 関係 で は な い と思 わ れ る。 就 業 先 は就 職 情 報 を もた らす 人物 や 機 関, す な わ ち就 職 チ ャネ ル に も影 響 さ れ る (第7表)。 連 鎖 移 住 の1要 素 で もあ る初 職 チ ャネル は親 戚, 親 ・兄 弟 が 多 く (22人), こ れ に 江 石 お よ び 甑 島 出 身者 を加 え た27人 (71.1%) が 血 縁 ・地 縁 関係 者 に よ っ て移 住 後 の初 職 を見 出 して い る。 新 聞 ・チ ラ シ ・就 職 情 報 誌 とい っ た就 職 関 連 メ デ ィ ア で 初 職 を 得 た 者 も5人 お り, う ち3人 (No. 11, 26, 36) は 自治 体 職 員, 1人 は後 に 大 阪 第4表 移 住 後 の職 業 (単位: 人) (聞 き取 り ・ア ン ケ ー トに よ り作 成) 注) カ ッコ内 は当 該 項 目の 計 に 対 す る割 合 (%) を表 す。 ア ン ケ ー トで 回 答 の なか った 項 目 (サ ー ビ ス職 ・管 理 職) は省 略 した。 第5表 職 場 の 従 業 員 数 (初 職 ・最 初 の 転 職) (単 位: 人) (聞 き取 りお よ び ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) 表 中 のA∼Hは 初 職 お よ び最 初 の転 職 先 の従 業 員 数 を示 し, そ の 内 容 は 次 の 通 りで あ る。A: 従 業 員 1,000人 以 上 の 民 間 企 業/B: 従 業 員500∼999人 の 民 間企 業/C: 従 業 員100∼499人 の 民 間企 業/D: 従 業 員30∼99人 の 民 間 企 業/E: 従 業 員6∼29人 の 民 間 企 業/F: 従 業 員5人 以 下 の 民 間 企 業/G: 官 公 庁 お よ び公 共 事 業 体/H: そ の 他 (こ こ で は2例 と も大 工)。 同一 企 業 の勤 務 者 間で ア ンケ ー トにお け る回 答 が 異 な る例 が あ っ たが, こ こで は回 答 通 りに集 計 した。 第6表 移 住 後 の就 業 先 の所 在 地 (単位: 人) (聞 き取 りお よ び ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) カ ッ コ内 は 計 に対 す る割 合 (%) を表 す。 第7表 移住 後 の就 職 情 報 チ ャネ ル (単位: 人) (聞 き取 りお よ び ア ン ケ ー トに よ り作 成) 注) カ ッ コ内 は 計 に 対 す る 割 合 (%) を表 す。 就 職 情 報 メ デ ィア とは新 聞 ・チ ラシ ・就 職情 報 誌 を指 す。 58) ここで興味深いのは, 初職先の所在地 として尼崎市 を挙 げた22人の うち転職経験者 は6人 であ り, 大阪市 を挙 げた11人 はすべて転職 を経験 している ことである。こ うした相 違は両市 に立 地する初職先企業の規模 の違 いが影響す ると思 われ る。 尼崎市 と大阪市で は, 前者に立地する初職先企業の方が相対 的に従 業員数が多か った。

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-35-460 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) 市 で 開 業 医 とな るNo. 6で あ る。 ア ンケ ー トで は勤 務 先 の企 業 名 は任 意 回答 と した が, 初 職 先 と して はSベ ー ク ラ イ ト (園 田 地 区, No. 14, 27, 31, 32) やA硝 子 (本 庁地 区, No. 4, 8, 20) が 多 く な っ て い る。Sベ ー ク ラ イ トはNo. 2の 兄 とNo. 32の お じが1951年 に入 社 して 以 来, 縁 故 と会 社 に よ る募 集 の双 方 に よ り江 石 出身 者 が 最 高 で17人 に ま で増 加 した。A 硝 子 に つ い て は, 子 会 社 を含 め る と江 石 出 身者 が 最 大 で50人 程 度 い た と さ れ る。 他 にN油 脂 (大庄地 区, No. 34), S金 属 工 業 (本庁地 区, No. 15), K製 鋼 (神戸市灘 区) な ど も江 石 出 身 者 の 多 い 企 業 と され る。 