『
御
注
金
剛
般
若
波
羅
蜜
經
宣
演
』の
注
釈
的
研
究
平
井
宥
慶
『御注金剛般若波羅蜜經宣演』の 注釈 的研 究 (平 井) 一道
氤
撰
『御
注
金
剛
般
若
波
羅
蜜
經
宣
演
』 の注
釈
疏
大 正 蔵 八十
五 巻 所 蔵 の ( 恥 二 七 三 四 ) 『 金 剛暎
巻
上 』 ( 五 二b
〜 六 一 二 c ) な る本
は 、道
氤 撰 『 御 注 金 剛 般 若 波羅
蜜
經
宣 演 』 ( 二 七 三 一 二 。 以 下 『 宣 演 』 大 八 五 ・ 八 c 〜 五 二b
) の 注釈
書
で あ る 。 「京
地清
発道
場 沙 門 宝 達 集 」 と な っ て い る 。 ヘ ヘ へ 「 京 地 」 は み や こ と み て い い で あ ろう
。 「清
発道
場 」 は 彼 の 居 た寺
の 謂 い と 思 え る が 、後
述 す る よう
に 痕 跡 は 不 明 。 「集
」 と いう
の は 、彼
自
身 の自
己 考察
に よ る論
説 、 と いう
より
も 、 諸処
か ら の 聞 説 収 集 的 意 味 合 い が濃
厚
で あ る と いう
こ と の よう
か も し れ な い 。但
し そ の 選 択 眼 は 宝達
自 身 の も の に は 違 い な い 。 当 注 は 『 宣演
』 の 要句
を取
り 出 し て 注釈
を 施 し て い く 形式
で 、 頭 初 「賛
揚経
注
略
啓
五 門 」 の 疏 文 ( 『 魯 旦 演 』 九b
四 ( − ) 行 ) か ら ( 同 一 四b
二 行 ) の 「 所 言 勝義
及 世俗
諦 其相
如
何 」 ま で の 注釈
文 が残
存
す
る 。念
の た め 、裏
面 写 本 も あ っ て 、 「 曇 無 讖 」 「 玄 奘 」 「鳩
摩
羅 什 」 の 略 歴 と 唯 識 に 係 る 記事
があ
る が 、 い ま の と こ ろ表
面 写 本 と は 直 接 は 関 わ ら な いも
の で あ ろう
と 言 っ て お く 。 大 正蔵
の 原 本 は 、 そ の脚
注
に 云う
に 「 村 山龍
平 氏 蔵敦
煌 本 」 と な っ て い る 。 商 務印
書 舘 編 『 ( 旧 ) 敦 煌遺
書
総
目智 山学報 第五 十 六輯 索 引 』 ( 一 九 六 二 ・ 北 京 ) が 散 一 〇 五 一 に
挙
げ 、 こ れ は 昭 和 法 宝 目録
に よ る 「 日 本 諸 私家
所
蔵敦
煌 写 経 目 録 」 に よ る 〔 2 ) と こ ろ で あ る 。 と こ ろ で 「 村 山龍
平
氏 」 で あ る が、 こ の 人物
が 朝 日 新聞
社創
始 に 関 わ っ た 人物
で あ れ ば 、 そ の 蒐集
品 展 示 の 「 香 雪 美 術館
」 が 没 地 の神
戸 市 東 灘 区 に あ る が 、 こ こ に は こ の 写 本 は も は や 無 い が如
く
で あ る 。 「 村 山 龍 平 記 念館
」 が そ の 生 地 二 一、 重 県参
宮
線 に あ る 田丸
駅 の 玉 城 町 に あ る が 、 こ こ に も 存 在 し な い如
く で あ る 。 わ れ わ れ は い ま の と こ ろ、 こ の 大 正 蔵印
行
本
の み を 頼 り に し な け れ ば な ら な い 。 こ の本
の 名 は、 中 国 に お け る僧
伝
・ 目 録 類 に は 登 場 し て こ な い 。 登場
す る の は 、 わ が 邦 の 『 智證
大 師請
来 目録
』 ( 3 ) ( 八 五 九 年 成 立 ) で あ る 。 こ こ に 「 金 剛経
暎 三 巻 宝 達 」 と あ る 。 こ の 大 正 蔵 印 字 の 原 本 は 天安
三年
( 八 五 九 ) 書 の 聖 護 院 本 で 、 別 本 の 鎌倉
時
代 写 高 山寺
本
に は 「義
膜 」 と あ る と 脚 注 は い う が 、 「暎
」 が 書 写 本 中 も っ と も 先 行 す る 表 記 で あ る こ と か ら も こ れ が 正 し い と み る べ く、 か く し て 今 問 題 に し て い る 当 本 が こ の と き わ が 国 に伝
え ら れ た こ と は 確 か で あ ろ う 。 そ し て こ れ は 三巻
本
で あ っ た 、 と い う こ と で あ る 。 周 知 の 如 く 円 珍 に は 五 種 の 目録
が あ る 。 こ の 本 は 、 そ のう
ち の 決定
稿
と い わ れ る 当 目 録 ( 第 五 番 目 の 目 録 ) に 初 め ( 4 ) て 登 場す
る の で あ る 。 実 は 当 目 録 の 記 録 中 、 そ の 一 行 前 に 「 金剛
経
義 宣 演 三 巻 青 龍 」 が あ る 。 こ の 両本
の関
係
で 言 え ば 並 ぶ の も 当 然 であ
ろう
が 、 こ の 『 宣 演 』 が 円 珍 の 目録
に初
め て 登 場 す る の は 、 大 中 八年
( 八 五 四 )録
の 『 福 州 温 州 台 州求
得 経 律 論疏
記 外 書等
目録
』 ( 第 二 番 目 の 目 録 ) で、 そ こ に は = 巻 」 と あ り 「 上未
足 」 と いう
か ら 、 円 珍 は そ れ か ら も努
め て探
索 し 、 且 つ そ の 過 程 で 『 金 剛 経 暎 』 も 獲 得 す る こ と に な っ た 、 と いえ
よう
か 。 「 宣演
』 の わ ( 5 ) が 邦 に お け る 初 め て の 登 場 は 空海
の 大 同 元年
( 八 〇 六 ) 『御
請
来 目 録 』 で 、 つ い で 出 る の が 承和
十
四年
( 八 四 七 ) の 『 恵 運 律 師書
目 録 』 に お い て で あ る 。 こ こ で も 『 金 剛 経暎
』 は ま だ出
て こ な い 。 そ の 後 『 宣 演 』 は 、東
大
寺
平 祚 の ( 6 ) ( 7 ) 『 法 相宗
章
疏
』 ( 九 一 四 年 記 ) 、 蔵俊
の 『 注 進法
相宗
章 疏 』 ( 一 一 七 六 年 記 ) と 、 一貫
し て 法 相系
に 保 持 さ れ 、華
厳
宗
・ ( 8 ) 天台
宗
・ 三 論宗
・律
宗
の 目 録 に は現
れ て い な い 。 次 に、 高 麗 義 天 の 『新
編 諸 宗 教蔵
總 録 』 ( 一 〇 九 〇 年 記 V に 現 れ 、138
一『御 注金剛般若 波羅 蜜經宣演 』の注釈的研究 (平井) そ こ に は 『 金 剛 経
