日本企業のグローバル化とトランスナショナル戦略
石 井 竜 馬
)はじめに
年 月のリーマン・ショック以降、我が国のビジネス界、最近では政界においても「戦 略」という語彙が発せられる局面が多い 。未曾有の金融危機に晒されたグローバル市場経済 システムであったが、我が国へ与えた甚大な影響を考慮し、官民・経済界が、危機管理におけ る戦略マネジメント能力 の重要性を認識しての現象であると考える 。 危機管理(リスクマネジメントという語彙での置き換えが可能な範囲において)と「戦略」 は、この文脈においてどのような関連があるのだろうか?当然、戦略という語彙を使用する背 景には、それを担う実行主体の組織的な成長も目的として担保されうる立場が含まれる。 戦略が危機管理とともに長期的な経済成長を志向するとすれば、国際戦略における中心的な 課題であるリソース・ベースト・ビューに基づいた持続的競争優位性の構築において、成長戦 略と危機管理はどのようなかかわりを持っているのだろうか ?本論では国際戦略を、グロー バル市場における危機管理の概念を含む、企業組織の、市場における生き残りのための長期的 な変化へ対応する知恵と反射神経を兼ね備えた体質こそが競争優位性の源泉であるという視座 に立つ。また、危機管理を含む長期的な成長戦略として、グローバル市場における企業の国際 化のフェーズとしてのトランスナショナル戦略を中心に検討していくものとする。事例研究と して、トヨタ自動車のトヨタ生産方式が持つプロセス・イノベーション や生産現場のデジタ ル化に焦点を当てる。また、日本企業の競争優位性の源泉がプロセス・イノベーションのどの ようなポイントにみられるのか、それをトランスナショナル戦略として、どのようにグローバ ル市場の中で危機管理における戦略マネジメントあるいは競争優位性の構築に役立てているの かについて論じる。)競争優位性の本質
競争優位性の定義は、商品やサービスの「差別化」「低コスト化」をはじめとして、我が国 の論壇においても非常に多くの議論がなされている。各種ビジネス理論において、個別の企業 分析に伴う形でのライバル企業との比較検討を伴う局面で、個別に優勢な点を「結果的な」競 争優位性として定義している事例も見受けられる 。たとえば、国内での企業の宣伝の場にお いて商品プロダクツ以外の広報を行う場合、投資家向けの IR セミナーや学生向けの採用セミ ナーで、自社の特色をプレゼンテーションする手法としては「戦略を構築する要素としての競 争優位性のアピール」が行われることが多い 。ここで使われる競争優位性は「社風」「企業文 化」「強み」「DNA」などという文脈で語られることが主流であり、客観的に見ても説得力を 欠くものとなってしまっている。その理由を精査すると、企業そのものに対する説明が極めて 曖昧でロジックのないものであるから、ということが実情ではないだろうか ?図 競争優位性(Competitive Advantage)の概念図(G. Saloner( )Strategic manage-mentを筆者が編集, ) 従って、自社の戦略プレゼンテーションを経営者が行う段において、競争優位性とはロジッ クのあるべきものであるという仮説が生じ、本論では基本的な戦略立案の中心となる競争優位 を構築するためのロジックについて、まず検討を加えたい。 競争優位性は、企業を取り巻く外的コンテクスト、そして企業内に存在する経営資源(ヒト・ モノ・カネ)という内的コンテクストを検討することで、長期的あるいは一時的にも対応でき る能力として醸成されるものである という考え方は、前掲の競争優位性のロジックに対して 整合性あると仮定したい。 特にグローバル市場における競争環境を各大陸別、国別、文化や宗教的背景別に分析するこ とは、日本を代表する大企業群が様々な地域性を考慮しながら「メガナショナル」「マルチド メスティック」「メタナショナル」型 として国際化の進展をスタートあるいは達成させたとい う歴史的な経緯を鑑みても、前掲の考え方に対して整合性が得られる。 このような類型別の国際化が生じた理由については、企業が外的コンテクストに対応しなが らも、内的コンテクストたる自社の経営資源の特色を鑑みてのものであろう。具体的な事例研 究としては、企業組織の持つ競争優位性の構成要素に目を向ける必要がある。すなわち、競争 優位性には、①外的コンテクストからの導入による強み、②内的コンテクストからの導入によ る強み、という両面性があるのではないかという仮説である。これを実証しているものとして、 サローナーによる競争優位性の分析があり、競争優位性とは①ポジション(外的地位)による 競争優位、②ケイパビリティー(内的組織能力)による競争優位があるとされている 。
)企業の国際化における危機管理と成長戦略
