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イラク問題が問いかけるもの
一 国家 ・戦争 ・民主主義 ・立憲主義 ‑
井 田 洋 子
Abstract:
AretherereallyanywarsofjusticeHsreallythewarinlraqcorrectandfair? Thisarticletrytoproovethatitisalmostimpossibletojudgethewarofjustice.
Forthispurpose,thisarticleexaminethetheoryonwhichthegovernmentofthe UnitedStatesjustifythewarversusterrorismasjustice,byre‑examinetheconcept oftheterrorism,waranddemocracy.
Thisarticlealsolookintothemostimportantproblem oftheJapaneseconstitu‑
tion;toomuchcontradictionbetweenthearticle9andtherealsituationthatwould destroythedemocracyandtheconstitutionalism ofJapan.
Keywords:Nation,War,Democracy,Constitutionalism
目 次
Ⅰ.問題の所在
Ⅱ.正義の戦争
1.戦争の達法化の歴史 とその要因 2.対テロ戦争の論理
3.専制的 自衛あるいは予防戦争の論理
4.「自由」 と 「民主主義」の擁護 という論理
Ⅲ .日本の状況 1.憲法の意義
2.日本国憲法形骸化の歴史 とその問題点 3.憲法のゆ くえ
Ⅳ.結びにかえて
Ⅰ.問題の所在
いまや唯一の帝国 1であ るア メリカ合衆国のブ ッシ ュ大統領が,①大量破壊兵器の存在② アルカイダ とフセイン大統領 との繋が り③ イラク市民の圧制か らの開放 を根拠 に,2003年3 月20日にイラクへ一方的に戦争2を仕掛けてか らすでに2年 が過 ぎた。果た して この2年間 で,彼の主張 どお りに世界は より平和 になった といえるのであろうか。
そ もそ もこの戦争は,まず何 よりもその正当性を巡 る論争 によって,その開始か ら現在 に 至 るまで,国際社会を大 き く2つに分裂 させ る根本的要田であ り続けている。事実,国際社 会の圧倒的大多数は,上述の 3点を含めたいかなる論理 によって も,予防戦争ない しは先制 的 自衛戦争 とい う考 え方に基づ く武力攻撃は正当性に欠け, したがって違法で しかない, と みな している。それゆえ,昨年の暮れごろか ら,国際社会 においてはイラクの復興支援 自体 には協力姿勢を示す とい う態度の軟化が見 られる3反面,フランス ・ドイツ ・ロシア ・中国 といった大国を中心に軍隊その ものをイラクへ送 ることには依然 として拒否の姿勢を貫 き続 けている。そればか りか,当初軍隊を派遣 していた少なか らぬ国々が,国内世論の反対を抑 えきれず撤退を余儀な くされ る とい う事態 に陥 っている4。なお現在では,上述 した武力行 使正当化根拠 とされた3点のいずれ もが,事実無根の控造あるいはまやか しであった ことが 明 らか となって きている とい う厳正な事実については, もはや多言を要 しないであろう5。
ところで,当のアメリカ合衆国では,国際社会の希望的観測をよそに再選 を果た したブ ッ シ ュ大統領の2期 日が,今年の1月20日か ら始まっている。そ して2月2日の一般教書演説 においては,今後 もテロ との戦いが続 くこと,平和の実現のためには攻撃 と犠牲 を産む覚悟 が必要であること等, これまで と寸分たがわぬ独 自の信念が披歴 されている.先の大統領選 挙の結果に関 しては,一般的に,イラク問題 より以上に国内問題, しかも中絶や同性姫の是 非に代表 されるような道徳的問題が選挙の争点 となった ことか ら,道徳的に保守的なキ リス ト教の宗教的右派を中心 に,その出自にかかわ らず一般の信心深い人 々の圧倒的支持を集め たブ ッシ ュ大統領がケ リー民主党候補に予想を上回る十分な差 をつけて再選 された と分析 さ れている。 こうした分析の当否は ともか く,少な くともこの選挙は,アメリカ合衆国政府だ けでな く多数のアメリカ国民の政治意識や国際感覚 もまた,他国の国民のそれ らと想像以上 に落差があるとい う悲 しむべ き実情を図 らず も露呈 した といえるだろう。他方,イラクでは, さる1月30日に,あ くまで もアメ リカ政府主導 による民主化計画に基づいて,国民議会総選 挙が強行 された。2月13日に選挙管理委員会によって発表 された開票結果によれば,投票率 は58%で,イスラム教シーア派の政党を中心 とする 「統一 イラク連合」が得票率約48%を獲 得 した とされている。 これ ら数字 をどう評価するか とい う点 もさることなが ら,当 日35人が 爆発な どで犠牲 となった うえ,スンニ派の大多数が欠席 した とい うこの選挙の内情,さらに は選挙後 も一向に収まる兆 しのないテロ行為一特 に勝利 したシーア派を狙 ったテロの増加が 認め られる‑ をみるな らば,イラクの将来 に向けての展望は,英米は もちろん ヨーロッパ諸
イラク問題 が問いかけ るもの 25 国の首脳 もこぞって見せた選挙結果に対する賞賛 と将来への楽観的な見通 しとは裏腹 に,む
しろ極めて厳 しい とみるべ きであろう。
さて, 日本においては,さらに状況は深刻である。 というの も, 日本は 自国の憲法 に, 自 衛のためで もあって も武力行使を しない とい う徹底Jした平和主義を掲げている国だか らであ る。そ して, この絶対的戦争放棄条項 こそは 日本国憲法の最大の特徴であって,その革新的 思想 において,世界憲法史上,ほんのわずかの例外 を除 きいまだ他国の追随を許 さない独 自 の地位 を占め続けている6。 ところが実際には,1954年の結成 か らおよそ半世紀 を経 て,い までは世界的にみて も非常に強力な軍隊に成長 した 自衛隊が,国際社会 における四面楚歌状 態のなか,米英 とともに,「有志連合」の一員 としてイラクで活動 を している とい うわけで ある。だ とすれば,一昨年の政府 による自衛隊の戦闘地域への初めての派遣決定が国民の過 半数 を超 える反対 にあったのはあま りにも当然の ことであ り,それにもかかわ らず派遣が強 行 された という事実は,国家の大原則である立憲民主主義が, 日本においては機能停止状態 にある とい う不名誉な実態を,世界にも広 く知 らしめて しまった という見方 もで きよう。
