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憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか : 朝日・毎日・読売の比較から

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Academic year: 2021

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(1)ࠝᏛ⾡ㄽᩥࠞ. ᠇ἲᨵṇࡢᅜẸᢞ⚊࡟᪂⪺ࡣ࡝࠺ྥࡁྜࡗ࡚࠸ࡿ࠿ 㸫ᮅ᪥࣭ẖ᪥࣭ㄞ኎ࡢẚ㍑࠿ࡽ㸫 The Newspaper Production Which Contemplated A Plebiscite on The Constitutional Amendment: Consideration of The Asahi,Mainichi,Yomiuri. 㔝▮ ඘ Michiru NOYA. Studies in Humanities and Cultures No. 33. ྡྂᒇᕷ❧኱Ꮫ኱Ꮫ㝔ே㛫ᩥ໬◊✲⛉ࠗே㛫ᩥ໬◊✲࠘ᢤๅ 33 ྕ 2020 ᖺ 1 ᭶ GRADUATE SCHOOL OF HUMANITIES AND SOCIAL SCIENCES NAGOYA CITY UNIVERSITY NAGOYA JAPAN JANUARY 2020.

(2) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 〔学術論文〕. 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか -朝日・毎日・読売の比較から- The Newspaper Production Which Contemplated A Plebiscite on The Constitutional Amendment: Consideration of The Asahi,Mainichi,Yomiuri 野矢 充 Michiru Noya はじめに 1.. 先行研究 1.1. 新聞が読者に与える影響. 1.1.1. 情報量が「多い」 「少ない」は読者にどう影響するのか. 1.1.2. 情報の受け手が「多数派」を知ることによる影響. 1.1.3. 客観報道・不偏不党. 1.2. ニュースの内容分析. 1.3. 憲法改正を巡る各紙報道の出発点と変遷. 1.4. 先行研究についての総括. 2.. 本実証研究. 3.. フレームの違いがもたらす記事の掲載頻度と多様性の検証. 4.. 結論. 要旨. 朝日新聞、毎日新聞、読売新聞について、憲法改正関連記事面積を 1 年間測定したと. ころ、改憲派の読売よりも、9 条堅持派あるいは改憲慎重派の朝日・毎日の面積の方が大き いことが判明した。それはなぜかを追究したのが本稿である。紙面に掲載された識者の数を はじめ、憲法改正の国民投票やデモ・集会を取り上げた記事など様々な点で量に開きがある ことを確認した。報道する際のフレームの分析や、新聞報道量と受け手との関係を研究した 「アジェンダセッティング(議題設定)理論」を組み合わせて考察し、朝日・毎日のフレー ムは側面的な議題が多様なため記事量が膨らむことが分かった。ただ、本稿は、安倍内閣の 改憲発議前の局面に限っての調査結果であり、長期プロセスの中で記事量の逆転現象はある のか課題は残る。同理論においては、本稿のようなメディア間の論調や量の違いを扱ってこ なかっただけに、理論の裾野を広げた点で学術的な意義があると考える。. キーワード:憲法改正、改憲、国民投票、メディア・リテラシー、議題設定 . 名古屋市立大学大学院人間文化研究科研究員、元読売新聞記者. 15.

(3) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. はじめに 安倍政権主導で 2017 年頃から憲法改正論議が活発化した。全国紙のうち朝日新聞や毎日新聞は 9 条堅持派あるいは改憲慎重派とみられ、読売新聞は 1994 年、2000 年、2004 年の 3 回にわたり独 自の憲法改正試案を発表している改憲派であり、各紙がそれぞれの立場で紙面を作っているが、 改憲報道を学術的にみれば、どういうことが言えるのかを明らかにしようと研究課題に取り組ん だ。アジェンダセッティング(議題設定)理論や内容分析などの先行研究にあたっても、特定の テーマについて、個々のメディアの記事量差とその意味を研究したものは見当たらず、学術的に 分析をすることに意義があると考えられる。3 紙の間で改憲記事面積に明らかな差があることは、 測定を始める 2017 年当初には想像できなかった。しかし、測定や内容分析が進むに連れ、面積差 に気づき、背景や意味があると推察した。 「面積に違いがあるのはなぜか」という問いを原動力に し、改憲報道の現状と問題点を検証した。 まず第 1 章では、踏まえておくべき先行研究を整理した。アジェンダセッティング理論などの基 本的研究をはじめ、各マス・メディアがたどってきた歴史的なスタンスや、客観報道・不偏不党に も触れている。歴史をみても、日米安保、沖縄基地問題など政治的に大きな課題がクローズアップ されるたびに新聞の不偏不党のあり様が問われてきただけに、先行研究を踏まえることが欠かせな い。第 2 章では、実証研究の方法を記述し、1年間の記事面積の測定によって、9 条堅持派または改 憲慎重派とされる朝日や毎日が改憲派の読売よりも明らかに記事面積の累計が大きいという事実を 明らかにした。また、朝日や毎日に「批判的フレーム」が、読売には「賛同的フレーム」が記事掲 載時に適用され、記事面積の開きにつながっていると推測した。さらに第 3 章で、掲載頻度や多様 性といった観点から記事を分析・検証し、改憲報道の問題点を浮かび上がらせることに努めた。第 4 章では、 「批判的フレームが多様な属性型議題設定につながり、記事面積を膨らませている」という 結果を導いた。同時に、憲法改正の国民投票に向けて妥当な新聞紙面のあり様を提案1した。. 1.. 先行研究. 1.1 新聞が読者に与える影響 1.1.1 情報量が「多い」「少ない」は読者にどう影響するのか 新聞が「憲法改正」のようにある特定の事柄を報道する時、その情報量の「多い」 「少ない」は 何を意味し、読者(受け手)にどう影響するのだろうか。「アジェンダセッティング(議題設定) 理論」(井上俊・伊藤公雄編. 2009:山腰編著 2017:竹下 1998)によると、マス・メディアの情報. 量は、受け手にその議題が重要で、 「何について考えるべきか」を認識させることに強い影響を与 えるとされる。個々の考え方、感受性、経験がベースとなるため、読者はマス・メディアの主張. 1. 日本が戦争を回避していくための最善策は、9 条に手を加えず、武力増強でなく外交努力で平和維持に努めることだと筆者 個人は考えている。検討されている他の項目に関しても、改憲の必要性があると思わない。ただ、本稿の調査や第 4 章の提 案の際は改憲の是非にとらわれない中立的な視点で作業をすることを心掛けた。. 16.

(4) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). をそのまま受け入れるわけでないが、大きく報じられれば重要な事柄だと認識するという2。本稿 でテーマに扱う「憲法改正」についても、個人の主義・主張は長年培われたものであり、新聞記 事を一度読んだからといって、簡単に変わるものではない。ただ、憲法改正の論点や国民投票実 施に向けた諸課題が大きく報じられるほどに、その事柄が重要だと受け手は認識することになる。 逆に、ニュースで報道されない争点は、受け手には存在しない事柄であるといえるだろう。 本稿では、どの新聞が憲法改正関連記事の分野において記事を積極的に載せ、どの事柄が重要 だと受け手に認識させているのか、あるいはどの新聞が逆なのかを比べており、個々のメディア のアジェンダ設定の違いにまで踏み込むことが必要となるだろう3。アジェンダセッティング理論 を巡っては、特定の事柄に関する情報の総量と受け手との関係に主眼が置かれ、個々のメディア の情報量の差が何を意味するかまではほとんど議論が及んでいない。その点で本研究は同理論で の未開拓な分野に切り込むことになる。. 1.1.2 情報の受け手が「多数派」を知ることによる影響 政治学者エリザベス・ノエル・ノイマンが提起した「沈黙の螺旋状過程」仮説(井上・伊藤 山腰編著. 2009:. 2017)によると、人は自分の孤立を避けたいという心理が働き、空気をよんで多数派. の意見に寄っていく傾向がある。新聞紙上で「多数派」が何かを報じていれば、態度を決めない でいた人々は「多数派」が何であるかを知り、その「多数派」へと傾いていくというのが「沈黙 の螺旋状過程」仮説である。人の考えが「多数派」とされるものに寄っていくとすれば、新聞は 間接的にではあるが、人の判断に影響を与えているといえる。 では、「多数派」は改憲派と護憲派のどちらなのか。それを記述している記事は存在するのか。 各紙世論調査結果をみると、2017 年 5 月に安倍首相が提案した憲法への自衛隊明記や 2020 年施行 について賛否が分かれ、国民投票を実施すれば二分することが予想され、多数派がどちらである かを言うことは難しい。新聞記事を調べても「多数派」の表現はほぼ使われていない。こうした 状況から「沈黙の螺旋状過程」効果は、改憲論議においてほぼみられないのではないだろうか。. 1.1.3 客観報道・不偏不党 大石裕・岩田温・藤田真文著『現代ニュース論』 (有斐閣アルマ)によれば、一般に「事実を客 観的に記述しているのが報道記事だ」と認識され、客観報道の定義については、「➀報道する事実 を曲げずに描写・叙述すること(事実性原則)。②記事に報道する者の意見を含まないこと(没論 評原則)。③意見が分かれている出来事については、一方の意見に偏らずに報道すること(不偏不. 2. 3. コミュニケーション研究者マコームズとショーが 1968 年の米国大統領選期間中に、有権者 100 人を対象に調査し、ニュース が強調した争点の順位と人々が重視した争点の順位との間に高い相関関係が確認され、ニュースが人々に影響を与えている ことを示すものだと主張した。様々なマス・メディアから受容した特定の情報に受け手がどう影響されるかを問題とした仮 説である。 アジェンダセッティング理論は、議題設定が受け手にどういう影響を与えているかに関する仮説だが、この論文では受け手 への影響を検証しているわけでない。本稿は記事掲載フレームや記事量に重点を置いており、受け手にどういう影響を与え ているかは検証しない。. 17.

