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研究ノート
ハイネンの原価概念について
平 林 喜 博
Ⅰ問題の所在
原価概念が原価計算理論における盈重な基本的概念の1つであることは,周知のところ である?たとえば,本小文でその理論を紹介・吟味しようとしているハイネソ(E・Heinen)
によれば,「原価は経営経済学の1つの基本概念である。原価の概念は原価計界および費
(1) (2)
用理論に対する基礎を構成する」と述べ,その著書『原価理論』の冒頭で凰価概念に.ついて 論述している。同じく,本稿がノ、イネソの原価概念を省察するさい常に念頭においている
ところのものは収支的原価概念(pagatorischerⅨostenbegrifi)であるが,この収支的 原価概念を提唱したコツホ(H.Koch)も原価概念を原価計掛の基本問題の1つとして把
(3)
え,近著『原価計静の基本問題』をあらわしている。
しかしながら,いったい原価とは何か,という問題紅なるとその所説は区々であり,す べての人々に受け入れられるような見解をみることが至難の事情に.ある。現に支配的見解
(4)
といわれているいわゆる価値的原価問念(WeItm畠SSiger Kostenbegriff)紅しても,近
(1)Heinen,E.、,Betriebswirtschaftliche Kostenlehrel・Aufl.,Bd・Ⅰ:Grundlagen,
Wiesbaden1959.S.17
(2)Heinen,EりBetriebswirtschaftlicheKostenlehreい1・Aufl.,Wiesbaden1959 2.Aufl.,,Wiesbaden1965
(3)Koch,H.,GrundpIOblemederKostenrechnung・K61n/Opladen1966
(4)価値的原価概念と名付けたのはコツホであって,彼がこのように名付けたのはつぎの ような理由による。
シュ.マーレン′くッハを初めとするドイツにおけるほとんどの経営経済学者ほ,その原 価概念を国民経済学に.おけるか−ストリア(ウィ−ソ)学派ゐ主観的価値論からくる原 価概念に依存している。しかるに,このか−・ストリア学派の原価概念は限界効用の理論 から展開されており,原価は喪失せられた効用愚と把捉されている○つまり,オ・「スト
リア学派の主観的価値浄では,原価を特別な価値範疇とし
用しまた需要する経済主体と羊の財との間め効用関連と理解されるのである。かくし
て,このような主観的価値論における原価概念は,貨幣的な愚として把捜される貨幣的
概念と対立するので,しかも心理的観念体として理解されるので,これを心理学的原価
概念とコツホほ名付けるのである。そし七,コツホによればこの心理学的原価概念に依拠
ハイネンの原価概念紅ついて
549 −・β9−
(5) 時コツホによっで批判され,これが収支的原価概念論争として学界に大きな関心をまきお
こしている。まことに原価の概念規定をめぐる歩みほ多彩であり,百花繚乱の歴史である
(6)
といえ.る。
しで貨幣的に把握される原価概念ほ,価値概念によって規定されることをその特色とし ているので,これを価値的原価概念と名付けるのであるという。(Kocb,H.,a・a・0.,
SS.10−14)
(5)収支的原価概念論争とほ,コツホ紅よって収支的原価概念が提唱されるや否や,これ をめぐって.エンゲルマン,ヘルト,フエッチル,ツオル等の問で論議が展開されたもの
である。
Koch,H.,Zur Diskussioniiber den Kostenbegriff。ZfhF1958,SS.355−399.
h:Koch,H.,Grundprobユeme de工Ⅹostenrechnung〃 SS.9・−47.Engelmann,K.,
Einw畠nde gegen den pagatorischen Kostenbegrif董lZfb1958,SS・・558−565
Koch,:軋,Zur Frage des pagatori畠Chen KostenbegIiffs.ZfB1959,SS..8−17 Engelmann,K…,Vom Gelddenken in deIBetriebswirtschaft.ZfB1959,SS.
166−170
Held,G.,Traditioneller oder pagatorischer Kostenbegrif王?.ZfB1959,SS・
170−178
Fettel,Jr,Ein Beitrag zur Diskussioniiber denKostenbegriff,Z董B1959,SS 567−569
Zoll,W ,Kostenbegriff und Kostenrechnung.ZfB1960,SS.15−25 u.SS.
