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後進国の経済発展について

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(1)

後進国の経済発展について

種 岡 輝 雄

は し が

 一般に東南アジア諸国はラテン・アメリカ,アフリカ諸国とならんで後進国 (乃至低開 発国)と称せられている。所でこの後進国の定義は相対的のものであり,第一に先進国に 対し相対的に,第二にその国の潜在的な可能な所得水準に対し相対的に後進的であるとい う意味をもっている。そして,一一般に後進国は(1)熟練労働,経営能力の欠如(2)国内貯蓄の 不足(資本の不足)(3)それ以外の国内資源の不足により経済発展が阻害されているといわ れている。しかし,同じようにこれら三つの資源の不足に悩む国の中にあっても,より速 い速度で成長した国もあれば,然らぎる国もあり,決して一様ではない。勿論これは各国 において採用された経済政策の差に帰せられよう。ところが,後進的,先進的ということ が相対的であるにしても,この両者をわける尺度が必要である。このため種々のものが考 えられうであろう。勿論,コーリン,クラーク(Colin Clark)の経済発展に関すう考え 方を採用して,第一次産業,第二次産業,第三次産業の雇用構成を比較検討することによ

り相霊的に後進国,先進国の格付けを行なうことも可能であるし,後進国も,雇用構成に ついての先進国のパターンを頭の中に描いて政策目標の一つにしていることも事実である。

!ノかし,われわれは,国内の経済活動 (economic activity)をはかる尺度としてGN P(国民所得)がより適当であると考え,更に,国際比較をするためにはper capita GN Pこそ最も適当と考える。従って,われわれの見方からすれば,後進国はより高いper capita GNPを獲得しようとする競争においておくれた国であり,先進国はより進んだ国 ということになる。勿論この場合,(1)GNPよりもGDPが適当ではないかとか,(2)一一 国の複雑多岐な経済活動を一つの数字にまとめるとき,デフレーターとして何を使用する かという問題(3)測定慣習が異なり,一般に用役は生産的なものとしてGNPの申に含まれ ているが,社会主義国にあっては不生産的として除かれている如き,その外,経済機構の 差異による難点があり,これらのことは国際比較を行なう場合の難点として一般に周知の 所であるが,このことをあまり強調しすぎると,国際間の比較は不可能に近くなる。従っ て,これらの事柄を無視して, per capita G:NPの資料をあげるとつぎの表のようにな

る。この表は1955年頃の表で一寸古いから,その点を注意する必要があるが大体の傾向を

面擦するには支障はないと考えられるQ

(2)

118

頭当りGNP(約1955年度,米ドル表示)

順位 二型 国 家 i順位 価  値 国   家

1

2,343 米     国 33 350 パ    ナ    マ

2

1,667 カ   ナ   ダ 34 330

コ P ン ビ ア

3

1,脚

ニユージーラ5ジド

35 320 ル 一 ・マ ニ ア

4

1,229 ス   イ   ス 36 311

ギ   ア   ナ

5

1,215 オーストラリア 37 307 コ ス タ リ カ

6

1,194 ルクセンブルグ 38.5 298 マ   レ   ・ヤ

7 1,165 スウ ェーデン 38.5 298 ボ  ル ネ オ

8

1,146 rディスランド 40

・297

ユFゴスラビア

9 1,046 ブ  ラ  ン  ス 41 292 ホ  ン  :コ  ン

10

1,015 ベ  ル ギ  一 42 285 ブ ルガ リ ア

一       印   一

P1 998 英     国 43 276 ト   ル   コ

12

969 ノ ル ウ ェ 一 44 269 レ  バ  ノ  γ

13

941 フィ ンランド 45  ゴ Q65 ジ ヤ マ イ カ

一      一   L  − 一

@913 黶E

A  ン マ ・一 ク 46 262 ブ  ラ ジ  ル

15.5 762 西 ド イ ツ 47.5 254 ニ カ ラ ガ

15.5 一762   , Uエネズエラ 47.5 254 ス ペ  イ  ン

17 『708

オ・ ラ  ン  ダ 49 244

エルサル2ミド

18

682 ソ      連 50 240 日  『  本

19

569 ウ ル グア イ 51 239 ギ  リ  シ ・ヤ

20 543 チェコスロバキ『ヤ

521 205

ドミニカ共和国

21 540 イ、ス ラ エ ル 53 204 エ ク ア ド ル

22 532 オースト リア 54.5

201

ポ ル ト ガル 23

511

プエルトリコ 54.5

201

フ ィ リ ピ ン

24 509 アイルランド 56 195 イ   ラ   ク

25 468

ポ P ラ ン ド

57

187

メ  キ  シ  コ

26 442

イ  タ  リ F

58 180 チ   リ   一

27 387 ハ  ン ガ  リ  謄 T9 179 ガ テ マ  ラ

28 381 南 ア 連 邦 U0 176 ア ル ゼ リ ア 374 アルゼンチン 61 166 サウジアラビア

29.5 374 キ  プ  P  ス

62 159

モ  ロ  ツ  コ

31

361

キ  ュ  P  メ

63 140 ペ    ノレ    P

321 356

ス  リ  ナ  ム 64 137 ホンデュラス

朔椰一  u騨曽一画孔r り卿   画  叩旧岬「・罵r一ぐ一ごη岬回,∫一曹固  k『  9」謝』暗曲一  }白      「 破野  冒  一   罰」  一ぐ一▼躍  炉鯛艸購」      {㎎・  __   一      し

(3)