(5) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 党原則)。」 (p.184)と説明している。放送法 4 条では、放送事業者が番組を編集する際の原則が定 められ、➀公安・善良な風俗を害しないこと➁政治的に公平であること➂報道は事実を曲げないで すること④意見が対立している問題では、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること、 と明示されているのである。一方、新聞に関しては「1920 年代、二大有力新聞の地位を築いた『朝 日新聞』と『毎日新聞』は、それまでの職業規範をより明確化し、制度化するにいたった。すな わち、新聞記者の活動方針としてそれぞれ『新聞綱領』と『新聞記者の座右の銘』を定めた」 (p.13) のである。その中で「不偏不党、公平無私、報道の正確敏速」といった項目が掲げられたといい、 「この時期までにジャーナリズムの職業規範が明示されたことは重要」 (p.13)だと指摘している。 しかし、憲法改正に対する現在のマス・メディアのスタンスは、不偏不党から離れ、二極化し つつある。むしろ、改憲論議が活発化するにつれ、各紙は一方の主張を強く押し出し、新聞の主 張が政党の主張と重なる状況がある。特に、読売は独自の憲法改正試案を持ち、自民党憲法改正 草案(2012 年)と符合する部分が多い。例えば、安全保障について、自民党の草案は「内閣総理 大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」となっており、読売試案は「自衛のための軍隊を持 つことができる」と記述があり、目指す方向性は基本的に一致する。このような状況から、改憲 論議において「不偏不党」論争はかすんでいるようにみえる。2017 年 5 月 31 日付の毎日夕刊 2 面 には、「政権は今、『親安倍の読売、産経』と『反安倍の毎日、朝日、東京』というように新聞も 敵か味方か色分けしているようだ」(与良正男・専門編集委員)という指摘まで出ている。 一方で、 「不偏不党」を逃げ口上にしてマス・メディアが争点提示をしないでいることは「役割 の放棄といわれても仕方がないのではないか」 (石川 1996,p.55)という意見がある。 「メディアの 不偏不党性は、できる限り多くの意見、とくに自社の支持する主張に対立する意見の紹介を怠ら ないことで示すのが本筋である。意見をはっきりと言わないのが不偏不党の態度であるなどとは、 今ではだれも思わないだろう」 (p.56)とし、マス・メディアによる争点提示が不偏不党性を損なうと いう考えは「もはやメディアの実情にも合わなくなっている」 (p.56)と指摘している。新聞が役割を 果たすには「多様な主張、多様な情報を公正に扱うメディアとして市民からの(あるいは読者からの) 信頼を得なければならない」 (藤田 2013,p.37)のであり、 「新聞がそれぞれの主張を展開するのは当然 だが、同時に対立する意見や情報も適宜、適切に紹介することも期待される」 (同)のである。. 1.2 ニュースの内容分析 報道機関がどのようにニュースを報道しているのかを語る時、ニュースのジャンルや量、頻度、 ニュースの中で語られる識者の見解などを分析すれば、報道機関の姿勢が浮かび上がってくる。 先行研究では、いかに分析が行われているのかもみてみたい。 NHK放送文化研究所の刊行物『放送研究と調査』 (66 巻 10 号、pp.22-53、2016)に掲載された「安 全保障関連法案 テレビ報道の分析」 ( 「安保法案報道」分析チーム)では、2015 年 5 月に「安全保 障関連法案」が閣議決定され、7 月に衆議院を通過し、9 月 19 日未明に参議院で可決・成立するま での間、各放送局のテレビ番組は法案関連をどう伝えたのかについて掲載している。分析チームは. 18.

(6) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). 2015 年 5 月から 9 月までの各月 1 日ずつ計 5 日間、NHKと日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テ レビ東京、フジテレビの計 13 番組について安保関連の報道内容を分析した。その中の表で「分析対 象日の関連報道量と比率」を載せており、朝日新聞と結びつきが強いテレビ朝日の番組「報道ステ ーション」の関連報道量や番組全体に対する比率(占有率)が高いことが表から読み取れる4。この 現象は、改憲関連記事で 9 条堅持派の朝日や毎日の掲載面積が、改憲派の読売よりも多いことと一 致する。ただし、同じテレビ朝日の番組「スーパーJチャンネル」については関連報道量と比率は 低く、同じテレビ局でも番組で大きな違いがあり、各社の報道姿勢をこの表から分析して明言する ことは難しい。5 日間について、テレビ各社が何をどのように報道したのか説明しているのであり、 「各月 1 日ずつの分析をもって半年近くにわたる報道の全容として語ることはできない。あくまで も事例研究としての分析である」 (p.50)と、限界があることを論文に記している。 一方、加納恒男(朝日新聞社調査研究室)著の「安保反対闘争記事の内容分析」 (日本新聞協会編 『新聞研究』pp.16-20、1961)は、60 年近く前に書かれたものだが、1960 年 6 月の安保反対闘争記 事について内容分析を試みている。朝日、毎日、読売、産経、東京の 5 紙を対象にし、1960 年 6 月 10 日からの 10 日間、東京都内最終版の朝夕刊全紙面について「どんなこまかい記事・コラム・漫画 でも、安保とその反対デモに言及し、安保がその記事の一つの要素となっている場合には一つのも れもなくとりあげた」 (p.17)と分析方法を説明している。5 紙合計の記事件数は 3196 件、見出しと 本文の延べセンチ数は 90350 センチとあり、これらデータをもとに分析。 「東京新聞が件数では 675 件と最高で、朝日と毎日の 669 件がこれについでいる。読売は 606 件でかなり少なく、産経が 577 件で最低である」と結果を書いた。ただ、これら記事件数の「多い」 「少ない」をどうみるかには何 ら言及していない。調査期間が 10 日間と短いうえ、少しでも安保の要素が記事に含まれていれば数 に入れており、記事件数の違いに意味を見出そうとしているのではないのだろう。論文後半では、 「一 つの記事を『保守不利』 『革新不利』 『中立』のどれかに分類」 (p.19)し、 「東京がやや保守的だった ともいえるが、だいたい中立の立場を貫いたといえよう」 (p.19)と分析した5。 さらに「憲法条項と各紙の関心」(荻上. 2017,pp.73-77)も取り上げておきたい。憲法に関する. 記事について「新聞ごとに取り上げる条文に差はあるのだろうか。あるとすれば、どの新聞が、 どの条項の話題に熱心なのだろう」(p.73)と問い、1993 年 1 月から 2015 年 12 月末までの期間につ いて、各紙のデータベースで「憲法. and. 〇条」で検索し、図表「新聞別・憲法条項の言及数」. (p.74)を載せている。9 条(戦争の放棄)は「どの新聞でも多く言及される条項だ」 (p.73)とし、 第 1 条(天皇)に関しては「ほかの条文に比べると、各紙ともに絶対数は少ないが、その中で産 経新聞が目立つ」 (p.73)と記述。第 25 条(生存権)は「朝日・毎日が熱心な一方、読売はそれほ どでもなく、産経と日経はほとんど興味を持っていない」(p.75)と分析した。改憲関連記事を対 象に内容分析に挑む本研究でも、どの新聞がどの条項に関する記事を多く載せているか、あるい. 4. ただし、このことは文中に記述はない。. 5 この結果をみる限り、保守的・革新的という側面からの各新聞の色分けは、今ほどはなかったのではと思われる。. 19.

