「~ヲバ~ヲ」構文の構造と意味機能
中
村
暁
子
1. はじめに
屯座妬に次のような 「ヲパ」「ヲ」が一つの動詞にかかる文章が見られる。 (1) トガ人、 ヌス人ヤ、 人ノ要ヲ、 ヌスンタ者、 テ、母ナドヲ、 コロイタ、 大罪人ノ‘ クピヲ、 カクルソ。 又朝敵ナド2△、 ミヤコニ、 トガ人ュ、 入テヲク、 楼アリ。 ソレヲ楼獄卜云ソ。([玉底]27.5) ここに出てくる「ヲパ」「ヲ」を、現代語ではどのように解釈するのが適切であろうか。「ヲ バ」 を 「ヲ」と解釈すると、 ヲ格が重複し非文法的となる (I)。また、「ハ」 と解釈すると、 主題となる 「朝敵ナド」と 「入テヲク、 楼アリ」 の対格である'rトガ人」 との関係が整合的 に解釈できない。 そこで、「朝敵ナド」の 「トガ人」 を「入テヲク」というふうに「ノ」 で 解釈するとうまくいきそうである。 このように、 「ヲパ」「ヲ」が同一勁詞にかかり、「ヲパ 」 の受けるものと 「ヲ」の受ける ものが 「ノ」 でつながれて包含関係を成していると解釈できそうな文型は、『玉座抄』に偶 然見られたのだろうか。 それとも、 一つの構文として捉えることができるのだろうか。仮に 構文として成り立つのであれば、 これは大変訛要な意味を持つと思われる。なぜなら、 水海 道方言における二菰対格構文の指摘 (Z)に対して古代語にもそれは存在したこと、 係助詞 「ハ」は現代語においても多くの格助詞と接統することができるのに対して「ヲパ」 のみが 使われなくなったこと、 現代標準語において二重対格構文が非文法的とされること、 などに 新たな視点を与えるからである。本稿は、 そういった可能性を持つと考えられる文型につい て、 その構造と意味機能を捉えることで、 構文として位骰付けうるかどうか検討し、先の可 能性を解明する端緒を見出そうとするものである。2. 先行研究
この文型の構成要素である 「ヲパ」については、古くは、 宮士谷成章が『あゆひ抄』(安 永2年1773)で 「〔囮を〕とよむに比ぶれば〔をば)といふは甚だ重し」(巻二)と述べ たのを始め、 吉田(1938)も 「「ヲパ 」 は本来「ヲ」 を強綱した諾であるが、 後には両者の 間の相違がなくなった。」(pl85)と述べている。 また現在でも、一般的解釈として、 例え ば『日本国語大辞典J r日本文法大辞典』などの辞書には、「ヲパ」が動作の対象といった「ヲ」によって表されるものを強調する働きを持つと捉えられている。それに対し、近藤(1998) は、「をば」は対格表示と主題化を兼ねたものであり、それに若干の他のニュアンスが加わっ たものであるとしている。 「ヲ」 については、r助詞助動詞詳説」に古代語における 「ヲ」の用法に同格として菰用 する場合の指摘が見られ、意味の上から、第一の格で示された概念の範囲は広く、第二の格 ではその内容を限定し詳述する関係にあるとしている。しかし、用例の対格の一方が「ヲバ」 を含むにもかかわらず、「ヲバ」 であることには触れられずr9J と全く同じ対格として取 り扱っている (3) 点、意味記述において、どのように内容が限定されるのかといった第一 の格と第二の格の関係がはっきりと示されていない点は検討の余地があると思われる。 以上のような先行研究においては、「ヲパ」 「ヲ」 それぞれの機能が「~ヲバ~ヲ」の文型 に着目して捉えられてはいない。しかし、「ヲバ」「ヲ」が同一動詞にかかる文型は「ヲバ」「ヲ」 の機能という側から見ても誼要な意味を持つと考えられるので、それらの機能をより明らか にするためにもこの文型を解明する必要があると思われる。
3.
