<特集論文 : 貧困問題>「自立した個人」という
福祉国家の原理的課題 : 「子どもの貧困」対策と
してのワークフェア子ども版:学習支援を問う
著者
桜井 智恵子
雑誌名
人間福祉学研究
巻
10
号
1
ページ
53-65
発行年
2017-12-31
URL
http://hdl.handle.net/10236/00027400
1.問題の所在 1.1.貧困を社会的に問題化する 2008 年前後から「子ども」と「貧困」を組み 合わせテーマ化した著書や特集が増え,「子ども の貧困」が注目されるようになった. ユニセフ・イノチェンティ研究所が毎年発行し ている「レポートカード」シリーズの 14 冊目と なる最新刊によると,調査対象国は,欧州連合 (EU)または経済協力開発機構(OECD)に加盟 する 41 か国中,日本の状況は次の様である(2017 年 6 月 15 日).子どもの貧困は 37 か国中 23 位, 格差は 41 か国中 32 位と格差が大きいほうから 10 番目であった. 日 本 の 子 ど も の 固 定 貧 困 率 は,2007 年 か ら 2008 年に大きく上昇し,その後 2011 年にかけて 低下したが,11 年から 12 年には再び上昇に転じ た.この変動はひとり親世帯,親が非正規労働に ついているふたり親世帯,低年齢の子どものいる 世帯で特に顕著だった.以前から日本の子どもの 貧困の最も大きい要因となってきたワーキングプ ア(働いているが所得が貧困線を越えることがで きない人々)の問題への対処は不十分のままと報 告された1). 「生活が苦しい原因を作ったのは自分自身」 母子家庭を支援する NPO のブログにこんな書 き込みがされた2).母子家庭は甘えるな,という 発言を流したテレビ番組への抗議を NPO が載せ たところ,逆に発言を擁護する書き込みが複数寄 特集論文:貧困問題 要約 本稿の問題意識は現代の「貧困」を社会的に把握するということにある。「子どもと貧困」という分 析枠組みを練りなおし,貧困を社会全体との関係でとらえ,相対化して検討を行った結果,子どもや 親たちの貧困それ自体が見過ごされ,自立支援と結びついた政策が一般化する傾向が見てとれた.サー ビスの供給や個別支援では貧困の再生産は継続し,ひとり親家庭の親の就労支援や子どもの貧困対策 の「教育化」では,不安定の中にある親子の困難は終わらない. 近年の政策対応も研究も一面的であり,配分の意識を意図的に捨象し,個人の自立に持っていって いる.それは「子どもの貧困」のみならず,近代の福祉国家のもつ原理的課題ともいえる.個別救済 を提案しがちな教育・福祉研究は,たとえば,ワークフェア子ども版の学習支援だけに取り組む危う さに対する自覚が重要と思われる. Key words:子ども,貧困,福祉国家,労働倫理,自立した個人 人間福祉学研究,10(1):53―65,2017
「自立した個人」という福祉国家の原理的課題
―「子どもの貧困」対策としてのワークフェア子ども版:学習支援を問う―
桜井 智恵子
関西学院大学人間福祉学部教授せられた.生活保護基準を下回る貧困層が広がる 中,自己責任論も同様に広がる社会が子どもを育 てるひとり親を切り捨てる.「子どもの貧困」を めぐる一般的説明は,すでに多くのメディアを通 じて知ることができるので,ここではそれに距離 をおいた立場からの議論について考えたい. 「戦後日本の福祉国家制度において,真に深刻 な問題が個人に残されることになった.家族は, 傷ついた個人の困窮や苦悩あるいは反撃を封じ込 める社会の砦とされた.」3) 後藤玲子は,福祉制度 において深刻な問題が,個人や家族の問題に封じ 込められていったと指摘する.別稿では「子ども の貧困」は労働者,市民としての親の基底的リア リティである,雇用の劣化(長時間労働・非正規 雇用など)を生み出す資本の権力構造を問題化し ないことにより,浮かび上がってきたテーマであ り,それら核心の問題を,いわば隠蔽しながら広 がってきたテーマである点を論証した4). ここで注目しておきたいのは,貧困層は「自助 努力」というスローガンとともに広がっていると いうことだ.自分で自分の食い扶持を稼ぐという 個人経済の価値観は,努力して働くという労働倫 理を一般化した. バウマンによると,労働倫理は次のように説明 される.「近代の始まりから,貧しい人々を通常 の工場労働へと引き寄せ,貧困を撲滅し,社会の 安寧を確保するための万能薬であると期待されて いた.実際のところ,それは人々を訓練し,規律 化し,彼らに新たな工場レジーム労働を行うのに 必要な従順さを浸透させるのに寄与した.」5) さて,貧困層の割合は,なによりもまず産業循 環に基づく周期的な変化を反映している.