中国扶貧政策の転換と小額信貸の動向
小 松 出
目 次 はじめに 第 1 章 扶貧政策の成果 第 2 章 新世紀段階の開発式扶貧開発 第 3 章 小額貸款の進展 おわりに―今後の課題はじめに
中国の扶貧(貧困削減)政策は、1993 年から実施された「国家八七扶貧攻堅計画」段階では高 度経済成長を背景に開発式扶貧戦略の実施により、目標とした 7 年間で 8000 万人の貧困脱却を実 現するとともに貧困層の基本的な温飽問題を解決してきた。新世紀に入り、基本的には開発式扶 貧政策を踏襲する 「中国農村扶貧開発綱要(2001-2010)」(以下、綱要と略す)が実施されてきた。 しかし、貧困人口自体の量的減少にもかかわらず、「返貧(貧困層への回帰)」現象が頻発するな ど未だ貧困層の問題は根本的には解消してはおらず、反対により深刻化している。2000 年に新た に低収入人口基準を導入し、09 年には従来からの貧困ラインを低収入人口基準にまで引き上げて 新貧困ラインを設定した。この措置により扶貧対象の貧困人口は増加することになり、それと同時 に 「残された貧困層」 の脱貧の課題は曖昧にされた、との懸念が生じている。 本論では、新世紀段階からの綱要による開発式扶貧方針と上記貧困ラインの引き上げ措置が貧 困削減にいかなる影響を持っているのか、更に貧困層が脱貧のために必要としているニーズを扶 貧政策は満たしているのか、という観点から再検討する。ただ、扶貧政策は貧困層人口及び地域 だけでなく社会各方面への多方面で実施されている。本論では経済的側面に注視して、貧困人口 の持続的成長のための資金需要問題の解消策の機能と限界、更に対策を検討する。具体的には、 財政扶貧資金である 「扶貧貼息貸款(低利貸付)」 の問題と限界、そして急成長している各種 「 小額信貸(マイクロ ・ クレジット)」 のうち、貧困村を単位として成長している 「互助資金」 を検 討する。第 1 章 扶貧政策の成果
第 1 節 貧困削減の成果と開発式扶貧戦略 扶貧政策開始以来、中国の貧困人口の数量的減少は顕著な成果をあげてきている。貧困人口の策定には基準となる 「貧困標準」 の設定が前提であるが、中国の場合は世銀が使用するいわゆる 「1 人 1 日 1$ の消費支出」 のグローバル ・ スタンダードではなく、中国実情に応じた 「貧困標準」 を 1986 年に国家統計局農調総隊の全国 6.7 万戸を対象とする農村居民収支調査資料をもとに設定 した。 貧困状況を経済的側面のみではなく、生命の維持に最低限必要な生存維持費水準として考慮し て、「食物貧困線」として摂取カロリー 2100Kcal の食品需要と、「非食物貧困線」 として非食品の 衣服 ・ 住居 ・ 医療 ・ 交通等の最低支出需要、の 2 指標から算出した 「絶対的貧困」 水準であった。 この算出方法に基づき、85 年の 「貧困標準」 は農村一人当たり年平均純収入 205 元とし、物価指 数の変動に応じて調整することとなった。この算出には、2 指標を同じウエイトとするのではなく 「食品需要」 を 85% とする算出であり、当時の中国貧困人口が未だ 「温飽(基本的に衣食が充足し た生活)」 水準の維持に直面していたことを反映していた。1)90 年代以降の高度経済成長による急 速な所得上昇からエンゲル係数も適正化され、貧困人口も大きく削減されると共に食品需要も改善 された。更に、新世紀にはいると大部分の貧困人口の 「温飽」問題も基本的に解消することとなり、 「食物需要」 にウエイトをおいた 85 年設定の 「貧困標準」 では相対的に低水準となり、現実の貧困 状況を過小評価することに対して、新しい基準による貧困標準の設置の必要性が提起されていた。 新世紀にはいり、85 年設定の貧困ラインで計測される貧困人口は数量的には縮小しつつもその 反面で、貧困度とその内容はより深刻 ・ 厳重化してきていた。経済的貧窮度指標としての所得収 入要因以外で測られる貧困の多様化と所得格差の拡大による相対的貧困化現象や脱貧しながらも 様々な要因で再度貧困化する「返貧」 化等、の現象が頻発していた。こうした現実の貧困状況に 対応すべく、2000 年に新規貧困標準設定の参考指標として農村所得下位第 1 五分位(最も所得の 低い 20% の階層)の年平均値を基準とする 「低収入水準」 が導入された。この 「低収入ライン」 の導入には、貧困ライン周辺に存在する不安定な 「返貧」 貧困層をも未だ扶貧対象として包摂す る意図があった。 結局、08 年にこの 「低収入水準」 が 「新貧困標準」 として正式に設定され、当年の 「貧困 標準」 は 1196 元に決定し、それ以前の 「低収入ライン」 が遡って 「新貧困ライン」 へ、そして 「旧貧困ライン」 以下の 「旧貧困人口」 と 「低収入ライン」 以下の 「低収入人口」 の和が 「新貧困 人口」 とされた。表 -1 参照。新旧両貧困基準と貧困人口等の数値がある 07 年度を見ると、旧貧 困ラインは 785 元で貧困人口は 1479 万人に減少していたが、低収入ライン 1067 元での低収入人 口 2841 万人が新貧困人口の純増部分となった結果 4320 万人へと増加し、貧困発生率も 1.6 から 4.6% へと 3 ポイント上昇した。このように、貧困基準の引き上げは扶貧対象の貧困人口を増加さ せ、前述した旧貧困ライン周辺の 「返貧」 層をカヴァーできることとなったのである。しかしなが ら、新貧困ラインが農村所得下位第 1 五分位階級の平均値から導かれた 「低収入ライン」 が基準 である以上、新貧困人口は単に農村の低所得者数を示しているにしか過ぎない、といえよう。確 かに、2000 年の農村住戸調査から、当年の貧困人口 1 人当たり平均生活消費支出額が 840 元前後 で、一方農村所得下位第 1 五分位階級の 1 人当たり平均消費支出が 865 元であり、両者の数値が
近似的範囲内であったとしても、少なくとも時系列での両数値の相関関係は明確ではない。2)「旧 貧困ライン」 は、温飽問題という中国の 「絶対貧困」 水準であった。「基本的」 に温飽問題が解消 したことは、完全に解消したのではなく未だ 「絶対貧困」 が残されていることを示唆している。こ の段階で貧困水準を 「絶対貧困」 レベルから 「相対貧困レベル」 へと引き上げたことは、「残留貧 困(residual poor)」 3)問題や貧困の深度と分布、更には経済的側面以外で測る貧困の程度 ・ 状況 等を曖昧にしてしまった、のである。なぜなら、低収入ライン基準が「農村全平均収入の下位第 1 五分位(下位 20%)の平均所得」から設定されているとすれば、この新規指標は農村の低所得層 を表しているに過ぎず、農村の貧困層の実態をさらに曖昧 ・ 不明確にしているに過ぎないからであ る。実際、国務院扶貧辨の劉堅主任は、11 年段階での農村の温飽未解決の貧困人口を 2000 余万 とし、その内の 87%(約 1700 万余人)は約 1 億人(10698.9 万人)の階層から不断に出入りして いる、としている(劉堅 「開発式扶貧是消除貧困的根本方針」 )。 確かに、扶貧貧困脱却が単に経済的側面だけではなく、公共サービス ・ 教育 ・ 医療等の多方面に 渡る社会全体の概念に拡大していることも世界的潮流である。しかし、普遍性を持たせればそれ程 「貧困戸」は取り残されていくのではないであろうか。