裁判批判の論理と思想
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(2) 裁判批判の論理と思想. 私の第三の問題関心は、この運動のなかで、思想の研究にかかわっ. とが'いくつかの媒介をへて、今日の問題ともつながっていくであろ. てきた思想に注目し、それを明らかにしていきたい(4)。そうするこ. 二. である(6)。私ほ広津和郎にょる裁. まず広津がどういう動機から松川裁判批判にとり-んだか検討する。. 広津による裁判批判の動機. で論ずる予定である。. 整理していくことにする。広津にょる裁判批判の思想についてほ続稿. がその裁判批判のなかでどのような論理で批判をすすめているのかを、. ようになったのかを、広津自身の言明にょってつかみ、ついで、広津. い。本稿ではまず'広津がどういう動機から松川裁判批判にとりくむ. 判批判にみられる論理と、それを享え貫いている思想を解明してみた. 広津和郎による「松川裁判批判」. ける裁判批判の問題を考えるうえでどうしてもおとせないのが、作家. きな意味をもった裁判批判の問題をとりあげてみたい。松川運動にお. ここでは以上の問題関心を念頭におきながら、松川運動のなかで大. 亮ノ(5)0. 研究にかかわる者がしっかり受けとめなければならない課題であろ. これらの問題にとりくむという課題も、現実におされながらも思想の. 合によってほ従来の論争に決着がつけられているということもある。. 従来の理論の不十分さを顛らかにしているということである。また場. では把えられなかった新しい問題をつき出しているということであり、. ことにむけられている。これは現実の多様性と切実性が'従来の理論. ている者にたいして解決を求めるような問題が豊富に提起されている. う○. 多様性という点でも'歴史上稀といわれる二〇名全員の無罪を生命あ れた新しい運動形態や'もろもろの芸術作品という点でも、日本の国. 民の歴史的経験のなかで、きわめて子--クなものになっている(2)。 また運動に参加した人々にとっても、その経験がその人の人生に及. ぼした影響ははかりしれないものがある。「本当にさわやかな運動だ った」「人間のよい面がすべてあらわれたような運動だった」「まった. く充実した青春だった」という感想が今日なお、すなおに出されるよ うなものだったのである.もちろんそのように運動が発展するように なるまでには多くの障害'壁があり'その一つ一つをのりこえていく 苦しい闘いがあったことも忘れられてはならない。しかしここには文. 字通り人間のドラマがあり'年月をこえて人の心を七らえてはなさな いなにかがある。このなにかをはっきりつかみたい、あきらかにした いというのが私の第一の問題関心である.そのなにかは、おそら-、. この運動の中に生きた人々の個人史を、しかも典型的な(無名の人々 個人史を(3)、大河のような運動の凍れの中でよりあわせること を通じて、ほじめて浮き上ってくるのであろう。. 私の第二の問題関心は、なぜこのような運動が展開できたのだろう か、ということである。そしてそのような問題関心の背景には、今日 はなぜそのように運動がすすまないのだろうか、という問題関心があ. る。それには五〇年代、六〇年代と七〇年代との諸条件のちがい・など 色々な原因が考えられるだろう。したがってこの点を解明するには' 他のもろもろの運動と比較検討しながら精密でダイナ-ックな分析を していくことが必要であろう。私はそのような作業のなかで'と-に この運動を支えた思想、この運動のなかできたえられ、たしかめられ. ;. るうちに確定させたという点でも、その他この運動のなかで生みださ. の).
(3) 広津はその動機について「真実ほ訴える」(昭和二八年)でつぎの. 変人ボある筈はないよ」と宇野はしきり撃方っていた.私達も同感で. あったo)(十1-脚)と同時に、第二審の鈴木裁判長の厳度紅信頼を. 感じ、第二審の判決が公正な、納得のいくものになるという期待をも ったのである.と上ろが第二審の判決は全-広浮の期待を裏切るもの. ようにのべている0. の飽の極刑の宣告を受汁た被告達が、款窓から彼等の無実を世に訴え. であった。中央公論誌上で四年七カ月にわたる裁判批判を開始する動. <私が松川事件紅関心を持ち始めたのは、第1審で死刑、無期、そ るため紅綴った血のにじむような文章を集めて出版した『真実ほ壁を. 棟を広津ほつぎのように述べている。. 和昭二八年一二月二二日の第二審判決言い渡しの際の仙台高等裁判筋. 同様、第二審の判決も納得のいかないものであることが解ってきた.. み、更に法廷記録によってそれを検討してみたoすると第l審の判決. (私は判決の理由要旨や々の全文が発表されるのを待ってそれを読. 透して』†)を読んだからでありたo この本は私よりも宇野浩二の方が先紅通読していたo私がそれを読 み始めた話を彼にすると、「あ、あの事件は全-抄どい.無茶だo の被告逮は可京そうだよ」と宇野は云ったo その後で私は全部を通読したが、なるほど'宇野の云う通り、これ. の法廷は、異常な興奮を帯びたものであったが、そ舜判決の後で鈴木. 裁判長が「裁判長は弁解せずですな」と高笑いしたり、また「とにか く判決理由書をみんなに読んで貰いたいoそれを読んだ上で批判して. ほ診どい事件である.私ほ傑然とし、且つ烈しい憤りを感じた.. 