第Ⅱ
章 住民 自治 と住民運動
第
1
節 地域づ くりと地方 自治 1.自治と民主主義市民オ ンブズマン ・情報公開の運動 は, まさに地域 における住民活動であ り,地域づ くりと住民 自治の関係 を求め る住民運動である。それ はまた,地域 における民主主義 を実現す る運動 とい って も良いであろう。 本研究 が対象 とす るものは, まさに地域づ くりと民主主義 をめ ぐる研究である。
ここ数年間の 日本の政治 をみ ると, 日本国憲法の根幹 に関わ るような法律が次 々と成立 している のが特徴である。消費税 の導入 とその税率のア ップ,小選挙区制,政党助成法,米輸入 自由化,介 護保健法,新 ガイ ドライ ンによる周辺事態法 (自動参戦法),地方分権一括法,国旗 国歌法,盗聴 汰‑‑。戦後50年 を過 ぎた現在,その動 きは着実に憲法改正へ向か って収赦 しつつあるとい う。 80 年代 に中曽根政権がや ろうと して挫折 した 「戦後政治の総決算」は,90年代 において,防衛力の増 強 も,市場開放 ・自由化 も.税 ・財政構造改革 も,一気に動 きを加速す る状況の中で,私たちは21 世紀 を迎えているのである。 ̀1'
これ らの法律の決ま り方 を見てみ ると,政党の選挙公約 とは別個 につ くりだされてい るのが特徴 である。選挙 による国民の信託 を受けていない にもかかわ らず,ある時は選挙公約 は公然 と踏みに じられ,国会 における 「数 あわせの論理」で裁決 されてい ることである。 国民世論 において賛否が 割れているにもかかわ らず,国会 内での実質審議 もわずか しか行われず,形式的な公聴会 を開いた だけで十分 な国民的議論 も経 ないで決 まった ものも多い。議論の積み上げが省略 させ られ ることに よ り,中央 の政治 と国民の間の禾離の上で物事 (法律)が決 まってい くとい う状況が続 け られてい るといえる。少数派の意見 を最大限に尊重す ることが前提 となってい る民主主義の考え方か らす る と,かな り疑問の残 る事態 が進んでいるとはいえないだろうか。
しかるに一方では, この同 じ時期 に, 日本の政治 と民主主義 をめ ぐって,地域か ら新 しい変化が わ き起 こっていることも事実である。例えば,情報公開制度 という武器 を持 って, 自治体の不正を 正す市民オ ンブズマン運動 は瞬 く間に全国的 に広が って きた。その ことによって, 自治体の説明責 任 を追求 し,住民 による監視 という民主主義の基本的構造 の確認が進め られた ことは.多 くの国民 が感 じてい ることである。 また,新潟県巻町や沖縄県では,住民の圧倒的参加 によって各種の住民 投票条例が実施 されてきた。空港建設や巨大開発の是非 をめ ぐって,各地で直接請求運動 も繰 り広 げ られてい る。 「中央直結」や 「外来型開発」 という政策 に取 り込 まれ,保守政治の地盤 といわれ てきた農村地域 において も,国の減反政策 に反対 した り,産業廃棄物処理 ‑ゴミ捨て場 となること を拒否す る 自治体 も現れて きた。
これ らの背景 には,国や大企業が何 を言おうが, 自分たちの ことは 自分たちで決めるという自治 と民主主義の考え方が広が ってきた ことがあげ られ よう。 その力が地方選挙や地域での運動の中で 発揮 されは じめたのである。 これ は,従来の地方 自治のあ り方 を問い直そ うとす る住民が,都市, 農村 を限 らず様 々な地域で着実 に増えて きたということを示 してい る。住民が 自ら政治 に参加する ことによって従来の議会や政治の在 り方 を変える動 きは,地域再生のための新 しい取 り組み と して 進め られて きたのである。
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中央の構造的汚職 に代表 され る政治腐敗 は,民主主義 とはほど遠い状況 を示 しているが.地方 自 治のあ り方を追及する実際の活動 を通 して, これ らの関連性がいよいよ検討 され ようと している。
一方では地域の民主主義の実現のために奮闘す る住民があ り,一方では政治的無関心の中で政治が 動いてい く。 この違いは,人 々が 日々体現 している自治 と民主主義の違いである。民主主義は法律 に書いてあるか ら存在す るといった ものではな く,人 々の生活や生産活動の中で 日々つ くりだされ ているからである。それはまた,住民の 自律性,主体形成 を伴 って実体化す るものであるか ら,地 域の中での住民の諸活動のあ り方によってその効力が違 って くるということにはかならない。
自分たちの生 きているこの地域 をよ り豊かなものとしてつ くりだ してい く営み ‑地域づ くりにお いて も,地域の 自治や民主主義のあ り方は決定的であるとも思われる。特 に開発政策か ら見放 され ているような周辺社会の地域 においては, なお一層の意義 を持 っているといえる。 なぜ ならば,厳 しい条件の地域が再生 してい くためには,そ こに住んでいる住民の力 こそが重要であ り, ほかの誰 かにや ってもらうというような形で進め られてい くとは到底思えないからだ。すなわち, 自治 と民 主主義 ということが地方 自治のあ り方をめ ぐって鋭 く対立 しつつある現在,地域の再生 ということ は, こうした地方 自治のあ り方 を無視 しては進 まないものであるといえよう。
2.日本国憲法 と地方 自治
自治 と民主主義 に関す る以上の考え方は, 日本国憲法の地方 自治についての考え方によって示 さ れているものである。改憲 をすべ きかどうかという考え方 も,地方 自治 を重視す るのかどうかによ って も違 って くるということもできる。そ こで,現行憲法の示 している地方 自治についての考え方 を整理 してお くことにす る。
大 日本帝国憲法のもとでは,地方 自治や地方公共団体に関す る規定は何 ら定め られていなか った。