いずれにして も, この イラク問題は,今 日において もなお我 々社会の最大の関心事であ り 続けないわけにはい くまい。だか らこそ, この問題 をめ ぐる言説は,今で も後 を絶たないの であろう。なかで も,武力攻撃開始当時にはほ とん ど批判が見 られなかったアメリカ本国に おいて,漸 く自国の政府の行動を冷静 に分析 し批判的に検証する言説が出現 し始めている事 実は心強い動 向 といえよう7。翻 って, 日本国内の,いわゆるテレビ ・ラジオ ・新聞な ど我 々にご く身近な言論媒体 においては, この問題への関心がすでに薄れて しまっているかの よ うな印象を覚える。 ことに,形式上 イラク人への権力委譲がなされた2004年6月29日以降, 同年12月上旬の 自衛隊派遣延長をめ ぐる問題が浮上 した時期な らびに本年1月30日の選挙前 後を除いては,イラク問題が 日々のニ ュース として取 り上げ られる頻度が格段 に減少 してい るといって よい8。 しか しなが ら, こうした状況は,万が一,多数の 日本人 に とってイラク 問題 が再び 「他者」の出来事 になって しまった とい う恥ずべ き実情を物語 る として も,その 一方で, この事態 に内在する多様な問題点が時の経過 によって氷解 し,最終的には霧散 して しま うな どとい うことを,決 して意味 した りは しない。そ して事実,かの地の現状は,今な お危険で統制不能な混乱状態のままにある とい うのが正 しい9。そ うでなければ,アルカイ ダ と通′じているとされるテロ リス トと呼称 しうる者たちの行為だけでな く,イラクの一般市 民による米英軍 に対する敵意 とその発露 としての抵抗運動の可速的な高ま りを説明す ること はで きまい10。いずれに して も,イラクで 日々止 まることな く繰 り広げ られている暴力の応 酬は,我 々日本人に傍観者 としての立場 に甘ん じていることに対する無神経 さ と無責任 さ と を,突 きつけるもの となっているとはいえまいか。 さらにまた,イラク問題 を考察す るとい う作業は,ほかな らぬ法治国家,民主主義,立憲主義 といった幾多 もの国家論の本質 に関わ る事柄 を省察するという営為 にも深 く繋がっている と考 え られる。
そ こで本稿では,イラク問題を題材に,そ こに内在す る人類普遍のテーマについて幾ば く
かの検討を加えてい くこととしたい。具体的には,当該問題が季む多岐に亘 る論点のなかか ら, とりわけ2つの観点,すなわち,第一 に,アメリカが提唱する正義の戦争 としての対 テ ロ戦争 とそのための専制的 自衛 とい う論理の正当性の検討を,第2に, 日本 とい う国家 自身 が直面 している問題の検証 とを 目指す ことにする。
1 アメ リカを唯一の帝国 とみる見方は,いまや広 く受け入れ られているようにも思われるが, もちろん議論 がないわけではない。 この辺の事情 については,古矢旬 『アメ リカ 過去 と現在の間』岩波新書,2004年 , 40‑77頁を参照 されたい。
2 英米 によって宣言 され た対 イラク戦争は,その圧倒的非対称性をは じめ として,あ らゆ る意味において従 来の戦争 とは異なるとい う認識 より,これを戦争 と呼ぶことを潔 しとしない見解 も多い。た とえば,金子勝, アン ドリュー ・デウ ィッ ト,藤原帰一,宮台真司 『不安の正体!』筑摩書房,2004年,134頁。西谷修 「こ れは戦争ではない」『テロ後世界は どう変わったか』岩波新書,2002年,29‑53頁,「総特集 これは戦争 か」
『現代思想』 10月臨時増刊号,第29巻第13号,2001年。
3 た とえば,昨年 11月22・23日にエジプ トで開かれたイラクの復興を支援するための会議や,12月初旬の国 連会議な ど。
4 スペ インでは列車 テロを当初国内の過激派の しわざ と主張 したために政権が倒れ,新 しい政府が軍隊の撤 退を決定 した とい う事実は,いまだ記憶 に新 しい。 さらに,オランダ軍 もこの3月で撤退が終了する。その 後 もルーマニア,ウクライナ,ポーラン ド,ブルガ リアが撤退する予定 となっている。
5 論者 によっては,これ らの根拠は,次第 にその比重が移 っていっている との指摘 もある。金子勝,アン ド リュー ・デウ ィット,藤原帰一,宮台真司,前掲,18‑28頁,178頁以下。
6 もっ とも,1949年 に制定 されたコスタ リカ憲法は,その第12条で,常備軍の廃止を規定 し, 日本同様事実 上 いかなる戦 い もで きない縛 りをかけている。 そ してそれを今 日まで遵守 している。 さ らに,パナマ も, 1991年 に常備軍の廃止を決定 している。
7 9・11当初はノーム ・チ ョムスキー,E.W.サイ‑ ド,スーザン ・ソングク,マ イケル ・ハ ワー ドくらい であった。(その後,スーザン ・ソンタグは対テロ戦争を認める側に回って しまう。)なかで も,チ ョムスキー は,いかにアメリカ合衆国 自身が これまでテロを主導 して きたか,またテロ リス トを育成 して きたか とい う 点を,具体的な例 を挙げなが ら論証 し続けている。具体的には,ノーム ・チ ョムスキー 『9.11アメ リカに 攻撃をする資格はない』文芸春秋,2001年 を参照の こと。
8 昨年の 4月以降,イラク国内には, 日本人ジャーナ リス トは一人 も常駐 していない。 もっとも,米軍の保 護 を受け られるアメ リカ人以外は, どこの国のジャーナ リス トも身の安全の保障がないため,ほ とん どイラ
ク国内に入 ることができない とい うのが,現実である。
9 今年の 2月 4日付ル ・モン ド紙 に 「あるイラク人女性の 日記Joumald'unekakienne」 として掲載 された 手記は,イラク市民がこの戦争開始以来,一 日として心休まることな く常 に死の恐怖 と隣 り合わせで生活 し ている様子を赤裸 々に語 るもの となっているohttp://www.lemonde.fr/web/article/0,110@2‑3230,36‑396901, 0.html。 また同様 に,市民の生の声を伝 えるもの として,金柴美 「私がみたイラク戦争 選挙は終わったが 戦争は終 わっていない」『世界』2005年4月号,75‑78頁。
10 イラク人,米軍 とも,米国大統領 によって高 らかに宣言 された昨年の5月1日の戦争終結宣言以降,死者 の数が激増 している。2005年3月13日現在米軍死者1,508人。 うち1,153人が敵意 によって殺 されている。一 方,イラク民間人の死者は,NGOイラクボディカウン トによれば,同 じく3月13日現在で,最大18,509人 に達 している。 また,TheLancetstudy'sheadlineによれば,民間人死者10万人 とい う驚 くべ き数字が出さ れているo これ らの点については,http://m /iraqbodycount.netを参照 されたい.
