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コンテンツの時代を如何に生きるか

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(1)

Title コンテンツの時代を如何に生きるか How we shall live in an era of contents Author(s) 笠原 正雄 (Masao Kasahara)

Citation 大阪学院大学 人文自然論叢(THE BULLETIN OF THE CULTURAL AND NATURAL SCIENCES IN OSAKA GAKUIN UNIVERSITY),63:1-24

Issue Date 2011.09.30 Resource Type Article/ 論説 Resource Version

URL Right Additional Information

(2)

大阪学院大学 人文 自然論叢 <論 説

>

第63号 2011年 9月

コ ンテ ンツの時代 を如何 に生 きるか

How we shall

live

in

an era

of

contents

NIasao Kasahara

概 要 21世紀 は コ ンテ ンツの世紀 で ある。 コ ンテ ンツには文化 的、 産業 的、政治 的側 面 な ど多様 な側 面 が あ り、 コ ンテ ンツ技術 の健 全 な発達 、 内容豊 か な コ ンテ ンツの創 出が 、 国家的重要課題 となってい る。本稿 で は、 コ ンテ ンツ技術 を支 える情 報技術 に携 わ る私 達 に課 され る基 本的姿勢 は何 で あるか、 を問 い考察す る。最初 に、基 本的 な用語 で あ る 情 報 ― InfOrma●on、 技 術 一 Technologyの 対応 が、必 ず し も適切 で ない こ とを

指摘 し、 これ らの用語 につ いて考察す る。 次 に情 報技 術 の光 とその影 につ いて論 じ、特 に影 の部分 に焦点 をあて、情報技術 の成果 であ るテ レビや携 帯 電話等 々の存在が 、乳幼 児育児環境 に与 える影響 につ いて考察す る。

1

まえがき

情報 ―→Infomation、 そ して、技術 ― Technologyの 対応が必ず しも適切でな く、 こ のため情報技術 とい う基本的に重要 な用語が、我が国において正 しく理解 されていない。 情報技術 を人類文化そ して福利の向上 に役立たせ るため、情報技術者 は鋭意努力 を重ねな ければな らない。 しか し情報技術の用語その ものが曖味であることが、我が国の コ ンテ ン ツの世界に暗い影 を投げかけている。 20世紀後半 より爆発的 (指数関数的

)成

長 を続 けている次の三つの技術、 ● 演算技術 (信号処理技術 を含む) ● 記録技術 ● 通信技術 (ネッ トワーク技術 を含む)

(3)

この技術が掲げる最終 日標の一つは、 “視 。聴・嗅 。味・触覚全 て を伴 った現実 と寸分変わ らない ヴァーチ ャル・ リア リテ ィの コ ンテ ンツ世界 を、ユーザ個 々に適合 した形、すなわち個性化 コンテ ンツ[6]の形で提供 す ること" である。 近未来のコンテ ンッ世界では、 (1)成長 した大人には幸福感、満足感等を与えるものであること

(2)乳

幼児には、感性、創造性等 を酒養するものであること が 目標 としてかかげ られる。 本稿 では現 コンテ ンツ環境が、上記 (1)および (2)を満たす ものであるか否かについ て考察する。 まず始めに次章で、本稿 のキーワー ドである「倫理」、「技術」 などの用語 に ついて解説する。

2

情報技術 のキーワー ド

2.1

倫 理 と は

.情

報 倫 理 と は 倫理 という言葉 について和辻は、“倫

"は

人間共同体の秩序つ まり「人間の道」を意味 し、 “

"は

倫が有す る道の意味を強調するにす ぎない、 としている[9]。 しか し倫理の “理

"に

は、単なる強調ではな く大 きな意味があると考え られる。“理

"は

宋学 においては宇宙の根本原理 を意味する。 さらに、宇宙 についての東洋 における最初の 定義は、“宇は空間のひろが り、宙 は時間のひろが り

"で

あった。宇宙 についてのこの斬新 な定義 は、紀元前

2世

紀の著書 『淮南子』 にさかのぼる[10]。 こういったことを考 える と、倫理 とは “時間、空間、人間の根本原理、人の在 り方、存 在への思索

"と

解釈 され よう。いずれにして も倫理 という言葉 には、“間

"の

喪失 とい うこ とは想定 されていない。 “間

"が

抜 け落ちた “時

"と

“空

"に

住み、 “個

"と

化 した人に倫 理の姿勢 を問 うてみて効果があるのか、 という素朴 な疑間が倫理 とい う言葉 に既 に含有 さ れている[3]。 以上 を踏 まえると情報倫理 とは、情報技術の成果 としての製品、すなわち携帯電話、大 画面ハ イビジョン映像、ゲーム、ペ ッ トロボ ッ ト等々の成果が、時間、空間、人間の在 り方 に どの ような影響 を及ぼすかについて、真摯に考究する姿勢その ものを意味すると言える。 本稿 では紙幅の関係で、情報技術 の時間、空間の在 り方への影響 について論 じることは 割愛 し、 さまざまな情報技術 の成果が、私達の不注意によって人間の在 り方 にどの ような 影響 を及ぼすかについて、“乳幼児 とテレビ、そ して絵本"と いう切日か ら詳細に考察す る。

(4)

-2-コ ンテ ンツの時代 を如何 に生 きるか

2.2

情 報 、 イ ン フ ォ メ ー シ ョ ン 、 技 術 そ して テ ク ノ ロ ジ ー 情報技術はどのようにコンテンツに関わるか。このことを考察するに当って出発点 とな るもの、それは以下の問いに対する答を真摯に考えることである[7]。 ● 情報とは ● インフォメーシ ョンとは ● 技術 とは ● テクノロジー とは 筆者は情報技術、情報倫理、技術倫理等 に関連す る学会で講演する際、上記設間を提示 し ア ンケー トの形で出席者 に無記名で回答 を求めた りしているが、殆 どが無 回答 に近 く、突 然問われて も分か らない といった回答が多い。 前向 きに回答 して くれた数少ない幾つかの例 を要約 して、以下に示そ う。 □情報 とは 回答例1 回答例2 回答例3 □技術 とは 回答例1 回答例2 回答例3 表現で きない対象 あまね く存在するもの 不確実性 を少な くするもの 利用 されるもの 人間か ら現実への働 きかけの理論 問題 を解決する道具 もともと情報あるいは技術について国語辞典などで調べてみても、首をか しげざるを得 ない答 しか見出せない場合 も多い。 したがって上記回答は情報あるいは技術の一面を表 し、 熟慮した上での深い意味が含有されているという可能性は、残 されている。なお、テクノロ ジーとはという問いかけに対 しては、無回答あるいは技術に同 じといった回答が見 られる。 いずれにしても我が国においては情報あるいは技術 という重要な用語が曖味に理解 されて いるとの印象が強い。そこでこういった曖味さを払拭するために情報そしてインフォメーショ ンに対する筆者自身の回答を図 1に 示す。図

1(a)と

(b)によって、「

InfOm誼

on」 とその

訳語としての「情報」の間には基本的な差があることが分かる。欧米人のいう「Inforlnation」

(5)

情報"とは、 (1)事柄の内容、ようす,またはその知らせ (2)状 況に関する知識 である(小学館発 行の日本国語大辞典よタリ) 一般 に“情"の意味 は五通│りに分けられるが、情報の“情"は 唯一、心がかかわってぃない