ア ンケ ー ト回答 者32人 中11 人 は, 兄弟, 親族, 江 石 お よ び甑 島 出 身者 に対 して, 自 らの職 場 へ の就 職 を世 話 した こ とが あ る とい う。 その 具 体 例 と して兄 弟 で あ るNo. 1, 10, 17を 挙 げ る。No. 1は 大 阪 市 内 に あ っ た親 戚 の経 営 す るゴ ム会 社 に1944年 に就 職 し, 最 初 の居 住 地 も親 戚 宅 で あ った。1953年 に は大 阪 市 内 に あ っ たT工 業 の 求 人 案 内 を見 て 同社 に転 職 して い る。No. 10は 神 戸 市 の親 戚 宅 に移 住 し た 後 に公 共 職 業 安 定 所 を利 用 してM電 機 (園 田地 区) に 入 社 し, No. 17はNo. 10に よ っ て 同社 に就 職 した。 こ の兄 弟 は11人 お り, そ の う ちNo. 1を 含 む3人 がT工 業, No. 10, 17を 含 む3人 がM電 機 に就 職 して い る。 一方, 最 初 の転 職 に お け るチ ャネ ル は江 石 出 身者 が 最 多 とな って お り, 就 業 先 の選 択 肢 を拡 大す る た め に地 縁 関係 者 が 利 用 され た もの と し て興 味 深 い。 しか し地 縁 ・血 縁 関 係 者 を挙 げ た 者 の 割 合 は 初 職 の そ れ よ り も低 下 して い る (42.9%)。 具 体 的 に は次 の よ う な 例 が あ る。 No. 12は 尼 崎 市 内 に あ っ た 企 業 の 募 集 人 に よ っ て友 人4人 と と もに 出郷 した。 しか し労 働 条 件 が 悪 か っ た た め, Sベ ー ク ラ イ トに勤 務 して い た 同郷 の友 人 の紹 介 に よ り, 出郷 後3ヶ 月 程 度 で 同 社 に 入社 して い る。 同社 に は親戚 の紹 介 に よ ってNo. 2も 転 職 して い る。 一 方, 就 職 関 連 メデ ィ ア を利 用 して 自 ら職 を見 出 した者 や, 自 ら起 業 した 者 も3例 ず つ 見 られ る。2回 以 上 の 転 職 を経験 した11人 につ い て は, そ の 時 々 の チ ャ ネル や 就 業 先 が い か な る もの で あ った か は 不 明 で あ る。 同 郷 者 を頼 る こ と もあ れ ば 自 ら職 を見 出 す こ と もあ り, そ の 中 で 就 業先 が少 しず つ 分 散 し, そ れ に と も な う居 住 地 移動 もあ っ た と推 測 され る。 居 住 地 移 動 に関 して は, 工 場 ・ 社 宅 の 移 転 に と もな って 大 阪 市 か ら伊 丹 市 へ 転 居 したNo. 1や 企 業 内 の 配 置 転 業換 に よっ て他 府 県 に移 動 したNo. 2, No. 10の よ う な例 もあ る。 A硝 子 は1970年 代 以 降 に尼 崎 工 場 の 規 模 を縮 小 し, 茨 城 県 や 愛 知 県 な どの 新 工 場へ 機 能 を移 転 した た め, そ れ に と もな う江 石 出 身社 員 の転 59) 居 も見 られ た とい う。 同 郷 者 の チ ェ ー ン は尼 崎 市 内 に形 成 され た 「集 住 地 区」, そ してA硝 子 やSベ ー ク ラ イ ト とい った 企 業 へ の 江 石 出 身 者 の 集 中 を もた ら し た。 しか しそ の 一 方 で 分 散 居 住 の 傾 向 や転 職 な ど に と も な う就 業 先 の 分 化 も確 認 され た。 特 に 尼 崎 市 内 に関 して は1950年 代 よ りも1960年 代 に 居 住 地 の 範 囲 が 広 域 化 して い る点 が 注 目 され る。 江 石 出 身 者 の 大 半 は生 産 工 程 従 事 者 で あ り, 高 度 成 長 期 にお け る就 業 時 間 の 増 加 な ど を経 験 し た 者 が い た こ と も予 想 され る。 次 章 で は勤 務 体 制 と住 宅 用 電 話 の 設 置 年 次 を示 し,「 集 住 地 区」 な ど にお け る同 郷 者 関 係 を見 た 上 で, そ れ ら と 江 石 会 の 設 立 との 関 係 につ い て 考 え て み た い。 IV 同郷 者 関 係 と同郷 団体 の設 立 まず, 江 石 会 設 立 の 翌 年 に神 戸 市居 住 者 が記 した 文 章 を一 部 示 して み よ う。 お 互 い が 毎 日の 生 活 に追 わ れ, 会 い た くて も時 間 が な く, 一 部 の 便 通 の み で 互 い の安 59) 大 園 利 男 氏 か らの 聞 き取 りに よる。