本稿で は,産業循環を目的として計画されている福祉国 家を対象化し,「配分」さらに,産業を機能させ る「労働倫理」について検討し,その「自立した 個人」を原理とする制度設計を問いなおそうとす る. 貧困研究のセルジュ・ポーガムは分析枠組みを 絶えず練りなおすことによって,貧困・社会的排 除の比較研究から,社会的紐帯あるいは社会的結 合の一般理論の構築を考える6).本稿もまた,「子 どもの貧困」という分析枠組みを練りなおし,貧 困を貧困としてではなく,福祉国家を支える政治 的リベラリズムとの関係でとらえなおし,子ども の福祉・教育の現場と制度をつなぐ視点を大事に しながら理論研究を提出したい.それは,現代の 貧困を「社会的」に把握し,問題化してゆくこと が重要という問題意識からくる. 1.2.先行研究における「福祉国家」評価 福祉国家とは,資本主義経済と民主主義政治の せめぎ合いから生まれた 20 世紀型政治経済シス テムである7).福祉国家という用語が最初に用い られたのは第二次大戦期であり,その論理は経 済・財政政策と密接な関わりを持ってきた.福祉 国家は,20 世紀の国家が直面してきた政治的, 経済的条件によく適応するシステムであり,救貧 制度から公的年金制度に至るまで,所得再分配に 関するさまざまなルールを作り出してきた.しか し,1980 年代以降,労働市場の規制緩和やそれ と連動する社会的排除,高齢化による社会保障の 機能不全などにより,「福祉国家」の変容やあり 方に関する研究が重ねられるようになった. 新川敏光は「福祉国家の時代は終わり,福祉国 家は変質を余儀なくされている.自由と平等を両 立させようとする情熱と理念は失われ,自由競争 を実現する制度枠組みに関心が集中している」8) と述べる.彼は『福祉国家を超えて』でミュルダー ルが語る「計画化」は地方分権や民主主義に基づ く調整管理を指しているが「このような調整管理 は,近代的合理性と啓蒙主義への過度な信頼に基 づいている」9)と言う.福祉国家や社会保障の再 編,生活保障の確立という場合,ほとんどの議論 は進行する社会的排除と階層化について十分な配 慮を払っていないと,近代的合理性と啓蒙主義と いう制度が抱える原理的問題を指摘する.子ども と貧困を考えるとき,この近代的合理性としての 政治的リベラリズムと啓蒙主義という原理を掘り
下げることは,核心の問題となる. 田中拓道は次のように日本の福祉国家の成立を 説明する.「日本において社会保障が最初に導入 されたのは,1930 年代後半からの総動員体制の もとにおいてであった.その基礎づけを提供した のは,『人的資源』論および『生産力』論であった. ……大河内一男は,社会政策を労働問題の解決で はなく,国民経済発展に不可欠な労働力の保全手 段としてとらえ,工場法,労働災害補償法,社会 保険などの政策を正当化した.」10) 「基本的な立場 は,各国が戦後のブレトンウッズ体制とフォー ディズムという共通の枠組みのもとで福祉国家化 を遂げた,というものである.……戦後日本でも, 一定の労使和解体制が成立し,大量生産―大量消 費の循環が生まれた.……各国はブレトンウッズ 体制とフォーディズムという基本的な枠組みを共 有しつつも,国内で異なる『ヘゲモニー』が形成 されてきた.『ヘゲモニー』の違いをもたらすの は,労使をはじめとする社会集団の権力関係と, 福祉国家の形成を担った政治勢力の理念である. 日本の場合,労使関係においては『弱いコーポラ ティズム』が築かれていったものの,権力関係は 民間大企業の使用者が優位していた.」11) 日本では,戦後の高度経済成長を経て,オイル ショック,そして民営化や規制緩和を基軸とした 新自由主義的経済政策の登場に至り,現代資本主 義は大きな変容を経験することになった.「小さ な政府」を志向する新自由主義の台頭により,国 家の責任よりも個人の自助努力,相互扶助が強調 されるようになった. 「戦後政治の総決算」を掲げて行政改革を進め た中曽根康弘元首相は証言する.「生活保護とい う最低限のものは堅持するけれども,基本は国民 の相互扶助であり,自助・自立でやってもらおう というのが当時の考えだった.第 2 臨調(第 2 次 臨時行政調査会)も『小さな政府』が基本方向で, その思想が歴代内閣,現代まで生きている」12). 一方で新自由主義による規制緩和は,低所得層 を増やすことになった.行政の福祉部門は間口が 狭くなり,働く貧困層と生活保護世帯のねじれが 広がった.さらに,「痛み」に理解を求める小泉 内閣で 2000 年以降,状況は加速し,2013 年 8 月 には政府は生活保護基準を引き下げた.公的扶助 の分野では,各種の就労支援プログラムにより生 活保護受給者の労働市場への参入を促す政策がと られる一方で,ワーキング・プアが増加している. 