1情

報とは“ありのままの知らせ"である (a) │・

ハイデッガーは「

lnfOrmationは

インフォームする、すなわ

lnfOrmationは

報道と同時に形成し、整列させ、整頓

させる。

・」という解釈を与えている

コメント:インフォメーションには、相 手 の内部、心 に(in)、 │ 報道を形成する(formation)というニュアンスが潜在する

(b) 図

1

情 報 とは.イ ンフ ォメー シ ョン とは[1]

2.3 Mechanical A威 ,Technologyに 対する共通の訳語「技術」

小学館発行の日本国語大辞典 (全25巻

)に

よれば「技術」の第一の意味は、

(1)物 を取 り扱った り、事を処理 した りする手段

とある。引き続いて次のような文章が、同辞典に記述 されている。

西周 『百学連環』(総論):「 Mcchanical A■ (器械技)and Liberal Art(上 品芸

):原

語 に従 うときは貝1ち器械の術、又上品の術 という意なれど、技術、芸術 と訳 して可なるべ し。 技は肢体を労するの字義なれば、総 じて身体を働かす大工の如 きもの是な り(以上、同辞 典第

5巻

、p.569よ り引用)」 哲学者西によって、Mechanical A威 (器械技

)=技

術 とされたわけである。西の真意は 技術

=器

械術であ り、「技術」 とは、身体を働かす大工の如 きもの是なり、であった。 しか し西の真意に反 し、そして我が国にとって不幸なことに、後世Technologyに対 しても、同

(6)

-4-コ ンテ ンツの時代 を如何 に生 きるか 躙

=胴

+圃

技術 は哲学 、倫 理 と一体.ロゴスが抜 け落 ちた技術 は │ 危 い.哲 学 、倫 理 を考 えることは、将 来 、国家 に大 きな │ (文化 的、経 済 的)利益 をもたらす

2

技術 とは じ “技術

"が

訳語 (訳者不明

)と

して定着 し使用 され始めた。 Technologyの本来の意味 は図

2に

示 した ように、

Psychology,Gcology,Zoology等

々 と同様、学問 とい う意味の方が強い。 したが って Technologyに 対 しては、技術学 あるいは 技術論 とい う訳語 もあ り得 た し、 この方が Technologyと い う言葉の本質 に近 い と考 え ら れる。 この ような歴 史的な経緯 によって、我が国においてはロゴスの部分が抜 け落 ちた器械術 的技術が支配 しつづ けている。

21世

紀 に入 って益 々成長 し、 巨大化す るTechnologyに対 しては この ような姿勢 は通 じない。 ロゴス、倫理 の抜 け落 ちたぬ けが らの ような巨大化 Technologyを 追求す る姿勢が如何 に危 く、そ して如何 に大 きな負の遺産 を後世 に残すか考 えなければな らない。 この ことへの反省が私達 に今 こそ求め られている。 しか しなが らこ の問題 についての考察は本稿の主題か ら外れる点があることを考慮 して、本稿第

6章

「む すび」でこの問題 を再度取 り上げて考えてみたい。

2.4

情 報 技 術 と は 情報技術 とは、「 まえが き」で述べた ように演算技術、記録技術、そ して通信技術 を中心 とする技術 を意味す る[1、2]。 上記三つの技術の ことごと くが、1960年前後 よ り相互 に深 く絡み合いなが ら指数関数的成長 (爆発的成長

)を

続 けている。そ して世の中を急速 に変 革 してい く非常 に大 きなエネルギー となっている。 社会を支 える基幹的な技術が、半世紀 もの間恒常的に爆発 的成長 をつづ ける といった事 態は、技術 史上経験のないことである。上記三つの技術 を三本柱 とす る情報技術 (I「)の めざましい発展が、 自然の成 り行 きとしてネ ッ トワーク社会、 イ ンターネ ッ トの世界 を幕 開 きさせた。情報技術 は、 ネ ッ トワーク社会で人類が活躍す るための舞台作 りをす る技術 である。電子の都市空間、つ ま リバーチ ャルな建物、バーチ ャルな交通 システムを構 築す る “建築技術

"で

ある。

一挙

(7)

情報技術の発展 によって時間的、空間的制約[1]を克服 して視聴覚だけでな く、触覚、味 覚、嗅覚等 をも仮想現実の環境で再現することが、可能 となる。例えば味覚の場合、脳、舌 等の体 内に埋 め込 まれたインプランタブルコンピュー タに、映像か らの電波が送 られ、 こ れ を受信 した体内のインプランタブルコンピュータが味覚神経 を刺激 して、例 えば、奈良 時代や平安時代の庶民の料理 を視聴者に賞味 させ るといったことが可能 となる[6]。 情報通信技術 の究極の 目標 は、映像、音楽、音声、デー タ等様 々な形 をとるコンテ ンツ を、で きる限 り正確 に受信者 に伝 えることである。情報技術の進歩 によって、21世紀後半 には人々は、襖 をあけて隣 りの部屋 に入ってい くような感覚で、仮想の世界 と現実の世界 を何の違和感 もな く行 き来 し、二つの世界 に同時に生 きることを楽 しむ、 といったことが 想像 される。 情報倫理 はイ ンターネ ッ トの影 を問 う学問ではな く、情報技術の発展が もた らす世界 に おける人間の在 り方 を考 える学問分野である。 この世界では人間の在 り方についての深 い 倫理的な洞察が、技術面での発展 とバ ランスをとって進め られることが強 く望 まれている。

3

テクノロジー とは

3.1

テクノロジーの語源

前述のように、技術という日本語を介在させて、

Technology = Mcchanical Art

とい う関係が、我が国において成立 した。技術立国を目指す我が国にとっては憂慮すべ き ことである。 テクノロジーの語源 は図

2に

示す ように、ギ リシャ語でテクネー 十ロゴス、すなわちロ ゴス (論理、調和、理性、法則等 々

)を

伴 うテクネーである[11]。 プラ トンはテクネーの部分 を表1のように分類 している[11]。 制作術の分類の中にある “類似像

"と

い うのは、真の実在であるイデアの写 し、いわば コピーである。天上 に普遍 的なイデアが存在 し、地上で 目にす る ものはイデアの類似像、写 しに過 ぎない。家の中の 机や椅子、野 山にある花や木は、それぞれのイデアの写 しである。プラ トンはこの考 えに 基づいて、例 えば花や木 を描 く画家は、 イデアの コピーをさらにコピー しているに過 ぎず、 芸術家 としては認め られない とした。周知のように、プラ トンの このような考え方 を否定 し、芸術家の名誉 を回復 したのは、アリス トテレスであった。 イデアには非常 に深い意味があ り、数学そ して人類の精神史に大 きな影響 を及ぼ した と 考 えられるが、その詳細 については紙幅の関係で割愛 したい。 イデアについてのより深 く、 よ り具体的なイメージは文献[12]に記述 されている「洞窟の比喩」 より得 られよう。 技術 について深 い洞察 を示 したハ イデ ッガーは、ドイツ語のテ ヒニ ック (Technik)の

(8)

-6-コンテンツの時代 を如何 に生 きるか 表

1

プ ラ トンに よ るテ クネ ーの分 類[11] テクネー 獲 得術 制作術 学習術 、計算術 、 知識獲得術 、狩猟術 等 実物 制作術 影像 製作術 農耕術 、 医術 等 類似像 製作術 等 語源 はギ リシャ語 の テ クネー (Technこ