96−109
なお,わが国においては小林健吾氏によるつぎのような−・連の諸論稿がある。
小林健吾稿「収支的原価概念に.ついて」,(『名城商学』第8巻2号)。同稿「収支的原価 概念論争紅ついて」(『名城蘭学』第9巻1号)。同稿「原価概念についての−・考察」(『名城 商学』算9巻3号)。同稿「自己資本利子と企業者報酬」(『名城商学』第9巻4号)。同稿
「収支的原価概念再論」(『名城商学』貨10巻1弓)。同稿「2っの廉価概念紅ついて」(『専 修大学論集』第為号)。
(6)いま,簡単紅ドイツ原価概念思考の発展過程をハイネソに依拠しつつ素描してみる と,原価概念の歴史はまことに■古い。当初は原価と経費とが並用され,これを中心忙し て種々の考え方がみられたのであるが,(Dorn,G.,Die Entwicklung derindustrie−
11en Kostenrechnungin Deutschland.Berlin1961S..27.平林菩博訳『ドイツ原価計 算の発展』同文館昭和42年,16−−17異)やがてまとまったものとなり,原価=支出説,
原価=費用説,原価・費用・支出区別説の3つの考え方が狙上にのぼるようになったと いわれる。(Heinen,丑一,a…a。0;,,1‖Aufl.,SS=96ff)
ここで原価=支出説とは,原価を支出から理解しよとするものである。たとえば,ラ
イトナ・−,ニックリシ.コ.がこの考え方のグル−プ紅入る。ハイネソによれば,この考え
方は原価思考発展の初期にみられるものであるという。(Heinen,E.,a・a・0.,1
Aufl.,S小99.宮本・小林共訳『原価理論』中央経済社,昭和39年,13貫)けだし,「こ
れという設備資産もまた大きな倉庫も決してもたない小さな商事経営でほ,たしかに貨
幣支出が費用に,そしてまた原価に等しかったし,また等しいのである。かくて主とし
て販売問題と支払問題を取扱う商兼学はその貨幣面の考察を生産にまで拡張した。この
ことから,経営の原価問題が最初殆んど支払過程の側面から考察された」ことは極めて
第40巻 琴6弓 550 ー9〃−・−
本稿の目的は,かかる論争のたえまない原価概念を明確に.することを究極の目標とする のであるが,その予備的な研究としてハイネソの原価概念を紹介・吟味しようとするもので
ある。本小文がハイネンの所説をとりあげる理由は,彼が支配的であるといわれているい わゆる価値的原価概念を支持する立場に.たちつつ,この価値的原価概念と問題の収支的原
価概念とを対比し,検討して−いるところに.ある。つまり,現時における原価概念に関する 問題点を的確に.要領よく示していることである。しかして−,そこからわれわれは原価概念 のあるべき姿をみることができると考えるのである。
ⅠⅠハイネンの原価概念
ところで,ハイネソは原価概念に.関する所説を少なくとも既に3回に.わたり,ある時ほ
\rl
著書として,またある時ほ著書の1部分として表明している。しかし,それらに共通して
当然のことであったといえ.る。(Heinen,E,,a.a.0..,1… Aufl,.,Sい99 宮本・小林 共訳,前掲苔13貢)
さて.,原価=費用説とは,原価と費用とを等置しようとするものであるが,支出とほ 別のものであるという考え方が根底に.ある。ハイネソはこの思考が原価思考発展の第2
段階に.みられるという。(Heinen,E小.aLa 0.,1・Aufl…,S・IlO8L・官本・小林共訳 前掲蕃,25頁)この考え方に.は,一方では第一一・次世界大戦後のインフレージョンを経験
したドイツ経営経済学者の体験があるが,他方では従来からある実質的一元計静が関連 している。つまり,実質資本維持のために贋用および原価を支出から切り離し,損益計 静および原価計算を時価にもとづいて行う引算を主張しながら,それでも費用と原価と を同一・祝して計算する思考が存在していたのである。(井上康男著『Jドイツ管理会討論』
白桃書房昭和36年,14貢)その代表者としてシ.ユミットの見解をあげることができる。
彼はいう。「もっとも理解に.苦しむこ.とは,調達価値貸借対照表の多くの主張者が,同 時に原価計辞に対しては原価界定の基礎として時価を…推せんしていることである0
純粋の営業活動紅おいて,2っの原価価値が‥存在しうるとすれば,それは全く 論理的に矛盾している。それよりも,『1つの』誤った原価価値で首尾一召した立場をと
る方が,常にヨリ論理的である」と。(Schmidt,F.,DieorganischeTageswertbilanz・
3.A11fl.,Wiesbaden1951.S。291・ )
とこ、ろで,原価・費用・支出区別説ほ,コツホによって価値的原価概念と名付けられ たものであるが,ハイネソによれば,これは原価=支出説,原価=費用説を止揚したか たらで生れた思考であるという。(Heinen,E。,a・a・0.,1・Aufl.,S・1131I宮本・