Ⅱ.正義の戦争
上述 した ように,今回のイラクへの武力行使は,その理 由のいかんを問わず国際法上正当 性 を欠 き違法である11とい うのが,圧倒的多数の国々お よび国連の一貫 した見解であるとい
イラク問題 が問いかけ るもの 27 って よい。そこで,いかにして, この ような判断が導 き出されるのか という根拠を明確 にす るために,今一度,戦争あるいは武力行使 に対する国際社会の評価の変遷過程 をみてい くこ とに したい。
1.戦争の違法化の歴史とその要因
周知の ように,かつて戦争は,国家間q)政治的争いを解決するための正当な手段 と目され ていた。 この点を初めて法的に確認 したのが,ほかな らぬ1648年のウエス トフ ァリア条約で あった。要するにこの条約は,国際法上は じめて,国民国家ない しは主権国家 とい う近代国 家の枠組みを承認するとともに,そ うした先進的な国家間の合意事項 として,正当な方法に 則 って行われる戦争 をすべて合法であ る と認めたわけである。 (ここに同時 に,戦時国際法 なるもの も誕生することになる。) これが,無差別戦争観 といわれる価値観の誕生であった。
そ うして, この価値観の もとで,当時他の国々に先駆けて近代国家の態 をな しえた ヨーロッ パ諸国は,いわゆる帝国主義理論 に則 り,その具体的実現 としての植民地政策を展開 してい った とい うわけである。 とはいえ, この無差別戦争観 とは,あ くまで も対等な立場 にある国 家同士の互角の戦いを想定 していた とい う歴史的事実を,付言 してお く必要があろう。 した がって,アフガニスタンおよびイラクにおける戦闘行為の ように,そ うした対等性 とは対極 にある,決定的に非対称な立場の国家間の武力闘争は,それ 自体従来の戦争 とは もはや質的 に異なるものであって,当時の原則 をそのまま適用することの妥当性 もまた疑われる とい う ことになるのである。 ともあれ,その後の成 り行 きを誤解 を恐れずに思い きり簡略化 してい えば,ユーラシア大陸においては,オース トリア ・ハンガ リー帝国やオスマン トル コ帝国, さらにロシアの動 きを軸 としなが ら,複雑な国家関係が展開される一方,アジアでは,いわ ゆる上か らの近代化 とい う形で遅れて台頭 して きた 日本が,帝国主義論理 を援用 しつつ ヨー ロッパ先進諸国 との植民地争奪戦 に参入 し,最終的には第2次世界大戦終結 にいたるまで, 重要な役割を担いつつ歴史の舞台を展開 してい くとい うわけである。いずれにして も,2度 に亘 る壮絶な世界大戦の経験 によって,国際社会は漸 く,一切の武力行使 を基本的に違法 と みなす新たな価値観 に到達 しえた ともいえる。そ してその新 しい価値形成 に貢献 した主要な 要因 としては,第 1に,啓蒙思想家 らの貢献 による人権思想の発見 とそれに基づ く国家観の コペルニクス的転換 に,第2に,科学技術の発達 による新兵器の発明 と,それに伴 う戦争形 態の変化および被害の拡大に求めるのが正当であろう。前者の点についていえば,かつての 身分制社会の下での 「国家のための国民」 とい う思想か ら脱却 し,それ とは対折的に平等な 個人を出発点 とし,そ うした個人の人間 としての基本的権利を保障することこそが国家の役 割である とい う 「国民のための国家」 とい う国家像への転換 こそが,戦争を悪 しきもの,逮 法な ものへ と変貌 させた とい うことになる。なぜな ら,生命の保障 こそは,あ らゆる基本的 人権 を享受するための大前提であ って,相手を力でね じ伏せ ることを 目的 とする戦争は,必 然的に生命の剥奪を伴 うがゆえに,それ 自体違法な もの とな らざるを得ないか らである。後
着の点についていえば,科学技術の進歩が殺傷力に優れた武器の製造を可能 にし,それによ って戦争形態 もが変化 した結果,戦争は,敗戦国 と戦勝国 との別な く,甚大な人的かつ物的 損害をもた らす もの となった とい うことである。 この点は,戦争の世紀 と評 される20世紀に 発生 した2つの世界大戦 によって,実に約1億人 もが犠牲者 となった とい う具体的事実ひ と つを挙げるだけで,容易に首肯 されるであろう。 こうして,かつては国家 に とって 自身の政 治 目的達成のための有効な手段 として活用 されて きた戦争が, もはや,勝敗 に関わ らず,お よそ採算の とれないものになって しまった とい うわけである。別言すれば,戦争は, 目的お よび手段の両面 において,国家 に とって害悪を もた らす重荷に転 じた とい うことになろう。
ところで,第2次大戦後 に設立 された国際連合以前にも,戦争を限定ない しは回避するた めの国際的試みは既に存在 していた。実際,国際法上,最初の戦争違法化条約は,1928年の パ リ不戦条約である。 この条約は, 自衛戦争 と制裁ない し正義の戦争は留保するものの,侵 略戦争は遵法 とする立場を打ち出した とみなされている。実は,この条約締結以前の1920年 には,第 1次大戦後の反省に立 って設立 された国際連盟がすでに存在 していたが, この規約 では具体的な戦争達法化を掲げることがで きずに終わっている。また,国際連盟は,提唱者 であるウ ィルソン大統領率いるアメリカ合衆国が,孤立主義を主張する国内勢力に押 され加 盟で きずに始まった こともあ り,極めて不幸な船出 となっている。いずれにして も,結局, 第2次世界大戦暴発を避け られなかった国際連盟 に替わって,対フ ァシズムのための連帯機 構 として誕生 したのが国際連合 (以下国連 と記す)であった。そ して国連は,第2次大戦後 も引 き続 き,国際社会の平和の確立 に欠 くことので きない主役 を演 じることにな り,今では 191カ国の加盟国を抱 える巨大組織へ と成長を遂げた とい うわけである。
