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メタヒストリー学習にとっての比較の意味 : ドイツの歴史教科書における記念日学習単元を手がかりにして 利用統計を見る

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山梨大学教育学部紀要 第 26 号 2017 年度抜刷

-ドイツの歴史教科書における記念日学習単元を手がかりにして-

Usefulness of Comparing for Meta-History Studies:

Focusing on the Learning Unit on Anniversary

in the Schoolbook ‘Zeit für Geschichte

Geschichts- und Erinnerungskultur’

服 部 一 秀

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メタヒストリー学習にとっての比較の意味

-ドイツの歴史教科書における記念日学習単元を手がかりにして-

Usefulness of Comparing for Meta-History Studies:

Focusing on the Learning Unit on Anniversary

in the Schoolbook ‘Zeit für Geschichte

Geschichts- und Erinnerungskultur’

服 部 一 秀

Kazuhide HATTORI

1.はじめに  歴史ドラマ,歴史映画,歴史小説,歴史マンガ,歴史祭り,歴史ツーリズム,歴史展示,記念日, 記念行事,記念演説,歴史教科書など,自らの社会のなかの既存の歴史について取り組むメタヒスト リー学習は,図1の通り,3つの層からなる重層構造としてとらえられる(服部,2016a)。第1層は, 過去の事柄について扱っている事物を取り上げ,過去の事柄との関連やその表し方の特色を確認し, 既存の歴史の内容を理解する学習である。これは社会のなかの歴史の存在を意識化する発見的学習で ある。第2層は,過去の事柄について扱っている事物を取り上げ,その内容の理解を踏まえ,社会に おける構築を分析し,既存の歴史の理由や背景を認識する学習である。これは構築されたものとして 歴史の存在を対象化する脱構築的学習である。第3層は,過去の事柄について扱っている事物の問題 を取り上げ,歴史の理由や背景の認識を踏まえ,社会にとっての作用,存続や改変の正当性を吟味検 討し,既存の歴史への対応を判断する学習である。歴史の存在形成を正当化する再構築的学習である。  自らの社会のなかの歴史に関する学習が第1層の学習に終始するのであれば,十分ではない。内容 を理解するだけでは,既存の歴史を相対化できるとは限らないからである。学習者はこれまでも,こ れからも,社会のなかの様々な歴史と関わりつづける。現在の有り様や未来の在り方を熟慮すべく, 様々な歴史が溢れる現実の社会のなかで,それらに呑み込まれることなく,語り ( ナラティブ ) として の歴史を遂行していけるようにするため,歴史教育では既存の歴史との熟考的なかかわりを学習者に 学ばせなければならない。第1層の学習に留めず,第2層の学習や第3層の学習まですすめ,学習者 が既存の歴史の理由や背景を認識したり,対応を判断したりできるようにする必要がある。  そうであるとすれば,メタヒストリー学習における第2層の学習や第3層の学習,また,それらの 前提となる第1層の学習を確かなものにするには,どうすればよいだろか。それらのためには比較が 図1 社会のなかの歴史に関する学習の重層構造        [ 第3層 ] 既存の歴史への対応を判断する再構築的学習       (存在形成の正当化としての社会学習)       [ 第2層 ] 既存の歴史の理由・背景を認識する脱構築的学習        (存在の対象化としての社会学習)     [ 第1層 ] 既存の歴史の内容を理解する発見的学習          (存在の意識化としての社会学習) 服部(2016a:18)より

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有効なのではなかろうか。というのは,比較という方法は,対象を鵜呑みにすることなく,別様にも ありうる1つの存在ととらえることを可能にするからである(吉川ほか,2002,他,参照)。社会のな かの歴史に関するメタヒストリー学習でも,他の既存の歴史と比較してみることは,疑問の眼を向け, 見つめ直したり,問い直したりするために有効と考えられる。それでは既存の歴史の比較にはどのよ うなタイプがあるだろうか。それらの比較はメタヒストリー学習にとって有効なのであろうか。有効 であるとすれば,既存の歴史のいかなる考察のためにどのような働きをするからなのであろうか。  本稿の目的は,これらの問いに答え,メタヒストリー学習にとっての比較の意味を明らかにするこ とである。服部(2016b)では過去の社会のなかの歴史に関する学習と現在の社会のなかの歴史に関す る学習との違いについて明らかにしているが,それらの学習の関係までは明らかにしておらず,その 限界を乗りこえることもねらいたい。そのために本稿では,社会のなかの歴史に関する比較を分類し, 個々のタイプを具体的な事例に即して分析する。それぞれの事例は,ドイツの歴史教科書『歴史の時 間-歴史文化と記憶文化』の単元「様々な国における国家的記念日・祝日」( Baumgärtner,2014a:40-53)から取り上げることとする。同教科書はニーダーザクセン州のギムナジウム上級段階用である。同 州ギムナジウム上級段階(後期中等教育段階)の 2011 年版歴史科(Nieders., 2011)では,4つの必修 コースの1つとして「歴史文化と記憶文化」が設定されている1) 。社会のなかの歴史に関する学習のた めのこの必修コース用につくられているのが『歴史の時間-歴史文化と記憶文化』である。そのなか でも,第3層までのメタヒストリー学習がねらわれており2) ,単元名からもわかるように比較が特に重 要視されている「様々な国における国家的記念日・祝日」から,個々のタイプの事例を取り上げるこ とにしたい。同一単元からの事例選択は個々のタイプの関係性の検討にもつながろう。  以下,2で,社会のなかの歴史に関する比較を大別し,個々のタイプの事例を単元「様々な国にお ける国家的記念日・祝日」で確認した上で,3~5で,各々のタイプの特質や働きを事例に即して順 次分析し,最後に6で,それらの考察に基づき,メタヒストリー学習にとっての比較の意味を問おう。 2.社会のなかの歴史に関する比較の基本タイプと事例  社会のなかの歴史に関する比較を基本タイプに分類し,その上で『歴史の時間-歴史文化と記憶文 化』の単元「様々な国における国家的記念日・祝日」の概要を紹介し,各タイプの事例を確認しよう。 (1)3つの基本タイプ  社会のなかの歴史に関する比較は,現在・此所の自社会とそれ以外の他社会の何れの範疇にある社 会のなかの歴史を比較するかに着目すれば,表1のように,3つのタイプに大別することができる。  第1のタイプは,他社会のなかの歴史を比較する他社会内比較である。この他社会内比較として, 過去・此所の他社会のなかの歴史と過去・他所の他社会のなかの歴史との比較,現在・他所の他社会 表1 社会のなかの歴史に関する比較の3タイプ 基本タイプ 概  要 [1] 社会のなかの歴史に  関する他社会内比較 ・過去・此所の他社会のなかの歴史と過去・他所の他社会のなかの歴史との比較 ・過去・他所の他社会のなかの歴史と現在・他所の他社会のなかの歴史との比較 ・過去・此所の他社会のなかの歴史と現在・他所の他社会のなかの歴史との比較 ・同一の他社会のなかの複数の歴史の比較 など [2] 社会のなかの歴史に  関する自社会内比較 ・現在・此所の自社会のなかの複数の歴史の比較 [3] 社会のなかの歴史に  関する自他社会間比較 ・現在・此所の自社会のなかの歴史と過去・此所の他社会のなかの歴史との比較 ・現在・此所の自社会のなかの歴史と現在・他所の他社会のなかの歴史との比較 ・現在・此所の自社会のなかの歴史と過去・他所の他社会のなかの歴史との比較 など 筆者作成  

