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『 ア ル ケ ス テ ィ ス 物 語 』 考
日 南 田 一 男
§ I
『三月十五日』("TheldesofMarch")が出版された1948年から六年たった1954年 の八月,<エディンバラ国際音楽演劇祭>(TheEdinburghlnternationalFestivalof
ひ な た
MusicandDrama)でソーントン・ワイルダー.(ThorntonWilder)の戯曲『日向の一 生」("ALifeintheSun")が上演された。<日向の一生>というのは女主人公アルケ スティス*1(Alcestis)の一生であり,太陽神アポロ(Apollo)に対する彼女の信仰が極め て篤く,又彼女に示されたアポロの恩寵も殊のほかに豊かであったことから推して,<ア ポロの恩寵に沿した或る一人の生涯>とも解し得るのであるが,この題名は後にワイルダ ー自身によって『アルケスティス物語』("TheAlcestiad")と改められることになる。
レックス・バーバンクによれば*2,この芝居はエディンバラでは失敗に終ったものの,
その後に上演されたスイス,オーストリア,ドイツなどでは,批評家からも一般観客か らも大変な好評を以て迎えられたのであった。それにもかかわらず,不思議なことに,
本国のアメリカでは未だ一度の公演もなく,そのテキストさえ,僅かにその一部をなす
て ん に よ
サチル劇『酔いどれ天女』("TheDrunkenSisterJ)が1957年の十一月号の雑誌<アト ランティック>(<TheAtlantic')に発表されただけで,本として公刊されていないから 作者自身の原語においては私達はこの戯曲を読むことが許されていない現状である。た だワイルダーはヨーロッパ大陸,なかんずくドイツでは,従来より高く評価されてきた アメリカの作家の一人であり,その著作の殆んどがドイツ語に翻訳されてきたのである が,『アルケスティス物語』もその例に洩れず,ヘルベルト・ヘルリチュカ(Herberth E.Herlitschka)という名訳者を見出して,美事なドイツ語に置きかえられることが出 来た。これがフランクフルト・アム・マイン(Frankfurt‑am‑Main)及びハンブルク (Hamburg)にその店を持つフイッシャー出版社(FischerVerlag)から,くうイッシャ ー文庫>(@FischerBiicherei')中の一書として世に出た"DieAlkestiade''である。こ れは,そのタイトル・ページに・・AusdemAmerikanischeniibersetztvonHerberth
〔註]*1Aノces"sは英語風に読めばくアルセスティス>であろうが,ギリシャ語風にくアル ケスティス>と表記することにした。この小論においては,人名の記載法は岩波書店 より出ている『西洋人名辞典』に記載のものはそれによることにし,それ以外のもの も概ねその人名の所属する国の言語の発音に従って表記することにしたが,必ずしも それに従わなかった場合もある。地名の場合も人名の表記法に準じた。
*2RexBurbank,T"Oγ"わ"W"d"(TwaynePublishers,Inc.,NewYork,1961),p.
1 2 2 .
116 日 南 田 一 男
E.Herlitschka''とある所から推して,訳者が原作者の筆になった英語の台本から直接 に ド イ ツ 語 に 直 し た も の と 考 え る こ と が 出 来 る の で あ る 。 も っ と も ド イ ツ の 文 芸 評 論 家 へルマン・シュトレーザウ(HermannStresau)に拠ると*3,スイスのチューリッヒ (Zurig)で上演された1957年がこの戯曲がドイツ語で演ぜられた最初の年ということで あるけれども,この時のドイツ語台本の訳者が同じへルリチュカであったか,或は全く 別 人 で あ っ た か は 明 ら か で な い 。 し か し そ れ が い ず れ で あ る に し ろ , 『 ア ル ケ ス テ ィ ス 物語』においては,作者からその原稿を貸与されたバーバンクのような恵まれた極く少 数の例外を除いては,私達はヘルリチュカ訳の独訳本に拠る以外には,詳しくその内容
す ぺ
を窺い知る術を持たないのである。アメリカ文学を論ずるにあたって,是非共ドイツ語 訳者の力を借りなければならないというこの奇現象は一体何によって生じたのであろう か。ワイルダーは何故自作の原語による出版を今日までためらってきたのであろうか。
更には又この作品が戦後のドイツ国民に強く訴えたものがあったとすれば,それは何で あったか。これらの疑問に答えようとする試みの中から,この小論が生まれたのであっ た。
§II
テッサリア(Thessaly)にあるフェライ(Pherae,Pherai)の町の国王アドメトス (Admetus)の妃アルケスティスの名がワイルダーの著作の中に初めて見えるのは,早く 1930年の『アンドロスの女』("TheWomanofAndros'')においてである。夏も終り の或る午後のことであったが,エーゲ海に突き出た岩鼻の上で独り物思いに耽る白拍子 クリュシス(Chrysis)の口からふと次の言葉が洩れて出た。
GGSomedayweshallunderstandwhywesuffer.Ishallbeamongtheshades undelground,andsomewonderfulhand,someAlcestis,willtouchmeandwill showmethemeaningofallthesethings;andlshalllaughsoftlyforhoursasl
donow‑asldonow."*4
『アンドロスの女』はキリスト生誕前夜の憂愁に満ちたギリシャの精神的状況を描いた 小説であるから,ここにいうGsomeAlcestis'が,アルケスティスとはまた異った意味 で復活の奇蹟を行われたキリストを暗示するものであることは言う迄もないであろう。
更にこの都雅な白拍子の館には,夜毎にブリュノス(Brynos)の島の青年達が参集して
うたげ
くるのであるが,宴の後で彼等に語りきかせる詩文に何を択んだらよいものかと思案し ているクリュシスは不図エウリピデス(Euripides)の『アルケスティス』("Alcestis'')
*3HermannStresau,T"""わ〃W"""(ColloquiumVerlag,Berlin,1963),p、12.