)で

あ る と した[11]。 ハ イデ ッガー に よれ ば、 テ ク ネー とは蔽 い を とって顕す働 きであ る。蔽 い を とって現 れ て くる もの は何 か。 そ れ こそが 真 理 で あ る。 以 上 の よ うな考 え方 に従 う と、 テ クネー とは “真 理 の 自己顕 示[11]"、 “真 理 発見へ の働 きかけ[5]"であ る と解釈 で きる。

3.2

ロゴスを伴 ったテクノロジーの出現 そ して分裂

ロゴス (論理、調和、理性、法則、比例、 いう形で人類社会 に最初 に登場 したテクノロ ● バ ビロニアの占星術 ● エジプ トの測地術 ● ギリシャのポ リスにおける音楽 …

)十

テクネー (真理発見への働 きかけ

)と

ジーとして、以下をあげることができる[13]。 これ らの全 て に共通す る こ とは、 国家 の安寧、 人 々の精神 的安 らぎに寄与 した こ とで あ る[5]。 テ クノロ ジー は古代 ギ リシャにおいて テクネー、技術労働 ―→ 奴隷の世界 ロゴス、学問

一→ 自由人の世界 のように分裂 した[13]。 ロゴス思想 は、普遍的な形、数量的比例 を世界の根本 と見、当時のテクネーに比べ遥か に高度に発達 した学問の世界 を構築 し、 自由人の世界で受 け入れ られた。古代ギ リシャに おいてロゴス思想 は数学の世界 を構築 し、その思想 は、ルネサ ンスに至 るまで人類 の精神 史に大 きな影響 を及ぼす こととなった[13]。 一方、奴隷の世界 に委ね られたテクネーが、ロゴスによって支援 されるということは、 さ まざまな理由によって阻まれ、実現 しなかった[5]。 ロゴスを伴 ったテクネーすなわちテ クノロジーの復活 は、ルネサ ンスまで待 たねばな ら なかった。20世紀 そ して21世紀、テ クノロジーの分野 は、百花績乱 の勢 いで咲 き誇 って いる印象が強い。 しか し同時 に、テクネーの部分の爆発的な肥大化 に比べて、 ロゴスの部

(9)

(1) (Ⅲ) 分 の進展 が相対的 に益 々小 さ くなってい く印象 を、否む ことはで きない。 図

2に

示 したように倫理は、技術の世界に、将来大 きな利益をもたらす ものである。技 術に光をもたらす必要不可欠なものである。技術の世界に真の利益をもたらす という意味 で、倫理は技術の基本の基本、非常に奥深いところにある基本である。

4

今 世 紀 の主 役 、 コ ンテ ンツ

4.1

コンテンツ、その多様な側面

21世

紀はコンテンツの世紀 といわれて久 しい。コンテンツは以下のように、さまざまな 側面を持っている。 文化的側面[[8]、第

4章

] 1990年 代初頭、 ガ ッ トウルグアイラウン ドの場で映画市場 開放 を迫 る米国ク リン ト ン政権 に対 し、 フランス文化 を守るという立場か らの ミッテラン大統領の強い主張が あった。産業的側面 に立つ米国 と文化的側面に立つ フランスの間ではその後 も対立が 続 くこととなった。 産業的側面 ポケモ ンの世界市場の累積売上 は、21X10年ごろの時点で

3兆

円 とい う巨額 に及んだ とされている[[8]、 第

4章

]。 クレヨンしんちゃんの商標権 に関わる失敗例は、 コンテ ンツの産業的側面を強 く浮かび上が らせるものであった。 政治的側面 市民への倫理的、政治的教育 とい う側面を有 していたギ リシャ神話に始 まって、多 く の コンテ ンツが国家政策に沿 った形で現在 に至 るまで創 出 され続 けている。 しか し、 注 目すべ きことは2010年以降 この流れに変化が認め られ、市民の発信す るコンテ ン ツが、逆に国家、政治 を動かす方向に働 き始めている。施政者か ら庶民へ と動いてい た歯車が庶民か ら施政者へ と逆方向に動 き始めているのである。

4.2

コ ン テ ン ツ の 要 件 コンテ ンツとは何か?そ して コンテ ンツに課 される基本的要件 は何か?この難 しい質問 に対す る分か りやすい答 を、図

3に

示 した万葉集の歌 に見出す ことがで きる[1、2]。 この歌 を読む と、 ● 作者 は17、

8才

の女性 と推定 されること。作者の年令が、 この年令か ら上あるいは下 に

(10)

-8-コンテ ンッの時代 を如何 に生 きるか 外 れ るほ ど不 自然 さが感 じられ る ようにな る こ と ● 女性 の袂 に納 め られ た細石 は、女性 の望 む と きに袂 か らと り出 され、 そ の度 に実体 と しての君が女性 の心 に回帰す るであ ろ うこ と。仮 りに、女性 の父親、母親が この細 石 を 預 か り、父母 のペ ー スで細 石 が女性 に見せ られ る よ うな こ とに なれ ば、女性 の心 に は も はや豊か な恋情 は育 まれ得 ないであ ろ うこと な どが想像 され る。 この歌 は、細石 とい う “コンテ ンツ

"を

通 して、 コンテ ンツの在 り方 を以下の ように教 えている[6]。 コンテンツに課 される要件

1:コ

ンテ ンツの良否 は、年令 によって大 きく異 なるこ とを考 慮すること コンテ ンツに課 される要件

2:コ

ンテ ンツは、 自己のペースで観賞す る ものであ るこ とを 考慮すること 情報技術の 目標 は、 これ らの要件 をlfXlパーセ ン ト満 たす コンテ ンツを創 出 し、私達 の 生活 を真 に豊か にす ることである。将来、要件 1と

2を

満たす ヴ ァーチ ャル・ リア リテ ィ の世界が、現実世界に完全 に一致 した形、つ ま り視聴覚 だけでな く触覚、味覚、嗅覚 を も 完全に忠実 に再生す る仮想空間をユーザに提供す ることとなる。そ こはユーザ個 々の年令、 個性 な どに適合 した “個

"の

世界、完全 な個性化 コンテ ンッ (オー ダーメー ドの コ ンテ ン ツ

)を

提供する世界である。 コンテ ンツ技術の最終 日標 は、 この ような “個

"の

世界 をユーザに提供す ることである。 完全 な個性化 コンテ ンッの時代の到来を 目標 に、情報技術 の分野では研究開発が進 め られ ている[6]。 20世紀 は均 一 コ ンテ ンツ (レデ ィー メー ドの コ ンテ ンツ

)が

席巻 し、映画、 レコー ド、書

『信濃なる千曲の川の細石も

君し踏みてば玉と拾わん』

主 体

シンボル体

(コ

ンテンツ

) 図

3

コンテンツの本質 を教 える万葉集の歌

実 体

(11)

籍 な どの コンテ ンッ巨大市場 を形成 した。21世紀 に入って も均一 コンテ ンツが依然 として 主流である。均一 コンテ ンッには、違法 コピーの問題が後 を絶たない。 しか し将来実用の 舞台に登場す るであろう個性化 コンテ ンツ、つ ま リオーダーメー ドの コンテ ンツには、個 性化が進め られているために違法 コピーの入 り込む余地が少ない。違法 コピーの問題 を解 決す るために、個性化 コンテ ンツの研究開発を進めることを情報技術の大 きな目標の一つ として掲げることがで きる[6]。