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高 度 成 長 期 に お け る 出郷 者 の都 市 生 活 と同 郷 団 体 (山 口) 461 否 を気 づ か う程 度 で したが, 斯 る江 石 会 が 発 足 した こ とは, ま こ とに心 強 くもあ り, 一種 の ホ ー ム シ ック を解 消 す る に充 分 な る も の が あ り ま す (『江 石 会 新 聞』 創 刊 号, 1968)。 同 郷 者 が 日常 的 に会 え な か っ た こ と, 同郷 者 と の 連 絡 に郵便 物 が 使 わ れ て い た こ と, これが 重 要 な 点 とな る。 (1) 勤 務 体 制 同郷 者 との 日常 的 な 関係 の維 持 を困難 にす る1つ の要 因 と して勤 務 体 制 の相 違 が 考 え ら れ る。 た と え ばNo. 13が1966年 に 転 職 ・入 社 したN工 業 (本庁地 区) は, 出勤 日 と休 日が順 に5日, 2日, 5日, 1日, 5日, 2日 とな って お り, そ れが 繰 り返 さ れ る とい う 60) 連続 操 業3交 替 制 で あ っ た。 こ の よ うな勤 務 体 制 の場 合, 昼 勤 で 日曜 日が 週 休 で あ る よ うな企 業 の勤 務 者 と会 う こ とは 困難 で あ る。 こ こ で は ア ンケ ー ト回答 者 の うち, 1967年 以 前 に京 阪 神 都 市 で就 業 して い た26人 を対 象 と し, 移 住 時 お よ び1967年 の勤 務 体 制 と週 休 (休 日) 制 につ い て 見 て み た い (第8表, 第9表)。 26人 の うち移 住 時 に昼 勤 だ っ た者 は15人, 交 替 制 勤 務 者 は11人 で あ っ た。1967年 に な る と昼 勤 は11人 に減 少 し, 交 替 制 が14人 に増 加 して い る。 これ は高 度 成 長 期 に見 られ た 交 替 制 の増 加 61) 傾 向 と一 致 す る。2つ の時 期 で 勤 務 体 制 が 変 わ っ た者 の うち, 昼 勤 か ら3交 替 に移 行 した3人 は労 働 強 度 が 上 昇 し, 2交 替 か ら3交 替 に 移行 した2人 はそ れ が や や 低 下 した こ と にな る。 た とえ ばNo. 3の 初 職 先 で あ るO重 工 業 (大阪市 大正 区) は, 1951年 に 来 住 した 当初 は2交 替 で あ り, 半 年 後 に は3交 替 に変 わ った。 これ に よ って 身 体 的 に は楽 に な っ た もの の, 最初 の住 居 で あ った 姉 宅 か らの 通 勤 が 難 し くな り, 同社 の 寮 に移 っ た とい う。No. 3は 出 郷 か ら2年 後 に 帰 郷 し, さ らに1年 後, 神 戸 市 に再 出 郷 した と きの 就 業 先 は2交 替 で あ った。No. 12に つ い て は, 初 職 先 は2交 替 で あ り, 転 職 先 のSベ ー ク ラ イ トは3交 替 で あ った。 しか し交 替 制 に は様 々 な形 態 が あ る。No. 12に よれ ば, Sベ ー ク ラ イ トで は 「週 休3交 替」と 「連 続 (操業) 3交 替 」 の 双 方 が 状 況 に応 じて 使 い 分 け られ て い た。 前 者 が 基 本 と な って い た が, 高 い生 産性 が 要 求 され る時 に は後 者 に切 り換 え られ た。 後 者 で は休 日が 不 定 期 と な り, 祭 日 もな か った。 第9表 は こ う した 週 休 (休 日) 制 の 変 化 を示 して い る。 同 表 の 「そ の 他」 は, 休 日は 定期 的 だ が 週 休 制 で は な いNo. 13の よ うな 例 を指 す。 