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Vyavaharabhasya第一章に見られる住処での生活規定について

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(1)

定について

著者

藤本 有美

雑誌名

論集

43

発行年

2016-12-31

URL

http://hdl.handle.net/10097/00130346

(2)

(191)

Vya vaharabhasya第

章に見られる住処で

の生活規定について

藤 本 有 美

0. ジャイナ僧の生活規定は主にChedasiltraと呼ばれる聖典群に規定され, そ

れぞれの注釈(niryukti, bha�ya, cilfl).i, tika) でさらに詳しく説明されている。

注釈文献を含むCheyasuttaの研究は進んできているが, 文献毎に様々な規定 があり, 未着手の文献箇所が多くあるため, ジャイナ僧の生活規定については 未解明の点も多く残されている。 本稿で扱う Vyavaharabha�ya (: VBh) は比較的よく研究されている文献の 一つであるが,まだよく知られていない規定も多い。 本稿で扱う abhisayya 「滞 在場所」とabhil).ai�edhik1「学習場所」等の語は辞書や先行研究で概ねの理解 が示されているが, 典拠となる個々の文献が一般に広く知られてはいないため, 具体的には分かりにくいとも言える。 本稿では, Vyavaharabha�ya第一章から, abhisayya「滞在場所」, abhil).ai�edhik1「学習場所」に関連する文献箇所を紹介 したい。 1. 滞在場所 (abhisayya) と学習場所 (abhi:t;tai�edhiki) まず, 滞在場所 (abhisayya) と「学習場所」abhil).ai�edhiはに関して, (1) Vyavaharasiltra I 21と, それに対する (2) VBh 622- 624及び(3) tika (部分 引用)を以下に示す。 また, (4) 付記として, 滞在場所と学習場所の相違を 1 Paiasaddamahannavoで はabh面sehiyaは「ヽ ャイナ僧の自分たちでの学習

(svadhyaya) をするための場所」 (abhisejjaの項にはabhil).isehiyaを参照と記載有

り), An Illustrated ArdhamagadhI Dictionaryではabhil).isehiya "A night-residence of an ascetic after his study during daytime", abhisejja "A place a monk comes to in the morning after spending his night in abhil).ai�edhikI in study in during day or night", 及 びA comprehensive and critical dictionary of the Prakrit Languagesではabhinisihiya (< abhi-1).ai�edhikI) f. a place of study (of Jain monks), abhinisejja (< abhi-1).i�adya) f. a place of residence (for Jain monks) と記載される。

(3)

説明するVBh 672f. (673は注11参照)及び

tika

を示した。 これらの文献箇所 から以下のことがわかる: .滞在場所(abhisayya)と学習場所(abhiI.J.ai�edhild)は, 住処(vasati)2では ない 。 住処から離れた場所にある3 0 ・両者は, 自分達での学習(svadhyaya)4の為に行く場所である(他の理由も あり, 本稿3参照)。 状況に応じて呼び方が変わるようであり, 夜に住処に戻っ て寝る場合はabhinai�edhiは(学習場所)となり, 夜もそこに泊まる場合には abhisayya (滞在場所)となる。 ・複数の僧達でそこに行く。 行く際には年長の僧達に許可を取って行く(例外 あり, cf. 本稿5.2)。

(1) Vyavaharasutra 1, 21 : bahave parihariya bahave aparihariya icchejja egayao abhinisejjatµva abhinisThiyatµva ceettae, 1_10 se kappati there a1_1apucchitta egayao abhinisejjatµva abhiriisThiyatµva ceettae, kappai 1_1hatµthere apucchitta egayao abhi1_1isejjatµva abhinisThiyatµva ceettae. thera ya 1_1hatµse viyarejja, eva 1_1hatµ kappai egayao abhinisejjatµva abhinisThiyatµva ceettae, thera ya 1_1hatµse no viyarejja, eva 1_1hatµ1_10 kappai egayao abhi1_1isejjatµva abhinisThiyatµva ceettae. jo 1_1atµtherehitµavii1_11_1e abhi1_1isijjatµva abhinisThiyatµva ceei, se satµtara chee va parihare va //21//

「複数のパリハー5中の僧と複数のパリハラ中ではない僧たちが緒に滞

2 Paiasaddamah皿l).aVO及びAn Illustrated ArdhamagadhI Dictionary では, vasatiの第 ーの意味は, ✓vas「住む」ための場所としての, 「家, 住居」である。 しかし, 住 居全体(僧院のようなもの)を指す可能性も考慮し, 建物としての住居と区別する ため, 本稿では「住処」と訳した。 vasatiの定義については今後検討を続けたい。 3 但し, (4) VBh 672f. 及びt韮では「滞在場所と学習場所は, 住処を囲う囲みの内 側または外側にある」とも規定される。 この点は, 本稿7. 考察で論じている。 4 svadhyayaについてはSchubring 2000 : 266ff. に詳しい。 一日の中で許可された定め られた時間に行う, nisihiyaで行う, 弟子たちはまとまってそこに行く, パリハー ラ中の者などは行ってはならない等複数文献に様々な規定があるようである。 5 パリハーラとは, 過失を犯した僧に対する種の懲罰である。 パリハラ中の僧に は計10項目の行為が禁じられる(他の僧に話しかける, 質問する, 一緒に読誦する,

(4)

Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (193) 在場所 (abhinisejja) か学習場所 (abhiJ?.isihiya) 〔に行くことを〕 考える〔場合〕, 年長の僧達に許可を求めないで一緒に行くことを考えるのはその者(パリハー ラ中の僧)に適切ではない。年長の僧達に許可を求めてから一緒に滞在場所か 学習場所に行くことを考えるのは適切である。そして年長の僧達がその者に, 滞在場所か学習場所に行くことを許可する場合, 一緒に滞在場所か学習場所に 行くことを考えるべきである。しかし, 年長の僧達が許可しない場合, 一緒に 滞在場所か学習場所に行くことを考えるのは適切ではない。もし, 年長の僧達 によって許可されずに滞在場所か学習場所に行く 場合, その者に自分〔の行っ た〕ことに基づき内出家後経年数の短縮かパリハーラ〔が与えられる〕。」

(2) VBh 622-624 : evaqi parihariya appariharI ya hojja bahuyato / te egato nisqi abhisijjaqi va vi ceejja //622//

tha:gaqi nisihiyatti ya, egatthaqi jattha th面amevegaqi/ ceteqiti nisi diya va, sutta'tthanisihiya sa u //623// sajjhayaqi kau:gaqi, nisihiyato nisiqi ciya uveqiti / abhivasiuqi jattha nisiqi, uveqiti pato taI sejja //624//

「このように(僧達の不注意により)複数のパリハーラ中のものとパリハ 中ではない者が生じうる。彼らが一緒に学習場所に, 或いは滞在場所に行くこ とを欲するかもしれない。//622// 6 〔自分達での学習の為の〕7sthana (場所)と, 〔自分たちでの学習以外が禁止さ 立ち上がって出迎える,挨拶をする,排泄物用などの壺を指し出す,pratilekhana (精 査)を一緒にする, 同行者と参加する, 食べ物・飲み物を与える,緒に食事をする, という計10項目)。 詳しくはcf. Deo 1956 : 特に236f. 及び620, Caillat 1975 : 特に 161f. と166等, Schubring 2000 (revised) : 282ff., 等。

samtara� こつい て, tika (VT II 364, 9) は, svantarat svakrtam antaram svantaram

svantarat (Pk. sa:qitaraSk化) とは, 自身がおこなったこと (svalqtam) につ いて (antaram) 〔という意味で〕 svantaramである」と説明する。 Caillat 1966 : 54の 訳ではS皿1taraproportional a sa propre defaillanceである。 さらにcf. Schubring 2000 : 282。