5

コンテンツ時代 における、乳幼児の環境

情報技術の 目標である個性化 コンテ ンツ創出の流れが 日毎 に加速す る中で、乳幼児が置 き去 りにされているとの印象 を否むことがで きない。 このことについて、乳幼児 と絵本そ してテ レビとい う切 日か ら考察する[1-4、7、8]。

5.1

幼 児 と 絵 本 の 世 界 絵本の世界は、

1∼

3歳

の幼児に とって象徴化能力、感性、創造性、あるいは努力持続 性等 を育む上で大切 な空間である。幼児は、絵本 という静止画を心の中で連続的なアナログ の シー ンに置 き換 えて、実体 を脳裏に描いてい く。 この意味で絵本の世界は、

0歳

児の こ ろに住んでいた世界、つ ま り誕生後に経験 した長い睡眠の中で見た豊かな夢の世界に近い。 幼児 を迎 える絵本の世界は、現実の世界か ら夢の世界 に橋渡 しを して くれる心地 よい空 間である。幼児は、図

4に

示す ように 幼児 → 絵本 → 実体 → 幼児 → 絵本 → … とい う思想の流れによ り実体 を脳裏 に描 き、実体の世界に遊ぶ。幼児 は毎 日同 じ内容の絵 本であって も、繰返 し繰返 し飽 きることな く読み、父や母に読んで もらうことに大 きな喜 びを感 じる。そ してこのプロセスによって、幼児に豊かな感性、倉1造性、努力持続性等が 育 まれてい く。米国の文明評論家マ ンフォー ドが ヒ トをしてホモ・サ ピエ ンスに至 らしめ た最大の要因 として、 ヒ トが眠 りの中でみる夢の効果 をあげていることに注 目したい と思 う[14]。

5.2

幼 児 と テ レ ビ の 世 界 絵本の世界に対 しテレビの世界は、多 くの場合図

5に

示すように現実に限 りなく近いリ アルな世界である。この世界は子供にとって、シンボル体がすなわち実体であるために、真 の存在が何であるかを把握することが難 しい混乱の世界である。

-

(12)

10-コンテンツの時代を如何に生 きるか 自閉症児、健常児の統合教育に取 り組 む牧師江川によれば、 “テ レビは決 して心 を育 てる ものではない、母親が不在であるかの ように子供が母親 に関心 を示 さな くなった場合、 テ レビか ら子供 を取 り返す ことは非常 に困難なこと

"と

述べ ている[15]。 江川のこの警告 に 対 しては、今 日であればテ レビをゲーム機 に置 き換 えて、耳 を傾けることもで きる。情報 技術 に携 わる者 には、 自らがつ くり出す製品の影の部分 に、 もっと大 きな注意 を払 うこと が望 まれている。 家庭内のテ レビの大型化ハ イビジョン化 は、 リアルに現実世界 を再現す る とい う意味 に おいて、 ラジオ、そ して従来の自黒テ レビ等 に比較 して “非象徴化

"を

益 々進展 させ てい る。マ ンフォー ドの言 う夢の世界、眠 りの中でみる夢の世界 とはほ ど遠い世界である。 乳幼児の生活の場 にテ レビ画面がつけっばな しになっている と、乳幼児の 目や耳 はテ レ ビ画面に向か ざるを得 ない。乳幼児 はこの画面 に対 しコ ミュニケーシ ョンを試み、そ して シー ンの意味す る実体 を模索す る。 しか しこの とき幼児 の心の中に形作 られている世界 は、 大人か らは、想像することがで きない混乱の世界である。 歴史の浅い メデ ィアであ り、象徴化が進 んでいないテ レビ画面 を、幼児が 1日 に何時間

シンボル体

(コ

ンテンツ

) 図

4

絵本 を読 む幼 児 の 思想 の流 れ (“実体"は、幼児の日でコンテンツを見ての実体)

l::llll〕

"レ `“ 11:ミ tt.L__ .メ 螂 “``1'7

シンボル体

(コンテンツ) 図

5

テ レビ を見 る幼 児 の 思 想 の 流 れ (“実体"は、乳幼児の 日でコンテンツを見ての実体)

実 体

主 体

(13)

も視聴 す るこ とは大 きな危 険 と隣 り合 わせ であ る。 この理 由は、 ヒ トが生得的 に備 え持 つ 象徴 化 能 力が 芽生 え、最 も活 力 あふ れ て活動 し伸長 し高め られ る時期 は誕生後 の数年 間で あ り、幼児 に とって将来、社会人 として受け入れ られるために必須 となる感性 、創造性 、努 力持 続性 等 を発達 させ なけれ ばな らない大切 な時期 であるか らであ る。 乳 幼 児がつ け っば な しの テ レビに長時 間接 す る こ とが、何故 良 くないのか?その理 由 は 何 か。 この問いか け に関す る限 り、筆者 は科学 的根拠 に基づ く理 由を細 々 と述べ るこ とに、 懐疑的である。つまりこのような暮 らしの中の身近な問題に、科学の力を借 りなければな らないのか という疑間である。つまり、赤ちゃんが子守役 としてのテレビを赤ちゃんだけ で長時間

(NHKが

2004年 11月 5日 に放映 した番組 『子供 とテレビ』 によれば、 日本人 赤ちゃんの平均視聴時間は1日 当 り

3時

間 15分

)視

聴するのは良 くないのではないかとい う親 としての直感的判断が優先 される。 しか し “危険と隣 り合わせである

"と

いう回答で は、一般に余 りにも説得力がないことを筆者は日頃痛感している。そこで本稿では敢えて 科学的な立場か らの解説を試みる。以下においては赤ちゃんの真の姿を紹介 し、赤ちゃん とテレビをはじめとするコンテンッとの関係、その良否について考察する。

5.3

ヒ トの 赤 ん 坊 は 子 宮 外 胎 児 ヒ トの赤ん坊 は、スイスの動物学者ポル トマ ンが指摘 したように高等哺乳類の中で唯一、 子宮外胎児 と呼ばれる存在である[16]。 高等哺乳類の赤ん坊が共通に離巣性であるにも拘 らず、ヒ トの赤ん坊 は “胎児

"で

あって、ネズミ等の下等哺乳類の赤ん坊 に近い就巣性 (ヒ トの場合、二次就巣性 とい う用語が使 われることもある

)で

ある。 ヒ トの場合には “胎児" が健やかに育つ ことがで きる “巣

"が

必要 とされる。 高等哺乳類の赤ん坊 とヒ トの赤ん坊の間には図 6と 図7に示す ような決定的な差がある。 高等哺乳類 の赤ん坊 はシカやウマの赤ん坊 に見 られるように、誕生直後に母親の表情 を見 て “危険"、 “躾 け"、 “甘 え

"な

どの実体 を知 ることがで きる。 自己、 シンボル体、実体 の 分離が確立 されている。 一方、 ヒ トの赤ん坊 においては図 7よ り明 らかなように、 自己、 シンボル体、実体の分 離が なされていない。つ ま り自分 自身 と母親の区別す らで きない。 この時点では ヒ トの赤 ん坊 においては “時

"の

流 れ、そ して “近 さ、遠 さ

"の

認識 はな く、時間 も空間 もほ とん どポイ ン トとして存在す るだけであることが推測 される。 ヒ トの赤ん坊の脳 は、 まわ りの 大人の協力によ り、点 としての “時