2つ の 時 期 にお い て 「不 定 期」 と 「そ の他 」 が 第8表 勤 務 体 制 の変 化 (移住 時 ・1967年) (単位: 人) (ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) カ ッコ内 は移 住 時 ・1967年 にお け る当 該 項 目の 該 当 者 数 を示 す。1967年 以 前 に京 阪 神 都 市 で 就 業 して い た 26人 を対 象 とす る。 第9表 週 休 (休 日) 制 の 変 化 (移 住 時 ・1967年) (単位: 人) (ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) 第8表 を参 照。 60) 連 続 操 業 とは製 造 工 程 の停 止 日を設 け な い操 業 形 態 を指 す。 そ の 結 果, 全 従 業 員 の 休 日 を同 一 日 に設 定 す る こ とは 不 可 能 と な る。 なおNo. 13に よ れ ば, 1980年 代 半 ば に は土 曜 日 ・日曜 日が週 休 と して 固定 さ れ た と い う。 61) 斎 藤 一 監 修 『交 替 制 勤 務 』, 労 働 科 学 研 究 所, 1979, 16頁。

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462 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) 3人 か ら6人 に増 加 した こ とは, 人数 こそ少 な い と は い え 重 要 で あ る。A硝 子 に 勤 務 して い たNo. 4は 次 の よ う に言 う。 休 日は 不 定 期 で あ り, そ れ は (交 替制 の) 各 組 の 中 で 決 め られ る。 休 日や非 番 の時 も ス クー ター に乗 った社 員 が 呼 び 出 しに来 て 出 社 しな け れ ば な らな い こ とが あ った。 特 に江 石 会 が設 立 され た 頃が もっ と も忙 し く, 呼 び 出 しは 月 に5, 6回 は あ っ た。 自分 の 勤 務 時 間 が終 わ っ て か ら も連 続 して働 か ね ば な らな い こ とが あ っ た。 もち ろ ん 江石 出 身者 のす べ てが こ う した勤 務 体 制 を経験 した訳 で は な い。 しか し交 替 制 勤 務 の 人 々, あ るい は休 日が 不 定 期 で時 間外 労 働 を お こな う人 々 は移 住 直 後 よ り も1967年 に お いて 増 加 して お り, そ れ に よっ て 日常 的 に接 触 で き な い 同郷 者 数 が 増 加 した こ と も十 分 考 え られ る。 特 に休 日が不 定 期 の 交 替 制 勤 務 者 の場 合,「 通 常 の 日曜 日や祝 祭 日に休 め な い な ど 日常 の家 庭 62) 生 活 や社 会 生 活 が 阻害 され る面 が 少 な くな い」。 A硝 子 やSベ ー ク ラ イ トの よ う な 江 石 出 身 者 の 多 い企 業 が 交 替 ・変 則 勤 務 体 制 を採 用 して い た こ と も注 目さ れ る。 (2) 住 宅 用 電 話 の 設 置 本 章 冒頭 の 神 戸 市 居 住 者 は 同郷 者 との連 絡 の た め に郵 便 物 を使 い, No. 4の 言 う 「呼 び 出 し」 は ス クー タ ー を利 用 して い た。1970年 代 以 前 で は住 宅 用 電 話 が 普 及 して い なか っ た ため で あ る。 江 石 出 身 者 に よれ ば 「高 度 成 長 の 時 期 で も, 我 々 出 郷 者 は今 程 裕 福 で 無 く, 自家 用 車 は もち ろん 電 話 さ え も各 家 63) 庭 に無 い 時 代 で あ っ た」。しか し電 話 が 各 家 庭 に設 置 され て い なか った の は同 時期 の 一 般 的 な 傾 向 で あ り, 出 郷 者 の 多 い 企 業 で は 「ふ る さ と 電 話 」 とい った 名 称 で 電 話 が 設 置 され る こ と も 64) あ った。 尼 崎 市 にお け る1960年 の 加 入 電話 数 は 12,971台 で あ り, こ の 数 字 は 同 年 の 総 世 帯 数 65) 101,854戸 の12.7%に し か な ら な い。 