需給の制限と労働市場への包摂が生じ,市場への 指向が強化されている.大人の貧困に伴い,とも に暮らす子どもに焦点があたり「子どもの貧困」 ブームが生まれていった.福祉国家は 20 世紀の 世界,そして日本を効率的に引っ張り,富の拡大 を牽引した.しかし,その効率性ゆえに,人々の 排除と分断は進み,近年の研究において福祉国家 体制は問われている. 2.子どもと貧困研究の位相 2.1.貧困研究の蓄積 近代日本にも明治期以降,貧困研究の蓄積はあ る.しかし,高度経済成長期以降,貧困研究はメ ジャーではなくなり,貧困と社会の関わりが語ら れることは少なくなった.低消費世帯の推計に よっても「1960 年基準の絶対的貧困は 70 年まで にほぼ解消した13) 」と見なされている(表 1). いっぽうで,戦後の福祉国家の成立によって貧 困が解消したという楽観論に対して,根強く広範 に貧困が存在することを示す研究や運動が,1960 年代に英米で登場した.これらは「貧困の再発見」 と呼ばれる. 貧困研究の源流としては,古くは 1889 年の C・ブースによる貧困調査などが知られている が,当 時 の 文 献 内 で の poverty と deprivation は 「経済的な貧困」と「経済的以外の貧困」の区別 が主であった.それに対して,P・タウンゼント (Peter Townsend,1928―2009)は,「相対的 or 社 会的剥奪(relative or social deprivation)」という 言 葉 を 用 い た.1960 年 代 に「 貧 困 の 再 発 見 」 (Rediscovery of Poverty)が叫ばれたイギリス
で は,70 年 代 に 入 る と「 貧 困 の 罠 」(Poverty Trap)という新しい見方が,タウンゼントをつ ぐ D・ピアショや F・フィールドによって提出さ れるようになった.それは「制度的な罠による貧 困」という意味である.「貧困」を軽減・消滅す べき社会保障・社会福祉およびそれに関連した国 家の政策・制度が,反対に一種の「罠」となって, 新しい貧困を生み出す源泉となっていくと述べ た14) . B・アーベルスミス(B. Abel-Smith)と P・タ ウンゼントによる『貧困者と極貧者(The Poor and The Poorest)』が出版され,そのイギリスで, 運動団体「子どもの貧困と闘うグループ(Child Poverty Action Group: CPAG)」が 1965 年に設 立された15) .「子どもの貧困」という言葉はこの 運動団体により用いられ,それまで使われていた (和田有美子,木村光彦(1998)「戦後日本の貧困―低消費世帯の計測」『季 刊社会保障研究』34(1)より) 表 1 1960 年物価調整基準,消費調整基準による低消費世帯
「貧困家庭」が「子どもの貧困」に置き換えられ, 人々の関心を呼ぶようになった16) . 1960 年代のアメリカは貧困者に対してヘッド スタート「機会均等」(形式的平等)を打ち出した. これは,公民権運動の影響が強い.1990 年代に かけて,配分は個々の状況によって行われるよう 設計された.しかし,1990 年代以降,配分が伴 わなくなり,サービスとしての「支援」が強調さ れるようになる. 2.2.日本におけるひとり親家庭の状況 日本においては 2000 年以降の「子どもの貧困」 への注目により,より生活に困窮している世帯が ひとり親世帯と知られるようになった.ひとり親 世帯,中でも母子世帯における貯蓄,生活の苦し さの状況は国民生活基礎調査(厚生労働省:平成 28 年)の結果からも分かる.(図 1,2) 子どもと貧困を,個別救済の問題だけではなく 社会問題として扱う議論は多くはない.貧困は家 族の問題や親の責任が大きいと一般的に認識され ている.先進諸国の中でもひとり親家庭の「自立 支援」が強調され,図 3 のように,就労に結びつ ける施策は日本が突出している(図 3). 「家族を場とした子どもの貧困のメカニズム は,子どもの社会的自立の不利を通して,貧困が 固定的になることを意味する.……長期の貧困 は,個人の生活をすさませる.貧困の固定化に よって社会が分断されていくと,社会そのものが すさむ.青年期の貧困は家族形成を困難にし,少 子化を招くことを通して社会の持続性を損なう. つまり子どもの貧困は,個人の人生と社会の双方 をゆっくりと壊す.」17) 子どもの育つ家庭が貧し いと結果,社会も壊れてゆくと説明する.同意し つつ,「社会的自立」という概念を中心としたリ ベラルな施策の視点に着目したい. ひとり親家庭の親たちは,子どもの貧困対策の 図 1 等価可処分所得金額階級別世帯員数の相対度数分布 (厚生労働省「平成 28 年 国民生活基礎調査の概況」より)