(7) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. は載せていないかを把握できれば、記事面積の量を分析するうえで有用だろう。しかし、調査期 間の一つひとつの記事に目を通すと、「〇条」の単語が含まれていることは少ないうえ、「自衛隊 明記」「緊急事態条項」「教育無償化(教育の充実)」「合区解消」などキーワードとなる単語が一 つの記事の中に複数使われ、話題が混在していることが多く、データベースで一つのキーワード を入力・検索しても、記事を分類しづらい。項目別・キーワード別に記事面積を仕分けることは、 現実には難しい。. 1.3 憲法改正を巡る各紙報道の出発点と変遷 改憲派と護憲派の対立構図が出来たとされる 1950 年代に各新聞が社説・論説で改憲の動きをど う評価していたのかを研究した論文として、梶居佳広著「1950 年代改憲論と新聞論説(1952-1957 年):地方紙を中心に」(2012)がある。1950 年代は憲法改正が論争となる出発点の時期とされ、 現在の各紙の憲法改正を巡る主張を理解するうえで当時の社説・論説の分析研究を踏まえておく ことは必須だろう。 それによると、1946 年の憲法公布と 1947 年の施行時には「日本国憲法は日本のほぼ全ての新聞 に支持された」 (「1950 年代改憲論と新聞論説(1952-1957 年):地方紙を中心に(1)」,p.1919)とされ、 以後はしばらく「憲法擁護を前提とした『啓蒙型』社説が大半を占めていた」 (同上,p.1919)とい う。ところが、1950 年の朝鮮戦争勃発と警察予備隊の発足で、新聞の論調は変わっていく。 「事実 上の再軍備と 9 条との関係をどう考えるかが問題」 (同上,p.1920)となり、読売は 9 条改正の立場 をとるようになった。1951 年調印のサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約も「本格的な 再軍備の必要から改憲を認める傾向を進める」 (同上,p.1921)結果につながり、独立回復を契機に 「押しつけ憲法」論が浮上し、占領体制見直しの気運から社会に改憲の動きが強まる。 1952 年憲法記念日の社説で、全面改憲を打ち出したのは少数だったが、改憲に「絶対反対」と まで言い切る新聞はなかったという。読売は9条改憲を「刻下の急務」とし、朝日は「憲法を守 り抜く決意こそ何よりも大切」としつつも「当面のところこの条約の効果に期待をかけるのは全 く当然ではあるまいか」と日米安保条約の存在を前提にした主張を展開したと分析した(同 上,p.1923)。朝日は 1953 年 12 月 16 日付で「有効な自衛の力が必要である」旨を記述し、9 条改憲 に反対しながらも自衛権容認の考えを示した(同上,p.1937)。毎日は 1954 年憲法記念日に「初め (同上,p.1945)といい、護憲派とされる朝日に近い現紙面と て抜本的改憲を主張するにいたった」 はまったく異なる主張だった。 だが、新聞の改憲論のピークはこの時期だったことが後にわかる。1955 年の総選挙で革新勢力 が伸び、当面改憲が不可能になったのに伴い、改憲の論調は下火になった。これは、1954 年頃の 保守勢力による全面改憲構想が復古的過ぎると評価されたことも背景にあったという。 「改憲とい っても第 9 条とせいぜい統治機構の一部改変を想定していた大半の新聞にとっては受け入れがた い内容であった」 (「1950 年代改憲論と新聞論説(1952-1957 年) :地方紙を中心に(2・完)」,p.2767) ためである。1955 年に自由党と日本民主党が合同して自由民主党が結成された「保守合同」以降. 20.

(8) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). もその流れは変わらず、「改憲慎重・反対に転ずる新聞が続出する」(同上,p.2763)ことになり、 改憲論をとった毎日も「1960 年代にその主張を事実上撤回」(同上,p.2764)するに至った。 現在は、9 条改正を含む独自の憲法改正試案を持ち、9 条に自衛隊を明記する安倍提案に一定の 評価をする読売に対し、9 条堅持派や改憲慎重派とされる朝日や毎日があるが、新聞の論調は時代 の政治・社会・国際状況に合わせて変化したことが先行研究から把握できる6。. 1.4 先行研究についての総括 以上のような先行研究を念頭においた時、情報量はその議題が重要であることの認識に強い影 響を与えるという「アジェンダセッティング理論」をベースにしながら研究を進めていくのが妥 当だと考える。そして、メディア間で比較をする際に、 「報道量の比較により、そうした問題や争 点に関する各メディアの関心度を測定するという手法が取られる」(大石. 2004,p.109)のが通例. であり、本稿でも情報量や記事内容の違いを検証する過程で、どの新聞にどんな事柄の記事が大 きく、かつ頻繁に掲載されているのかをチェックしていきたい。この作業によって、読者に強く 影響を与え、重要だと認識させる事柄は何なのか、あるいは、影響を及ぼしていない事柄は何か が見えてくるだろう。また、各紙には、第 3 節でみた報道の変遷を経て、議題や問題の立て方に 違いがある。これを踏まえ、新聞がニュースとしてすくいとる時のフレームの違いと記事の量的 な違いの関係に着目していきたい。. 2.本実証研究 実証研究として、トランプ・安倍会談報道があった 2017 年 2 月 12 日付を起点にして 2018 年 2 月末までの 1 年間余り、名古屋市内発行の新聞 3 紙の朝夕刊全ページをめくり、憲法改正に関連 した記事を拾い出した7。該当する新聞紙面またはコピーを手元に残し、記事本数を数え、記事面 積を定規や巻き尺を使って測定した。主な改憲関連記事を比較・論評する作業も同時に行い、本 稿をまとめるうえで覚え書きとして活用した。区切りのよい 2017 年 3 月~2018 年 2 月のちょうど 1 年間でみた記事面積累計は、朝日が 115968 平方センチ(約 11.59 平方メートル)、毎日が 108806 平方センチ(約 10.88 平方メートル)だったのに対し、読売は朝日より 29%、毎日より 24%少な い 82262 平方センチ(約 8.22 平方メートル)だった(参照:図 1)。9 条堅持あるいは改憲慎重派 の 2 紙が改憲派の読売よりもかなり多いことがはっきりした。 比較の対象としたのは名古屋で配達される紙面である。読売は名古屋で夕刊の発行がなく、朝 日は土・日曜日と祝日を除き、毎日は日曜日と祝日を除いて夕刊がある。この違いを考慮して、 朝刊だけでも比較したが、朝日は 110640 平方センチ(約 11.06 平方メートル)、毎日は 88585 平方 6. 7. 現在は護憲派に近い紙面をつくる毎日が改憲を唱えた当時も改憲派の読売より記事量が多かったのか、それとも読売同様に 護憲派の朝日よりも少なかったのか。あるいは、護憲派の新聞の記事量が多いのではという仮説は、当時特有の何らかの理 由で成り立たなかったのか。時代をさかのぼれば、以上の疑問点が出るが、60 年以上前の 3 紙の紙面を使って憲法改正関連 の記事量を長期測定することは困難であり、3 紙の記事量比較は現紙面だけにとどめる。 1 年間分の新聞 3 紙は膨大なため、測定対象の記事なのに見落とした可能性は否定できない。しかし、その可能性は 3 紙に 等しくあり、3 紙の傾向分析に影響はなかったと考えている。. 21.