「~ヲバ~ヲ」構文の構造 3. 1 「~ヲバ~ヲ」構文とは 先に示した(1)の例は、先行研究による「ヲバ 」 「ヲ」の機能では解釈できない。そこで、 これを解釈するために、ロドリゲスr日本大文典』を播いてみると (1) と同型の文を「ニ つの対格を支配する動開」(土井忠生訳p369、 一部省略)に見出すことができる。 〇能動動詞の中には、二つの対格を支配するものがある。その一つの対格は人か勁作 を受ける物かであって、普通には助辞Voba(をば)、又ある場合にはVo(を)をとる。 他の一つは場所か部分かである。この種の動詞は次のものとその複合語とであるが、 その他にも見出されるであらう。O Faro (払ふ)、VoifarO(追払ふ)、 VchifarO(打払ふ〉。ある場所から出す、又は、 追放する。例へば、Cono fitouoba iye, mac hi, cuni, chiguiO, tocorouo farOta.(この 人をば家・町・国・知行・所を払うた。)
0 Tabacaru(たばか る)。 欺く。 例へば、 Firayama fodono monouoba docouo tabacarOzu?(平山程の者をばどこをたばからうず。)「平家」(Feiq.)四、七章 ロドリゲスも、ここでは 「ヲパ 」 と 「ヲ」 の相述について触れておらず、両者を区別なく 同じ対格として取り扱っている。しかしながら、一つの対格を「ヲバ 」が受けもう一方を「ヲJ が受け、それら二つの対格が一つの動詞にかかる文型が明らかに見え、「~ヲパ~ヲ 」 の文 型はr玉邸抄Jに偶然現れたのではなく、確かに存在したことは想像に難くない。 79
-そこで、『玉臨抄」以外の作品における具体的用例を収集した。 用例を集める際、 手がか りになるのがこの文型の構成要素である「ヲパ」 である。「ヲバ 」は、信太(1979)によると、 上代からその存在が認められるが多く用いられるようになるのは中世以降であり、 特に中世 後半、 室町期の抄物や切支丹文献などで多用される。 そこで、 室町時代を中心とし、 さらに 周辺として近世を取り扱い、 また、 分野にも偏りのないよう、 抄物や切支丹文献や狂言の文 献から用例を求めた(り 。結果は以下の通りである。' 時代 ジャンル 「~ヲバ~ヲ 」 湯山勝句抄 室町 抄物
゜
中華若木詩抄 室町 抄物 1 毛詩抄(巻1-3) 室町 抄物 3 玉瞑抄(巻1, 7) 室町 抄物 2 天草版金句集 室町 切支丹 1 天草版平家 室町 切支丹 7 天草版伊曽保 室町 切支丹゜
国字本伊曽保 室町 仮名草子゜
虎明本狂言 江戸 狂言゜
狂言記 江戸 狂言 (2) 上の表からもわかるように、「ヲバ」 の絶対数に比べるとかなり用例は少ないながら、確 かにこの文型を見ることができる。 そこで、 ロドリゲスの言うところの 「ヲバ」 「ヲ」の二 つの対格が一つの動詞にかかる文型を 「~ヲバ~ヲ」構文と一応呼ぶことにする。 しかし、 この構文がまさに構文として認めうるかどうかは、 現段階では言うことはできな い。そこで、 それを検討するために、 収集した具体的用例の分析を行う。分析の方法として は、 「ヲパJ「ヲ」がそれぞれ受けるもの、 また、 それらの相互関係がどういったものである のか、 さらに「ヲパ」「ヲ」がこの構文においてそれぞれどのような拗きを持っているのか、 といった観点から考察をする。 3. 2 分析 3. 2. 1 「全体一部分」関係 これは、「ヲバ」 の受けるものが何であっても、「ヲ」 が 「ヲパ」 によって述べられたもの の一部を表すという構造を持つものである。 つまり、 「ヲパ」 「ヲ 」 のそれぞれが受けるもの の間の関係が、 一方が 「全体」、もう一方が 「部分」 となる。 