580 人 工 知 能 29 巻 6 号(2014 年 11 月)
近年,ビッグデータが注目されているが,ビッグデー タから真に個人にとって有用な価値を創造していくには 何が本質的に重要になってくるのであろうか? このよ うな問題意識から,我々は,AAAI Spring Symposium 2014において,Big Data Becomes Personal: Knowledge into Meaningをスタンフォード大学で主催した.ここで 取り上げたのは,次の三つのチャレンジである. (1)いかにして,ヘルス & ウェルネスに関わるデー タを定量化(Quantify)し,有用な知識(Meaningful Knowledge)を創出していくか. (2)個人の視点から見ると一見関係のない一般的な (Impersonal)データをいかに個人にとって有用な 知識に変えていくか. (3)いかにして,定性的データ(Quantitative Data) と定量的な知識(Qualitative Knowledge)を我々 のヘルス & ウェルネスの向上に役立てていくか. ここで,「ヘルス & ウェルネス」はどちらも健康とい う意味を表すが,前者は健康そのもの,後者は健康状態 を保つということから,我々は「健康であり,その状態 を保つこと」を「ヘルス & ウェルネス」と呼ぶ.本特 集号のテーマは,Discovery Informatics(発見情報学) が拓くヘルス & ウェルネスの未来像であり,そのコン セプトを図 1 に示す.具体的には,まず,ヘルス & ウェ ルネスに関するデータをビッグデータとして蓄積し,そ れらを定量化する.続いて,個人の視点から見ると一見 関係のない定量的なデータを個人にとって有益な定性的 知識に変換する.この定量的なデータの構築と定性的知 識への変換を繰り返すことで,個人的な価値を高め,我々 のヘルス & ウェルネスの向上に役立てる.
このような「Big Data Becomes Personal」に必要な 発見情報学(Discovery Informatics)の AI 技術として 下記の四つの技術が鍵となる. 1.いかにして,ヘルス & ウェルネスを計測するか (睡眠,ダイエット,カロリー,糖尿病,などの モニタリング,遺伝子,生体シグナル,脳活動, Affective Computing,オーダメイド医療技術など) 2.いかにして定量的データを定性的データに変換す るか (データマイニング,Discovery Informatics, ライ フログ解析,認知モデル,心理モデル,疾患モデル, 数理ダイナミクス,Systems Biology, ネットワーク 解析,オミックス解析など) 3.いかにして定量的データ,定性的知識をヘルス& ウェルネスの向上に役立てていくか (ソーシャルデータ解析,HCI, ブレインインタ フェース,ヘルスケアコミュニケーションシステム, 自然言語処理,対話モデル,ゲーミフィケーション, 感性,ゾーン,Personal Identity など) 4.アプリケーション,プラットフォーム,フィールド研究 (ケアサポートシステム,ライフログアプリケーショ ン,ヘルスケア推薦システム,高齢者支援,診断シ ステム,疾患予防,障害者支援,コミュニティコン ピューティングなど) 本特集号は,昨年の人工知能学会誌 11 月号の「パーソ ナルデータからの気付きの創発」の続編である.昨年の特 集号では,「パーソナルデータからいかにして気付きが創 発され得るか」に焦点を置いたが,今回の特集では,「ビッ グデータをいかに個に適応させるか,そこから,どんな新 たな研究パラダイムが創出され得るか」に着目している. 本特集では 7 編の解説記事を収めている.いずれ も,「Big Data Becomes Personal: Knowledge into Meaning」の発表論文著者の方々である.
● 佐野らの「ウェアラブルセンサを使ったストレス,睡
眠,うつ病の理解」は,MIT メディアラボ Affective
Computingで行われているストレス,睡眠,うつ
特集「Big Data Becomes Personal
─発見情報学が拓くヘルス & ウェルネス─
」にあたって
髙玉 圭樹
(電気通信大学)
城戸 隆
(理研ジェネシス,JST さきがけ「情報環境と人」領域)
581 人 工 知 能 29 巻 6 号(2014 年 11 月) 病に関するプロジェクト(Rosalind Picard 教授) を紹介している.ここでは,MIT の数百名の学生 に長期間,数種類のウェアラブルセンサを装着して もらい,携帯電話のログとラボでの計測を組み合わ せることで,ストレスレベルやムード,睡眠といっ た個人の心身状態をセンサデータから解釈し,行動 予測やフィードバック支援に用いる研究,そしてう つ病患者の治療期間と治療後の長期間のデータを計 測,解析することで,早期,客観的な診断方法を確 立する研究を進めている.ウェアラブルセンサを用 いて人間の心が発するシグナル(メンタルヘルスシ グナル)を抽出する技術が,いかに個人に新たな価 値を与え,未来社会を変え得るのか,重要な示唆を 与え得るものである. ● 髙玉の「コンシェルジュサービスに基づく介護支援 システム─パーソナルヘルスデータからライフスタ イル設計へ─」は,高齢者個人のライフスタイルに 合わせた適切な介護支援サービスの実現に向け,高 齢者の「睡眠状態」に着目し,深く安定的な睡眠が とれているかどうかで快適で健康的な生活を送れて いるかを評価するシステムを構築している.