暎
』 は な い が、 「 宣 演科
二 巻宣 演
会
古
通今
鈔
六 巻已 上 詮 明 述 」 と い
う
新 た な 書 が現
れ る 。 ( 9 ) 『宣
演 』 も 「 六巻
」 と あ る が 、 こ の 巻 数 の 出 入 り に つ い て は 既 に 論 じ た 。 『 金 剛 経暎
』 が 、 こ の義
天 録 と 前 後 す る永
( 10 ∀ 超 の 『東
域伝
燈 目録
』 ( 一 〇 九 四 年 記 ) に 現 れ る 。 し か も こ の 二 本 の 書 名 の 問 に 挟 ま っ て 「 同経
訣 一 巻 曹渓
所 名 」 な る 記 録 が あ る 。 こ れ は 『 宣 演 』 に 続 く と いう
こ と で あ る よう
だ が 、 そ れ と係
る疏
と い う 意 味 な の か 、 「曹
渓 」 の名
も 、 或 は 慧 能 大 師 を いう
も の か 、 こ の 書 名 は か の 『 智 證大
師請
来
目 録 』 で は 、 『 金 剛経
暎
』 三 巻 の 次 に 登 場 し て い て 、 『 東 域伝
燈 目録
』 の 記録
順 序 が 何 を 意 味 す る か 判 断 し か ね る 。 こ の 目 録 を 伝 録 す る 過 程 で 発 生 し た写
本 自身
の 異 同 と い う 可 能 性も
あ
り
、 人 騒 が せ な 記 録 で あ る 。 い ず れ に し て も 『 金剛
経
暎 』 三 巻 が 、 わ が邦
で 伝 承 さ れ て い る 可 能 性 を 思 え ば 、何
時
の 日 に か ど こ ぞ の 経 蔵 よ り 発 見 さ れ る こ と も あ ろう
か と 思 わ ざ る を 得 な い 。 注 @ @ @ @ @ @ @ @ @1
875421 ) @ j @ ) @ j @ ) ) ) ) ) 言 及 し な い と 、 そ れ に 気 か な か っ た と み る 読 者 が い る の で 。 因 み に 敦 煌 研 究 院 編 『 敦 煌 遺 総 目 索 引 新 編 』 ( 中 華 書 局 二 〇 〇 ) 大 正 五 ・ 一 一 〇 五 c 行 目 同 右b
九 行目
同 一 〇六
四a
ッ
右 一 = 二 八b
同 右 = 四 一a
同 右 = 七c
拙 論 「 道 氤 の 思 的 位相 」 福 井 博 士 記 念 論 集 。 大 正 五 五智山学 報 第五十六 輯 二
「
宝
達
」 のこ
と
撰 出 ( 「 集 」 と い う 表 記 か ら 「 述 」 と は い わ ず、 「 出 」 と 言 っ て お く ) 者 の 、 こ の僧
名 と 同 じ 名 が 「 宋 高 僧 伝 』 巻 二 十 一 「 感 通 篇 」 に 登場
し て い る 。 「唐
杭 州 霊 隠 寺 宝 達伝
」 と いう
。 以 下 に そ の書
き 下 し 文 を 載 せ る 。 @ 『 宋高
僧
伝 』 巻 二 十 一 「 感 通 篇 」 ( 大 正 五 〇 ・ 八 四 六 C 〜 七 a ) 釈 宝達
は 何 許 の 人 か 知 ら ざ る な り 。 是 名 山 に 遁 れ 道 望高
し 。 刹 利 法師
と 号 す 。 密 呪 を 持 す を 以 っ て 恒 務 と為
す 。 其 の 院 中 に 印 沙 床 ・ 照 仏 鑑 有り
。 往 く は 浙 江 なり
。 驚 く べき
濤 、 巨 な る浪
、 害 と為
す こ と 実 に 深 し 。其
の潮
大 い に 至 れ ば則
ち 今 の 湖 上 の 諸 山 を 激 射 せ ん や 。 達 は其
の 桑 麻 の 地 の 悉く
変 じ て 江 と為
る を 哀 れ ん で 、 遂 に 呪 を 誦 し て 濤 あ る の 神 の 患 い を 止 ど む 。 一 夜 に 江 の 濤 の 中 に 偉 人有
り 。 玄 き 冠 に 朱 き 衣 、導
従 の甚
だ 繁 く し て 至 り 、 達 に 謂 い て 曰 く ( ↓ 「弟
子 は 是 れ 呉 の 伍 員 、 復仇
し 雪 恥 す る は 、 他 人 に あ ら ざ る な り 。 師 の 慈 心 は 物 の 為 め な り 。 員 は 已 に命
を聞
き お わ り たり
」 と 。 言 訖 り て し か し て 滅 す 。 日 明 け て 寺僧
怪 し み て 問う
「昨
夜
の 車馬
の 喧 、 誰 の 為 す こ と そ 」 と 。 具 さ に 其 の事
を 言 う 。其
れ 神 理 を 冥 感 す る こ と 、多
く 此 の 類 い な り 。 爾 れ よ り 西 岸 の沙
漲 り 、 年 を 彌 た る 。 還 り て 百 姓 の 殖 利 を為
す 。 時 に 推 称 す る所
、 翕 然 し て 敷 化す
。後
、終
る 所 を知
る こ と な し 。 系 し て 曰く
、 印 沙床
と は 何 ぞ 。 通 じ て 曰 く 、有
道 の 師、 山 に 居 し て も 、 必ず
し も 宝 器 に あ ら ず 。其
れ を 疑う
て 、 江 沙 を範
築
し 、 巧 み に 坐 榻 を 成す
か 。 照 仏 鑑 と は何
ぞ 。 通 じ て 曰 く 、 即 ち 、 鑑 は 燈 ば か り 。 其 の 陸 の 鴻 、漸
く し て貞
元 中 に多
く
是 の 山 に 遊 ぶ を 以 っ て 述 記 す 。 達 師 の 節倹
と 明心
の 調 度 を 記 す る な り 。[ 以 上 終 り ] 注 (
1
) 呉 の 伍 員 楚 の 伍 員 ( 〜 前 四 八 四 ) が 呉 に 逃 れ た 故 事 。 一140
一『御注金 剛般 若波羅 蜜經宣 演』の注釈 的研 究 (平 井) こ こ に は 『 金 剛 経
暎
』 の名
は な い 。 し か も 感 通 篇 に 登 場 す る と いう
入物
像
は 、経
論 疏 を 為 し た と いう
義
解
的 行 為 に は 少 し く 合 い難
い の も事
実 で あ る 。 但 し 、 こ の 記事
の 中 に あ る 「貞
元 中 ( 七 八 五 〜 八 〇 五 ) 」 の 行動
と いう
事
跡
に は 、 時 間 的 に は若
干 の相
応点
も
想 定 で き る 。 道 氤 の没
年
を 下 限 七 四 〇 年 と み れ ば 、 そ れ に復
注 し た 宝達
は 一 世 代 乃 至 一 世 代 半 位後
の 人物
と 設定
で き る か ら 、 今 の 宝 達 と 時 間 的 に は そ れ ほ ど齟
齬 し な い で あ ろう
。 こ の復
注 本 が京
地 で 成 っ た こ と は 、 そ の 撰 記 で 明 ら か だ が、 こ の 「 清 発 道 場 」 は 、 中 国 の 僧伝