*4ThorntonWilder,T"Ow@α〃QfA""OS(Longmans,London,1954),p.49.
『アルケステイス物語』考 117 を思いつくことになる。*5
や か た
クリユシスの館での饗宴がそうであったように,ヘラスの世界でのく饗宴>(sympo‑
sium,banquet)とは酒食のそれであると同時に,知性の饗宴でもあった。『三月十五 日』の主人公ジュリアス・シーザー(JuliusCaesar)は,クローディウス・プルケル
ふ た つ
(ClodiusPulcher)の一味の襲撃に遭い,右脇腹に短刀で二突きもの深手を負うにいた るのであるが,その彼が簡単な応急手当を受けただけで,そのまま予定通りクローディ ア(Clodia)−彼女はクローディウスの妹であった−の屋敷に赴いたのも,そこで持 つことが出来るであろう知性の饗宴への大いなる期待からであった。この一事はシーザ
あ か し
−の剛毅さと共に,彼がいかにギリシヤ風文化の深い崇拝者であったかを証するもので あるが,詩人カトゥルス(Catullus)がアルケスティス伝説について語ったのはこの時の 宴席でのことであった。このカトゥルスの話が今に遣る彼の『アルケスティス物語』であ る,とワイルダーは言うのであるが*6,私達はその内容の一部をアシニウス・ポリオ (AsiniusPollio)からヴェルギリウス(Virgil)とホラチウス(Horace)の両人に宛て て送られた書簡の中に窺うことが出来る。そしてその内容はそのままにワイルダーの『ア ルケスティス物語』の第一幕を形作るものであった。
『アンドロスの女』の中には,又一旦鬼籍に身をおとした者が,神ゼウス(Zeus)の
ば か
特別な図らいによって,許されて一日だけ生者の国に還るという寓話がやはりクリュシ
よ 承 が え
スの口から語られている。そしてこの死者甦り−アルケスティスの経験するものは正 にこの事なのであるが−のモチーフが,劇作家ワイルダーの名声を樹立した傑作『わ が町」("OurTown")‑1938年の作一の第三幕で,美事な芸術的昇華をみせていること は周知の通りである。これらの諸事実を思いあわせる時,アルケスティス伝説は永年ワ イルダーの胸奥に暖められてきた主題であり,従って『アルケスティス物語』は彼によ って書かれるべくして書かれた,と言って過言でないことを私達は知るのである。
古典ギリシヤ劇を翻案し,そこに新しい近代の理念を織り込もうとする試みは,近代 演劇にあっては必ずしも珍らしいことではない。目ぼしい事例だけを捨ってみても,ア ヌイユ(JeanAnouilh)の『アンチゴーヌ』("Antigone''),コクトー(JeanCocteau) の『オルフェー』("Orph6e")及び『地獄の機械』("LaMachineinfernale''),それに サルトル(Jean‑PaulSartre)の『蠅』("LesMouches'')などを挙げることが出来るで あろう。ワイルダーの『アルケスティス物語』もギリシヤの悲劇詩人エウリピデスの
『アルケスティス』を踏まえての作品であることは既述からも容易に察せられるのであ るが,又別に「アルケスティス物語』に登場するデルフォイ(Delphi)の老祭司テイレ ジアス(TeiresiaS)が,『アルケスティス』にではなくエウリピデスの他の作品,即ち
『フェニキアの女達』("PhoenicianWomen")と『バッコスの信女』("Bacchae'')にそ
*51bid.,p、34.
*6勿論ワイルダーの虚構である。
日 南 田 一 男 118
の姿を見せていて,かえってワイルダーがエウリピデスに親しむ所が浅くないことをは っきりと教えているのである。
今エウリピデスを悲劇詩人といったけれども,『アルケスティス』そのものは必ずしも 純粋悲劇の範曉に属するものではない。この作品は紀元前438年の作で,同年に出た『ク レタの女達』("TheCretanWomen''),『プソーフィスのアルクマエオン』("Alcmaeon inPs6phis''),及び『テレフス』("'I℃lephus")の三部作と密接な関係に立つものであっ て,古典悲劇にあっては多く三部作の後にサチル劇(satyrplay,satyricdrama)を附し て四部作を構成するという伝統に従って,エウリピデスがサチル劇代りに書きあげたもの がこの『アルケスティス』であった。ギルバート・マレイ教授(Prof.GilbertMurray)
よ
がこれをくサチル劇代用の悲劇>(@pro‑satyrictragedy')と称び*71キット一教授 (Prof・Kitto)がく悲喜劇>(@tragi‑comedy')と呼称する*8所以もそこにあるから,
従って内容的には悲劇本来の要素と共にどたばた喜劇的要素−少くともその痕跡一 がこの戯曲の中に混在してくることになる。『アルケスティス』における喜劇的要素と いうのは,アルケスティスの野辺の送りさえまだ済んでいないアドメトス王の宮殿に客 となったヘラクレス(Heracles,Hercules)の乱酔振りや,舞台上で演ぜられるわけでは ないが,アルケスティスを冥府ハデス(Hades)から連れ戻すべく,この英雄が死神を相 手に展開する猛烈な格闘などが,それに当るであろう。古代ギリシヤのサチル劇にあっ ては,ヘラクレスが屡々半ば喜劇的な役割を担って登場したということである。*9
『アルケスティス』がサチル劇的要素を持つように,ワイルダーの『アルケスティス
物語』も前三幕の悲劇の後にくサチル劇>と銘うたれた『酔いどれ天女』の一幕を持つ という事実は,この二作の関係を愈々決定的にしていると言ってよい。『アルケスティ ス物語』の第三幕の幕がおろされると,今までアポロ役を演じていた役者が直ちに幕の 前に進み出て,席を立ちかける観客に向って次のように呼びかける。
「お待ち下さい。お待ち下さい。まだ終ってはおりません。私達は今ギリシヤにい るのです。そしてギリシヤでは,浮世のつらい苦しい出来事を皆様にお見せした後で,
か え
そのままにお家へお帰しすることは,正しくないと考えられているのでございます。
作家が短い切り狂言を書いて一道化たものでもサチル劇でも結構でありますが−
皆様のお気持を晴れやかにし楽しいものにさせることが慣わしでありまして,又そう
わ け
するように作者は期待もされている訳でございます。」*ユo
GilbertMurray,勤"'""esa"HisA9e(HomeUniversityLibrary,2ndedition,1946),
p.42.