さて,1945年 に制定 された国際連合憲章 (以下国連憲章 と記す)は,前述 した ように一切の 武力行使 を原則 として禁止する とい う思い切 った考 え方 に立脚 している12。具体的にいえば, 国連憲章 においては,①制裁のための武力行使 (第42条)一世界平和を揺 るがす ような行為に 対 して,あ らゆる非軍事的措置では不十分 と認め られた場合にのみ,最終的な手段 として国 連軍の発動が認め られる‑ と,②非常 に限定的な 自衛権の行使 (第51条)一 国連加盟国に対 し て武力行使が行われた場合,安全保障理事会が必要な措置を とるまでの間に限 って認め られ る‑ とい う,たった2つの場合に武力行使は限定 されている。G)は,いわば国際社会が一致 団結 して武力行使 を行 うという集団的安全保障 とい う考 え方 に基づ く行為である。 また,② はむ しろ自衛権の行使をも原則的に否定す る考 え方である ということがで き, ここに,国連 憲章の精神 と日本国憲法9条のそれ との親和性 をみることも十分可能である。ただ し,前者 が最終的には軍事力に頼 ることを肯定 している とい う点で,後者 との間に超 えがたい質的断 絶がある13とい う点は押 さえてお く必要があるであろう。
他方,国連は,戦争を違法化 した当然の帰結 として軍縮 に取 り組む とともに,武力紛争を 引 き起 こす根源的原田 としての貧困や圧制 か ら人 々を救済すべ く,多岐に亘 る活動 を主導 し て きた。 さ らに,万が一軍事的衝突が発生 した場合のルール としての国際人道法の存在 もま
イラク問題が問いかけるもの 29 た,忘れてはな らない。 これは,論理的には否定 された とはいえ軍事的衝突事態が発生 し続 けているとい う現実を踏 まえ,その際に犠牲 になるのは常 に弱者である とい う過去の経験 に 根ざ した教訓 に基づ き,戦闘状態 にあるなかで人権侵害を最低限に抑 えるために当事者の責 任 と義務 とを明記 した ものである14。かつて戦争が合法的であった時代 における戦時国際法 の改良版 とい うことも可能であろう。主要な もの としては,1949年 の4つのジ ュネ‑ヴ条約 とこれ らq)ジ ュネ‑ヴ諸条約 に追加 される1977年の2つの追加議定書 (国際武力紛争 に関す る第1追加議定書 と非国際武力紛争 に関する第2追加議定書)が挙げ られる。また,ジ ェノ サイ ド条約 (集団殺害犯罪の防止お よび処罰に関する条約)や生物毒素兵器禁止条約な ども, このカテゴ リーに分類す ることがで きる。 さらに, これ らの条約 に達反 した場合には,関係 者が具体的に戦争犯罪ない しは人道 に対する罪 に問われる とい う点が肝要である。そ してそ れを制度的に確立 したのが,粁余曲折をへて1996年 に採択 された国際刑事裁判所条約 に他な
らない15。
この ように国連は,一方では,国際平和確立のために軍事力を担保する暴力装置 としての, 他方では,人道主義 に基づ く人権保障機関 としての,いわば2つの異なる顔を併せ持つ存在 である といって よい。 とはいえ,その成立過程 か らみて も,国連の本質はあ くまで軍事機関 としての機能に求めるべ きであ り, しか も,その軍事力行使の最終的決定権 を,安全保障理 事会の常任理事国である,米 ・英 ・仏 ・露 ・中の超大国5カ国のみが握 っているとい う点で, 各加盟国が行使 しうる力に著 しい不均衡が存する体制である といわねばな らない。その うえ, 主権 国家を基本単位 とする現国際社会の枠組みのなかにあって,国連の活動は当然の ように, 国家主権原理の高い壁 に阻まれて きた16。 その意味では,国連は どこまで も各国の利害 を調 整す る政治機関に過 ぎず,徒 らに期待を寄せ るべ き存在ではない とい うことにもなろう17。
しか しなが ら,そ うした幾つ もの構造的欠陥を抱 えなが らも,国連が半世紀以上 に亘 って国 際社会の平和的共存のために一定の役割を果た して きた とい う点は,やは り正当に評価すべ きであろう18。 ともあれ,東西冷戦構造下で,人権保障機関 としての役割 に重心を置 くこと を余儀な くされた国連が,国際社会の好意的な評価 を集めたのに対 し,冷戦構造が崩壊 した 1990年代以降,本来の軍事機関 としての存在意義を強調すべ く積極的に地域的紛争 に軍事介 入を始めた とたんに,それ らが悉 く失敗 に終わるとともに,国連の求心力が 目に見 えて低下 していった とい う皮 肉な事実については, これをじっ くりと検証する必要があるように思わ れる。 とい うの もここに,構造的欠陥の解消 も含めた将来の国連改革の鍵が潜んでいるよう にも思われるか らである。何 にせ よ,国連 に取 って代わる世界国家の ような組織が存在 しな い現状 においては, とりあえず今後 も国連 を中心 として国際社会全体の平和の構築を探 って い くりが筋であろう19。
いずれにして も,以上の点に鑑みれば,「9・11」後 にブ ッシ ュ政権 によって打ち出され た正義の戦争 としての対 テロ戦争の論理は, これまで数世紀をかけて精査 されて きたはずの
「一切の武力行使は原則 として違法である」 とする国際社会の原則か ら単 に一線を画す とい