・ 目録
類
に 見 出 す こ と が 出 来 な い 。京
大 人 文 研 の 『 唐 代 研 究 の し お り 』 に み て も 、見
出 す こ と が 出来
な い 。今
こ の 写 本 の こ こ に あ る マ マ の み で あ る 。 と こ ろ で 『敦
煌遺
書
総 目 索 引 新 編 』 は 、索
引 「 金 剛映
序
」 の 項 で 、P
四 七 四 八 と い う 写本
を指
示 し て ( 1 ) ( 2 ) い る 。 そ の 写 本 は 「 残存
十 一 上半
行 」 と説
明 さ れ 、 一 四 ・ 四 × 二 〇 ・ 二 の 断 片 だ と いう
。 こ れ を 次 に示
し て お こ ・ つ 。 注(
1
) こ の 事 実 は 『 ( 旧 ) 敦 煌 遺 書 総 目 索 引 』 の 索 引 に は 示 さ れ て い な い 。 但 し 同 書 ペ リ オ 目 録 本 文 で は そ の 旨 は 記 さ れ て い る 。 (2
) . . O > 目 ♪ 『 OOd 団 ∪ 国 oo 竃 > ZdQo ∩ 困 目 ω ∩ } 自ZOHG
り U 団 →Od
団 Zl 霑 Od > ZO 、 . ぐ9
< 冒 日 卩鋸
【 ω 這 ゆ U ( パ リ 目 録 ) 《P
四 七 四 入 》黄
永 武 主 編 六 五 四 三 ニ ー 『 敦 煌 宝 蔵 』 = 二 四 金 剛 暎 序江 口
[
夫
理 深 暎 漸籍
妙
観方
趣事
大端
衆 非 [哉
有 我 唐 西京
青
龍寺
大 法 師當
之 故 口 [ 之 天 恵 生 知 道遠
學 府 不 能 究 之者
一 口 [ マ コ 五 卅 咀 而 吐 之龍
彩 炳 然 久 理 照格
咸 謂口
以淨
至 化 法 師遂
着 般若
宣 演 三 巻 略 [ ( 新文
豊 出 版 公 司 ) 口] ] ] ] [
] ]
字
体 は写
本 の ま ま 。智 山学報 第五十六輯 脚 十 十 十 九 八 七 注 ニ ー 異 歸 大 聖 之 婉
成
一 家将
遣 學 者 非 第 不 述復
能廣
以 其愛
者
霊 口 護 旨 舜 堂 拾 級 入 室 開 開 行 口 [ 於 印 契瀉
彼
甑 置 此 器雖
[矣
吟 諷翫
集
口 口 口 口 [ 口 口 口 [ ] ] ロ ー− そ こ に 文 字 が 一 字 確 実 に あ る こ と を 示 す 。 [ ] は 字 数 不 明 の 部 分 を 示 す 。 集 11 写 本 で は、 口 偏 が つ く よ う に み え る 。
各
行
下 部 の 欠 け て い る 下分
は 二 乃 至 四 字 分 ほ ど と 思え
る が 、 そ れ が毎
行 に 亘 る の で、 意 味 を取
る に は 困 難 を き た さ ざ る を え な い 。 た だ こ の序
文 が、 『 金 剛 暎 』 が 『 宣 演 』 の 成 立 に準
じ て 、 そ れ に 注 せ ら れ た も の で あ る こ と を 述 べ て い る こ と は 、充
分
に 知 ら れ る 。 一 行 目 の 「 江 」 の字
に つ い て、 パ リ 目 録 は 「 江 ( 陵 ? ) 」 と指
摘
し て い る 。 そ う だ と す る と 、 こ こ は い ま の 湖 北 省 南 部 を 流 れ る 長 江 中 流 域 に 面す
る 地、 み や こ か ら 随 分 に 離 れ た 地 で あ る 。 こ こ が 宝達
の 出 身 地 乃 至 主 要 駐錫
地 を 言 っ て い る の か、 或 い は 序 文作
成 地 を い う も の か 、 ど ち ら に し て も 宝 達 と縁
の あ る 地名
で あ ろう
か ら 、 宝 達 な る 人 物 の 生 涯移
動 経 路 は か な り の広
範
囲 に わ た っ た よう
に み え る 。 だ とす
る と 、 か の 杭 州 霊 隠 寺 に 居 た と いう
宝 達 も 、 今 の 宝 達 と 同 一 人 物 の 可 能 性 と し て は 有 る か も し れ な い 。 し か し 「 江 」 の つく
地名
は 少 な く な い 。 パ リ 目 録 の措
定 も 、 写 本 か ら 見 る 限り
「 陵 」 の 字 が 推 量 で き る よう
な も の で は な く 、 か な り 予 想 的 推 定 の よ う で あ る 。 但 し 中 国 の 歴 史 地 理 を考
慮 す る な ら 、 こ こ が京
か ら 離 れ た 地 で あ ろ う こ と は 想定
し て も よ い と 思 わ れ る の で 、 宝 達 の 広 範 な 移 動 経路
と いう
の は想
定
の 許 さ れ る範
囲 か も し れ な い の で 一 142「御注 金剛般 若波 羅蜜經 宣演 』の注釈的研究 (平井) あ る 。
も
し 『 金 剛暎
』 の 宝 達 が 、 感 通 篇 で名
を残
し た 宝 達 そ の 人 で あ れ ば 、 彼 は そ れ な り に 数奇
な 運命
を 担 っ て 唐 中 期 の 中国
を 歩 ん だ も の の 一 人 で あ ろう
と い え る の で あ る 。三
『
金
剛
暎
』巻
上
の翻
刻
凡 例 一 、今
回 は 首 部 (大
正 八 五 ・ 五 二b
) か ら 五 六b
二 行 目 ま で を 書 き 下 し 印 刻 す る 。文
章
内 の 〈 〉 数 字 は 大 蔵 経 の ペ ー ジ数
字 。 一適 宜 改 行 し て い る 。 章 立 て で は な い が 、 筆 者 が 区 切 っ て み た 。
行
頭
の 「 」 は 『 宣 演 』 の 本 文句
で 、文
章 内 「 」 は 引文
、 乃 至 会話
調
の と こ ろ 。 〔 〕 補字
。 一 以 下 の 字 は カ タ カ ナ に し た 。 そ れ 以 外 は 漢 字 を の こ し た 。 但 し 字体
に は あ ま り こ だ わ っ て は い な い 。大
正 蔵 は 全 て 正 字 に し て い る が 、 写 本 が 手 元 に無
い 限 り あ わ せ ら れ な い 。 敦 煌 写本
に 既 に 正 字 で な い こ と は ま ま あ る の で 、 こ だ わ っ て も意
味
が 無 い の で あ る 。 者 “ ト ハ ・ ハ之 1ー ノ
也 1ー ナ リ ・ ヤ 不 1ー ズ
令 1ー シ ム
使 1ー シ ム
従 1ー ヨ リ
於 1ー 二 ・ ヲ 可 1ー ベ シ
非
1ー ア ラ ズ ・ ア ラ ザ ル乎
1ー カ自 1ー ヨ リ
與 晒 ト
耶
1ー ヤ見 1ー ラ ル 一
傍
線
は固
有名
詞 、 口 は 現 大 正蔵