(9) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. センチ(約 8.85 平方メートル)、読売は 82262 平方センチ(約 8.22 平方メートル)で、読売は朝 日より 25%、毎日より 7%少なく、量の順番に違いは出なかった。. 首相が 9 条に自衛隊明 記や 2020 年施行を提案. 衆院選で憲法改 正などが争点に. 憲法改正にちなむ各紙の記事数や面積をはかるにあたっては、対象にする記事の基準を明確に しておくべきだろう。一口に憲法改正にちなんだ記事といっても、記事の内容は様々で、どれを 測定の対象にするかは裁量に任されるからだ。原稿のごく一部にだけ憲法改正の動向に触れた記 事もあれば、憲法施行 70 周年にちなんで憲法の意義を説き、改正自体には直接焦点をあてていな いものもある。このように本筋が「憲法改正」ではない記事は測定から除外した。逆に、見出し に「憲法改正」「改憲論議」「憲法審」などが入り、記事前文を読めば憲法改正の動きや改正論議 を紹介した内容であることが明確に分かる記事を測定の対象にした。つまり、はっきりと憲法改 正にちなんだ記事であると言い切れる記事を選び出した8。 記事面積の比較にあたり、あまりにも記事を載せるスペースに違いがあると、比較が成り立た ない。そこで、ベースとなる総面積、総ページ数にさほど違いがないことも把握しておいた方が よいだろう。ただ、連日すべてのページを測定するわけにいかず、憲法記念日である 2017 年 5 月 3 日付から 7 日付までの 5 日間、朝日と読売の朝刊について、記事スペースの総面積とページ数を チェックし、参考にすることにした。その結果、2 紙とも分母となる記事スペースは広く、憲法改. 8. 測定対象に含めるべきか迷ったケースは何度かある。例えば、2017 年 3 月 5 日の自民党大会で総裁任期を連続 3 期 9 年に延 長する党則改正が決まり、翌 6 日付の各紙には最長政権を見据えた改憲戦略などが記事化されたが、「森友が影」「長期政権 経済カギ」など他の要素と混ざって記事が構成されており、面積・本数とも測定から外した。また、地域版は対象にしなか った。全国記事と一部の地域に載った記事とを同列に勘定するのは適切でないからだ。. 22.

(10) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). 正関連記事面積を比較することに問題はないと考えられた9。 過去に発表された論文や著書の中にも、特定分野の記事掲載量を研究したものはある。ただし、 1 年間のような長期調査ではなく、ある一日、あるいは数週間程度の紙面をピンポイントで比較し たものがほとんどである。例えば、荻上チキ著『すべての新聞は「偏って」いる. ホンネと数字. のメディア論』(扶桑社、2017 年)では、2015 年に安全保障関連法案が国会審議の対象となり、 同年 6 月 4 日に衆議院憲法審査会に与党側の参考人として呼ばれた長谷部恭男氏を含む憲法学者 が皆、集団的自衛権を「違憲」とコメントした「長谷部事件」を取り上げ、翌日の各新聞につい て文字数を比較している10。「護憲派の朝日新聞や毎日新聞はこの問題を大きく取り上げ、改憲派 の産経新聞や読売新聞は消極的」(p.65)との記述がある。一方、この見方と相反するケースも過 去の論文の中にはある。自衛隊イラク派遣と憲法改正論議の関係を論じた 2005 年の論文「新聞の 中の『イラク戦争と憲法 9 条』 ;朝日・毎日・読売の比較分析を中心に」 (烏谷昌幸)は、2000-2003 年の「憲法記念日における 3 紙の企画・特集・提言(憲法 9 条と無関係な部分を除く)」を一覧表 で載せ、 「これをみると読売が憲法記念日の企画・提言に最も力を入れているのが分かるとともに、 朝日がこの記念日にそれほど重きを置いていないことが分かる」と記述しているのである。 本稿の調査でも、特定の一日、あるいは特定の月だけをみれば、読売の記事面積が他の 2 紙を 上回るケースはあった。月単位だと 2017 年 4 月、同 6 月、同 12 月のケースである。3 紙いずれも 記事量が沈静化した時期で、読売が 2 紙をわずかに上回った。だが、記事面積を数か月または 1 年間の長期累計でみると、読売は 2 紙を下回ることが測定結果から把握できた。1 年間という長期 測定に基づいて「朝日や毎日の方が関連記事量は多い」と結論づけた点が、ピンポイントの記事 量で判断を下していた過去の他の調査と異なる。 量的違いが生じる理由として真っ先に考えられるのは、ニュースとして選び出すフレーム(捉 え方)の違いである。メディアはフレームに引っかかると報道するが、引っかからない事項は取 り上げない。3 紙はどのようなフレームなのかをつかむため、憲法改正が争点となった衆院選が実 施された 2017 年 10 月の 1 か月間、憲法改正関連記事の主見出しとサブ見出しにどんな単語・言 葉が使われているかを調べ、各新聞の特色・傾向を把握することにした。 1 か月間の 3 紙の主見出しとサブ見出しから計 72 の単語・言葉を集めることができた。同一単 語の登場回数を数えたところ、3 紙合算では「改憲(または改正) 」58 回、 「九条」26 回、 「論議(ま たは議論・論じる・論戦・論点)」25 回、 「自民」18 回、 「自衛隊」16 回の順に多かった。特に「九 条」の単語は朝日 15 回、毎日 6 回、読売 5 回で、朝日は 9 条関連のニュースを重視していること が分かる。 「平和憲法」 (毎日 1 回)、 「憲法前文」 (毎日 1 回)、 「死文化」 (朝日 1 回)、 「護憲」 (朝 日 1 回)など9条堅持の姿勢につながる言葉が使われたのは朝日か毎日の紙面だった。また、 「自 9. この期間はゴールデンウイークのため、夕刊はなかった。広告、番組欄、囲碁・将棋欄、株式欄、英語面(読売)、ニュース 月録面(読売)は除いて数え、朝日は計 85 ページ(約 11 万 7000 平方センチ)だったのに対し、読売は憲法記念日の特別面 や投書面もあり、計 92 ページ(13 万 4600 平方センチ)と朝日より多かった。2 紙ともに 1 ページの横幅は約 38 センチで、 ほとんどのページが 8 段、1 行 12 文字であることも違いはない。 10 朝日新聞は計 3080 文字、毎日新聞は 1965 文字、日経新聞は 1019 文字、産経新聞は 938 文字、読売新聞は 437 文字だった という。. 23.

(11) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 衛隊」16 回の内訳は朝日 9 回、毎日 4 回、読売 3 回で、多くは安倍首相が憲法への自衛隊明記を 提案していることにちなんだ記事だった。朝日が自衛隊明記に警戒感を持ち、自衛隊明記に関連 したニュースは積極的に報道していると考えられる。憲法改正促進を訴える団体「日本会議」が 見出しに登場するのは朝日 2 回、毎日 1 回で、読売はなかった。朝日や毎日が日本会議の動向に 敏感になっていると推察される。 見出しに「首相」が登場した回数は朝日 7 回、毎日 4 回、読売 3 回と、意外にも読売が最も少 ない。朝日が首相の動向に敏感であり、保守派の読売は首相寄りと読者に思われるのをあえて避 けたようにも受け取れる。改憲に理解があるとされる「小池氏」 (東京都知事)を見出しにとった のは朝日(3 回)だけだった。小池氏の言動が選挙後の改憲論議に影響しかねないだけに、朝日が 小池氏の動向を重要視していることが分かる。 「語らない・見えない」 (朝日 1 回、毎日 2 回)、 「見 通せず」 (毎日 1 回)といった先行き不透明感のある言葉は朝日と毎日に目立つ。政府・与党に問 題が存在したり議論が収束しなかったりした際に用いられる言葉であり、2 紙の問題意識を反映し ている。以上の結果から 2 紙は、改憲に対する「批判的フレーム」を適用し、読売は「賛同的フ レーム」をあてはめていることがわかる11。. 3.フレームの違いがもたらす記事の掲載頻度と多様性の検証 憲法改正関連記事の議題設定の仕方は新聞社によって違い、それぞれのフレームにあてはまる か否かで記事の扱いは決まる。フレームの違いが記事面積の開きにつながっていると考えるのが 自然だろう。1 年間の記事比較の過程で、3 紙に大きな違いが出たのはコメントやインタビュー、 寄稿などに登場する識者数だった。掲載識者数は批判的フレームを用いた朝日・毎日が賛同的フ レームの読売より圧倒的に多く、記事面積を膨らませる一因と分かった。 調査の対象期間(2017 年 2 月 12 日~2018 年 2 月末)に、3 紙の憲法改正関連記事の中で何らか のコメントをしたりインタビューや寄稿に応じたりした識者の肩書と名前、主な発言を集め、一 覧表を作成した。会議・イベント・記者会見・座談会での識者発言を開催原稿の中で使ったケー スや、元職・現職の国会議員・政治家・官僚・自治体幹部・編集委員の発言・コラム執筆につい ては識者コメントとはみなさなかった。ただし、識者同様の扱いで識者と並べて掲載したインタ ビュー記事や、会議・イベント・記者会見・座談会で学者が述べた発言を後日に別の記事の中に 入れ込んだケースなどは、除外の線引きが難しいため、識者コメントとは区別して識者コメント に準じる形で一覧表に併記した。合算すると、1 年余で延べ 201 人12を 3 紙から拾い出せた。登場 した識者数は毎日が延べ 76 人、朝日 47 人、読売 25 人。識者に準じた人物も含めると毎日 96 人、 朝日 66 人、読売 39 人だった。当の新聞 3 社も識者数にこれほど差があるとは思っていないだろ 11. 本稿でいう批判的フレームとは、 「改憲又は政権の動向に対して即反対である」という狭義の枠組みではなく、 「強引な改憲 の動きに批判精神を持ちつつ、慎重な議論を求める視点」の意味で使う。賛同的フレームとは、 「改憲を進めるスタンス」の 枠組みを言うが、新聞が持つ批判精神を否定するものでない。なお、本稿では、フレーム分析に関する実証はしない。 12 同一人物が複数回掲載された場合もそのままカウントした。201 人のうち女性の数は 3 紙いずれも一桁に過ぎず、全体の約 7%。人選が男性に偏っており、新聞が女性の意見をすくいあげようと努めているかといった観点からは問題があった。女性 識者の掲載が少ないのは、大学、政財界、官界などへの女性進出が遅れている現状を反映している。. 24.

