目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 交渉の発端と準備交渉プロセス 1 発端 2 準備交渉 ⑴ 起草前の意見聴取 ⑵ 条約案の起草 ⑶ 経済委員会原案に対する意見と経済委 員会の考え方 (ア) 総論 (イ) 撤廃の例外 平常時の措置/特別異常時の措置 (ウ) 紛争処理手続 (エ) 留保品目 ⑷ ジュネーブ国際経済会議 (ア) 関税措置 (イ) 輸出入禁止・制限措置 (ウ) 農業分野 Ⅲ 本交渉プロセス 1 交渉の枠組み 2 交渉の経過 ⑴ 総会での交渉参加国による意見表明 ⑵ 成文化交渉 (ア) 平常時の措置 要件/動植物検疫・公衆衛生/国内 措置の適用/その他の条項 (イ) 特別異常時の措置 (ウ) 紛争処理手続 ⑶ 留保品目交渉 (ア) 留保を認める手続 (イ) 各国の留保品目の「仕分け」 3 条約のその後 (以下,次号) Ⅳ 交渉会議での日本政府の対応 1 米をめぐる状況と政策 2 日本政府の対応の経過 ⑴ 対処方針 ⑵ 適用除外交渉 ⑶ 留保品目交渉 Ⅴ 本条約交渉の今日的意義 1 多国間貿易交渉の系譜 ⑴ 多国間貿易交渉における関税と非関税 措置の優先順位 ⑵ ウルグアイ・ラウンド SPS 交渉 ⑶ 無差別原則 ⑷ 「見せかけの原則」から実効性のある ルールへ 2 多国間貿易交渉における日本の行動様式 ⑴ 日本の「例外アプローチ」の背景 ⑵ 「例外アプローチ」以外の可能性 ⑶ 歴史の教訓 参考文献 付表 輸出入禁止制限撤廃条約の平常時の措置 の例外条項と GATT 第 20 条との比較
1927 年の輸出入禁止制限撤廃条約交渉と
その今日的意義 ⑴
林 正 德
Ⅰ はじめに GATT や WTO におけるラウンド交渉のよ う な「多角的貿易交渉」が,国際機関の媒介 のもとで多数の参加国により貿易問題に関し 合意を目指す交渉を意味するとすれば,国際 連盟 の も と で 1927 年 10 月 か ら 11 月 に か け て ジュネーブ で 開催 さ れ た 輸出入禁止制限撤 廃会議をもって,その嚆矢とする.この会議 は,35 ヵ国 の 政府代表1)と 国際商業会議所 の代表をはじめ業界団体の代表者も参加して 開催され,3 週間余にわたる交渉の結果,輸 出入禁止制限撤廃条約2)(Convention for the
Abolition of Import and Export Prohibitions and Restrictions)が調印された.貿易上のす べての禁止・制限措置を撤廃することを目指し たこの交渉は,「GATT 成立前における国際貿 易分野での協調行動のためになされたもっとも 野心的な努力」3),「世界貿易システムを再建す ることを目的に,広範な国際行動規範に合意す るためになされた世界大恐慌前の努力の頂点」4), さらには「史上初の貿易ラウンド」5)とも評さ れている. この交渉とその結果合意された条約が 85 年 余を経た今日なお興味を惹くのは,①「非関税 措置」6)に関するルール化の最初の試みであっ た こ と,② こ の 条約 が 無差別原則,数量制限 の一般的禁止といった GATT の基本原則への 一般的例外を定める同第 20 条のモデルとなっ たこと,③この交渉で最も議論を呼んだのが動 植物検疫と食品安全措置をめぐってであったこ と,そして④日本が参加した初の多国間貿易交 渉の場となったこの会議で,「米の例外扱い」 の確保が日本政府の最大の交渉目標であったこ とである. この交渉については,国際連盟事務局が作成 した会議議事録,交渉参加国からの提案等の一 次資料7)が国際連盟欧州本部図書館に所蔵され ており,日本政府交渉団による会議報告8)や関 係公電9)も公開されている.本稿は,これらを もとに,交渉理論により交渉の発端から終結ま での合意形成プロセスを分析するとともに,日 本政府の国際交渉における行動様式を検討した うえで,この交渉の今日的意義について考察を 行うものである. 1)ヨーロッパ地域から英国,フランス,ドイ ツ,イタリア,ベルギー,オランダ,ルクセンブ ルク,デンマーク,スウェーデン,フィンランド, リトアニア,ポーランド,アイルランド,ギリシャ, ポルトガル,スイス,オーストリア,ハンガリー, チェコスロバキア,ブルガリア,ルーマニア,ユー ゴスラビアの 22 ヵ国,北米からはカナダと米国, 南米からキューバ,チリ,コロンビア,アジアか らは日本,中国,タイ,インド,大洋州からはオー ストラリア,アフリカ・中東からはエジプト,エ チオピア,トルコが参加した.このうち,米国, エジプト,トルコは非加盟国.国際連盟加盟国で 参加しなかったのはスペイン,ニュージーランド, 南アフリカ,ペルシャのほか,多くの中南米諸国 (メキシコは未加盟,ブラジルは 1926 年に脱退). 国名表記は現代表記に統一した(セルブクロアー トスロベニアはユーゴスラビアとした). 2)外務省条約集 に「輸入及輸出 ノ 禁止及制限 ノ撤廃ノ為ノ国際条約」として収録されているが, 「輸出入禁止制限撤廃条約」と表記する.条約訳文 もすべて現代仮名遣い・表記とした. 3)Shonfield [1976] 45 ページ. 4)Brown [1950] 31~33 ページ. 5)Charnovitz [1991] 4 ページ. 6)本稿で「非関税措置」とは,「関税以外の貿 易障壁」(other barriers to trade)(GATT 前文) を 意味 す る「非関税障壁」(Non-Tariff Barriers) のうち,輸入数量制限,可変課徴金その他の国境 措置以外の,国内政策上の意図と必要に基づく措 置の意味で用いている(したがって,関税評価, ライセンシングその他関税措置に付帯する措置は 含まない).国境措置は「関税化」できるが,「非 関税措置」については国際的な行動規範としてルー ル化せざるを得ない. 7)これらは 2 冊に製本されている.全体会合 についての議事録を欠くが,委員会,非公式会合 議事録などの一次資料が収められている.引用す る場合は CIAP 文書番号を脚注で示す. 8)輸出入禁止制限撤廃 に 関 す る 国際会議報告 書(外務省 [1992a] ) 9)輸出入制限撤廃会議関係公電(外務省[1992b])
Ⅱ 交渉の発端と準備交渉プロセス 交渉理論によれば,多数の国々が参加する大 規模な交渉が行われる場合,これに先立ち,問 題を特定し,考えられるさまざまなオプション をサーチし,交渉することのコミットを行う準 備交渉プロセスが存在する10).輸出入禁止制限 撤廃会議も,例外ではなかった. 1.発 端 第一次世界大戦後,国際連盟をはじめとして, 国際経済体制再構築のための国際的な取り組み が行われていた11).1922 年にジェノバで開かれ た 国際経済復興会議(Genoa Conference)で は,輸出入禁止制限の漸進的撤廃(progressive suppression),輸入制限を行う場合には関税の みにより行うこと,原材料についての輸出関税 の無差別適用(nondiscriminatory application) と財政収入目的の場合を除き撤廃すること,互 恵制度(a system of reciprocity)に 基 づ き 最 恵国条項(the most-favored-nation clause)を 可能な限り含む貿易条約に基づき,国際貿易関 係を回復させることなどが勧告されていた12).