順位瞬露国 家1順位隔填

65

1351

66 134 P一ヂシブ連邦

67.5 、33 南ぺ ト ナ

67.5

133

エ  ジ

69 、31

チ ュ ニ ジ ア

70 127

ンドネシア

71 122

セ イ P

72 111

73

108

パ ラ グア

74

103 リ  ベ1

75

102

77

100 タ イ

77

100 ラ ン

77

100 ス  ・一

79 98 ベルギー

コンゴ

80 96

ヨ   ノL

.82i 副

83i 841

85.51

串5.与1

871

88一

.8♀.51

89.5i 91.51

♀1.51

93.51

93.5「

951 961

gplウ ぜ ブ

刻一.南  鮮

751一 イ チ 721イ ン ド

701ナイのア

7・仁西霞ブリカ

6司求リピデ

6一東アブリカ 58i西アブリカ

581赤道直下のアブリカ

561パキスタン

561申  国

541アフガニスタン

5司エチオピア 521ビ ・レマ

40/_子.パー・・

(但し上の表はBhagwati J.の The Econolnics of Underdeveloped Gountries

P.10−11から引用)

上の(揃Pの平均は200であり,世界人口の止痛が平均以下め地域に含まれ,これらの地 域を文字通り後進国のなかにいれてもよいわけであるが,それ以外め事情も考慮されで,

アルゼンチン以下の国を総称して後進国とされるのが普通のようである。そして,それら の国々が大体,東南アジア,アフリカ,ラテン・アメリカを結ぶ帯状の地域上に分布して いることが理解される。

 勿論,ここでG:NPの絶対量だけではなく,その分布状況,所得分布の下等が吝かも簡 題にしなければならぬというごとが主張きれるであろう。われわれも,決してこめごとを i無視しているのではない。しかし,われわれはまずρer capita G質Pの量め夫ききめ拡 大が経済計画の第一目標と考え,分布はそれにつぐ閥題と考える。第二にう後進国は,発 進国に比して所得の分布が特に不平等であるという主張も資料にようては検証きれでいな い。このため,pef C包pita G:NPの成長が後進国経済計画の最大の目標と考えるわけで

ある。

 東南アジア諸国を含めて,一般に低開発国は経済発展に大きな配慮を払い,程度の差こ

そあれ,何れの国も経済計画を立案し,この経済計画に沿うて経済発展を期している。そ

の経済計画モデルにも大ざっぱなもの,精緻をきわめたものと多種多様であり,すでに筆

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120

者もFrisch R・のそれC耳enery H・B・のそれについて考察した・し かし・現実の経済 の発展は経済計画通りに進行せず,極端の場合には挫折した例も散見される。この理由の 一つな経済計画のたて方に無理があること。第二には,経済計画を実施する場合慎重な配 慮を欠くことの二つにあると思われる。本稿においては.これら二つの問題をめぐり,より 速かな経済発展をとげるためには,どのような点が考慮されねばならぬかを,東南アジア 諸国の二,三の国の現実に照らして考察することを目的とする。即ち,第一に,低開発国 は,資本,熟練労働,企業能力,ある場合には自然資源を不足する。従って,低開発国が 経済発展脅とげる警めには,.少くともその初期の段階において1む これらの資源を外国に 依存撃さ るをえない事情にあると思われる。ここで,串来るだけ外国に依存しないtype の国と,そうでない国の二つのグループに大別される。人口を含めて自然資源の豊富な国 は担舶足を目的として潤来るだ1ナ外国資源に依存しない騨をとり・このため・国 際収支を含めて,かなり厳格な経済計画を樹立しようとする。これに対し,外国資源に依 存する国々は,自然資源を含めてすべての国内資源が不足している事実にかんがみ,可能 な限り,外国資源に依存セようとする餌度をとる。これ.ら二つID群の中で何れがよりよい 成果をあげたかを考察している。第二に,厳格な経済計画を立てる国にとっては,経済計 画の立案,遂行がそのすべてであり,それ以外の要素例えばプライス・インセンティブの 如きインセンティブはこれを重要視しない態度をとる。これに対し,そうでない国は厳格 な計画を立てず,おおむね阜rolling Planといわれるゆるい計画を立て,経済発展のため に,それ以外の要素インセンティブを重要視する。このインセンティブについて考察した のが本稿の第二の部分にあたる。 もとより,とりあげられている国もビルマ,ラィ;イン ド,パキスタンのわずかに四つにすぎないから,ここには一つの覚え書きとして記述レた ものであることをおことわりしておかねばならぬ。

      1

 第二次大戦後の東南アジア諸国の経済計画の目標は,第一に国民経済を戦前の水準に回 復せしめること。第ごに,この水準をこえての発展におかれた。勿論,ここで,第一の復 旧過程が,第二の真の発展過程に比して容易であることは常識的にも理解できるし,東南 アジア諸国の例もそのことを示している。このような一般的傾向の中にあっても,先記経 済発展計画の差異が,第一の復旧過程においても,第二の発展過程においても成果(per・

formance)の差を生んでいるように考えられる。そこで,過去の経済発展の現実にてら して,下記二つの問題の考察を行なうわけである。所で,この成果をはかる尺度として,

G.N. P.あるいはper capita G. N. P.を採用するのである。所が,一口に経済計画 といっても,各国それぞれ各種各様であるが,東南アジア諸国の経済計画を大別すればつ ぎの二つに分けられよう。

 第一,混合経済(mi歯ed economy)であるが,社会主義経済の実現を究極の目標とし,

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政府の経済活動が重要なる分野を占め,政府の方針が経済の構造,目標を決定するもの…

…インド,ビルマ,インドネシア

 第二,同様に混合経済であ・るが,国家の経済活動を必要最:小限度にとどめ,民間部門に 最大の活動分野をあたえ,民間部門のインセンティブを最大に利用して,経済成長を達成

しようとするもの……タイ,フィリピン,マレーシア連邦,パキスタンである。

 まず,経済計画論者の要旨はつぎのようになろう。経済計画はいくつかの戦略的分野に おいて均衡を保持することである。従って,・第一に国内資源量,外貨量,貯蓄,熟練労働 一(skilled labor)・の制約条件がおかれ,この申で,資源の最適配分を行ない,所期の目 的を達成することが要請されるb即ち,第一に各部門,各経済量問のバランス,第二に制 約条件をみたしながらの各経済量の一義的決定(consistency)が第一の仕事であり,こ れは同時に経済が均衡を保持しながら,下路(bottleneck)も,余剰能力(exceSs cap・

acity)も生まずに進行することを目標とする。そうでなければ,経済が成長するにつれ て,均衡が保持されず,降路etc.を生み,これは資源の浪費に導くと考える。従って,