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のなかの歴史と過去・他所の他社会のなかの歴史との比較,同一の他社会のなかの複数の歴史の比較 などが挙げられる。現在・他所の他社会のなかの歴史と過去・他所の他社会のなかの歴史との比較に も,場所を同じくする現在と過去の他社会間での比較だけでなく,場所を違える現在と過去の他社会 間での比較もありうるように,さらにいくつかのバリエーションも考えられる。何れにしろ,現在・ 此所の自社会のなかの歴史を比較の対象にせず,自らの社会のなかの歴史を扱わないことで共通する。  第2のタイプは,自社会のなかの歴史を比較する自社会内比較である。この自社会内比較とは,現 在・此所という同一の自社会のなかの複数の歴史を比較することである。同じ媒体間での比較だけで なく,異なる媒体間での比較もありうる。第1のタイプでは,自社会のなかの歴史が比較対象とされ ないのに対して,この第2のタイプでは逆に,比較対象が自社会のなかの歴史に限られる。  第3のタイプは,自社会のなかの歴史と他社会のなかの歴史とを比較する自他社会間比較である。 この自他社会間比較には,現在・此所の自社会のなかの歴史と過去・此所の他社会のなかの歴史との 比較,現在・他所の他社会のなかの歴史との比較,過去・他所の他社会のなかの歴史との比較などが ある。時間的比較にしろ,空間的比較にしろ,時間的空間的比較にしろ,このタイプに共通している ことは,現在・此所の自社会のなかの歴史が比較の一方の対象とされることである。  社会のなかの歴史に関する比較は,他社会内比較,自社会内比較,自他社会間比較という3タイプ に大別できる。各タイプの事例を単元「様々な国における国家的記念日・祝日」において確認しよう。 (2)基本タイプの事例-単元「様々な国における国家的記念日・祝日」の場合  『歴史の時間-歴史文化と記憶文化』の単元「様々な国における国家的記念日・祝日」では,他の単 元と同様,最初にオリエンテーション部がおかれ,つづけてテキスト部と資料部が設けられ,それら の取り扱いに関わる学習課題が最後に挙げられている3) 。テキスト部と資料部の同名の項を適宜結びつ けて考察し,関係する学習課題に取り組む学習が基本スタイルと考えられているようである。テキス ト部の冒頭で,5月8日の「国家的および国際的に重要な記念日としての可能性を検討する機会」を 提供すると述べられているように,テキスト部と資料部のそれぞれの冒頭では,5月8日という第二 次世界大戦の終戦の日をドイツの国家的記念日にすることやヨーロッパの国際的記念日にすることに ついて判断するように方向づけがなされている(Baumgärtner,2014a:42・49)。そのような単元「様々 な国における国家的記念日・祝日」の概要をとらえ,比較の3タイプの事例を確認しよう。  この単元の基本構成を同教科書の教師用指導書も参考にして整理すると,表2の通りである。  表2の通り,この単元の全体は7つの項からなっており,それらは(1)(2)と(3) ~ (7)に分けられる。  (1)(2) では,記念日一般について扱う。(1)「記念日」において,記念日を定義づけ,記念日の基本 的性格を確認し,(2)「国家的記念日の分析のための諸考察」において,記念日の分析視点を確認する。 記念日とは何かを確かめた上で,記念日を分析するための視点を学ぶのが,(1)(2) である。  (3) から (7) では,第二次世界大戦の終戦の記念日をめぐる問題を対象として取り上げる。  その導入が,(3)「第二次世界大戦の終戦の記念」である。この (3) では,終戦の日の記念を比較す ることで問題にアプローチする学習について見通しを持つ。  その上で,(4) と (5) では,かつての西ドイツと東ドイツにおける終戦の記念日について扱う。(4)「連 邦共和国における記憶」では,西ドイツの 1955 年頃と 1985 年頃という過去の2つの時期における終戦 の記念日を比較し,(5)「DDR における記憶」では,東ドイツの 1955 年頃と 1985 年頃という過去の2 つの時期における終戦の記念日を比較し,(4) と (5) の各々で他社会内比較を行う。さらに (4)(5) では, 西ドイツと東ドイツにおける終戦の記念日の比較という他社会内比較も行う。  つづく (6) では,統一後の現在のドイツにおける終戦の記念日について扱う。この (6)「1989/1990 年 以降のドイツにおける記憶」では,現在のドイツにおける終戦の日の相異なる記念について比較し検 討する。そのために西ドイツや東ドイツにおける場合とも比べる。このような自他社会間比較を踏ま

