アンサンブルのスタイルに基づくヴァイオリンソナタの分析方法の検討 ―「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の再評価を通して―
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(2) リンパートの副次的役割について触れるか「アマチュア向け作品」として紹介されていることが多い 2。一方「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の研究では、鍵盤楽器の優位性が論じられるか、伴奏の省略す. ら可能とされることがほとんどであった。さらに鍵盤楽器を主体とした音楽史では「ヴァイオリン伴 奏付き鍵盤楽器ソナタ」は項目すら設けられていない。 このように看過されてきた「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」を時代様式との関係から新た に分析したのが Ong の論考である。Ong は、「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の起源から発展までの経 緯を探るため、テクスチュアを用いて分析を行っている。その結果、当該作品はフランス国民様式の 象徴作品として、改良されてきた経緯が明らかとなっている。これまでのヴァイオリンソナタのアン サンブルのスタイルの変化の研究では、特定の作曲家の作品に対して位置付けを行なってきた。たと えば宮崎(2015)は、L.v.ベートーヴェン(1770-1827)のヴァイオリンソナタ全作品の変遷に着目 している。これに対し、時代の変遷と共に変化したアンサンブルのスタイルについて、当時の作曲家 を網羅的に研究したものは Ong 以前ほとんどなかった。Ong の研究は、これまでの室内楽史上、い わば点と点でしか位置付けされなかったヴァイオリンソナタの諸作品に対して、テクスチュアという 点と点を結ぶラインの分析方法の可能性を示唆している。本論では Ong の分析方法を考察し、筆者 の研究対象であるモーツァルト作品の変遷における分析方法としての有用性について検討を行いた い。. 1.「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の過小評価の原因 はじめに、室内楽史における「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の位置付けを明らかにする ため、現在の過小評価に至った経緯をまとめることとする。. 1−1.アマチュア向けの「商業作品」として ヴァルター・ザルメンは、「室内楽」は音楽自体からだけではなく社会的な在り方と絡み合った用 語であるとして、室内楽の歴史を社会的背景から当時の絵画とともに俯瞰しているため、「伴奏付き 鍵盤楽器ソナタ」が流行した 18 世紀室内楽を取り巻く社会の様子を捉えるには最適の研究である。 ザルメンによると、「室内楽」は 17 世紀では身分制社会におけるエリートの集いのための「より静 かな」音楽を指していたが、18 世紀には大幅な変化を遂げ、 「室内楽」の意味する範囲が非常に曖昧 になったという。その後 19 世紀の「室内楽」は、ハイドンによって指揮者を置かず1パートに1つ の楽器が用いられるようになり、二重奏から十重奏までの器楽曲のみを意味するようになった。つま り「室内楽」から声楽曲は除外され、再び「室内楽」作品と他の作品で明確な境界線が引かれるよう になり、これは現在の私たちが「室内楽」という用語の意味として認識しているものと一致する(ザ ルメン 1985, p.11)。それでは室内楽における 18 世紀の大幅な変化、そして「室内楽」の意味する 範囲の曖昧さとはなんだったのであろうか。 17 世紀から 18 世紀半ばにおける室内楽作品は、イタリア、フランス、ドイツの王侯貴族に雇われ た音楽家によって、彼らがプロの担い手として演奏を行うための音楽、つまり高度な要求に応え得る 専門家のための芸術となりがちであった。例えば鍵盤楽器においては、通奏低音に関する知識と技術. 75.
(3) が要求され、おおよそ素人が気軽に参加できるものではなかった。また演奏の機会や規模は現在のコ ンサートのように大聴衆を前に老若男女に対して繰り広げられるものではなく、控えめな小サークル のような規模で雇用主のために奏された。18 世紀後半、王侯貴族を支えてきた市民階級が社会的実 力を高め、自らの権力を主張し始めた。こうした社会上の大きな動きは音楽の世界にも影響を及ぼす こととなり、音楽を享受する層も市民階級へと変化し始めた。それまで室内楽を嗜んでいた王侯貴族 には、聴衆としてさらには演奏者としても積極に参加できるだけの高い音楽的教養が備わっていたが、 新興の市民階級にとっては、少なくとも通奏低音という音楽構成を理解しつつ演奏に参加するという ことは大きな関心を引き起こす対象とはならなかった。この結果、当然のことながらより直接的で簡 素な楽曲が求められ、かつての宮廷音楽家は、聴衆を惹きつけるべく単純でわかりやすい音楽を作る ことに注意を注ぐようになった。ザルメンは最終的に「楽譜に記された音楽の大部分が、彼ら(市民 階級)の要求と技術的な能力に合わせられていた」(ザルメン 1985, p.21)と結論づけている。 中村もまた、社会的状況の変化によって、当時の作曲家は否応無しに聴衆受けする作品を売らなけ ればならず、そこには苦悩や葛藤、危機感さえも抱いたと説明する(中村 1994,pp.104-5)。つまり 17 世紀から 18 世紀の作曲家の室内楽作品は、貴族という音楽知識を有する限られた少数派の為に趣 向を合わせはしたものの、雇用範囲内で自身の音楽活動を自由に繰り広げることができた。しかし 18 世紀後半に入ると、作曲家は音楽知識を有するとは限らない市民階級の愛好家、つまりアマチュ ア向けの作品を生産しなければ音楽家としての生活が成り立たなくなり始めていた。中村はさらに、 古典派も中盤に差し掛かると、ベートーヴェンがそうであったように、徐々に芸術家としての意識に 目覚めつつあった当時の作曲家たちは、音楽創作の世界に没頭できる音楽にも目を向けるようになり、 その代表として登場したのが弦楽四重奏であったと説明した(中村 1994, p.106)。つまり弦楽四重 奏は 18 世紀以降の作曲家にとって、商業を目的にした作品ではなく、聴衆受けを気にせず作曲に専 念できる「芸術作品」であった。結果として、この時代の室内楽作品には、愛好家つまりアマチュア のための「商業作品」と作曲家の純粋な芸術活動としての「芸術作品」の大きく二つの音楽が存在し たのである。 すなわち、ザルメンが示した 18 世紀「室内楽」の曖昧さとは、室内楽史における転換期ゆえの伝 統音楽と前衛音楽が混在する状況を意味しただけでなく、「商業作品」と「芸術作品」という2つの 作品群が混在する音楽社会の状況を表現しているともいえる。言うまでもなく、「商業作品」は流行 とともに生まれ、発展し衰退する。「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」は 18 世紀に爆発的に流行したが、 古典派の時代とともに衰退したという説明に当てはめるならば、この作品は紛れもなく 18 世紀室内 楽を象徴する「商業作品」ということができる。. 1−2.楽譜の簡略化 1−2−1.鍵盤楽器パートのオブリガード旋律の記譜 ところで、ザルメンが結論づけた「市民階級の要求と技術的な能力に合わせられていた楽譜」とは 一体どのようなものだったのか。. 76.