このためにはジ1.無理でない目標の設定。2.現実の経済構造の把握(産業連関表はこの試 みの一つである)3.経済構造を含めての一切の変数,就中,投資の予測とそのタイミング 等が重要である。勿論,これらを完全に予測し,出路,余剰能力を一切除去し去るが如き

ことは,不可能である。例えば,人間の能力を以てしてほ,気候条件etc.は正確に予測 出来ず, それにともなって農業の目標etc・を確保出来ないことも充分考えちれる し;政 府当局者といえどもダ将来の必要な情報を必要な正確さをもって獲得することは出来ない から,いかなる経済計画といえども,斜路と余剰能力を完全に除去しさることは出来ない。

しかし,といっても,このことは経済計画を行わないこと,従って,不均衡をさけようと するため努力を払わなくてもよいという議論には導かぬと考えられる。問題は経済計画方 式にたよるほうが,そうでない場合に比して,不均衡を激化することなく,反対に軽減し,

緩和するであろう.との確信であり,このことが,その論拠となる。従って,逆にいえば,

経済計画の遂行には,これらの予見されない事態がかならずおこると考えられるから,て れらの事態が生じた場合,国民経済全体に波及し,経済計画自体を挫折せしめることのな いよう,いわばshock absorber・が必要である。

 これに対し,インセンティブを重視する考え方によれば,経済発展は,それぞれの部門 においてバランスを崩しながら,均衡を撹乱しながら進行するのが通常と考える。従って,

当然,隆路,乃至余剰能力が生まれるが,この隆路乃至余剰能力は,投資過程が特に低開1 発国においては分割不能であるから,成長過程においては不可欠であるのみならずヂ強い 投資誘因をあたえるから得策であると主張する。川平に先述したように,低開発国には企 業能力,投資々金がともに不足し,しかもb投資には,先進国に見られない大きな危険を

とものうという事実がある。この事実が,特記の主張と結びついて,・呼野の出現とその打

開にとものう高利潤が投資のインセンティブをあたえ,この種の経済発展こそ,後進国に

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笥22

はより適合すると主張される。以上がその根拠であるが,現実においては理論通b純粋に 前者のタイフ。の国,後者のタイプの国というようにはわけられず,ウエイトのおき方の差 異が見ちれるのが常である。そこで,とれらの点を考えて,両者を比較検討しよう。

 1.2ビルヤ

 ビルマは第二次大戦により荒廃が極めて大で,例えば戦後(1946年)には,戦前(1938 年ん1939年)に比較して,資本は施,実質国民所得は61軒置主要生産物である米の耕作面 積は戦前の施う生活は全体として最小生計水準を維持するに足る程度であった。この状態 に直面してビルマ政府は第一に経済を戦前の状態に回復させるとと,第二に,その後の経 済発展を推進することを目標としてう経済計画を立案,推進した。現在まで1948年春から 2ケ年計画,1950年一51年ん1959年一60年までの8ケ年計画,但しこの計画はその途中19 55年に放棄されて,1956年一57年〜1960年一61年の第一次4ケ年計画,ついで1961年一62 年・》1964年一65年の第二次4ケ年計画と積み重ねられ以後も経済計画が立案,実施されて いる。この経済計画の実績を大まかに見れば次表の通りである。

年  度   GNP(指数)     ;

年間成長率

@  山       一 一       一 一   一

1938年_39年i 100

1946年一47年 1    61

1951年一52年  旨        74 5.4%

1956年一57年 ;   100

1961年一62年 i   m 2.2%

 まず,第一の目標,戦前水準への復 帰は1956年一57年においてなされ,こ の間の成長率は5.4%であるが,戦前 水準への復帰の間における成長率5.4

%は高いとはいえないし,それ以後の 成長率は2.2%と低い。 GNP全体と

しては以上の通りであるが,それぞれ の各計画毎に特殊事情があるから,も 少し詳細に見ることが必要である。

 (1)ビルマ経済計画の特徴から。まず工業化の問題がある。独立以前のビルマは農業国 であり,工業は未発達の状態にありうしかも,この工業は外国(主に英国)資本の所有す

る所で,ビルマ人は充分な役割りを果たしていなかった。独立後,工業化の道を辿ること になるが,ここで外国資本を締め出し,ビルマ化する方向を選んだ。しかも,ビルマは外 の低開発国同様,資本もなく,企業能力(工業経営能力)もなかったので,国有,国営の 方向をとらざるをえなかった。

 この工業化の要請は,資本が戦前の施も喪失した事実もあって,生産の基礎構造である 輸送,動力うセメント,せんい工場,石油精製設備の国有化の方向をとった。例えば8ヶ 年計画においては,総投計画85億キャットのうち,40億キャットが国有産業への政府投資,

残り35億キャットがそれ以後の経済発展のための民間投資に配分された。従って,まず第

一に輸送を再建すること,必要ならば農業を犠牲にしてでも動力供給を組織することが計

画者の最大関心事であった。この間途中で改訂されるに至った第一次4ケ年計画(1956年

一57年〜59年一60年)において投資計画はいささか変更され,農業,灌概設備の面が外の

(7)

輸送,動力投資とならんでとりあげられ, この目標はほぼ達成されたが}真に農業に priorityがあたえられたのは比較的最近1962年一1963年の国家予算からであった6一・言で いえば,重工業優先による工業化により外国貿易への依存度を低めることを日的として,

輸出のため特別の努力の払われなかった事が目につく。

 (2) これら各年度の経済計画は目標の達成に失敗したが,その理由は夫々め計画におい て異なる。即ち,2ケ年計画の失敗は計画そのものの不備,(1)目標を示すにずぎず,これ