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表2 単元「様々な国における国家的記念日・祝日」の構成 項 (記述の要点)テキスト部 資料部 関連する学習課題 基本構成 対象 考察 (1) 記 念 日 ・記念日の意味 ・記念日と社会の文化的 記憶との関係 ・記念日と政治との関係 ・記念日の多元性と可変 性 ・記念日の催事の特徴 1. 記念日,祝日,国の祝 日という概念を定義し なさい。 →テキスト 記念日一般 記念日の定義 (2) 国 家 的 記 念 日 の 分 析 の た め の 諸 考察 ・記念日の分析視点(記 念対象,社会的な受け とめ,設定の目的,過 去に関する解釈,記念 日の催事とメディア・ 経済の結びつき等) 2. テキストに示されてい る「国家的記念日の分 析のための諸考察」を 具 体 的 事 例 に 適 用 し, その結果を簡潔に表現 しなさい。 →テキスト 分析視点の確認 ( 分 析 視 点 の 適 用による事例分 析) (3) 第 二 次 世 界 大 戦 の 終 戦 の記念 ・記念日の比較の意義 ・記念に関する学習の方 向性 第二次世界大戦の終戦の記念日をめぐる問題 諸 国 の 終 戦 の 記念日 学習の見通し (4) 連 邦 共 和 国 に お け る 記 憶 ・戦後 10 年間の終戦記念 日(悲しみの日か喜び の日かの社会的合意な し,式典なし) ・戦後 40 年後における終 戦記念日(ヴァイツゼッ カー大統領の演説によ る解放の日としての意 味づけ,公的な記念日 ではないが式典開催) ⑪「1955 年 5月 8日 」(降 伏の 10 回目の記念日についての ホイス大統領とアデナウアー 首 相 の 対 話 記 録,1955.3.18 -一部抜粋) ⑫「1985 年 5月 8日 」(ヴ ァイ ツ ゼ ッ カ ー 大 統 領 の 演 説, 1985.5.8-一部抜粋) 3.a) 連邦共和国において 1955 年 と 1985 年 と で 5月8日への対し方が どのように変化したか, 資料を手がかりに示し なさい。   b) DDRにおいて 1955 年と 1985 年とで変化し た5月8日への対し方 を資料を手がかりに明 らかにしなさい。   c) 両国の動向を比較し なさい。 →資料⑪~⑭ 西ドイツの場合 55年頃 二時期の比較 東西ドイツの比較 過去・現在のドイツの比較/国家的記念日化の判断 (ドイツ・ポーランドの比較/国際的記念日化の判断) 85年頃 (5) D D R に お け る記憶 ・DDR建国以来の終戦 の 記 念(“ ヒ ト ラ ー の ファシズムからの解放 の日”として公的記念 日,記念行事) ・社会主義国としての自 国の正当化,連邦共和 国の批難 ⑬「“ 解 放 の 日 ”」( 無 条 件 降 伏 10 周年祭に際してのピーク 大統領の声明,1955.5.8) ⑭「“文明の救出”」(ホーネッカー 国家評議会議長が『プラウダ』 で終戦の意味を論じた記事, 1985.5.7) 東ドイツの場合 55年頃 二時期の比較 85年頃 (6)1989 /1 9 9 0 年 以 降 の ド イ ツ に お ける記憶 ・東西統合後における終 戦の日の記念(公的な 記念日にしようとする ベルリン参事会などの 提案) ・他の記念日への社会的 関心 ・自国の過去とのかかわ り方をめぐる意見の対 立 ⑮「1989 年以降の 5 月 8 日」(歴 史家 J.-H. キルシュの記述, 2005) ⑯「国家的記念日としての5月 8日?」(5月8日を解放の 日として国家的記念日に指定 しようとするベルリン市参事 会の提案,2007.7 -一部抜粋) ⑰「“謝罪しつづけることに終 止 符 を ”」( N P D の デ モ, 2005.5.8-写真) 4.5月8日は国家的記念 日であるべきか。この 問いについて,諸資料 と結びつけて検討しな さい。 →資料⑪~⑰ 統 一 ド イ ツ の 場合 現 在 の ド イ ツ の な か で の 比 較 (7) ポ ー ラ ン ド に お け る 終 戦の記憶 ・冷戦下のポーランドに おける終戦記念日(“ド イツによる支配からの 解放と新たな社会主義 社会の始まり”として, 祝日化) ・冷戦後における終戦記 念日(“ドイツによる支 配からの解放とソ連に よる抑圧の始まり”と して,終戦記念日への 低い関心,ワルシャワ 蜂起が始まった 1944 年 8月1日への高い関心) ⑱「1945 年 5 月 8 日 の 布 告 」 ( ポ ー ラ ン ド 国 家 評 議 会 が 1945 年5月8日に議決した 布告) ⑲「1970 年5月9日」(25 回目 の記念日における統一労働者 党ゴムウカ第一書記の演説, 1970.5.9) ⑳「1995 年 5月 9日 」(議 会で の ヴ ァ ウ ェ ン サ 大 統 領 の 発 言,1995.5.8) ㉑「2005 年 5月 9日 」(ク ファ シニェフスキ大統領の演説, 2005.5.7-一部抜粋 5. テキストを手がかりに, ポーランドにとっての 5月9日の意味を分析 しなさい。 →資料⑱~㉑ ポーランドの場合 冷戦期 過 去・ 現 在 の ポ ー ラ ン ドの比較 冷戦後 Baumgärtner(2014a:40-53)(2014b:14-18)をもとに筆者作成     (「基本構成」の欄は筆者による解釈を表す。項の番号は筆者が付した。)