7 VT II 363, 13: ti�thanti svadhyayavyapfta asminn iti sth恥am「自分達での学習 に従事し た者達がそこに留まるという 意 味 でsthanaである」や同l5f. : sthanam eva avasthanam eva svadhyayanimittam 「場所 (sthana) 〔つまり〕自分達での学習を理由 とする居場所 (avasthana)」にもとづき, 上記のように補った。

(5)

れる〕 8 nai�edhiki (学習用の場所)とは, 同義語である。他ならぬ一つの場所 に夜, 或は昼に行くことを彼らが欲するならば,〔それは〕スートラとその意 味のための学習用の場所 (Pkt. nis和iya, Sk. :gai�edhikI) である。 //623// 自分たちでの学習をした後学習用の場所から, 夜に〔住処に〕近づく〔なら ば, それはabhinaisedhikI (「学習場所」)である〕。 そこで夜を過ごしてから, 明け方に〔住処に〕近づく〔ならば〕 それは滞在用の場所 (sayya) である。 //624//J

(3) VTII 363, 19ff. (623及 び624ヘ の国a) : yasya.111 naisedhikyarµdiva svadhyaya111虹tva divaiva yadi va diva nisi ca svadhyaya111 lqtva nisyeva nisayam avasya111 nai�edhikito vasatim upayanti sa abhinai�edhikI / yasya.111 punar nai�edhikya.111 diva nisaya.111 va svadhyaya111 krtva ratrim u�itva pratar vasatim upayanti taI iti taka abhisayya abhini�adyeti bhava]:i /

「その学習用の場所 (nai�edhi虹)で昼間に自分達での学習をしてから〔とい うのは〕,他ならぬ昼間に, あるいは昼夜〔両方〕 に自分達での学習をしてか ら〔と言う意味である。 そのようにしてから,〕他ならぬnisi〔つまり〕 夜に 必ず学習用の場所から住処に〔僧達が〕近づき行くならば, それは学習場所 (abhinai�edhikI) である。 しかし, その学習用の場所で昼間に, あるいは夜 に自分たちでの学習をした後一夜泊まってから早朝に住処に〔僧達が〕近づ き行くならば, それは滞在場所 (abhisayya) であり〔つまり〕 abhini�ady甜で ある, というのが理解である。」 (4)付記:滞在場所と学習場所の形態の相違について VBh I 672-673では, 滞在場所 (abhisayya) と学習場所 (abhil)ai�edhikI) の相違が説明されている。 ここから, 両者の形態についても知ることができる。 上記 (1) - (3) の文献箇所からは住処から離れたところにある建物のよう に想像しやすいが, この672-673からは必ずしもそうとは言えない。 両者の立

8 同13:ni�edhena svadhyayavyatiriktase�avyaparaprati�edhena nivp:ta nai�edhikI「禁止〔つ まり〕自分達での学習以外の残りのことへの従事が禁止されるので nai�edhiki であ る」から補った。

(6)

Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (195)

地場所は, 住処の囲いの内側で も, 外側で もよい。 さらに, 滞在場所であれば,

Pf�tivarµsa (屋根柱)が住処と同じである場合も別である場合もありうる。 (学 習場所であれば, Pf�thavarµsa (屋根柱)は必ず住処とは別になる。)

abhisejja abhinis市iya ekkekka duvidha hoti nayavva / egavaga�ae arµto, bahiya sarµbaddh'asarµbaddha // 672 //

「滞在場所 (abhisayya) と学習場所 (Pkt. abhinisihiya, Sk. abhir:iai�edhikI)

それぞれ2通りであると理解されるべきである。1つの囲いで囲まれた〔住処の〕

内側にあるか外側にあるか 〔と言う2通りである。 それぞれの滞在場所は〕, 接

続している(滞在場所と住処が1つの屋根柱をもつ)ものと,接続していない(滞

在場所と住処がそれぞれの屋根柱をもつ) もの 〔という2通りである〕。」

VT II 385, 13ff.: ya gantavya abhisayya abhinai�edhikI va sa ekaika dvividha bhavati / tadyatha sadhuvasatel). egavaga<;i�iti ekavrtiparik�epaya antar bahis ca / iyam atra bhavana - dvividha abhisayya, ekaka vasater ekavrtiparik�epaya antal)., apara bahil). / evarp nai�edhikyapi dvividha bhavaniya / bhuya ekaika'bhisayya dvividha, tadyatha sambaddha asambaddha ca / tatra yasya abhisayyaya vasates eka eka pr�thavarpsal). sa sambaddha, yasyal). punal). prthak Pt�thavarpsal). sa asambaddha //672// athaikavrtiparik�epasyantarabhisayya dvividha'pi yathoktaprakara ghatate / ya tv ekavrtiparik�epasya bahil). sa nunam asambaddha syat, tasyal). suprafitatvat / / tatha caha -ya punal). sambaddha sa punal). katham upapadyate? ucyate - yasya abhisayyaya vrtiparik�epasya bahirbhutaya vasates ca tallagnaya ekal). pr�thavarpso'pantarale ca bhittil). sa bahirbhutapi sambaddha iti / nai�edhikI punar antarbahir va niyamad asambaddhaiva, hastasatasyabhyantrato 'svadhyayike samutpanne svadhyayasambhavat /

行かれるべき滞在場所あるいは学習場所はそれぞれ2種類となる。 即ち,

egavaga<;iae 10 とはekavrtiparik�epayal). (1つの囲いで囲まれた)であり, 〔その

ような〕僧の住処の内側と 外側にある。 次のことがここでの解釈である。 2

りの滞在場所がある。 1つは, 1つの囲いで囲まれた住処の内側にある。 もう1

10 A comprehensive and critical dictionary of the Prakrit Languages は egavaga9aについ て Desi, (havitaion) having one enclosure or boundary と記載する。

(7)

つは, 〔その〕外側にある。このように学習場所 (nai�edhikI) についても解釈 されるべきである。さらにそれぞれの(1つの囲いで囲まれた住処の内側にある, または外側にある) の滞在場所も2通りである。即ち, 接続しているものと接 続していないものである。その際 その滞在場所と住処に他ならぬ1つの屋根 柱 (pr�thavarp.sa) があるならば, それは接続した〔滞在場所〕である。しかし, 個別に屋根柱があるならば, それは接続していない〔滞在場所〕である。 //672// 次に111つの囲いによる囲み (ekavrtiparik�epa) の中の滞在場所は, 2 通りとも述べられた種類のもの (接続したものと接続していないもの) が相当 する。しかし, 1つの囲いによる囲みの外の〔滞在場所〕は, 実際 接続して いないものとなるであろう。それがわかりやすいからである。しかし『接続し た〔滞在場所は〕どのようにしてあり〔得る〕のか』と〔問われ〕述べる。囲 いによる囲みの外に生じた滞在場所とそれにくつついた (tallagna) 住処に, 一つの屋根柱があり, そして中間部 (apantarala) に壁 (bhitti) があるならば, それは〔住処の〕外側にあっても接続した〔滞在場所〕である。しかし, 学習 用の場所 (nai�edhikI) は,〔1つの囲いで囲まれた住処の〕内側あるいは外側〔に あって〕も, 必ず接続していない。100ハスタ以内で自分たちでの学習がない こと (nt. m. asvaydhyayika戸が起きている場合, 〔その100ハスタ以内では〕 自分たちでの学習はあり得ないからである。 2. 滞在場所と学習場所に行く場合に生じうる汚点 本稿1. で見た通り, 住処 (vasati) が本来の住居であるとすれば, 滞在場所