本 ( 「 現 本 」 と 略 ) の 不 明字
、 [ ] は 二行
割
注 。智山学報 第五 十 六輯 『
金
剛
暎
』巻
上
京 地 清 発
道
場 沙 門寶
達集
▽ 「 賛 揚経
注 略 啓 五 門 」 ト ハ此 れ は 宣 演 口 御 注 般 若 故 ノ 経 を 疏 す 。 「 啓 」 ト ハ 開 く こ と ナ リ 。 「 略 」 は 則 ち 簡 要 ノ 義 ナ リ 。 「 五 門 」 は 生 起 の 次
お の お 第 と
知
る 可 し 。 中 に 於 い て、 前 の 四 つ は 経 の 義 を 懸 談 し 、第
五 は 正 しく
経
文 を 釈 す 。 疏 に 准 ず る 中 、各
の 開 い て二 と
為
せ ば 則 ち 十 門 と な す も 亦 た 得 な り 。第
一 は 漸 教 の興
由 門 な り 。 一 、教
興 由 到初
・ 叙 教 興 意発
・ 依 論釈
▽「 先 依 論 釈 」 ト ハ 疏 の 中 、 両 論 に 依 り て 教 の 意 を 明 か す 。
各
の 牒 す る こ と 同 じ カ ラ ズ と 雖 も、 是 れ は 此 の経
ノ 興 り を 宣 明す
る ナ リ 。簡
要 な る故
に 尓 然 なり
。 諸家
の 疏 に 准 じ て 牒 す る に 、 惣 別 ノ 意 有 り 。 惣 ハ 即 ち 如来
出 現 し て 一代
説 法 す る ノ 大 意 を」
明 か す ナ リ 。 則 ち 法花
経 の如
し 。 「唯
だ 一 大事
因 縁 を 以 っ て の故
に 世 に 出現
せ り 」 。 謂 わ く 「 衆 生 を し て 仏 の 知 見 を( 2 ) 開 か シ め 、 清 浄 を 得 せ シ ム ル が 故 に 」 。 仏 の 知 見 を 「 示 す 」 が 故 に 、 仏 の 知 見 を 「 口 ら 」 シ ム ル が
故
に 、 仏知
見 のll
巨
道 に 「 入 ら 」 し め る 故 に、等
な り 。法
花
論 に 准 じ て自
ら 之 を 釈 す れ ば 、 「 開 」 ト ハ 無 上 の義
、 一 切智
智
を 徐 き 口 余 事 無 き 故 に 。 「 示 」 ハ 同 の 義 、 「 悟 」 ハ 不 知 の義
、 「 入 」 ハ 不 退 転 地 を 證 得 せ シ ム と 為 す 、 無 量 の智
業
を 與 ふ る を 示現 す る 故 に。 一
144
一『御注 金剛 般若波 羅蜜經 宣演 』の注 釈的研 究 (平井)
ー
慈 恩 の釈
に 云う
二
切 智 ハ 仏 ナ リ 。 又智
と 云う
ハ 根本
後得
知 ナ リ 。 此 の 二 は 是 れ 智 の 用 、 此 の 二 の 智 性 は 即 ち 是 れ真
如 な り 。 若 し く は 用 、 若 しく
は 性 、合
し て名
づ け て 智 と 為 す 。 一 〈 五 二 CV 切 智 人 を智
と 云う
故
に 一 切智
智 と名
つ く 。 又、 一 切智
ハ根
本 智 、重
ね て 智 を 言う
ハ 後 得智
なり
。 此 の 二智
を 攀 げ て智
性 ヲ 真如
の妙
理 に 攝 す 。 又 、 一 ( 5V切
智
ハ 智 用 の 菩提
な り 。 重 ね て智
を 言 う ハ 性 涅槃
な り 」 と 。 「 今 此 の 二 は悉
く 皆 な 無 上 な る を 顯 わ す 」 。 此 れ 即 ち 雙 つ な が ら菩
提 と 涅槃
を 開 き て 二無
上 と 名 つ く 。 「 此 の 二種
を除
い て 更 に餘
事
無
し 。勝
れ て 二 法 を 過 ぐ る が 故 に 無 上 ( 6V と 名 つ く る ナ リ 」 。 二 に 「 示 」 ハ 、別
に 涅 槃 を 開く
ナ リ 。 「 聲 聞 ・辟
支 仏 ・ 仏 の 三 乗 の 法身
平等
、法
身
平 等 ト ハ 、 仏性
の 法身
に 差 別 ( 7 ) 無 き を 以 っ て の故
な り 」 。 「 此 の意
は 三 乗 を 言 い て 法身
本
来 平等
を説
く 。 衆 生 は 無智
に し て法
身
の 円 満 を修
證
す
る を肯
ん ゼ ズ 、 諸 仏 出 世 し て 衆 生 に 此 の 仏 知見
ノ 性 を 示 さ ん と 欲 す 。 三 乗 に 同 じ く 平等
無 二 有り
、 同 じ く 如来
の法
身 を ( 7 >證
満
せ シ ム ル が故
に 、 同 の義
と名
つ く る ナ リ 。 三 に 「悟
」 ハ 、 別 に 菩 提 を 開く
ナ リ 。 コ 切 の 聲聞
・ 辟 支仏
、彼
の 真実
の處
を 知 ら ザ ル を 以 っ て の故
な り 。 真 実 ( 8 ) の處
を知
ら ザ ル者
、 究竟
に し て唯
だ 一 仏乗
の み を 知 ら ザ ル 故 に 」 。 「 衆 生 を し て 究竟
に し て 唯 だ 一乗
の み の 仏菩
提 の ( 8 )智
を 悟 ら シ メ ん と 欲 し 、 、 修 し 生 長 せ し メ ン が 故 に 」 、 不 知 の 義 と 云 う ナ リ 。 四 に 「 入 」 ハ 、 「 上 の 三 は惣
と 別 と 、 仏 果 の 菩提
・ 涅槃
を顯
わ す と 雖 も、 未 だ 如 何 に 能 く 獲 證す
可き
か を知
らず
、 ( 9 )今
能 く 證す
る ノ 因 を 顯 わ す が故
に名
づ け て 入 と為
す ナ リ 」 。 惣 じ て 之 を 言う
。 諸 仏 出 世 し て法
輪 ヲ轉
じ 、 大 小 の 徴 に 即 す る と 雖 も 、其
の 本意
同 ぜ ズ と 謂う
ナ リ 。皆
な 普 く 一切
衆
生 を し て 悉 く當
に 成 仏 せ し メ ン と 欲す
る が 故 に 説法
す る ナ リ 。 二 の 別 の 意 の中
、 亦 た 通 別有
り
。 通 ハ 則 ち 諸 部 を説
き 般 若 ノ意
を 明 か す 。 解 深 密 経 に説
く が 如 し 。 謂く
、 生 の無
自
性 性等
の 中 に於
い て 、 如實
に相
( 10 ) の 無 自 性性
及 び 勝義
の 無 自 性性
等
を 了 知 せ シ メ ン と欲
す
。 般若
を 説 く所
以 は 、廣
く
彼 に 説 く が如
し 。繁
を 恐 れ て 録智 山学 報 第五十六輯 さ ズ 。 ▽
「 無
著
菩
薩 釋 三 問 意 」 ト ハ 問う
て 曰 く、 六 の 因 縁 を 得 る ト ハ 、 乃 ち善
現 の 問う
意 を釋
す 。 何 を 以 っ て か 将 に 仏 説 の 意 を明
か さ ん とす
る 耶 。答
う 、疏
の 如 し 。 ▽ 「 且 一部
宗 旨 」 已 下 通 に 此 の 意 を 釋す
る ナ リ 。 故 に知