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えた自社会内比較を通して,終戦の日の国家的記念日化について判断する。  最後に,(7) では,EUの構成国であるとともに過去の認識をめぐってドイツと対立してきたポーラ ンドにおける終戦の記念日について取り扱う。この (7)「ポーランドにおける終戦の記憶」では,ポー ランドの冷戦期と冷戦後における終戦の記念日を比較する。学習課題などで求められているのはこの 他社会内比較のみであるが,ドイツの場合につづけてポーランドの場合が取り上げられており,テキ スト部・資料部の冒頭ではヨーロッパ・アイデンティティにかかわる国際的記念日化についての判断 も課題化されている。現在のドイツの場合とポーランドの場合を比較する自他社会間比較,さらには ヨーロッパ社会という大きな自社会の枠組みでの自社会内比較も期待されていよう4) 。  この単元は,(1)(2) での一般的考察により,記念日の分析判断を準備し,(3) ~ (7) で終戦の記念日 をめぐる問題を対象にし,実際に分析判断に取り組む学習として構想されている。そのなかで,社会 のなかの歴史に関する他社会内比較という第1タイプの比較は,(4),(5),(4) と (5) との間,また,(7) に位置づけられている。自社会内比較という第2タイプの比較は,(6) で現在のドイツ社会内の比較と して行われる他,(6) と (7) との間でもヨーロッパ社会内の比較として行われうる。自他社会間比較と いう第3タイプの比較は,(6) と (4)(5) との間で行われる他,(6) と (7) との間でも行われうる。  比較の3つのタイプは各々,自らの社会のなかの歴史に関する学習にとってどのような意味をもつ のか,次章以降において事例を取り上げて考察していこう。 3.メタヒストリー学習にとっての他社会内比較の意味  社会のなかの歴史に関する他社会内比較は,現在・此所の社会ではない過去の社会や他所の社会の なかの歴史どうしを比較することである。(4)「連邦共和国における記憶」(Baumgärtner,2014a:45-46・ 49・53,2014b:15)の場合に即して,他社会のなかの歴史を比較することの意味について探ろう。  (4) の他社会内比較では,西ドイツの 1955 年頃と 1985 年頃という2つの時期の場合を扱う。テキス ト部では,式典も開催されず,終戦の日のことを無視し忘れようとする傾向が強かった戦後 10 年の 1955 年頃について,そして,公的な記念日とはされないものの,式典が開催され,大統領の演説など を通じて解放の日としての意味づけがなされた戦後 40 年の 1985 年頃について概略されている。資料部 では,1955 年のホイス大統領とアデナウアー首相,1985 年のヴァイツゼッカー大統領という2つの時 期における政治家の終戦の日に関する発言が取り上げられている。学習課題で求められていることは, 1955 年頃と 1985 年頃における終戦の記念日を比較して変化をとらえることである。このような (4) に おいて可能となる他社会内比較の概要は,表3のように整理することができる。  表3の通り,(4) では2つのレベルでの比較が可能となる。第1のレベルは,終戦の記念の仕方とい う終戦についての広義の語り ( ナラティブ ) そのものについてであり,第2のレベルは,そのような記 念の仕方をうみだしているものについてである。2つの時期における終戦の記念日について扱うこと で学習者は,先ずは第1のレベルでの比較に向かうことになる。終戦の記念の仕方それ自体に着目し, 表3 (4) における他社会間比較の概要 (4) 西ドイツの2つの時期における終戦の記念日の比較(ヒストリー学習) 1955 年頃における終戦の記念日の考察 1985 年頃における終戦の記念日の考察 第1レベルでの 比較 1955 年頃の西ドイツにおける終戦の記念の仕 方の特色づけ 1985 年頃の西ドイツにおける終戦の記念の仕 方の特色づけ 第2レベルでの 比較 1955 年頃の西ドイツにおける終戦の記念をう みだしている視点・立場と社会的文脈の分析 1985 年頃の西ドイツにおける終戦の記念をう みだしている視点・立場と社会的文脈の分析 筆者作成  

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双方に対して < どのような? > という問いをもつ。そうして,各々における記念の仕方を対比的に特色 づけることにより,終戦という同じ事柄についての相異なる語りの内容を理解する。また,このよう な第1のレベルでの比較によって内容の相違や変化をとらえることで学習者は,第2のレベルでの比 較に向かうことができるようになる。無視・忘却と解放の日としての想起という相異なる記念の仕方 をうみだしたものに着目し,< どうして? > という問いをもつ。そうして,戦後の破滅的状況や復興の 苦しみと復興後の民主化や社会的市場経済の進展また世代交代などという社会的文脈の相違と結びつ けながら,それぞれの根底にあるナチ時代や敗戦という負の過去への態度や社会の自己認識などにつ いて対比的に探ることにより,終戦の日の相異なる記念の理由や背景を認識することになる。  このように他社会内比較は,歴史の複数性を意識させ,< どのような? > という問いを喚起し,それ ぞれの内容理解の契機をつくるとともに,対比的な特色づけによって理解を助ける。また,それらの 相違をうみだしているものに注目させ,< どうして? > という問いを喚起し,理由や背景の認識の契機 をつくるとともに,対比的な分析によって認識を助ける。しかも,相異なる社会の間での比較であれ ば,過去をとらえる視点とか価値観・利害関心を含む立場とかだけでなく,それらを条件づけている 社会的文脈にも着目させ,それらの対比的分析によって理由や背景を読み解きやすくする。歴史の違 いを視点・立場の違いとともに社会の違いとも結びつけてとらえ,社会による歴史の違い,社会にお ける歴史の構築にアプローチしやすくする。  尤も,他社会内比較は現在・此所の自社会のなかの歴史を扱わない。この単元の (4) での西ドイツ における比較は,あくまでも過去の社会のなかの歴史という過去の事象について取り組む学習である。 (5) での東ドイツにおける比較も,(4)(5) での東西ドイツにおける比較も,同様である。過去の他社会 のなかの歴史の分析や比較それ自体は,過去について取り組むヒストリー学習の範疇で行われる(服 部,2016b,参照)。それらは現在のドイツにおける終戦の記念日という自社会のなかの歴史の学習のた めに直接的には働かない。確かに,他社会のなかの歴史をクリアにとらえたり,歴史の構築の有り様 というものを冷静に距離をとって見定めたりするのに他社会内比較は効果的であり,既存の歴史の内 容を理解する第1層の学習や理由・背景を認識する第2層の学習に取り組むための枠組みや方法を学 ぶのに有効である。この単元の (3) で学習の見通しをもたせようとしているように,他社会のなかの歴 史を取り上げる必要性を学習者に意識させることができれば,現在の自らの社会のなかの歴史の学習 を準備できる。とはいえ,自社会のなかの歴史について取り組むメタヒストリー学習の3つの層の何 れについても直接的に働くわけではなく,第1層と第2層に向けて間接的に役立つに留まる。  社会のなかの歴史に関する他社会内比較は,既存の歴史の語りという第1のレベル,その語りをう みだしているものという第2のレベルにおいて,他社会のなかの歴史を比較することにより,自社会 のなかの既存の歴史の内容を理解する第1層の学習,理由・背景を認識する第2層の学習のために, 間接的に役立つ。他社会のなかにある歴史の内容の理解と理由や背景の認識の契機をつくりだすとと もに,対比的な特色づけや分析によって理解や認識を助け,自らの社会のなかの歴史について取り組 むメタヒストリー学習のために準備できるようにするところに,他社会内比較の意味がある。 4.メタヒストリー学習にとっての自社会内比較の意味  社会のなかの歴史に関する自社会内比較は,現在・此所の自社会のなかの複数の歴史を比較するこ とである。(6)「1989/1990 年以降のドイツにおける記憶」(Baumgärtner,2014a:47・51・53,2014b: 15-16)における自社会内比較の場合を事例にして5),その意味を探ろう。  (6) の自社会内比較では,現在のドイツにおける終戦の日の国家的記念日化に関する提案や否定の動 きについて扱う。テキスト部では,終戦の日を公的な記念日にしようとするベルリン市参事会などの 提案,ヒトラー暗殺の挙行失敗(1944 年7月 20 日)やドイツの統一(1990 年 10 月3日)をはじめとす