(4) まずは、鍵盤楽器パートに着目したい。室内楽におけるバロック時代の鍵盤楽器パートは、ヴァ イオリンなど旋律楽器の華麗な独奏を支える手段としての通奏低音の役割がほとんどであった。従来 の通奏低音では楽器の指定がされていないが、中村は、トリオソナタがそうであったように当時の楽 器の組み合わせの主流は鍵盤楽器とチェロやビオラ・ダ・ガンバによるものであったと説明している (中村 1994,p.106)。実質的に「通奏低音付きヴァイオリンソナタ」は、ヴァイオリン、鍵盤楽器、 低音楽器の3つの楽器による演奏であり、これは今日のピアノトリオと同じ演奏形態である。 ところで、通奏低音はバロック時代特有の書法として用いられており、記譜法は一本の低音旋律線 とその下に覚書のように添えられた数字によって表される。その演奏方法の詳細を取り上げることは 本論の趣旨ではないので割愛するが、バロック時代特有のこの書法には細かな約束事があった。通常 鍵盤楽器では低音旋律を左手が、オブリガード旋律を右手が担当していたが、楽譜にはオブリガード 旋律の記載はなく、演奏者によって即興的に実演され、高度な技術を要した。 このような通奏低音の技法は、すでに述べた音楽享受層の変化とともに回避されるようになったの である。第一段階として、18 世紀中頃から通奏低音は重要性を失い、鍵盤楽器パートは新たな役割 として「簡明な和声」と「連打バス」を担うようになった3。さらに記譜において、作曲家たちは内 声つまりオブリガード旋律を楽譜に記すようになり、新たな手法として広く活用するようになった。 ウェブスターは「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の直接の前身は、鍵盤楽器のオブリガード パートが楽譜に記されたバロック時代の「ヴァイオリンソナタ」であるという見解を示し、J.S.バッ ハ ( 1685-1750 ) 作 曲 の 6 曲 か ら な る 《 ヴ ァ イ オ リ ン と チ ェ ン バ ロ の た め の ソ ナ タ 集 BWV1014-1019 》を代表例に挙げた(ウェブスター 1994-95, p.87)。この作品はケーテン時代の終 わり頃(1717-1723)に作曲されたが、従来のバロックソナタにおいて記譜されていなかったオブリ ガード旋律が自筆で書き記されており、1800 年には第一稿が出版されている。但し、記譜の多くは J.S.バッハの義理の息子(Altnickol)によるものであり、バッハ自身によるものは一部であったこと が明らかになっている4。ティルマウスもまた、オブリガード旋律の記譜こそが通奏低音の消滅に大 きく関係し、古典派の理想を実現するための重要な要因であったと説明している(ティルマウス 1994-95, p.536)。 しかし、「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」研究の第一人者であるフラーは、「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤 楽器ソナタ」と 18 世紀と共に消滅したバロック時代の「通奏低音伴奏付きヴァイオリンソナタ」と はごく間接的な関係しか持っておらず、単なる楽器間の書き換えといったものではなかったと主張し た(フラー1994-95, p.408)ため、現代では「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の起源を考え る際に混乱を招いている。たしかに「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」というタイトルの作品 が作曲され始めた 1730 年代に J.S.バッハの作品は出版されておらず、当時のフランス人作曲家たち が直接的に引用したとは考えにくい。しかしここで注意すべきことは、「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤 楽器ソナタ」性の判断基準として、ウェブスターが「オブリガード旋律の記譜」というものを用いて いるのに対し、フラーは「音楽様式」というものを用いていることから、論点の齟齬があるという点 である。フラーの音楽様式という基準から考察するならば、J.S.バッハの作品はバロック時代のトリ. 77.