翌 1923 年 の「税関手続簡素化 に 関 す る 条約」 (General Convention on the Simplification of Custom Formalities)も,「輸入および輸出の 禁止・制限により生じる国際貿易上の甚大な障 害にかんがみ,締約国は事情の許す限り速やか に右禁止・制限を最小限に減ずるための措置を 採択・実行する」(第 3 条)ことを規定していた. 直接 の 発端 は,1924 年 9 月,国際連盟総会 にイタリア代表団から出された決議案であっ た.決議案は,国際貿易の自由な発展にとり重 大な阻害要因である輸出入の禁止・制限に関す る制度の最終的な撤廃(suppression)を加盟 国・非加盟国間で合意する可能性について検討 することを,理事会13)から経済委員会に指示 するよう求めるものであった14).この決議案は 他の主要国の支持を得て採択され,検討が経済 委員会で開始された. 2.準備交渉 この準備交渉プロセス15)が後の多国間貿易 交渉のそれと比べ顕著に異なっているのは,① どのようなルールを定めるべきかについて,非 加盟国のみならず業界団体にも広く意見が求め られたことと,②本交渉開始前に条約原案の条 文テキストとともに起草の考え方を説明した附 属文書が,一般公開されていたことである. ⑴ 起草前の意見聴取 国際連盟理事会から検討を指示された経済委 員会がまず行ったことは,各国からの意見聴 取であった.1924 年 10 月,国際連盟事務局長 か ら 加盟国 と 非加盟国政府 に あ て,経済委員 会に輸出入の禁止・制限に関する制度に関す る情報の提供とともに意見の提出要請がなさ れ,翌 1925 年初め,28 ヵ国から回答が寄せら れた.同年 6 月,経済委員会は理事会に対し, ①輸出入禁止・制限措置が「濫用をもたらしや すく,とりわけ国際貿易に不確実性,遅延お よび不公正な差別(uncertainty, delay and the possibility of unfair discrimination)と いった
10)Hampson & Hart [1995] 25~27 ページ. 11)1920 年に発足した国際連盟は,その規約で 「交通および通過の自由ならびに一切の連盟国の通 商 に 対 す る 公平 な 待遇(equitable treatment for the commerce)を確保するための方策を講ずべし」 と規定していた(第 23 条(e)). 12)Brown [1950] 31 ページ. 13)常任理事国は英国,フランス,イタリア, 日本の 4 ヵ国.1926 年にはこの年に加盟したドイ ツを加えて 5 ヵ国となった. 14)イタリアは第一次世界大戦中,英国,フラ ンス等による天然資源の輸出制限により,非常な 困難 を 蒙って い た.世界大戦終了後 も,経済不況 下のヨーロッパ諸国で関税措置に加えて自国産業 保護の見地から輸入制限・禁止措置を講ずるもの が増加したことから,イタリアは「持たざる国」 として懸念を強めていた(日本学術振興会 [1951] 346~349 ページ). 15)このプロセスに関する本稿の記述は League of Nations [1927] による.
深刻な害(grave evils)をもたらしている」こ とから累次の国際決議においても糾弾されて いるところであり,②国際貿易に対する重大 な障害(grave obstacles)であることにかんが み,できる限り速やかにこれらを最小化する (reduce to the smallest number)た め の あ ら ゆる措置を採択し実施することが必要である, ③各国から寄せられた回答から見て,輸出入禁 止・制限措置を廃止するか最小限に減少させ る(abolishing or reducing to a minimum)こ とについて十分なコンセンサスがあると見られ る,④現時点では「より一般的で論争の的とな る」関税政策にまで問題を拡大するよりも,国 際的に制限を設けることの時期が熟したと考え られる輸出入禁止制度に重点的に取り組むべき である旨報告した. ⑵ 条約案の起草 こうして,関税措置に先だち輸出入禁止・制 限措置のルール化を行うことについてのサウン ドを終え,条約原案の起草が経済委員会で行わ れた.これには,ドイツ,オーストリア,ハン ガリー,ユーゴスラビア政府により任命された 専門家も参加した.1925 年 10 月,輸出入禁止・ 制限措置の撤廃に関する経済委員会による原案 が国際連盟加盟国と非加盟国政府に送られ,各 国内の主要商業・産業団体の意見も聴取したう えで回答することが求められた. 経済委員会原案は全文 12 条からなり,骨子 は次の通りであった16). (a ) 輸出入禁止・制限措置の原則的撤廃:別に 定める例外を除き,一切の輸出入禁止制限 措置を 6 ヵ月以内に撤廃し,それまでの間 現行措置を最小限のものとし(reduce to a minimum),また新たに導入しないよう,あ らゆる適切な措置をとる(第 1 条). (b)原則的撤廃の例外 ① 通関手続:輸出入の方法,形式または場所 に関する規制,あるいは標示(imposition of marks)制度が偽装された禁止または恣 意的 な 制限 の 手段(a means of disguised prohibition or arbitrary restriction)と さ れないようにし(第 2 条),ライセンスの 供与は,税関手続の簡素化に関する条約第 3 条に従ってなされなければならない(第 3 条). ② 平常時の措置:国防,公衆衛生,動植物を疾 病等から保護するための措置は,同じ条件 下にあるすべての外国の国々に等しく適用 さ れ(applied equally to all foreign countries where the same conditions prevail),か つ 純 粋に経済的な目的からの措置を隠すような やり方で適用されない(and are not applied in such a way as to conceal measures the object of which is purely economic) 限 り, 禁止されない(第 4 条).こうような措置と して,公衆衛生のための措置,動植物検疫 措置を含め,10 項目が列挙された17). ③ 特別異常時 の 措置:特別 か つ 異常 な 状況 16)このほか,他の締約国が第三国に対して本 条約で定める禁止措置を講じていることもしくは 貿易を除外または差別ないし不公正な競争方法を 行っていることについて本条約を援用しない(第 6 条),調印期間を 12 ヵ月とする(第 8 条),附属書 に記載された諸国を含む○ヵ国の批准が行われた との国際連盟事務総長の通知から 90 日後に発効す る(第 9 条),本条約実施から 4 年経過後締約国は 国際連盟事務総長に廃棄の通告を行うことができ, 通告から 1 年後に効力を発生する(第 10 条),締 約国は自国に本条約が発効してから 12 ヵ月以内に 国際連盟事務総長に禁止・制限を廃止するために とった手段を報告する(第 11 条),本条約実施後 4 年を経過する前に締約国の 3 分の 1 が国際連盟事 務総長に本条約の改正希望を表明した時は他の締 約国は本条約を改正または維持するための会議に 参加する(第 12 条)ことが規定されていた. 17)①国防,公共 の 安寧 ま た は 秩序(national defence, public safety or order)の た め の 措置, ②公衆衛生 を 根拠 と す る(issued on the grounds of public health)措置,③動植物 を 疾病,衰退 または絶滅から保護する見地からの(having in view the protection of animals and plants against disease, degeneration or extinction)措置,④道徳
(extraordinary and abnormal circumstances) に 対処 し,国家 の 死活 に か か わ る 経済 的・財政的利益 を 保護 す る(protect vital economic and financial interests)た め に 輸 出入に関して必要な措置をとることは,制 約されない.ただし,例外的に必要な場合 (in cases of exceptional necessity)に 限 り,