SeeH.,.F.Kitto,G""TWedy:A〃〃"ySf"y(Methuen,London,2ndedition, 1950),chap・XI.
SeeTheOm/WdCO"ゆα"io泥加aassic"ノ〃たγα〃γe,6satyricdramas.' D犯Aノルgs"de(FischerBUcherei),p、115.
I︵U **
* 9
*10
ー
『アルケスティス物語』考 119
こう見てくると,ワイルダーが題材ばかりではなく,劇作法においてさえエウリピデス
なら
に倣う所が大きかったことが理解出来るであろう。
アルケスティス伝説においてアドメトス王程損な役割を与えられているものはない。
ゼウスの怒りに触れ,神の身でありながら死ぬべき人間の奴僕として一歳を送らなけれ
主さ
ばならなかったアポロは,このフェライの国王の厚遇に感謝して,今将に尽きなんとし ていた彼の命の延命を図ることになる。これがアルケスティス伝説の発端である。客を 厚遇するということ,即ち@hospitality'がアドメトスの第一の美徳であったから,ヘラ
クレスもまたトラキア(Thrace)への旅の途次にフェライの町を訪れたのであった。
それにしてもアドメトスが愛妻の死,しかも自分の身代りに立ったアルケスティスの 死を秘してまでヘラクレスを款待したということが,私達に不可解であるのは言うまで もないとして,当時のギリシヤ人にも甚だ異常に感ぜられたであろうことは,次のコー ラス(Chorus)の言葉の驚きの響からも察せられるのである。
"Whatdostthou?−suchafflictionatthedoor,
Andguestsforthee,Admetus?Artthoumad? *11
このコーラスを構成しているフェライの町の長老達に対してアドメトスの行う弁明が甚 だ説得力を欠くものであることは勿論である。
事情を全く知らなかったためとはいえ,ヘラクレスは王妃の死に沈む宮殿で乱酔に及
んだ自己の迂闇さを深く恥じた。
。cIfeltit,whenlsawhistear‑drownedeyes, Hisshavenhair,andface:yetheprevailed, Sayinghebareastranger‑friendtoburial.
Ipassedthisthresholdinmineheart'sdespite, Anddrankinhallsofhimthatlovestheguest, Whenthushisplight!‑Andamlrevelling Withheadwreath‑decked?"*12
このヘラクレスの嘆息には,真に友を遇する道を知らぬアドメトスヘの怒りより,む しろ愚かしい迄の彼の人の善さに対する憐れみの方が一層色濃く出ている,と主張する ことは可能であろう。そしてその憐感が,ヘラクレスを駆ってアルケスティス奪回の激 闘を死神との間に展開させることになるというのも事実である。しかしアドメトスの人 柄だけを問題にする時,この彼の行動から彼を思慮に富んだ人と見ることは難いように
思われる。
*11AJces"s,551‑2.猶引用はすべてEveryman'sLibrary版(Euripides,PJZys,vol.I)のA、
S.Wayの英訳によった。この訳はLoebLibraryに収められている同じ訳者による英訳と全 く同一である。数字は行数をあらわす。
*12Ib〃.,826‑832,
120 日 南 田 一 男
エウリピデスはアドメトスを,更に,利己的乃至は自己中心的な男として描いている。
アドメトスは自分の延命を図ろうとして,両親をはじめ身内のものに次々と犠牲になる ことを要請するのであるが,最後に愛妻アルケスティスの申し出を受けた時,彼は何の
た め ら い
檮跨もなくそれを容れているのである。単にく馬鹿々々しい>とかく不可解>という 言葉に尽きるようなこの時のアドメトスの心理に立ち入る必要は私達には毛頭ない。作 者であるエウリピデス自身も,アドメトスの行動と正当化しようという努力を全く払っ
て い な い の で あ る 。
嫁の葬儀に供物を携えてやってきた老父フェレス(Pheres)との争論でも,アドメト スは卑怯で無反省な男に留まっている。彼は妻の死を,自分の身代りに立つことを断っ た父のせいであるとして,その根源が−たとえそれがアポロの神盧に始まったことと はいえ,アポロのはからいを甘んじて受け容れることによって一死を厭い生に執着し た自分の卑怯未練な振舞にあったことを少しも省みようとはしないのである。もっとも 彼とて全然この見易い道理に気付いていないわけでもなかった。アルケスティスの野辺
の送りを済ませての帰り,彼は町の長老達に向ってこう話しているからである。
"And,ifafoelhave,thusshallhescoff:
CLotherewhobaselyliveth‑darednotdie, 0Butwhomheweddedgave,acoward'sransom,
And,scapedfromHades・Countyehimaman?