地方 自治の問題 を法律で決めるということは全 く保障されていなか ったのである。その第一の理由 は,短期間に上か らの近代化 と中央集権国家を建設せざるを得 なか った明治政府 において,地方 自 治の制度はまさに 「地方統治制度」であったか らである。当時の制度は,教育,納税,軍事 といっ た国民の義務 を徹底 して果たさせるための国家の末端組織 と しての地方制度であ ったといえる。 こ れは明治憲法第一条で 「万世一系 ノ天皇 コ レヲ統治 ス」 とあるように.主権が天皇のみに与えられ た ことと無関係ではない。すべての国民が政治に参加す る権利が保障 され なければ,地方 自治 に参 加す る権利 も与えられなか ったのである。
戦後の日本国憲法のもとで,初めて国民主権が保障された。国の主人公は国民であることが明示 されたのと同時に,地域 レベルでは地方 自治の主人公は住民であることを示 した ものであ った。憲 法では第八章第九二条か ら九五条 までの四 ヶ条 にわたって地方 自治についての規定 を述べている。
中央政府の政治に関する章 (第四章 ・国会,第五章 ・内閣,第六章 ・司法) とともに一章 を設けて 地方 自治を重視 し,その保障のあ り方 を強化 しようと したのである。
九二条では,「地方公共団体の組織並びに運営 に関す る事項 は,地方 自治の本 旨に基づいて,法 律で これ を定める。」 と書 かれている。 これは地方 自治の原則 にあたるものである。地方公共団体 の組織や運営 に関す る事項 は法律で定めるけれ ども,勝手 に決めることはで きず,「地方 自治の本 旨」に基づかなければならないという規定である。 「地方 自治の本 旨」 とは住民 自治 と団体 自治 を 含む ものと解釈 されてきたが,住民 自治 とはそれぞれの地域 ・自治体のことはその住民の意思に基
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づいて決定す るということであ り, これ を達成す るために,一定の地域 を基盤 と して国の関与 をで きるだけ排除 して地域の行政 を行 う団体 自治が必要 とされたのであ る。団体 自治 とは決定 された も のを自治体の責任で 自主的 に執行す るということである。 この両者 によって健全 な地方 自治が達成 され るとい うことになるが,それは同時 に,住民の基本的人権の保障のための方法や原則で もあ り, この原則 を離れて は,法律 をもって して も地方 自治のあ り方 を定めてはな らない と しているのであ る。 (2)
す なわち,地方 自治の保障を欠 くと民主主義は不可能 とな り,その結果,国の政治全体 にゆがみ を生 じさせ ることを意味 してい る。例 えば中央政府の政治は,国民の直接参加ではな く,代議制 (代 表制) を取 ってい る。選 ばれた議員が政治を行 うとい う形態であ り.国民の直接参加の場面 が少な い分だけ,国民不在の政治 にな りかね ない構造 を持 ってい る。特 に,国が実施す る政策のほとんど は地方 自治体 を通 して実施 され ることになるのだが,そのために必要 な財源や権限が十分保障 され ていない場合,国政 を担 うべ き議員が出身選挙区の利害の代弁者 となって しまうような政治構造が 作 られてい った。す なわ ち,地方 自治体が中央政府 に支配 されてその 自律性 を確保できなければ, 自治体の財政危榛 が引 き起 こされ ることは否めない。それ を解消す るために利益誘導政治が行われ るとす ると,構造的汚職 がはび こることにな り, ひいては政治不信 を引 き起 こ し,低投票率 に代表 され るような自治的摸能 と民主主義の崩壊が引 き起 こされやすいのである。
そうしてみ ると,地方 自治体 において本来国の仕事 とされている検閲委任事務が40%か ら80%も 占めていた ということは,結果 と して国の下部機構 と して役割 を果た して きた ことを意味 している。
これは,地方分権 を進 め るとされた 「地方分権一括法」(1999年) において も基本的には変わ らな い構造が見える。新 しい法律では検閲委任事務が廃止 されたが,かわ って法定受託事務 とい うのが 現れ,国は法律 ・政令 によ りさえすればい くらで も設置で きることになった。 さらに, 自治体が独 自に行 う自治事務 は比重が増す ことになったが, これ に対 しては是正要求や代執行 など, 国の権力 的 な 「関与」 を認め る方 向で法律が改正 されたのである。
しか し, 自治体 はその反面,住民の 自治組織 と して共同の事務の執行にあた って きた ことも事実 である。市町村長,知事 は住民が直接選挙で選ぶ ことがで き. また解職請求権 (リコール) も保障 されている。 さらに住民の共同の事務,住民が混乱 な く生活 してい くために必要 な事務 を行 ってい る。おそ らく,生 まれた ときか ら死ぬまで 自治体 は住民に関わ ってお り, 自治体 と自治体職員の働 きな しには,住民は一 日た りとも生活 はで きない状況にあるとい って も過言ではない。
地方 自治体が以上のような二つの側面 を持 ってい るとす るならば,現代の地方 自治はどち らの方 向を 目指 して行 くべきなのか。民主的 な地方 自治をつ くりだ してい こうとす るな らば,住民の 自治 組織 と して発展 させてい くこと,住民の共同の事務の拡大 をはかるという方向が指 し示 され ると思 える。人権や民主主義の保障のために憲法 によって地方 自治が認め られた とい う経緯 に立 ち返れば 国政 とは違 って 「住民の意思による住民のための政治」 を行いうる条件 をよ り豊かに持 っている地 方 自治が, より一層重視 されねばならない。地方分権の強化の動 きが,世紀末 における世界的な中 央集権政治の行 き詰 ま りに呼応 しているな らば,地域か ら民主主義 を実現す る新 しい政治 を求める 必要がある。周辺社会 における地域 の再生 とい うような課題 を考えた場合 においてはなお さら,同 様 なことがいえるのではないか。
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3.開発政策 と地方 自治
戦後 の 日本の政治 は,憲法の規定 にも関わ らず,地方 自治 は重視 されず に. 中央集権的 な政治, 中央政府の圧倒的優位の ままの政治が展開 されてい った。逆 に言えば,地方 自治のあ り方 によって 戦後 の国策 は地域 に急速 に浸透 してい くことを可能 に したのであ る。 ち ょうど戦前 の戦争体制 が.