(5) オソナタ書法のため、たしかに様式的なつながりはない。しかしウェブスターの基準から考えると、 部分的な記譜であるにせよ「オブリガード旋律の記譜」は、結果的に通奏低音の知識を有しないアマ チュア層に受け入れられたため、通奏低音伴奏を用いた作品の衰退と「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の 発展は深い結びつきがあったということはできるのではないだろうか。いずれにせよ「オブリガード 旋律の記譜」が時代の流れとともに広く活用され始めた結果、「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナ タ」の発展に大きく影響したということは事実である。. 1−2−2.ヴァイオリンパートの衰退と多様性 バロック時代に高い人気を誇った楽器は、17 世紀の間に最も発展したヴァイオリンであったため、 ヴァイオリンを含んだ作品が多く作曲され、特にイタリアでは多くのヴァイオリン独奏作品が作曲さ れた。シュヴァルツは、この時代の器楽室内楽の中心を形作ったのは、A.コレッリ(1653-1713)を 典型とする「通奏低音付きヴァイオリンソナタ」と「トリオソナタ」で、特に後者はイタリアからヨ ーロッパ全土へと愛好の輪を広げた当時の人気作品であったと説明する(シュヴァルツ 1994-95,p.169)。代表的な演奏形態は二艇のヴァイオリンの旋律と鍵盤楽器とチェロの通奏低音で、 実質ヴァイオリン主導の作品であったことは、ヴァイオリン人気の時代にあっては当然のことであっ た。 しかし音楽史上では鍵盤楽器の改良と発展という転換期を迎える。チェンバロからピアノフォルテ への移行は、前古典派から盛期古典派への音楽様式の移行と並行していた。鍵盤楽器を含んだ作品は 「チェンバロまたはピアノフォルテ」というタイトルが見られるようになるのもこの時代の特徴であ る。バロック時代から徐々に作曲されるようになった鍵盤楽器(チェンバロ、クラヴィコード)の独 奏ソナタは、ピアノフォルテの登場により 1760 年代頃から連続して次々に出版されるようになった。 ウェブスターは、ヴァイオリンやその他の弦楽器も作品の数という点では鍵盤楽器と同等もしくはそ れ以上に 18 世紀のソナタで使用されているが、弦楽器は演奏技法や楽器構造において発展がほとん どなかったため、ヴァイオリンを旋律とするソナタのほとんどはバロック時代のイタリアで流行した 伝統的な通奏低音付きの保守的なソナタであったと説明している(ウェブスター 1994-95,p.87)。 Baragwanath は自身の研究から、18 世紀初頭の室内楽作品の多くはアマチュア奏者のレッスン用 として用いられていたことを指摘している。さらに、アマチュアの中でも特に能力の高い参加者(多 くの場合女性)は鍵盤楽器の即興的な演奏(通奏低音)を担当し、能力の低い参加者(多くの場合男 性)はヴァイオリンやチェロなどの「伴奏」で参加したと説明している(Bragwanath 2015,pp.26-7)。 この記述からは、ザルメンが記した「楽譜の大幅な簡略化」は特に鍵盤楽器以外のパートで多く発生 していた可能性がうかがえる。ウェブスターをはじめとする多くの歴史書では、18 世紀から流行し た「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」について、ヴァイオリン等の「伴奏」に要求されたのはせいぜい単純 な装飾、持続音を弾くこと、あるいは主旋律を3度ないし6度下で追うことといった非常に簡素な伴 奏音型であったと説明している。バロック時代と比較するならば、ヴァイオリンは華やかな「旋律」 から「伴奏」へ衰退したということができるだろう。ウェブスターはさらに、現代のヴァイオリニス. 78.
(6) トやチェロ奏者たちは、初歩的で取るに足りない付け足しのような伴奏の典型的に軽いジャンルをわ ざわざ復活させようとはしないと説明しており(ウェブスター1994-95,p.87)、これは現代における 「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の過小評価と合致している。 さらに過小評価を推し進めているのが、ヴァイオリンパートの楽器の多様性である。すでに述べた ように、伴奏はアマチュア奏者が担当することが多かったため、奏者の演奏可能楽器によって楽器を 入れ替えることが要求された。例えば、J-P.ラモ(1683-1764)の《コンセールによるクラヴサン曲》 (1741 年出版)の副題には「ヴァイオリンまたはフルートとヴィオールまたは第2ヴァイオリンを 伴う」と記されている。さらにヤーコビは序文において作曲家が伴奏楽器の選択随意をむしろ推奨し ていることを指摘した5。ティルマウスモまた、 「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」のヴァイオ リンパートでは、当時フルートで演奏されることが最も好まれていたと説明している(ティルマウス 1994-95,p.536)。Baragwanath は、J=J.C.モンドンヴィル(1711-1772)が「ヴァイオリン伴奏付 き鍵盤楽器ソナタ」の火付け役だったことを紹介したが、26 歳のモンドンヴィルが室内楽のために 完全に斬新なテクスチュアを完成したとは信じがたいことを指摘している。最終的に、モンドンヴィ ルはあらゆる楽器の組み合わせを考案し、新しいジャンルの販売促進をすることに熱心な音楽家だっ たと結論づけている(Baragwanath 2015,p.32)。つまり、商業目的の作品として販売促進を意識し た結果、多様な楽器による伴奏の演奏を可能にし、さらにヴァイオリンパートは消費者の要求に合わ せた簡易な「伴奏」へと衰退したため、現代では特に「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」とい うタイトルの作品は、アマチュア向けの作品として過小評価されるに至ったのである。. 1−3.商業目的による出版社の加筆 Baragwanath は、「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器のソナタ」の起源や位置付けの混乱は、最終 的に出版物にのみ依存することが原因となっていると指摘している(Baragwanath 2015,p.44)。原 因の一つに、作曲家が「鍵盤楽器独奏ソナタ」として作曲した作品に、出版社が「伴奏」をつけて販 売していたという事実がある。ウェブスターは、当時出版された作品のうち J.C.バッハ(1735-1782) の《Op.1》 (実際には Op.17)を例として、出版業者によって「伴奏」が付け加えられなかった曲は ほとんどなかったと説明している(ウェブスター1994-95,p.87)。当時「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」 の出版数が器楽作品の中で最も多かったことはすでに述べたが、この出版数には多くの「伴奏」が出 版業者によって付け加えられていたというロジックが隠されているのである。 また新たな視点として、Baragwanath はモーツァルトの初期の「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器 ソナタ」 《作品6-9》を具体例に、当時のモーツァルトの演奏記録と出版された楽譜、特に鍵盤楽器 パート譜の乖離について言及し、当時のモーツァルトは出版されたアマチュア向けの楽譜よりもはる か に 優 れ た パ フ ォ ー マ ン ス を 発 揮 し て い た 可 能 性 が 高 い と 結 論 づ け て い る ( Baragwanath 2015,p.44)。鍵盤楽器パートにおいて、オブリガード旋律が記譜された楽譜がアマチュア層のレッス ンのために使用されていたことはすでに述べたが、Baragwanath の結論から、モーツァルトの当該 作品においては、鍵盤楽器パートさえもアマチュアを意識して出版された経緯が明らかとなった。つ. 79.