国産品を保護するためまたは他の締約国を 差別するための恣意的な手段(an arbitrary means of protecting national products or of discriminating against any other contracting State)であってはならず,措置が課される 期間は,当該原因または状況が存在してい る期間に限定する(第 5 条). (c ) 紛争処理:「この条約の解釈・適用に関し て紛争が発生し,当事国間ないし他の方法で 解決が困難な場合には,当事国は仲裁・司法 手続に訴える前に国際連盟理事会が任命した 専門組織(technical body)に付託すること ができ,同組織は当事国からの聴聞,会合 の後勧告的意見を出すことができる」.(ブラ ケットに囲まれて「解釈・適用に関する法的 紛争が発生した場合には,当事国のいずれか が求めた場合には国際司法裁判所またはそ の選定した仲裁機関の裁定を求める」とされ た.)(第 7 条) ⑶ 経済委員会原案に対する意見と経済委員会 の考え方 条約原案は 1925 年 10 月,各国政府と国際経 済団体18)に 送付 さ れ,主要商業・産業団体 の 意見も聴取したうえで意見等を回報するよう 求められた.1926 年中に 36 ヵ国19)から回答が あった.経済委員会はこれらを検討した結果, 原案を修正する必要はなく,経済委員会原案を もとに条約交渉会議を開催することが適当であ るとした.条約原案とともに,起草に至った経 緯,経過,考え方を各国・経済団体からの意見 とともに収録した附属説明文書が,1927 年 5 月 に公表された. (ア)総 論 経済委員会は,各国が輸出入禁止・制限措置 をとらざるを得ない原因に,経済的均衡の破壊, 戦争の結果生じた不均衡の持続,原料・食料の 供給の確保と備蓄の構築,国家の安全のために 必要な産業の保護,物価・賃金高騰への対策, 貿易収支の均衡・為替レートの維持などがあっ たとし,寄せられた意見を次のように要約した. 輸出入禁止・制限措置を原則的に撤廃し例外 的な場合にのみ許容されるよう,世界大戦前の 状態に復帰すべきことについては,各国や産業 団体に異論はなかった.大多数の国々は輸出入 禁止制限撤廃条約締結の機が熟しているとした 的または人道上の理由から,もしくは不適切な交 易(improper traffic)の禁圧のために課される措 置(禁止の対象となる商品の製造および交易が国 内において禁止または制限されていることを条件 とする),⑤美術的,歴史的または考古学的価値の ある国宝の保護のためにとられる措置,⑥産業上, 文芸上および芸術上の所有権を保護するため並び に虚偽の標識(false marking)または原産地呼称 (appellation of origin)に関し不公正な競争を防止 するために国内法または国際条約に適合して課さ れる措置(類似した保護または監視が国内産品に 対してなされていることを条件とする),⑦同種の 国内産品に対して適用されている同等または類似 の規制措置を輸入産品に適用することを目的とし て課される措置,⑧製造または取引に関し国内に おいて国の独占企業または国の監督下に行われる 独占事業に服する産品に適用される措置,⑨危険 または濫用を生じ,あるいは不公正な競争手段に 関連する武器,麻薬またはその他の交易方法を規 律する国際条約を履行するための措置,および⑩ 金,銀,紙幣,硬貨または有価証券に適用される 措置,の 10 項目であった. 18) 国際商業会議所(International Chamber of Commerce), 万 国 農 事 協 会(International Agricultural Institute)な ど.後者 は 1908 年 に 設 立され,1945 年の FAO の発足に伴い業務・資産 をこれに引き継いで解散した. 19)加盟国のうち本交渉に参加しなかったエス トニア,ラトビア,ノルウェー,スペイン,南ア フリカ,ウルグアイも回答した.本交渉に参加し た国々のうち米国,カナダ,コロンビア,タイ, トルコ,エチオピアは回答していない.
が,目下の不安定な財政金融状態のもとで係る 協定の締結は時期尚早であり,経済状態が回復 するまで待つ方が望ましいとする国もあった. 関税措置と非関税措置のいずれを優先的に取り 組むべきかについては,両論があった.一部の 国々は,禁止的な関税による貿易障壁がある一 方で輸出入禁止制限措置のみを撤廃することは 不公平であるとし,産業団体にも関税政策など 関連する問題,なかんずく禁止的な関税水準と 切り離して輸出入禁止措置のみをとりあげるこ とに批判的な意見があった.以上の結論として, 経済委員会は輸出入禁止・制限措置が廃止され ても禁止的な水準の高関税に置き換えられれば 国際貿易に対する重大な障害が依然として残る ことになるものの,高関税問題があることが輸 出入禁止・制限措置を取り扱わない理由にはな りえないとした. (イ)撤廃の例外 非関税措置のなかに撤廃の例外とせざるを 得ないものがあることは,当然のことと理解 されていた20).経済委員会は,条約原案の起草 の際に検討対象となった例外的事由を,三つの カテゴリーに分けた. ⅰ 「不可欠であるとともに自由貿易システムと も両立するものとして第一次世界大戦前に一 般的に認められていたもの」(the reservations
which were generally admitted before the war as being indispensable and compatible with the system of free trade).人・動植物 の 健康 (health of persons, animals and plants),道徳,
公序,国家・公共の安全の維持,独占に対する セーフガード,国際条約の執行,不法取引や不 公正競争の抑制,同種の国産品に適用される規 制 の 外国産品 へ の 適用(application to foreign goods of the regulations applicable to the same categories of national goods)などが,該当する. ⅱ 平常時の措置とは別の,政府が例外的な状 況(exceptional circumstances)に 対処 す る ために保持すべき権利の範囲と限界に関する も の,よ り 一般的 に 国家 の 死活的利益(vital interests)の保護に関するもの. ⅲ より特殊な,ダンピングの抑制,国内に原 料や食料を保有しておくこと(keeping of raw materials and foodstuffs in the country) や, 国の安全に不可欠な特定産業の保護(protection of certain industries considered indispensable to national safety)に関するもの. 経済委員会は,これらのうちⅲ については 触れず,ⅰ を平常時の措置,ⅱ を特別異常時 の措置として,どのような要件を課すべきか説 明した. (a)平常時の措置(第 4 条) 平常時の措置を撤廃対象から除外することに 異論がなかったものの,検疫や衛生上の理由を 口実にして経済的制限のためにとられることが あり,犠牲となった国々には対抗手段がない ことから,これを防止する(prevent sanitary and veterinary measures from being used as a pretext for the application of economic restrictions against which the State victimized has no formal means of defence)こ と に,今 回の条約交渉の機会を利用すべきとの強い意見 があった. 平常時の措置の範囲をどこまで認めるか,こ れらにどのような要件を課すべきか,の二つの 論点があった.経済委員会は,平常時の措置と 20)1923 年の税関手続の簡素化のための条約 会議 の 準備委員会報告 で も,「輸出入禁止措置 が 今日国際貿易に対する最も深刻な障害であり,し た がって 可及的速 や か に 最小限 に す る(reduce to the smallest number)た め の 努力 を 払 う べ き である」とされる一方,「なかんずく独占に服し ているか国家的必要に供する商品,公衆衛生,道 徳,安全の保全,病虫害からの動植物の保護につ いてはこうしたルールからの例外を予定するべき で あ る」(Certain exceptions to this rule must be anticipated, notably on the case of goods subject to a monopoly, or for the purpose of providing for national necessities, the safe guarding of public health, morals or security, or the protection of animals and plants from pests and diseases.)とさ れていた(上田ほか [1927] 97~98 ページ).