企業の国際化のフェーズについて分析すると、それは「メガナショナル(メガリージョナル)」 「マルチドメスティック」「トランスナショナル」「メタナショナル」などに分類される。その フェーズの根底にあるものは、国際化における危機管理との関連において、リスクの極小化と 成長の極大化を両立させうる考え方である。 企業が国際展開において直面しうる課題として①(現地の)市場情報、②商取引慣行、③信 用リスク、④資金調達、⑤労働慣行、⑥為替変動、⑦政変・地政学的カントリーリスク、など が挙げられよう。これらの要素のうち、最も企業を悩ませる要素として、特に経営基盤の比較 的小さいリスクに敏感である中小企業では、①の市場情報と⑥の為替変動、⑦の政変・地政学 的リスクが大きなリスク項目とされている 。 これらの様々なリスク要因に対する危機管理において、日本本社の関与度合いや国際展開の 戦略は大きく影響を受けることは否めないであろう。具体的には、現地情報に乏しい企業が海 外現地に進出する場合は、現地企業との合弁販売子会社の設置や現地進出済みの日本の商社と の合弁企業の設立などが戦略として考えられる。この場合の国際形態としては、フェーズの一 つである「メガナショナル(メガリージョナル)」の領域にとどまる。 しかし、ビジネス深度の進行とともに利益の創出形態に変化が見られる場合、たとえばバ リューチェーンの延伸(現地生産や部品製造企業とのクラスター構築)やバリューチェーンの 拡幅(コア製品・サービスの多角化)では、本社権限の一部委譲は経営効率のアップの前提と なる。この場合、「マルチドメスティック」「トランスナショナル」「メタナショナル」という 多様性を含んだ形態に分化していくのである。ここで注意すべき点として、いずれの形態によ る国際化に依ろうとも、その成長戦略にはエンジンが必要ということである。言うまでもなく そのエンジンとは競争優位性のことであるが、この要素には外的コンテクスト由来のものと内 的コンテクストから醸成されるものとがあることは述べた。すなわち、進出する市場の外的コ ンテクストとその企業組織の持つ内的コンテクストから生じるケイパビリティーによって競争 優位性の持続可能性における優劣が決定されることになるのである。)国際戦略における持続的競争優位性
競争優位性は競争戦略論において企業あるいは組織の競争戦略の立案と実行を担う成長のエ ンジンとなりうるものである 。また、掲題の持続的競争優位性という、いわゆるサステナブ ル・コンペティティブ・アドバンテージに領域を広げて考察する場合では、業界競争における 時間軸をより明確にした競争戦略の継続的な立案と実行のことを定義として示す。一方で、企 業活動における社会的責任(CSR)や社会的価値創出活動(CSV)を果たす上での資源・環境・ 社会的評価も前提としている。企業活動を自由な貿易と人・モノ・カネの資本移動を前提とす る国際市場に当てはめて考えた場合、競争優位性は企業活動が本拠地とする国家の政治・税 制・財政・文化的要素にも左右されるものとなる 。 競争戦略論における外的コンテクストとしての目まぐるしく変わる国際環境・市場環境は、 個人の生活環境に強く影響を与える SNS などのグローバルな情報共有の仕組み構築と、あら ゆる地域で商品やサービスの生産・販売に寄与するグローバルカンパニーの、それぞれ変化への要請をもたらしている 。従い、市場のバリューチェーンの下流に位置する個人のライフス タイル・嗜好の変化に応じて、バリューチェーンを統括する企業もその変化に敏感に対応して いかなければならない。 しかし、これまでのグローバル化のフェーズの一つであった大量生産・大量消費とは異なる 文脈での、バリューチェーンにおける多様化したニーズへの対応には、生産ロットの縮小、製 品ライフサイクルの短命化によるコスト増加を見逃すことができない。また、市場の成熟化に よってサービスや製品の差別化による競争戦略は熾烈を極め、イノベーション喚起のための開 発競争は生産現場でのコスト増となっている。多品種生産を前提とした低コスト戦略がとられ ていない企業や組織では、収益性の維持が困難になっている。日本企業における生産現場では トヨタ生産方式に代表されるライン生産方式のタクトタイム の短縮と、キヤノンの生産方式 に代表されるセル生産方式におけるラーニングカーブ効果によって、多品種小ロットへの対応 と顧客からの多様化したニーズに対応しているのが現状である 。 また、一方で成熟化した市場で確固たるユーザーからの支持を得ていくためには、低コスト に加えて、顧客ロイヤルティーの構築維持が不可欠のものとなる。良質なブランドエクイティー の維持を目指し、高度なマーケティング戦略も必要である。この戦略を可能とする要素を兼ね 備えているか否かが、持続的競争優位性の優劣を決定する要因ともなる 。従って、持続的競 争優位性に構築には、低コストを可能とする要素と業界内における顧客価値の創造維持に寄与 する要素が必要ということがわかる。このうち、業界内における顧客価値の創造維持について は、その企業組織の持つ歴史的背景に基づいたブランドエクイティーが最も明確な競争優位性 となり、地位的競争優位性の要素の一つと言えるだろう 。