また、開放式扶貧政策自体はいわゆるプロジェ クト方式であり、後述する 「一体両翼」政策のもとでは農村地域の経済基盤・生活環境整備重視と なっており、「三農」分野へ傾斜すべきとする施策方針とは整合的に実施されてはいないのである。 表 -1 中国の貧困ラインと貧困人口 ・ 発生率の変化 旧貧困 ライン (元/人) (A) 低収入 水準 (元/人) (D) 新貧困 ライン (元/人) =(D) 旧貧困発生率 (%) (B) 旧貧困人口 (万人) (C) 低収入人口 比率(%) (E) 低収入人口 (万人) (F) 新貧困発生率 (%) = (B)+(E) 新貧困人口 (万人) = (C)+(F) 新貧困人口 対前年減少数 (万人) 全国 重点県 全国 重点県 全国 重点県 全国 重点県 全国 重点県 全国 重点県 全国 重点県 1978 100 30.7 25000 1980 130 26.8 22000 1985 206 14.8 12500 1990 300 9.4 8500 2000 625 3.4 8.9 3209 1737.2 865 6.7 6213 865 10.2 9422 2001 630 3.2 9.1 2927 1812 872 6.6 17.6 6102 3865 872 9.8 26.7 9030 5677 392 2003 637 3.1 8.9 2900 1763 882 6.0 14.8 5617 2946 882 9.1 23.7 8517 4709 128 119 2005 683 2.5 7.1 2365 1433 944 4.3 10.8 4067 2179 944 6.8 18.0 6432 3611 1155 582 2007 785 1.6 5.0 1479 1051 1067 3.0 8.0 2841 1569 1067 4.6 13.0 4320 2620 1378 490 2009 1196 3.8 10.7 3597 2175 410 246 出典:中国統計局農村社会経済調査司編『中国農村貧困監測報告』各年度版より作成 第 2 節 社会救済制度の確立 新世紀に入り、貧困ラインの引き上げにより扶貧対象の貧困人口規模が拡大すると共に、農村 社会で実施されてきた社会的救済制度も内容も含めて整備 ・ 充実が実施された。農村社会全体を カヴァーする統一的な社会救済制度の確立であり、各々個別に従来発布されてきた諸制度 ・ 法令 の修正 ・ 改訂が開始されていた。中国の農村地域には、50 年代から実施されている 「災害救済制 度」、「五保供養制度」 4)、80 年代以降実施の 「定期定量救済」 制度、「臨時救済」 制度、「農村医 療救助」 制度等がある。ここでは、農村の経済的側面からの貧困人口層との関連で 「五保供養制
度」 と 「農村最低生活保障制度」 の確立と問題点を検討する。 五保供養制度は前述したように 50 年代中庸から農村の集団所有制単位が供給主体として実施さ れてきたが、人民公社体制の崩壊後には郷 ・ 村人民政府が主体となっていた。しかし、税費改革 と農業税撤廃により五保供養経費の支出財源であった「村堤留 ・ 郷統籌」費が取り消されたために、 中央専項財政移転支払い、地方財政移転支払い等の資金を充てることとなった。多くの地方では、 村幹部報酬 ・ 村事務経費と併せて 「三項費用」 として県級財政より資金供与され、資金使用運用 上は何ら規定せずに地方の随意性を重視した。06 年に、「農村五保供養工作条例」 について、① 五保供養の責任主体を県レベルとし、郷 ・ 鎮レベルは実施責任を持つ、②五保対象者の供養内容 に医療救助規定を加える、③供養資金財源を地方政府財政予算から中央政府の対困難地区補助手 当資金へ変更する、等の修訂がおこなわれた(蒯小明[2009:96])。 五保供養対象者は自らの再生産能力を保持できない人々であり、まさに 「絶対貧困」 層に属す る農村特困層5)(以下、特困と略す)の一部分である。しかしながら、集団所有制単位或いは郷村 政府財政負担の場合は自己負担部分の軽減のために、対象数の過少申告や或いは 「五保」 が確保 されない現象が続出した。上級財政からの資金供給段階では、五保資金の流用をはじめ、制度改 変前の未対象と改変後の新規対象者を五保供養対象者として認めない現象や、支給条件に 60 歳以 上を付加すること等で、五保供養資金の供給量を制限する傾向があった。全国農村五保供養費の 平均基準は前記 「農村五保供養工作条例」 の規定において、「当地農村の一般的生活水準を下回っ てはならない」 とされている。「当地農村の一般的生活水準」 を 「全国農民年平均生活消費支出」 で代替して比較してみると、かなりの隔たりが見いだせる。表 -2 参照。表中の五保平均基準は現 金支給部分であり、その他現物支給や制度上での優遇措置を換算 ・ 加算すると 「一般的生活水準 」 にかなり近づく可能性はある。ある調査によると、03 年に湖南省で 1 人当たり五保供養基準額 825 元を省財政から各級財政に支給したところ、最終的に五保対象戸に届いたのは 300 余元であり、 100 元しかない五保戸もあったという(農村社会経済調査司[2008:111])。 表 -2 農村五保供養基準と対象者状況(2001 年~ 2008 年 9 月) 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 供養人数(万人) 395.9 312.1 305.0 328.0 354.0 503.3 531.1 531.0 年平均供養基準額 (元 / 人) 301.6 371.3 417.3 989.7 1064.0 1416.4 1692.5 1743.0 農村年平均生活消費 支出額(元 / 人) 1741.1 1834.3 1943.3 2184.7 2555.4 2829.0 3223.9 3660.7 出典:『中国農村貧困監測報告 2008』116 頁と『中国農村住戸調査年鑑 2009』41 頁より作成 農村最低生活保障制度は、93 年の都市部での最低生活保障制度建設の影響を受けて、96 年に民 政部 「農村社会保障体系建設の加速化に関する意見」 において提起された。農村最低生活保障制 度(以下、農村低保と略す)は、一人当たり平均収入が各地農村低保基準(金額)を下回った場合、 最低生活保障金額との差額を補助する制度であり、各省市で制度確立が実施された。税費改革前