うに止まらず,歴史を刻む針を一気に「無差別戦争観」より以前の 「野蛮」の時代へ と巻 き戻 した ような論理である とさえいえよう。 というの も,第 1に, 目的の正当性欠如のゆえに。
あるいは,テロ とい う行為の定義に内在する漠然性ゆえに。第2に,仮 にテロが明快 に定義 で きる悪だ として,それに対 して軍事力を用いる とい う手段の不適切ゆえに20。あるいはま た,あ くまで国家間の紛争であったはずの戦争概念を,国家 とい う枠 を越 えて発生する暴力 行為であるテロとい う犯罪に対 して適用 した とい う意味において。そ して第3に, 自衛概念 の拡大解釈 としての専制的 自衛ない しは予防戦争 とい う論理が,実質的には従前の侵略行為
と自衛行為 との差異を全 く無意味にして しまうとい う点において。
ところで,世界を震癒 させている現 イラク問題の震源は,1990年夏のイラクによるクウ ェー ト侵攻 に端 を発 した湾岸戦争 にまで遡 る。その際には,少な くとも今回 とは異な り,イラク への武力行使 を主張する英米は,独仏のみな らず国連総会か らのお墨付 きを与 えられていた。
とはいえ,その武力行使は国連の活動 としてではな く,あ くまで総計35カ国か ら構成 された 多国籍軍の活動 として行われたに過 ぎなかった21。 その後,イラク と多国籍軍 との間に停戦 協定が結ばれ,イラクはクウ ェー トか らの撤退のはか,国連 による核兵器および大量破壊兵 器 についての査察な どを受け入れることに合意 している。 しか しなが ら,その後 もイラクが 停戦協定に従わない とい うことで,再度,2003年11月8日の安全保障理事会の満場一致決議 1441,すなわち,イラクが更なる非協力的態度を続ければ 「重大は結果」を招 くとい う内容 の決議が出されたりである。だか らこそ,英米は当初, この国連決議を根拠に,今回の イラ ク攻撃は新たな戦争の開始な どではな く,停戦協定 を破 ったイラクに対する当然の対抗措置 としての武力行使 であ るに過 ぎない とうそぶいた22。 こうした解釈に対 し,他の諸国は,当 の国連決議でいう「重大な決議」がイラクに対する先制攻撃を自動的に容認するとい うのは論 理の飛躍であって,軍事力を使 う場合には当然新たな決議が必要である との立場を取 ってい たのである。いってみれば, こうした国際社会の批判 に対抗するために持ち出された理論 こ そが,冒頭で掲げた3つの論理であった ということになろう。
2.対テ ロ戦争の論理
再三言及 しているように,イラクに対す る武力行使の正当性をめ ぐる最大の焦点は,テロ に対する武力攻撃 を容認するかどうか とい う点に収赦 され るといって も過言ではない。つま り,悪 しきテロを駆逐する とい う目的その ものの正当性が問われているのであ り,さらにそ の前提 として,テロを どの ように定義 し,また確定 しうるか という点が問われることになる。
ところで,テロ リズムの定義をめ ぐっては,いまだに国際社会は合意 に達 していない とい うのが偽 らざる実情であ る。 この ことは,た とえば,「9・11」の2日後 に 「反 テロ決議」
を行 うべ く召集 された国連総会 において,特に先進諸国 とそれ以外の国々との間で合意が得 られず,結局,テロの定義をな しえないままに反 テロ決議 を行 った という皮 肉な結果 に象徴 的に現れている。そ もそ も,テロ リズムの語源は,フランス語の恐怖 を意味するterreurに
イラク問題が問いかけるもの EI 由来する。そ して この言葉は,フランス革命期 における革命政府 による恐怖政治 (とくにロ ベスピエール主導 による革命の反対派 に対するギ ロチン死刑)を指す もの として誕生 したの であ る23。要す るに,テロ リズムは元来,国家権力の側 か ら彼 らに歯 向か う者 に対 して行わ れた蛮行を指す言葉であった といえる。それがいつの問にか,国家権力に敵対する者‑ しば しば少数派‑ が国家権力その ものや一般大衆を的に無差別 に行 う殺教行為が,当の国家権力 によってテロ と命名 されるに至 っているわけである。それゆえ,上述 した国連会議において, とりわけ,民族問題等で国内に政府 と反政府勢力 との争 いを抱 える国の人 々が,圧制 に対す る抵抗手段 としての暴力行為 をテロと呼ばれることに強い拒否反応を示 した とい うのは,至 極当然である とさえいえる。あるいはまた,イスラエルのパ レスチナに対する,さ らにはロ シア政府のチ ェチ ェン独立派 に対する力による制圧政策が,ブ ッシ ュ政権の対テロ宣戦布告 以降,その論理 に乗 じて激 しさの度 を増 しているとい う実例を見 るにつけて ち,テロ行為の 定義 にまつわる複雑性や悪意性が理解 されるであろう。そ して,そ うだ とすれば,真の問題 は,単なる暴力にすぎない忌むべ きテロ と,圧制 に対抗するための,やむにやまれぬ最終的 手段 としての抵抗行為 とを,いかに区別 しうるのか とい うことになろう。その際, この難問 を解 く鍵のひ とつは抵抗権理論 にある と思われる。抵抗権 とは,ひ とまず,被治者が 自己の 権利 を擁護するために統治者である国家権力に対 して行使する,時 として暴力をも伴 う権利 であ る と規定することにする24。 この権利 は,有史以来あまたの論者 によってその存在 を認 め られて きた25‑万で,その範噂や限界な どを巡 って常 に論争の的であ り続けている。また, 当の権利 を憲法上の権利,つま り実定法上の権利 と認めるか否かについて もまた,鋭い意見 の対立がみ られる。なぜな ら,抵抗権は,原理的に反権力的性格構造 をもつ権利であるため,