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る他の記念日への社会的関心などについて概略されている。資料部では,1989 年以降における終戦の 日の記念に関する歴史家J.-H. キルシュの記述,ベルリン市参事会の提案,極右政党NPDが終戦の記 念日に行ったデモ「謝罪しつづけることに終止符を」について取り上げられている。学習課題で主と して求められていることは,終戦の日の国家的記念日化について判断することである。このような (6) において可能となる自社会内比較の概要は,表4のように示すことができる。  表4の通り,ここでは3つのレベルでの比較が可能となる。第1のレベルは,終戦に関する広義の 語り(ナラティブ)である記念の仕方そのものについて,第2のレベルは,記念の仕方をうみだして いるものについて,第3のレベルは,記念の仕方がうみだしうるものについてである。終戦の記念日 をめぐる対立的な動きを扱うことで学習者は先ず,第1のレベルでの比較に向かう。それぞれにおけ る記念の仕方に着目し,各々に対して < どのような? > という問いをもつ。そうして,終戦の日の国家 的記念日化を提案する動き,終戦の日よりも他の記念日を重要視する動きや終戦の日を記念日として 拒む動きといった国家的記念日化を否定する動きのそれぞれについて,終戦に関する語りがどのよう なものであるかを対比的に特色づけ,それらの対立する内容を理解する。また,このような第1のレ ベルでの比較によって内容の相違や対立をとらえることで学習者は,第2のレベルでの比較に向かう。 終戦という同一の事柄にする対立的な記念の仕方をうみだしているものに着目し,< どうして? > とい う問いをもつ。過去に対する向き合い方,集団的アイデンティティの志向性,それらの価値的立場や 社会観という個々の根底にあるものについて対比的に分析し,各々の語りの理由を認識する。さらに, この (6) では,視点・立場という第2レベルでの比較を踏まえ,学習者は第3のレベルでの比較にも向 かうことになる。それぞれの記念の仕方がもたらしうるものに着目することで,< どうする? > という 問いをもつ。終戦の日をめぐる潜在的対立が根強く残るドイツ社会に予想される影響,ドイツ社会の 今後の在り方にとっての正当性などをもとに,社会的意味を対比的に吟味し,自分の判断をつくる。  このように自社会内比較は,自社会のなかの相異なる複数の歴史を直接的に扱い,それらを比較す るものであり,メタヒストリー学習としての比較である。しかも,歴史そのもの,歴史をうみだして いるもの,歴史がうみだしうるものという3つのレベルでの比較を可能にし,メタヒストリー学習に おける第1層の理解から第2層の認識,第3層の判断までを支える。現在の自らの社会における歴史 の複数性を意識させ,< どのような? > という問いを喚起し,内容の理解の契機をつくるとともに,対 比的な特色づけによって理解を助ける。また,そのように相異なる既存の歴史をうみだしているもの に注目させ,< どうして? > という問いをうみだし,理由の認識の契機をつくるとともに,対比的な分 析によって認識を助ける。さらに,自らの社会における歴史を扱い,それらが相異なるものであるが 故に,受け手側にある学習者自身の存在を意識させ,< どうする? > という問いをうみだし,対応の判 断の契機をつくるとともに,社会的意味の対比的な吟味によって判断を助ける。自社会のなかの相違 表4 (6) における自社会内比較の概要 (6) 現在のドイツにおける終戦の記念日をめぐる相異なる動きの比較(メタヒストリー学習) 国家的記念日化を提案する動きの考察 国家的記念日化を否定する動きの考察 第1レベルでの 比較 国家的記念日化の提案における終戦の記念の 仕方の特色づけ 国家的記念日化の否定における終戦の記念の 仕方の特色づけ 第2レベルでの 比較 国家的記念日化の提案における終戦の記念を うみだしている視点・立場の分析 国家的記念日化の否定における終戦の記念を うみだしている視点・立場の分析 第3レベルでの 比較 国家的記念日化の採択の社会的意味の吟味 国家的記念日化の不採択の社会的意味の吟味 筆者作成  

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する複数の歴史を直接的に扱い,それらを自明視させず疑問視させ,対応を判断する学習までを導く。  但し,自社会内比較は3つのレベルでの比較を可能にするとはいえ,十分に保証できるとは限らな い。第1レベルの比較では,学習者は身のまわりにある眼前の歴史を絶対化せず相対化することはで きるけれども,自社会のなかでの比較であるため,比較の範囲は狭く,比較の対象は限られる。第1 層の学習において自社会のなかの歴史の特色を広い視野からとらえることは難しい場合もある。また, 第2レベルでの比較では確かに,対比的な分析を通して相違の訳に迫ることはできるものの,同一の 社会のなかでの比較であるため,その照準は既存の歴史の視点・立場に合いやすく,その背後の社会 的文脈には合いづらい。実際,(6) において現在のドイツという同一社会のなかでの記念の相違を扱う だけでは,分析は過去への向き合い方,志向する集団的アイデンティティなどの違いに焦点化し,そ ういった視点や立場の対立を社会と結びつけて掘り下げることは不可能ではないが容易ではない。も しも,第2レベルの比較による第2層の学習において,社会による歴史の構築の考察が十分でなけれ ば,第3層の学習における歴史による社会の構築の考察に影響が及びかねない。だからこそ,この単 元では (4)(5) を (6) に先行させ,そのような自社会内比較の弱点を補おうとしているのであろう。  社会のなかの歴史に関する自社会内比較は,既存の歴史の語りという第1レベル,語りをうみだし ているものという第2レベル,語りがうみだしうるものという第3レベルにおいて,自らの社会のな かの歴史を比較することにより,既存の歴史に関する第1層の学習から第3層の学習までに渡って直 接的に役立つ。各層の学習の契機をつくりだすとともに,対比的な特色づけ,分析,吟味によって内 容の理解,理由・背景の認識,対応の判断を助け,メタヒストリー学習を支える。第1レベルや第2 レベルでの比較の働きは限定的なものとなる可能性があり,第1層や第2層の学習を十分に支えると まではいえないが,歴史の在り方と社会の在り方を結びつけて検討する第3層の学習を第3レベルの 比較に基づいて促すとともに助けることは,自社会内比較の大きな意味といえる。 5.メタヒストリー学習にとっての自他社会間比較の意味  社会のなかの歴史に関する自他社会間比較は,現在・此所の自社会のなかの歴史と,時間や空間 を違える他社会のなかの歴史とを比較することである。ここでは (6)「1989/1990 年以降のドイツに お け る 記 憶 」(Baumgärtner,2014a:47・51・53,2014b:15-16)と (4)「連邦共和国における記憶」 (Baumgärtner,2014a:45-46・49・53,2014b:15),(5)「DDRにおける記憶」(Baumgärtner,2014a: 46-47・50・53,2014b:15)との間での比較に即して,自他社会間比較の意味について探ろう。  (6) では,現在のドイツにおける終戦の日の国家的記念日化について判断するために,(4) と (5) の学 習を踏まえ,それらの資料を再度取り上げ,冷戦期の過去と冷戦後の現在における終戦の記念日を比 較することも促している。現在の統一ドイツの場合を東西ドイツの場合と比較する自他社会間比較が 可能となるわけである。(4)(5) と (6) を結びつけることで可能となる自他社会間比較の概要は,表5の ように整理することができる。  表5の通り,(4)(5) と (6) による自他社会間比較は2つのレベルにおいて可能となる。第1のレベル は,終戦の記念の仕方という終戦に関する広義の語り(ナラティブ)についてであり,第2のレベル は,そのような記念の仕方をうみだしているものについてである。  第1のレベルに関して,(4)(5) では,例えば,1985 年頃の東西ドイツにおける終戦の記念の仕方に ついて,公的な記念日とはされないものの,式典が開催されるようになり,大統領の演説などを通じ て解放の日としての意味づけがなされた西ドイツの場合と,“ヒトラーのファシズムからの解放の日”, “ファシズムに対する勝利の日”として一貫して大々的に記念行事が開催される一方で,連邦共和国は 過去から何も学んでいないという西側に対する批判的トーンが弱まった東ドイツの場合とを特色づけ る。そうして (6) では,そのような過去の東西ドイツにおける記念の仕方と対比することにより,東ド