/ト林共訳,前掲沓31頁)しかし,通説と思われるこの見解がコツホによって論駁される に及んでいる・のである。けだし,新たに原価概念論争が花々しく展開されることは当然 であろう。シ′ユマ1−レンバッハ,メレログィッツ,コ汐オールと引継がれてきたこの通 説が,ただちにくつがえされるとほ思えない。しかし,その批判は謙虚紅受け,検討し
なけれはならないと考える。
(7)Heinen,E。,DieKosten,ihrBegriff undihrWesen,eine entwicklungsgesch・
ichtliche Betrachtung.,SaarbriiCken1956
Heinen,E√,aa小 0.,1.Aufl.,2.Aufl.,
ハイネソの原価概念について −9∫一一
551
みられることは,ハイネソ自身積極的に自己の見解を述べるというよりも,むしろ彼が支 持しうる論者の見解,たとえばジーコマー・レンバッノ、,メレログィッツ,コ汐オ■−・ル等の見 解を,その批判者の見解をも対応させて論述し,もって自己の立場を明らかにしているこ とである。したがって,これがハイネソの特徴であると同時に限界であるともいえる。も つとも,
きぼりに.しつつ展開されて.いることは注目を引く点である。以下,われわれはハイネソの 近著『原価理論』(貨2版)を中心にして彼の所説を吟味し,必要な限りそれ以前の論説を 参照しつつ,あわせてこれ紅ついての卑見のいくつかを加えてみたいと思う。
いま,論を進めていくうえで,先に.結論を若干述べると,まずノ、イネソほ価値的原価概
念を支持し,その概念規定に.さいして,そ・の本質を形成するところのメルクマールとして 1)財の消費 〈G離erverzehr),2)給付関連性(Leistungsbezogenheit),3)貨幣評価
(KostenweIt),の3つあげ,これら3つのメルクマ←ルをもつところ紅原価概念が規定さ れるとも、う。つぎに,原価概念を研究するさい,各論著の見解をただ比較するのは無意味
である。いま必要なことは上記3らのメルクマール紅ついて,これを現今支配的な原価概 念の解釈とされて.いる価値的原価概念と収支的原価概念とがいかに考えているかを考察す
ることであるという。そして,価値的原価概念と収支的原価概念とを比較する場合,重要 なことはそれら概念の適用把・よってどの硬度甲範囲までが原価項目に包含されうるかであ る。したがって,両原価概念の外延的構成(Extensionskomponenten)を研究すること
(8)
が目下の急務であると論じる。
そこでまず,価値的原価概念であるが,価値的原価解釈に.は概念形成ゐ方法論からいえ
(9)
ば2つの観点が特色をなすとハイネソはいう。1っは概念形成のさい目的依存性というも のをはっきり前面にうちだしていることである。つまり,原価概念を目的に関連させて理 解しようとする立場である。と同時紅,いま1っは経営経済の価値循環の内部領域として の実質財をこの原価解釈に籍びつけており,いわば貨幣の動きとは離れて考えられている ことである。
かくして,この解釈から原価は財および用役の消費である,端的にいえ.ば畠的消費であ るということが判明する。そしてそれが経済的紅みて1定の価値をあらわすとすれば価値 的消費ということができる。しかしこの価値の数盈化のために.ほ.貨幣が統一・的表現手段と
(8)Heinen,E.,a,a.0 ,2.Aufl.,S41ff.
〔9)Derselbe,aa.0。,2.Aufl.,S.55.
M 92− 籍40巻 舘6号 552
して用いられのであるから,原価はここに常に量的問題と価値的問題とを含むこととな る◇シコマー・レンバッハが庶価を「■給付のために消費される財の原価計静上評価された価
(10) (11)
値である」と定義する時,かかる2っの側面を顧著にみることができる。
そこで,価値的原価概念の外延的構成を考える場合,まず量的問題がうかびあがる。こ れ紅は財の消費と給付関連性とが問題となり,前者は更に.ここ.でいう財の消費とほ何か,
財の消費ほいかに・して認識・測定するのか,が考察の対象となる。また,後者の給付関連
性においては,そこでいう「給付」という意味内容および「関連性」の意味が問われなけ ればならない。
さて,価値的原価概念において−は,財および用役の消費が原価の本質を規定する1つの メルクマ・−ルであるが,そこで重要なことはその消費が経営給付の生産紅関連して.いる消
費でなければならないことである。すなわら,交換のためというような単純な財の消費は これを原価の範匪糎は入れないのである。むしろ,内部取引であって外部経営からの対価 の流入がない財であっても,それが給付関連的消費,つまり内部的消費であれば,これが 原価を構成するのである。要する紅,消費でないものを排除すると共紅諸財の消費ほすべ て原価として把促することが肝要なのである。