して列挙した 10 項目の措置が,「不可欠である とともに貿易自由の原則とも両立できるものと して,長期にわたって確立された国際貿易上 の慣習として確立されており,多くの貿易協 定にも規定されている」(have been admitted through the long-established international practice, as recorded in a large number of commercial treaties, to be indispensable and compatible with the principle of freedom of trade)ことから,「コメントの必要がない」と した.経済委員会は,これらの措置を「ある国 の貿易について不当な差別となるように適用し な い」(shall not be applied in such a way as to result in unjust discrimination against the trade of a given country),および「偽装され た 禁止・制限 の 手段 と な る よ う に」(in such a way as to constitute a means of disguised prohibition or restriction)適用 し な い こ と に よ り,「締約国 に よって 互恵性 の 条件 の 下 に 定められ受諾された目的から経済的な目的の た め に 逸脱 す る」(departing, for economic purposes, from the object for which they were instituted and accepted, on terms of reciprocity, by contracting parties)こ と が 予 防(precaution)できるとした. 寄 せ ら れ た 意見 や 指摘 に は,植物 の 雑草 (weeds)からの保護の追加(フィンランド政府), 関税引上げ実施直前の輸入急増を防止するため の 短期的輸入禁止措置 の 許容(同),刑務所労 働による産品に関する措置の追加(英国・オー ストラリア政府)のほか,病気からの植物の保 護(protection of plants against disease)を 目 的とする措置の乱用防止の必要性(ベルギー政 府),工業所有権保護 や 不公正競争防止 の た め の措置が偽装された経済的制限の手段として用 いられている(イタリア産業団体),原産地表示・ 証明についての制度が貿易制限措置として用い られている(スペイン産業団体),特許や商標 保護に関する政府の権能を制約すべきではない (英国産業団体),「禁酒法」(dry laws)の 適用 により貿易問題が発生している(スペイン産業 団体),措置の導入・変更は連盟事務局を通じ て公表し,他の加盟国に通報するようにすべき (ハンガリー産業団体)などがあった. (b)特別異常時の措置(第 5 条) 経済委員会 は,現下 の 経済的状況 か ら 見 て,また今後多くの参加国を期待する見地か ら,加盟国政府 が「極 め て 深刻 な 例外的状 況」( exceptional circumstances of extreme gravity)に対処するための「一種の安全弁と し て の 一般的 な 留保」(a general reservation as a kind of safety-valve)を認めざるをえない, ただし要件については平常時におけるよりもは るかに慎重を期して定める必要があるとした. 経済委員会は,措置の「例外的かつ経過的な措 置としての性格」(exceptional and transitory character)を明らかにするため,①状況が単 に例外的であるだけでなく「特別かつ異常」で あり,②「経済的・財政的利益」を保護するた めの措置とはいえ国産品を保護するための「恣 意的な手段」として用いることを禁止し,かつ ③措置をとる期間を当該原因・状況が存在する 期間に限定することが適当とした. 各国政府と産業団体からの意見は,特別異常 時の措置を認めるべきでないとするものと,認 めるとしても厳しい制約条件を課すべきとする ものに分かれた.特別異常時の措置を認めるべ きでないとするものは,この条項の規定が「あ まりに一般的で濫用の危険がある」ことから, このような規定をおくべきでなく,いかなる事 態でも通常の関税措置で対応できる,とした. 他方,容認せざるを得ないとする立場は,第一 次大戦後,世界は通貨問題など新たな財政的・ 経済的問題に直面しており,このような問題に 迅速かつ柔軟に対応するためには通常の関税措 置や平常時の例外措置では不十分であるとの認 識に基づいていた. 特別異常時の措置に関する規定をおくべきで ないと強く主張したのは,ドイツなど少数派で あった が,「経済的・財政的利益」,「基本的利
益」の拡張解釈による濫用の危険を指摘するも のは多く(イタリア政府,英国・イタリア産業 団体など),規定を制限的なものとすべきとす る意見が多数を占めた.発動のケースを「戦争, 関税紛争(Customs disputes),飢饉 そ の 他 の 災害または対抗措置を発動する場合」に限定す る(イタリア産業団体),他国の関税引き上げ まで「特別かつ異常な事態」と解されないよう にする(オランダ政府),措置の対象品目を「基 礎的必要食糧(foodstuffs of prime necessity), 国内産業への原料品,石炭,染料等」に限定す る(ベルギー政府)などの意見があった.手続 上の制約を課す見地から,特別異常時の措置を とる場合には国際連盟理事会に事前通報を行 い,一定期間内に異議が提起されなかった場合 にのみ発動を認めることとする(オーストリア 産業団体),緊急の場合を除き国際連盟への事 前通報を要することとする(日本産業団体)と いった提案もあった. 以上のような意見が提出されたなか,日本政 府から「国家の死活にかかわる経済的・財政的 利益を保護するため」を「国家の死活的利益に とり必要な産業の確立維持を確保するため」(to safeguard the maintenance of industries, the creation of which is or may be required by the vital interests of the State)と す る 修文意 見が提出された.経済委員会は,この意見につ いてコメントしなかった. (ウ)紛争処理手続 経済委員会は,例外措置に関して寄せられた 意見の背景に,他国の措置による損害がどのよ うにして救済されるのかについての不安がある とし,他の締約国との間の二国間協議が不調に 終わった場合に国際連盟に対し訴えを提起する 途を条約上用意することが,条約の留保を防ぐ 意味でも重要であるとした.問題は,締約国が 国際的な仲裁機関(an arbitral tribunal)の判 断を受け入れて自国の権利の一部を放棄するこ とに合意するかどうか,および問題となった措 置についての紛争処理手続の遅延であった. 平常時の措置については,条約で認められ たものに該当するかどうかの判断を行う「専 門的組織」に積極的な役割を期待する意見(ベ ル ギー政府)や,国際連盟 が 任命 し た 専門家 に仲裁判断を行わせるべきとするもの(ハン ガリー産業団体)もあった.また,平常時・特 別異常時 の 措置 を 問 わ ず,国際司法裁判所 へ の強制付託を行わせるべき(オーストリア産 業団体)と す る 意見 も あった.一方,国家 が その「死活的利益」とは何かを決めることが できる限り,特別異常時の措置は紛争処理手 続の対象外にならざるを得ない(チェコスロ バキアの産業団体),特別異常時の措置に関し ては国際司法裁判所への強制付託の対象から 除外するべき(日本政府)との意見があった. 紛争処理手続には相当の時間を要することが 予想される(ドイツ政府),時間的な遅延が紛 争処理手続そのものの有効性を減殺する(ベ ルギー政府)との意見もあった. 経済委員会は,紛争処理手続に相当の時間を 要するであろうとしつつ,紛争が生じた際に連 盟が設けた専門組織に付託することにおおむね 意見の一致を見た,とした.国際司法裁判所へ の強制付託については,判断を下すことを避け てブラケットで囲み,条約会議での論議にゆだ ねるとした. (エ)留保品目 各国から寄せられた意見には,措置が撤廃さ れると問題が生じるとして,条文ないし議定書 上,個別の品目や制度を手当てするよう求める ものがあった.英国は染料,コーヒー抽出物ほ か,オーストラリアは砂糖と染料の輸入(英国 からのものを除く)を挙げ,オーストリアは人 造ミネラルウォーターの輸入許可制度,南アフ リカはダチョウとその卵の輸出禁止および国内 消費用の販売を禁止している国によるワイン・ 蒸留酒の輸入禁止についての権利を留保すると した(日本は,留保品目を挙げていない). 経済委員会は,品目別の留保を認めれば濫用 のおそれが大きく,条約原案で明示的に許容し