(7) まり、作曲家や出版社による戦略的出版が、結果的に作品の価値を下げたと言えるのではないだろう か。. 1−4.商業目的の「タイトル」 先にも述べたが、モンドンヴィルは「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の最初期に関わっ ていた作曲家で、彼は自身の音楽活動のためにいち早く時代の流行に対応した作品を作曲しようとし たフランスの作曲家であった。Baragwanath は、モンドンヴィルの斬新さは《Piéce de clavecin en. sonates avec accompagnement de violin, Op.3 》という作品「タイトル」にあったと説明している (Baragwanath 2015,p.32)。Ong もまた、彼の音楽様式はバロック時代からの発展であり、J.S.バ ッハの作品と酷似していることを指摘したが、作品の「タイトル」については、当時のフランス音楽 社会の影響が色濃く出ていたことを強調している(Ong 2009,pp.5-6)。当時のフランスではコンセ ールスピリチュエルによってモンドンヴィルの作品が再三演奏されていたことについて触れ、まず 「タイトル」のみ後のフランス人作曲家に引き継がれていった可能性を指摘している。村田は作品の 「タイトル」について研究しており、公開演奏会が一般化した 18 世紀後半から 19 世紀初頭の作品 「タイトル」は、特に宣伝効果としての役割が大きかったと説明している(村田 2006, p.108)。つ まり、モンドンヴィルの作品タイトルもまた、宣伝効果のためであった可能性があるということにな る。そうであるならば、モンドンヴィルを始め、後に続く「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」 という「タイトル」を有する作品は、音楽的内容を表さない作品も存在するということになり、「ヴ ァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」という「タイトル」だけで作品の位置付けを行うことは、非常 に危険であるということが明らかとなった。. 1−5.小括 以上考察した通り、「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の過小評価は、そのジャンルが経て きた様々な背景から慎重に吟味する必要があり、筆者はその評価は不当であると考える。したがって、 次項においては「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の再評価を試みるものである。. 2.「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」における鍵盤楽器優位説 「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の過小評価は、ヴァイオリンパートの衰退が関係してい ることはすでに述べた。他方で鍵盤楽器パートの立場から考えるならば、 「オブリガード旋律の記譜」 という譜面上の変化によって演奏技法が衰退はしたが、通奏低音という確固たる「伴奏」の役割から 脱したという点においては、むしろ発展したといえるのではないだろうか。ところで、この発展の結 果について「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の主導楽器を鍵盤楽器と考える先行研究は多く 存在する。例えばフラーの研究では、最終的にフランス鍵盤楽器音楽の一部として「ヴァイオリン伴 奏付き鍵盤楽器ソナタ」を捉えているため、研究において終始鍵盤楽器優位の立場を崩さない。これ は、先に述べたこの時代の鍵盤楽器の改良によって鍵盤楽器独奏作品が多数出版された出来事に起因. 80.
(8) することは疑いようもない。 Baragwanath は、モーツァルトが「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」を出版して音楽活動 を始めていなければ、このジャンルが音楽の歴史の中で好奇心をかきたてるものとみなされたかどう か疑わしいとさえ記しており(Baragwanath 2015,p.33)、自身の研究もまたモーツァルトの作品か ら開始している。事実、このジャンルの研究の多くはモーツァルトないしモーツァルトが影響を受け たフランスの作曲家を紹介するところから始まることが多く6、つまり 1760 年以降の作品を中心に 捉えていることが多い。当時のフランス音楽社会にはモーツァルトに直接的な影響を与えた作曲家と して有名な J.ショーベルト(不詳-1767)やラモ、L=G.ギユマン(1705-1770)、M.コレット(1709-1795) らがいた。音楽様式の観点から考えるならば、フランスのギャラント様式の影響を受けたショーベル トのようなドイツ人作曲家が、最終的に「多感様式」に辿りついた出来事もまた、鍵盤楽器優位の「ヴ ァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」が発展した理由となる可能性もあるだろう。 多くの先行研究から浮かび上がる結論は、1760 年以降の「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」は、モーツ ァルトの初期作品がそうであったように、鍵盤楽器独奏ソナタとして成り立つほど独立した鍵盤楽器 パートと、後に作曲家ないし出版業者によって付け足された「伴奏」パートで構成されているものが ほとんどであったために、結果的にアンサンブル上の鍵盤楽器優位を主とする見解である。例えば Newman は 1760 年以降のこのタイプの作品の「伴奏」を「オプション伴奏」と表現している (Newman1983,p.622)。この「オプション伴奏」の起源については、ヤーコビがラモの《コンセー ルによるクラヴサン曲》(1741 年出版)の序文で、「これらの曲の作曲は、不可欠の楽器であるクラ ヴサンのために書かれた部分に、伴奏として、弦楽器や管楽器のパートを付け加えて合奏曲にすると いう手順で、作曲家自身によって行われた」と説明したところから始まる。ヤーコビの記述から、 Newman はラモの作品を最初の鍵盤楽器優位な作品として位置付け、さらに「オプション伴奏付き 鍵盤楽器ソナタ」という新たな用語を使用し、分類を行っている。フラーもまた、ラモはこの作品に おいて鍵盤楽器独奏に向かう実験を行ったことを強調している(フラー1994-95,p.408)。Newman の研究から「オプション伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」という新たな用語が出現したことにより、現在で は「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」というタイトルのすべての作品に対し、鍵盤楽器優位と いう概念が広まったのではないだろうか。いずれにせよ、Newman の研究は結果的に「ヴァイオリ ン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」における鍵盤楽器とヴァイオリンのアンサンブル性の低さの強調に繋が っている。 これに対して Ong は、1760 年以降の作品では鍵盤楽器優位を認めているものの、1760 年以前の 作品においてこれを否定している(Ong 2009,pp.3-4)。Ong の研究では、1738 年から 1760 年まで の「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」のジャンルに分類されるフランス人作曲家の全ての作品において、当 時のフランス音楽社会の「美学的」観点から再度考察を行い、モンドンヴィルとラモの作品に対し新 たな位置付けを行っている。これまでの先行研究では、フラー以降「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の起 源から 1760 年の作品までを結ぶ研究はほとんどなかったため、Ong の研究は「ヴァイオリン優位の 作風」から「鍵盤楽器優位の作風」への変遷を探る大きな手がかりとなるのではないだろうか。. 81.