さらに、 これはr全体 」と 「部 分」の関係の取り方によって物理的なものから概念的なものまで四種類の下位類に分けるこ とができ、 それぞれ〈身体部分〉、く所在〉、(所有〉、<資格的属性〉を表す(5 J I. <身体部分〉「ヲパ」 が人を受け、「ヲ」が 「ヲバ」によって表された人の身体の一部分を受けるもの である。 (2)幼いをば水に入れ、 土に埋み、大人しいをば首を切る。([天草平家]777.19) これは 、「幼い」 者については 「水に入れ、 土に埋」 めるのに対して、「大人しい」 者つま り、 大きくなった子については「首J を「切るJ の意で、「ヲバ」の受ける「大人しいj 者 という全体に対して「ヲ」の受ける 「首 jが身体的一部を表している。つまり、これは「ヲ」 の受ける<身体部分)に対して、「ヲバ」 の受ける人が「全体」と捉えられ、 双方は物理的 な「全体一部分」 関係だと言うことができる。 n. 〈所在〉 「ヲパ」「ヲ」ともに場所を受け、「ヲバ」によって表される場所が「ヲ」 によって表され る場所を含むものである。 (3)瀬田をば稲毛の三郎が謀で供御の瀬を渡いて、([天草平家)485.14) (4)秦ノ函谷ヨリ山ヲサカウ、 ソト2△、 秦カラ、 六国
z、
皆山東卜云タソ。 ([玉艇]15.8) (3)は、「瀬田」という土地にある「供御の瀬」 を「渡」るの意で、「ヲバ」の受ける「瀬 田」という土地の中に 「ヲj の受けるr供御の瀬」が存在する。(4)も同じく「ソト」 で 示された範囲の中に「六国」が存在する。つまり、これらは「ヲパ」の受ける場所の中に「ヲ」 の受ける場所が内在するという関係において、 物理的な「全体J と「部分J が成立している。 皿. 〈所有〉 「ヲパ」が人を受け、 その人が 「ヲ」の受ける内容を所有するものである。 (5) 郷公申サル、コトハ、「見錯卜申者ハ、 諸侯強大ニナレバ、 腕ヲ扱イテ天子ノ御 意ヲモ用イヌ也。然間、 諸侯王2竺知行2‘ノロリソロリト削テ天子ノ方へ取リテ、 天子ヲ強クシテ諸侯ヲ弱メント思フ也。([若木] 39. 7) (6) 心、敵のてだてをよう考へ、 謀の上手をば身近う寄せ、 いつも主人のことを恨み 訴ゆる者をば所知、 財賓をもはぎ取れ。([金句)17.10) 01) . "" (7) あわれきゃつわ平山をたばかって、 先をかけうとするよと心得て、 五六段先立 (O) (U) ったをーもみもうで追いつけて、 平山ほどの者をばどこをたばかるぞ?わ殿わと 言うて、 うち過ぎて寄せたれば((天草平家] 539. 1) 上の例のうち、 (5) (6) は物理的所有関係、 (7) は概念的所有関係である。 このうち(5)は、
「諸侯王」から「知行」つまり、 領地を「削」 るという意で、「ヲバ」 の受ける 「諸侯王」 と「ヲ」 の受ける「知行」とが、 人とその所有物だと容易に判断できる。 (6) も、「恨み訴ゆる者」から「所知、 財賓Jを奪うという意で、 「ヲバ」 rヲ」 それぞれ 77-の受けるものは、(5)同様、人とその所有物である。 それ に対し、(7)は「平山ほどの者」の 「どこ」を 「たばかる」(欺く(『大文呉J p369)) というのか、という意で、「どこ」は例えば 「心Jを指すと解釈できるが、「心」は 「人」の 一部であり、概念的 に所有される関係にあると言える。 このよう に、物理的か概念的かの違いは見られるが、<所有〉という共通した関係におい て 「全体Jと「部分」と捉えることができる。 IV.<資格的属性〉 rヲパ」が人あるいはものを受け、「ヲ」が 「ヲバ」の受ける内容の演格的な属性を表す ものである。 llll (8)あの右衛門の督わ大将軍でこれをば副将軍をさせうずれば、([天草平家]723.19) (9)右と後をば林をあて、左と前をば野や澤をあてヽ、陣を取ぞ。