ている措置以外の措置の導入・維持を認めるこ とにもなりかねないと指摘し,個別品目にかか る問題は条約の付属議定書で処理することがで きるとした.興味深いことは,この問題が「互 恵性」(reciprocity)(「他の締約国が適用して いると判断する限りにおいて条約を適用するこ と」とされた)の問題として理解されていたこ とである.この留保品目問題は,本交渉の焦点 として浮上することになる. ⑷ ジュネーブ国際経済会議 条約交渉会議の開催は 1927 年 5 月とするこ とが当初予定されていたが,ジュネーブ国際経 済会議が開催されることとなったことから,11 月中旬21)に延期された. 国際連盟が開いた国際会議のなかでも,ジュ ネーブ国際経済会議は最も注目を集めた.この 会議 は,1925 年 9 月 の 国際連盟総会 の「全般 的な経済的繁栄の回復の障害となっている経済 的困難の探求およびこれらの困難を乗り越え紛 争の防止のための最善の方法を確定する」旨の 決議に基づき,開催されることになったもので あった.「世界 21 ヵ国より選出された農,工, 商業界 の 権威,財政家,通商政策 に 経験 を 有 す る 官僚,経済学者,労働団体及 び 消費者 の 代表者等 35 名」で構成された準備委員会22)に よる 2 回(1926 年 4~5 月,11 月)の検討を経 て,1927 年 5 月 4 日から 23 日にかけて開催さ れた23).非加盟国を含め 50 ヵ国24)の委員 194 名, 専門委員 157 名が参加した25)が,なかでも社会 主義革命後間もないソ連邦と,従来オブザー バーとしての出席に止まっていた米国が,政府 高官を首席代表とする公式代表団を派遣したこ とが注目を浴び,「近来まれにみる壮観」と評 された26).商業,工業,農業の 3 委員会に分か れて討議された結果,個人の資格で出席した 専門家による参加国を拘束しない勧告として, 「国際経済会議報告」27)が最終日に採択された. (ア)関税措置 会議初日の冒頭,議長(ベルギー前首相)は 本会議の焦点が関税政策および国際カルテル であり,「各国が自給自足を図らんとしつつ他 方で自国品の販路開拓を企てるのは矛盾であ る」とし,続く各国代表の演説も「通商の自 由を促進する必要を認めないものは一人もな くただ関税引下げ等について緩急いろいろの 説が出」た28).続いて開かれた委員会の論議 で も,関税問題 が 焦点 と なった.当時,ヨー ロッパ諸国の関税は第一次世界大戦前に比較し て「より高率,より複雑,より不安定,より多 数」(higher, more complicated, less stable and more numerous)な状況にあり,大戦前 の 状 21)ジュネーブ国際経済会議開催段階では条約 交渉会議の開始は 11 月 14 日とされていたが,そ の後 10 月 17 日に早められた. 22)国際連盟事務局 [1931] 194 ページ. 23)ジュネーブ国際経済会議に出席した上田貞 次郎は「国際連盟の成立以来同事務局次長として 功績を留められた新渡戸稲造博士が今春その職を 辞して帰朝された時,その最初の公開講演におい て 国際経済会議 は 英米日三ヵ国軍縮会議以上 に 面 白い会議であると言ってわが国民の注意を喚起さ れたと聞いているが,如何にもこの会議の規模の 大きかったこと,その討議項目の重大かつ広範な りしこと,ならびに会議そのものの性質の全く新 しき試みであること等から考えて見て,われわれ もまた博士の言に同意することができる」として い る(上田 [1927] 17 ページ).三ヵ国軍縮会議 は 国際経済会議終了後,6 月 20 日から 8 月 4 日まで ジュネーブで開催された. 24)非加盟国では米国,ソ連邦,メキシコ,エ クアドル,エジプト等が参加した. 25)日本からは志立鉄次郎(元日本勧業銀行総 裁),上田貞次郎(東京商業高等学校(現一橋大学) 教授),佐藤寛次(東京帝国大学教授)らが政府委員, 荷見安(農林省農務局産業組合課長)ほ か が 随員 として出席した. 26)小汀利得 [1927] 98~99 ページ.
27)Report of the World Economic Conference 会議の経過と報告については日本政府の公式報告 (外務省[1992a])があり,原文および訳文は翌年 出版 さ れ(国際連盟協会 [1928]),日本側出席者 による解説も出版されている(上田ほか[1927]). 28)上田ほか [1927] 41~43,113~123,154~ 166 ページによる.
況に復帰していないのみならず,関税交渉が開 始される直前に関税を引き上げることが常態化 していた29).関税の設定・変更が政治的に重要 な国家主権問題とみなされていた30)だけでな く,関税交渉を多国間で行うという発想はまだ なかった.参加国のうちユーゴスラビアとオー ストラリアのみが保護主義を主張した一方,フ ランスから関税率を「国民的安定または経済生 活の重大な利益のために必要な場合にのみ主要 競争相手国の優越な生産条件・価格に対して平 均をとる程度」とする案,スウェーデンから「関 税率の最高限度を協定で定める」案が出され, 日本も「関税引き下げが最重要である」とし, 「各国の関税率の従価換算値を国際連盟が定期 的に編纂して公表する」ことも一案と発言した. 「国際経済会議報告」は,最恵国待遇原則につ いて「関税および通商条件に関して無条件の最 恵国待遇を相互に許与することが通商の自由, 健全な発達の必要条件の一つであるとともに貿 易の安定・安全のために通商条約により十分な 期間保障されるべき」ことから,「最恵国待遇条 項の範囲・形式が最も広くかつ自由な(liberal) 性格のものであるとともに明文規定または解釈 により弱められることがない」ようにすべきと した.しかし,有条件主義を主張するフランス と無条件主義の米国との間で意見が対立したこ とを反映して,「いかなる場合にいかなる程度, この基本的な保証を条約中に規定するか」は, 各国政府が判断すべき事項であるとした31).こ のほかは,関税率の簡素化,関税分類の統一, 関税の安定等の技術的事項が中心であった. 「商業政策および条約」の項でも関税措置が とりあげられ,「関税は各国の主権的事項に属 す る(within the sovereign jurisdiction of the separate States)ものの,純粋な国内的利益の 問題(a matter of purely domestic interest)で はなく,国際貿易に大きな影響を与える」こと から,「関税率の引き上げを停止して削減の方 向に進むべき時期が到来したことを宣言」する とともに,各国が通商条約の締結を通じ「貿易 を著しく阻害する関税障壁を除去ないし低減す る手段を講ずるべき」こと等が勧告された. (イ)輸出入禁止・制限措置 輸出入禁止制限撤廃条約交渉に関し,会議に 経済委員会原案と附属説明書が提出された.フ ランス代表から「経済委員会原案をできる限り 速やかに交渉会議に上程して多数国間の条約と なす」ことに加え,①原料品の移動は輸出税の 賦課,奨励金の交付または価格維持方策により, 各国間に貿易障壁または差別的状態を設けな い,②国内価格の高騰・暴落を防止するための 輸出数量制限は国内商品価格の調節を図ること により自国の生産者の安全を図るためにのみ許 容され,輸入国の消費者に過重な負担を与えな いようにする,③国内生産が不足し国内供給を 確保する見地から行う輸出数量制限は公平な方 法によるよう努め,できる限り国内外の商品価 格の均衡を保つ,④資本・資金の輸出管理は世 界通商の自由と抵触しないようにすることを内 容とするルールを定めることが提案され,もっ ぱら議論の的となった32). 29)国際経済会議報告第 1 総論部分パラ 19. 30)主要貿易国間では「関税戦争」による高関 税が設定されていたうえに,ヨーロッパではオー ストリア・ハンガリー帝国崩壊後独立した国々が 関税を設けたばかりであった.この当時,米国の 関税は国際交渉により変更できず交渉不能(non-negotiable)とされていた(1890~1909 年までの 間大統領に一定の制約のもとに交渉権限が与えら れていた.ふたたび大統領に貿易交渉権限が付与 されるのは 1934 年になってからのことである). 関税を交渉不能としたのは米国のみではなかっ た.フランスでも 1880 年代から小麦,家畜をは じめ主要農林産物の関税率は貿易協定により変更 できないよう立法措置が講じられていた.また, 中国のように関税自主権を回復していなかった国 があったことにも注意する必要がある. 31)国際経済会議報告第 2 商業 4 通商政策 お よ び条約(1),(2). 32)外務省[1995a]55~62 ページ,上田 ほ か [1927]85~128 ページ.