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イツの公式解釈の影響力が消滅し,西ドイツでの解放の日としての意味づけが普及しつつも一様とは ならず,終戦の記念日をめぐって分かれる現在の個々の動きを特色づけることになる。学習者は現在 の自社会の場合を過去の他社会の場合と突き合わせて冷静に扱うことにより,先ずは記念の仕方その ものに着目し,< どのような? > という問いのもとに現在に留まらない広い視野から対比的に特色づけ, 自社会における対立した語りの内容を理解することが可能となる。  第2のレベルに関しても,(4)(5) を踏まえ,(6) で統一ドイツの場合を東西ドイツの場合と比較する。 (4)(5) では,自由民主主義国家の形成と現状を評価づけ,戦後の再出発・民主化の開始として終戦の 日をとらえる西ドイツの場合と,反ファシズム国家としての自国の正当化,ソ連への忠誠の調達のた めに歴史を利用しようとする東ドイツの場合とについて,視点・立場を分析する。とともに,冷戦期 の東西関係のなかでの西側陣営における資本主義国家としての展開と東側陣営における社会主義国家 としての展開といった社会的文脈についても,視点・立場と結びつけて分析する。それらを踏まえる ことで (6) では,過去と現在とで異なった視点・立場をうみだしている異なった社会的文脈にも着目 し,かつての社会の体制や生活の状況と対比しつつ,東西ドイツの統一やヨーロッパの統合に伴う社 会の大きな変動や格差などに掘り下げて分析することができるようになる。そうして,視点・立場と 社会的文脈に関する過去との対比的分析に基づき,現在における終戦の相異なる記念の理由・背景を 認識することで学習者は,現状の有り様への対応を社会的文脈も参照しつつ問い,ドイツ社会にとっ ての意味を吟味し,国家的記念日化に関する判断をつくる学習へ向かう。  確かに,(6) での自社会内比較だけでも,現在のドイツにおける終戦の相異なる記念を対比的に扱い, それらの対立をとらえることはできる。とはいえ,そのような記念の現状はこれまでのなかでいかな る特色をもつか,なぜ今この社会でそのような有り様がうまれているかを探ることは難しい。そこで, この単元では,(4)(5) を前提にして (6) を配置し,冷戦期の東西ドイツの場合との比較において冷戦 後の現在のドイツの場合を扱う。そうすることで,戦後から現在までを見渡す広い視野から,過去と 表5 (4)(5) と (6) による自他社会間比較の概要 (4)(5)(6) 東西ドイツの場合との比較に基づく現在のドイツにおける終戦の記念日の考察(メタヒストリー学習) (4)(5) 東西ドイツにおける終戦の記念日の比較(ヒストリー学習) (6) 現在のドイツにおける終戦の記念 日をめぐる相異なる動きの比較(メタ ヒストリー学習) (4) 西ドイツの2つの時期における 終戦の記念日の比較(ヒストリー学 習) (5) 東ドイツの2つの時期における 終戦の記念日の比較(ヒストリー学 習) 1955 年 頃 に お け る記念日の考察 1985 年 頃 に お け る記念日の考察 1955 年 頃 に お け る記念日の考察 1985 年 頃 に お け る記念日の考察 国家的記念日化を提 案する動きの考察 国家的記念日化を否 定する動きの考察 第 1 レ ベ ル で の比較 1955 年 頃 の 西 ド イツにおける終戦 の記念の仕方の特 色づけ 1985 年 頃 の 西 ド イツにおける終戦 の記念の仕方の特 色づけ 1955 年 頃 の 東 ド イツにおける終戦 の記念の仕方の特 色づけ 1985 年 頃 の 東 ド イツにおける終戦 の記念の仕方の特 色づけ 国家的記念日化の 提案における終戦 の記念の仕方の特 色づけ 国家的記念日化の 否定における終戦 の記念の仕方の特 色づけ 第 2 レ ベ ル で の比較 1955 年 頃 の 西 ド イツにおける終戦 の記念をうみだし ている視点・立場 と社会的文脈の分 析 1985 年 頃 の 西 ド イツにおける終戦 の記念をうみだし ている視点・立場 と社会的文脈の分 析 1955 年 頃 の 東 ド イツにおける終戦 の記念をうみだし ている視点・立場 と社会的文脈の分 析 1985 年 頃 の 東 ド イツにおける終戦 の記念をうみだし ている視点・立場 と社会的文脈の分 析 国家的記念日化の 提案における終戦 の記念をうみだし ている視点・立場 と社会的文脈の分 析 国家的記念日化の 否定における終戦 の記念をうみだし ている視点・立場 と社会的文脈の分 析 第 3 レ ベ ル で の比較 国家的記念日化の 採択の社会的意味 の吟味 国家的記念日化の 不採択の社会的意 味の吟味 筆者作成  