を遂行するために必要な財政的機構もなく,技術的に達成可能か否かの配慮を欠いたこと。

(2)暴動etc.の法秩序の破壊 (48年一49年〜50年一51年》 といった社会的不安があり,こ れ炉輸送の混乱を導き,ひいては通常の生産そのものが破壊され,資本設備が破壊された

ことによる。 この計画がGNPの成長においても失敗し,1955年に放棄されう第一次4 ケ年計画に改定されたが,その最大の原因は輸出の伸びなやみ,従って,国際収支が計画 通りに進行しなかったためであるといわれる。つまり,ビルマの主要輸出品は米であるが,

1950年一51年の朝鮮動乱のブーム時代の計画立案者は1.米の長期的不足が続く,2.米の価 格は夢eak時から14%位しかさげないと予測し,この上で国際収支の予測をたてた。しか し,動乱後,米の価格は59年一60年置に,50年一51年の水準の61%に低下し,米の輸出に おいても貿易構造の変化と米の国内生産が伸びなかったため外貨の不足を生じた。このた め外貨の国外流出をさけるために輸入をストップする急激な手段がとられ,55年一56年半 政府経常支出,資本支出が切り下げられ,多くの計画が放棄,延期或いは取り消されため である。これが結局8ケ年計画の放棄をもたらしたのである。

 この経験にてらして第一次4ケ年計画は(1)計画目標を切りさげく2)政府投資の農業と灌概 と社会用役への配分に重点がおかれた。この目標はほぼ達成された。つぎの第二次5ケ年 計画においては,投資においても,GNPの成長率もともに目標達成できなかったが,そ の理由は,軍事政権が軍事上の理由で計画の遂行に大きな熱意を示さなかったことによる

ものと考えられる。

 以上を要約すると経済計画失敗の理由として

 (1)経済外的理由,軍事上の理由,社会的混乱etc.の理由がある。

 (2)企業能力(enterprenership)の不足のため,国有化政策が採用されたが①政府行 政方式をそのまま産業にあてはめて失敗したこと。②国有化の形式そのものが一定せず,

State Agricultural Marketing Board, Industrial Developrhent Corporatio血,

あるいはMineral Resources Development Corporationの形式をとる等したこと。

③政府の目標乃至政策が,時々の選挙対策,大臣の個人的好みetc.により動かされ首尾 一貫しなかったこと。一言でいえば非能率ということである。

 (3)熟練労働の不足。この不足を解消するための適当な賃金政策を欠いた事にもよるが,

根本的には技術者を含めて熟練労働の不足である。

 (4)輸出の面では,外貨の手持が計画通り進行しなかったこと。これは一つには世界貿

(8)

潴24

易構造の変動もあるが,価格政策の失敗により,主要輸出商品の米の生産量がのびなやん だ事がその大きな理由である。

 (5)(4)に関連して,ビルマは外国(英国)資本に政府資本が代替する方向をとった。こ のことは外国資本への利子配当のG:NPに対する比率は戦前の6%から0.5%に低下した 事からも・充分うかがえる。戦後ビルマは外国から資本を受けいれなかったが,先記国際収 支の逆調を契機として,日本からの賠償金,その他ソ連,アメリカ,インド,中国etc.

から資金を導入した。これは,1961年一62年代に一時減少したが,又増大する傾向を 辿っている。所でこの導入された外国資本は主として政府資本であり,民間資本は Investment Actで保護されたにもかかわらず流入しなかった。この理由はビルマが外の 低開発国に比して外資へのインセンティブが小さかったこと。1963年の商業銀行の国有化 を契機として国内産業の近い将来の国有化の方向が示されるに至って増々インセンティブ が小となったことがあげられよう。更には,輸出,輸入国について,取引先を特定国ブロ ックにとらわれすぎたこともそ:の一因としてあげられよう。大まかにいって,社会資本,

工業化に対する約15年間の投資の重点的割当政策が産業構造に大きな変化をあたえなかっ たことは指摘されてよい事柄である。

 1.3インドは:地域的に見て,厳密には東南アジアに含まれるとはいえないが,外の低開 発国の発展について大いに参考になるから,インドの経済発展を概観しておこう。インド

もビルマ同様,1947年英国から独立し,独立とほぼ同時に,経済計画を立案し遂行した。

即ち,1950−51年〜1955−56年の第一次5ケ年計画,1955−56年〜1961−62年の第二次5 ケ年計画,それ以後第三次,第四次5ケ年計画と立案,遂行されている。 うち,第一次5 ケ年計画は体系的なものではなく,第二次5ケ年計画以後が体系的な経済計画といえるも のである。この第二次5ケ年計画の終期に至るまでの約13年間に,①資本財,中間生産物 を生産する産業,と若干の消費財産業は急速に拡張し,この両者を含む工業生産物の1950 年〜1960年にわたる成長は94%に達し,②G:NPの成長率は1950年〜60年間において,計 画は4%であったが,実績は3.5%でかなりよい成果をあげた。・しかし,問題点としてつ

ぎの事柄があげられる。第一に,per capita G:NPの成長率は1.5%で,1956年の計画値 より低い。との原因の一つは,人口の成長率を1.2%と予測したのに,実際ははるかにこ れを上まわり,2%にも達したことである。第二には,この10年間に工業部門の拡張は顕 著であったが,農業部門はあいかわらず停滞しつづけてきたことである。けだし,インド

においては,人口の約80%が農業に従事し,国民所得の約半分を農…業が占め,人口の約70

%が生活資料を農業に依存している事実からも農業の停滞のもつ意味がいかに大きいか理 解される。農業部門の所得の成長率をとっても,又,エーカー当り生産力の成長率をとっ てもその伸びが非常に低かった。これはインドにおいても,価格政策に失敗して充分なフ。

ライス,インセンティブをあたええなかったこと,肥料灌概設備が必要な個所,必要な時

期に必要な量が確保出来なかったこと, いわゆる経済計画のphasingとperspective

(9)