段階では、上海、浙江等の 12 省(直轄)市で県 ・ 市全レベルで農村低保が制度的に確立・実施さ れており、福建、湖南等 8 省(自治)区で県 ・ 市レベルのの 50% 以上で制度確立 ・ 実施されていた。 この段階での地方財政の低保補助資金の財源喪失は前述の五保供養制度も同様であり、農村の 「絶対貧困」 層である五保と低保対象者への支援対策として、中西部地域では 「農村特困戸救助 制度」 が実施された。この特困救助制度は対象者に一定額の資金支援と実物支援を定期的に支給 し、主に地方財政が負担した。そのため、五保供養対象者を低保対象者に組み入れて、 両制度資 金を一元化することで、資金不足へ対応した。 その後、06 年の 「11 次五カ年規画綱要」 で 「条件の整った地方では農村低保を確立し、農村五 保戸への供養、特困戸への生活補助、被災民救済等の社会救助体系を完備する」 こと、が提唱さ れた。さらに、翌 07 年中央 1 号文件でも「各地の経済発展水準と財政力に応じて、最低生活保障 の対象と範囲、基準を確定し」、制度確立を急ぎ、財政困難な地方へは中央財政より補助支援をお こなう、とされた。都市部低保制度に続いて国民の脱貧への新たな基軸として、安定的 ・ 持続的 ・ 有効に農村の貧困人口の温飽問題解決のための保障制度が正式に確立される方向となったのであ る。 こうした中央政府の農村社会救助体系の制度確立の重視をうけて、07 年 8 月に中央財政から 30 億元の専項資金が地方支援、特に財政困難地区での制度確立と実施のための補助金として支出さ れた。しかし、実際には、農村税費改革以降すでに各地で制度試行とその後の制度確立が逐次展 開していた。03 年に上海 ・ 北京 ・ 天津 ・ 浙江 ・ 広東の 5 省 ・ 直轄市で試行と制度確立が実施され た後、07 年末までの 5 年間に計 31 省(自治区 ・ 直轄市)で制度が確立し、全国の 2777 の県レベ ルで実施されていた(農村社会経済調査司[2008:113-115])。 低保補助資金の支給レベルでの実績を見ると、01 年から 08 年 9 月までに対象者数は 12.7 倍に、 支給補助金額も月平均 12.8 元から 43 元へと 3.4 倍に増加している。6)それに応じて救助資金総額 は 30.8 倍へと増加し、144.4 億元に達している。表 -3 参照。 以上のように、五保供養対象者と低保対象者は共に社会救済の対象者であるとともに中国農村 の 「絶対貧困」 人口である。この社会救助制度が農村の 「絶対的貧困」 人口の生存権を確保する ことに十分であれば、「旧貧困ライン」 で残された貧困人口の経済的貧困面を解消すること一助に なるであろう。しかし、低保が 「当該地方の一般的生活水準」 を基準にするために、比較的裕福 な地域での低保基準額が当該年の 「貧困ライン」 を上回るケースもあり、低保対象者が 「絶対貧 困」 人口に属さない状況も存在することとなった。本来、扶貧開発と低保制度の貧困削減の目標 と機能は異なるために、扶貧式開発からは支援を得ることができない貧困層もある。表 -4 参照。 03 年の民政部の全国レベルで労働力 ・ 収入 ・ 身寄りのない 「三無戸」 に関する調査では、全国の 特困人口は 2542 万人存在しており、旧貧困ラインでは 88%、新貧困ラインでは 30% の比率を占め ていた。このシェアから見ても、目的と機能の差異を超えて、両制度が相互に連携して農村の貧 困削減に寄与できるように制度整備をさらに行う必要がある。
表 -3 農村最低生活保障制度補助金額と対象者状況(2001 年~ 2008 年 9 月) 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 保障人数(万人) 304.6 407.8 367.1 488 825 1593 3566 3857.7 救助資金 (億元) 4.69 7.1 9.32 16.2 28 43.5 109.1 144.4 月平均補助金額 (元 / 人) 12.8 14.5 21.2 27.7 28 34.5 38.8 43 出典:『中国農村貧困監測報告 2008』116 頁から引用 表 -4 開発式扶貧と農村最低生活保障制度の違い 開発式扶貧 農村最低生活保障制度 1 .目 標 貧困地区・貧困人口の自己発展能力の 向上、貧困人口の自立自尊精神の育成 により脱貧を促進し、尊厳と自信と持 続可能発展能力を獲得させる。 最低生活水準の維持と低保対象者の基 本的生活権益の保障し、社会の公平と 農村経済社会の安定的協調発展を促進 する。 2 .対 象 全ての貧困人口と低収入人口を対象と し、更に貧困家庭のみならず貧困村・ 重点県の発展も支援する。 農村の家庭1人当たり純収入が当地の 最低生活保障基準より低い全貧困人口 が対象であり、家庭を補助単位とする。 3 .手 段 生産支援型開発方式であり、生産条件 の創出と生産発展機会の提供を手段と する。「造血式」扶貧であり、人間の発 展権を重視する。 社会救済制度であり、財政移転支払い を通じて貧困人口に現金或いは実物で 生活補助を与える。「輸血式」扶貧であ り、人間の生存権を重視する。 4 .主 体 扶貧部門を工作主管とし、プロジェク トに関連する多部門の管理とプロジェ クト実施。 民政部門を工作主体とし、低保対象 者の識別と資金と物資の各級段階への 移送・伝達。 出典:『中国農村貧困監測 2008』137 頁より作成
第 2 章 新世紀段階の開発式扶貧開発
第 1 節 整村推進と貧困村の設定 新世紀に入り、中国の新たな扶貧政策 「中国農村扶貧発展綱要(2001-2010)」(以下、綱要と略す) が公布された。従来からの開発式扶貧を継承しながらも 「整村推進、産業開発と労働力移転 ・ 訓 練」 7)を 3 大重点とする 「一体両翼方式」 を基本戦略とした。前述した社会的救助制度の規範化 と整備により、扶貧政策は開発式扶貧方針に重点をおいた 「農村貧困人口の自己発展能力の向上」 による収入の増加と脱貧致富(貧困脱却し、豊かになること)に力点をおくこととなった。即ち、 貧困農戸の自己再生産能力を前提として、人的資本投資と貧困層の各種社会経済環境と条件へ のアクセスを容易にするとともに機会を増加するよう農村の社会経済環境全体を総合的に整備し ていくことである。また、綱要での新規扶貧政策の根底にあるのは、「本当に扶貧資源を必要と している貧困層に確実に届く」システムへの再構築である。この問題解決のアプローチとして整 村推進、参加型村級扶貧規画と扶貧単位の貧困村への転換に焦点がおかれた。 整村推進とは、基本的に行政村を単位として、農民大衆自らが村レベルの扶貧発展計画(以下、村級扶貧企画)の制定 ・ 実践に参加したうえで更に科学技術 ・ 教育 ・ 文化と衛生事業の発展に注 視した総合的扶貧開発を全村レベルで実行すること、である。整村推進プロジェクト(項目)とは、 一般的に農民参加型村級扶貧企画による総合的扶貧開発プロジェクトの総称となっている。 整村推進は、 前述したように従来の開発式扶貧方式の問題点として、①政府主導型であること、 ②有限な扶貧資源の効率的利用、の是正 ・ 改善策、として実施された。扶貧政策が政府主導であ ることからの弊害としては、扶貧対象の貧困農戸固有の 「等 ・ 靠 ・ 要(待つ ・ 依頼 ・ 必要)」 とい う依存型意識から転換 ・ 脱却できず、扶貧事業への様々な参加も 「扶貧をさせられている(要我 扶貧)」 という認識段階にあることである。「扶貧をしなければならない(我要扶貧)」 と自らが認 識し、開発式扶貧の目標とする貧困農戸自身の 「自己蓄積能力と自己発展能力」 の育成と実践を 自らが体現していかねばならないのである。整村推進での参加型村級発展企画の実践は、従来の 政府主導型のトップダウン方式を下からのボトムアップ型へと転換を図る試みと位置づけられる。 次に、②の扶貧資源の有効利用面での弊害は、中央 ・ 地方財政から国家級扶貧重点県へ下達され る扶貧資源が最終的に貧困農民戸のニーズの合致しない分野 ・ 領域に投資配分される、等の現象 を指している。 