0Hehateshisparents,thoughhimselfwasloth 0Todie!'"*13
しかしこの口の裏から,余りにも自分本位な卑しいアドメトスの心事が覗いて見えない わ け で も な い の で あ る 。
"Suchillreport,besidesmygriefs, Shallminebe.Ah,whatprofitistolive, Ofriends,inevilfame,inevilplight?"*14
か こ
とロ即って,徒らに悪しくあるであろう己の世評のみに心を砕くアドメトスには,若く美 しかった妻の死をひたすらに嘆き悲しむ若き夫の純粋な感情は求め得べくもない。まし て妻を死へ追いやった己の愚行を反省もせず,アルケスティスの運命をさえ羨望するが 如き発言にいたっては,言語道断と言わなければなるまい。
この親子のいさかいにあって,理は明らかにフェレスの側にあった。彼が主張するよ うに,親が子に代って死ぬという慣習はギリシヤにもなければ,現代にもない。人間一 個の生命は彼一人のものであって他人のものではないからである・成る程冥府での時は
*13肋刎.,54−9.
*14肋〃.,959‑961,
G 争 。 毛『アルケスティス物語』考 121
長く,この世での生は短いものではあるだろう。しかし老い先短い身ではあっても,<そ れでも生きてあることは怡しい>*'5と語る老王の言葉は,極めて人間的であり,真実 の響を持っている。彼を卑怯者呼ばりをする資格などアドメトスには毛頭ないのである。
夫の身代りに死を決意したアルケスティスの動機自体も,必ずしも彼女のアドメトス に対する純愛だけであったとは言い切れないようである。彼女が夫を愛しなかったとい うのではない。心から愛しもし,又夫の誠実を信頼もしていたことであろう。しかし彼 女が死なねばならなかったのは,又別に妻たるものの義務として古来からギリシヤに伝 わる道徳律がそうさせたことでもあった*16o夫のために欣然として自己の生命を犠牲 に供するという彼女の行為は,ギリシヤ婦人として最高の名誉であった。彼女がこの名
きわ
誉を充分に自覚していたであろうことは,いまはの際に彼女が夫に言い遣した次の言葉
の中に窺えるであろう。
"…rememberthouwhatthankisdue Forthis:Inevercanaskfullrequital;‑
Fornoughtthereismorepreciousthanthelife;‑
Yetjustlydue:forthesethybabesthoulovest NorlessthanI,ifthatthineheartberight.
Sufferthattheyhavelordshipinminehome:
Wednotastepdametosupplantourbabes, WhoseheartshalltellhersheisnoAlcestis,
Whosejealoushandshallsmitethem,thineandmine.
Donot,ah,donotthis−−‑Ipraythee,I.
Forthenewstepdamehatethstillthebabes Ofherthat'sgonewithmorethanviper‑venom.
$
Theboy‑hisfatherishistowerofstrength Towhomtospeak,ofwhomtowinreply:
But,Omychild,whatgirlhoodwillbethine?
Totheewhatwouldshebe,thyfather,syoke‑mate?
Whatifwithillreportshesmirchedthyname, Andinthyyouth'sflowermarredthymarriage‑hopes?
Fortheethymotherne'ershalldeckforbridal, Norheartentheeintravail,Omychild,
*15Ib〃.,693.
* 1 6 『 ア ル テ フ 『アルテスティス』の解題の作者−勿論エウリピデスではないが一も
"Ofherloveshedidit,andforthehonoUrOfWifehoOd, と言っている。
122 日 南 田 一 男
There,wherenoughtgentlerthanthemotheris.
Forlmustdie,norshallitbetomorn, Noronthethirddaycomesonmethisbane:
Straightwayofthemthatarenotshalllbe.
Farewell,behappy.Nowforthee,mylord, Abidestheboasttohavewonthenoblestwife,
Foryou,mybabes,tohavesprungfromnoblestmother. *17
夫への愛と妻として義務と,この二つの道を守り得た彼女に内心の休らぎが皆無であっ たということは出来ない。しかし彼女とて人間であった。ましてや母であった。二人の 愛児を後に遺さねばならないということが彼女の心を千々に乱し,自分の後にやがては 迎えられるであろうアドメトスの後妻のことを思う時,夫の誠実への信頼がともすれば 揺ぎ勝ちになることも自然であった。彼女は己の行為が賞讃に値する道徳的善であるが 故に,その報酬を夫に対して当然に要求し得るものであると考え,二人の遺児のために その自己の権利を充分に主張しようと試みているわけである。妻のための服喪の期間と 定められていた一年のみならず,命ある限り彼女の死を悼むことであろう,というアド
メトスの言葉を捉えて,アルケスティスは傍の二人の子に,
..Mychildren,yeyourselveshaveheardallthis, Haveheardyourfatherpledgehimne'ertowed Foryouroppressionandformydishonour.,,*18
と語りきかせて,夫の言質を取ったあたり,抜け目のないアルケスティスの,そして彼 女に代表されている女性一般の,一面が浮彫にされていて,場面が場面だけに些かコミ カルな趣さえ漂ってくるのである。
それではアドメトスをこのように卑小な人間として描いたエウリピデスの狙いはどこ にあったのだろうか。アルケスティスが夫の身代りに立とうと決意するにいたるまでの 内心の葛藤や,自分の怯儒から妻を死に追いやったアドメトスの苦悩など,近代劇の作 者ならば当然に興味を懐くであろうこれら主人公達の微細な心理の動きには,エウリピ デスの関心は少しもなかったようである。アルケスティスの死と冥府からの生還がすべ てアポロの神意に出たものであるとする古来の伝承をそのままに受けとめて,これを人 間の立場から正当化しようという試みを彼は全く放棄しているらしい。この伝説の持つ 不条理を不条理のままに受容して,そこになんらの合理的解釈を持ち込まぬ代りに,夫
*17Aノces"S,299‑325.