葺いたい」と言ったりしているのを私はラジオで聞いたり'新聞で読. 私ほ溺の場合にも度空茶ったが、この『貴賓は壁を透して』に載っ ている経ての文章ほ、決して嘘や偽りでは書けない文章であるという. んだりした.「弁解せず」も「批判して葺いたい」. も共紅鈴木裁判長. 事が先ず私を打ったのである。被告達の述べている事ほ真実に違いな. の心境なのであろ-o. この判決のどこ紅確窟があるのか。私はそれを検討して克たいと患う. 「確信をもって言い渡す」と特に宣言して鈴木裁判長挙言い渡した. を傍聴しに助台へ'宇野と吉岡達夫(遜刊サンケイ記者)とともに出. なく、また国民の一人としての義務でもあると思うO)(十-17-18). えれば'その回答を検討するのほ、単に私個人の義務であるばかりで. ことに対する鈴木裁判長の回答がこの判決文であったということを考. そればかりでほない。私たち多くの国民が「公正裁判」を要請した. 義務であると思う。. 読んで批判して薫いたい」という鈴木裁判長の要求に応えるのほ私の. し、それ以前から松川裁判に意見を述べてきた手前'「判決理由書を. 武田久の三被告との会談、東芝の橋本経理蔑長との会見を遺して、被 告達の無罪を確倍する紅いたる。この時の印象を広津絶つぎのように 書いている。(第一回の佃台の帰りに、宇野も曽爾君T3'被告遠から 受汁た透明な濁りのない印象を、喜んで語う合った.「来て、あの被 告遂に会って好かったよO何て澄んだ取をしているのだろう。あんな 裁判批判の論理と思想. 三. 重司弁護士との画策'岡林辰雄弁護人の弁論の傍聴、佐藤1.斉藤千、. かける。そこで当時自由党紅属し、前曲ム日舞護土合々長でありた袴田. そして宇野とのたびたびの会話を通じて関心を強め、第二審の公判. あるoV(十1-脚)(8). いという事を彼等の文章をよむと膚じないでほいられなくなったので. あ.
(4) 裁判批判の論理と思想. 以上の簡単な経過から'そもそも「決して嘘や偽りでは書けない文 章」という直感から松川事件への関心がはじまり、義務(広津個人お よび国民としての)として本格的に裁判批判をはじめるにいたった心. 境はあきらかであると思う。しかしここでは松川事件に関する初期. という短文であった。こ. 政治へ. (第二審判決直後まで)の文章を参考にしながら'もうすこし立ち入 って検討してみょう。. 」二九五二年四月). 広津がほじめて松川事件について書いたのほ、「回れ右 の不信ということ. -. かのま、又もや「回れ右ッ」が始まったようであるとのべ、時流の変. けられている。広津の政治意識、政治的センスがここでは松川事件を. つぎに琴南目に松川事件についてふれた(熱海にて)(1九五二. 年七月)でほ、いまみたような政治意識・政治的センスが文学者とし. ての感覚をともなっており、それが松川事件にかかわる要因になって. 相をなるたけ民衆に知らせまいとしているのであるから、その隠そう. い証拠だとまた非難するかも知れないが'しかし政治の方ではその真. からである。それは唯方便のためだけでは書けない文章であると私の. える、『真実は壁を透して』という文章を読み、そこに真実を感じた. (私は先日松川事件の事を新聞に書いた。あの事件で被告たちの訴. いるのがみられる。. とする秘密をスパイの如くにかぎまわるには、特殊の興味を持つ人か、. 文学者としての感覚がその真実を感じたからである。私は政治という ものがややもするとやり過ぎる性質のものであると考えるが故に、あ. ほその畷がない。 それだから何かの事件にぷっつかる度に、われわれはその表面を見. ただけでは'その裏側が解らないという疑惑匠始終頭を労さなければ ならない。そして何かの事件の裏側には、始終政治的な何かの魂胆が 隠されているのではないかと考えなければならいということほ、実際 言いようのないうっとうしいものである。. (十1-EL・,). を支配するに至れば,その政治はわれわれに取って恐怖政治である。>. ないという気になってくる¢つまり政治がその手段として裁判の公正. 行政が裁判を支配するところまで行けば、それはもう黙ってはいられ. らゆる政治に向って警戒を感ずるのであるが、併し政治のやり過ぎも、. あるいはその事を商売にしている人ででもなければ、普通の職業者に. 民衆には解らない.そういうと、それこそ政治に対する関心が足りな. (さて政治に関心を持てと言ったところで、いろいろの事の真相が. いや不信というより以上に絶望の響きさえ感じるとのべたあとで次の ように書いている0. とらえている。. べノきことが主張され'それが政治不信や右旋回の問題のなかに位置づ. 少くとも裁判だけは公正であるべきこと、国民生活の安全が守られる. みられるように、ここでは国民に物事の真相が示されるべきこと'. ければ、生きているのが不安でやり切れないと思う.)(+一2--gS). っても、裁判だけは公正にやってくれるものということが信じられな. ってもらいたいものだと思う。)(ただどんなイデオロギ-の政治であ. 殊に最近の松川事件などを見ると'せめて裁判だけでも、公正にや. 衆の前に告げられないものか。. も_っと物事が明朗にならないものか。物事の真相がもっと正直に民. 四. 化に鋭い一べつを投げ、そのなかで民衆の政治不信が拡大している、. の文章で広津は、終戦後民主主義の掛声で「回れ右ッ」をしたのもつ. ー.