この①②は実は同じ問題であり、政府主導であるからこそ管轄 ・ 関係部門の官吏は扶貧資源の 投入効果、費用対効果の結果 ・ 成果の見えやすく、顕著な分野 ・ 領域への投資傾向が強くなるの である。具体的にはインフラ建設や産業建設の比率が高い反面、農業分野への投資は低くなる。 また、同じ貧困県の農業への投入であっても、一方が貧困地域の一般的な農業(例えば播種業) への扶貧資金投入であり、他方が非貧困地域の技術力を備えた農業投入であれば、当然後者へ扶 貧資金が投入され易い。その結果、投資効果としては良好であるにしても扶貧効果が顕著に現わ れないことから、扶貧資金効率は低いことになる。よって有効な対策としては、扶貧資源の配分と 使用、のいわば扶貧資源の出発点と終着点での貧困人口の意見の反映、或いは直接的な参加が重 要視されることとなった。その意味では、整村推進の参加型村級発展企画は、農民が直接プロジェ クト項目の決定に参加することで貧困農戸のニーズも反映可能となり、更に農村全体が要望し利 用できる公共的サービスも織り込むことによって開発式扶貧効果を向上させることができるのであ る。つまり、従来の政府主導のトップダウン方式を下からのボトムアップ型へと転換させ、扶貧資 源の 「到村到戸」 を実現する試みといえる。 一般的に、行政村が 「整村推進」 プロジェクトの実施単位となっているが8)、本来的には貧困 村での要求を実現するための施策であった。有限の扶貧資源の投資 ・ 使用効率の向上には、本当 に必要とされている対象と分野に投入しなければならない。従来の重点県では範囲と規模が多き すぎ、貧困の場所 ・ 程度 ・ 種類 ・ 量が曖昧になってきたし、上記の①②の問題点も顕著であった。 一方、貧困人口の分布状況は地域全体の分散から自然条件や交通条件によって規定される経済発 展格差に基づく貧困村に集中する傾向となってきた。また、一般的に貧困村内では社会的文化的 アイデンティティの同質性が高いので、公共サービス等の導入コストも安価で且つ効果も高くなる 傾向があった。
綱要では従来の 592 の国家級扶貧重点県とその支援システムは維持するが、名称を 「扶貧開発 工作重点県」 へと変更し、貧困村を新たに設定して、参加型村級扶貧企画の実施単位とした。実 施単位の貧困村の設定は参加型村級発展企画の実践にとって重要であるが、全国的な比較可能な 行政村のデータは存在しないため、各地域からの比較可能なデータを作成することになる。 貧困村の選定には、アジア開発銀行専門家チームによる貧困脱却指数(PPI:Progress out of Poverty Index)用いて貧困アセスメントが実施された。基本的には、生活状況 :(① 1 人当たり年 平均糧食生産量、② 1 人当たり年平均現金収入、③煉瓦の家の農戸の比重)、生産生活条件:(④ 飲料水に困難な家庭の比重、⑤農戸の通電率、⑥自動車が通れる自然村の比率)、衛生教育状況: (⑦女性の長期疾病率、⑧中小学生の進学率)の 8 指標に対して村レベルでの進行状況に応じてウェ イトをかけて、PPI 指数を決定する。加重された指標で算出された PPI 指数から村の序列をつけて いくが、指数が高いほど貧困度が高く、貧困村と認定され易くなる。一方、この方法の利点は貧困村 の選択が収入要素だけでなく、インフラ等の社会発展指標を考慮している点である。とはいえ、各地 の実情を考慮して加重・ 算出された PPI 指標は、あまり大きくない数値幅に大量の村が集中している 可能性が高いために結局は、1 人当たり平均純収入、1 人当たり平均現金収入、一人当たり平均糧 食占有量、インフレ建設状況、通電通路状況、飲料水状況等の要因で決定された。(張磊[2007:173]) 最終的に全国で 148131 村が貧困村に確定し、全国行政村の 19.8% のシェアを占め、貧困人口 の約 80% をカヴァーした。そのうち、西北地区の貧困村は行政村に対して約 40%、西南地区は約 31% と、高い比率を占めている。省内での貧困村比率が高いのも同様に西北 ・ 西南地域であり、 雲南約 85%、青海約 60%、貴州約 54%、甘粛約 50%、となっている。前述したように、貧困村は 参加型村級扶貧企画の実施単位としてインフラ ・ 社会事業 ・ 産業発展 ・ 精神文明等の分野にわた る総合的扶貧開発を推進しており、社会主義的新農村建設を同時に推進していることになる。08 年末までに 9 万村で整村推進プロジェクトが実施されており、10 年末には 12 万貧困村で実施、更 に 「三確保」 貧困村9)での実施も完了する予定となっている(農村社会経済調査司[2010:128-129])。 第 2 節 参加型村級発展企画 整村推進は各種 「到村到戸プロジェクト」 10)の実施により重点県を中心に展開した。各年度で の村級扶貧プロジェクトへ参加した村 ・ 農家の対全行政村 ・ 重点村 ・ 非重点村の比率を見ると参 加村 ・ 農戸ともに重点村の比重が高くなっていることがわかる。表 -5 参照。プロジェクト参加村 状況を重点村 ・ 行政村 ・ 非重点村別比率で見ると各々約 10 ポイントづつ差があり、やはり重点村 の参加比率が高く、07 年以降は 60% 以上の参加率となっている。一方、貧困村の参加状況につい ての全体の時系列データは無いが、03 年の省別対重点村比率では、70% を超えた省が寧夏 ・ 湖南 ・ 江西、50-70% が広西、新疆、黒竜江、海南、安徽、重慶、内蒙古、その他の省は 50% 以下となっ ている(農村社会経済調査司[2004:40])。前記表 -5 の 03 年のデータと比べると貧困村のプロジェ クト参加率の高さが測られる。また、貧困村の対全行政村比率 19.8% であるのに対して、プロジェ クト参加村の対全行政村比率が 02 年段階で 29.8%、07 年以降ほぼ 50% の状況から見て、すでに
大半の貧困村のプロジェクト参加が完了している、と思われる。 一方、省別の重点村の村級各種プロジェクトへの参加率を見ると、寧夏 ・ 湖南 ・ 広西は例年 60% 以上の参加率あり、寧夏は 06・07 年共に 100%、06 年に湖南 ・ 広西は各々 83% と 71.5% の高 い参加率をあげていた。続いて黒竜江、江西、内蒙古、陝西、貴州、河北、重慶、四川、湖北、 海南等が 20-60% 程度の参加率となる。この傾向は、プロジェクト参加 ・ 受益農家の対全農家に占 める比率が、07 年以降の寧夏省の比率だけ 86.1%、87.5% と高率になる以外、同様の傾向が見られる。 プロジェクト参加による扶貧資金獲得状況と資金別構造が表 -6 である。1 戸当たり平均のプロ ジェクトによる扶貧資金取得状況も重点村 ・ 合計 ・ 非重点村の順の増加幅となっているが、総じ て上昇傾向にある。規模別比率では、重点村 ・ 非重点村を問わず変動が大きいのは、縮小傾向の 500 元以下と増大傾向の 5000 元以上、の両極である。本来、扶貧資源を確実に貧困層へ到達させ るべく開始した参加型村級発展企画に基づく整村推進プロジェクトである以上、貧困層への扶貧 資金投入効果が顕著に現れるべきであり、500 元以下階層の縮小傾向は評価される。しかし、重 点県農家のプロジェクトと扶貧資金を得た比率及び戸当たり平均獲得扶貧資金額からみると、貧 困戸のプロジェクトと扶貧資金獲得の比率は非貧困農家層と比べて低い。