*18〃〃.,371‑3.
『アルケスティス物語』考 128
への愛と妻としての義務の念から,死を択ばなければならなかった一人の女,その自己 の死にさえなんらの疑問を懐かず,又懐くことも許されずに死んでゆかなければならな かった一人の女,の憐れを彼は描こうと努めているものの如くである。アドメトスと最
初の愛の契りを結んだ床に向って,
..Ocouch,whereonlloosedthemaidenzone Forthisman,forwhosesakeldieto‑day, Farewell:Ihatetheenot・Mehastthoulost, Meonly:lothtofailtheeandmylord Idie:buttheeanotherbrideshallown, Notmoretrue‑hearted;happierperchance. *19
ひ ざ ま ず
と呼びかけ,悲しみの涙を流すアルケスティスの姿の中に,或いはまた義母の前に脆き つつ,遺児の養育を切々たる言葉で訴えているアルケスティスの姿の中に*20,妻であ り母である一人のギリシヤの女の憐れが写し出されているのであり,普遍的なく女の悲 しみ>がアルケスティス−個の悲運の中に象徴されていると言ってよいであろう。
アルケスティス伝説は,伝説の内容そのものが既にグロテスクであり,従ってサチル 劇的要素を多分に持つものであった。エウリピデスは敢えてこのサチル劇的要素を持つ 伝説を捉え来って,かえってそこに悲劇本来の要素を注入し,女の悲しみを写実的に描 こうとしたのであろうo<写実主義者>と呼称されているエウリピデスの面目を,そこに 見出すことが出来ると私は思うのであるが,ジョン・ウォリントン(JohnWarrington)
も,このギリシヤの詩人を評して次のように述べている。
・ ・ E u r i p i d e s w a s a b l e t o t r e a t h i s t h e m e w i t h s o m u c h o r i g i n a l i t y w h i l e a d h e r i n g e v e n m o r e c l o s e l y t h a n d i d A e s c h y l u s h i m s e l f t o t h e a g e ‑ l o n g r i t u a l f o r m s ・ T h e t e n d e r n e s s a n d p a t h o s w i t h w h i c h h i s c h a r a c t e r s a r e e n d o w e d r e d u c e d t h e i r h e r o i c figurestothestatureofordinarymenandwomen,showingthemnotasthey
oughttobebutastheyare. *21
エウリピデスの本質をよく捉え得た評言と言うべきであろう。重ねてウォリントンの言 う所を聴くならば,エウリピデスこそはまことにく物の憐れ>(thetearsofthings)*22
というものを知った最初の一人だったのである。
肋〃.,177‑182.
肋〃、163‑9.
J o h n W a r r i n g t o n , I " " O d Z " " O " t o c G E 沈 γ 秒 " e s : P J q y s ' ' ( E v e r y m a n ' s L i b r a r y , v o l . I ) , p .
v i i i . 肋〃.,p、x、
901122 ***
*22
124 日 南 田 一 男
§ⅢI
アルケスティスには極めて同情的であったエウリピデスが,アドメトスにだけは何故 このように冷淡であったのか。主人公の一人についてのこの免れ難い疑問に対して,<芸 術上の形式においては極めて伝統的であった>*23エウリピデスが,サチル劇という伝 統形式を逆用し,アルケスティス伝説の持つ不条理をそのままに継承しながら,かえっ てそこに赤裸々な人間の真情一く利己主義や勝手,気まぐれ,一人よがりや矛盾>*24 といった人間性の暗黒面ばかりではなく,愛や献身などの光明面をも含めて−を描こ うとしたのである,と私は答えておいた。しかしながらエウリピデスの戯曲にあっては,
わ け
アルケスティスの自己犠牲への動機は依然として説得力を欠くままに放置されている訳 で,アルケスティス説話と正面きって取り組み,これを純粋悲劇に仕立てあげるために は,この説話のもつ悲喜劇的要素の中からまず喜劇的なものを綺麗に除去する必要があ るであろう。アドメトスの人間的尊傭を回復し,アルケスティスの彼への愛と献身とに 必然性を与えようとする試みがなされなければならないであろう。その時に初めてアル ケスティスの美しい行為自体も意味を持つことになるであろう。ワイルダーが『アルケ スティス物語』において何よりも最初に心がけたことはこの点にあったようである。