「国際経済会議報告」は,商業 の 部 の「通商 の 自由」(Liberty of Trading)の 項 で,「国際 貿易の事実上の自由への復帰(a return to the effective liberty of international trading)が 世 界経済繁栄の主要な条件の一つ」であるものの, 「輸出入禁止措置およびこれに起因する恣意的
な慣行と偽装された差別的措置(the arbitrary practices and disguised discriminations) が, あらゆる種類の障壁と相まって慨嘆すべき結果 をもたらした」とし,国際連盟経済委員会によ る輸出入禁止制限撤廃条約原案が,附属説明書 とともに秋に予定される交渉会議の基礎とし て「満足すべき内容」であると認められ,最大 多数の国家間の一般協定(general agreement) として,その諸原則が輸出税,数量制限,健康 規制(health regulations),資本の自由な移動 に対する規制等により間接的に覆されないよう にすべきこと等を勧告した. (ウ)農業分野 当時,農業分野における最大の課題は農業生 産の増大であり,農業者の協同組合による組 織化,農業金融,農業統計 の 整備等 の ソ フ ト 面のインフラ整備が中心課題であったが,農 産物貿易 に お け る 関税 や 輸出入禁止・制限措 置もとりあげられた.「国際経済会議報告」は, 「農産物の自由な流通と貿易に対するあらゆる
障害(all hindrances to the free circulation of and trade in agricultural products)を諸国 家 と 労働者 の 死活的利益(vital interests)を 害 さ な い 範囲 で 除去 す る こ と」,「関税保護 (custom protection)を 農業・工業生産 に と り 必要最小限度 ま で 削減 し,農業・工業間 の 公平 な(equitable)均衡 を 確保 し,一 の 利益 のために他の利益を害しないこと」,「輸出禁 止,輸出税ならびに関税率の頻繁な変更は決 定的 に 廃止 す る こ と」を 勧告 し た33).ま た,
「動植物病害 の 防圧」(Campaign against the Diseases affecting Plants and Animals)とし
て,「農業生産 を 減少 さ せ る 動植物病害 に 対 しては,国際的な計画と協定に基づき科学的 に(scientifically)取り組むべきである」とし, 国際獣疫事務局が設置されたこと,植物の病 害についても万国農事協会により「統一され た国際行動」のための会議が計画されている こと34)を紹介し,「衛生上の取締に関する国際 協定が締約国に十分な保証を与えることによ り,主権を侵害することなくこれら衛生取締規 則から偽装された保護の疑い(any suspicion of disguised protection)を除去するとともに, 農業生産を促進する条件の一つである通商関係 の安定に資するであろう」とした35). こうして,イタリア代表の提案から 2 年半に わたる準備交渉プロセスは,終了した36).国際 連盟事務局が作成した輸出入禁止制限条約原案 は,報告に「満足すべき内容」と明記され,い わば「お墨付き」を得た形となった.とはいえ, 本交渉の成功が保証されたわけではなかった. Ⅲ 本交渉プロセス 正式には「輸出入禁止制限撤廃のための国際 会議」(International Conference for the Abolition of Import and Export Restrictions and
33)国際経済会議報告第 4 農業一般決議 4.
34)万国農事協会 に よ る 植物防疫条約 へ の 取 り 組 み を 指 す.こ の 結果,1929 年 に「国際植 物 保 護 条 約」(International Convention for the Protection of Plants)が締結されることになる. 35)国際経済会議報告第 4 農業特別決議 3.半 世紀後 の GATT ウ ル グ ア イ・ラ ウ ン ド 交渉 で, SPS 協定が成立したことを考えると,この時点で このような内容の勧告が採択されたことは限りな く興味深い. 36)Winham [1992] が 輸出入禁止制限条約 は ジュネーブ国際経済会議の産物であるとしている (25~26 ページ)のは,事実経過によって支持され ない.この国際会議への準備会合で,輸出入禁止 制限撤廃は別途条約交渉会議が予定されているこ とからとりあげる必要はないとするもの(フラン ス)と条約会議が成功する保証がない以上とりあ げておいた方が有益とするもの(英国)が対立し たとの経緯すら,あったようである(国際連盟協 会 [1927] 124 ページ).
Prohibitions)と称された交渉会議は,スイス・ ジュネーブのレマン湖畔の国際連盟本部37)で開 催され,35 ヵ国の代表のほか産業界関係者をあ わせ 130 名が参加した38).会議は 10 月 17 日に 始まり,3 週間余を要して翌月 8 日に終了した. 1.交渉の枠組み この交渉会議の交渉目標は,明確であった. 経済委員会により用意された条約原案と説明文 書が用意されていたから,そのまま条約として 確定するのか,修正を要するとすればどのよう な修正を施すのかが,交渉参加者に与えられた 課題であった. この交渉会議の経過は,表 1 のとおりであ る39).交渉会議は,ⅰ 総会での交渉参加国に よる態度表明(10 月 17 日~18 日),ⅱ 交渉組 織の設置(10 月 18 日),ⅲ 修正案の総会・委 員会での検討(10 月 18 日~10 月 31 日・11 月 1 日),ⅳ 条文整理委員会・総会での条約テキ ストの確定(10 月 31 日~11 月 7 日)の四つの ステージに分かれ,①全体会議での各国の意見 表明,②問題別の委員会(さらには分科会)で の検討,③条文整理委員会での横断的検討,④ 全体会議への報告・審議と決定というプロセス を経て,条約調印に至った. 興味深いのは,初の多国間貿易交渉であるこ の条約交渉会議の「交渉管理」である.この交 渉でも,交渉対象をいくつかの問題に分割し, 検討の順序付けが行われている40).委員会は, 原案を関連条文ごとに審議するために設けられ た.総則と手続事項関係の条項を A 委員会,通 関手続関係の条項を B 委員会,平常時・特別異 常時の措置と紛争処理手続に関する条項を C 委 員会が,それぞれ審議することとされた41).ま ず比較的問題の少ない A 委員会と B 委員会の 検討が先行し,最も議論を呼ぶことになる平常 時・特別異常時の措置と紛争処理手続に関して は起草分科会での検討を経たうえで C 委員会で 37)当時,国際連盟本部 は 1920 年 か ら 現在 の パレ・ウィルソン(Palais Wilson)におかれていた. 国際連盟本部としてのパレ・デ・ナシオン(Palais des Nations)の建設は 1929 年に始められ,移転し たのは 1937 年のことである. 38)日本からはパリの国際連盟帝国事務局次長 の伊藤述史大使館参事官を代表,在ロンドン日本 大使館津島寿一財務官を次席代表として 5 名が出 席 し た(こ の 交渉会議期間中,日本政府代表団員 はホテルに宿泊していた).各国からの出席者は外 交担当部局関係者のみでなく,オランダは元農商 務大臣,フランス,ポーランドは商務省,ドイツ, スイスは経済省,イタリアは財務省の高官が代表 を務めた.また,代表団員として財務省や経済省 関係者を加えた国も多く,ドイツ,オーストリア, ハンガリー,ポーランド,チェコスロバキアは農 務省関係者を加えていた.業界関係者として商業 会議所のほか,農業関係団体を参加させた国もあっ た.フ ラ ン ス は 農業団体連合事務局長,絹業連合 会長,イ タ リ ア は ファシ ス ト 農業連合事務局長, フィンランドは全国林産業協会事務局長を代表団 に加えていた(CIAP/5(1)).参加者のうちジュ ネーブ在勤者は 10 名程度で,大多数は在ベルン大 使館在勤者(中国,フィンランド),在ロンドン大 使館等周辺公館からの出張者や本国からの出席者 であった(CIAP/5(1), October 17, 1927). 39)以下 の 交渉経過・内容 の 叙述 は 外務省 [1992a](373~421 ページ),外務省[1992b](174 ~206 ページ)および国際連盟事務局作成議事録(C 委員会,条文整理委員会)による.起草分科会につ いての議事録は作成されていない. 40)交渉理論によれば,複雑な問題を交渉対象と する場合には問題を分割(Issue Decomposition)し, 検討の順位付け(Issue Sequencing)が行われると される(Hampson & Hart [1995]45~47 ページ). 41)A 委員会は,撤廃の原則(第 1 条),他の締 約国と第三国間の措置への非適用(第 6 条),発効 要件(第 9 条),廃棄手続(第 10 条),B 委員会 は 通関手続の貿易制限手段として使用することの制限 (第 2 条),ライセンス手続についての通関手続簡素 化条約の遵守(第 3 条),実施状況報告(第 11 条), C 委員会は第 4,5 および 7 条を担当した.A 委員 会はベルギー,チェコスロバキア,オーストリア, スウェーデン代表と修正提案提出国代表,B 委員会 は国際商業会議所代表を議長として日本,ハンガ リー,エジプト,オランダ代表と修正提案提出国代 表,C 委員会については日本,英国,米国,フランス, ドイツ,イタリア,デンマーク,ユーゴスラビア代 表,国際連盟経済委員会の委員としてベルギー,チェ コスロバキア,オーストリア,スイス代表,国際商 業会議所代表,相談役としてフィンランド代表,提 案提出国代表から構成された.