睡眠状 態のようなパーソナルデータを長期にわたって蓄積 することによるメリットとして,ライフスタイル設 計に必要な知識の洗練化(例えば,散歩をした日は よく眠れる),身体変化に応じた知識変化(例えば, 足腰が悪くなってきた),気付きの促進と高齢者のモ チベーションの向上(例えば,1 年前の測定結果と 比較して健康状態が改善している)を考察している. 来るべき高齢化社会に向けてパーソナルビッグデー タを適切に利活用していく重要性を説くものである. ● 大武の「高齢者の認知活動を促進する会話支援ロ ボット」は,大規模な会話データを収集,蓄積,利 活用して,高齢者個人の認知症予防に役立てようと いうものである.社会的交流が多い人の認知症発症 率が低いという観察研究がある.「共想法」という 認知症予防・回復手法を提唱している大武は,加齢 により低下しやすい認知機能の活用を支援し,維持 向上につなげることを目的として,高齢者の社会的 交流を支援する会話支援ロボット技術を開発してい る.スキルの高い司会者と参加者との会話データを 分析し,会話データを利活用する会話支援ロボット を開発し,会話の場に参加させることで,社会的交 流の質を高める取組みを報告している.会話という パーソナルビッグデータを活用し,人とロボットが 共創する未来を拓く研究である. ● 荒牧らの「もう一つの医療ビッグデータ─闘病記を 医療に活かす─」は,医療文書において,質の異な る二つのビッグデータ(医師主導 vs 患者・当事者 主導)があることに着目し,最近大きく発展してき ている患者・当事者主導のビッグデータ(闘病記)が, 従来の医師主導のビッグデータ(電子カルテや診療 報酬データ)に比べて,質的にどのように異なり, どのような将来性を秘めているのかというテーマ に,挑んでいる.自然言語研究の立場から闘病記を 扱う研究を,三つ(研究アプローチ,教育アプローチ, QOLアプローチ)に大別し,それぞれについて現 状の研究課題と将来展望を議論した最新の解説であ る.医療文書におけるパーソナルビッグデータの利 活用に新しい着眼点とエビデンスを与えている. ● 城戸の「パーソナルゲノムは心の理解に迫れるか? ─コミュニティコンピューティングで「手放したく ない心理」の個人差を探る─」は,パーソナルゲ ノムデータから人の認知特性の個人差の解明に迫 るものである.人工知能研究とパーソナルゲノム 研究のアプローチを融合し,人の遺伝子解析の研 究成果を病気の解明や治療,個性発見に役立てる 「MyFinder」構想について論じている.オーダメ イド医療のみならず,人の行動特性や認知心理に関 わる分野においても個人差が測定可能であり,パー ソナルビッグデータを用いることによって情報科学 的なアプローチで新たな科学発見をもたらし得る可 能性があることを議論している.コミュニティ指向 の発見科学とは,コミュニティの集合知や知の創発 を喚起しながら科学発見を目指すプロセスで,新し い科学領域の創出を予感させる解説である. ● 橋田の「分散 PDS と集めないビッグデータ」は,パー ソナルデータを安全に活用するための情報基盤を論 じたものである.まず個人データの集中管理と分散 管理のメリットとデメリットを整理したうえで,最 近,大きな社会問題となったベネッセの個人情報漏 えい問題を事例としてあげ,分散 PDS(Personal Data Store)の普及が,漏えいリスクの軽減につ ながることを指摘している.分散 PDS 技術を用い れば,事業者がパーソナルデータを集めることなく ビッグデータを活用でき,社会的コストが安くかつ データ流通の自由度が高くなることを論じ,医療制 度改革も分散 PDS を普及させるきっかけになる可 能性が高いと予測している.個人情報漏えいリスク に対する社会的関心が高まっている中で,パーソナ ルデータの近未来の最適なプラットフォームについ て深く洞察した解説である. ● 大澤の「データジャケット─創造的コミュニケー ションのあるデータ市場のために─」は,イノベー ションデザインの観点からビッグデータの本質に
582 人 工 知 能 29 巻 6 号(2014 年 11 月) 迫っている.大澤は,チャンス発見(予兆発見)の 研究から,ビジネス現場の求める価値を生み出す行 動シナリオの創造というテーマに本質を見いだし, チャンス発見のための創造的コミュニケーションの 手段として,イノベーションゲーム(イノベータ市 場)を提案している.データジャケットと呼ばれる メタデータ情報を介してイノベータ市場における多 様なデータの関係を可視化し,創造的コミュニケー ションにより隠れたデータの価値を掘り起こすこと ができる.「ビッグデータの本質は,データサイズ や変化,バラエティといったデータそのものの特徴 よりも,データに対する人々の関心の高まりかもし れない」という斬新な着眼点を提起している. 本特集に関連して,来年 3 月にスタンフォード大学 にて下記の国際シンポジウムを開催予定である.
Ambient Intelligence for Health and Cognitive Enhancement, AAAI Spring Symposium 2015. (https://sites.google.com/site/aaai2015aihce/ home/) ご興味のある方は,ぜひご参加いただけたら幸いであ る. 本特集記事の編集にあたってお世話になった執筆者, 関係者の皆様には,改めて感謝申し上げたい.