決 して軍隊だけの力では遂行で きなか った ことと同 じである。徴兵 を仕事 とす る 「兵事係」は各 自 治体 の戸籍課 に置かれ ていた し,軍事工場 に対す る徴用 も物資の統制 もすべて 自治体 がや って きた のである。 自治体 を位置づけない限 り本気で戦争 はで きなか ったか らである。戦後 の 日本 において も, この民主主義 を逸脱 した政治構造 のゆがみによって,高度経済成長 を初め とす る地域開発政策 が強行 されてい った。地域経済 においては,過疎,過密 に代表 され るような地域 の産業構造 の崩壊 がつ くりだ されて きたが,住民は地域生活や地域文化全体 において様 々な困難 に直面す ることにな
ったのである。
戦後の地域開発政策 は,1950年 の国土総合開発法 による総合的 な国土政策 と して始 まった。 これ は, 高度経済成長 ‑資本の高蓄積 を実現 してい くための基本政策であ ったが,1962年 に出された第 一次全国総合開発計画 (‑全総,所得倍増計画 ともよばれた) を皮切 りと した地域再編成 の計画で もあ った。 以 降, 二 全総 (1969年 ), 三 全総 (1977年 ). 四全総 (1987年 ) と続 き,1998年 に は 「21世紀 の グラ ン ドデザ イ ン」 とい う形 で 「五全総」の計画が閣議決定 された。 この 「全総」
による開発政策 は, 「地域 は開発 され るべ きもの」 ととらえ られた上か らの開発 ‑政策的 に推進 さ れた地域づ くりであ った。
約10年 を基準 に計画化 されてい るこの 「全総」 においては,公共投資を戦略手段 と して産業 と人 口の分散 をはかるとい う方策であることや. 巨大 プロジェク トを優先 させ る 「外来型開発」政策で あることが一貫 した特徴 である。それ はまた,産業立地づ くりと情報 システム整備構想 の筋道 に地 方 自治体 を誘導 ・再編成 しようと した.いわば国が 自治体 をとらえてい くとい った政策で もあ った。
地方 自治体の多 くはこの政策 に巻 き込 まれ.その結果,本来果 たすべ き地域での 自治機能 を大 き く 変容 させてい った。
開発の論理 と しては,公共事業や補助金 を導入 して産業基盤 を先行的に整え,企業 (特 に素材供 給型 の重化学工業 など) を域外 か ら誘致す るとい う巨大開発の路線であ った。例 えば二全総 では全 国が三大 ブロ ックに分け られ, 「東北 は食糧供給 と巨大 開発地域」 とい うように上 か ら指定 ・計画 化 され,そのブロックを高速交通網で結 ぶ とい う内容であ った。 この開発地域 (新産業都市, 巨大 コンビナー トなど) に指定 され ると莫大 な補助金 が下 りることにな り,各 自治体間で多額 の予算 を 使 った陳情合戦が引 き起 こされた。 そ して開発 された地域 においては,工場誘致 によ り関連産業が 発展 し,産業構造 が変わ る‑都市化す ることによって周辺農漁村 の産業が近代化 し,地域全体 の財 産価格,所得水準が上昇 し, 自治体 の財政収入が増大す ることによって住民福祉が向上す るとい っ た,バ ラ色 なイメー ジが振 りまかれた。 この開発計画が進展す ることによって,企業や人 口が分散
し, 国土の均衡 ある発展 が図 られ る予定 であ った。̀3)
しかるに,‑全総 か ら40年近 くた った今 日,均衡 ある発展 どころか東京一極集中がます ます激 し くな り.過疎過密の解消 などは実現で きなか った とい うことを,事実 を持 って検証す ることがで き る。宮本憲一氏が70年代 の初頭 に指摘 していたように,拠点開発の現実は,地方 自治の危機 を招い た とい うことであろうO(4J宮本氏 は二つの タイプに分けてい るが.産業基盤の公共投資 を集 中 した
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ところで,工場誘致 に失敗すれば 自治体が財政危横 に陥 ることは必至であ り,その際には国の補助 金 に依存す る体質や危険物誘致,環境破壊の観光開発などなりふ り構わぬ対応 をせざるを得ず,地 方 自治はゆがめ られてい く。 他方,重化学工業誘致が成功 した場合で も.誘致企業が地域 と有効な 関連を持たない場合が多かった。域外か ら来 る企業は大企業が多いが,①系列企業の利益 を優先 し 地元企業 との産業連関を構成 しにくい,②利益 は本社のある域外 に流失 し,地域経済の拡大再生産
に回 らない,③環境破壊型が多 く,地元企業でないため社会的責任 をもつ度合いが少ない,④ 自治 体は基盤整備はで きて も,進出 ・撤退の意志決定は民間企業であるため地域の意志で計画的な経済 振興 を行 うことが難 しい, などの理 由によって, 自治体の経済構造や財政のゆがみをつ くりだす傾 向が強かったのである。̀5'
結果 として,外来型開発のあ り方 は,開発地域の格差是正や住民福祉向上 には結びつかず, こと ごとく失敗 したとい ってよい。四全総 までは計画事態が達成できず, 目標年次 を前 に次の計画を出 さざるを得 ない状況が続いてきたのである。経済合理性 に基づいて推進 され る限 りは,「多極分散」
などは不可能であることが実証 されたとしてよいであろう。すなわち, これ らの計画は,‑,二全 総は重化学工業,三全総はハイテク産業,四全総は リゾー ト開発 と,ほうっておいても発展すると 思われ るその時 々の先端産業の助成が中心であったのである。む しろそ うでない産業を助成すべ き ではなか ったか。 また,地域の経済や文化 との連携が考えられてお らず,地域が開発 されればされ るほど東京が栄える (地域 は工場だけで関連産業は東京で発展する) という結果 をつ くりだ して し まった。 さらには,環境保全政策が欠如 してお り持続可能な発展ではなか った ことや,開発事業 に 対 して情報公開や住民参加が全 くなか ったことなどが失敗の理由としてあげ られ よう。
以上のことは地方 自治をないが しろに して進め られた地域づ くりの結果で もある。住民の手から 放れたところで地域がつ くり変えられた結果, この政策の中で必然的に 「ハ ンデ ィキャップ地域」
が作 られ,地域格差 はます ます増大 してい くことになった。 「地域の 自立の促進」 を 目標 としてか かげる 「五全総」 も,海峡横断道路や国際空港建設など巨大公共投資主義 に彩 られたこれ までの計 画 と同 じ性格のものである。中核拠点都市のネッ トワーク化が中心であ り,中山間都市や地方中小 都市で さえも見放 され る傾向がある。開発地域 に指定 され るための陳情合戦 を同 じようにやること が,果た して地域の21世紀を切 り開 くことになるのか,大いに考える必要があろう。
第
2
節 地域づ くりと住民運動 1.地域づ くりと内発的発展論80年代の後半以降,バブルの崩壊 などによって外来型開発の欠陥や失敗が明 らかになってきた。
少な くとも,域外か ら企業 を誘致す るという方法 を地域経済振興の基本に置 くことは正 しくないと いう認識が高まって きた。地域経済の振興において企業誘致はあ くまでも補完であること,大企業 の投資戦略 に振 り回 され ないで地域が主体性 を持つような振興策が検討 されは じめて きたのであ る。政府の国土開発計画の中で も内発性が強調 され るようにな り, 「内発型 テクノポ リス」や 「内 外融合型開発」 という用語 も現れて きた。
一方,拠点開発か らは見放 された り,その後背地 と して位置づけられたにす ぎなかった周辺社会 では,村お こしや地域活性化の運動が叫ばれざるをえなかった。一躍有名 となっていったのは,大
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分県の 「‑村一品運動」の ようなものである。 しか し,10年以上経 ってみ ると, 「‑村一品運動」
は精神作興 と しての意義 は兄いだ され るものの,特産品の単品開発 に終わ らせ る構想 が中心のため.