この地位的競争力としての競争優 位性は一朝一夕に構築することが不可能であり、名門老舗企業や立地条件に優れた店舗などは、 もともと持続的競争優位性に恵まれていることになる。資源ベース理論における資産という概 念に近い。他方、低コストを可能とする競争優位性は、組織能力としての競争優位性と呼ばれ ている。これは資源ベース理論ではケイパビリティーとカタカナ表記であることが多い 。 企業内における低コスト化の実現は、マネジメントプロセスの進化を伴っており、現在進行 形である。つまり、市場の環境や顧客のニーズの変化に対応できるか否かが、低コスト体質確 立の成否につながるとも言えるのである。この低コスト化のプロセスは持続的競争優位性構築 のための重要な要素となり、この低コスト化のプロセスを継続的・多次元に可能にできるか否 かが企業の組織能力(ケイパビリティー・アドバンテージ)と言われるものであろう。 つまり、組織能力は、もって生まれた先天的な地位的競争優位性の持続可能性にも大きく影 響する。しかし一方で、老舗の名門ブランドに胡坐をかいた企業が予期せぬ不祥事に苛まれた ときに、その存亡の危機に簡単に瀕してしまうのはよくある光景である 。このような危機管 理の局面では、競争優位性の一翼を担う組織能力こそが大きな威力を発揮するのである 。こ こに本論の期初のテーマである危機管理と戦略の関連性が生じることとなる。 また、グローバル市場におけるバリューチェーンを統括する企業の国際戦略においては、異 なる文化、異なる商慣行や経営資源に応じた競争優位性の構築こそが求められ、それを可能に するのも企業の持つ組織能力(ケイパビリティー)に他ならない 。同時に、これから起こり うる市場の変容に柔軟に対応できるか否かも、組織能力が危機管理能力たる競争戦略として機 能しうるのであり、持続的競争優位性構築の条件となる。 国際戦略における戦略フレームワークとして有効なものに「リソース・ベースト・ビュー」
に基づいたコリンズとモンゴメリーによる「企業戦略トライアングル」がある。ビジョンを実 現させるために要素として必要な①事業群、②資源セット、③組織構造・システム・プロセス をトライアングルに配置し、戦略におけるストックを企業の「危機管理」と「変化への対応」 を実現することで持続的優位性として機能させる考え方であり、大いに評価できうるものであ る。 企業の国際化を考察していくにあたり、持続的競争優位性を礎としたトランスナショナル戦 略は、「危機管理」と「変化への対応」を戦略に内包し、多国籍企業にとって重要な戦略であ ることはこの文脈から重要であろう 。いわゆる IT 革命とグローバリゼーションという「変化 への対応」や金融危機などに対応する「危機管理」についての議論は、あらゆる論壇で活発に 行われているが、実際の企業の製造と販売業態カテゴリーでの経営戦略におけるその巧拙につ いての本質を正面から議論したものは多くない 。 トランスナショナル戦略について、主に製造販売業に焦点を絞った具体的企業としては、プ ロセス・イノベーションの実践企業例として日本を代表する企業であるトヨタ自動車を取り上 げたい。その前提は、トランスナショナル戦略がいわゆる、メガナショナル(メガリージョナ ル)戦略、そして企業の国際過程におけるマルチドメスティック戦略の発展形の一つであり、 「メタナショナル」戦略と並ぶ、企業の国際戦略における最終形の一つでもあるということで ある 。 また、トランスナショナル戦略として、その国際化の過程において、各国に展開されている バリューチェーンがトヨタの競争優位性を保持した形で国際展開されているという点もまた、 トヨタ自動車を例として取り上げる前提となる。 図 競争優位性と、低コスト競争力、差別化による競争力の概念( 、筆者が作成)
)製造販売フェーズによる、トランスナショナル戦略の巧拙
企業のグローバル化は産業の大量生産・大量消費を産業構造の一つのフェーズとして進んで きた経緯がある。これは、金融の自由化、貿易障壁の低減化と IT 革命による情報通信コスト の低減によるところが多いという世界経済動向の歴史的俯瞰に基づく 。 日本企業の国際化の類型については、メガナショナル(メガリージョナル)型とマルチドメ スティック型が永らく一般的であった。たとえばメガナショナル(メガリージョナル)型とし ては、日本を代表する家電メーカーである 年代からのパナソニックにおける国際化を挙げ ることができる。白物家電から精密・生活家電まで幅広いプロダクトミックスを持つ同社は、 日本において複数のブランドを擁し、独自の販売網を武器に市場を占有する方式で成長してき た。パナソニックが国際化に取り組む過程で、果たして国際的な市場規模が今日のようになる など予想されていなかった日本の高度成長期においては、東京本社を中心とする統括型のマネ ジメントが、その効率性の維持と危機管理上、不可欠であった。