日本における装飾品"コサージュ"の社会的位置づけ
の研究
著者
徳山 孝子
雑誌名
生活科学論叢
巻
42
ページ
55-62
発行年
2011-03-03
URL
http://doi.org/10.14946/00001657
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止日本における装飾品 コサージュ の
社会的位置づけの研究
徳 山 孝 子
1. はじめに
私たちの身の回りにはコサージュだけでなく多くの装飾品があり、ファッションの一部になって いる。筆者は、今までの装飾品の研究にスパンコール1)、ガラスビーズ2)、模造真珠3)、装身具4)、 羽根飾り5)、ブーケ6)をした。ここでは、装飾品のなかのコサージュについて研究する。 日本のコサージュに関する研究は、記録がないため辞書や事典からコサージュの変遷を読み解く 事にした。しかしながら、辞書や事典7)∼ 12)に記述している内容は、多くが 衣服の胸、肩の部分 に付ける花飾りのこと とあり、日本のコサージュの変遷を確認する事が出来なかった。辞書や事 典の表記では、コーサージ、コルサージ、コサージと記されているが、ここでは同じ意味と解釈し てコサージュと表わすことにする。コサージュの語源となる、コルサージュ【corsage】を調べた。『THE OXFORD ENGLISH DICTIONARY SECOND EDITION VOLUME Ⅲ』13)によると、1481 年∼ 1658 年頃は からだつき
1510 年∼ 1600 年頃は 胴体 1843 年頃には 婦人の胴衣 という意味で用いられていた。アメリカ の小説家の H.S.Harrison(1880 ∼ 1930)の小説『Queed』に …on her rounded breast… a splendid corsage orchid and lily-of-the-valley.…という下りがあり、1911 年には corsage 婦人が 腰から上につける小さな花束の総称 として使われていることがわかり、この意味から使われるよ うになって約 100 年しか経っていないことがわかった。しかし、日本にコサージュという言葉がい つ使われるようになったのかは、はっきりとわからなかった。 そこで、雑誌や書籍からコサージュ、造花、フラワーアレンジなどの言葉をピックアップし、社 会的背景から使われはじめた時期を推測し、装飾品としてコサージュを付ける意味を明らかにする ことを目的とした。
2. コサージュという言葉の社会的背景
旧皇族・華族の写真を集めた『日本の肖像』14)のなかに明治時代の洋装写真にコサージュのよう なものが見られた(写真 1)が、当時は、どのように呼ばれていたのか記録がなかった。昭和 9 年の雑誌「ファッション」15)では、…ピケで作っ た花を胸に飾ります。…と記されていた。昭和 10 年の雑誌「婦人画報」16)では、…これは、 シルヴァグレイの陽柳サテンにブラックの造 花を大量にあしらって色彩の不足を補いまし た。…(中略)…衿元も丸くあけ、肩へつけた 花も、どことなく和やかな感じのあふれたス エッターです。…という二文から考えると 造 花 と 花 は同じ意味で使われていることが わかった。昭和 12 年の雑誌「ファッション」17) では、生花は花の名前を直接使って カーネー ション と記され、昭和 13 年の雑誌「スタイ ル」18)では 山百合 の花名で表現された。生 花に関しては、花の名前を使用していたことが わかった。 昭和 20 年代は、昭和 10 年代と同様、花 造 花 が使用されていた。昭和 24 年の雑誌「ス タイル」19)には、…パーティーの夜のために飾っ た胸の造花で、ぐんと華やかになってゐます。 … (中略) … 生きた花を髪やドレスに飾 ることなんです。今までアメリカでは、パー ティーや訪問の華やかな盛装には、必ず造花を 使ってデコレーションを作りましたけれど… と記され、今までアメリカでは、造花を使って装飾 してきたが、生花を髪やドレスに飾る傾向が強まりはじめ、アメリカの生花や造花の使われ方が少 なからず日本に影響を与えたと考えられる。 