([毛詩]156.11) このうち、(8) は夕分や地位という意味での資格、(9) は条件として提示された資格で ある。 (8) は、「右衛門の督」には 「大将軍」の位を、「これ」は 「若宮」を指すが、その 「若 宮」 には 「副将軍」の位を与えるという文朕で、「ヲパ」の受ける 「若宮」に対して 「ヲ」 の受ける 「副将軍」が文字通り資格を表している。 (9) は、 「右と後」には 「林」が、「左と前」には 「野やi霰」が来るように r陣を取」る という文脈である。しかし、これは単に 「右と後」に 「林」を 「あて」るということではな く、「右と後」に 「あて」るのは、「林」の樹木の群がり生えたという性質が条件である。つ まり、 「ヲ」の受ける 「林jが 「ヲパ」の受ける 「右と後」 に加えられた条件であり、これ もまた「ヲ」が「ヲバ」の資格を表していると了解できる。同様に、「左と前」には「野や澤」 の平らな、水が溜まったという性質が条件であり、資格であると解釈することができる。こ こでこのよう に考えると、1で示した(1)の例もこのく資格的属性〉に分類できる。これ は、「~ヲパ~ヲ」構文の前文の 「トガ人J 「ヌス人」 「人ノ要ヲ、ヌスンタ者」 「テ、母ナド ヲ、コロイタ、大罪人」については「クビヲ、カクル」のに対して、「朝敵」については 「楼」 に 「入テヲク」といった文版である。そこで、 r朝敵」と 「トガ人」との関係についてであ るが、一見すると 「トガ人」の一部である 「朝敵」と読めそうであり、当初そのように理解 した。しかし、前文にいろいろな罪人と並列して 「トガ人Jがあるため、この文脈において 「トガ人」という語が、 いろいろな罪人を一括するものとして認散されていないことがわか る。さらには、「朝敵」がそれ以外の罪人とは区別されていることから、取り立てる必要の ある程のものであり、 r朝敵」の「属性」の一つとして 「トガ人」を挙げていると見ること が可能である。
このように、「ヲ 」 の受ける語が 「ヲバ」の受ける語の特徴や性質といった属性の一側面 である資格を表すものを、<資格的屈性〉と名付けておく (6) 。 このく資格的屈性〉は、 概 念的な「全体」と 「部分」 の関係である。 ここまで、「全体」 と 「部分」の関係について見てきたが、 それらは 「全体」 と 「部分」 の関係の認織の仕方によって物理的なものと概念的なものとに区別される。 すなわち、物理 的なく身体部分〉<所在〉、物理的・概念的両方の〈所有〉、概念的なく費格的屈性〉とである。 また、〈身体部分〉<所在〉@有〉の用例においては「一ヲパ~ヲJを現代語の 「ノ」を用 いて訳すことができる点で、〈資格的屈性〉とは区別される。このことを考え合わせると、「全 体一部分」 関係は、「全体」 と 「部分」 の関係が物理的により近く密接なものとしてのく身 体部分〉(所在〉、 逆にそれらの関係がやや遠く概念的なものとしてのく資格的属性〉、 そし てその中間的なものとしてのく所有〉と捉えることができる。 しかし、 いずれも 「ヲパ」 が 「全体J を表し、「ヲJ はその 「部分」 を表すという 「全体一部分」 関係として位置付けら れることは明らかであり、 この 「全体一部分」 関係が 「~ヲバ~ヲ」 構文の構造の一つであ ると酋える。
3. 2. 2