ヨルコス(Iolcos,Jolcos)の国王ペリアス(Pelias)の数ある娘の中でも最も美しく成 長したアルケスティスには,ギリシヤ全土より求婚者が絶えることがなかった。しかし
そ ば
ペリアスはこの美しい娘をいつまでも自分の側に留めて置きたいと思い,一計を案じて
い の し し
アルケスティスの求婚者達に途方もない難題を課したのであった。即ち,ライオンと猪
くびき
を同じ範に繋ぎ,この二頭の獣を駆ってヨルコスの城壁を三周し得た者にのみアルケス ティスを与えよう,と言い出したのである。アルゴ船探検隊(theArgonauts)の指揮 をとったヤーソン(Jason)もネストル(Nestor)も英雄ヘラクレスもすべて敗れ去った この試みにアドメトスは敢えて再度の挑戦を試み,美事に成功を収めることが出来た。
約束通りペリアス王からその最愛の娘を貰い受けたアドメトスは,彼女を伴って意気揚 々と故国フエライの町に還り,やがて二人の婚礼の日を迎えることになった。
『アルケスティス物語』の第一幕は,この日の朝の白々明けに始まっている。アドメ トス王の宮殿内を巡羅する老いたる夜警の声も,晴れの日を今まさに迎えようとして,
おのづからに張りをもって響くのではあるが,一つだけ彼にも気懸りになることがあっ た。何故ならやがて王妃となるべきアルケスティスが,この数日来毎夜眠られぬ夜を迎 えるとみえて,夜中秘かに内庭に歩を運んでは物思いに沈んでいたからである。結婚と いう新しい体験を前にしての,あの乙女の漠とした不安のせいなのだろうか。時折東の 空を見上げたり,或は誰か使者を待ちかねてでもいるかのようにそっと外の通りの様
*23GilbertMurray,". /、,p、8.
*24呉茂一,『アルケステイス』解題(『ギリシヤ悲劇全集』,第三巻,人文書院),p、30,
『アルケスティス物語』考 125
子を窺うようなアルケスティスの挙動に,不審の首をかしげてはみるものの,もとより 彼には到底この高貴なる女性の心事を付度し得べくもなかったのである。
アルケスティスは幼い頃から唯一つの願いにだけ生きてきた。それはデルフォイの斎 女となり,アポロの神に仕えたいということであった。夫の一頚一笑に一喜一憂し,太 陽は自分の子供達のためにのみ昇ると信じて疑わない世のおしなべての女性の辿る道,
蹟事の連続である毎日の生活の流れに身を委ねているうちにいつしか老を迎えてしまう 女の一生に,一体どのような意義が見出されるというのだろう。人生の意味を尋ね真理 の光に沿しつつ送られる一生こそ彼女の一生でなければならないo<真実に生きる>*25 ことを心から念願とした彼女は,日頃より尊崇してやまぬアポロに祈願を捧げて一日も 早く彼の召命が下らんことを祈った。しかるに彼女の日毎夜毎の熱檮にもかかわらず,
アポロの声はいつまでも彼女の心耳には聞こえず,デルフォイの神託も届けられること がないままに,彼女はアドメトスの王宮内の人となってしまったのである。アドメトス の妻になるためには,デルフォイの斎女となることを諦めなければならない。アポロに 仕えることを諦めることは,真理に生きることを断念することでなければならない。彼 女は飽く迄も真実の一生を送りたく思った。しかし生命の危険を冒して再度まであの難 題に挑んだアドメトスの心意気は,女の身としてアルケスティスにもそれが嬉しからぬ 筈はない。ましてフェライの町にきて以来,日毎に接するアドメトスの男らしい風貌と その温かい思い遣りとに彼女の心にもいつしか思慕に近いものが育っていたのであった。
画つの
次第に募りゆくアドメトスヘの愛と,アポロの斎女になり真理の光に沿したいという二 つの矛盾する欲求のジレンマこそ,夜警が目撃したあの夜毎のアルケスティスの悩みの 実体であった。そしてその中のいずれか一つを択び他を棄てなければならない最後の決 断の日がやつきていたのである。
老女アグライア(Aglaia)も又アルケスティスの不審な挙動に気付いていた。そして
あ さ ま だ き
この朝未明アルケスティスの後を追って内庭に出た彼女の耳に,夜警に向って,御者を 探し旅仕度を整えるようにと命じているアルケスティスの声が凛乎として響いてきた。
婚礼を前にして遠くに旅立とうと言い出すからには,必ず何か深い事情がなければなら ない。彼女はそのわけを是非共アルケスティスから聞きだしたいと思い,夜警をその場 から遠ざけたのであった。先王フェレスの時より*26この宮廷に仕え,幼かったアドメ トスをこれまでに育てあげてきたアグライアであってみれば,誰よりもこの日の来たこ とを悦び,又今アルケスティスの思いも設けぬ決意を聞かされて,誰よりも劇しい衝撃 を受けたとしても,不思議はないのである。
「あなたはアドメトス王をご存知にならないのです。ギリシヤ全土をお探しになっ
*25DieA"eS"de,p,20:GGIchwillinderWirklichkeitleben.',
*26エウリピデスとは異り,ワイルダーにあってはフェレスは既に故人である。