高率に維持されていた関税な どの貿易障壁によって、今日のような積極果敢な海外市場における成長のモチベーションは存 在しなかったことも統括型のメガナショナル(メガリージョナル)戦略の背景と言える。 次にマルチドメスティック型であるが、例として同じく 年代からのソニーを取り上げた い。北米でのマーケティングの成功によって世界的にブランド認知度の高い企業となったソ ニーは、複数のブランドで多品種展開するパナソニックとは対照的に、AV 分野での企業ブラ ンドに特化して世界的認知度を高めて成長してきた企業の一つである。AV 分野では高度成長 期以降、日本企業が世界市場に先行してデジタルオーディオなどのデファクトスタンダードを 日本市場で確立したため、世界の諸地域によって消費ニーズにばらつきが生じていた。従い、 ブランドエクイティーの許す限り、ソニーは現地のニーズに応じた商品開発をせざるを得ない 側面があった。例えば、日本ではデジタル機器が席巻している状況でも、欧州ではアナログレ コードやカセットテープの需要は変わらず、ソニーはプロダクトミックスにおいて現地化を進 めることが求められたのである。結果、メガナショナル戦略ではなくマルチドメスティック戦 略として、その国の市場環境にマッチした経営環境が比較的緩やかに企業文化としても醸成さ れることになった。 マルチドメスティック戦略はソニーのソフトウェア事業との相乗効果構築にも寄与してい る。例えば、北米における映画・音楽事業や日本におけるゲームソフト事業などは、その経営 資源の多くをそれぞれ北米と日本という競争力醸成に有利と思われる地域から調達している。 このマルチドメスティック戦略の例として、地域的に分散し多角的な事業展開となっているソ ニーという事業体は、相乗効果を挙げながらブランドエクイティーを維持しつつ、一体となっ て国際化を進展させるうえで有利に働くことを示す好例である。 対してメタナショナル戦略は、企業のグローバル化における戦略マネジメントの巧拙に評価 の重点を置いたものであろう。たとえばメタナショナル戦略の成功例として取り上げられるこ との多いノキアやイケアはいずれも本社を北欧の小国に持つことから、自国市場の大小にかか わらず、国際市場における評価を確立した例として取り上げられる。 これらメガナショナル(メガリージョナル)戦略、マルチドメスティック戦略、あるいはメ タナショナル戦略も政府間のマクロ経済政策、市場環境の変化や企業の経営環境によって、長 期間にわたり醸成された商慣行・文化・規制や企業文化によって緩やかに確立されてきた感が強い。しかし、トランスナショナル戦略は、企業の暗黙知や経営資源の現地化とグローバルグッ ドとしてのブランドロイヤルティーの維持を同時に行いながら、積極的に顧客価値を世界的に 増加させることを求めている。 今日、米国企業を中心とするグローバル企業は 年代の中ごろから飛躍的に国境を越えた 直接投資(FDI)の増加の波に乗り、海外生産と販売を増加させてきた。新興国における中産 階級の成長に波長を合わせるかのように、市場そのものの成長を海外生産・販売の増加に結び 付けたのである。いわばトランスナショナル戦略とメタナショナル戦略を組み合わせたかのよ うな海外市場戦略が採られている。 従来のメガナショナル(メガリージョナル)戦略やマルチドメスティック戦略との明確な違 いは、ブランドエクイティーを世界的に統一しながら、なおかつプロダクトミックス を統合 させ、自らのオペレーションを世界で合理的・効率的に行う点である。ここで、トランスナショ ナル企業と、単に従来のインターナショナル企業(メガナショナル企業)がグローバル化した ものとの明確な差異は、組織内的なコンテクストにおけるケイパビリティーの存在ではないだ ろうか。例えば、世界展開企業としてのイメージのある企業の一つであるマクドナルドにおけ るプロダクトミックスと価格戦略を検討してみたい。世界的な物価指数としても使用されてい るマクドナルドのビックマック指数は、実際の商品・サービスの価格構成が、現地調達のコス トの多寡によって異なるのに、そのオペレーションが世界的に標準化され、製品価格構成が世 界で均一である前提とされている。世界統一のバリューチェーンを前提とする考え方で通貨の 価値を測定する概念であるが故の誤謬といってしまえばそれまでである。しかし、既存のヒト・ モノ・カネの経営資源を生かして直接投資に伴い海外展開するうえでは、進出する海外市場の 状況にマッチするだけではなく、バリューチェーンの現地化を伴った創設が必要となってくる。 故に、世界統一の価格設定を商品ラインナップに求めるという時点で、ケイパビリティー・ア ドバンテージを生かした競争優位性が欠如する傾向であるということは否めないであろう。 その企業が現地市場における競争に勝ち残る必要があるゆえに、新たな多様化した経営資源 には既存の英知が結集されることになり、まさに競争優位性の確立と持続性が現地化を伴いな がらも企業のコンピテンシーを維持できているのかがトランスナショナル戦略を検討するうえ で重要となるのである。