においてうまく行かなかったこと,更には,優先権が工業化におかれて,農業部門にはお かれなかったこと等があげられよう。第三に,このper capi⑫incomeの上昇がその糞 ま国民の生活水準の上昇にはならないことも指摘されねばならない。うち,資本形成支出 は里門の消費を約束するから別としても,外国との緊張による国防費等への支出がかなり 大きいからである。第四に,経済計画を綿密なものにすればする程,これを立案し,遂行 するため,国民の高い知識水準が必要とされるが,インドでは文盲率が非常に高いこと,、

言葉が州毎に異な ることなどがこの障害になり,更には,インド民衆の向上心のうすいζ とがよくいわれるが,このことも計画遂行の上に大きな障害となったポ従ってジこのこと は,経済計画といえども,これら教育計画をおろそかにできぬζとを示して下る。、こ燕脅 別にしても,,比較的ゆるい第「次計画が,より厳密な第二次計画に比して良好な成果をあ げたことが注目される。第四に,インドは重工業に大きい努力を払っπ故か転特に輸出増 大のため特別の努力を払わなかった。この故か,輸出の成長率が経済計画通りに行かず,

このため,投資財を購入すべき外貨の不足を招:き,このζとが,第二次計画にやいて破綻 を生じしめた原因の一つとなっている。(1958年)     ・   氏 ・ . ,

・、1961年以降においても・per二capita G;NPは依然・停端的でわる9が・その最木の吟興 は農i業の停滞であり,第;にジ建築,鋼材乳合金鋳鉄,難築,窒素肥料、etcの基幹産 業国有部門の計画遂行のおくれ,私有の工業部門の同様のおくれ.第三1 レ必要外貨の獲 得が計画通りに行ってないことがあ:げられ・.このため理r叩pit:a・消費は漸次小となり・、

他方,食料を申心とする消費財,工業原材料にインフレ的現象が見られる。由来,輸入に 関しでいえば・限界輸入性…向がプラスである限り・国民所得が増加すれば・輸入も増木す

る傾向を持ち,これはいわゆる develoPlnental import であり,国内で生産不可能の 装備,原材料,skilled labourか.らなり・,これらのものは将釆の経済発展に必須¢):なの である。しかし,他方,これに対応して輸出が同量だけ増加する必然性はないのである6・

特に戦後,低開発国市場は不振を極め,インドの農業生産物及びこれに類する工業季産物 は195Q年の4970百万ルピーから,1960年には4740百万ルピーに減少している6 この原因の 一つは輸出において1さ誤業を中心とする伝統的産業部門が大きなウエイトを占め,本来,二 大きく伸びえない事情にあったζと。第ごに,輸出可能品(export3ble> に:対する区内:

需要増大が輸出の伸びをおさえた事である。一言でいえば,後進国に即いては軌輸出稼ぎ

高(export earnin.gs)が先進国に比して安定していないこζ,しかも,輸出が第一次産

品に依存している事情もあって,輸出拡大の見込みが暗いこと。従って,どうしても,発

展のため必要な投資財を輸入するため外国からの資金の流入を必要とするが,第二次大戦

後,先進国か:ら大量の民間資本が流入することが期待されなぐなっているから,外国から

乃至国際通貨基金etcからのaidが重要な役割を果たすように考えられる。しかし,こ

のaidといえども,これは一国の借金であり,これは当然返済されねばならず,又種々

の政治的制約も附随する:場合が多いから,出来るだけ早く返済して,自己維持的国民経済

(10)

を達成するのが最も望ましい。従って,このための努力が,1.輸出拡大2.輸入代替の方 向をとると思われるが,このため,工業化の努力が要請される。

 1.4タイ国

 タイ国は稼動入口の約80%が農業に従事し,農業を申心とする第一次産業が経済の基礎 を構成した。この農業は米作野心で,気候条件が適合し,土地が余剰であったため,国内 必要量をみたすのみならず,輸出の弱を占めた。タイ経済は外国貿易えの依存度が強く,

輸出,入はGNPの18〜20%を占め,輸入は工業生産物,主として機械,石油製品であっ た。この農業は第二次大戦によっては殆んど破壊きれなかったが,戦後,外の国と同町,

外国貿易,外貨準備を画復することが最大の関心事となった。第二に破壊された動力供給,

バンコク港,鉄道,通信施設を回復する事が必要であった。就労,重要なものはわが国の タイ国における戦費調達とそれに伴う,タイ国政府の赤字支出によるインフレの圧力であ

った。

 q)まず,これらの閥題に対応してタイ国政府は,外貨準備を回復すること。政府の財 政支出の赤字を埋めて,国内経済のバランスを回復し,インフレ傾向をおさえるために最 大の努力を払った。外貨不足を回復するため,総合的外国為替管理制度,ついで複数為替 レート(公主レート,自由市場における為替相場の二つ)を採用し,外貨準擶を回復し同 時に政府の赤字を補填しようとした。他方,主要輸出品の米を政府が独占し, G946年)

米についそ,国内価格と国際価格の二重価格制を採用し,この差が国庫収入1とはいb,こ れによって.政府の財政赤字を補おうとした。一言でいえば.デフレ政篭を操回したが,

財政支出に対する需要の拡大のため貨幣の供給量は増加しつづけ,インフレ傾向は尚やま なかった◎

 朝鮮動乱後の世界的不況を境にして,主要輸出品の一つの米の市場が売手市場から,買 手市場に転換し,他方,スズ,ゴムの価格が大きく変動し,タイに極めて不利となった。

これらの輸出市場の条件が変動した結果,政府は赤字不足を補うため,為替レートにのみ 頼ることは出来なくなり,二重レート制が廃止され,これにかわって輸出税が付課せられ て,これが政府収入になった。しかし,これとともに,収入,支出を改善するため1957年 に財政的金融的改革が行なわれ,租税徴収法の改善,overdraftの形での政府の申央銀行 からの借入れ廃止の措置が行なわれた。他方,民間部門からの貯蓄を高めるため長期利子 率を高めるetcの政策が採用された。1949年頃から,政府の支出が変わり,それまでは 主として,公務員給与,軍事費が主であったのが,これにかわって経済発展のための支出,