(12) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). う(参照:図 2)。. 図2:3紙の改憲関連記事に声が載った識者等の数 (2017年2月12日~2018年2月末) 120 100 20. 80 60. 20. コメントやインタビュー、 寄稿に登場した識者数. 19. 40. 識者に準じた扱いでコメン ト等が掲載された人物数. 76 47. 14 25. 0 朝日新聞. 毎日新聞. 読売新聞. 取りあげられた人物や言葉の内容はどうか。識者を「護憲派」 「改憲派」という 2 通りに分けら れるほど発言内容は単純ではなかった。 「私は改憲論者でも護憲論者でもない」と言う識者もいる し、たとえ改憲支持であっても安倍首相提案には反対の識者も当然いる。憲法のいずれの条項に 関する記事なのかによっても識者コメントの内容は当然様々で、コメントを読んでもその条項の 改正に反対なのか賛成なのかが判別できないことさえあった。 ただ、一覧にして、顔ぶれや発言内容を確認すれば、総じて読売には改憲支持、安倍提案支持 の識者の言葉が多用されていた。調査期間の約 1 年間に読売紙上で、棟居快行・専修大教授は 5 回、井上武史・九州大准教授は 4 回の登場を把握できた。発言内容は改憲を前提にした意見が多 い。読売には護憲を訴える識者コメントやインタビューはほとんどみられない。 逆に、朝日と毎日には改憲の必要などないとの前提に立つコメントが目立つ。朝日や毎日に識 者のコメント数が多いのは、憲法学者の中に護憲論者が豊富にいる事情や、識者が護憲を説く際 に多様な言い方ができることも手伝っているのではないか。識者の顔ぶれをみると、木村草太・ 首都大学東京教授や水島朝穂・早稲田大教授の登場回数は、朝日・毎日合算で 5 回にのぼった。 記者は自分の原稿にどういう識者コメントを加えようかと考え、妥当な識者を選び出して電話を かけており、どんなコメントをするのか全く予想がつかない識者に連絡をとることは少ない。た だし、2 紙は改憲派のコメントも時折紹介し、紙面のバランスをとろうとする姿勢はみられ、護憲 前提のフレームしか持ち合わせていないわけでない。明らかな改憲派には、名前の前に「改憲論 者」 「改憲派」の枕詞を付けて、コメントの意味をくみ取りやすくしている。例えば、朝日は八木 秀次13のコメント(2017 年 10 月 3 日第 2 社会面)を掲載する際は「安倍首相の政策ブレーンの一. 13. 本稿で人名を記載する際、敬称は略させていただく。識者の肩書は新聞掲載時のもの。. 25.

(13) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 人、八木秀次・麗沢大教授(憲法)」と記述した。毎日は、百地章のコメント(2017 年 9 月 19 日 夕刊 2 面)を載せる時に「改憲派の論客、百地章国士舘大特任教授(憲法学)」とし、小林節のコ メント(10 月 27 日夕刊 2 面)を使う時にも「改憲論者として知られる小林節・慶応大名誉教授(憲 法学)」「長く自民党国防族の政策ブレーンを務めてきた」と本人の説明を付けている。毎日が改 憲派論客の百地章や京都大名誉教授・大石眞のコメントを 1 年余の調査期間で複数回使用したこ とも把握できた。 識者の登場が読売に少ないとはいえ、これは憲法改正関連記事について言えることであり、ほか のテーマにも共通しているとまでは言えない。試しに 2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災の翌 日 12 日朝刊から 18 日夕刊までの1週間分について、 朝日と読売の縮刷版 (2011 年 3 月号)を使って、 大震災と福島第一原発事故に対する識者コメント(インタビューや寄稿も含む)を拾い出したとこ ろ、登場した識者数(同一識者が複数回掲載された場合も積算)は朝日が 103 人(大震災関連 62 人、 原発事故関連 41 人)で、読売は 137 人(大震災関連 84 人、原発事故関連 53 人)と朝日を上回った。 改憲関連の識者(名古屋発行紙面、識者に準じた人物を含む)は約 1 年間で 3 紙合わせて 201 人を 取り出せたのに対し、2011 年の大震災と原発事故関連だとたった 1 週間で 2 紙合わせて 240 人にの ぼり、被災状況がはっきりしなかった震災直後に様々な識者の見方やアドバイスを新聞社が積極的 に紹介した様子がうかがえる。未曾有の被害だっただけに、震災・原発事故関連記事では、地震学、 防災論、災害医療、災害福祉、看護学、臨床心理学、原子力工学、放射線防護学などあらゆる分野 の専門家が登場する。これに対し、改憲関連記事の識者数が大震災・原発事故関連と比較して少な いのは、憲法・政治学などの専門分野に限られていることが一因だろう。 意外だったのは、震災に関するコメントとは区別し、原発事故に焦点を当てたコメントを述べ た識者を数えたところ、朝日(41 人)よりも読売(53 人)の方が多かったことである。先に述べ た通り、約 1 年間の改憲関連記事の場合、登場識者数は 9 条堅持派の朝日の方が改憲派の読売よ りも圧倒的に多かった。原発政策に関しては、朝日が「脱原発」を志向し、読売が「原発推進」 の立場をとっており、原発事故が起きた場合には朝日の方が盛んに識者を登場させるのではと推 測したが、結果は逆で読売の方が多かった。読売紙面では「必要以上に不安がることはない」 (2011 年 3 月 18 日 29 面、佐々木康人・日本アイソトープ協会常務理事)など冷静な対応を求める声も 多く掲載されたが、 「世界的大事故だと思う」 (2011 年 3 月 13 日 3 面、今中哲二・京都大学原子炉 実験所助教)といったコメントもみられた。震災・原発事故直後は分からないことばかりで、ど の新聞も手探りで様々な立場の識者に見方を求めたといえる。改憲関連記事同様の「批判的」あ るいは「賛同的」フレームを用いているのではないことが、2 紙の識者数逆転につながったと推察 できる。 調査期間中、憲法改正関連記事で批判的フレームを用いた朝日や毎日に、記事面積を膨らませ る要因は識者コメント以外でも数多く認められた。2 紙は 9 条堅持を訴える漫画家や歌手、作家な ど国民に身近な著名人を特集などで大きく取り上げる傾向が確認できたのである(参照:表 1)。 反戦の思いを浮かび上がらせ、憲法改正(9 条改正)をけん制する記事が目立つ。こうした記事は. 26.