ん ぬ 、意
に 六 有 る を 。 問 い に 依 り 而 し て 答う
る に 、 仏 の 意 は 必 ず 同 じ ナ リ 。 ▽ 「 其 六者
何
」 已 下 並 除論
文
。 「則
是 般若
波 羅 蜜 令 仏 種 不 断 」 ト ハ 、 惣 じ て 六 の 因 の 意 を 結 す る ナ リ 。 別 に 六有
り と 雖 も 、 惣 じ て 仏種
を 不断
な ら シ ム る ナ リ 。 ▽ 〈 五 三 a > 「 云何
以 此 」 已 下 自 か ら の 徴 を 論 じ て 、 不 断 を釋
す 。 前 の 五 因 に 則 す る 所 以 は 、 断 疑 ヨ リ 始 め て 歓 喜 利 益 二 至 る ま で 、有
情 に 増 進 を 行 わ シ メ 、 後 の 一 は 則 ち 正 教 に 久住
せ シ ム 。行
進 す れ ば 則 ち 必 ず 果 ヲ 證す
。 教住
す れ ば 則 ち 真 理 恒 に 明 ら か な り 。 此 れ に由
り
て 能 く仏
種
を 不 断 な ら シ ム 。 然 る に 此 の 論 に 随 え ば 、 位 地 に 依 る と 謂う
、 疏 の 中 の自
ら 下 の 文 を 指 す 故 に 。 此 れ労
す る こ と無
く 繁 述 す 。 初 め の 「 仏 法 外 人 」 ハ 、 下 の位
地 中 に 配 す る に 准 ず れ ば 、 疏 に 両 釋有
り 。 此 れ は前
の 解 の 意 に 依 る ナ リ 。 則 ち 十 信 已 前 の未
だ 三 僧祇
數
に 入 ら ざ る を 仏 法 の 外 の 人 と 名 つ く る ナ リ 。 「 以 有 疑惑
不 生定
信 」 ハ 、 則 ち 二 類 の 人 の 為 す 所 ナ リ 。 「 疑 惑 有 る 」者
は 、 是 れ 未 発 心 の 人 に て 、 其 れ を疑
を 断 じ 十 善位
に 入 ら シ む 。 則 ち 是 れ第
一 の 断 疑 の 為 の 故 な り 。 而 し て 此 の 経 を 説く
。 一146
一『御注 金 剛 般若波 羅 蜜 經宣 演』の注 釈 的研究 (平井) 「 定
信
を 生 ぜ ざ る 」 者 は 、 即 ち 是 れ 十 善 の菩
薩
、意
に 云う
に 、 既 巳 に 疑 を断
ず
れ ば 即 ち 必 ず 信 を 生 ず る も 、 然 る に信
が 未 だ定
ま ら ざ る 故 に 。 此 れ 第 二 の信
を 生 ぜ シ ム る 者 、 則 ち 十 信 位 に 入 り決
定 の信
を 生 ぜ シ ム る な り 。 定 信 を お わ 生 じ 已 れ ば 則 ち 仏 法 内 の 人 に し て 三劫
數 に 入 る と名
つ く る な り 。 「 次 二 乃 至 未 解 進 修 」 ハ 、 則 ち 是 れ 仏 法 に 入 る 者 に 進 修 を 解 せ シ ム る が為
の故
に 。 甚 深 に 入 る 者 を 六住
已来
に 入 ら シ メ 、 不 退転
の 者 を 七住
已 去 に 入 ら シ メ ん が 故 に 。 此 の 二 種 は 皆 な 進 修 と 名 つ く 。 「 後 の 一 は 已 に 進 修 す る 者 も 、 未 だ 能 く 證達
せ ず 」 ハ 、 即 ち 地 前 の 人 、 初 地 已 去 に 入 ら シ メ て 、 親 しく
法
性 を證
し 、 如 来 の 家 に 生 れ て 、極
喜
地 に 住す
る を證
達 と名
つ く る ナ リ 。 故 に 第 五 を 歓 喜 を 生ず
と為
す と 云 う 。故
に 此 れ則
ち 五 因 有 る と 雖 も 、束
ね て 三 位 と 為す
ナ リ 。 ▽「
由
教
但
為
」 已 下 三位
の 所 以 を 釋 す 。 之 れ を尋
ね て 知 る ベ シ 。 し 「 若 し 已 に 證 悟 す れ ば 言 教 都 て 亡ず
」 ハ 、問
ふ 、若
し 初 地 に 入 る を名
づ け て 證 達 と 為 す な ら 、 豈 に 教 え を藉
か ズ し て而
か も 言都
て 亡ず
る 耶 。答
ふ 、 増 勝 に振
り て 説 く 。 地 前 に在
る に 由 っ て 未 だ 理 ヲ 證 せず
。 必ず
信教
に 由 ら ば方
に能
く
證 に 入 る 。 若 し 初 地 に 入 ら ば 、 親 しく
真 如 を 證 し 、 理 観 に 依 り て 真如
を 證 す 。 理 観 に 依 り て 修す
る こ と 、 全 て の漸
教 に は ア ラ ザ ル 故 に 。 下 の 疏釋
、攝
付
の 中 の 言多
く 、 地前
に 依 り て 以 っ て 攝付
を 明 か す 。 初 地 巳去
、 親 しく
法性
の 二 利 行 の 強 な る を 證す
等
の 故 に 。 ー』
有
る 頌 に 云 わ く 「菩
薩 は法
流 に 在 り前
後
に 諸 仏 を 見 る 已 に 菩提
の 近く
得
る こ と に難
易無
き を知
る 」 と 。 此 の 中 ノ 意 、 當 に知
る べ し 、亦
た 然 り 。 「 智 を 生 じ福
を 攝す
る の 對 」 ハ ・羨
に 〈 五一 二b
> 入 る は 是 れ 智 を 生ず
る ナ リ ・ 福 を 攝 す ハ ・蘿
にξ
蚕
に 由 り受
持
修 行 し 、多
く 功 徳有
り
て 復 た 退 転 せ ザ ル故
に 」 と 。智山学 報第五 十 六輯 「 其 れ 位 地 に 配 し 至
文
當 に 釋 せ り 」 ハ 、 即 ち 此 の 巻 末 に 三 問 を 釋 す る 中 の 説 ナ リ 。 「 仏 の 所説
の法
は 咸 な 二 諦 に 歸 す 」 ハ 、 此 の 説 の 意 に准
じ て、 諸 経 論 に 通 ず と 雖 も、 而 か も但
だ 説 を 此 の経
の 意 に 配す
れ ば 、 則 ち 是 れ 通 を 以 っ て 別 を 釋す
る ナ リ 。 「 謂く
、即
ち 此 こ に 於 い て都
て 無 所 得 」 ハ 、 即 ち 此 れ前
の所
説 の 俗 諦 ノ 中 、 能 所 の 相 を 離 れ て差
別 を 見 ズ 、 真 性 な る第
一 の 義 理 二終
る を 無 所 得 と 名 つ く 。 「 是 れ 諸 の 聖 な る 種 性 な り 」 は 、 一 切 の 聖 人 、 皆 な 此 の真
諦
無
相
ノ 理 を 證す
る に 由 り て 、而
し て 聖 ヲ 成ず
る ナ リ 。 「 有 る が頌
に 言う
が 如 し 等 」 ハ 、 成 唯 識 論 の 引 く 経 頌 ナ リ 。 初 め の句
は真
諦 を 明 か し 、 下 の 三句
は 俗 諦 を 明 か す 。 意 に 云 わ く 、要
は 真 を 證す
る に 由 り、 方 に能
く 俗 を 了す
。 「 諸 行 」 ハ 則 ち有