灌概設備,バンコク港の発展,鉄道建設のための支出が増大した。しかし,一方ではこの 経済発展のための支出を増大し,しかも,他方,インフレをさけるため,外国資本に対す

る依存度が強まった。Economic and Technical Corporation Agreementを結び,

アメリカから資金,技術者を導入し,他方コロンボ計画により,国連等からも導入した。

これらの結果,輸送,通信設備が改善され,これがより最近のタイの経済発展に寄与した。

(11)

この両者の努力の結果,1958年までに政府の不足は5億バーツ,中央銀行か1らの借入れは 2億4千万バーツに減少した。以上が,1960年代の経済発展のための準備期間であるが,

これらの成果をもとにして1959年にNational Economic&Development Boardが世 界銀行調査団の勧告により設置され,これが1961年に初まる6ケ年計画の樹立に参加した。

デフレ政策については以上の通りであるが,政府の工業化の努力についてはどうか。

 1.パイロット・プラントがいくつか設立されたが,これは民間会社に何をなしうるか の可能性を示すため設立されたもので数も少なかった。 第二に,Natioaal Economi£

Development Corporationが1954年に樹立されたが,これが政府の経営分野における唯 一の活動であった。しかし,それよりも重要なものは第三の1954年に制定された,Indus・

trial Promotion Actであり,このActは(1)民間部門にインセンティブが存在する場 合,政府は不干渉。(2)発展のために望ましい産業に便宜を供与するという政府の態度でつ

らぬかれたが,民間投資業者にインセンティブをあたえ,民間企業の樹立,拡張を助ける こと。このため国内,国外の民間資本の参加を保証し,インセンティブをあたえる事が.目 的であった。このため工業銀行の改組etcが行なわれた。

 〈2)以上の過程を通じて,政府資金の配分計画は,不均衡なもので体系的計画を欠いて いた。従って,政府支出を体系的計画的にするため1959年に中央計画局の役目を果たす

:Natio亘al Economi£Development Boardが樹立され, (1961年一66年遅の6ケ年計画 が樹立された。 しかし,これは中央集権的経済計画とはほど遠く,経済発展のための政府 政策,公共支出計画の一般的大要であり,3ケ年毎にわけられて,それぞれの年度に改訂 することが認められたゆるいものであり,力点は農業の発展,かんがい設備,動力,輸送,

通信の供給におかれた。つぎにその成果を見よう。

 1951年一60年については

 1.GNPは2倍,実質で70%増,年間成長率3%, per capitaの成長率は2.5%であ り,成長率の中身を見るに,農…業52%,製造工業50%,建設,電力水力供給,通信輸送は 246〜308%,銀行金融53〜64%であり,全体としてはかなりのよい結果をあげた。

 2.農業については第一に米,更に米以外の主要生産物:サトウキビ,タバコ,綿花,

ゴムの成長率も高かったが,これは一般に土地に余剰があったこと。就中ゴムの木が老令 化していなかった事etcのためであり,将来もこの成長率が維持されるか疑問とされて

いる。

 3.工業生産物については主として,国内市場向きの軽工業,綿製品工業,砂糖,紙,

タバコetcであり,製造工業の成長率を阻んだものはやはり外の低開発国同様動力供給 の不足,資本不足,skilled laborの不足,経営能力の不足であった。

 輸出,入について見れば

        1951年      1952年

 輸出  3億6千7百万バーツ    4億6千200万バーツ

(12)

128

 輸入: 2億2千2百万バーツ    5億5千500万バーツ

A出は上の期間に26%増,輸入は102%の増であり, このことは国際収支に非常に悪い 影響をあたえたが,この赤字をタイは外資の借入れに依存する態度をとった。輸出は米,

ゴム,1ズズの輸出に依存した。しかし,1960年代になって初めて,米,ゴム,スズ以外の 輸出が米の輸出をこえ,更にはジュート,タピオカ,etcも輸出に加わってきた。輸入の 側においては1ジ資本財,原材料の輸入が主であり,中身は化学製品,石油,原料,機械,

輸送装備であった。一般に,輸出価格の変動が激しく,輸入価格は徐々に増加したが,

綿56年目・58年に一次産晶の交易条件の悪化が見られ,1957年一1962年間はいずれも国際収 一支は赤字であったが,これを外国資本に依存しおことは先述の通りである。

 以上を通観して

 1.疎治的,社会的に混乱が見られなかったこと。

.2.インセンチ;イブに依存する政策を採用したが,このためには物価の安定が重要であ 喝が,ζのための政策が成功したこと。

 3.主要輸出品の米をはじめとして外の農産物の増大がえられたが,これは破壊の程度 が少なかったて,と,etcがその一因と考えられ,今後予想されるべき人口の成長率の増大 を考漆るとき,将来については楽観を許さぬと思われる』

1、,4の外国資本に依存する政策をとったこと。しかし,この外国資本は借金であり,いず 難は返済されねばなちないものであるがら,タイも外の国と同様,輸出の増大と輸入代替 産業をおこすζ一とによる国際収支の赤字を減少するため大きな努力が必要である。

   F一         2

 2.1経済計画の目的とするところは,前述のようにsteadyな且つバラン琴のと、れた経 済発展である。勿論,経済量乃至経済行動は相互にComplementaryであるから,ある 繕済行動はそれ以外σ〜経済量に波及効果をもつ。従って,例えば,投資を行なう場合,投

資の相耳依存性..乃至投資のもつその他の波及効果を見るζとが必要で,、この点につ瞭て の考慮をかく場合、・・先記の戦略的変数に隆略乃至余剰能力が生じ触 これが経済発展をある ρは阻害せ一しめるに至るわけである。こ:れをさけて,資源の最適配分を行なおうとして,

投入産出分析の方法にたよる場合,叢記のcomplementaryを把握するために,、投入産 出係数行列が計算され,この上で有効な経済計画を樹立しようとされるのである。こ.の場 合の問題は」.制約条件の設定σ2.この上で,最適値の同時決定の二つであった。所で,