しかしながら,財消費の認識および測定は容易でほない。たしかに原材料,補助材料,
経営材料等,いわゆる消費財紅ついてはさはど困難ほない。しかし,企業の内部には上記 消費財以外にいわゆる使用財があり,これが問題となるのである。つまり,使用財は生産 過程に投入されると同時に,その消費が発生し,しかもその財が生産過程紅ある限り継続的
に生じ給付単位にかかわりあうからである。機械設備のような長期的紅して,しかも数塁 的に.は分割できない諸財がこれである。一・般には減価償却紅よってこれらの消費を把挺す るのが通常である。しかし具体的にはやっかいな問題が生じ,簡単紅−・義的に消費額を測
(12)
定することのできないのが現状である。
ところで,財および用役の消栗ということから3っの事柄が問題となる。企業者労役の 消費,自己資本の消費,貨幣の消費がそれである。
−・般に労働用役の消費は給付紅関連する限り原価に入れられる。しかし,給付紅関連す る労働用役の申に,つまり原価に企業者労役が含まれるか否か紅ついては問題のあるとこ
uO Schmalenbach,E.,ⅩostenIeChnung und Preispolitik 8Aufl.,S.6り 土岐政蔵 訳『原価計界と依格政策』森山書店昭和34年172貢参照。
(川 Heinen,E。,a.aい 0。,2Aufl‖,S 56
恨)Derselbe,a,a。0.,2。Aufl.,SS58−63
ハイネソの原価概念について ー9β−
553
ろとされて:いる。ハイネンほつぎのような論拠から企業者労役の消費は原価であるとい
(1こい
う。すなわら,いま企業者が。その労役をある給付達成のために提供することほ,同時に他 の目的に.その労役を使用するこ.とを断念することである。しかして,披ほその労役の他の 利用から生じる効益を得ることができなくなる。そして,このように考えるとこの企業者労
役の利用過程というものほ,あたかもu・定の利用目的のため紅財および用役が投入される 消費過程の表現と同一・となる。かくして,企業者労役の消費ほ原価を構成するとハイネン
は論じる。つまり,ノ、イネンによれば,企業者労役ほ特殊な位贋におかれているとはいえ,
−・定目的のための消費という側面において他の労働用役と同一・であり,それが故に原価で あると考え.るのである。しかし,筆者の理解によれば,かかる考え方は財および用役の消 費というメルクマ−ルの「消艶」という南紀力点をおきすぎるよう紅思う。消費は「財お
よび用役」の消費であり,したがってここでの場合,その用役のおかれている立場,具体 的にいえは企業者労役が何を意味するのか,が問題どされなければならない。企巣者労役 を他の労働者労役と同一胡.してよいセあろうかという疑念が残る。
同様の疑念は,ハイネソが自己資本の消費,つまり自己資本利子の原価性を認めるさい の論拠づけにも生じる?ノ、イネンに・よれば,資本は投資目的のための貨幣と解釈されてい る。したがって,・その投資がなされると資本ほ種々の財慮形態としてあらわれ,しかレて 資本の消費を証明する資本利周はあたかも経済財の利用のごときものとなる。つまり,資 本の消費ほ経済財の利用可能性の消費と一徹するのである。かくして,資本の利子の原価
(14)
性は認知されるところとなるdしかし,われわれほここにも原価を規定する「消費」という 側面の過大評価をみる。いいかえれば,資本の理解があまりにも】・面的であり,資本が本
来的紅ほ利潤獲得の手段であることを看過しでいるといえる。したがっで,自己資本利子 の原価性陀ンついてはより厳密な規定が必要であると筆者は考える。
さて,財および用役の消費という場合,「貨幣」という名目財の消費が含まれるか否か ほ問題となるところである。ハイネンの見解に.よれば,価値的原価概念の支持者は,租 税,公共料金,寄付金等の支払を原価概念の外延的構成に入れているという。しかしその 論拠としては,コ汐オ」−ルの原価を徹底レて財の消撃と関連づけているごとから推論され
る,あるいはレエディダーのいうAIs−Ob・Ⅹostenの概念を導入することから承認できる,
(13)Derselbe,a a。0 ,2。Aufl.,S.63日
q4)Derselbe,a.,a.0.,2.Aufl.,SSl63−651
寛40巻 発6弓 554 一94−
\1ご−)
と論述するのみでハイネソの積極的な理由づけほない。
ところで,価値的原価概念の量的問題を考え.るさい,財の消費というメルクマールだけ
では十分でない。いま1つのメルクマールを導入すること紅よって,−・般的財消費から原 価になる部分が峻別されるのである。そのメルクマー・ルを給付関連性という。かくて,給
付に関連した財の消費が原価を構成するのである。
しかし,ここでいう「給付」の概念については考察を必要とする。通常,給付概念紅は 技術学的給付概念と経済学的給付概念とがある。しかし,前者の技術学的給付概念では適