地域全体 を対象 とす る政策 には結びつかない例が多か った。他の地域 も同 じようなことをや り始め ると地域間競争 を激化 させ るだけで,国や県が乗 り出 した時点で官製化す ると. 内発的 な取 り組み や地域の政策主体性は後退す る傾向にあ った。
その中で. 同 じ大分県で も湯布院町や大山町の事例 は独創的 な成果 を上げていると評価 されてい る。湯布院町は, 「‑村他品」の原則 によって地元の産物や食品 を観光地 の食材や土産物 に して, 観光業 と農業 をつなげ る文化創造型観光開発に成功 している。大山町では.農業 と工業の産業連関 を構想す る1.5次山村農業開発 を 目指 してい った。 どち らも,地域の地場産業であ った農業 と他 の 産業が結びつ くことによって,付加価値の多 くが地元 に還元 され ることとなってい った。 そ うす る
ことによって,地域の産業である農業の技術 も伝承 されてい ったのである。 (6)
このような取 り組みは内発的発展 とよばれ,特 に周辺社会 といわれ る小額域の農山村の実践 をも とに,外来型開発に対抗す るオールタナテ イブ (代替案) と して定式化 されてい った。整理 して述 べれば, 「地域の企業 ・組合 などの団体や個人が 自発的 な学習 によ り計画 を立て, 自主的 な技術開 発 をもとに して,地域 の環境 を保全 しつつ資源 を合理的 に利用 し,その文化 に根 ざ した経済発展 を しなが ら,地方 自治体の手で住民福祉 を向上 させてい くような開発」 (7)とい う理解が一般的 になっ てきてい るようだ。
重森暁氏は, 内発的 な地域発展 にはい くつかの原則があると している。 それは,①外か らの企業 誘致 などにたよることな く, まず地域 にある資源,技術,資本,人材 を生かす こと‑自治の原則,
②地域 内の需給や,地域 内の分業 と協業の発展 を重視す ること‑自立の原則,③個人や集団の努力 を地域 の共同へ と高めてい くこと‑共同の原則,であるが, このほかに大事 な点 と して,④地域経 済の問題 を,保育や教育,医療や福祉,環境や文化 などの課題 と結びつけて構想す る人間発達の原 則があることを指摘 してい る。地域づ くりに一つの思想 を貫 き,文化性や地域 アイデ ンテ ィテ ィを 確立す ることによって,地域づ くりを人間発達の問題 と して捉えるとい う視点である。'8'
す なわち,内発的発展 を 目指す地域づ くりは,外来型開発 とい う他者の力に依拠す るのではな く, 自らが地域の 「設計者」 となることによって地域 が 自ら発達 してい くためのいとなみであるといえ よう。 それは,地域の活性化や地域振興 を生産性向上運動 と してのみ考えるのではな く,地域が中 央 によって支配 されその主体性 を喪失 してい くことに対抗するという内容 を含んでいる。 まさに, 住民 自治 ‑民主主義の発展 を 目指す運動であ り,生活課題の解決や仕事お こ し等を通 じて地域 に生 きる主体形成 をはかる運動 とい うことになろう。 この地域づ くりのあ り方 は,住民 自治に依拠 した 形で展開 され るものである。その意味では,地域の再生 と住民 自治の力量の拡大 は一つの もの と し て理解 されてお り,そ こに現代の地域づ くりの課題 がある。
2.内発的発展の条件
地域 が内発的発展 を実現す るためには,い くつかの条件が必要である。保母武彦氏は, それ らを 外的条件 と内的条件に分けて整理 している∴ 9 ノ
外的条件 と してまず あげ られてい るのは, 「平和であること」である。地域づ くりにおいて平和 の問題 がなぜ重視 され るのか。それは,戦争 と軍事化 は民主主義や地方 自治の制限 とい う点 におい
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て内発的発展 と矛盾す るか らである。歴史的に見て も戦争の災厄 は住民生活 を採用 してい った。現 在 で も,基地問題 の沖縄や,NLP(米空母艦載機夜間発着訓練)基地計画で揺れた三宅 島,実際 に夜間の騒音が問題 となってい る三沢基地周辺 などにおいて,その傾 向は 日常的 によく見 ることが で きる。首長や住 民が何度 も抗議 を行 って も, 「安保 は地方 自治 に優先す る」 とい う一言で片づけ られて しまうのである。99年 に成立 した新 ガイ ドライン関連法が,国家の戦争政策のために地方 自 治 を空洞化す る 目的を持 った もので もあ ったように,平和の問題 は大 きく関わ っているのである。
内発的発展の地域づ くりを考え るならば,戦争や軍事化の動 きを くい止めるための鋭い感覚を, 日 常的 に持 っている必要がある。
2点 目は 「大企業 に対す る規制」である。前述 したように,外来型開発でや って くる大企業 は, 資本の蓄積が第一の 目的であ り,地域社会の発展 に貢献す るために来 るのではない。地元企業 より
も地域 に対す る社会的責任の意識 は弱い ものである。資本の蓄積 は,一切の社会的障壁の克服 を通 じてなされてい くものであるか ら,地域 の存在 などはどうで もいい ものである。それ は,伝統的な 地域関係 を解体 に導いたと して も,新 しい地域 を創造す るなどとい った作用はもともと持 ってはい ない。 よって,大企業の投資戦略は地域 の命運 を左右す ることになってい るが,その行動様式であ る輸 出志向,土地騰貴,経営都合 による一方的撤退等 によ り地域 は振 り回され る結果をつ くりだ し ていた。そ うい った ものを規制できる力 を地域 は持つ ことによって,大企業 に応分の社会的責任 を 果た させることが必要である。
歴史的な経験で言えば,70年代の初頭 に人 口の4割 までが生活 していた革新 自治体 は,その後次 々と崩壊 してい ったことはよ く知 られている。その理 由に,福祉行政 をや りす ぎて財政が破綻 した とい う分析がされ ることが多い。 しか し,それ よ りも大事 な点 は,法人事業税の外形標準課税がで きなか った こと,赤字法人か らも税金 を取れ なか った ことがあげ られ る。すなわち景気が良かろう と悪かろうと日本の法人の約半数 は赤字決済を してい るのであ り,赤字 とい って税金 を納めず,一 方で政治献金 を していた大企業 に対 して,応分の責任 を果たさせる力がなか った とい うことである。