(5) ここでみるかぎり'文学者としての感覚とその政治感覚との内的結. た文章としては最初のものである.その冒頭で広津は次のようにのべ. 松川事件について四 広津の四度目の発言は「裁判長よ、勇気を であった.単独に松川をテ-マにし (1九五三年三月) 度云う1」 ている。. 第一審で納得の行かない判決を受けたこの人達の第二審の判決の日. の問題だからである。. 罪に問われているのではないかと想像されている二十人の生命と自由. ほ直ぐ忘れてしまって好い事件とこれは違うからである。或は無実の. ・ヴァリユ-だけで取扱い'人の曝さも七十五日と云ったように、後. 度も繰返して書くのかと人ほ怪しむかも知れない。併し所謂ニュ-ス. (松川事件について書くのほこれが四度目である。何故同じ事を何. 川事件に1つの焦点をむすんでいそうだという予測はなりたちそうで. この小論の最後の部分 嫌いの吉田. 「派」に属する.私ほこ. が刻々迫りつつある今日、今度こそ公正な判決を下して葺いたいとい う私達の希望を、もう一度繰返して述べる事は'決して意味のない事. 疑問であるo)(十1-2)そしてこう結んでいる.(私は日本の裁判. のが最初からあるのは、何か政治が裁判を支配してはいないかという. の判決を受ける事を信じて疑わないが'併し私達にしっくり釆ないも. として挙げられている。この文章はこのあと良心と勇気とについてす. そして公正な裁判を心から希望するということが'くり返し書く理由. 命と自由がうばわれようとしている、そういう事件であるということ、. すぐに忘れていいような事件ではなく、無実かもしれない二〇人の生. みられるように、ここでは事件そのものの性格が問題にされている0. ぐれた見識を示しているが'この点についてほ後で述べる。. つぎに広津が松川事件について書いたのが先にとりあげた「真実は. ら」であり、自分は物を納得して行きたい「派」だからであるという. こでは一番最後の部分で宇野浩二についてふれた部分を記しておく。. (松川駅から徒歩二十五分と云われる現場までの線路つたいの路は' 日頃外に殆んど出ないで書斎に閉寵っている宇野にほ相当難儀ではな. 訴える」であった.これについてはすでにふれたとおりであるが、こ. ここでは'くり返t松川事件について書くのほ「納得がいかないか. 局出来ないものだという事を信じたいからである.)(十1-犯-捌). の公明正大を信じたい。それはこの国を信じたいからであり'文人間. した犯罪者である証拠は全然挙らないのであるから、第二琴では無罪 ではないと思うからであるo)(十1-a. 検事の持ち出した証拠は全部論破され、あの被告達があの事件を起こ. の事件が納得が行かないから度々くり返して書-気になるのである。. い.強いて云えば私ほ物を納得して行きたい. 首相だから私は敢てはっきり云って置-が'私は決して「赤」でほな. (私は松川事件について書くのは三度目である。「赤」. で広津は松川事件にふれ、こうのべている。. (1九五二年一二月)という小論にみられるO. さて松川事件についての広津の第三の発言は「政治というもの」. ある(9)。この点については、広浮による裁判批判の思想で検討す. 合関係は定かではないoしかしその両者が緊張関係を保ちながら、松. -. の良心を信℃たいからである。人間ほ罪のないものを罪にする事ほ結. Ln). こと'日本の裁判の公明正大さ'日本の国、人間の良心を「信じた. い」からこそ書かずにはいられないということ、それ以外の意図や動 機はなにもないということが強調されている。 裁判批判の論理と思想. 五. る。.
(6) 読んで、これはウソで書ける文章ではない、と感じたからである。私. 裁判批判の論理と思想. いかと思って振返ると、宇野は上衣を片手にし'人々から遅れ勝にな. 摘される事になったのであるが、そこをよ-考えてもらいたい。「ウ ソで書ける文章でない」と思ったがために、私があの事件に関心を持. 文学の外何も考えないとわれ人共に思っている宇野が、この松川事 件に向って示している彼としては異常な熱意を、私は改めて考えなが. つようになって行ったのであるという事を。それが甘さであるとする. ならば、「ウソで書ける文章でない」と思ったということを甘いと反. するという事が辛い事なのか。それが「四十年聞この人生の真実に肉. 省Lて、そこで二の足を踏んで被告達の訴えに関心を持つ気持を放棄. 介している。(戦争中にこんな話がある.宇野を中心にして毎月若い. 薄するこことを事業として来たリアリズム作家としての辛さ」なのか0. で重要なのは、「甘さと辛さ」(一九五三年一〇月)という文章である。 これは『読売新聞』の「愚者の楽園」で三好十郎が「四十年聞この人. 生の真実に肉薄することを事業にして釆たリアリズム作家にしては甘 すぎると思う」と書いたことに対する反論の文章である。すこし長なるが、広津和郎が松川事件へかかわる心情と心意気がよく出ている のでつぎに引いてお-。. (さて、前にもどって三好君に答えるが、私が松川事件に関心を持 ったのは、同事件の被告達の狭窓からの文集『真実は壁を透して』を. 験を語っていた。無論それは印象であって断定ではない。そういう印. った時の印象で、白か黒かの見当がつ-」とまでその弁護士はその経. 士もそれをいっていたo「三十年も弁護士をやっていると、被告に会. あの事件に弁護に立っている重要な弁護士である自由党系のH弁護. 受けたという事を書いていた人達が何人かあった。. 1郎君もどこかでそれを語っていたと記憶するが、他にも同じ印象を. の人々が、みな彼等の顔の明るさについて語っている。たしか亀井勝. 被告連の「顔の明るさ」も同じ事である。あの被告達に会った多-. か'1体アマさとカラさとどっちが人生の真実に肉薄出来るというの. ばならないというバカげた事があるはずはあるまい。それが辛さであ るならば、そんな辛さでどうして「人生の真実に肉薄」など出来るの. ム作家」は'他人の文章の真実というものに対して不感にならなけれ. 「四十年聞この人生の真実に肉薄する事を事業として釆たリアリズ. 感じないようにしろというのは、それは無理な注文である。. 作家達が集まって話をする会合があったが、その会に集まった人達が、. このような宇野が松川事件に対して示した異常な熱意を広津が見逃. の会合に出席した或若い作家が私を訪ねて来て話した.)(10). 話をしませう、文学の話を--」と云って遮ったといふ。この事ほこ. て我慢がならないといふやうに、「そんな話は好い加減にして文学の. 合ふ.さうすると宇野はその間無興味億漬をして黙ってゐるが、やが. 四十年文学に携わって釆た人間に向って、他人の文章の真実やウソを. 「序」で「文学の鬼」といわれた宇野のつぎのようなエビソ-ドを紹. 広津は宇野浩二著『世にも不思議な物語』 (一九五三年一二月). ら歩いて行った.)(十一別-2-3). ほその感じをあの文章に書いた.それが三好君から「甘さ」として指. 六. りながととぼとぼ歩いていた。. か。. 何しろ戦争中の事なので、戦況がああだかうだというような事を話し. の. さて、作家広津和郎の松川事件へのかかわりについて検討するうえ. ヽ. すはずほな-、またそれに動かされない道理もなかろう(ll)。 ヽ.