もとでも,労働市場に「包摂」されることになっ た.配分は伴わないものの,支援は個々の生活態 度,当事者がいかに労働倫理に裏づけられている かによるものであった.しかし,そこで経験する 非正規労働と低賃金によって労働市場のマージナ ルな位置に身をおくことにもなっている.とりわ け,1980 年代以降,新自由主義の台頭により, 教育状況や労働市場の地位に結びついた社会的排 除がもたらされている.これは,子育て中の貧困 層だけではなく,すべての家族を覆う構造にも 図 2 各種世帯の生活意識 (厚生労働省「平成 28 年 国民生活基礎調査の概況」より) (厚生労働省「ひとり親家庭の支援について」平成 26 年 3 月より桜井作成) 図 3 海外のひとり親家庭の就業率
なった. 2.3.子どもの貧困対策の「教育化」 日本における現在の子どもの貧困対策はどのよ うに展開しているだろうか. 2012 年に「生活困窮者が増加する中で,生活 困窮者について早期に支援を行い,自立の促進を 図るため」という理由のもと,生活困窮者自立支 援法が施行された.第 6 条では「都道府県等は, 生活困窮者自立相談支援事業及び生活困窮者住居 確保給付金の支給のほか,次に掲げる事業を行う ことができる」とし,子どもに関しては「四 生 活困窮者である子どもに対し学習の援助を行う事 業」が記され,各都道府県での貧困の解決が求め られた.就労促進のための支援事業として「貧困 の連鎖の防止のための学習支援」18) の展開が提案 された. 平成 25 年度厚生労働省社会福祉推進事業「子 ども・若者の貧困防止に関する事業の実施・運営 に関する調査・研究事業」報告書(研究代表 加 瀬進:東京学芸大学教育学部特別支援科学講座) では,全国のモデル事業実施自治体における学習 支援事業調査が行われた.報告書では「子どもの 育ちを支援する施策体系の一環としての生活困窮 者自立支援制度」を高く評価し,「生活困窮家庭 の子どもへの学習支援事業のあり方」として「小 学生段階からの早期介入と成長に合わせた継続的 な支援」を提言した.これまで,学習支援事業の 対象となる子どもの年齢は,セーフティネット支 援対策等事業費補助金創設当初の中学 3 年生の高 校進学に向けた学習支援のイメージが根強く,事 業の対象となる子どもの学年を見ても,「中学 3 年 」94.9 %,「 中 学 2 年 」79.5 %,「 中 学 1 年 」 76.9 %であり,小学生,高校生は 40 %未満とい うことから,「小学生のできるだけ早い段階から かかわりを持つことが望ましい」とされた. 2014 年 1 月には「子どもの貧困対策の推進に 関する法律」が施行され,育成される環境ととも に教育の支援がその中心に位置づけられた. (目的)第一条では「この法律は,子どもの将 来がその生まれ育った環境によって左右されるこ とのないよう,貧困の状況にある子どもが健やか に育成される環境を整備するとともに,教育の機 会均等を図るため,子どもの貧困対策に関し,基 本理念を定め,国等の責務を明らかにし,及び子 どもの貧困対策の基本となる事項を定めることに より,子どもの貧困対策を総合的に推進すること を目的とする.」 この学習支援事業は,文部科学省や教育委員会 の学力向上プラン,特別支援体制とつながり,各 自治体で驚くほど速いスピードで展開している. 2017 年春,大阪市内の保育園園長から,周辺自 治体で小学校 1 年生の子どものスクリーニングが 進んでいると相談を受けた.気になる子どもを担 任が個別に発達テストを受けさせ,2 年生から通 常学級の外へ移してゆくという. 筆者は教育委員として困窮している子どもと学 校の現状(大阪府門真市)に関わってきた.社会 的に困窮している子どもに対して学力支援に焦点 化する個別救済の施策は,現在の生活の経済的不 安定さという,より根本的な問題から目をそらし ている,と現場では切実に考えられている.自立 支援政策としてのワークフェア子ども版である学 習支援に焦点化され,現在個々人の能力を重視す る政策に回収されている. 世界的にはユニセフも国連の「持続可能な開発 目標」(SDGs)の中で,子どもの貧困解消に関し て「教育へのアクセス」をまず重視する19) .子ど もの貧困対策は「教育化」している. 堅田香緒里は,次のように指摘する.「今日の 『子どもの貧困対策』は総じて,貧困ではなく貧 困の世代的再生産を問題とみなし,『教育』を通 してこれを解消するために『教育の支援』に重き を置いている……『教育』や『学習』の支援を拡 張すればするほど,そうした『支援』を受けても なお『自立』できない者の自己責任がますます強 調され得る」20) .