「人ー場所」関係 これは、「ヲパ 」が人を受け巧りが場所を受ける。さらに、「ヲ」の受ける場所は「ヲバ」 の受ける人が居る場所である。 つまり、「人一その人の居る場所」 という構造を持つもので ある。 さらに、 これは場所を受けるrヲ」の意味に応じて二種類の下位類に分けることがで き、 それぞれく出発〉、(経過〉を表す (7) 0 I.〈出発〉 「ヲパ」の受ける人が「ヲ」の受ける場所から出発あるいは分離するものである。なお、「ヲ バ」の受ける人は、 今現在 「ヲ」 の受ける場所に居る。 (10)この人をば家・町・国・知行・所を払うた。([大文典]369.11) (19) (11)そののちわしかるぺい人たちをば乗するとも、雑人どもをば乗するなと言うて、 さるべい人をひき乗せ、 次様の者どもをば太刀長刀で船端を薙がせた。 ([天草平家]555. 23) (10)は、「この人」を今居る「家・町・国・知行・所」から「払う」(追放する(『大文典J p369))ということであり、「ヲ」 は出発点を表している。 また、(11)も「次様の者ども」 を、 今居る「船端」 から 「薙がせJ る(背を鉾や大鎌で切って落す(r大文典」 p369))と いう意味で、「ヲ」 は分離点を表す。 ところで、(11) は使役の例であるが、 二つの対格を取 る使役勁詞に関しては、 ロドリゲス『日本大文典」 に取り立てて説明されている (8)0 さて、 これらの 「一ヲバ~ヲ」 は現代語では r~ヲーカラ」あるいは 「一ヲ~ヨリJと訳 75-ずことができるが、 この点に関してロドリゲス r日本大文典」に次のような記述が見出せ、
古代語においても rカラ」や 「ヨリ」に屈き換え可能であることがわかる。 :·
0 Faro (払ふ)、 Voiidasu (追出だす)、 Voitatcuru (追立つる)は場所の対格の代り
に、 Yori (より)、 又は、 Cara (から)を伴った奪格を受ける事ができる。例へば、
Conotocorono xugoua acutO domouo machiyori farauareta.(この所の守設は悪党共を 町より払はれた。)lyeyori voiidasareta. (家より追出だされた。) Tocoroyori taterare, ta. (9) (所より.立てられた)、 等。(土井忠生訳p370) II.〈経過〉 rヲバ」の受ける人が 「ヲ」の受ける場所を経過するものである。 なお、「ヲパ」の受け る人は、今現在 「ヲ」の受ける場所に居る。 (12) 頼朝おとなしやかに仰せらるるやうは、 定めて首をば小路を渡されうず。 ([大文典] 369.23) (13) さて大臣殿父子の首をば京を渡いて獄門にかけられた。((天草平家] 741. 19) (12) (13) はともに 「ヲバ」が 「首」を受けており、 厳密には人の一部であるが、 罪人 等の比喩として使われているため人と認められる。 これらの例は動詞がともに 「渡す」であ る。意味は、「罪人等を公開の道中を述ぶ」(r大文典』 p369) である。 つまり、罪人を 「小 路」 「京」を通って遥ぶということであり、「ヲ」は経過する場所を表している。 以上、「人」と「場所」の関係を持つ(出発〉、〈経過)について見てきたが、く出発)の用 例においては 「カラ」や 「ヨリ」に筐き換えられること、く経過〉においては動詞が 「渡す」 のみで語索的に偏りが見られることがわかる。しかし、 いずれも「ヲバ」が人を受け、「ヲ」 は 「ヲバ」によって表された人が居る場所を表すという 「人一 (人の居る)場所」と捉える ことができ、 これが 「~ヲパーヲ」構文のもう一つの構造であると言える。
4. 「~ヲバ~ヲ」構文の意味撓能