3点 目は 「分権 と地方 自治の確立」である。 中央集権化 された画一的行政で振興事業が行われた とす ると,中央官庁の統制が強 く創造的 な事業 には制約 となることが多い。 またその結果, リゾー ト開発構想が典型的であったように,全 国のどの開発地域で も, ゴル フ場, スキー場, マ リーナ関 連施設 とい ったような画一的 なものが作 られてい った。そ う しない と補助が得 られ ないか らである が.結果 と して共倒れす るとい うケースが 目立 ってきた。 内発的な地域振興 を支援す る行財政制度 を作 るためには, こう したあ り方を改め,分権や地方 自治が検討 され なければならない ということ である。
以上の事柄 は, 内発的発展 を実現す るために地域 を外側か ら規定す る条件である。 しか し, これ は地域的関係で課題 にされ るとい うよ りも, 日本社会全体 にわたる政治的状況下で問題 とされ るも ので もある。いわば,政府が これ までの地域政策の失敗の責任 を明確 に し,開発政策の根本的 な転 換 を実施す るとい う社会状況 を作 ってい くとい う課題である。 この点 を地域の状況下で検討す るた めには,内発的発展を内側か ら規定す る条件が提示 されねばならない。保母氏はこの ことについて 3点 ほど簡単に指摘 している。1点 目は,住民の 自発的参加 に基づ く民主的 な政治 と行政 を実現す ること,2点 目は,環境保全の社会計画 とこれ を枠組み とす る地域経済計画をつ くりだす こと, 3 点 目は, これを支え推進す るに足 る住民の文化水準の向上,社会教育 と自己学習 を豊かに発展 させ
ること,である。
これ らは相互に関連 しあ っている項 目であるが,逆 に言えば内発的発展 という地域経済 は運動概
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念であるとい うことを証 明 している。 内発的発展の 「原則」に基づいて これ らの 「条件」 を作 り出 してい く (変革 してい く)主体 ‑地域 自治の担い手が必要だということにはかな らない。つま り, これ らは 自治 を創 り出す住民 自身にとっての課題で もあ り,住民の 日常活動のあ り方 とそれに伴 う 自らの成長,発達 な しには達成で きない もので もあるといえよう。
3.
住民運動の果たす役割宮本憲一氏は, 内発的発展の成功的 な事例 を検討 しなが らも, 「まだまだ 日本では内発的発展 は 環境保全 よりも経済的な発展 を中心 に考 え られてお り,また,住民参加の制度や 自治体の力が弱い。」
てlo)と述べている。21世紀の地域社会では,内発的発展であ って も各地域 ごとに競争 して大量生産 が進めば,地球全体の環境破壊へ と進 んで しまうことが まず指摘 され る。 いわば 「維持可能な内発 的発展」(sustainableEndogeniousDeyelopment)という考 え方が新たに必要 とされ る時代 となってい る。中央集権型の公共政策が行 き詰 まってきた現在,政策を進める主体 は多様化 し,自治体 を初め, 協 同組合や各種NPO,NGOなどが力を発揮す る時代 を迎えているといえる。
また同氏は,環境経済学 の立場か ら.地域政策において 「政府の失敗」があ った と して も,環境 問題の解決 に政府が 自発的に介入す る例 は少ないことを述べている。そ して,住民の世論 と運動 に よって初めて公的介入が行われ,その後押 しで政策が有効 となってきた ことを指摘す る。 住民運動 は地域政策 をつ くりだす上で も主体的な役割 を果た しているとい うことである。そ こで次 に,住民 主体で地域づ くりを考えるならば,地域経済の発展 を運動概念で とらえなければならないのと同時 に, どのような運動 を作 った らよいのか という課題が提示 され よう。
住民が地域で協 同的な活動 を行 うとい うことは,たぶん人類発生時か らあ っただ ろう し, 日本に おいて も中世では惣,‑操 など農民の集団的活動があ り,地域の 自治的伝統‑「連帯 と しての地域」
を作 って きた。戦前の地域社会 において も,農漁民を中心 とす る資本の本源的蓄積 に対す る抵抗は 存在 していた。戦後 日本の地域の住民運動の特徴 は,歴史的に形成 された地縁血縁関係 を中軸 とす る運動ではな く,人 口の大移動 をふまえ,新 しくつ くりだされた寄せ集めの 「市民」の結びつ きに よる運動であることである。特 に.高度成長期以降,公害反対運動 をは じめ様 々な運動 が生み出さ れ,地域づ くりに対 して大 きな影響 を与 えてい った。
その運動 は,政策に対 して 「反対」す る運動 と して始 まったケースが多いが,約30年間の流れの 中で,住民生活のあらゆる分野にわたるものにな り,課題解決のための対案や政策 を提示す るもの も現れて きている。その中には,宍道湖 の中海干拓 ・淡水化阻止の運動の ように成功 を収めた もの も多か った。宮本氏は,住 民運動の成功の教訓 と して,①運動の要求が正当で合理的であること,
②諸党派の連帯.③科学的な運動であること,の他 に,④地方 自治体運動であ った こと, をあげて いる。運動 の成功のためにはその地域で多数者 となる必要があ り, 中央交渉 もあるが, 「ほとんど のエネルギーを地元の府県や市町村の政策をかえることにつぎ込んでいる」 ことを指摘す る。その ためには,憲法で認め られた (地方 自治の)諸権利 を最大限に利用す ることは重要で, 「戦後 の社 会運動の教訓 は地方 自治 にある」 ̀llノと述べている。
以上の点か ら周辺社会 における地域再生 ‑地域づ くりの運動 を考 えてみ ると, 「つ くる」 とい っ て も実際は現実 に存在 している不都合 を変えてい くことであるか ら,その運動は地域の変革 ‑ 「地 域 なお し」 と言い換えるべ きであろう。周辺社会の困難が,開発政策下での 「政府 の失敗」 による
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ものが大であるならば,その失敗の責任 を明確化す るとともに,失敗の事実を新 しい事実に置 き換 えてい く‑ 「なおす」 というのが本来の課題だか らである。 「なおす」ためには,①だれがなおす のか (なおす主体),②何 をなおすのか (なおす対象),③ どうなおすのか (なおす方法)が理解 されねばならない。内発的発展の原則か らすれば,第一の点に関 しては,他人にや って もらうので はなく 「住民 自身の力」ということになるが.第二,第三の点では,住民の共同,協同の実践 を通 して獲得 してい くべき課題で もある。そ こに住民運動の意義が存在す るとい って も良いのではない か。(12'