(abhisayya) と学習場所 (abh�ai�edhikI) は, 理由 (svadhyaya 「自分達での

学習」含む)がある場合に限り13行くことが許される, 住処とは別の(場合によっ

11 ここ以降の記述内容はVBh 673と重複する。 VBh 673 : ja sa u abhinisThiya sa niyama hoi u asaqibaddha /saqibaddha-m-asaqibaddha abhisejja hoi nayavva /NBh 673//「学習 場所である限り, それは必ず接続していないものである。 滞在場所は〔住居と1つ

の屋根柱で〕接続しているものと, 接続していないもの〔とがあると〕理解される べきである。」

12 A comprehensive and critical dictionary of the Prakrit Languagesは,asajjhaiyaには(nt.) the time or situation in which scriptural studies are prohibited, 及びasajjhayaには (m./ nt.) period of exemption of studyと記載する。

13 nikkaraJ).ammi guruga, kajje lahuya apucchal)e lahuo / pa9isehammi ya lahuya, gurugamal).e hoqita' J).Ugghaya //625// 「理由なく〔滞在場所か学習場所に〕行く場合

(8)

Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (197) ては外部の離れた場所にある)滞在場所, 学習場所であろう。 VBh 625ff. では, 僧達がそれらに行った場合に生じうる様々な汚点が, 2.1住処に残った者達, 及び2.2滞在場所または学習場所に行った者達, という両側で説明される。 こ のような汚点が生じうるため, 理由なく不必要に行ってはならない巴 2. 1 住処に残った僧達に起こりうる汚点 住処に残った僧達に生じる汚点について,VBh 626 (dvaragatha「導入の{易」) では① tel).a「泥棒」,② adesa「旅行者(僧)」,③ gilana「病人」,④ jhamal).a「火 事」, ⑤ itthI「女性」 と naputµsa「中性の者」, ⑥ muccha「錯乱」, という6つ

のキードが示される。 VBh627以降では, それぞれの語に基づき, 汚点の 生じる状況が詳しく説かれる。 下記はまとめと{易頌の訳である。 : ① 泥棒達によって僧達が連れ去られる。 或は, 物品が盗まれる。 ② 住処にやって来た旅行中の僧達が休息を取れない。 残った住処を守る僧達 で, 彼らに休息を取らせなければならない。 ③ 病気の僧は世話をしてもらえず, 立ち上がる等を自力でしなければならな い。 或は立ち上がる等が出来ない。 ④ 子供が残る場合, 火事が起きて, 子供が巻き込まれたり, 日用品が焼けた りするかもしれない。 また, 僧が, 子供を助けに入って, 焼かれてしまうか もしれない。 ⑤ 女性, 中性の者達が「誓戒を守る僧は行ってしまって住処には少数の僧し かいない」 と考え, 住処に集まり来て, 汚点を生じさせるかもしれない。 ⑥ 僧が,古くなった住処の倒壊に遭う,屋外で木の枝などに打たれる等によっ て, 錯乱した場合, 誰もそれを鎮める者がいない。 duvihavaharasohI, esal).aghato ya ja ya parih函l1 /

に4つの重い(短縮のある) 月の〔贖罪が〕ある。 なされるべきことがあって〔も 行かない〕場合に, 軽い(短縮のない)〔4ヶ月の贖罪が〕ある。〔なされるべきこ とがある場合に〕許可を求めないで行く場合に軽い〔1ヶ月の贖罪が〕ある。〔許可 を求め, 長老達に〕禁じられたのに行く場合に軽い〔4ヶ月の贖罪が〕ある。 グル が行く場合, 短縮のない〔4つの月の贖罪が〕ある。//625//」 14 注19参照。

(9)

aesamavissama1_1a, paritava1_1aya ekkatare //627 // 「①窃盗は〔泥棒達が僧を奪うこと と日用品 を奪うことの〕 2通りである。〔 そ の2通りの場合でも〕清めがある。 そして探し求め(esa1_1a)の点で害がある。 そして〔日用品の点で, 寒さ熱さに苦しめられた者 , あるいは乞食に努力して いる者 に, スートラと意味 との〕 衰退がある。 ② 〔住処を守る僧達が滞在場所等(滞在場所と学習場所)に行っているときに〕 旅行中の僧達が〔到来する場合, 旅程で疲労したその僧達 に〕 休息がなく, 苦 しみがある。 片方において, 〔 残された住処を守る僧(vasatipala)たちも,やっ て来た多くの旅行中の僧達 を休ませつつ , 苦しみを得る〕。//627//」 adesasavissamal).a paritaval).a tesa'vacchalattaiµca /

gurukaral).e vi ya dosa, havaiµti paritaval).adiya //628//

「〔住処を守る僧達が滞在場所等 に行っているときに旅行中の僧が来る場合, 〕 旅行〔中の僧〕 たちに休息がなく, 苦しみがある。 そして, 彼ら(旅行中の僧 達 )を 世話することがない。〔他の者がおらず〕グルが〔 世話〕する場合にも,〔グ

ル に〕 苦しみ等 (苦しみ, そ れによる病気 スートラと意味の衰退説法の不

足, 世間の非難)と いう諸々の汚点が生じる〕。//628//

sayakaral).amakaral).e va, gilal).aparitaval).a ya duhato vi / balovahII).a dahe, tadatthama卯e va alitte //629//

「③〔住処を守る僧達が滞在場所等 に行っている場合〕 病人の苦しみは二通り である。 自分で行 う場合(自力 で立ち上がる等の場合の苦しみ)と 行わない場 合(立ち上がらない等の場合の苦しみ)と である。〔住処を守る僧として後に 残された僧も, 病人の世話により苦しみを得る。〕 ④ 〔住処を守る僧達全員が, 子供(bala)を住処を守る僧として残して, 滞在 場所あるいは学習場所に行っている時に, 住居(upasraya)に火がつき〕 子供 と日用品が焼けることが〔 あり得る〕。 そのために(子供を助けるために, あ るいは日用品 を運び出すために)〔入った者が〕 焼かれた。//629//

itthi napurp.sa gaya vi ya, omatta]).ato tiha bhave dosa / abhighaya pittato va, muccha arp.to va b曲irp. va //630//

(10)

-125-Vyavaharabha�ya 第章に見られる住処での生活規定について (199) 「⑤女達達と中性の者達は〔『少数の僧達が住処にとどまっている。 そして, 誓戒によって完成した僧達は別の場所に〕 行っている』〔と理解して〕, 劣った 性質ゆえに〔住処に集まり来る。 その場合〕 3通り(自身, 他者, その両方) で汚点が生じうる。 ⑥ 〔年月を経て古くなった等で住処が倒壊した際に, 木片などが, 住処の中に いた住処を守る僧の体の上に落ちた。 あるいは, 住処の外で風などにより木の 若葉や枝によって〕打ちつけられた。〔このようにして〕錯乱が〔生じうる〕。〔あ るいは住処の内側か外側で,〕ピッタによる錯乱〔が生じうる。 たった一人で いる錯乱した者を誰が鎮めるのか〕。 //630//」 2. 2 滞在場所と学習場所で生じうる汚点 滞在場所 (abhisayya) , 学習場所 (abhiI).ai�edhikI) に行った者達に生じうる汚 点として, VBh 632 (dvaragatha 「導入の{易」)は,①viyara 「排泄」,②tel).a 「泥 棒」, ③arakkhi 「警備の者」, ④tirikkha 「動物」, ⑤itthio 「女性達」及び

napurp.sa 「中性の者達」 という5つのキードを与えている。 633以降では, それぞれの語に基づき汚点の生じる状況が詳しく説明される。 以下はまとめ と訳である。 : ① 便所を観察しない場合に汚点が生じる。 住居提供者から便所の場所が許可 されていないのに用足しをする場合に,その住居提供者から切断(使用禁止?) があり得る。 夜に本来の住居 (mulavasati) に戻って来る途中で泥棒や生き物 に遭遇したり, よく観察していない場所に避難したりして, 過失を犯すことに なる。 ②③ 泥棒, 或は警備の者が僧を目にした場合, 誤解で僧を痛めつけることが あり得る。 ④ そこに動物生き物がいる。 ⑤ そこが誰かの密会場所に使われていた場合, 僧達に疑いが向けられる, 等。

appac:lilehiyadosa, avidil).1).1).e va havarµti ubhayammi / vasahivaghael).a ya, erµtamal).irp.te ya dosa u //633//