3.福祉国家の進展 3.1.社会的包摂と統合へ 貧困研究の中心となった英国では,個人の保護 措置として,1910 ∼ 40 年代に社会権が次々と立 法化されていった. この時期,福祉国家の原理として「公正」(社 会的正義)と「効率」(経済的合理性),この両者 を調停する制度の創設が目指された.この調停方 法が「福祉国家の合意」である.「福祉国家の合意」 を支える重要な柱が「社会保障」と「完全雇用」 である. すでに失業論の大家となっていたベヴァリッジ (Wiliam Henry Beveridge 1879―1963)が貧困へ の対処をリスク管理問題として取り組むことに なった.『失業・産業の問題』(1909)では,それ までは怠け者で在るがゆえに失業や貧困におちい るという道徳論が支配的だったのに対し,個人的 資質ではなく,産業の構造という社会的要因で失 業が発生するとベヴァリッジは看破した21) .しか しながら,ベヴァリッジの社会保障体制は稼ぎ主 (男性が想定される)が家族を養い,完全雇用に 近い状態を維持する方策がないとうまく機能しな いという「自立した個人」という原理が核にあっ た.制度のベースは「個人の自発性と社会という 共同体が同時に生成され拡大する枠組みを持ちつ つ,再生産が可能な経済(市場)の機能を十全に 発揮させる体制が好まれた.」22) この「個人の自 発性」は,福祉国家が前提とする労働倫理に裏づ けられた. 福祉国家は「労働力の再商品化」に非常に重要 な役割を演じた.教育や保健サービスなどによっ て,各企業に雇用可能な労働力を着実に供給する ことを約束した.「国家が管理する弱者保護措置 の絶え間ない拡大は,T・H・マーシャル門下の 政治学者たちを促して,社会的権利を民主的な市 民権の考え方の中に包摂させ,それらの権利を民 主主義のロジックの必然的な所産とみなすまでに なった.」23) バウマンは,福祉国家は弱者保護措置を社会権 として拡大させ,企業のために労働力を供給し, それが民主主義の必然とみなされるようになった と指摘し,「民主主義のロジック」としての社会 的権利の成り立ちに疑問を投げかける.社会権と して成立する内実そのものがすでに剥奪されてい るとして,権利保障が行われる前提を問題とする. 19 世紀後半以降,独占資本主義の成立や階級 対立の激化の中で,労働階級は組合を形成し,権 利闘争を展開する.そうした中でいわば「社会権」 が発見され,保障が制度化されてきた.社会権と は人権のカタログ化と言われ,権利の内容を実定 法において具体的に規定することである.しか し,人々の要求を権利の内容として認め,人権が カタログ化されることにより,カタログ化された 権利=人権という法的主観主義におちいるリスク がある.社会的サービスを準備することが社会権 となり,そのサービスを必要とする状態においや られている構造には目がいきにくくなる24) .包摂 や統合ばかりが論じられ,排除の構造が捨ておか れる. 3.2.配分を伴わない支援 サッチャーの新自由主義路線の多くを引き継ぎ ながら,社会保障を補ったブレア政権の家族政策 は,子どもの貧困問題解消を前面に押し出してい ることがひとつの特徴であった.その基本戦略 は,親たちを就労させ,その就労によって問題を 解決しようとするものだった.ブレアは「ニュー レイバー(新しい労働党)」の理念で,1997 年の 総選挙で政権交代を果たす.ニューレイバーの思 想は,頑張った人が報われる社会,その機会を与 える政治であった. 社会的包摂はワークフェア政策のもとで労働責 任を通して社会へ参加することを要求する.子ど も分野では,①将来の労働者としての子どもへの 人的投資,②排除されたコミュニティへの投資で あった.②の政策は「チャイルド・トラスト・ファ ンド」や「シュア・スタート地域プログラム(Sure
Start Local Programme)」として展開した.現 実には,それらは「選択」と「競争」の導入によ り,市場の「効率性」を利用するという形をとっ た.学校,福祉改革全般に「多様な供給」主体が 導入された結果,市場化が進み,社会的排除が進 展することになった. ニューレイバーは,人的資本への社会的投資を 通じた社会的包摂政策を掲げ,子どもの貧困や若 年失業の改善に取り組んできた.それらは一定の 成果を上げたと評価される一方で,貧困層の家庭 や若者に対する抑圧や排除を深刻化させたと批判 される.「問題の所在は,第三の道のワークフェ アが,社会構造の転換によってではなく,個人の ハビトゥスの矯正によって社会的排除に対応する ように仕向ける統治性としての性格をもっていた 点にある.」25) ニューレイバーの思想は,「契約によって貧困 から脱する(contract out of poverty)」というも のであり,社会的投資アプローチに基づき,子ど もへの人的投資が主要な対策とされ「福祉から就 労へ(welfare to work)」というワークフェア政 策のもとで,子どもたちの母親,とくにひとり親 家庭の女性に労働「機会」の提供と労働市場への 参加を「義務」づけることになった26).