貧困農家の両比率は 09 年度段階でやっと非貧困農家の比率を上回るが、一過性の現象か否かは判断できない。プロジェ クト参加による扶貧資金獲得額については一貫して貧困農家の方が低い。ただ、06 年までは貧困 農家の獲得資金額は非貧困農家の 70% 以下であったのが、07 年以降は 90% 以上となり、格差は 縮小傾向にある。従来、貧困農家の整村推進プロジェクトへの参加と扶貧資源の獲得面において は何らの優先権や優遇措置は無いという見解が、10 年段階で貧困農家へプロジェクト参加に一定 の優先権の付与、扶貧資金獲得では優先権は無い、と変化している。11)つまり、貧困農家と非貧 困農家間の扶貧資金獲得額の差異はプロジェクト参加機会に依存している、ことを意味している。 表 -7 は、扶貧重点県の整村推進プロジェクト実施村と参加農家の比率と実施希望プロジェクト 内容の村と参加農家の比率の上位 5 位の項目名である。各年度のプロジェクト実施村と参加農家 表 -5 扶貧重点県中の重点村 ・ 非重点村及び各農家のプロジェックト参加状況 単位:% 対全行政 村比率 参加農家対全 農家比率 対扶貧 重点村 比率 参加農家対重 点村農家比率 対非扶貧 重点村 比率 参加農家対非 重点村農家 比率 2002 年 29.8 10.7 39.9 14.8 18.8 6.4 2003 年 33.1 11.8 44.5 17.6 22.3 6.2 2004 年 39.8 15.6 51.9 20.6 28.3 10.9 2005 年 37.2 14.3 49.5 19.8 26.5 9.4 2006 年 48.4 17.8 52.5 22.4 33.1 13.5 2007 年 51.0 20.8 62.8 26.8 40.6 15.5 2008 年 48.3 20.5 61.3 26.5 36.6 15.1 2009 年 50.7 23.8 62.7 30.5 40.2 17.9 出典:『中国農村貧困監測』各年度版から作成
の比率、またプロジェックト実施希望村と参加農家の比率、の各組み合わせ間には相関関係があり、 各年度の上位 5 位以内は多少の順位の相違はあっても、内容はほぼ同一となっている。 しかし、同年度のプロジェクトの実施 ・ 希望間では多少の相違が見られが、どちらにしても農 業関連 ・ インフラ ・ 飲料水工程が共通している。とはいえ、全てのプロジェクトへの参加の機会 費用は同額ではなく、05 年統計では種植業 1181 元、養殖業 1387 元、林業 447 元、退耕還林 945 元、基本農田建設 645 元、人畜飲料水工程 805 元、とかなりの格差がある(農村社会経済調査司 [2006:34])。貧困農家は自己が必要と判断したプロジェックト内容に対して実施希望して実際に参 加するのであり、プロジェックト内容毎の機会費用を獲得するために参加するのではない。その意 味では、貧困農家のプロジェクトからの獲得扶貧資金が相対的に低いことは、貧困農家の希望す るプロジェクト内容が実施される比率が少ないか、実施された内容の機会費用が低いことが考え られる。しかし、整村推進プロジェクトの本来的目的からすると、貧困農家の貧困脱却の機会へ のアクセスとしてのプロジェクトへの参加機会が少ないということは、貧困農家のプロジェクト実 施内容への要望が実現されていないことを意味していよう。実際、プロジェクト参加の機会を得た 貧困農家は 09 年段階でさえ 25% 以下でしかないのである。他方、プロジェクト実施に関してほと んどの農家が事前に周知している。表 -8 参照。また、約 50% の農家がプロジェクト内容に関して 事前に意見を言う機会があり、実施プロジェクト内容の選択にも 40% 以上の農家が参加している。 この状況からは、貧困農家の意見がプロジェクト内容の要望 ・ 決定の過程にいまだ反映されてい ないことを示唆していよう。整村推進プロジェクトはその本来的目的を現段階ではまだ実現できて はおらず、扶貧資源の真に必要とされている層への到達は実現されていない。
第 3 章 小額貸款の進展
第 1 節 扶貧資金の貧困「到戸」と少額貸款 扶貧貼息貸款(扶貧低利貸付資金、以下、貼息貸款と略す)は中央政府三項扶貧資金中で半分 以上を占めてきたが、この貼息貸款は到戸(個別農家向け融資)が実現できず、回収率も低いこ とが普遍的認識となっている。86 年に貼息貸款の実施が開始されたが、当時の中央政府は貧困農 民の収入増加の主要な障害は、資金不足と正規の金融機関からの融資を獲得できない状況にある ことと認識されていた。そして、融資の重点は種植業、養殖業と農産品加工支援におかれた。し かし、この農家への、特に貧困農家への扶貧目的での貼息貸款は、農家側の生産技術、管理能 力及び規模経営の欠如から投資効果 ・ 扶貧効果共に成果をあげることが困難であり、更に回収も 困難に直面することとなったのである。89 年段階で貧困人口への支援は直接的ではなく間接的に おこなう方式へと転換が決定し、貧困農家への直接の貼息貸款は終了した。すなわち、貧困人口 ではなく、農村の経済実体である郷鎮企業や県弁企業へ融資することで生産と規模が拡大し、地 方財政も恩恵を受けると共に貧困戸に就業機会を提供して所得上昇により脱貧を実現する方向で あった。しかし、この方式の欠点は経済実体の発展と貧困農家の雇用確保が直接リンクしていな いことであり、また経済実体の技術水準、管理能力、市場制約等の要因で投資効果があがらなかっ表 -6 農 家 の 扶 貧 資 金 獲 得 と 資 金 構 造 合 計 重 点 村 非 重 点 村 20 02 年 20 06 年 20 07 年 20 08 年 20 02 年 20 06 年 20 07 年 20 08 年 20 09 年 20 02 年 20 06 年 20 07 年 20 08 年 20 09 年 1. 項 目 戸 平 均 到 戸 扶 貧 資 金 ( 元 ) - 98 1. 1 95 2. 0 10 71 .1 - 11 05 .8 10 18 .0 11 50 .4 14 08 .0 - 78 1. 9 85 2. 0 94 5. 6 12 58 .0 2. 資 金 規 模 別 比 率 ( % ) 50 0 元 以 下 61 .7 42 .1 42 .9 41 .7 60 .0 38 .2 40 .2 38 .7 36 .4 65 .8 48 .5 47 .1 46 .6 45 .2 50 0-10 00 元 17 .4 21 .2 21 .9 22 .3 17 .1 21 .5 22 .3 22 .6 22 .1 18 .0 20 .6 21 .1 21 .8 21 .7 10 00 -2 00 0 元 20 .0 19 .2 19 .7 19 .9 15 .1 20 .3 20 .7 21 .1 22 .7 9. 9 17 .4 18 .2 17 .9 18 .6 20 00 -5 00 0 元 14 .8 12 .7 12 .6 6. 1 16 .7 13 .8 14 .0 14 .0 4. 5 11 .8 11 .1 10 .3 10 .6 50 00 元 以 上 0. 9 2. 7 2. 8 3. 5 1. 7 3. 3 3. 0 3. 7 4. 9 2. 0 1. 8 2. 5 3. 3 3. 