"と

“空

"と

を “距離化

"し

、時間 と空間の認識が可 能になる。宇宙の誕生時 と同 じような変化、つ まり時間の拡が り、空間の拡が りが赤 ん坊 の心の中に起 こっていることが強 く推測 される。 誕生直後の ヒ トの赤 ん坊 においては、日唇以外の随意運動 は不可能である。 しか し脳 は 大人の想像以上に活発に機能 している。赤ちゃんの脳は能動的にまわ りの状況を模索 し、 自 ―- 12 -―

(14)

コンテ ンツの時代を如何 に生 きるか 己、 シンボル体、実体 を引 き離す作業、つ ま リウェルナー とカプランのい う “距離化

"に

励んでいる[17]。 誕生後の lヶ 月、殆 ど目を閉 じた ような状況の中で、活発 にあた りの状 況 を模索す る。仲渡・小林・山口によれば生後半年、赤 ちゃんは視力 に乏 しく不鮮明 なぼ んや りした世界 しか認識で きない[18]。 日の前の状況 をかすんだ状態で しか観察で きない 中で、生後

0∼

3ヶ 月の赤ちゃんの脳が生得的に追い求めている画像 は何か。それ こそは丸 い形の もの、つ まリヒ トの顔に近い画像であると推測で きる[18]。 赤ちゃんは、ぼんや りとしか 目に映 らない顔画像へ の 自発的微笑 (生後間 もない赤 ちゃ んが意味 もな く笑っているように観察 される微笑

)等

をこころみ る。 この ことへの反応つ ま り “丸い形

"に

心地 よい変化があれば、脳 は、いわば勇気づ け られ る。つ ま り、赤 ちゃ んの脳 は、確かな期待通 りの レスポ ンスを観濃1することによって励 まされる。そ して この

主 体

シンボル体

(コ

ンテンツ

)

実 体

6

誕生直後の高等哺乳類の赤ん坊の思想の流 れ

シンボルってなあに

?"

自分と母親の区別もできない…・

ましてシンボルなど…・

" ウェルナー・カプラン『シンボルの形成』ミネルヴァより 図

7

誕生直後の ヒ トの赤ん坊の思想の流 れ

(15)

こ とを励 み に して周 囲の人の顔 画像 の認識 を よ り確 か な もの に してい くと推測 され る。 因 み に この 自発 的微 笑 は社 会 的微 笑の準備運動 と して考 え られ るが、高橋 に よれば この 自発 的微笑は胎生期の32∼35週にピークがあるとい う[19]。 ヒ トは誕生する前か ら社会参加ヘ の準備 を始めている !私 達はこのことを重 く受け とめねばならない。 映画 『ジ ョーズ』 に も登場する巨大 なホホジロザ メは、胎生期 において何十匹 もの兄弟 を共食い し、最後に生 き残 ったたった一匹の勝者が生れて くるとい う。サ メは捕食行動 を 誕生以前 に準備 して生れ、 ヒ トは社会参加への準備 を誕生以前 に行 って生れる。重 く、極 めて重 く受けとめねばならない事実である。 ヒ トの赤ん坊 は大人か らの働 きかけを待つ とい う受身の学習 を しているのではな く、 自 らの生得的行動す なわち自発的微笑等の能動的行動 を試み、その結果与 え られるべ き大人 か らの適切 な反応、適切 な回答 を期待 し、 これによ り行動の妥 当性 を知ろうと努める (本 章の 5.4「 バー ンシュタイン理論が教 えること」お よび 5,7「再帰説」参照)。 赤 ちゃんか らの生得的、能動的問いかけに対す る回答 は、携帯電話、テ レビ等 々のメデ ィア、あるい は他の ことに気 をとられている大人の顔、そ して子守役 として与 え られているテ レビ画面 か らは、何一つ返ってこない。

5.4

バ ーンシュタイン理論が教 えること

ヒ トの脳 は外界か らの刺戟 を受 けて反応す るというパプロフの条件反射理論は、広 く知 られている。刺戟受容体であるヒ トの脳 に対 しては刺戦 を与 えつづけることが、結局、 ヒ トの成長につ ながるという考えである。 このパブロフの理論 に対 し、20世紀中頃バー ンシュタインは、動物の脳の本質は能動的 に環境 を探索することにある とした。パブロフ理論 に対す るバー ンシュタイン理論 は、当 時の ソ連の人間観 に反す る として、プラウダ紙 に批判 された とい う。そ して職 をも失 った とVヽう[20]。 パブロフとバー ンシュタインの理論を、以下の世代を切口にして、比較 してみる。

(I)乳

幼児 : パブロフ理論は、乳幼児にはあてはまらない。前節で述べたように、乳幼児においては 能動的行動が主体であってバー ンシュタインの理論が明白にあてはまる。 (Ⅱ)大人: パブロフ理論は大人にはあてはまるように思われる。何故なら大人は映画館、音楽会会 場、野球場―に足 を運んで、ひたす ら受身で刺戟を受けつづける存在にもみえる。 この ため “サイモ ンの蟻"[1]の心理で、大人達は乳幼児世代ほか全ての世代を大人 と同様、 刺戟受容体であると考える。つ まりすべての世代をパブロフ理論の 日で見る。

-

(16)

14-コ ンテ ンツの時代 を如何 に生 きるか バー ンシュタイン理論は後述の5.7「再帰説」[1、22]に深い ところで繋がっているが、乳 幼児 においてはバー ンシュタインのい う能動 的に環境 を模索す る とい う姿勢が、刺戟 を受 容 しつづけるとい う受身の姿勢 に比べて明 らかに遥かに強い。 大人は上述の ように、パブロフの考えをよ り自然 な考え として捉 えて しまう可能性があ る。 このため、大人は大人の視点に立って、乳幼児 にも一方的に刺戟 を与 えつづけること、 例 えばカラフルなテ レビを一方的に見せつづ けた として も、赤 ちゃんに とっては大 きな刺 戟 とな り、 この刺戦 によって脳が成長す ると考 えて しまう。図

8に

示 した “サ イモ ンの蟻" [1]の心理である。大人の 目ではな く、赤 ちゃんの 目になってテ レビを見ることは非常 に難 しい。 サイモンの蟻 : 図

8に

示 した ように、砂漠の ような道 を歩 む蟻 のあ とにで きる軌跡 を、 ノーベ ル経済学 賞 を受賞 したサ イモ ンは、経済の世界の歩み と見 る。蟻 はその場 の地形 に合 わせ て機械 的 に歩んでいるにす ぎないが、経済の世界 も蟻の歩 み と同 じで、その時点、その時点で最適 と考え られる選択 を試みているにす ぎない、決 して遠い 目標 に向かって一直線 に進 むわけ ではない、 とサイモ ンは考える。 サイモ ン以外 の大 人たちは、砂地 に残 されてい く蟻 の軌跡 を見 て、蟻 に も悩 みがあ る、 心の葛藤がある、な どと考た り、蟻の歩 んだ跡 を自分の人生の歩み と重ね合 わせ てみた り する。 幼児、小学生の場合 は、 “蟻 さん、お絵か きしてい る

!"“

蟻 さん、怪我 したの

?"な

どなど、いろいろ想像力を働かせて見る。 数ヶ月の乳児であれば、蟻 に気づいて も軌跡 には全 く関心がないであろう。 この ように、サ イモ ンの蟻 は観測者の年齢、経験等 によって シンボル (コ ンテ ンツ