以 下, 1965年32,682台 (24.0%), 1970年90,132台 (55.6%), 1975年154,019台 (90.1%), 1980年 175,846台 (98.7%) と な っ て お り, 加 入 台 数 お よ び 普 及 率 の 上 昇 が 見 ら れ た。 こ こ で 江 石 出 身 者 に よ る住 宅 用 電 話 の 設 置 年 を 示 す (第10表)。 ア ン ケ ー トで は 電 話 の 設 置 年 に つ い て お よ そ の 年 次 を た ず ね た た め, 表 中 の 設 置 年 は 必 ず し も 正 確 な も の で は な く, 1965年 (昭和40年) が 特 に 多 く な っ て い る の も そ の た め だ と 思 わ れ る。 た だ し1967年 ま で に 電 話 を 設 置 し た 者 が32人 中19人 (59.4%) で あ っ た こ と は 66) 間違 い な い。 電 話 の 送 受信 に は そ の双 方 に電 話 が設 置 され て い な け れ ば な らな い こ と も勘 案 す れ ば, 江 石 会 設 立 以前 で は非 近 接 居 住 者 間 の 日 常 的 な 関係 は寸 断 され て い た可 能 性 が 高 い と考 第10表 住 宅 用 電 話 の 設 置 年 (単位: 人) (ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) カ ッコ内 は設 置 者 数 累 計 の総 計 に対 す る割 合 (%) を表 す。 62) 前 掲61) 46頁。 63)『 江 石 会 新 聞 』 第21号, 1988。 64)『 神 戸 製 鋼70年 』, 神 戸 製鋼 所, 1974, 80頁。 65) 加 入 電 話 の 数 値 は 「単 独 」, す な わ ち 「1人 の加 入 電 話 加 入 者 が, 1個 の 本 電 話 機 に よ り加 入 回線 を単 独 に 使 用 す る加 入 電話 」 の もの で あ る。 尼 崎 市 に お け る各 年 の加 入 電 話 数 お よ び総 世 帯 数 は,『 尼 崎 市 統 計 書』, 各 年 分, に よ る。 66) ア ンケ ー トに お い て, 電 話 の設 置 年 が 江 石 会 設 立 の前 後 いず れ で あ っ たか を 同時 に質 問 した こ と に よ る。

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高 度 成 長 期 に お け る 出郷 者 の都 市 生 活 と同 郷 団 体 (山 口) 463 え られ る。 (3) 居住 地 と同郷 者 関係 以 上 で は 同郷 者 関 係 に影 響 す る2つ の要 素 を示 した。 しか し 「集 住 地 区」内, あ るい は尼 崎 市 内 にお け る関係 が 緊 密 で あ った こ と は十 分予 想 され る。 江 石会 が 67) で き る以 前 で もNo. 30 (小 田地 区金楽 寺) は 同 郷 者 と 「毎 日の よ うに 会 って い た」し, No. 27 (尾 浜) も同 郷 者 と の 問 に 「頻 繁 に 行 き来 が あ っ た」。東 難 波 の 「K.A. 氏 宅 が 江 石 の 若 い モ 68) ンテ ー の寄 り合 い 場 所 」 に な って い た とい う話 もそ の1例 で あ る。 しか し別 の 例 もあ る。No. 12は 江 石 会 設 立 時 に は 大庄 地 区 に住 んで お り, 同 地 区 内 の近 隣 に は弟 もい たが,「 弟 と は江 石 会 の 運 動 会 や盆 や 法 事 で しか 会 わ なか っ た」。 尾 浜 に居 住 して い たNo. 32も 次 の よ う に言 う。 江 石 会 が で きて い な か っ た ら江 石 の人 が ど こ に住 ん で い る の か わ か らな か っ た。 つ き 合 い もな か っ た。 会 社 に行 っ た り来 た りで 忙 しか っ たか ら, (自宅 か ら) 100mほ ど し か離 れ て い な い 良 く知 っ た 人 で も普 段 会 う こ と は な か っ た。 た だ し同 じ会 社 (Sベ ー ク ライ ト) の 同郷 者 と は会 社 の 内外 で のつ き合 い が あ った。 