表 1 輸出入禁止制限撤廃条約会議の経過 月日 会議 審議内容 10 月 17 日(月) 総会第 1 回会合(午前) 開催趣旨,議事手続決定 総会第 2 回会合(午後) ギリシャ,中国,ベルギー,英国,フランス,ドイツ他演説 18 日(火) 総会第 3 回会合(午前) 日本,イタリア,フィンランド他演説 総会第 4 回会合(午後) 信任状審査結果報告,A,B,C の 各委員会設置,A 委員会担当 事項審議・付託 19 日(水) 総会第 5 回会合(午前) B 委員会担当事項審議・付託 A 委員会第 1 回会合 B 委員会第 1 回会合 20 日(木) 総会第 6 回会合(午前) C 委員会担当事項(第 4 条)審議 総会第 7 回会合(午後) C 委員会担当事項(第 4,5 条)審議 21 日(金) A 委員会第 2 回会合 B 委員会第 2 回会合 22 日(土) 23 日(日) 24 日(月) 総会第 8 回会合(午前) C 委員会担当事項(第 4,5 条)審議 総会第 9 回会合(午後) C 委員会担当事項(第 7 条)審議・付託 25 日(火) A 委員会第 3 回会合 C 委員会第 1 回会合(午後) 第 4 条起草分科会,第 7 条起草分科会設置 第 4 条起草分科会第 1 回会合(夕刻) 26 日(水) 第 4 条起草分科会第 2 回会合(夕刻) 27 日(木) C 委員会非公式会合(午後) 留保とその条約上の取り扱いの論議 28 日(金) 第 4 条起草分科会第 3 回会合 分科会報告の決定(正午) C 委員会非公式会合(昼) 第 5 条テキスト決定 C 委員会第 2 回会合(午後) 第 4,5 条テキスト決定 29 日(土) C 委員会第 3 回会合(午前・昼) 各国留保希望品目調査の決定,新第 6 条(留保品目規定)の仮決 定,各国留保審議日程の決定 30 日(日) 31 日(月) C 委員会第 7 条分科会 分科会案の決定 条文整理委員会第 1 回会合(午前) 第 1~8 条審議(第 4,5 条テキスト決定) 条文整理委員会第 2 回会合(午後) 第 8~10 条審議 11 月 1 日(火) C 委員会第 4 回会合(午前・昼) 第 7 条(第 3 国適用規定),第 10 条(紛争処理規定)の決定 条文整理委員会第 3 回会合(夕刻) 第 8~10 条,議定書案審議 2 日(水) 条文整理委員会第 4 回会合(午前) 議定書審議,各国留保審査.条約案ドラフト(CIAP17)作成 3 日(木) 条文整理委員会第 5 回会合(昼) 各国留保審査 総会第 2 読会 条約案ドラフト,議定書案審議,各国留保審査 4 日(金) 総会第 2 読会 条約案ドラフト,議定書案審議,各国留保審査 5 日(土) 条文整理委員会 改訂条約案(CIAP19),議定書最終案作成 6 日(日) 7 日(月) 総会第 3 読会 改訂条約案,議定書最終案審議・確定 8 日(火) 調印(15 時) 注:外務省 [1992a] ・国際連盟文書をもとに筆者が作成した.
の検討が行われた42).また,C 委員会について は総会議長(オランダ元首相)が議長役を務め ることとされた. 多国間交渉においては,「民主的」だが効率 的でない全交渉参加国の代表者の出席による会 合と,効率的だが「民主的」でない少数の関心 国による会合とを使い分ける「交渉管理」いか んも,合意形成の成否を分ける鍵となる.交渉 参加国全体による論議と決定という多国間交渉 の建前を崩すことなく少数国間で効率的に交渉 を進めつつ,その他の交渉参加国が疎外感をも たないよう交渉の「透明性」をいかにして確保 するかが問題であった.この交渉では,各委員 会への付託に先立ち全体会合(総会)での論議 が行われ,委員会・条文整理委員会での審議を 経た案が再び全体会合(総会)で審議され,決 定される方式がとられた.「透明性」の確保の 見地からは,委員会審議の模様を発言者・国名 を明記した議事録が国際連盟事務局により作成 され,各国代表団に配布された43). 議事録によれば,これらの会議は通常の時刻 に開始・終了しており,深更に及んだものはな い.確認できないが,会議の終了後さらに多く の非公式バイ・プルリの会合がもたれたであろ う. なお,交渉期限を当初いつまでと予定してい たのか明らかでないが,予定よりも遅れたこと は確実である.平常時・特別異常時の措置条項 に関する実質的な論議が終わった 10 月 28 日の 段階で,11 月 5 日には調印を行いたいと議長 が発言したものの,実際の終結はその 3 日後で あった. 2.交渉の経過 本条約交渉の経過は,成文化交渉と留保品目 交渉の二つのフェーズに分けることができる. 交渉は,経済委員会原案をもとにした条文テキ ストの成文化交渉として始まったが,途中から 留保品目交渉 と なった.交渉会議 で は,ⅰ 平 常時の措置をどの範囲とし,どのような条件の もとで許容するか,ⅱ 特別異常時の措置を許 容するか否か,許容するとすればどのような条 件もとでか,ⅲ これらに関する紛争をどのよ うに処理すべきか,および ⅳ 各国の特殊事情 を品目留保の形でどの程度認めるのか,が焦点 となった.こうしたことから,この交渉は,ⅰ ~ⅲの問題についての経済委員会原案の修正交 渉(成文化交渉)と ⅳ の問題についての留保 品目交渉の二つのフェーズに分かれた. 条約交渉会議は,経済委員会原案についての 逐条審議をもって開始され,10 月 28 日の C 委 員会本会合で平常時の措置に関する条項(第 4 条)と特別異常時に関する条項(第 5 条)のテ キストが決定され,成文化交渉の山を越える. しかし,これに引き続き行われた C 委員会非 公式会合を境に留保品目交渉が始まった.条約 テキストの一部にも 11 月 7 日の総会での確定 までに水面下の交渉でさらに修正が加えられる ことになるから,この日以降,C 委員会,条文 整理委員会などの場でも,本来の条文確定,議 42)第 4 条(平常時の措置)分科会はオースト リア(議長),日本,ベルギー,スイス,チェコス ロバキア,ユーゴスラビア,第 5 条(特別異常時 の措置)分科会は総会議長,ベルギー,スイス,オー ストリア,チェコスロバキア,第 7 条(紛争処理 手続)分科会は米国,オーストリア,デンマーク, フィンランド,ポーランドのそれぞれ代表により 構成された.これら分科会についての議事録は作 成されず,議長報告書のみが作成された(CIAP/3). 43)10 月 17 日に決定された議事手続(CIAP/3) によれば,①会議資料は国際連盟事務局が当日午 前 8 時までに各代表団に配布する,②事務局は議 事録を 24 時間以内に作成し各代表団に配布する, ③代表団は議事録の修正等がある場合には配布後 48 時間以内に事務局あて申し出ることになってい た.会議での使用言語は英語またはフランス語と され(その他の言語を使用する場合には,通訳の 経費を当該国が負担することとされた),議事録も 2 ヵ国語で作成された(27 日の C 委員会非公式会 合の議事録はフランス語版のみが存在し,しかも 「秘」(Confidential)の印が押されているので,関 係者限りとされたものと思われる).外務省報告で も成文化の模様をフランス語のみで記している部 分があるので,フランス語が相当程度使われてい たものと思われる.