為
法 ナ リ 。 〔 13 ) 「 非 是 不證
真
」 ハ 、 而 し て 能 く 俗 の 幻 等 の 如 き を 了 す る ナ リ 。 上 に 二 諦 の 意 を 説 く を 成 ず る と 證す
る ナ リ 。 ち が 「 略 し て 六對
有 り 」 ハ 、 則 ち 真 俗 二 智 に 六 對 の 差う
名 有 る ナ リ 。 第 一 の 對 は 、證
理 ノ 智 、真
・ 勝事
ノ 智 俗 な り 。第
二 の對
は 、 一 切 法 の 真性
を 知 る が 故 に 一 切 智 と名
づ け 、 一 切法
の 差 別 相 を知
る が 故 に 一 切種
智 と 名 つ く 。 則 ち種
類 ・ 差 別 し て而
し て 知 る故
に 。 種 の 言 を 以 っ て 而 し て 簡 別 す る ナ リ 。第
三 の 對 は 、 喩 に 従 っ て 名 と 為す
。 蓮華
開 敷 す れ ば 、 衆 見 て 咸 な 悦 ぶ が如
し 。 喩 の 後 に 説 法 を 得 れ ば 喜 を 生 ぜ シ ム る ナ リ 。 〔 14 ) 「 如 所 有智
」 ハ 真 如 の 所 有 智 ナ リ 。 故 に 對 法論
に 云う
「 如所
有 ハ 三 脱 ・ 四諦
・ 十 六 行等
ナ リ 」 と 。 ( 15 ) 「 盡 所 有 」 ハ 、 謂 く 、 後 得 智 の中
に 遍 く 諸 境 を縁
ず る ナ リ 。 故 に 對 法 論 に 云う
「 盡所
有 ハ 蘊 ・處
・ 界等
、事
を 攝 し て 盡 く 故 に 」 と 。 後 ・ 総 料 簡 ▽ 「 次 惣 料 簡 」 ト ハ 一148
一『御注 金剛般 若波 羅蜜經 宣演』の注釈 的研 究 (平 井) 其 れ に 二 の 意 有
り
。 一 は 両 論 同 じ か ら ズ の 所 以 を 料簡
す 。 二 は 惣 じ て 経 文 及 び論
に 對 し て 以 っ て説
意 の多
少 ・ 不 同 を 明 かす
な り 。 疏 の 如 く 知 る 可 し 。 「 教 に 依 り て行
を 起 し 」 ハ 、 教 を 説 く に 由 る が故
に 疑 を 除 き信
を 生 ず等
、 即 ち 是 れ 修 行 を 起 し 進 め る ナ リ 。 「 境 に 依 り て智
を 生ず
」 ハ 、 境 は 即 ち 二 諦 な り 、 二 諦 に依
り て真
俗
等
の 六 對 ノ 智 を 生ず
る に 由 る 、 上 の疏
の 説 の 如 し 。 「 教 理 ノ 深微
を 悟 る 」 ハ 、大
乗 教 の 深 き 理 の 妙 な る を悟
ら シ ム る ナ リ 。 外 道 ・ 二乗
等
の 教 に 同 じ か ら ズ 、我
と 法 な の 二執
に従
っ て 起 る 所 を 分 別 し 、 生 死 二 乗 教等
を 勉 ま ズ 。 我執
と 法 執 と を 〈 五 三 c > 断 ず る と 雖 も 、 仍 ほ 涅槃
に 著 し 利他
行
に 関 し て 存 住す
る 等 は 、皆
な 深妙
と は名
ず け ザ る ナ リ 。 「 仏 の 説丸
磐
嚥
蜜
」筆
ハ 、 無藷
の 釋 意 に准
ず
染
、即
ち
説
無
説 執 を 離 る る と雖
も、 正 し く ハ磐
に あ ラ ズ と名
つ く 。 故 に 論 に 云 わく
「法
門 の 第 一義
を 顯 わ す ナ リ 」 と 。若
し 天 親 論 の 意 に 准 じ て 般若
を 説 か バ 、 諸 仏 の真 実 ノ
恵
ナ リ 。 「 即 ち 般若
に あ ラ ズ 」 ハ 、即
ち 二 乗 等 の所
得 の 般 若 に は あ ラ ザ ル ナ リ 。 已 上 の 両論
の釋
意 は、 皆 な 教 深 ノ 義 を 顯 わ す ナ リ 。 故 に 教 の 深 を 悟 ら し ム ル が 為 に 而 し て 此 の 経 を説
く 。 此 の 教 興 門 の 一 一 の 義 中 、皆
な 須 べ か ら く結
歸 す べ し 。説
経
ノ 意、 下 に 皆 な 准知
す
べ し 。 「 未 だ 曾 っ て 是 く の 如 き ノ経
を 聞 く こ と 得 ズ 」 は 、 善 現 の 恵 眼 之 れ を 得 る こ と 既 に久
し く 、 當 に 未 だ 曾 っ て 聞 く か ズ 。故
に 大 乗 の 教法
の 深 な る を知
る ナ リ 。 「 持 説 功徳
の 勝 れ た る 、無
量 の 身 財 を 以 っ て布
施 す る 」 等 ハ 、則
ち 四句
を受
持
し他
の為
に 所 得 の 功 徳 を 演 説 す 。 下 の経
文
中
、 財 と 及 び 身 の各
の 両 重 の 教 量 を 以 っ て 、持
説
ノ 福 に は如
か ズ 。 初 め は 則 ち 福相
の法
身 中 に 一 な る 三 千 大 千 世界
の 七 寶 の布
施
を 擧 げ 、持
説 の 四 句 ノ福
に は 如 か ズ 。 第 二 に外
論散
亂 を 離 れ る 中 、多
く
恒 河沙
等 三千
大 千 世智 山学報 第五十六輯 界 の 七 寶 の 布 施 を
擧
ぐ 、 亦 た 四句
持 説 ノ福
に 如 か ズ 。 第 三 に 懈 怠 を 遠 離 す る 住處
中 、 恒 河 沙 等 の 身 命 の 布 施 を 擧ぐ
、 四句
持
説
ノ 福 に 如 か ズ 。 第 四 に 寂 静 味 を離
れ て 住 し、 一 日中
に於
い て 分 け て 三 分 と為
し て各
の に 恒 河 沙 の 命 を 捨 つ る 、是
く の 如 き 無 量 の 千 萬 億 劫 に 身 を 以 っ て布
施 す る を擧
ぐ
、 経 を 聞 き 信 心 し 不逆
に て 得 る 所 の 功 徳 に 如 か ズ 。 不 逆 ト ハ謗
ら ザ ル こ と ナ リ 。 「 故 に 功 徳布
施
論 は 経 に 依 り て 名 を 判 ず 」 等 ハ 、 功 徳 施 ハ 論 主 の名
ナ リ 。 彼 の 論 題 に 「 金 剛 般若
破 取 著 不 壊 假匠
名
論 」 と 云 う 。 破取
著
と は 是 れ 真 諦 、 不壊
假名
と いう
名 は是
れ 俗 諦 な り 。 今 の 意 に 云う
、 経 に 由 り て 二諦
を 論 ず る故
に 、能
釋
ノ 論 経 を 以 っ て 名 を 立 つ る 所 ナ リ 。 「 依 初 入位
論
説
断
疑 」 等 ハ 、 意 に 云う
、 此 れ 六 因 を 論ず
る 中、 初 め の 一 は 疑 を 断ず
る 為 の 故 に 、 即 ち 是 れ 所 断 ノ 障 、 後 の 四 は 信 を 生ず
る 等 、 並 び に 是 れ 所 修 の攝
ナ リ 。 其 の 所 以 を 釋 す る は 疏 の 如 く 、 應 に 知 る べ し 。こ ( 18 ) 「 障 に 二