昭和 30 年代は『20 世紀日本のファッション』20)において 造花のブローチ 等、造花という言 葉が多く表現された。その中で昭和 33 年に発行された『造花―その技術と応用―』21)には、コサー ジュという言葉が初めて記載され、造花とコサージュが同じ意味で区別することなく使われるよう になった。しかしながら『流行【衣・食・住】』22)、『アクセサリィ手帖』23)など、造花という記述 が多く、コサージュという言葉が少なかった。 日本でコサージュが使われるようになったのは、昭和 40 年頃にあると推測できる。昭和 41 年の 『現代ホーム百科事典』24)にはコサージュの言葉のあとに、胸や肩につける小さな花束と説明が付 いていた。このことからコサージュは、一般的に使用していた言葉ではなく、コサージュの説明が 必要な時期と捉え、日常生活に浸透し始める頃と考えられる。…生花をコサージにし、胸、あるい 写真 1 「智恵君様」の明治 20 年前後のバッスル・ ドレス 皇族妃になった人には「君」の敬称がつけられた。
はベルトのところに飾ってアクセサリーにするのもよい。… (中略) …コサージは衣服のえり、胸、 ウエストなどに生花をアクセサリーとして飾るもの…25)と記され、コサージュと造花とを使い分け て記していた。昭和 42 年の『主婦の友 実用百科事典』26)では、… 造花:自然の花になぞらえ て人間が布、皮、紙その他で作った花のこと。[用途・デザイン]コサージ、髪飾り…。昭和 47 年 の『マミ川崎 フラワーデザイン全集』27)には…日本ではコーサージも実用化の中でたいそう少な いパーセンテージしか占めていないことがわかります。… (中略)… 1970 年代のフラワーデザ インは少なくとも、なまの花と、アーティフィシャル28)の花との 2 本立ての時代です。…とコサー ジュは事典に示されているものの社会的にはコサージュの使用が少なかったようである。『20 世紀 日本のファッション』29)では、…昭和 30 年代になるとオリジナルの造花のブローチやヘアーアク セサリーの販売に力を入れていきました。…と記されていた。が、結果として販売促進したにも関 わらず、社会的には反響が少なかったと考えられる。 同時期には、…いつのころから、生花を挿すのは、不吉というようになったのは、しぼむから、 きたなくなるからです。そこで、花に似せた造花をつくり、好きな場所に挿して飾るのです。…30) とある。これは、花が枯れていく様を人の生命となぞっているのではないだろうか。そのため、枯 れる生花よりも永遠に美しいままの造花の方がもてはやされたと考えられる。『マミ川崎 フラワー デザイン全集』31)には生花についてのとらえ方が記されていた。…このコーサージなるものが、「花 がかわいそう」ということで敬遠されがちだったこともいなめません。「首を切ったり、花びらをば らばらにするなんて…」という気持ちです。このことは、目的がはっきりしているのにもかかわらず、 自然を大切に思い、自然を崇拝してきた日本人にとっては、なかなか心の切りかえができなかった ようです。なまの花が、あまりにも尊く、すばらしいものであるゆえに、ばらばらにするコーサー ジには使いかねるというところだったのではないかという気がします。…とある。このような、花 をばらばらにしたり、ワイヤーなどで形作ったりしたコサージュは、生花そのものを美しいと思う 日本人にとって、自然を大切にする気持ちが働き、生花のコサージュが敬遠されたのであろう。洋 装には、生花ではなく造花としてのコサージュが浸透していくきっかけにもなったと考えられる。 昭和 50 年の雑誌「婦人画報」32)では、…まっ白なコサージュを胸元にあしらって、上品なアク セントに。…、昭和 53 年の『新版・新家庭百科事典』33)には、…ドレスによってはリボンやコーサー ジを使用し、ヘアスタイルをはなやかにします。