)は

非常に異なった観点か らとらえられることを教 える。テ レビ画面 について も例外ではない。 20世紀後半か ら今世紀 にかけて急速 に発達 した情報技術の成果 としてのハ イビジ ョン映

蟻 にも悩 み

,

心 の葛 藤 …

8

サ イモ ンの蟻

(17)

●   ● 像 を1歳に満 たない乳児が 1日

3時

間以上見 てい る姿 を見 て、大 人の側 か ら 結構楽 しんでいる カラフルな動 きのある映像 を見て脳が刺戟 を受け、脳の血流が活性化 され、何 もさせ な い よりは知能の発達が促 される 等 々の見方 をして しまう。大 きな危険 と隣 り合わせである。筆者がア ンケー ト等 によって 調べた結果では、半数近 くが乳幼児の 日ではな く大人の 日でテ レビを見て、子守がわ りの テ レビが赤 ちゃんの脳の発達 を促す という意見 を述べている。乳幼児の心 を百パーセ ン ト 大人の物差 しで測っていることを示す結果である。 心理学者 ピアジェは、子 どもを大人の 日で見るのではな く、子 どもの 目になって物事 を 見つめ、そ して判断す ることの大切 さを強調 した。20世紀 を代表す る科学者の一人 とされ るビアジェの言葉 に私達はあ らためて耳を傾けねばならない。

5.5

コミュニケーション空間の “

" 心理学者吉田は、文化人類学者ホールの コミュニケーシ ョンに関す る研究 を紹介す る中 で、 コ ミュニケーシ ョンとい う立場か ら考 えた対人距離 には以下の

4種

類の距離がある と 述べている[21]。 ● 密接距離 ● 個体距離 ● 社会距離 ● 公衆距離 :例えば、子育て中の母親 と胸に抱かれた赤ん坊 との距離 :例 えば、親 しい友人 との間で会話をする距離 :例 えば、初対面の来客に対 して応接係が会話 を交わす距離 :例 えば、教室内での教師 と学生 との間の距離 である。 筆者が、大阪学院大学 ほか幾つかの大学 における講義の場で、 これ らの距離 を具体的の どの くらい と考 えるかについて質問 した結果、 密接距離

: 5∝m程

度 個体距離

: llXl∼

15∝

m程

度 社会距離

: 150cm程

度∼数

m

公衆距離

:

m以

上 のような回答を得てお り、それぞれの値に大きなばらつ きはない[1]。 このアンケー ト結果より、コミュニケーションには相手 との “間

"が

基本的に重要な役 割を果 していること、そ して多 くの人がこのことを認識 していることが分かる。 誕生直後の赤ちゃんと母親の間には、以下に述べるように豊かなコミュニケーション空

16

(18)

-コンテンツの時代を如何に生きるか 間が形作 られている。 (1)授乳時の母子の姿勢が他の高等哺乳類 に比べ優位 な位置、 コ ミュニケーシ ョンの場 にお ける密接距離にあること (2)赤ちゃんに固有の行動、すなわち、授乳時 に一定周期での休上期 間をお くこと、そ して この休上期間にクーイングと呼ばれる哺語以前の発声がなされ、母子 との コミュニケー ション空間が豊かにされること[23] ヒ トは誕生直後 より、 “間

"の

とり方 を学んで社会人 となる。テ レビ画面に登場す る人物 と接 し続 ける赤 ちゃんは、将来、社会人 として生 きてい く上で大切 な “間

"を

学ぶ ことが で きず、社会人 として成長する際に大 きなハ ンデ ィを背負わされることとなる。

5.6

コ ミュ ニ ケ ー シ ョン空 間 形 成 へ の 赤 ち ゃん の 働 き か け ヒトの赤ん坊は運動機能が未発達で、大人、特に母親 とのコミュニケーション空間を赤 ん坊の側か らはうまく構築で きないように思われる。 しか し、 ヒ トの赤ん坊 は非常に鮮明 な形で社会性 を示す生得的な振舞いをし、 このことが大人、特に母親 との豊かなコミュニ ケーションの場を作ることに役立っている。 生後間もない赤ちゃんに見 られる行動の中で、社会性 を強 く感 じさせる振舞いがあるこ とは、ひろく知 られている[1、23-25]。 それ らのうち代表的なものは、 ①模倣 ② 自発的微笑 ③相互作用の同期性 ④クーイング、哺語[1、23-25] であり、誕生直後に出現する[1、23-25]。 ①の模倣 とは誕生後間もない新生児に向かって、大人が手をポンポンと叩いた りすると、 偶然とは考えられない高い確率で赤ちゃんも同 じような動作をすることをいう[24、25]。 な お、生後間もない赤ちゃんの大脳皮質は未発達で学習能力は備わっていない。 したがって 「模倣」という用語は必ず しも適切ではないことに注意 したい。 ②の自発的微笑 とは、前述のように生後間 もない赤ちゃんが、意味 もな く笑っているよ うに観察される微笑であ り、社会的微笑の準備運動 として解釈 される[1、 19、23-25]。 ③の相互作用の同期性 とは、もともと大人同士の会話の場面で、相手の発声する音節、単 語等に合わせて身体が動 く現象をいう[1、 25]。 佐藤は大人に見 られる相互作用の同期性が、 誕生後間もない赤ちゃんにも認められると指摘 している[25]。 母親の声に極めて正確 に同 期をとって動 く赤ちゃんの行動は、社会に参加することを願望する能動的な行為であると

(19)

考 え られて い る。 ④の クーイング、哺語 もまた赤ちゃんにとって大切 なコミュニケーシ ョンの道具である。 す なわち生後問 もない赤 ちゃんか ら発せ られるクーイングそ して哺語が大人 との間に形 づ くられるコミュニケーション空間を非常に豊かにしていることに注意 したい[1、23]。 哺語 は言語音声発声の準備運動 として とらえることもで きようが、主要な 目標 は、明 ら かにコミュニケーション空間を豊かにすることにある。 文献[26]に “耳の聞えない赤 ちゃんは手で哺語 を話す" とい う見出 しの もとに哺語 についての注 目すべ き記述がある。以下に要約 しよう。 “耳の不 自由な両親の間に生れた耳の間えない生後10∼14箇 月の赤ちゃんが両親 と同 じ ように手話 に似たようなことを している例が カナダのマギル大学の研究者によって報告 さ れている。 さらに21XX年に発表 された彼 らの研究では耳の不 自由な両親の間に生れた耳の 間える赤ちゃん も手で哺語 を話 している。" 以上の ような内容である。声で通 じなければ手話に訴える赤 ちゃんの脳の仕組。哺語の 主 目標が大人 との コミュニケーションにあることを明白に示す記述である。 なお上記 にある “耳の不 自由な両親の間に生れた耳の聞える赤ちゃんが手話に似 たよう なことをする

"と

い う内容は、転嫁行動[1、22]と考えられる。次節5.7で再びとりあげて みたい。

5.7

再 帰 説 が教 え る乳 幼 児 環 境 の 大 切 さ

夢か ら目覚めた誕生後

0∼

2ヶ 月の赤ちゃんの前に、母親があ らわれた としよう。視力 に 非常 に乏 しく、ぼんや りとしか見 えない赤 ちゃんの 目は、ゆっ くりと動 く “丸い もの