9 出 典 :『 中 国 農 村 貧 困 監 測 』 各 年 度 版 か ら 作 成 表 -7 扶 貧 重 点 県 の 整 村 推 進 プ ロ ジ ェ ク ト( 項 目 )実 施 村 と 参 加 農 家 の 比 率 と 実 施 希 望 プ ロ ジ ェ ク ト( 項 目 )内 容 の 村 と 参 加 農 家 の 比 率 の 上 位 5 位 の 項 目 名 20 07 年 20 08 年 20 09 年 項 目 実 施 村 の 全 村 比 率 項 目 参 加 農 戸 の 全 農 戸 比 率 下 記 の 項 目 実 施 希 望 村 の 全 農 村 比 率 下 記 の 項 目 参 加 農 戸 の 全 農 戸 比 率 項 目 実 施 村 の 全 村 比 率 項 目 参 加 農 戸 の 全 農 戸 比 率 下 記 の 項 目 実 施 希 望 村 の 全 農 村 比 率 下 記 の 項 目 参 加 農 戸 の 全 農 戸 比 率 項 目 実 施 村 の 全 村 比 率 項 目 参 加 農 戸 の 全 農 戸 比 率 下 記 の 項 目 実 施 希 望 村 の 全 農 村 比 率 下 記 の 項 目 参 加 農 戸 の 全 農 戸 比 率 ⑮ 退 耕 退 林 ⑮ 退 耕 退 林 ① 種 植 業 ① 種 植 業 ① 種 植 業 ③ 養 殖 業 ⑮ 退 耕 退 林 ⑮ 退 耕 退 林 ① 種 植 業 ③ 養 殖 業 ⑮ 退 耕 退 林 ⑮ 退 耕 退 林 ⑯ そ の 他 ① 種 植 業 ③ 養 殖 業 ③ 養 殖 業 ③ 養 殖 業 ① 種 植 業 ⑯ そ の 他 ⑯ そ の 他 ③ 養 殖 業 ① 種 植 業 ⑯ そ の 他 ⑯ そ の 他 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ① 種 植 業 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ⑧ 改 拡 公 路 ① 種 植 業 ① 種 植 業 ⑯ そ の 他 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑧ 改 拡 公 路 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑦ 飲 料 水 工 程 ③ 養 殖 業 ⑧ 改 拡 公 路 ③ 養 殖 業 ③ 養 殖 業 ⑥ 農 業 建 設 ⑥ 農 業 建 設 ⑬ 技 術 訓 練 ⑬ 技 術 訓 練 ③ 養 殖 業 ⑦ 飲 料 水 工 程 ⑥ 農 業 建 設 ⑥ 農 業 建 設 ① 種 植 業 ⑦ 飲 料 水 工 程 出 典 :『 中 国 農 村 貧 困 監 測 』 各 年 度 版 よ り 作 成 表 -8 項 目 参 加 農 戸 の 比 率 ( % ) 今 年 度 本 村 で の 扶 貧 活 動 を 知 っ て い る 農 戸 の 比 率 項 目 内 容 を 自 ら 選 ん だ 農 戸 の 比 率 項 目 内 容 確 定 以 前 に 意 見 を 言 う 機 会 の あ っ た 農 戸 の 比 率 20 02 年 91 .4 38 .1 54 .6 20 03 年 94 .3 42 .8 59 .2 20 04 年 94 .8 36 .1 50 .7 20 05 年 93 .2 37 .3 52 .6 20 06 年 92 .1 49 .4 46 .4 20 07 年 94 .3 47 .8 44 20 08 年 92 .7 49 .3 47 .3 20 09 年 93 .1 52 .3 45 9 出 典 :『 中 国 農 村 貧 困 監 測 20 10 』 53 頁 よ り 引 用
たために、反対に償還率の低下を招いた。そのため、96 年に中央政府は再度貼息貸款の重点を農 家の種植業と養殖業におくことを決定した。 新世紀に入り、新 3 大扶貧政策の一つが(農業)産業化扶貧となり、貧困地区での農業産業化発 展の主要手段として貼息貸款が注視された。05 年に国務院扶貧弁は全国に 260 社の国家扶貧竜頭 企業を扶貧貼息貸款の重点支援対象として選定した。04 年対 11 省市の産業化扶貧プロジェクトへ 17 億元が投資されたが、そのうちの 61.7% を貼息貸款が占めた。05 年も同様に産業化プロジェクト へ投入された貼息貸款は 23.8 億元で 57.6% を占め、同年末段階での(農業)産業化プロジェクトへ の貼息貸款残高は 54.6 億元と40% を占めていた。貼息貸款による支援先は(農業)産業化扶貧となり、 その他はインフラ建設、工商業等への非農家向け貸款で、農家貸款はわずか 17.1% であった。 扶貧資金としての貼息貸款が貧困農戸への直接融資として機能していない状況には、この資金の 運用責任を担う農業銀行の商業的金融機関としての運用機能 ・ 安全税の確保と扶貧貸款政策の矛 盾がある(童寧[2009:105-107])。扶貧貼息貸款は、貧困大衆が融資から効益を得ることを目的と し、種植業 ・ 養殖業プロジェクトへ重点的に投入することが要求され。一方、商業性金融機関とし ての要求は「貸し出し、回収し、利益を得る」ことであり、投融資を通じて収益を確保せねばならな い。貧困地区の担保抵当設定が困難な状況下での情報の非対称性を回避するためには、農家特に 貧困農家を貼息貸款の対象としないことが選択されたのである。また、同時期に実施された農業銀 行の農村金融市場からの退出としての農村基層レベルでの営業所の撤退も、個別分散傾向の強い 貧困農家向けの融資コストを極めて高くさせるとともに情報の非対称性を更に強化したに過ぎなかっ たのである。結果として、農家への貼息貸款の質量は共に低下し、05 年末の対農家累計扶貧貼息 貸款残額の不良貸款率は 76% の高さとなった。前述したように新世紀段階で貼息貸款の貸付け対 象は規模の比較的大きな産業化竜頭企業やインフラ建設等へ転換したが、貼息貸款として投資効 率と償還率を高めるためには仕方のない選択であった。しかし、この転換により扶貧貸款としての政 策目標からは更に遊離することとなったのである。とはいえ、05 年の貼息貸款不良債権率が再度上 昇しているが、その主要因はやはり農家向け貸款にあった(中国発展研究基金会[2007:119-121])。 このように扶貧資金としての貼息貸款が機能不全になったことへの対策として、90 年代中庸か ら国内外で効果を上げてきた小額信貸(マイクロ・クレジット)が採用されてきた。政府による 小額信貸は 96 年から実施されたが、小額信貸資金は大部分が扶貧貼息貸款を資金源としていた。 更に、2000 年から中国人民銀行の支援の元で、農業信用社が中国銀行からの再貸付資金によって 農家向け小額信貸を開始した。農家の個別抵当担保設定ではなく、「信用戸、信用村鎮」 建設12) の基礎の上に、農戸小額信用貸款の展開を強化している。05 年の中央 1 号文件では「条件のある 地方では農民と農村が需要する自然人或いは企業が発起する小額信貸組織の建立を模索する」こ とが提唱され、更なる発展へとつながっている。13) 第 2 節 「資金互助」試点の実施 貧困農家が必要としている扶貧資金供給面で様々な形式の小額信貸が発展しているが、村レベ