種
あ
り
、 煩 悩 と 所知
と 」 ハ 、 障 ハ 覆 の義
、 礙 の 義 を 之 れ を名
づ け て 障 と いう
。 故 に 成 唯 識 論 第 九 に 云 う 。 〈 五 四 aV 「 煩 悩 障 ト ハ 謂 わ く 、 遍 計所
執 し て實
我
薩 迦 耶 見 に 執 し て 、 上 首 と 為 す 。 百 二 十 八 根本
煩 悩 及 び 彼 の 等 流 の 諸 随 煩悩
、 此 れ皆
な有
情 の 身 心 に憂
悩 し て能
く
涅 槃 に 障 と な る を 煩 悩障
と 名 つく
。所
知障
ト ハ謂
わ く、 遍 計 所 執 し て實
法薩
迦 耶 見 に執
し て、 上首
と為
す 。 見疑
無
明 愛 恚 慢等
、 所 知 境 を覆
し て 顛倒
性
無
く、 能 く菩
提 に 障 と な る を 所知
障 と名
つ く 」 と 。 「 其 の 根 源 を尋
ぬ る に 、 二 執 を 本 と為
す 」 ト ハ 、 即 ち 上 の 論 文 に 、 遍計
所 執 し て實
我
・ 法 の 二 見 、相
應法
の 邪 恵 に 及 び 二執
の 體 性 と 為 す 。 此 の 界 と 二 障 と を 本 と為
す ナ リ 。 問 ふ 、若
し尓
か ら ば 、 二障
と 二執
と 、 同 と 為す
や 異 と 為 す や 。 答 ふ 、 惣 相 と し て 而 し て 二 障 を 談ず
れ ば 、 必 ず や 二 執 を 以 っ て 本 と為
す 。然
し て 細 に 分 別す
れ ば則
ち 寛 狭 有 り 。 且 つ護
法 論 師 釋 し て 云 わ く 、 煩 悩 障 の 中 、 我 見 に相
應 す る の亦
た 執亦
た 障 、涅
槃
に 障 る 故 に 、 我 を計
す
る 執 の 故 に 。 獨 り貪
等 を超
ゆ る は 我 を計
せ ザ ル 故 に 、障
に し て 執 に は あ ラ ズ 。 又障
は 前 七 識 に 通 じ 、 唯 だ第
八 を 除く
。 一150
一『御注金剛般 若波 羅蜜經 宣演 』の注 釈 的研 究 (平井) 執 は 唯 だ 六 七 の み に て 、 五 と 八 を
除
く ナ リ 。所
知 障 の 中 、亦
た 差 別 有 り 。 障 は前
七 に 通 じ 、 執 は 唯 だ 亠 ハ と 七 の み 等 、 則 ち 障 は 寛 く 執 は狭
い ナ リ 。 若 し安
恵 師 の 釋 に 據 ら ば 、 煩悩
障 は 前 七 識 に 通 じ 、 唯 だ第
八 の み を 除 く 。 我執
は 唯 だ 六 と 七 の み ナ リ 。所
知
障
と 法 執 の 體 と 寛 狭 無 し 。 総 じ て前
六 識 及 び 第 八識
に 通 じ 、 仏 已 外 の 菩 薩 を 除 き 、 已 に 諸 識 の 自 體不
證實
に 還 る故
に 。 三 性 の 心 に 通 じ て 、 皆 な 法 執有
り
。 唯 だ 末 那 を 除 く の み 、論
説 し て 但 に 四 或 ト相
應 す る 故 に 、 法 執無
き ナ リ 。 「 又 、障
に 三有
り
」 等 ト ハ 、 即 ち 煩 悩 ・ 業 ・ 報 等 の障
に し て、 亦 た 三 雑 染 と名
つく
こ と 常 の 所 説 の如
し 。 果 報 も 亦 た 不 可 思 議 な り 、等
。 「 是 れ報
障 を除
く
」 ト ハ 、 天 親 の 論釈
に 依 り て 云う
、釋
・ 梵 を 得 る 、等
。 即 ち 十 王 の 果 報 を 感 じ て 三 悪趣
を 離 る 、 是 れ 報 障 を 除 く ナ リ 。 又寶
性
論
の 四障
の 中 、 前 の 二 は 是 れ 煩 悩 障 に 攝 し 、後
の 二 は 是 れ 所 知 障 に攝
す 。若
し 轉 行 位 に約
し て伏
斷 を 明 かす
ハ 、 河 南 の 釋 に 云う
、 十信
の 第 六 心 が 初 障 を 伏す
、信
不 退 の故
に 。 十 住 の第
四 住 は第
二 障 を 伏 す 。 我見
と 不 共 の 無 明 を分
別 し て麁
に 此 れ に伏
す 故 に 。 花 厳 経 に 説 く 、第
一 に貴
真
佛 子 を 生 み 、 諸 賢 聖 の 正 法 ヨ リ有
無 の諸
法 を 生 む 。 所著
無
け れ ば 生 死 を 〈 五 四b
>捨
離
し 三 界 を出
つ る故
に 。我
彼
の 位 を 分 別 し て 能く
此 の 二 の種
子 を伏
し て 初 地 の 斷 に 入 る 。 第 三 の 所 知 障 、 五 地 の斷
障 に在
り 、 下 乗 に於
い て般
涅槃
の障
は 五 地 の斷
の 故 に 。 縁覚
の 捨 心 は 所 知 障 に し て 七 地 の方
斷
、 六 地 は猶
ほ 十 二 因 縁 を観
つ る故
に 。 ( 19 ) ( 20 ) 「 四 恩 ノ 心 」 ト ハ 、 是 れ 梁 の 攝 論 に 説 く 。 即 ち 、 天 親 論 の 所 説 の廣
大等
の 四 心 ノ 文 な り 。其
の 次 第 の 如 し 。 名 づ マ マ け て 平等
恩 ・ 不 施 恩 ・善
意 恩 ・真
実
恩 ナ リ 。其
の名
字
を 釋 し て 下 に 至 る 、當
に知
る べ し 。 「無
住
浬槃
に 及 ぶ の 文 」 ト ハ 、 無 著 論 の 下 の 経文
を 釋 す る に 准ず
。 心 具 足 の 中 に 六種
の 心 有 り 。 第 五 を名
づ け て 不 住 生 死真
心 と 為 す 。 即 ち 下 の経
文
に 「 須菩
提
よ 、汝
若 し是
の 念 を作
さ ば 阿 耨多
羅
三 貌 〔 三 菩提
〕 を発
す者
、 諸 法 の 断 滅相
を 説 き て 、 是 の 念 を作
す
こ と 莫 れ 」等
の文
、 是 れ ナ リ 。 即 ち 不住
涅 槃 の 故 に 。 聲 聞 ・縁
覺 の 二 障 を 通 除 す智 lll学報 第 五 十 六輯 る ナ リ 。 六
度
の 攝 戒 を 標 す る 、 六 等 ハ 、意
と し て 修 行 中 に 具 さ に 六度
所
修 ノ 行 を 説 く と 答う
る を 顕 す ナ リ 。 ▽「 又、 捨 身 財
等
」 巳 下散
じ て 経 文 を 指 し 、 別 し て 六 度 に 配 す る ナ リ 。 「 又 、 一切
の相
等 を 離 れ て 攝 律 儀戒
を為
す 」 ト ハ 、 三 聚 浄 戒 の 中 、 一 切 の 悪 を離
れ る を 攝 律 儀 戒 と 名 つ く 。 凡 そ 是 の所
断 は 皆 な 此 の 中 に 収 む 。 今 の 経 に 、 一 切 の 相 を 離 れ菩
提 心 を 発 す 等 と 云う
、 即 ち 所 離 の 相 等 は 皆 な是