(11)

「①〔大小便などの場所を〕 観察をしない〔場合,Oghaniryukt打に詳説された〕 諸々の汚点がある。〔或は, 僧達が夕暮れ時 (vikalavela) に行き, 住居提供 者16 によって大小便用の空き地が許可されていない場合,〕 許可されない場所 での両者(大小便の排泄) があれば, 諸々の汚点が生じる。〔その場合, 住居 提供者は, その僧達あるいはジャイナ僧全員に〕 住処〔等〕 からの切断"を行 うかもしれない〕。〔或は, 夜 (ratri) に本来の住処 (mulavasati) に〕 来つつ ある者に〔泥棒や動物等によって自己への過失が生じる可能性があり〕,〔住処 に〕至り来ていない時に〔滞在場所近くの十分に観察されていない場所へ避難 したために, 節制への過失〕, 諸々の汚点が生じる。//633//」

SU頂直irµ, gehairµ uverµti tel).a, arakkhiya tal).i ya sarµcararµti / tel).otti eso purarakkhito va, annonnasarµkae'tivayaejja //634//

「②③泥棒達は〔侵入時間を待ちつつ, 或は警備の者等を恐れつつ〕誰もい ない家々に近づき行く。 警備の者達は〔ここに泥棒が入ることがあるな, と考 えて〕 それらの中を動き回る。 都市の警備の者は〔滞在場所に先に入った僧を 捕まえて〕「この者は泥棒である」と考える。〔泥棒達が先に入っていた場合, そこに入ってきた僧を見て〕「警備の者が侵入した」と考える。 互いに疑って いるため〔泥棒達或は警備の者達は, 僧を〕ひどく痛めつけるかもしれない。 //634//」

dugarp.chiya va adugarp.chiya va, ditta aditta va tahirp. va tirikkha/ cauppaya valasirisava va, ego va do tiwi va tattha dosa //635//

「④ ここで畜生たちは, 嫌悪されたものたち(ロバ等), 或は嫌悪されていな いものたち(牛と水牛等)〔という2通りである〕。〔それらもそれぞれ〕野生 のものと野性ではないもの〔の2通りである〕。〔このような〕四足獣〔だけで はなく,〕あるいは蛇や這う生き物(ヤモリ) 等がいる。〔これらの生き物にお 15 Oghaniryuktiも僧の生活規定が示されている文献の一つである。 Niryuktiとつくが 聖典とされmulasuttaに分類される(しかし, chedasfitraに分類されることもあるよ うである)。 Cf. ヴィンテルニッツ著 中野義照訳「ジャイナ教文献ーインド文献史 第四巻ー p. 74等や, Kapadia2010: 47, 等。

16 Sayyatara「住居提供者」についてはcf.Deo 1956 : 623 (sejjayaraの項)。

17 原語はvyavacchedhaである。 住処等の使用禁止と解釈した。

(12)

-123-Vyavahiirabhii�ya 第章に見られる住処での生活規定について (201)

いて〕 1つ, 2つ, 3つの汚点18がある。//635//

saiµgaradinna va uveiµti tattha, oha pa9icchaiµti nilicchamal).a itthI napuiµsa ca karejja dose, tasseval).atthae uveiµti je u //636//

「⑤ 密会の与えられた者達がそこ(滞在場所等に)近づく。〔このようにして 世間の人々のあいだに疑いが生じうる。 だがあるいは〕「女性または中性の者 達が顔を上げ, 目を凝らして待っているときに〔彼ら(僧達)が行った」と考 えて, 人々に疑いが生じ る。 あるいは,〕 その(女性または中性の者達との) 性行為のために行った男達が〔『私達の女等との性行為のためにこの節制修行 者たちがやって来た』と言って〕, 諸々の汚点〔つまり攻撃と非難等を〕 行う かもしれない。//636//」 3. 滞在場所と学習場所に行く理由 VBh 626-636では, 住処に残った僧達と, 滞在場所あるいは学習場所に行っ た者達との双方に生じうる汚点が述べられた。 このようなことが起こり得るた め, VBh637では滞在場所と 学習場所は不必要に行くべきではなく,「理由 (kara,:ia) があれば, 滞在場所あるいは学習場所に行くことは適切である」と 637 で規定される19。 それらの理由は638以降で説明されており, まとめと訳は 以下の通りである。: <滞在場所あるいは学習場所に行く際の理由> 1s

vr

11, 369, 12ff. によると, 自己, 節制, その両方への過失 (viriidhanii) の合計で1 つから3つになり, 具体的には, 嫌悪される生物がいることによって起こりうる悪 い疑いや教えへの非難のことである。

19 Cf.

vr

II, 370, lf. (VBh637の直前箇所): tad evaqi yasmiid akiir叩e nirgat恥am ime dosiis tasmiin na niskiiraQ.e gantavyam. 「そしてこのよ. うに 理由がないのに離れ行く 者達にこれらの汚点があるので, 理由なく行かれるべきではない」, 及びVBh 637: kappai u kiiraQ.ehiqi, abhisejj岬gaqitumabhinisThiqi vii/ lahugii u agamaQ.ammi, tiil).i ya kajj面imaiqi tu //637// 「しかし, 理由があれば, 滞在場所あるいは学習場所に行くこ とは適切である。 行かない場合には軽い〔4か月の贖罪がある〕。 そしてこれら(以 下のことが)が理由である。 //637//」 (VBh とその諏a には, Pkt. kajja を kiiraQ.a に 置き換えて説明している箇所がしばしば見られる。 Paiasaddamah叩Q.aVO は kajja の5 つ目の意味としてkiiraQ.a, hetu を記載している。)

(13)

① 住処で自分たちでの学習ができない場合 ⑤ 秘密の教え (Cheda の教え,呪術と呪文, pahu�a など)の場合 <滞在場所に行く際の理由> ② 旅行中の僧が来て, 住処に場所がない ③ 住所に生き物などの汚染がある ④ 住処に雨が漏れている場合 (但し②③④には例外あり, 本稿5参照。) asajjhaiya pahul).ae, saiµsatte vutthikaya suyarahasse / pac;Ihamacarame dugaiµ tii, sesesu ya hoi abhisejja //638//

「①〔住処で〕 自分達での学習が〔でき〕 ない場合,② 〔多くの〕旅行者(僧) 〔がやって来て住処が狭い〕場合,③〔住処が生き物などがいて〕 汚染さてい る場合, ④雨〔が落ちる〕場合, ⑤秘密の教えの場合〔行くことが適切である。 これらのうち〕, ①最初(自分たちでの学習ができない場合)と⑤最後(秘密 の教えの場合)では, 2つ(滞在場所あるいは学習場所)〔に行かれるべきで ある〕。 残りの場合(②旅行中の僧の到来,③住処の汚染, ④雨が落ちる場合), 滞在場所が用いられる。 //638//

cheyasuya-vijja-marµta, pahuqaavigiya mahisadittharµto / ii dosa caramapae, paqhamapae porisibharµgo //639//

「⑤Cheda の教え20〔を変化していない者, 或は過度に変化した者21 が住処で

聞くかもしれない。 住処で誰かに授けられつつある〕 呪術と呪文〔を性質の良 くない,学習を終えていない者が聞くかもしれない。 住処で〕章 (pahuqa)22 〔つ 20 VT II, 37, 20: chedasrutani prakalpavyavaharadini 「諸々のchedasrutaとは, prakalpa

vyavaharaなどである」とされる。 (prakalpaについてはcf. Kapadia 2010 : 58及び 157。)