以上の分類を踏まえて「一ヲバーヲ」構文の機能を捉えると、「ヲバ」の受ける内容を「ヲ」 の受ける内容によって規定するという点に概能を見出すことができる。つまり、「全体一部分」 の場合、 「ヲパ」の受ける内容が全体として示され、 さらに 「ヲ」の受ける内容によって部 分的に規定される。 また、「人ー場所」の場合、「ヲバ」が人を受け、 さらに 「ヲ」が受ける 内容によってその人の居る場所が規定される。こういった規定が 「~ヲパーヲ」構文の煎要 な機能として慟いていると言える。 そこで、 これを 「~ヲバーヲ」構文の規定用法と名付け る。 さて、 ロドリゲスは 「二つの対格を支配する動詞」の構文について、二つの対格それぞれが何を受けるかといった視点から 「その一つの対格は人か動作を受ける物かJであり、「他 の一つは場所か部分か」であると説明している。 これは、 この構文を個々に見ていった結果 でありそれ自体に誤りはないが、構造面からの考察が見られないために構文の機能を捉える ことができていない。 この構文において、 大切なのはそれぞれの対格が何を受けるかという ことよりも、どういった意味機能を担ってこの構文が存在しているかということである。従っ て、 ロドリゲスの考察に、 二つの対格の関係から捉えられる構造といった視点を加える必要 がある。 そうすることによって、 本稿で取り上げた「~ヲパーヲ」 構文の 「ヲパ」 「ヲ」 が、 規定という機能のもと整然とした形でこの構文を構成し、 規定用法を担っていることがわか る。例えば具体的に、「ヲ」が場所を受けるとき、「ヲバ」 が人を受けると人とその場所の関 係は 「その人の居る」という規定を受け、 「ヲバ」も場所を受けると、 二つの場所は全体と 部分の関係になっており「ヲ」 の受ける場所は「「ヲパ」の受ける場所のうちのーカ所」と いう規定を受ける。 このように、 構造によってこの構文を捉えると、 機能が見出せるばかり でなく、 この構文が整然とした規則を保ちながら規定用法として古典語において用いられて いたことをうかがい知ることができる。 また、 ロドリゲスは動詞という視点からこの構文を捉えているにもかかわらず、 動詞につ いて 「能勁動詞」と述べるに止まっている。 しかしながら、 上述の意味機能から動詞につい てもさらに特徴付けが可能である。 「人ー場所」関係では 「払う」 「薙がする」 「渡す 」 等の 移動動詞となっている。 「全体一部分」関係では 「はぎ取る」 「削る」のように 「全体」を起 点と解釈できる動詞が特徴として見られ、 その他ロドリゲスも挙げている 「たばかる」、 加 えてr切る」 「言う」 「あてる」 などが見られる。 ところで、 規定の意味機能を担った 「~ヲバ~ヲ」構文は、 どういう文体で用いられてい るのであろうか。用例の分布から考察を行うと、 室町期においては抄物全般と、 切支丹文献 では特に r天草版乎家物語」で用いられている。 r天草版平家物語』は原本からの影響が大 きいとは言え (lO)、 原本を 「~ヲパ~ヲ」に言い換えている例も見られる。このことは、 この構文が文章梧的要索を持っているということに加え、 開き手を前提にした場で有効的に 用いられたことを意味していると思われる。 これは、抄物全般に用例が見られること、『天 草版伊曽保物語』に全く用例が見られないことからも襄付けられる。従って、 この構文が用 いられる文体は、 文章栢的あるいは説明的な性質を有していると言うことができる。 つまり、 規定という意味機能を持つこの構文は、 文章語や注釈的な文章において、 説得力を持つもの として構文の機能が生かされていたと見ることができる。 さらに、 ロドリゲスは 「ヲバ」 は 「一種の勢と上品さを持っている」 (r日本大文典J
p506)