れ 所 断 ノ 法 に し て 、 所 以 に 攝 律 儀 戒 と 名 つ く る ナ リ 。 「 是 れ 三 聚浄
戒
乃 至 三 種発
心 」 等 ト ハ 、 一 つ に有
為
心 を 厭 離 す 。 即 ち 諸 の 有 漏法
は 是 れ 勤 め て 諸 悪 を 断ず
。 勤 め て 諸 悪 を断
ず ト ハ即
ち 別 解 脱戒
な り 。 乃 ち 定 道律
儀 戒 等 、是
れ 攝律
儀 戒 ナ リ 。 二 つ に 菩 提 を 求 む る 心 、 即 ち普
ね く 諸 善 を修
む る な り 。普
ね く 諸善
を 修 む る ト ハ 、 二 空 の 真 智 に し て 、 二 乗 生 空 ノ智
二 及 ぶ 。 乃 至 凡 夫 も 能 く 大 乗 に 随 こう
所 、有
漏 の 善心
の 身 語 等 の業
。 若 し 爾 か ら ザ レ バ 、 地前
の 一 劫 に 純 に有
漏 の修
な り 。 七 地 前 の 有 漏 に 及 ん で ハ 、 應 に 大 行 に あ ら ザ ル ベ し 。 即 ち 是 れ 攝 善 法戒
な り 。 三 つ に悲
愍 の 有情
心 、 謂 わ く 書 夜 の 十 二 時 中 に 於 い て 、 普 ね く 三 界 法 の有
情
の 類 い の 深 心 非 愍 を観
て 、 濟抜
を 思求
す る 等 、 此 れ 即 ち攝
衆 生 戒 な り 。其
の 次 第 の如
く 、 即 ち 断 徳 ・ 智 徳 ・ 恩 徳 の 三 種 ノ 因 と 為 す 。 又 、 智 と 断 と の 二 徳 は 是 れ自
利 行 、 恩徳
は 是 れ 利 〈 五 四 c > 他 行 な り 。 此 の 三 種 、 若 し 地 前 に在
れ ば 信行
地 と名
づ け、 若 し 地 上 に 在 れ ば 浄 心 地 と 名 づ け 、 若 し 果 位 に在
れ ば 如 来 地 と名
つ く 。 皆 な 此 れ 三 攝 の 故 に 。 十 八住
處
は束
ね て 三 地 と 為 す等
、 此 れ を 離 れ ザ ル 故 に 。 「 以 っ て 三摩
跋 帝 と 為 す と 論 判 す る 」等
ト ハ 、 無 著菩
薩 論 に 下 の 経 文 を 釋 し て 、 應 に 是 の 如 く 知 り 、 是 の 如 く見
る べ し等
を 智 と 云 い 、 奢 摩 他 に 依 止す
る 故 に知
、 毘 鉢 舎 那 に 依 止 す る故
に 見 、 此 の 二 が 三 摩 提 に 依 る故
に 信解
。刻
云 う 、 是 の 如 き 一 切 の 住 處 中、 三摩
提
に 相 應す
る 方 便 は亦
た 爾 か 應 に知
る べ し等
、 即ち
諸 住 處 の 中 、 顕 現 の義
を釋
す 。 皆 な 是 の 止観
を 定 恵 の 二 度 と 為す
ナ リ 。 一152
一『御注金剛般若波羅蜜經宣演亅の注釈 的研 究 (平井 ) 「
大
経 の最
後 の 六 明 脚 」 ト ハ ・ 即 ち 大磐
経
+ 六會
中 の 最後
の 六會
なり
・其
の 次 第 の 如 く ・廣
く 六 波 羅蜜
相
分
を 説 く ハ即
ち 六會
ナ リ 。 即 ち 六 度 の 因 を 以 っ て會
名
を 標 す 。今
の 意 に 云う
、 此 の 経 は 是 れ 第 九 會 の説
なり
。 且 つ 六度
を擧
ぐ る ノ義
を 「 略 標 」 し 、 「無
相
に し て 引 生 を 修 す る を 明 か す 」 。 後 の 六會
は廣
説 の 義 ナ リ 。 「 三 に 果 徳 ノ真
化 を 識 る 」 ト ハ 、 即 ち 仏 の 三 身 等 を果
位 と 名 つ く る ナ リ 。 豈 に 果位
を 識 ら シ メ む ト ハ 、故
に 此 の 経 を 説く
と知
る 。 若 し 爾 か ら ば 、 此 の 経 ノ 奥 に 三 問 在 る カ 。 三問
既 に 置 く 。 問 ふ 、戒
の 因 如 何 ぞ 果 に し て 説経
と為
す ヤ 。答
ふ 、 疏 に 「 善 現 の 三問
因 中 に 在 る と 雖 も 」等
と 云 う 已 下 の 如 く 、 即 ち 此 の妨
を 釋 す る ナ リ 。然
れ ば 両 論 の 意 に 准ず
れ ば 、 果位
中 に 於 い て 但 だ真
と非
真
の 二種
の 仏 を 説 く の み ナ リ 。 即 ち法
身 と及
び自
受 用身
と合
し て真
佛 と 為 す 。 他受
用 身 と 及 び 変 化身
と 合 し て 非真
佛
な り 。 地 上 の 十 地 に 随 う と雖
も 、各
の應
ず
る と こ ろ 同 じ カ ラ ザ ル を名
づ け て 應身
と 為 す 。 地前
の 三乗
所
見 の 麁身
及 び 随 類身
を名
づ け て 化 身 と為
す
。 然 し て真
身 に 対 し て 、 此 ノ 両種
は皆
な 名 づ け て化
と 為 す 故 に 。 真 と化
と の 言 、 四 仏 を 攝 し 盡 す ナ リ 。 ・ 「 諸 法 は先
因而
後
果
」 等 ト ハ 、 彼 の 論自
ら 釋 を 徴 す る ナ リ 。 「中
間 の 三 因 は 理 と し て 行 果 を 包 む 」等
ト ハ 、 即 ち前
の利
楽
の 有 情 中 の 疑 の 一 を 断 除 す 、 是 れ所
断
の 故 に 。 第 五 の 歓喜
は 唯 だ 是 れ 果 の み の 故 に 。 此 れ 下 の 配 位 地 中 に 依 り て 、 第 二 の 歓喜
を解
す る は 仏果
に 在 る が 故 に 。 生 信等
の 三 、 行 果 に 通ず
る ナ リ 。具
さ に は経
説 の 如 し 。 「應
尋
引 之 」 と は 、 下 の 文 に 云う
が 如 し 。 説 法 ト ハ 無法
可説
に し て、 是 れ説
法
と 名 つ く 。若
し 人 〈 五 五 a > 有 り て如
来 の 説法
と 言 は ば 、即
ち 仏 を 謗す
る と 為 す等
、 是 れ 無 説 至 教 ナ リ 。 一 切 の賢
聖、 皆 な無
為 法 を 以 っ て 而 し て 有り
。 若 し 別 し て菩
薩 が無
為
法
に 通 達 す れ バ 、 如 来 の 説 を真
と名
つ く 、 是 れ 菩薩
等
は 即 ち是
れ 無 生 の勝
理 ナ リ 。若
し法
有
り て 阿耨
菩提
を 得 れ ば 、然
燈 仏 は 即 ち 我 に 授記
を 與 ヘ ズ等
、 又 我、 阿 耨菩
提
に 於 い て 、 乃 至 無為
の 小法
得 べ し 、 即 ち 是 れ 無得
の 妙行
ナ リ 。若
し は 色 を 以 っ て 我 等 を見
、 及 び若
し は 法相
非 相 を見
れ ば 、 則ち
如 来 等 を見
る 、 是 れ 無智 山学報 第五 十六輯 為 の