21 変化していない者 (apari�in) と過度に変化した者 (atipar珈amin) は, VBh453 の諏aでは, 学習未修了者であると説明される(両者に対し, 望ましいのは

pari� in 「変化した者」である)。 変化させる者 (parii;iamaka) 等についてはcf. VBh 352やCaillat1975 : 38及び153

22 pu<;iaは章立ての一つであり, puvva, vatthu, pu<;ia, pahu<;Iapahudaの順で, よ

り下位の区分となる。 これらは今日では名前のみが伝わっている。 yoi;iipu<;iaもそ

(14)

-121-Vyavaharabha�ya 第章に見られる住処での生活規定について (203) まりy01_1ipahu<;laなどが説明されつつあるのを学習未終了者が聞くかもしれな い〕。 この場合は,水牛が例えである23。 以上の汚点が,〔住処で〕最後の語(秘 密の教え)〔を行う〕 場合にある。 ①最初の語(自分達での学習) については 3時間 (paur�I) の区分〔がある。 つまり, 自分達での学習ができない場合は, 必ず滞在場所に或いは学習場所に行くべきである。 そうしなければ, スートラ のための3時間意味のための3時間というその区分で贖罪に陥る〕。//639//

atisarµghatte hatthadi ghattai:iarµjaggai:ie ajiradI / dosu asarµjamadosa, jaggai:ia ullovahiya va //640//

「②〔或る時, 僧達が狭い住処にとどまっている時に, そこに旅行中の僧達が さらにやって来た。日中はどうにかこうにかとどまっている。 夜に場所が不十 分な場合 もし滞在場所へ出て行かなければ, その住居 (upasraya) で〕ひど い擦れ合い, 〔つまり〕手などの擦れ合いがある。〔そして, 口論や精神集中で きない等の汚点が生じる。 それらを恐れて, 座ったまま〕目を覚ましている場 合〔には, 食べ物の〕消化等がなされない。〔そして病気となる〕。 ③④ 〔住処が汚れについてよく観察されていない, 住処に雨が落ちるという〕 2つの場合には, 節制がないという汚点がある。〔住処に雨が落ちる場合〕日 用品が濡れる。〔濡れているために夜眠れず, 食べ物の〕消化がない。〔それゆ え, 住処が汚染されいてる場合, そして雨が落ちる場合, 必ず滞在場所に行く べきである〕。//640//」 4. 僧達とその先導者について VBh 641ff. は, 滞在場所あるいは学習場所に行くべきではないとされるのは どういう僧達であるか, また, 行く場合には僧達の中の誰が先達者となるか, 規定している。 の一つであり, おそらく物質を混ぜ合わせて別の物質や生き物を作り出す術に関す る書であると考えられる。 Cf. Kapadia 2010 : 91ff. や Bollee 2006 : 27。 23 この例え (dr�tanta) は Tulsi-Mahaprajfia-Kusumaprajfia 1996 : 733にヒンディ語訳, Bollee 2006 : 27f. に英訳がある。 不信心で性質の悪い僧が yoi:iip曲u�a を聞いて, それに従って物質を混ぜ合わせて牛を作り出し, 売りつけたが, その後, その事を 知った阿闇梨から別の調合を教えられ, それを行ったところ蛇が生じてその僧は死 んでしまった, という話である。

(15)

4. 1 滞在場所, 学習場所に行ってはならない僧 VBh 641-642では, どういう僧が滞在場所あるいは学習場所に行ってはなら ないか,示される。それらのまとめと訳は以下の通りである。これに対して, 行っ てもよいとされる僧については明記した箇所が見当たらない。 行ってはならな いとされる僧以外であれば, 行ってよい, ということであろう。 ・グル/阿闇梨は行ってはならない(但し例外あり, 本稿5.1参照) ・グル等の付き添い僧は, するべきことがある場合は, 行ってはならない。 .泥棒が入る恐れがあるので, 僧全員で行くことがあってはならない。 ・強い僧はグル等を守るため残るべきであり, 行ってはならない。 • その他 (642bc) も, 行ってはならない。 → 上記以外の僧で, 僧全員でなければ, 理由がある場合に, 行ってよい。

dittharp. karal).agamal).arp., jaI guru vaccae tao guruga / orala itthipellal).a, s岬ka paccatthiya dosa //641//

「理由がある場合に 〔滞在場所に〕 行くことは理解された。 もし, グルが〔滞 在場所あるいは学習場所〕 に行く場合, 重い〔4ヶ月が贖罪となる〕。〔阿闇梨 が体が〕大きく,〔付き添い僧が小さい場合に〕女が〔阿闇梨を〕誘惑する。〔住 居提供者などが『なぜ阿闇梨は住処に泊まらないのか, 在家の女に仕える為に 行くのか』と〕疑う。 敵対者〔つまり論敵などが仲間のほとんどいない〔グル〕 を捕まえて破滅させるかもしれない。 阿闇梨が行く場合には〕 このように汚点 がある。//641//

gurukaraQ.e pa�iyarI, bhaeQ.a balavaiµkarissae rakkhaiµ/ kaiµdappaviggahI va, aciyatto thal).a dugho va //642//

「グル〔等〕 のためにすること(世話)がある場合には, 〔グル等に〕 付き添 う者達〔によって行かれるべきではない〕。〔泥棒が現れるかもしれないという〕 恐怖により 〔僧全員では行かれるべきではない〕。 力のある〔僧〕 は 〔グル等 を泥棒などから〕 守るべきである。

(16)

Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (205) 不満な〔僧, 及びその場所つまり町など〕で駄目にされた〔僧, これらの者達 によっても行かれるべきではない。〕//642//

4. 2 先導者となる僧

僧達が滞在場所あるいは学習場所に行く時は, 僧団内の位階に従って先導者

(nayaka) がたてられるべきである(ただし, nayakatikaで補われる語で ある。 bha�yaでは位階のみ示されている)。 すでに述べた通り,acarya(=グル) は行くべきではないため, 第一gaI).avacchedaka(ガナ内の小グルプの長)24

が先導者とされる。 次にpravartin(統率者),その次にthera(年長者), その 次にgitartha(学習修了者), 最後はagitartha(学習未終了者) でも中立的な者 が先導者となるとbha�ya及びtikaで規定される。

garµtavva gai;iavacchedapavatti there ya giyabhikkhu ya / eesirµ asafie, aggie merakahai;iarµ tu //643//

「〔住処で自習ができない場合に, 残りの僧達によって滞在場所等(滞在場所 と学習場所) は〕行かれるべきである。 グループ長は〔滞在場所等に行ってい る僧達の先導者とされるべきである。 彼がいない場合には〕統率者〔である。 彼がいない場合には〕年長の僧〔である。 彼がいない場合には〕学習終了者で 〔一般的な誓戒を持つ僧が先導者である〕。 これらの者がいない場合には, 学 習未修了者〔で中立的立場(愛憎を持たない) の者が先導者となるべきである。 学習未終了者が先導者として行く場合〕しかしながら, 制限(= s血頂carI 「正 行」)25について話されることになる。 //643//5. 例外 VBh 663ff. では, これまでの規定に関連した例外 (apavada) が規定される。 24 VBhではayariya, uvajjhaya, gal).avaccheiya, pavatti, thera の順番が僧団内の位階と し

てしばしば見られる。 2番目のupajjhayaは, acaryaに準じるからであろうか, ここ では言及されない。 なお, 位階の名前や順番は文献により異なる(cf. Deo 1960 : 216ff.)。 25 t胆ではしばしばPkt. meraSk samac町に置き換えて説明される。VBh646ff. には, meras血瞬rI自体の説明はないが, 先導者がいない場合に生じる非正行 (asac記)という形の汚点についての詳しい説明がある。