(7) 象が,一層深切に事件を細か-調べようという動機になるのである。. それだから「文章」や「顔」からの印象は、被告達や事件について関. ヽ. ヽ. ヽ. 心を深めるための動磯となるのである。「甘さ」で簡単に片づけられ. るものではないのである。)(+l-gS) ヽ. この文章に余計な説明は必要ないであろう。文学作家広津和郎が松 ヽ. いという事を私達は要望するのである。そして万一政治が裁判に干渉 するような事があれば、国民は断乎としてそれを排撃し、何処までも 裁判の公正を守るように覚悟しなければならないという事を主張する ために、私達は筆を執ったのであるo)(十1-2-8) ここでは、無実の人間が眼前で死刑に処せられたり、重罪に処せら れるのを黙って見ているわけに行かないということ、公正裁判に対す る政治の侵害に対しては国民は断乎として圃かわなければならないと いうことが、その動機として述べられている。 裁判批判の論理と思想. 以上から広津が松川事件に関心をもち、裁判批判を本格的に展開す. るにいたった動磯を整理すると次のようになるのであろう。. 被告たちの書いた『真実は壁を透して』に載っている総ての文. 章がウソでほ書けない文章であるということに打たれたこと。. それほ四〇年以上も文学に携わって来た人間として当然の直感. であり'その直感にもとづいて書くのもまた作家として当然。. 無実の人間がこの国で、眼前で死刑に処せられたり、重罪に処. せられるのを黙って見ているわけにはいかなかった。. 裁判が政治によってゆがめられようとしているのを黙過できな かった。. 判決文がどうしても"納得できな″かった.. 知識人として、国民としての義務として書かざるをえなかった。. まとめていえば'文学者としてのセンスと'人権感覚を中心にした. 「政治」的センスが、どうしても納得できないものとして、どうして. ということになろう。. これらの動機が本当に広津の動機であったかどうか検討する余地ほ. あるかもしれない(冒.しかし広津にょる第二審判決批判を中心にす. る裁判批判が、どのように展開されたのかを実際に検討してみるなら. ば、このような動機がまさに本当の動機として貫かれていることが判. 明するであろう.そこでつぎに広津にょる裁判批判の論理をさゃって みることにしょう。. 七. の中になっても、裁判は常に政治から独立して公正でなければならな. も黙過することができないものとしてとらえたのが松川裁判であった、 Tのであるo)(+一-響(どんなイデオロギ-の政治が支配する世. の重罪に処せられるのを、われわれは黙って見ているわけには行かな. が,この現在のこの国で'われわれの眼前で、死刑に処せられ、無期. (被告諸君のイデオロギ-は私達には問題でほない。彼等が如何な るイデオロギ-を持っているにしても'われわれが無実と借ずる彼等. いてつぎのように述べている。. 望する与論を喚起することにあって'それ以外にはないと述べ、つづ. 自分達が筆をとった目的は'公正な判決が下されるよう国民全体が要. 友人宇野浩二の情熱に深-考えさせられたところがあった. 最後にもう一文だけとりあげておこう.それは「裁判と国民-松. 川事件にかかわった動機がはっきりと語られている。. ヽ. ‖ の 的 s. 佃 の 的. 川事件について再び!」(1九.