ひとり親 の女性たちを労働市場に「包摂」することによっ てそれは一定の所得増大に成功した.同時に,格 差の拡大を呼び寄せた. 3.3.福祉国家を支える「自立した個人」 本稿の問題意識は,現代の「貧困」を社会的に 把握することにあった.新自由主義や第三の道の 格差是正の基本であったはずの個の対応が人的投 資を計画することにより,逆に格差を広げること になった.新自由主義の台頭により,労働倫理に 裏づけられた福祉国家の原理である「自立した個 人」は制度・政策を通し全面展開し,強化された のであった. 1970 年代から貧困研究に取り組んできた岩田 正美は「福祉国家が『不利な人々』を貧困にしば りつけている.特定の人々がいつも『不利』にな るということは,現代日本社会がそれらの人々の 『状況』を不利にさせているということだ」27) と 述べ,福祉国家の機能を問う. 「近代の『自由な自立した個人』というフィク ションは,対極に国家を作り出して,その自由を 承認させてはじめて現実化する.……このプロセ スを国家の側から見れば,納税と選挙を通じた国 民の掌握と管理であるが,その前提として,個人 を国民としてたえず把握登録させ,また権利義務 を行使する『国民にふさわしい資質』を付与して いく必要を生じさせる.国勢調査,戸籍制度,住 民登録等といったさまざまな手段が生まれ,また 義務教育制度や徴兵制度などの装置が形成されて いく.」28)国家による家族の掌握それ自体が,近 代に合理的なものとして変容させられていったと 言う. フーコー研究では「近代的な社会保障体制の成 立とはまさにこの統治思想の変容にほかならな い.」29) とし,次のように分析する.「自由主義と ともに,統治は,支配=被支配という関係のなか にではなく,個体のなかに折り返され,内部化さ れた統治と呼ばれる力の構成の問題へと移動す る.19 世紀における貧困問題の深刻化とともに, 開明的な経営者や慈善活動家など,当時の自由主 義を信奉した者たちが求めた解決策が,慈善やパ トロナージュといった,個体化された(そして指 導する─されるという非対称的な)関係を基盤と した,道徳=精神に働きかける技法,すなわち(未 成年状態にあるとされた人びとにたいする)教育 であった」30) . 賃金労働が支配的な労働編成の形態となり,労 働編成と社会のあり方が変わることにより,統治 体制としての近代的な社会保障体制が成立した. その統治技法は,個体のなかに折り返され,貧困 問題の深刻化とともに個体化されていった.それ が,教育であったという. 教育は資本による人々の搾取に加担し,福祉は 資本による人々の廃棄の後始末を行うことになっ
ている.福祉国家という枠組みを得て,経済学を 中心とする政治的リベラリズムの理論化の中で, 貧困はどんどん個人の問題へと切り詰められ,そ の中で就労支援・学習支援という子どもと貧困を つなぐ施策展開の現在に至った. 4.子どもと貧困をめぐる課題整理 本稿では現代の「貧困」を社会的に問題化する という視点から「子どもと貧困」という分析枠組 みを練りなおし,貧困を貧困としてではなく,貧 困を社会全体との関係でとらえなおし,分析枠組 みを相対化して検討を行ってきた. 福祉国家が労働倫理を前提としており,「自立 した個人」を標榜する政治的リベラリズムがそれ を強化している.子どもや親たちの貧困,それ自 体が見過ごされ,自立支援や統制と結びついた政 策が一般化している.サービスの供給や個別支援 では貧困の再生産は継続し,ひとり親家庭の親の 就労支援や,子どもの貧困対策の「教育化」では, 不安定の中にある親子の困難は終わらない.「子 どもの貧困」という事象に対して,近年の研究も 政策対応も一面的でしかないように思われる.配 分の意識を意図的に捨象し,個人の自立に持って いっている.それは,実は「子どもの貧困」のみ ならず,近代の福祉国家の持つ原理的課題ともい える. 目指す道筋を整理しておきたい.第 1 に貧困層 の子育て家庭への「必要に応じた」31) 配分の安定 的確保である.税制改革,必要な負担増の議論か ら逃げないことが政治に求められる.同様に,地 方のチャレンジがありうる. 日本における公的扶助や医療保険制度は,国庫 を中心とした公費による負担を伴って形成され, 地方が自己の負担を緩和する目的から国庫補助の 増額を望むというのが通常であった.日本と似 通った福祉国家とされてきたドイツの場合は,運 営の自主性や財源の独立性が特徴で,福祉は租税 資金を中心とした独立財源により,財政の自律性 が確立している32) . 第 2 に,私たちがこのまま「福祉国家」なるも のを維持しようとするのならば,原理の再構築が 求められる.「自立した個人」が前提となってい る労働倫理,それ自体の見直しである.労働倫理 は人々を訓練,規律化し,従順さを浸透させて, いわば企業のための労働力として機能してきた. それはワークフェアとしての就労支援という,構 造的にさらに格差を広げる政策と指摘されてい る.