)トヨタ自動車の国際戦略とプロセス・イノベーションにおける競争優位性
トランスナショナル戦略を実践している企業としてトヨタ自動車を挙げることは、そのうえ で遜色のない条件を兼ね備えていると考える。トヨタ自動車にも、パナソニックやソニーの国 際化にみられた国際化の過程における試行錯誤があった。日本企業の米国への進出過程におい ては政府間の貿易交渉により、その海外戦略が大きく左右されてきた事が事例として挙げられ る。例えば米国では、 年に日本からの機械・自動車輸出に対して貿易摩擦の結果生じた政 治的圧力が増すこととなった。輸出への量的制限が生じたのと同時に、プラザ合意後の為替の 円高によって、日本企業の輸出戦略そのものが大きく変更されることになったのである。マク ロ経済環境の変化が、企業の国際化戦略における輸出重視から生産工場の海外移転、直接投資 にシフトするキッカケとなった。 年 月現在ではトヨタ自動車の海外生産工場(製造事業体)は 、ディストリビューターは となっており 、トヨタの海外生産台数は 万台であり、国内生産の 万台に対して海 外生産は国内生産を上回っている 。開発から販売まで米国のみで行われている車種もある 。 一方でトヨタの生産・販売の下級管理職にはトヨタウェイと呼ばれる日本発信のトヨタ生産方 式が浸透しており、これは現地のディーラーのスタッフにまで徹底されつつある 。この意味 で、トヨタ自動車がトランスナショナル戦略の旗手として成長できるか否かはそのトヨタの持 つ競争優位性の海外オペレーションへの移植の成否にかかっていると言っても過言ではない。 トヨタの競争優位性とは、言うまでもなくトヨタ生産方式に裏打ちされたオペレーションの優 位性に尽きる。ここで注意しなければいけないのは、文化も習慣も異なる海外で日本での暗黙 知として温存されているノウハウ、成功例や部門間序列をそのままの形で押し付けることはタ ブーであるということだろう 。 トヨタ生産方式の海外移転は、海外生産工場はもちろん販売や開発の現場にもトヨタウェイ (企業文化)として浸透することを目的としている。ゆえに日本国内で鍛え上げられた管理職 級のマネージャーが海外駐在での現地化オペレーションマネジメントの水平展開も期待されて いる。トヨタ生産方式の つの特徴 であるジャストインタイムと自働化は、競争優位性の持 続可能性の維持には欠かせなくなっている無形の財産であり、なおかつ競争優位性におけるケ イパビリティーの担い手であることがその理由である。 これら目に見えない優位性が、日本語を超越し世界各国のトヨタの現場で生かされるべく持 続的競争優位性として組織において理解されうるかがトランスナショナル戦略の成否のカギを 握っており、ここではトランスナショナル戦略を研究するうえでの好例としたい。トヨタ生産 方式における暗黙知は、企業文化の伝承と国際展開というトランスナショナル戦略を検討する うえでも大きなテーマともなっている。ここでの考察のポイントは暗黙知の組織内における企 業文化としての形式知化、つまり組織文化としての企業の競争優位性の構築がプロセス・イノ ベーションとして可視化可能か否かであろう 。マクドナルドでは 年代からの各国への直 接投資増加を意識して世界の店舗で従業員のマニュアルを整備し、メニューや商品規格の統一 化を図った(前掲のマクドナルド指数も取り上げられる形となった)が、現在ではメニューの 現地化を進め業績の向上を目指すフェーズに移行しつつあり、単なる接客店舗運営マニュアル の形式知化では市場変化に対応できない状況となっている 。 対してトヨタでは、製造工程における競争優位性に業績拡大のエンジンを求めていることも 相まって、トヨタ生産方式の「無国籍工場運営」(“自働化”におけるアンドンや“ジャスト インタイム”におけるカンバン――言語を必要とせず、工場の国際化における情報共有に言語 の壁が存在しない)は、強みの国際展開に強い親和性を持っている。ここにトヨタ自動車の持 つ競争優位性を生かしたトランスナショナル戦略の奏功へのキーが見て取れるのであろう。
)むすびにかえて
トヨタ自動車におけるトヨタ生産方式は単なるシステムにとどまらず、海外展開におけるト ランスナショナル戦略に必要な危機管理と変化への対応を両方織り込んだプロセス・イノベー ションの一種であり、そこから持続的競争優位性は生まれうるものとなっている。 競争戦略における競争優位性の賞味期限が短くなっていることは、昨今の商品プロダクツの 短サイクル化や市場全体の成熟化を見ても明らかであろう。しかし、企業の持続的成長のためには、変化に対応し危機管理を柔軟に行いながら競争優位性を持続的に織りなす仕組みこそが 必要である。これによって創出される競争優位性は地位的競争優位性によって組織の価値が既 得的に守られる部分と、変化や危機に対応して柔軟に自ら変わることができる組織能力によっ て構成されている。 