(8) 裁判批判の論理と思想. こういう表現ほ他の程度を暖練にさせていくずるい表現で、重要なこ. うような形容詞でぽやけさせてしまおうとしていることがこれで解る0. たということを知らないわけではないが、それを「言葉の先の」とい. 八. このような言葉の使い方、文章表現に対する批判ほ'論理展開に対す. 漁連展開に対する批判. 被告が玉川警視や武田巡査滞長紅、国鉄労組の幹部たちに対してどの ようにして反感を持つようになるような調べ方をされたかrという赤. 容易に自白すべき心竜にあった、というまでほ爵が通っているが'. 部分を自白した以上pどうせ罪を免れ得ないと覚悟して、他のことも. 広浄ほこの箇所紅ついてつぎのように批判する0(1且真実のある. 間被告の訴えをも考慮紅入れるべきであるし、また「言葉の先の強儲. 従って取詞官の誘導にたやすく応じる心境にあった」は筋が通らない.. にあったことほ推測に難くない.」. に自白すべき心境紅あり、従って取調官の誘導にたやすく応じる心境. に罪を免れ得ないという考えかち、その他の日のこと虻ついても容易. てつぎのよう紅の.I(忠.「太田ほ八月十六日の夜のことを自白し、既. ず太田自白を証拠としてつかわざるをえない裁判官は太田自白につい. 判決文でもその点をみとめ、きら紅その自白の変更が取調官の誘導に よりたものであることを暗紅みとめているOしかしそれにもかかわら. 変転きわまりないため、その后びょう性が疑問視されるものであった.. につながりていることを示す例をあげよう。太田自白は赤間白白とな らんで有罪判決の重要な柱だが、その自白があまりにも矛盾紅みち'. 今のべた、言葉の使い方'文章表現に対する批判が論理展開の敦判. ㈱. 位で」というところをみると、鈴木裁判長が取調べに「親潮」があっ. 不正確で、しかも意味ありげに海を決定していvかにみえる表現であ る。「恩義こそあれ恨みなどあるとも思えない」と簡単にいうがr赤関. あるとも思えない」とか「言葉の発の多少の強潮位で」とか甚だ暖綻. ∧これほなかなかアヤのある文章である。「恩義こそあれ恨みなど. この点紅ついてつぎのように批判tている0. によらない、虚偽でない証拠9一つである」と述べているが、広津ほ. すようなことにつき、言葉の先の多少の強潮位で'虚偽の自白をする とは考えられない。自白が怒時日に行ゎれたという事は、自白が強制. の幹慾たる被告Å等をも含む数名の老を、そういう重大な危険乾さち. 自分ばかりでな-'恩義こそあれ恨みなぜあるとも思えない国鉄支繋. 無期、又は相当長期の懲役に処せられるような事実紅ついて、しかも. ど叱鋭い目をひからせ、それを判決批判の手がかり紅している0. ヽ. る批判につながっている.. ヽ. 一例をあげようO赤間被告の自白が検挙から十日足らずでなされた ことについて判決理由要旨は「この重大な怒罪で、有罪となれば死溺∼. 度の判断問題、太田自白の謝礼金問題など各窺で見られる.ところで. とをもそれこそ言葉の先で「牽く」さっと通ラ過ぎてしまおうという. ヽ. 広津による裁判批判の論理. 広津による裁羽批判の中心はなんといっても、四年七カ月にわたる ここでもそれをまとめた『松川裁判』紅. ヽ. 第二審判決の批判であったo. ヽ. みられる裁判批判の論理をさぐつてみることにする。. ヽ. やり方であるO)(十-19) このような批判の仕方は、赤間被告の予嘗問題、商機被告の身障程. ヽ. 3I. 言葉の使い方、文章表現に対する批判 広浄ほ判決文の中の、言葉のあや、ずるい表現、アイマイな文章な. 糾.
(9) もしこれを適にして「焼酎一升'清酒五合、合成酒三食では六人の普. 通の会食の酒量としてほ多いとは言われないから、泥酔するとは首肯 し難いが」を先に持って行って「併し各人の酒量ほ1定していないか. 甚だしい論理の飛躍である。容易に自白すべき心境にあることが,ど ぅしてたやすく取調官の誘導に応じてデッチ上げられる心境なのか。 この二つは「従って」などでは接続し得ない根本的に異質の心境であ. らT概には言えない」を後に持って来れば、「従って泥酔しないとも. 言われない」という結論が釆てもおかし-ほないではないか)と切り. る。真実を自白する心境がどうして取調官の誘導で嘘をデッチ上げら れる心境なのか--。少し皮肉ないい方をすると'裁判官は「自白す. は疑点があるというものの--八月十三日正午頃太田が国鉄支部に行. また太田自白の居びょう性について判決文は、「太田被告の自白に. い)(十-2-NO)と断じている。. 文がこんな論理で被告の行為を一方的に判定して行くことは許されな. いが、しかしこれほ決して「真実探求」の論理ではない。従って判決. 相手空白い負す方便として、こういう論法を用いてもよいかもしれ. る心撃と「デッチ上げられる心境」とを同質のもの考えているので 返し'さらにその論法・論理に対して(その場限りの議論であるなら ほないのかと尋ねた-なる)(十-潤) 「従って」という接続詞をめぐっての広津の批判ほまことに鋭いと. いわざるを得ない。第二審判決文でほいたるところで、このような疑 似論理、非論理、強引な論理が使用されていると広津は批判する.そ のうちでもっとも傑作なのは本田被告が事件当夜泥酔していたかどう か、酒量の計算法をめぐる批判である。. ている。. り、裁判官の創作にほかならないという点をついて次のように批判し. 誰かから--申入れを受けた」という部分ほ太田自白にほないのであ. は之を信用し得る」と述べているが、これに対して,「国鉄側被告の. 東芝側からも出席せられたき旨の申入れを受けたという程度において. を打明けられ'かつそれについて八月十五日に打合わせを行うから、. 第二審の判決文によれば「--これ等の聖畏より、武田以下五人 った際居合わせた国鉄側被告の誰かから、列車顕覆の計画のあること の被告が加わってからの飲酒量ほ、人数ほ六人'酒ほ焼酎若干,清酒 五合、合成酒三食位のものであったと認められる。然り而して各人の. 酒量は一定していないものであるから一概にほ言えないが、飲み終り の時刻が前記のように九時頃乃至十時頃であった事をも綜合し,右の 酒の量は一般に会食の場合の酒量としてほ決して多いとほ言い得ず、 少くとも後から参加した・--本田等が泥酔又はそれに近い程度に酪酎. 1般の常識とかけほなれているものであることは、読者は既に熟知さ. 指摘し、そのような論理に対して(この第二審の裁判官の論理が随分. いが、自白していない点でその自白は信用できるというのである)と. ぁる」ということになる。自白している点ではその自白は信用できな. は疑点があるというものの、述べてはいない点で信用できるところが. する程の望見とほ考えられない」というのであるが、これに対して広 <この文章を1言につづめると、「太田自白はその述べている点で 津はつぎのように批判する.. (「然り而して各人の酒量ほ1定していないものであるから1概に は言えないが」という言葉を判決文は前置きにして、「併し六人の会 食の酒量としてほ多いと言えないから、泥酔するとほ首肯し難い」と いうように論を持って行-から、一応それがもっともらしく聞えるが、 裁判批判の論理と思想. 九.