同様に,個別救済を提案しがちな教育・福祉 研究は,たとえば,ワークフェア子ども版の学習 支援を中心に取り組む危うさに対する自覚が重要 と思われる. 貧困層の子どもは学力が保障される以前に,ま ず人間としてあるその存在が保障される必要があ る.子ども論においては,生産や効率中心の近代 主義の立場からの学力保障や,結果的に現状肯定 になる子ども理解が導かれるのではなく,相互に 近代主義からの解放と自在さを追求し,生活しう る関係性の広がりと空間の創造が求められる. 人はいかに格差を広げる経済中心の構造の囚わ れ人から身を引き離していけるのか. 福祉国家の巨大機能は管理と統制を生み,経済 の論理へとますます傾斜していった歴史を学び, その社会的機能を重く受け止めた上で,延長線上 に,子どもを含む生活者・労働者の市民社会的・ 共同的な空間を広げるということを考えたい.「市 民社会」は近代資本社会における私的個人の総体 を意味するが,そのような関係を踏まえ,さらに 未来に対して展望される人間解放の可能性をうち に含んでいる概念として用いたい33) .ワークフェ アに代表される資本主義的な能力管理からの自由 が求められる.それは国家的統制から距離をおい た,形成された国民的合意からの自由を希求する ことともなる. 子どもと貧困の思想史を読み解く中で見えてき た現代は,「釜ヶ崎化」と言われる全国いたると ころでの貧困の広がりであった.その中で原口は 「私たちがみずからの手に寄せ場=寄り場を取り
戻す」34) よう言う.私たち自身の叫びの力能を希 望とせよと励ます. 歴史的到達としての自由を前提として,生活を 中心にしたリアルな共同性に展望を見つけること はできる.私たちは福祉国家の中に暮らし続けな がら,統治のための「制度化」の境界を渾然とさ せ,「自立した個人」ベースではないしくみをで きる限り自在なものにしながら,子どもと大人が 生きる場所としての自由な空間をキープしてゆき たいと思う. 注 1) 日 本 ユ ニ セ フ 協 会(https://www.unicef.or.jp/ news/2017/0123.html)2017 年 8 月 31 日. 2) 「生存権崩れゆく一線」朝日新聞,2007 年 4 月 27 日. 3) 後藤玲子(2016)「福祉国家の忘れもの」後藤玲 子編『福祉+α⑨正義』ミネルヴァ書房,4. 4) 桜井智恵子(2017)「『子どもの貧困』という隠 蔽―釜ヶ崎の社会史から,格差と資本の構図に ―」『ボランタリズム研究』第 3 号,大阪ボラン ティア協会 ボランタリズム研究所,2017 年 10 月発行予定. 5) ジグムント・バウマン(2008)『新しい貧困―労 働,消費主義,ニュープア』伊藤茂訳,青土社, 8―9. 6) セルジュ・ポーガム(2016)『貧困の基本形態― 社会的紐帯の社会学』川野英二 / 中條健志訳 新泉社,406. 7) 新川敏光(2014)『福祉国家変革の理路―労働・ 福祉・自由』ミネルヴァ書房,ⅰ. 8) 同上,ⅰ. 9) 同上,3. 10) 田中拓道(2017)『福祉政治史―格差に抗するデ モクラシー』勁草書房,38―39. 11) 同上,88―89. 12) 朝日新聞,前掲,2007 年 4 月 27 日. 13) 和田有美子,木村光彦(1998)「戦後日本の貧困 ―低消費世帯の計測」『季刊 社会保障研究』34 (1),95. 14) 江口英一(1981)「社会福祉研究の視角」江口英 一編著『社会福祉と貧困』法律文化社,19.ホー ルマンは,“social deprivation”に所得以外の要 素,住宅や雇用保障・教育などの欠如や不足を 含めた.追い込まれる状況が,個人・家族と文 化・政策と制度・社会で説明された.アマルティ ア・センは「主体性と選択の自由」を重視する こ と で, そ れ ら を 制 限 す る 要 素 に 注 目 し た “ ”(1985)「 財 と 潜在能力」.すなわち,貧困を引き起こす社会的 要因への視座への着目であった. 15) 浅井春夫・松本伊智朗・湯澤直美(2008)『子ど もの貧困―子ども時代のしあわせ平等のために』 明石書店,19. 16) 武川正吾(2017)「いまなぜ,子どもの貧困か」 『世界』891 号,岩波書店,59. 17) 松本伊智朗(2007)「子ども:子どもの貧困と社 会的公正」青木紀・杉村宏編『現代の貧困と不 平等』明石書店,64. 18) 厚生労働省「生活困窮者自立促進支援モデル事 業実施要綱」平成 26 年度. 19) 「子どもの貧困解消へ」ユニセフ・レーク事務局 長,朝日新聞,2017 年 5 月 29 日. 20) 堅田香緒里(2017)「〈物語〉の政策効果∼社会 保障政策の側から∼」『貧困と子ども・学力研究 委員会報告書―学力向上論の欺瞞と居場所とし ての〈学校〉』教育文化総合研究所,57. 