切な給付概念を得ることができないので,経済学的概念が重要であるといわれている。
経済学的給付概念は経営経済的行為の手段一目的関連から導出しようとするものであ る。それ故に,これは目的論的性質をもつが,具体的には,給付は経営の生産諸要素の結 合に.よっで人間の要求を充足するに貢献するものと考えられ,したがって経営上の基本過
程である仕入,生産,販売が属することとなる。もっとも,この給付概念の範囲に.ついて は各論老に.よって−異なっており,弾力性を含んでいる。典型的な給付概念としてはコジオ
ールの,給付とほ生産過程における計画的な活動の結果である,という考.む方にみること ができる。それは給付が収益と結びつけられ,また市場紅おける価値実現と結びつき,し たがって経営の活動である生産,販売と関連するものであることを示す,とハイネソは論
(16)
述している。
とこ.ろで,給付関連性のメルクマールについては,更に.ここでいう「関連性」とは何か について検討しておく必要がある。ノ、イネソによれば,経済学的給付概念が目的論的性質
をもっているという事実から,ここで「関連」という場合,それを直接的でなくともよい という。いいかえれば,生産諸要素の消費と給付との間接的関連であっても,給付関連性 の条件を有するものとみなすのである。したがって,たとえば給付生産の準備のため紅設 (17)
備財を消費しても,とれを原価に㌧入れるのである。
さて,既述のように,原価はたんに盈的問題だけでほなく,同時紅価値的問題でもあ る。たしか紅,財の消費,給付関連性という2っのメルクマ」−ルによって,いわゆる患的 原価は計辞される。しかし,原価概念の確立のためには,これ紅価値的側面が考慮されね ばならない。つまり,いかなる方法で種々の財の消費は評価され,整序されるのかが問題
一㈹㈹㈹
a… 0.,2..Aufl..,SS.65−66小 a.0.,2.Aufl.,SS.66−69.
a a a
e e e b b.D l l l e e e S S S
●▲ ■⊥ ■▲
e e e DD二D
0.,,2.A11fl.,SS。72−73..
ハイネソの原価概念について −95 −−
555
となるのである。
しかし,価値的原価概念の解釈でほ何ら−−・義的評価規則がないとされている。ただ,原 価評価ほ−一般に実際支払過程または市場価格によっては導出されないということで等しく 見解が一・致している。したがっで,価値と価格とほ厳密に区分されている。もっとも,こ れは価値と価格とが相互紅血▲致することを排除するものでほない。重要なことは,価値ほ
価格な必要とするが,価格は価値を常に必要としないことである。むしる,経営経済学紅
(エ8)
おいては価格でほない,そして価格からも推導されない価値が存在することである。
そ・こで価値問題について,寛1に考察すべき点は「価値」そのものについてであるが,
価侶常ほ比較選択の尺度があるという。つまり,経済主体が1つの価値体系をもち,・それ からくる経済主体の取捨選択の構造がかかる比較選択の尺度となるのである。しかし,価 値体系ほ規則の体系として理解されつつも,その選択は自由な行為でなされるので,経営 経済学においてほあまり有用ではない。むしろ,経営経済学の課題は1つの所与の価値体 系において正しい価値を静定するところ紅ある。そこで,とこから出発する.と,給付生産 紅必要とされる消費過程については先験的に定められた価値体系から価値が推導され,そ れでもって財の消費が評価されることとなる。つまり,価値の静定に近代的な測定の方法 として貨幣が用いられるのである。かくして,原価の評価では貨幣が価値表示機能を具備
(19〉
することとなる。
ところで,財および用役の利用のさい,その合理的決定を導くため財の消費の評価が問 題となるが,これは既述のように,価値が比較選択の尺度であること紅関連する。すなわ
ち,合理的決定のさい価値はその指標となるのである。ここに「価値」問題が原価概念の 研究のさい関与せざるを得ない理由がある。しかし,合理的決定紅とっては,計静匿決定 原理としての−−・定の目標があるということが前提である。したがって,価値体系からくる 価値の助けでもって,しかも個々の目標の下に財および用役の合理的利用が決定される。
いいかえれば,評価を通して所与の目標に対応する経営給付生産の管理が行なわれるので ある。レかして,価値ほ基礎紅ある目標紅関連する限り管理機能を実現する。そして,特殊
な目標からくる原価評価は特殊的原価価値と名付けられるが,いまだはっきりした目標を
もっていないとすれば,そこからくる原価評価は一般的妥当性をもっている限り∵般的原 価価値と名付けられる。
u8)Derseユbe,a.a小 0.,2〝Aufl.,SS・73v74・
(19)Derselbe,a.a巾 0.,2.Aufl小,.S・・74・