ルの貧困農家と連携した 「資金互助」 がある。06 年 5 月に財政部と国務院扶貧弁は、14 省で 28 個の村級扶貧互助資金試点の開始を指示した。各省で 1 ~ 2 個の国定貧困県から 10 の行政村で 村級扶貧互助資金試点を設定し、各村に中央財政扶貧資金から 15 万元を提供すると共に、村内 の農家からも出資金(自有資金入股)の形式で資金を調達する。互助資金規模の拡大は出資者の 拡大や社会的支援を通じておこない、出資した村民に借り入れ方式で互助資金を生産発展資金と して順番で使用させる方式である。 四川省では 05 年に早くも、国務院扶貧弁が儀隴県で「扶貧開発をうまくし、社会主義和諧社会 を構築する」試点をおこなうと共に、貧困地区発展の新規扶貧工作メカニズムの構築を課題とし ていた(四川省社会科学院[2009])。そこで 「儀隴県郷村発展協会」の設立を通じて、「貧困村村 級発展互助資金(扶貧互助社)」試点を開始した。ここでの達成目的は、貧困村で扶貧互助社を設 立 ・ 運営することで、扶貧資金と農家所有の資金と結合することで両者を有効に利用し、さらに 農家の自己管理 ・ 経営能力の向上を実現することである。そして、結果的に扶貧資金の使用効率 を向上させる新しい扶貧システムを構築することにあった。翌 06 年に四川省は、儀隴県の 17 村、 蒼渓県の 5 村と安岳県の 5 貧困村で試点を開始した。試点工作強化のために、省・市・県の扶貧 弁と財政部門が各々具体的に指導と責任処(科)室での管理を確定した。 07 年 4 月に国務院扶貧弁・財政部は更に貧困村村級互助資金試点の範囲を拡大し、西蔵を除く 中西部地区の 21 省で各々 2 個の国定貧困県で試点をおこない、東部 6 省でも 2 個の貧困県を試点 県とし、各試点県で更に 5 個の試点村に 「互助資金」 試点を建立することを指示した。07 年 4 月 末までに、四川省では 27 個の扶貧合作社(会)が建立され、入会農戸 4441 戸、入会資金 480.95 万元(そのうち贈股資金 76.4 万元、配股資金 193.75 万元、農戸入股資金 210.8 万元)であった。 08 年 5 月に国務院扶貧弁・財政部は再度貧困村互助資金試点範囲の拡大を指示し、中央財政扶 貧資金により新たに 667 の試点村の建立をおこなった。西蔵を除く、中西部地域の 21 省で 1 ~ 2 個の国定貧困県から各々 20 の試点村を選択し、西蔵と東部 6 省では 1 ~ 2 個の扶貧任務県から 10 試点村を選択した。試点工作の基礎段階が良好であった河南葉県、四川省旺蒼県では全面的に 試点工作を推進し、 両県で各々 60 個と 65 個の試点村を建立した。 その後、09 年 6 月末段階には、全省の互助資金総額は 12567.8 万元(そのうち、財政扶貧資金 投入は 10080.6 万元、入社社員納入互助金は 2487.2 万元)となり、全省の 124 県、1179 村をカヴァー した。10 年に中央財政は財政扶貧資金から予算として貧困村互助資金 2.85 億元を案敗し、1900 個の村での試点項目を発動した。(農村社会経済調査司[2010:99])。全国ですでに 8009 個の貧困 村で試点が進行しており、100 万戸の農家をカヴァーし、資金規模は 15 億元に達している。その うち、財政扶貧資金は 12 億元であり、貧困地区農家の貸款難問題をかなり緩和し、大衆の組織化 程度と経営能力が向上した。安徽では 1340 の村級互助資金があり、期限内償還率は 100% に達し た(農村社会経済調査司[2010:132])。以上の村級資金互助試点の急速な展開と普及は個別農家 向け融資(到戸貸款)の潜在的な需要の大きさを示唆していよう。 四川省沐川県では 07 年 8 月から村級資金互助試点が実施されている。14)11 年 7 月までに、30 村の
総計 9721 戸の農家(出稼ぎ等で外出している農家を除いた在留農家数は 7684 戸)のうち 4438 戸が 入社している。在留農家数の 58% 以上であり、規定の 50% を超えているので互助社は成立すること になる。このうち、確定貧困戸は 238 戸で全貧困戸が入社している。各互助社には後述する融資と返 済のための連帯保証グループの設立が必要となるが、775 個のグループ(連保小組)が成立している。 国家から 15 万元資金が供出されることになっているが、沐川県では省が 10 万元、市が 2 万元、 県が 3 万元準備し、更にどの村でも少なくとも出資金形式で 3 万元を拠出した。出資金は、一般 農家は 300 ~ 500 元、貧困農家は 100 ~ 200 元とし、出資後に社員証を交付することで社員資格 を与えている。帳簿上の互助資金総額は 315.9 万元、農家出資資金総額は 105.535 万元である。融 資農家数は 1038 戸、融資回数 1367 回で、貸出総額は累計で 346063 万元である。更にこのうち、 確定貧困戸の借入れは 65 戸、累計 15.92 万元であり、戸当たり平均 2449 元の借入れを実現している。 このプロジェクトのために県長と副県長が各々組長と副組長となり、扶貧局 ・ 財政局 ・ 審計局 ・ 水電局 ・ 畜牧局 ・ 林業局等の単位責任者が指導小組のメンバーとなり、弁公室を扶貧局内に設置 した。現在は互助資金管理センターを設立し、移民局内で副科級の単位として 3 名の専門人員を 配置している。村レベルでの機構の成立により、村民大会、党員大会、農経社互長会を開き、村 級資金互助社の重要性、特に特困戸の脱貧作用について広範に宣伝をおこなった。その結果、村 民は互助組の重要作用に対して比較的高い認識を持って互助組へ加入をしてきた。 国家から 15 万元資金が供出されるが、本県では省が 10 万元、市が 2 万元、県が 3 万元準備し、 更にどの村でも少なくとも出資金形式で 3 万元を拠出した。出資金は、一般農家は 300 ~ 500 元、 貧困農家は 100 ~ 200 元とし、出資後に社員証を交付することで社員資格を与えた。資金互助社 は貧困村単位で設立し、社員はグループ連帯保証に属するが、返済完了するまでグループを変え ることは出来ない。また、他の村から入社することはできない。 資金貸款方式は、原則的に全額貸付け分割返済であり、一回の借り入れ上限は 5000 元で半年 で返済完了する。出資金の 10 倍の借り入れが可能であるが、貧困戸に対しては 20 倍までの借り 入れが可能である。資金の占有費は銀行の同期利率より低く設定している。章程制定の際に利息 が余りに低すぎると返済へのインセンティブが低下するので、沐川県では貧困戸 6‰、一般農家 8‰ としている。一般農家利率は普通銀行利率より 1 ポイント程度低くした 9‰前後である。資金互助 社による累計の経済効果は表 -9 のようである。借入れに際しては、グループ連帯保証(連保小組) が必要であり、5 ~ 7 名を 1 グループとし、組長を一人選任する。一回の借入れ毎にメンバー全員 のサインが必要であり、組長のサインの後に借入れが可能となる。もし、返済が滞る場合はグルー プ内で連帯責任を負うこととなる。この債務不履行のケースを避けるためには、貸借人の該地で の信用を培うこと、資金を消費等に流用しないこと等、 相互監視をおこなってグループ連帯保証 機能を発揮させる。特困戸に対しては、グループ連帯保証は必要としないで直接融資し、また特 困戸には出資金免除を適用する。本来、政府からの財政扶貧資金は特困戸を無償で支援する資金 としての性格を有しているからであるが、沐川県では特困戸がいないため、この特例を執行しな かった。