(14) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). 読売にほぼみられず、掲載面積の開きにつながった。漫画家などの著名人が登場する記事は、若 い人たちにも注目され、憲法を考えるきっかけにもなるだろう14。. 表1:著名人を大きく登場させた憲法改正関連記事 掲載日. 新聞名と掲載面. 登場した著名人. 面積(平方センチ). 朝日第 2 社会面. 弘兼憲史ら漫画家 2 人. 493. 朝日 9 面. なかにし礼(作詞家). 1314. 5 月 10 日. 毎日夕刊 2 面. 忌野清志郎(故人・歌手). 1343. 6 月 16 日. 毎日夕刊 2 面. 夏目漱石(故人・小説家). 1326. 朝日 4 面. 内山奈月(元AKB48・憲. 319. 2017 年 4 月 30 日 5月4日. 2018 年 2 月 22 日. 法暗唱のアイドル). 120. 図3:憲法改正関連記事の月別本数(単位・本). 100 80 60 40 20 0. 朝日新聞. 読売新聞. 毎日新聞. 記事面積が膨らむ一因として、1 年間の憲法改正関連記事の記事本数にも注目した。2017 年 3 月から 2018 年 2 月までの記事面積合計は、朝日 115968 平方センチ、読売 82262 平方センチ、毎日 108806 平方センチだったことは前に述べた。これを本数でみると朝日 361 本、読売 296 本、毎日 318 本だった(参照:図 3)。読売よりも朝日は 65 本も多く、毎日は 22 本多い。これもフレーム の違いが影響していると推察する。ただ、本数の数え方は単純で、1 ページを割いた特集・ワイド 記事であっても、数行の「ベタ記事」であっても、同じ 1 本とカウントした。このため、本数は 3 紙の比較をするうえで参考程度にとどめておくべきだろう。 14. 例えば 2017 年 4 月 30 日の朝日第 2 社会面では、漫画「島耕作シリーズ」で知られ、憲法と同じ年に生まれた弘兼憲史氏が 「自衛隊を軍隊と認めたうえで、侵略戦争はしないと憲法に明記するのが現実的ではないでしょうか」と語っている。読売 は 8 月 19 日 4 面のインタビュー企画「語る 政党不信」で弘兼氏を登場させたが、自民、民進、都民ファーストの会などに ついて聞いていて、改憲論議には一切触れていない記事だった。. 27.

(15) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 改憲関連記事で看板とも言える社説の本数15はどうだろう。2017 年 2 月 12 日~2018 年 2 月 28 日付紙面で該当する社説を数えると、朝日 25 本、読売. 14 本、毎日 14 本だった。見出しを比較. してみても各紙のフレームの違いは存在する。読売の見出しは「自衛隊明記の議論を深めたい」 (2017 年 5 月 9 日)、「9 条改正を正面から論じたい」(10 月 3 日)、「『国のあり方』広く論議した い」 (10 月 14 日)、 「『自衛隊明記』へ理解を深めよ」 (12 月 21 日)など、 「~したい・~たい」 「~ せよ」を多用し、憲法改正や議論促進に理解を求める見出しが目立つ。これに対し、朝日は「教 育をだしにするな」 (5 月 10 日)、 「まっとうな筋道に戻せ」 (9 月 14 日)、 「改憲ありきの姿勢では」 (11 月 17 日)、 「『合区』で改憲の無責任」(11 月 23 日)など安倍政権や自民党に対する批判・意 見をストレートに出した見出しが多い16。 さらに、朝日や毎日の批判的フレームにはまったのが国民投票を巡る記事だった。国民投票の 問題点に焦点をあてた記事として、毎日が 2017 年 5 月 2 日から 4 回の連載「憲法 70 年. 点検. 国. 民投票制」を掲載したのをはじめ、約 1 年間でこの 2 紙が積極的に載せる傾向が顕著だった(参 照:表 2)。国民投票の論点を国民に提示することが重要と捉えているのだろう。 調査対象期間の国民投票関連記事をもとにして、国民投票の実施にあたってどういう論議が存在 するのかを整理してみたい。国民投票を巡っては、テレビとラジオのCМ放送の扱いが論点の 1 つ となっていて、各紙が取り上げている。国民投票法では、何人も国民投票の期日前 14 日にあたる日 から国民投票の期日までの間、賛成・反対を勧誘する有料の CМ放送(テレビとラジオ)はできない と定められている。国民投票の期日前 15 日以前、つまり最後の 14 日間を除けば無制限に放送して も構わない。そこには、国のあり方を巡って活発な議論が行われる狙いがある。だが、資金力があ るのは自民党はじめ改憲派で、国会が改正案を発議すれば、改憲派だけがCМを盛んに流す事態に なりかねない。資金力に乏しい護憲派は CМで対抗できないと懸念する。ただ、不公平だからと「マ ス・メディアの利用を当初より禁止することは、表現の自由という基本的な権利との両立を困難な ものにする」 (上田 2014,p.33)と警鐘を鳴らす意見があり、問題の対処は簡単でない。 このほか論点の一つとして、国民投票と国政選挙の同時実施の是非がある。憲法 96 条 1 項は、 「特別の国民投票」または「国会の定める選挙の際行はれる投票」の 2 パターンを提示し、憲法 上はどちらを選んでも構わない。同日実施は投票率向上や経費削減効果を期待できると言う専門 家もいるが、同時実施には弊害があるとして反対意見も多い17。 フレームの違いは、改憲の賛否を訴える市民や団体のデモ・集会・記者会見を紙面で取り上げ. 15. 本数に入れるべき社説かどうか内容的に判断が難しいことが何回もあったが、 「憲法改正関連の社説だとすっきり言い切れ ること」を基準に該当の社説を選び出した。 朝日の社説には、25 本のほかに、 「河野統幕長 軽率すぎる改憲発言」 (2017 年 5 月 25 日)もあるが、問題発言を取り上げ たもので、検証の対象にはそぐわないと考え、数に含めていない。 「集団的自衛権 議論は終わっていない」 (7 月 1 日) 、 「憲 法 70 年 学びの保障広く早く」 (8 月 16 日)を見出しにした社説も載ったが、集団的自衛権の社説は閣議決定から丸 3 年に ちなんで掲載され、教育に関する社説も「学びの保障」を広く論じる内容だったことから測定対象から外した。それでも朝 日の該当社説数は断然多い結果になった。 17 2017 年 6 月 19 日の朝日 8 面社説「国民投票は単独が筋だ」では、国民投票と国政選挙とを切り離して行うのが筋だと主張 した。理由として➀選挙運動には公職選挙法で厳しい規制があるが、国民投票運動には表現の自由や政治活動の自由への配 慮から原則として規制はない。ルールの違う 2 つの運動が同時に展開されれば、混乱は必至②かねて与野党の共通認識であ ること③一体化によって憲法改正への賛成機運を押し上げる思惑が透けること、の 3 つを挙げている。 16. 28.