一−96− 算40巻 辣6号 556
ところで,個々の財および用役に帰する価値ほ貨幣で表現される。それによって価値は 統一劇な計算値となり,異質の財の消費を引算しうるものとなる。その限りにおいて価値
は計静機能をもっているといえる。かくしてその計算機能をはたす原価価値として個々の,
(20) たとえば調達価格,時価,固定価格等のものがあばられる。
ⅠⅠⅠハイネンの収支的原価概念の批判。
さて,ハイネソの原価概念ほ前節の論述から十分うかがうことができるが,その主張する
(21)
原価概念は彼のコツホの収支的原価概念の批判をみることに.よって.一層明確に理解できる
と考える。本節は,1、?にはハイネソの原価概念の一層の理解のために.,2っには現今問 題となって−いる収支的原価概念論争の問題点理解のために.,ノ、イネンの収支的原価概念批
(22)
判を瞥見してみたい。
いま,詳述に先立って,ノ、イネンの論点をみると3つ紅要約できると思う。舞1は収支 的原価概念を検討し,収支的原価概念は価値的原価概念と結果的紅同一・になる可能性ある
ととを指摘して.いる点である。寛2は収支的原価概念の外延的構成と価値的原価概念のそ れとを比鮫し,両者の類似と相違を明示していることである。第3は収支的原価概念の概 念上の不明確さを批判している点にある。
さて,具体的に収支的原価概念に対するノ\イネンの批判をみてみよう。そのさい,ハイ ネソは既紅価値的原価概念を考察するさいに用いた方法,つまり原価概念を盛的問題と価 値的問題とに分けて考察する方法を,ここでも用いている。
そこでまず盈的問題であるが,これについてばコヅホのいう「補償されない支出」が問 題となる。周知のようにコツホは原価概念を定義して,「原価とは製品単位または1期間
(23) の製造および販売と結びついた補償されない支出である」という。すなわら,この原価概
CO)Derselbe,a..a.0.,2.Aufl.,S.74−75
飢 以下;収支的原価概念といえば,断りなき限りコツホの収支的原価概念をいう。
(2辺 ノ、イネンの論点を紹述する前に,彼が収支的原価概念を原価の概念規定の歩鞍の上で どう位置づけているか,指摘しておきたい。ハイネソに.よれば,収支的原価概念はしば しば支出廉価概念と理解され,それが故にニックリシユ.の原価=支出説と同一凝されや すい。しかし,留意すべきことは,収支的原価概念はその出発点において従来からみら れるそれとほ異なっており,したがって価値的原価概念に対する批判たおいても本質的 に逼って−いることである,いわば鱒値的原価概念の転向を要求しているのである,とい
う。(Heinen,E.,a a小 0.,2小 Aufl.,S一.81.)
Q3)Koch,H.,Grundprobleme der Kostenr・eChnung.S 14
ノ、イネソの原価概念について
557 ー・97−
念のもとにほ,つぎのような経営支出すべてが包括される。つまり,経営過程に投入され た生産諸要素紅対する支出,あるいは支払利子,更紅は外部給付紅対する支払,その上生 産や販売に直接に作用しないがさけられない支出である保険料や税金,企業危険費等が,
総括される。
いま,これを価値的原価概念でいう財の消費と関連づけると,自己資本利子と企業者賃 金が原価から除外されていることに気付く。コツホによれば,自己資本利子および企業者
(24)
賃金は価格が存在しないので,何ら支出が伴なわずしたがって原価ではないという。この 点,更に深く掘り下げて研究しなければならないと考えるが,ハイネソは概念の外延的構
(25)
成を問題とするところから,これ以上の考察を行なっていない。
つぎに,盈的問題としては給付関連性の問題がある。しかし先述のコツホの定義から明 らかなように.,これは価値的原価概念の考え.方と−・致している。つまり,コツホも給付概 念を生産および販売の領域匿関連づけて:いるのである。
ところが,価値的問題になると,事情ほ−・変する。収支的原価概念では「収支的」とい う言葉が示すよう紅,原価評価としては取得原価価格のみが考えられでおり,他の価格は 含まれていない。これは価値的原価概念が原価計算の目的に.よって種々の評価方法を採り
うるという思考と対立する。しかしながら,コツホほ,原価概念の形成と原価概念の検証
(原価計算)とは無関係であると反論し,したがって原価計簸でほ何らの評価問題も生じ
(28)
翠いと論ずる。かくて,この問題についての論議は平行状態であり,決着がつかないのが 現状である。
さて,以上のよう、な考え方によると,収支的原価概念と価値的原価概念との間には格別 なへだたりのあることが判明する。たとえば,生産財の価格変化,あるいほSolトIst比較 ぁさいのSoll値の評価等が,収支的原価概念の計界でほ考慮されないのでほないかという 錮 Derselbe,a.a.0.,S.33ff.