定書審議に加え,各国の留保審査が主要な課題 となってゆくことになる. ⑴ 総会での交渉参加国による意見表明 全体会合(総会)での交渉参加国の意見表明 は,交渉参加国の基本的な立場の表明を通じて 今後の交渉の方向性・見通しを探ると同時に, 各国代表団員のクレデンシャルの確認,修文提 案の提出・配布といった,事務的な手続を処理 するための期間でもあった.英国代表は,条約 制定の趣旨を支持しつつ各国の状況を考慮に入 れる必要があること,できるだけ多数の国々の 参加を得て早期に合意を得る見地から,あまり に厳格な内容とすることに慎重であるべきと述 べた.フランス代表は,同国が世界大戦後食料 の輸出禁止措置を解除するなど自由主義政策を とりつつあることを紹介し,経済委員会原案は 戦前の状態に復帰することを意図しつつ各国の 事情を考慮して多くの例外を認めていると理解 するが,さらなる改善に応じる用意があるとし た.ドイツ代表は,今次会議の目的ができるだ け速やかに世界大戦前の状況に復帰することに あるものと理解している,通商の自由を増進す るための提案は支持するが,戦後の現行制度を 維持することを意図するような提案は支持しな い,公衆衛生・専売等のほかに多くの例外を設 けることには反対であると述べた.イタリア代 表は,「特別かつ異常な状況に対処して国家の 死活にかかわる利益を保護するための措置」を 例外とすることで,各国の現行の禁止措置を容 認してしまうことには反対であるとの態度を表 明した.日本代表は,通商の自由公平に重大な 関心があることから条約の成立に協力を惜しま ないものの,認容される禁止措置に「従来の国 際慣行によるもののほか,国家の重大利益に関 係のある主要産業の確立ならびに国民生活に対 する脅威の排除に必要な例外を含むべき」と発 言 し た.ス ウェーデ ン,デ ン マーク,フィン ランド,ポーランド,チェコスロバキアの代表 は,経済委員会原案が満足すべきものであると した.一方,ハンガリー代表は一部原料品につ いて輸出禁止措置をとっているに過ぎないが, この取り扱いは隣接国の態度如何によると述 べ,ベルギー代表も他国が同様の態度をとるの であれば自国の原案に対する留保を撤回すると 発言した.中国代表は,関税自主権が回復する までの間は中国は本条約の適用を受けないと表 明しつつ,米その他穀類の輸出および塩の輸入 禁止を適用除外とすることを要求すると発言し た44). フランス,ドイツ,イタリアをはじめ,東欧, 北欧諸国が前向きな発言をする一方,英国が現 実的な姿勢を示した.主要国による意見表明の なかで,日本は「浮いた」感が否めなかった. ⑵ 成文化交渉 交渉会議で最も議論の的となったのは,平常 時の措置の例外条項(第 4 条)であった.なか でも,動植物検疫・公衆衛生および国内措置の 適用に関する論議に最も時間が費やされた.C 委員会のもとに設置された起草分科会で,この 条項 の 修正提案 の 検討 が 10 月 25,26 お よ び 28 日に行われ,その結果が 28 日の C 委員会に 報告された.この場で特別異常時の例外措置条 項(第 5 条)とともにテキストが採択され,条 文整理委員会に回付された.条文整理委員会は, これらの条項について特に論議することなくテ キストを決定したが,第 4 条については 11 月 3,4 日の総会でさらに修正が施され,調印前 日の 7 日の総会でようやく確定した. 44)こ の 項 の 記述 は 外務省[1992a]374~378 ページによる.1925 年から北京関税会議が開催さ れ中国政府に関税自主権を承認することが論議さ れていた.しかし,段祺瑞政権の崩壊により会議 は最後決定に至らないまま 1926 年 7 月に閉会して いた(日本政府は中国政府が関税引き上げを行う ことにより競争上重大な影響を受けることを懸念 し,関税自主権の承認とひきかえに互恵関税協定 を締結すること等を要求していた).1927 年 9 月に 成立した南京国民政府は不平等条約の廃棄を宣言 し,翌 1928 年 7 月に締結された日米中間の関税条 約以降主要国との間で中国の関税自主権が回復し た(日本学術振興会 [1951] 780~784 ページ).
(ア)平常時の措置(第 4 条) (a)要件(柱書) まず,後段の要件「かつ,純粋に経済的な目 的のための措置を隠すようなやり方で適用され ない」が問題になった.この要件を削除する 提案(英国)45),「純粋 に 経済的」の「純粋 に」 (purely)を 削除 す る 提案(ポーラ ン ド)46)が 提出された.C 委員会起草分科会は,検討の結 果,後段の要件が「偽装された保護となる措置」 (measures constituting disguised protection) を念頭に置いたものであることを明確にするた め,「国内生産に有利となるように経済的に保 護するようなやり方で適用されない」(are not applied in such a way as to constitute a form of economic protection in favour of national production)に修正した47).報告を受けた C 委 員会では,修正によって要件がかえって狭くな るのではないかとフランス代表が指摘した.商 業的な優位性を得ようとするものではないもの の「純粋に経済的な」性格の措置があること を考慮したものであるとの説明に対し,フラ ンス代表がそのような趣旨であれば「国際貿 易に対する隠された形式の制限となるような やり方で適用されない」(not to be applied in such a way as to constitute a concealed form of restriction on international trade)とするべ きとし,このテキストが採用された.
C 委員会では,前段の「同じ条件下にあるす べての外国の国々に等しく適用され」(applied equally to all foreign countries where the same conditions prevail)についても,修正が施され た.英国代表 は,健康問題 に 関 し て は 病気 が 発生した特定の国からの感染の拡大を防止す る見地から禁止措置を発動することになるか ら,「『同じ条件が存在する国々の間で恣意的な 差別の手段として適用されるべきではない』と するほうがよいのではないか」(felt it might be better to say that the provisions should not be applied as a means of arbitrary discrimination between countries where the same conditions existed)と発言した.この提案について特に異 論がなかったことから,C 委員会はこの修正テ キストを採用することを決定した.英国代表に よるこの指摘は重要である.というのは,政府 の関心事が自国への感染の防止である以上,外 国の国々の間の差別以上にまず自国と外国との 差別が──同じ状況にある限りは──あっては ならないことが指摘されていたからである.換 言すれば,健康問題に関しては無差別原則のみ ならず内国民待遇原則も重要であることが,認 識されていたのである. 10 月 31 日の条文整理委員会の議事録によれ ば,この条項について議論はなく,提案通り 採択されている48).しかしながら,その後も修 文交渉が水面下で続けられたようである.11 月 2 日付で配布されたドラフト・テキスト49) は,「同じ条件下にある外国の国々の間での恣 意的な差別となるようなまたは国際貿易への 隠された制限となるようなやり方で適用されな いことを条件とする」(on condition (…) that they are not applied in such a manner as to constitute a means of arbitrary discrimination between foreign countries where the same conditions prevail, or a concealed restriction on international trade)とされ,最終的に調印 されたテキストでは国際貿易への「隠された制 限」(a concealed restriction)が「偽装された 制限」(a disguised restriction)に改められて いた. こ の よ う な 変更 の 理由 は,明 ら か で は な い.少 な く と も,①「同 じ 条件」(the same condition)が厳密に同一の条件の意味とは考 45)CIAP/C/5, October 19, 1927. 46)CIAP/C/8, October 19, 1927. 47)CIAP/C/Sub-Committee/Art.4/1. 10 月 25 日の C 委員会に報告された検討結果. 48)CIAP/CT/PV1, October 31, 1927. 49)CIAP17.