(16) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). るかどうかにも表れている。調査期間の記事でみると、デモ・集会・会見の記事を掲載したのは 大半が朝日の社会面である。掲載日と新聞名、掲載面、見出しは以下の通りである(参照:表 3)。 いずれの新聞も掲載内容の多くは改憲反対をアピールするデモ・集会・会見だった。これに対し、 改憲を促すデモ・集会・会見を取り上げた記事は数少ない。それは、改憲を促すデモ・集会・会 見があまり開催されなかったということなのか、開催されたのにメディアにさほど重視されずに 載らなかったということなのかは、紙面からは読み取れない。. 表 2:国民投票の課題や問題点に焦点を当てた記事一覧 掲載日 2017 年 5 月 2 日 5月2日. 新聞名と掲載面. 見出し. 毎日 1 面トップ. 改憲国民投票単独で. 毎日 2 面. 連載・憲法 70 年点検国民投票制 1/改憲. 選挙と別日程. 自民方針 政局化望まず. 自民、協調を模索 5月3日. 毎日 2 面. 連載・憲法 70 年点検国民投票制 2/最低投票率棚上げ 10 年前、参院で付帯決議. 5月3日. 読売 3 面トップ. 国民投票の時期焦点. 5月4日. 朝日社会面トップ. 住民投票. 民意とは/改憲案問う国民投票. 戸別訪問. も可能 5月5日. 毎日 2 面. 連載・憲法 70 年点検国民投票制 3/公務員へ圧力強化も 『20 年施行』民進に動揺. 5月6日. 毎日 2 面. 連載・憲法 70 年点検国民投票制 4/CМ・広告費青天井 改革派に有利?. 5 月 18 日. 毎日 10 面. 記者の目/国民投票と選挙. 5 月 31 日. 朝日 29 面(第 3 社. 改憲問う国民投票『CМにルールを』. 同時実施想定外. 会面)トップ 6 月 19 日. 朝日 8 面. 社説/国民投票は単独が筋だ. 朝日 4 面トップ. 国民投票. 7 月 11 日. 毎日 5 面短信. 衆院憲法審の議員団. 7 月 12 日. 読売 4 面左肩. 衆院憲法審. 7 月 12 日. 朝日 12 面. 社説/憲法 70 年. 7 月 15 日. 朝日 4 面. 英の教訓. 7 月 22 日. 毎日夕刊 4 面. 国民投票法. 7 月 25 日. 朝日 6 面. 国民投票経験国の警鐘. 11 月 28 日. 朝日 6 面. 改憲するか. 12 月 15 日. 読売 4 面. 連載企画. 7月7日. 課題探る. 衆院憲法審、欧州視察へ 英国など視察へ. 国民投票の課題調査へ. 欧州視察出発. 公平な国民投票CМに. 『国民投票、賛否両方へ支援を』 理解深めて 国会審査会欧州 3 カ国を視察. 決めるのは国民. 法律上の改正手続き. 憲法考③/国民投票『否決リスク』. 29.

(17) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 12 月 18 日. 朝日 4 面. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 編集委員コラム・政治断簡/改憲『一発勝負』無理はな いか. 2018 年 1 月 16 日. 毎日夕刊 2 面. 特集ワイド/改憲国民投票の前に・・・どう縛るカネの 力. 1 月 30 日. 朝日 5 面トップ. 国民投票. 経験国からの警鐘. 英伊を視察. 衆院議員. 団報告書 2月1日. 朝日 4 面. 改憲賛否CМ規制案. 2 月 17 日. 朝日第 3 社会面. 9 条改憲熟議して一票. 2 月 27 日. 朝日 5 面. 憲法を考える視点・論点・注目点/国民投票. 立憲. 国民投票法見直し議論. 市民団体が『模擬国民投票』 意思示す. には 2 月 28 日. 朝日 15 面. オピニオン&フォーラム/国民投票. 2 月 28 日. 毎日夕刊 2 面. 特集ワイド/憲法改正国民投票 ルは. 政治不信も左右. 誰もが納得するルー. 『絶対得票率』が疑問を払拭. 表 3:改憲の賛否を訴える市民や団体のデモ・集会・記者会見を取り上げた記事一覧 掲載日 2017 年 2 月 12 日. 新聞名と掲載面. 見出し. 朝日第 2 社会面. 建国記念の日. 改憲巡り賛否. 各地で集会. 3 月 30 日. 朝日 4 面. 改憲派の集会. 公明が初登壇. 日本会議主導. 4 月 28 日. 朝日第 2 社会面. 施行 70 年を前に護憲アピール文. 5月4日. 読売第 2 社会面. 改憲、護憲. 5月4日. 毎日第 2 社会面. 各地で団体が集会. 5月4日. 朝日社会面. 改憲派『首相発言に勇気』護憲派『戦い続ける覚悟』. 5 月 19 日. 朝日第 2 社会面. 学者の違憲論. 5 月 23 日. 朝日社会面. 専門家ら『首相憲法の私物化』 改憲メッセージ巡り. 九条の会. 各地で集会. 『首相使い分け』. 市民ら批判. 批判 9月5日. 朝日第 3 社会面. 9 条改憲反対. 9 月 27 日. 朝日第 3 社会面. 憲法会議が 9 条改正に反対. 10 月 1 日. 朝日社会面. 9 条の未来. 新団体を設立. 高校生向き合う. 安城学園高. 文化祭. で模擬国民投票 10 月 6 日. 朝日第 3 社会面. 『九条の会』改憲阻止訴え. 10 月 9 日. 朝日社会面. 『9 条が死文化』. 改憲反対訴え. 朝日 4 面. 『日本会議』主導. 改憲訴える集会. 10 月 26 日. 学者の会 自民議員ら出席. 衆院選大勝で意気込む 10 月 26 日. 30. 毎日 5 面. 『今こそ憲法改正を』. 日本会議系. 集会で決議.

(18) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 11 月 4 日. 朝日第2社会面. 行動(改憲反対集会開催). 11 月 4 日. 毎日 5 面. 9 条改憲反対. 11 月 28 日. 朝日 4 面. 日本会議と連携. 枝野氏ら訴え. 充). 志位氏『発議阻止』. 改憲推進に意欲. 超党派議員ら懇. 談会 2018 年 2 月 12 日. 毎日第2社会面. 護憲派と改憲派それぞれが集会. 建国記念の日. 4.結論 改憲を巡るニュースに関し、3 紙いずれも紙面で大きく扱っていることは明白であり、改憲報道を 重視するスタンスであることは間違いない。このため、研究当初は記事面積に開きが生じるとは予 想することができなかった。だが、本稿の第 1 章で先行研究を踏まえたうえで、第 2 章で 1 年間の 記事面積を累積したところ、改憲派の読売が 9 条堅持派あるいは改憲慎重派である朝日や毎日より かなり少ないことが分かった。そして、朝日や毎日の批判的フレームと、読売の賛同的フレームが 記事内容に違いをもたらし、記事面積の開きにつながっていると推察した。第3章で記事の内容分 析を試みた結果、様々な点で記事量に違いが生じることを確認した18。改憲に反対するデモ・集会・ 記者会見の記事は改憲派の読売に少ないだろうということは紙面調査前から予想できるが、紙面を 調査・測定して初めて確認できた事象は多かった。識者を登場させる回数は毎日や朝日が読売をは るかに上回り、著名人を主役に登場させた改憲関連記事も朝日や毎日に目立った。国民投票関連の 記事も読売の方が目立って少ない。改憲関連の社説や、改憲の賛否を訴える市民・団体のデモ・集 会・記者会見は朝日が盛んに載せていることが把握でき、読売と記事面積の開きが生じた理由は単 純でなかった。そこで、第 4 章では、報道する際のフレームの違いが記事面積の差につながる過程 を考察し、朝日・毎日の記事面積の方が読売よりも多い理由を簡潔に言い表したい。 本研究でベースにしているアジェンダセッティング理論は、メディア全体の情報量が受け手に 与える影響を主眼にしている。あるニュースについて総量を問題とする理論であるため、個々の メディアの情報量差が何を意味しているかに関する研究は少ない。そこで、本研究が同理論の未 開拓部分を一部でも補うことができれば、学術的な意義が加わることだろう。 憲法改正関連報道のように、争点を報じる際の「争点フレーム19」に関する研究は、「争点報道 におけるメディアの役割に関して一般化を導き出すという方向にはなかなか進みにくい」(竹下 2008,p.245)のが現状という。それでもあえて、改憲関連報道を題材にして争点フレームの研究領 域に入ることにした。争点フレームの場合、メディアは政権に対して非親和的スタンスと親和的 スタンスに分かれることが多い。そこで、朝日・毎日が批判的フレームを、読売が賛同的フレー ムを用いて報道しているとみなし、各フレームの考察を進めた。. 18. 予想外にも掲載面積に目立った開きを確認できなかった事例もある。2017 年には北朝鮮がミサイル発射実験を繰り返したた め、北朝鮮の脅威と 9 条改正をリンクさせて書いた記事はどの新聞に多いのかも検証してみたが、該当する記事は 3 紙いず れも多くはなかった。 19 T・ネルソンと E・ウィリーは政治コミュニケーション研究においてフレームという語の用いられ方を 4 つに分類した。その うちの 1 つに個別具体的な争点を報じる際の視点・切り口を意味する「争点フレーム」がある(竹下 2008,p.244)。. 31.