"を

本能的に追い求めている。赤 ちゃんの脳 は、 この丸い ものに自発的微笑す なわち “微笑み ましょう

"と

いう命令 を筋肉に指令すると同時に、母親か ら返 される笑顔が、“丸い ものの 心地 よい変化

"と

なって現われることを予測 し、 さまざまな (心地 よい

)変

化 を事前 に準 備す る。脳 にとって命令が “シンボル

"で

あ り、未受信の母親の顔の形の さまざまな心地 良い変化が “実体 (文献[22]ではコピー という用語が使われている

)"と

なって脳 に準備 さ れている。 目や耳の感覚器官 を経て僅かな時間遅れで赤 ちゃんの脳 に到達する外来性求心 情報 としての “丸い もの

"つ

ま り母親の顔形の変化 と、あ らか じめ準備 されていた コピー (実体、 “丸い もの"の心地良い変化

)と

の間に大 きな差が なければ、脳 は赤 ちゃんの筋 肉 に出 した “ほほ笑み ましょう

"と

い う随意運動 を促す命令が着実 に実行 されたことを知 る (脳は安心する)。 逆 に図

9に

示 した出カ コピー と外来性求心情報 に差がある場合、つ ま り丸い形に何の変 - 18-―

(20)

コンテンツの時代 を如何 に生 きるか 化 もない場 合 、 あ るい は脳 に とって予 想 外 の変 化 が 、丸 い もの の形 に観 測 され た場 合 、 こ の入力信号 は再帰 的情報 で はない と判 断す る。 この よ うな脳 の “期 待

"を

満 た さな い外 来 性情報 の連 続 は ヒ トの み な らず他 の動物 一 般 に対 して も、 フ ラス トレー シ ョンの状 況 に追 い込む。 フラス トレー シ ョンのキー ワー ドは “期 待

"で

あ る [22]こ とに注意 したい。 過去の経験に基づ く “期待

"が

満たされないとき、脳はフラス トレーションの状況に陥 る。図

9に

示す ようにフラス トレーション蓄積の状況を脱出 しようという赤ちゃんの脳の 試み (現状打開策

)は

、 外来性 刺 戟 を無視 した思 い切 った行動 (大人 の側 か らは想像 で きない行動

)を

運動系 に 命 じて、状 況 を大 き く変 化 させ 、 フラス トレー シ ョンの状 況 を脱 出で きるか否 か試 して み る[22] “外 来性 情 報 は全 て期待 外 れ情報 とな る"と判 断 し、 この状 況 か ら逃 れ るた め、 善悪全 て の外 来性 情 報 を拒 絶 し、例 えば “見 な い"、 “聞 か な い"、 “言 わ な い"と い った能動 行為 を停止 す る とい った行動 に出て、 フラス トレー シ ョンの状 況 か ら脱 出す る こ とを試 み る[7]

再帰議 θθ

髪 ρ

2“

励θ

Oフ

再帰情報 出カコピー 外来性 求心情報 オックスフォード動物行動学辞典、

Dマ

クファーランド(編)、 木村武二(監訳)、 どうぶつ社、(1993)より 図

9

再 帰 説 :フ

ラズ トレーション

f :

:

過去の経 験 をもとに“期待"していたことが行動 によって:

:

満たされない場合 に生 じる

!

:転

嫁 ほ動

edireθ ι

θごろ

(〔:,1.Jl:】!′ 1:,,1:1:″

:

:

現在の状況とは無関係な、外来刺激に対する活動

:

この行動はフラストレーション状況のときに生じる

:

『オックスフォード動物行動学辞典』、Dマクファーランド(編)、 木村武二(監訳)、 どうぶつ社、(1993)より 図

10

フラス トレーシ ョンそ して転嫁 行動 (フラス トレーションのキーワードは “期待")

コンパレータ

(21)

とい った結果 につ なが り得 る。 以上の ように、 フラス トレーシ ョンの蓄積 は外来性刺戟 とは無関係 な行動、す なわち転 嫁行動 (redirected behavior)つ まり暴力、沈黙等々となってあ らわれ得 る[7、22]。 転嫁行動 は現状 を打開す るために とられる脳 にとっての最後の手段 と解釈す ることもで きよう。前節で述べ た事例 をここで もう一度考えたい。耳の聞える赤ちゃんが、耳の間え ない両親に対 し哺語 による懸命の コ ミュニケーシ ョンが期待外れに終 ったために、 フラス トレーシ ョンの状況 に陥った脳は、現状打開のため回のかわ りに手を動かす ことを命ずる。 この転嫁行動が、 日常手話 を使用 している耳の間えない両親によって見逃 されることはな いであろ う。テ レビの大型画面あるいは他の ことに気 をとられている母親に対 し、哺語 に よるコミュニケーシ ョンが通 じない と判断 した赤 ちゃんは、手足で コ ミュニケーシ ョンを 試み よう。母親はこの行為 を理解す るであろうか。テ レビ画面はこの転嫁行動 に気付 くで あろ うか。 カラフルなテ レビ画面 を見て、手足 をばたつかせて喜んでいる、話 しかけてい る、 と大人は解釈するのではないか。 乳幼児 とつけっばな しのテ レビの関係、あるいは授乳中携帯電話 に夢 中になる母親の姿 勢が如何 なる結果 をもた らすか。社会人になるための準備 を しなければな らない大切 な時 期 に一方的にテ レビを見せ られる、あるいは携帯電話、CD、

DVDプ

レイヤー 、携帯型音 楽 プ レーヤ (例えばウォークマ ン

)等

に夢中になっている大人か ら適切 な反応が得 られな い、 といった赤 ちゃんの置かれている現状は憂慮すべ き状況 と思われる。

6

技術 の基本の基本、倫理 そ して哲学

一 むすびにかえて一

情報技術 には本来、光 も影 も存在 しない。光 とするか影 とす るか、その答はこの技術 に 向か う私達の姿勢 にlCXlパーセ ン ト掛かっている。本稿では情報技術 に向 う私達の姿勢 に よってつ くり出され得る影について、乳幼児 とテ レビそ して絵本 という切口か ら論 じた。 筆者 は東 日本大震災の起 こる丁度10年前 の

2001年

3月 に中央職業能力開発協会 よ り 『情報の道、 ひとの道―情報倫理 を考える一』 を出版 したが、本稿 と同様、技術 と社会の 関わ りとい う立場か ら技術 に向 う基本姿勢 について論 じていた。本稿 を濶筆す る前 に同書 67∼70ページに著 した拙文を以下に紹介 したい。 ―- 20 -―

(22)

コ ンテ ンツの時代 を如何 に生 きるか

一 記―

拙 著 『情 報 の 道 、 ひ との 道 』

[2](2001年

3月

)よ

第6節

我が国は技術に如何に対処 してきたか

6.1

は じめに (略)