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の対比において現在の記念の仕方を特色づけられるようにする。とともに,視点・立場の相違だけで なく,それらの相違を条件づける冷戦期・冷戦後の社会的文脈の相違にも眼を向け,社会における終 戦の記念の構築について対比的に分析することで現状の理由や背景をクリアに認識できるようにする。 このような (4)(5) と (6) における自他社会間比較において,(4)(5) の学習は,歴史のなかの終戦の記 念日について取り扱うヒストリー学習であるのに対し,(6) の学習は,終戦の記念日のなかの歴史の語 りについて取り扱うメタヒストリー学習であり,それらは範疇の異なる学習である。けれども,(4)(5) のヒストリー学習が (6) のメタヒストリー学習のための手段として働くことにより,それらは全体とし て広義のメタヒストリー学習を関係づくることができる。  このように自他社会間の比較は,現在・此所の自社会のなかの歴史を直接的に扱う。と同時に,異 なる社会のなかの異なる歴史と比較する。したがって,歴史の複数性を意識させ,自社会のなかの歴 史に対して当然視させず,異化させ,広い視野から < どのような? > と問えるようにする。他社会の場 合との対比を介すことで,自社会のなかの歴史の内容を広い視野から冷静に特色づけて理解できるよ うにする。それは勿論のこと,自社会とは異なる他社会のなかの歴史と比較するが故に,歴史をうみ だしている社会を意識させ,他社会のなかの歴史とは異なる歴史をうみだしている自社会に着目させ, 深く掘り下げて < どうして? > と問えるようにする。視点・立場をとらえるだけでなく,他社会の場合 との対比を通すことで社会的文脈をクリアにし,他の社会とは異なる自らの社会において異なる歴史 がうみだされている理由や背景をとらえられるようにする。そうして,自他社会間比較は既存の歴史 の内容を理解する第1層の学習,理由・背景を認識する第2層の学習のために直接的に働き,自社会 のなかの既存の歴史の有り様を自明視せず対象化して見つめ直すことを可能にすることにより,望ま しい在り方を問い直すように間接的に促すのである。  社会のなかの歴史に関する自他社会間比較は,既存の歴史の語りという第1のレベル,語りをうみ だしているものという第2のレベルにおいて,自らの社会のなかの歴史を他の社会のなかの歴史と比 較する。自らの社会のなかの歴史に醒めた眼を向けて見つめ直す契機をつくり,他社会のなかの歴史 との対比的な特色づけや分析を可能にし,メタヒストリー学習における第1層の学習や第2層の学習 のために直接的に役立つ。第1レベルの比較において,広い視野からの特色づけによって内容の理解 を助け,第2レベルの比較において,社会との結びつきまで掘り下げる深い分析によって理由・背景 の認識を助ける。第1・2層において自らの社会における既存の歴史とその構築を読み解くために働 き,それによって第3層の学習の前提条件を整えるところに,自他社会間比較の大きな意味がある。 6.おわりに-比較の意味  メタヒストリー学習にとっての比較の意味に関する考察の結果は,次の5点にまとめられる。  第1は,社会のなかの歴史に関する比較は,自社会と他社会の何れの社会のなかの歴史を比較する かにより,他社会内比較,自社会内比較,自他社会間比較という3つのタイプに大別できることであ る。3つのタイプの何れの比較も,自らの社会のなかの歴史に関する学習のために役立つが,その働 きは比較のタイプによって異なる。  第2は,社会のなかの歴史に関する他社会内比較は,自社会のなかの既存の歴史の内容を理解する という第1層の学習,理由・背景を認識する第2層の学習のために,間接的に役立つことである。他 社会内比較は,歴史の語りという第1レベル,歴史の語りをうみだしているものという第2レベルで の比較を可能にするが,あくまでも他社会のなかの歴史の学習であり,自社会のなかの歴史を考察 するために直接的には働かない。とはいえ,歴史の複数性,社会における歴史の構築性やパースペク ティブ性に気づかせ,社会の違いによる歴史の違いを他社会の場合を通じてとらえられるようにする。 既存の歴史に対する見方を学び,また,自他社会間の比較を準備し,自らの社会のなかの歴史につい

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て取り組むために用意できるようにするのが,他社会内比較である。  第3は,社会のなかの歴史に関する自社会内比較は,既存の歴史の内容を理解する第1層の学習, 理由・背景を認識する第2層の学習にとっての働きは必ずしも万全といえないけれども,既存の歴史 への対応を判断する第3層の学習までに渡って直接的に役立つことである。自社会のなかの相異なる 歴史の比較は,第1・第2のレベルの比較により,< どのような? >< どうして? > という問いをうみだ す。同一の社会のなかでの比較であるため,広い視野から特色づけること,深く社会的文脈まで掘り 下げて分析することまでは保証できないけれども,自社会の枠内での特色と視点・立場に基づく構築 について読み解けるようにする。さらに,自社会内の比較は,歴史の語りがうみだしうるものという 第3のレベルでの比較により,< どうする? > という問いをうみだす。これからの社会の在り方と結び つけて対比的に吟味することで,対応を判断できるようにする。社会における歴史の在り方の判断を 通して社会の在り方を問い直す第3層の学習を促し助けるのが自社会内比較である。  第4は,社会のなかの歴史に関する自他社会間比較は,歴史の内容を理解する第1層の学習,理由・ 背景を認識する第2層の学習を確かなものにするために直接的に役立ち,歴史への対応を判断する第 3層の学習のための前提をつくりだすことである。自社会のなかの歴史と過去の社会を含めた他社会 のなかの歴史との比較は,第1・第2レベルでの比較が基本である。それは自社会のなかの歴史が絶 対ではないと気づかせ,< どのような? > という問いをうみだすとともに,自社会のなかの歴史を他社 会のなかの歴史と対比することで広い視野から距離をとって冷静に特色づけられるようにする。また, 歴史をうみだしているものを意識させ,< どうして? > という問いをうみだすとともに,時間や空間が 異なる他社会の場合との対比において,自社会における歴史の構築の時代性や地域性,社会性にまで 深く掘り下げて読み解けるようにする。第1層と第2層の学習のために直接的に働き,既存の歴史の 対象化を後押しすること,とりわけ,第2層の学習において社会による歴史の構築の認識を可能にし, 第3層の学習においての歴史による社会の構築の判断を準備するために働くことは,自他社会間比較 の大きな意味といえる。  第5は,メタヒストリー学習にとっての比較の意味は比較のタイプによって異なること,社会のな かの既存の歴史の内容を理解する学習,理由や背景を認識する学習や対応を判断する学習を確かなも のにするためには,ねらいに応じて比較のタイプを選択したり組み合わせたりする必要があることで ある。単元「様々な国における国家的記念日・祝日」において終戦の記念日について判断する学習の ために他社会内比較・自他社会間比較・自社会内比較が有機的に結びつけられているように,メタヒ ストリー学習の充実のためには様々な比較のベストコンビネーションが求められるわけである。 註 1)ニーダーザクセン州のギムナジウム上級段階における歴史科の 2011 年版学習指導要領 (Kerncurriculum) では, 1「危機,変動,革命」,2「歴史のなかの相互作用と適応過程」,3「私たちのアイデンティティの根部」,4 「歴史文化と記憶文化」という4つの必修コースが設定されている(Nieders., 2011:22-35)。上級段階の最後に 位置づく必修コース「歴史文化と記憶文化」では,理論的内容中心の中核モジュール「歴史文化と記憶文化」 と具体的内容中心の6つの選択モジュール(「神話」,「様々な国における国家的記念日・祝日」,「中世の受けと り」,「ナチズムの犠牲者の記憶」,「映画やニューメディアのなかの歴史との出会い」,「文化のなかの歴史との 出会い」)とが挙げられている(Nierders., 2011:34-35)。この「歴史文化と記憶文化」の場合,中核モジュール とともに1つの選択モジュールを取り扱うことが必須とされている(Nieders., 2011:13)。 2)ニーダーザクセン州のギムナジウム上級段階における歴史科の 2011 年版学習指導要領では,選択モジュール 「様々な国における国家的記念日・祝日」について,「歴史上や現在における記念日・祝日の形態や形成」,「国 家的記念日・祝日の脱構築(例えば,ドイツにおける 11 月 9 日,フランスにおける7月 14 日,ロシアにおける 5 月9日,イスラエルにおけるホロコースト記念日)」,「再構築(例えば,ある記念日についての態度決定,国