日 南 田 一 男 126
と の ご
ても,数ある島々とお尋ねになっても,配偶者として彼以上の殿御はよもお見つけに はなれますまい。成る程彼以上に勇敢な男性はお探しになれるかも識れません。そし て恐らくは彼以上に力の強い殿方も。しかし人々の敬愛を享けて,しかも彼以上に心 正しき人はとても見つかりはいたしますまい。」*27
アグライアのこの言葉に偽りのないことはアルケスティスもよく承知だった。それ故の
ほ か
彼女の悩みではなかったか。唯彼女にはアドメトス以上に彼女の心を領するものが他に いたのである。
ほ か ほ か
「 他 に 別 に ? 他 に 別 の 殿 御 が ? ア ド メ ト ス 様 以 上 に 愛 す る お 方 が I そ れ で は お 行きなさい,姫よ。さっさとお行きなさるがよい。私共はあなた様を見損っておりま
したo」*28
憤然としてかく語るアグライアに,容易には自分の気持を相手に理解させることが出来 ないと悟っアルケスティスが,自分の宿望と決意とを包み隠すことなく告白したのはこ の時のことであった。これ程迄にアポロを愛する心が深いのに,未だアポロからは何の く し る し > も 下 さ れ な い の は 何 故 で し ょ う か − こ う 訴 え る ア ル ケ ス テ ィ ス に , こ の 老 女は,アドメトスの妻となることこそアポロの神意でなければならぬ所以を,醇々とし て説き聞かさせのであった。彼女の語る所に拠れば,ヨルコスでの最初の試みに失敗し たアドメトスは,アルケスティスへの愛と絶望とから病を得,生死の境を坊樫する迄に なったのであった。三日三晩にわたる生と死との闘いであったが,その三日目の夜,高 熱のアドメトスの夢枕にアポロが現われ,ライオンと猪を同じ範に繋ぐ秘法を伝授した。
片時もアドメトスの病床を離れることのなかったアグライアには,アドメトスが夢の中 でアポロと持った対話がよく判ったのである。アポロのくしるし>を言うならば,まさ にこのことこそそのくしるし>でなければならない。うら若い女性の身でありながら,
かくも真蟄な悩みを悩むアルケスティスをアグライアはいとおしまないではいられなか った。彼女は優しく,しかし毅然たる声で,
「私の申すことをよくお聞き下さいませ,お姫様。今はお部屋に帰って少しくお休 みになるのです。正午までにはまだ大分間がございます。お昼になり,少しお休みに なった後で,猶お考えが変りません時は,思うようにどんな御旅行に出られてもかま いません。誰一人あなた様をお引きとめようと試みるものはおりますまい。」*29
D"AJ"es"Me,p、19, I6".,p、20.
恥〃.,p・24,
789222 ***
『アルケスティス物語』考 127
と語り,アルケスティスの腕をとるようにして,共に王宮内へと姿を消して行った。
丁度この時,王宮の門前で騒ぎがあり,駈けつけた夜警にフェライの市民達から,デ ルフォイの神殿に仕える祭司テイレジアス(Teiresias)が幼童一人を従えて到着したこ とが告げられた。そしてこの老毫の祭司が,親しく出迎えに出たアドメトスに侍童の扶 けをかりつつ僅かに伝え得たことは,アポロが人間の姿をかり,一年の間アドメトス王 の牧人としてテッサリアに住むことになった,今宮門の外に待機している四人の牧人の
しら
うちの一人がそのアポロである,ということであった。この報せを聞いたアルケスティ スは,今こそ待ちに待った時が到来したと思った。彼女の目には,長い旅で挨にまみれ たみすぼらしい四人の牧人の姿が映ったに過ぎなかったけれども,このうちの一人であ るに相達ないアポロから,人生の秘義について聞くことが出来ると彼女は信じたのであ る。しかし彼女の期待も結局は空しいことが判った。何故なら,この四人の牧人はいず れも非凡な能力の持主ではあったけれども,一人として神としての十全な資格を備えて はいなかったからである。陽は既に西に傾くまでになっていた。絶望するアルケスティ スを後に残して,この四人の牧人はアドメトスよりあてがわれた宿舎の方へと歩み去っ
てゆく。
アグライアからアルケスティスの悲しい決意を聞いたアドメトスは,独り花然と佇む アルケスティスの前に再び姿を現わしてこう言うのであった。
"AglaiahatmirvondeinemWunschgesagt,unszuverlassen,Prinzessin Alkestis.Dasstehtdirselbstverstandlichfrei.BeiunsgibteskeinenZwang.
NiemandistversklavtinThessalien‑nichteinmalseineK6nigin.Ichhabesoeben befohlen,Prinzessin,da6deineWagenlenkerunddeineDienerinnensichfiirdie Reisebereithaltensollen・Aberbevorduunsverla6t,m6chteichdireinessagen.