これを憲法 に組み込む というような抵抗権 を制度化する作為は,抵抗権が秘めている強いエ ネルギーを国家権力の統制により無力化 されて しま う恐れがあると危供 され るか らである。
それゆえ,抵抗権 については, これを実定法上の権利 とせず,む しろ前国家的ない し超 国家 的な実定法を超 える権利 として理解するほ うが妥当である とする立場が優勢であるように思 われ る26。 もちろん ドイツの ように, これを憲法 に明定 している国 も存在する。いずれに し て も抵抗権は,今 日,基本的人権 を不当な国家権力か ら保守す るための不可欠の概念装置27
として,憲法 に明示 されているか否かに関わ らず,すべての国民に保障されている と解 して いい ように思われる. 同時に,抵抗権‑特 に暴力を伴 ったそれ一 の行使は,あ くまで合法的 な手段を尽 くした後の ̀̀最終的な手段''として我 々に担保 されている究極の権利であ って, むやみにこれに訴 えることは許 されない とい う点 も忘れてはなるまい。 とはいえ,少な くと も抵抗権を肯定する理論 に依拠するな らば, とりわけ国家権力に対 して行使 される暴力を簡 単にテロ と断定することはで きな くなる。別言すれば,犯罪 としてのテロ と,そ うとは即断 できない抵抗権の行使 としての暴力行為 とを分かつ作業は,限 りな く不可能 に近いばか りか, その判断が権力者 自身 によって行われる場合には危険でさえあるとい うことになろう。
さ らに,テロの定義 をめ ぐる見解の対立は,誰の視点で出来事 を語 りそれを記憶するか と
い う,行為の記述者の拠 って立つ視点の隔た りをもまた,見事 に浮 き彫 りにした といえる。
確かに 「9・11」の出来事は,悪魔的な殺致行為であった。 しかし,そうした出来事はあの 日に始 まったわけでは,決 してない。事実,パ レスチナで,ユーゴスラビアで,モザンビー クで,スーダンで,その他世界中で虐殺は絶えず繰 り返 されている。にもかかわ らず,我 々 は,ある出来事については我が事の ように高い関心を持 って語 り,その悲劇に対する正義の 報復 とい う考 えに容易 く同調するりに対 し,それ以外の出来事 については,無関心かつ無知 のままに止まっている。こうした,強者の国で発生 した悲劇が我 々の共有すべ き記憶 とされ その他の国 々の悲劇はあ くまで も他人事 として記憶 されないままでいる とい う冷徹 な状況 は,確 かに 「記憶のエコノミーにおける圧倒的な,暴力的なまでの不均衡」28とい うはかな く,そ うした記憶の不均衡がグローバルな富の偏在 と分かち難 く結びつき暴力を再生すると い う指摘29は正鵠 を得ているといえよう。
さて,「9・11」以降,英米が対 テロ戦争の名 目で武力攻撃の標的にした最初の国はアフ ガニスタンであった。同時多発テロ発生か ら 1ヶ月 も経たない うちに開始 されたアフガニス タンに対する武力攻撃は,イラクへのそれが非常な批判を浴びたの とは対照的に,先進国政 府か らはほ とん ど異論の声が聴かれなかった。そ うした両者に対する異なる反応の理 由 とし ては,ひ とつには,当のアメ リカ合衆国のみな らずすべての先進国が,9・11のシ ョックに 羅患 していて冷静な判断を下せない心理状態に陥 っていた とい う点,今ひ とつには,テロの 首謀者 と目される人物が当時政権を掌握 していたイスラム原理主義者のクリバンに匿われて いるとい う情報の精度の高 さが,正義の行使 としての報復 とい う外観を整 えた とも想像 され る。それで もなお,犯罪 としてのテロへの対抗手段が 自動的に武力による制圧 に帰結するわ けでは,決 してない。それゆえ,アフガニスタン とい う最貧国の領土を圧倒的な軍事力で徹 底的に叩 き,そ うした行為で一方的に命名 したテロ リス トともども,無季の人 々の命 を問答 無用 に剥奪するような行為 を,正当化することは許 されまい。現に,一方的に宣言 された圧 倒的 に非対称な戦争が もた らした犠牲者‑ ブ ッシ ュ政権 が 「誤爆」30であ り 「付随的被害」
と称 したアフガニスタン民間人の死者‑ は1万人以上 を数 える31。 これはまさに虐殺以外の なにもので もない。だか らこそ,アフガニスタンへの武力攻撃を承認ない し黙認 した我 々先 進諸国に生 きる者の罪は限 りな く重い といわねばなるまい。
「正義の戦争」の暴力性はそれだけではない。かつて戦争が合法的であった時代 において さえ,戦争には一定のルールの遵守が求め られた。前述 した,かつての戦時国際法,現在の 国際人道法がそれにあたる。 ところが,米政府は,テロ リス トとい う無法者ない し野蛮人に 対 しては法の保護を与 える必要な どない という主張を譲 らず,国際社会の批判を横 目に戦争 であれば当然適用 され るはずの これ ら国際人道法 を悉 く無視 して しまっているのである32。
そ うした米政府の人権軽視の姿勢 こそが, イラクのアブグレイブ刑務所での米兵による民間 人虐待を惹起 した といえよう。いずれにしろ,相手が法を破 ったか らといって こち らも法を 破 る とい う論理は,無法者であるはずの相手 と同 じ次元にまで 自身を定める愚かな行為で し
イラク問題 が問いかけるもの 33 かあ りえず,およそ正義 とは相容れない ものである33。