持続可能性を探る企業組織では、差別化や低コスト化による運営の効率化だけではなく、そ れらを組織における文化として永続的に根付かせ、危機や変化に対応していく姿勢を構築する ことこそが求められるのである。この姿勢は昨今の経済市場のグローバル化における国際展開 戦略においても大変有効であり、トランスナショナル戦略に基づく持続的競争優位性の国際展 開における実践継承はその具体的実行例となるであろう。 (参考文献およびホームページ) 日本規格協会 http://www.jsa.or.jp/stdz/mngment/risk .asp 野村総合研究所ホームページ http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/rbv.html 三木( )“その企業らしさ”の経営とは ―企業 DNA(遺伝子)”エクセレント・カンパニーとビジョナリー・ カンパニーという切り口での先行研究がある。
G. Saloner( ) Strategic management Wiley
キヤノンホームページ http://web.canon.jp/ir/individual/detail/ .html AVウォッチ http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/ _ .html 小島(日本自動車工業会 HP) http://www.jama.or.jp/lib/jamagazine/ / .html) 日本規格協会 http://www.jsa.or.jp/stdz/mngment/risk .asp 野村総合研究所ホームページ http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/rbv.html 三木( )“その企業らしさ”の経営とは ―企業 DNA(遺伝子)”
G. Saloner( ) Strategic management Wiley
キヤノンホームページ http://web.canon.jp/ir/individual/detail/ .html AVウォッチ http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/ _ .html 小島(日本自動車工業会 HP http://www.jama.or.jp/lib/jamagazine/ / .html) クリストファー、バートレット「MBA のグローバル経営」P ∼ クリストファー、バートレット「MBA のグローバル経営」P ∼ スティグリッツ( ),楡井浩一訳:「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」 コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E % % %E % %AD%E % % %E % %AF%E % % %E % % F %E % % %E % %AF%E % %B
トヨタ自動車ホームページ
http://www.toyota.co.jp/jpn/company/about_toyota/data/regional_production.html http://www.toyota.com/sienna/?s_van=GM_TN_SIENNA_INDEX#!/Welcome
Jeffrey Liker( ) The Toyota Way: Management Principles from the World’s Greatest Manufacturer オールアバウト http://allabout.co.jp/newsdig/c/ (脚注) 政治家の発言傾向をビッグデータ化した「ポリタス」を参考にした。http://politas.jp/ 危機管理とリスクマネジメント、戦略マネジメント(ストラテジックマネジメント)の語彙の差異について は、別稿に譲りたい。我が国ではリスクマネジメントという語義が比較的広範囲に「戦略」の意味も含んで 使用される場合もある。これは、 年に策定された ISO によるリスクマネジメントの標準化も示すと ころと思われる。日本規格協会 http://www.jsa.or.jp/stdz/mngment/risk .asp 年 月 日日経新聞電子版、「 年 月のリーマン・ショックから 日で 年。世界全体の株価動向を
示すMSCI世界株指数(ドル建て)は 日に約 年 カ月ぶりの高値をつけ、金融危機直前を約 割上回 る水準となった。米国経済が再生に向かい、日本株も自民党への政権交代を機に上昇に転じた。ただ、新興 国には変調の兆しがある。主要中央銀行の資産規模は 年で 倍に膨らんでおり、中銀依存からの「出口」 が焦点だ。」