…昭和 60 年の雑誌「婦人画報」34)では、…コサー ジやレースの手袋を合わせて、ロマンティックな着こなしを…とあるように昭和 50 年代以降からは、 コサージュという呼名を使用する頻度が多くなり、造花という言葉の記載が少なくなり始めた。意 味は、生花、造花、コサージュともに「腰から上につける花飾り」であった。昭和 60 年以降は、造 花を含めコサージュで表現するようになった。21 世紀に入り一般的には、生花とコサージュの 2 語 で表現されるようになった。が、生花、造花を含め「腰から上につける花飾り」すべてをコサージュ と言う場合もあった。近年では、ファッションリーダーと言われている歌手の浜崎あゆみがコサー ジュを身に着けたことで流行したとも言われている。
3. 装飾品としてコサージュをつける意味
この章では、コサージュのつける意味をおしゃれのポイントやマナーからまとめた。明治時代、 紋の付いた留袖の胸に花が付いている図像があった35)(写真 2)。その写真は、結婚式が終わり、集 合写真の風景である。新婦はウェディングドレスを着ていたため、洋式スタイルとして和服にコサー ジュを付けたのであろう。現在では、着物にコサージュを付けることはほとんどない。が、当時は、 洋装文化も浅く、着物にも関わらず夜会や礼服の胸にコサージュを着けたのと同じように着物にも コサージュを付けたと考えられる。 昭和初期には、洋服の流行や TPO などの作法について「教本」となる雑誌「ファッション」や「ス タイル」が創刊された。「スタイル」36)のなかには、おしゃれのポイントやマナーのコーナーが設 けられ、そこには…アクセントをつけるため花をつけるとよい… (中略)… 一筆別色のタッチが あれば表情が生まれます…とある。コサージュによって、配色についてのアクセントを作ることが 記されていた。アクセントは、ファッションデザインや色彩において、アクセントカラー(強調色) としてデザインの調和に欠かせないものとなっていた。さらに、…服のまとまりのないところにつ けたり、自分自身の身体の貧弱なところにつけて欠点を目立たなくしたという役割だった。…37)と 体型を意識してコーディネートしている様子が伺われる。この時期は、コサージュを晴れ着だけで はなく普段着にも取り入れられ、…胸の深い V ネックの縁取りはジョーゼットのピンクの残り布、 そしてその布で小さな花束を二つ、肩とウエイストに付けて華やかな感じを生じました…38)、ある いは、…室内着のスエッターのどこかに花を飾り付けたいとお思ひにはなりませんか。革の花も、 写真 2 撮影時・場所とも不明だが女性たちがいずれも紋付の胸に花をつけて居並ぶさま。 中央でネットの帽子を被っているのが智恵子妃 (明治末年頃)布やリボンの花も適しくありません。残りの毛糸を利用して、あなたのスエッターに、しっくりし たものを作ってみませう。…39)と普段着、室内着にも手作りのコサージュをつけていた様子が示さ れていた。 コサージュを作る技は、大正 3 年に発行された『最新造花法』40)によると、…造花の技は何人に も学び易くして趣味深きが上に、実用広きを以って其流行の盛んなるはた進歩の著しいきもむべな りと言ふべし。坊間造花に関する著者すくなからざれども、写生的標本を附したるものあるを見ず たまたま挿書の附しあるを見るにその模造の方法において天然の実を失へるもの多く… (中略) …本書はさる不自然なる模造法の誤謬を訂し、その欠点を補はむが為に、…とある。この引用は、 実物とかけ離れた不自然な造花の欠点をなくし、補い、より現実的な造花を追求する内容だった。 造花の技術は一般人にわかりやすく、興味を引くように書かれていた。そのため造花は実用化され た。造花は室内装飾として用いられ、ここでは洋服に飾る造花が示されていなかった。が、…渋谷 君子は叔母の猪瀬たつのが創立したロスアンゼルス高等裁縫女学院に学び、三年に帰国すると、出 身地の新潟県長岡市で洋裁講習会を開設した。婦人服、男女児服、クレープペーパー造花等の講習に、 多数の女性が参加した。…と記載されていた41)。このことより、昭和初期には、アメリカで洋裁を 学んだ女性の教授によって造花の作り方や知識を一般の女性たちに広めるきっかけを作ったと考え られる。 