結局,ブ ッシ ュ政権の主張する 「正義の戦争」 としての「対 テロ戦争」そ して 「予防戦争」
を正 当化す る論理 は, 自らを「善」,それに歯 向か う者 を「悪」と規定す るマニ教的善悪2分 論34もさることなが ら,何 より自己の価値観を絶対視 し,それ以外の価値観 を誤 った もの と
して問答無用 に排除するとい うその独善性,倣慢性ゆえに,「自由 と民主主義の擁護」という 美 しい言葉 とは裏腹に,その主張の背後 に潜んでいる恐 ろしいまでの暴力性が浮かび上がっ て くる とはいえまいか。さらに,「正義の戦争」を神か ら与 え られた使命 とい うところにも,
この論理の特徴がある。アメ リカ社会が宗教 と深 く結びついている35とい う点は,いまや よ く知 られる ところではあるが,少な くとも政教分離を憲法 に掲げている国家の大統領が,忠 式発言において何のため らい もな く神へ言及す るとい うのは,それ 自体大 きな問題であるは ずである36。
それだけではない。 この論理が行 き着 く先は,敵を見つけるために常 に警戒を解かない社 会, したがって,絶 えず人 々を監視する とい う社会で しかあ りえない37。 そ してそ こは, 自 由 と民主主義の擁護 とい う目的を達成するために,恒久的に個 々人の 自由を制限する とい う, まさに皮 肉な事態 を招来 させ る社会である38。 そ うなれば, これは もはや, 自由や民主主義
とは対極 に位置する全体主義国家以外のなにもので もな くなって しまうであろう。だ とすれ ば,ブ ッシ ュ政権の論理は,単 にレ トリックを駆使 しただけの欺満 というだけではすまされ ない重大な問題 を学んでいるもの とい うことになろう。
3.専制的 自衛あるいは予防戦争の論理
上述 した ように,専制的 自衛あるいは予防戦争の正当性は,現存する明示的あるいは黙示 的国際法のいかなる法則か らも,決 して導 き出せない。なぜな ら,元来, 自衛権の発動は, 相手方の具体的な武力行使がなされた後初めて認め られるものであるか らである。 したがっ て,専制的 自衛一相手方の具体的な武力行使や軍事的威嚇行動が不在のままにこち ら側が攻 撃を開始する‑行為は,国際法上はむ しろ侵略行為 に分類 される行為 といって もあながち間 違いではない。それゆえ,事実上,侵略行為 と自衛行為 との区別を解消する効果をもつ専制 的 自衛あるいは予防戦争 とい う概念は,「対 テロ戦争」概念同様 ,世界の平和 に寄与するど
ころか,反対 に安易な武力行使 に道を開 くもの とな り,世界を一層危険な場所 にするだけで あろう39。
それにして も,今回ブ ッシ ュ政権 によって打ち出された予防戦争 とい う論理は,米政権 自 身に とっては,実はそれほど新 しい ものではなかった ようである。なぜな ら,ク リン トン政 権下の1990年代末にアメリカ新世代プロジ ェク トによって作成 された 「アメリカの国防力の 再建」に関す る報告書に,すでにこの言葉 が登場 しているか らである40。だ とするな らば, イラクへの武力行使は,単に宗教 に力を借 りたブ ッシ ュ大統領 およびその取 り巻 きであるネ オコンを中心 とする保守派に特有の政策によるもの と見 るべ きではな く, より根源的に,ア
メ リカ社会,アメ リカ国家それ 自体が内包 している病理 としての武力信仰 にその要因がある といえるか もしれない41。実際,民主党のケ リー大統領候補 による,イラクへの武力介入 自 体ではな く介入の仕方を批判 した言説 にも,そ うしたアメリカ独 自の思想を見て とることが で きるか もしれない。そ うであればなおさ ら,ブ ッシ ュ政権が今後 も,「予防戦争」あるい は 「専制的 自衛」戦争へ と突 き進む可能性42について も考 えないわけにはい くまい。そ して, 我 々日本人はそれに対 しいかなる態度で臨むべ きか という点 も含めて0
4.「自由」 と 「民主主義」の擁護 という論理
ブ ッシ ュ大統領 自身が前例のない手段 と自らも認めた43対 テロ戦争へ と踏み切 った最大の 論拠 が,「自由 と民主主義の擁護」である点については, よ く知 られ る ところであろう。事 実,この言葉は,ブ ッシ ュ大統領 によって現在 もなお,あたか もこれを口にさえすれば どん なに強固な批判 をも退けることので きる呪文の ように唱え続け られている。
確かに,アメリカ合衆国は,建国以来, 自由 と民主主義を体現す る国の代表であった。な ぜな ら, ヨーロッパの帝国主義 との決別 こそが,アメ リカ合衆国を誕生 させた原動力であっ たか らである。つま り,かつて植民地獲得のために武力行使 を厭わなかったのが ヨーロッパ であ り,それを批判 し続けたのがアメリカ合衆国であった。翻 って現在は, 自らが,かつて 糾弾 したはずの 「古い ヨーロッパ」 と変わ らぬ行動を 自由 と民主主義のため とい う理屈で再 現 している とい うわけである44。