と指摘し、 それに加え、「より 」 や 「から」を伴う動詞については r助辞Yori (より)、 Cara (から)を用ゐるよりも、 対 73-格を用ゐた方が上品である。 」(同p405 )と述べていることから、 対格を表す・「ヲパ」「ヲ」 は上品なものと捉えられ、それらを同時に用い た こヴパ~ヲ」構文はやはぶ上品で、 文 章 語や或いは閉き手を前提にした場面で概能的に運用されt•`- よとをっかがうことができる。 しかし、全般的に見て、 「ヲパ」単独の用例に比べ て 「一 ヲ バ~ヲJ構文は非常に用例 が 少ない 。 これは、 「~ヲパ~ヲ」となることで、規定という特殊な意味に限定されるため、 上述したような特殊な場面でのみ用いられたことを意味していると思われる。 この ように 、 用いられている場面は限定されているものの、 用例の分布とロドリゲスの記述から見て、「 一 ヲバ~ヲ」構文が注釈的文章における十分な意味機能を担って、 室町時代末期には確実に存 在していたのである。 以上から、 r~ヲパ~ヲ 」構文は十分に構文として認めうると結論できる。 このこと が与 える影響は、(1)のような文章の理解に止まらず、 さまざまな分野に及ぶと思われる。 例 えば、 「ヲパ 」「ヲ 」の機能に新たな視点を与えることは甘うまでもなく、 佐々木 (1998 )の 水海道方言における二煎対格構文にも、方言という視点からの考察に、 「~ ヲパ ー ヲ 」構文 という古典語からの視点を与える。 また、係助詞「ハ」は、現代話にお いても格助飼 「二 」「卜」 「へ 」「ヨリ 」「カラ」や副助飼 rマデ」「ナド」 「 ノミ」 「パ カリ」 と接することで、補語を 取り立てることが可能であるにもかかわらず、 rmt のみが使われな いと いう 「ヲ パ」の 消滅にも 「 一ヲパ ~ヲ 」構文の意味横能という点から新たな考察の可能性を与える。 さらに 、 「二つの対格を支配する」 ということから考えると、現代罪では 「~ヲ ~ヲ」のよ うなヲ格 の煎複による二砥対格構文は非文法的とされるが、 一方で、 主格につ いては、 r山田先生が 英語が解らない」 (久野1983:70 )といった二重主格構文が認められ、 なぜ、 主格の煎用は認 められるのに対して、 対格の皿用は排除されたのかといった点にも 一石を投じると思われる。
5.おわりに
「~ヲバ~ヲ」構文は偶然見出されたが、 以上の構造と意味機能を踏まえ、 この構文が規 定用法を担いつつ、まさに構文として認められ、 また、 非常に広範な考察の可能性を投げか ける、 注目に値するものであると言うことができる。 従っ て、 この構文の発生、 用法の時代 差、 また 「一ヲ一ヲ心 「~ヲ~ヲ」 との関係といった考察が今後の課悶である。 [注l
(1)二重対格の非文法性は r二瓜ヲ格制約 (Double-OConstrain t)J (Har ada (1973)) によっ て説 明される。
(2)佐々木(1998)は、茨城県南西部で話されている水悔道方gには二つの対格形式があるため二皿
(3) 項迎へに来む人をば、長き爪して服をっかみつぶさん」(竹取物語)となっている。 (p339) (4) 『狂酋記』 では、「やい、そこなやつ、それがし主庄、打櫛主しおるか」(7.1) 「して又、大名 小名の、何とてはこなた主竺瓜宝主なさる、ぞ」(124.16) のように一方のヲ格が淡語サ変動 詞を構成しており、室町期のrーヲパ~ヲ」構文とは異なる観点を要する。 (5) 角田(1991:ll9)は、全体と部分の関係を所有と捉え、次のような所有傾斜を提唱した。 所有栢斜:身体部分>昂性>衣類> (親族) >愛玩動物>作品>その他の所有物 (6) 一般的に屈性というと枕体的属性を指すことが多く、混乱を防ぐために資格的屈性とした。注 (5)参照。 (7)『助詞助動詞詳説』 では、動作の場所あるいは出発点をrをJ で示す用法と、対象を示す「を」 との重用であるとしている。