野村総合研究所ホームページ http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/rbv.html
ハーバードビジネスレビュー( , March)The dynamics of process-product life cycles では新興市場では Product innovationが、成熟市場では Process innovation が重要性を増すと述べている。
Barney( )Gaining and sustaining competitive advantage では、差別化の中心課題として①特徴②機能の連携 ③時期④場所⑤プロダクトミックス⑥他社との連携⑦評判、を挙げている。 中川特殊鋼(株)サイトの学生向け企業PRページを参照 http://job.rikunabi.com/ /company/top/r / 戦略・ビジョン、事業優位性、企業理念に対する自社の強みのアピールが記述されている典型的な中堅企業 の例といえる。 三木( )!その企業らしさ"経営とは―企業 DNA(遺伝子)"エクセレント・カンパニーとビジョナリー・ カンパニーという切り口での先行研究がある。
G. Saloner( )Strategic management Wiley
メタナショナル型については、「メタナショナル経営論からみた日本企業の課題 グローバル R&D マネジメ ントを中心に」( 、浅川)に詳しい。他方、「メガナショナル」については一般的概念として従来の松下 電器産業の国際化の初期フェーズのイメージに基づく語彙として使用している。「マルチドメスティック」に ついては、M. E. ポーターによって概念が形成された。
G. Saloner( )Strategic management Wiley
G. Saloner( )Strategic management Wiley をもとに石井竜馬が編集、作成した。
「メタナショナル」以外は一般的語彙として論壇では定着している前提である。メタナショナル戦略について は浅川(経済産業研究所)http://www.rieti.go.jp/users/asakawa-kazuhiro/に詳述がある。
「海外展開成功のためのリスク事例集」( 、中小企業海外展開支援関係機関連絡会議)
日本を代表する製造業であるキヤノンは競争優位性について独自技術による差別化を可能した設備投資の蓄 積に競争優位性を求めているが、 日本企業としては典型であろう。 キヤノンホームページ http://web.canon. jp/ir/individual/detail/ .html 年代後半からの Wernerfelt( )、Barney( )による真似されにくい 組織能力としての経営資源の蓄積が競争優位をもたらすという論壇の潮流に一致している。
M. E.ポーターは「CSR(企業の社会的責任)」に取って代わる新たな概念として、「CSV(Creating Shared Value =共有価値の創出)」を提唱した。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/ / /?rt=nocnt PEST分析によるところの考え方 キヤノンはコンパクトカメラの販売落ち込みに対応し、 年 月、SNS に特化したコンパクトデジカメを 発売した。 トヨタ生産方式におけるカンバン方式を用いた平準化生産方式が前提である。トヨタ系列の部品協力納入会 社や工場従業員全体のモチベーションと意識が必要である。 キヤノン電子 http://www.canon-elec.co.jp/aboutus/kakushin/cell.html キヤノン電子式セル生産「セル生産シス テム」開発部門、生産部門、販売部門に至るすべての部門の意識改革に基づく高効率経営を目指したマネジ メントシステムで、最速手組みラインであるマルチ (ONE)ライン(IMS 事業部 IMS 工場)は(中略)多 製品を つのラインで生産でき、 秒以内に製品切り替えが可能。生産性は従来の .倍まで高めること可能。 バリューチェーンと競争優位性の関係については、一般化する理論がそれほど多くなかったが、小島(日本 自動車工業会ホームページ、http://www.jama.or.jp/lib/jamagazine/ / .html)の詳説を参考にした。 ブランドエクイティーの構築にもインタラクティブ性が重視される、地位的なものだけではない側面もある が、詳細は別稿に譲りたい。 ケイパビリティーの語義には、能力・権限・才能・手腕・可能性という日本語の語義が充てられている(リー ダーズ英和辞典)。筆者は CAPABILITY が Capacity と Ability の合義語ではないかと考える一人である。すな わち、ケイパビリティーとは収容能力と目的遂行能力の合わさったものであり、経営学における組織能力と 訳すに適しているのではいかと考える根拠である。