さて,国民の 自由 と権利を守 ることこそが国家の レゾソ ・デー トル (reasond'etre)であ る とする現代国家 においては,国民を政治の担い手 とする民主主義体制のほ うが独裁体制 よ りはるかに望ましい と考 えられるのは当然のことである。だが,国民の手 による政治 として の民主主義 ‑デモ クラシー とい う概念が,ただそれだけで常 に絶対的に正 しい という判断す るのは早計 にすぎよう。肝要なのは,国民の多数意思に基づ く政治 とい う形式ではな く,そ れが体現 している現実政治の実態である といえる。 この ことは,古 くは,デモクラシー発祥 の地である古代ギ リシャにおいて,正義の体現者であったはずのソクラテスが,まさにその デモ クラシー制度の下で死刑 に処せ られた とい う悲劇に直面 し,そこか ら国家論や正義論に ついての哲学的思索を深めていったプラ トンの例45や,あるいはまた,ホロコース トとい う 人類最大の蛮行のひ とつを指導 したヒ トラー政権が,ほかな らぬ民主的手続を経て誕生 した という事実を想起するだけで足 りるであろう。つま り,一 口に民主主義 といって も,実はそ の意義 自体が非常 に多義的46であるうえ,実現の具体的あ りようも,国により時代 によ り多 岐に亘 っているというのが偽 らざる実情である。結局,民主主義は常 に,その退廃 としての 衆愚制47やポピュリズム48,さ らに独裁 に も等 しい 「多数 による専制」49な どとい う,あるべ き民主主義 とは異質のそれに転落する危険性を原理的に内包 している とさえ,いえるかもし れない。その意味では,絶対的あるいは恒久的に正 しい国家体制な どとい うものは存在 しな い ということにな り,そ うだ とすれば,た とえ民主主義が論理的に優れている として も,常
イラ ク問題 が問 い かけ る もの 35 に謙虚 に省察を繰 り返 しなが ら実践 をしてい くしかないであろう。別言すれば,民主主義 と は,ひ とたびそれが形式的に確立 された後 も,正 しく機能 し続けるよう国民 自身が 自ら不断 の努力で守 っていかねばな らない壊れやすい価値 であるとい うことになろう。なお,国際社 会の民主化50もまた,真の平和の確立 には不可欠である とい う点 も,忘れてはなるまい。そ うして, この点に関 して も再度, 自国の民主的決定 に基づいた政策をそのまま国際社会の政 策 として同一視 し,他国にそれを強要す るア メ リカ政府 のあ りようが問われ るこ とになろ
う 51。
さ らに,真の民主主義実現 に不可欠な もの として,国民に正 しい判断を許すための情報の 存在 が挙げ られる。 したがって,国民の知 る権利に仕 えるマス ・メディアの果たす役割は限 りな く重要である。 というの も,情報不足や情報操作によって国民の意思決定がなされた と した ら,それは, もはやあるべ き民主主義ではな く控造 された民主主義52で しかないか らで ある。そ うな らないために,マス ・メディアには,真実に根ざ した, しかも多様性のある情 報の提供者 としての役割が期待 される。だが,それ とは反対 に,マス ・メディアが国家権力 と結託 Lで情報 を独 占した うえで,一定の方向に国民を誘導すべ く悪意的に選択 された情報 を流 しているような印象を受ける場面が,近年つ とに増 えているように思えてな らない。そ して,それが単なる印象に止 まらない とい う国民に とっての不幸な実情は,テロ戦争が情報 戦争 と同義である53と多 くの論者 によって認識 されている とい う事実か らも,裏付け られる ように思われる。つま り,テロ戦争においては,様 々なプロパガンダによって 「不安」をあ おることこそがテロ戦争 を正 当化する論拠 となる とい うわけである。 さらに,「戦争 におい ては情報 が常 に第一の被害者である54。」とい う言説 もまた,戦争 に際 しては国家権力によ る情報隠蔽や情報操作が真実を覆い隠す ことの恐 ろしさを見事 に物語 っている といえよう。
11 国際法学者のなかには, この武 力行使 を国連憲章2条4項 に達反 す る とみ る見解 もあ る。「イラク戦争 , 改憲論の中で憲法9条 を生 かす道 をさ ぐる」「特集国際社会 と憲法9条の役割」『法律時報』76巻7号,8頁。
12 かつて, 日本な どが 「事変」 とい う表現 で実際 には戦争である行為 を正 当化 した とい う事実 を踏 まえて, そ うした言い逃れをさせないために,国連は,あ らゆ る 「武 力行使」 を違法 と規定 した とい うわけであ る。
13最上俊樹 「日本国憲法 ・国連憲章 ・立憲主義」『法律時報』76巻7号,37頁。 また,樋 口陽一 「戦争放棄」
『講座憲法学2.主権 と国際社会』 日本評論社,1994年,115頁 な ど。
14 この辺の事情 に関 しては,小池政行 『現代の戦争被害 ‑ソマ リアか らイラクへ ‑』岩波新書,2004年 , 3‑24頁な ど。
15ア メ リカ合衆国は, 自国民に適用 され る恐れがあ る として, この国際刑事裁判所規程 への批准 を拒否 して い る。 ここに も,アメ リカの悪 しき単独主義 をみることがで きる。
16 すなわち,① 国際社会の利益 よ りもあ くまで国家固有のそれが優先 され る とい うこと,② 内政不干渉の原 則, といった考 え方がそれに当た る。
17吉 田康彦 『国連改革 ‑「幻想」 と 「否定論」 を超 えて』集英社新書,2003年,34頁以下O
18 国連 の存在理 由は戦争の違法化 に こそあ る。「イラク戦争 ,改憲論 の中で憲法9条 を生 かす道 をさ ぐる」 前掲,25頁。
19平和 の構築 を担 うのは何 も国家だけ とは限 らない。む しろ,国境 がな くな って きている現代 においては, NGOな ど国家の枠 に とらわれない組織や市民 との連携 こそが平和構築 には欠 かせない と思われ る。 この点 に関 しては,た とえば君 島東彦 「「武力に よらない平和」構想 と実践」『法律時報』76巻・7号,79‑84頁 を参