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の祝日の新たな形成の提案)」という3点が学習内容の柱として示されている(Nierders., 2011:34-35)。『歴史 の時間-歴史文化と記憶文化』の単元「様々な国における国家的記念日・祝日」は,これに準拠して作成され ている。 3)オリエンテーション部やテキスト部にも写真資料が掲げられている。オリエンテーション部の写真資料は,① 「USAにおける国の祝日-2007年7月4日」,②「フランスにおける国の祝日-2007年7月14日」,テキスト部 の写真資料は,③「ベルリンにおける統一の祝祭- 1990 年 10 月 3 日,連邦議会前」,④「“皇帝誕生日”- 1913 年1月 27 日,ベルリン王宮前」,⑤「USAにおける国の祝日-2008年7月4日,愛国的に飾られた家」,⑥「フ ランスにおける国の祝日のパレード- 2007 年7月 14 日,パリのシャンゼリゼ通りで,ドイツ連邦国防軍兵士が 参加して」,⑦「2005 年5月8日-ベルリンのノイエ・ヴァッヘにて献花するケラー大統領,シュレーダー首 相,ティアゼ連邦議会議長」,⑧「“ファシズムからの解放 25 周年”- 1970 年のDDRの切手」,⑨「2003年5月 9日-モスクワでの軍事パレード」,⑩「2009 年8月1日-ワルシャワ蜂起開始 65 周年にポーランドのカチン スキ大統領が献花」である。 4)現在の自社会と他社会のなかの歴史をより大きな一つの社会における相異なる歴史として取り扱うならば,そ れは自他社会間の比較という範疇をこえ,実質的に自社会内の比較として機能するととらえられる。 5)(6)「1989/1990 年以降のドイツにおける記憶」と (4)「連邦共和国における記憶」・(5)「DDR における記憶」 とによって可能となる自他社会間比較については,第5章において別途考察する。 引用・参考文献

Baumgärtner, Ulrich u.a. [2014a], Zeit für Geschichte, Geschichts- und Erinnerungskultur, Schroedel.Baumgärtner, Ulrich u.a. [2014b], Zeit für Geschichte, Hinweise für Lehrerinnen und Lehrer, Schroedel.

Niedersächsisches Kultusministerium [2011], Kerncurriculum für das Gymnasium - Gymnasiale Oberstufe/ die Gesamt- schule-Gymnasiale Oberstufe/ das Berufliche Gymnasium/ das Abendgymnasium/ das Kolleg, Geschichte. (http://db2.nibis. de/1db/cuvo/datei/kc_geschichte_go_i_03-11.pdf 2016.11.1確認)

・Pandel, Hans-Jürgen [2014], Geschichtskultur, in: Mayer, U./ Pandel, H.-J./ Schneider, G./ Schönemann, B. (Hrsg.), Wörterbuch Geschichtsdidaktik, 3. Aufl., Wochenschau, S.86-87.

・Schönemann, Bernd [2003], Geschichtsdidaktik, Geschichtskultur, Geschichtswissenschaft, in: Günther-Arndt, H., (Hrsg.), Geschichtsdidaktik Praxishandbuch für die Sekundarstufe Ⅰ und Ⅱ , Cornelsen, S.11-22.

・安達一紀[2000],『人が歴史とかかわる力』,教育史料出版会 . ・岡本充弘[2013],『開かれた歴史へ』,御茶の水書房 . ・野家啓一[2007],『歴史を哲学する』,岩波書店 . ・服部一秀[2016a],「社会のなかの歴史に関するメタヒストリー学習の意義」,社会系教科教育学会『社会系教科 教育学研究』第 28 号,pp.11-20. ・服部一秀[2016b],「過去の取り扱いという分析対象の時間的位置において異なる歴史授業の相違」,『山梨大学教 育人間科学部紀要』第 17 巻,pp.319-328. ・日高勝之[2014],『昭和ノスタルジアとは何か』,世界思想社 . ・森岡清志編[2008],『地域の社会学』,有斐閣 . ・吉川幸男・山口社会科実践研究会[2012],『「差異の思考」で変わる社会科の授業』,明治図書.

謝辞 本研究をすすめるにあたり,Prof. Dr. Ulrich Baumgärtner(LMU München)より,教科書『Zeit für Geschichte - Geschichts- und Erinnerungskultur』などに関する有益な情報を提供いただきました。ここに記して感謝申し上 げます。

付記 本稿は,日本社会科教育学会第 66 回全国研究大会(2016 年 11 月5日,於弘前大学)における自由研究発表 「過去の取り扱い方を比較する学習の可能性-ドイツの中等歴史教科書を手がかりにして-」に加筆修正をくわ

えたものである。

参照

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