(9) 次項では、Ong の指摘する当時のフランス国民音楽様式の発生の背景から「伴奏付き鍵盤楽器ソ ナタ」の起源を探りたい。. 3.フランス国民様式の象徴としての「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」 〜イタリア音楽とフランス音楽の融合の実験的作品として〜 17 世紀前半、ヨーロッパ諸国の音楽の中心地は、理論面でも実践面でもイタリアであった。吉田 は、17 世紀のヨーロッパでは徐々に「国民様式」が議論されるようになり、イタリア以外の国々の 音楽は「イタリア音楽からの偏差」として語られていたと説明する(吉田 2015,p.14)。この「国民 様式」の意識は、17 世紀以降のフランスで顕著となった。例えば、イタリア音楽とフランス音楽の 優劣について論じた書物が多く出版され、イタリア音楽への対抗意識や批判精神からフランス音楽の 独自性が追求され始めたことがあげられる。この動きは当時の政治的背景と深く関わっていることは 明らかであるが、イタリア音楽とフランス音楽の比較論争は長きに渡り音楽業界に君臨していた。フ ランスでは当初貴族文化の象徴としてイタリア音楽が普及していたため、時代の変化における市民階 級の地位の高まりとともにフランス音楽擁護が盛んになったのは自然なことであった。吉田は、ヨハ ン・アドルフ・シャイべ(1708-76)の国民様式論から、当時のフランス音楽の特徴を以下のように 説明している。. 「歌う」のは主声部だけで、副声部は「単なる付随的な伴奏」にとどまりがちなイタリア様式とは 違い、フランス様式は、多くの声部の旋律をそれぞれ美しく歌わせるための適切な和声をもつ。そう した様式を指して彼らは「自然」と呼ぶのだが、言うまでもなくこの語は、「真実らしさ」や「良い 趣味」と並び、フランス新古典主義の芸術理論における最重要概念の一つである。 (吉田 2015,p.36). さらにこの最大の功績者として、吉田は G.F.テレマン(1681-1767)をあげている。しかしフラ ンスの「国民様式」は、すぐにフランス音楽の擁護に専念したわけではなく、17 世紀から 18 世紀の 変わり目には再びイタリア音楽熱が高まるなどイタリアとフランスの音楽様式が混在する時代が続 き、次第に2つの国の音楽を融合させる方向へと発展していった。 フランスにおける「国民様式」の流れは当初ジャン=バティスト・リュリ(1632-89)らによって オペラの分野で始まったが、次第に室内楽分野にも及ぶようになった。すでに述べたように、室内楽 分野においてバロック時代最も流行したのはイタリア発祥の「トリオソナタ」で、技巧的なパッセー ジが多いヴァイオリン独奏の「通奏低音付きヴァイオリンソナタ」もまたイタリア発祥の室内楽作品 としてフランスがイタリアから輸入した作品である。イタリアからフランスへ音楽が伝わった正式な 時期を特定することは不可能だが、本論の対象である「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の起 源をめぐっては、宰相ジュール・マザラン(1602-61)時代のイタリア音楽の導入が大きく関係して いる。イタリア音楽導入の詳細は本稿において本意ではないので割愛するが、「トリオソナタ」とい う演奏形態の作品は、フランスにおいては、F.クープラン(1668-1733)が同じ時期にローマで活躍. 82.
(10) していたコレッリによる「トリオソナタ」の手法をいち早く取り入れたことから始まると中村は説明 している(中村 1994,pp.52-55)。さらに J=M.ルクレール(1697-1764)は、当時イタリアで流行し ていたヴァイオリンと鍵盤楽器によるイタリア音楽の典型的な二重奏ソナタを作曲し、コンセールス ピリチュエルでも彼の作品がすでに演奏されていた。同じようにヴァイオリン奏者として活躍してい たモンドンヴィルもまたヴァイオリンと鍵盤楽器の二重奏ソナタを作曲したが、その「タイトル」か ら純粋な意味でのイタリア音楽から脱しようとしていたことはすでに述べた。 さらに Ong はモンドンヴィルの《Piéce de clavecin en sonates avec accompagnement de violin,. Op.3 》 (以下《Op.3》)を、この時代のフランス国民様式を象徴する最初の作品として位置づけてい る(Ong 2009,pp.3-4)。これはネガティブな意味でのイタリアとフランスの音楽比較論争から、ポ ジティブな意味合いへと変わる音楽融合というフランス音楽美学上のプロセスを、社会学的および哲 学的観点から分析した結論である。Ong はさらにより具体的に、ヴァイオリンと鍵盤楽器のアンサ ンブルのスタイルの変化をテクスチュアに着目し分析を行っている。これによって、フランス人作曲 家は、イタリアとフランスの音楽融合の美学をオペラではなく「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」において 実験的に試みており、最終的に「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」は当時のフランス人の芸術的目標であっ たと結論づけているのである。. 4. 「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」のアンサンブルのスタイルの分析 〜テクスチュアに着目した Ong の研究から〜 Ong は 1738 年から 1760 年の間にフランスで作曲された「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」(図1)に 対して分析を行っており、「トリオソナタテクスチュア」「協奏曲テクスチュア」「イディオマティッ クな鍵盤楽器テクスチュア」「アドリブトゥムテクスチュア」の4つのテクスチュアタイプを設定し た。(図2). 4-1. テクスチュアの分類 まずは、Ong が設定した4つのテクスチュア分類の要約を行う。分類の方法として、Ong は Wallace Berry の提唱するテクスチュアに基づいたアプローチ7を採用しており、このアプローチは各楽器の 相互作用に焦点が当てられている(Ong2009,pp.20-21)。 「トリオソナタテクスチュア」は当時の作曲家にとって一番有力なプロトタイプであった。イタリ ア発祥のトリオソナタの原型である2つのヴァイオリンと鍵盤楽器などによる通奏低音伴奏という 楽器間の関係性から、ヴァイオリンパートの1つの旋律を鍵盤楽器の右手つまりオブリガード旋律に 置き換えたという発想はすでに述べた。これはウェブスターや中村もすでに指摘しているが、Ong はさらに2つの楽器が旋律を互いに「模倣」するか否かを検証し、前者を「模倣テクスチュア」と名 付け、後者を「非模倣テクスチュア」と名付けた。「非模倣テクスチュア」の場合には、楽器間にお ける優位性ないしは均等性にまで言及し、それぞれ「鍵盤楽器優位型」 「メロディ楽器優位型」 「等声 型」に区別した。 「模倣テクスチュア」は通常曲の始まりがユニゾンもしくは5度上から模倣され、このタイプは常. 83.