昭和 45 年ごろ…東京ソワールが小型のスーツケースに黒の服とコサージュ、パールのネックレス、 手袋などをセットにして売り出したところ、大変な反響でした。…42)とこの頃から夜会、結婚式の ドレス、礼服につけるものというのがコサージュのポジションになり、そのことによりコサージュ によって華やかさを出すということ、普段着と礼服との区別をつける役割がコサージュの意味に なったと考えられる。 最後にコサージュをつける大きな意味は、コサージュに使われている花で女性らしさを表すこと であった。…何といっても、女性的な美しさは花がシンボライズするようです。43)…、…髪にして もドレスにしても、すべてがロマンチックで懐古的で恐ろしく女らしい線をふんだんに、44)…、…花、 花程すべての人を、すべての服を優しく、女らしく見せてくれるものはない。45)…とある。女性を 花に譬えられ、コサージュによって女性らしさを表現していた。 現在コサージュには、大別して 2 つある。慶事に付けるものと普段着につけるものである。前者 は華やかさをだすため、後者は洋服にアクセントをつけることによって全体のバランスや雰囲気を 作るためではないだろうか。普段着は、本物を真似るよりは抽象的なものの方がコーディネートし やすいと考えられる。
4. まとめ
本研究では日本におけるコサージュの使用された時期を推測し、装飾品としてコサージュを付ける意味を研究し、以下のことが明らかになった。 1481 年∼ 1658 年頃は からだつき 1510 年∼ 1600 年頃は 胴体 1843 年頃には 婦人の胴衣 という意味で用いられていた。コサージュという言葉は、1911 年頃から 婦人が腰から上につける 小さな花束の総称 という意味で使われ約 100 年しか経っていないことがわかった。 明治、大正時代の写真で、胸元にコサージュのような飾りが見られるのが、コサージュと呼ばれ ていたかどうかはわからなかった。昭和初期の雑誌には、 花 造花 生花名 で記述された。 昭和 20 年代、昭和 30 年代でも、同じような表現で使用され、コサージュという言葉は見当たらな かった。その中で昭和 33 年に発行された『造花―その技術と応用―』46)には、コサージュという 言葉が初めて記載され、造花とコサージュが同じ意味で区別することなく使われた。しかし他の文 献では造花という記述が多かった。 日本でコサージュが使われるようになったのは、昭和 40 年頃にあると推測できる。昭和 41 年の 『現代ホーム百科事典』47)にはコサージュの言葉のあとに、胸や肩につける小さな花束と説明が付 いていた。このことからコサージュは、一般的に使用していた言葉ではなく、コサージュの説明が 必要な時期と捉え、日常生活に浸透し始める頃と考えられる。また、生花をアレンジしてアクセサリー にしたものをコサージュといい、コサージュと造花を分けて使用している一文もあった。 昭和 45 年頃は、東京ソワールが小型のスーツケースに黒の服とコサージュ、パールネックレス、 手袋などのセットにして売り出したところ、大変な反響があったことから、結婚式のドレスや礼服 につけることが一般化され、コサージュが社会的に位置づけられたと考えられる。 昭和 50 年代以降からは、コサージュという呼名を使用する頻度が多くなり、造花を含めてコサー ジュと表現するようになった。 コサージュのつける意味は、①色についてのアクセントのため、②華やかな感じを生かすため、 ③服のまとまりのない所に付けたり、身体の欠点を隠すため、④特別の日には普段着と晴れ着の区 別をつけるため、⑤花によって女性らしさを表現するため、であることがわかった。
引 用 文 献