G25)Heinen,E.,a。a.0.,2いAuflい,SS。85−86
鍋 コツホ紅よれば,原価概念と原価計穿とは無関係であるという。なんとなれば,原価概
念の形成と廉価概念の検証である原価計算とほ相異なった過程紅あるからである。すな わち,概念は一・般的定言を獲得する基礎を形成するものであり,そこで問題紅なるの は,その概念が現実に一・致しているか,−・義性を保持しているか,矛盾がないか,であ
るという。それに.対して,原価計静は,この得られた特定の原価概念が−・定の具体的条 件の上に.のせられ,検証されるものであるという。したがって,原価戯念は原価計算目
的から形成されるのではなく,むしろ原価計界の前紅あるのである。再言すれば,原価 概念ほ所与として原価計界のための出発点を形成するのである。(Kocb,H.,a.a.
0.,SS.18−お.、)
算40巻 第6号 558 一夕β−
疑念が生じる。しかし,コツホほ,煉価計静のさい,つまり原価概念の「検証」のさい,
これらは十分紅考慮に入れられうるという。したがって.,コツホは厳密な意味でゐ支出原 価説論者とは思考を異にしていることをわれわれは注意しなければならない。すなわち,
コツホに.よれは,上記のような疑念は原価計算に種々の仮説を導入することによっで解決 されると論じるのである。すなわち,2っの仮説,「目的制約的仮説」(ZWeCkbedingte Hypothese)と「前提制約的仮説」(pramissebedingteHypothese)とをコツホほ導入する
(27)
のである。
前者の「目的制約的仮説」は原価計静の目的がこれを必要とすれば設定されるものであ る。たとえば,Soll−Ist比較のさい,固定価格を用いたとする。コツホゐ定義からすれば これは許されていない。しかし,コツホは,収支的原価概念か検証モデルに移され,材料 の調達価格は期間中固定的であるという仮説のもとで,固定価格による評価が認容される という。ところで後者の「前提制約的仮鋭」は具体的な事態の経験的条件と原価概念を基 礎づけている′前提とが一致しない場合に設定される。たとえば,原価財の価格が変化する
場合である。コツホは,この場合,これほ企業者は生産車段をそれk対応する生産物の取 引日でまず仕入れ,そして生産過程の期間が無限にノJ\さいものである,という仮定をたて
て,これを認めようとするのである。
かくみると,これら2っの仮説の導入でもって,コツホの収支的原価概念のイ酎直的問題 は,結果的紅価値的原価概念のそれと同一・になる。極言していえば,コツホの仮説が,たと えばシ.。マー・レンバッハの原価評価体系に移されると,レ.コ.マーレンバッハも収支的原価
(28) 概念の主張者にあげられでしまうとハイネンは批判する。
なお,前後するが,以上のような批判ほ盟約問題でもいえる。例えば,企業家が機械を 贈与されたとすると,企業家は.贈られた人より貨幣を贈与され,それでもって当該機械を
購入したという仮説をたてて「検証モデル」を作るのである。かくして,この結果,支出 と関連しない生産諸要素も原価紅入り,結果的に価値的原価概念に近づくこととな畠。も っともゝ コツホは自己資本利子や企業者賃金紅ついては,これを原価とほ認めていない。
さて,ハイネソの主張する原価概念が正当であるということを傍証する方法として,ハ イネンはその対極紅ある収支的原価概念が何ら対立的でないということを論証することに よって明らかにされるとしているのであるが,その第2点として,彼は価値的原価概念で 即 ⅩocIl,Hlリa.a.0.,SS.21−22‖
C2811Ieinen,E,,a.a。0..,2n Aufl.,S.90小
559 ハイネソの原価概念把ついて 叫夕9 − いうところの中性費用,基本原価,開加原価と収支的原価概念とがどう串、かわりをもつの
(29)
か検討している。そ・して,結論を先にいえば,ノ、イネソは附加原価において若干その相違 がみられるのみであるという。
周知のよう紅,中性費用ほ原価から2つの面において区別される。1)本質的相違から くるもの,2)計算上の相違からくるもめ,がそれである。原価から本質的に.区別される というの・は給付生産匿何ら関係していない費用が中性費用を構成するということである が,これには,a)経営目的に関係のない費用,b)異常な費用,C)粗利益で補償される 費用,がある。そ・れに対して,計算上の相違からくる費用とは,文字通り原価概念と費用 概念とにおける計算方法が異なることから招来するものであり,これほ,塵庭.a)期間外 的費用と b)評価上の相違からくる費用とに分けられる。
同じよう紅しで附加原価に.ついても,1)本質的相違からくるもの,2)計静上の相違か らくるもの,の2っの面虹おいて償用とは区別される。費用と本質的に異なる原価とは,