(17)

1つはVBh663ff. にあり, 滞在場所 (abhisayya) に行くことが認められる状 況に対する例外である。 2つ目は666ff. にあり,纏めれば滞在場所 (abhisayya) へ行ってはならない状況に対する例外, である。 5. 1 VBh. 663ff. ここでは, VBh638にある, 旅行中の僧が集来した場合, 住処が汚染されて いる場合, 及び住処で雨が漏れる場合には滞在場所に行かれるべきであるとい う規則(本稿3の①②③)に対する例外が規定される26。 まず, これら3つの場 合には努力 (yatana) がなされるべきであると説かれる。 さらに, 努力につい て詳しい説明がある:①旅行者たちが住処に来て(寝る)場所がない場合には, 住み着いている僧達と, (疲労していなければ)旅行中の僧達とが, 夜じゅう 順番で交代しながら起きているようにする。 ②住処に汚染がある/③雨が落ち る場合には, もし汚染のない場所/雨の漏れない場所があれば, そこで順番に 目を覚ましているようにするべきである。

asajjhaie asa111te thal}-asati p曲Ul}-agame ceva /

annattha na ga111tavva111 gamal}-e guruga tu puvvutta //663//

「自分達での学習をしないという状況 (asvadhyayika戸がない場合, ①旅行

者たちが来て場所がない場合,〔あるいは住居 (upasraya) で③雨が落ちる場合〕,

別の場所(滞在場所あるいは学習場所)に行くべきではない。〔努力がなされ るべきである〕。 しかし, 〔努力することを怠って別の場所に〕 行く場合には, 以前に28述べられた重い〔4ヶ月の贖罪がある〕。 //663//

vatthavva vararµvarael).a jaggarµtu ma ya vaccarµtu / emeva ya pUl).ae, jaggal).a ga<;lharµ al).uvvae //664// 26

27 28

VBh 663への前置きとし て諏aは次のように述 べ る:VT II 381, 15f.

praghuwakasamagame sarp.sakte upasraye vr�tikaye ca nipatati abhisayya gantavyeti tadvi�ayamapavadarp. kramevabhidhitsura. 「① 『旅行中〔の僧〕が集来した場合, ② 〔住処が〕汚染されている場合, そして③ 〔住処で〕雨が漏れる場合, 滞在場所 は行かれるべきである』というこの点についての例外を順番に説明した<,述べる。」 注12参照。 VBh 625及び本稿注13参照。

(18)

-117-Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (207) 「①住み着いている者達が順番に目を覚ましていよ29。 そして, 旅行者たちが ひどく疲れてはいない場合には, このように〔順番に目を覚ましているように せよ。 滞在場所には〕 行くな。〔しかし, 住み着いている者達と旅行者の僧達 とで順番に目を覚ましていることが出来ない場合には, 滞在場所に行くべきで ある〕。//664//

emeva ya sarµsatte dese agalarµtae ya savvattha /

amha vahap曲UI).aga uverµti rikka u kakkaral).a /NBh 665//

「②このように部分的に汚染されている場合〔にはその残りの場所で〕, ③そ して〔雨が落ちる場合には, 部分的に〕 落ちない場所があれば〔その場所で, 順番に目を覚ましている努力がなされるべきである〕。全ての場所で汚染がある, 〔あるいは雨が落ちる場合には, 滞在場所に行くべきである〕。 『私達を損ねる〔ために〕近づき来た〔彼らは〕不毛な旅行者達だ』〔等と言 うならば, これは〕騒ぎ立て (kakkaral).a)である。//665//

5. 2 VBh 666ff. VBh 666ff. では,①阿闇梨によって行かれるべきではない(VBh.641, 本稿4.1 参照)という規則に対する例外, 及び②許可を求めずに行かれるべきではない (Siitra 21, 本稿1参照)という規則に対する例外が説かれる。30 例外①では, 阿闇梨が阿闇梨であると認識されない場合, 世間が善良である 場合女性などが関連して生じる汚点がない場合に,

Ctika

によると, 阿闇梨 29 この箇所は次のように説明される: V'f II 382, 3ff.: vastavyanaqi madhye yo yavan

matram ardhayamadikaqi jagarituqi saknoti sa tavan matraqi jagarti / tadanantaraqi jagaritum asaknuvan anyaqi sadhuqi samutthapayati / so'pi svajagaral).avelatikrame nyam / evaqi varel).a varena jagratu 「住み着いている〔僧〕 達の間で, 少しの間〔つ まり〕半刻(y恥a)などの間 目を覚ましていることが出来る者がいれば, 彼はそ のあいだ起きているべきである。 その次に, 起きていることが出来ないならば, 別 の僧を彼は起こす。 その者も自分で起きている時間が過ぎたら別の者を〔起こす〕。 このように順番に起きていよ」。

30 VBh 666の直前でt虹は 次のよ う に述 べ る: V'f IT 382, 21f.: samprati yadavadit acaryel).a na gantavyam, anaprcchaya ca [sadhubhil).] na gantavyam iti tadvi�ayam apavadam曲a「今からは「阿闇梨によって行かれるべきではない, そして許可を求 めずに〔僧達にによって〕行かれるべきではない」と主張したことに関する例外を 述べる。」

(19)

が優れた身体を持たない場合, 誰とも議論が起きたことがない場合にも)滞在 場所に行くことが認められる。

bitiyapayarp. ayarie niddose duragamai:ia'i:iapuccha / pa�isehe gamai:iammI, to tarp. vasabha bala nerp.ti //666//

「① 『阿闇梨における例外は』〔と問われ, 述べる〕。『〔女等の〕汚点がない場 合である』。②〔滞在場所が遠くにあり,〕 遠くに行く際に許可を求めない(求 めることが出来ない)場合〔である〕。そして, 行くことを禁じられていても, 雄牛〔レベルの僧達〕31が力づくで導く〔場合, 禁止された者は問い合わせを せずに行く〕。//666//

jattha gal).I na vi najjai, bhaddesu ya jattha n'atthi te dosa / tattha vayarpto suddho, iyare vi vayarµti jayal).ae //667 //

「①ガナの主人であると認識されないところである場合も門〔あるいは世間が 過度の愛情を持たない〕善良な者達であり〔前述の女性等によって生じる〕諸 汚点がないところである場合,〔滞在場所に〕に行っても〔阿闇梨は〕清浄で ある。 ②他の者達も〔許可を求めずに行く場合と, 禁止されたのに行く場合には,〕 努力しながら行くべきである。//667//

②許可を求めずに/禁止されていても行く場合 く許可を求めず滞在場所に行く場合>

31 VBh Iには, 告白 (alocana) をするときの座所に関して, 僧をkro�tuka, vr�abha,

acarya3種に分け, それぞれの場合にどのような座所で告白すべきであるかとい

う規定がある (cf. Caillat 1975 : 131f.)。 上記のvr�abhaも, そのような僧のランク であろう。 vr�abhaについて, さらにcf. Deo 1956 : 226

32 この箇所に つ い てVT II 383, 1 lf. api sabdan na ca tathavidhodarasariral}., napi kenacid api saha vado'bhavat「api (も)という語から, そのような形での優れた身 体が〔認識されなかったり〕, 誰とも議論が生じなかった〔であったり, というの も含まれる〕」と説明する。 VBh 641 (本稿4.1参照)で述べられるような汚点が生 じない場合を説明しているのであろう。

(20)