第一の点は,いわば政策をめ ぐる 「中央」 と 「地方」の関係 という縦の関係である。主 としてこ の縦の関係によって現れて くる地域課題 を突破で きるのは,地域の横の関係 を作 り変えることによ ってであるか らである。 内発的発展論は 「地域主義」であるという批判(13)もあるが,住民相互の 横の関係が縦の関係の変革に結びつ くという関連 ‑運動発展の主体形成論を問 うことによって, こ の課題 を克服することができると考える。すなわち,横の関係 を変えてい くことによって新たな主 体を創出す るということは,地方 自治や住民自治の力である。それ らの持 っている共同性の論理や 公共性の論理が住民にとって問われているということであろう。 地域生活 を公共性の論理でとらえ ることによって初めて,公的福祉や公的教育など公的機能の充実をつ くりだす ことがで きるか らで ある。それ らの営み もまた運動概念であ って,その中で初めてなおす対象や方法の共通理解が得 ら れ るということである。
4.住民運動組織化の条件
「戦後社会運動の教訓は地方 自治 にある」 というとらえ方は,地方 自治の場で地域運動や住民運 動の経験が蓄積 された結果,運動 自体が民主主義や 自治に対する見識 を高めてい ったことを意味す る。戦後の地域運動,住民運動は,民主主義の実践 と して展開されていった。多数の有権者が統治 に参加することによって,主権者にふさわ しい責任 と自覚を養 ってきたのである。そ して,地域で の運動 を組織化 してい くために問われていたものは,多種多様 な地域住民の間で共同 ・協 同の力を つ くりだ してい くことであ った。そのためには,運動組織化の条件 とい ったものが追及されていた。
例えば,60年安保が闘われていた時期では,政策的な背景の政治的分析 に偏 るあまり外側の条件 を強 く考える傾向‑ 「安保 といえば反対 と答える」 ことを 目的 とす るだけの運動が展開されがちで あ った。 しか し,それは構造変動が始 まった農村地域 においては必ず しも有効に機能 しない状況が 指摘 されていた。 この中で栃木県茂木町の笹島保氏による地域的な発想に基づ く運動論が現れた。
その実践上の特徴 は,①作 られたイメージと実際生活 を対比 させて考えること‑実態や事実を明 ら かにす る調査に基づいて活動が組み立て られること,②個人主義的な経験主義 に陥 らないためにサ ークル的な集団での経験 の持ち寄 り,吟味,③サ‑クル的人間関係を維持発展 させてい くための共 通関心事項 としての地域の重視であ った。笹島はこれを 「茂木式経験主義」理論 とよび, 「地味で あっても本物 を」 目指 した地域運動の実践であると主張 した。̀14)
また,80年代の戦後第二の反動期 といわれ る時代 において,保守 一革新の枠で問題 とされていた 地域住民運動は新たな転換が求め られ,東京 日野市の池上洋通氏による 「新 しい金太郎飴の理論」
が登場 した。̀15.様 々な共同体の複合体 として存在 している地域での運動 は,一つの共 同体の理念 で他 を組織す るという運動は不可能であ り,お互いが学びあい結びつきを強める中で人間関係を豊
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かにす る運動の必要性 を述べている。共同の決定的条件 は事実判断 ・認識 を共有す るということで あ り,組織論 と しては,組織間の折 り重な り合いの結節点 と して存在 している個人が,意識的に共 同 ・協 同を追求す るという活動 を提起 していた。地域づ くりが 「ネッ トワーク型」や 「文化協 同型」
と して発展 してきた根拠にもなっている。
これ らは,90年代 にいた って,議会の 「オール与党体制」 とバ ブル崩壊 ・「財政再建」路線の政 策の中で登場 して きた,情報公開 ・市民オ ンブズマン運動 にも引 き継がれていると思える。 「市民 (シチズン)の末成立」や 「日本型集団主義の克服」 を掲 げ, 「お任せ民主主義」の転換 を 目標 と す るこれ らの運動が, なぜ一気に全国をかけめ ぐり脚光 をあびているのか。そ こには,民主主義の 成熟や財政破綻 という客観的条件のほかに,新 しいスタイルを持 った運動論があることを見 る必要 がある。すなわち, 「総論中心ではな く,各論か ら各論 につな ぐ運動」, 「世論 の説得は各論つ ま り 事実の持 っている説得力に任せ る」 といった運動論である。(16)
いずれ も,事実判断に基づかない価値判断を排除す るスタイルの運動 を 目的 と しているのが特徴 である。 こうす るべ きであるというところか らは じまらないで,事実か ら始 まり,事実は何である のかを明 らかにす ること,実態や事実を明 らかにす る調査 にもとづいて運動 を組み立ててい こうと す る志向である。事実を変革 し新 しい事実に置 き換えるのが地域づ くり (なお し)の運動であるな らば,住民の共同 ・協 同をつ くりだす上で決定的条件 となるものは,思想の同一化ではな く,以上 のような事実か らの発想である。
内発的発展 をめ ぐっては.湯布院町のような実践 は 「過疎を逆手にとる」 とい った表現で語 られ ている。地域の現実の中に存在 しているもののもつ価値 ・特性 を兄いだ し,開発 ・発展 させる取 り 組みは,事実発見の調査活動 を抜 きには語れないであろう。 事実か らの発想 は,住民 自らが実施す る調査活動を要求 し促進 させる。そ して調査に現れた結果は次の課題の発見であるということであ るか ら,それを一貫 して追求す ることは自分たちの運動 に系統性 をつ くりだす ものである。 また調 査では少数意見に対 して悪意的解釈や切捨てをとらない態度が求め られているので.民主主義の原 点をつ くりだす。科学的な調査 自体が学習であ り運動であることか らすれば,調査を組織す ること によって共通認識の獲得や調査対象者の主体的エネルギーの組織化 という機能 を果たす ことが可能 である。
5.共同 ・協同の運動が切 り開 くもの
以上の点において,同 じことで も誰が言 ったか,何党が言ったかによって判断基準 と した り,異 なった考え方 に対 して レッテル張 りをす るという傾向が,日本社会では依然 と して存在す る。また,
「大本営発表」や 「マスコミ報道」 に易 々と踊 らされ る傾向もいまだに指摘 されている。 自分の頭 で考えて行動す るということよ りも,政党,労働組合,農協,町内会 など大 きな組織の動向に左右 され,事実論証ぬきで行動す るスタイルの問題である。日本の近代化において,保守革新 を問わず, いまだに 「社会的権力‑中間団体からの個人の解放」が課題となっていることの問題であろう017