(11) に鍵盤楽器とその他の楽器の役割の均等化を試みるために用いられた手段であり、「非模倣テクスチ ュア」は前衛的な作品への挑戦の意味合いが強いと結論づけている。「メロディ楽器支配型」は、結 局のところ典型的なバロック時代の「通奏低音を伴うヴァイオリンソナタ」であり、「鍵盤楽器支配 型」は、当時の鍵盤楽器の多くがまだチェンバロであったため、メロディ楽器に比べて音を持続する ことが難しく採用されることはほとんどなかったと説明している。また「等声型」は、「模倣テクス チュア」と一見同じ性質のように見えるが、1つの旋律を楽器間で分け合っている点で模倣とは異な り、1760 年以前の作品はほとんどがこのタイプであった。 「協奏曲テクスチュア」はイタリアバロックの協奏曲テクスチュア、つまりリトルネッロ構造で、 楽器間においてはトゥッティとソロセクションの交代によって構成されている。この分類に属する 「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の楽曲では、鍵盤楽器とその他の楽器はソロセクションを交互に演奏し、 また楽譜にもソロセクションがマークされている。ここで Ong は、1750 年から 1770 年の間にイギ リスで出版された「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」を「協奏曲」という言葉で説明した Ronald Kidd の 研究8を紹介し、それらは Ong が分類した「協奏曲テクスチュア」とは一線を画していると説明する。 すなわち、「協奏曲テクスチュア」は、ソロセクションにおいてメロディまたは伴奏の役割を楽器間 で交互に演奏しないため、Ong は Kidd の視点を新たに「コンチェルタンテテクスチュア」として分 類を行っている。トリオソナタにおける楽器間の短いフレーズの交換という現象が後に「協奏曲」の 開発をもたらした可能性があるという見解については、Kidd と一致している。その上で Kidd の分 類は、 「トリオソナタテクスチュア」の「非模倣テクスチュア」 「等声型」と一致することを指摘して いる。さらにベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ」諸作品における協奏性については、Kidd が 言及した「コンチェルタンテテクスチュア」が該当するが、1770 年代のフランス作品ではこれに該 当しないと結論づけている。 「イディオマティックな鍵盤楽器テクスチュア」(譜例1)は、その名の通り楽曲中の鍵盤楽器に よるイディオマティックな演奏パターンの有無から分類されている。イディオマティックな鍵盤パー トとは、両手を交差させる伴奏、つまり右手と左手が同じリズムパターンを奏することで発生する。 このテクスチュアは楽曲中部分的に突如出現し、トリオソナタテクスチュアからの完全な離脱を意味 する。鍵盤楽器だけでなく、他楽器も同時にこの伴奏型を奏することもあり、これはつまり旋律の不 在を意味し、前衛的手法であるといえる。先に述べたフランス国民様式において、吉田はフランス音 楽が得意とするジャンルに舞曲をあげているが(吉田 2015,p.36)、このテクスチュアもまた舞曲的 要素の強い作品に使用されることが非常に多い。 「アドリブトゥムテクスチュア」とは、18 世紀後半にヨーロッパで流行した「伴奏付き鍵盤楽器 音楽」に対して音楽学者 L.Ratner(1916-2011)が使用した用語であったと Ong は説明している。 Newman をはじめ Ratner も引き続き、ラモ以降の作品では、モンドンヴィルらに見られるトリオ ソナタの対位法は一切消え、鍵盤楽器以外のパートは演奏しなくても成立したと主張する。つまり伴 奏パートはオプションであったということができ、Newman はこれを「オプション伴奏付き鍵盤楽 器音楽」として紹介していることはすでに述べた。Ong は、このオプション伴奏の音楽が 1760 年以. 84.