福餅」の製造日を偽って表示したとして,日本農林規格(JAS)法に基づく農林水産省の指示を受けた問題 で,同社の浜田典保社長( )らが 日,伊勢市内で記者会見し,一度包装し冷凍保存した商品を,解凍し て日付を変えて出荷していたことを認めた。同社は冷凍保存を工程の一部と位置づけ,出荷日を製造日とし たことは問題ないと考えていたと説明。偽装の意図は否定したが,消費者の期待を裏切ったとして謝罪した。 また、これに続く大きな事件として 年の船場吉兆による食材の使いまわし事件などがある。 石井作成の図 は、ポーターのジェネリックストラテジーを構成するための源泉となるものは何かという論 考のもと、リソース・ベースト・ビューと外的コンテクスト重視といわれていたポーターの概念を融合した ものである。市場で高い評価がありながら、また、トラブルによって信頼に傷がつきそうになりながらも全 社的な資源(徹底的な究明調査と大規模リコールの逆説的運用)を活用し乗り切った例として(株)トヨタ 自動車の北米におけるブレーキ問題( 年∼ 年)がある。 トランスナショナル戦略における現地化の検討に詳説を譲りたい。 携帯端末の国際展開戦略におけるアップルとノキアの違いにみられるよう、ノキアはアップルとのスマホ戦 争、そしてサムスンとのアンドロイド戦争に敗れて市場からの撤退( 年、マイクロソフトに携帯事業を 売却)を余儀なくされた。 年 月現在でのグローバル企業の成功例として取り上げられる傾向が多い企業は、製造販売業としての アップル・トヨタ・サムスンである。しかし、これらの企業群を超越し、SNS での成功事例も散見されてい る。フェイスブック、ツイッターなどの企業のグローバリゼーションはいわゆるピァトゥーピァのカテゴリー でのグローバル企業の成功例として別稿に譲りたい。 クリストファー、バートレット「MBA のグローバル経営」P ∼ では、企業の国際化の類型として、①イ ンターナショナル、②マルチナショナル、そしてトランスナショナルとしている。一方、日本の経営学の論 壇では吉原( )国際経営(放送大学)にみられるように、メガコンペティションにおけるマルチドメス ティック・トランスナショナルという類型であることが多い。 スティグリッツ( ),楡井浩一訳:「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」,徳間書店を参考に した。 プロダクトミックスの定義については、商品・サービスの幅・長さ・深さ・一貫性が重要とされるマーケティ ング戦略という文脈である。
http://kotobank.jp/word/%E % % %E % %AD%E % % %E % %AF%E % % %E % % F% E % % %E % %AF%E % %B この用語を使用した背景には企業戦略が現地化においても自らのバリューチェーンの強みを生かす戦略が必 要との筆者の見解による。 直接投資とはここでは、雇用を伴う工場設備の現地化、特に北米においては日本の自動車・機械メーカーに よる現地工場の設立の動きと定義したい。結果、輸出一辺倒であった自動車・機械の対米貿易構造が大きく 変わることとなった。 トヨタ自動車ホームページ http://www.toyota.co.jp/jpn/company/about_toyota/facilities/worldwide/index.html トヨタ自動車ホームページ http://www.toyota.co.jp/jpn/company/about_toyota/data/regional_production.html トヨタの北米専用ミニバン「シエナ」は、北米専用モデルであり日本のアルファードなどとは全く異なる開 発プロセスを経た「いわゆるミニバンとは別のクルマ」である。 http://www.toyota.com/sienna/?s_van=GM_TN_SIENNA_INDEX#!/Welcome
トヨタ自動車(北米会社)関係者への ― 年におけるインタビューが中心。Jeffrey Liker( )The Toyota Way: Management Principles from the World’s Greatest Manufacturerにも一部記述がある。
クリストファー、バートレット「MBA のグローバル経営」P ∼ に詳述されている。 Jeffrey Liker( )The Toyota Way: Management Principles from the World’s Greatest Manufacturer 暗黙知の定義と組織における形式知化についての議論は大きなテーマであるので別稿に譲りたい。
マクドナルドの不適切な戦略による業績不振は経営情報だけではなく一般の顧客の目にも明らかになりつつ ある。http://allabout.co.jp/newsdig/c/
トヨタの競争優位性が製造工程におけるバリューチェーンの効率化によってもたらされているという筆者の 前提に基づく造語。