地域づ くりの運動では, この 「解放 された個人」によって組織 され る運動 をめざす ことが意識 さ れ ざるを得 なか った。その典型的な例が情報公開 ・市民オ ンブズマン運動である。 この運動 は,情 報公開条例に基づいて地域 自治に主体的に参加 し, 自治体の監視を行 う中で地域づ くりに積極的に 関与 している運動である。やろうと していることの基本は,主権者 と しての主体づ くりである。情
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報公開 というのは住民にとっては 「知 る権利」 という基本的人権であるが,行政 にとっては,納税 者 に対す る 「説 明す る責任」(accountability)である。 日本では国政 を初め多 くの地域 において,氏 主主義社会であるならば備わ っているはずのこのシステムが欠如 してお り,accountabilityを追及す る主体 をつ くりだす ことが運動のスター トであ った。オール与党体制の地方政治の中で,その不正 を暴 くために市民の代理人 と して地方公共団体の財政活動 を監祝 し,不正があれば即刻適切 な手段 を執 ってきたのが市民オンブズマンである。
地方 自治の中で, 自分たちの意志 を伝えて地域 ・自治体の意思を形成す るために,住民には様 々 な権利が与え られている。直接選挙 によ り議員 も首長 も選ぶ ことができる。住民の直接参加制度 と しては,議会の解散要求,議員 ・首長の罷免要求,条例制定 ・改正 ・廃止の直接請求,監査請求, 請願,議会傍聴, などがある。そのほかに,情報公開制度や住民投票制度 も多 くの 自治体で条例化 されてお り,直接的 な住民参加の仕組みがで きている。 「お任せ民主主義」の克服のためには,形 式的 な参加ではな く実質的な参加が必要である。権利 を実際に 「使 う」 ことが重要 なのである。オ ンブズマン運動は,まさにこう した権利 を実際に行使す ることによって,政治家や役人任せに しな い 自立 した市民の集団をつ くりだ してきたといえよう。
この運動の全国的な広が りによって,地域づ くりにおける共同や協同が新 しい次元で把握 され よ うと している。それは,地域循環を軸 と して地域経済 を成 り立たせるために,異業種交流や共同化 の実践 を追及 していた内発的発展の運動 と共通す る内容を含んでいる。 こう して,地域の再生 ‑地 域づ くりということは,地方 自治を場 と した住民 自治 とそれをつ くりだす住民運動を媒介 と して, 日本社会の歴史的課題 に対応 している。それはまた,21世紀の時代 にあって,地球を主語 とす る 「維 持可能 な発展」への転換 を開 く地域か らの実践 と して,大 きな役割 を果たす ことになろう。
第3節 初期の市民オンブズマン ・情報公開運動 1.市民オンブズマン運動の社会的背景
なぜ市民オンブズマン ・情報公開運動か。それ は, これ らの運動が現段階の地域づ くり運動の到 達点 を示 しているからである。資本主義発展の現段階において,地域づ くりの課題その ものが変化 していることは疑い得 ないが, シングルイッシューの運動 と して始まった地域の住民運動が,地域 づ くりの総体 に 目を向けざるを得な くなってきた ことが,近年の特徴だか らである。
階級社会 における社会運動 には,階級的運動 とそれ以外の運動の2種類がある。階級的運動 とは 階級 に基礎 をお く不平等に対 して生産諸関係の再組織化 を 目指す階級闘争 と しての運動であるが.
それ以外の運動 といわれ るものは,市民運動 など階級闘争 に還元できない筒域 などで存在す るもの である。後者は階級的運動を拒否す る運動 (無党派 という党派) と階級的運動 と連帯す る運動 (多 党派の運動) に分かれているが,市民運動の歴史的展開では参加者 ・階層 を拡大 してい きなが ら, 対象 とする筒域 を拡大 してい ったことが重要である。特 に,80年代の生涯学習政策 (臨教審) によ
っては,社会教育の運動 もその中に関わ る基盤が与え られたことが大 きな意義を持 っている。
その過程で,市民運動のなかに市民 自身の捉え方の変化が起 こってきたことがあげられ る。鈴木 敏正氏は 「市民」 における社会的個人 と私的個人の分裂や矛盾の止揚を課題 と しているが,一連の 過程 の中で矛盾の 自覚が深まってい ったことは事実であろう し,そのことによって,市民運動 自体
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も質的 に変化 して きたのであ る。̀18'また,以上の ことは階級的運動 にも反映 された。 「闘 う階級」
の闘い方 とはどうい うことなのか, 自分た ちの組織 の足下 を見つめ直す ことか ら, 日本型集団主義 の克服へ と組織方針 を明確 に しつつある運動 も見 られ るようにな って きたのであ る。
これ らは,運動 の理念が変わ った とい うよ りも,その基盤 となってい る地域 が 日本資本主義の展 開 に伴 って変化 してきた こと,地域づ くりの課題 の変化で ある。労働運動 は地域課題 を掲 げざるを 得 な くなってい ること, コミュニテ ィづ くりは労働問題 を対象 とせ ざるを得 な くな ってい ることで あ る. また,環境 問題やエネルギ‑問題 などを見れ ば明 らかなように,地域 の課題 が全国化 し,全 国の課題が地域 の中に顕在化 して きつつあ ることがあげ られ よう。
90年代初頭 にオ ンブズマ ン運動が動 き始め,瞬 く間 に支持 されてい った社会的背景 は以上の よう な地域づ くり運動 の展開過程 か ら説 明す ることがで きるであろう。 70年代 に各地 で革新 自治体 を成 立 させた市民が,その後の低成長 ‑不況の中で中央 直結 のオール与党体制 を支持 した ものの,90年 代 にいた ってその反対物であ るオ ンブズマ ン運動 を支持 してい るのである。 これ は単 なるバ ランス 感覚ではない。 そ こには次 の ような要因が存在 していると考え られ る0
第1に,一連 の政 ・官 ・財 をめ ぐる汚職や不祥事 に代表 され るように, オール与党体質への批判 が浸透 して きた ことであ る。 この運動の火付 け役 とな ったのは仙台市民オ ンブズマ ンであ るが, ま さに知事 と市長 がゼネ コン汚職 で逮捕 され るとい う状況の中で,地方政治の腐敗への怒 りと,それ をチ ェックで きなか った議会 に対す る異議 申 し立てが直接市民を動 か した とい うことであ ろう。