表 -9 四川省沐川県資金互助その状況 初期数 発生数 累計 1.農家基本状況 農戸総数(戸数) 9721 9721 そのうち貧困戸(戸数) 354 354 支援前農民一人当たり平均純収入(元) 2790.9 2790.9 支援後農民一人当たり平均純収入(元) 3236.83 3236.83 支援前貧困戸一人当たり平均純収入(元) 977.47 977.47 支援後貧困戸一人当たり平均純収入(元) 1803.83 1803.83 農家 1 戸当たり平均増収(元) 225.73 225.73 貧困戸 1 戸当たり平均増収(元) 240.27 240.27 プロジェクト実施村数(戸数) 30 30 常年在家戸(戸数) 7684 7684 確定貧困戸(戸数) 284 284 2.互助金支援状況 借款農家総数(戸数) 1012 26 1038 そのうち借款貧困戸(戸数) 65 2 67 農家支援率(%) 23 23 そのうち貧困戸支援率(%) 23 23 貧困戸借款総額(元) 142200 17000 159200 貧困戸借款額比率(%) 4 5 互助組支援婦女戸数(戸数) 128 128 婦女戸借款総額(元) 31 30 確定貧困戸数(戸数) 435500 16000 451500 確定貧困戸支援率(%) 75 75 確定貧困戸借款額比率(%) 27 27 確定貧困戸借款総額(元) 161700 11000 172700 確定貧困戸借款比率(%) 5 5 出典:「沐川県項目進度及借款質量表」2011 年 7 月より作成
おわりに―今後の課題
中国の扶貧政策は政府主導の開発扶貧政策を採用してきた。確かに貧困削減において顕著な成 果をあげているが、真に必要な層へ扶貧資源が届いているのか?という点では多くの課題が残さ れている。本論で取り上げた社会的救済制度との関連性、貧困村を単位とした参加型扶貧開発企 画での貧困農家の参加状況等については更なる実証的検討が必要であろう。また、互助資金組織 の発展も顕著となっているが、やはり他の小額信貸組織と同様の制度的制約を抱えているために 今後の発展制約となろう。中国における小額信貸(マイクロ ・ クレジット)の機能はまだ十分に発 揮されておらず、その社会的役割もこれから展開されてくると思われる。今後の課題としたい。 付記: 本稿は平成 23 年座間科研費「中国西部地域農村社会近代化に関する調査研究─土地・労働 力・産業化・インフラを中心に─」の成果の一部である。 注 1) 国家統計局農村社会経済調査総隊『中国農村貧困監測 2000』2000 年 132 頁。しかし、「中国農村扶貧開発概要」では、「食物貧困線(約 60%)」、「非食品貧困線(40%)」 の配分となっている。 http://59.252.32.30/publicfiles/business/htmlfiles/FPB/fplc/201103/164355.html。 2) 大部分の 「返貧」 人口の前年一人当たり平均収入水準は 865 元前後、としている。また、世銀の 「1 日 1 人 1$」 貧困ラインと比較して、365$ は 98 年レートで 885 元となり、865 元の 「低収入ライン」 とほぼ同じとし ているが、これは、間違いであろう。『中国農村貧困監測報告 2001』10 頁。 3) 斉藤淳子 「中国で始まる『参加型貧困対策』」『アジ研ワールドトレンド』NO.90 50 頁。 4) 身寄りと労働力が無い老人、寡婦、障害者、病人、孤児等に対して、当時の高級合作社(集団所有制)が 「保吃、 保穿、保住、保医、保葬(保教)―食事 ・ 衣服 ・ 住居 ・ 医療 ・ 葬式(教育)の 5 つを保障 ・ 提供する制度。 5) 農村特殊困難戸(大衆)で各種要因から自己及び家庭内の労働力を喪失しているか(法律上)身寄りの無い人々、 指す。『中国開発報告 2007』98 頁。 6) 表中の低保補助金額は現金支給額なのか実物換算を含むのかは不明である。しかし、農村での特困戸への支 給金額は多額ではない。2010 年 9 月の陝西省三原県 X 村でのインタビュー調査では年に 300 元の支給であった。 7) 「産業開発」 は農業産業化の促進による農業関連所得の上昇と村経済の発展にある。「労働力移転と訓練」 は、 主要な収入源である賃金性所得の獲得と雇用機会の拡大のための人的資本の増大を中等技術の修得機会提供 等によって支援する、ことである。 8) 2003 年以降に実施された 「整村推進」 村級扶貧プログラムでは、実際には貧困村が実施単位ではなく、国務 院扶貧弁の要求で各省が確定した 「扶貧重点村」 が主体である。この扶貧重点村は 2001-05 年扶貧規画で扶 貧開発工作重点村として組み入れられた。 9) ①は人口が比較的少ない民族で尚未だ整村推進を実施していない 209 個の貧困村、②は内陸辺境地の 60 個の 国家扶貧開発工作重点県で辺境まで 25Km の範囲内にあって未だ整村推進を実施していない 432 個の貧困村、 ③は592国家扶貧開発工作重点県中の300個の革命老区県で未だ整村推進を実施していない24008個の貧困村、 を指す。『中国農村貧困監測 2008』139 頁。 10) 扶貧重点県で実施される政府専項扶貧資金のプロジェクト、定点支援、対口支援、国際組織の専項支援や NGO の扶貧プロジェクトを指しす。更には扶貧重点県での重要支援対象としての政府プロジェクト、例えば 農業総合開発工程、義務教育工程、対口還林工程等を含む。 11) 『中国農村貧困監測報告 2010』52 頁。それ以前の『報告』では優先権は無い、とされている。 12) 従来のグループ保証制度ではなく、第 3 者―公務員等によるって保証する。村単位では、担保公司や村有力者 による保証がある。2009-11 年の四川省沐川県での調査による。 13) 小額信貸の問題として、正規の金融機構として認定が無ければ国家金融監督管理体系に編入されず、国外の 小額信貸機構が成功している方式である業務とサービスの範囲の拡大を通じての預金額の上昇とその利用は基 本的に不可能である。その結果、外部資金の支援に依存せざるを得ず、資金来源の枯渇と管理上の問題で苦 境に直面せざるを得ない。 14) 2011 年 8 月末の四川省沐川県でのインタビュー調査による。 参考文献 厳 善平 「中国における農村貧困削減の取り組みと成果」『中国研究月報』第 64 巻 6 号 2010 年 童寧『農村扶貧資源傳梯過程研究』2009 年人民出版社 国家統計局農村社会経済調査司編『中国農村貧困監測報告』各年度版 中国統計出版社 蒯小明『中国農村社会救助発展中的国家責任研究』2009 年首都経済貿易大学出版社 龍堅 「開発式扶貧是消除貧困的根本方針」 http://59.252.32.30/publicfiles/business/htmlfiles/FPB/liszlcx/201102/164345.html) 四川省社会科学院「貧困村村級互助資金 : 財政扶貧新機制」2009 年 四川省財政庁委託課題 張磊編『中国扶貧開発政策演変』2007 年 中国財政経済出版社 中国発展研究基金会『中国発展報告 2007―在発展中消除貧困』2007 年 中国発展出版社