-115-Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (209) グルが排泄場所等へ行ってしまっていてそこにいない, あるいは排泄場所等 に行った僧が多数の旅行僧が住処に来ると知ったか, または住処では学習がで きないと知った, という状況で, 住処でグルに許可を取る時間がない場合, 許 可なしで滞在場所へ行くことが認められる。 ただし, 住処へと近づく僧達に, その旨をグルに伝言をさせる:

vasahie asajjhae satp頂digato ya pahul).e datthurp. /

sourµca asajjhayarp. vasadhirp. uverp.ti bhal).ati anne /NBh 668//

「 住処において自分たちでの学習がない時に〔グル達が排泄等の場所に行った 場合〕, 排泄等に行った〔僧〕が旅行者〔の僧達が来るの〕を見て〔寝るのに 適した地は得られないだろう』と考える〕場合, 及び〔住処で〕自分たちでの 学習がなくなったと聞いた場合, 〔グル達に質問するために住処で来る間に日 が暮れる33。 且つ, 滞在場所が遠く, 夜に行く間に警備の者などの恐怖がある ならば, 許可を求めずにその場所から滞在場所に行く。 ただし〕住処へと近づ く別の〔僧達に, 次のように〕言う。」 //668//

diveha gu面1).a irnarp., diire vasahI irno viyalo ya / sarp.thara-kala-kaiya bhiirnipehattha ern-eva /NBh 669//

「〔君たちは〕グルに明らかにせよ。『住処が〔滞在場所から〕遠いところにあ り, そして, この夕暮れ時 (vik拙a) となった。 このようで〔あるから, 許可 を求めずに〕敷広げ・時間・身体行為(排泄)の地の観察の為に〔滞在場所に〕 行った。』と」。 //669// く禁止されたのに滞在場所に行く場合> グルに許可を求めたが, グルによく考慮されずに禁じられてしまった場合, 以下の規定が適用される。 雄牛レベルの僧達は, その僧が理由なく禁じられた のだと(自身で, または告げられて)理解して, 彼を滞在場所に導く。 さらに, 住処へと近づく僧達にグルに伝言をさせる。 この規定で重要な条件は, 雄牛レ ベルの僧が, 行くのを禁じられた僧を導くこと, である。 禁止された僧が自己 33 VT II 383, 22f.: yavad gurfiQ.arp. pra�turµvasatav agaccahati tavad ratril). samapatati.

(21)

判断で滞在場所に行くことは,規定にないため,認められていないの であろう 。

em-eva ya pac;Iisiddhe, sa皿adigayassa karp.ci pac;lipucche / tarp. pi ya hoc;lha asamikkhiul).a padisehito jamha //670//

「このように禁止されていて,排泄等の地に行っている者によって〔次のよう に,グルに伝言 が伝えられるべきである〕。 彼は,誰か〔雄牛レベルの僧〕に〔ど うするのか を戸質問するべきである 。 雄牛レベルの僧達は35 ' 彼を促す。〕そ して, 「それ ( グルヘの質問)がなされた 。 よ く考慮されずに〔君は〕禁じら れた」〔と言って,雄牛レベルの僧達は,力ずくで彼を導く。 そして,彼と雄 牛レベルの僧達とは,住処へ近づく僧達に, グルヘの伝言 を与える〕。 //670//

畑arp.ti va tarp. vasabha, ahava vasabha1_1a te1_1a sabbhavo / kahito na mettha doso, to 1_1arp. vasabha bala nerp.ti //671//

「雄牛〔レベルの僧〕達は自身で 〔「この者は汚点がなく,理由なくグルによっ て禁止された」と〕わかっている 。 だが或は(自身で わかっていない場合には), 雄牛〔レベルの僧〕達に〔禁じられた者によってその〕実際の状況が話された, 『私には何も汚点はない』〔と〕。 〔そしてこのことを理解して, グルに許可を 求めずに述べられたやり方で〕雄牛 〔レベルの僧達は〕力づくで 導く。〔阿闇 梨の世話人で以前に禁止された者36も,そのように滞在場所に行く。 決して汚 点は生じない〕。 //671//」 34 t印には僧の言葉が具体的に示されており, 纏めて「どうするのかを」と補った: VT II 384, 14ff.: na me kim api gamanaprati�edhakaral).am abhut, kevalam evam eva gurul).a prati�iddhal)., atha ca maya svadhyayal). kartavyal)., vasatau casvadhyayadikam upajatam, at曲kirµkaromi? y血i vasatirµ? pratiprcchami gurum「私には行くのを禁止 される理由はなかった。 ただ, このように, グルによって私は禁止された。 そして, 私は自分たちでの学習をするべきだが, 住処では自分たちでの学習がない。 私はど うするのか。 住処に行くのか。 グルに問い合わせるのか」

35 tikaはVT II 384, 17f.: ya.vat vasatau gatva gurun pratiprcchya samagacchanti tavad ratril). patafiti「『住処に行って, 質問してから, 集まり来る間に夜になる』と考えて」 と補う。

(22)

Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (211) 6. 滞在場所へ行く時間と戻る時間 VBh 674ff. では, 滞在場所 (abisayya) へ行く時間 (vela) について説明さ れる。 固定された時間ではなく, 日常儀礼 (avasyaka)37との関連で, 行き戻り のタイミングが説明される。 基本的には, 住処 (vasati) で日常儀礼を行って から滞在場所に行き また(翌朝に) 住処に戻ってから日常儀礼を行う。 しか し, 差しさわりのある場合には, 日常儀礼を全部或は部分的に行わない滞在場 所に行く。 戻る際も, 差し障りがあれば, 滞在場所で日常儀礼を全部或は一 をおこなってから住処に戻る(なお, 滞在場所で病気になった場合は, 戻らず, 伝言を伝える)。 学習場所 (abhil).ai�ec;lhikI) に関しては, 行く時間 戻る時間の規定は見当 たらない。 6. 1 行く際の規定 滞在場所に行く際は, まず, 日中のうちにその滞在場所の排泄場所等を観察 しておく。 そして, 住処で日中の時間を過ごし, グル達と日常儀礼を行った後 滞在場所へ行く。 ただし, 差し障り(泥棒, 獣, 蛇, 警備員, 守衛, 日没後の 外出禁止令,敵対者,女性と中性の者,道中での生き物による汚染,雨,泥,棘) がある場合は, 住処でグルと日常儀礼を行わず, 或るいは一部(途中まで) お こなってから, 滞在場所へと出発する。 :

dharamai:ie cciya sure sarµthar'-uccara-kalabhumito / pa<;lilehiy'皿U卯avvie vasahehi vayarµt'imarµ velarµ//67 4// avassayarµ tu kaurµnivvaghaei:ia hoti garµtavvarµ/

vaghaei:ia tu bhayai:ia desarµ savvarµ akaui:iarµ//675// tei:ia savaya vala, gummiya arakkhi thavai:ia pa<;lii:iie / itthi-napurµsaga sarµsatta, vasa-cikkhalla-karµte ya //676//

〔雄牛レベルの僧達によって, 自分たちでの学習をするという理由で, 住居提 供者が〕許可させられた場合, 太陽が沈んでいない時に, 〔滞在場所で〕敷物・

37 日常儀礼は, サーマーイカ (samayika), 24ティルタンカラヘの祝詞 (caturviqisastava),

敬礼(vandana),反省(pratikramat:ia), 放棄(praty非hy血a),及び身体放捨(kayotsarga) の6要素からなる。 Cf. Deo 1956 : 456f. Schubring 2000 (revised) : 268f. 等。

(23)