この よ う に近接 居 住 す る同郷 者 間 の 関係 は必 ず しも密 接 で な か った。 また, 江 石 会 の設 立 に 際 して 同 郷 者 を把握 す る作 業 は容 易 で はな く, あ る江 石 出 身 者 は 「(同郷 者の把握 の) 少 しの手 助 け にで もなれ ば と休 日 は もち ろ ん, 仕事 帰 りに 夜 遅 く尋 ね て」 歩 き回 り,「 夜 遅 い の に (他 の 同郷者 の) 家 迄 案 内 して くれ る 人。 道 順 を メ モ 69) して 下 さ る方 」 が い た と記 して い る。 この 江 石 出身 者 が 多 忙 で あ っ た こ と, 同 郷 者 の 居 住 地 を 70) 知 らなか っ た こ とが 理 解 され る。 さ ら に同 級 生 の動 向 も不 明 な こ とが し ば しば あ った。 「学 窓 を巣 立 って 幾 星 霜, 風 の便 りに 聞い た (小学校 71) の同級生で ある) 彼 女 の住 所 は我 が 近 くだ った」。 挙 家 離 村 に よ っ て 出郷 した高 齢 者 も, 江 石 会 設 立 以 前 に は 「近 くに住 ん で い る」 同郷 者 と は 無 縁 な都 市 生 活 を送 って い た。 都 会 に生 活 を求 め て郷 里 を後 に した人 達 が, ど ん どん 増 え つ づ け, (昭和) 40年 頃 に は 遂 に郷 里 江 石 の 人 口過 半 数 を越 す 人 が 出郷 す る に至 りま した。 ご承 知 の通 り, 家 族 ぐ るみ の 引越 し とな り, …都 会 の生 活 と云 え ば, 現在 は もち ろん で す が, 私 た ちが 出郷 した 当 時 も ほ とん どの 家庭 が 共 稼 ぎ しな け れ ば生 活 で き ませ んで した。 働 く者 が仕 事 に 出か け たあ と馴 れ ない 都 会 で さび し く留 守 番 しなが ら暮 ら さ な けれ ば な らな い お 年 寄 …だ れ だれ さ んが 近 くに住 んで い るそ う だ け ど, 遊 び に行 きた くて も一 歩 外 へ 出 る と東 か西 か さ え もわ か らな い。 これ で は 自 分 た ちで 集 ま り合 うこ とは無 理。 そ ん な こ とで, さ び しい生 活 を送 っ て い る (『江石会 新 聞』第9号, 1976)。 江 石 出 身者 の 同郷 者 関係 は次 の言 葉 に集 約 さ れ る。 「会 が 発 足 す る以 前 は 出 郷 者 の大 半 が 極 く限 られ た方 以 外 は た だ風 の便 りに噂 を 聞 く し 72) か あ りませ ん で した」。 こ う した 同郷 者 との 関係 につ い て, 社 会 学 に お け る ネ ッ トワー ク研 究 の手 法 を援 用 して見 て み た い。 ア ンケ ー トで は 同 郷者 と して兄 弟, 親 戚 お よび 同 郷 の 友 人 を対 象 と し, そ れ ぞ れ の該 当 者 の 中 で も っ と も近 距 離 に居 住 す る者 と 「1 週 間 に1度 以 上 会 う機 会」 が あ った か否 か を た ず ね た。 同 郷 の 友 人 は 「同 級 生 な どで職 場 の異 67) 1984年 まで は 国 鉄尼 崎 港線 の駅 が あ っ た。 金楽 寺 に は1996年 で も6世 帯 の江 石 会 会 員が 居 住 す る。 68)『 江 石 会 新 聞』創 刊 号, 1968。 「モ ンテ ー」 とは 「仲 間, グ ル ー プ の こ と。 『門庭 』 とい う古 語。 『門弟 』 で は な い」。上 甑 村 郷土 史編 集 委 員 会編 『上 甑 村郷 土 史』, 上 甑 村, 1980, 302頁。 69)『 江 石 会 新 聞 』第21号, 1988。 70) また, 設 立 の 際 に は 「郷 里 の役 場 の住 民 移 動 通 知 届 を参 照 して連 絡 を と りあ っ た」 と も され る。 前 掲21) 69頁。 71) 大 園利 男 『甑 島 ・そ の 土 と民 <わ た く しの生 活 と意 見>』, 自 費 出版, 1981, 263頁。 72)『 江 石 会 新 聞 』第21号, 1988。