Undichsageesnicht,umdeineMitleidzuerregen,undauchnicht,umdich vondeinemVorhabenabzubringen・Ichsagees,weilduundichkeineKinder mehrsindundwirnichtsvoreinanderverbergensolten,wasinunsernHerzen ist・Esistmirimmernocheingro6esWunder,da6ichimstandewar,den L6wenunddenKeilerzusammenzuspannen・AberichbinnichtimZweifel d a r i i b e r , w i e s o i c h i m s t a n d e w a r , d a s z u t u n : i c h l i e b t e d i c h ・ N u n w e r d e i c h d i c h
niewiedersehn.Undichwerdenieheiraten.Aberichwerdeniewiederderselbe
sein・Vonnunanwerdeichwissen,da6etwasnichtrechtundnichtrichtigist
indieserWelt,indiewirgeborenwurden・Ichbinnureinganzgew6hnlicher
Mann,aberdieLiebe,diemicherfiillt,istkeinegew6hnlicheLiebe.Wennsolche
LiebekeineGegenliebefindet,dannistdasLebenselbsteinTrug,undesistam
besten,wirMenschenlebenaufsGeratewohldahin,sogutwirk6nnen.Denn
128 日 南 田 一 男
Gerechtigkeit・・・undEhre…undLiebesindeinfachnurDinge,diewirfireine kurzeWeileerfinden…wieesfurdenAugenblicktaugt.M6gestdueinegute Reisehaben,PrinzessinAlkestis!''*30
いさぎよ
男らしく潔い,そして深い愛に満ちたアドメトスの言葉ではないか。アドメトスは,己 の心を一杯に満たしてくれるこのアルケスティスへの愛の実在を信じないで,他にいか なる実在が存在するであろうか,と思った。あの夢の中の出来事も,アグライアにあっ てはただ単にアポロの計らいとして外面的にし受け取られてし、ないのに,アドメトスに あっては既に自己の愛の確信にまで内面化されており,そしてその愛を信じる一図な気 持のみが彼を駆ってあの再度の冒険を試みさせることが出来たのである。<このような 愛が片思いに終るものなら,そしてそれがほんの束の間のみ私達に知られるというもの に過ぎないならば,人生そのものが虚妄に過ぎない>とアドメトスは言う◎彼はアルケ スティスの無情を責めているのではない。又彼女の同情をかき立てようとしてかく言う のでもない。しかし相手が自分の言葉に耳を傾けてくれようとくれまいと,その相手に 自分の衷情を吐露しないでは己まい力が愛にはある。そしてかかる愛に動かされてのア
つ つ が
ドメトスの訴えであった。<悪なくお旅を>というアドメトスの別れの言葉に,愛の対 象を諦めなければならない人間の,静かではあるが深い悲しみが宿っていたことは言う
までもない。
アドメトスの言葉にアルケスティスは深く動かされた。アドメトスの言うように,彼 の愛を都けることが人生の虚妄に通ずるものであるならばどうしよう。人生の意味を知 りたいと思っても,虚妄の人生に何の意味があるというのだろう。もし人生が虚妄でな いとするならば,このような実在感をもって彼女に迫ってくるアドメトスの愛は何であ るというのだろう。この朝彼女がく真実の人生を歩みたいのです>(@@Ichwillinder Wirklichkeitleben.")とアグライアに告白した時,
「アドメトス様の奥方におなりになり,お子様方の母親となられ,テッサリアの王妃 になられることこそ,十二分な真実ではございますまいか。」*31
と語ったあの老女の言葉が,今アルケスティスに強い意味を持って甦ってきたかも識れ ない。彼女は頭を拾げ,しかしうつ向いたまま,片手をアドメトスに差し伸べて,次の
ように言うのであった。
●● 31
別・側 42 ●● pp pp
Q〃qp g● αd
●勿丘砂●勿丘■
66 11
01 33 **
『アルケスティス物語』考 129
"Admetos!Admetos,fragmichnochmals,obichdichheiratenwill.Fordere michauf,allesdaszulieben,wasduliebst…undK6nigindeinesThessalienzu werden.Forderemichauf,dirmitSchmerzenKinderzugebaren;nebendir herzuschreitenbeidengroBenFesten;dichzutrosten,wennduverzweifeltbist;
dafiirzusorgen,da6dasWasserfiirdeinBadhei6sei,wennduvoneinerReise zuriickkehrst,‑undda6deinHauswesensowohlgeordnetseiwiedeinGeist, Admetos!Forderemichauf、fiirdichzulebenundfiirdeineKinderundfiirdein Volk‑‑fiirdichzuleben,alswareichjedenAugenblickbereit,fiirdichzu sterben."*33
このアルケスティスの言葉の中に,たとえそれにく真実において>という限定詞がつけ
ぷ ず か
られるしても,自らのために生きるという言葉が全く見当らぬことに注目したい。最早
み ず か
ア ル ケ ス テ ィ ス に と っ て 人 生 は 自 ら の た め の も の で は な く な っ て い た 。 す べ て が ア ド メ トスのためであり,彼の子供のため,国民のためなのである。アドメトスの言葉を契機 に,突如としてアルケスティスの人生は百八十度の方向転換を逐げたのであった。突如で はあったが,しかし意外な転換では決してない。機は既に熟しに熟していたのである。こ れが誠実の人アドメトスの赤誠に触れ得た,真筆の人アルケスティスの応答(response) であった。彼女はアドメトスの求愛の言葉に,直ちに
"MitmeinemganzenSein,Admetos. *34
という言葉をもって応じている。全身全霊をもってする受容であった。第一幕はここで 終る。
§IV
第一幕の筋を長々と追ったのは,ひとえにその末尾のアドメトスとアルケスティスの 恋の唱和を引き出さんがためのものであった,と言ってよい。利己的で卑怯なエウリピ デスのアドメトスから,アルケスティスの犠牲に値する,雄々しく愛に満ちはアドメト ス に 変 貌 さ せ よ う と す る ワ イ ル ダ ー の 目 的 が , こ こ で 略 々 達 成 さ れ て い る か ら で あ る 。 爾余の話は唯その仕上げの過程に過ぎないであろう。
さて,一年だけと思われて四人の牧人のテッサリア滞在は,誰もアポロの正体を掴め ぬうちに,いつしか十二年に及んでいた。そしてその年の夏の或る日,その牧人の中の 二人が酔余に喧嘩に及び,仲裁に入ったアドメトスに誤って創傷を負わしたのであった。
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