小便・時間(排泄)の地を観察してから,〔住処で38来て, 雄牛レベルの僧達は〕 この(次の)時間に出ていく。//674// 障りのない〔僧〕 (nirvyaghata)によって〔住処で阿闇梨達と一緒に〕 日常儀 礼を行ってから〔滞在場所に〕 行かれるべきである。 しかし, 差し障りのある 場合には別の選択肢39〔がある。 つまり, 日常儀礼を〕 部分的に〔行って〕, あ るいは全部行わないで〔行かれるべきである〕。//675// 泥棒達獣達蛇達, gummiya (警備員〔達〕), 町の守衛達〔日没後の外出〕 禁止令敵対者,女性と中性の者〔達〕,〔道中にある, 生き物による〕汚染, 雨, 泥棘など〔という諸理由がある場合, 部分的に或は全ての日常儀礼を行わな いで〔行かれるべきである〕。 //676// (677 -678にさらに具体的な説明あ り。)40 6. 2 滞在場所から戻ってくる際の規定 滞在場所から戻る際も, 差し障りがなければ, 滞在場所から住処に戻って来 てグル達と一緒に日常儀礼を行う, とされる。 しかし, 差し障りがある場合に は, 全部或は一部(途中まで)の日常儀礼を行ってから, 滞在場所から住処に 戻る。 なお, 病気の発現降雨, 霧の発生, 憎まれ者, 王の外出, 火事, 在家 者との詳い, 象の徘徊という場合には, 滞在場所から住処に来るべきではない。 但し, 病気の場合は, グル達に告げ知らせるべきである:

avassagaiµakauiµnivvaghaei:ia hoi agamai:iaiµ/

vaghayammi u bhayai:ia desaiµsavvaiµva kaui:iaiµ//679// gelai:ii:ia vasa mahiya, paduttha aiµteure nive agai:iI /

ahigarai:ia hatthisaiµbhama, gela皿aniveyai:ia navari //682//

差し障りがない〔僧〕 (nirvyaghata)によって, 日常儀礼を行わないで〔滞在 38 vasatiのloctive, sg.。 39 VT II 386, 17: bhajana vikalapana「bhajanaはvikalpana (時々用いられる規則)である」。 つまり, 本来の規則通りの方法でも, bhajanaとして示される方法でもよい, とい うことである。 40 VBh 677-678 (行く場合)及び680-681 (戻る場合)とも, avasyaka「日常儀礼」及 び付随する出発前の挨拶等の細かな習慣を合わせ, 「部分的に行ってから」を詳し <具体的に規定している。

(24)

Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (213) 場所から住処で 〕来る〔べきである〕。 〔そして来てから, グル達と一緒に日常 儀礼を行う〕。 しかし, 差し障り がある場合には一部の, 或は全部の日常儀礼 を行ってから 〔来るべきである〕。//679//(680-681にさらに具体的な説明あり 。) 病気 〔が発現する〕か, 雨が 〔降りだす 〕, 霧が 〔出る〕, 憎まれ者〔が悪企み をして道の途中にいる〕か, 後宮〔へ王が出発し, 人々 が道路に出るの が禁止 される〕か, 王〔が外出する〕か, 火〔事が起こっている〕か, 〔在家者との 間で 〕諄い 〔が生じている〕か, 象がうろついている〔場合は, 住処に戻って 来るべきではない 〕。 但し,病気の場合は,〔グル達に 〕知らせる〔べきである〕。 //682// 7. 考察 滞在場所 (abhisayya) 及び学習場所 (abhiQ.ai�edhikI) については, 先行研 究(注1参照)において概ねの 理解 が示されている。 本稿では, 文献箇所の精 査により, 両者をさらに詳しく知り, 理解することが出来た と思う。

滞在場所 (abhisayya) 及び学習場所 (abhiQ.ai�edhikI) は, 住処 (vasati) で 十分な場所 がない場合等に使用される二次的な家屋であろう。 本稿で扱った文 献箇所の 多くからは, 両者が住処から離れた別の場所にあるもののように想像 させられてしまうが, 定義によると, 住処の囲いの内側にも, 外側にも立地す るようである。 住処から近い場合も, 遠い場合もあったであろう。 いずれにせ よ, 住処は グル がいるべき, 僧団の中心の場所であり, その周りにあり, 必要 に応じて使用されるの が滞在場所 (abhisayya) 及び学習場所 (abhiQ.ai�edhi虹) であると考えられる(住処 が, 居住する建物のみを指すのか, それ を含む僧院 を指すのかは, 今後の課題としたい)。 滞在場所 (abhisayya) 及び学習場所 (abhiQ.ai�edhikI) の使用 が認められる理由, 状況は, 規定によると多々ある。 しかし,基本的には,住処で泊まることが出来ない場合に滞在場所 (abhisayya) を使用し, または自分達での学習をすることが出来ない場合に学習場所 (abhinaisedhikI) を使用する, ということであろう。 自分達での学習 (svadhyaya) について, 本稿で扱った文献箇所から幾つか の点が看取できた 。 自分達での学習 (svadhyaya) は僧達が自分達で行う学習 であり, 一人で行うものではない 。 通常は住処で行うが, 住処でできない場合 には僧達は学習場所 (または滞在場所) へ行く ことが認められていた 。 行く際

(25)

には僧団内のグループの長などが彼らの先導者になった。 また他の僧達に聞か

れてはならない秘密の教えの場合には, 学習場所(または滞在場所)が用いら

れた。 これらは先行研究(注4参照)の指摘とも一致している。

使用テキスト

vs:

Schubring, W. - Caillat, C., Drei Chedasutras des Jaina-Canons, Alt-und Neu­ Indische Studienl l, Hamburg, Germany, 1966

VBh, 及びtika (:VT):

Acarya Vijaya Municandrasuri, Srf Vyavaharasutram, Vol. 2, Acarya SrI Orµkarasurijfianamadir GathavalI 4 7, Surat, India, 20 I 0

二次文献

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Caillat, C., Atonement in the Ancient Ritual of Jaina Monks, L.D. Series 49, Ahsmedabad, India, 1975

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Ghatage, A.M., (General editor) , A comprehensive and critical dictionary of the Prakrit Languages with special references to Jain literature, volume II, Bhandarkar Oriental Research Institute, Pune, India, 1998

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Sheth, Pandit Hargovinda Das T., Paiasaddamaha1J,1J,avo, the second edition, Prakrt Granth pari�ad granthanka 7, Varal).asI, Motilal Banarsidass, Delhi,

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-109-Vyavaharabha�ya第一章に見られる住処での生活規定について (215)

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Schubring, W., The Doctrine of the Jainas, Motial Banarsidass, Delhi, India, (first

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ヴィンテルニッツ著 中野義照訳「ジャイナ教文献

インド文献史 第四巻ー」,

(27)

About abhisayyii and abhi1J,ai$e dhikf in the Vyavahiirabhii$ya I

Yumi FUJIMOTO

This paper discusses characteristics of abhisayya and abhil).ai�dhikI based on the Vyavaharabh<i$ya I (a commentary text on the Vyavaharasutra which regulates monastic rules and punishment) . Meaning of abhisayya and abhiflai$edhikf has already been provided in several dictionaries as "a place of residence of Jain monks" and "a place of study of Jain monks" respectively, and this paper suggests some additional characteristics on them.

Abhisayya "a place of residence" and abhiflai$edhikf "a place of study" were used when no appropriate space was available for monks to stay or to perform self-study (svadhyaya) in the primary residence (vasati) . Both were located either inside or outside the boundary of a primary residence (vasati) and either near or far from the primary residence (vasati) . Both were permitted to use for the purpose of secret teaching too. VBh I explains various kinds of spot (do$a, synonym of sin) which could develop among the monks who remained in the primary residence (vasati) and who had gone to abhisayya and abhiflai$edhikf, and concluded that monks should not to go to abhisayya or abhiflai$edhikf without reason.

The textual part referred to in this paper also shows a few characteristics of svadhyaya "self-study". Svadhyaya was performed by a group of monks excluding their teacher (acarya) . It was usually performed in the primary residence (vasati) . However according to situation abhisayya and abhiflai$edhikf were used for it, and a higher-ranked monk such as gaflavaccheiya or pavatti took the lead of the monks when they were there.

参照

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