1)徳山孝子:『日本で唯一のスパンコール』、ファッション環境学会誌 Vol.9-3、平成 11 年 12 月、 pp.39 ∼ 45 2)徳山孝子:『光る装飾への嗜好 ガラスビーズ 』、ファッション環境学会誌 Vol.9-4、平成 12 年 3 月、pp.21 ∼ 27 3)徳山孝子:『光る装飾品 模造真珠・人造真珠・人工真珠 の変遷による名称の違いを分析』、 ファッション環境学会誌 Vol.10-2、平成 12 年 10 月、pp.18 ∼ 22 4)徳山孝子:『日本における宝飾文化の消失と再興の美意識』、一宮女子短期大学紀要 第 34 集 、 平成 7 年 12 月、pp.44 ∼ 615)徳山孝子:『西洋における羽根飾りの研究 −かぶりものにつけられた羽根の意味とは− 』、 ファッション環境学会誌 Vol.11-2、平成 13 年 11 月、pp.27 ∼ 29 6)徳山孝子:『ブライダルブーケを持つ意味の図像学的考察』、ファッション環境学会誌 Vol.10-1、 平成 12 年 9 月、pp.36 ∼ 41 7)阿部幸子、鷹司綸子、田村照子、中島利誠、丹羽雅子、藤原康晴、山名信子、弓削治:『被服学 辞典』、(株)朝倉書店、1997、pp.143 8)用語ハンドブック編集室編:『増補ファッション用語ハンドブック』(株)誠文堂新文社、1994、 pp.48 9)C.M. キャラシベック:『(新版)フェアチャイルドファッション辞典』、(株)鎌倉書房、1992、 pp.135 10)三省堂編修所編:『コンサイスカタカナ語辞典第 2 版』(株)三省堂、2000、pp.332 11)海江田万理:『新訂 3 版大判カタカナ語新辞典』、有紀書房、pp.164 12)石川数雄編:『主婦の友実用百科事典第 2 巻編物手芸』、(株)主婦の友社、pp.202
13)『THE OXFORD ENGLISH DICTIONARY SECOND EDITION VOLUME Ⅲ』、福武書店、 1982、pp.974 14)大久保利謙監:『日本の肖像第九巻』、毎日新聞社、1990 15)柴山勝編:「ファッション」、1934 年 6 月 25 日 16)「婦人画報」、東京社、1935 年 6 月 1 日 17)柴山勝編:「ファッション」、1937 年 4 月 1 日 18)宇野千代編:「スタイル」、スタイル社、1938 年 19)宇野千代編:「スタイル」、スタイル社、1949 年 12 月 1 日 20)大内順子:『20 世紀日本のファッション』、(株)源流社、1996、pp.74 21)飯田深雪:『造花―その技術と応用―』(株)婦人画報社、1958、pp.81 22)青木英夫、大塚力:『流行【衣・食・住】』、文祥社、1959、pp.76 23)マダム・マサコ:『アクセサリイ手帳』文藝春秋新社、1964、pp.235 24)田中豊編:『現代ホーム百科事典第 2 巻エチケット / 美容』、(株)学習研究社、1966、pp.90 25)前掲(注 24) 26)前掲(注 12) 27)マミ川崎:『マミ川崎フラワーデザイン全集』、(株)婦人の友社、1972、pp.41 28)アーティフィシャルとは、生花をよりリアルに再現し、そしてさらに、生花には 無い美しさを 表現した≪造られた花≫のことを言う 29)前掲(注 20)pp.233 30)「婦人画報」、東京社、1970 年 3 月 1 日、pp.54 31)前掲(注 27)
32)「婦人画報」、東京社、1975 年 3 月 1 日、pp.125 33)野間省一:『新版・新家庭百科事典第 7 巻和裁・洋裁』、(株)講談社、1978、pp.260 34)「婦人画報」、東京社、1985 年 5 月 1 日、pp.115 35)大久保利謙監:『日本の肖像第十二巻』、毎日新聞社、1991 36)宇野千代編:「スタイル」、スタイル社、1940 年、pp.63 37)前掲(注 21) 38)柴山勝編:「ファッション」、1939 年 8 月 31 日 39)「婦人画報」、東京社、1935 年 3 月 1 日 40)寺西緑子:『最新造花法』、集文館、1914、pp.1,2 41)田中千代:『日本婦人洋装史』、(株)吉川弘文館、1987、pp.417 42)前掲(注 20) 43)「婦人画報」、東京社、1935 年 3 月 1 日 44)柴山勝編:「ファッション」、1938 年 5 月 15 日 45)「婦人画報」、東京社、1940 年 1 月 1 日 46)前掲(注 21) 47)前掲(注 24)