21) 小峯敦(2012)「経済と福祉の連環―ベヴァリッ ジの略伝から現代へ」『経済学論集』51 巻,75. 22) 同上,84―90. 23) ジグムント・バウマン,前掲,101―106. 24) 桜井智恵子(1994)「子どもの権利条約の地平― 『教育』からの自由と人権をめぐって」尾崎ムゲ ン・岡村達雄編『学校という交差点』インパク ト出版会,151. 25) 仁平典宏(2015)「〈教育〉化する社会保障と社 会的排除―ワークフェア・人的資本・統治性」 『教育社会学研究』第 96 集,175. 26) 原伸子(2012)「福祉国家の変容と子どもの貧困 ―労働のフレキシビリティとケア」『大原社会問 題研究所雑誌』NO. 649,31―32. 27) 岩田正美(2007)『現代の貧困―ワーキングプア / ホームレス / 生活保護』筑摩書房,188. 28) 同上,5―7. 29) 前川真行(2012)「訳者解説」ロベール・カステ ル『社会問題の変容 賃金労働の年代記』前川 真行訳,ナカニシヤ出版,551. 30) 前川真行(2017)「ミシェル・フーコーと統治」 『大阪府立大学紀要(人文・社会科学)』65 号, 22―23. 31) カール・マルクス(1875)『ゴーダ綱領批判』望 月清司訳(1975)岩波書店,39. 32) 佐々木伯朗(2016)『福祉国家の制度と組織―日
本的特質の形成と展開』有斐閣,77―79. 33) 尾崎ムゲン(1994)「歴史のなかの学校」尾崎ム
ゲン・岡村達雄編前掲書,307.
34) 原口剛(2016)『叫びの都市 寄せ場,釜ヶ崎, 流動的下層労働者』洛北出版,87.
The
“independent individual”
: A theoretical problem of the welfare state
―How workfare and educational support may help to alleviate
“childhood poverty”
―
Chieko Sakurai
School of Human Welfare Studies, Kwansei Gakuin University
I reworked an analysis of “child poverty” in the framework of entire society and reexamined it by relativizing the framework of poverty. Poverty of child and parents has been neglected, and rather a policy tied to independence support has been generalized.
In the supply of services and individual support, the cycle of poverty continues. In the parent-child relationship in a family of single parent, there is instability with regard to the education for poverty and the working support of the parent. In the first place, the child of the poor must have a guaranteed existence as a human being before scholastic ability can be guaranteed.
For example, as for education, while the welfare study is apt to suggest individual relief, it is important to be aware of the danger of concentrating only on learning support for a workfare child.
Both the recent study and the policy response are deliberately one-sided with only abstract consciousness of distribution, and refer to personal independence. It can be said that not only “childhood poverty” but also the theoretical stance is the problem of the welfare state of modern times. If we are going to maintain the “welfare state” as it is, then the rebuilding of the principle is demanded.