第2には, な りふ り構わぬ合理化 ・財政再建路線の中での弱者 の怒 りが現れ た ことであ る。知事 の辞任 まで追い込 んだ秋 田県での運動の中心 を担 ったのは 「生活 と健康 を守 る会」 とい う組織であ る。 この組織 は全 国組織 であ り,その歴史 も古い ものであ るが,全国的 に注 目を集めたのは,生活 保護訴訟や消費税反対闘争 を展開 していた ときよ りも,情報公開条例 をもとに税金の使 い道 を追及 した一連 の経過 か らであ る。最低限の生活 も保障 され ないほど福祉 が切 り捨 て られ る中で,公務員 のカラ出張, カラ飲食 などの無駄遣いに対す る怒 りがわ き上が ったのであ る。
第3に,政府与党の90年代戦略 は,産業構造調整 の名の もとに,農林漁業者 とい う従来の支持層 に対 して,米の輸入 自由化 に見 られ るように切 り捨て策 を断行 し,新 中間層 を中心 と した都市型市 民の支持 を拡大す ることに踏み切 っていた。農業 ・中小企業補助金 を切 り捨てて,そのかわ りにサ ラ リーマ ン減税路線で基盤 をつ くり,草の根保守主義 か ら新保守主義への転換 を図 ったのである。
しか し,そのサ ラ リーマ ンが,消費税 などの増税 が推進 された ときに,税金 の使い道その ものに 目 を開いたのであ る。 これは一気に全国的反乱 とな って現れ ざるを得 なかった。
さらに,そ の他 の要 因 と しては,特 に原発 ・核燃 など地球規模 で生存 に関わ る領域 が拡大 し, accountabilityが権利問題 と して浮上 した こともあげ られ よう。
2.市民オ ンブズマン組織の基盤
2001年4月1日か ら国の情報公開法 が施行 され ることにな ったが,全国的 に見 ると,市民オ ンブ ズマ ン組織 が大阪で 日本で最初 に作 られたのは1980年 の ことである。 自治体 レベルで最初 に情報公 開条例 を施行 したのは山形県金 山町で,それで も1982年 の ことである。 また,行政 オ ンブズマ ンが 川崎市で成立 したのが1990年,全国市民オ ンブズマ ン連絡会議 が結成 されたのは1994年であ る。 し か し,20年近 くの歴史の中で情報公開 ・オ ンブズマン運動が一躍脚光をあびたのは,なんと言 って も,
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95年4月に全国市民オ ンブズマ ン連絡会議 が.都道府県 と政令指定都市の財政課 ・秘書課 ・東京事 務所の食糧費 に関す る情報公開請求 を全国一斉 に行 った ことがきっかけである。連絡会議 に加盟 し ていない県には主 と して弁護士の組織 を中心に呼びかけがなされ,各都道府県に請求 をす る団体が 結成 されてい った。それ以前 に全国市民オ ンブズマ ン連絡会議 に加盟 していたのが17ぐらいの組織 であったか ら,圧倒的多数はそれ以降組織化が図 られた ものとい って も良い。 どちらに して も, ま だ若い組織であることは疑いえない。̀19'
97年7月 に, この全国市民オ ンブズマ ン連絡会議 に結集 している各都道府県のオ ンブズマン組織 の代表者に対す るア ンケー ト調査を実施 した。沖縄県を除 く46都道府県に地域 を代表するオ ンブズ マン組織があ り.郵送法 によって34組織代表者か らの回答 を得た。(回収率73.9%,未回答 は秋 田, 山形,茨城,千葉,愛知,長野,静 岡,三重,奈 良,島根,北九州,熊本) この運動が全国に広が
ったいわば初期の時点での運動組織の内容が読み とれ るものとなっている。
結成のきっかけを見れば明 らかなように,オンブズマ ン組織は住民運動の基盤 を持 ってい る。(資 料Ⅱ‑1)市政浄化や住民 自治運動一般 を基盤 とす るものは少数であ り,環境,原子力問題 など地 域的.個別的課題が多いのが特徴である。それ らは90年代の地域づ くりを巡 る課題の中で矛盾 と し て現出せざるを得 なか った ものであるといえよう。地域づ くりにおいては,いっの時点 において も, 政策的に推進 され るものと住民 自治 とが矛盾 し合 う形で展開 してい ったか らである。
例えば,70年代の代表的な地域づ くり運動 にはコミュニテ ィづ くり運動があ ったが, これ は,地 域開発での諸問題 を自助 ・自力で乗 り切 るために,反対運動 を体制 内に包括す るためのイデオ ロギ ー戦略で もあ った。 しか し一方では,地域主義に基づいて地域への愛着,連帯,環境改善への意志 などを伴 う住民運動 をも醸成す る基盤 を作 ってい った ことも事実であ る。80年代では,低成長 ‑不 況対策の もとで地域活性化運動が推奨 された。 これ は 「‑村一品運動」 など経済的 自立の競争が組 織 されたことを意味 したが,一方では地域づ くりの住民の中に地方 自治の経済的基盤 を自己形成 し なければな らないとす る‑それ は内発的発展論につ ながるような‑運動が形づけ られてい ったこと を見逃 してはならない。90年代 は生涯学習のまちづ くり運動がさけばれた。一気にすすむ産業構造 再編策 に従 って,地域 の流動化 に対応す る労働力陶冶の課題が持 ち込 まれ, 「いっで もどこで も生 きられ る」人材養成が求め られた。 しか し,生涯学習の理念 とは,地域での問題の所在 を学習 し解 決を図る能力やそれ を身につけてい く学習の権利の保障 を意味す るものであったが故に,人権が息 づ く地域が問題 とされて きたのである。
これ らの矛盾的展開の中で,地域での様 々な問題 の解決のために,政策に対抗 し住民 自治に依拠 しなが ら進め られてい った住民運動の中か ら,監視,情報公開 とい う能動的な形で市民が求めた も のがオ ンブズマン運動であ った。地域の経済的基盤の 自己形成 を 目指すために,地方 自治体 の税金 の使い道に着 目し,情報公開やaccountabilityという権利 を生存権 に関わ る権利 と して位置づけて き たところに,一連の地域づ くり運動 の発展過程が位置づけ られ る し,それ らの蓄積 を受ける形で, 具体的成果 を上げなが ら進んでい ったのである.(20'
資料Ⅱ‑1 結成のきっかけが 「住民運動」,「学習会等の積み重ね」である団体の 「住民運動」の内容
( *
は中心メンバ‑が住民運動のグル‑プであるもの)岩手‑環境 仙台‑地域 自治
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