∫この方法を低開発国にあてはめて計画,予測を行なう場合,予想されるべき変動が大でφ るから投入係数を一定としてよろしいか等の主要問題もあるが,・それを一応おくとレても,

一国民経済の全部門をすべて同様にとり扱かい,農業部門を特に区別して処理するという

ことはなく,又対外部門に特に関心が払われるということも見られない。投資については

一般にはcordinatiQnが問題にとりあげられるが,計画において特に,priorityが問題

(13)

にされる場合には,重工業優先政策がとられるのが通常であった。ところが低開発国にお いては,農業部門(これが伝統部門とよばれる),工業部門(これが近代部門とよばれる

)とは,支配する市場条件等を異にする。この両部門の特異性こそ,低開発国の低開発国 たる所以であり,従って,とられるべき経済発展政策も,それぞれ両部門において異なる 筈であるということが主張されているのである。

 上述に関連して低開発経済の問題点を拾いあげてみよう。

 (1)均衡成長に対応するgloval mode1は, Harrod・Domarのそれであるが,この モデルは1.無限の分割可能性。2.complementaryの二つを前提とし,説明しようとす

るのは,均衡成長の必要条件である。所でこの種のモデルはそのま\では,低開発国には 妥当しない。低開発国の経済発展をよりょく説明するためには,これとは別個の前提にた つモデルがより適合するのではないかと考えられる。少し,詳しく見よう。このため一例

として,Cherery H:. B.のモデルをとりあげよう。この場合の重要なものは,

      壬一αt吉φt      (1)

であるが,この式はφt=0の場合Harrodの

      Gw一ぎr   』    (之)

と帰着される。 このGwをもって,低開発国開発モデルとして使用したのであるが,こ の式によれば,低開発国の成長率、を高めるためには1.貯蓄係数sを高めること。2.資本係 数Crを低下せしめること。乃至その双方が必要である。うち,1.貯蓄係数sの増大が成 長率の増大に導くということは,貯蓄が障害なくそ.のまま,投資されることという前提を 含み,つぎに,2.投資が補完的(complementary)であるから,同時投資はCrの低下 に導き,従って,双方あわせてGwの増加へ導くというのである。所が2.はあとにまわ すとして,1.の考え方によれば,資本の(乃至貯蓄の)不足が低開発国の投資を阻害し,

経済発展を阻害していると考えている筈である。この考え方は先進国にはそのままあては まるにしても,抵開発国にはそのままあてはまらぬ事情がある。勿論,貯蓄の大きさが投 資の限界を定めるということは当然としても,低開発国においては,貯蓄がそのまま投資

されないという事情がある。つまり,投資決意をなし,これを遂行する能力とインセンテ ィブが欠如しているから,貯蓄係i数の増加はそのまま成長率の増加にはならないのではな いかということが考えられる。つまり企業能力の不足があること,更には低開発国におい ては競争経済における限界収益均等の法則は投資に充分のインセンティブをあたえないの ではないかということである。

 均衡成長モデルは,1.分割可能性。2.補完性を前提とし,この上に,産出量の拡張ど需 要の拡張,物理的投入量と産出量,貯蓄と投資,外貨必要額とその手持額のconsistency

を確保レようとするものである9グρ一バル・モデルではなく多部門モデルを使用する場

(14)

」多Q

合にも2岬時的成長の必要性乃至有用性が主張され,この面からも,部門を通ずる同時投 資・律ってそのための計画の必要が主張された。しかし,たとへ,同時投資が有利であっ

#1にレて郵 傘業能力の不足のため現寒にはそれができがたいという事情がφる弓とち忘

れて,はならぬ。

 (2)つぎに・経済量相互の補完性を考慮:して降路,余剰能力を堆けるために経済計画が 立案せられ・従って・co−ordi聯iOPが問題1こなるわけである。レかし?この種の補寒性 そ4)ものが,予測しがたいものであることも事実であり,経済発展な当然,隆略を生むが,

この隆路の幽錫とその打囎にとものう高利潤が,強い投資誘因をあπえ,計画方式より勇 惹のタイプの経済発展モデノレがよりょく低開発国の経済発展に妥当するこ之が主張せられ

る。

 〈3)更に・こρ完全予想の可能なことの前提として分割可能性があるが,この前担は投 資について,特に低開発国の投資について」ま妥当しないと考えられる。つまり,低開発国 においては,投資にとものう技術は先進国より輸入されるのが通常であるが,この輸入さ れた技術のもつ最適規模は,低開発国の市場の狭いことの故に,当然,余剰能力(反面に おいて隆路)を持つから,低開発国の投資はある程度の余剰能力をもついくつかの最適規 模の選択という形をとらぎるをえないが・他方低開発国においては・規模経済が利用でき

るという得点がある。しかも,先記のように,同時投資はできにくい事情があるし,更 に,投資にとものう リスクがかなり響きひζ.とをも考えあわせるとき,低開発国では平 鍋のρρfpゆ三四Q無よりも集中化(c叫ce阜tra重iρ阜)従って, Prigri㌣の決定,投資の 時間釣順序の決定という形をとるものと考えられる。多部門の計画モデルに了いても・投 資の分割不可能性を考えて,投資計画をたてよう,とすれば時間要素として,persp◎ρtiye とphasingが重要:問題となるが,現実の経済計画においてう附く行っていないこと・も事 実である。それはそれとして,同じ投資の導igrityの決定に:しても〜はレがきに記し た 第ごグルrプ,第ごグルτプの国々において町上のような差が見られるのであるρ

 2.2低開発国の産業を伝統的部門と近代的部門に区別する考え方を見て行こうg

 伝統部門から。 上の両部門を支配する市場形態が異なることに注目する。まず2伝統部 門雄主として農業,非都市の商業,広範囲の小規模手工業βtcからなり,近代部門は中,

大規模の産業;都市の産業部門,輸入,輸出部門2t¢からなり,両者の区別はper cap−

i‡aG煎Pの大であれば,大である程潮岬となるようである。伝統的部門の産業1ま一言で いえば,生産物,技術,生産組織が停滞的であることに求められ,このことに,1.労働市 場の小さいこと。2.資本市場の未発達。3.選択される代替的生産技術が少ないetcの事