(12) 前に存在しなかったことを強調するためにあえて「アドリブトゥムテクスチュア」と分類したのであ る。. 4−2.モンドンヴィル《Op.3》とラモ《コンセールによるクラヴサン曲》の位 置付け Ong の研究からモンドンヴィルの《Op.3》は、ほとんどが「トリオソナタテクスチュア」に該当 する。しかし新たな手法への挑戦は楽曲中に見え隠れし、「模倣テクスチュア」では特に鍵盤楽器に おいて、これまでの古典的なトリオソナタとは違った多様な模倣技術が登場している。例えば、古典 的なトリオソナタでは、鍵盤楽器パートの右手がオブリガード旋律、左手が通奏低音と楽器間におけ る役割が確定していたが、 《Op.3/ No.3-2mov.》では旋律模倣が鍵盤楽器のみで行われ、ヴァイオ リンのメロディをサポートしている点で斬新である。モンドンヴィルの作品の多くは「非模倣テクス チュア」の「等声型」に依拠しており、これはイタリア音楽の象徴である弦楽器主導型の作品から、 楽器間の役割の均等化という点において前衛的な作品に対する挑戦の証であると言える。しかし「ア ドリブトゥムテクスチュア」の楽曲が存在しないことから、鍵盤楽器独奏として成り立つ作品とはい えず、未だイタリア音楽の要素が強いと言える。 オプション伴奏に関する Newman の見解はラモの作品の序文によるところが大きいことはすでに 述べた。これに対して Ong は、1760 年までのフランスの作品では、オプション伴奏という概念はま だ成立していないと結論づけている。Ong はラモの《コンセールによるクラヴサン曲》の終盤では 「トリオソナタテクスチュア」の「模倣テクスチュア」が多く使用されているため、鍵盤楽器のみの 演奏では不可能であることを指摘している。さらに、Neher は自身の研究においてラモの作品を鍵 盤楽器独奏の延長作品であるという見解を示したが、旋律においては最終的に弦楽器ではなく鍵盤楽 器パートを部分的に省略しなければ成立しないと結論づけた(Neher1974,p.2)。つまりラモの作品 においては鍵盤楽器優位であるとは言い切れず、楽章内でのメロディ楽器の変換が頻繁に起きる点で 新たな境地であることを示している。さらに Ong の分析では、ラモの作品の鍵盤楽器はさらに多様 性を増したことが明らかとなっている。. 4−3.考察 「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の誕生は、フランス人作曲家の新しい作品に対する欲求に動機付けら れていたと Ong は説明している。先にも述べたように、イタリア音楽への反発の時代において、 「伴 奏付き鍵盤楽器ソナタ」は「フランス的なもの」の代表を担っていった。Ong は、1738 年から 1760 年までのフランスで作曲された「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」の作品について、テクスチュアの分類を 行った点で斬新である。その中で、特にこの時代の作品はフランス人作曲家によるイタリア音楽とフ ランス音楽の融合への試行錯誤の跡が楽曲中に見られることを指摘している。これまでの先行研究で は、初期「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」作品において、テクスチュアを中心に捉えた分析を行ったもの は極めて少数で、さらにその分析手法も様々であったために異なる結論がもたらされていることはす でに述べた。Ong はフランス国民様式におけるイタリア音楽とフランス音楽の融合という観点を第. 85.
(13) 一に据え、当該作品を各国の音楽要素別に分類した点で一貫している。音楽要素には、イタリア音楽 の伝統的なトリオソナタ、協奏曲や鍵盤楽器独奏曲、フランス音楽特有の趣味を持つ鍵盤楽器独奏曲 があげられた。楽曲中における音楽要素の組み合わせは膨大で、楽器間の関係性は多様を極めている。 例えば、楽曲の構造を大きく「トリオソナタテクスチュア」 「協奏曲テクスチュア」 「イディオマティ ックな鍵盤楽器テクスチュア」「アドリブトゥムテクスチュア」の4つに分類していることはすでに 述べたが、1つの作品において単一のテクスチュアが採用されているわけではなく、作品内、さらに は各楽章内においてもテクスチュアの変化が起こる。これはイタリアとフランスを起源とする音楽要 素をミックスしながらも両者の間で揺れ動く楽曲構造であり、まさに新しい「フランス的なもの」へ の実現の軌跡だったと結論づけている。 また上記の分類に加え、研究対象作品はどれも数曲のセット(図1参照)になっており、セット内 における各テクスチュア配置についても言及している点で斬新である。例えば、1740 年代以降のフ ランス人作曲家による作品では、セットの最後にイタリア音楽の要素が強い「トリオソナタテクスチ ュア」が置かれることが多いことを指摘している。これによって、作曲家が作品序盤では何らかの実 験的な手法を使用し、最終的には古典的作品を置くことでバランスを保っていたのではないかという 可能性を示唆した。さらに、特定の楽器による分析ではなく、全ての楽器による相互作用に重きを置 きているため、室内楽におけるアンサンブルのスタイルの変遷を捉える上で有力な研究であると考え る。 これまでの先行研究では、「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」は鍵盤楽器優位な作品としてアンサンブル 性の低さが常に強調されてきた。しかし Ong のテクスチュアによる研究によって、1738 年から 1760 年の「伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」は、前時代の「ヴァイオリン優位の作風」から「鍵盤楽器優位の作 風」に変化するまでの間、むしろアンサンブルのスタイルの点において特に実験的に改良を重ねた作 品であるということが明らかになった。. 5.まとめ Ong の研究から、ヴァイオリンソナタの作風変遷の分析方法として、楽曲におけるテクスチュア の分類という新たな視点が加わった。テクスチュアの分類方法として当時の音楽様式を加味する点に おいては、Ong の研究対象作品以外のヴァイオリンソナタにおいても有用であると考える。なぜな らば、室内楽史の中でも鍵盤楽器を含む室内楽作品は、「商業目的」の作品という社会的背景のみな らず、その結果として当時の国民音楽様式となった音楽語法の影響を大きく受けた作品であることが 明らかとなったからである。そういった意味で、「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤楽器ソナタ」は、むし ろ伴奏以外の役割を付与された鍵盤楽器を含む室内楽作品の出発点として重要な作品であることが 再評価できるのではないだろうか。. 86.