(10) ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. 1. ヽ. 1. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. 一〇. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. の仮定を結びつけて、判決文の到るところで、「自白が短時日に行わ. たちの取調べ方が、慎重で、冷静で,拷問、強制、誘導尋問等がなか ったという仮定のうえに基礎を置いていると述べ、さらに〈この二つ. 自白が信濃性があるという仮定と、もう一つは被告に対する各取調官. の特徴である。広津はこの判決文が二つの仮定、つまり一つは被告の. 仮定がいつのまにか定理にすりかわってしまうというのもこの判決文. て「した」と断定してしまうのである。広拝もこの点をついている。. はなにひとつないのにもかかわらず、「ないとは言えない」したがっ. こういう調子で、高橋被告が出かけて行って帰ってきたという証言. ヽ. 裁判批判の論理と思想. ヽ. 及び高橋被告の行動にょっては,必ずしも鈴木セツに見つからずに屋 ヽ. 得ることである。しかしながら、朝のことであれば、鈴木セツの行動. ヽ. 1. れていることと思うが、ここの論理はその中でも特に代表的に非常識. ヽ. 内に入り二階に上ることも可能であると認められるから、その際鈴木 ヽ. なものといっていい.)と述べている。(十-3). ヽ. セツが気がつかなかったとしても、高橋が塵外から入って来ないとは ヽ. 言われない」(十1川). ヽ. つまり、裁判官の用いている論理が真の論理とはいえないユセ論理. であり疑似論理であって、きわめて非常識なものだというのである。. ヽ. ヽ. 言葉の使い方に対する鋭いセンスがここでほ不正な論理展開をあばき 出している点に注目したい。. ㈱(可能性を事実に)I(仮定を定理に)すりかえる輩法に対する 批判(推論の問題) つぎに広津が第二審判決にみられる、いわば推論の誤まりにかかわ るような「すりかえ的」判断についてきびしく批判しているところを 見ることにしょう。. 第二審判決は「必ずしも--ないとは言われない」という筆法をつ かいながら,可能性にしかすぎないものを事実として現実性として断 定していく。とくに高橋被告のアリバイに関しては、このような論法. ヽ. れたという事は,それが強制にょらない、虚偽でない証拠である」と が連発されている。いわ-「しかし、前記鈴木セツの警昆よれば' 同人は,夜間,間借人が出入する際もよ-眠って居れば、気づかない. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. 1. 1. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. 転・三転する供述をとらえて広津はつぎのように述べている。. ャップを衝く批判である。本田被告のアリバイに関する木. 判である。いわば論理的整合性と事実(体験)にもとずく実感とのギ. あっても、そこにリアリティ-を感じさせないような議論に対する批. つぎに広津にょる批判の視点で注目すべきなのは、望芸な議. リ7リティの欠如に対する批判. る。))十-1)と批判している。. いう言葉を、「証明する必要のない定賢であるかのように使ってい. ヽ. 宅する事になるから、その際鈴木セツが寛がつくという事は無論あり. てから変えるに至った理由が、「その朝はあの騒ぎの朝なので'みん. ことがないとは言われない」手1ー-0)「-‥・鈴木セツが起きた後に帰(かくの如く具体的な記憶の供述d・・後に数回警察に呼ばれて行っ ヽ. ㈱. のが普通で、八月十六日夜は高橋被告が盆踊りから帰った頃にはすで に寝床に入って居り、かつ同夜はよく眠ったものであることが認めら しても、高橋が外出しなかったとは言われない・・・-云々」(十1-. れるから、同人が同夜十時半以後'高橋の外出に寛がつかなかったと. -). 「本田にせよ,高橋にせよ'赤間に別れた後でも他人匠怪しまれない ヽ. ように行動するのは当然であるから、その間目撃者が現われないと言 ヽ ヽ. って、必ずしも同被告等がその朝森永橋で別れて'それぞれ帰宅した. ヽ ヽ.