6.2

私の 目にとまつた一つの出来事、そして反省 “余 りた くさんの人が気付かなかったか もしれないけれ ど、数年前、新聞、テ レビで報 じ られた富 山・出 し平 ダムの土砂堆積問題 は、私 には、深 く考 えさせ られる出来事であった。 電源開発 に伴 う黒部川開発 によって もた らされる自然破壊 か ら河川 を守 るためにつ くられ た ダムに、ヘ ドロが予想以上の速度で堆積 したのだ。下流域が危険 とな り、清流、黒部川 にヘ ドロを放 出 したのであったが、その被害 は甚大で、黒部川、そ して富 山湾 も茶褐色 に 染 まり、景観 を大 きく損 なうとともに漁業に も大 きな被害が もた らされたのである。 出 し平 ダムの問題 は、blHK「クローズア ップ現代」や新 聞で、 当時、取 り上 げ られた。 開発に携 わった技術者の談話 として「落葉が予想以上 に多かった」、「水温が予想以上 に高 かった」等 々、全ての原因は予想外のことである として語 られていたが、私はただ溜泊、を つ くばか りで言葉 を失 って しまう。 自然 を徹底的に知 ることもな く、予想だけでつ き進 む 愚かさ、そ して哲学や科学の抜 け落 ちた技術の落 とし穴の大 きさと被害の大 きさを私達 は 経験 したのであった。 この出 し平 ダムの例が示す ように、 自然の奥深 さを知 ることもな く、開発のメス をつ ぎ つ ぎに入れる技術者 をあ ざ笑 うように自然 はいつ も仕返 しをす る。我国固有の山河 の 自然 を深 く調べ ることもな く、水温 も予想、落ち葉の量 も予想 と、予想 だけで進む技術者の姿。 私達は反省 しなければな らない。 自然 に対す る技術 的支配の思想 を確立 した ともい うべ きフラ ンシス・ベーコンが、前述 の “自然は服従することによってのみ征服 される"と い う名言 を残 したことは技術史の世界 では広 く知 られている。ベー コンの言 う “自然に月風従す ること"も な く、つ ま り、 自然 を徹 底的に知 り、学ぶ こともな く、 しか も技術者の側か ら一方的に自然 を征服 しようとす る我 国の伝統的な姿勢 を、ベーコンの言葉は強 く警告す るもの として受け止めねばな らない。 今か らで も、決 して遅 くない と思 う。" ― 以上― 上記で語 られた出来 ごとは、今か ら思 えば2011年 3月 11日 の東 日本大震災 に伴 って ひ き起 こされた原発事故 を非常 に正確 にシ ミュ レー トす るような “小型原発事故

"と

も呼ぶ べ きもので、 ともに電力事業がか らんでいた。

(23)

3月

H日

の事故直後に関係者の国か ら共通に出て きた言葉は、やは り “予想外に大 きな 津波であった

"で

あったが、筆者はこの言葉 を心底か ら打 ちのめ される思いで聞いた。上 に述べ た “今か らで も、決 して遅 くない と思 う

"と

い う思いが木端み じんに打 ち砕かれた か らであった。 3月 11日以降最初の数 日間、人 々の論調 に私は注意深 く耳を傾けていたが、やは り “予 想外の ことだか ら、仕方が ないのでは、未曾有の天災だったのだか ら

"と

いうニュア ンス で語 られていた と記憶する。

フラ ンシス・ベ ー コ ンの有名 な言葉 “Nature obeyed and conquered."に 、今 こそ真 摯 に耳を傾けねばならない。 技術 におけるロゴスの部分へ の投資 (今日一 日の利潤 を最優先 して追求するとい う立場 か らは負の投 資

)が

、技術 を安定且つ健全に発展 させ るために必要不可欠なことであるこ とは純粋 に自然科学の立場 に立って考えてみて も自明なことである。 情報技術 は技術 の中の技術、いわば “技術の中のキ ング

"と

して位置づけ られる。 しか し、情報技術 においては負の部分、影の部分は、 日に見 える形では現れてこない。真 に覆 蔵 された形で存在 している。 この意味で情報技術 は、あ らゆる技術の中で最 も手強い影 を 伴 った技術である。 本稿では情報技術の光 と影の部分 を論 じ、特 に情報技術 に向 う私達の基本姿勢 によって は、乳幼児 を育て成長 させ る環境 に大 きな影が落 され得 ることを論 じた。 本稿で述べ たようにヒ トの赤ん坊が誕生後に置かれる空間は、“子宮外胎児"と して心身 ともに健やかに成長で きる空間でなければならない。す なわちヒ トの赤ん坊の場合、高等 哺乳類 の中で唯一の例外 として “就巣性

"で

あるために、理想的 な “巣"と しての空間が 与 え られねばな らない。 しか し、 この空間は多 くの場合、情報技術の成果 としてのメデ ィ アであふれた大人の空間と同居 している。 理想的であるべ き “巣"の周 りにはテレビの大画面、母親の手の中の携帯電話、CD、

DVD

プ レーヤー、ゲーム機、あるいは早期知識つめ込み型教育 ソフ ト、ペ ッ トロボ ッ ト等が存 在 し、赤 ちゃんの眼そ して耳 に飛び込んでいる。情報技術の影が この空間に強 く落 されて いる。赤 ちゃんの心 に、感性、創造性、努力持続性等 を育むべ き大切 な時期、 このような 状況が一体何 を意味するか。私達には、 このことを深 く考える姿勢が求め られている。 情報技術 を真 に人類 の福利の向上 に役立てるために、如何 に努力すればよいか。テ クノ ロジーの語源 を辿 ればギ リシャの昔に遡る。テクノロジーの本来の意味は、テクノロジー

=テ

クネー 十 ロゴス、であった。人類がテクノロジーの本質に真摯 に 目を向けていた時 代 に立 ち戻 って考 えれば、 ロゴスつ ま り倫理、哲学 に十分 な基盤 をお くテクネー としての 情報技術の発展が、今世紀 コンテ ンツの時代に強 く希求 されている。 ―- 22 -―

(24)

コンテ ンツの時代 を如何 に生 きるか

参考文献

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[5]笠

原正雄 :…技術

"対

“テクノロジー

"―

基礎・境界分野の将来 を考 える 一"、 特 別

寄稿、 Funttmentals Rcviewヽ bl.l No.4,pp.4-16(2KX18-m)。

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(25)

[19] [20] 1       2 2       2

[17]H.ウ

ェルナー、B.カ プラン、『シンボルの形成』、柿崎祐一 (監訳)、 ミネルヴァ書房、 1974。 [18]仲渡江美、小林恵、山口真美:“乳児の顔認識 における脳活動 について"、 電子情報通 信学会雅誌、Vol.92,No.1,pp.61-66("∞ -01)。 高橋道子 :“ほほえみの発達"、 赤 ちゃんウォッチ ングのすすめ、 I-3、 別冊 『発達』、 正高信男 (編)、 ミネルヴァ書店、(1966)。 道免和久:“運動反射 と制御理論"、 hゆ:〃

bekkoalne.ne.jp/domen/reflex.hl耐

吉田富二雄、“

個人空間

"、

数学セミナー、

Vol.34,No.11,pp38 39(1995)。

D.マ クファーランド

(編)、

木村武二

(監

訳)、

「オックスフォード動物行動学事典』、

どうぶつ社、1993。 [23]正 高信男、『

0歳

児がことばを獲得するとき』、中公新書 (1995)。 [24]榊 原洋一、『ヒ トの発達 とは何か』、ちくま新書 (1995)。 [25]佐 藤員子 (編)、 『乳幼児期の人間関係』、培風館 (1995)。

[26]S.J.プ

レイクモア、U.フ リス:剛尚の学習力』(21X15)。 乾敏郎、山下博志、吉田千里 訳、岩波書店 (2009)。 ―- 24 -―

参照

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