(14) 図表 (図1)Ong の研究対象作品一覧 作曲家. 作品(作曲年). Mondonville, Jean-Joseph-Cassanéa de. Pièces de clavecin en sonates avec accompagnement. (1711-72). de violon, œuvre 3e (1738). Rameau, Jean-Philippe (1683-1764). Pièces de clavecin en concert, (1741). セット内曲数. 6 sonatas 5 concerts. Sonates pour un clavecin et une flûte traversière, Boismortier, J. Bodin de (1689-1755). œuvre quatre-vingt onzième (1742). 6 sonatas. Sonates pour le clavecin avec un accompagnement de Corrette, Michel (1709-95). violon, opera XXV (1742). 6 sonatas. Sonates pour un clavecin et une viéle, œuvre III Dupuits, Jean-Baptiste (fl. 1741-57). (1743). 6 sonatas. Sonates en trio pour un clavecin et un violon, (1743). 6 sonatas. Clément, Charles-François (c.1720-after 1782). Pièces de clavecin en sonates avec accompagnement Guillemain, Louis-Gabriel (1705-70). de violon, œuvre XIIIe (1745). Mondonville, Jean-Joseph-Cassanéa de. Pièces de clavecin avec voix ou violon, œuvre Ve. (1711-72). (1748). 6 sonatas. 8 pieces. Pièces de clavecin avec accompagnement de violon, Marchand, (Simon-)Luc (1709-99). hautbois, violoncelle ou viole,œuvre 1ere (1747). Damoreau, (des Aulnais) Jean-François 'le. Pièces de clavecin avec accompagnement de violon et. jeune' (fl. 1754-c.1775). sans accompagnement, (1754). 6 suites. 17 pieces. Pièces de clavecin en trio avec accompagnement de Papavoine (c.1720-93). violon, œuvre II (1754). (Lost). Nouvelles Pièces de clavecin avec un Clément, Charles-François. accompagnement de violon & de basse, fait en. (c.1720-after 1782). concert & gravé séparément, [œuvre III] (1755). (Lost). Pièces de clavecin en sonates avec accompagnement Legrand (fl. c.1753-58). de violon, œuvre Ier (1753). 6 sonatas. Duphly, Jacques (1715-89). Troisième livre de pièces de clavecin (1756). 6 pieces. VI sonates de clavecin avec un violon ou flûte Herbain, Chevalier d' (c.1730/4-1769). d'accompagnemet en forme de dialogue (1756). 87. 6 sonatas.
(15) Nouvelles Suittes de pièces de clavecin et trois sonates. Noblet, Charles (c.1715-69). avec accompagnement de violon (1756). 2 suites with 3 sonatas. Pièce[s] de clavecin avec accompagnement de violon Maucourt père (d. before 1753). (1758). 6 sonatas. Pièces de clavecin dans tous le Genres avec et sans accompagnement de violon.avec accompagnement de Simon, Simon (c.1735-after 1780). violon, œuvre 1ere. (図2)4つの分類表. ①トリオソナタテクスチュア. 模倣テクスチュア 非模倣テクスチュア . メロディ楽器支配型 鍵盤楽器支配型 等声型. ②協奏曲テクスチュア. ③イディオマティックな鍵盤楽器テクスチュア. ④アドリブトゥムテクスチュア. 譜例 (譜例1)楽譜:ラモ, J- P.. (1961)より 《コンセール第3番1楽章 53-5 小節》. 88. 6 suites.
(16) 文献表 楽譜 Bach,Johan Sebastian. (1973a). Sonaten Nr.1-3 für Violine und Klavier (cembalo). BWV1014-1018. Ed.and Figured Bass realization by H.Eppstein. Fingering and piano part by H.Theopold. With supplementary violin part marked by K.Roehrig. München:Henle Bach,Johan Sebastian. (1973b). Sonaten Nr.4-6 für Violine und Klavier (cembalo). BWV1017-1019. Ed.and Figured Bass realization by H.Eppstein. Fingering and piano part by H.Theopold. With supplementary violin part marked by K.Roehrig. München:Henle Mozart,Wolfgang Amadeus. (1964).Vier Sonaten für Klavier und Violine Jugendsonaten1. KV6-9.Ed.by E.Reeser.Bärenreiter. Mondonville Jean-Joseph Cassanea.(1993). Pièces de clavecin en sonates avec accompagnement de violon Oeuvre 3e. by J. Saint-Arroman. J.M.Fuzeau. ラモ, J- P.. (1961)『コンセールによるクラヴサン曲集 ヴァイオリンまたはフルートとヴィオール. または第2ヴァイオリンを伴う』エルヴィーン・R・ヤコービ校訂,戸口幸策訳,ベーレンライタ ー原典版 28,全音楽譜出版社.. 参考文献 Baragwanath,Nicholas. (2015).“Mozart’s early chamber music with keyboard:traditions of performanve,composition and commodification.” In [ Mozrt’s Chamber Music with Keyboard ] pp.25-44. Ed. by M.Harlow. Cambridge University Press. Neher,Richard S. (1974). “The Interrelationships of Clavecin and Accompanying Instruments in the Pièces De Clavecin En Concerts by Jean Philippe Rameau; and A Critical Evaluation of the Etudes De Perfectionnement in the Méthode Des Méthodes De Piano.” Ph.D. diss., Indiana University. Newman, William S. The Sonata in the Classic Era.3rd ed. New York: W.W.Norton,1983. Ong, Nga-Hean. (2009). “French Accompanied Keyboard Music (1738-1760): A Study of Texture and Style Mixture” Ph.D. diss., Washington University. 今谷和徳, 井上さつき(2011)『フランス音楽史』春秋社. ウェブスター,ジェイムス『ニューグローブ世界音楽事典』(1994-95),「ソナタ. Ⅲ.古典派 3.楽器 と編成」の項(小林達子訳),講談社,第 10 巻, pp.84-89. 金澤正剛(2016)『新版 古楽のすすめ』音楽之友社. ザルメン,ヴァルター(1985) 『人間と音楽の歴史』第4巻『〈家庭音楽〉と室内楽———家庭内の音楽-1600 年から 1900 年まで,その社会的発展』音楽之友社. シュヴァルツ,ボリス『ニューグローブ世界音楽事典』 (1994-95), 「ヴァイオリン. Ⅲ.作品 2.17~18 世紀」の項(林眞佐子,関根敏子訳),講談社,第 2 巻, pp.169-172. ティルマウス,ミカエル『ニューグローブ世界音楽事典』(1994-95),「室内楽」の項(大久保一訳), 講談社,第 7 巻 534-537.. 89.
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