(11) で、もし組合の暑が泊っていれば、その人に引継ぐべきだが、引継い. あり'「明け方電話がかかって釆たが、自分には関係のない電話なの. えあわせると、本田が泊っていなかった事が考えられる」というので. (一体われわれ人間は、自分の知っている人の身体の癖や動作、頭 とか手とか足とか、或いはちょっとした肩つきとか身振りとか、また. ている。. きないと言って斥けている。これに対して広津はつぎのように指摘し. 田と解ったという問題で、判決文はそんなことほありえない'信用で. また同じ本田アリバイに関して、電話の声で、名乗らなかったが本. だ事実ほないから、組合の者は泊っていなかった、従って本田は泊っ. なが早-起きた、九時までも寝ていたものがある筈はない、それを考. ていなかったと考えられる」というのである。概念的で、理詰めで、. てもたびたび覚え.のあることであろう--。これらを判決文が頭から. l部をふと見て、「おお誰々だ」と気づくというような経験は誰にし. ともなく覚えているものである。町角を曲って行こうとする人の鍾の. はその足音とか声とかいうものの特徴を、いつ脳裏に刻みつけられた. ているところに二人の供述のリアリティ-を感じさせると述べ、その. ヽ. 一概に「断言できない」とか「不確かである」とか言って却けるのは、. ヽ. れは千差万別と言ってよい--。「そんなに酔っ払っては議論になど. 複雑になって来るに従って、いろいろの形の酔態が出て釆ている。そ. の共同謀議は15日のたった一回であり、しかもそれが僅か15分か20分. の謀議そのものの存在が否認されたのであるから、国鉄側と束芝側と. 一一. から応援に釆たばかりの佐藤1被告が、たった1人で国鉄労組に出か. の時間しかなかったということになる。松川工場の着でもなく、鶴見. 裁判批判の静理と思想. う簡単に片づけられるものではないo)(十-Z-). ならずに-だになった筈だ」と判決文ほ言うが、人間というものほそ. 被告がその日福島に出かけなかったことが明瞭であるし、それに13日. 調書で日にもうl度佐藤1被告を福島に行かせてみたものの、佐藤一. さが払拭できないのは、謀議時間の問題である?せっかく10・撃二笠. (しかしか-の如くたびたび訂正されても、どうしてもその不自然. ということになってしまった点についてつぎのよう紅述べている.. 変更ののちに結局'「この共同謀議が僅か15分か20分でしかなかった」. 広津はまた「国鉄15日謀議」を「自白」した太田調書が、度重なる. 常識、経験則に反する不自然なことがらに対する批判. あろう。)(十-3-3-3). 人間の感覚の働きを無視したあまりに一方的なせっかちというべきで. ヽ. リアリティ-を否定するものとしてほ変更後の木村供述にみられる理 由は薄弱に過ぎないと断じている。(十-2-4) 人間の記憶・心理・生活などについての認識不足についての批判. 広辞の批判が極めて精彩を放つのは、判決文にみられる人間の記憶 ・心理・生活などについての認識不足を衝く時である。. 本田アリバイに関して、酔えば恋愛論ができない、恋愛論ができた とすれば酔っていなかった、という判決文に対して広津は次のように のべている。. (人間の酔態というものが'こんなにアレでなければコレ・コレで なければアレというように単純にきめられるであろうか。酔態にほ笑. ヽ. そして警察に呼ばれる前の木村供述録取書と本田供述調書が符合し. 弁解的であり、全然リアリティを感じさせないのも無理はない。)(十. -2-5) い上戸もあれば泣き上戸もあれば怒り上戸もある。その他人間生活が. ㈱. ㈲.
(12) (強姦の事実がないのに'どうしてここに未遂容疑などという文字が. 通り取調べを受けた。「も取調べを受けた」. 会った誰かから紹介されるにしても、列席者にかかる謀議に参加して. 入って釆たのか)というようなことで'ありもしない虚偽の詞書をつ. けて行ったら、自己紹介するにしても、或いは14日の日曜日に佐藤代. 大事を相談するに足る人間であるという信用を得るにほ、若干の時間. きつけて、松川事件取調べの上に、効果を上げようとしたこの陣劣な. く心に残してくれればよい。暴行されないと言っている女の調書を暴. 以上の諸点に、刑事訴訟法の解釈をめぐる批判という視点をくわえ. 桝 川. 論理展開に対する批判. あろう。 だけで、そこに明朗ならざる取調べの場面が読者の重刑に浮ぶであろ. う)とのべ、まず取調官に批判の矢を向け、つづいて裁判官がそこを どう扱ったかを衝いている。(その間暴行や強姦未遂容疑の関係も一. ヽ. 言葉の使い方、文章表現に対する批判. て,広韓にょる裁判批判の論点を整理してみると以下のようになるで. -4-鶴). 官ほ慎重で冷静で'拷問、強制、誘導尋問等はなかったものと認む」 とあっさり横を向かれたら、被告達は1体どうしたらいいのか.)(+. 希望を持っているのに'いぎ裁判となって見ると'裁判所に'「取調. みんな知って-れて、身のアカシを立ててくれるであろうと、そこに. も、今に裁判になれば'きっと裁判所は、その晒劣な取調べられ方を. して取調べられる場合、取調官からどんな障劣な取調べられ方をして. ついてのみ言うのではない。一般の国民の場合として'もし被疑者と. すまないことだとしてつぎのようにのべている。(これほ赤間被告に. いるのである。)(+13)さらにそれが一般国民にとっても他人事で. 問の具なのである。被告はそれによってくた-たにのたうちまわって. れは平行線ではない.ぐるt,る巻きついた蛇のように執勘な精神的拷. 手段が'松川事件とは関係のない、それと平行して、その間ただつい. がかかるであろう。卑近なことを言えば、夏の正午近い日盛りに、駅. でに取調べられたこととして、あっさり見逃されているのである。こ. らノ0. の態度に対する批判. 被告の人権侵書、国民の権利侵害の危険性、警察・検察・裁判官. いう重大な相談が纏まったということは常識では考えられない。)(十 -別)汗を拭う時間の点など非常に説得力ある批判と言うべきであろ. から急いで行ったとすれば、直について汗を拭う時間もあった筈であ る.それら1切合財含めて、15分か鮒分しかかからずに'列車顕覆と. これは交錯しない平行線として見ようというのである。強姦未遂容疑. 裁判批判の論理と思想. 1二. 「も」となっている。. ヽ. 治被告と二人で立寄った際に国鉄労組側の誰かに会ったとして、その. と. 行されたというように虚偽に作成し、それを被告につきつけたという. るという驚くべき陸劣な手段を警察が取ったということを、読者が強. けている暴行しない男につきつけ、心理的にその男の気持を追いつめ. を本人たるその婦人の面前で強引に書き、それを他の事件で調べを受. (いずれにしても暴行されていないのに、暴行されたと虚偽の詞書. て述べたところによく出ている。長くなるがその部分を引いておこう0. のとしてとらえて批判している点である。これほ「赤間自白」につい. 広津の批判において以上の諸点とからみながら、なお独自の視点と して注意すべきなのは'被告の人権侵害問題と権力犯罪とを一体のも. の.