その調達が貨幣支出と結びつかない財の発生・消費をいう。た:とえ.ば,自己資本利子,企 業者賃金がこれに属する。計界上の相違からくる原価とほ,原価概念と費用概念とにおけ
る計算方法の相速からくるものであり,これには,a)時間外的原価とb)評価相違からく る原価とがある。a)に.は,たとえば,生産滴動に伴なう危険負担の原価,減価償却原価 等がある。それに対して b)は,たとえ.ば,原価計界における計界個格が調達価格より高 い場合紅発生する原価である。
さて,以上はハイネンの中性費用,附加原価についての理解である。これと収支的原価 概念とを比較すると収支的原癌紅含まれる目的費用ほ価値的原価解釈の基本原価軋山致す
($0〉
るとハイネソはいう。しかし,既述のよう紅,価値的原価概念ほ附加原価を考慮すること によっで費用概念の範囲とは異なっている。この点,収支的原価概念はどうであるのか,
問題となる。既述のよう紅コツホほ自己資本利子および企業者賃金の原価性を否定してい る。したがっで,収支的原価概念では,ノ、イネソのいう費用と本質的に.異なる原価を否定 していることとなる。しん、かえれば,価値的原価概念酷比較して,その部分だけ原価を狭
く解釈していることである。更に,コツホの説明からは,ハイネソのいう計静上の相違か らくる原価部分のうち期間外的原価についても,はっきりしてい寧い○・それ故に・,かかる 附加原価部分も価値的原価概念匿.比して狭く考えられていると推察できる。かくして,附 駅ト De【Selbe,
C;0)Derselbe,
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〇.〇.
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SS91−101.
S..101.
560
寛40巻 寛6号
臍J∂クー・
加原価において,価値的原価概念と収支的原価感念とは相違がみられる,とハイネソは論
(8り
結している。
さて,ノ、イネソの収支的原価概念に対する批判の第5点は,収支的原価概念には支出,
費用,原価の区分が明確でないという批判である。会計理論の概念は本来それぞれある日 標をもった状況の下で選択されるものである。たとえば,総利潤の最大化を目標としてい る状況下でほ収入・支出という概念が重要となる。また,企業の目標が期間利益の最大化 にあるのであれば,収益・費用概念が重要なものとして選択される。しかして,企業の包 括的領域から部分領域としての経営が構成されるが,そこでは経済性原則が中心とレて働 き,それが故に.経営の計算理論では原価・給付という概念が選択される。いうまでもな
く,経営は企業の給付生産過程であり,それは原価計静の領域である。したがって.,かか る領域で支出概念を選択することは正しい概念の選択ではない。ここにコツホの見解が批
(32)
判されるぺき1っの点があるとノ、イネソほいう。
ⅠⅤ 若干の批判的考察一緒びにえて一−
さて,最後にわれわれは以上のハイネソの所説について若干の卑見を述べでおきたいと 思う。特に,ここではハイネソの原価概念についてより,ハイネソの収支的原価概念に.対
する批判について,若干の疑念を提示しておきたい。というのほ,一・方においで,われわ れもまた基本的紅はハイネソの見解を支持しでいるからであり,他方では,現今の原価概 念の研究課題は,収支的原価概念の評価をめぐって,紅あるからである。収支的原価概念 紅どう対処するか,見方をかえ/でいえば,収支的原価概念をどうみるか,これが原価概念 の研究者に.与えられている罪1の関門なのである。
そこで,まずわれわれはハイネソのコツホ収支的原価概念に.ついての理解の正否から考 えてみたい。われわれの知る範囲でいえば,ハイネyの収支的原価概念め理解は正鶴を得 ていると思う。ただ,収支的原価概念論争を正しく受けとめる意味からいえば,ハイネソ は収支的原価概念論争それ自体にいま少し注意を向けるぺきでほなかったかと考える。た しかに,その著書『原価理論』においては「論争」の成果への十分な配慮がうかがわれる。
(31)Derselbe,a.a。0.,2 A11fl.,S.101,
(32)Derselbe,a・aい0・,2LIAufl。,SS.101−107。なお,この点については,第1版が 明瞭に.語っている。「支出と費用とほ成果計算の構成要尭とし・て,企業という職能領域
紅属する計静値であり,…原価とは,経営という職能領域紅経済性計算の構成費発と
して帰属せしめられる計掛値」であると。(Heinen,E.,a a 0.,1= Auflり S小 33.)
−−JOJ−
ハイネソの原価概念について
声61