(8) 0楊所の対格を要求する中性勁詞、例へば、Tatcu (立つ)、 Ayumu (歩む)、 ldzuru (出づ
る)、Touoru(通る)等から作られる使役動詞は、二つの対格をとり得る。その対格の一つ
は場所を示し、他は人か事柄かを示す。例へば、 Cono fitouoba chOuo voifarauaxcta.(この人 をば町を追払はせた。) Cocouo voi idasaxcta, I, chOyori voifarauaxeta. (ここを追出ださせた、 又は、町より追払はせた。) (土井忠生訳p374) (9) 「taterareta」は士井忠生によって「voitaterarctaか。Jと注釈されている。 (IO) 咲1/i版平家物語』とr平家物甜』とを比較すると、r天1;(版平家物栢Jの7例中4例((2) (3) (7) (lJ))は原文を踪まえている。 (3) の例は党一本(テキストにはr日本古典文学大系 平家物語下』を使用)・百二十句本(『日本古典文学全集 平家物語下J)ともにr~ヲパ~ヲ」 となっているが、 (2) (7) (ll)は百二十句本でのみ「一ヲパ~ヲ」となっている。 (2) (7) (II)は巻四に屈するが、r天卒版平家物甜」の底本についての巻三まで伐一本、巻四は百二 十句本に近いという一般的な説と一致する。 【テキストl 新日本古典文学大系r中華若木詩抄 沿山聯句抄』 『狂習記」岩波由店/ r毛詩抄 詩経(一)』倉石 武四郎・小川環樹校訂、岩波柑店、1996/ 『玉底抄(I)』中田祝夫編、勉誠社、1970/r天草板金 句集の研究』 吉田湿夫、東洋文血、1938/ 『天草版平家物語対照本文及び総索引」江口正弘、明治笹 院、1986 [参考文献l r日本国語大辞典J小学館 r日本文法大辞典』 松村明椙、明治由院、 1971 『助詞助動詞詳説J 松村明編、學燈社、 1969 久野叫(1983) r新日本文法研究』大修館 近藤泰弘(1998) 「平安時代の 「をば」の構文的特徴について一『源氏物語」の用例を中心に一J r束 京大学国語研究室創設百周年記念国語研究論集』 汲古由院 佐々木冠(1998)r二瓜対格構文とヲ格孤複制約一水海道方言を例に一」『言栢』21-7 佐々木冠(1998) 「水海道方酋の対格ー有生対格と無生対格の統語論ーJ r日本語科学J 4 信太知子 「をば」小考一消滅過程の検討ー」 r中田祝夫博士功箱記念固甜学論集J勉誡社
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Ling11istics.ll. 1986.) (なかむら きょうこ 岡山大学大学院修士課程) 研究室受贈図書雑誌目録> 国文白百合(白百合女子大学国語国文学会) 三一 国文目白(日本女子大学国語国文学会) 三九 古代研究(早稲田古代研究会) 三三 古代文学研究(名古屋女子大学古代文学研究会 ) 二—九 語文(大阪大学国語国文学会) 七三 語文(日本大学国文学会) 一0五‘ 10六‘ 10七 栢文研究(九州大学国語国文学研究室) 八八、 八九 駒沢 国文(駒沢大学文学部国文学研究室) 三七 佐賀大国文(佐賀大学教育学部国語国文学会)二八 相模国文(相模女子大学国文研究会) ―-七 滋賀大国文(滋賀大国文会) 三七、 三八 実践国文学(実践国文学会) 五七 就実 語文(就実女子大学日本文学会) 二0 十文字国文(+文字学園女 子短期大学国語国文学会) 六 淑徳国文(愛知淑徳短期大学国文学会) 四一 淑徳文芸(愛知淑徳短期大学文芸学会) 一三 椋蔭国文学(大阪樟阪女子大学国話国文学会) 三七、 三八 樟蔭女子短期大学紀要文化研究(椋蔭女子短期大学学会) 尚絹大学研究紀要(尚絹学園尚納大学) 二三 上智大学国文学科紀要(上智大学国文学科)一七 一四