情がっけ加えられよう。つまり,要約すれば,伝統的部門の特徴は,小さい孤立した市場,

高い輸送費,幼稚な生産技術,相対的に少ない数の買手,売手があり,市場行動において

相互に共謀(coUu§ig耳)一独占一が可能であるといったことに求められ,更に,低開発

属にお:いては一般に宗教的要因がそこ.に介入・して,共存共栄の精神が強く,競争の介入を

(15)

阻む精神的要素1となっている之ともあげられよう。これらの事情の故に伝統的部門におい ては,独占的要素が支配し,しかも,この独占的要素は,それを成立せしめる原因が上述 のように永続的であるから.独占自体も永続的であり,これこそ,低開発国の低開発国た

る所以と考えられ,これはインド,パキスタンにおいて見られる所である。ζれら.伝統的 部門をとりまく環境は急速に改善される見込みはなく,ただ経済発展のフ。ロセスを通して 徐々に消滅すると考えちれる。従って,まず,近代部門が発達し,この部門の近代的要素 が,先記伝統部門をとりまく市場状態や,意識を改善し,その結果,徐々に独占的競争が 除去さ・れる方向からであろうし,従ってpriorityは近代的部門におかれるべきであると いわれる。

 近代的部門は,伝統部門と異なり,集中度の高いという特徴をもつ。このことはインド においても,パキスタンにおいてもそうであり,産業全体についてもいえるし,又,ある 特別の産業においては特に著しい。そして,中央政府自体が,一時的にせよ産業,輸入割 当政策により,新企業の参入を排除し,競争を推進するよりもむしろ,競争を除去しよう

とする政策を採用している。この理由として1.国内市場の小さいこと。この事実と,先 進鼠より輸入される最適規模が大きいということと結んで集申化が得策であること。2.更 にこの投資の分割不可能性が規模経済を生むことがあげられ,このことが独占の成立を可

・能ならしめるが,3.この独占利潤が近代部門の発展に強いインセンティブをあたえること に注目して,政府自体独占を一時的にせよ助長しようとする政策をとるわけである。

 低開発国の初期の発展段階においては,製造工業部門は,1.高度あ集中化。2.非常に強 い独占力の存在により特徴づけられる。 この場合,隆路,他方では余剰能力を生むが,こ れが異常利潤を保証し一政府による独占保護政策,ついで模倣者の参入による異常利潤の 消滅,その間における市場の拡大という形で工業部門の発展は行なわれると考える。しか し,この部門の独占が永続的なものでなく,一時的のもので,工業部門では独占の出現,

模倣者による競争により独占の消滅といった形で経済発展が進行すると見るのである。パ キスタンの工業化に当っても,まず砂糖,植物油,せんい製晶,マッチ,石鹸,ビール,

煙草など消費財を中心とする軽]二業部門にpriorityがあたえられ,工業化はそれらの財 の輸入代替の形を とった。これらの国内産業に対し市場が作られねばなら・ないため,消費 財の輸入を締め出し,中間生産物,資本財の輸入を奨励する割当制度がとられた。この独 占利潤と政府の保護政策により,パキスタンの工業部門の拡張は急速で,1954年までに消 費財産業は殆んど自給自足の状態に近づいた。しかし,産業の発展にともない,この種の 独占利潤は市場の拡大とともに,競争者の出現により消滅するが,これにともない,消費 財産業部門の独占利潤から蓄積された資金をもって,軽工業以外の部門,技術的により高 度で,より資本集約的であり,このため他企業により模倣されにくいセメント,化学産業,

金属製造工業etcの重工業に投資し,次期の工業発展段階にはいって行くことになる。

ζのような形の発展をパキスタンは辿ってきているζいわれる9工業化は翰入代替(imp・

(16)

132

ort substitution)の形をとってきているが,今尚,投資財,中間生産物は輸入に依存し ており,更に,上の工業化の過程において外国からのaidに依存していること.も事実で あり,真のパキスタンの問題は今後にあることも,前の拙稿で指摘した通りである。しか

し,これらの問題を含むにせよ,パキスタンの工業化の程度のめざましいことは注目に値 する。パキスタンにはState of Monopolyにより,初期の投資を保護することはなか

ったが,数量制限,輸入割当etcの政策,外資を保護するという形の政策で,より大きい 成果をあげたことも事実である。勿論前掲の表からはパキスタンのper capita G:NPは56 で極めて低い。しかし,パキスタンは第二次大戦後分割されて独立した国であり,殆んど 無に近い経済水準から出発した事実を忘れてはならぬ。

参 考 文 献

1)Chenery H:. B。 and MacEwan A., Optinal Patterns of Growth and Aids;

  The Case of Pakistan in The Theory and Design of Economic Develop.

  ment (ed. by Adelman L and Thorbeck E,)The Hopkins Press,1966.

2)Mason E. S. Monopolistic Competition and the Growth Pross in:Less   Developed Countries:Chamberlin and Schumpeterian Dimension , in

   Monopolistic Competition Theory:Studies in Impact (ed l)y K:unne R. E.)

  John Wiley and Sons, Inc 1967.      ・ 3)Onslow C.(ed), Asian Economic Development , Don31d Moore Book,

  1965.

4)Bhagwati J. The Economics of Underdeveloped Countries,,, McGraw・

  Hi11,1966.

5)Birmingham W.(ed) Planning and Growth in Rich and Poor Countries ,   George Allen&Unwin Ltd.1966.

6)Tangri S. S. and Gray I{. P.(ed) Capital Accumulation and Ecollomic   Development , D. C.且eath and Company,1967.

7)拙稿「ブリッシュの経済計画モデル」東南アジア研究年報第7集,昭和41年。

8)拙稿「後進国開発モデルについてのノート」東南アジア研究年報,第8集,昭和42年。

             (1968.5.20)

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