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464 人 文 地 理 第50巻 第5号 (1998) な る友 人」と した。 そ の関 係 が 同 郷 団 体 の設 立 と も っ と も大 きな 関 わ りが あ る と考 え た た めで あ る。距 離 につ い て は 同居, 近 隣, 町 内会 な い し小 学校 区, 同一 市 内, 隣接 市 内, 京 阪神 都 市 73) 内 とい う項 目 を設 け, 時 期 は移 住 時, 1967年, 74) 1997年 と した。 そ の結 果 が 第11表 で あ る。 兄 弟 につ い て は移 住 時, 1967年 と もに週 に1 度 以 上 会 う機 会 が あ った とす る 回 答者 が 多 数 を 占 め る。 同 居 や 近 隣 に居住 す る兄 弟 が 多 か った だ けで な く, 隣接 都 市 に居 住 す る兄 弟 で あ って も 「機 会 が あ った 」 とす る者 が か な りい る。 そ れ は親 戚 も同様 で あ る。 非 近 接 居 住 者 と会 う機 会 が あ っ た とい う例 の多 くは職 場 の一 致 に よ る もの と思 わ れ る。 しか し親 戚 と会 う機 会 を持 っ て い た者 は1967年 に な る とか な り減 少 す る。 一 方, 職場 の異 な る同郷 の 友 人 は移住 時, 1967年 と も に近接 居 住 者 が 少 な く, 同 一 市 内 に居 住 し て い て も週1度 以 上 会 う者 は限 られ て い た。 な お, 1997年 で は兄 弟 や 親 戚 と週 に1度 以 上 会 う とい う回 答 者 も大 き く減 って い る。 「定 年 以 降 は年 に何 回で も江 石 の人 と会 え る 日が 欲 しい」 75) とい うNo. 5の 言 葉 に は, こ う した 同 郷者 関係 が反 映 さ れ た もの と考 え られ る。 (4) 同窓 会 と同郷 団体 職 場 の異 な る 同郷 の 友 人 は移 住 直 後 よ り近接 居 住 して お らず, 日常 的 な つ き合 い も少 な か った。 ア ラ ン も言 う よ う に 「た い て い の 友情 で も っ と も中 心 的 テ ー マ を なす の は, (生活上 の) サ ー ビス や 長期 の援 助 で は な く, 交 際 と愉 しみ 」 で あ り, 友 人 関係 は 日 76) 常 生 活 にお い て 必 ず し も重 要 と は言 え ない。 し 第11表 もっ と も近 距 離 に居 住 す る同 郷 者 の 居 住 地 お よび 該 当 者 と1週 間 に1度 以 上 会 う機 会 (単位: 人) 兄 弟 親 戚 (お じ ・お ば ・い と こ) 同郷 の友 人 (学校 の同級生 などで職場 の異 なる友 人) (ア ンケ ー トに よ り作 成) 注) 表 中 の 「距 離 」2は次 の 通 りで あ る。A: 同 居/B: 近 隣 (該 当者 の居 住 地 が 徒 歩 約1分 な い し約100m以 内 の場 合)/ C: 町 内 会 な い し小 学 校 区 内/D: 同一 市 内/E: 隣 接 市 内/F: 京 阪 神 内。1967年 につ い て は, ア ン ケ ー トの 対 象 者32 名 か ら当 時京 阪神 に居 住 して い なか っ た3名 を 除 く29名 を対 象 とす る。 73) これ は 大 谷 が 用 い た 「距 離 」 の 区 分 に 若 干 の 修 正 を加 え た もの で あ る。 前 掲36) 102-103頁。 74) 第12表 で は無 回 答 (NA) が 相 当 数 見 られ るが, これ は ア ン ケ ー トの 項 目に 京 阪 神 都 市 外 な い し該 当 者 な しとい う項 目 を設 けな か った た め だ と思 わ れ る。 特 に 移 住 時 の 兄弟 との 関係 につ い て そ れ が 多 くな って い る の は, 兄弟 の 中 で 回答 者 自 身 が 最 初 に京 阪 神 に移 住 した 例 が 多 か った た め で あ ろ う。 75) ア ンケ ー トにお け る 自由 回 答 欄 に よる。 76) ア ラ ン (仲 村 祥 一 ・細 辻 恵 子 訳)『 友 情 の社 会 学 』, 世 界 思 想 社, 1993, 194頁。

参照

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