(13) (可能性↓事実)(俊定↓定理)というすりかえに対する批判 リアリティ-の欠如に対する批判(論理的整合性と事実的実感 とのギャップの問題) 人間の記憶・心理・生活などについての認識不足についての批. 経験則に反するという批判 常識に反するという批判. 被告の人権侵害に対する批判 国民の権利侵害の危険性についての批判 警察・検察の晒劣な手段に対する批判 裁判官の先入見・悪意・真実追求の怠慢・不公平への批判 法律解釈への批判. 以上の論点は広津による裁判批判を支える論拠であり、また論理で あったといえよう。ではこれらの論拠'論理はいったいいかなる思想. によって貫かれていたのであろうか。広津の「散文精神」を中心に検. 書院'1九五九年)などは被告および家族の心情についての基本資料であ る.さらに'『松川詩集』(宝文館'1九五四年)'『松川歌集』(新日本歌 人協会、7九五四年)参照.守る会については『松川の力の泉』がある. のはか町 (eQ) 小沢三千雄『万骨のつめあと』 (タイプ印刷'一九七四年) 沢時治遺稿などの資料を生かした個人史が待望される。 拙稿、「松川事件と思想の問題」 (『哲学の探求』(第三号、1九七 五年)、「良心論への1視角」(『倫理学年報』第二五集、1九七六年)、「思 想と良心」 (『知識人と現代』青木書店、一九七七年)参照。 (6) 広津和郎による松川裁判批判は『松川裁判』 (中央公論社・全集第十 巻)、『松川事件と裁判-検察官の論理』(全集第十1巻) を中心匠'多の評論、小論文からなっている。 (7) 前註(el)参照.その他被告については『控訴趣意書』『上告趣意書草 案』'就中手記などが参考になる。 (8) 十1-淵とは全集第十1巻二六九真の略記、以下同じ. この「熱海匠て」という小論にほ、ヒューマニズムと政治に関する早 見がみられる。その点については拙稿「思想と良心」 (註4) でふれてお. からである.1ここで私は敢へていふ'私が、このや. 広津桃子『父広津和郎』(毎日新聞社、一九七三年)、間宮茂輔『広津 和郎』-この人との五十年-(たいまつ双書、理論社、1九六九年)、谷崎精 二『蔦西蓄蔵と広津和郎』(春秋社、一九七二年)および松崎晴夫氏の広 津に関する論稿は、この点の検討にあたって示唆に富んだ叙述を含んでい. いふだけ)の理由のためである事を。))(五三-四ペ-ジ). はある人びとが「裁判がどうとかこうとか」とか「何とか何とかたたかひ とらう」とか「日本の労働者階級に対する・・・・]とか'いふような理窟を もつてゐるからでは決してない。唯これだけ(つまり心が痛んだから、と. ((かう思った時'私はふと、これは書いてみたいと考へた。それは何の理 窟があるためでもない。私の心が痛んだからである。心をひど-打たれた. からである。)(前掲書一一三-四ペ-ジ). 宇野浩二『世にも不思議な物語』 (講談社'一九五三年)の序、 宇野も松川事件について書いた動機をつぎのように述べている。 (この幼稚なように見える文章に真に偽らざる、悲しみと、思ひやりとI 煉りとが、あふれるように流れているからである'それが私が動かされた. いた。. (9). (ll)(10) (12). 討してい-ことにしょう。ここでは以上整理した裁判批判の論理が、. (1)でみた広津の動機によってみごとに貫かれていたということを確 認しておけば十分である。 (以下続稿). 門田判決については門田実 『松川裁判の思い出』(朝日新聞社、一九 (1) 七二年)参照。 (2) 松川運動については『松川十五年』(労働旬報社、一九六四年)、『松 川運動全史』(労働旬報社'一九六五年)がある。また、『真実は壁を透 して』(月曜善一屠、1九五一年.青木文庫'一九五三年)『愛情は壁を透し て』(青木書店'1九五四年)'『とりもどした睦-松川の家族たち』(大同 裁判批判の論理と思想. 〓二. 註. (4)(LJ'). る。. 叫 川 判. 何 ㈹ 的 ㈱ ㈹ 桝 桝 S.
(14) あとがき. 裁判批判の論理と思想. 本稿執筆後'岡邦俊「私小説と裁判」①-⑤(雑誌『未来』未来社1九七八 午-九年)を読むことができた。裁判批判の中に広津の作家の限を、文学者と しての「人間に対する理解力・洞察力」をしっかり把えている好論文である。 本稿と共通点もあり、また、多-の示唆を得たが'本稿ほ岡氏と異なる視点を も持って■いるのでこのまま発表することにした。. 四.
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