(19) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 改憲関連報道で批判的フレームを用いると、第 2 レベルの議題設定又は属性型議題設定20と呼ば れる研究における属性型議題が多様だと気づく。特定の争点に含まれる様々な側面(下位争点) が多岐にわたっていて、何について考えるべきかだけでなく、 「どう考えるべきか」を様々な観点 から読み手に指示している。テレビ CМ規制をはじめとした国民投票の問題点を盛んに報じたり、 改憲に国民の理解が得られているとは言えず改憲は不要だとする現状を報道したりすることは、 一種の属性型議題設定である。憲法に自衛隊保持を明記すれば、自衛隊は 9 条 1、2 項の制約を受 けないとの解釈につながり、9 条が空文化してしまうという懸念を社説(2017 年 5 月 27 日毎日 5 面)で訴えることも同様である。自民による改憲促進の動きや改憲派のデモ・集会を伝える記事 も改憲を警戒すべきだというメッセージ性がある。 このように、朝日や毎日が批判的フレームを用いれば、 「記事化する事柄が多い」事実が浮かぶ (参照:図 4)。朝日や毎日は「9 条の意義」 「改憲しないことの意義」を説く紙面であり、素材に 事欠かない。2 紙が多くの著名人や識者を紙面に登場させて、物事をどう考えるべきかを受け手に 伝えている。2 紙がニュースを大きく頻繁に取り上げることは、批判的フレームを用いて多種多様 な属性型議題設定を行っているといえるのではないか。9 条堅持派あるいは改憲慎重派の新聞は議 題にしたい項目が多いということだろう。属性型議題設定の概念では、属性のレベルでも議題設 定効果が生じると予想されており、批判的フレームを用いた紙面は賛同的フレームの紙面よりも 議題設定が強力である、という見立てもできる。 一方、読売は 2017 年 5 月、自衛隊を憲法に明記する安倍首相提案を 1 面トップで掲載し、議題 設定で影響力を発揮した。しかし、安倍政権が憲法改正を政治日程にのせるようになると、読売 による自衛隊明記という議題設定はほぼ終わり、過剰に紙面に載せれば新聞社が政権を担ぐ役回 りを演じることになりかねない。少なくとも憲法改正の発議にこぎつけるまでは静かに物事を進 めたいのが改憲派であり、報道にもある程度の抑制が働くのではないか21。 こうした状況下、読売の賛同的フレームは比較的小さくならざるをえない。また、第 3 章の検 証で国民投票関連の記事が読売にほとんどみられなかったように、賛同的フレームにはまる属性 型議題が批判的フレームの場合より少なく、記事面積の差につながっている。憲法への自衛隊明 記で自衛隊の憲法違反説を解消できるとアピールする記事などは属性型議題の一つだが、自衛隊 を明記しても戦力不保持を定めた 9 条 2 項を維持する限り矛盾は消えないといった護憲派の反論 が勢いづき、改憲の意義に説得力を持たせるのは容易でない。改憲の論戦が低調だったり、改憲 の賛否で世論が割れたりしている事象は、賛同的フレームから外れるケースが多く、読売には「記 事にしづらい事象が多い」ことに気づかされる(参照:図 5)。 改憲関連報道以外で批判的フレームを用いたケースはどうか。3 紙の間で憲法改正論議と同じよ 20. 従来の「第一レベルの議題設定」が争点全体の顕出性を扱うのに対し、 「第二レベル」は特定争点の諸属性の顕出性が、メ ディアから受け手へとどう伝達されるかという問題に関わる(竹下 2008,p.213)。顕出性は重要性の意。個々の争点が持つ属 性のレベルでも、議題設定効果が生じると予想する(同,p.272)。 21 このように考える根拠の一つに、2017 年 10 月の記事面積の開きがある。この月は改憲が焦点の衆院選があり、改憲関連記 事面積は、朝日が 1 万 5834 平方センチ、毎日が 1 万 2444 平方センチと膨らんだのに対し、読売は 5718 平方センチと 2 紙の 半分以下だった。. 32.

(20) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). うに賛否が分れる構図の争点フレームを探し、政権が推進する政策に理解を示す新聞と異論を持 つ新聞との間で、記事量に憲法改正論議と同じ関係性があると明らかにできれば、 「批判的フレー ムを用いると属性型議題設定が多様で、記事量を膨らませる」という本稿の結論は信憑性を増す。 試しに、住宅密集地にあって事故の危険が大きい沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場を名護市 辺野古に移設する問題を 3 紙がどう扱っているのかも調べ、記事量との関係性をみた。具体的に は、2018 年 9 月の沖縄県知事選で辺野古移設問題が最大の争点となったことから、告示の記事が 掲載された 9 月 14 日付朝刊から開票結果が掲載された 10 月 1 日付朝刊までの半月余りの 3 紙(名 古屋市内の発行)を調査対象にした22。 辺野古移設について、読売は「現実的な選択肢」 (2018 年 7 月 28 日付 3 面社説)として賛成し、 朝日や毎日は政府の強引な姿勢を問題とした。県知事選では、辺野古移設を推進する安倍政権を中 心とした勢力と、移設阻止を目指す県政与党を中心とする勢力がぶつかり合う構図で、投開票の結 果、移設反対を掲げた玉城デニー氏が初当選した。この間、3 紙には選挙記事をはじめ米軍基地に悩 まされてきた沖縄や住民の声を紹介した企画記事など様々な辺野古移設関連記事が掲載された。 記事測定の結果、朝日は最も紙面を割いていて計 1 万 1255 平方センチメートル(30 本) 、毎日は 2 番目に多い 6400 平方センチメートル(16 本)だった。読売は記事本数が 19 本と毎日をわずかに 上回ったが、記事面積は 5308 平方センチメートルと最も少なく、朝日の 47%、毎日の 83%にとど まった。特に朝日は社会面に「沖縄 2018」のワッペン付き企画記事を頻繁に載せ、日本の 7 割が集 中する米軍基地の問題や県民の分断、政府への不信感、環境破壊など数多くの属性型議題設定をし、 記事量が膨らんだ。記事量を数週間測定するだけでは新聞の正確な特色・傾向は分からないと書い てきただけに、ここで短期間のデータを持ち出すのは気が引けるが、測定結果は参考程度にはなる だろう。結局、辺野古移設関連記事についても朝日・毎日の記事面積が読売よりも多く、憲法改正 関連記事の関係性と同じだった。ほかにも、新聞社によって賛否が異なるテーマ、例えば原発政策 や安保法制、特定秘密保護法の是非を巡る報道などでも、支持と不支持の新聞の記事量において改 憲関連記事と同じ関係性があったかを確認すれば、推論は正確性を増す。また、政権とマス・メデ ィアの距離が近いか遠いかの違いも、フレームと密接にかかわっていることが分かる。 では、政権に近いとみられている読売が、政権に異論を唱えて批判的フレームを用い、2 紙より記 事量を膨らませている事柄はないか。そうしたケースがあれば、記事量は政権との距離と密接とま では言えない。また、政権が護憲派に交代して読売と政権との距離が遠くなれば、読売が批判的フ レームを用いて記事量で 2 紙を上回るかもしれない。様々なケースで「批判的フレームを用いると 多様な属性型議題設定を行い、記事量が膨らむ」と言えるのか検証を積むことが必要だろう。. 22. 朝日と毎日は朝刊のほかに夕刊も名古屋で発行しているため朝夕刊とも測定対象にした。ただ、測定の結果、夕刊について は朝日に関連記事1本が載っただけであり、夕刊を含めるかどうかは全体の測定結果にほぼ影響しなかった。県知事選と投 開票日が同じで普天間飛行場を抱える宜野湾市の市長選関連記事や県知事選関連記事は、辺野古問題に触れているなら測定 の対象に含めたが、 「辺野古」または「普天間飛行場」の文字が記事の中に一つもない場合は、辺野古移設問題に関係がない 選挙記事であるため、除外した。. 33.

(21) 名古屋市立大学大学院人間文化研究科. 人間文化研究. 第 33 号. 2020 年 1 月. 図 4:憲法改正関連記事量が増える構造・・・護憲派・改憲慎重派新聞のケース. 34.

(22) 憲法改正の国民投票に新聞はどう向き合っているか(野矢. 充). 図 5:憲法改正関連記事量が伸び悩む構造・・・改憲派新聞のケース. 35.

図 4:憲法改正関連記事量が増える構造・・・護憲派・改憲慎重派新聞のケース
図 5:憲法改正関連記事量が伸び悩む構造・・・改憲派新聞のケース

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